「秋刀魚の味」



クケァ、クククク、クキャクキャククク。ガー、クキャキャキャ。

クガァー、キュキャククキョクキャ、クケ。

クケェー、ギャキャクキャクケケケ、クギャクギャギャィー…



(史上初(?)のペンギン語による小説を目指しましたが、どうやら判読できない方が多いようですので、

改めて翻訳版にてお送りすることといたします)



ぼくは新種の温泉ペンギン。名前をペンペンという。

ペンギンだからペンペンとは、なんと安直な名前だって笑うかもしれないけど、そいつは勘弁してほしい。なんといっても、付けたのはぼくではないんだから。

まぁ、この名で呼ばれるようになって久しいし、割に気に入っている。

ここに来る前、そう檻の中に閉じ込めていたころの『実験体R−28号』だのといった呼び名より遥かにましだもの。おまけに檻ではなく個室があるんだから、文句を言ってはバチがあたるよね。

そろそろ誰か帰ってくる頃合いかな。

個室からは外の様子はわからないけど、時刻はほぼ正確に言い当てることができる。体内時計ってやつなんだろうな。

ドアを開けて部屋の外に出ると、ムワッとした熱気が体を包んだ。暑苦しいことこの上なかった。

朝から閉め切られたこの家の中の空気は、とても静かで、そしてかすかによどんでいる。

早いとこ窓を開けて、換気をしてもらいたいものだった。

ダイニングを歩く、ぼくのペタペタという足音だけが響いた。




「だぁかぁらぁ、カレーには福神漬けって有史以前から決まってるのよ!!」

「そうかな、ぼくはラッキョも悪くないと思うけど」

「あんな皮ばっかりのやつなんてどこが好いのよ!?剥いても剥いてもきりがないじゃない。
その点、福神漬けなんて、素材がなんと7種類よ!絶対こっちのほうがお得だわ」

みんなが帰ってきての夕飯時、ぼくの3人いる同居人のなかの2人、アスカちゃんとシンジ君が口ゲンカをはじめた。

性格の違いからだろうか、この2人はなにかにつけ衝突ばかりしている。

今日の原因はカレーの付け合せについて。福神漬けかラッキョかで意見が合わなかったらしい。

大声で言い争う内容じゃないと思うんだけど…

『まぁまぁ』とミサトさんが苦笑しながら口をはさんだ。

以前はぼくと彼女の2人だけがこの家で暮らしていた。そのころと比べると、人数が増えて狭くはなったけど、ずっと明るく楽しくなった。

一人で寂しそうにしているミサトさんを見るのはとても辛かったから、多少のケンカならば、にぎやかでいいじゃないかとも言えなくもない(かな)。

だけど、今晩の夕食はちょっと違うんだ。青い髪の少女がいつもの面々と一緒に食卓を囲んでいるんだから。

「せっかくレイが来てくれてるのよ。このメンバーでの食事なんて久しぶりなんだから、楽しく食べなきゃ。

それに、保護者としてこれだけは言っとくわね」

ミサトさんは、ちょっときつい目つきで2人を見た。

「いいこと、カレーにはべったら漬けがベストなのよ」

「「それはない」」

アスカちゃんとシンジ君が同時に頭を左右に振った。

セリフも首の動きもぴったり呼吸が合っている。

まったく、仲がいいんだか悪いんだか。いや、本当は仲がいいんだろうな。

きっと、ただお互いを変に意識しすぎていたりするんだろう。まったく、人間ってのは面倒なもんだ。

ぼくは魚を一飲みにしながら、そんなことを考えた。

生のサンマだった。やはり冷凍ものとは鮮度が違う、味が違う。油がのってて大満足ってところだ。

「そんなことないわよ。ねぇレイ、カレーにはやっぱりべったら漬けよねぇ」

2人の息の合った同時の荷重攻撃をうけたミサトさんは、自らの不利を悟ってレイちゃんに助けを求めた。

もっとも、レイちゃんは興味がないって顔つきで黙々とカレーを食べている。

意外に早いペースだった。見る間に食べ終えてしまった。

「おかわり」

空っぽになったお皿をシンジ君に差し出した。

「あっ、うん。いっぱい食べてよ、まだまだあるからね。どう、美味しかった?」

シンジ君の問いかけに、レイちゃんはこくりとうなずいた。

アスパラガスなどを使ったベジタブルカレー。もちろんお肉は入っていない。

――もうちょっと時間があったら違うものが作れたんだけどね、とシンジ君は軽く微笑んだ。

「いいの、カレー好きだから。美味しいから付け合せいらないし」

それだけ応えると、また黙々と食べ始める。

「なぁによぉ、別にシンジ君はあんたのために作ったんじゃんないんだからね」

ムッとしたアスカちゃんは、お皿を抱え込むようにしてバクバクと食べ始めた。

「おかわりっ!!」

苦笑しつつシンジ君はご飯をよそった。カレーソースはケチケチせずにちょいと多めに。ちゃんとアスカちゃんの好みに合わせている。

どうせ、大食いでまで張り合うかなぁとか思ってるんだろうけど、なんでアスカちゃんがムキになっているのか、分かってるんだろうか?
分かってないんだろうなぁ…

「ミサトさんはどうします」

「んっ?わたしはいいわよ、こっちがあるから」

ミサトさんは、すでに半分空になった缶ビールを振って見せた。

いつの間に…

「さっきまでの打ち合わせのまとめを食後にやるって言ってたじゃない。お酒飲んでどーすんのよっ!」

アスカちゃんがミサトさんの手から缶ビールを奪い取った。

「夕食会のために集まったんじゃないんだからね。分かってんの!」

「分かってるわよぉ」

ミサトさんはひょいと奪い返す。

「大丈夫、ビールはお酒じゃないから」

「立派なお酒よ」

再びビールを奪い取ろうと大騒ぎをしているアスカちゃんに、『はぁぁ』とため息をつきながらも、シンジ君の目はどこか優しげだった。

ぬっっと、その視線を遮るようにお皿が差し出された。

「おかわり」

スプーンを握り締めたレイちゃんの手に、ちょっと力がこもっているようだった。

それがなんだか寂しそうだったのに気がついたのはぼくだけだったけど。

ぼくは最後の1匹を飲み込んだ。なんか、ちょっと苦かった。

サンマの腹わたの味かな、と思った。




夕食が終わっての後片付け。

シンジ君とアスカちゃんが台所で食器を洗っていて、レイちゃんが今のテーブルを布巾で拭いていた。

ミサトさんはすでに6本目に取り掛かっている。やれやれ。

『あははは』

『なーによぉ』

台所から楽しげな笑い声が聞こえてきた。

レイちゃんがピクッとし、その動きが止まった。

じっとテーブルを見たままのその顔は、いつもどおりの無表情だった。

一瞬の後、レイちゃんは何事もなかったかのようにテーブルを拭き始めた。

一見、機械的正確さで動いているその腕が、さっきから同じところばかりを拭いていた。

本人はまるで気づいていないようだった。

なんでか、ぼくの体が勝手に動いていた。

レイちゃんの横に立ったぼくは、右の翼でレイちゃんの足にペシペシと軽く触れた。

本当は頭を撫でてあげたかったんだけど、ぼくでは届かなかった。

「クケェ〜」

――元気?

ぼくはそれだけ言った。

もちろんぼくの言葉はレイちゃんにはわからないだろう。それでもかまわなかった。

この娘は一人ぼっち。昔のぼくがそうだったように。

うううん、昔のミサトさん、シンジ君そしてアスカちゃんがそうだったように。

ぼくの突然の行動に、レイちゃんはちょっと驚いたようだった。

そして、ぼくの方を向いてかがみ込んだ。

白く細い指がぼくの頭に触れた。

なでなでなで、優しくゆっくりと頭を撫でてくれた。

彼女はなにも言わなかった。ぼくもなにも言わなかった。

その手はとても暖かだった。

レイちゃんの顔に、微笑が浮かんでいるのをぼくは確かに見た。

始めてみる微笑だった。それは、彼女の手と同じく、とても暖かだった。




結局、食後のまとめはお流れになった。

夕飯までの打ち合わせでほとんど終わっていたから、まぁかまわないらしい。

もっとも、それはミサトさんの弁だけど。

駅までレイちゃんを送ることにしたシンジ君に、当然のようにアスカちゃんもついて行った。

さっきまでにぎやかだった家の中が、一気に静まり返っていた。

ぼくはリビングの床に腰を下ろして、ただボーッとしていた。

レイちゃんの微笑みはほんのしばらくの間でしかなかった。あの娘が、いつも微笑んでいられるようにするには、いったいどうすればいいんだろう?

「よいしょっと」

ぼくの隣に、ミサトさんが腰を下ろした。

その手には、もちろん缶ビールを持っている。すでに2桁になっていた。

「ありがと、あんた優しい子ね」

ありゃ、さっきの見られたのかな?

ミサトさんは、ぼくの頭をポンポンと軽く叩くように撫でた。

レイちゃんの触るか触らないかといった撫で方とは違うけど、これもとても心地よかった。

ぼくは目を閉じると、ミサトさんに寄りかかった。

トクントクンという心臓の音が聞こえてくるようだった。

「ほんと、優しい子ね」

そんなミサトさんの言葉を耳にしながら、ぼくは満腹感からかゆっくりと眠りに落ちていった。

それは、とても心地よい眠りだった。

終わり    



 

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