男は床の上に横になっていた。
足を投げ出すようにして、右腕は伸ばし、左腕は胸の上に軽く置かれている。
あたりは静かだった。男にとって今まで経験したことの無い静けさだった。
心が安らぐな、ふとそんなことを思う自分が男は可笑しかった。
風景を眺めているのかいないのか。ぼんやりと開けた眼を、なぜか眩しそうに細めた。
そして、ふっと息をついた。
「パーフェクト・ワールド」
早く帰ろう。
お家へ帰ろう。
お母さんが待っている。
ぼくを優しく抱きしめてくれるお母さんがそこにいる。
街の中をさ迷いながらも、ぼくは懸命に家を目指していた。
いつもと同じ学校からの帰り道のはずなのに、今はまるで様子が違っていた。
でも、始めてではない、テレビで何度も見た光景だった。
どこか遠いよその場所の光景のはずだった。
倒れた建物が道をふさいでいて、何度も回り道をする。
額から流れてくる汗をぬぐう。さっきから暑くてしょうがない。
あちこちで火事がおきているせいなんだろう。
煙の中を突っ切らなければならないこともあった。
ハンカチで口を押さえる。ゴホゴホとセキこみながら走り抜ける。ハンカチはあっという間に真っ黒になった。
ぼく以外にもあちこちを人が走り回っている。
怒鳴り声、悲鳴、助けを求める声などが混ざり合ってゴウゴウと響き、どれもこれもまともに聞き取れない。
地震があったんだ。だから建物が崩れ人が倒れているんだ。そうに違いない。
地面が揺れたあの時、ぼくは公園で遊んでいた。
道草を食っていたから本当はいけないんだけど、だからこうして無事なんだ。
だから、お母さんも怒らないだろう。
早く家に帰らなくちゃ。お母さんが心配しているはずだ。
家はこんな地震ぐらいじゃ大丈夫だ。
だって、前にお父さんが「うちは“たいしんこうぞう”だからな」って自慢してたもん。
倒れた電柱を乗り越える。ひっくり返ったトラックの横をすり抜ける。
そんなことをしている内に、いつの間にかランドセルはどっかにいってしまった。
両膝からも血がにじんでいる。でも痛くない。痛くても泣かない。男の子だから。
さぁ、この角を曲がれば家だ。
そして、ぼくの足は止まった。
地面に凍りついたように一歩も動かなかった。
「あっ・・・ああ・・・」
声にならない声を、必死に絞り出した。
家はなかった。
そこにあったのはただガレキの塊だった。
今朝まではぼくの家だったそれは所々から炎を上げていた。
お母ぁぁぁぁぁぁさぁぁぁん
飛び出したぼくを、通りすがりの男の人が押さえつけた。
「こらっ、どこへ行く気だ。死にたいのかっ!!」
怒鳴られたことも気にせず、ぼくは必死に前に進もうとした。
「離してよっ!あの中にはお母さんがいるんだ。早く、早く助けなきゃ」
「ばかっ、お前あんなんじゃ助かりっこ・・・うるさいっ、じっとしてろ」
頭を殴られた。
ぼくはいつの間にか泣き出していた。男の子なのに。
「離してよぉ!離してよぉ!離してよぉ!離してよぉ!」
『離してくれっ!!』
そこで俺は目を覚ました。
二段ベットの上段。俺の寝ぐらだ。
どうして、今ごろになってあんな頃の夢を見たのだろうか?もう15年も昔の話だというのに。
そう、あれは地震なんかじゃなかったことを今の俺は知っている。
セカンドインパクト。南極に隕石やら何やらが落ちて引き起こされた大災害だ。
あれで俺は両親と住む家を失い、その後施設で育てられた。
施設での出来事は思い出したくもない。楽しかったことなど一つもない。
世の中が地獄さながらの時に、誰も孤児のことなど気に留める余裕すらなかった。
そういう時代だった。
中学を卒業すると同時に俺は施設を飛び出し、自ら生きる道を探した。
身元保証もない中卒を雇ってくれるところは少なかった。
そして、選んだのが戦略自衛隊だった。体は丈夫で体力に自信があったからだ。
それから過酷な訓練が始まった。
鉄条網の下を匍匐前進でかいくぐり、泥の中を這いずり回る毎日だった。
途中で辞めていった奴らも多い。夜中に脱走しようとした奴もいる。
だが、行き先のない俺は歯を食いしばって耐えた。
陸自の歩兵部隊に配属になった俺は、武器の取り扱いを徹底的に叩き込まれた。標的に向かって弾丸を何千発、何万発と打ち込んだ。さらにはマーシャルアーツの訓練も受け、素手で人を殺すことも憶えた。
入隊してもう丸5年が過ぎた。幾度もの出撃を体験し、すでにいっぱしの隊員だった。
俺は寝返りをうった。
他のみんなぐっすりと眠っているようだ。いびきをたてる奴すらいない。それほど毎日の訓練で疲れ切っているのだろう。
俺もみなを見習って再び目を閉じた。
目が冴えて眠れないのではないかと少し心配だったが、すぐに寝付くことが出来た。
明日も早朝から訓練だ。まったく休む暇もない。もっとも、とうにそれにも慣れているのだが。
「なぁ、聞いたか?」
隣に座った、高橋が話し掛けてきた。
場所は一般隊員用の食堂。朝食時だ。
高橋は俺の同期。性格は明るく俺とは正反対だが、なぜか入隊当時から気が合っていて友人と呼べる間柄だ。こいつはどこから聞いてくるのか、隊内の動きに妙に詳しい。どちらかというと実戦部隊より諜報部隊向きかもしれない。
「聞いたかって、何を?」
空腹を満たし栄養補給だけを目的とした味気ない食事を前に俺は尋ねた。
「どうやら、今日は出撃らしいぜ」
「出撃?おいおい、使徒はもう打ち止めのはずだろ。実戦模擬の演習じゃないのか?」
俺はほうれん草のソテーを胃袋に放り込んだ。
「どうやらそれが違うらしいんだよ。しかも出撃先がな・・・」
高橋は急に小声になり、俺の耳に口を寄せた。
「どうやら・・・・・・」
「ネルフだって!?」
「しーっ!声がでかい」
高橋は慌てて俺を制止した。
「これはあくまでも未確認なネタなんだ。下手にみんなに知られると面倒なことになる」
なら、俺にも話すなよと思うが、それは口に出さない。
「しかし、なんだってネルフなんかに?」
俺も小声で尋ねた。
「さぁね。上じゃいろいろ考えてるんだろ。まぁ、今回のことはとんでもなく上の方からの指令らしいが。まっ、俺たち一兵卒の知ることじゃないけどな」
高橋はニヤッと笑った。
「まっ、何にせよ、すぐにわかるさ」
そして高橋のいう通り、昼前にはその件について明らかになった。
作戦室に集められた俺たちは、小隊長から出撃について指令を下された。
攻撃目標はネルフ。高橋の情報に間違いはなかった。
ネルフねぇ。そりゃ、うち(戦自)とは関係が良好とは言えないのは知っているが、あそこ相手に何をしようっていうんだ?施設封鎖か何かか?
そんな俺の考えは、続く小隊長の説明に覆された。
武装はほぼフル装備。うちの小隊だけではなく、空自、戦車部隊まで加わっており、作戦に参加するのは半端な人数じゃない。ほぼ一個師団の作戦だ。
これは、まさに戦争の準備だった。
俺と高橋、そして柳沢の三名は突入部隊として下へ下へと降りていた。
ネルフ本部のジオフロント。やたらと深く続いている。
「エヴァパイロットは発見次第射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する」
無線が指令を伝えてくる。
命令どおりに俺たちは行動した。
見かけた奴らは片っ端から撃ち殺していった。反撃らしい反撃はなかった。
一部には銃を持って撃ってくる奴もいたがへっぴり腰で狙いもなっちゃいなかった。
俺はそいつのどてっ腹を吹き飛ばした。
多少は訓練も受けているだろうに、まるで素人を相手にしているようだ。
まあ、無理もないのかもしれない。こいつらが戦争をしていた相手は使徒だった。人間と戦うことなど想像もしていなかったのだろう。
その点、俺たちは違う。人を殺す訓練を受けてきたし、殺したこともある。それが俺たちの仕事だからだ。
人影を見つけた俺は、拳銃を撃った。弾丸がはじける音が響いた。
階段の下にうずくまっていたのは学生姿の少年だった。
要チェックリストに載っていた顔だ。サードチルドレンの碇シンジだった。
「サードを発見。これより排除する」
俺は無線で報告を入れた。
高橋が拳銃を少年の頭に突きつけた。
俺と柳沢はバックアップとして小銃で狙いをつけている。
少年はまったくの無反応だった。俺たちのことなど気づいていないようだ。とまどいが生じた。
ここまでに射殺してきたのは皆大人ばかりだった。しかし、こんな子供を殺す必要があるのか。
だが、そんなとまどいは一瞬でしかなかった。命令は絶対。俺たちはそれに従うだけだ。
恐らくは高橋も同じような思いだったのかもしれない。奴は少年に語り掛けた。恐らくは聞いちゃいないだろうが。
「悪く思うなよ、ボウズ」
次の瞬間、吹き飛ばされたのは少年ではなく高橋の頭だった。
銃声は後ろからだった。そして、それはさらに続いた。
振り向いて目に入ったのは赤い服の女だった。
その女目掛けて銃を撃ったが、反応がわずかに遅れた。
俺は腹に一発食らった。強い衝撃と共に弾き飛ばされた。倒れこんだ拍子に小銃が手から離れ床を転がっていった。
とっさに起き上がろうとする。激しい痛みが走った。身体が動かない。
女が柳沢に銃を突きつけていた。
この女もチェックリストに載っていた。確か三佐の葛城とかいったはずだ。
「悪く思わないでね」
女の銃が鈍い音を立てた。柳沢の身体が人形のようにズリ落ちた。
クソッタレ。
腰の拳銃を抜こうとしたが、手も動かなかった。意識もはっきりしなくなってきた。
少年に向かって女は何かを話しかけていたが聞き取れなかった。
立ち上がろうとはしない少年を引きずるように連れていくのが視野の端にうっすらと見えた。
男は床の上に横になっていた。
足を投げ出すようにして、右腕は伸ばし、左腕は胸の上に軽く置かれている。
血が流れ出していくのを感じていた。
床の冷たさが気にならなくなってくる。いや、男の体温が床の温度の近づいてきているのだろう。
左手に感じる胸の鼓動は弱まっていくばかりだ。
静かだった。男にとって今まで経験したことの無い静けさだった。
心が安らぐな、ふとそんなことを思う自分が男は可笑しかった。
これまでの人生で、これほどまでの安らぎを感じたことがあったろうか?
ただ必死で、そして苦しみばかりだったような気がしてならない。
風景を眺めているのかいないのか。ぼんやりと開けた眼を、なぜか眩しそうに細めた。
男の目に映っているのは天井ではなかった。それは静かで穏やかな世界だった。
そして、ふっと最後の息をついた。
パサリ
男の左手が床に落ちた。
心臓がすでに鼓動を止めていた。
そして男は旅立っていった。
これまでとは違う静かで穏やかな『完全な世界』へと。
アスカは登場しません。すみません。
シンジは出てきますがセリフすらありません。すみません。
文化会館では人が死ぬ話は書かないつもりでしたが死んでます。すみません。
なんか、あやまってばっかですね。すみません。
初のギャクなしSSです。どうしてもこの話は書きたかったんですが、書いてて楽しくなかったです。
やっぱり、シリアスは向いてないのでしょうか?次回作からはコメディに戻りますんでよろしく。
ちなみに今回のタイトルは、クリント・イーストウッド監督、ケビン・コスナー出演の映画からです。
短編シリーズはみんな映画のタイトルから引用していたりします。