むかしむかし、あるところにアスカとシンジが住んでいました。
二人はとても働き者で、今日も朝早くに起きると、アスカは川へ洗濯に、シンジは山へ柴刈りに出かけました。
「まったく、なんでわたしがこんな事をしなきゃならないのよ。せめて全自動洗濯機ぐらい用意しておいて欲しいわね」
昔話という設定を無視して、わがままを言うアスカです。もちろん、そんなものはあるはずがありません。
あきらめたアスカは、川に手をいれてジャブジャブと着物を洗い始めました。
「あーあ、面倒だわ・・・でもシンジの着物だし、がんばろっかな」
ふふふ〜ん♪
いつの間にやら、鼻歌を口ずさんでいるアスカです。
二人の生活は、幸せなようです。
めでたし、めでたし
と、ここで終わっていれば何事もなかったのですが、そうはいきません。
川の流れは色々なものを運んできます。
恵みも、そして災難も・・・
アスカが、ニコニコしながら洗濯をしているところへ、川上から”大きな桃”が、ドンブラコドンブラコと流れてきました。
「うわっ、なによバカみたいな大きさね!」
桃に気がついたアスカは、呆れ返った口調で言いました。
まったくその通りでした。その桃は、どうやら一抱えはありそうなのです。
「あれなら食べがいがありそうね。わたしもシンジもお腹一杯になれるわ」
思わず、アスカは舌なめずりをしました。
流れてきた桃は、アスカの目の前でどういうわけかピタッと止まりました。まるで、拾ってくれと言わんばかりです。
ちょっと怪しさを感じさせますが、食欲魔人と化したアスカは気にもなりませんでした。
「そう、あんたもわたしたちに食べて欲しいのね」
勝手に決め付けたアスカは、その一抱えはある桃をヒョイッと川から拾い上げました。
かなり重いはずですが、シンジに食べさせてあげたい一心からか気にならないようです。
残りの洗濯物を手早く洗い終えたアスカは、意気揚々と家へと帰っていきました。
その腕に桃を抱えて。
「ただいまーアスカ、いま帰ったよ〜」
西の山に夕日が隠れ始めた頃、シンジが山から帰ってきました。
たくさんの柴を背負っています。今日も一日、一生懸命働いたようです。
「おかえり〜シンジ、お・つ・か・れ・さ・まぁ」
ゴロゴロとノドを鳴らす猫のように、アスカはシンジの腕の中に飛び込みました。
良い子のためのお話には、非常に書きにくいことのですが、それでも書いてしまいますが、あつーいキスなんぞを交わしている二人です。
――シンジ・・・
――アスカ・・・
よくも息が続くなぁと思わせる、長い長いキスでした。ジャック・マイヨールもびっくりです。
「んんっ!」
キスの最中に、ふと薄目を開けたアスカの眉間に、3本の縦ジワが走りました。
「ちょっと、たったこれっぽちの柴しか取ってこなかったの?ひょっとして、さぼってたんじゃないでしょうね」
シンジを突き放すと、アスカは腰に手をあててにらみつけました。
「まっ、まさか。一日中がんばったんだよ、ウソじゃないよ〜」
必死に弁解するシンジです。
「まあ、いいわ。そのかわり、明日はこの倍は取ってくるのよ。ほんっとに、甲斐性無しなんだからっ、もうっ!!」
そう言いながら、アスカはシンジにキスをしました。
今度のは短かったけれど、これまたとってもとっても甘〜いキスでした。
「ごちそうさまでしたっ」
すっかり空になったお皿を前に、シンジが箸を置いていいました。
「今日もとってもおいしかったよ」
「ありがとう、シンジ」
ちょっと恥ずかしそうに微笑むアスカです。
もともとは家事の一切が苦手なアスカでしたが、昼間の洗濯を見てもわかるように、シンジと二人で暮らし始めてからはアスカはとってもがんばっています。 料理だって、けっこう上手くなったようです。シンジの「おいしかった」は心からの言葉なのです。
ただ、後片付けはどうにも苦手なようで、
「じゃあ、あとはよろしくね」
「はいはい」
と、どうやらシンジの役目のようです。
「でねー、シンジ」
「なんだい、アスカ」
食器を片付けつつ、シンジが尋ねました。
「じつはね、今日はとっても素敵なデザートがあるのよ」
「ええっ!!でっ、でも・・・」
どういうわけか、シンジが顔を赤らめました。
「ほら、まだ夜も早いしさぁ・・・」
「そういう意味じゃないっっっ!!」
ゲシッ!!
アスカの力強いケリが、シンジの顔面に炸裂しました。
「今日は、そういう意味じゃないのっ」
「あっ、そうなんだ・・・」
ズルズルッとシンジは床に崩れ落ちました。
「・・・何なの、これ?」
「あんたバカぁ、見ればわかるでしょう。桃に決まってんじゃない」
「いや、桃なのはわかるんだけど・・・」
例の桃を目にしたシンジは、すっかりあっけに取られた顔です。
「こんなに大きいのは始めて見たよ。すごいな〜」
「でっしょーう!ギネスブックものよね」
「高かったんじゃないの、これ?」
「そう思うでしょう。ところがタダなのよね、川上から流れてきたのを拾ったの」
エヘッと笑いながら、アスカはペロッと可愛く舌を出しました。
「上流に桃の樹が生えているのかな。こんなに良いものを見つけてくるなんて、さすがはアスカだね」
「さすがでしょう。ねぇねぇシンジ、さすがのアスカちゃんにごほうびは?」
「んっ、それじゃあ目を閉じて」
「こう?」
――ドキドキ
期待しながら目を閉じたアスカに、シンジはそっと顔を近づけます。
「んっ、んんっ」
「んーんっ♪」
またまたな二人です。
お互いをぎゅっと抱きしめ合った姿は、まるで一つの美しい彫像のようでした。タイトルは「恋人たち」とでもいったところでしょうか。
しかし、相手にしていると、いつまでたっても話しが進みそうにありません。無視して先を急ぐことにします。
桃はあまりに大きすぎて、そのままでは食べにくそうです。そこでアスカは包丁で桃を切ることにしました。
「シンジぃー、ゴロゴロニャーゴ」
「アスカぁ、ニャゴニャゴ」
チュッ!!
・・・・・・まだやってます。
いいかげん出番がこない桃は、ちょっとイライラした表情です。
もっとも、桃の表情をどこで見分けるのか、それは永遠の謎ですが。
ようやくのことで二人は、桃を食べることにしました。
アスカが包丁で桃のてっぺんにちょっと切れ目を入れました。するとどうしたことでしょう、桃はそのまま勝手に二つに割れてしまいました。
「なっ、なによこれっ」
「赤ん坊だ・・・」
そうなのです。
桃の中には、種の代わりに一人の赤ん坊が入っていたのでした。
赤ん坊は身体を丸めた格好で、すやすやと眠っているようでした。
「捨て子・・・なのかしらね?」
「桃の中にかい?世も末だなぁ」
シンジはやり切れないとばかりに、首を振りました。桃の中をのぞき込んでいたアスカは、意を決してシンジに話しかけました。
「ねえ、シンジ。この子、わたしたちで育ててあげない?」
アスカは、シンジをじっと見つめました。真剣な表情です。
シンジは、そんなアスカに微笑みかけました。
「うん、ぼくも同じ事を考えていたんだ。ぼくらがこの子の親になってあげようよ」
「ほんとっ?ほんとーにいいのね?」
「もちろんさ。こうして、この子と出会ったのもきっと何かの縁だよ」
優しくアスカに語りかけるシンジです。
「わたし、子供なんか欲しくないって思ってたけど・・・
でも、シンジとの赤ちゃんなら・・・」
「ぼくも、アスカとなら・・・」
すっかり自分たちの世界に入ってしまった二人です。
じーっとお互いを熱いまなざしで見詰め合っています。
「シンジ父さん」
「アスカ母さん」
クスッ
思わず呼び合った言葉に、二人は微笑みがこぼれました。
「さっそく名前を付けてあげなくちゃね」
「それなんだけど、桃から生まれたんだから”モモタロウ”がいいんじゃないかしら?男らしくて強そうでしょ」
「うん、とってもいい名前だと思うよ。碇モモタロウか、かっこいいね」
あまりかっこいいとは思えないのですが、シンジは気に入った様子です。
「でっしょーう、まかせなときなさいよ。シンジと違ってセンスがいいのよ」
「よーし、今日からお前はモモタロウだぞ」
シンジの呼びかけが聞こえたのか、赤ん坊”モモタロウ”はその顔を二人に向けました。
「!!!!!」
「!!!!!」
恐ろしいまでの衝撃が、二人に走りぬけました。
モモタロウは身体は赤ん坊ですが、顔は中年男性のそれだったのです。しかも、頬から顎にかけてぞろりとした髭を生やしており、色眼鏡までかけていました。
はっきり言って不気味です。妖怪物の怪の類いとしか考えられません。
白い手袋をはめた紅葉のような小さな手を顎の前で組むと、モモタロウは一言、
「問題ない」
とだけ言いました。
「大問題よっ〜!!」
悲鳴をあげたアスカは、桃に飛びつくとしっかと閉じあわせました。
「シンジっ、釘と金槌、それから縄を持ってきて」
「わかったっ」
二人は桃を釘で厳重に打ち付け、さらに縄で何重にもグルグル巻きにしました。
ちょっとやそっとでは、ほどけぬようにきつく固結びで結びました。
アスカが御札を貼りつけてました。封印するつもりなのでしょう。
もっとも、どこから持ってきたのか、「危険物、取り扱い注意」や「天地無用」と書かれた御札ですので、御利益のほどは不明です。
「ふうっ、これだけしっかりやれば大丈夫だよね」
「安心するのはまだ早いわ。どっかにやってしまわなければ危険よ」
相談した結果、もともとあった川に桃を流すことにしました。
月明かりの中、大きな桃を抱えた二人が急ぎます。
桃の中から、なにやらわめいている声がしますが、二人は聞こえないふりをしています。
ドッボーン!!
静かだった夜の川面に、大きな波紋が広がりました。
手荒く川に放り込まれた桃は、しばらくの間ユラユラしていましたが、やがて諦めたかのようにドンブラコドンブラコと下流に流れ去っていきました。
「ふう、どうにか片付いたわね。一時はどうなることかと思ったわ」
「うん・・・・」
「なに暗くなってんのよ?やっかいばらいができて、うれしくないの?」
「ちょっと可哀相だったかなって。不気味な子だったけど、まだ赤ちゃんなんだから、しばらくの間だけでも面倒をみてあげればよかったのかなぁ」
シンジはちょっと後悔した目で、川下を見つめています。
「冗談じゃないわよ。いいことシンジ、あの手の顔はね一度こちらが甘い顔を見せると、とことんまで付け上がるタイプなのよ。きっちり縁を切っておくに限るわ」
「そうかなぁ」
「そうよ。ほんと甘ちゃんねぇ、そんなこと言ってるといつか痛い目にあうわよ」
そして、アスカはシンジの耳元に口をよせると、
――でも、その甘ちゃんのところも好きなんだけど
とささやきました。
「ありがとう・・アスカ」
シンジはアスカの唇に、そっと自分の唇を近づけました。
アスカは目を閉じて、それを待ちました。
・・・
・・・
・・・
――シンジったらまだなの?ジラす気なのかしら?意外にテクニシャンね
ツンツン
アスカの着物のたもとが引っ張られます。
シンジでした。
「どうしたのよ。いまさら止めるつもりじゃないでしょうね?」
アスカはちょっとムッとしています。
「あっ、あれ・・・」
「あれって何よ。まったく、わたしとのキスより大事なことがあるっていうの?」
ブツブツいいながら、アスカはシンジが指差す方を振り向きました。
するとなんということでしょう、川の上流から、大きな瓜がドンブラコドンブラコと流れてくるのが見えました。
「瓜・・・だね」
「瓜・・・だわ」
呆然とする二人の前に、瓜が流れ着きました。
まるで拾ってくれとばかりに、ユラユラと揺れています。
「どうする?」
「どうするって、無視するにきまってるでしょう。あんた、また面倒に巻き込まれたいの?さあ、もう行くわよ」
アスカはきびすを返すと、さっさと家へと足を向けました。シンジは、後ろの瓜を気にしながらも、アスカの後を追いかけます。
瓜は、しばらくの間その場にとどまっていましたが、やがて寂しそうに川下へと流れ去っていきました。
あとにはただ、川面が月の光をキラキラと輝かせているだけでした。
――瓜といえば瓜子姫、女の子よね。すると登場するのはおそらく・・・・・・まったく、冗談じゃないわよ。あたしとシンジの二人っきりの甘ーい生活を、そうそう邪魔されてたまるもんですか!
ぐっとコブシを握りながら、月に誓うアスカでした。
一方、川を流れていく瓜の中。青い髪と赤い眼をした一人の赤ん坊が、なにやらつぶやいていました。
「川を流される。ユラユラと揺れる。揺れるのは嫌い。気持ちが悪くなる。ここはどこ?ここは瓜の中。私はなに?私はなに?私はなに?
私は瓜子姫。でも、誰も必要としてくれない。だから、私は川を流されるの」
瓜はどんどんと遠ざかり、ついにはすっかり見えなくなってしまいました。
その後、瓜と瓜子姫がどうなったのか、知る人は誰一人いません。
「ハァハァ、待ってよ〜、アスカ。ひどいよ置いてくなんてさ、ほんと足が速いなぁ」
ようやくシンジはアスカに追いつきました。
「あんたが遅いんでしょ。まったくトロいんだから」
「ごめんごめん」
そう言いながらシンジは、アスカの手を握りました。
キュッと握り返すアスカです。
「夜の散歩になっちゃったね。月がきれいだよ」
「本当ね。明日は満月だもの、とっても明るいわね」
「でも・・・」
シンジはアスカの顔を見つめました。
青白い月明かりに照らされ、息をのむばかりの美しさでした。
「お月様よりアスカの方が、もっともっときれいだよ」
「ばっ、バカねぇ!!なに下らないこといってんのよ」
顔が真っ赤になったアスカです。
「本当さ。ぼくはアスカがいてくれれば、それだけでいいんだ。他には何もいらない」
「ありがとうシンジ。わたしもシンジがいてくれるだけで幸せ。でも・・・」
――でも、そのうちに赤ちゃんもね・・・
アスカのシンジと握り合った手に、すこーし力がこもりました。
「ねえシンジ、帰ったらデザートはどう?」
ちょっぴり恥ずかしそうに、アスカがシンジに尋ねました。
「ええっ、もう桃はこりごりだよ」
慌てて首を横に振るシンジです。
「あんたバカぁ!食べ物のことじゃなくて、別の意味よっ!!」
ゲシッ!
どっちみち、ケリを入れられるシンジでした。
「鈍感な男って最低っ!」
「まっ、待ってよアスカったら〜」
「やーだ、待たないっと。悔しかったら追いついてみなさいよ」
「よーし、絶対に捕まえてやる」
キャッキャッと笑いながら、追いかけっこを始めた二人でした。
もちろん、アスカはわざとゆっくり走ってたので、すぐにシンジに追いつかれました。
「捕まえたっと」
「あーあ、捕まっちゃった。で、どうするの」
「こんなにおいしそうなデザートだもの、食べちゃうのさ」
「きゃー、食べられるぅ」
そして、二人は今日何度目か(何十度目?)のキスをしました。
そんな二人を、お月様だけが優しく見つめていました。
めでたし、めでたし