今日は日曜日。そろそろお昼も近い時刻だ。
学生さんは楽しくお休みで羽根を伸ばしているはずだ。
ところが、われらがアスカ姫は机に向かっている。
数学の問題集を前に、すらすらと問題を解きつづけている。
その前はお華の稽古があり、朝からろくに休憩もない。
うーむ感心感心、と言いたいところだが、当然本人の意思ではない。
「あーあ、まいっちゃうなぁ」
ボソッとため息をつく。ちらと視線を窓の外に移す。
今日も音流布は日本晴れ・・・ではなかった。
空はどんよりと曇っており、今にも雨が降り出しそうだ。
それもそのはず、いまは水無月。梅雨の季節である。
第拾九話
”姫さま 大脱走”
「何よそ見をなさっているのですか、姫さま」
厳しい口調で指摘が入る。
見ると、赤紫っぽい髪をした女性がアスカをにらんでいる。
「いえ、雨が降りそうだなと思いまして。赤木先生」
アスカはあははとごまかし笑いで答えた。
赤木先生といってもリツコではない。その母親の赤木ナオコである。
アスカが幼少のころよりその教育としつけを行っており、アスカが学校へと通い始めた現在でも教育係として仕えている。
そして、こうしてアスカの帰宅後や休日は指導に専念しているというわけだ。
その教え方の厳しさと口うるささから、アスカがもっとも苦手としている人の一人だ。
リツコの母親だからもうそれなりの年齢のはずなのに、まだ四十代前半にしか見えないという、これでなかなか謎の人物だったりする。
「それを全部終わらせないと、お昼ご飯になりませんよ。午後からはお茶とお琴もありますし、さっさとやってしまいましょう」
顔は微笑みつつも、目つきは厳しいナオコであった。
「はーい」
「返事は"はい"です」
「はい」
改めてアスカは問題集にとりかかった。先ほどまでと同じ早いペースですらすらと解いていく。
ちなみにナオコの厳しい指導によりアスカの学習はずっと進んでおり、今やっているのは大学生レベルの問題である。
アスカはああ見えて、なかなかに優秀なのだ。
「ああ見えては余計よ」
「私語は慎みなさい、姫さま」
やれやれ、確かに厳しい先生である。
曲がり角からひょこっと顔が飛び出した。
アスカである。
「ふう、せっかくの休みなのに、一日中勉強なんてやってらんないわよ」
昼食を終えての昼休み時、廊下をこそこそと進むアスカだった。
「まっ、こうやって抜け出してしまえばこっちのものね」
ナオコの姿に注意しつつも、無事に外に出たアスカは城門へと向かった。
どうやら、案外簡単に脱出成功のようだ。
ガシャン!
アスカの行く手に壁ができた。見ると門番が立ちふさがっている。
「こら、どきなさいよ。まったく邪魔じゃないの」
アスカは門番を怒鳴りつけた。
それにたいし、門番は冷静な顔つきだ。
「残念ながらそれはできません」
「どーしてよ、この私の命令なのよ!それが聞けないっての!」
「はぁ、赤木先生から、『どうせ姫さまが抜け出そうとするに決まってるから、けっして外に出してはなりませんよ』ときつく申し付かっておりますので」
そう答えると、門番は軽く頭を下げた。
どうやら、アスカが抜け出そうとすることなど、ナオコにははなっからお見通しだったようである。
「くっ、さすが赤木先生、私の行動を予期するとはやるわね。ここはいったん引き下がるしかないようね」
アスカは城門をあとにした。しかし、その背中には敗北の二文字は浮かんでいなかった。
裏門に行くにしてもそこでも門番には同じ指示が下されているはずだ。そして、城壁は乗り越えるには高すぎる。
いったい、アスカはどうするつもりなのだろうか?
「あれっ、アスカじゃないか」
ノンキな声が呼び止めた。
見ると、シンジが歩いてきたところだった。
「こんなとこで何してんのよあんた。ブラブラと暇そうねぇ」
のほほんとした様子のシンジに、ちょっとイライラしていたアスカはきつい口調で言った。
もっとも、当のシンジは気に留める様子もない。
「別に暇じゃないよ。今日はヒヨヒヨに餌をやりに来てたんだ」
「ヒヨヒヨ?なによ、それ」
「ほら、この間僕が卵から孵しちゃったヒヨコがいたじゃない。あれの名前をヒヨヒヨって付けたんだ。家じゃ飼えないからね、お城のニワトリ小屋に預けてあるんだよ」
と、作者ですら忘れていたような以前のエピソードを持ち出すシンジであった。
「ちょっと待って。もしかして、ヒヨコだからヒヨヒヨなわけ?」
「うん、そうだけど」
「あんた、バッカじゃないの」
呆れ顔でアスカが言った。
「なによそれ、ネーミングのセンスもなによ感じられないわ」
「そうかな、いい名前だと思うけど」
「よくないわよ。それにね、これからずーっとヒヨコのままじゃないのよ。いずれは成長してニワトリになるのよ。それでもヒヨヒヨなわけ?どーなのよ」
「あっ、そうか」
ようやくとそのことに気づいたシンジである。
ウームと首をひねると、しばし考えたのちポンと手を叩いた。
「じゃあ、名前はニワニワにしよう」
「何も考えてないじゃないのよっっ!」
スパコーン!
アスカはハリセンでシンジの頭を張り倒した。
「ううっ、なにも叩かなくても。それに、そのハリセンどっから出したの・・・」
「うるさいわね、男が細かいこと気にするんじゃないわよ」
そして、どこかへとハリセンをしまい込むアスカである。もしかしたら四次元振袖なのかもしれない。
「だいたい、お城に来たんならどうして私のところにも来ないのよ。私の顔なんか見たくないっていうの」
おやおや、結局はシンジが自分よりヒヨコのことを大事にしたことを怒っているようである。
ヒヨコ相手に焼きもちを焼いてどうする、アスカ。
「違うよ、アスカにも会いに行ったんだけどさ」
シンジは慌てて弁解した。
「今日は勉強の予定が詰まってるからって会わせてもらえなかったんだ。・・・そういえば、こんなとこにいていいの?忙しいんじゃないの?」
「そうよ、忙しいの。こんなとこで油を売っている場合じゃなかったわ。さぁ、シンジ行くわよ」
「えっ、行くってどこに?」
「いいから、とっとと来なさい。赤木先生に見つかったらどうするのよ」
アスカはシンジを引きずるようにして連れ去っていた。
「こっ、これって」
二人の前に立ちはだかる城壁。しかし、その一部が崩れ落ちており、簡単に乗り越えられるぐらいの高さになっている。
「あっ、これね。以前に壊れちゃったのよ。本当は先月に修理するはずだったんだけど、どう言うわけかそのままになってのよね。」
ゲンドウの守が剣術大会の際に、シンジの訓練費用として城の予算をやりくりした結果、修理が順延になっていることなど、二人が知るはずもなかった。
「しかし、無用心だね。外から誰かが入ってこれちゃうじゃないか」
「そうよね、外からも入ってこれるし、中からも出て行けるわよね」
そして、アスカはニヤリと笑った。
その笑いを見た瞬間、シンジは自分がやっかいごとに巻き込まれたことを悟った。
逃げようとしても逃げられないやっかいごとに。ご愁傷さまである。
「早くしないと置いていくわよ」
城壁の壊れた部分を乗り越えながら、アスカがシンジを振り返った。
「僕としては、置いていってもらってかまわないんだけど・・・」
ブツブツ言いつつも、後へと続くシンジ。
こうして、二人は城下町へと舞い降りたのである。
ちなみに、
「姫さま、どちらに行かれたのですか!」
音流布城にナオコの声が響き渡ったのはそのすぐ後であった。
つづく
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「ついに始まった水無月編。しょっぱなからシンジ君は振り回されてますねぇ」
「まあ、そういう運命ですから、ぼくは」
「ずいぶんとネガティブね、そんなんじゃ運も逃げちゃうわよ。人間ポジティブじゃなきゃ」
「アスカ姫がいいますか、そういうこと。自分が振り回しているくせに」
「うるさいわね、それもバカシンジのためを考えて、あえて試練を与えてあげてるのよ」
「(ぼくは欲しくないけど)」
「んっ、何か言った?」
「別に・・・」
「さて、城下町に舞い降りた二人、次回はいかなる活躍をするのか!? チャンネルはそのまま」
「・・・どこにチャンネルがあるのよ」
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