「ケンスケを倒したってくれ」

試合前のトウジの言葉が、シンジの頭にこびりついていた。

まさかそんな頼みとは思わなかった。

「あいつは…あいつはあんなヤツやないんや。ムチャクチャに強いけど、相手を打ち負かして喜んどるようなヤツやなかったんや」

トウジは悔しそうに言った。

「もう言葉では説得できへん。誰かがあいつをブチのめして頭を冷やしてやるのが一番や。

そして、それを出来るのはお前しかおらん。お前しかおらへんのや」

喉元を狙った鋭い突きを、シンジは辛うじて避けた

ケンスケは先ほどから躊躇せずに急所を狙ってくる。シンジは、しかし未だ迷いを捨てきれないでいた。

――だって、ケンスケは友達じゃないか

まるで反撃できないまま、ケンスケの剣をよけつづけた。

じりじりと追い詰められていく。

「シンジ、頼むでぇ」

観客席でトウジはつぶやいた。

友人二人の戦いを、彼はただ見守るしかなかった。

ズルッ

足を滑らせかけて、慌てて体勢を立て直すシンジ。

どことなくアタフタとしていた。

「…ほんま、頼むでぇ…」

皆が固唾を飲みながら決勝戦の行方を注視していた。

音流布は今日も日本晴れである。



第拾六話

  ”姫さま ピンチです”



――なんで当たらないんだ。

優勢に見えるケンスケだったが、本人には苛立ちが高まりつつあった。

気合を込めた会心の一撃がことごとく決まらないのだ。

しかも、シンジはどこか心ここにあらずといった様子なのに隙がない。

先ほどまでの強い自信が、次第にその影を薄くしていく。

――なぜシンジから攻撃してこない?俺をなめてるのか?

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

叫び声とともに剣を横になぎ払ったが、今度も空を斬っただけだった。

この位置、この速さ、この角度ならば捕らえられるはずなのだ。

だが、風に揺れる柳のように、シンジはするりと体を流す。

ケンスケはシンジを睨みつけた。その眼は血走っている。

もはや相手が友人であることは忘れてしまったかのように、憎しみの色しかうかがえなかった。

「くっくっくっ…」

ケンスケが乾いた笑い声をたてた。

「この野郎、ぶち殺してやる」

この言葉を聞いた瞬間、シンジは唐突に決心がついた。

ケンスケがケンスケでなくなりつつある。それを止められるのはおそらく自分だけだった。

シンジは一瞬、呼吸を止める。

ズザザザッッッッ!

ものすごい勢いで、ケンスケが後ろへと飛びのいた。

顔面が蒼白になっている。

観客席がどよめく。

ケンスケが唐突にシンジから逃げたかのように見えた。

だが、それまでは一方的にケンスケが攻めていたのだし、シンジが攻撃に転じたわけでもない。

今一つ攻撃のテンポが合っていなかったようだし、流れを変えようというのか?

何かの作戦なのだろうか?

そんなことを考えて、皆は首をひねった。

「勝負あったわね」

アスカがきっぱりと断言した。

どういうことなのと言いたげなヒカリにアスカは言った。

「シンジの勝ちよ」



――俺は負けるのか…

自分の体が勝手に動いた後に、その理由がわかった。

シンジがついに動くのだ。自分を斬りに来るのだ。

打ちのめされている姿がやけにくっきりと浮かんだ。

先ほどの一瞬で、勝負の行方は見えてしまった。

自分が負ける?

まさか、そんなはずはない。

しきりに頭を振るが、不吉な思いは消えなかった。

シンジの体がフッと沈んだ。

来る!

ケンスケは右手を懐に突っ込んだ。

――万一のために用意しておいてよかった。備えあれば憂いなし

いかにもご都合主義ではあるが、ケンスケは対シンジ秘密兵器を投げつけた。



体が勝手に動いていた。

心では友に斬りかかるのをためらっていたが、剣はゆるぎなく滑らかな軌跡を描いた。

ケンスケが何かを二人の間に投げ出してきたが、気にせずにそのまま打ち込む。

打ち込もうとした視線が、その端で捕らえたのは一本の巻物だった。

踏み込んだ足が巻物を踏みつける寸前、シンジの体が凍りついた。

たたらを踏んだシンジは、体勢を大きく崩すと、そのまま場外へと転がり込んだ。

一斉に飛びのく観客。シンジは不自然な格好のまま思いっきり床に叩きつけられた。

「ちょっと、しっかりしなさいよシンジ!」

血相を変えたアスカがシンジを抱き起こした。

「あら、アスカったらいつの間に」

ヒカリが空になった隣の席を見て、感心したように言った。

シンジが転がり込んだのは、試合場をはさんでほぼ反対側。どこをどうやって、一瞬で移動したのやら。

忍術か天狗の術のごとしである。

「愛の力なのかしらねぇ。言ったら怒るんだろうけど」

つづく       

 

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