音流布城の朝は早い。

日の出と同時に私は目覚めた。

隣の布団では、息子が泥のように深く眠っている。

昨夜は、どうも色々あったようで疲れているようだ。

なにがあったのか詳しくはわからないが、擦り傷なども負っている。

まあ、男の子はそれぐらいのほうが元気というものだ。もう少し寝かせておいても良かろう。

ぐっすり眠れるのも若さの証拠である。

私は布団をそっと畳むと、手早く身支度を整えた。

朝食前に、いくつか片づけておきたい仕事もある。こう見えても、多忙の身なのだ。

おっと、自己紹介が遅れたようだ。

私の名は冬月コウゾウ左エ門。気軽にコウゾウと呼んでくれてかまわない。

音流布藩で家老の役に就いている。殿の右腕となり、藩を切り盛りするのが私の役目だ。

白髪がちょっぴりセクシーな、ダンディーなナイスミドルと世間では噂されているようである。

今日も、仕事が山となって私を待っている。

殿も、少しは真面目に書類仕事をやってくれればいいのだが。

やれやれ・・・




「イカスぜ、冬月さま!!」




「藩立診療所の設置計画についてはどうなっているんだ、碇」

私は、城主碇ゲンドウの守のことを、”殿”あるいは”碇”と呼ぶ。

君主に対して何事だ、と思われる方も見えると思う。

私は長崎の塾で教師をしていたことがあり、碇はその時の教え子なのである。

立場が変わっても、呼び方を変えるというのは意外に難しいものだ。

それに、碇もユイ君も私から敬語で話しかけられることは望んでいないようである。

「それについては、赤木君に任せてある。追って報告書が届くはずだ」

「そうか、医療事業は赤木博士が担当だったな」

では、報告書が届いた後に、一緒に回す事としよう。

手元の書類を未処理と書かれた箱に入れた。

これでようやく六件目。

まだまだ、書類は山と積まれている。これらすべてを、今日中に片づけねばならない。

やれやれ。

碇は、手を組んだまま、時折私の問いかけに答えるだけだ。

本人曰く、藩の方針について考えを練っているそうだが、怪しいものである。

とにかく、雑用はことごとく私に回ってくる。転職は誤ったかな、と思う時もある。

まあいい、やるべきことをやるだけだ。

「あの・・・よろしいですか」

執務室のふすまを開け、声をかけてきたものがいる。

会計方の伊吹マヤ君である。

「どうしたんだね、マヤ君?」

「今朝一番で回ってきた書類について、殿にお伺いしたいことが」

マヤ君は、碇に書類を差し出した。なにやら分厚い紙の束が添付されている。

「この経費報告書なんですが、なんなんですか、これ?」

「見て分からないのか、指導料についての経費請求だ。くだらんことでいちいち聞きに来るな」

「いや、それはわかるんですが。どの件についての指導料なんですか?」

「秘密だ」

碇は、当然とばかりの顔で言った。

どうも、またもや碇が独断でなにやら始めたらしい。そうなると、迷惑するのは我ら家臣と決まっている。

私は、人知れずため息をついた。

「秘密だ、じゃないですよ。それにこの領収書の束はなんですかっ!」

マヤ君が、紙の束を突きつけた。

なんと、あれ全部が領収書なのか?そりゃ、マヤ君が怒るわけである。

「いいですか、こんな使途不明金は認めるわけにはいきませんよっ!」

マヤ君が語気が荒めた。

ああ見えて、仕事上は意外に気が強い。私も、接待費のことで何度か叱られたことが・・・いや、これはまた別の話しだ。

とにかく、潔癖症だけあって、用途のはっきりしない費用は一切認めない。

彼女のおかげで、音流布の会計はギヤマン張りなのである。大事に使おう皆さまの年貢、である。

「シンジの助のために必要だったのだがな・・・」

「えっ、シンジ君のために!?それなら、必要な経費ですね。分かりました、承認します」

碇のつぶやきに、マヤ君はコロッと態度を変えた。

おいおい・・・

うーむ、若い娘というのはよく分からん。

しかし、シンジの助が領収書の束とどう関係があるのだろう。指導料とか言っていたが・・・

私は、昨夜の息子の様子を思い浮かべた。まるで、果たし合いでもあったかのような格好だった。

もしや、と思ったが口を挿まないでおく。どうせ、尋ねたところで説明をする男ではない。

「でも、今月の予算はもう目一杯なんですよ。どこからこれだけ都合しましょうか?」

「さて、そうだな・・・」

予算表を見ながら、碇が首をひねった。

「ここだな」

「えっ、どれですか?」

マヤ君が、碇の手元をのぞき込んだ。

「・・・これって、わたしたち家臣の禄じゃないですか」

「うむ、そうだ」

「あのですね、いくらシンジ君のためでも、それは認められませんよ」

「駄目か?」

「駄目です!!」

マヤ君が、きっぱりと言い放つ。取りつく島もない。

「若い者は融通が利かんな。冬月、何とか言ってやってくれ」

「碇・・・私の禄もそこから出てるんだがな」

「駄目か?」

「駄目だ!!」

私は怒鳴った。

ただでさえ少ない月給だ。息子のためらしいとはいえ、これ以上減らされてなるものか。

「ふうっ、就職先を誤っちゃったかな。やっぱり、赤木先輩のとこの事務員になれば良かった・・・」

マヤ君が、なにやらブツブツつぶやいている。気持ちは良く分かる。

まあ、これも経験のうちだ。

「では、来週より着工予定となっている城の外壁補修工事を延期しよう。梅雨に入る前に直しておきたかったのだがな」

「えーと、ここの金額ですね」

マヤ君が、チャチャッと算盤を弾く。

目にもとまらぬと言うと大げさだが、かなりの速さだ。あっという間に、計算を終えた。

「はい、これなら大丈夫です。予算内に納まりますね」

マヤ君が、碇を見てうなずいた。

どうやら、禄高削減の憂き目にはあわずにすみそうだ。

「当然だ。全ては私のシナリオ通りに進んでいる。この程度の予算誤差なら、修正可能だ」

碇が、ニヤリと笑った。

「いーかげんにしろっっ!!」

私とマヤ君は、同時に突っ込んだ。

むろん、碇にはたいして効果がなかったが。

 

「ちょっと、いつまでやってんのよ。おっさんたちの会話なんて、誰も興味ないわよ。とっとと終わんなさいよっ!!」

「まあまあ、アスカ。大人には大人の大事な話しがあるんだから・・・」

「あんた、どっちの味方なのよっ。だいたい、なによその「イカスぜ、冬月さま」ってのは。
シンジ、あんたの父親でしょ。なんとかしなさいよ」

「なんとかしなさいったって、ぼくは知らないよぉ」

「あっそお、あんたわたしの出番が少なくてもいいわけね。アスカのためなら命を投げ出す覚悟だ、って誓ったのは嘘だったのね」

「嘘も何も、そんなこと誓った覚えないよ」

「じゃあ、いま誓いなさいよっ」

「誓えって急に言われても・・・あっ、ほら始まるよ、アスカ」

「ごまかそうとするんじゃないわよ」

「ほらほら、タイトルが」



そうそう、言い忘れていたが、音流布は今日も五月晴れである。



第拾弐話

  ”姫さま お弁当にしましょう”



「ほーお、そりゃ災難やったなぁ」

あまり災難とは思っていない様子で、トウジはガハハと笑った。

2年い組の教室である。昼食時だった。

生徒たちは、気の合ったもの同士で机を合わせて、昼のひとときを楽しんでいる。そんな時間だ。

シンジが、昨夜の出来事をトウジに話していたところである。

「笑い事じゃないよ、トウジ。殺されるかと思ったんだから」

シンジが、おおげさに刀を振る真似をしながら言った。

「まあまあ、見たところちっと擦りむいたぐらいやし、たいしたことがなくて良かったやないの。
いつも惣流にやられとる怪我のほうが、よっぽどひどいやないか」

「まぁ、そうだけどね」

シンジがうなずく。

「なぁにがぁ、『そうだけどね』なのよっ」

「うわっ、聞こえてたか」

「そりゃまあ、聞こえるわな」

「聞こえるわよねぇ」

トウジとヒカリが、やれやれとつぶやいた。

シンジたちとアスカたちの机の島はすぐ隣だ。丸聞こえで当たり前である。

「父上が、怪しい奴がうろついているって言ってたけど、そのことだったのかしら」

ヒカリが、アスカに言った。

「多分そうでしょうね。この根性なしを狙ってたのは」

アスカはそう応えると、ずいっと机ごとシンジに詰め寄った。

圧倒されたシンジは、びびって下がろうとするのだが、残念なことに後ろは壁である。逃げ場なしの状況だ。

「ううっ、まさに前門のアスカか」

「で、後門はなんなんや」

「校門には、校長先生の銅像がある」

「おっ、センセ案外上手いやんか」

トウジが、ポンと手を打った。

「よしっ、座布団一枚。ほな、そういうことで」

「失礼しました〜」

「コホン」

とっとと逃げ出そうとしたシンジだが、アスカの咳払いに硬直する。

愛想笑いも硬直したままだ。

「その言い方だと、わたしがあんたにいつも暴力を振るっているみたいじゃない」

「いや、いつもとは言ってないけど・・・しばしば・・・かな」

「同じことよっ!」

バッシーンとシンジは張り倒された。

やはり、『しばしば』で正解のようだ。

「まったく、失礼ね。それから、そのヘラヘラ顔はやめなさいよ、みっともないわ。ちょっと、聞いてるの?」

聞いてるも何も、シンジはひっくり返ったままだ。

「まあまあアスカ、そこらへんにしておきなさいよ。お茶も冷めちゃうしさぁ」

そろそろ頃合いかな、とヒカリが仲裁に入った。

一通り怒鳴ったので、アスカの怒りも少しは納まっている。このあたりのタイミングは、さすが親友だ。

「そうやイインチョのいう通りや。そないな恐ろしい顔をされると、せっかくの昼飯がまずくなってかなわんわ」

トウジが、購買で買ったおにぎりにかぶりついた。

ヒカリがそれを見つめているのに、アスカだけは気がついていた。

「そもそも、なんでそんな夜遅くに二人でおったんや?まさか、逢い引きちゃうやろなぁ」

「違うに決まってんでしょ。寝言は寝て言いなさいよ」

「寝とるのは、センセやけどな」

トウジは肩をすくめた。

シンジは、まだ白目をむいてひっくり返ったままだった。

「ううっ、ごめんよぉアスカぁ」

そんな、無意識のつぶやきが涙をさそった。

 

さて、とうに皆さんお気づきだろう。

普段なら、ここにいるはずの一人の少年の姿がないことに。

その答えは教室の後ろにあった。

保管棚から刀が一本、授業中よりも少なくなっていたのである。

棚の名札が所在なげに揺れていた。そこには、『相田ケンノスケ』と書かれてあった。

 

校舎裏にある用具置き場、その横にケンスケがいた。

手付かずのままの弁当が、かばんの上に置かれている。

「せいっ!!」

ケンスケは、ひたすら素振りを繰り返していた。

木刀ではなく、真剣を使ってだ。

校内で刀を抜く事は、基本的に禁じられている。もし見つかれば、停学ものだろう。

しかし、ケンスケはそんなことは気にもしていないようだ。

それよりも、今朝シンジとすれ違った時に感じた気配が気になった。

昨日までのシンジとは何かが違った。

はっきりいって剣術大会でシンジのことは眼中になかった。

これまで授業で打ち合いをした限りでは、たいして強くない事はわかっているのだ。

もちろん、アスカがシンジに特訓をさせていたことは知っている。

それがどうした?付け焼き刃の特訓がどれほどの意味があるだろう?

剣の腕では、圧倒的に自分のほうが上だとの自負はあるのだ。

そうだ、なんにも気にする事はない。自分の勝利は間違いないのだ。

しかし、ケンスケは落ち着かなかった。

ただただ、素振りを繰り返した。何度も、何度も。

いよいよ、明日は剣術大会当日である。

 

「おや・・・?」

塀の向こうで発せられている気配に、無精ひげの男はふと立ち止まった。

よれよれの着物で、長い髪を無造作に後ろでしばっている。

男は、ちょっとばかり眉をしかめた。

「学校から殺気とはね・・・あまり似つかわしくはないな。
まあ、葛城が教師をしているところだから、多少変わった学校でも不思議はないか」

男は、誰に言うとでもなく、そうつぶやいた。

「そして、俺の職場にもなる」

 

つづく                  

 

第拾壱話へ    第拾参話へ    図書室へ戻る

  jion@jion-net.com


「さーて、ちゃんと説明してもらいましょうか」

「えーっ?なんのことですか、姫さま」

「しらばっくれてんじゃないわよ。番外編のはずの「イカスぜ(以下略)」が、どうして今回に入ってきてるのよっ!!」

「いやぁ、書いてみたら結構気に入ったんで、番外編じゃもったいないかなぁと」

「うううっ、あんたってほんと考えなしね」

「それについては、自覚がありますね。考えなしに、短編や新シリーズを始めてしまったし」

「そのうち首が回らなくなるわよ。手を広げすぎて破綻倒産ってのは最近多いんだから」

「いや、わたしゃ別に某証券会社じゃないですが」

「とにかく、「姫さま お静かに」を最優先にしなさいよっ。わかったわね」

「はーい、善処しまーす」

「・・・まったく・・・」

 

  jion@jion-net.com

 ●第拾参話に行く
 図書室へ戻る
 TOPページに戻る