「ハァハァハァ・・・もう、ハァハァ、もう追っかけてこないわよね」

「どうやら、大丈夫みたいだよ。ゼイゼイ・・・」

道端の花壇に、倒れるようにして座り込んだシンジは、後ろを振り返った。
夜道に、彼らを追ってくる人の姿は見えない。
とりあえずは、安心なようだ。
物騒な夜であるが、そんな彼らを励ますように、花壇にはパンジーが可憐に咲き誇っている。

「まったく、なんて夜なんだろ。えーとっ、これで七人目だっけ?」

「八人目よ。按摩さんの次は、刀の鍔を眼帯代わりにした男でしょ、額に三日月傷のあるやけに豪快な男、
片目片腕で着物にごちゃごちゃと文字を書き込んだ男に、爪楊枝をくわえた旅装束のニヒルぶった無宿人、
なんのつもりか角兵衛獅子の子供を連れた黒頭巾ときて、あげくはやたらと威勢のいい魚屋のお兄さんよっ!!
まったく、あんな怪しい連中がうようよしているなんて、奉行所はなにをやってるのかしら」

「どちらかというと今回は、火付盗賊改方の管轄って気もするけどね」

音流布は、治安が良いことでも有名である。
それが今夜は、二人が角を曲がる毎に襲われる始末。
アスカがプリプリと怒るのも無理もない。

「でも、いい加減で打ち止めだよね〜。もう疲れちゃったよ〜」

「そうね、さすがに読んでいる人も飽きてきたでしょうし」

「悪いがそういうわけにもいかんのだな、これが」

ギックゥゥゥ

背後からの声に、アスカとシンジは、ギリギリとゆっくり振り返った。
油の切れたからくり人形のようだった。
額を冷や汗が、タラッと流れ落ちた。

「またですかぁ」

勘弁して下さいよぉ、といった顔つきのシンジである。
『また』のところに、極太のアンダーラインが入っていた。
ちょっと腰掛けて、一休みできそうなほどの太さである。

「まあ、そう嫌な顔をするな。こちらにも色々事情というものがあってな、悪く思うなよ」

無精ひげを生やした、むさくるしい男が言った。
腕を懐手にして、愉快そうに二人の様子をうかがっている。

「悪く思うに決まってんじゃない。勝手なことを言わないでよね」

「ワシだけは・・・っていったいあなたは誰なんですか?そして、なにが目的なんです?」

「目的は教えるわけにはいかんが・・・ふむ、ワシの名か。そうだな・・・」

男は、たもとから腕を覗かせて、あごをどれどれとさすった。
ふむ、とばかりにしばし花壇を眺めた。
パンジーが、夜風に揺れていた。

「パンジー三十郎とでも言っておこうか。もうすぐ、四十郎になるがな」

「なんなのよっ、それはっ!!」
「なんなんですかっ、それはっ!!」

残った力を振りしぼった、アスカとシンジのツッコミがやけに空しかった。

音流布は明日も五月晴れになりそうである。



第拾壱話

  ”姫さま お目覚めですか?”



「うーん・・・」

どこからか聞こえてくる小鳥の鳴き声に、シンジはうっすらと目を覚ました。
窓からさわやかに朝日が射し込んでいる。
ゆっくりと焦点が合ってきた目に、いつもと違う天井が映った。
だが、見たことのある天井だった。

――そっか、アスカを送り届けた後、結局お城に泊めてもらったんだった

シンジは軽く寝返りをうった。
そこに寝ていたはずの父コウゾウ左エ門の姿はすでになかった。
かわりに、きちんと折りたただ布団があるだけである。

「父上は、もう仕事か・・・。また出番がないみたいだなぁ、かわいそうな父上」

昨夜の疲れが残っているのだろう。
いつの間にか、シンジはまたウトウトとしはじめる。
思い返すにも、とんでもない夜だった。
初めて刀を人に向け、命の危険を感じながら、懸命になって闘った。
自分のためだけでなく、なによりも大切な人を守りたかった。
そして、どうにか守り抜いたのだ。
だが、それもこうしていると、夢であったかのようだ。
ふかふかとした布団が、シンジを暖かく包んでくれる。

「こらっ、いつまで寝てんの。さっさと起きなさいよ、まったく」

心地よいまどろみから、シンジは引きずり出された。
声の主は、もちろんアスカである。
彼女にとってシンジを叩き起こすのは、すでに日課になっている。
怪しい辻斬りの団体が現れたあとだとしても、それに変わりはなかった。

「ふわぁぁ、アスカおはよぉ」

寝ぼけまなこのまま、シンジは大きなあくびをした。
昨夜の、アスカを守ろうと勇ましかった姿は、どうにも面影もない。

「よぉーやく、お目覚めね。バカシンジ」

「うん、もうすっかり目が覚めたよ・・・・・・グー」

「ちっとも覚めてないでしょーがっ!それに、第壱話と同じネタよっ」

アスカが、布団を引っぺがした。
これまた、いつもの通り。
ところが、布団を持ったままアスカが硬直した。
ボッとばかりに、唐突に赤面する。

「キャー!エッチ、バカ、ヘンタイ!信じらんないっ」

バシッ

威勢のいいビンタの音が響いた。

「いきなり、なにするんだよぉ。朝っぱらから、乱暴だなぁ」

左の頬を押さえながら、シンジが抗議の声を上げた。

「あ、あ、あっ、あんたこそ、な、な、なに考えてんのよ」

――へっ?

シンジは、真っ赤な顔をしたままのアスカの視線を追った。
ちょうど、自分の足の付け根、いわゆる股間のあたり。
着物がそこのところだけ、妙な具合にモコッとふくらんでいる。

「いっ、いや違うんだ。これは違うんだよ、アスカ」

顔の前で両手をあたふたと振りながら、シンジはうろたえた。
シンジも若くて健康な身体の持ち主だから、「そーいう」状態になることもある。
だが、今朝は違う。さすがに、自分のことぐらいは、よく分かるのである。

「なにが違うっていうのよっ」

バシッ

目が覚めてからわずか3分。
すでに、二発目をくらったシンジであった。
どうやら、今日は新記録が狙えそうだ。

「そんな新記録、ほしくないよぉ」

涙目になったシンジが、弱々しく言った。

――まったく、どーして男の子って、そろいもそろってエッチなのよ。
 どーせ、いやらしい夢でも見たんでしょ。
 はっ!?もしかして、わたしの夢だったかも。そーよっ、きっとそうに決まってるわっ。
 やっだー、シンジったら。わたしたちには、まだ『ちょっと』早いわよぉ・・・・・・ポッ

勝手に勘違いして、アスカはまたもや赤面する。
マヤから恋愛小説を借りて読んでいたりと、案外と耳年増だったりするのだ。
(ちなみに、本を返すなり「何よこれ、構成はなってない、人物描写はいい加減。
おまけに取って付けたような御都合主義の結末じゃない。つまんないわ」
ときたものである。マヤのこめかみが、人知れずヒクヒクしていたというのは、極秘だ)

「・・・アスカ、大丈夫?」

畳にしゃがみこんで、「の」の字をいくつも指で書いているアスカが心配になったシンジは、
様子を見ようと立ち上がろうとした。
するとどういうわけだが、例のふくらみがもぞもそと動きだす。
そして、シンジの着物の裾から小さな黄色いかたまりがトコトコッと現れた。
フワフワとした毛玉のような、一匹のヒヨコだった。

ピヨッ

小さな鳴き声をあげ、ヒヨコはシンジを見上げた。

「きゃー、かわいいじゃない」

アスカはヒヨコを手の上に乗せると、その頭を軽くなでた。
ちょっとくすぐったそうにしながら、ヒヨコはあたりをキョロキョロと見回している。

「どうしたの、この子?あんたが生んだの?」

「ぼくはメンドリじゃないってば」

立ち上がったシンジの裾から、卵の殻がぱらぱらとこぼれ落ちた。
それを見て、シンジはポンと手を打った。

「あっ、そうかぁ。昨日の卵を、ふところに入れたまま寝ちゃったんだ。
ちょうどいい具合に暖まったものだから、孵っちゃたんだよ」

「なるほどねー、お城のニワトリ小屋の卵は、活きのいい有精卵だから、ありえるわね。
しっかし、あんたって器用ねー、よく寝てる間に潰さなかったものだわ」

「そりゃ、ぼくはアスカと違って、寝相がいいから」

「余計なお世話よっ!!」

バシバシッ

今度は往復ビンタだった。
新記録は、やはり夢ではないかもしれない。

「見たこともないのに、勝手なことを言わないで」

「ごめんよ、アスカ。なんとなく、そうじゃないかなぁと思ったもんだから」

「思うんじゃないわよっ」

アスカはプイッと、ふくれっつらになった。
花も恥じらう年頃の乙女に寝相が悪いとは、シンジもひどいことを言うものである。
いくら、事実であるにしてもだ。

「ううっ、眠いよぉ」

シンジは、ぼーっとした顔で目をこすった。
よくもあれだけ殴られて、まだ眠気が取れないものだ。

「しゃきっとしなさいよ、たっぷり寝たじゃない」

「だってさぁ、昨夜の騒ぎのあとだよ。なかなか寝付けなくって。
でも、あの人たちって、いったいなんだったんだろう」

「さぁ?辻斬りでしょ」

アスカは、興味なさげに肩をすくめた。

「そうかな?本気でぼくたちを傷つけようとはしてなかったよ。かといって、手を抜いてるわけでもないし。
最初はアスカを狙ってると思って、夢中で戦ったけど、なんか途中から稽古でもしてる気分だった・・・」

「まっ、いーんじゃないの」

昨夜の刺客連中の正体は知らないが、アスカにはその目的と黒幕はほぼ見当がついていた。
シンジのいう通り、あの闇討ちは剣術の稽古だったのだろう。
模擬実戦とでも呼べばいいのだろうか。
動きは良くなったものの、試合で人と向かい合ったときにどうなるか。なんといっても、シンジは気が弱いのだ。
それがアスカの不安であったが、昨夜の出来事はなんらかの成果をもたらしてくれることだろう。
そして、そんなことを考え付く人物は、音流布広しと言えども一人しか思い付かなかった。

――父上、ありがとう。でも、ちょっと無茶ね。シンジが怪我したら、どうするのよっ

心の中で、父に礼とつっこみを入れるアスカだった。

「早くしなさいよ。お弁当を用意する時間がなくなるわよ」

「ちょっ、ちょっと、こっち見ないでってばぁ」

身支度を整えていたシンジは、アスカの視線にアタフタと慌てた。
そのまわりを、ヒヨコがピヨピヨと歩き回っている。
どうやら、シンジを親と思い込んだらしい。

「べつに、あんたの着替えなんて見たくないわよ」

そんな事を言いながらも、ちらっと見えたシンジの背中に、アスカはなぜかドキマギした。
なぜ?って。
ちょっとだけ男を感じさせる背中になっていたのだ。

つづく       

 

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「すみません、次回からはまじめに書きます。みなさん、見捨てないでね」

「あやまるのならば、最初からちゃんとしたものを書けばよいのではないかな」

「あっ、出番のないコウゾウ左エ門さんじゃないですか。考えてみれば、初登場ですね」

「あとがきに出ても、さしてうれしくはない。だいたい、何なんだあの刺客の連中は」

「使徒ではないのは確かです」

「あたりまえだ。数も足らんしな」

「あっ、そーいうネタもあったか・・・」

「で、いよいよ大会が始まるのかな」

「ええ、どうにか。長かったなー」

「そうか、そしてその大会が終わったら、新たに『イカスぜ 冬月さま』の新連載というわけだな」

「んなわけ、ないってば」

「ちゃんとスケジュールも開けてあるぞ。碇のお守りで忙しい身だが、どうしてもと頼まれてはしょうがない。
シナリオは早めに上げてくれよ。役作りをせねばならんからな」

「だから、そんな予定はないってば。あれっ、そういえばコウゾウ左エ門さんって、殿のことを碇って呼んだりしますよね。
いいんですか、自分の主君を呼び捨てにして」

「もちろん、良い事ではないな。殿は昔わたしの教え子だったので、癖で『碇』と呼んでしまうことがあるのだ。
直さなければとは思っているのだが」

「おおっ、それは意外な事実(いや、そのまんまか)。ぜひ詳しく教えて下さいよ」

「よし、と言いたいところだが、そのあたりの話はいずれ外伝になるやもしれず。話すわけにはいかんのだ」

「へー、そうなんですか。んんっ、それってもしかして、わたしが書くんですか」

「そりゃ、当たり前だろう。作者なんだから」

「聞いてないですよ、そんなこと。誰が思い付いたんですか、そんなこと」

「碇だ。自分が主役の話が欲しいらしいな」

「うっ、やっぱり」

「ところで、ここだけの話だが、わたしとユイ君が主役の話にならないかね。ひとつ頼むよ」

「・・・まったく、このおっさんも、まじめそうな顔して・・・」

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