シンジは、スラリと刀を抜き放った。
14歳の身体には、ほんの少し長すぎる刀身が、鈍い光を放つ。
人を相手に真剣を構えるなど、シンジには初めてのことであった。
恐怖を考えまいとする。
自分には、守るべき人がいるのだから。
「いいぞ、そうでなくては張り合いがない。
少しは刃向かってくれなければ、面白味に欠けるからな」
やっつけ仕事のつもりでいたのだがな、と男は内心苦笑した。
子供を相手に本気を出すつもりはないが、男の冷え切った心の中で、
なにかが熱くなり始めていた。
「さて、最初の約束通り、お主らに月を見せてやろう」
そう言うと、男は刀を下に構えた。
空気が、緊張で張り詰めていた。
「まーだ言ってるわ。ほんとっバカじゃないの」
ピクリ
アスカの言葉に、男の眉がわずかに動いた。
せっかくの見せ場に茶々を入れられ、むっとしているようである。
しかし、気を取り直すと、男は再び口を開いた。
「見よ、これぞ我が魔剣、円月殺法だ」
男は、ゆっくりと円を描くように、刀を回した。
そして、月が現れた。
しかし、それは晴れ渡った夜空にではなかった。
音流布は明日も五月晴れになりそうである。
第拾話
”姫さま またまた危ないです”
――なんて、きれいな月なんだ・・・
目の前に現れた美しい月。
シンジは魅入られたように、動くことができなかった。
「バカシンジっ!!なにやってんのよっ!!」
アスカの叫びに、ハッと我に返った。
その時、すでに男の刀がシンジの首元に迫りつつある。
一撃必殺の剣であった。
カァイィィィン!!
刀がぶつかり合い、暗闇に火花が散った。
すんでのところで、払いのけたシンジだったが、そのため体勢が崩れた。
「シンジ危ないっ」
再び、アスカが悲鳴をあげた。
当然のごとく、男がその隙をついてくるものと思ったが、そうはせずに数歩下がった。
刀を下に、また先ほどの構えを取る。
「おっ、恐ろしい・・・これが円月殺法か」
どうにか体勢を立て直したシンジだが、男の剣に驚きを隠せなかった。
刀を円を描くように回す、ただそれだけのことである。
それだけのことなのに、刀の切っ先が描く軌跡が、シンジには月に見えたのである。
美しい満月であった。
おそらくは、男の言葉、動き、目つきなどによって、軽い催眠状態になっていたのであろう。
男の放つ、不気味な雰囲気に、心が乱れていたせいもある。
そして、相手が満月に心を奪われたところを、円の動きのまま一刀で斬り捨てる。
それまでが、直線的な攻撃ばかりなので、避けることはまず出来ないであろう。
まさに、魔剣という呼び名がふさわしい剣であった。
「クックックッ・・・真に恐ろしいのはこれからだ」
ニヒルな笑いのまま、男は月を描いた。
刀が軌跡に沿って、何重にも見える。
またもやシンジは、男の術中にはまっていた。
下から跳ね上がってくる刀に、シンジはかろうじて身をのけぞらせた。
距離を置いては不利だ。
そう思ったシンジは、男の懐に飛び込もうとして、隙を作るべく懸命に刀を振るう。
「いかんいかん、そんなに脇が開いていては、動きにキレが出ないぞ」
男は、そんなシンジの攻撃を、軽くやり過ごしていた。
すでに余裕といった感じで、男のほうからは仕掛けてこない。
ただ、その代わりにシンジの欠点を次々と指摘する。
「重心の動かし方に無駄が多いぞ」
「刀は振り回すな。手の延長と思え」
「その場のことだけでなく、一手二手先を考えろ」
――くっっ・・!
渾身の力を込めた突きを、あっけなく弾かれた。
足元がよろついたシンジは、数歩あとずさった。
「ダメよシンジ、このままじゃ・・・」
二人の戦いを見守っていたアスカは、ついに耐え切れなくなった。
「ダメなのよ、このままじゃ・・・このままじゃ・・・」
「アスカ・・・」
「このままじゃ、今回ギャグがないわ」
アスカは、キッパリと言い切った。
ハラホレヒレハレ〜
シンジと男は、ものの見事にずっこけた。
シャボン玉チックなずっこけだった。
ステテコ姿のヒゲオヤジが、踊りながらアスカの目の前を横切っていった。
「おや、およびでないっ、およびでないねっ。くぉりゃまた、しつれいいたしましたッ」
「いいかげんにしろーっ!!」
アスカのケリで、ヒゲオヤジは宙を舞って退場した。
いったい、彼はどこから現れたのか?
それは、永遠の謎である。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、男とシンジは硬直したままだ。
ヒクヒクと痙攣していたりもする。
「チャーンスッ」
アスカはニヤリッと笑った。
「スキありっ」
ボクッ!!
赤ん坊の頭ほどの大きさの石が、男のこめかみを直撃した。
鈍い音とともに、男は崩れ去った。
「シンジっ!今のうちに逃げるわよっ」
「う、うん・・・」
アスカに手を引っ張られるようにして走り出したシンジは、後ろを振り返った。
「大丈夫かな、オジさん。死んだんじゃないだろうな〜」
「あんた、バカぁ。自分の命を狙った奴の心配をして、どーすんのよ」
呆れたわねぇといった顔つきのアスカだ。
「でもさぁ、あれはやりすぎじゃないかな〜 うわっ!!」
四つ角で、右側から歩いてきた人と、ぶつかりそうになった。
その人物がひょいと身体をかわしたので、衝突はしないですんだが、
バランスを崩したシンジは、たたらを踏んだ挙げ句に、したたかに転んだ。
「あいたたた・・・」
「大丈夫?シンジ」
アスカは、心配そうに覗き込んだ。
「ふえーん、鼻打った〜」
「男がそれぐらいで泣くんじゃないわよ。それ以上低くなりようがないから安心しなさい」
たいした怪我ではないのにほっとしたのか、アスカはひどいことを言う。
「どうも、すみませんでした。大丈夫ですか」
涙目で立ち上がりながら、シンジはぶつかりそうになった相手に謝った。
「ごめんなさいねー、こいつったらほんとドジなのよ。勘弁してやって」
「いやぁ、こっちはなんともありませんでしたよ。しかし、どうして目明きの人は、
急いでばかりいるんでしょうかねぇ。あっしら目の見えないものには、よくわかりませんやね」
相手のいかつい顔の男は、杖で足元を確かめながら、二人に近づいてきた。
白髪混じりの頭を短く刈り込んだ按摩姿である。
お得意さんで腰を揉んできた帰り、といった様子だった。
「好きで急いでたんじゃないのよ。辻斬りに襲われたんだからぁ」
大変だったのよぉ、と言わんばかりのアスカである。
「ほぉぉ、辻斬りですかね」
男は、首をかしげるようにしては、しきりに動かしている。
アスカたちの声の聞こえてくる方向を、確かめているのであろう。
「ええ、そうなんです。突然、刀を抜いてぼくらに斬りかかってきたんですよ。
もう、怖かったのなんの」
「あんたたちみたいな子供相手にねぇ。まったく、嫌な渡世だねぇ」
按摩は、苦い顔でやれやれと首を振った。
「で、その刀なんだが、もしかして・・・」
ギクリっと、アスカとシンジは顔を見合わせた。
――怪談話で、こんな場面があったわよね
――うん。逃げ込んだ蕎麦屋のおじさんものっぺらぼうで・・・
「もしかして、こんな刀でしたかねぇ」
按摩の持っていた杖が、途中からスッと抜けた。
仕込み杖だった。
刀を逆手に持つと、按摩は腰を落として構える。
独特な変則的な構えだった。
「では、そろそろ始めますかね。そっちからかかってきてくださいよ、あっしからは見えませんからねぇ」
「うわー、またか〜!!」
「もう、いや〜!!」
二人の叫びが、夜空に吸い込まれた。
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「うっ、うーむ」
うめき声をあげながら、黒ずくめの男はようやく意識を取り戻した。
痛む頭を抱えながら、どうにか身体を起こす。
「とんだ醜態をさらしてしまったな。ずいぶんと気の強い小娘だったわ。
どうにも、話とちと違いましたな」
「その件は、こちらでも予期しておりませんでした。申し訳ございません」
音流布の男が、物陰から現れた。
なにやら、大きな袋を大事そうに抱えている。
「なに、おなごと思って拙者が油断していたのだ。まさか、石をぶつけられるとは思ってもいなかったがな」
男はフッと笑った。
「あの少年は、なかなかいいものを持っている。先ほどの斬り合いだけでも、かなり動きが変わったはずだ。
あとはこれからの修行しだいだな」
「ご苦労さまでございました。では、こちらがお礼の残りでございます。どうぞ、お納めください」
「これはかたじけない。では、遠慮なく」
男は紙包みを受け取った。
小さな包みだが、ずっしりとしている。
その重みを確かめるかのように、男は手の上で軽くもてあそぶ。
「それと、お手数ですが御署名をいただけますか」
「こちらかな?おや、領収書だな」
「はい。我が藩の勘定奉行は、いろいろやかましいゆえ・・・」
「大変なのだな、御公務も」
その言葉に、音流布の男は苦笑いを浮かべた。
「御城主はお元気でみえるかな。あの方には、昔ずいぶんと世話になった。
よろしく伝えておいてもらえるかな」
「はい、承知いたしました。それでは、お刀をお返しいたします」
音流布の男は、袋の中から一本の刀を取り出して手渡した。
「しかし、この刀はたいした物だ。こうして手に持っていても、まるで模造刀とは思えん」
男は腰の刀を差し替えながら言った。
とはいえ、やはり無想正宗のほうが、しっくりくるようではあるが。
「技術開発所の自信作ですからね。ものを斬れぬこと以外は、本物とまるで同じです」
「なるほど、科学万能の時代というわけか・・・しかし、その袋の中にはまだずいぶんと刀が入っていそうだな。
いったし、拙者以外に何人いるのだ?」
「それは、秘密です」
男の問いかけに、音流布の男の目が黒眼鏡の奥で、キラリと光った。
つづく
「いいのかなぁ、こんなの書いちゃってさ。趣味に走りすぎじゃない」
「お前に言われる筋合いはないぞ、ケンスケ。あーだこーだと吹き込んだのはお前じゃないか」
「さあ?有名な剣豪を出してみたらって言っただけで、こんなバカな話になるとはね。
古すぎて、誰のことだかわけわかんない人も多いんじゃない」
「ううっ・・・、わりと有名な人なんだけど。最近、田村正和がやってたはずだし(違ったかな)」
「じゃあ、かんちょの筆力が足りないんだよ」
「うっさいやつだなぁ。まあ、せっかくの時代劇なんだから、たまにはこういうのもいいかなと」
「たまにならね。で、そろそろ大会は始まるの?腕がなってしょうがないんだけどさ」
「うん・・・まあぼちぼちと・・・善処するよ」
「あーあ、すっかり小役人だねぇ。碇と惣流の仲は相変わらずのままだしさ」
「まあ、それもぼちぼちと。ところで、音流布では君ら中学生でも帯刀してるのかい」
「ああ、武士ならば中学生からは許されてるよ。もちろん、理由もなく抜いたりしたら厳しく罰せられるし、
義務というわけじゃないから持ち歩かないやつも多いけどね」
「学校の中ではどうしてるんだい。腰に下げたままじゃ、邪魔だろう」
「教室の後ろに刀掛けがあってね、そこに掛けておくんだ。
ちゃんとした鍵もついていて、管理はしっかりしているよ」
「なるほどねぇ」
「まあ、刀は武士の魂だからね。大切にしなくちゃ。見てよ、俺のこの愛刀を!!」
「うわっ!!おいおい、部屋の中で抜くなよ、危ないから」
「この見事なまでに美しいライン。切れ味の鋭さを感じさせるこの輝き。素晴らしいっ、素晴らしすぎるっ。
ねぇ、館長もそう思うだろっ。もちろんだよねっ」
「うぎゃ〜、刀をこっちに向けるんじゃない。こらー、振り回すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「フフフフフフ 美しい、美しいぞっ。今宵の虎徹は血に飢えておる」
「こらこら、お前の刀は虎徹じゃないだろっ!!・・・って、聞いちゃいねぇなぁ」
ふうっ