「そこの少年。冬月シンジの助・・・だな」
男は暗闇から声をかけた。
星明かりの夜道である。
突然のことに驚いたのか、少年と少女はこちらをしげしげと見つめるだけだ。
人違いだったか?、と男は思った。
この道を通るのは、少年一人だけだったはずだ。連れがいるとは聞いていなかった。
しかし、依頼してきた男からもらった人相書き通りの、気弱そうな顔立ちである。
音流布の紋が入った提灯を手に持っている。これまた男から目印にと聞いていた通りだ。
お城からここまでは、お堀沿いの一本道。
間違いはないはずだ。
男はもう一度、少年に問い掛けた。
「冬月シンジの助・・・だな?」
「は・・・・はい・・・」
ようやく少年の反応があった。
ためらいつつも、うなずいたのだ。
やはりそうだったか、と男は一歩前に出た。
少年たちに、警戒の色が強くなる。
そんなやり取りを、空の星だけが見ていた。
音流布は明日も五月晴れになりそうである。
第九話
”姫さま 危険が危ないです”
「バカねぇ、あんたは。人違いですって、知らんぷりしてればいいのに」
アスカが、やれやれとばかりに言った。
バカ正直にも困りものである。
「そんなとこ言ったってさぁ、呼ばれて返事をしないなんて失礼じゃないか」
シンジは、力なく弁解した。
当然のごとく、アスカがツッコむ。
「時と場合を考えなさいよ。あの男どう見たって、道を尋ねたいって感じじゃないわ。
きっと、なんか面倒ごとを企んでるのよ。あの手合いはね、無視するのが一番なのよ。
昔っから、君子危うきに近寄らずってね」
「あの手合いとは、ひどい言い分だな」
男が、ボソリと言った。
謎の男と、シンジは改めて見合った。
黒い着物に黒い刀。初めて見る男だった。
暖かみの感じられない目つき。
好きになれそうもないタイプだった。
嫌な予感がした。
シンジは、アスカを守るかのように、彼女の前に身体をずらした。
「やはりお主がシンジの助か。待っていたぞ」
男は、無表情のままだ。
ただ、値踏みするように、シンジを見回した。
「ちょっとあんた、いったい何の用よ。わたしたち急いでるんだから、邪魔しないでよね」
シンジを押しのけるようにして、アスカが前に出た。
ちょっといい雰囲気だったのを、いきなり台無しにされ、おかんむりである。
見るからに怪しい男を目の前にしながら、まるで臆するところがない。
「小娘に用はない。後ろに下がっていろ」
男は、アスカを見ようともせずに、そう言った。
冷たい声だった。
「誰が小娘よ、失礼しちゃうわね。
いいから行きましょ、シンジ。こんな奴、相手にしてらんないわ」
アスカは、シンジの手を引っ張り、その場を立ち去ろうとした。
しかし、男は二人の前に立ちはだかった。
「まあ、そう邪険にするな。今からお主らに、月を見せてやろう」
男は薄い唇を歪ませた。
笑ったのだ。ぞっとする笑い方だった。
「あんたバカじゃないの?今日は新月よ、月が見れるわけないじゃん」
アスカは、やれやれと首を振った。
ほんとヘンな奴ね、どっかおかしいんじゃないの、と言わんばかりだ。
「ちょっ、ちょっとアスカ・・・」
シンジが、アスカのそでを引っ張った。
「あんまり挑発するようなことは、言わないでおこうよ。
怒らせない方が、いいんじゃない?この人、どうもヤバそうな感じだよ」
「なによ、あんたあんな奴が恐いっての?情けないわねぇ」
「いつまで、うだうだやっているのだ。さあ、とっとと刀を抜け」
「はぁ?」
シンジが、間抜けな声を出した。
「刀を抜けって、誰がですか?」
「そこの小娘でないことは確かだな」
「あー、また小娘って言ったわね。しまいには怒るわよ」
「アスカじゃないってことは、ぼくですか?」
「もちろん、お主のことだ」
「どうして、刀を抜かなきゃいけないんですか?」
「決まっておるだろう、拙者と勝負するのだ」
「勝負って、誰が?」
「お・ぬ・し・が・だっ!!」
男が声を荒げた。
こめかみに、血管が浮き出ている。
性格的に、間抜けなやり取りはお気に召さないようである。
「ふーん、シンジ、あんたこのオジさんと勝負する気あるの?」
「えーっ、嫌だよ真剣勝負なんて怖いこと」
「なっさけないわね〜。まあ、シンジじゃしょうがないか。
じゃあオジさん、そういうことだから、勝負はまた今度ね」
「さようなら〜」
「おう、それではな・・・・・・・って待たんかこらっ!!」
横を通り過ぎようとした二人の襟首を、男はグイッと掴んだ。
「油断も隙もない奴等だな。だいたい誰がオジさんだ、誰が」
「名前を知らないんだから、オジさんとしか呼びようがないわよ。
それが嫌なら、名前を名乗りなさいよ」
「うむ・・・それは・・・言えん」
「なら、オジさんで我慢しなさい」
「で、ぼくらにまだ何か用があるんですか、オジさん?」
「オジさんオジさん言うな〜!!」
度重なる暴言に、ついに男の怒りが爆発した。
もっとも、『お兄さん』という年にも、見えないのだが。
「お主にやる気があるかないかなど、もうどうでもいい。
問答無用だ。さあ、尋常に勝負」
その言葉と共に、男の身体がいきなり動いた。
刀を抜き払い、そのまま逆袈裟に斬り上げた。
シンジが身をかわせたのは、単に運が良かったからだ。
代わりに、持っていた提灯が、二つに切り裂かれ、地に落ちた。
蝋燭の火が燃え移り、メラメラと燃え上がる。
ほんの一瞬動きが遅かったら・・・
しかし、そんなことを考えているゆとりは、シンジにはなかった。
男が、すかさず二の太刀を振るってきたからである。
「うわっ!!」
上段からの攻撃を、シンジは飛び退いて避けた。
今度は、運ではなかった。
男の動きを察知し、それに反応して逃げたのである。
「いきなり、何をするんですか?危ないじゃないですか、オジさん」
「・・・・・・ふん、危なくない勝負があるものか」
男は、自制心を最大限に働かせ、怒りを抑え込んだ。
刀を抜いた以上、冷静さを失うのは危険である。
そして、その冷静さが、男をこれまで生き長らえさせてきたのだ。
「ちょっとあんた、シンジになんてことするのよ。いい加減にしときなさい。
あとで冗談だったとか言っても、許してやらないからね。覚悟しときなさいよ。
逃げるんなら、今のうちよ」
「アスカ、危ないから下がってて」
シンジは、男から目を離さないままで言った。
「逃げる?逃げているのはそっちではないか。
守っているばかりでは、勝てぬぞ」
おちゃらけた二人に、すっかり崩されていた男のペースが、回復しつつあった。
楽勝と思っていた獲物の意外な素早さに、わずかながら驚いたせいもある。
手を抜いていたとはいえ、自分の太刀を二度に渡ってかわしたのだ。
再び、男の上段からの攻撃。
牽制の一撃らしく、先ほどの激しさはなかった。
シンジは、数歩後ろに下がって、それを避けた。
同時に、腰の刀に手が伸びる。
身体が震えているのが、自分で良く分かった。
真剣で襲われるなぞ、もちろん初めてのことである。
ようやく自分の置かれている状況が、現実味をおびてきた。
男の正体は知らないが、自分の命が危険にさらされているのはわかった。
さあ、どうする?逃げるか?
喉がカラカラだ。
手のひらが、じっとりと汗ばんでいる。
「何なんですかあなたは。どうして、ぼくを襲ってくるんですか?」
「理由などはない。単なる辻斬りさ。お主は運が悪かったのだ」
「嘘です。あなたはぼくの名前を知っていた。通りすがりのはずがない」
「まあな。理由はどうあれ、お主に勝負を挑んでいる。それだけだ。
刀を下げて歩いている以上、侍であるはずだ。逃げるのならば、刀を捨てて逃げろ」
――この男、本当の狙いはぼくではないのでは?
もしや、アスカを・・・
そう考えれば、すべて納得がいった。
シンジを襲い、その巻き添えに見せかけてアスカに危害を加える。
辻斬り事件と思われれば、真実は闇の中に隠れたままとなるかもしれない。
その考えが、シンジに決心をさせた。
「いや、ぼくは逃げません」
うわずった声だったが、シンジははっきりとそう言った。
身体の震えを、必死で止めようとする。
シンジは、チラと振り返った。
アスカは首を、わずかに横に振った。
――止めときなさいよ
眼がそう言っていた。
だが、シンジの心は変わらなかった。
「逃げるわけにはいきません。守らなくちゃいけない人がいますから」
今度は、力強い声であった。
スラリ、と刀を引き抜いた。
不思議なことに、身体の震えはすっかりおさまっていた。
つづく
「へーえ、シンちゃんもやるじゃない。姫さまを守る騎士ってとこね」
「おや、こんにちわミサト先生」
「こんにちわ〜。ところで、このコーナーって、せっかく来たお客に対して何もでないの?」
「ああ、いまお茶を入れますから、待っててください」
「いらないわよ、お茶なんか。えーとっ、台所はこっちね?
フンフンフン♪なーにがあるかなぁ」
「勝手に冷蔵庫を開けないでくださいよ、カミさんが怒るから・・・言うだけ無駄か・・・」
「ちゃーんと用意してあるんじゃないの。もう、出し惜しみして」
「あーっ、それわたしのだってば。飲まないでくださいよ」
「男のくせに、ケチケチしないっと。
(プシュ ゴクゴクゴク)くーっっ、うまいっ!!」
「あとの楽しみにと、取っておいたのに・・・
さて、気をとりなおして。ミサト先生は、長崎で勉強してたんですよね」
「そーよっ、外国への唯一の貿易港だから、新しい知識や情報は長崎に集まんのよ。
向学心のある学生には、憧れの的ね」
「リツコ博士とは、その頃からの付き合いだとか?」
「寮で同室だったのよ。口やかましかったわよ〜。ちょっと散らかしただけで、人のこと怒るんだから」
「はあ・・・(どんな”ちょっと”だったことやら)。で、加持さんも長崎にいたんですか?」
ジロッ
「なによあんた、まさかあの『バカ』を登場させるつもりじゃないでしょうね」
「そりゃまあ、主要人物の一人ですから」
「ダメよ、『あんな奴』が来た日には、音流布の危機だわ。
よしなさい、これはお願いじゃなくて命令よ」
「命令って言われても困りますよ。まあ、登場するにしてもだいぶと先のことですから」
「・・・そうなんだ・・・・。続きがんばって早く書きなさいよ!!」
「ギクッ・・・善処します」
「小役人みたいなこと言ってないで、しっかりやんなさいよ。いい、わかったわねっ!!
どんどん話を進めんのよっ。じゃあねっ」
「さようならぁ・・・どうしたんだろ最後の辺りは?女心はよく分からん・・・」