「シナリオ通りだな」

 窓からアスカ姫たちの様子をうかがっていた男が、誰に言うとでもなくそうつぶやいた。
 頬から顎までぞろりとした髭をたくわえ、南蛮物の色眼鏡をかけている。
 さらには妙に丈の長い髷を結っており、その先にはまとまりきらない髪の毛が開いていた。
 いわゆる信長髷だが、彼の場合まるで、頭の上にシュロの木でも生やしているかのようだ。
 見るからに怪しげな人物であるが、誰あろう音流布藩の領主、碇ゲンドウの守その人である。
 名君の誉れ高き人物なのである。
 もっとも、身近な人のなかには、少々異なる評価もあるようであったが。

 「何のことですか、シナリオ通りって?」

 ゲンドウの背中に、優しげな女性の声がかかった。
 奥方の碇ユイである。
 先ほどから縫い物を続けている。女の子の着物だった。おそらくアスカのものだろう。
 細細とした雑務は他人にやらせても良い立場でありながら、ユイは自分たちについての家事のほとんどをこなしている。
 もちろん、一国の領主の奥方としての役割を果たした上でのことである。
 優しく、美しく、思いやりがある。
 城内に隠れたファンが多いのも、当然のことであろう。

「特に意味はない。ただ言ってみただけだ。それより、アスカたちはいったい何をやっているんだ?
さっきからニワトリなんぞを追いかけ回して。いや、追い回されてというべきか」

「ニワトリ・・ですか?」

 ユイは縫い物の手を止めて、どれどれと窓辺に近寄った。
 窓から見下ろすと、中庭のニワトリ小屋がうかがえる。
 ちょうど、シンジがニワトリの蹴りを、身を屈めてかわしたところだった。

「やるじゃん、シンジ。少しはさまになってきたわね」

 風に乗って、アスカの声援も聞こえてくる。

「まあ、アスカったら、またあんな言葉づかいをして。女の子だっていうのにほんと困ったものね」

 ユイが軽く眉をひそめた。
 もっとも、あまり困った様子のない口調である。

「シンジ君も災難ねぇ、無茶な特訓なんかに付き合わされて。アスカはあなたに似て強引ですからね」

「強引でなければ、君の心は射止められなかったさ」

「もう、あなたったらそんなことばっかり言って。女性はね、強引すぎる殿方は嫌いなんですよ」

 そう言いながらも、まんざらではなさそうなユイである。
 一緒になって早15年。まだまだ仲のよい夫婦であった。
 音流布は今日も五月晴れである。



第四話

  ”姫さま 一休みさせて下さい”



「なんでも、学校で剣術の大会があるそうですよ。シンジ君を絶対に優勝させてやるんだって、
アスカは自分のことのように張り切ってましたよ。さっそく特訓をするとかって」

「なるほど、それでニワトリ追いか。さすがだなアスカ。我が娘だけのことはある」

 ユイの説明に、ゲンドウは合点がいったとばかりにうなずいた。
 アスカはゲンドウ自慢の一人娘。ゲンドウにとって、ユイと共にもっとも大切な存在である。

「わたし剣術のことはわからないけど、あんなことで強くなれるんですか?
ニワトリ小屋の番人になるには役立つかもしれないけど」

「シンジの助の資質を考えれば、あれが第一に打つ手だろうな。もし仮に、わたしが内容について相談を
受けていたとしても、似たようなことを薦めただろう。もちろん、第二、第三の準備は必要だがね」

「ふーん、そういうものなんですか」

 ユイは夫の言葉に素直にうなずいた。

「そういうものだ、強くなるというのはな。努力をすれば成果は出るが、努力をすればいいというものでもない。
無駄な努力というものもあるからな。物事は合理的に行うべきなのだよ」

「まあ、剣術の鍛練自体はいいんですけどねぇ、身体も丈夫になるし。でもシンジ君は優しい子ですから、
刀を持って人と争うなんて向いてませんよ。怪我をしなきゃいいんですけど」

 ユイはどうにも心配そうである。
 赤ん坊の頃から、アスカとシンジを一緒に育ててきたし、シンジの母親とは娘時代からの親友であった。
 だから、シンジのことは自分の息子も同然のように感じているのだ。

「刀といっても真剣を使うわけではないのだ。心配するほどのことでもなかろう」

「あなたはそう言いますけど、実際に試合をするのはシンジ君なんですから。
身体を守るものがあれば・・・あっ、そうそう」

 ユイは何かを思いついたようであった。

「ねえ、あなた。蔵にしまってある”あれ”をお借りしてもいいですか?試合の時に使わせてあげたいんですけど」

「”あれ”か、まあ、いいだろう。反対する理由はない。誰かに取りに行かせるといい」

 そして、ゲンドウは人を呼びよせようとした。
 ユイは、それをとどめると

「いいですよ、しまってある場所は分かってますから、自分で行ってきます。
蔵の中は広いから、他の人が探しまわるよりずっと早く見つかりますよ」

「まあ、片づけているのは君だからな。ただ、運ぶのは誰かにやらせるように。
あと、中は暗いから灯かりを持っていくのを忘れるんじゃないぞ。それから・・・」

「はいはい、分かってますよ。子供じゃないんですから」

 ユイは、そう応えながら嬉しそうに微笑んだ。
 とかく、何を考えているか分からないだの、視線が怪しいだの、ヒゲ眼鏡だのと言われているゲンドウだが、
決して頭のネジの緩んだ人物ではない。
 武士であるということ、そして幕府や藩という国の成り立ち。それらが、ゆっくりとではあるが変わりつつあるいま、
明日ではなく10年、50年さらには100年先を見据えた政策が必要なのかもしれない。
 ゲンドウの選んだのは、遥か先を目指すための道であった。
 理解しない人、いや出来ない人も多い。
 それに対しては、説得と共に強引さも必要である。だから、ゲンドウには施政者としての仮面がある。
 何を考えているか分からない、そう思われていてこそ自由になる部分もある。
 それが、音流布藩の領主碇ゲンドウの守という人物である。

 だけれども、自分とアスカにはその素顔を見せてくれる。
 意外にも、子煩悩で愛妻家だったりする。
 そしてその素顔こそが、ユイのいう「かわいい人」なのである。

 もっとも、ゲンドウの意味不明な性格については、
「殿の性格、あれはもともとですな。昔からああいう奴でした」
という、冬月コウゾウ左エ門の証言を付け加えておく。

「それじゃあ、探してきますね」

「ああ」

 ゲンドウは、ユイの背中を見送った。

――”あれ”のことはユイにまかせるとしよう。だが、蔵に鼠などが出なければいいのだが。こんど駆除の職人でも呼んでおくか・・・

 こと妻に関しては、心配性なゲンドウであった。

「だいぶ動きがよくなったわよ。もう敵の攻撃は見切ったも同然ね。師匠がいいと上達も早いわね。
感謝しなさいよ、シンジ」

「ねぇ、もう疲れたよ。一休みしたいんだけど〜」

 そんな弱音を吐きながらも、迫りくるニワトリの蹴爪やくちばしを、最低限の動きでかわしているシンジである。
 紙一重とまではいかないが、特訓開始の頃と比べると別人のような身のこなしだ。

「第一段階は完了間近だな。アスカの読みもいい線をいっている」

 ゲンドウは、再びニワトリ小屋を見下ろした。

「シンジもコウゾウの息子だけはある、親に似て筋がいい。
そういえば、相田シュウサクの息子もあの学校にいたはずだな。
ふっ、昔を思い出すな」

 傾きかけた夕日を受けて、ゲンドウの色眼鏡がキラッと反射した。

「防御は重要だが、相手の攻撃を避けているだけでは、当然のことながら勝つことはできん。
第二段階は攻撃面の特訓だな。まあ、あれこれ理屈を言うより、実戦で学ぶのが効果的だろう」

 ゲンドウの口元に、かすかな笑みが浮かんでいた。

「誰か!誰かおらぬか」

 呼ばれてやって来た小姓に、ゲンドウはある用事をいいつけた。
 もし、その時のゲンドウの顔をシンジが見ていたら、次のように言ったことだろう。

「アスカがとんでもないことを思いついた時と同じ顔だ・・・」

 そうすれば、彼はこれから自分の身に降りかかる災難を予期することも出来たかもしれない。
 だが、シンジはゲンドウの顔を見ることが出来なかった。

 不幸にして

 

つづく

 

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あとがき

「だが、シンジはゲンドウの顔を見ることは出来なかった。不幸にして・・・っと出来た!」

ゲシッ!!

「フギャ!いててて、いったい誰だ?人の頭に後ろからケリを入れるのは」

「わしだ」

「ああっ、あなたはゲンドウの守」

「アスカに伝言と一緒にケリを喰らわすように頼まれていてな。可愛い娘の頼みだ、断る気もなくてな」

「なくてなっ・・てちょっと!いきなり人の頭を蹴るなんて、あんた何様のつもりなんですか?!」

「殿様だ」

「ううっ、しまったそのまんまだったか〜」

−−自爆−−

「次回もわたしの出番がなかったら、弐号機を代わりに行かせるわよ、といっていたぞ。
なんなんだ、この弐号機というのは」

「まあ、姫さまシリーズには関係ないものです。心を持った巨大なからくり人形といったところですかね」

「よくはわからんが、なるほどな。だが、関係ないといっても、あの子なら目的があればどこからか用意してくるかもだ。どのぐらい巨大かは知らんが、後頭部に蹴りを入れて欲しい相手ではなさそうだな。
次回は娘の出番を増やしたほうが身のためだ」

「はあ、善処いたします」

「なんだ、小役人のようなことを言うな。我が藩なら即刻お払い箱だぞ」

「嫌なことをいいますね。アスカ姫は出します。そもそも、アスカ姫を書きたくて始めたんですから。
大体が、あんたたち夫婦がページをとったからアスカ姫を出せなかったんじゃないですか」

「人のせいにするとは、武士の風上にも置けん男だ」

「わたしゃ武士じゃなくて館長です。
言わせてもらいますけど、ゲンドウの守とユイさんは設定だけで、ほとんど登場しないはずだったんですよ」

「何を馬鹿なことを。私たちを出さずに、誰を出すというのだ」

「アスカ姫とシンジ君ですってば。そもそも、アスカ姫がゲンドウの守とユイさんの子供というのが無茶苦茶なんです。
『アスカがあんなヒゲオヤジの娘とは何事だっ』っていうお叱りのメールもいただいているんですよ」

「誰がヒゲオヤジだ。それに、こういう設定にしたのはお主だろう。責任は自分でとるんだな」

「そうなんですよねぇ。殿様ってなると、やはりゲンドウの守しかいなかったんですよねぇ。
自分としては、ゲンドウの守の殿様は気に入っているんですが」

「なら善いではないか。そんなことを考えている暇があったら、第伍話をとっとと書くべきだな。さもなくば帰れ」

「帰れって、ここわたしの家ですよ。まあ、時代劇ってのがそもそも無茶苦茶だし、いいか。
ゲンドウの守さん、今日はどうもありがとうございました」

「苦しゅうない、では精進せいよ」

ゲンドウの守退場

「第伍話では、アスカが大活躍です(予定)。恋あり(予定)、活劇あり(予定)、笑いあり(予定)、の
一大エンターテインメント作品(予定)です。では、お元気で」


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「あっ、予定と未定を変換間違いしてしまったっっっ!!」
おいおい・・・

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