「こらぁバカシンジ、さっさと起きなさいよ。早くしないと遅刻よ遅刻」
少女が枕元で怒鳴った。
意志の強そうな青い瞳、赤い髪留めをつけた栗色の髪、見る者の心を引きつける可愛らしい娘であった。
たとえ怒りの表情で仁王立ちになっていてもだ。
「うーん、うるさいよアスカ〜。もう少し寝かせて〜」
寝ぼけた声でシンジが寝返りをうつ。
せっかくの美少女の目覚ましもシンジにとっては単にやかましいだけらしい。もったいない男である。
ピクピクッとアスカのこめかみがひきつった。
「うるさいとはなによ!この私が直々に起こしにきてあげているのにあんたって人は。
優しくいっているうちにとっとと起きるの、えいっ!」
あまり優しいとは思えない口調でそう言うと、アスカは掛け布団・・・ではなく敷き布団に手をかけると、
シンジごと一気にまくりあげた。
「うわっ」
ゴロンゴロンと畳の上を勢いよく転がるシンジ。
「どう、目が覚めた」
「・・・うん、どうにか」
頭を下にひっくり返ったままシンジが答える。
「じゃあ早く支度しなさいよ。時間がないからってお弁当を手抜きしたら許さないからね」
「はいはい、昨日の夜のうちに下ごしらえをしてあるから大丈夫だよ」
そのせいで夜更かしになって眠いのだが、それを口に出すシンジではない。
「そっ、あんたにしちゃ上出来ね」
「だからあと5分だけ寝る。グー」
「いいかげんにしろっ」
ゲシゲシ
アスカのケリが炸裂した。
ようやく目が覚めたシンジは、手早く身支度を整えると、お弁当づくりにとりかかった。
「ちょっとまだぁ。いつまで人を待たせるのよ」
「あのねぇ、できれば待ってるだけじゃなくて、少しは手伝ってほしいんだけど」
シンジがぼやく。
その間も、手は休まずに卵焼きを手際よく切り分けている。たいしたものだ。
その鼻先に、アスカは人差し指を突きつけた。
「あんたバカぁ、なんでそんなことやらなきゃいけないのよ」
そして卵焼きを一切れ、ヒョイッつまみ上げると、
「お弁当作りはどう考えたって姫のやる仕事じゃないわ、そんなこともわかんないの。
モグモグ・・・うん、まあまあね。ちょっと焼きすぎだけど」
「そっ・・そう、火加減には気をつけてたんだけど」
(ふっ、上手くごまかせたわね)
そっと胸をなで下ろすアスカであった。
14歳の文武両道の美しきお姫さま、その評判は国内はおろか近隣の国にも響きわたっている。
しかし実は料理は大の苦手であった。
さらに言うならば、城で食べるどんなごちそうよりもシンジの手作りのお弁当が大好きなのである。
「さっ、そろそろ出かけるわよ」
冬月シンジの助が、慌ててお弁当箱におかずを詰める。
そして、碇アスカ姫は「もっとテキパキやんなさいよ」とか「わたしタクアンきらい」などと楽しそうな表情で指図する。
こうして、音流布藩にいつも通りの朝が訪れた。
今日も城下は五月晴れである。
第壱話
”姫さま お静かに”
むかしむかし、もしかしたら未来。
芦ノ湖という湖の近くに音流布藩という国があり、碇ゲンドウの守というお殿さまが治めていた。
ヒゲ面で南蛮の色眼鏡をかけたこの殿さまは、見た目こそ怪しいけど中身も怪しい・・
いや、領民思いで皆より尊敬されている立派な殿さまであった。
ただ彼のとる政策や言動が他人からは理解されにくいだけである、たぶん。
このゲンドウの守にはどういう訳か碇ユイという、それは美しい奥方がいた。
一説には脅迫して一緒になっただの誘拐しただの、あげくには洗脳がどうしたといろいろな噂があったが、
お互いに愛し合った仲の良い夫婦であるというのがその実体である。
この二人の間に生まれたのがアスカ姫である。
幸いなことに容姿はユイの血を引いているようで、たいそう可愛らしいお姫さまであった。
ただ、性格の方でゲンドウの守に似たのではと思われる点が見受けられるのが多少問題ではある。
「ちょっと、誰が問題ですって!」
「いきなりどうしたのさアスカ」
学校への途中、突然怒りだしたアスカにシンジがきょとんとした顔である。
「うるさいわね。誰かがわたしの悪口を言っていたような気がしたのよ。
まったく美しい上に頭脳明晰運動神経抜群のこのわたしにどんな問題があるっていうのかしら」
「そこまできっぱり言い切れるところに問題があるんじゃないのかなぁ・・・」
「なんですって、あんたシンジのくせにケンカを売ろうっての!」
「とっ とんでもないです姫様〜」
アスカにジロッとにらまれて、シンジはすでに逃げ腰である。
「なにビビってんのよ、情けない。それから”姫様”はやめて。正体がばれたら困るでしょ。
まったく世話がやけるんだから」
なるほど、姫様のわりには普通の町娘の格好をしているが、それなりに理由があったようである。
余談ではあるが、その茜色の着物は、シンジが以前「似合うね」と言って以来、アスカの一番のお気に入りである。
それまでは、こんな安物と思っていたようだが。
「ごめんアスカ。ついうっかりしてて」
「うっかりしすぎよ。あの口うるさいコウゾウ左エ門の息子だってのに、どうしてまったくの粗忽者なのよ」
「そりゃ、父上にはかなわないけどさぁ・・・」
シンジの父親である冬月コウゾウ左エ門は、しっかり者で有名な家老である。
ゲンドウの守の有能な右腕で、コウゾウなければ音流布藩なしとまで評価する人も少なくない。
「まあいいわ、今回だけは勘弁してあげる」
シンジの表情にアスカは少し口調を和らげた。
「じゃあ確認ね。さあ問題です、わたしはいったい誰でしょう?」
「碇アスカ・・・じゃなくって惣流アスカ。両親がお城に住み込みで働いていて、当然アスカもお城の宿舎住まい。
そしてぼくの幼なじみだ。まあ、最後のは本当のことだけど」
「ピンポーン!良くできました。だからお城の外や二人だけの時には”アスカ”って呼ぶのよ、わかったわね」
「うん・・・でもお城の外はともかく、どうして二人だけの時まで?」
おやっと思ったシンジは、何の気なく尋ねた。
「ううぅーっ、もういいわ!」
「もういいって、何が?」
「いいっていったらもういいのっ!
あんたはわたしのお母様のお乳で育ったんだから、弟みたいなものでしょ。
だからアスカって呼べばいいのっ。それに、そうでもしないとお馬鹿なシンジはすぐに忘れちゃうでしょ!」
「・・・弟って、ぼくら同い年じゃないか」
「あらそうだったっけ。頼りないからてっきり年下だと勘違いしてたわ」
「ひっどいなぁ、自分ばっか偉そうに」
「なによ、人の後をチョロチョロついて来てるくせに」
「そこまで言うかぁ」
「なによぉ」
プイッとふくれるアスカであった。
本当は、”姫様”ではなくて”アスカ”と呼んでもらいたい理由はたった一つである。
だが、折り紙付きの鈍感なシンジはその理由に気づいてくれない。
ただでさえ短気なアスカが怒るのも無理はないことであろう。
だいたい、本来ならばアスカは、城内でお抱え教師の教育を受けているはずだ。
ところが、いつものごとく唐突かつ理由は不明なゲンドウの守の命令で、1年ほどまえから
城下町の学校に通うようなった。そのおかげで、こうしてシンジと二人並んで登校できるのだ。
アスカは毎日がうれしくてしょうがなかった。
(だのになんでいつもケンカになるのよ、まったくシンジのバカバカバカバカ・・・)
(なんだい、アスカったらいつもいばってばかりで。いじいじいじいじ・・・・)
しばらくの間、そっぽを向いたまま無言で歩く二人であった。
カーン、カーン
二人の行く手から鐘の音が響いてきた。
「やばい、5分前だ」
「急ぐわよ、シンジ」
さきほどまでの口ゲンカも忘れ、二人は学校めざして一目散に駆け出した。
着物姿でよくぞここまでという速さであった。
途中、高田馬場に向かう堀部安兵衛が二人に追い越され、落ち込んで決闘に遅れたという噂もあるが、定かではない。
「おはよー!みんな元気してる!」
「はーい、元気でーす!」
担任教師葛城ミサトのあいさつに、2年い組の男子連は大声でこたえた。必要以上の元気さである。
元気とはちょと違うパワーのような気もする。まあ、20代(かろうじてだが)の美人教師を前にしてはしかたのないことだ。
裏表のない性格のミサトは、男女を問わず生徒からの人気が高い。
だが、それはそれこれはこれ、いまの一幕は女生徒にはちょっとばかり面白くない。
「まったく、うちのクラスの男どもときたら、ガキばっかりなんだから」
男子連の中にシンジが加わっていたのが、アスカは気にいらないようだ。
「なんや惣流はまたヒスっとるんかいな。おいシンジ、朝っぱらから夫婦ゲンカしたんとちゃうか?」
「だれが夫婦よ!」
「だれが夫婦だって!」
鈴原トウジ郎のちょっかいに、期せずして二人の声がユニゾンになる。
「だから、そういうところが夫婦なんだよ。おー熱い熱い」
さらに口を挟んできた者がいた。相田ケンノスケ。通称ケンスケである。
「ワシらみたいな独りモンには眼の毒ですわ、相田さん」
「犬も食わないって言いますからね、鈴原さん」
「まあ、ケンカするほど仲がええ、てなことをいいますわな」
「それなんですが、鈴原さん。わたくしこの眼で目撃してしまったんですが、
今朝二人は手をしっかと握りあったまま登校してきたんですよ」
「うわー、ラブラブ同伴登校ちゅうわけですな。中学生の分際でいやらしいちゅうねん」
すっかり無視をきめていたアスカだが、この一言でキレた。
「ちょっと、聞き捨てならないわね。
あれはシンジがトロくて足が遅いもんだから、頼まれて引っ張ってやっただけよ。
いわばボランティアだわ」
「ひどいよアスカ、人のことトロいだなんて。それに、そっちから無理矢理手を掴んできたんじゃないか」
「ちょっと、あんた何いってんのよ!」
「ええぞシンジ。シリにしかれてばっかおらんで、ちっとは反撃せい」
「・・・勝てない戦さをするのは感心できないな・・・」
痴話ゲンカ+αを繰り広げる4人が、一瞬で凍り付いた。
教室中に響きわたる声の主は、ようやく自分の職務に目覚めたミサト・・ではなく、洞木ヒカリである。
「イインチョ、なにもそないな大声ださんでも」
「鈴原、黙って。相田、席に戻って。それからアスカ、平手打ちの体勢はやめて。冬月君も泣きそうな顔してないで」
「なんでシンジだけ君づけなんだ・・・」
ケンスケのぼやきは当然のごとく無視された。
テキパキとしたヒカリの指示で、あっという間に教室は落ちつきを取り戻す。
「ヒカリ、ごくろうさま。さっすが頼りになるわね〜」
「いえ、当然のことをしただけです。でも、先生ももう少し自覚してもらわないと困ります。
ひょっとして、今の騒ぎを楽しんでいませんでしたか?」
「やっ、やあねぇ、そんなことあるはずないじゃない。あはははは・・(あっちゃ〜、ばれてたか。けっこう鋭い娘ね)」
ミサトの額を、一筋の冷や汗が流れ落ちていった。
「ええっと、それじゃ伝達事項があるからよく聞いてね」
この場の雰囲気をごまかすかのように、ミサトは話をかえた。
「今週の金曜日なんだけど、全校剣術大会が行われます。
優勝者および総合得点一位のクラスにはご褒美があるみたいだから、がんばってね」
「ええっー!」
教室内はまたもや騒然となった。
つづく
あとがき
えーと、どういうわけだが時代劇になってしまいました。
そのくせ、学園物だったりもします。
「アスカが姫さまだったら、わがままだけど可愛いだろうな」とちらっと思ったのがきっかけです。
アスカが姫なら、当然殿さまはゲンドウだなということになり、あっという間に
配役が決まってしまいました。ゲンドウとシンジが父子でない点には、お怒りの方も
みえると思いますが、ご容赦下さい。
「こうなったら、もう書くしかない!」
そんなこんなの第一話です。
文を書くのは数年ぶりなので、読みにくいかと思います。どうもすみません。
●第弐話に行く
●TOPページに戻る