住宅街にある、一軒の家。

黄色の壁に青い屋根、車庫には青い車と自転車が一台ずつ。

これが、写真の少女「木之本桜」の住んでいる家だ。

昨日、依頼人から詳しい情報は聞いている。

家族構成は、父親、兄1人を含む3人。

母親は早くに亡くなっているそうで、いわゆる父子家庭というやつだ。

俺はその家から少し離れた場所にべスパを停め、様子をうかがっていた。

空は青く晴れ上がり、良い天気だった。

張り込みにはいい日だ。

玄関から、高校の制服を着た少年が出てきた。

桜嬢の兄「木之本桃矢」だろう。

彼は自転車にまたがると、そのまま軽快に走り去っていった。

そのすぐ後、弾けるように玄関が再び開いた。

「ちょっと待ってよ、お兄ちゃんたらー!!」

勢いよく飛び出したのは一人の少女だった。

俺のポケットに入っている写真に写っている少女だ。

彼女が「木之本桜」に間違いない。

桜嬢はローラーブレードを履いており、先ほどの兄を追って滑り出した。

俺は、ベスパのスターターをキックした。

エンジンが軽快な音を立てて回りだす。

アクセルを回し、桜嬢の後を追う。

適当に距離を開け、気づかれぬよう、見失わぬようにする。

乗り物を用意しておいた方が良いと言われた訳が分かった。

桜嬢のスピードはかなりのものだったからだ。

まったく、元気の固まりのような少女だった。

途中、兄に追いついた桜嬢は、何やら言い合いをしているようだった。

と言っても、傍目には仲の良さが窺える光景だ。

その後、兄の友人らしき眼鏡をかけた少年と合流した。

桜嬢の態度が一変した。

先ほどまでの勢いはどこへやら、頬を赤らめながら、恥ずかしそうに少年に話し掛けている。

「なるほどね、女の子は早熟だ」 俺は、独りごちた。

しばらくして、彼女らは友枝小学校へとついた。

自転車の二人はそのまま高校へと向かい、桜嬢は学校内へと入っていった。

今回は何もなかった。

それは、予想していたことだった。

依頼人の話によれば、注意すべきは下校中だ。

俺は、一度事務所に戻り、書類仕事で時間をつぶした。

 

 

「さくらと名無しのオプと『レオン』」

 

 

事の起こりはノックの音だった。

「どうぞ」

俺の呼びかけに応えて、彼女は部屋に入ってきた。

ピクッと俺の眉がわずかに動いた。

この事務所に若く、そして美しい女性が訪れるのはずいぶんと久しぶりだ。

俺はソファをすすめた。

長い髪がフワッと広がった。

よく手入れされた美しい緑の黒髪だった。

彼女はそこに腰をおろすと、帽子を取った。

洗練された立ち振る舞いだ。

それには彼女の受けてきた教育のあとが伺える。

あと、数年すれば社交界にでもデビューするのだろう。

「何かお困りですか?」

俺はいった。

「もっとも、ここに来るのは何かに困った人ばかりですがね」

軽く肩をすくめた俺の仕草に、彼女は軽く微笑んだ。

人を引き付ける笑みだった。

誰もが、彼女に好感を抱かずにはいられないだろう。

「コーヒーは?」

「いただきますわ」

俺は、コーヒーメーカーからカップに注いだ。

30分ばかり前に淹れたものでちょいとばかり香りは落ちるがしょうがない。

この事務所にある他の飲み物はティオ・ペペとビールだけだ。

そのどちらも、彼女の口に合うとは思えない。


俺は彼女の向かいに座ると、自分のカップを手に持った。

一口味わう。

そして、彼女が話し出すのを待った。

この場合、こちらからあれこれ聞くよりも、相手から話を切り出させたほうがいい。

そう感じたからだ。

「実は、わたくしのお友達の件なんですが・・・」

彼女はランドセルから一枚の写真を取り出し、俺に手渡した。

写真には一人の少女が写っていた。

レンズに向かってはちきれんばかりの笑みを浮かべている。

ショートヘアーの見るからに元気そうな少女だった。

「どうも最近、さくらちゃんを・・・あっ、さくらちゃんというのは、そのお友達の名前なんですが、そのさくらちゃんのことであなたにお願いがあるんです」

彼女の表情に陰が差した。

仕事柄、人の表情を読むのは慣れている。

察するに、この桜と言う少女は、彼女にとって、とても大切な友人なのであろう。

「それで・・・」

「それで、わたしに調査を依頼したいと?」

俺の問いかけに、彼女は頷いた。

「ふむ。しかし、どうしてあなたのところのボディーガードに調査させないんですか?彼女たちはとても有能だと聞いていますが」

「あの方たちの仕事は、わたくしの警護ですから。わたくしの勝手な都合で他の仕事をさせるわけにはまいりませんわ」

そう言った後、彼女は軽く首をひねった。

「でも、どうしてあの方たちのことを?」

「こう見えても、わたしは探偵ですからね。ほんの初歩的な推理ですよ」

実のところ、推理といっても彼女がランドセルを開けた時に、そこに書かれていた名前を見ただけだ。

この街で、大道寺と聞いて、あのお屋敷を思い出さないほうがどうかしている。

「さすが、噂に聞いていた通りですわ。あなたは友枝町でも3本の指に入る探偵さんですって」

俺は、この街に何人の探偵がいるのかは告げないでおいた。

どんなボンクラでも、5本の指には入る計算になる。

「ああ、ご挨拶が遅れましたわね。わたくし、大道寺知世と申します。もっとも、すでにご存知のようですけど」

そして彼女は微笑んだ。

実に可愛らしい依頼人だった。

出来れば、10年後にもう一度来て欲しいものだ。

 

 

放課後、俺は校門近くで再び張り込みながら、そんな昨日のことを思い出していた。

今度はベスパは事務所に置いてきてある。

桜嬢は友人と共に帰ることが多いとの情報だ。

ならば、歩きの方が尾行はしやすい。

それにしても、上着は脱いでくるべきだったろうか?

日差しに照らされ、少々汗ばんでくる。

帽子を手に取り、顔をあおいだ。

幾人もの生徒が通り過ぎていったが、まだ桜嬢は姿を現さない。

チアリーディング部の練習はいつ終わるのだろうか?

まさか学校の中に入って確かめるわけにもいかず、俺はじっと待ち続けた。

まぁ、待つのも俺の仕事のうちだ。

探偵には忍耐力が必要。

この仕事を始めて、最初に覚えたことがそれだった。

推理力が必要なのは、小説の中の探偵だけだ。

俺は、ただ待ち、付け回し、事実を見つける、それだけだ。

ポケットを探る。

あったのは、空になったキャメルだけだった。

代わりに、携帯用灰皿が一杯になっているが。

「ちっ」

俺は、軽く舌打ちをした。

目に見える範囲にはタバコ屋も自販機も無い。

まさか、ここを離れるわけにもいかない。

しょうがない、禁煙の良い機会だ。

俺は、キャメルの箱をクシャッと握りつぶした。

これで、今年5回目の禁煙の誓いだった。

ほどなくして、ようやくと桜嬢が姿を現せた。

同じクラブの友達なのだろう、眼鏡の少女と三つ編みの少女の三人連れである。

俺はゆっくりと歩き始めた。

彼女たちは、楽しそうに話をしている。

時折、風に乗って笑い声が聞こえてくる。

これでいい。

まだ世の中の裏の汚い部分も知らないし、知らなくてよい年齢だ。

この時の俺の顔は、おそらく軽く微笑んでいたに違いない。

交差点で桜嬢は、他の二人と別れて一人になった。

俺はその後を尾行する。

相手に気付かれぬよう、そして見失わぬように距離をとる。

仮に誰かが見ていたとしても、たまたま行く方向が一緒に見える。

そんな距離だ。

桜嬢の足取りは軽く、リズムに乗っているようだった。

住宅街を進む。

辺りに人影はなかった。

行く先に、一台のワゴン車が停まっていた。

窓はスモーク張りになっていて、中の様子は窺えない。

これだ。 と俺は思った。

理由は無い、単なる直感としか言い様がなかった。

この稼業も長いと、直感も馬鹿にはならない。

俺は足を速めた。 およそ、10mほどの距離まで近づく。

俺は歩きつづけた。

桜嬢は、何事もなくワゴン車の横を通り過ぎた。

そして、そのまま歩き去っていく。

俺は、車の後ろで歩みを止めた。

桜嬢が、視界から消えた。

それを確認してから、俺はワゴン車のスライドドアを開けた。

「えっ?!」

スタンガンを持った二十歳前後の若い男が間抜けな声を上げた。

俺は、あんぐりと口を開けたその顔面に一発食らわせた。

男はあっけなく、床に倒れこんだ。

運転席に一人。

後部座席にもう一人。

俺が殴り倒した男と合わせて、三人の男が車内にいた。

皆、同じような年頃だった。

後部座席にはロープと、長めの布があった。

縛り上げ、そしてさるぐつわをするためのものだろう。

グッと、俺は拳を握り締めた。

「うっ、うわぁぁぁぁ!」

情けない叫び声を上げ、鼻血を流しながら先ほどの男がスタンガンを構えて、がむしゃらに突撃してきた。

俺は、スタンガンを持った右手首を掴むと、そのまま捻り上げた。

「ぐわっ!」

スタンガンが、ゴトンと音を立てて床に落ちた。

俺は男を突き飛ばすと、車内に乗り込んだ。

「お前らに一つだけ教えておいてやる。」

俺は奴らをにらみつけた。

「女と子供には手を出すな。それがルールだ」

 

 

「やれやれ、こりゃまた派手にやったもんだ」

車内の様子を見て、大林が最初に言ったのがそれだった。

「こいつらが、何を企んでいたかは知らんが、やりすぎだぞ、こりゃ」

大林が、やれやれとばかりに頭を振った。

「わたしは何もしていませんよ。こいつらが逃げようとして、勝手に転んで怪我をしただけです。大林警部補」

俺は、そう答えた。

「ろくに歩けないほど、ひどく転んだのか?そりゃ、ないだろ」

大林は、俺に指を突きつけた。

「何で免職になったのか、覚えていないようだな。まったく、こりん奴だよ、お前は」

昔と同じ口調で大林は言った。

「それから、今は警部だ。忘れんどいてくれ」

ずるずるっと男の一人が這いながら大林のズボンを引っ張った。

吊るしで49,800円のスーツがズルッとずれる。

「あんた、お巡りさんだろ。聞いてくれよ、この男ときたら何もしていない俺たちに暴力を振るってきて・・・」

男が最後まで言い終わる前に、俺は男の腹を蹴り上げた。

「ぐふっ・・・」

男は、苦しそうに身体を丸めた。

「見ただろ、今の。この男、暴行の現行犯で捕まえてくれっ!」

別の男が、大林に訴えた。

「えっ?すまんな。調書を取っていたので見ていなかった」

わざとらしく警察手帳を広げながら、大林は言った。

「そっ、そんな・・・」

更に大林にすがりつこうとする男を、俺は張り倒した。

「あーぁ、逃げようとするから、また転ぶんだよ」

俺は男を見下ろしながら言った。

ふぅ、っと大林はため息をついた。

昔、幾度となく聞いたため息だった。

「上司として、お前の尻拭いをする必要がなくなって、ほっとしてるよ」

大林は、警察手帳をぱしっと閉じた。

しかし、その眼が笑っているのを俺は見逃さなかった。

「ってことはあれか、女子供がらみか?」

「さあね?詳しくはそいつらに聞いてくれ。俺は忙しいんでね、これで失礼するよ」

ワゴン車から出ようとする俺の前に、制服姿の警官が立ちふさがった。

「あいにくだが、事件の当事者として事情聴取の必要があるんだ。本官が許可するまで、身柄は拘束させてもらうよ」

そういう大林の眼は、笑ったままだった。

俺は、三人ともども、パトカーに詰め込まれた。

くそったれめ。

 

 

大林の言う事情聴取が終わったのは、夜の9時過ぎだった。

奴らは全てを吐いたらしい。

桜嬢を誘拐するつもりだったこと。

おまけに営利目的ではなく、拉致監禁し、そして・・・それから先は考えたくもない。

もう2,3発殴っておくべきだった。

気が付くと、俺は公園の前にいた。

「近道するか・・・」

公園の中を抜けると、わずかだが近道になる。

俺は、暗くなった公園へと足を踏み入れた。

ペンギン大王とやらで、日中は子供でにぎわうこの公園も、この時間は静かだった。

ピカッ!

俺の右側で、何かが光った。

「何だ・・・?」

ストロボなどの人工的な光とは違う、どちらかと言うと稲妻に近いそれが気になり、俺はそちらに足を向けた。

そして、俺はとんでも無い物を見た。

杖のような物に乗って空を飛ぶ少女。

その前には、人の姿をしていて、しかし決して人ではない何かがいる。

二人は戦っているようだった。

時折、先ほどのような光が宙を舞う。

これまで色んなものを見てきたが、こんなのは始めてだ。

ちらっ、と視界の隅で何かが動くのが見えた。

そちらに目を向ける。

そこには、ビデオカメラを構えた少女とがいて、その横に黄色いぬいぐるみが宙に浮いていた。

「そこや、さくら。一気にいったらんかい!」

聞こえてくる関西弁は・・・どうやらあのぬいぐるみが発しているらしい。

今夜はまだ酒を飲んでないのだが?

俺は自分の頭を叩いた。

さくら・・・?

よく見ると、空を飛んでいるのは、まぎれもなく桜嬢だった。

職業柄、一度会った人物の顔は忘れない。

確かに桜嬢だ。

そして、ビデオを撮っているのは、彼女だった。

何もかもが、現実離れした光景だった。

「えっ?!」

彼女が、俺の気配に気付いたのか、こっちを見た。

俺と彼女の視線が一瞬合う。 ・・・・・・ 一瞬だが、それは長く感じられた。

俺はそのままきびすを返すと、その場を離れた。

後ろではまだ騒ぎが続いているようだが、俺は振り返ることはなかった。

 

 

そして、翌日。

夕方、彼女が俺の事務所を再び訪れた。

「ありがとうございました。さくらちゃんを付回していた人たちがいたようなので心配でしたが、これで安心ですわ」

彼女は、俺の机の上に封筒を置いた。

「中を確かめさせてもらいますよ。もちろん、あなたを信用してはいますがね」

俺は、封筒の中の札を数え始めた。

「おかしいですね。約束の金額より多いですよ」

俺は、多い分を彼女に差し出した。

しかし、彼女は受け取ろうとしなかった。

そして、言いにくそうに切り出した。

「昨夜のことは、誰にも話さずに黙っていてください。お願いしますわ」

彼女は深々と頭を下げた。

「昨夜のこと?さて、何のことですかね」

俺の言葉に、彼女は頭を上げた。

「探偵には守秘義務ってのがありましてね。仮に、わたしが何かを見たとしても、事件に関係なければ、たとえ依頼人であっても話すわけにはいかないんですよ」

俺は、そう言って肩をすくめた。

彼女と視線が合う。

俺はウインクをした。

「あなたはわたしに依頼し、わたしはそれを解決した。ただそれだけです」

俺は、彼女に多い分の札を握らせた。

「契約の分はもらいますが、こいつをもらうわけにはいかない。さぁ、しまって」

「はい、そうですわね」

彼女は、ランドセルに金を入れた。

正直、もったいない気もするが、それもしょうがない。

探偵と言うのは、職業じゃなくて生き方なのだ。

「また、何かお困りのことがありましたらいつでもどうぞ。もっとも、何もないに越したことはないですけどね」

「ええ、その時は、もちろんあなたに依頼しますわ。友枝町一番の探偵さん」

そして、彼女は微笑んだ。

どんな報酬よりも、それはうれしかった。

 

 

その後、俺は大道寺カンパニーから、時々依頼を受けるようになった。

あれだけの企業となると、表もあれば裏もある。

裏は俺の専門分野だ。

色々な仕事を片付けた。

だが、それはまた別の話しだ。

誰が、俺を社長に推薦してくれたか?

それは、考えるまでもないだろう。

「そろそろ出かけないとな」

時計を見た俺は、調査のために事務所を出た。

鍵をかけ、小さな看板をぶら下げる。

そこには、『外出中』と書かれている。

俺は、ベスパのスターターをキックした。

2度目で、エンジンがかかり、軽快なエンジン音が鳴り響いた。

そして俺は、現場に向かい出発した。

俺は今やこの街一番の探偵なのだ。

何と言っても、彼女が保証してくれている。

 


終り          


ダシール・ハメットとビル・プロンジーニの二人に。

 


難産の上生まれた作品です。

最初は、さくらと付回すストーカーを探偵が追うというコメディで、探偵は狂言回しで完成していたのですが、

少女を誘拐し9年も監禁する事件や、さくらに対して色々な妄想を書き込んだ掲示板を見て、一から書き直しました。

元は3人称だったのですが、ハードボイルドっぽく1人称にしたのですが、これがまた、時間がかかって。うー、3人称の方が書きやすいよぉ。

タイトルの『レオン』は、レオンがマチルダに狙撃を教えるときの、「女と子供は殺さない。それがルールだ」からです。

シリアスは難しい、コメディの方が書いてて楽しいにゅ。

ではでは

 


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