友枝町の昼下がり。
陽気はポカポカと暖かく、空は晴れ晴れと青く広がっている。
二人の少女が散歩をしていた。
ゆったりとした足取り。気分は、のほほんのほほんである。
「うーん、いい天気だね、知世ちゃん」
さくらは軽くと伸びをした。気持ちよさそうである。
「ほんとですわね、さくらちゃん」
微笑みながら知世が応えた。
のんびりとした雰囲気のさくらを見て、幸せそうだ。 腕に下げたお手製のポーチには、きっと愛用のビデオカメラが入っているのだろう。
ほんわりとした、ごく普通の日曜日だった。
二人は公園へと差し掛かった。
ペンギン大王と呼ばれて親しまれている、例の滑り台がある公園だ。
「ちょっと寄り道していきません?」
知世が公園のほうを示した。
「うん、いいよ」
「良かった、これで『さくらちゃん、優雅な休日』の巻の撮影が出来ますわ」
「とっ、知世ちゃん・・・」
さくらの後頭部に大きな"汗"が浮かんだ。
「まっ、まぁこのところクロウカード騒ぎが多かったから、たまにはのんびりするのもいいよね」
「甘い、甘い、大甘や。虎屋の芋羊羹より甘いでぇ、さくらぁぁ!」
さくらの目の前に突然ケルベロスが立ちはだかった。
「ケロちゃんっ!いったいどこから?」
「どっからもこっからもあらへんっ!カードキャプターあるところ、このケルベロスありや」
ケルベロスは、ふんっと胸を張り、白い羽根をパタパタいわせながら宙に浮かんでいた。
「ええか、さくら。カードキャプターたるもの、どんな時も油断したらあかん。いつ何時どんなことが起きてもええように気を張り詰めとるんや」
「え〜、いつもそんなじゃ疲れちゃうよ。それに見てみてよ」
さくらは、ぐるっと公園全体を指差した。
何の変哲も無い穏やかな光景だった。
「こーんなにのんびりした公園で、なんかあるはずなんかないもん。ほら、あそこの芝生の上なんか、気持ち良さそうにお昼寝してる人までいるんだよ」
「しっ、しかしなぁ、さくら・・・」
「お昼寝してる人は他にもたくさんいるよ。あそこのベンチにも、ブランコにも、滑り台にも、それからそれから」
ツンツン。
知世がさくらの袖を引っ張った。
「さくらちゃん、ちょっと思ったんですけど」
「ほぇ?どーしたの、知世ちゃん?」
「いくらなんでも、お昼寝している人が多すぎるような気がするんですけど」
「そういえば・・・」
「よーけ寝とるなぁ」
よくよく辺りを見回してみると昼寝をしている人は20人近くもいる。
みんな、ニコーっとした笑顔ですやすやと眠っていた。
「なんか、すごく幸せそうだけど」
「そやな、幸せそうや。不自然なくらいにな。それにこの気配。これはきっと・・・」
「これはクロウカードの仕業だな」
李小狼が言った。
「ほぇぇぇっ!李君、いつの間に!?」
「あー、ワイが今言おうと思っとったのに〜小僧〜!」
騒ぐ二人を無視するように、小狼は前へと出た。
「間違いない、クロウカードの気配だ」
「ほっ、ほんと?李君」
「本当だ。何だ、お前まだカードの気配が読めないのか」
ちょっと馬鹿にしたような小狼の口調だった。
「むぅ、ぐぅぅぅ」
反論できず、黙り込むさくらである。
その間にも、知世はポーチからビデオカメラを取り出し(やっぱり入っていたか)、ちゃっかりと撮影を始めていた。
「『さくらちゃんの優雅な休日』の巻が撮れないのは残念ですけど、『さくらちゃん、お昼寝クロウカードを捕まえる』の巻ですわね〜」
「んもー、知世ちゃん〜」
困った顔をするさくらであった。
「あっ、でもでもケロちゃん。人を眠らせちゃうカードだったら、もう持ってるじゃない。『スリープ』でしょう」
「ああ、そやな。でも、この人らはカードの力で直接眠らせられとるんとちゃう。見てみい、あの幸せそうな寝顔。なんの不安もないちゅう寝顔やろ」
「うっ、うん。そうだけど」
「みんな満足しきっとるんや、そやからなんの不満も不安も無い」
その後を小狼が続けた。
「心の底から幸せなんだ。だから安心しきって眠ってしまっている」
「そっ、そんなすごい事・・・」
ゴクッとさくらが息をのんだ。
「こんなことが出来るのは」
「こんなことが出来るんわ」
ケルベロスと小狼の声が重なった。
「『ほえほえはっぴ〜』のカードや」
「『ほえほえはっぴ〜』のカードだ」
ピシッ、ガラガラガラ。 さくらの緊張が音を立てて崩れていった。
「なによ、そのカード。それに、みんなを幸せにしてくれるんなら良いカードさんじゃない」
「それが、そうやないんや」
「あっ、あれを見て下さい」
知世が滑り台の方を指差した。
そこには、ピンク色のふわふわした雲のようなものが浮かんでいた。
「あれが『ほえほえはっぴ〜』や。人を満足に落とし入れる恐ろしいカードや」
「よし、今のうちに捕まえる」
玉から取り出した剣を手に、小狼がずいいぃっと前へ出た。
ほえほえはっぴ〜の真正面からにらみ合う。
お札を剣にあて、そして叫んだ。
「雷帝招来!!」
その瞬間、剣から稲妻が飛び出し、宙を走った。
「やった!」
しかし、小狼の歓声は途切れた。
稲妻は、ほえほえはっぴ〜を通り過ぎていった。まるで、そこには何もないかのように。
「アホ、ほえほえはっぴ〜は人の精神に直接触れるもんやから、物質的な攻撃は一切きかへんねんぞ。そんなことも知らんのかい、小僧!」
「うっ、うるさいっ!ちょっと忘れていただけだっ!」
ケルベロスの突っ込みに、思わず小狼は振り向いた。
「李君、危ないっ!」
「えっ?!」
小狼はとっさに身構えたが、時すでに遅かった。
あっという間に、全身をピンク色のほえほえはっぴ〜に包まれてしまった。
「うわぁぁぁぁ」
小狼の悲鳴が響いた。
ほえほえはっぴ〜は小狼の体を離れた。
小狼は崩れるように倒れ、そしてほえほえはっぴ〜はフッと姿を消した。
「消えおった・・・」
「李君!」
さくらは慌てて小狼にかけより、抱き起こした。
「李君、李君、しっかりして」
さくらは小狼を揺さぶった。
「あー、なーんだー、きのもーとーかー」
異様なまでにニコニコと微笑みながら小狼は応えた。
「どーかしたのーかー?」
「どうしたのって、李君、クロウカードを捕まえるんでしょう?」
「クローウーカードー・・・別にー捕まえーなくてーもいいよ。このままでー幸せだーしー」
「ちょっと、李君」
「もう無駄や、さくら」
ケルベロスが首を振った。
「小僧はもう幸せのどん底や。これでわかったやろ、このカードの恐ろしさが」
さくらは、うんと頷いた。
「人間ちゅーのは色んな希望や夢を持っとる。それに向かってがんばることがエネルギーになっとんのや。しかし、満足してしまったらそっから動こうともせんようになってまう。いくら幸せであっても、そんなのは生きとるとは言えへんのや」
「いったい、どうすれば李君たちを元に戻せるの?」
「それにはカードを捕まえるんや。捕まえん限り小僧たちはもとには戻らへん」
「そんな・・・なんでこんな恐ろしいカードをクロウさんは作ったの?」
「それはやな・・・」
ケルベロスはあの顔で器用にも眉をひそめ、そしてゆっくりと語りだした。
海の底、海面からの光がキラキラと眩しい。
ワカメやコンブが、水の流れに合わせてユラユラと気持ちよさうに揺れていた。
ボタンアオサやヒジキの姿も見える。
静かな海の世界だった。
「ちょっと、ケロちゃん。なんなのよ、これは〜」
「あーすまんすまん。回想シーンと海草シーンを間違えてしもうた」
「なんで、そんなもの間違えるのよ〜」
「まぁ、そう怒らんと。かいつまんで言うと、クロウ・リードが彼女に振られて落ち込んどる友達のために作ったったんや。もっとも、あの威力や、すぐに封印してしまいおったけどな」
「そうなんだ・・・じゃあ、李君のためにも、今回はわたしがカードに戻さないと」
さくらはギュッと封印の鍵を握り締めた。
「闇の力を秘めし鍵よ、真の姿を我が前に示せ」
さくらは、すっくと立ち上がった。
「契約のもとさくらが命じる。レリーズ」
さくらの命令で、鍵は杖へと変わった。その杖を、さくらはブンッと振った。
カードキャプターさくら登場である。
「おっ、やっとやる気になったな。えぇで、えぇで」
盛り上がっている二人に知世が声をかけた。
「あの、さくらちゃん。ほえほえはっぴ〜の姿が消えてしまって、どこにも見当たらないんですけど・・・」
「ほぇ?」
さくらは辺りをキョロキョロと見渡した。
知世の言う通り、ほえほえはっぴ〜の姿はどこにもなかった。
「さっきも言うたやろ。ほえほえはっぴ〜は人の心に直接触れられる。逆を言えば本当の実体はないちゅうこっちゃ」
「そんな、それじゃぁどうやってカードに戻すの?」
「人の心に触れる寸前だけ、仮の実体を現す。そこを狙うんや」
「うん、わかったよケロちゃん。やってみる」
さくらは滑り台へと向かい、進み始めた。
辺りに気を配りながら、一歩一歩足を進める。
「さくらちゃん、大丈夫でしょうか?」
知世は心配そうな顔つきで言った。
もちろん、カメラは回しながら。
「どこ?どこにいるの?」
フッと日が陰った。
「上っ!」
とっさに横っ飛びに跳んだ。
一瞬前までさくらがいた場所を、ほえほえはっぴ〜が通り過ぎた。
「はっ、速いっ!!」
慌てて体勢を立て直すさくら。しかし、ほえほえはっぴ〜は襲い掛かってこない。
辺りを見回す。カードの姿はどこにもなかった。
「さくらちゃんに避けられた後、すぐに姿を消してしまいましたわ」
知世が教えてくれる。
「そんな〜、あんなに速くっちゃ無理だよ〜。ケロちゃん、どうすればいいの〜」
警戒しながら、さくらはケルベロスに尋ねた。
考え込んでいたケルベロスは、決心して言った.
「よーし、分かった。さくらっ!カードの気配を読むんやっ!」
「えっ、どうやって?」
「とにかくやってみるんや。さくらの魔力は強なっとる。きっと出来るはずや。姿を消しとるカードの気配を読んで、さくらのほうから攻撃するんや」
「えっ、えっと〜」
目を閉じ、意識を集中するさくら。
カードの気配は・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
「ふぇぇん、わたしには無理だよぉ」
杖を握り締めながら、さくらは首を振った。
「さくら、がんばってみぃ。さくらなら絶対出来るってワイは信じとる」
「わかった、やってみるよケロちゃん」
再び目を閉じる。
「カードの気配・・・カードの気配・・・カードの・・・」
「さくらちゃん、危ないっ!」
「きゃっ」
知世の声にとっさにしゃがみ込んださくらの頭の上を、ピンク色のフワフワが通り過ぎていき、また姿を消した。
「ダメだよ、ケロちゃん。ぜんぜん分かんないよぉ」
「頭で考えるんやない、感じるんや、さくら」
「感じる・・・?」
「そうや感じるんや。夜空の月を指差すようなもんやで」
ケルベロスが叫んだ。
「指先に全神経を集中させるんや。そうすれば必ず分かるはずや」
「夜空の月を指差す・・・その指先に全神経を集中する・・・うん、わかったよ」
さくらは力強く立ち上がった。
今度は目を閉じず、封印の杖を構える。
すぅっと深呼吸をする。
そして、さくらは唐突に感じた。
今まで、見えていなかったのが不思議なほどにはっきりと。
知世、ケルベロス、そして小狼。
公園で寝入っている人々。
草むらを跳ねるバッタ。
そして、その草の一本一本。
池のさざなみ、大地、空気、そして青空に輝く太陽。
すべてのすべての物の存在を、さくらは感じていた。
そして、ほえほえはっぴ〜の存在も。
「ダッシュっ!」
ダッシュのカードがひらりと宙を舞い、さくらはほえほえはっぴ〜の気配に飛び掛った。
まるで、放たれた矢のような勢いで。
「汝のあるべき姿に戻れ」
そして、封印の杖を振り下ろした。
「クロウカード!!」
バシシッと火花のようなものが飛び交った。
ピンク色のフワフワした固まりが姿を現した。
それは、抵抗するようにもごもごと動き、そしてユラッと揺らめいて、杖へと吸い込まれていった。
最後には、一枚のカードだけが残った。そして、そのカードはひらひらと舞い、さくらの手に納まった。
「ふぅっ。やったよぉ、ケロちゃん、知世ちゃん」
さくらは二人に向かってカードを振って見せた。
「さすが、さくらや。必ず出来ると信じとったでぇ」
「ああっ、なんてことなんでしょう」
知世が悲しげな声を上げた。
「ん?どーしたんや、知世」
「さくらちゃんたら、あんなに速く動くものですから・・・」
「あー、撮り損ねたっちゅーこっちゃな。まぁ、あのスピードではしゃーないやろ」
「あんなに速く動くものですから、足の先がフレームの外に出てしまいましたわ〜」
「って、カメラ追いついとったんかい、こら〜」
思わず突っ込むケルベロス。
その横では、「んー、何があったんだー」てな顔で起き上がる小狼。
公園には、平和な日常が戻ってきていた。
「いやー、ほんま今日は一時はどうなるかと思ったで」
「ほんと、大変なお休みになってしまいましたわね」
「でも、みんな元に戻ってほんとうによかったよ」
さくらのリックから顔だけ出したケルベロスを含めた三人は、楽しそうにしゃべりながら歩いていた。
その後を、黙りこくったまま小狼がついて行く。
そして、小狼は何かを決心したように足を速めた。
「きっ、木之本」
小狼に声をかけられ、さくらは振り返った。
「ほぇ?どうしたの李君?」
「きょっ、今日は・・・」
「えっ、今日は?」
ボソボソっと小声で何か言った後、小狼はだっと駆け出した。
振り向きもせず走り去る小狼の姿を、さくらは見送るしかなかった。
「どうなさったんですの、李君?」
「なんかね・・・今日はありがとうだって」
ほぇっ?とした顔で答えるさくらだった。
「そう。そうですか」
何か思うところあるかの様に、知世は小狼の走り去った方向を見つめた。
優しげなまなざしだった。
「なー、今日は大騒ぎやったでお腹すいたわー。何か食べよー」
「うん、そうだね。うちでお好み焼きでも作ろうか?今日はお父さんもお兄ちゃんも夜までいないから、ケロちゃんも大丈夫だし。ねっ、知世ちゃんもくるでしょ?」
「よろしいのですか?ならば喜んでお伺いしますわ」
さくらたちはまた歩き出した。
暖かく穏やかな、日曜日の午後だった。
終わり
えーと、「かんちょ、どうしたんだ」と思われてる方も多いかも知れません。
いきなり、カードキャプターさくらのお話ですから。
まぁ、人生いろいろやっちゅうことで。好きになってしまったものはしょうがない。
ちなみに今回のタイトルは、みなさんご存知ですね。
ブルース・リーの「Enter the Dragon」こと「燃えよドラゴン」からです。
短編は映画のタイトルからというのが、かんちょ17の掟の一つです。
しかし、さくらは「さくらとなんとかかんとか」というタイトルだという掟もあって・・・
結局、無理やりなタイトルとなりました。
ちなみに、どの辺りが「燃えよドラゴン」かというと、さくらがカードの気配を読めるように
なるケロちゃんとの会話のシーンです。
えーっと、今後ともよろしく。
ではでは