B0000TCKRM.jpg『マタンゴ』  (1963) 89分 日本 東宝

監督:本多猪四郎 製作:田中友幸 原作:ウィリアム・ホープ・ホジスン 原案:星新一、福島正実 脚本:木村武 撮影:小泉一 美術:育野重一 デザイン:小松崎茂 造型:利光貞三 編集:兼子玲子 音楽:別宮貞雄 音響効果:金山実 特技・合成:向山宏 特技・撮影:有川貞昌、富岡素敬 特技・助監督:中野昭慶 特技・美術:渡辺明 特技監督:円谷英二
出演:久保明、土屋嘉男、小泉博、太刀川寛、佐原健二、水野久美、八代美紀、天本英世、熊谷二良、草間璋夫、岡豊

 4000万円もする豪華なヨットで七人の若い男女が航海に出た。ところが嵐にあい遭難してしまう。流れ着いたのは謎の無人島。そこで難破した貨物船を見つけるが中はカビだらけ。航海日誌には漂着後、船員が少しずついなくなっていったこと、そしてキノコを食べてはいけないと記載されていた。
 しかし手持ちの食料は少なく、難破船で見つけた缶詰も七人の頭数で割ればそう何日も持たない。島には動物はおらず、海鳥も島に近づこうとしない。芋や海草、そしてウミガメの卵を採取して飢えをしのぐが、食糧不足と助けが来ない事に対する不安から次第に人間関係が破綻していく。
 キノコを食べると精神的に異常をきたしてしまい、さらには肉体が変質してマタンゴという怪物になってしまう。だがそのマタンゴよりも人間のエゴが怖ろしい作品である。
 食料を独り占めしようとしたり、ウミガメの卵を大金で買い取る会社社長など人間の醜さが描かれている。二人いる女性を巡っての争いも起きる。生きているだけで精一杯の状態なのに、それでもお金や名誉欲といった欲望がある。島では金なんて持っていても意味がないのに、「俺はこの金を持って帰って生き金とするんだ」と実に醜い。
 そしてついにキノコに手を出した者が出始める。このキノコ、とても美味いそうなのだ。水野久美がキノコをつまんで食べるシーンはなんとも色っぽい。
 修理したヨットで島を逃げ出した久保明は救助されるが精神病院に収容されてしまう。鉄格子の中でこの物語を語る久保明。そして画面に振り返った時には・・・衝撃的なラストである。
 巨大怪獣が出てくるわけではないので、それほどミニチュアは登場しない。マタンゴも終盤まではそれほど登場しないし特撮映画としては見応えが少ないが、極限状態での人間ドラマとして充分に面白い。

B0000D8RNB.jpg『モスラ』(1961) 101分 日本 東宝

監督:本多猪四郎 製作:田中友幸 原作:中村真一郎、福永武彦、堀田善衛 脚本:関沢新一 撮影:小泉一 美術:北猛夫、阿部輝明 編集:平一二 音楽:古関裕而 特技・撮影:有川貞昌 特技・美術:渡辺明 特技監督:円谷英二
出演:フランキー堺、小泉博、香川京子、田山雅充、ザ・ピーナッツ、上原謙、ジェリー・伊藤、志村喬、伊藤久哉、佐原健二、平田昭彦、河津清三郎、オーベル・ワイアット、小杉義男、ハロルド・コンウェイ、三島耕、オスマン・ユセフ、広瀬正一、田島義文、中島春雄

 東宝とコロンビア映画による日米合作だったんだ。初めて知ったよ。
 蛾(MOTH)の怪獣だからモスラ。シンプルなネーミングである。
 貨物船が台風のせいで沈没。生き残った四人が核実験場であるインファント島に流れ着く。放射能で汚染され原爆症になっていると思われた四人だが、これがなんと健康そのもの。原住民に赤いジュースを飲まされて、それが原爆症を防いでくれたのではないかとのこと。だが、インファント島は無人のはず。だから核実験場に選ばれたのだ。
 早速、核実験をおこなったロリシカ国と日本の合同チームが派遣される。その中には調査隊に潜り込んだ新聞記者の『スッポンの善ちゃん』との二つ名を持つフランキー堺が潜り込んでいた。
 海岸際は岩だらけのインファント島だが、島の奥地に入ると緑豊かな島だった。そこで全長30センチぐらいの二人の小美人(ザ・ピーナッツ)を見つける。ジェリー・伊藤は彼女たちを捕まえると日本へ持ち帰る。原住民がそれを防ごうとするが、平和主義の彼らは銃で撃ち殺されるだけだった。
 ジェリー・伊藤は小美人のショーを行う。フランキー堺たちは小美人を取り返そうとするが、なかなか上手く行かない。その頃、インファント島では巨大な卵が孵ろうとしていた。
 モスラが登場するまで結構かかる。それも幼虫形態がほとんどで蛾の成虫形態になる時間は意外と少ない。東京タワーに繭を作って成虫への変態を待つシーンは傑作である。
 原住民が銃殺されたり、ジェリー・伊藤に警官が撃ち殺されたりと物騒なシーンが多いのも特徴か。コロンビア側意向だったのかもしれない。
 ザ・ピーナッツは実に芸達者。芝居はちょっと落ちるが、本職が歌手だけに歌が上手い。双子だけ合ってハモり具合が絶妙だ。「モスラーヤ モスラ」
 フランキー堺も正義感に溢れる新聞記者をユーモラスに演じている。橋の破壊のシーンでは橋の中央に取り残された赤ん坊を助けに走るし、ジェリー・伊藤の手下相手に格闘で大活躍。強いって設定なんだ。
 モスラの幼虫形態は地味だが、その分成虫形態は色鮮やかで派手である。東宝怪獣の中では一番派手なんじゃないか。
 それにしてもロリシカ国のモデルは明らかにアメリカなんだが、名前はアメリカ+ロシアなのかね?

B0002TT0QO.jpg『宇宙大戦争』(1959) 93分 日本 東宝

監督:本多猪四郎 製作:田中友幸 原作:丘美丈二郎 脚色:関沢新一 メカデザイン:小松崎茂 撮影:小泉一 美術:阿部輝明 編集:平一二 音楽:伊福部昭 特技・合成:向山宏 特技・撮影:有川貞昌 特技・美術:渡辺明 特技監督:円谷英二
出演:池部良、安西郷子、千田是也、土屋嘉男、村上冬樹、伊藤久哉、桐野洋雄、野村浩三、堤康久、加藤茂雄、沢村いき雄、旗持貴佐夫、上村幸之、高田稔、熊谷二良、手塚勝己、津田光男、岡部正、緒方燐作、マルコン・ビアース、レオナルド・ウェルチ、佐藤功一、岡豊、荒木保夫、オスマン・ユスフ、ハインズ・ボトメル、レオナルド・スタンフォード、ハロルド・コンウェイ、ジョージ・ワイマン、エリス・リクター、エド・キーン

 1959年作品だが舞台は1965年と近未来となっている。
 まずは宇宙ステーションが空飛ぶ円盤によって破壊されてしまう。空飛ぶ円盤を操っていたのは宇宙人のナタール人。ナタール人は地球を植民地にしようと企んでいる。
 絶対零度にすることで重力を奪ってしまい、鉄橋や船、街などを破壊するナタール人は前線基地として月に潜んでいた。それを知った人類は二隻の宇宙船で月へと向かう。
 まだ人類が月へと行っていなかった時代の映画である。月面のシーンはそのわりにリアルだ。重力をコントロールする装置が発明されているようで普通に歩いているが、装置をセットし忘れた男が空高く舞い上がってしまうシーンがある。
 主演は「ルピナスも持って池部良」「残念だがそのシーンは尾張名古屋」の池部良。彼が月に行くのは分かるのだが、コンピューターオペレーターの安西郷子までどうして月に行くのだろうか。
 ラストは空飛ぶ円盤対ジェット機の空中戦。人類が開発した熱線砲が火を噴く。意外と簡単に決着がついてしまい、人類は勝利する。ここはもっと盛り上げて欲しかった。

B0006GB02A.jpg『大怪獣バラン』(1958) 87分 日本 東宝

監督:本多猪四郎 製作:田中友幸 原作:黒沼健 脚本:関沢新一 撮影:小泉一 美術:清水喜代志 編集:平一二 音楽:伊福部昭 アクション:中島春雄 特技・合成:向山宏 特技・撮影:有川貞昌、荒木秀三郎 特技・美術:渡辺明 特技監督:円谷英二
出演:野村浩三、園田あゆみ、松尾文人、伊藤久哉、桐野洋雄、千田是也、村上冬樹、平田昭彦、山田巳之助、草間璋夫、土屋嘉男、田島義文、瀬良明、山田彰、川又吉一、重信安宏、伊原徳、伊東隆、菅井きん、本間文子、生方壯児、熊谷二良、手塚勝巳

 東宝パンスコープで撮影されている。東宝スコープは聞いたことがあるが、パンスコープってなんじゃ? 『ラドン』(1956)などはカラーで撮影されているのだが、何故かモノクロである。予算の関係かなぁ。でも、特撮映画という時点で予算がかかっているのだから、カラーにしても大差ないんじゃないかと。それとも当時はかなりの金額差だったのか。
 シベリアにしか生息していないはずのアカボシウスバシロチョウが東北地方で発見された。その蝶の調査に生物学者の野村浩三と新聞記者の園田あゆみ、カメラマンの松尾文人が向かう。蝶が発見された近くの部落では婆羅陀魏山神(バラダギサンジン)という神をあがめ祀っていた。
 この野村浩三と園田あゆみが一応は主人公なのだが、あまり活躍せず傍観者的立場である。まぁ、大怪獣を相手に生物学者と新聞記者が何をするんだって気もするが。それにしてもこの二人ともおそらく初めて見た俳優である。スターを連れてこなかった辺り、期待されていなかったのかな。
 調査を続ける三人は山間の湖で怪獣を発見する。中生代に生息していたバラノポーダーの生き残りで、野村浩三は勝手にバランと名付けてしまう。お寿司なんかに入っている緑色のヤツだな。それはバラン。このバランこそ婆羅陀魏山神の正体であった。部落の人々はバランを怖れて湖に近づこうとはしなかったのに、東京から来た三人が湖にやって来たことで怒ったバランは部落を襲撃。壊滅状態にしてしまう。
 そこで自衛隊が出動しバランにロケット砲などで攻撃を加えるものの、弾力に富んだバランの皮膚はそれらを弾き返してしまう。そして前足と後ろ足の間にモモンガのように張られた膜を使って飛び去ってしまうバラン。
 次に発見された時はバランは太平洋にいた。この怪獣、水には潜るし空は飛ぶし、もちろん地上も大丈夫とかなり万能である。そして東京を目指すバランを自衛隊のジェット機や駆逐艦が攻撃するが大したダメージを与えられない。そして羽田空港に上陸するバラン。夜のシーンなので鮮明な画像ではないが、なかなか作り込まれたミニチュアである。『サンダ対ガイラ』には負けるけど。
 そこへ平田昭彦演ずる火薬学者が登場し、開発中の特殊火薬の説明をする。ダイナマイトの20倍の威力を持つその特殊火薬ならばバランを倒せるのではないかというのだ。それにしてもやはり平田昭彦は学者役が似合うな。
 特殊火薬を満載したトラックをバランの近くで爆発させるが(このシーンで野村浩三がトラックを運転し、唯一と言ってもいい活躍をする)、バランはそれを耐えきり致命傷にはならなかった。
 もう駄目なのか・・・ そんなとき生物学者がバランの奇妙な行動に目を留める。それは照明弾を飲み込むというものだった。これを利用すれば、バランの体内で特殊火薬を爆発させることが出来るのではないか!
 バランは初めて観た。中高生の頃に怪獣映画はかなり観たのだがマイナーなのか? ラドンやモスラは単体でデビューした後、ゴジラ映画にも出演したがバランは出ていない。と思ったら『怪獣総進撃』に出演しているらしい。その内確認しよう。四つん這いのスタイルがアンギラスなんかに似てるので独自性が少ないのかもしれない。
 ストーリー的にも、最初は田舎に登場し、後に東京に上陸してくる辺り『ゴジラ』(1954)と大きな違いを感じられず地味である。
 調べてみると元々はアメリカからテレビ用映画として依頼を受けて製作に取りかかったのだが、それがキャンセルになって劇場用映画として作り直したそうだ。モノクロなのはそのせいか。当時はモノクロテレビだからわざわざカラーで取る必要はないものな。
 バランが部落で神としてあがめられているなど面白いところもあるのだが、全体に単調な作りで脚本に問題がある。バランの神秘性をもっと追求しても良かったのではないだろうか。
 映像的にはテレビ用とは言えさすが円谷特撮で、バランの造形やミニチュアの出来とその壊され具合はなんだかんだいって燃える。
 それにしてもアカボシウスバシロチョウは話には何の関係もないんだが、あれは何だったんだ?

B00074C5YI.jpg『美女と液体人間』(1958) 87分 日本 東宝

監督:本多猪四郎 製作:田中友幸 原作:海上日出男 脚本:木村武 撮影:小泉一 美術:北猛夫 編集:平一二 音楽:佐藤勝 特技・合成:向山宏 特技・撮影:荒木秀三郎、有川貞昌 特技・美術:渡辺明 特技監督:円谷英二 助監督:梶田興治、中村哮夫
出演:佐原健二、白川由美、平田昭彦、土屋嘉男、千田是也、田島義文、夏木陽介、佐藤允、小沢栄太郎、坪野鎌之、山田巳之助、中丸忠雄、山田彰、藤尾純、園田あゆみ、中野トシ子、瀬良明、重信安広、林幹、津田光男、草間璋夫、白石奈緒美、桐野洋雄、三島耕、伊藤久哉、大友伸、北川町子、中村哲、中山豊、大村千吉、加藤茂雄、加藤春哉、中島春雄

 東宝というよりは新東宝のようなタイトルである。
 大人向け特撮映画として作られた作品でである。『ラドン』(1956)はカラーではあったがスタンダードサイズだったのに対し、東宝スコープいわゆるシネマスコープサイズで製作されている。
 今の日本においてはかなりヤバイ設定である。液体人間というからには液状の人間が出てくるのだが、そうなってしまった理由が水爆実験で死の灰を浴びその放射能によって細胞が変化してしまったから。佐原健二は今となっては小学生でも知っているセシウムという単語を口にする。放射能に対して日本国民が過敏になっている現在ではTV放映は無理だろう。
 放射能で巨大化したりミュータントになったりというのは観たことがあるが、液体人間になってしまうというのはこの作品ぐらい。放射能を理由にすればなんでもありだな。
 物語は麻薬強奪事件から始まる。まんまと売りつけた相手から麻薬を盗み出した男が何かに襲われ、衣服や腕時計などだけを残して消えてしまう。まさか裸で逃げたのか? などといった具合に最初は刑事ドラマ風である。刑事のリーダーを演じているのが平田昭彦。刑事役というのは案外珍しいのか? 生物化学助教授の佐原健二と友達なので大卒だろう。年下の刑事を部下として使っているしキャリアなのかも。
 佐原健二は男が消えた当日は雨だったので、その雨に含まれていた死の灰の放射能で肉体が消えてしまったのではないかといきなり言い出す。もちろん刑事にそんな理屈が通用するはずもない。というか生物化学の学者として人間が消えたと聞いて放射能のせいではとすぐに思いつくのがどうかしている。
 トンチンカンなことを言う奴だなと思ったら、それには根拠があった。漁船の船員が太平洋で漂流している船を見つけ乗り込んだところ、仲間が液体に襲われて溶けてしまいしかも生き残った船員は原爆症になっていたのだ。人体が溶ける・放射能、これらが一本の糸で繋がった。
 そこを指摘しても証拠としては不十分だと言われてしまう。警察は消えた男の女白川由美に目をつけ、彼女を取り調べるが彼女は何も知らないので当然のごとく手がかりは得られない。
 そうこうしているうちに白川由美が歌手として働いているキャバレーに液体人間が出現し、ボーイや踊り子、そして刑事まで液体人間にしてしまう。これでようやく液体人間の存在を信じた警察は佐原健二の言うことをまともに受け入れるようになる。
 築地一帯にしか液体人間は出現しないので住民を避難させ、下水にガソリンを流し込んで液体人間を焼却してしまうという強引な手段がとられる。だが、白川由美が麻薬密売組織のボス佐藤允に誘拐されこともあろうにその下水道にいた。下水から流れ出た衣服でそれに気付いた佐原健二は助けに向かう。すでにガソリンに点火されており、炎が到達するまで残り15分! 果たして白川由美を助けることが出来るのか。
 タイトルほどお色気シーンはない。特撮映画ということで子供が観に来ることを考慮したのか、本多猪四郎がそういった演出が苦手だったのか。これが東映や日活作品だったとしたらもっと違った印象になっていたことだろう。もっともこれだけの特撮が撮れたとは思わないが。
 液体人間は液体が人間の形をとっているシーンもあるが、ほとんどは本当に粘りけのある液体である。それがドロドロと動きながら迫ってくる。上下逆さまにしたり90度横にしたセットなどで天井へ這い上がっていったり、横へ這ってくる液体人間の描写をおこなっている。スライムなどとは違ってかなり透明度が高く、何を使っているのかと思ったら有機ガラスだそうだ。多分、そこに行き着くまでに色んな材料で試したんだろうな。人間が溶けていく特撮も時代を考えれば良くできている。
 液体人間は人間を襲っては溶かして同化してしまうのだが、人間状の時には複数登場する場合もあって、全体で一つなのか個々の概念があるのかはよく分からない。理性などはなくなっているようだが、人間としての思考能力はあることになっている。太平洋から東京の築地に戻ってきたのは最初の船がマグロ漁船だったからだろうか。キャバレーに現れたのはそこに白川由美がいるからだろうか。だとしたら人間だった時の記憶も多少は残っているものと考えられる。大脅威みたいな扱われ方をされているが、それほど人を溶かしてないんだよな。出番も意外と少ないし。
 キャバレーのレビューのシーンがなかなか力が入っている。キャバレーって行ったことがないんだが実際にはどんな感じなんだろうか。この作品のキャバレーはハリウッド映画の中のキャバレーだな。白川由美が英語の歌を披露するが、あまりにも上手いのでこれは吹替だろう。
 佐藤允が憎たらしくてナイス。液体人間に襲われた時にはやったと思ってしまった。登場シーンではニカッと笑っており、日本人離れした風貌だ。後の作品より頬がこけている。和製リチャード・ウィドマークと呼ばれていたそうだが、決して誇大広告ではない。彼が大金を意味して使う「トランク一杯の5000円札」という言葉に時代を感じてしまう。1万円札はまだでていなかったんだ。数年前の作品に出ているし亡くなったという話も聞かないので健在なのであろう。息子の映画監督佐藤闘介はどうしようもないが。
 映画は例によって科学者のそれっぽい言葉で締めくくられる。
「地球が死の灰に覆われて人類が全滅した時、この地球を支配するのは液体人間かもしれない」

B000JJR9CE.jpg『空の大怪獣ラドン』(1956) 82分 日本 東宝

監督:本多猪四郎 製作:田中友幸 原作:黒沼健 脚本:村田武雄、木村武 撮影:芦田勇 美術:北辰雄 編集:岩下広一 音楽:伊福部昭 音響効果:三繩一郎 アクション:手塚勝巳、中島春雄 特技:渡辺明、城田正雄、向山宏、坂本泰明 特技監督:円谷英二 監督助手:福田純
出演:佐原健二、平田昭彦、田島義文、松尾文人、草間璋夫、山田巳之助、小掘明男、村上冬樹、高木清、三原秀夫、津田光男、千葉一郎、熊谷二良、今泉廉、門脇三郎、白川由美、河崎堅男、如月寛多、中谷一郎、榊田敬二、緒方燐作、鈴川二郎、黒岩小枝子、大仲清治、中田康子、宇野晃司、水の也清美、岡豊、大川時生

『ゴジラ』から二年。今度の怪獣は空を飛ぶ! それにしても怪獣っていつ頃から使われている言葉なんだろうね。正体の分からない怪しい獣という意味では古くから使われていた気もする。
 この作品はカラーで撮られている。50年以上前の作品なのにフィルムの保存状態はよいようで、色彩鮮やかにラドンが暴れ回る様が映し出されている。
 物語は阿蘇山近くの炭鉱から始まる。実際には阿蘇山近くには炭鉱はないそうだ。そりゃそうだ、火山の近くを掘っていたら何が起こるか分かったもんじゃない。そして炭坑夫が行方不明になり、鋭い刃物で切られたような傷を負って死体で見つかる。調査に行った警官と炭坑夫もやられてしまう。犯人は誰で何が目的なのか? そんなサスペンススタイルだ。
 犯人は人間ではなく、太古の大トンボ・メガヌロンの幼虫だった。そしてその幼虫を餌にしていたのがプテラノドンが巨大化したラドンである。長い時を地下で眠っていたラドンが目覚めたのは「確証はないが」水爆実験のせいではないかというのが平田昭彦演ずる古生物学者の説である。それにしても平田昭彦は学者などのインテリな役がよく似合う。実際に東大出だそうで、それも納得である。
 ラドンもなかなか姿を現さず、地上に映る影や翼の先端だけが写された写真としてまずは登場する。その写真が平田昭彦の持っているプテラノドンのイラストとピッタリ合致するシーンは笑ってしまった。
 上空を超音速で飛び回るラドンに自衛隊のジェット機はかなり手こずる。ミサイルを何発撃ってもなかなか当たらないし、図体はラドンの方が大きすぎて接触すると墜落してしまう。
 この作品一番の見所は福岡襲撃のシーンだろう。精巧に作られた福岡の街がラドンの巻き起こす強風によって壊れていく。ミニチュアの出来が実によく、日本家屋などは屋根の瓦が一枚一枚剥がれて飛んでいくという芸の細かさ。職人芸である。ミニチュアを一度壊してしまったらまたやり直すというわけにはいかず、一発勝負の撮影現場である。さぞかし緊張感があったことだろう。当時の福岡の人は、自分たちが暮らしている場所が壊れていくのを観て非常に楽しんだそうだ。オレも自分の住んでいる街が怪獣に壊されるという映像は観てみたい。でも田舎なんで舞台にはならないだろうな。
 ゴジラと違うのは、人間側が頑張ればなんとかなってしまうところ。自衛隊機のミサイルもある程度効果はあったようだし、ラストは帰巣本能で阿蘇山に戻ってきたラドンを砲撃で生き埋めにしようと試みる。阿蘇山に向かって撃ち込まれるミサイルが地盤を破壊してラドンは危機に陥る。しかもその攻撃によって阿蘇山の噴火が引き起こさる。なんとか飛び上がったものの爆発に巻き込まれて溶岩の流れに落ちていくラドン。そしてもう一匹も。
 そう、ラドンは二匹いたのであった。観たのがずいぶんと久しぶりなのですっかり忘れていたよ。ちゃんと二匹が同時に映っているショットもあって、あれは雄と雌という設定なのだろうか。
 かなり余韻を残す終わり方で、同じ火山に落ちるでも『ゴジラ』(1984)とは出来が違う。それにしても行方不明になったままの炭坑夫五郎はどうなったんだろうなといったことが気になってしまうオレであった。

B000XFZMBE.jpg『ゴジラ』(1954) 97分 日本 東宝

監督:本多猪四郎 製作:田中友幸 原作:香山滋 脚本:村田武雄、本多猪四郎 撮影:玉井正夫 美術:中古智 美術監督:北猛夫 編集:平泰陳 音楽:伊福部昭 音響効果:三繩一郎 アクション:手塚勝己、中島春雄 特技・合成:向山宏 特技・美術:渡辺明 特殊技術:円谷英二
出演:志村喬、河内桃子、宝田明、平田昭彦、堺左千夫、村上冬樹、山本廉、鈴木豊明、馬野都留子、岡部正、小川虎之助、手塚勝己、中島春雄、林幹、恩田清二郎、菅井きん、榊田敬二、高堂國典、東静子、鴨田清、笈川武夫、川合玉江、今泉廉、橘正晃、帯一郎、堤康久、鈴川二郎、池谷三郎

 日本映画が生み出した最大のスターである。なんといっても一作目で体長50メートル。後の作品ではビルの高層化に対応して100メートルを超える大きさだ。って、そっちかよ。いやいや、アメリカでも公開されておりローランド・エメリッヒによってハリウッドリメイクもされている。近いうちに二度目のハリウッドリメイクが予定されているとか。知名度の高さは折り紙付きである。
 この一作目は1954年3月1日にビキニ島の核実験による第五福竜丸事件をきっかけに製作されたもので、11月3日には公開されている。日本特撮界の総力を結集した割りには意外と短期間で作られている。だがその特撮は製作期間の短さを感じさせない出来となっている。特撮の責任者は神様円谷英二。モノクロの画面に助けられているがミニチュアなどの出来は良さそうだ。
 ゴジラの登場シーンが海か夜の陸上がほとんどというのも特撮にリアリティを出すための工夫だろう。でも当時のゴジラスーツはかなり重かったそうで、海のシーンの撮影では中の人は大変だったことだろう。
 最初のうちのゴジラは海の中の光や、台風に紛れてやって来て足跡だけを残していくなどなかなか姿を見せないが、山の向こうから頭が見えてくる登場シーンは秀逸である。すぐに姿を見せるのではなくじらすだけじらして引っ張る。モンスター映画の基本である。やはり最初からモンスターが登場したんじゃ情緒がないと思うのだ。
 ゴジラは水爆実験の放射能により突然変異を起こしたと思っていたのだが、志村喬演ずる古生物学者によると太古の棲爬虫類から陸上獣類に進化しようとする中間型の生物が度重なる水爆実験で住処を追い出され東京に向かってきたと説明している。一作目では放射能は直接関係ないんだ。でも口から熱線を吹くのは何で? そんな生物いないだろ。
 それにしてもモンスターは何故東京を、あるいは日本を目指すのか。そんな疑問に答えてくれたのが金子修介版『ゴジラ』。太平洋戦争で亡くなった日本兵の意志がゴジラを生み出したというのだ。無理はある物の説明にはなっている。一作目のゴジラが東京を目指したのは色々理由が考えられるが、一番有力なのはどうせゴジラが壊すのならば東京が画になっていいだろうということだ。銀座一帯で暴れ回るのに、皇居には決して足を向けないのはモンスターなりに大人の事情を分かっている。
 東京の破壊シーンにはまだ年月が経っていない東京大空襲のイメージもあるのだろう。序盤のシーンでネオンサインや看板などすっかり復興した日本がこんどは水爆の象徴であるゴジラによってたたき壊される。ゴジラは災害ではなく戦争なのだ。
 水爆にも耐えたゴジラには大砲も高圧電流も効果を示さない。それどころか怒らせるだけだ。クワッと見開いた眼で睨みつけてくるゴジラは怖ろしい。
 ゴジラを倒すことが出来るのは芹沢博士(平田昭彦)が開発した水中水素破壊剤オキシジェン・デストロイヤーだけだ。オキシジェン・デストロイヤーは水中の酸素を破壊することで水棲の生物を窒息死させてしまい、さらに肉体を液状に溶かしてしまうという原理は分からないが強力な兵器だ。水素を破壊するってどうやるんだとか謎は多いが、頼みの綱はこのオキシジェン・デストロイヤーしかない。だが芹沢博士はオキシジェン・デストロイヤーが軍事兵器に利用されることを怖れて、その存在をひた隠しにしている。そんな博士に使用を迫る宝田明と河内桃子。と突然、テレビから流れてくる女学生たちの祈りの歌。前々から疑問だったんだが、その前のシーンではテレビはついていなかったんだが、いつ誰が点けたんだ?
 オキシジェン・デストロイヤーの軍事兵器としての利用を怖れている芹沢博士だが、水中の酸素を破壊しても魚が死ぬぐらいでそれほど有効な兵器じゃないと思う。研究が進んで空中の酸素を破壊するようになるのを危惧していたのか?
 ラストシーンで志村喬が「あれが最後のゴジラとは思えない。水爆実験が続く限り第二、第三のゴジラが出てくる」といったようなことを言って終わるが、水爆実験が終わったとしても映画が大ヒットしたのでゴジラはまだまだ出てくるのであった。なんといっても時事ネタはほとんど扱わない原作の『サザエさん』に登場するぐらいだ。カツオとワカメがゴジラに連れてってとサザエさんにやかましく迫り、怒ったサザエさんが「アジラへいってー!」と怒鳴るネタである。

B003N1L5NY.jpg『デイ・アフター・トゥモロー』(2004) THE DAY AFTER TOMORROW 124分 アメリカ 20th CENTURY FOX

監督:ローランド・エメリッヒ 製作:ローランド・エメリッヒ、マーク・ゴードン 製作総指揮:ウテ・エメリッヒ、ステファニー・ジャーメイン 原作:ローランド・エメリッヒ 脚本:ローランド・エメリッヒ、ジェフリー・ナックマノフ 撮影:ウエリ・スタイガー 編集:デヴィッド・ブレナー 音楽:ハラルド・クローサー
出演:デニス・クエイド、ジェイク・ギレンホール、イアン・ホルム、エミー・ロッサム、ジェイ・O・サンダース、セーラ・ウォード、アージェイ・スミス、タムリン・トミタ、オースティン・ニコルズ、ダッシュ・ミホク、カール・アラッキ、ケネス・ウェルシュ、ペリー・キング

 昨日の『サンクタム』に引き続き極限状態での父息子物。温暖化現象によって地球の気温が上昇し、そのせいで南極の氷が溶け暖流の流れを変えてしまう。そのせいで水温が冷え新たなる氷河期がやって来るという、風が吹けば桶屋が儲かる的理論で地球が大寒波に襲われる。なんかよく聞いても分からない理屈なのだが、どうやら実際に起こりうるらしい。エルニーニョ現象で南アメリカの水温が上がると日本は冷夏になるが、それと似たような物なのか? 違うか。
 主人公のジャック(デニス・クエイド)は南極まで氷を調べに行ったりする活動的な気象学者。そして南極の地下に眠っていた昔の氷を調べたところ、氷河期の前に二酸化炭素が多く含まれていることを見つけ出す。そして地球温暖化会議で「このままでは100年先か1000年先には氷河期が来る」と述べるのだが、京都議定書に批准していないアメリカは「君は気象の専門家かも知れんが、経済のことは分かっていないようだね」とアメリカ副大統領に軽くあしらわれてしまう。
 そんな頃、息子のサム(ジェイク・ギレンホール)は高校生クイズ大会に出場するためニューヨークへ向かおうとしていた。研究研究で飛び回ってばかりのジャックはサムと過ごす時間が少なく、そのため親子関係は微妙になっていた。
 ジャックの100年という数字は楽観的すぎて、氷河期はいきなり訪れた。ニューヨークは凍り付き、サムと仲間たちは公立図書館の中に取り残されてしまう。上空は低気圧の厚い雲が覆い、表に出れば凍死してしまう。しかし、そんなサムの言葉に耳を貸さずに図書館にいた大半の人は南を目指して旅立っていった。
 サムたちは本を燃やして暖を取った。サムは父親と最後に通じた電話で聞いた「必ず助けに行く」という言葉を信じていた。
 いやー、寒い時に観る映画じゃないね。省エネのため部屋の暖房は最低限にしているので、余計と寒く感じられる。といっても北海道の人に言わせれば、こんなの寒いうちに入らんかも知れんが。でも北海道だってグリーンランドの人に言わせれば、こんなの寒いうちに入らないかも知れないしな。寒いところを探せばきりがない。とりあえず映画には関係ないけど冬は南の島で過ごしたいよ。
 ジャックはサムのことを気にかけてはいるのだが、学者らしくイマイチ口べたでコミュニケーションが上手く取れていない。温暖化会議で意見を述べるのだから学者としては有能なのだろうが、そこでも副大統領に睨まれてしまう。後半のサムを助けに行くシーンでは雪と寒さの中をスノーシューズを履いて歩いて行くぐらいだからひょっとしたら山男なのだろう。日本でもアメリカでも山男は口べたなのか。
 サムも日常のシーンでは父親に対して軽く反抗的な態度を取っていたが、頭のいい少年なので本心では父親のことを尊敬していたのだろう。みんなが図書館から出て行ってしまっても数少ない仲間と共に父親を信じて寒さに耐え抜く。
 舞台が図書館となっているのは燃料となる本が大量にあるからだろう。個人的には本を燃やすのには抵抗があるが、命がかかっているとなれば仕方ない。そんな中、グーテンベルグ聖書を最後まで大事そうに抱え込んで「私は神は信じていない。この本は人類が初めて作り出した活版印刷の本なんだ。その時から理性の時代は始まった。なんとしてもこの本は守り抜くよ」という中年男性の存在が活きてくる。大都市を何回も破壊したローランド・エメリッヒも本を燃やすことに若干の抵抗はあったようだ。
 ホームレスの黒人男性は本を破いて衣服の間に入れて断熱材代わりにして「ホームレスの知恵だよ」と言う。日本のホームレスには新聞を使うという話は聞いたことがあるが、万国共通の知恵なのか。
 一番焦点を当てているのはジャックとサムの父息子だが、イギリスの気象観測所のイアン・ホルム、ジャックの妻で病院に取り残された少年の患者に最後まで付き添っている女医、宇宙ステーションから地球の異変を眺める宇宙飛行士など視点が幾つも変わるので、世界的規模のこの災害を立体的に見ることが出来る。それにしてもジャックは唯一この事態を予測していた気象学者なのに、現場をほっぽり出して息子を助けに行くのはどうかと思うけど。
 アメリカの北部はほぼ全滅で、南部の人間もメキシコなど南アメリカへと逃げた。アメリカはメキシコなどにこれまでの債務を帳消しにすることで入国を許可させる。ラストには寒波は一応収まったが、まだこれからどうなるか分からず、ヨーロッパ、アジアも多大な被害を受けている。食糧問題、経済問題などでこれからが大変だ。大統領が全世界に向けてメッセージを送るが、本当になんとかなるのかね。
 冒頭の各地で異変が起き始めているシーンでは日本の千代田区も登場。例によってヘンテコなニッポンを見せてくれる。居酒屋のカウンターが道路側に飛び出しているのは何で? 多分、屋台とゴッチャになってるんだろうな。漢字などはちゃんと意味が通るし、パトカーはちゃんと日本のパトカーカラーなのだが、どうもどこかが変。
 後、狼のシーンはいらなかったな。エメリッヒとしては何か出さないと盛り上がらないと思っちゃうんだろうけど。そのノリで意味もなく大統領まで殺しちゃうんだろうな。

B0055BCP5C.jpg『サンクタム』(2010) SANCTUM 109分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:アリスター・グリアソン 製作:アンドリュー・ワイト 製作総指揮:ジェームズ・キャメロン、ベン・ブラウニング、マイケル・マー、ピーター・ロウリンソン、ライアン・カヴァナー 脚本:ジョン・ガーヴィン、アンドリュー・ワイト 撮影:ジュールズ・オロフリン プロダクションデザイン:ニコラス・マッカラム 編集:マーク・ワーナー 音楽:デヴィッド・ハーシュフェルダー
出演:リチャード・ロクスバーグ、リース・ウェイクフィールド、アリス・パーキンソン、ダン・ワイリー、クリストファー・ベイカー、ジョン・ガーヴィン、ヨアン・グリフィズ

『SANCTUM』とは聖域のこと。そして『人の到達出来ない場所』という意味もあるらしい。舞台はパプアニューギニアの巨大洞窟の中にある地底湖。ジェームズ・キャメロンの名前と水中という組み合わせから水中人(異星人)を連想したが、SF映画ではなくサバイバルアクション映画だった。
 3D映画として撮影された本作は『アバター』(2009)と同じ3Dカメラを使っているそうで、さらに3Dの見せ方も洞窟の奥行きや手前に伸びてくる立体感などは、乱作気味の3D映画の中で一日の長がある。
 前人未踏の洞窟を大金持ちがスポンサーになって探検をしている。その最前線キャンプが嵐のため岩が落ちてきて帰り道がなくなってしまう。助かる道はただ一つ、地底湖を辿って海へと抜け出すこと。だが、大自然の脅威が彼らに牙を剥く。
 メンバーの中に女性が一人いるのだが、この女が妙にかんに障る。女性の死体が着ていたウェットスーツを着ろと言っているのに「死人の着ていたのなんか嫌だ」とか騒ぐ。地底湖の水温がどれだけ低いと思ってるんだ。低体温症になるだろ。さらには髪を金具に挟まれて「ナイフは使うな」と言われているのにナイフで髪を切ろうとしてロープまで切って落下し死んでしまう。その際に酸素ボンベを巻き添えにしているからたまったもんじゃない。しかしほぼ唯一の女性登場人物にも容赦ないな。髪が挟まるシーンはやたらと痛そうで、皮膚まで剥がれかけているし、しかも、後のシーンではその死体が・・・
 主人公は冒険家の父親とその息子で、息子は自分をほったらかしにして冒険ばかりの父親に反感を抱いている。そんな父親と息子の心が通じ合うのがテーマである。序盤で岩に叩き付けられて体中の骨が砕けた男を父親が水中に沈めて安楽死させる。その時に息子は父親なんてと思っているのだが、終盤で息子がある人物に対して同じ事をする。その時、息子は父親も苦しんでいたことが分かるのだ。
 大自然を前に、希望と絶望が交互に襲ってくる。一つ問題をクリアーしたらまた次の問題が現れるのだ。こういう自然を相手にする冒険やスポーツは個人的にやりたくない。『127時間』も一人で大自然の中になんか行かなければいいのに。
 だがそんな怖ろしい大自然もスクリーン越しに観ている分には大丈夫。地底湖の水の中が実に美しい。ヘルメットに付けたライトを頼りに青い水の中を泳いでいく。だがライトが消えた途端に真の闇が訪れる。そして、段々と電池切れになっていくライト。閉所恐怖症の人には息苦しくてたまらないだろう。
 一人死に、また一人死にで、最終的に全滅か? いや息子は生き残るだろうと予測はついてしまう。たまには全滅でもいいんじゃないかとも思うが、実際にそうだったら後味悪いよな。実話ベースだそうだが、どこまで実話なのだろうか。地底湖に閉じこめられたところまで? 仲間が死んだところまで? 犠牲者がいなかったのならばもっと目新しい死に方も観てみたかった。
 父親はなんだかんだいってベテランの冒険家で、その指示は的確である。それを無視した時に死ぬケースがほとんどだ。やはりベテランは頼りになるのだ。これは実生活でも役に立つな。もっともただ歳を取っているだけの自称ベテランもいるけど。あー、父親がもっと早くみんなを洞窟の外へ避難させておけば被害は最小限ですんだんだよな、考えてみれば。
 父親と息子がついに二人だけになってしまい、崖を登るシーンでは先に登り終えた息子が父親に向かって手を伸ばす。それに飛びつく父親。そしてえいやっと引きずりあげる。ファイトー!いっぱーつ!リポビタ・・・いや違う違う。

B005WQAU1Q.jpg『プリースト』(2011) PRIEST 87分 アメリカ SCREEN GEMS

監督:スコット・スチュワート 製作:マイケル・デ・ルカ、ジョシュア・ドーネン、ミッチェル・ペック 製作総指揮:グレン・S・ゲイナー、スティーヴン・H・ギャロウェイ、ステュー・レヴィ 原作:ミンウー・ヒョン 脚本:コリー・グッドマン 撮影:ドン・バージェス プロダクションデザイン:リチャード・ブリッジランド・フィッツジェラルド 衣装デザイン:ハー・ヌウィン 編集:リサ・ゼノ・チャージン 音楽:クリストファー・ヤング
出演:ポール・ベタニー、カール・アーバン、カム・ジガンデイ、マギー・Q、リリー・コリンズ、スティーヴン・モイヤー、クリストファー・プラマー、ブラッド・ドゥーリフ、アラン・デイル、メッチェン・エイミック、デイヴ・フロレク、ジェイコブ・ホプキンス、タノアイ・リード、ジュリー・モンド

 モンスターではなくかなりクリーチャー寄りなヴァンパイヤが登場し、太古の昔から人類と争ってきたという設定。ヴァンパイヤの強力さに押され気味だった人類がプリーストというヴァンパイヤ退治の専門家を生み出し、力関係は逆転した。そんな近未来では、ヴァンパイヤは居留区に押し込められ、人類はシティを中心に安全な暮らしをしていた。その日までは・・・
 一軒の農家がヴァンパイヤに襲われるところから物語は始まる。夫婦は惨殺され18歳になる一人娘は連れ去られてしまう。夫の弟であるプリースト(ポール・ベタニー)はそのことを聞き、教会に少女を取り戻しに行く許可を求めるが、教会は「ヴァンパイヤは全て居留地の中にいる。勝手な行動をしたら破門する」と聞く耳を持たない。そこで教会の命令を無視してシティを出たプリーストは、少女の恋人である保安官ヒックス(カム・ジガンデイ)と共に手がかりを探す。
 一番近い居留地へ行ってみたところ、看守の姿はなく中にいるのは感染者だった。この世界でのヴァンパイヤに噛みつかれるとヴァンパイヤになるのではなく感染者という者になるらしい。こいつらは日光が当たっても平気だが、さしたる力は持っていない。ではヴァンパイヤに日光は有効なのかというと、そういう設定になってはいるものの日光に当たってるシーンがあったような気がする。どうも、その辺りの設定はいい加減なようだ。
 ヴァンパイヤを率いているのは元プリーストである。ヴァンパイヤ・クイーンの血を飲まされたことで人間ヴァンパイヤになったのだという。ヴァンパイヤの能力を持っており、なおかつ日光も平気のいいとこ取りな設定で、『ブレイド』シリーズにおけるデイウォーカーの様なものだろうか。
 シティを占領してヴァンパイヤの世の中にしてしまおうと思っているそうで、なぜならシティには日光がないからだとか。そんな重要な設定をさらりと一言ですますなよ。なんでそんな危険な場所が首都になっているんだ。どうも設定がワヤクチャだな。
 ヴァンパイヤ物はそれなりに数字を稼げるのであろう。どちらかというとあまり出来は良くないこの作品だが、観ているとそれなりに引き込まれている。十字架型の手裏剣やプリーストたちが乗るバイクのデザインなどは良い。
 ただ、眼がなく服も着ていないで表面がヌルヌルしているヴァンパイヤのデザインは個人的に不可。魅力がないし、ワラワラと襲って来るだけで工夫がない。単なるモンスターである。主人公だが『アンダーワールド』シリーズのヴァンパイヤはやはりいい。
 アクションはそれなりに派手である。十字架手裏剣や二連式の銃などを使ってヴァンパイヤと戦う。終盤には、あれは感染者だろうかそいつらが運転するバイクがプリーストたちに迫ってくる。『マッドマックス2』をどことなく思わせる雰囲気だ。『マトリックス』ばりのスローモーションはいかにも付け足しだが。
 プリーストが何故教会を破門されてまで少女にこだわったのか、元プリーストはどうやって日光に当たれないヴァンパイヤを大量にシティへ送り込むかなどはなるほどと感じさせてくれる。
 アクション映画だと思って観ればそれなりであろう。ヴァンパイヤ映画を期待してしまうと駄目だが。女プリースト役のマギー・Qが良かったのでそれで良しとするか。

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