2008年05月09日

『ファンタズム』 悪魔の葬儀屋

B0012P6C3Q.jpg『ファンタズム』(1979) PHANTASM 89分 アメリカ

監督:ドン・コスカレリ 製作:D・A・コスカレリ 脚本:ドン・コスカレリ 撮影:ドン・コスカレリ 音楽:フレッド・マイロー、マルコム・シーグレーヴ
出演:マイケル・ボールドウィン、ビル・ソーンベリー、レジー・バニスター、キャシー・レスター、テリー・カルバス、アンガス・スクリム

 ホラーに分類されていることが多いが、オレとしてはダークファンタジーだと思う。延々と20年ほど近く続いたシリーズの第一作。悪役のトールマンが若い。
 兄の友人が急死し、その葬式を覗きに行った少年が、葬儀屋トールマンの異常な面を見る。それを確かめるべく葬儀社に忍び込み、そこで宙を飛び回る謎の銀球や『スターウォーズ』のジャワ族に似たドワーフに襲われる。
 トールマンの指を切り取り持ち帰った少年は、黄色い体液を流しながらピクピクと動き続けるその指を見せて兄を説得する。そして兄共々、葬儀社に乗り込んでいく兄弟の前に、予想だにしなかった真実が待ち受けていた。

 トールマンは別に殺人鬼ではなく、葬儀で回収した死体を別世界に送り込むのが仕事。死体はそこでドワーフにされ奴隷としてこき使われている様子。
 トールマンが操る銀球はおそらく当時としてはその無機質的なところからして画期的な存在だったろう。鏡面的に周りを写し込むので撮影は大変だったに違いない。アップの部分ではさすがに余分な物が写っていないが、引きの画ではカメラが写り込んでいるが、CG補正というわけにもいかなかった時代だからしょうがない。むしろ、この時代に鏡面の球体という小道具を使った勇気に乾杯。
 少年がひょんなことから足を踏み入れた異世界。異常ながら魅力的なクリーチャー。骨董品屋で少年が古い葬儀社の写真を見つけて、そこに今と変わらないトールマンの姿が映っていて、そのトールマンが少年の方を向いて邪悪に微笑むなどスティーヴン・キングっぽいとも言える。
 終盤、少年は泥沼に足を突っ込むが、その沼からいくつもの泥まみれの手が出てきて少年の足を引っ張る。マドハンド?ということは、トールマンの指が変身して暴れ回るコウモリ風の怪物はドラキー?
 監督のドン・コスカレリは『ファンタズム』シリーズだけの人かと思っていたが『ミラクルマスター/七つの大冒険』も撮っているんだな。『ファンタズム』と『ミラクルマスター/七つの大冒険』だけの人と訂正。

2008年05月07日

『マイホーム・コマンドー』 間借り人は最強の宇宙戦士

B0014F9G28.jpg『マイホーム・コマンドー』(1991) SUBURBAN COMMANDO 90分 アメリカ

監督:バート・ケネディ 製作:ハワード・ゴットフリード 製作総指揮:ハルク・ホーガン、ケヴィン・モアトン、デボラ・ムーア 脚本:フランク・A・カペロ 撮影:ベルント・ハインル 音楽:デヴィッド・マイケル・フランク
出演:ハルク・ホーガン、クリストファー・ロイド、シェリー・デュヴァル、ジャック・イーラム、ラリー・ミラー、ウィリアム・ボール、ジョー・アン・ディアリング、ロイ・ドートリス、トニー・ロンゴ

 一人の男は長年戦争に明け暮れ、暴力で物事を解決する事しか考えられなくなった歩く殺戮マシーン。
 もう一人の男は、才能はある物の上司に昇給を訴えることも出来ない気弱な設計技師。
 そんな二人が出会い、あれこれといったトラブルに巻き込まれたあげく、戦争男は時には暴力を用いずに物事を平和的に解決することを覚え、もう一人の男は自分に自信を持って行動することを覚える。二人の男の変化というか成長はなかなか感動的だ。
 ちょっと普通の映画と違うのは、戦争男が銀河を股にかけ悪党退治のプロフェッショナルの宇宙戦士だったって事だ。

 毎日、ヒッチコック特集というのも疲れるので、多分オレが一番得意とするコメディ映画について書く。しかもB級コメディでやたら出来がよい。
 宇宙戦士を演ずるのはプロレスラーのハルク・ホーガン。リング上でのそのあまりに怪物的な強さに目を付けたスタン・リーがアメコミのキャラクター緑の巨人ハルクを生み出したことで有名。えっ、その逆で超人ハルクにちなんでハルク・ホーガンって名前にしたんだって?まぁ細かいことは良いじゃないの。
 生真面目な男を演ずるのはクリストファー・ロイド。愛妻家で息子と娘を愛する平凡な男が、宇宙戦士との出会いで成長していく様は格好いい。負けるなオヤジ。
 監督は『夕陽に立つ保安官』(1968)や『続・荒野の七人』(1966)を手がけたジョージ・ケネディ。映画史的にはほとんど無視されているような感じだが、コメディ系は非常に上手い人である。『夕陽に立つ保安官』で副主人公を演じたジャック・イーラム(『キャノン・ボール』シリーズで肛門医を演じた人)がちょい役で出ているのがまた嬉しい。オンリー・ザ・ロンリーさんとジェームズ・ガーナーについてメールで話していたのだが、そういえば『夕陽に立つ保安官』の主演はジェームズ・ガーナーだったか。
 それなりの期間、映画を観てきてギャグとは「突然と反復、そして省略だ」というのがオレの結論だが、この作品では繰り返しのギャグが多用されていて、実にツボにはまる。路上でパントマイムをやっている男がハルク・ホーガンに「本当に見えない壁に取り囲まれているのだ」などと勘違いされ、登場する毎にひどい目にあうギャグなど、わはははだ。
 ナンセンスなギャグも多くて、ハルク・ホーガンがセガの『アフター・バーナー』をプレイして敵をコテンパンに叩きのめすとゲーム機の横に小窓が開いて白旗が出てくる。
 スケートボードに失敗したハルク・ホーガンが腹を立ててスケボーを力任せに放り投げて大空の彼方に消えていく。そして宇宙支配を企む悪の帝王がハルク・ホーガン抹殺のため地球に送り込んだ賞金稼ぎの宇宙船が地球に近づいてきた時、窓の外をクルクルと回転しながらスケボーが宇宙空間を飛びさっていく。
 いかにも悪っぽい連中が不法路上駐車していて、その車をハルク・ホーガンが強靱な腕力で動かしたら悪ガキどもが詰めかかってくる。ハルク・ホーガンが「そうか、オレとケンカしようってんだな」と言ったら、「馬鹿な、今は90年代だぞ。裁判所に訴えてやるから覚悟しとけ」だと。
 どんなギャグだ。
 ちなみに、最近では「映画とは突然と反復と省略だ」まで考えが進んでいる。

 黄色信号できっちり車を停めるクリストファー・ロイドがラストには……ってんでそこも上手く活かされていて、上手く映画が終わる。
 昇給を訴えに来たクリストファー・ロイドを社長は上手く口先で丸め込む。そして、クリストファー・ロイドを社長室から送り出す時に、日本人クライアントが入ってくる。
「今ちょうど、日本式雇用方式を実践していたんですよ」
 上手くギャグになっているのだが笑えない。日本企業で昇給を訴えたりしたら不忠義者扱いだよな。いつの時代だよ、不忠義者って。

 劇場公開で観て以来ずいぶんと久しぶり。まさかDVDになるとは思わなかった。他にもっとDVD化すべき作品(『ブロブ』とか)があるんじゃないかとか、誰が買うんだこれ感は強いが、なんにせよ目出度い。もっと色んなのを出してくれ。

2008年05月06日

『第3逃亡者』 若くて無垢な彼女

B000LXHG26.jpg『第3逃亡者』(1937) YOUNG AND INNOCENT 84分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:ジョセフィン・ティー 脚本:チャールズ・ベネット、エドウィン・グリーンウッド、アンソニー・アームストロング 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:デリック・デ・マーニイ、ノヴァ・ピルブーム、パーシー・マーモント、エドワード・リグビー、メアリー・クレア、ジョン・ロングデン、ジョージ・カーズン、ベイジル・ラドフォード

 何で邦題が『第3逃亡者』なのだろうか?原題の『YOUNG AND INNOCENT(「若くて無垢な」だからヒロインのこと)』とはまるで関係ないし、主人公の青年が三人目の逃亡者って訳でもない。
 有名女優が自宅近くの砂浜で水着姿のまま死体で発見される。見つけたのは、亭主から浮気相手と疑われていた若い音楽家。ところが死因は溺死ではなく、コートのベルトで首を絞められたもの。青年は逮捕され、鍵を握るコートは数日前にドライブインで紛失していた。彼に付いた弁護人はまるで頼りにならず、このままでは有罪間違いなしと考えた青年は、裁判所からの脱走に成功する。
 あまりにも簡単に逃げすぎだが、ここで時間を使うよりは早く主人公をヒロインと会わせたいので軽く終わらせたのだろう。そして逃走中に知り合ったのはこの事件を担当している警察署長の娘。勝ち気で救急医療を身につけている彼女は、青年の無実を信じて、コート探しに付き合うこととなる。

 被害者の女性の死体を見つけた二人組の若い女性が叫び声を上げるところが、砂浜で鳴くカモメのカットに置き換えられている。ショッキングなのはこのシーンぐらいで、全体的には青年とヒロインの逃避行と言うにはコミカルなコメディよりのサスペンスとなっている。
 ヒロインが乗っているのがオンボロ自動車でガタガタと走っているのだが、時にパトカーとカーチェイスを繰り広げたりとなかなか頼もしい。もちろん、まともに走ったらたちまち追いつかれてしまうが、パトカーの行き先を機関車やトラックが塞ぐドタバタタッチ。最後には派手に壊れるが、ここがアドベンチャー映画ばりにスリリング。
 ヒロインの叔母の家に寄ったら、そこの娘の誕生日会の真っ最中。叔母は二人をあれこれと構ってきてなかなか抜け出せない。そこで主人が気を利かせて妻を鬼にして目隠し鬼を始める。ハンカチで目隠しをされ視界を奪われた妻。「さぁ、今の内に出ていきな」ってことだ。ドライブインで唐突に起こる集団のケンカ、ヒロイン一家の食卓は弟が4人もいてあれやこれやの一騒ぎ、などオレ的に好みのシーンが満載だ。登場するキャラクターもちょっとおかしな連中が多くて、二人を追ってくるデコボココンビ的な二人の制服警官や、問題のコートを「ある男からもらった」と着込んでいる浮浪者のジイさんなど個性的だ。
 ついにコートにたどり着いたが、ベルトは抜き取られていて、代わりに青年が行ったこともないグランド・ホテルのマッチがポケットに入っていた。もしや犯人はグランド・ホテルにいるのではないだろうか。「その男は目をバシバシと激しく瞬きをするんだ」と唯一犯人の顔と特徴を知っている浮浪者のジイさんをホテルに連れていく。
 主人公はホテルの外で待ち、あつらえた衣装にすっかり着られたジイさんとヒロインは、取りあえず人の多いダンスホールに入る。
 ホテルのロビーからカメラがクレーンで移動して壁をすり抜けダンスホールへと入っていく。お茶を飲んでいる人やダンスをしている人の上を通り過ぎて、一番奥で演奏をしている楽団へと近づいていく。そしてドラムスの顔のアップに。その男は、目をバシバシと連続で瞬きをした。これが1カットで撮られていて実にヒッチコック的に大胆なカメラワークである。ここで観客には誰が犯人か分かるが、ヒロインとジイさんは男の存在になかなか気づかない。ここのサスペンス感はさすがヒッチコック。そもそも、はっきりとした殺害シーンはない物の、誰が女優を殺したのかは観客には最初から分かっている。犯人当てをするミステリーじゃなくて、やっぱりサスペンスなのだ。

 それにしてもヒロインは何で会ってすぐに主人公の無実を信じたのだろうか。やはり主人公が美男子だから?もしも不細工だったらあっという間に通報されて、逮捕されたんだろう。良い男は得だ。美人の場合も得なんだろうな。
 無実の男女が犯罪に巻き込まれて警察などに追われる中、自らの無実を証明しようとするヒッチコックお得意のパターン。
 前作『サボタージュ』が少々後味の悪い作品だったが、こちらはロマンスとコメディ色が強く、気楽に楽しむことが出来る。

2008年05月05日

『間諜最後の日』 私は元祖ジェームズ・ボンド

B000M05T1I.jpg『間諜最後の日』(1936) THE SECRET AGENT 87分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:サマセット・モーム 脚本:チャールズ・ベネット 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:ジョン・ギールグッド、パーシー・マーモント、ピーター・ローレ、マデリーン・キャロル、ロバート・ヤング、リリー・パルマー

『月と六ペンス』で有名なサマセット・モームの原作をヒッチコックが映画化したスパイ映画。ま、『月と六ペンス』しか読んだこと無いけど。間諜ってのはスパイのこと。原題のTHE SECRET AGENTそのままで秘密情報員だな。シークレット・エージェントマン、シャンパンの瓶に液体火薬を詰めるシークレット・エージェントマン。
 葬儀のシーンから映画は始まる。弔問客が全てさった後、左腕のない男が棺を片付けようとすると中味は空っぽだった。本来、そこに収まっているはずだった作家はRという政府関係者に呼ばれ、秘密諜報員に任命されたのだ。ドイツのスパイを捜し出すためにスイスに派遣される主人公。そこでは彼のパートナーを務める妻役の女性スパイと、将軍と呼ばれるメキシコ人スパイが待っていた。彼らは無事に任務を達成できるのだろうか?

 ヒッチコック作品では一般人、せいぜい警官ぐらいの人が事件に巻き込まれて主人公となるパターンが多いが、秘密諜報員=スパイというのは珍しい。もっとも、任命されたばかりの素人スパイで腕利きとはほど遠い。
 あるドイツ人をスパイだと思い込んで、雪山登山中に暗殺を試みる。ここで主人公が怖じ気づいて殺しを将軍に任せ、展望台から望遠鏡で覗いているという距離感が上手い。
 ホテルで主人を待っていたドイツ人の愛犬がまるで何かを感じたかのように不安がりついには遠吠えすところがカットバックで挿入されここも良い。ただし、子供の頃に犬を飼っていて、現在はミニチュアダックスフンドの飼い主であるオレは言い切れる。犬はそんなに利口じゃねぇ。つーか、こいつら馬鹿よ。散歩と飯と遊びに命を賭けていて、他に興味ないから。オレがインフルエンザかなんかで高熱を出して寝込んでいても「遊んで、遊んで~」とうるさいですから。実家に猫がいるが猫なら主人の死を感じ取るぐらいありそうだ。

 設定がスイスというだけあって、スパイが潜んでいると思われるチョコレート工場にもカメラは入り込む。ストーリー的にあまり意味はないが、流れ作業を延々と続けている女工さんたちが、『女工哀史』ならぬ『チョコ哀史』っぽい。騒音の中、ほとんどセリフが聞き取れず、互いに耳打ちしているのがなかなか面白い。そこへ「工場に二人のイギリス人スパイが来ている」という情報を聞きつけた当局が乗り込んでくるまでも上手くシーンが切り替えされていてサスペンスを盛り上げる。

 終盤は、人々でごった返した駅からコンスタンティノープル行きの列車へと進んでいく。ヒッチコック作品で駅や列車は度々登場し、重要なシーンでもある。ヒッチコックが鉄ちゃんである可能性は非常に高い。列車のミニチュアも今となっては低レベルな特撮だが、モノクロなのでそれなりに観られる。オレはI.V.CのDVDで観たが、画質が悪いってのもあってあまり気にならない。
 ラストはイギリス空軍の爆撃で列車は転覆。でもってうやむやにハッピーエンド。結局、主人公とヒロインはほとんど何の役にも立っていないのに、のうのうと幸せってのはどうなのよ。割と純朴っぽい主人公と、はねっ返りで気の強いヒロインが最後に結ばれるってのはヒッチコックの黄金パターン。オレ的にも黄金パターンだ。

2008年05月03日

『サボタージュ』 ヒッチコックの映画術

B000LXHG1W.jpg『サボタージュ』(1936) SABOTAGE 76分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:マイケル・バルコン 原作:ジョセフ・コンラッド 脚本:チャールズ・ベネット、イアン・ヘイ 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:シルヴィア・シドニー、オスカー・ホモルカ、ジョン・ローダー、デズモンド・テスター、ジョイス・バーバー

 昨年末に書き始めたアルフレッド・ヒッチコック特集の今さらながらの再開である。年明け早々から色々あったんで、あれこれじっくり観て、あれこれ考えなければならないヒッチコック作品からは逃げてきたが、そろそろ書けるかな?書けないかな?ぐらいにはなったんで取りあえず取りかかる。別に好きなように気楽に書けば?と言われるかも知れないが、ヒッチコックは世界五大監督の一人だとオレとしては思っているので、そりゃ気楽には書けない。

 映画の冒頭、辞書のSのページにカメラが寄っていき、そこに書かれた『SABOTAGE』とその意味から映画は始まる。後にクエンティン・タランティーノが『パルプ・フィクション』でも同じ手法を取っているが、おそらくこれが元祖だろう。
 1930年代後半のロンドンで、反政府主義者が発電所の破壊などサボタージュ活動を繰り広げている。映画館主の妻であるヒロインの夫もその反政府活動家の一人。もっとも、政治思想ではなく金のためにテロ活動を請け負っているようである。
 そして新ロンドン市長の就任会場であるピカデリー・サーカスを爆破する役目を引き受けるが、警察に目を付けられていて自分が動くことが出来ない。そこで妻の弟の少年に午後1時45分に爆発する爆弾を映写機の部品と詐って預けるように頼むが、そこは子供のこと、途中の物売りの口上やパレードに引っかかっている内に時間が過ぎていく。時間に間に合わせるためにバスに乗るが、通りにある時計が1時45分に近づいてくカットと少年の姿がカットバックで切り替えされる。
 本来のヒッチコック映画ならば、こうやってサスペンスを盛り上げておいてちゃんと爆発は寸前で止められるのだが……

 これについてヒッチコック自身はどう考えていたのかがどうしても気になって、ヒッチコック特集をやる上で、終わるまでは絶対にこの本を開かないと決めていたフランソワ・トリュフォーによるヒッチコックとのロングインタビュー『ヒッチコック 映画術』の『サボタージュ』に関する対談を読んだら、やはりヒッチコックは少年を爆死させてしまったことを間違いだったと認めている。やはりそうか。
 バス爆発以降が冗長に過ぎず、特にヒロインに内心惚れている警視が魅力がないのは欠点。アーネスト・ボーグナインを精悍にしたような映画館主は前途明津の狭間に揺れる様子が悪くない。主義主張よりも生活のために金を稼がにゃならん。
 弟の爆死と、夫の正体を知った後、ヒロインがナイフとフォークで料理の肉を切り分けている内に、自分が持っているナイフが凶器であることにはっと気づくシーンは秀逸。ああ、俺はこれから妻に刺し殺されるのかと心のどこかで勘づいている映画館主。
 水族館や小鳥屋、そして映画館など背景が魅力的。ヒロインが弟の死を知った後で、自分の劇場で公開されているアニメ映画で恋人に歌を捧げるコマドリ(クックロビン)が何者かに射殺され、「誰が殺したクックロビン」とパタリロが踊る、いやクックロビン音頭じゃないんでパタリロは出てこないが、「誰が殺したクックロビン」の歌が流れるシーンも良い。

 とにかく、引っ張り出した『ヒッチコック 映画術』だが、再び本棚の奥にしまい込む。これを読んじゃうと影響された文章しか書けないのは目に見えている。というか、オレがあれこれヒッチコックに書いているこれらの文章を読むよりも『映画術』を読んだ方が比べものにならないほど面白いし勉強になる。映画史に残る書籍の一つである。必読。

2008年05月01日

『ビートルジュース』 そいつの名前を三回呼んじゃいけない

B001525JE4.jpg『ビートルジュース』(1988) BEETLEJUICE 92分 アメリカ

監督:ティム・バートン 製作:マイケル・ベンダー、ラリー・ウィルソン、リチャード・ハシモト 原案:マイケル・マクダウェル、ラリー・ウィルソン 脚本:マイケル・マクダウェル、ウォーレン・スカーレン 撮影:トーマス・アッカーマン 音楽:ダニー・エルフマン
出演:マイケル・キートン、アレック・ボールドウィン、ジーナ・デイヴィス、ウィノナ・ライダー、キャサリン・オハラ、シルヴィア・シドニー、グレン・シャディックス

 ティム・バートンの日本初お目見え作品。登場するクリーチャーやセットなどにすでにティム・バートンの不思議と魅力的な悪趣味が展開される。
 田舎の一軒家で平凡ながら幸せに暮らしていた若夫婦が、自動車事故で川に落ち死んでしまう。そして幽霊となった二人は125年を自宅で過ごさねば次の段階へと進めないのだ。どうしようと思っているところに、ニューヨークの俗物夫婦が家を買い取り一人娘と一緒に引っ越してくる。アーティスト気取りの妻はインテリアデザイナーとアイディアを出し合って、カントリー調の古き良き家を胡散臭いアート系に改装してしまう。
 これには勘弁ならないと、幽霊夫婦はゴーストとして一家の前に現れ、脅かして追い出そうとするが、これがまったく怖くなく通用しない。
 そんな時に、自称“バイオ・エクソシスト”ベテルギウスのことを耳にする。こいつは下品な上に無茶苦茶で関わったら大変なことになる。しかし自分たちではどうにもならないと思った幽霊夫婦は、ベテルギウスを呼び出す呪文として彼の名前を三回唱えてしまう。
「ビートルジュース、ビートルジュース……ビートルジュース」

 DVDには日本語吹替版も収録されているが、こいつがなかなか良くできている。
 ビートルジュースの声を吹き替えているのは西川のりお。上手いかといわれれば下手だ。オリジナルのビートルジュース役マイケル・キートンのしゃべりと合っているかといわれると合っていない。だが、そういったことを無視してしまえるほど西川のりおのビートルジュースは面白い。非常に下品で、相手の言うことなど耳に入っていない様子で、ひたすらしゃべり続ける。これを一度聞いてしまうと他の人による吹替は考えられない。
 本職の声優・俳優ではなくコメディアンなどタレントによる吹替については色々と問題があるだろう。とりあえず出来上がった吹替版がちゃんとしているかどうか。ダメな方が圧倒的の多そうな感じではあるが。『TAXi4』のタレント吹替版なんかひどかったからな。『1~3』までと同じ声優を起用した声優版音声も収録されていたのはメーカーの良心だろう。

 一人娘は常に喪服を着ていて、顔も血色が悪くて青白。常にカメラを持ち歩いてはなにかしら撮影している不思議系少女。演ずるのは当時17歳(かな?)のウィノナ・ライダー。これがまた可愛い。ゴスロリ少女の元祖かもしれない。彼女にだけは幽霊夫婦がちゃんと見える。理由は彼女自身が人とは違っていて両親や世間に幻滅して自殺も考えているから。あの世とこの世の境界線上を生きているということだろうか。そんな彼女が希望を取り戻す物語でもある。
 しかし、不思議系少女を演じたウィノナ・ライダーだが、その後実生活でも不思議な人になってしまった。最近はかなり落ち着いたようで今後の更なる活躍に期待。顔つきとか雰囲気が日本人好みする女優さんだよね。

 色々と笑いどころの多い映画だが、一番傑作なのは招待客を招いてのディナーの最中に、幽霊夫婦が連中を脅かすために彼らを操って『バナナボート』を歌い踊らせるシーン。もっとも、連中は逆に喜んじゃうんだけど。
「デ、イデオイデオイデオ」とか歌っているところの日本語字幕が「胃と手、胃と手」だったり、「なんとかかんとかタランチュラ」は「みんな頭がタランチュラ」と「いらねーだろその字幕ネタ」が下らなすぎて良い。このセンスは戸田奈津子か?!と思ったが新村一成という人だった。

 登場するクリーチャーはサンドワームを除いて本来名前はないのだが、日本公開時には勝手に名前を付けて宣伝などに利用していた。
 上半身と下半身が腰のところでぶった切れている『セパレーツ・ガール』、探検家の格好をしていて、おそらくどこかの現地人に頭を干し首にされグレープフルーツぐらいの小さな頭になってしまった『チョロピー』、自動車に轢かれて板のようにぺっちゃんこになってしまった『当たり屋ジェリー』などなど。『バタリアン』(1985)でも『タールマン』だとか『オバンバ』と日本でゾンビに名前を付けていたが、あれと同じセンスか。
 勝手なことをやるもんだと思うが、ティム・バートンに話すと案外うれしがるかもしれない。つか、アメリカ・ワーナーの許可取ってんのかな?
 ティム・バートンは変な人だが、分かりやすい変な人なので作品も人気があるのだろう。そこら辺で、ちょっと底が浅いのかもと思うこともあるが、本気で徹底して変な人だったら娯楽映画としては受け入れられないだろうから、メジャー映画界で活躍するにはちょうどいいバランスなのだろう。

 ちなみに、自殺するとあの世に行ってから公務員として働かされるそうだ。アメリカでは公務員の仕事はうんざりするほど魅力が無く退屈で、それを延々と続けされるなんて考えたくないということらしい。
 日本だと、自殺したら公務員になれると知ったら、これまで以上に自殺する人が増えるんじゃ……

2008年04月30日

『レッドロック/裏切りの銃弾』 殺し屋急募。応募者は酒場まで

B000V2ZT76.jpg『レッドロック/裏切りの銃弾』(1992) RED ROCK WEST 99分 アメリカ

監督:ジョン・ダール 製作:スティーヴ・ゴリン、シガージョン・サイヴァッツォン 製作総指揮:マイケル・クーン、ジェーン・マッギャン 脚本:ジョン・ダール、リック・ダール 撮影:マーク・レショフスキー 音楽:ウィリアム・オルヴィス
出演:ニコラス・ケイジ、デニス・ホッパー、ララ・フリン・ボイル、J・T・ウォルシュ、クレイグ・リーエイ、ヴァンス・ジョンソン、ドワイト・ヨーカム、ティモシー・カーハート

 当時、就職で上京していたオレは新宿の映画館で観た。
 その後しばらくして、同じく上京組の先輩と会った。「この間、面白い映画観たんですよ」「おう、俺も面白いの観たよ」という会話になったが、実はお互いが言っていたのはこの『レッドロック』のことだった。
 話し合った結論としては「脚本は最高だが、演出が追いついてないよな」だった。15年振りに観直してみた結論も同じ。演出が明らかに弱いんだよなぁ。脚本を書いたジョン・ダールが監督も務めているが、脚本家としての才能と比べると監督の才能は平凡。というか平凡よりちょっと下かな。
 当時は「完璧な脚本だ」と思ったが、今回は「かなり良くできた脚本」と感じ方が変わっていた。先回から、昔はこう感じたが今はこうだってな話ばかりだが、人間は年が経てば価値観が変わるのだ。同じ本人ですら時と共に感想が変わるのだから、映画について全ての人に当てはまる絶対の尺度は無いと言うことだ。
 同じ映画を観ても人によって感想が違うのは当然。だからこそ映画にしろ小説にしろ面白い。

 それはともあれ、『レッドロック』は面白い。主人公のニコラス・ケイジは元海兵隊だが、任務中の事故で足を怪我して、除隊した今でも足の調子が悪い。失業中でワイオミングの友人を頼ってテキサスから肉体労働の作業現場に職を求めてやってくるが、足が不自由なことを理由に面接を落ちてしまう。
 手持ちの金もないので、取りあえずどんな仕事でも良いからと近くのレッドロックという小さな田舎町を訪れる。レッドロック・バーという酒場に立ち寄ったところ、カウンターの中にいたオーナーがニコラス・ケイジの車がテキサスナンバーなのを見て、仕事を依頼するためにテキサスはダラスから呼び寄せた男と勘違い。てっきりバーテンかなにかの仕事だろうと思ったニコラス・ケイジはこれ幸いと仕事を受けるが、実はオーナーの妻を殺してくれという内容だった。
 半金として5000ドルをもらったニコラス・ケイジはその金を持って街からトンズラする前に、夫があんたを殺そうと企んでいると警告するために女性に会いに行く。ところが、自分を狙う殺し屋が取引を持ちかけてきたと思い込んだ女性は、倍額払うから逆に夫を殺してくれと言い出す。
 すっかり泥沼にはまってしまったニコラス・ケイジだが、本物の殺し屋のデニス・ホッパーが予定より遅れて街に到着しさらに事態は悪化。こうして右を見ても左を見ても悪党ばかりの裏切りと欲望の物語が展開される。

 あれこれ粗筋を書くのはいかんなーと思っているのだが、またもや書いてしまった。でも、巻き込まれ型サスペンスの変種であるストーリーがこの作品最大の魅力であるし、話の展開が上手いので実際に観ると実に魅力的。こうくるか、そうきたかの連続でなかなか先が読めず良い意味での緊張感がある。
 始終困った顔のニコラス・ケイジが若い。オーナー役の故J・T・ウォルシュが痩せてて顔の幅が細い。妻役のララ・フリン・ボイルはまだちょっと若すぎて悪女の貫禄が足りない。『メン・イン・ブラック2』まで行ってしまうと貫禄付きすぎだが。デニス・ホッパーは相変わらずの怪演だが『ブルー・ベルベット』の悪人役と同じようなキャラクターで使い方がちょっと安易。製作がデヴィッド・リンチのプロパガンダ・フィルムだから問題はないか。ああっ、それでララ・フリン・ボイル(『ツイン・ピークス』で小悪魔的美少女役で出演)が出てるのか?

 DVDの発売元はユニバーサル・ピクチャーズ。ユニバーサル・ピクチャーズの旧作はとにかく字幕の翻訳がひどい、ひどすぎる場合が多いので心配だったがまともで安心。おそらくは劇場公開時と同じ翻訳かと。日本語吹替版も収録されていて、デニス・ホッパーの吹替が故・富山敬(1995年死去)だから新緑ではなくてビデオ発売時の日本語吹替版かテレビ放映版の音声だろう。さすが富山敬だけあって上手いのだが、実生活からしてイカれているデニス・ホッパーのイメージとは合わない。主人公声だからなぁ。

 ラストで、ニコラス・ケイジは50万ドルという大金を貨物列車からばらまくが、隅に落ちていた一束の札束はポケットへ。悪事で大金を手に入れようという悪党ではないが、最初に約束していた金額はきっちりもらっておく。根っからの善人ではない、つまりは普通の男ってこと。

2008年04月28日

『グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版』 母なる海へ帰る

B00009NKF4.jpg『グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版』(1988) LE GRAND BLEU: VERSION LONGUE 169分 フランス/イタリア

監督:リュック・ベッソン 製作:パトリス・ルドゥー 原案:リュック・ベッソン 脚本:リュック・ベッソン、ロバート・ガーラント 撮影:カルロ・ヴァリーニ 音楽:エリック・セラ 製作顧問:ジャック・マイヨール
出演:ジャン=マルク・バール、ロザンナ・アークエット、ジャン・レノ、ポール・シェナー、グリフィン・ダン、セルジオ・カステリット、マルク・デュレ

 今でこそ『グラン・ブルー』と呼ばれているが、オレが学生時代に劇場で観た時は『グレート・ブルー』というタイトルで上映時間は50分ほど短い120分だった。
 つまりはオレもオッサンということだが、オッサンになってから観直すと青年時代とはかなり感想が変わっていた。
 学生の時は「海とは死後の世界で、ダイバーたちにとっては天国は上ではなく海底にある。イルカは天使のメタファーだ」と思っていたが、今回観た感想は「なるほどマザコン男の話か」である。
『レオン』を観れば分かるがリック・ベッソンはロリコンだ。でもって、ロリコンとマザコンは両立する。むしろ両方を兼ね備えた人の方が多いのかもしれない。
 全ての生命の母である海なんてことを言われる。まさにその通りで主人公のジャックやライバルのエンゾにとって海は母である。映画は少年時代の回想シーンから始まるが、ジャックは父親のみで母親はいない。彼にとって海は母そのものだ。彼はその母に強い思いを抱くマザコン男なのである。エンゾも「ママのゆでたパスタは最高だ」と主張するマザコン男。彼らが海に潜る理由は母親に近づこう、いや母親の元に返ろうとする母胎回帰に他ならない。
 息を引き取ったエンゾはジャックの手によって海の中、母の胎内に返される。そしてジャックは惚れた女よりも母親を選び最後は海の深く深くへと帰って行く。そこで出会ったイルカはジャック自身か兄弟なのだろう。
 妊娠した上に母親に恋人を取られてしまうヒロインのジョアンナにはたまったものじゃないが、マザコン男に惚れたのが不幸。

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