2009年07月03日

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』 アスカでGO!

asuka090703.jpg『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009) Evangelion: 2.0 You Can (Not) Advance 108分 日本

監督:摩砂雪、鶴巻和哉 総監督:庵野秀明 原作:庵野秀明 脚本:庵野秀明 撮影監督:福士享 美術監督:加藤浩、串田達也 編集:奥田浩史 音楽:鷺巣詩郎 CGI監督:鬼塚大輔、小林浩康 キャラクターデザイン:貞本義行 メカニックデザイン:山下いくと 作画監督:鈴木俊二、本田雄、松原秀典、奥田淳 色彩設計:菊地和子 特技監督:増尾昭一
声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、山口由里子、山寺宏一、石田彰、立木文彦、清川元夢、長沢美樹、子安武人、優希比呂、関智一、岩永哲哉、岩男潤子、麦人

 なんでいきなりヱヴァンゲリヲンなんだと思われる方も見えるかも知れませんが、“序”も観に行ってたんですよ。ただあちらはTVオリジナル版の焼き直しだったので特に書く気が起こらなかっただけ。
 そもそもこの映画バカ黙示録というのは雑多的文化会館というサイトの一コンテンツだったりします。今ではすっかりメインコンテンツですけどね。本来はエヴァのSS、特にシンジとアスカのラブラブっぷりを描くLAS物を公開するサイトでした。もう10年ほど前の話ですけどね。思えば遠くにきたもんだ。
 そんなオレがついにアスカ登場の“破”に期待しないはずがありません。
 結論から言いますと、いやーやっぱりアスカですよ。レイも悪くないけど肉ぐらいちゃんと食えって思ってしまう。オレはやっぱりアスカ。シンジの布団に潜り込んでくるところなんか背筋ゾクゾクものですよ。
 シンジにお弁当を作らせておきながら文句を言ってるクセに、レイに張り合ってシンジのために料理を始め包丁で指を切っているところもグー。それでいて呼ぶ時は「馬鹿シンジ」と呼ばわり。この意地の張りっぷりがアスカ。
 オリジナル版でシンジが初めてペンペンと出合ったシーンがサービスシーンとしてアスカに置き換えられています。これは嬉しいと言うよりちょっと過激だよアスカちゃんなんですが、会場の反応が「ああ、あれね」としたり顔な感じでちょっとイヤでした。エレベーターのシーンもそうでしたね。だいたい複数で来ている客に言いますが上映中にペチャクチャとしゃべるな、あれこれと解説するな。オレはお前のご大層な解釈を聞きたくて劇場に来ているんじゃないんだ。こっちは静かに観てたいんじゃ。
 何故か新劇場版では苗字が惣流から式波になってますが、これはなんでなんでしょうか?アニメのサイトなどにはいかないので理由は不明のまま。パンフを買えば載っていたのかもしれませんが1000円もする。たしかに普通のパンフよりは分厚いのですが1000円で観た作品に1000円のパンフを買うというのもちょっと。それにまぁどうでもいいことといえばどうでもいいことです。
 担当声優の宮村優子がここ数年声優業から遠ざかっていたので声の衰えを多少心配していましたが、元気いっぱいにアスカを演じてくれました。
 新劇場版オリジナルのメガネっ娘のパイロット真希波も登場して、話は大雑把にはオリジナル版を感じさせますがほぼ新展開。ちなみにメガネっ娘はさっそうと登場する割にほとんど活躍しません。次回作の“Q”への布石と言ったところでしょうか。そうそう次回作は“急”じゃないんですね。
 アスカファンにとっては衝撃の終盤を迎えるのですが(本当はトウジの役回りだったのにトウジのヤツ)それからどうなるかはエンドクレジットが終わってからのミサトによる次回作予告を観てからのお楽しみ。

 シンジがミサトのマンションを出て行くシーンで意味もなく真上からのショットを使ったりするところは相変わらず好きにはなれませんね。わざとらしさが鼻につく。
 挿入歌も『三百六十五歩のマーチ』は登場人物が歌っているから良いんだけれど、使途との戦いでの『今日の日はさようなら』や『翼をください』は「ほらほら、僕らはこんなこともやっちゃうんだよ~」臭がしてこれまた鼻につく。
 内容的にはさすがに10年経って庵野総監督も成長したのか青臭さも多少は抜けてうっとおしい自己主張は減っていました。でもやっぱり庵野のプライベートフィルム。

2009年07月02日

『インビジブル・ターゲット』 ウー・ジンの足技にしびれる

B001J2KG7U.jpg『インビジブル・ターゲット』(2007) 男児本色/INVISIBLE TARGET 129分 香港

監督:ベニー・チャン アクション監督:ニッキー・リー 製作:ベニー・チャン 脚本:ベニー・チャン 音楽:アンソニー・チュウ
出演:ニコラス・ツェー、ジェイシー・チェン、ショーン・ユー、ウー・ジン、アンディ・オン、サム・リー、ロー・ワイコン、アーロン・クォック、マーク・チェン、エレイン・コン

 香港の繁華街で宝石店の前に停めてあった現金輸送車に強奪事件が発生。犯人は大量の爆薬を使用し、その爆発に巻き込まれて結婚指輪を見に来ていた結婚間近の女性が死亡した。彼女はチャン刑事の婚約者だった。
 それから半年後、すっかりやさぐれてしまったチャン刑事が武器麻薬密輸事件の捜査中に現金輸送車強奪事件の犯人と遭遇。必死に追いかけるが取り逃がしてしまう。そして別件で犯人達と関わったフォン警部補と同じく兄が警官で潜入捜査官として犯人達の中に潜り込んだまま消息を絶ってしまったワイ巡査が奇妙な縁で巡り会い、共に捜査を始める。しかし、事件の黒幕は警察の中にいた。

『K-20 怪人二十面相・伝』で日本のアクションやスタントもなかなかやるじゃないかと思ったが、『インビジブル・ターゲット』を観た後では霞んで見えた。やはり肉体的なアクションでは世界の映画界で飛び抜けた存在である香港はスゴイ。最近はタイも力を付けてきたが一日どころか数年の長が香港にはある。
 最初は対立気味なチャンとフォンに若造だと見下されているワイなのだが、事件が進んでいる内に友情が芽生えてきてお互いを信用するようになる。この男の友情が熱い。
 喫茶店でチンピラ相手にケンカ騒ぎを繰り広げた後で、ワイの家で「今ではもう買えない薬(ヤバイ成分が入ってるんじゃ?)」をそれぞれ上半身裸になって塗ったり塗りあったりしているシーンの可笑しさ。一緒に戦った男はそれだけで相手を信用できるようになるのだ。
 対する悪党側は女性1人を含む4人。こいつらがめっぽう強い。銃は乱射しまくるし、爆弾や手榴弾の取り扱いにも長けている。そしてなにより素手での格闘戦が強い強い。主人公たち3人はかなり押され気味である。
 悪党のボスを演ずるのはウー・ジンという人だ。オレは寡聞にもこの作品で初めて知ったのだが、この人のカンフーがスゴイ。スピードがあって型の一つ一つがピシッと決まっている。腕技よりも足技を多用していて、スピードのある蹴りがバシバシと主人公たちに決まる。多少の段差の上からではあるが四段蹴りまで炸裂する。(あまりにも速いので数え間違いしていたらすまない。でも三段蹴りではなく四段蹴りだったと思う)あまりに強すぎて二人がかりでも勝てず、三人がかりでしかもちょっと卑怯な手段でようやく蹴りが付く。
 なんでもこのウー・ジンは1974年4月3日生まれ。父も祖父も武術家という家系で、6歳のときから北京武術隊に所属し4度の中国武術チャンピオンとなったそうです。筋金入りの武術野郎だな。これは強くて当たり前。金城武がちょっとやそっとがんばってもなぁ……。中国武術チャンピオンから武術俳優という道はジェット・リーと通じる物がある。
 割と愛嬌のある顔で、正直言って主人公側のチャン刑事(ニコラス・ツェー)とフォン警部補(ショーン・ユー)の方が面構えが悪く悪人顔。
 なんでこんな人をこれまで見逃してきたのだろうかと思ったら、映画ではなくテレビ武術・武侠ドラマ中心に仕事をしてきたらしい。最近は『SPL/狼よ静かに死ね』(2005・やべ、まだ観てない)など映画の仕事も増えているので期待したい。
 ワイ巡査役はジャッキー・JRのジェイシー・チェン。目元が若い頃のジャッキー・チェンに確かに似てる。大きめの鼻も似ている。どうやらジャッキーは自分の息子にあまり厳しい鍛錬をしてこなかった様子で、アクションに関しては他の出演者と比べて見劣りする。自分の人生を鑑みて、息子に同じアクション俳優の道を歩ませたくなかったのではないだろうか。それでも高所からの飛び降りや背中が火だるまになるシーンなどでオヤジ譲りの根性を見せてくれる。
 兄の敵である犯人の額に銃を突きつけて、撃とうとするが「撃てない~!僕は警官だ~!」と慟哭する不器用な熱い芝居もオヤジ譲り。
 日本の芸能界ならば親の七光りでさして才能がない人でもなんとかやっていけるようだが、生き馬の目を抜く香港ではそうはいかないだろう。この作品と『ツインズ・エフェクトII』でしか見た事がないが、正直アクションにしろ演技にしろ俳優とはきっぱり縁を切って別の道を選んだ方が良いのではないだろうか。カーチェイスのシーンで後部座席で必死になってシートベルトを締めようとしているところなどは笑えるし、がんばっているのは分かるんだけどね。
 ちなみに途中で犯人たちが幼稚園の送迎バスを乗っ取る。ショッカーかお前らは。次は貯水池に毒を流し込むのか。監督のベニー・チャンは『ダーティーハリー』の終盤をやりたかったのかもしれないが、園児たちの緊張感に欠けた演技では『仮面ライダー』にしかならない。もっとも幼稚園児たちに緊張感のある演技を求めるのは難しいが。
 ストーリー的にもよく出来ていて、伏線も活かしてあるし、黒幕の正体についてひっかけもある。人物描写もちゃんと描けている。ラストの後日談も良い。ただ犯人たちが戦争に巻き込まれて親を失いうんぬんのところが分からない。ベトナム戦争での中国系孤児……じゃないよな舞台は携帯電話が活躍する現代だし時代が合わなすぎる。時代的には……湾岸戦争か?どんだけ距離があるんだよって話だよな。字幕の読み違いかな。
 エンディングクレジットに撮影風景が挿入されているが、バスにぶつかって吹っ飛ぶシーンではワイヤーを使っておらず本気でぶつかっている。受け止めるマットもハリウッド映画のメイキングで見るようなちゃんとした専門のヤツじゃなくてベッドのマットを何枚か集めて使ってるのだ。

2009年07月01日

『ザ・シューター/極大射程』 原作に負けている

B00140FB90.jpg『ザ・シューター/極大射程』(2007) SHOOTER 126分 アメリカ

監督:アントワーン・フークア 製作:ロレンツォ・ディボナヴェンチュラ、リック・キドニー 製作総指揮:エリク・ハウサム、マーク・ジョンソン 原作:スティーヴン・ハンター 脚本:ジョナサン・レムキン 撮影:ピーター・メンジース・Jr プロダクションデザイン:デニス・ワシントン 衣装デザイン:ハー・ウィン 編集:コンラッド・バフ、エリック・A・シアーズ 音楽:マーク・マンシーナ
出演:マーク・ウォールバーグ、マイケル・ペーニャ、ダニー・グローヴァー、ケイト・マーラ、イライアス・コティーズ、ローナ・ミトラ、ネッド・ビーティ、ラデ・シェルベッジア、ジャスティン・ルイス、テイト・ドノヴァン、レイン・ギャリソン、ブライアン・マーキンソン、アラン・C・ピーターソン、トム・バトラー、レベッカ・トゥーラン、レヴォン・ヘルム、ジョナサン・ウォーカー

 主人公のボブ・リー・スワガーは軍の元狙撃手。アフリカでの任務で観測手の友人を失い、今では軍を退役して山の中で犬と暮らしている。そんな彼の元にある依頼が来る。何者かが狙撃による大統領の暗殺を狙っていて、彼にそのプランを見抜いて欲しいというのだ。愛国心に訴えられて引き受けた彼は、フィラデルフィアで狙撃が行われると確信し、大統領演説の当日、現場で監視にあたった。しかし彼はアドバイザーのはずの制服警官に撃たれ、その間に狙撃が行われ大統領を外してエチオピアの大司教の命を奪った。怪我を負いながらも何とか逃げ延びたボブは自分が罠にはめられたことに気付いた。そして彼の復讐が始まった。

 スティーヴン・ハンターの“スワガー・サーガ”の一作『極大射程』の映画化。原作はかなり前に読んだきりだが、かなり面白い冒険小説だった。
 原作でのボブはベトナム戦争経験者で数百人を狙撃した名手中の名手。そのベトナムで地獄を見てきた男だ。帰国してからは同じく山に隠遁してしまっており映画のように簡単に敵の策に乗ってしまう訳ではない。
 ボブと行動を共にする事になるFBI捜査官のメンフィスも映画のような新米の頼りない人物ではなくかなりハードボイルドな男だ。
 粗筋は原作をなぞってはいる物の、この作品に関しては映画よりも原作をお薦めする。新潮文庫の上下2巻のボリュームだから完全映画化は不可能だろうが、もう少しうまく料理できなかったものだろうか。

 原作での銃器への徹底したこだわりがなくなっていて、一般向けを考えるとそれも仕方ないのだろうが、だとすると「外出時には撃針をずらしておく」という無実の証明の仕方がマニアックすぎて一般の人には意味が分からないのではないだろうか。
 あれは弾丸が発射されるには撃針が銃弾の雷管を叩かねばならないのだが、その撃針をわずかに後退させておくことで雷管に届かずに発射されないということ。銃の専門家であるボブは外出時には安全策として撃針をずらしていたのだ。
 ただし、これは原作とは違う。原作では陰謀に巻き込まれている可能性を察知したボブが撃針をあらかじめ削っておいたのだ。映画ではいまいちパッとしないシーンとなっているが原作では人の多い法廷で行われ山場の一つである。

 撃たれた後にボブが普通の店で売っている物で簡易点滴を作ったりと徹底した訓練を受けたプロの描写には感心する。それ以上に、小学校の教師である元相棒の妻が傷口を縫ってしまうのに感心するが。オレには出来そうもない。笑気ガスを大量に買ってきて麻酔代わりにしているがアメリカでは普通に売ってるのか。

 狙撃のシーンに関してはさすがに力が入っている。照準機をセットし、風まで計算に入れて狙撃する。反面、ボブがアサルトライフルで戦うシーンは普通のアクション映画になってしまい、その部分は物足りなさを感じてしまう。

 ダニー・グローヴァーの悪役は『刑事ジョン・ブック 目撃者』以来か?
 同じくネッド・ビーティの悪役というのも珍しい。
 しかし、この悪役の皆さん、ボブの恨みを買っているというのに、ラストではずいぶんと警戒心が無い。人に憎まれる人生を送っているのならばもうちょっと用心しなければ。
 ちなみに原作ではこの必殺仕事人のようなラストではなく、罰せられる者は罰せられるが単純な勧善懲悪とはなっていない。

 邦題について疑問が。邦題ではしょっちゅうtheとかofを平気で省略してしまうクセに、なんで今回に限って原題が『SHOOTER』なのにわざわざ“ザ”を付けたのだろうか。

 他のスワガー・サーガ作品の映像化はこの作品の出来ではちょっと微妙だろう。
 繰り返しになるが、原作はお薦めである。

2009年06月30日

『雷神-RAIJIN-』 セガール脚本はサイコサスペンスには向かない

B0020HWAPO.jpg『雷神-RAIJIN-』(2008) KILL SWITCH 96分 アメリカ/カナダ

監督:ジェフ・F・キング 製作:カーク・ショウ 製作総指揮:スティーヴン・セガール、アヴィ・ラーナー、フィリップ・B・ゴールドファイン、キム・アーノット、リンジー・マカダム 脚本:スティーヴン・セガール 撮影:トーマス・M・ハーティング プロダクションデザイン: エリック・フレイザー 衣装デザイン:カトリーナ・マッカーシー 編集:ジェイミー・アラン 音楽:ジョン・セレダ
出演:スティーヴン・セガール、ホリー・エリッサ・ディグナード、クリス・トーマス・キング、マイケル・フィリポウィッチ、アイザック・ヘイズ、フィリップ・グレンジャー、マーク・コリー、カリン・ミシェル・バルツァー

 セガールの新作である。当然観るわけだ。結論から言えば話はつまらないがアクションはそれなりにあった。

 メンフィス市警のジェイコブはグリフターと呼ばれる連続猟奇殺人鬼を追っていた。その殺人鬼は死体やその近くに占星術で使うマークでメッセージを残していた。それが暗号になっていると考えたジェイコブはそれを解くのに必死だ。
 それと平行して、女性の身体に時限爆弾を埋め込む連続殺人犯もいて、どの線を切れば爆弾を解体できるかをジェイコブは暴力を振るって聞き出す。この暴力が問題視されて検察は爆弾犯を釈放してしまう。自由の身になるなり殺人を犯し出す爆弾犯はジェイコブに復讐を企む。
 捜査協力でFBIの女性捜査官が捜査に加わり、少しずつ猟奇殺人の謎は解明されていく。ついに暗号を解いたジェイコブはそれがあるロックバンドの歌詞だと知る。ロックバンドで作詞をしているメンバーのラザラスが犯人だったのだ。そしてさっそく犯人逮捕に向かう一行であった。

 アクションは多いがごまかしの利くアップを多用していて、めまぐるしく細かいカットで構成されている。これではセガールを使っている意味がない。それとも、もうごまかしのアクションしか出来なくなってしまったのだろうか。撮り方から言ってもスタントを多用している可能性も高い。相手はほとんど反撃せずセガールの一方的な攻撃ばかりなので観ていて飽きてしまう。しかも相手は素人で格闘家などは登場しないので迫力のある展開とはならない。もっとアクションで魅せてくれよ。
 銃撃戦はやたらバンバンと撃ちまくっているだけで、なんら工夫が見られないのでこちらも観ていて飽きてしまう。もう少しなんとかならなかったものだろうか。
 アクション映画なのだろうが、アクションを感じられなかった。

 では連続猟奇殺人犯を追うサイコサスペンスとしてはどうだろう。
 まず、暗号と言っても、アルファベットを占星術の記号に置き換えただけのいわゆるゾディアック暗号なのでそんなに難しくないはずだ。ジェイコブが机の前で頭を抱えて解いているが、コンピューターに強い署員がいればもっと早く解読できていたはずである。そもそもそんな暗号なんて細かい事は気にせず全て暴力で解決してしまうのがセガール映画ではないのか。
 そして、一度解読が出来てしまうと即犯人が判明し、そこからは単なる追跡劇になるだけで緊張感がない。犯人の異常性も中途半端で本当に異常なのか異常を気取っているだけなのか判断が付かない程度だ。サイコサスペンスとしてはもっとイカれた『羊たちの沈黙』や『セブン』のようなクレイジーな悪役が欲しかったところだ。
 ちなみにFBI女性捜査官は何の役にも立たない。

 ジェイコブが子供の頃に双子の兄弟を殺人鬼に殺されたという過去も活用されているとは言えない。というか頻繁に挿入される回想シーンはどういう意味で入れたんだ。
 そしてラスト、唐突に登場する妻と二人の子供はあれはなんなんだ。マンションで恋人の婦警と暮らしていたはずだが、あれは単身赴任だったのか。でも、刑事が単身赴任で仕事をする理由が分からない。それから、最後は刑事を辞めたのか?そこら辺もはっきりしない。

 どうにも盛り上がらず穴の多い脚本だなとおもったらセガールの手による物だった。セガール脚本がすべて悪いわけではなくアクションメインの作品では良い物もあるのだが、今回のサイコサスペンス風味の作品には向いていなかったように思う。
 邦題は『雷神-RAIJIN-』と意味不明だがセガール風ではある。ジェイコブのあだ名がライトニングだからそこから取ったのだろう。原題は『KILL SWITCH』だから全然関係ないのだが、この邦題は誰が考えているのだろうか。

2009年06月29日

『K-20 怪人二十面相・伝』 137分では長すぎる

B0026OBVIS.jpg『K-20 怪人二十面相・伝』(2008) 137分 日本

監督:佐藤嗣麻子 アクション監督:横山誠、小池達朗 製作:島田洋一、阿部秀司、平井文宏、島谷能成、島本雄二、亀井修、西垣慎一郎、大月昇、島村達雄、高野力 プロデューサー:安藤親広、倉田貴也、石田和義 エグゼクティブプロデューサー:阿部秀司、奥田誠治 原作:北村想 脚本:佐藤嗣麻子 脚本協力:山崎貴 撮影:柴崎幸三 美術:上條安里 編集:宮島竜治 音楽:佐藤直紀 VFXディレクター:渋谷紀世子 VFX協力:山崎貴
出演:金城武、松たか子、仲村トオル、國村隼、高島礼子、本郷奏多、益岡徹、今井悠貴、斎藤歩、木野花、神戸浩、嶋田久作、大滝秀治、鹿賀丈史

 日本軍がアメリカ軍とイギリス軍と平和条約を交わし第二次世界大戦が起こらなかったもう一つの歴史の1949年の帝都。とはいえ、日本が戦争を起こさなくてもドイツ・イタリアは戦争を起こしてヨーロッパ戦線で世界大戦は起きていたと思うのだがどうだろうか。
 日本は19世紀から続く華族制度のため極端な貧富の格差が生じており、ごく一部の特権階級が富を独占する形になっていた。その富を狙い、怪人二十面相という盗賊が予告状を送りつけるという大胆な手口で盗みを働いていた。
 主人公の遠藤平吉はサーカスのアクロバット芸人である。ある日、カストリ雑誌の記者から怪人二十面相を追う私立探偵明智小五郎と華族羽柴財閥の令嬢羽柴葉子との結納の義を写真撮影するように依頼される。団長が身体を患っていたため医療費を稼ごうとその仕事の報酬につられて引き受けた平吉だったが、渡されたカメラは爆弾の爆破スイッチで、平吉は二十面相と間違われて捕らえられてしまう。

『エコエコアザラク』シリーズが駄作でいたく失望させられまったく興味のなかった佐藤嗣麻子監督作である。
 ところが面白いという声が聞こえてきたので試しにと思って観てみた。うん、なかなか面白い。
 まずいっておくが独自性は薄い。どこかで観たようなストーリー。どこかで観たようなカット。どこかで観たような美術。あちこちからパクってパクってパクりまくって作られたのは間違いない。
 だが、パクリであってもそれによって作られた物が面白いものならばそれでいいのではないだろうか。
 アクションに次ぐアクションの連続で、そのアクションが香港などの外国のスタッフによる物ではなく日本人スタッフによる物であるのは素晴らしい。日本人のアクション監督が育てば今後にも活かされるという物である。
 そのアクションを助けているのがVFX。CGによるワイヤー消しなどかなりやっているに違いない。1949年の日本を再現するのにも使われている。ところどころこれ見よがしなところがあって鼻につく。冒頭のオートジャイロが帝都の上を飛ぶシーンなどだ。確かにスゴイがスゴイだけで映画としてそこから繋がる物がない。
『最低限文化的な日本語の演技』とコミック『さよなら絶望先生』で言われた金城武であるが、以前の不自然さと比べると格段に上達している。セリフ回し一つとってもかなり達者になって他の俳優と比べても劣る事のないものになっている。そしてアクロバット演技はスタントマンも使っているのだろうがかなりがんばっている。
 日本一の財閥の令嬢であるはずの松たか子は個人的にはミスキャストだ。最初からあまりにたくましすぎるし、ドタドタとしている。あのドタドタとした動作のどこが令嬢だ。様々な経験を経て次第に現状の日本社会を認識してたくましくなっていくならともかく、令嬢の割に下品すぎる。パクリ元の一つである『ルパン三世カリオストロの城』のクラリス嬢を見習って欲しいものだ。
 明智小五郎役の仲村トオルはどこか胡散臭くて良い。ただ、小学生の時に子供向け江戸川乱歩シリーズを読んだ身としては、あの明智小五郎はちょっと受け入れがたい物がある。それを言えば怪人というより単に悪人な二十面相もそうなのだが。少年探偵団が出てくるが、出番がほんの1カットなのは寂しい。彼らはもっと活用できたと思うのだが。
 格差社会を扱った社会風刺ネタは寒い。正直この作品は王道娯楽映画なのだから不必要なシーンだろう。ただでさえ娯楽映画なのに137分と無駄に長いのだから格差ネタはカットすべきだった。単純に怪人二十面相と平吉の戦いで引っ張れたはずなのだ。終盤の平吉と仲村トオルの語りもアクションで繋いできたストーリーをセリフで語る事で勢いを止めてしまっている。うっとおしい語りを減らしてラストの大崩壊へと繋げる事も出来たはずなのだ。とにかく120分以内に収めるべき内容である事は確かだ。
 アクションに関してはスタッフの力が大きいのだろう。監督のアクションセンスはあまり高くないと見た。だが、大嫌いな駄作『エコエコアザラク』シリーズから比べると進歩した。進歩したけどやはりあまり上手くない。アクションの比重が高いという作品の内容と傾向から考えるとどうして佐藤監督が選ばれたのかこの監督人選には疑問が残る。山崎貴が自分と縁の深い佐藤監督を推したのではなどと邪推してしまう。
 映画監督をやらせると無能としか言いようのない山崎貴もこの作品のように本職のVFXをやらせると上手い。VFX職人なのだから職人は職人の仕事をしていればいいのに。
 セリフの音がばらばらで、あるシーンではボリュームを下げなければならない絶叫だったと思うと、次のシーンではボリュームを上げて耳をすまさねばならなかったりする。これはこの作品だけではなく日本映画の多くに言える事でボソボソ声でしゃべるシーンは勘弁してもらいたい。日本語の映画なのに字幕を表示してみなければならない。
 ロケの街並みがどこかで見たと思ったら『魍魎の匣』(2007)だった。この作品も『魍魎の匣』も過去の日本の街並みを上海ロケで再現している。

2009年06月28日

『アンダルシアの犬』 分かりません

B001O8OR92.jpg『アンダルシアの犬』(1928) UN CHIEN ANDALOU 17分 フランス

監督:ルイス・ブニュエル 製作:ルイス・ブニュエル 脚本:ルイス・ブニュエル、サルバドール・ダリ 撮影:アルベール・デュベルジャン
出演:ピエール・バチェフ、シモーヌ・マルイユ、ハイメ・ミラビエス、サルバドール・ダリ、ルイス・ブニュエル

 シュールレアリズムとか言われてもよく分からんわけだが、シュールレアリズム映画の代表の言われているこの作品もよく分からんわけだ、正直言って。
 有名な女性の目を剃刀で切るシーンから始まっていきなり字幕で8年後。目を切るのにどんな意味があったのか、切られた女性はどうなったかはもう登場しない。
 手の平に穴が開いていてアリがどんどん這い出てくる。
 ピアノの上に鹿かロバの死体が乗っている。
 舗道に人間の手首が落ちていて、警官が人混みの整理をしているので事件に発展するのかと思ったらそのまま終わり。
 手に持った本が突然銃に変わり、相手を撃ち殺すと室内だったのに撃たれた相手は森の中で倒れる。
 などなど、イマジネーションに溢れる映像で埋め尽くされているが、それから何かの意味を見出す事がオレには出来ない。
 で、最初に帰るわけだがとにかくわけがわからないのだ。なにが言いたいのかを通り越してもはや何をやりたいのかすら分からない。分からないが分からないで良いのだ、シュールレアリズムの実験映画なのだから一から十まで全て分かったようなことを言う人の方が胡散臭い。
 ルイス・ブニュエルと言えば良い意味でバカな人だから、そのバカがもう一人のバカであるサルバドール・ダリと組んで変な事、やりたい事をやってしまった作品だ。ストーリーはないし演技も無きに等しい。意味はないのかも知れないし、その意味がない事に意味があるのではないだろうか。
 とにかく映像のインパクトはすごいのだから、オレは素直にそれに驚いて良しとする。ラストの土に埋まったカップルには笑ったし。分からない物を利口ぶって分かった振りをするような人間にはなりたくない。分からない物は分からない。馬鹿にされるかも知れないけどそれでいいじゃない。

2009年06月27日

『オルカ』 復讐心

B0026O1JDK.jpg『オルカ』(1977) ORCA 92分 アメリカ/イタリア

監督:マイケル・アンダーソン 製作:ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ 製作総指揮:ディノ・デ・ラウレンティス 脚本:ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ、セルジオ・ドナティ 撮影:テッド・ムーア 音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:リチャード・ハリス、シャーロット・ランプリング、ウィル・サンプソン、ボー・デレク、キーナン・ウィン、ロバート・キャラダイン、スコット・ウォーカー、ピーター・フートン

 漁船の船長ノーランはまだ借金の残った船の返済をすべくいつも大仕事を企んでいた。ホオジロザメを捕まえようとしていた時に海洋生物学者レイチェルと知り合い、シャチ=オルカについて教えてもらう。
 シャチが金になりそうだと気がついたノーランはロープの付いた麻酔銃でシャチの群れから一頭を撃つが、そのシャチは自殺をしようと船のスクリューに身を投げてくる。慌てて甲板に引き上げるとそいつはメスでみんなの前でまだ胎児の状態の子供を産んだ。シャチは一夫一妻制で夫のシャチは怒りに満ちた目で船とノーランを睨んでいた。
 修理のために港に停泊中の船を狙うかのように、シャチは他の二隻の船を沈めた。そしてその後またやってきて狡猾にも燃料補給用のパイプを破壊して火災を起こし燃料補給基地まで爆破した。
 これ以上の迷惑は困る。お前がしっかり片を付けてこいとノーランを無理矢理に船で送り出す地元の人々。シャチが現れ、船を先導していく。行き先は北氷洋だった。果たしてこの戦いで生き残るのはノーランかオルカか。

 先日紹介した『イルカの日』は海洋生物と人間の心の交流を描いた基本的に心温まる作品だったが、今回は一転して人間と海洋生物が命を賭けて殺し合う映画。
『ジョーズ』(1975)のパクリのように思われている作品だが、ジョーズがあくまでも食欲・動物としての本能で人間を襲ったのに対し、オルカは本来は人を襲わず妻子を失った復讐から襲うという点で大きく違う。
 妻子を殺された復讐というとなんとなくマカロニウエスタンを思い出すが、それを裏付けるように音楽がエンニオ・モリコーネである。復讐のためにあらゆる手段を使い、終盤には敵を一人一人片付けていってラストは男と男の一対一の対決。うむ、やはりマカロニウエスタン。しかもシャチが主役。
 自分が命を狙われる立場になりながらどこかでシャチに共感するノーランには、妊娠中の妻が酔っぱらい運転の車にぶつけられ死んでしまい妻子を失ったというシャチと同じ経験がある。今回は酔っぱらい運転の車が自分なのだ。当時の自分の怒りや悲しみを思いだし、それをシャチに当てはめてしまうのだろう。共感しても自分が生き残るためにはそのシャチと戦わないといけないという悲しみと理不尽さが感じられる。
 哀愁漂うエンニオ・モリコーネのスコアも充実していて、映画の悲しみを盛り上げてくれる。これが他の人の音楽だったらもっと印象が違った事だろう。
 動物と人間が戦う作品はいくつもあるが、両者が同等という作品は少ないだろう。『オルカ』はそんな数少ない中の一本。『白鯨』と重ね合わせてみる向きもあるが、白鯨はエイハブ船長にとって一種の神だから違うのではないかと思う。
 監督のマイケル・アンダーソンの演出は凡庸で、心理描写も行き届いていない。だから、何故突然そう思ったのか、何故そう思ったのかについてきちんと整理が行き届いていない。ゆえにノーランの行動などはあまりに唐突に見えて戸惑ってしまう。せっかく名優リチャード・ハリスを使っているのにその意味がまったくない。首尾一貫しているのはシャチの心理描写ぐらいだろうか。
 ラスト、一人取り残され北氷洋の氷山の上に佇むシャーロット・ランプリングは美しい。それとよく見るとキャラダイン兄弟で一番地味なロバート・キャラダインが出ていた。やはり顔が長いが地味には変わりない。
 それにしても、ディノ・デ・ラウレンティス製作総指揮作品はどうしてどれもこれも大味なのだろうか。細かいところまで目の届いたディノ・デ・ラウレンティス作品というのを観た事がない。監督や脚本家はそれぞれ別なのだがどういうことだろう。やはりハリウッドではプロデューサーの力が大きいのか。
 どうでもいいけどDVDのジャケットが最悪。まるで安っぽいB級映画のそれである。(写真参照)

2009年06月26日

『フィースト』 生き残るのは誰なのか

B0019CEE5U.jpg『フィースト』(2005) FEAST 86分 アメリカ

監督:ジョン・ギャラガー 製作総指揮:ベン・アフレック、マット・デイモン、クリス・ムーア、ウェス・クレイヴン 脚本:パトリック・メルトン、マーカス・ダンスタン 撮影:トーマス・L・キャラウェイ 音楽:スティーヴン・エドワーズ
出演:バルサザール・ゲティ、ヘンリー・ロリンズ、ナヴィ・ラワット、ジュダ・フリードランダー、ジョシュ・ザッカーマン、ジェイソン・ミューズ、ジェニー・ウェイド、クリスタ・アレン、クルー・ギャラガー、エリック・デイン、デュエイン・ウィテカー、タイラー・パトリック・ジョーンズ

 テキサスのバーにショットガンを持った血まみれの一人の男が飛び込んでくる。怪物の頭を抱えて何かが襲ってくると皆に警告し、バーの封鎖を指示する。電話は壊され携帯電話は都合良く谷間なため通じず、数匹のモンスターに囲まれて一人また一人とそのモンスターの餌食になっていく。
 果たして生き残るのは誰か。命を賭けたサバイバルゲームが始まった。

 マット・デイモンとベン・アフレックが設立したライブ・プラネット社がプロデュースする人気リアリティショー「プロジェクト・ブリーンライト」。一般公募から選ばれた脚本が、映画として完成するまでをドキュメンタリーとして放送するこの人気番組から飛び出したのが本作「フィースト」だそうだ。TVの企画として作られたわけである。
 だから製作総指揮に二人の名前がある。ついでにウェス・クレイヴンの名もあるから豪華ではないか。
 とにかくこの作品は観ている人を裏切る。最初に乗り込んできた男は、「俺はお前達の救世主だ」と主人公的発言をしておきながら次の瞬間にあっけなくモンスターに食われてしまうし、少年が出てくるが子供は無事というホラー映画の法則を破ってこの子もあっけなく食われてしまう。他には車椅子の身障者がいるが、身障者も助かるというのがホラー映画の法則だがこれも分からなくなってきた。
 なにしろオレの知らない役者ばかりなので誰が生き残るのかさっぱり分からない。バーテン、ボス、ボスの愛人、愛人の子、ビジネスマン、ウェイトレス、ビール運び屋、車椅子の男、遊び人、酒場強盗の女などなど特徴のあるキャラクターがいっぱいだ。誰がいつ襲われるかさっぱり分からない。だから酒場の二階や地下室でドアを開ける度にも「襲われるんじゃないかな」とドキドキする。ただ、定番を無視してメチャメチャをやっているだけという見方も出来る。どこまでが計算か、どこまでが単なる天然なのかが気になるところだ。
 加えてやたら下品。モンスターが緑色のゲロを吐いて登場人物の一人が蛆の入ったそのゲロまみれになる。その男は後で左目を視神経ごとモンスターにくりぬかれて左目があった穴に蛆が繁殖する。子供を殺されたモンスターがすかさず表で交尾をして新しい子供を産んでしまったり、モンスターのペニスを切り落としたあげくに踏みつぶしたりとグロ描写がてんこ盛り。
 死体を人間爆弾にしようとして、モンスターに食わせて爆発させる寸前にまだ生きていると気づいても「こいつは死体だ」とそのまま爆破してしまう。
 殺され方も胸を腕で貫かれる。寄ってたかって食われる。頭を押しつぶされる。とグロの次ぐグロ。グロ注意。
 酒場でのモンスターとの戦いとなると『フロム・ダスク・ティル・ドーン』が思い出されるが、下品だと思ったあれが上品に思えてくるほどに下品。
 低予算映画のせいか舞台はほとんど酒場内のみ(数分だけ他の場所の描写がある)と徹底している。モンスターはCGなどではなくとうぜんアナログ。つまりモンスタースーツ。出来はあまり良くなくてやたら粘液でネチャネチャしている。スーツの粗を見せないためかモンスターのアップはカットが短く手持ちカメラで振り回すのでよく見えない。
 所々にギャグが入っていて、ビジネスマンが襲われた時にズボンだけ持って行かれてしま。最後の対決の最中にいきなりバーテンが心臓マヒを起こす。みんなで逃げるためにトラックを取りに行った娘が自分だけで逃げて行ってしまうとか、かなりコテコテ。ポップコーンでも食べながら友達同士で観ていたら意外と笑えるネタかも知れないが、一人で見ている分にはちょっと微妙。
 途中でいつの間にかいなくなっていた人物は……

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