『時をかける少女』(2006) 100分 日本 角川ヘラルド映画
監督:細田守 アニメーション制作:マッドハウス プロデューサー:渡邊隆史、齋藤優一郎 原作:筒井康隆 脚本:奥寺佐渡子 キャラクターデザイン:貞本義行 作画監督:青山浩行、久保田誓、石浜真史 美術監督:山本二三 音楽:吉田潔
声の出演:仲里依紗、石田卓也、板倉光隆、原沙知絵、谷村美月、垣内彩未、関戸優希
原作を大幅にアレンジしたアニメ映画。大林版の主人公・芳山和子が主人公・真琴の叔母の修復士として出演しており、非常に謎を秘めた女性として現れ、タイムリープにも詳しく真琴にそれとなくアドバイスをしてくれる。大林版を観た観客には嬉しいサービスだ。
妹に食べられてしまったプリンを取り返したり、カラオケの時間延長、男友達からの告白を無かった事にしようとしたりなどにタイムリープ能力を使う真琴はいかにもいまどきの現代の高校生だ。他の登場人物も今風に描かれており、そこでも原作は大きくアレンジされている。
前半の自分の欲望のために気楽にタイムリープ能力を使いまくる真琴には少し抵抗を感じるが、後半になって人のために使うようになると印象が変わってくる。功介に告白しようとしている後輩を助けるためにちょっかいを出しては何度もタイムリープを繰り返すシーンは笑ってしまった。タイムリープをする際に大きく跳んで地面を転がるのが躍動感がある。
突然未来人が現れるのとその正体には安易さにちょっと驚いてしまうが、そこで深さを求める脚本ではないからそれでもいいのだろう。だが、過去の人間にタイムリープの事を知られてしまうのはルール違反といいながらも、真琴のタイムリープに関する記憶がそのままなのはどういう訳だろうか。消していかないと意味がないだろうに。
しかし、消してしまうとラストの別れのシーンが成立しなくなってしまうので仕方ないのだろうか。唐突に恋愛に目覚めてしまう真琴には違和感を感じたがそんなものかも知れない。「未来で待っている」「すぐ行く。走って行く」はいいセリフであった。未来人が過去に留まり続ける事は許されないだろうし、それでもそこで出会って好きになってしまった少女と一緒に居たくて「付き合わないか」告白してしまう未来人の気持ちも分かる。探し求めていた幻の絵画と同じ位大切にしたいものを彼は現在で見つけてしまったのだから。
脚本を書いた奥寺佐渡子は『学校の怪談』シリーズの3作目意外の脚本を書いた人。『学校の怪談』の1作目のオープニングで登場人物の性格や設定などをそれとなく説明してしまった上手い人だ。この作品でも上手く省略するところは省略して丁寧な描写を必要とするところは丁寧に描いている。
高校生たちの青春を楽しげに描いている。野球、テスト、恋愛、進路調査。いろいろな要素が高校生たちの青春を彩っている。この年になるとさすがに甘酸っぱすぎてこそばゆくなるが、なかでもこの作品では3人でやっている野球がよく活かされている。実際問題としては、女1人、男2人の友情が成り立つのかは少々疑問だ。もう少し人数が多ければ成り立つと思うのだが、それでは脚本として設定がまずくなってしまう。それに3人という数は最小限で不安定でいながら安定している構図である。
作画は安定しており、特に背景が上手い。日本家屋風の真琴の家や、夏の風景を捉えた美術も考え抜かれている。青い空の入道雲は白く匂ってきそうなほどの夏の情景を表している。音楽もいい。主題歌は作品によく合っていた。
主人公たちがプロの声優ではないので耳障りが悪いところがあるが、生の高校生の声といえなくもない。
それにしても家庭科の時間にタイムリープで真琴の身代わりにされてしまった男子は気の毒なことである。このせいでイジメにあって追い込まれてしまい悪役のような扱いを受けてしまうのだから。やはり真琴は自分勝手である。
登場人物の心理描写が若干浅い点があるのが気になった。ラストでいきなりセリフで説明するのはどんなものだろうか。言ってみれば芝居が不完全にしか出来ていないのである。
タイムトラベル物ではあるが、タイムリープで散々時間を飛び回ってもタイムパラドックスなどはまったく登場しない、せいぜい跳べる回数に制限があるだけでSFは味付け程度の作品。




