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邦画 ラ行 アーカイブ

2004年06月16日

『リターナー』

『リターナー』(2002) 監督・脚本:山崎貴 VFX:山崎貴 出演:金城武/鈴木杏/樹木希林/岸谷五朗

 『ジュブナイル』と同じくクソ。クソったらクソ。VFXの出来は結構いいが、それと映画の出来はさして関係がない。山崎とやらはVFXマンとしてはともかく、脚本家および演出家としての才能はカケラもないようだ。ならばVFXマンに徹するべきだろう。
 脚本も演出も役者の演技も編集も音楽もクソ。樹木希林の存在がかろうじての良心だ。とにかく、文句をつけはじめたら「一晩をつぶせる」。いや、「千と一晩をつぶせる」、ってわたしはシャハラザードか。
 大体が、『マトリックス』やら『ターミネーター』、『E.T.』、『ミッション・インポシブル2』、『インデペンスデイ』、『ドラえもん』、『サイボーグ009』などなどからのパクリの連続である。恥ずかしくはないのだろうか?恥を知れ恥を。言っておくが、パクリとオマージュは違うぞ。お前にはオリジナルがないのか、こら山崎。結構いいと評価したVFXも、実のところはどこかで見たような画面ばかりだ。VFXに一番必要なのは技術ではなくてイマジネーションじゃないのか、おい。知恵も足らなきゃ工夫も足らぬ、わたしゃもすこし背が欲しい、ってか。
 オートバイのシーンでこのままラストに突入かなと思って時計を見たら(観客が時計を気にするって時点でクソ映画なのだが)、まだ半分の1時間だった。そもそも2時間というのが長すぎ。90~100分ほどにまとめるべきだろう。そのためには、編集で切ることが必要だ。苦労して取ったシーンだろうと、お金のかかったシーンだろうと、編集して無駄だと思ったら冷徹に切る。編集には作品を客観視できる能力が必要とされるのだ。途中で延々と未来のシーンがあるがあれはいらない。オープニングのヒロインがタイムマシーンに飛び込むところだけで十分だ。それから、服を買いに行ったり美容院に行くシーンはもちろん切る。切って切って切りまくる。荒木又右衛門か堀部安兵衛にでも編集をやってもらえ。実際の話、映画というのは切れば切るほど良くなるものだ。
 最後に、 どうでもいいことだが、20倍の速度で動けるという装置が出てくる。それを使って金城武が至近距離で発射されたMP5やM16A2の弾丸を避ける。しかし、MP5の弾丸9mmX19は初速で秒速350m(時速1,260km)、M16A2の弾丸5.56mmX45にいたっては秒速950m(時速3,420km/h)。20倍速で動けたとしてもそれぞれ63km/h、171km/sとなる。1発ならまだしも何人もからフルオートで撃たれるのだ。避けれんだろ~、どう考えてもそれは。ドッチボールでボールを避けるんだってそれなりに難しいというのに。あれだな、変に“20倍”なんて具体的な数値を出さずに、単に速く動くことの出来る装置としておけばこんな頭の悪いことにはならんのに。

 あー、もう本当にクソ。 クソったらクソだってば。
 評価:-100万円(観たら金を払うどころか逆に100万円くれってこと)

2004年09月14日

『浪人街』 1990年版は見ちゃなんねー

『浪人街』(1990) 117分 1990/9/9鑑賞

監督:黒木和雄 総監修:マキノ雅広 製作:鍋島壽夫/足達侃三郎/務台猛雄 プロデューサー:山崎義人/野村芳樹/垂水保貴 企画:鍋島壽夫 原作:山上伊太郎 脚本:笠原和夫 撮影:高岩仁 美術:内藤昭 編集:谷口登司夫 音楽:松村禎三 殺陣:宇仁貫三/山口博義 助監督:月野木隆
出演:原田芳雄/勝新太郎/石橋蓮司/樋口可南子/天本英世/水島道太郎/中尾彬/佐藤慶/長門裕之/田中邦衛

23日にWOWOWで唐沢寿明主演の舞台劇『浪人街』が放映される。
『浪人街』といえばマキノ雅広が1928~29年に三部作として撮り上げたサイレント時代劇で、自らの手で1957年にリメイクもされた作品だ。
ついでのついでのさらにオマケの余禄で述べておくと1990年にも再リメイクされているが、よりによって監督が“黒木和雄”なものだから当然のごとく“クソ映画”に仕上がっている。もはや予定調和といってよいだろう。
出演者の一人である勝新太郎のコカイン騒ぎで公開が延期されたが、いっそのことそのままお蔵入りしておいた方が世のため人のためだったことだろう。勝新太郎以外にも原田芳雄、石橋蓮司など出演者は味があっていいのだが演出がトホホなの限りである。
ラストに大立ち回りがあるのだが、黒木和雄に活劇が撮れるはずもないというの。多少なりとも自分の素質と演出に対する真摯さがあれば立ち回りを映画的に省略して描くなど出来たのだろうが、真っ向から展開される殺陣の退屈さはもはや拷問である。この活劇に対するセンスのなさは『あずみ』と近い物があるのではないだろうか。
マキノ雅広にあやまれ。その父親である『日本映画の父』こと牧野省三にもあやまれ。なにより金を払って観に行ったわたしにもあやまれ。観る前から映画自体には期待しておらず出演者とマキノ雅広だけで観に行ったのは確かだが、14年が過ぎた今でも腹の虫が治まらない。もしも黒木和雄と顔を合わせる機会があったら「金返せ」というつもりである。

2006年11月16日

『ローレライ』 美少女いらんつーちゅーねん

B000FI9P26.jpg『ローレライ』(2005) 128分 日本

監督:樋口真嗣 製作:亀山千広 プロデューサー:臼井裕詞、市川南、甘木モリオ 製作総指揮:島谷能成、関一由、千草宗一郎、大月俊倫 協力プロデューサー:山田健一 原作:福井晴敏 脚本:鈴木智 撮影:佐光朗 美術:清水剛 
編集:奥田浩史 音楽:佐藤直紀 VFXスーパーバイザー:佐藤敦紀、田中貴志 VFXプロデューサー:大屋哲男
出演:役所広司、妻夫木聡、柳葉敏郎、香椎由宇、石黒賢、國村隼、ピエール瀧、橋爪功、伊武雅刀、堤真一

 ドイツ軍が極秘に作り上げた最新鋭潜水艦が日本海軍の手に渡る。
 その潜水艦は日本人の血が1/4入ったユダヤ人美少女の超能力を利用した高機能ソナーが搭載されていて、敵艦の位置を明確な3次元映像として掴むことが出来る。
 その力の助けにより単独一艦での航海でありながらアメリカ海軍の駆逐艦などを次々と撃破して、アメリカ軍勢力圏の奥へと潜行していく。
 そして密命で定められた時刻と場所にてあらかじめ密命が交わされたアメリカ軍に投降することとなる。
 新兵器・高機能ソナーと共に投降する条件として、日本海軍の彼らがアメリカ軍に突きつけたのは、爆撃機B29によって東京に原子爆弾を落とせということだった。
 何故、アメリカ軍に東京へ原爆を落とさせるのかというと、それは日本の将来を救うためである。

 ・・・ごめん、オレの頭が悪いのか、もっともこういう言い回しをするときは書き手は自分の頭が悪いとは思っていない物なのだが、とにかくストーリーの意味がさっぱり分からん。

 このまま連合軍に無条件降伏をしてしまっては、遠い将来、日本はアメリカの属国として誇りを失い享楽的な民族になってしまうに違いない。だから、一度日本を壊すために首都東京を破壊するのだっ!って堤真一が絶叫するが、イカれてるな、あれは。
 潜水艦の艦長である役所広司もこちらはこちらで底の浅い演説をするし、やたらセリフに頼りすぎ。
 変にストーリーを捻りすぎずに、東京への原爆投下を阻止する話でいいと思うんだけどね。
 艦内で叛乱が起こるが、そのためにあらかじめ叛乱分子が乗組員として乗っていたというのは『亡国のイージス』と同じ。
 ピエール瀧は南方で戦っていて、極限状態まで追い込まれたところを堤真一に救われて叛乱分子になったとあるが、その極限状態の描写がどうみても陸軍。なんで陸軍兵士が潜水艦の掌砲長として乗ってるんだよ。
 柳葉敏郎の安易な自己犠牲のシーンではもううんざり。
 出演者はかなり豪華だし、手を抜いてないのだが、それを使いこなすだけの力量が監督にない。これでは役者が可哀想だ。
 無理矢理“美少女”を出してくるところが、マンガチックというかアニメチックというか。トホホだな。

 原作は文庫版で読んだがつまらなかった。つまらないというよりクソだ。
 映画のつまらなさは原作による部分も大きいが、それ以上に監督の樋口真嗣の罪が大きいだろう。セリフに頼りすぎだし、底の浅い人物描写、工夫のない画面展開。
 平成ガメラなど特撮畑の人だが、その特撮がひどい。潜水艦の外観などはCGで作られているのだが、ファイナル・ファンタジーのムービーシーン程度の出来。
 レンタルDVDを25インチのブラウン管で観てひどかったのだから、劇場の大スクリーンではさらにひどかったことだろう。
『エアフォース・ワン』(1997)の水上に墜落するジャンボジェット機の頃から進化してないな、これは。

 セリフが聞き取りにくいので日本語字幕を表示して観た。なんだかなぁ。