洋画 カ行の最近のブログ記事

B002DEM9CI.jpg『96時間』(2008) TAKEN 93分 フランス 20th CENTURY FOX、EURO CORP

監督:ピエール・モレル 製作:リュック・ベッソン 製作総指揮:ディディエ・オアロ 脚本:リュック・ベッソン、ロバート・マーク・ケイメン 撮影:ミシェル・アブラモヴィッチ プロダクションデザイン:ユーグ・ティサンディエ 衣装デザイン:オリヴィエ・ベリオ 編集:フレデリック・トラヴァル 音楽:ナサニエル・メカリー
出演:リーアム・ニーソン、マギー・グレイス、リーランド・オーサー、ジョン・グライス、デヴィッド・ウォーショフスキー、ケイティ・キャシディ、ホリー・ヴァランス、ファムケ・ヤンセン、ザンダー・バークレイ、オリヴィエ・ラブルダン、ジェラール・ワトキンス、ニコラス・ジロー、カミーユ・ジャピ、ゴラン・コスティッチ

 アメリカ政府の秘密工作員として家庭を顧みずに幾多のミッションをこなしてきたブライアン・ミルズ(リーアム・ニーソン)。現在は一線を退き、ボディガードのバイトなどで小銭を稼ぎながらカリフォルニアで孤独な日々を過ごしていた。
 そんなある日、別れた妻レノーア(ファムケ・ヤンセン)と一緒に彼女の再婚相手である資産家のもとで暮らすひとり娘キム(マギー・グレイス)の17歳の誕生パーティーが開かれ、ブライアンもお祝いに訪れる。やがて、親友アマンダと海外旅行へ行きたいというキムに押し切られ、不安ながらもパリ行きを承諾するブライアン。
 しかし、現地のキムから電話が掛かってきた時、不安が現実のものとなる。彼女たちの滞在するアパルトマンに突然謎の一味が乱入し、アマンダが拉致されたのだ。さらには、その一部始終を伝えていたキムも一味に連れ去られてしまう事態に。
 ブライアンはかつての自分を甦らせ、キムの奪還と犯人への復讐を決意。事件発生から96時間を過ぎると被害者の救出が不可能という事例データを念頭に単身パリへ飛び、長年培ったスキルを活用しながら捜索を開始する。そして、キムたちをさらったアルバニア系の人身売買組織の中枢へ怒濤のごとく踏み込んでいく。

 全米で大ヒットした作品。日本ではそれほどでもなかったが。
 娘から電話がかかってきて、アパルトマンに男たちが侵入してきた。友人が連れ去られようとしているとの連絡を受けた時に、冷静に「ベッドの下に隠れろ。お前も捕まる。その時にそいつらの人相、格好を出来るだけ詳しく教えてくれ」と指示するブライアンはその瞬間にプロに切り替わっている。元エージェントならではの納得出来る対応だ。
 そして自らもパリに飛んで、娘が残したわずかな情報から犯人の正体を割り出す。アルバニア系犯罪組織による人身売買だと推測したブライアンは躊躇せずに敵陣に乗り込む。そして冷静な分析力と非情なまでの戦いで娘に一歩一歩近づいていく。個人的な怒りで行動するブライアンは変に正義漢ぶったキャラクターより好感を持てる。
 内容はリック・ベッソンらしくストレートで分かりやすい。どんでん返しも複雑な人間関係もない。お父さんが命がけで娘を助けるだけの映画。無駄道に逸れることはなく一直線にラストまで駆け抜ける。ほとんど暴走である。ストーリーで魅せる映画ではなくアクションで魅せる映画だ。親バカで優しくて心配性なお父さんが娘を誘拐されてからの非情な元諜報部員への変貌ぶりが見所である。とにかく悪い奴らには容赦しない暴れっぷりが痛快である。
 ユーロ圏内では年間10万人以上が人身売買のために誘拐されているとか。麻薬漬けにされて闇へと消えていく女性たち。裏の世界を知り尽くしているブライアンにしてみれば、可愛い娘がそんな危険なところに遊びに行くといった時、危険を感じたのだろう。スティーヴン・セガールの映画でも同じような内容の作品があったな。『ICHIGEKI 一撃』がそうか。ちょっとブライアンとキャラ被ってる。
 銃撃戦の他に肉体による格闘戦が主に使われる。空手などの打撃系ではなくてスティーヴン・セガールのような関節を決める合気道系だ。リーアム・ニーソンに格闘技の経験はないだろうから、映像的にごまかしのきく関節技系にしたというのもあるだろうが、リアルでいい。相手の手首や首をグキグキ折りまくる。
 銃撃戦もリアルで大体の見当を決めて撃ちまくる方式だ。クライマックスの銃撃戦は燃える。
 娘の携帯で「幸運を祈る」と言った男を見つけ出した時に「俺を忘れたか?2日前、電話で話した。お前を見つけた」というシーンのイカすこと。
 娘が心配でしょうがないブライアンは拷問だって躊躇せずにやる。散々拷問した末に殺す。お父さんは怒ってますよこれは。娘のためなら何だってやるのが父親か。
 今は内勤になってしまったフランス諜報部のジャン=クロード(オリヴィエ・ラブルダン)という旧友がいるが、ジャン=クロードは娘の救出に協力せず、ブライアンをアメリカに強制送還しようとする。そのジャン=クロードの家に乗り込んでいって、その奥さんを致命傷にならないように拳銃で腕を撃ってジャン=クロードに協力させるよう脅かすシーンには驚いた。容赦はしないといっていたけど、本当に容赦なし。
 展開は本当にスピーディーでここはワンテンポ置くよなというところにそれがない。ブライアンは走り、戦い、猪突猛進に移動し続ける。立ち止まって考えずに動きながら考える。常に先を読み、相手の上を行く。さすが元凄腕諜報部員。
 ラスボスがキムに刃物を突きつけて、「交渉を・・・・・・」と言ってきたところを有無を言わさずバーンと撃ち殺してしまうシーンはかなり格好良かった。しかし、トータルで何人殺しているのかね。よく無事にアメリカに返してもらえた。人身売買をやっている人間など最低の人間だから罪に問われなかったって事かね。そこら辺で、ジャン=クロードが上手く立ち回ってくれたのかも知れない。
 キムの友達がどうやら死んでいたらしいのは後味が悪い。彼女も助けてあげる脚本にできなかったのだろうか。彼女の両親も心配していただろうに。
 銃撃戦あり、肉弾戦あり、カー・アクションあり、スタントありとリック・ベッソンらしい脚本。ブライアンの無茶さは一見の価値あり。リーアム・ニーソンというアクション物には向かないと思われるシリアスな役者を主役に据えたのも物語にリアリティを与える面で成功である。
 邦題の『96時間』は原題の『TAKEN(連れ去られた)』とはまったく関係ない。96時間以内に救出しなければならないというタイムリミットはあまりこの映画には登場しないのでご注意を。
 ツッコミどころは多い映画だが面白い。ラストにはちょっとしたオチがあって結構笑える。
 監督は『アルティメット』のピエール・モレル。監督よりは撮影監督で活躍している人である。
 リーアム・ニーソンは2009年にスキー中の事故で妻のナターシャ・リチャードソンを亡くしているが、気を落とさずにと言っても無理だろうが頑張って欲しいものである。

B0009V1D6K.jpg『コントロール』(2004) CONTROL 105分 アメリカ MILLENNIUM FILMS

監督:ティム・ハンター 製作:ランドール・エメット、ジョージ・ファーラ、アンドレアス・グロッシュ 製作総指揮:ジョン・トンプソン 脚本:トッド・スラヴキン、ダーレン・スウィマー 撮影:デニス・レノア
出演:レイ・リオッタ、ウィレム・デフォー、ミシェル・ロドリゲス、スティーヴン・レイ、キャスリーン・ロバートソン、マーク・レセレン、ティム・ディケイ

 凶悪犯リー・レイ(レイ・リオッタ)は死刑が決定し、薬物注射による処刑が執行される。ほどなくして彼は死体安置所で目を覚ます。彼の前に現れたコープランド博士(ウィレム・デフォー)は、リー・レイが被験者としてある実験に無期限で参加することを条件に、死刑の回避を提案する。実験とは、激しい気性を抑え、脳の性質を変える新薬"アナグレス"の効果を調べるもの。命と引き替えに条件を飲むリー・レイ。
 最初は脱走を試みようとしたり、暴力行為に走るリー・レイだったが、実験を始めて数日で薬の効果によって彼に罪の意識や自責の念が芽生え始める。
 やがて実験結果を急ぐ博士は、第2段階として、彼を実社会で一般市民と同じように生活させることを決断する。監視カメラを仕掛けたアパートにジョーの名で彼を住まわせ、仕事を探して自活させるようにする。彼は自動車洗車場で働き始め同僚のガールフレンドのテレサ(ミシェル・ロドリゲス)も出来た。
 そしてある晩、監視役を睡眠薬で眠らせると、彼が以前頭を撃って脳に機能障害を負わせた男の元に謝罪に訪れた。すっかり子供のようになってしまった被害者は彼の謝罪を受け入れた。だが、帰り際にその兄に顔を目撃される。兄は弟をそんな目に合わせたリー・レイを恨んでおり、一枚のレシートから彼の足取りを追い始める。
 また、リー・レイはロシアン・マフィア幹部の甥を殺して現金を奪っており、その件でも彼が死刑になっていないことがバレ、命を狙われていた。
 すっかり真人間になってまっとうな生活を始めたリー・レイだったが、彼の過去がそれを許してくれなかった。

 爬虫類のような表情のレイ・リオッタが凶暴な暴力性を失い次第に人間の表情と感情を身につけていくところが非常に良くできていた。難しい役どころに役者の魅力が存分に発揮されていた。
 最初は実験材料としかリー・レイを見ていなかったのに、段々と彼も生きた人間なんだと気付いていくウィレム・デフォーも良い。最初は仕事上の義務から、そして次第に人並みに扱うようになる。一大製薬会社の研究主任なのに、最後には会社に逆らってリー・レイを助けようとする。だが、リー・レイは射殺されてしまうが、その時のリー・レイのセリフと走馬燈には泣ける。
 薬が本当に効いているのか、それとも逃亡したいリー・レイに一杯食わされているだけなのか分からないところがサスペンスなのだが、それはあまり重要ではなかったようだ。それよりも、悪人の改心に重点が置かれている。男のところに謝罪に行ったリー・レイは心から反省していた。このところで紙袋に入った拳銃と紙袋に入ったお菓子が旨く使われていてサスペンスを盛り上げている。
 ところがアナグレスの正体は・・・・・・でどんでん返しの要素も入ってきて意外性があって面白い。確かに新薬開発では対照実験が重要だ。理屈にも合っていて、よくある単にドッキリさせるためのどんでん返しとは違っている。リー・レイを変えたのは薬だったのか、人間らしい暮らしだったのかで、冒頭のリー・レイの悲惨な少年時代の回想シーンが生きてくる。人の心は薬で治せるのか? 薬が無くても治せるのか? 薬で治した精神は、本物の自分の物なのだろうか? 劇中で抗うつ薬について話が出てくるが、抗うつ薬によって鬱から治った精神状態は正常なのだろうか? 抗うつ薬という薬で人間の精神がころっと変わってしまうことには非常に興味を覚える。この映画のように、凶暴な人間に対して薬で対処するという現実は近いのかも知れない。
『バイオハザード』や『アバター』などのミシェル・ロドリゲスがまたまたいい女で登場。リー・レイが死刑囚だったと知っても、彼を助ける重要な役柄を果たす。珍しく愛らしくデートのシーンでは一服の清涼剤となってくれる。
 リー・レイを殺そうとする兄貴も子供のようになってしまった弟を一生面倒みなければならないことへの恨みは大きいだろうから、一概に悪いとも言えない。薬で真人間になったと言っても信じないだろうし、真人間になったからといって恨みが消えるわけでもない。
 実は一番の黒幕(?)がスティーヴン・レイというのも意外性がある。
 アクションシーンがいくつかあるが、どれも力が入っておらずハラハラしないのが難点だ。まだ凶暴だった時点のリー・レイが脱走を図るシーンもまったく緊迫感が感じられない。ロシアン・マフィアも必要ない。大体、薬を飲ませているとは言え死刑囚を相手に監視が薄すぎる。アクションシーンはいっそのこと削ってしまって、リー・レイとコープランドの心の触れ合い、リー・レイとテレサとのロマンスなどの心理面に重点を当ててもよかったのかなと。とりあえずTV中心で仕事をしている監督の演出はうまくないしストーリー的にも穴があるが、レイ・リオッタとウィレム・デフォーという悪人顔役者の豪華な組み合わせに満足である。

B001ALQWQO.jpg『恐竜グワンジ』(1969) THE VALLEY OF GWANGI 96分 アメリカ

監督:ジェームズ・オコノリー 製作:チャールズ・H・シニア 製作補:レイ・ハリーハウゼン 原案:ウィリス・H・オブライエン 脚本:ウィリアム・E・バスト 撮影:アーウィン・ヒリアー 特撮:レイ・ハリーハウゼン 音楽:ジェローム・モロス
出演:ジェームズ・フランシスカス、ギラ・ゴラン、リチャード・カールソン、ローレンス・ネイスミス、デニス・キルベイン、フリーダ・ジャクソン、

 時は20世紀初頭、ところはリオ・ブラボー(アメリカとメキシコを隔てる河)近く。地元のジプシーが"禁断の谷(Forbidden Valley)"として怖れている谷に一人のジプシーが禁を犯して忍び込み猫ぐらいの動物が入った袋を持ち帰ってくる。
 その中味は5000万年前に存在していた馬の原種。この馬で大儲けを企んだ主人公たちは化石を掘っている考古学者と共に禁断の谷を目指す。そこでは小さな馬だけではなく、これまた絶滅したはずの巨大な恐竜が待ちかまえているのだった。

 原案のウィリス・H・オブライエンは『キング・コング』(1933)でストップモーションを手がけた人。1962年に亡くなったオブライエンが残した原案を製作補として作り上げたのが弟子のレイ・ハリーハウゼン。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのピーター・ジャクソンは『キング・コング』を観て映画監督を志したと言う。
 ハリーハウゼンは3作前に『アルゴ探検隊の大冒険』(1963)を撮っており、この後に傑作『シンドバッド黄金の航海』(1973)『シンドバッド虎の目大冒険』(1977)を送り出す時期で円熟期と言っていいだろう。1作毎に数年の期間が空いているのはモデル(人形)を一コマ一コマ手で少しずつ動かして撮影するやたらと手間と時間がかかるストップモーションだからだろう。
 オブライエンの段階でモデルを動かすことに関してはほとんど完成していたが、ハリーハウゼンの偉大なところはストップモーション・アニメーションの映像と実写の人間などの映像を組み合わせたダイナメーションという技術を確立したことである。『アルゴ探検隊の大冒険』では骸骨兵士と人間がチャンバラをするし、『シンドバッド黄金の航海』ではシンドバッドが六本腕のカーリー像と戦う。まずは人間のパートを撮影しておいて、それに合わせてストップモーションを作り上げる。ストップモーション単体でも大変なのに、両者の動きをリンクさせなければならないのだから、ひたすら根気の必要な作業だ。作業だけなら一種の職人芸だが、それに加えてモンスターのデザインなどのアーティストの才能も重要。学生時代のハリーハウゼンが初めてオブライエンに面会した時に、自作のモデルやスケッチを見せた時に「解剖学を勉強しなさい。君の恐竜は足がソーセージみたいじゃないか」と言われたそうだ。学者の知識まで必要なのだ。
『恐竜グワンジ』では馬に乗った三人がティラノサウルス系の肉食恐竜の首に投げ縄をかけて捕まえるシーンがある。恐竜の首の動きに合わせて三人の縄も引っ張られたりゆるんだりする。これが同一カットで表現されているのは実に見事。
 どうでもいいけど、この恐竜が梅雨時のアジサイを思わせる青紫と微妙な色遣い。恐竜については茶色や緑色で表現されていることが多いが、化石では恐竜の肌の色は分からないのでこれは現在の爬虫類を参考に着色したもの。だから、ティラノサウルスが青紫だった可能性も0じゃないのだが、やはり微妙。ちなみに『ジュラシックパーク』などに登場するティラノサウルスは10メートルぐらいだが、グワンジのは5メートルぐらい。人間と同一画面に収めるには大きすぎず小さすぎずのサイズを選んだのだろう。だからダイナメーションが活きてくる。

 と、この時代のSFX映画について話すと、「当時の特撮は良かった。最近はCGばかりで味がない」という意見が出てくることが多いように思う。個人的にはそれは違うんじゃないかなと思う。
 ストップモーションは確かに実際にモデルを手で動かす手作業だが、CGだってコンピューターという道具を使っているだけでこちらも手作業。「これこれこんな映像」とコンピューターに指示を出したら勝手に映像を出力してくれるわけではなく、モデルを作るように3Dの基本データを作り上げ、その動きを細かく指定していく。そこにはアーティストとしてのセンスや人間やクリーチャーなどの骨格も考えた解剖学の知識も必要だ。ある程度はコンピューターが補完映像を計算してくれるが基本は一コマ一コマの作業。気の遠くなるような根気の要る作業を経てCGは作り出されているのだ。ある意味、無から有を作り出しているCGはSFXの進化が生み出したものだろう。
 あと、現実的な話しをすると、今のCG技術だと別のSFXで同じ映像を作るよりも安くできることも多い。大がかりなセットを組むよりも、背景をCGで作って合成した方が安い。どんな大作だって予算には限りがあるから節約できるところは節約する。これだってマットペインティングという手描きの絵を使う手法は昔からあったわけで、それをCGに置き換えただけとも言える。
 ハリーハウゼンや円谷英二がもしも現役で活躍しているとしたら間違いなくCGに興味を持っただろうし、自身が手がけた作品で使ったはずだ。常に新しい技術に関心を持ちそれを取り入れていくのがSFXマンである。
 オレ自身は『スター・ウォーズエピソード4』(1977)でのデススターの設計図といった実験的に用いられたCGから始まり、『スター・トレック2/カーンの逆襲』(1982)でのジェネシス計画のシミュレーション映像やミニチュアを使わず宇宙船をCGで表現した『スターファイター』(1984)など映画のSFXにCGが使われるようになりそれが進歩してきた様子をワクワクしながら観てきたんでCGに甘いのかも知れないので異論もあるだろう。でも以前、お店のロゴが遠くから回転しながら飛んできてアップで止まるという単純なCGムービーを作ったことがあるが、これがかなり大変だった。映画クオリティのCGを作るとなるとどれだけの手間暇、知識、技術が必要かと考えるとやはりすごいと思う。
 ちょっと似たようなケースだと「ワープロなんて邪道だ。文章は手書きで書かないと駄目だ」と言っていた文学界の偉い人がいた。でも長文を書いた場合だと校正の段階で段落の入れかえなどの構成の変更はワープロが圧倒的に有利。一発で完璧な文章が書ける人なら手書きで良いのだろうが、読み直して手直ししていくにはワープロだと思うけどね。
 ひょっとすると、「Excelなんて邪道だ。計算はソロバンじゃなきゃ駄目だ」と言う偉い人もいるんだろうか?就職してまず覚えさせられたのがDOSの『LOTUS1-2-3』だったオレは、もはやExcelなしじゃ仕事にならんよ。

 以前紹介した『放射能X』もこの『恐竜グワンジ』もワーナー・ブラザース作品。言っちゃ悪いがどちらもB級キワモノ路線だ。ちょっと気になったんで昔の作品について詳しい方に尋ねてみたところ、当時のワーナーはパラマウントや20世紀フォックスと比べると三流映画会社的存在だったそうだ。多少格下ぐらいかなとは思っていたが、シネマスコープを開発した20世紀フォックスやビスタビジョンを開発したパラマウントとは技術的にも差があり、自社開発できなかったワーナーは他社から技術を借りてワイド画面に対応したとか。
 オレがワーナーの名を覚えた頃にはクリストファー・リーヴ版『スーパーマン』など大作を作っていたので意識していなかったのだが勉強になった。考えてみれば昔のワーナー映画のイメージってセンセーショナルを売りにしたギャング映画なんだよね。確かに格下かも。

B001G9EC5S.jpg『恐竜100万年』(1966) ONE MILLION YEARS B.C. 100分 イギリス HAMMER FILMS

監督:ドン・チャフィ 製作:マイケル・カレラス 脚本:マイケル・カレラス オリジナル脚本:ジョージ・ベイカー 撮影:ウィルキー・クーパー 特撮:レイ・ハリーハウゼン 音楽:マリオ・ナシンベーネ
出演:ラクエル・ウェルチ、ジョン・リチャードソン、パーシー・ハーバート、ロバート・ブラウン、マルティーヌ・ベズウィック、ジェーン・ウラドン

 紀元前100万年に人類と恐竜が共存していたという点からして科学的考証もあったもんじゃないが、これがなかなか面白い。恐竜が絶滅したのは6500万年前というから、紀元前100万年には存在するはずがない。しかし本作には、トリケラトプスやプテラノドンなどが登場している。さらに人間の方も、まだ猿人や原人の時代とされているので、新人がいたかどうかは大きな疑問だ。実際、猿人が登場してくるし。でも、設定が無茶苦茶でもいいじゃないか面白ければ。人間と恐竜の戦い、血湧き肉躍るではないか。
 原始人はまだ未発達な原始語しかしゃべれず、ナレーション以外に私たちに分かる言葉はない。一応、それぞれに名前が付いているようだ。
 火山のふもとの穴居に住む主人公のトゥマクは、食べ物の奪い合いが原因で部族から追放され、恐竜たちが闊歩する荒野を彷徨った末に海の近くで行き倒れてしまう。海辺に住む種族の女性ロアナ(ラクエル・ウェルチ)に助けられたトゥマクは、自分たちの部族にはない温厚さや文明に興味を持ち始める。やがて惹かれ合うようになったトゥマクとロアナだが、トゥマクの乱暴な行動が受け入れられずに海の種族を追われてしまう。
 ロアナと共に故郷に戻ったトゥマクは、そこで族長の父と兄の権力争いに巻き込まれてしまう。

 とまあ一応ストーリーらしき物はあるのだが、ほとんど無視して良い。恐竜のリアルさと動きを楽しむのがこの作品の正しい観方だ。
 恐竜映画のクラッシック『紀元前百万年』(1940)のリメイクで、『動物の世界』(1956)で15分ほどの恐竜時代のパートをやってはいるが、、長編映画としては意外なことにレイ・ハリーハウゼンが初めて手がけた恐竜映画。コロンビア映画ではなくイギリスのハマー・フィルム作品のため、長年のパートナーの製作のチャールズ・H・シニアは関わっていない。ちなみに『紀元前百万年』はワニやトカゲに装飾を付けて恐竜に仕立てたもので、ストップモーション・アニメーションではない。
 恐竜の当時としてはリアルな造形と動きが特徴で、トリケラトプスと恐竜との戦いでは尻尾が鞭のように動く動く。結構長い時間死闘を繰り広げてトリケラトプスが三本の角で勝ち、私たちを楽しませてくれる。
 楽しませてくれると言えばラクエル・ウェルチのセクシーなビキニ風原始人装束。ムッチムチの肉体がスクリーン狭しと躍動する。ラクエル・ウェルチといえば『ミクロの決死圏』でもウェットスーツで豊満な肉体を晒してくれた。あれも色っぽかった。
 一番最初に出てくる恐竜がイグアナを巨大に写した物だったのでガックリきてしまったが、あとはタランチュラでそれをやっているだけで後はちゃんとしたストップモーション・アニメーションだ。イグアナも良く観てみるとなかなか丁寧に取られていて、単にズームレンズで撮っただけではないことが分かる。
 プテラノドンにさらわれたロアナがプテラノドン対ランフォリンクスの翼竜バトルに巻き込まれるところなどハラハラする。
 海の種族を襲ったアロサウルスと槍を持った原始人の死闘も見所の一つだ。そこでトゥマクは単身アロサウルスをやっつけて男を上げる。
 ラストは海の種族と山の種族が対立したところでいきなり火山が噴火。ほとんど全てを飲み込んでいく。一大スペクタクルだがこの終わり方はどうだろうか。人間同士の争いなど大自然の前では小さな事と言うことだろうか。生き残ったトゥマクやロアナたちが再び立ち上がるところがフィルムの色調がセピア色になっていて印象的である。
 恐竜のリアルさで言えば現在の『ジュラシック・パーク』などのCG映画には敵わないが、これにはこれの手作りの良さがある。実際、ダイナラマと呼ばれたモデルアニメもすばらしく、スピルバーグの「ジュラシック・パーク」の登場までは恐竜映画の最高峰であった。
山の向こうを歩いて行くブロントザウルスにはやはり感激してしまう。古代の巨大海亀アーケロンの登場も嬉しい。セリフを使わずに特撮とロケーションと俳優の演技と美女だけで100分を押し切ってしまうこの迫力。美女同士の戦いもちゃんとあってそちらの趣味の方も大丈夫。

B002UMAIR6.jpg『ガリバーの大冒険』(1960) THE 3 WORLDS OF GULLIVER 94分 イギリス COLUMBIA PICTURES

監督:ジャック・シャー 製作:チャールズ・H・シニア 原作:ジョナサン・スウィフト 脚本:アーサー・ロス、ジャック・シャー 撮影:ウィルキー・クーパー 特撮:レイ・ハリーハウゼン 音楽:バーナード・ハーマン
出演:カーウィン・マシューズ、ジョー・モロー、ベイジル・シドニー、ジューン・ソルバーン、リー・パターソン、グレゴワール・アスラン、ピーター・ブル、シェリー・アルバローニ

 船医として船に乗り海に出たイギリスの医師ガリバーが嵐の夜に誤って船から落ちてしまう。流れ着いたのは小人国のリリパットだった。ガリバーはなんとリリパット人の1728人分の大きさ。卵を細い先から割るか太い先から割るかで戦争になっていた隣国との戦争を隣国の軍艦をまとめて引っ張ってくることで回避したガリバーは一躍勲章をもらう英雄に。
 しかし、王の不興を買ってリリパットを逃げ出すことになった。
 ボートで流れ着いたのはブロブディングナグと言う名の巨人国。恋人のエリザベスとも再会し、王の名の下に結婚式を挙げる。しかし城の錬金術師がガリバーに嫉妬して、策略を巡らし彼を魔物だと断言。おかげで火あぶりの刑にされることになってしまう。
 彼らの面倒をみてくれていた少女のおかげで無事に城を脱出。彼女のバスケットに乗って海に出る。流れ着いた先はイギリスで、彼らの故郷のすぐ近くだった。

 スウィフトの『ガリバー旅行記』から小人国と巨人国をフィーチャーし、前作でシンドバットを演じたカーウィン・マシューズが引き続き主演を演じている。
 原作の残りのエピソードを使った続編やテレビシリーズの製作も検討されたそうだが、実現しなかったそうだ。
 映画に登場するダイナメーションのクリーチャーはワニとリスの二種類のみと寂しい。やはりレイ・ハリーハウゼンの魅力はクリーチャーにあると思うのだ。ガリバーは巨人国でワニと戦わされ、リスにさらわれる。リスの巣穴から出られなくなってしまい、少女のお下げの髪に掴まってようやく出られる。
 ダイナメーションが少ない代わりに、小人や巨人の表現には工夫がなされている。当時の光学合成でこれだけのことをやったのには驚異に値する。スクリーンプロセスや新開発のイエロースクリーンを使った移動マットが使われたらしい。
 カメラワークの工夫もあって、小人や巨人の視点から見たガリバーのスケール感がきっちり表現されている。実際にデカく、そして小さく見える。両極端を見事に描ききったレイ・ハリーハウゼンに感服した。
 大がかりなミニチュアワークも魅力で、浜辺に流れ着いたガリバーをリリパット人が縛り付けてしまったり、軍艦を束にして引っ張っていくシーンなどだ。
 結論は、小心者のリリパット人も尊大なブロブディングナグ人も心の中にいて隙をうかがっているとよく分かるような分からないような結論。
 それにしても原題は『THE 3 WORLDS OF GULLIVER』で『三つの世界のガリバー』となっているが登場するのはリリパットとブロブディングナグの二つだ。通常の人間世界も合わせて三つの世界と言うことだろうか。
 音楽のバーナード・ハーマンのスコアが壮大で聞き応えがある。
 ダイナメーションだけがレイ・ハリーハウゼンの力量ではないことを示している。これで演出にもっと締まりがあればと思う。日本未公開がもったいない作品。

B002BS02TI.jpg『原子怪獣現わる』(1953) THE BEAST FROM 20,000 FATHOMS 80分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES

監督:ユージン・ローリー 製作:ハル・チェスター、ジャック・ディエツ 原作:レイ・ブラッドベリ 脚本:ルー・モーハイム、フレッド・フリーバーガー、ユージン・ローリー、ロバート・スミス 撮影:ジャック・L・ラッセル 特撮:レイ・ハリーハウゼン 音楽:デヴィッド・バトルフ
出演:ポール・クリスチャン、ポーラ・レイモンド、セシル・ケラウェイ、ケネス・トビー、ドナルド・ウッズ、リー・ヴァン・クリーフ、スティーヴ・ブロディ、ロス・エリオット、ジャック・ペニック

 都合により製作年度の順序が狂ったが、これがレイ・ハリーハウゼンの特撮クリエーターとしての長編デビュー作である。その前に『猿人ジョー・ヤング』(1949)があるが、これはウィリス・H・オブライエンの指揮のもと助手として参加したものでレイ・ハリーハウゼンがメインで担当したものではない。

 北極圏で核実験が行われた。そのため推定500トンもの大きさの白亜紀恐竜、一億年前に絶滅したリドサウルス(RHEDOSAURUS)が復活する。氷の中に閉じこめられて冬眠状態で一億年を過ごしていたのが、核の熱で溶け出したのだ。このリドサウルス(RHEDOSAURUS)が本作の特撮クリエーター、レイ・ハリーハウゼンのイニシャル、R・Hからつけられたというのは有名な話。
 次第に南下し上陸したリドサウルスは灯台を襲撃。これがこの映画の原作レイ・ブラッドベリの「霧笛」に唯一近いシーン。ちなみにこの同い年の1920年生まれのこの二人のレイはこの映画に先立つこと15年前の高校時代に1938年にフォレスト・J・アッカーマンを通じて知り合って以来の親友である。
 途中の恐竜がいるかいないかの人間ドラマの部分は少々退屈だが、老考古学者が潜水球で潜水中に実際にリドサウルスに出合ってからは一気に面白くなる。老考古学者は潜水球の中から実況をしながら潜水球ごと行方不明になってしまう。それにしてもリドサウルスに出合う前にタコ対サメの戦いが結構延々と流れるのだがあれは何なのだろう。リドサウルスがいきなり出てくると興ざめなので時間つぶしか。
 そしてニューヨークにリドサウルスが上陸。町を壊しまくる。低予算のためミニチュアセットが組めずに写真を使ったシーンもあるそうだが、よくよく観ないと分からない。
 リドサウルスに逃げ戸惑う人々は怪獣映画の面白さを感じさせてくれる。もしかするとこのモブシーンの視点はこの作品が初めてではないだろうか。
 リドサウルスは体内に未知の致死性細菌を持っていて、迂闊に通常の武器で攻撃して血を流してしまうと、兵士や警官、一般人にも被害が出る。これでは倒しようがない。
 その時、唐突に「こんなこともあろうかと」と主人公の青年科学者が発明した新兵器「アイソトープ弾」が登場する。
 そしてローラーコースターの上から射撃が行われ、見事に傷口に命中したアイソトープ弾によってリドサウルスは息の根を止められるのであった。
 21万ドルという、当時でさえも低予算(ハリーハウゼンに割り当てられた特撮予算は1万ドル)で制作されたにもかかわらず、国内外あわせて制作費の20倍以上の500万ドルを稼ぎレイ・ハリーハウゼンの名を業界に知らしめた。
『ゴジラ』(1954)との関連性が指摘されるが実際はどうだろうか。『ゴジラ』が影響を受けたにしても期間が短すぎるのではないか。しかし核実験によって甦った怪獣、老考古学者の存在や高圧電流作戦、謎の秘密兵器など似通った点が多すぎる。
 ローランド・エメリッヒの『GODZILLA』は『ゴジラ』のリメイクではなく、この『原子怪獣現る』のリメイクだろう。ニューヨークで暴れ回るリドサウルスとGODZILLAには共通点が多すぎる。
 レイ・ハリーハウゼンがストップモーション・アニメーションを手がけたリドサウルスは実にスムーズな動きで、まるで本物の恐竜かのよう。アイソトープ弾を撃ち込まれたリドサウルスが苦痛の悲鳴を上げながら倒れていくシーンはどこかもの悲しくもある。
 この映画にも中途半端なロマンスが入っていて、老考古学者の美人助手が主人公の放射能科学者と恋に落ち、リドサウルス騒ぎの最中にバレエを観に行っているのだ。何をやっているんだ君たちは。恋する若い二人は常識を知らない。
 アイソトープ弾を撃ち込む軍人は若き日のリー・バン・クリーフ。まだ髪がある。クレジットでも上の方に名前がある。出番は少ないがリドサウルスにとどめを刺す重要な役柄である。

B002WT3NBU.jpg『グッド・バッド・ウィアード』(2008) THE GOOD, THE BAD, THE WEIRD 130分 韓国

監督:キム・ジウン 脚本:キム・ジウン、キム・ミンスク 撮影:イ・モゲ 音楽:タル・パラン
出演:チョン・ウソン、イ・ビョンホン、ソン・ガンホ、リュ・スンス、ユン・ジェムン、ソン・ヨンチャン、オ・ダルス、ソン・ビョンホ、イ・チョンア、マ・ドンソク、キム・グァンイル

『続・夕陽のガンマン』の原題は『THE GOOD, THE BAD AND THE UGLY』(善玉、悪漢、卑劣漢)で、この作品のタイトルは"THE UGLY"を"THE WEIRD"(変な奴)に変えただけ。
 マカロニ・ウエスタンへの思いがたっぷり詰まった作品と聞いて少し期待しすぎたかな。

 1930年代の満州を舞台に、一枚の宝の地図を巡って賞金稼ぎの"良い奴"(チョン・ウソン)と馬賊の"悪い奴"(イ・ビョンホン)、そしてコソ泥の"変な奴"(ソン・ガンホ)の三人を中心に他にも色々な人間が絡んできて、最後は日本軍まで出撃してくる。
 三人の人間関係が今一つはっきりせず、魅力を出しているとは言えない。それぞれの力関係や立場などがよく分からないのだ。それが分かるのはようやくラストになってから。これではちょっときつい。
 アクションに関しては銃撃戦が派手で火薬を使ったシーンもあるが、アクションシークエンスが長すぎ、しかもあまり工夫がないものだからちょっとつらい。アクションは派手さだけではなく如何に見せるかだと思うのだが、その見せる部分が欠けている。
 悪い奴のパク・チャンイ(イ・ビョンホン)はあんたが格好いいのは分かったからいちいちもったいぶるのを止めて欲しかった。
 と苦言を呈した物の、砂埃を上げながら荒野を疾走し銃弾を撃ちまくるシーンにはやはり素直に格好いいと思ってしまう。
 韓国にこれだけの大規模な荒野があるのだろうか。なさそうなのでおそらくは中国ロケなのだろう。地平線まで見える巨大な荒野は実に絵になる。日本国内では絶対に撮影出来ない光景だ。やるんならやはり中国ロケになるのだろうか。
 クライマックスは三人による同時決闘。二人を倒さなければ生き残れない。マカロニ・ウエスタンを思わせるアップを多用したカメラワークが象徴的だ。
 そして宝の正体とは・・・・・・
 宝の地図を巡る冒険活劇としては割と良く出来ている。並みよりかは上だ。だが傑作とまでいっていないのが惜しい。やはり工夫が足りないのだ。主人公の三人の個性も埋没してしまっているし。特にチョン・ウソンはほとんど脇役扱いである。実質主役は"悪い奴"と"変な奴"だ。
 訳の分からないところでベタベタのギャグを入れてくるし、かと思うと残虐なシーンを入れてくる。そこら辺はオレと感性が違うのだろう。唐突に登場する"指切り魔"の設定も意味不明だし。脚本が甘くきっちりと書き込まれていない気がする。
 とりあえず130分は長い。実際以上に長く感じられた。不必要なシーンが多いので110分ぐらいにまとめられたはずだ。

B000IAZNWC.jpg『カーズ』(2006) CARS 116分 アメリカ DISNEY

監督:ジョン・ラセター 製作:ダーラ・K・アンダーソン 脚本:ジョン・ラセター、ドン・レイク 音楽:ランディ・ニューマン
声の出演:オーウェン・ウィルソン、ポール・ニューマン、ボニー・ハント、ラリー・ザ・ケイブル・ガイ、チーチ・マリン、トニー・シャルーブ、グイド・クアローニ、ジョージ・カーリン、ボブ・コスタス、ダレル・ウォルトリップ、ポール・ドゥーリイ、ジェニファー・ルイス、キャサリン・ヘルモンド、マイケル・ウォリス、リチャード・ベティ、マイケル・キートン、ジョン・ラッツェンバーガー

 失敗して落ちぶれた車が一念復帰してレース界に返り咲く話かと思ったらまったく違っていて、バイパスが出来て車が通らなくなり寂れてしまった町の再生物語だった。
 この映画では車が擬人化されて人間の役割を果たしている。表情もあるしもちろんしゃべる。牛はトラクターだし、虫もよく見ると車に手足と羽根が付いている。設定だけ聞くと無理矢理そうだが、実際に観てみるとそんなことはない。生き生きとした車たちの姿が観られる。
 ピストン・カップの決勝戦に出るためカリフォルニアに向かうトレーラー(こいつも生きている)の中からトラブルで落ちてしまった新人レーシングカーのライトニング・マックィーン(声:オーウェン・ウィルソン)が、ルート66に迷い込んでスピードオーバーでパトカーに追いかけられる。その結果道路を壊してしまう。
 裁判長で医者のドック・ハドソン(ポール・ニューマン)はレーシングカーなど早く追い出してしまえと判決を下すが、町側の弁護士サリー(ボニー・ハント)が道がこの町ラジエーター・スプリングスに及ぼす重要性を訴えライトニングに壊した道路を直すように判決を変えさせる。
 最初はこんな田舎町と思っていたライトニングだが、レッカー車のメーターと友人になったり、サリーとドライブしたりする内に町の良さを見直してくる。
 そしてドック・ハドソンがピストン・カップで3度も優勝した名レーシングカーだったことを知る。だがドックはレースを嫌っている。それは大事故を起こして、やっとの思いで直して戻ってきたら時代遅れのお前はもう要らないとやっかい払いされたからだ。
 ついに道路を全部直したライトニングに旅立ちの時が来た。レース会場でスタートフラッグが振られる。一斉に飛び出す3台の車たち。一台は今シーズンで引退するキング、一台は後一歩のところで優勝出来ず二番手に甘んじてきた性格の悪いチック(マイケル・キートン)。そして我らがライトニングだ。
 レース中、ドックの声が飛び込んでくる。ピットクルーとして町の連中が応援に駆けつけてくれたのだ。

 どこかで観た話だと思ったらマイケル・J・フォックスの『ドク・ハリウッド』だった。あれは自動車事故で柵を壊すか何かしてその判決として医者としての一定期間の社会奉仕を命じられる話だったはず。
 CGのクオリティは当然高く、レースのシーンでは実写映像ではとても撮りようがないアングルの映像を見せてくれる。もっとも実写もCGを使って今ではかなりのことをやってしまうのだろうが。
 ライトニングがレース後に引退して町に留まる話にしなかったのは良かったと思う。レーシングカーはやはり走れる間はレースに生きるものだ。代わりにレーシングチームの本拠地をその町にしてしまったが。
 代わりにその役をサリーに割り振っている。サリーは水色のポルシェで町にそぐわない感じだが、元は大都会でバリバリ弁護士をしていて、ある日その生活に疲れてしまって走って走ってエンストしたところがラジエーター・スプリングス。そこでの生活と自然溢れる風景に満たされた彼女は町に残ったのだ。いわゆるスローライフである。
 サリーとドライブするシーンでは山の上から高速道路を見下ろし、サリーが「10分短縮するためにバイパスが造られ、道は楽しんで通るものではなく、楽しいところへ行くためだけに通る物になってしまった」とぽつりと呟く。確かにオレも普段の生活では目的地に着くことしか考えずに車を運転している。ひょいと横を見ると思わぬ発見があるのかも知れない。・・・・・・脇見運転か。
 終盤はチックにクラッシュさせられてしまったキングをゴール寸前でストップしたライトニングがキングを押してゴールインさせるという感動的シーンがある。「キングは必ずゴールインしなきゃ」というライトニングのセリフが泣かせる。
 ライトニングを最後に勝たせるのではなく、勝つことよりも大切な物に気付かせるのだ。これは後でライトニングにスポンサー契約を持ってきた大手スポンサーも言っていたことだ。
 ライトニングがドックに教えてもらった逆ハンドルで危機をかわすのも良いシーンだ。日本ではドリフトは当たり前のテクニックだが、真っ直ぐな道ばかりのアメリカでは一般的なテクニックではないらしい。ライトニングも最初は「左に曲がるのにハンドルを右に切る。そんな馬鹿な」とまったく信じていないし。しかし、ドックが一人ダートコースを走っている時に逆ハンドルを使っているのを見て感激する。
 ドックの声が故ポール・ニューマンというのも良い。穏やかで深みのある声はドック・ハドソンにぴったりだ。過去の苦い想い出を噛みしめるシーンの演技は感動物であった。
 音楽ではラストの『ルート66』やヒッピー崩れのバンが鳴らすジミー・ヘンドリックスの『星条旗よ永遠なれ』が上手く使われていて、アメリカ文化を感じさせる。
 日本でも大型店舗に押されて地元商店街がいわゆるシャッター商店街になって壊滅していくところが多いが、アメリカでも同じような問題を抱えているのだろう。
 エンド・クレジットのオマケ映像では『トイ・ストーリー』をもじった『カー・ストーリー』や『バグズ・ライフ』、『モンスターズ・インク』のモジリなどが出てきて、それをトレーラーのマック(ジョン・ラッツェンバーガー)が観ていて、「この声優面白い奴だな」、「この声優さっきも出てなかった」、「また同じ声優だよ。ケチってんじゃないの、この会社」と憤慨するシーンがあるが、その声優とはみんなジョン・ラッツェンバーガー自身が演じた物というオチが付く。
 オチと言えば、一度町を通りかかった頑なに他人に高速道路への道を聞こうとしない夫とそれに振り回される妻が、エンド・クレジットのラストで荒野を彷徨っているのには笑ってしまった。でも、男で車に乗ると人格変わる奴いるよね。「この道の方が早いんだ」とか夫の車のように迷っても決して人に効かない奴とか。
 主役のライトニング・マックィーンのマックィーンはやはり車好きで有名だったスティーヴ・マックィーンから取ったのかな。

B000UWVF3O.jpg『がんばれ!ベアーズ ニュー・シーズン』(2005) BAD NEWS BEARS 113分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:リチャード・リンクレイター 製作:ガイヤー・コジンスキー、リチャード・リンクレイター 製作総指揮:マーカス・ヴィシディ 脚本:ビル・ランカスター、グレン・フィカーラ、ジョン・レクア オリジナル脚本:ビル・ランカスター 撮影:ロジェ・ストファーズ プロダクションデザイン:ブルース・カーティス 衣裳:カレン・パッチ 編集:サンドラ・エイデアー 音楽:エド・シェアマー
出演:ビリー・ボブ・ソーントン、グレッグ・キニア、マーシャ・ゲイ・ハーデン、サミー・ケイン・クラフト、ジェフリー・デイヴィス、ティミー・ディータース、ブランドン・クラグス、カルロス・エストラーダ、エマニュエル・エストラーダ、セス・アドキンス、タイラー・パトリック・ジョーンズ、カーター・ジェンキンス
 
 1976年作の『がんばれ!ベアーズ』のかなり忠実なリメイク。
 プールの清掃人だった監督のバターメイカーが害虫駆除業者になっていたり、アル中なのは変わらないが意外に女にもてたりするところなど、アマンダが元恋人の娘ではなく実の娘など若干の変更があるがほぼ同じ。オリジナルの脚本がいかに良く出来ていたかということだろう。
 バターメイカーのキャラを変更したのには賛否両論あるだろう。オリジナルのウォルター・マッソーの情けなさが良かったという声もあるに違いない。もてすぎでちょい悪オヤジになってしまっていて、違和感はある。それにしても『バットサンタ』もそうだが、ビリー・ボブ・ソーントンは駄目オヤジを演ずるとよく似合う。格好いい役も似合うが。
 元マリナーズの投手という設定で、現役時代に3分の2回だけ投げた経験がある。一応プロ野球選手だったのだ。その後、身を持ち崩して害虫駆除業者になってネズミ取りなどをしている。女性にはもてるようで、試合にはお姉ちゃんたちが応援に駆けつける。
 アマンダ役のサミー・ケイン・クラフトは身体がごつくて可憐さが感じられない。テイタム・オニールのような華奢な体から剛速球という意外なカンジが出てない。代わりに野球の経験者のようで速球をビシバシ投げてくる。
 車椅子の選手を入れるなどの工夫もしている。
 ド下手だった子供たちが次第に上手くなっていき快進撃を続けるシーンは爽快感がある。
 オリジナルと比べるとオリジナルの方が上かな。
 ベアーズのユニフォームのスポンサーが"紳士の社交場"なのには笑ってしまった。
 バターメイカーとアマンダの父娘の微妙な関係が興味深い。3年も放っておいたのに最後には仲直り。
 宿敵ヤンキースの監督が嫌みったらしくて実に憎たらしい。悪役が映えると映画が引き締まる。
 決勝戦で勝ちにこだわったバターメイカーは肘を痛めたアマンダに連投させたり、わざとデッドボールを受けるように指示するが、子供たちの姿を見て最終回には成績が悪くて控えの選手を出して自由に野球を楽しませる。
『スクール・オブ・ロック』の監督リチャード・リンクレイターだけに子供を撮るのが上手く魅力的である。

B000UWVF3E.jpg『がんばれ!ベアーズ大旋風 -日本遠征-』(1978) THE BAD NEWS BEARS GO TO JAPAN 92分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:ジョン・ベリー 製作:マイケル・リッチー 脚本:ビル・ランカスター 撮影:ジーン・ポリト、岡崎宏三 音楽:ポール・チハラ
出演:トニー・カーティス、ジャッキー・アール・ヘイリー、若山富三郎、石原初音、アントニオ猪木、ジョージ・ワイナー、ロニー・チャップマン、萩本欽一

 ベアーズが日本にやって来た。ハリウッド映画で日本が登場すると、たいていの場合観光映画になりがちだが、ご多分に漏れずこの作品も半分は日本観光映画となっている。あとの4分の1は野球映画、残りの4分の1がアホ映画だ。アントニオ猪木が黒人少年に金的を食らって苦しむなんて誰が予想しただろうか。若山富三郎が萩本欽一の『オールスター家族対抗歌合戦』で黒田節を歌うなんて誰が予想しただろうか。

 詐欺師的プロモーターのマービン(トニー・カーティス)は、これといったお客にもありつけず、その日つけっ放しのテレビで、チビッ子野球チーム、ベアーズのメンバーが、日本チームの挑戦を受けたいが、旅費がなくて困っているということを聞き、さっそく金儲けのアイデアがひらめいた。
 ホテルに少年たちを招くと静かなホテルに、ドヤドヤと入ってきたベアーズのメンバーが入ってきた。マービンは、ベアーズのマネジャーにおさまり、かくして、日本へ向かった。空港では、日本チームと清水監督(若山富三郎)の歓迎をうけ、無事、東京の宿へ着く。着いたのが日本旅館で靴を脱ぐだの脱がないだののルーチンギャグ。
 翌日の練習試合で、時差のせいで敗退したべアーズの面々は、マービンがとんだ喰わせものであることる。そこでマービンは再度、大芝居を打つことになる。それは、対戦相手の空手家がブロック割りで頭を痛めて対戦出来ず困っているレスラーのアントニオ猪木にさしかえ選手を提供する事を条件にしてテレビ局に「ベアーズ」の中継を約束させる、というものであった。
 アントニオ猪木に対戦すべく登場したレスラーは、他ならぬマービン自身で、敵うはずもないその情けない試合ぶりを見ていたベアーズの面々は、リングによじのぼり、猪木に噛みついたり、しゃぶりつく始末。この夜の実況が宇宙中継で放映されていたため、たちまちベアーズはニュースのトップに躍りでた。
 得意満面のマービンは、売り込み作戦をさらに続けた。そしていよいよべアーズと日本チームとの対戦の日、スポンサーが無理矢理ベアーズ押し込んだ助っ人のせいでチーム内が上手く行かない。ついには観客を巻き込んでの乱闘騒ぎになって試合は中止になってしまう。結局、清水監督の思いがけぬ友情がマービンを支え、彼の救いがたい心を入れかえさせた。
 そのころ、ベアーズと日本チームは裏の空き地で楽しげに試合の続きをしているのだった。

 通常音声で聞くと日本語と英語の両方が飛び交うが、それよりは日本語吹き替えで聞いた方がいい。英語は日本語字幕で分かるが、肝心の日本語が不明瞭で今一つ聞き取れないのだ。それならばいっそ日本語吹き替えを選んだ方が精神的ストレスが少ない。それにトニー・カーティス役が広川太一郎で若山富三郎にむかって「子連れ狼じゃないんだから」などと広川節も冴え渡る。
 トニー・カーティスは昔は色男だったのだが、この頃は詐欺師役がよく似合うようになってしまっている。なにがあったのだろうか。あの笑顔に裏を感じてしまうからか。
 最初にも言ったように日本の観光映画になっている。意味なく新幹線は富士山の前を走るし、タクシーは歌舞伎町を走り、パチンコ屋が登場し、寺や神社に行く。
 石原初音は意味もなくお琴を習っていて(いや意味はあるんだろうが)和服姿で現れ、それにすっかりのぼせ上がってしまったジャッキー・アール・ヘイリーに言い寄られる事になる。最初は迷惑していた石原初音だが、次第に心を許しキスまでしてしまう。日本人女性は外人に弱いのだ。この恋物語が取って付けたように本編から浮いていて、やるんならばちゃんとやる、この程度ならばカットした方がましである。しかしジャッキー・アール・ヘイリーがトレードマークであるバイクに乗るシーンがないのはもったいない。
 少年野球の宣伝のためだと言って萩本欽一の『オールスター家族対抗歌合戦』に日本チームが出場するが、これは芸能人一家が出てきて歌合戦をやるという今考えてみると怖ろしいほどくだらない企画。当時は人気番組だったのが信じられない。映画においてはまったく必要ないシーン。しかし欽ちゃん若いなー。
 アントニオ猪木は馬鹿にされまくった役で、モハメド・アリとの対戦後でアメリカにも名前が知られているだろうによくこんな役を引き受けたものだ。名前が知られているから起用されたのか?控え室でロッカーをぶっ叩いて怒っているシーンがあるが、あれは本気でスタッフに対して怒っているんじゃないだろうな。しかし猪木若いなー。
 ジェリー藤尾や水の江瀧子なんかも実はチラッと出ている。意外に日本の出演陣は豪華なのだ。問題はアメリカ人から観ると単なる東洋人に過ぎない(猪木除く)ということだ。(ロジャー・コーマンの『ショーグン・アサシン』(子連れ狼の編集英語吹替版)がヒットしたという事なので若山富三郎も除く)
 終盤の試合のシーンでベアーズのユニフォームを変えてしまったのは誰だ!トニー・カーティスのお金への汚さを表すシーンだが、ベアーズはいつものユニフォームじゃないと認めないぞ。
 映画の冒頭でテレビの戦争物を観ていたベアーズの一人が「日本と戦争なんかしないよな」と発言し頭の切れる子に「1941年から戦争してますよ」とやりこめられている。1978年の段階で太平洋戦争があった事を知らないアメリカ人の子がいたということである。いなければこんなギャグは入れないだろう。
 ちなみに日本チームのユニフォーム背中に入ったスポンサー名はSONYであった。SONY製品が日本の代名詞の時代だったのだ。それがなんで今みたいになってしまったのだろうか。元はβ派だったオレも、今部屋の中を見渡すとPS3しかないぞ。それもBlu-ray・DVD再生にしか使っていない。

B000UWVF34.jpg『がんばれ!ベアーズ特訓中』(1977) THE BAD NEWS BEARS IN BREAKING TRAINING 97分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:マイケル・プレスマン 製作:レナード・ゴールドバーグ 脚本:ポール・ブリックマン 撮影:フレッド・J・コーネカンプ 音楽:クレイグ・セイファン
出演:ウィリアム・ディヴェイン、ジャッキー・アール・ヘイリー、クリフトン・ジェームズ、クリス・バーンズ、ジミー・バイオ

 ウォルター・マッソーもテイタム・オニールも不在ながら充実したロードムービーとなっている。二人の不在は残念だがスケジュールの都合などがあったのだろう。そのおかげで父と子の物語に仕上がっているのだ。

 カリフォルニアの少年野球チーム『ベアーズ』が、一躍2位におどり出てから1年。首位『ヤンキーズ』がチームの統制を欠き、今『ベアーズ』に大試合のチャンスがまわってきた。アストロドーム球場でのプレーオフだ。
 もしこれに勝てば、日本遠征。こうなったらガンバラねば、チーム全員大ハリキリ。チーム一のひねくれ者のケリー(ジャッキー・アール・ヘイリー)は三文コーチをスカウトし、親にヒューストン行きをOKさせ、又、チームの投手力アップのためカーメン(ジミー・バイオ)を引き抜いてくる。
 こうして『ベアーズ』は親からねだった軍資金と、友人から借りた(?)マイクロバスで出発する。いざ、アストロドームへ。だが、その前に腕だめしで、みちくさをくって、ネイティブ・アメリカンのチームと1試合した。だが、カーメンの乱投で大惨敗。カーメンの実力に『ベアーズ』の面々はショックを受けるものの、
 彼らはヒューストンに着いた。しかし、彼らの着くのが遅かったので、『ベアーズ』は棄権とみられる。だが、そんな彼らにマスコミは集まった。
 一方、ケリーがここに来た本当の目的は、8年間音信不通の実父マイク(ウィリアム・ディヴェイン)に会うこと。ようやくケリーはマイクを探しあて、『ベアーズ』のコーチをやってもらう。
 又、彼は試合のスポンサーにかけあい、試合にだしてもらえるようにし、スポンサーの1人オーランスキー(クリフトン・ジェームズ)を説き伏せ、『ベアーズ』の滞在費を持たせるのに成功。ようやく、『ベアーズ』の本番がやってきた。3回表、5対0で負けていた『ベアーズ』はその裏に2点とり、さらに4回には逆転サヨナラ、満塁ホームラン。やった!やった!というぐあいに『ベアーズ』は日本遠征の権利を得、ケリーも父と、親子としての情を交わすことが出来たのであった。

 前作で劇的なキャッチをしたルーパスはスケートボードで足を折って冒頭の部分にしか登場しない。代わりに、彼のために勝つんだというチームの一体感に繋がってくるし、マスコミの取材でも活かされそれによって試合に出られた。タナーはルーパスを一作目で助けて以来親友になったようで、こまめに手紙を書いている。
 ウィリアム・ディヴェインは野球の経験があるようで、特訓シーンでの動きがウォルター・マッソーとは全然違い、捕球や送球などにキレがある。
 カーメンの暴投もプロ野球選手の真似をしているからだと見抜き、自分のフォームで投げさせる事で解決する。
 父子の確執と和解のシーンはベタベタとしておらずカラッと乾いている。ウィリアム・ディヴェインが機転の利く頭の良い父親だから憧れてしまう。だからケリーも5歳の時に自転車を残して消え去った父親を許さずに自転車には手を付けていなかったという関係なのに、父親を許したのだろう。
 ベアーズの選手たちはキャラクターが前作よりも一人一人が立っている。無駄キャラがあまりいなくなっているのは正解だ。マイクロバスにギュウギュウ詰めで乗ってヒューストンまで旅をするのは実に楽しそうだ。
 ネイティブ・アメリカンとの試合はグランドがボロボロで、車のホイールキャップがホームベース、グランドには岩が落ちているといった具合。アクションゲームのような楽しい試合シーンが観られる。
 ラストの試合のシーンは、4イニングのはずが時間の関係でベアーズの負けのまま2イニングで中断されそうになるところを、ウィリアム・ディヴェインが観客席に向かって「つーづけろ、つーづけろ」と叫び始める。ケリーも父親と一緒に「つーづけろ、つーづけろ」と叫ぶ。それまでしっくりしていなかった父子の心が一つになった瞬間である。観客たちや次の試合のメジャーリーガーたちも試合の続行を叫び、試合は再開。4回の裏、ついにベアーズは逆転し、日本行きの切符を手に入れた。
 しかし、ベアーズはどうみても下手そうなのだが、あれでカリフォルニア代表になって良いのだろうか。次回作ではアメリカ代表だぞ。
 食事のシーンでテーブルの上に乗っているコカコーラの紙コップが美味そうである。料理は不味そうだが。
 主題歌の『LOOKING GOOD』も良い曲だ。

B000P5FFFK.jpg『がんばれ!ベアーズ』(1976) THE BAD NEWS BEARS 103分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:マイケル・リッチー 製作:スタンリー・R・ジャッフェ 脚本:ビル・ランカスター 撮影:ジョン・A・アロンゾ 音楽:ジェリー・フィールディング
出演:ウォルター・マッソー、テイタム・オニール、ヴィク・モロー、ジャッキー・アール・ヘイリー、ジョイス・ヴァン・パタン、ベン・ピアッツァ、クリス・バーンズ、エリン・ブラント、ゲイリー・リー・キャヴァナロ

『ベアーズ』の監督を任された元マイナーリーグの投手(ウォルター・マッソー)がダメダメチームを率いて、天才投手の元恋人の娘テイタム・オニールやバイクを乗り回す不良にして運動神経抜群の選手などを取り入れ、リーグのビリッケツから決勝戦まで勝ち上っていく話。

 常にビールを手から離さずアル中気味のウォルター・マッソーがまずいい。最初はチームを勝たせることしか考えていないが、次第に子供達に野球を楽しませることを優先させていく。小学生の野球だからそれでいいのだ。別に全員がプロになろうというわけじゃなし、気楽に楽しく野球をやれればそれで良いのだ。
 テイタム・オニールは当時13歳。実に可愛らしい。それでいて天才子役の貫禄を見せつける。男の子達をバンバン三振に取っていくところは実に格好いい。それにしてもテイタム・オニールは今は何をしているのだろうか。天才子役によくある、大人になったらパッとしないなんだろうか。
 ベアーズは黒人、ユダヤ人、メキシコ人などはみだし者の集まりで、最初はやる気をかけらも見せないが、練習を積んでいく内に自信を付け、自分たちでもやれば出来るんだという思いを身につける。これは実際の実力以上に大切で彼らの快進撃の後押しとなる。
 喘息の子が終盤のまさかの場面で敵の打ったあわや場外というボールをキャッチするシーンは感動的である。ほかには太ってユニフォームのボタンを留められない少年が出てくるが、もちろんかれのポジションはキャッチャーである。デブ=キャッチャーはいくら古田のような存在が出てきても永遠の法則なのだ。
 男の子達の半分ぐらいがいるだけであまり出番がなく、存在意義がないのが残念か。
 決勝戦の最終回でウォルター・マッソーが下手な選手達をあえて起用するシーンが、野球は勝つためにやるのではなく楽しむためにやるのだと教えてくれる。
 大人の価値観を押しつけるのではなく、子供のやりたいようにやらせてやるのが一番だ。
 ウォルター・マッソーが子供の前で我に返った時の表情は彼にしか出せないものだろう。
 ラストは準優勝で終わるが、その準優勝のトロフィーを投げつけるベアーズはまだまだ野球を楽しみながら強くなるに違いない。
 今観ると、試合のシーンが地味だったりもするが1976年作品だから仕方ないだろう。
 それにしても役柄が11歳のテイタム・オニールが不良少年とデートで行くのがローリング・ストーンズのコンサートとは。

B00005R22O.jpg『クライング・ゲーム』(1992) THE CRYING GAME 113分 イギリス MIRAMAX FILMS

監督:ニール・ジョーダン 製作:スティーヴン・ウーリー 製作総指揮:ニック・パウエル 脚本:ニール・ジョーダン 撮影:イアン・ウィルソン 音楽:アン・ダッドリー
出演:スティーヴン・レイ、ミランダ・リチャードソン、フォレスト・ウィッテカー、エイドリアン・ダンバー、ジェイ・デヴィッドソン、ブレッフィニ・マッケンナ

 『俺たちは天使じゃない』(1988)『ブレイブ ワン』『IN DREAMS/殺意の森』などの監督ニール・ジョーダンが故郷イギリスで撮った作品。彼はアイルランド生まれだからかIRAが話に大きく関わってくる。

 IRAがイギリス軍の兵士(フォレスト・ウィッテカー)を誘拐、監禁する。イギリスに拘束されている仲間の解放の引き替え材料として使うためだ。しかし、交渉は上手く行かない。兵士と、その見張りをするファーガス(スティーヴン・レイ)の間に奇妙な友情が芽生え、死を覚悟した兵士はファーガスに自分の恋人に会って、酒場のメトロでマルガリータをおごり愛してると伝えてくれとファーガスに頼む。
 兵士を射殺することになったファーガスだが、撃てずに逃げられてしまう。しかし、道路に飛び出した兵士は皮肉にも軍用トラックに轢かれて死んでしまう。
 IRAのアジトはイギリス軍の強襲を受けて壊滅してしまい、ファーガスは何とか逃げ延び協力者に頼んでロンドンへ渡る。
 ロンドンで美容院の務める恋人ディル(ミランダ・リチャードソン)に会いに行ったファーガスは次第に彼女に惹かれていく。しかし彼女には驚くべき秘密があった。
 IRAアジトから逃げ出したのはファーガスだけではなかった。男女2人も脱出していた。そしてファーガスにディルの命を脅しに使って判事の暗殺を命令する。
 変装のため、ディルの髪の毛を短く切り、クリケットの服を着せるファーガス。
 果たして彼らの運命は如何に。

 この作品は東京時代に確か試写会で観た。
 ディルの秘密にはイスから転げ落ちるほど驚いたが、今観直してもやはり驚く。一度驚いたらそれで終わりなちゃちなネタじゃないのだ。
 まず冒頭の移動遊園地のシーンからしてただならぬ物を感じさせる。
 出番は短いながらフォレスト・ウィッテカーが好演していて、命を奪われるのが確実な兵士の役を時にはびびり時にはふてぶてしく演じている。
 スティーブン・レイはドルーピーを思わせるような顔立ちでこちらも好演。運命に翻弄されるIRAの闘士がディルに出会って次第に惹かれていき、驚きの出来事があってからも愛を持っているのに気付く複雑な役だ。
 ディルが薄暗い酒場で歌う『クライング・ゲーム(涙のゲーム)』を歌うシーンは実に深く妖しく美しい。ファーガスとディルがメトロですぐ近くの席にいるのに一々バーテンを通して会話するシーンも面白い。
 サソリとカエルの寓話も人の性を表していて、結局IRAの闘士だなんだと言っても善人でしかなかったファーガスを象徴している。
 ファーガスとディルの間に芽生えた変わった愛情の物語。ファーガスはディルを愛してしまっただろうが、抱けるのだろうか。抱けない気がする。
 オチも決まっていて、お気に入りの一本。
 DVDの特典ディスクにはもう一つのエンディングが収録されている。スポンサーが安易なハッピーエンドを希望して仕方なく撮ったものだ。雪の中腕を組んで歩く2人。こちらにならなくて本当に良かった。
 主題歌の『クライング・ゲーム』をボーイ・ジョージが歌っているのが意味深である。

B000XII57E.jpg『クン・パオ!燃えよ鉄拳』(2002) KUNG POW: ENTER THE FIST 82分 アメリカ 20th CENTURY FOX

監督:スティーヴ・オーデカーク 製作:ポール・マーシャル、スティーヴ・オーデカーク 脚本:スティーヴ・オーデカーク 撮影:ジョン・J・コナー 音楽:ロバート・フォーク
出演:スティーヴ・オーデカーク、ロン・フェイ、レオ・リー、ジェニファー・タン、ジョン・B・キム

 ジミー・ウォング監督・主演の『ドラゴン修行房』(1976)という作品がある。
 この作品の権利を買い取り、好き放題にいじくりまくったのがこの作品。
 監督・主演は『親指タイタニック』や『ジム・キャリーのエースにおまかせ』などで知られるバカ監督スティーブ・オーデカーク。
『ドラゴン修行房』をブツ切りにして、新作カットを入れ、主演のジミー・ウォングの顔をデジタル合成でスティーブ・オーデカークのそれと入れかえてまったく別のストーリーの映画を作ってしまった。

 香港のある貧家に"選ばれし者"が生まれた。その選ばれし者を始末するためにイテテ師が家を襲い家族を皆殺しにする。
 生まれたばかりの赤ん坊なのに天性のクンフーの達人の選ばれし者だけが戦って生き残る。
 そして逃げ出して断崖絶壁をエイヤッと転がり降りる選ばれし者。途中でオバサンに拾ってもらい、なんて可愛いんでしょと言われ、「じゃあね」とまた断崖絶壁に落とされる選ばれし者。生まれたばかりなのに苦難の連続である。
 そして青年になった選ばれし者は、イテテ師を倒すために旅を続け、鶴拳の大家の元に身を寄せる。そしてそこの女弟子と恋に落ちる。
 そこへ現れたのがイテテ師。今では名前を改め男なのにベティと名乗っている。
 一度はベティと対戦するが、ベティが振り回す鉄の爪にやられてしまう。
 ベティが胸に付けている金属片が彼にパワーを与えていることに気付いた選ばれし者はそれをもぎ取る修行をする。
 ついに技を完成させた選ばれし者は、ベティと再び戦うことになる。
 しかしベティの背後には怖ろしい軍団がいたのであった。

 話にあわせるために違うシーンを同じシーンにまとめていて、登場人物の服の色が変わっているものだから、「俺は魔法が使えるんだ。お前の服を赤にする」でそれまで黒い服を着ていた男の服が赤色に。次いで「黒になれ」で黒い服に変わる。
 選ばれし者にはその印があって、それが舌の先に人間の顔が付いているというよく分からないもの。ベロも出すしウインクもして気色悪いったらない。でもどこか可愛らしい。単なるギャグネタかと思いきやラストでは大活躍。
 空に現れ選ばれし者にお告げを告げる精霊はそれらしいことを言うだけで、実のところ何を言っているのかよく分からない。後になってああそう言う意味かとなるのだが、それでは意味がないんだがなあ。
 用心牛との草原での戦いはマトリックス風味のバレットタイムを駆使してのクンフー戦。牛が雌牛で牛乳を振りかけて攻撃してくるのには笑ってしまった。その乳攻撃をマトリックスのリンボーダンス体勢でかわす。最後には選ばれし者に乳を搾り尽くされてしまいカラッカラになってしまう。
 対決のシーンでは互いの顔へのズームインがしつこく繰り返され、最後には上半身裸の選ばれし者の乳首にズームインして終わる。
 敵の腹を殴ると肉が丸形になってスポーンと抜け穴になってしまう。そこへナレーションが「背骨があるからこうはいかないよね」と冷静なツッコミ。この抜け穴男は後に抜けた肉に鎖を繋いで振り回して武器にして登場。
 空をUFOが飛んでいるシーンがあって、単なるギャグだろうと思ったら、意外にストーリーに繋がっていた。
 とにかくくだらないギャグ満載で、カンフー映画ファンなら笑えること間違いなし。冒涜だなんて怒っちゃダメ。制作者側に愛があるよ、これは。でなきゃそもそもこんなの作ろうとは思わない。
 映画の終わりにどうやってジミー・ウォングとスティーブ・オーデカークの顔をすげ替えたのか特殊撮影の撮影現場があるが、かなり手が込んでいそうだ。作業は大変だったろう。こんなことに全力を尽くすバカ。バカはやはり良い。
 もっとも全ての顔をすげ替えてあるわけではなくて、遠景だったり後ろや斜め後ろぐらいだったらジミー・ウォングの顔をそのまま使っている。
 ベティと倒してめでたしめでたしと思ったら、パリでは大変なことが怒っていた。『クン・パオ2』だと偽予告もうれしい。
 エンド・タイトルが終わった後におまけが付いているので見逃さないこと。
 ところで『クン・パオ』ってどういう意味なんだ?

B002P5XPO6.jpg『紀元1年が、こんなんだったら!?』  (2009) YEAR ONE 97分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:ハロルド・ライミス 製作:ハロルド・ライミス、ジャド・アパトー、クレイトン・タウンゼント 製作総指揮:ロドニー・ロスマン 原案:ハロルド・ライミス 脚本:ハロルド・ライミス、ジーン・スタプニツキー、リー・アイゼンバーグ 撮影:アラー・キヴィロ プロダクションデザイン:ジェファーソン・セイジ 衣装デザイン:デブラ・マクガイア 編集:クレイグ・P・ハーリング、スティーヴ・ウェルチ 音楽:セオドア・シャピロ
出演:ジャック・ブラック、マイケル・セラ、オリヴァー・プラット、デヴィッド・クロス、ハンク・アザリア、クリストファー・ミンツ=プラッセ、ヴィニー・ジョーンズ、ジュノー・テンプル、オリヴィア・ワイルド、ジューン・ダイアン・ラファエル、ザンダー・バークレイ、ジア・カリデス、デヴィッド・パスクエジ、ハロルド・ライミス、カイル・ガス、ビル・ヘイダー

 ジャック・ブラック最新作なのに日本未公開でビデオダイレクトってどういうことなのよ。やっぱり日本はアメリカンコメディに冷たいわと思ったのだが、観て納得。これは劇場公開は厳しいわ。
 つまらないのではない。面白い死笑える。ただ、題材が旧約聖書なんだよね。ネタ的に日本での劇場公開は難しいだろう。それも寂しい話なんだけどね。
 とりあえず、この作品を観る前には旧約聖書を読んでおけ! というのはさすがにきついのでジョン・ヒューストン監督の『天地創造』(1966)を観ておくといいかもしれない。この作品に登場する人物や出来事についてかなり扱いは異なっているのだが触れられているので参考になると思う。一応旧約・新約聖書は目を通したオレだが旧約聖書の勉強については『天地創造』はかなり良い教科書だと思っている。

 この作品はかなり年代を飛んで描かれている。主人公のジャック・ブラックとその相棒のマイケル・セラは最初は紀元前1万年ぐらいの原始人として登場する。そして狩りではさっぱりで口ばっかりのジャック・ブラックが知恵の実を食べて村から追放されるところから物語は始まる。
 後ろを着いてきたマイケル・セラと共に出会ったのはカインとアベルの兄弟。ところが突然兄弟ゲンカをはじめてカインはアベルを殺してしまう。石で殴っても殴っても死なないアベルと意地になってさらに殴りつけるカイン。旧約聖書通りの展開だが無茶苦茶である。
 その後、息子イサクを神の生け贄に捧げようとしたアブラハムと出会い、追放された村がその後他民族に襲われ、住人は奴隷としてソドムに売られたと知った二人は、勇気を振り絞って仲間を助けるべくソドムに潜入するのだが、そこではハチャメチャな大混乱が待っていた。

 DVDのパッケージはてっきりジャック・ブラックと女性のペアだと思っていたのだが、実際は男のマイケル・セラとの二人写真だった。マイケル・セラは華奢でなおかつ女顔。オレが間違えたのも無理がないよな。ないよなきっと。
 ジャック・ブラックが意味なく他人のウンコを食ったり、逆さ吊りにされたマイケル・セラが小便を漏らしてしまい顔面が小便まみれになってしまうなどの下ネタも多少あるが気になるほどではないだろう。あっ、アブラハムがみんなを割礼しようとする割礼ネタがあったか。しかし割礼は何のためにするのだろうか。乾燥した土地のため衛生を保つためにやるのだとか色んな説があるが、結局は苦痛を神に捧げるという意味なのだろう。まだ幼児の頃にやられるというから日本人からするとなんじゃそりゃである。まぁ、包茎率が下がるってのはあるんだろうが、それにしても痛そう過ぎる。
 ソドムといえばソドミィ(男色)の語源になった町。というわけで、美少年のマイケル・セラは胸毛ボウボウで小太りの司祭長につけ狙われる事になる。ここで下ネタが来るかなと思ったら案外あっさりとスルーされた。下ネタ歓迎の映画でもゲイネタはちょっと扱いが違うのだろうか。個人的には別にゲイネタなんて観たくもないのでかまわないのだが。でも、マイケル・エラが胸毛ボウボウの司祭長の胸に香油を塗らされるシーンでは笑ってしまった。ほんと熊みたいな胸毛なんだよ。
 ジャック・ブラックとしては暴れたり無いのが少々不満だった。もっとバカでもっと弾けて良いはずなのだが意外とこじんまりと収まっている。ラストの「俺は神から選ばれた者なんかじゃない」と大衆を前に演説する辺りはそれなりに感動的なのだが、オレとしてはジャック・ブラックに感動を求めてはいない。その後がやっぱりバカなんでいいんだけどね。その後エジプトに行くジャック・ブラックはそこでどんな騒動をやってくれるんだろうか。やっぱりモーゼの出エジプト記に絡んでくるんだろうか。ちょっと続編を観てみたい。それにしても何年生きてるんだジャック・ブラック。

 監督はバカゴルフコメディ『ボールズ・ボールズ』(1980)を監督・脚本で撮ったハロルド・ライミス。昔はテレビでよく放映されていたんだが、最近ではさっぱり観る機会がない。DVDにもなってないし、これからもならないんだろうなぁ。
 『アニマル・ハウス』(1978)の脚本に参加した事でも有名である。俳優としても活躍していて、『ゴーストバスターズ』(1984)でゴーストバスターズの最初の三人組のビル・マーレイでもダン・エイクロイドでもない眼鏡をかけた一番科学者然としていたのがハロルド・ライミスだ。この人は才人で、コメディの脚本も書くし監督もやる、さらに出演もすると大活躍である。この作品でも監督・脚本・出演の三拍子だ。ただ、ちょっと過激さに欠けるかな。

 邦題の『紀元1年が、こんなんだったら!?』だが、実際にはこの映画は紀元1よりずっと前で終わっている。原題の『YEAR ONE』は最初の年とでもいった意味なのだろうか。邦題には少々不満が残るがビデオダイレクトだからこの程度なのかも知れない。
 ソドムの町で石投げの刑に処されたジャック・ブラックとマイケル・セラに思わず「罪なき者がまず石を投げよ」とあの男が登場するのかと思ったがそれはなかった。まぁ、時代が違うしな。
 この作品、シリーズ化して新約聖書時代までぜひやって欲しい。イエス・キリストとジャック・ブラックの掛け合いなど観たくてしょうがない。

B000JVRTGS.jpg『決断の3時10分』(1957) 3:10 TO YUMA 92分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:デルマー・デイヴィス 製作:デヴィッド・ヘイルウェイル 原作:エルモア・レナード 脚本:ハルステッド・ウェルズ 撮影:チャールズ・ロートン・Jr 美術:フランク・ホテイリング 編集:アル・クラーク 音楽:ジョージ・ダニング
出演:グレン・フォード、ヴァン・ヘフリン、フェリシア・ファー、レオラ・ダナ、ヘンリー・ジョーンズ、リチャード・ジャッケル、ロバート・エムハート、ロバート・エレンスタイン、フォード・レイニー、ジョージ・ミッチェル

 人気作家エルモア・レナードの西部劇小説の第一回映画化作品。第二回目がこれから50年経った2007年に製作された『3時10分、決断のとき』だ。
 同一原作なので基本的なストーリーは変わらない。一仕事を終えた後、酒場の女といちゃついていて捕まった強盗団のボスであるベン・ウェイド(グレン・フォード)をユマ行きの3時10分の列車に乗せるため貧乏牧場主のダン・エヴァンス(ヴァン・ヘフリン)が牧場の水代のために200ドルの報酬で護衛に付き、駅のある町を目指す。
 ただ物語のテンポは50年の差があるだけあってかなりゆったりとしたものとなっている。激しい銃撃戦もなく、それよりもホテルでのベンとダンの会話劇による駆け引きが主体である。
「俺を逃がせ。大金をやるぞ。1万ドルでどうだ」。「俺の部下がもうすぐやって来るぞ。逃げ場はない」。飄々とした表情のベンのその言葉に心を動かされるダン。しかも仲間は一人ずつ減っていきもはや一人きり。だが断固として意志を曲げない。何でここまでしなければならないのかとも思うが、もはや男の意地なのであろう。
 ダンはまだ若さを感じるクリスチャン・ベイルからオヤジなヴァン・ヘフリンになっており、この年齢差がベンとダンを対等の関係にしている。それによって会話劇の緊張感がより高まっている。そしてだからこそ、ダンの家にベンを連れて行った時にダンの妻のアリス(レオラ・ダナ)がベンにボーッとしてしまったことをダンは怒ったのだ。
 再映画化版と違い、こちらではラストの汽車に乗せる下りでアリスがいてもたってもおられず一頭立ての馬車で駆けつける。ここで夫婦愛の再確認が行われ関係は修復する。アリスを通じて息子たちに誇らしい姿も見せられる。
 そしてベンを狙った男から命を救ったことに借りを返すべくベンはダンと共に列車に飛び乗る。そして一言、「ユマからは脱獄できるからな」
 そして念願の雨が降った。
 ちゃんと腹心の部下で再映画化版と同じくチャーリーが登場しているのは嬉しかった。こちらのチャーリーは革のチョッキを着ている。
 それにしても『3:10 TO YUMA』に『決断の3時10分』という邦題を付けた当時の配給会社の担当者には脱帽である。

B000YGFPR8.jpg『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990) GHOST 127分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:ジェリー・ザッカー 製作:リサ・ウェインスタイン 製作総指揮:スティーヴン=チャールズ・ジャッフェ 脚本:ブルース・ジョエル・ルービン 撮影:アダム・グリーンバーグ 特撮:リチャード・エドランド、ILM 音楽:モーリス・ジャール
 出演: パトリック・スウェイジ、デミ・ムーア、ウーピー・ゴールドバーグ、トニー・ゴールドウィン、スーザン・ブレスロウ、マルティーナ・デグナン、リック・エイヴィルス、ヴィンセント・スキャヴェリ

 優れたコメディ作家は優れたシリアス作家たり得ることを証明したのがこの『ゴースト/ニューヨークの幻』。監督は『フライング・ハイ』(1980)や『トップ・シークレット』(1984)などハチャメチャギャグ映画を兄デヴィッドと友人のジム・エイブラハムと共に撮ってきたジェリー・ザッカー。

 主人公のサム(パトリック・スウェイジ)はアーティストのモリー(デミ・ムーア)と同棲を始めたばかりの銀行員。ところが、『マクベス』を観に行った帰りに財布を奪おうとした強盗ともみ合いになり撃たれて死んでしまう。だが、モリーに未練があるサムは天国への導きの光に乗らずこの世に残ってゴーストとなってしまう。
 自分がゴーストとなって側にいることをなんとかモリーに伝えようとするサムだが、言葉は人間にきこえないし、物に触れることも出来ない。そんな時に出合った霊なんて感じることの出来ないインチキ霊媒師オダ・メイはサムの声だけは聴くことが出来た。自分を殺した犯人を突き止めていたサムはオダ・メイを通じてモリーに連絡しようとするがなかなか信じてくれない。そこで二人しか知らない事実を上げてようやく納得させる。しかし、オダ・メイには詐欺などの前科があることを知らされたモリーは自分が騙されていたのだと思い込む。
 サムを殺した男は実はただの強盗ではなく、裏に黒幕がいた。その悪の手はモリーに伸びていた。

 幽霊物と恋愛物を結びつけて新しい幽霊像を作り上げた。
 この頃のデミ・ムーアは華蓮で可愛かった。今のマッチョな雰囲気からは想像できない。今のデミ・ムーアならば銃とナイフを持って自分で復讐に走るはず。
 ロクロがあんなにエロティックなものだとはこの映画を観るまでは思わなかった。粘土をこねロクロの上で混じり合う二人の腕。立派なラブシーンである。この映画にはキスシーンぐらいで過激なラブシーンはないが、ロクロのシーンが一番過激なのかも知れない。
 シリアスな話だがそこはギャグ作家、ギャグを入れずにはいられなかったのだろうオダ・メイの登場である。ウーピー・ゴールドバーグがおおげさでやかましい演技で笑いを盛り上げてくれる。オダ・メイの存在がなかったらかなり違った雰囲気の映画になったことだろう。小切手を尼さんに渡すシーンの仕草や表情には大笑い。ファッションセンスがまたスゴイ。
 サムが死んだ時は天国へと導く光の道が現れたが、悪人が死んだ場合はどこからか黒い影の集団が現れて地獄へと連れ去ってしまう。自業自得なんだが怖い話だ。人間、善か悪かはっきり分かれているわけではないから、あとちょっとの割合で地獄行きにされてしまった人もいるだろう。オレが死んだら天国行きなんだろうか地獄行きなんだろうか。それとも地下鉄ゴーストみたいに未練を背負ったままずーっとゴーストのままなんだろうか。
 サムは最後光の道を上っていく。それを見つめながら涙を流すデミ・ムーアが美しく感動的だ。
 ゴーストは壁は通り抜けられるのに床に立っていられるのは何でだ。階段を上れるのは何でだなどの疑問はあるがどうでもいいじゃないか。100%穴のない脚本なんか書けないよ。特に幽霊物で。サムが走って強盗を追いかけ逃げられて、戻ってきたら自分が血まみれで倒れているという幽霊になっているのを気付くシーンは良かった。
 日本映画だとラストでサムが生き返って台無しにしてくれるんだろうが、素直に天国に昇天させて"一時(モリーが死ぬまで)"の別れで終わりにするのはキリスト教文化だからだろうか。
 考えてみればもう20年近く前の作品。まだCGが本格的に登場していない時代、光学合成のみでゴーストが物をすり抜けるシーンをやっているのだと思う。合成の不自然さをあまり感じさせないSFXはかなり高度なものだ。サムが地下鉄改札のバーをすり抜けるシーンはどう観ても合成ではなく実写に見える。このSFXを担当したのはリチャード・エドランドとILM。さすが一流の仕事は一流がやっている。ゴースト役の俳優は存在しない物を相手に芝居するシーンが多く難しかったことだろう。そのSFX並みに素晴らしかったのがオダ・メイがモリーの手を取るとカットが切り替わってオダ・メイがサムになっていてスローに踊り出すという映画のマジック。
 サムとモリーが暮らすロフトは長いこと放置されていた物を買い取って改築したもの。この改築シーンから映画は始まるが古い物が並べられた埃まみれのロフトはホラー映画が始まるのかと錯覚させる。黒幕が死ぬシーンもスラッシャー映画めいていてあのシーンだけ映画から浮いているのはマイナスだ。
 コインが宙を浮いてモリーの手に収まり、「お守りだ」のシーンも良い。

 2009年9月14日、パトリック・スウェイジはすい臓ガンとの闘病の末に帰らぬ人となった。

B001G9EBY0.jpg『荒野の七人』(1960) THE MAGNIFICENT SEVEN 128分 アメリカ

監督:ジョン・スタージェス 製作:ジョン・スタージェス 共同製作:ルー・モーハイム 製作総指揮:ウォルター・ミリッシュ 原作:黒澤明、橋本忍、小国英雄 脚本:ウィリアム・ロバーツ、ウォルター・バーンスタイン 撮影:チャールズ・ラング・Jr 音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:ユル・ブリンナー、スティーヴ・マックィーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、ロバート・ヴォーン、ホルスト・ブッフホルツ、ブラッド・デクスター、イーライ・ウォラック、ウラジミール・ソコロフ、ロゼンダ・モンテロス、ビング・ラッセル

 原題の『THE MAGNIFICENT SEVEN』の"MAGNIFICENT"には"壮大な、雄大な"か口語で"すばらしい、見事な"といった意味があるようだ。『壮大な七人』では映画に合わないから『すばらしい七人』の方が的確だろう。もっとくだけた言い方をすると『すっげー七人』?

 黒澤明の『七人の侍』のリメイク権を買って製作された正式リメイクであることは今さら言うまでもないだろう。両方の作品を比較することにさして意味があるとは思えないのでやらないが、少しだけ言っておくと士農工商という身分制度のあるなしと『荒野の七人』の128分に対して『七人の侍』の207分という上映時間の差から、菊千代に関するエピソードがごっそりと削られている。それにしても『七人の侍』の207分は長すぎ。

 メキシコの小さなその村はトウモロコシの栽培などで生計を立てている寒村である。その寒村に収穫時期になるとカルヴェラ率いる無法者の集団がやってきて収穫物の大半を奪っていってしまう。保安官に訴え出てもそんな田舎の村にいつ襲ってくるか分からない無法者には対応できないと冷たくあしらわれてしまう。
 そこで村の長老が思いついたのは、腕利きのガンマンを雇って村を守ってもらおうというものだった。代表の三人がアメリカの村に行って見たのは、インディアンの死体を反対する住人からの銃撃にあいながらも反撃しながら墓場まで霊柩車の馬車を操って運ぶ二人の男だった。一人は黒ずくめのクリス(ユル・ブリンナー)、もう一人はヴィン(スティーヴ・マックィーン)だった。
 クリスに相談した三人は協力を得ることに成功する。ただ、この仕事は一人では無理だと分かりきっているのでクリスは仲間を集め始めた。最終的に七人の仲間が揃い村に到着した。
 石塀や網などの罠を仕掛けながら、村人を訓練するクリスたち。そしてついにカルヴェラが襲ってきた。

 七人のキャラクターが素晴らしく、それだけで成功している。まさに『すばらしい七人』である。
 始終険しい顔をしたクリスは司令官役で、作戦を考えみなに指示を与える。それでいて戦闘が始まれば一発必中の銃の腕の持ち主だ。裏切りにあっても恨み言を言わず、自分の責任を果たそうとする武士的存在である。他のキャラクターには『七人の侍』の武士的存在はいないが、オリジナルの志村喬のイメージを受け継いでいる。後にマイケル・クライトン原作・監督の『ウエストワールド』でこのクリスというキャラのセルフオマージュをやっていた。

 クリスの頼もしい相棒ヴィンはスティーヴ・マックィーンのジャガイモのような顔でユル・ブリンナーの冷静さを保ったキャラとは異なる多少悪ガキっぽいイメージとなっている。たとえ話でジョークを言ったり、おどけた仕草もするが銃を抜けば超一流。クリスと共に生き残る数少ないメンバーの一人である。
 クリスに「今何人だ」と尋ねてクリスが指を一本立てると、指を二本立てて返すシーンなどしびれまくりである。
 この前年には同じくジョン・スタージェス監督の『戦雲』(1959)に出演しておりその縁もあったのであろう。割と誤解されているようだが、マックィーンのフィルモグラフィーにおいて『荒野の七人』はかなり初期の作品である。まだ海のものとも山のものともつかないマックィーンを七人の中でも重要人物に据えたのは製作も兼ねているジョン・スタージェスの意向が大きかったのだろう。

 そして我らがチャールズ・ブロンソン演ずるオラリー。いきなり薪割りをしているシーンからの登場である。この斧の振り方が腰が入っていていかにも付け焼き刃で薪を割ってんじゃねーんだ。昔からずっと割ってんだよ。というブロンソンの肉体労働色を前面に打ち出している。どうやらあちこちで何とか一家を全滅させて賞金をもらっていたりと実力のある人物らしい。
 ブロンソンも『戦雲』出演組。それまでのフィルモグラフィーには初主演作の『マシンガン・ケリー』(1958)以外にさして見るべき物はなくこれまた大抜擢。初期のブロンソンなのでまだトレードマークの口ひげは生やしていない。っていうかいつから生やし始めたんだ?
 メキシコ人とのハーフという設定からか妙に村の子供3人組に懐かれて、「オジさんが死んだらお墓に毎日花を添えて、お祈りしてあげるよ」と戦闘中に言われて閉口している。そして自分に憧れる子供たちに「お前達のお父さんの方が偉いんだ。毎日暗くなるまで畑で仕事をして家族に対する責任を墓に入るまで持っている。俺にはそんな勇気はない」と諭す。
 最後は子供たちをかばって命を落とす。泣けるよ。

 妙に銃を撃つ姿勢がいいのがジェームズ・コバーンのブリット。ナイフ投げの達人でもある。セリフはほとんどなくてあまり何を考えているのかよく分からないキャラクターである。しかし手足が長いなー。
 ジェームズ・コバーンもデビューして2作目で、こうしてみると今になって振り返ると有名俳優揃いなのだが当時はユル・ブリンナー以外は新人で固めていたのが分かる。そう考えるとこのキャスティングはすごい。人を見る目がありまくりである。
 最後に投げたナイフが岩壁に刺さって揺れているシーンはこれまた泣ける。

 ナポレオン・ソロことロバート・ヴォーンも仲間の一人だ。といっても『ナポレオン・ソロ』シリーズに主演する前でこれまた新人のようなもの。つねに黒い革手袋をはめていてなにやら過去がありそうな男だ。それを言ったら七人の全員が何らかの過去があるのだが、それは明らかにはされない。しかし観客はその過去を感じる。ジョン・スタージェスの上手いところである。
 悪夢にうなされて泣き叫んだり、テーブルの上の三匹の蝿を一匹しか掴めなくなったと自らの衰えを感じ始めているが逃げることなく最後まで立ち向かっていく。
 実年齢では大差ないが、ユル・ブリンナーと並んで一人年上さを感じさせる。
 死に方はせつない。泣けはしないけど。
 ちなみに、後にロジャー・コーマン製作の『宇宙の七人』(1980)でほとんど同じキャラを演じていた。ふざけてんなーこの。好きだぞそーゆーの。

 昔は農民だったという菊千代の要素と、村娘とくっついちゃって村に残って農民になるという若侍のキャラを持つチコを演じたホルスト・ブッフホルツについてはとくに語ることはない。その後もたいして売れなかったし、このメンバーの中では格段に落ちる。
 だが若くて色男なので当時の劇場では女性の歓声を浴びていたのかも知れない。

 七人の中で一番地味なのがクリスの古い友人ハリー役のブラッド・デクスター。傑作『東京暗黒街・竹の家』(1955)にも出ているらしいんだけど誰だったかな。
 他の6人が報酬目当てでなく参加しているのに対し、ハリーはクリスが隠しているだけで金山とか宝石などのお宝が関わっているに違いないと考えている。
 ラストで、村人の裏切りに遭い村を追放された七人のうち六人が村に引き返してカルヴェラを倒そうと男のけじめをつけにかかる。そんな中、一人「やってられっか」と逃げ出すがクリスがピンチになった時に駆けつけて大活躍......せずにあっさりやられる。そしてクリスから嘘の金鉱の話しを聞かされて納得して死んでいくのだ。だがオレは思う、ハリーは「やっぱり金があるんだろう」という理由で戻ってきたのではなく奴も男だったからだ。最後に金の話を尋ねたのは自分を納得させたかったからで、本当は金のことなんかどうでもよかったんだろう。

 そしてこの大人数を主役に据えて使いこなすジョン・スタージェスの能力と大半のキャスト、そしてエルマー・バーンスタインの軽快な楽曲が脱走映画の代表格『大脱走』(1963)を生み出すことになるのだが、それはもうちょっと先の話になる。

B001BAODVK.jpg『軍用列車』(1975) BREAKHEART PASS 94分 アメリカ

監督:トム・グライス 製作:ジェリー・ガーシュウィン 製作総指揮:エリオット・カストナー 原作:アリステア・マクリーン 脚本:アリステア・マクリーン 撮影:ルシアン・バラード 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:チャールズ・ブロンソン、ベン・ジョンソン、リチャード・クレンナ、チャールズ・ダーニング、ジル・アイアランド、ロイ・ジェンソン、ケネシー・ティッブ、サリー・カークランド、エド・ローター、ビル・マッキーニー、デヴィッド・ハドルストン、スコット・ニューマン、ジョー・カップ、ロバート・ロスウェル

 チャールズ・ブロンソンにベン・ジョンソン、リチャード・クレンナにチャールズ・ダーニングそしてエド・ローターと豪華キャストによる列車ミステリーである。豪華と言っても観る人をかなり選ぶ豪華さだが、オレにとって豪華なのは間違いがない。ジル・アイアランドが出ているのはまぁいつものことということで。
 原作は『ナバロンの要塞』などなど数多くの傑作冒険小説で知られるアリステア・マクリーン。この作品では脚本も担当している。アリステア・マクリーンだけあって列車ミステリーと言っても『オリエント急行殺人事件』の様な"静"のミステリーではなく、疾走する蒸気機関車の屋根の上での格闘があるなどアクションシーンもある"動"のミステリーだ。

 時はまだ西部劇の時代。一台の軍用列車が峠のフンボルト砦を目指していた。砦でジフテリアが発生し、多くの兵士が病に倒れてしまい死者まで出ているというのだ。そこに乗り込んだのがポーカーのイカサマで見つかった殺人犯のディーキン(チャールズ・ブロンソン)と保安官のピアーズ(ベン・ジョンソン)だ。指揮官の少佐(エド・ローター)と知事のフェアチャイルド(リチャード・クレンナ)なども乗り合わせている。
 砦を目指す軍用列車だが、まずは医師が殺害される事件が発生した。最初は脳卒中だとみんなが思ったが殺人だと見破ったのは意外にもディーキンだった。次いで、機関士助手の転落事故など不可解な事件が次々に起こっていく。
 いったいこの列車に何が起こっているのか。ジフテリアの発生している砦に着くのは間に合うのか。そんな中、意外な真実が明らかになる。

 ジャンルとしてはアクションミステリー西部劇という贅沢な分野。
 前回紹介した『マグナム・コップ/キング・オブ・コップ』はミステリーでありながら話の展開が破綻していてとてもミステリーと呼べるものではなかったが、こちらはさすがマクリーンだけあって94分という短めの上映時間の中でミステリーとしての起承転結をきっちりつけている。最初は小さな謎から始まり、それが次第に大きくなってきて意外な犯人の正体が明らかになる。護送される犯人として列車に乗り込んだブロンソンがいつの間にか自由に車内をうろつき、なぜか知事や少佐と一緒に食事をしているなどちょっと強引な展開もあるが小説版ではかなりきっちり書き込まれている。
 ミステリーという作品がらあまり詳細な事は書けないが、アクションシーンの見せ場は二つ。
 まずは先ほども書いた疾走する列車の屋根の上での格闘。ブロンソンの相手をするのはナイフを片手に持った殺人コックだ。どうも列車+コックというと『暴走特急』のケイシー・ライバック(スティーヴン・セガール)を思い出してしまって、さすがのブロンソンでも分が悪そうだが、このコックは単なるオッサンなので苦戦はする物のしょせんブロンソンの敵ではない。
 二つ目は白人の悪党と手を組んだインディアンによる列車襲撃シーン。やはりインディアンが襲ってくると血が騒ぎますな。インディアンは悪役として書かれているが、反撃する主人公側がほとんど残っていないのでインディアンに死者は出ない。歴史上アメリカ先住民は抑圧され、映画でも悪役を押しつけられてきたと主張する人はせめてそれで勘弁してくれ。

 雪の中をダイナマイトを片手に馬にまたがるブロンソンは実に格好いい。
 この1975年は他に傑作『ストリートファイター(ヴァン=ダムのじゃないよ)』、『ブレイクアウト』と3本も主演をこなしている。ブロンソンにとって充実した年だったのだ。それにしても、3本ともヒロインがジル・アイアランド。まぁいいんすけど。
 音楽のジェリー・ゴールドスミスも良い仕事をしていて、マカロニ・ウエスタンのようなちょっと安っぽいテーマ曲が印象に残る。
 監督は『ブレイクアウト』と同じトム・グライス。この人自身はどうということのない凡庸な二流監督だ。なので映画ももったいないことに凡庸。アクションシーンはまだしもミステリー部分が特に弱い。これが他の人が監督していたらと思うともったいないが、今さら言ってもしょうがない事か。
 それでもラストのブロンソンとベン・ジョンソンの一対一の対決は燃える。

B0026ZLD6C.jpg『禁じ手』(1989) 監督:J・リー・トンプソン 出演:チャールズ・ブロンソン

原題がそのまんま"KINJITE"。囲碁の用語から取ったとかいう話だ。

「女だって触られるのを待ってるんだ」などと勝手な理屈で通勤電車内にて痴漢行為をしてはストレス解消していた日本人サラリーマンが、アメリカに転勤で家族共々やってくる。
このサラリーマンが困ったことにアメリカでもついついバスの中で若い白人女性に痴漢行為を働いてしまう。もちろん、向こうの女性は黙って泣き寝入りなどしないので大騒ぎになってしまう。しかも、その女性の父親がチャールズ・ブロンソン演ずるはみだし暴力刑事だったりするので、あっという間にサラリーマンは「俺の娘に何しやがる」とビッグマグナムで射殺されてしまって全て解決。めでたしめでたし・・・あれ?
もちろん実際には射殺されたりはしないが(*ポール・カージーならやりそうだ)。そしてサラリーマンの娘がギャングに誘拐される事件が発生し担当になったブロンソンは必死の捜査で少女を救出し・・・えー、10年ほど前に一度観たっきりなのであまり細かいことは覚えていないが大体そんな話だったはずだ。

例によって日本関連の描写には間違っている部分もあるが、別に正しい日本像を伝えることが目的の作品ではないので個人的にはたいした問題ではない。とかく外国映画に日本の人や物が登場すると「その日本への認識は間違っている、間違っている」と騒ぐ人がいるがそれがどうしたというのだ。東京人の持つ大阪への認識や大阪人の持つ東京への認識だって多分かなりいい加減だ。異文化を正確に捉えることは至難の業で、これはおそらく我々人類の永遠の課題だ。
それどころかこの作品では、アメリカ人にはさぞ奇妙に見えるであろう"群衆の中での痴漢行為"がきちんと描かれているのには感心するぐらいだ。「見ず知らずの男に体をまさぐられてうれしいわけがないだろ!」うむ、そりゃそうだ。
だが、1989年という時代背景を考えると、日本がバブル経済の真っ盛りでアメリカの土地建物や映画会社などを買いあさっていた頃なので、反日的意味合いも含めていたのは事実だろう。

J・リー・トンプソンとチャールズ・ブロンソンというお馴染みのコンビによる刑事映画だが、派手なアクションはほとんどない。そういった意味でも異色作だ。

*ポール・カージー:『狼よさらば』(1974)を始めとする『デス・ウィッシュ』5部作でチャールズ・ブロンソンが演じた主人公。周りの人間が殺される・レイプされるなどの目に遭うと銃を持っては町へ出て悪党どもに復讐して回る暴力派建築設計士。というより、ポール・カージーに関わると酷い目に遭うというのが正解じゃないかと思う。彼と知人・友人になるのは避けるべきだろう。

B001O8OR9M.jpg『カリガリ博士』(1919) DAS KABINETT DES DR. CALIGARI 67分 ドイツ

監督:ロベルト・ウイーネ 製作:エリッヒ・ポマー 脚本:ハンス・ヤノヴィッツ、カール・マイヤー
出演:コンラート・ファイト、ヴェルナー・クラウス、リル・ダゴファー、フリードリッヒ・フェーヘル、ハンス・ハインリッヒ・フォン・トワルドフスキー

 ドイツ表現主義の傑作・代表作である。
「表現主義?知ってる知ってる。鍋物にして味噌だれで食うと美味いんだ。冬に食べるとこたえられないね。この季節にはちょっと重いけど」ぐらいの知識しかないが、この映画はほとんどがセットで撮影されている。
 そのセットが尋常ではない。どこもかしこもひん曲がっているいるのだ。ドアは三角形だし道路の脇に建つ壁は互い違いに傾いている。カリガリ博士が暮らす小屋は台風の後のボロ屋の様にひし曲がっているし、窓は台形だ。そしてあちこちに落書きのようなペイントが施されている。まったくもって異常な光景である。美術の中で繰り広げられる物語。これが表現主義というものなのか。
 表現主義とは「現実や自然を客観的に描写するのではなく、主観的な感じ方や感情を表現することに重きをおく運動、あるいはその傾向のこと。」なんだそうだ。ムンクの「さけび」なんかも表現主義の作品らしい。ドイツが大きな役割を果たしており、ドイツ映画の『カリガリ博士』が表現主義映画の代表なのはむしろ当然なのだろう。

 ドイツのある街にお祭りがやってくる。お祭りの見せ物小屋に夢遊病者チェザーレの予知を出し物にしたカリガリ博士の小屋があった。そこに入った主人公のフランシスと友人のアラン。アランはフランシスの制止にもかかわらず自分の寿命をチェザーレに尋ねた。答えは「明日の朝まで!」
 その予知通りにアランは死んでしまった。死んだと言っても自然死ではない、何者かに殺されたのだ。これでカリガリ博士とチェザーレを疑わないはずがない。しかも、カリガリ博士を鼻であしらった役人まで殺されているから容疑は濃厚だ。そこでアランは捜査に乗り出す事にした。

 サイレント映画なせいもあってか登場人物の動作がいちいちおおげさで今となってはちょっと可笑しい。だが、奇怪なメイクのチェザーレは怖ろしい。映画史におけるかなり早い段階での殺人鬼だ。そのチェザーレに食事を作ってやって、普段は寝ていて自分で身体を動かせないものだから、「はい、あーん」状態で食べさせてやっているカリガリ博士がちょっと可愛い。
 当時、ドイツでは全体主義が台頭しつつあって、それに対する批判が込められていると言う。そこら辺、ちょっとオレには感じられなかったのだが、当時の状況まで含めて考えるとそうだったのだろう。そして批判を防ぐために、これまでの出来事はすべてアランの妄想でアランは偏執狂患者だったというオチが付く。カリガリ博士は精神病院の院長だったのだ。
 こいつはなかなか面白いどんでん返しで楽しませてくれた。

 DVDの冒頭には淀川長治氏による解説が付いている。ドイツ映画がかつてモダンだった事を熱心に話し、それを壊してしまったナチスについて怒っている。怒る淀川さんはなかなか見られない。メーカーが低画質で有名なIVCなので画質は期待できないが、どのみち90年も前の作品では状態の良いフィルムでも似たり寄ったりだろう。

B0012P6CAY.jpg『クライモリ デッド・エンド』(2007) WRONG TURN 2: DEAD END 97分 アメリカ

監督:ジョー・リンチ 製作:ジェフ・フライリック 製作総指揮:エリック・フェイグ、ロバート・クルツァー キャラクター創造:アラン・B・マッケルロイ 脚本:テューリ・メイヤー、アル・セプティエン 撮影:ロビン・ローウェン 音楽:ベアー・マックレアリー
出演:エリカ・リーセン、ヘンリー・ロリンズ、テキサス・バトル、ダニエラ・アロンソ、スティーヴ・ブラウン、アレクサ・パラディノ、マシュー・カリー・ホームズ、クリスタル・ロウ、キンバリー・コードウェル

 オープニングで田舎道を車で走っていて誤って人を轢いてしまう女優が出てきますが、彼女の事は別に覚えておく必要はありません。轢いてしまった相手は人喰い一家の一人で、助けようとした彼女は下唇を食いちぎられてしまった上に斧で左右真っ二つに切り裂かれてしまいますから。またもやそんな映画です。

 ウエストヴァージニア州の森で“アポカリプス”というリアリィティショーが撮影中です。“サバイバー”みたいなサバイバルショーだと思って下さい。
 その参加者が一人また一人と人喰い一家に襲われて殺されていきます。サバイバルショーが本当のサバイバルになってしまったというわけです。
 前作では謎だった、人喰い一家がどうやって子孫を残しているんだというのも解けます。女性の奇形人間もいてそれが奇形の赤ちゃんを産んで子孫を増やしているのです。前作では男三人だった奇形人間も数を増やしてパワーアップ。
 グロさは前作よりも大幅にパワーアップしています。しかしアメリカではヒットしなかったようで、日本では劇場未公開ビデオ発売のみです。
 同じようなもんだと思うんですがどこが違ったのでしょうね。やはりこちらだと下品すぎたか。でも下品な方が受ける世界のような気もします。

 半裸の健全な女性に見とれていた奇形人間が奇形女性にヤキモチを焼かれて怒られるシーンなど笑えます。
 主人公側はほとんど問答無用でやられていくだけですが、進行役の元海兵隊の鬼教官デールがナイフとショットガン片手に頑張ってくれます。演ずる役者は実際のサバイバルリアリティショーの司会者だとか。さすが我らの海兵隊。オヤジは強い。ほとんど主役なのだが素直に主役にしてくれないのが人喰い映画。でもオヤジ格好いいぜ。
 誰が殺されるかさっぱり分からないのがこの手の作品の魅力。ゲーム開始後に最初に殺されるのがあの人物だったとは!てっきり主人公だと思っていたのに。そうでなくても最後近くまでは生き残ると思っていたのに。
 前作のガソリンスタンドのオヤジと人喰い一家の関係も明らかになります。今回は近親婚による遺伝子異常ではなくて化学汚染のによるものとなってますね。化学汚染で奇形化して肉体も強靱になり、森から動物がいなくなってしまったので森に迷い込んだ人間を捕まえて食ってる。肉ばっかり食って野菜も食わんといかんじゃないでしょうか。公害で人喰い人間が誕生したわけですから、この設定には嫌悪感を抱く人もいるかも知れません。個人的には特定の公害を明示している訳じゃないですから別にかまわないんじゃないでしょうか。
 全体的には『サランドラ(ヒルズ・ハブ・アイズ)』ですが人喰い一家が食事の前にお祈りをしていたりは『悪魔のいけにえ2』ですなぁ。
 気付かずに人肉を食っていたり、番組スタッフの一人が日本映画『バトルロワイヤル』のロゴが入ったシャツを着ているのが笑えました。
 監督のジョー・リンチはこれがデビュー作ですが、こんな映画をいっぱい観てきたんだろうな。

 今回はエンドロール前にオチがあります。Part3は作られるのか。アメリカでコケたから難しそうだ。

B0007TIQ9G.jpg『クライモリ』(2003) WRONG TURN 84分 アメリカ/ドイツ

監督:ロブ・シュミット 製作:ブライアン・J・ギルバート、ロバート・クルツァー、スタン・ウィンストン 製作総指揮:ドン・カーモディ、エリック・フェイグ、アーロン・ライダー、パトリック・ワックスバーガー 脚本:アラン・マッケルロイ 撮影:ジョン・S・バートレイ 特殊メイク効果:スタン・ウィンストン 音楽:エリア・クミラル
出演:エリザ・ドゥシュク、デズモンド・ハリントン、エマニュエル・シュリーキー、ジェレミー・シスト、ケヴィン・ゼガーズ、リンディ・ブース、ジュリアン・リッチングス
 えー、では七夕に相応しい映画を一つ。

 冒頭で森の岩壁でロッククライミングをしている若い男女がいます。でも覚える必要はありません、すぐ殺されますから。
 そーゆー映画です。

 主人公は医学部を卒業したばかり(?)で就職試験を受けに行く途中の青年。しかし、国道が事故でふさがれて渋滞に巻き込まれてしまい、彼は脇道を求めて車をターンさせます。このターンが原題の『WRONG TURN(間違ったターン)』であるわけです。
 よりにもよって場所は南部のウエストヴァージニア州。閉鎖的です。『悪魔のいけにえ』とかいろいろあった南部です。そんなところで脇道を求める事自体間違っています。命知らずです。案の定、青年は散々怖い思いをして命の危機を何度も味わう事になります。
 あったのは一軒のガソリンスタンド。日本のガソリンスタンドを想像してもらっては困るわけで、ボロボロで今にも壊れそうな作りで、今にも死にそうなジジイが店番をやっている。就職試験先に電話をかけようにも携帯電話は例によって繋がらない。ガソリンスタンドの公衆電話も例によって繋がらない。
 地図で国道へのバイパスとなる田舎道を見つけた青年は(止せばいいのに)その道を選びます。店のジジイに「それではお元気で」と言い残して。去っていく青年の車を見送りながらジジイは「あんたこそ達者でな」と返します。

 森の中の道へと入った青年は鹿の轢死体に脇見をしていて、道の真ん中で立ち往生していた一台のステーションワゴンに追突してしまいます。乗っていたのは二人の男性に三人の女性。彼らはキャンプに来ていて道に仕掛けられた有刺鉄線でパンクしてしまったのです。
 車は事故で動かない。このままでは仕方ないと公衆電話を求めて四人は歩き出しますが、二人のアベックは残ります。第一死亡フラグ立ちましたね。
 しかもマリファナを吸いながらいちゃつきはじめました。最終死亡フラグ立ちましたね。もちろん殺されます。まずは男の方が行方不明になり、女が辺りを探していると切断されたばかりの耳を見つける。“ダン、ダン、ダン”と二段階ズームです。笑ってはいけませんよ。これはショッキングなシーンを示す演出なんですから。
 殺したのは森の中で近親婚を繰り返し突然変異を起こした『マウンテンマン』といわれる一家。指の数とか顔の形とか変です。狂ってます。遺伝子異常による異常な筋力と暴力的傾向をふんだんに持っていて、人を襲っては食っています。さすがアメリカな設定です。製作国にドイツも入ってますが真面目な割に時々以上ですからねあの国も。日本では許されない設定です。やっても良いけどというかやって欲しいけど、文句が来るだろうなぁ。
 まだ人喰い一家のことをしらないときに、森の中で見かけた小屋に入る時「『サランドラ』って映画観た?」と登場人物が発言しますが、自分でネタ晴らししてどーする。つまりはそれぐらいシンプルかつありがちなストーリーです。
 まぁ人喰い一家自体は知能も白痴状態ですから自分たちが悪い事をしているとは思っていなかったでしょう。森の中で平和に暮らしていたのに、乱入してきた主人公に惨殺されてしまってある意味可哀想?それにしても男三人だけのようなんですが、これから先どうやって子孫を残す気なのか考えると食われる以上にアレです。
 グロ描写がありますので耐性がない方は注意。
 とりあえず知らない土地に行ったら国道などメインの道だけを走って、変なイタズラ心を起こして妙な脇道に入っちゃ駄目ってことです。連続殺人が起きている館で一人になって行動するとか軍事作戦の前に恋人の写真を見せて「故郷に帰ったら結婚するんだ」なんて言うのも駄目。
 ちなみにエンドクレジット中にオチがあるので最後まで観て下さい。
 スティーヴン・キングが大絶賛してその年のNo.1に挙げたとか。キングも時々分からんところあるからなぁ。自分原作の映画とか。

B000RXXY62.jpg『キャビン・フィーバー』(2002) CABIN FEVER 93分 アメリカ

監督:イーライ・ロス 製作:イーライ・ロス、エヴァン・アストロウスキー、サム・フローリッチ、ローレン・モウズ 製作総指揮:スーザン・ジャクソン 原案:イーライ・ロス 脚本:イーライ・ロス、ランディ・パールスタイン 撮影:スコット・キーヴァン 音楽:アンジェロ・バダラメンティ、ネイサン・バー
出演:ライダー・ストロング、ジョーダン・ラッド、ジェームズ・デベロ、セリナ・ヴィンセント、ジョーイ・カーン、ジュゼッペ・アンドリュース、アリ・ヴァーヴィーン

 いかにもバカそうな若者5人組(男3人、女2人)が大学最後の夏休みの一週間を楽しく過ごそうと山の中の山小屋に遊びにやってくる。
 となれば、殺人鬼かゾンビのたぐいに教われるものと決まっている。70?80年代のホラーの定番である。『13日の金曜日』とか『死霊のはらわた』などのスプラッター映画が思い起こされる。だが、この作品で襲ってくるのは皮膚を腐らせ血を流しながら死んでいく恐怖のウイルス。だが、それ以上に怖いのは人間だった。

 カップルがいちゃついたり、キャンプファイヤーなどをやって楽しんでいるところに、山の中で暮らす変わり者の男が全身をボロボロにして血を流しながらやって来た。思わず助けるどころか暴力を振るって追い払ってしまう5人。その男はその後貯水池に入り込んで死んでしまったからさあ大変。水道の水を飲んだ彼らは一人また一人と奇病に罹っていく。
 一人が町まで行って助けを頼んだら、頭のイカれた少年が「パンケーキ。パンケーキ」と叫びながらカンフーで襲ってきて男の手に噛みつく。少年に伝染病がうつったと思い込んだ父親は、「よくも俺の息子に病気を移したな。殺してやる」と2人の仲間と一緒にライフルを持って追いかけてくる。
 頼みの綱と思った警察も、「患者は見つけ次第射殺しろ」と命令を下す。

 閉鎖的な村社会で、都会から来た若者が異分子扱いされ、害をなすと見るや殺しにかかってくるという怖ろしさ。殺した後は全てを闇に葬り、彼らの事など知らなかったように知らん顔。
 ライフルを持って一般人が殺す事をまったくためらわずに襲ってくるところが怖ろしい。やはり田舎はいかんね。自分たちの共同体さえ維持できれば問題なしで、その共同体の外の人間の事は基本的にどうなろうと気にしない。
 警察も共同体の一部なので、それを守るのが第一で若者たちの命などどうでもいいと考えている。アメリカの田舎だと本当にそういう警察がありそうで怖い。『ランボー』の警察署長ブライアン・デネヒーも町を維持する事が第一で通りすがりの男ランボーのことなど欠片も考えていなかった。
 では都会から来た若者たちは病気に罹った仲間を親身になって面倒をみるかというとそうではなく、納屋に閉じこめて治療もせずせいぜい食事を与えるだけ。伝染病だと分かっていて移されるのが嫌だとは言えあまり人の事は言えたもんじゃない。
 さっさと病院へ連れて行けばいいのだが、その車は最初の感染者の男に壊されてしまった。山小屋にこもってどうしようこうしようと言っている内に彼らの間にも疑心暗鬼の不協和音が流れ始める。

 伝染病の正体や治療法はこの作品では問題ではない。伝染病がどこから来たかも分からないし、最後の最後まで名前すら分からないしどうでもいいのだ。低予算映画なのでそこまで細かく説明していられないというのもあるかもしれないが、個人的にはどうでもいいことだから省いたのだと思う。
 調べれば治療法はあるのかも知れないが、それは最後の感染者を秘密裏に始末してしまう事で警察がうやむやにしてしまう。
 おそらくはエボラ出血熱をイメージしているだろうこの病気の潜伏期間は短く、コップ一杯の水を飲んだら翌日には発症している。
 肌が腐ったようにズルズル剥けていって、女性の一人が風呂まで足のむだ毛を安全剃刀で剃っている時に皮膚がズルッと剥けるシーンは怖かった。
 終盤で少し失速するのが残念だ。テンションの高さを保ったままラストに突入して欲しかった。観客を楽しませようというよりも良い意味で嫌な気持ちにさせようとこれが長編デビュー作となるイーラー・ロス監督は考えているのではないだろうか。

 若者たちを全滅させ、これで町は安心だと町の人も警察も思った。しかし、ここからが本当のパニックの始まりだ。

B00005G0DZ.jpg『クロノス』(1992) CRONOS 92分 メキシコ

監督:ギレルモ・デル・トロ 製作:ベルサ・ナヴァロ、アーサー・H・ゴーソン、アーサー・ゴーソン 撮影:ギレルモ・ナヴァロ 音楽:ハヴィエル・アルヴァレス
出演:フェデリコ・ルッピ、ロン・パールマン、タマラ・サナス、クラウディオ・ブルック、マルガリータ・イサベル、ダニエル・ヒメネス・カチョ

 最近では『ヘルボーイ/ゴールデンアーミー』を撮ったギレルモ・デル・トロの監督デビュー作。この頃から独特な美術がそこかしこに見て取れる。メキシコ映画を観る機会はあまりないのでその点も面白かった。
 主人公はメキシコで古美術店を経営する老人。孫娘アウロラとジグソーパズルをしているとある天使像の左目に開いた穴から何匹ものゴキブリが出てくるのに気づく。中に空洞があると思った老人は天使像を台座から外し、そこに金色のコガネムシのような物体を発見する。大きさはおにぎりぐらいか。
 手の平の上に乗せてゼンマイを巻いたところ、六本の足が生えて老人の手を掴むと針のようなもので傷を付けた。これが全ての始まりだった。
 老人は激しい渇きを覚えて、他人が流した鼻血を舐めるようになる。この奇行にはどんな意味があるのだろうか。

 コガネムシ状の物体はクロノスと言い16世紀にヨーロッパ大陸から宗教裁判を逃れてメキシコにやって来た錬金術師が作った物だった。その所有者は永遠の命を持つのである。心臓を破壊されない限り死ぬことがないのだ。
 ただし、その代償として人間の血を飲まねばならない。老人が鼻血に魅せられたのもそのせいだったのだ。
 そのクロノスを狙う連中がいた。大企業のトップで、今は病に冒され内臓は半分無くなっており余命幾ばくもない男である。男は部下に天使像を探させ、彼の部屋にはいくつもの天使像がぶら下がっている。老人がクロノスを手にしたことを知った男は、老人にある取引を持ちかける。

 クロノスの内部が金色の歯車で構成されていて、カチカチと動く様には『ヘルボーイ/ゴールデンアーミー』の終盤を思い出してしまった。クロノスのデザインも金色のまん丸と黄金の戦士に似ていないこともない。この辺りにはギレルモを強く感じる。
 男の甥としてロン・パールマン(ヘルボーイ役)がすでに出ていて、どこか愛嬌がありながら最後は徹底した悪人として活躍してくれる。この頃からの仲なのか。
 クロノスの力で不死の命を得た老人だが、段々と人間の心を忘れていった。最後には孫娘アウロラの血を求めようとして、ようやく我へと返る。

 ご覧のように、機械を鍵とした吸血鬼映画の変種である。吸血鬼になってしまった老人の苦悩と葛藤がメインなので誰かを襲って血を吸う等のシーンはなく見た目的な怖さはない。
 低予算らしくセットはほとんど組まれておらずロケ撮影中心となっている。
 何故、老人が男にクロノスを渡すのをそんなに拒んだのかがよく分からないが、所有者に強い欲求を与える魔力のようなものがあるのかも知れない。
 クロノスとは時の神だそうだが、それをイメージしてか年越しパーティーには目覚まし時計に扮した男が出てくるし、ラストの老人とロン・パールマンの対決ではバックに巨大な時計が控えている。

 孫娘アウロラがかなり魅力的なキャラクターとなっている。言葉は一言も喋らないが唖なのだろうか。
 老人が苦しんでいるのを理解しているほぼ唯一のキャラクターで、その老人のためにクロノスを隠したり、吸血鬼となった祖父の隠れ家を作ったりと愛情溢れる行動をする。老人のそっと寄り添う姿は美しい。
 父親はすでに亡くなっており祖父夫妻の元で育てられている。母親がどうなったかについては語られていない。
 彼女の部屋?は屋上にあって、まるでガラクタ小屋のようで仲におもちゃが詰められた大きな箱があったりして美術的に面白い。
 演じてる子役も可愛らしい子で、映画に花を添えている。

B0026OBVDI.jpg『クリッター4/ファイナル・ウォーズ』(1992) CRITTERS 4: THEY'RE INVADING YOUR SPACE 94分 アメリカ

監督:ルパート・ハーヴェイ 製作:バリー・オッパー 原案:ルパート・ハーヴェイ、バリー・オッパー 脚本:ジョセフ・ライル、デヴィッド・J・スコウ 撮影:トーマス・L・キャラウェイ 音楽:ピーター・マニング・ロビンソン
出演:ドン・オッパー、マルティーヌ・ベズウィック、ブラッド・ドゥーリフ、テレンス・マン、ポール・ウィットホーン、アンダース・ホーヴ、アンジェラ・バセット、エリック・ダレー、アン・ラムゼイ

 前作の舞台は1992年。ラストで銀河中で最後の2つとなったクリッターの卵を保護するため、チャーリーはカプセルに乗った。そして2045年、何故だかカプセルは未だ土星流星群付近を漂流中だった。どうして回収もされないまま何十年も経ってしまったんだと言われても困るが、『エイリアン2』のリプリーの様に行きすぎてしまうか何かしたんだろう。この手の作品に重箱の隅をつつくような設定のあら探しをしてもきりがないし意味がない。
 それにしても凶暴凶悪な生物クリッターを絶滅の危機から救わねばと言う決定がよく分からない。『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)で政府の役人・本田博太郎がギャオスの保護を時になずらえて主張するがあれと同じようなものなのだろう。凶暴な生物でも野生保護の観点から絶滅はまずいんだろうか。
 そしてカプセルは近くを航行中の船に拾われるが、卵の回収を指示した銀河系評議会はすでに過去の物となっていた。そこで現在の所有者を調べたところテレコー社という大会社だった。その会社のオンボロ宇宙ステーションで卵を引き渡すことになったのだが、卵が孵化してしまいこれまた大騒動に。

 ついにクリッターが宇宙に帰ってきた。宇宙ステーションを舞台に、奴らが大暴れ。ダクトやケーブル用通路がある狭く入り組んだ宇宙ステーションはクリッターにとって最適な場所。あちらから出てきたかと思えばこんどはこちらからと神出鬼没。おさかんなクリッターはどんどん卵を産んで増殖して人間側はどんどん追い込まれていく。
 それに対して人間側が持っている武器は骨董品のコルト・シングル・アクション・アーミーが一丁と弾が6発だけ。その弾も古いから発射できるか撃ってみないと分からない。
 一人また一人とやられていく内に、このステーションが生物兵器を作っていたことが明らかになる。ということはテラコー社はクリッターを生物兵器として利用しようというのだろうか?
 これまでのクリッターは簡単な会話をするぐらいだったが、この作品ではなんとコンピューターを使いこなし宇宙船の軌道を餌の豊富な地球にセットする。使い方を教わったわけではないのに大したものだ。たしかにこの知能と凶暴性、食欲などを考えると生物兵器向きなのかも知れない。
 オンボロ宇宙ステーションだけあってマザーコンピューターのアンジェラがバカで人間の指示にまるで従ってくれない。誤ってゴミ置き場に落ちて、そのゴミの宇宙への廃棄が始まるのだが、「アンジェラ、今すぐゴミの廃棄を止めろ」という指示に対して「ゴミの指示は受けられません」と無視されてしまう。その後もゴミ扱いされて、逆にそれを利用して逆の指示を出してアンジェラを思ったように操る方法も思いつく。

 これまでのシリーズとの大きな違いはギャグの少なさだろう。光線銃のビームがかすめてクリッターの一匹がハゲになってしまうとか、アンジェラ絡みのギャグしか思いつかない。おふざけが魅力だったので残念だ。
 ラストはかつてチャーリーの同僚だったハンターとの対決。彼も銀河系評議会の崩壊によって大企業テラコー社に身を寄せたのだろう。そして何十年も経つ内にすっかり人が変わり、企業優先の非情な男になっていた。保護目的だったクリッターの回収を生物兵器に利用するために変更してしまうぐらいに。シリーズを通してみているとこのシーンはつらい。あんな良い奴だったのに。

 エンドクレジットの最後には「今回もクリッターには一切の危害を加えておりません」との表示が。アメリカ映画のエンドクレジットでたまに観る「動物には一切の危害を加えておりません」のパロディだな。

B0026OBVD8.jpg『クリッター3』(1991) CRITTERS 3 90分 アメリカ

監督:クリスティン・ピーターソン 脚本:デヴィッド・スコウ 撮影:トーマス・L・キャラウェイ 音楽:デヴィッド・C・ウィリアムズ
出演:ドン・オッパー、エイミー・ブルックス、レオナルド・ディカプリオ、ジョン・カルヴィン、クリスチャン・カズンズ、ウィリアム・デニス・ハント、ニナ・アクセルロッド、ジェフリー・ブレイク、ホセ・ルイス・ヴァランスエラ、テレンス・マン

 二度のクリッター騒動があった街を通り抜けたキャンピングカーがパンクした。これ、実はクリッターを踏んづけて針でタイヤに穴が開いたせい。そして車の下にいくつもの卵を抱えたままキャンピングカーは都会の安アパートに帰った。いつの間に卵がくっついたのかって?そんなの知るか。この手の映画ではそういうもんだと思っておけばいい。
 この安アパート、悪徳地主が住民を追い出しにかかっているところで、跡地にショッピングセンターを建てる計画。このあくどい継父を毛嫌いしている息子がなんとレオナルド・ディカプリオ。あのレオナルド・ディカプリオですよ。タイタニックですよ、ディパーテッドですよ。ちなみにこれが劇場用映画デビュー作。レオは未だにこの作品に出演したことを後悔しているという噂もあるが、お茶目な経歴ってことでいいじゃないか。一作ぐらい「何で出たの?」というおポンチな経歴があった方が俳優として深みが出る。……出ないか。

 2作目は街全体を巻き込む大騒動になった。それはそれで面白いんだが、こういったホラー映画はやはり舞台や登場人物が限定されている方が面白い。
 この作品の場合、物語のほとんどが安アパートで進む。床を転がり回るクリッターから逃げ出して、天井裏を這いずり回るシーンがある。密閉空間からいかに逃げ出すかというシチュエーションは観ていてハラハラする。大袈裟に言えば『エイリアン2』のエイリアンから逃げながらダクトを這いずり回るシーンなどと本質的に同じ。規模は大部しょぼいけど同じ。
 登場人物の数も少ないので個性の強いキャラクターを出せる。おデブちゃんな女性とか、リプリーもどきの女性電話技師などだ。もちろんシリーズ皆勤賞のチャーリーも危機の時には武器を持って駆けつけてくれる。1作目から考えると強く格好良くなった。情けないけど。
 使う武器は宇宙人の武器を参考にして自作したらしいちょっと不格好。しかし、宇宙人と過ごしたのは2年間だから、その間に習得した技術としては大したものだ。そういえば1作目で「僕、銃の取り扱いとか得意なんですよ」って宇宙人に取り入っていた。
 主人公はアパートに住む一家。母親を数年前に病気でなくしていて父、娘、息子の三人暮らし。父親は鉄道会社で働いていて家を空けることが多い。そんな家族がクリッター騒動を生き延びることで一致団結することを覚え、再び一つにまとまるそんなお話。

 地下の洗濯室から活動を始めたクリッターたちの悪さぶりは相変わらず。人は食うわ、老夫婦の台所は荒らし回るわの大騒ぎ。パイ投げを始めたり、洗剤を飲んでラリって泡を吹いていたりとやりたい放題。モデルはやっぱり悪ガキなんだろうか。
 今回もクリッターに人は食われるが、主人公側の人間は無事でいかにも嫌な奴な悪人だけなのでその点は安心して観ていられる。本当はもっと食いまくって欲しかったけど。

 こうして無事にクリッターを退治し一安心。現場を確認しに戻ったチャーリーは洗濯室で二つの卵を見つけこれを壊してしまおうとしたら……なんと驚きの結末というわけでパート4へ続く!

B0026OBVCY.jpg『クリッター2』(1988) CRITTERS 2: THE MAIN COURSE 87分 アメリカ

監督:ミック・ギャリス 製作:パリー・オッパー 製作総指揮:ロバート・シェイ 脚本:ミック・ギャリス、デヴィッド・トゥーヒー 撮影:ラッセル・カーペンター 音楽:TBD
出演:スコット・グライムズ、テレンス・マン、ドン・オッパー、バリー・コービン、リアーヌ・カーティス、ハータ・ウェア、ロクサーヌ・カーノハン、リン・シェイ

 前作から2年。ブラウン一家はカンザスに引っ越していた。その売り家はずっと買い手がつかないまま放置されており、そこで悪ガキが前作でクリッターが残していった卵を見つけたからさあ大変。あれ卵は3つじゃなかったけ。数十個にも増えているぞとか何で2年の間孵化しなかったのかなんてことは気にしないきにしない。悪ガキはそれを骨董品屋にビール2ケースとプレイボーイの雑誌で売りつけ、骨董品屋はその卵を教会の団体に売りつけた。そう、明日は復活祭。イースターの卵探しにクリッターの卵を使おうって寸法だ。
 そこへたまたま、ブラウン家の長男ブラッドが祖母に会いに返ってくる。前作で大活躍した少年だ。2年経って悪ガキからちょっとたくましい顔立ちになっている。ちなみに演じているのは同じスコット・グライムズ。
 そしてクリッターの卵たちが一斉に孵化を始めたものだから、街は大混乱に陥る。

 前作では一件の農家が舞台だったが、今回は田舎町全体を巻き込んだ大騒動。クリッターが街中を転がる転がる。クリッターの転がるシーンはどうやって撮っているのだろうか?一匹ならなんとなく説明が付くのだが、この作品だと数十匹単位で転がっていく。
 前作のラストで宇宙人に取り入っていた酔っぱらいのチャーリーがなんとハンターの一員として宇宙船に乗ってやってくる。まだまだ頼りないからハンターではなくハンター見習いだ。
 ブラウン一家が引っ越していった理由は、途中の会話でなんとなく想像が付く。クリッター騒動がブラウン家の仕業と思われたり陰口をたたかれたりしたのだろう。狭い田舎町だ、居場所が無くなってしまったにちがいない。今回のクリッター騒動でもブラッドが帰ってきたのとたまたま同じタイミングだったから、彼のせいにされそうになる。

 監督・脚本はスティーヴン・キングのテレビ用映画をいくつか手がけているミック・ギャリス。これが劇場用映画のデビュー作となる。オレ、割と好きなんだこの人。すごく良いというんじゃないけれど、きっちりした作品を作ってくれる。
 2年前のクリッター騒動で世捨て人となった保安官が二丁拳銃で復活するシーンの格好良さ。つか拳銃弾一発で倒されるってクリッターってやっぱり弱いよね。繁殖能力となんでも食っちまうところが怖いんで、危険度ランクは宇宙静物としてはさほど高くないのでは。そういえばクリッターのパチモンみたいので“まんちぃず”ってのがいたなぁ。
 ハンターは顔が無いので他人の顔を模倣するんだけど、道ばたに落ちていたプレイボーイのプレイガールのグラビアを見て変身。顔だけじゃなくて体付きまで変わるんだ。これが後々への伏線になっている?ちなみにニューラインシネマ作品と言うことで『エルム街の悪夢』のフレディの立て看板を見て変身しようとしたりします。
 クリッターたちを上手く冷凍ハンバーガー工場に閉じこめてダイナマイトで大爆発。予算も増えてるねぇ。これで上手く言ったと思ったら、数百匹のクリッターがまとまって丸くなって巨大なボールとなって転がってくる。怖ええええ!!押しつぶされた人は後に骸骨が残るだけ。
 これにはもうもう手も足も出ないか……と思っていたところに、やばいところで逃げ出したチャーリーが宇宙船で特攻してくる。そしてクリッター軍団もろともドカーン!!
 そしてラストでチャーリーは良い奴だったよねって言ってるところへ、パラシュートが取れない?と情けなく登場するチャーリー。あんたなにやってんの。

B0026OBVCO.jpg『クリッター』(1986) CRITTERS 86分 アメリカ

監督:スティーヴン・ヘレク 製作:ルパート・ハーヴェイ、ロバート・シェイ 脚本:スティーヴン・ヘレク、ドミニク・ミュアー 撮影:ティム・サーステッド 音楽:デヴィッド・ニューマン
出演:ディー・ウォーレス=ストーン、M・エメット・ウォルシュ、テレンス・マン、スコット・グライムズ、ビリー・グリーン・ブッシュ、ビリー・ゼイン、ナディーン・ヴァン・ダー・ヴェルデ、ドン・キース・オッパー、イーサン・フィリップス、ジェレミー・ローレンス、リン・シェイ

 監督・脚本はロジャー・コーマン門下生のスティーヴン・ヘレク。なるほど言われてみるとこの低予算でそれなりに見せるところはそんな感じだ。
 銀河刑務所からある宇宙生物が八匹逃げ出した。宇宙船に乗ってその生物は地球の田舎町にやってくる。その宇宙生物こそクリッター。ハリネズミににた外観だが何でも食ってしまう怖ろしい宇宙生物。
 そのクリッターを追って二人のハンターがやって来る。顔がゴムマスク上になっていて、一人は地球の情報を集めていた時にテレビで見かけたロックシンガーに、もう一人は顔が決まらないままクリッターにやられて死んだ保安官助手や神父など出合う人間に化けて回る。
 銀河刑務所や宇宙船は低予算なりに頑張った特撮が使われている。ハンターがロックシンガーに変身するシーンは一度頭蓋骨まで溶けて、そこに肉付けされて顔になるという特撮が使われているがこれが見事。そして作中で一番グロいシーンとなっている。

 地球に着いたクリッターは郊外の一軒家に住むブラウン家に襲いかかる。
 映画の冒頭ではバラバラだった家族が、クリッターの襲撃によって結びついていく様が見所。クリッターに傷つけられながらがんばるお父さんも強ければ、ショットガンでクリッターを吹き飛ばすお母さん強い。お姉ちゃんも弟も強い。観客層を考えると弟が一番活躍するのは当然。どれだけ危機的状況になっても諦めずに力を合わせてぶつかっていく。そこに家族の絆を考えさせてくれる。
 クリッターは最初はバスケットボールぐらいの大きさ。歩かずにコロコロと転がって高速移動する。見た目は愛らしいと言えなくもないが、極悪非道。近づかないでも麻酔性の毒物がある針を飛ばしてくる。

 小さな動物が暴れ回るという意味では『グレムリン』(1984)のフォロアー映画になるだろう。だが意外にヒットし、続編も4まで作られることとなった。大成功である。
 ものすごく面白いわけではないが、気楽に力を抜いて観ると結構楽しめる。オレは『フレンチ・コネクション』シリーズが続いてちょっと疲れたので息抜きで観た。これでビールがあれば最高なのだが、医者から飲酒は止められているのだ。残念。

 ハンターの武器は黒い筒状のバズーカのような銃で、やたらと威力が強い。地球のショットガンで殺せるクリッター相手にするには強力すぎる気もするが。おかげで家の中メチャメチャ。
 ラスト、クリッターは全部やっつけたはずだが……はモンスター・ホラー映画のお約束。
 お姉ちゃんの恋人役でデビュー当時のビリー・ゼインが出ている。必見。
 保安官役のM・エメット・ウォルシュがまた味のある演技を見せてくれる。ハンターたちの乗ったパトカーのエンジンがかからず、自分のパトカーのエンジンがかかった時の「どうしよう」という表情が最高。もちろん、パトカーは乗っ取られてしまうのだ。
 この作品では情けない男のチャーリーが登場するが、次回作以降で重要なので覚えておくように。

B001HQLV90.jpg『ゴッド・アーミー/悪の天使』(1994) GOD'S ARMY THE PROPHECY 98分 アメリカ

監督:グレゴリー・ワイデン 製作:ジョエル・ソワソン 製作総指揮:W・K・ボーダー、ドン・フィリップス 脚本:グレゴリー・ワイデン 撮影:ブルース・ダグラス・ジョンソン、リチャード・クレイボウ
出演:イライアス・コティーズ、クリストファー・ウォーケン、エリック・ストルツ、ヴァージニア・マドセン、ヴィゴ・モーテンセン、アマンダ・プラマー

 司祭の資格を受けている最中に信仰に揺らぎが生じて聖職を辞し、今ではロサンゼルスの刑事になった男が主人公。ずいぶん思い切った転職だ。とある殺人事件が発生し、その死体は目が存在せずその上、半陰陽(両性具有)だったのだ。男の遺品からは主人公が聖職者だった頃に書いた論文の他に手描きの聖書があった。2世紀の物と推測されるそれには、存在しないはずのヨハネの黙示録第23章があり、第二次天国戦争について書かれていた。(最初の戦争はルシファーが反乱を起こして堕天使として地獄へ落とされたもの)
 その頃、アリゾナの寂れた街に天使シモン(エリック・ストルツ)が現れ、ホーソン大佐の死体から魂を奪っていった。ホーソン大佐は朝鮮戦争で大虐殺を行った男で、その魂は「最もずる賢くて卑劣で残虐」なのだ。自らの死を悟ったシモンはその魂をナバホ族の少女マリアの身体の中に隠す。その魂を狙っているのは大天使ガブリエルなのだ。ガブリエルはそんな邪悪な魂でいったい何をしようというのか。

 これ、キリスト教について詳しかったらもっと面白いんだろうなと思わせる一本。
 ロスで見つかった死体も胎児の体組織、半陰陽、目がないなどから天使だと推測できるのだろう。というか天使って目がないのか。これは初耳なんだが、シモンも登場シーンでは目が黒かったしガブリエルの退場のシーンでも目がないのでそういうことになっているのかもしれない。でも宗教画に描かれている天使に目はあるよね。
 天使ガブリエルを演ずるのはクリストファー・ウォーケン。もっとも邪悪なガブリエルを魅力満々であの独特の目つきで魅了する。でも座り方はちょこんと膝を揃えて足だけで立つ天使座り。オレ、中学の時に足首を骨折して足首堅いからこれ出来ないんだ。キリスト教圏の人にとって、天使とかを演ずるのはどんな気持ちなのだろうか。しかも天使なのに悪役。
 神が人間に魂を与えたことによって、人間は天使よりも上の存在となった。それによって天使は神から人間の次にしか愛されなくなってしまった。それを不満とするガブリエルはホーソン大佐の魂を戦士として戦争を始めようとしていたのだ。
 それを最終的に防ぐのが堕天使ルシファーだというのが面白い。天使と悪魔の戦いを描いているのだが、今回の場合人間にとってルシファーが勝った方が都合がよい。
 ルシファーを演じているのがヴィゴ・モーテンセン。登場するなり、黄色い薔薇の花びらをちぎっていったと思ったら最後はパクッと食っちゃったりこちらも魅力的。一発OKだったらいいけどNG連発や監督が今のカット気に入らないとかでテイク20ぐらいになっていないことを祈る。とにかく悪の色気がゾクゾクと伝わってくる。ただ、出番は終盤の20分ぐらいなのでファンにはちょっと残念だろう。
 特撮もほとんど使っておらず、天使と悪魔、あるいは天使と人間の戦いというイメージで観てしまうと物足りないかも知れないが、CGを駆使した戦いだったらこの作品の味は出ないと思う。『コンスタンティン』になってしまうよな。

 天使と来れば美形キャラが一般常識かと思うが、ロスで発見された天使はブ男。最初から死体ではなくシモンと戦った後に建物から突き落とされ道路に落ちたところを車に轢かれて死ぬというご丁寧な死に方なのだがエリック・ストルツやクリストファー・ウォーケンが美形だったり色気があったりするのに対しこいつはブ男。天使にも色々いるんだ。

 天使の死体が人間の物ではない、そして持っていた聖書もまともな品ではないとしりつつも主人公に協力する検死官がなかなか味があって良かった。首吊り自殺をしたはいいが(?)、ガブリエルにゾンビ状態で生き返させられてしまってこき使われる青年や、病院の患者(アマンダ・プラマー)も良かった。ガブリエルは天国では偉いさんだから自分の手を汚す仕事や肉体労働はしたくないんだろうなと思っていたら、「車の運転ができないんだ」だって。そりゃまぁ天国に自動車学校はないんだろうが……

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『極寒激戦地アルデンヌ ?西部戦線1944?』(2003) SAINTS AND SOLDIERS 90分 アメリカ

監督:ライアン・リトル 製作:アダム・アベル、ライアン・リトル 製作総指揮:チャールズ・チャン 脚本:ジェフリー・パノス、マット・ウィテカー 撮影:ライアン・リトル
出演:コービン・オールレッド、ラリー・バグビー、カービー・ヘイボーン

「マルメディ虐殺」というのがあったそうだ。ドイツ軍最後の大攻勢があったアルデンヌの戦いで起こったドイツ軍人による米兵捕虜虐殺のことだ。その真実に迫るとかパッケージには書かれているが、オープニングであっと言う間に終わってしまう。そこから命からがら逃げ出した4人のアメリカ軍人の物語だ。
 持っている武器はドイツ兵から奪ったライフルが一丁と弾薬は4発のみ。極寒激戦地というだけあって雪だらけの寒い敵陣の真ん中で彼らは生き残ることが出来るのか。

 生き残ったのは軍曹、デューク伍長、衛生兵のグルド、ケンドリック軍曹、デューク伍長、衛生兵のグルド、ケンドリックの4人。
 途中で小屋を見つけて一休みをしていたら、そこへドイツ軍がやってきた。慌てて地下室に隠れると、無線で「ミューズ川」「墜落」といった単語が交わされているのをドイツ語が分かるデューク伍長が聞き取る。
 辺りを捜索してみるとパラシュートで脱出したイギリス空軍の兵士が木に引っかかって身動きできなくなっているのを見つける。
 そのイギリス兵はドイツ軍が反撃作戦の動きをしているところを写真に撮ったのだが、撃墜されてしまったのだ。この情報を連合軍に伝えないと多大な被害を被ることになる。彼らは司令部に向けて30kmの道のりを進み始めた。

 地味ではある。派手な戦闘シーンは少ないが、逃げ出して知り合ったばかりの4人のアメリカ兵士と1人のイギリス兵士の精神的関わりが映画のメインだ。
 戦う衛生兵グルド。元は宣教師としてドイツにいたためドイツ語が分かるデューク伍長。二人は対立してばかりだが、次第に打ち解けていく。デューク伍長がドイツにいた時の知り合いだったドイツ軍人との友情も効果的だ。
 ラストはそれなりに激しい戦闘シーンに突入する。数も武装も圧倒的に不利な状況で戦い抜く。

 全体的にきっちりまとまっていて、破綻した部分がない。地味だが調べてみると史実に乗っ取った物語になっているようで、B級戦争映画かと思ったがなかなかやるものだ。

B0009J8K6S.jpg『カプリコン・1』(1977) CAPRICORN ONE 129分 アメリカ

監督:ピーター・ハイアムズ 製作:ポール・N・ラザルス三世 脚本:ピーター・ハイアムズ 撮影:ビル・バトラー 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:エリオット・グールド、ジェームズ・ブローリン、カレン・ブラック、テリー・サヴァラス、サム・ウォーターストン、O・J・シンプソン、ハル・ホルブルック、ブレンダ・ヴァッカロ、デヴィッド・ハドルストン、デニース・ニコラス、アラン・ファッジ、デヴィッド・ドイル

 人類初の有人火星探査船カプリコン・1の発射が刻一刻と近づいていた。しかし、打ち上げ直前になってブルーベーカー船長(ジェームズ・ブローリン)ら三人の乗組員は船を下ろされ、ヒューストンから480キロの位置にある元空軍訓練基地へと移された。なんと船体の生命維持装置に欠陥があり、そのまま飛行をしたら三人とも死んでしまうと言うのだ。しかし、宇宙開発への意欲が国民の中で無くなっているなかなんとか発射まで持ってきたプロジェクトだけに、NASAのケラウェイ(ハル・ホルブルック)としてはなんとしても成功に見せかけたい。
 そのためカプリコン・1はリモコンで操縦して、火星着陸のシーンは基地の中に組んだセットで撮影してしまおうというのだ。火星に降り立った宇宙飛行士たちの映像はテレビで放送され人気を博した。ロケットが地球に近くなったため、設定上はほぼリアルタイムで宇宙飛行士の妻たちとの会話も行われ、後は着陸艇が着水する位置をずらして、回収船が来るまでのタイムラグを利用してカプセルに乗り込んで火星に行ってきた振りをするだけだった。
 しかし、大気圏再突入時にカプセルの耐熱シールドに異常が起こり、カプセルは燃え尽きてしまった。これで宇宙飛行士たちが人々の前に出てきたらNASAぐるみで行ったペテンがバレてしまう。身の危険を感じた宇宙飛行士たちは小型ジェットで逃げ出すが、燃料不足で荒野の真ん中に落ちてしまう。周りは砂漠や岩山ばかり。三人はそれぞれ別の方向に逃げるが、NASAはヘリコプターで追跡を始める。
 そんな頃、友人のNASA職員からテレビの電波だけ480kmの地点から届いていると聞きつけた新聞記者がいた。しかし、友人は行方不明になり記録も抹消されている。陰謀の臭いに気づいた記者のコールフィールド(エリオット・グールド)は独自に調査を始めるが、彼にも危険が迫ってくる。

「アポロは月面着陸なんかしていない。あれはスタジオで撮影されたものだ」などという説というのもおこがましいバカバカしい話しがある。あれはNASAの技術者と宇宙飛行士の知恵と努力と一種の狂気、何より人類の生み出した科学を貶めるにもはなはだしい物だ。
 だが、フィクションのネタとして使うとこのように面白い映画になるから世の中は楽しい。「アポロ未着陸」ネタはこの映画の前からあったのだろうか?ひょっとしたら『カプリコン・1』のパクリじゃないかと思っているのだが。
 陰謀を巡らすのはハル・ホルブルック。こういう役似合うな。ちょっと情けなさそうな顔をしているのに、実は頭の中で悪事を企んでいる。そんな腹に一物持つ男を演じさせたらピカ一である。
 三人の宇宙飛行士は一人また一人とヘリによって捕まっていく。その捕まり方にも工夫が施されていて、O・J・シンプソンの場合は飢えと渇きに苦しんだ目に二羽の鳥のように見えて食事のために捕まえなきゃと思ったら次第に焦点が合ってくるとヘリコプター。
 もうひとりの場合は、ボロボロになってアメリカンジョークを言いながら断崖をよじ登っていく。苦しい思いをして時に落ちそうになりながらもようやくと登り詰めるとそこに二台のヘリコプターが着地して待ち構えていた。

 映画の特徴としては宇宙飛行士側と新聞記者側の二つのストーリーに分かれていることだろうか。かたや命がけの脱出劇。かたや命がけの真実の追究。その真実の追究をする記者が真面目なタイプではなく一発狙いの特ダネ記事専門のトップ屋で風采の上がらないだらしなさそうに見えるエリオット・グールドというのがよい。
 終盤はついに真実に行き着いたエリオット・グールドが農薬散布の赤い複葉機をテリー・サバラスからチャーターすると一人生き残った(残り二人の宇宙飛行士が殺害されるシーンは登場しないがまず生きてはいないだろう)ジェームズ・ブローリンを翼にしがみつかせると、テリー・サバラスの操縦でヘリとの空中戦を繰り広げる。この空中戦が実に迫力がある。複葉機だよ。それが二台の軍事用ヘリに勝っちゃうんだから無茶も良いとこ。テリー・サバラスはてっきり銀行強盗がらみだと思って、「わしに分け前を1/3、いや半分よこせ」と言ってくる個性の強いキャラ。登場シーンは短いが、実にもうけ役。オレの記憶だと、ラストの三宇宙飛行士の葬儀に飛行機で着陸してくることになっていたが、さすがにそれは違った。でも、その方が面白いのに。

 オープニングのロケット発射の映像はNASAから借りてきたのだろうか。よく貸してくれたな。
 先日、ある人とジェリー・ゴールドスミスについてメールでやり取りしたんですが、この作品もジェリー・ゴールドスミス。『猿の惑星』シリーズといい『ランボー』シリーズといい、最近ちょっとジェリー・ゴールドスミスづいてます。緊迫感のあるメインテーマがなかなかいいですぞ。

 この陰謀は男たちの反撃で打ちのめすことが出来たが、オレたちの暮らすこの日常の中でもしも権力側が本気になって虚構を事実だと言い張ったらどうなるだろうか。新聞、テレビも権力側について騙しにかかってきたらオレはそれを見抜くことが出来るんだろうか。

B001OC2EPC.jpg『ゲット スマート』(2008) GET SMART 110分 アメリカ

監督:ピーター・シーガル 製作:マイケル・ユーイング、アレックス・ガートナー、アンドリュー・ラザー、チャールズ・ローヴェン 共同製作: アラン・グレイザー 製作総指揮:ブルース・バーマン、スティーヴ・カレル、デイナ・ゴールドバーグ、ジミー・ミラー、ブレント・オコナー、ピーター・シーガル 監修:メル・ブルックス、バック・ヘンリー 脚本:トム・J・アッスル、マット・エンバー 撮影:ディーン・セムラー 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:スティーヴ・カレル、アン・ハサウェイ、アラン・アーキン、ドウェイン・ジョンソン(ザ・ロック)、テレンス・スタンプ、ケン・ダヴィティアン、マシ・オカ、ネイト・トレンス、テリー・クルーズ、ジェームズ・カーン、デヴィッド・ケックナー、ダリープ・シン、ビル・マーレイ

 あのおとぼけスパイ・スマートが帰ってきた。厳密に言うと二代目スマート。オリジナルの『それ行けスマート』は『それ行けスマート 0086笑いの番号』(1980)しか観ていないけど、スティーヴ・カレルがドン・アダムスの後を継ぐ(?)シーンは泣けたね。

 『ゲット スマート』の主人公エージェント86ことマックスはマヌケにして有能。あるシーンではすごく切れ者なのに、別のシーンではまるで役立たず。その落差が大きすぎるのが気になる。
 マヌケなのだがなぜか毎回難関を切り抜けてしまう方が個人的には面白そうだ。脚本を書くのは大変だろうが。大男の殺し屋に屋上で追い詰められた時の逃げ方や、ある人物にレールの上を炎上しながら疾走する車から逃げ出す時の方法はマヌケで面白いのでその辺りを貫いて欲しかった。
 悪人相手に真面目に格闘して勝ってしまうのはちょっと興ざめ。キャビアを産むのはチョウザメ。

 アメリカにはCIA、NSA、FBIなど各種組織があるが、その中の一つに平和を守る情報機関コントロールがある。マックスはそこの情報分析官。現場で仕事をするエージェントを目指しているが、分析官としての能力が優秀すぎて現場に出すにはもったいないと昇進させてもらえない。
 そんなところへ、かねてから因縁のある世界征服を企む秘密結社カオスの攻撃によりエージェントの情報が漏れ多くの者は殺され、生き残った者も現場に出ることが出来なくなってしまった。今度は核兵器によってアメリカ大統領抹殺を企んでいるらしいカオスに対抗するため、コントロールは急遽マックスをエージェント86に昇格させ、最近大規模な整形手術をしたばかりで面の割れていない女性エージェント99の二人でロシアに向かわせる。ところがマックスはヘマをしたり意外な活躍をしたりでどうもつかみ所がない。

 下らないギャグがそれなりにあってそこのところは満足。好みから言えばもっと多くても良いんだけど、物語のバランスを考えるとこのぐらいまでか。そのバランスを無視したのが往年のZAZの面々なわけだが。
 麻酔薬の吹き矢を撃つシーンでは「吸い込むよな?ここは吸い込むところだよな?」と思っていたらやっぱり吸い込んで失神する。「あー、これは落ちるよ。落ちるよな?」といったシーンではちゃんと落ちる。
「ほらサラウンドすごいでしょ」ギャグには大笑い。
 追い詰められたマックスが言う。「表にはBB弾の銃を持ったチャック・ノリスが待ち構えている」。ギャグなんだろうけど最強かも。チャックさんお前に敵なし。それは130人の狙撃兵にも24人のデルタ・フォースにも勝る。チャックさん最強説が改めて提示された。
 オリジナルでは定番だった靴が通信機になっているギャグもちゃんと踏襲。というか、そのシーンで初代スマートのスーツや車など一切合切を引き継いで二代目になる。どうでもいいけど、スティーヴ・カレルが時折ブルース・キャンベルに見えてしょうがないのはオレだけだろうか。

 エンドクレジットの頭に出る監修(CONSULTANTS):メル・ブルックス、バック・ヘンリーが良いねぇ。実際にどれだけ関わったか知らないが、まだ映画でメル・ブルックスの名前を観ることが出来るのは嬉しい。
 キャストも豪華で、コントロールのチーフにすっかりハゲ頭のアラン・アーキン、大統領にジェームズ・カーン(オリジナル版にも登場していたそうだ)、凄腕エージェントに本名のドウェイン・ジョンソン名義のザ・ロッックなどなど。木の中のエージェントにビル・マーレイという無駄に豪華キャスト。007のジョーズを思わせる巨人な殺し屋ダリープ・シンはやたらデカい人だなと思っていたら、日本でも活躍したことのあるプロレスラーなんだそうだ。というか同じ監督の『ロンゲスト・ヤード』(2005)でオリジナル版のリチャード・キール的役をやってたな、たしか。
 これでは主人公のスティーヴ・カレルがかすんでしまいそう。というかかすんでいる。オレ、この人あまり好きじゃないんだ。エージェント99のアン・ハサウェイが出ている映画はあんまり観てないし。

B00005G0KD.jpg『クエスト』(1996) THE QUEST 94分 アメリカ

監督:ジャン=クロード・ヴァン・ダム 製作:モシュ・ディアマント 脚本:スティーヴン・クライン、ポール・モネス 撮影:デヴィッド・グリブル 音楽:ランディ・エデルマン
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ロジャー・ムーア、ジャネット・ガン、ジェームズ・レマー、ジャック・マクギー、ルイス・マンディロア、アキ・アレオン、北尾光司
 ヴァン・ダムの初監督作品。ちなみに現時点で唯一の監督作品。だが、所々で素人監督を感じさせるものの意外とまともな作品に仕上がっていて、アクション部分以外も楽しめる作品となっている。

 現代のニューヨーク。飲み屋に杖を突いた老人が現れた。その老人は店に押し入ってきた三人組の強盗をいとも容易く叩きのめして追い出してしまう。「あんた、なんでそんなに強いんだね」と尋ねる店主に、「そうだなあれは1925年だったか……」と老人は驚くべき冒険譚(クエスト)を語り始める。

 当時、ニューヨークの街で浮浪児たちを率いてはこそ泥まがいの犯罪で生計を立てていたヴァン・ダムだが、犯罪組織から大金を盗んだことから命を狙われ港に停泊していた船に潜り込む。出航後に見つかり手錠をかけられてこき使われていたヴァン・ダムを助けたのは海賊まがいの行為をしているロジャー・ムーア。しかし、この男はとんだ食わせ者でヴァン・ダムをムエタイ島の住人に売りつけると自分はさっさと逃げ出してしまう。
 ムエタイ島というからにはムエタイが島技で半年間の間、ヴァン・ダムもみっちり修行を積む。
 その頃、チベットの忘れられた町で開催される極秘の総合格闘技大会“ガンゲン”の招待状が各国の猛者たちに届けられた。アメリカのボクサー、フランスのサバット使い、中国のクンフー使い、ブラジルのカポエラ使い、そして中には日本の関取(元横綱・双羽黒こと北尾光司もいた。
 ヴァン・ダムはアメリカのボクサーと戦い、代わりに出場権を得る。果たして強敵を相手に勝ち抜き、見事優勝することが出来るのだろうか。

 総合格闘技戦ということで、ヴァン・ダムの『ブラッドスポーツ』(1987)が思い出される。
 様々な格闘技が完璧とは言えない物のかなり再現されており、格闘技マニアには嬉しい作品ではないだろうか。
 中にはキルト姿のスコットランド人なども出デビュー作てくるが、スコットランドに独自の格闘技があっただろうか。なんか、丸太を投げているぐらいしか思い浮かばないが、あれは格闘技じゃないだろうし。
 日本人としてやはり注目したいのは北尾の相撲。『ブラッドスポーツ』の関取は単なる体格の良い香港人だったが、北尾は色々と問題があったとはいえ一時期は大相撲の頂点に立った男。まずは沖縄代表との戦い。(日本と沖縄は別扱いになっている)。琉球空手の使い手の技を容易く受け流し投げ一本で試合を決めてしまう。さすがだ。
 トルコ代表の試合では立ち会いのぶちかまし一本で決まり。強い。
 この調子で優勝争いに関わってくると思われた北尾だが、モンゴル代表に叩きのめされてしまう。相撲がモンゴル人に打ち負かされてしまう。これはモンゴル人横綱・朝青龍などモンゴル人力士に日本人がねじ伏せられている現在の日本の大相撲の状況を予言していたのではないだろうか、と無駄に深読み。このモンゴル代表が最後の対戦相手となる。
 ヴァン・ダムはムエタイを使い、華麗な足技などで勝ち残っていく。
 そんな最中、黄金で出来た龍の像を盗もうと画策するロジャー・ムーアがコメディ・リリーフとして活躍してくれる。最初は、なんでこんな映画にロジャー・ムーアが出ているんだと思ったが、軽めでちょっと詐欺師っぽい役が実に似合う。
 『ブラッドスポーツ』と同じく、女性記者がヒロインとして登場するが、物語においてはほとんどいなくてもかまわない存在だ。男ばかりの画面を嫌っての起用だろう。

 時折使われる妙なスローモーションが素人監督を感じさせる。スローモーションといっても高速度撮影によるものではなく、通常の1秒間24コマで撮影したフィルムを編集段階で引き伸ばした物。オレはこれを“ニセスローモーション”と呼んでいる。
 素人監督はスローモーションやズームなど機械的演出を使いたがるが、上手く使いこなしている人は少ない。

 実際に出場してから面白くなるが、それまでのヴァン・ダムがこき使われたり売り飛ばされたりする前半部分が少々退屈。

『キックボクサー』

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B00005L8OU.jpg『キックボクサー』(1989) 監督:デヴィッド・ワース 出演:ジャン・クロード・ヴァン・ダム/デニス・アレクシオ/ハスケル・V・アンダーソン

(劇場公開時に書いた文章)
なんてったってあのジャン・クロード・バン・ダムの主演作だということで、かの名作「シンデレラボーイ」で魅せられて以来のファンとしては映画館に駆けつけてしまうわけだ。
しかし「ブラッドスポーツ」やら「ブラックイーグル」やら「サイボーグ」などどうも出る作品が駄作ばかりなので不安は多いにあった。
監督が「ダーティーファイター」などのイーストウッド作品やあの「レモ第一の挑戦」などで撮影監督をやっていた男だということで「今度こそ…」という思いがあって、それで結局面白かったのかというと、これがなんとも嬉しい素敵な映画だったのだ。
話自体は兄のかたきを討つという単純なものなのだが、修行映画の王道を行くような素直な作りが気持ちいい。
思いっきり低予算と言うことが分かる始まり方をするが、ジャン・クロードとその兄貴が狭そうな船に並んで座って、ジャンがしきりにバンコクの風景を写真に撮っている辺りのおおらかさでそんな些細なことはどうでもいいと思えるようになる。
なんといっても悪役のトン・ポーの登場シーンがいい。
しきりにコンクリートの柱を蹴り続けるハゲが振り向いて不気味に笑う。
こんな奴いねーよとチャチャを入れる隙さえ与えない。
こいつだけでなく主人公を取り囲む登場人物が魅力的に描けているのも嬉しい。
師匠となるジアンはどう見たって「レモ」のチウンを思い起こさせるジジイで「この野郎パクッたな」とも思うが、このとぼけた感じがなんとも面白い。
だいたいこういう修行物では師匠の存在が重要となるもので、ジャッキー・チェンの初期の「蛇拳」などのジジイや「ベストキッド」のパット・モリタなどの、どちらかというとボケをかますといったタイプが多いわけだが、そういったところをちゃんとやっているのはえらい。
元軍人の黒人にしたって、登場の仕方や話のかかわり方はかなりいい加減な物だが、ラスト近くM?16を手に逆光で登場されるとやはりカッコいい。
タイ人の少女もなかなかよく、ジャンとの純愛もほのぼのしていていい。
この娘が悪者に捕まるところは、いきなり捕まっているという思いきった省略がされていて、なかなかこんな事は出来るものではない。
この作品のメインはその修行シーンにあるのだが、真剣さの中にもとぼけた味がくわわっていて楽しい。
犬に追いかけられるところとか、突然水槽から顔を出すところ、椰子の実を落とすところの人間の位置関係の使い方など。
そしてラストの対戦シーンになるわけだが、さすがにこの監督アクションの撮り方を心得ている、なんといってもえらいのはスローモーションをほとんど使っていないということである。
手のロープを切るところでもスローモーションと通常スピードの部分をうまく組み合わせていて、うまくスローを使っている。
トン・ポーを倒した後、悪役のボスにも蹴りをいれるところなど実に嬉しい。
この作品、確かに考え抜かれて撮られたというものではない。
しかしおごったりもったいぶったりすることのない素直な演出は見ていて気持ちがいい。
無思考による純映画の好例であると思う。

griz_jacket.jpg『グリズリー』(1976) GRIZZLY 92分 アメリカ

監督:ウィリアム・ガードラー 製作:ハーヴェイ・フラックスマン、デヴィッド・シェルドン 製作総指揮:エドワード・L・モントロ 脚本:ハーヴェイ・フラックスマン、デヴィッド・シェルドン 撮影:ウィリアム・アズマン 編集:バブ・アズマン 音楽:ロバート・O・ラグランド
出演:クリストファー・ジョージ、アンドリュー・プライン、リチャード・ジャッケル、ジョーン・マッコール、ジョー・ドーシー、ヴィッキー・ジョンソン、チャールズ・キッシンジャー、カーミット・エコルズ、トム・アーキュレイジ

 平和な森林が広がる国立公園。シーズンは過ぎて秋深くなってきたとはいうものの、そこではキャンパーやハイカーたちが楽しく過ごしていた。
 ところがキャンプの帰り支度をしていた二人組の女性の一人がトイレットペーパーを片手に茂みに入ったところを何者かに襲われ、切断された腕が宙を飛ぶ。そしてもう一人も巨大な影に襲われる。
 二人の遺体を発見した公園監視員隊長は熊の仕業だと断言。熊の捜索を始めるが下着姿で水浴びをしていた女性公園監視員も熊に襲われる。後にそいつは雄だと判明するがなるほど、納得である。
 頭がガチガチで保身しか考えない上司も当然登場する。その上司が素人ハンターを大量に公園へ送り込んだことからさらに自体は混乱。
 そこへ現れた動物の専門家がみなに言う。
「これは熊の仕業じゃない。グリズリーだ」

 “グリズリー”とは“ヒグマ”のこと。百科事典によると大きな物だと体長2.8メートル、体重780キログラムにも達するとあるが、映画に登場するのは18フィートつまり5メートルはある超大型。体重は1トンはあるだろうとのこと。
 そんな巨大なグリズリーがいるはずないじゃないかという問いに、動物の専門家は100万年前にはいたと言い切る。そいつの生き残りじゃないかと匂わせているのだが、だったらティラノザウルスだって大昔にはいたよな。
 このグリズリーの襲い方が豪快で猛烈。片手を振ると馬の首ぐらい吹っ飛んでしまう怖ろしさ。木で作られた監視塔だって体当たりで倒してしまう。理性の欠片もありゃしない、あんたってほんとけだものねっ。
 そんなけだものでも、子供だけは襲わない、と安心させておいてやっぱり襲う。その子供を助けるために、大の男でさえ尻尾巻いて逃げ出すグリズリーに立ち向かうお母さん。やはり母は強し。殺されちゃうけどな。子供も辛うじて死んではいないけど片足無くなってたし、手術次第でどうなるか微妙ってことになってるし。ここら辺がなかなかシビア。
 でも、前半の巨大な手や足、胴体だけが移る時は怖さを感じるんだけど、実際に全体を表すとこれが目がちんまりと可愛らしくて熊牧場なんだ。もちろん、ヘリコプターに襲いかかる(じゃれてる?)シーンから見ると2?2.5メートルぐらいだからかなりデカいんで、まともに向かい合ったらウィリー・ウイリアムスでも瞬殺なんだろうけど。熊は割としつけることが出来るらしいから、こんな映画も低予算で製作可能だったんだろう。人間や動物を切り裂く爪を持った巨大な腕はさすがに作り物だが、後は本物がほとんど。SFXもあまり必要ない。
 その点、この作品が大きな影響を受けていること間違いなしの『ジョーズ』(1975)では本物のサメの出番は少なかっただろう。
 動物の専門家は殺されて保存用の餌として埋められたのをゾンビのように甦ってくるがまたすぐ殺されなんの役にも立っていない。何がしたかったんだ?ラストはもちろんドカンと大爆発の爆発オチ。グリズリーを吹き飛ばした爆風でアフロになった(なってない)隊長がよろよろと膝を突く。こうして多大な犠牲者を出したグリズリー事件もやっと終結を向かえたのであった。
 嫌な上司も、都会から来た女性カメラマンのヒロインはほとんど活用されておらず、ここら辺も『ジョーズ』に比べるとやはり弱い。当時は天才児だったスティーブン・スピルバーグが相手では無理もないのだが。そして、現在もなおかつ変わらずに天才児なのがスピルバーグの不幸なのだと思うのだが、それはまたそのうち。

 グリズリーに襲われる子供が後に意外と有名な俳優になったという記憶があった、具体的には幼少期のチャーリー・シーンだったと思ったのだがこれがてんで間違い。そもそも子供金髪だわ。

B000LXIOOU.jpg『拳銃の町』(1944) TALL IN THE SADDLE 87分 アメリカ

監督:エドウィン・L・マリン 製作:ジョン・ウェイン 原作:ゴードン・レイ・ヤング 脚本:マイケル・ホーガン、ポール・P・フィックス 撮影:ロバート・デ・グラス 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:ジョン・ウェイン、エラ・レインズ、ジョージ・“ギャビー”・ヘイズ、ウォード・ボンド、エリザベス・リスドン、レイモンド・ハットン

『ダコタ荒原』では小麦畑が狙われたが、今度の標的は二つの牧場。悪党に狙われた牧場を守るのは永遠のヒーローであるジョン・ウェイン。
 医者と歩くシーンがあるが、医者の人の背が低いのもあるんだろうがその人の胸の辺りにジョン・ウェインの腰がある。背が高いし足も長い。拳銃を右腰にぶら下げているシーンではバランスを保つためか上半身をちょっと左に曲げて歩いていて、ヒョイヒョイというリズムを持ったジョン・ウェイン独特の歩き方をする。

 もう12月も中旬に入った。今年も残り二十日ほど。片付けておかなきゃいけないことが色々ある中、スカパー!の録画も片付けなきゃと観る。録画日を確認すると8月放映分。ハードディスクレコーダーは便利なので「おっ面白そうだな」と思うとどんどん録画するが一日に観られる本数は2本ぐらい。録った時点で安心してそのままになっている方が多いのだ。8月分を観終わってもまだ9?11月分で数十タイトル残っているし、さらに12月分もたまりつつある。本は人によって読む速度が違ってオレは速読な方だが、映画は誰が観ても2時間の作品には2時間かかる。

 牧場主に雇われてある町にやってきたジョン・ウェインだが、その雇い主は何者かに射殺されていた。牧場を引き継いだのは東部からやって来たお嬢様。お目付役で口やかましい叔母が付いている彼女だが、どうもジョン・ウェインが気になっているらしい。
 叔母さんの口出しで職に就く話しはご破算となってしまった彼だが、姉弟で牧場を経営するじゃじゃ馬娘に牧童として雇われることになる。実は、弟がジョン・ウェインにポーカーで負けて自分もそのことで恥をかかされたじゃじゃ馬娘は、こき使ったあげくに首にしてしまおうと考えていたのだ。最初は「あんな奴」とプリプリしているが、気がつくと彼女もジョン・ウェインが気になっていくのは言うまでもない。
 彼女たち美女と一緒にいるのが似合うジョン・ウェインだが、グチばかり言っている白髪白髭の老御者ジョージ・“ギャビー”・ヘイズとコンビを組んでいるシーンが一番生き生きして見える。彼のの役柄は『ダコタ荒原』や『リオ・ブラボー』でのウォルター・ブレナンに近い。ウォルター・ブレナンは西部劇の名脇役としてジョン・ウェインの他にもランドルフ・スコットやロイ・ロジャースといったスターと共演し映画を盛り上げた人。こういう良い脇役がいるかいないかで映画の面白さは断然変わってくる。同じ日にバットマンの『ダークナイト』(2008)を観たけど、マイケル・ケイン演ずる執事のアルフレッドはいいよねぇ。
 ウォード・ボンドはまたもや土地乗っ取りの黒幕。牧場を安く買い占め、大きな土地を分割して農民に高く売りつけようという地上げ屋だ。ニヤニヤした笑い顔がいかにも悪巧みをしていそう。この人はそんなに外人外人していなくて、日本人にもいそうな顔。

 定番なキャラクターに定番なストーリーとたわいもない娯楽西部劇だが、そのたわいもない面白さが好き。オレは割となんでも観る方だと思うが、結局はこういうB級娯楽映画が一番好きなんだろう。

B00186Y9L6.jpg『クラッシュ!!!』(2008) CRUSH AND BURN 86分 アメリカ

監督:ラッセル・マルケイ 製作総指揮:ロバート・ハルミ・Jr、ラリー・レヴィンソン 脚本:フランク・ハンナ、ジャック・ロジュディス 撮影:マキシモ・ムンジ 音楽:ジェフ・ローナ
出演:エリク・パラディーノ、マイケル・マドセン、デヴィッド・モスコー、ピーター・ジェイソン、デヴィッド・グロー、ヘザー・マリー・マースデン、ミレリー・テイラー

 このところテレビ用映画ばかり撮っていたラッセル・マルケイが2007年に『バイオハザード3』で劇場用映画に帰ってきたと思ったらまたテレビ用映画に戻ってしまった。
 二年ぶりにロサンゼルスに戻ってきた天才自動車泥棒。犯罪者仲間の古い友人や仲間と再会し仕事に加わるが、実は今の彼は……。上手くやれば『ステート・オブ・グレース』になったストーリーだが、そんなの無理無理。
 思い人を誘拐されて人質にされ、高級自動車泥棒を余儀なくされるというのは同じラッセル・マルケイの『ブロンディー/女銀行強盗』とちょっと似てるかも。
 自動車博物館の特別室という一種の密室から貴重な車を盗み出す方法は『ルパン三世』風で面白いが、あまり活かされていないのが残念。
『CRUSH AND BURN』(『クラッシュ!!!』)というタイトルの割にはカーチェイスのシーンとカークラッシュは少ないが、そこは予算の少ないテレビ用映画だから仕方ない。盗むシーンでは高級車が登場するがクラッシュする車はそれほど高くなさそう。好きじゃない映画だが『60セカンズ』などと比べて明らかに見劣りがするが仕方ない。
 役者陣では『レザボア・ドッグス』や『キル・ビル』シリーズのマイケル・マドセンが存在感を放っているぐらい。自動車工場のオヤジも良いかな。あとは主人公からヒロインまで含めて魅力のあるキャストは少ない。
 オープニングで使われる画面分割が画面に凝るラッセル・マルケイらしいといえばらしい。DVDのパッケージで「カーアクション物だな」と思って借りると「外した」と思うかなぁ。
 トヨタのプリウスもちょっと登場しますが、高級自動車という扱いではない。当たり前か。スポーツカーも盗むのでミッション車の登場も多い。オレはAT限定ではないのでミッション車も運転して良いのだが、半クラッチの感触などとっくに忘れていてもう無理。坂道発進なんか絶対に出来ない。オートマはパソコンのCUIからGUIへの発明並の進歩だ。昔はMS-DOSでコマンドをキーボードで打ち込んでいたけど、今さらCUIには戻れない。ミッション車にも戻れない。

B00197ONYM.jpg『カジュアリティーズ』(1989) CASUALTIES OF WAR 114分 アメリカ

監督:ブライアン・デ・パルマ 製作:アート・リンソン 原作:ダニエル・ラング 脚本:デヴィッド・レーブ 撮影:スティーヴン・H・ブラム 特殊効果:キット・ウェスト 音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:マイケル・J・フォックス、ショーン・ペン、ドン・ハーヴェイ、ジョン・C・ライリー、ジョン・レグイザモ、テュイ・テュー・リー、エリック・キング、サム・ロバーズ、デイル・ダイ、ヴィング・レイムス、ドナル・ギブソン、ジャック・グワルトニー

 ベトナム戦争で偵察に出たアメリカ軍人5名がベトナム人の村から少女を誘拐し、レイプしたあげくに殺害したという実際に起きた事件の映画化。5人の中で1人だけ誘拐・レイプに反対した兵士(マイケル・J・フォックス)が主人公。
 観たのは公開時以来だがやはり重苦しい。デ・パルマ作品としては珍しく例によって長回しはある物のテクニックに溺れていないのでまだ観られる。これでいつものようにコテコテの演出を駆使していたらかなりつらい。
 製作年度としては『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』(1989)『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』(1990)の頃。マイケル・J・フォックスとしてはコメディ一色に収まりたくなかったため俳優としてさらに枠を広げるべく出演したと思う。当時のマイケルはアイドル的存在だったので彼目当てで詳しい内容を知らずに観に行った観客、特に女性客にはきつかっただろう。
 部隊を指揮する軍曹はショーン・ペン。やはり良い。童顔でいかにも純朴そうなマイケルと見た目だけですでに対比となっており上手いキャスティングだ。他の隊員たちも若い俳優ばかりだが、『エグゼクティブ・デシジョン』(1996)の対テロ部隊員や『ランド・オブ・ザ・デッド』(2005)で主人公と対立する調達屋を演じたジョン・レグイザモなど当時は無名だったがその後も映画で目にする人が多い。
 アメリカ軍人が犯した戦争犯罪とマイケルによる内部告発がメインなので、ベトナム戦争が題材となっているが戦闘シーンなどは少ない。デ・パルマによる本気の戦争映画も観てみたい物だ。
 戦争時の狂気を「私たちはこんな悪いことをしたんだ」「今となっては反省している」で片付けてしまうのは安易な気もするが、偽善と欺瞞の固まりである『プラトーン』などよりは単なる自虐よりさらに一歩踏み込んでいる。こうしたハリウッドの反戦・厭戦的視点は1991年の湾岸戦争以降、すっかり姿を消してしまう。
 音楽のエンニオ・モリコーネの楽曲が高ポイント。
 ただ、個人的に戦争映画に求める物は軍人同士の戦いで、民間人が巻き込まれる作品はやはり好きではない。映像にしてしまった時点でどうしても娯楽的要素が出てくるので、戦争の悲惨さを訴えるなどの題材は文章向きだろう。

B0017XB4Y0.jpg『華氏451』(1966) FAHRENHEIT 451 112分 イギリス/フランス

監督:フランソワ・トリュフォー 製作:ルイス・M・アレン 原作:レイ・ブラッドベリ 脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン=ルイ・リシャール 撮影:ニコラス・ローグ 音楽:バーナード・ハーマン
出演:オスカー・ウェルナー、ジュリー・クリスティ、シリル・キューザック、アントン・ディフリング、ジェレミー・スペンサー

 2004年頃、『華氏451』の再映画化を検討中のフランク・ダラボンはトリュフォー版についてこう言った。

「あのバージョンは著しくパッションに欠けるね。原作をなんて情熱的な本だろうと思っている私には、とてもビザールな作品に感じられた。私は今回の作品をリメイクとは考えてはいない。まだ一度も映画化されていない本の映画化と思って取り組んでいるんだ」

 トリュフォーの『華氏451』がパッションに欠けているのならば、いったいどの映画ならばパッションに溢れているというのだろうか?ええっ、ダラボンの旦那よぉ。
 書物が禁じられた社会。かつては火事を消すのが仕事だった消防士(ファイヤーマン)は、密かに本を隠し持っていた人から本を取り上げ、それを火炎放射器で焼き尽くす焚書が任務となっていた。
 昇進を控えたファイヤーマンである主人公のモンターグが帰宅途中のモノレールの中で、クラリスという女性に声をかけられる。髪の長さ以外は妻にそっくりなその女性と次第に親しくなり、その内に自分が燃やしている意味がないと思っていた“本”のことが気になりだし、ついにはチャールズ・ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』を手に入れ読み始めてしまう。
 本によって目覚めた彼は、自分たちを取り囲んでいる管理社会について疑問を抱き始める。そこは長髪の青年は街角で捕らえられて無理矢理髪を切られてしまうなど、本以外でも規制が厳しい社会。人々はテレビに釘付けになっており、薬物を常用して感情をコントロールしている。だが、現在の生活になんら不満のない妻にはそれが分かるはずもない。

 本だけではなく、活字も禁じられた社会。モンターグが新聞らしき物を読んでいるシーンがあるが、その紙面は活字のないサイレントのマンガが描かれているだけ。それを強調するために、この映画のオープニングクレジットは文字ではなく、各家庭の屋根に取り付けられたテレビのアンテナをバックにナレーションで監督や脚本、カメラマンなどの名前が読み上げられるといったスタイルを取っている。
「SFは大嫌いだ」と公言してはばからなかったトリュフォーだけあって、ジャンル的には近未来デストピア物となるのだろうが、SF的小道具は大型の薄型テレビぐらい。電話機などはあえてクラシカルなデザインの物を使っているぐらいだ。
 モンターグが本を読み始めてから、それにのめり込んで社会への疑問を持ち始めるまでの過程がかなり省略されていて唐突な感は否めないが、それはトリュフォーが観客の想像力に託したのだと考える。
 息苦しく人々には生気がない管理社会を表現するためか、映画は全体的にかなり抑制された作りになっている。物語の終盤で、本の人々“ブックピープル”が暮らす森の中にある集落に主人公がたどり着くシーンでもことさらに盛り上げようとはしない。ダラボンはそれを“ビザール”と感じたのだろうか。ハリウッドスタイルが映画演出の全てではないというのに。
 本に魅了されてからのモンターグの心の変化と行動、特にテレビを見てたわいもないおしゃべりをしているだけの妻と友人の集まりに本を持ち込んで朗読し始めるシーンは素晴らしい。本を奪われても、それを各々が一冊ずつ暗記して語り継いでいくというラストにもオレはパッションを感じる。

B000JVRTMM.jpg『駆逐艦ベッドフォード作戦』(1965) THE BEDFORD INCIDENT 102分 アメリカ

監督:ジェームズ・B・ハリス 製作:リチャード・ウィドマーク、ジェームズ・B・ハリス 原作:マーク・ラスコビッチ 脚本:ジェームズ・ポー 撮影:ギルバート・テイラー 音楽:ジェラルド・シャーマン
出演:リチャード・ウィドマーク、シドニー・ポワチエ、マイケル・ケイン、ドナルド・サザーランド、マーティン・バルサム、ジェームズ・マッカーサー、エリック・ポートマン

 冷戦下にはソ連を悪役とした映画が数多く制作されたが、それと同時のこの『駆逐艦ベッドフォード作戦』のような作品も作られているのがアメリカ映画の面白いところ。冷戦の緊張感が最頂点に達した1963年のキューバ危機から2年後、1965年の作品である。

 駆逐艦ベッドフォード号はグリーンランド沿岸の西側海域を哨戒中に、領海侵犯していたソ連の潜水艦を発見する。追跡して氷山の下に追い詰め、後は潜水艦の空気が切れるまでの24時間の持久戦となる。艦内の緊張は高まり、乗組員の疲労もピークに達した頃、ついに耐えかねた潜水艦が浮上してくる。

 ソ連の潜水艦側の描写は一切無く、物語はベッドフォード号の中のみで進行する。当時の状況を考慮しても異常なまでにソ連を憎む艦長(リチャード・ウィドマーク)の下で、部下は規律正しく統率され怠けたり無駄口を叩いている者など一人もいない。
 そんな艦内の様子を観客を代表した視点で見るのが、取材のためにヘリコプターから乗り込んだ雑誌記者(シドニー・ポワチエ)である。この役に黒人俳優であるポワチエが配役されたことに時代の変化を感じる。これより十数年前ならば白人俳優に割り振られていたことだろう。
 記者と一緒に新たにベッドフォード号に配属になった軍医は、第二次大戦後は予備役となり民間の医者として働いていた人物。大戦時とはすっかり変わってしまった艦内の様子に驚き、艦長からは時代遅れな男としか受け取られない。そんな軍医が艦長に提言したのが、座りっぱなしの勤務が多い乗組員のため、両手を引っ張ったりして「緊張、リラックス。緊張、リラックス」を繰り返してのストレッチ体操。
 もちろん艦長からは却下されるが、軍医の言っていた「緊張とリラックス」は精神面においても同じこと。常に気を張り詰めて緊張状態を強いられた部下たちは次第に疲弊し、ついにはわずかなミスが悲劇を引き起こす。

 艦長は偏った人間だが、部下のことを考えていないわけではない。ただ厳しすぎるのだ。冷戦という戦時と平時のバランスの中で自らを失っていったのである。もしも第二次大戦で戦っていたら名艦長として名を馳せたのかも知れない。
 リチャード・ウィドマークは自らの名を冠したプロダクションで製作も務めている。冷戦や軍への批判といった要素があるため題材的には映画会社が率先して作りたがる物ではないはず。映画化の実現にはウィドマークの力によるところも大きいのだろう。
 駆逐艦と潜水艦の戦いのシーンは登場するが、戦争映画ではなく駆逐艦内での心理ドラマがメインである。

B000H9HQVK.jpg『カサンドラ・クロス』(1976) THE CASSANDRA CROSSING 128分 イタリア/イギリス

監督:ジョルジ・パン・コスマトス(ジョージ・P・コスマトス) 製作:カルロ・ポンティ、ルー・グレイド 脚本:ジョルジ・パン・コスマトス、ロバート・カッツ、トム・マンキウィッツ 撮影:エンニオ・グァルニエリ 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:リチャード・ハリス、バート・ランカスター、ソフィア・ローレン、エヴァ・ガードナー、マーティン・シーン、イングリッド・チューリン、ジョン・フィリップ・ロー、アン・ターケル、レイモンド・ラヴロック、アリダ・ヴァリ、O・J・シンプソン

 昔、テレビの洋画劇場で観たのが最初なんだが、その時の記憶は「最後に列車が鉄橋から落っこちる映画」としかなかった。今回観直してみると、全編を通すサスペンス感に心をひかれた。ハリウッド映画とは違う、ちょっと地味だがジワジワと来る恐怖。同じ乗り物パニック映画としてはあえていうなら『ジャガーノート』に近い物を感じる。『ジャガーノート』の方が洗練度は高いが、山場山場の連続ではなく、少しずつ細かいエピソードを重ねていくことで緊張感を作り上げていく手法は面白い。

 監督のジョルジ・パン・コスマトスはシルヴェスタ・スタローンの『ランボー2 怒りの脱出』や『コブラ』を撮った人。昔はジョージ・P・コストマスって呼ばれていた気がするが、同一人物。そうか、PはPANだったのか。
 空撮で雪山からジュネーブの街中へとカメラが入り、国際保健機構本部へと近づいていくオープニングですでにワクワク。オープニングが空撮ってだけで心が躍るのは何故なんだろうか。
 その国際保健機構で米軍が極秘裏に細菌兵器を開発ないし調査中で、爆弾を仕掛けるために忍び込んだ北欧系テロリストがその急性肺炎菌に感染したまま逃げだし、大陸横断特急に乗り込んでしまったからさぁ大変。米軍の現場責任者のバート・ランカスター、たまたまその列車に乗り込んでいた医学博士(リチャード・ハリス)とその元妻(ソフィア・ローレン)、西欧一の武器製造会社の妻の愛人である登山家(マーティン・シーン)。それから神父さん役のO・J・シンプソン。“神父さん”と“シンプソン”。しっかり掛かってますね、本当にもう大変なんすから。どーもすいません。
 次第に車内で増えていく感染者。情報もないまま振り回される乗客達。それを冷徹に扱うバート・ランカスター。感染が広まった時点で乗客は汚染源でしかない。そこに至るまでの展開が静かかつ地味だが昔の記憶にはなかった面白さだ。おそらくテレビ放映時には本編合計が90分程度に編集されていただろうから、オリジナルの128分からはかなりカットされているはずなので、アクションシーンを重視してドラマ部分を切ったのだろう。それか、単にオレの記憶力がいい加減なだけ。
 単なる医学博士がサブマシンガンを容易に操るのってどうなのよという疑問もリチャード・ハリスという時点で消えて無くなる。そりゃ彼ならばどんな武器だって自在に使いこなすはずさ。
 散々苦労しても、最後は古く朽ち果てた鉄橋『カサンドラ・クロッシング』から列車の前半部分が転落してしまう。その事故で多くの人命が失われる。主人公達の何人かは生き残り、何人かは死ぬ。災害パニック物だとそれもありだが、人為的災害でることを考えると納得できない部分が残るが、それがハリウッド映画との差でもある。ハリウッド映画だったら、ラストの列車転落は阻止されるのだろう。
 政治的黒幕役の印象が強いマーティン・シーンだが、今作では『地獄の逃避行』の主人公を思わせる反抗的人物として登場。微妙な長髪が格好いい。さすがエミリオ・エステヴェス父だけのことはある。睨むような目つきは息子に受け継がれている。
 リチャード・ハリスを始めとする乗客側にも、バート・ランカスターの権力側にもハッピーエンドとはほど遠い苦く不幸な終わり方が70年代を感じさせる。

B000KGGC7Y.jpg『影なき狙撃者』(1962) THE MANCHURIAN CANDIDATE 126分 アメリカ

監督:ジョン・フランケンハイマー 製作:ジョン・フランケンハイマー、ジョージ・アクセルロッド 製作総指揮:ハワード・W・コッチ 原作:リチャード・コンドン 脚本:ジョージ・アクセルロッド 撮影:ライオネル・リンドン 音楽:デヴィッド・アムラム
出演:フランク・シナトラ、ローレンス・ハーヴェイ、ジャネット・リー、ヘンリー・シルヴァ、アンジェラ・ランズベリー、レスリー・パリッシュ、ジェームズ・グレゴリー、ジョン・マッギーヴァー

 デンゼル・ワシントン主演の『クライシス・オブ・アメリカ』(2004)のオリジナル。あちらはイラク絡みだったが、こちらは冷戦のまっただ中で悪役はソ連・中国の共産主義国家。朝鮮戦争中に拉致されて洗脳されてしまい、記憶の改竄と意識化に指令を植え付けられたアメリカ陸軍兵士の救いようのない戦いが繰り広げられる。
 共産主義との戦いから、母親からの抑圧や義父への憎悪、引き裂かれてしまった若い恋人たちなどなど重苦しい要素が詰まっている。本人も洗脳されており、帰国後は悪夢に悩まされている主人公のフランク・シナトラが作中で「ギリシャ悲劇」と口にしているがまさにその通り。
 単なる反共映画と捉えられていることもあるが、それ以上に理不尽さ、不条理さが記憶に残る。

 1シーンを挙げるとしたらその洗脳シーンだろう。兵士達は婦人会のアジサイに関する園芸講座を聴いていると思い込んでいるが、実際に座っているのはアメリカ婦人ではなく、高く拵えられた階段状の座席から見下す共産圏の実力者達。幻想と現実が何度も交互に入れ替わり、その対比が美しいが怖ろしい。1962年作品なのにモノクロなのはここの映像を効果的にするためだったのではないかと思わせるほど。
 原題の『THE MANCHURIAN CANDIDATE』は『満州の候補者』といった意味。兵士達の洗脳と作戦会議が行われたのが満州であるのと終盤の大統領選をかけて付けられたのだろう。満州とはまるで関係がない『クライシス・オブ・アメリカ』の原題も『THE MANCHURIAN CANDIDATE』のままだったんで「イスラムの裏にいた黒幕は中国人という意味だ」とか変な深読みをされていることもあるが、単にタイトルを変えなかっただけ。変えるべきだったんじゃないかとも思うが、アメリカ人には馴染みが深いタイトルなのでそのままにしたとか、何らかの理由があるのだろう。
 上院議員の再婚相手で、息子を洗脳させてまで権力の座を狙うハムレット作品的悪女をアンジェラ・ランズベリーが好演。「どんな人?」と説明するには『ジェシカおばさんの事件簿』のジェシカおばさんと説明するのが一番分かりやすいだろうか。この頃から顔はほとんど変わっていないのですぐ分かる。あのね、ジェシカおばさん悪すぎ。
 主人公のフランク・シナトラは可もなく不可もなくといったところ。一番の見せ場は朝鮮人の共産スパイであるチュンジンとの空手風の格闘シーン。室内のいろんな物をぶち壊しながら闘いまくる。
 そのチュンジンを演じたのがヘンリー・シルヴァ。イタリア系マフィアからイスラム系テロリストまで演じるヘンリー・シルヴァだが、アジア系まで演じていたとは。映画の冒頭で登場してきたときには「さすがにそれは無理があるんじゃないか」と思ったが、意外にそれっぽい。モノクロだから肌の色がほとんど気にならないというのもあるだろう。はっ!モロクロ作品として撮った理由はそれかっ!……いや、絶対違う。
 汽車の食堂車でフランク・シナトラに話しかけてくる謎の美女としてジャネット・リーが登場。謎の美女なのだが、どこが謎なのか、本当に謎なのか。それが最後まで謎なままなのが一番謎。

B000068W9D.jpg『カンバセーション…盗聴…』(1973) THE CONVERSATION 114分 アメリカ

監督:フランシス・フォード・コッポラ 製作:フレッド・ルース 製作総指揮:モナ・スカジャー 脚本:フランシス・フォード・コッポラ 撮影:ビル・バトラー 音楽:デヴィッド・シャイア
出演:ジーン・ハックマン、ジョン・カザール、アレン・ガーフィールド、ハリソン・フォード、テリー・ガー、ロバート・デュヴァル、フレデリック・フォレスト、シンディ・ウィリアムズ

 主人公のジーン・ハックマンはフリーランスの盗聴屋。ある男女の公園で歩きながらの会話をチームを率いて盗聴したことから事件に巻き込まれていく。
 だが、サスペンスではなく、サンフランシスコにあるアパートの一室に住む孤独な男の姿を描いた作品。身内も友人もなく、心を開いて信じられる相手もいない。ジャズのレコードを流しながら、自らサックスを奏でることだけが安らぎの寂しい男。作中でも実年齢でも42歳のジーン・ハックマンだが、すでに額は広く疲れ切った顔でもっと老けて見える。
 それに対して、珍しく悪役で登場したハリソン・フォードが若い。何を考えているのか分からない不気味な専務秘書役で、以外にも似合っている。他の作品ではワイルドさを感じさせるアゴの傷が、今回は整った顔立ちなのに一ヶ所だけ傷があるところが不気味さを引き立てるのに役立っている。
 かつて、自分の盗聴したテープによって人が殺された過去があり、今回もその可能性があることに気付き、殺人を阻止しようとするが、結局は何も出来ない。それどころか、自分が救うべき人は別の人だったという不条理さと無力さ。
 最後には力を持つ者から逆に盗聴されることになり、盗聴器を探すため家具をばらしついには床板まで引っぺがす。そんな中、最後まで手を付けずにおいた20センチほどのマリア像までたたき壊す。教会で懺悔をするシーンもあったが、ついには神に頼り信じることすら出来なくなったのだ。この男には物理的にも精神的にも逃げ場はなくなってしまったのだろう。

 数方向から捉えた盗聴音源を同時再生して、それぞれのボリュームを器用に操って聞き取れる音源を抜き出して一本のまとまった盗聴テープを作り上げる。オープンリールが何台も回り、耳と指先に神経を注いだ緊張する作業。アナログの職人芸だ。

51JPn91sN8L__SL500_AA240_.jpg『ゴーストタウンの決斗』(1958) THE LAW AND JAKE WADE 87分 アメリカ

監督:ジョン・スタージェス 製作:ウィリアム・ホークス 原作:マーヴィン・H・アルバート 脚本:ウィリアム・バワーズ 撮影:ロバート・サーティース
出演:ロバート・テイラー、リチャード・ウィドマーク、パトリシア・オーウェンズ、ロバート・ミドルトン、ヘンリー・シルヴァ、デフォレスト・ケリー、エディ・ファイアストーン

 主演のロバート・テイラーに西部劇の主役を張るだけの華がないのがちとつらい。だが、その分を悪党集団がカバーしてくれる。頭目のリチャード・ウィドマークが良いのは当然だが、若き日のヘンリー・シルヴァが実にイカす。ヘンリー・シルヴァのフィルモグラフィーは1957年から始まっているからまだ新人。だというのに、ヤバイ目つき、ヤバイ言動とシルヴァらしさ全開。終盤のコマンチインディアンとの戦いでは、胸に二本の矢を打たれながらも、相手のコマンチを射殺してからようやく倒れる。この時点でヘンリー・シルヴァはすでにヘンリー・シルヴァとして完成していたのだ。さすが異常な悪役をやらせたらピカイチな男。コメカミピクピク?。最高だぜ。

 ストーリーは単純で、銀行強盗を引退して、今ではある街で保安官をやっている主人公が、かつての相棒に婚約者を人質に取られて、最後の仕事で子供を殺してしまったという罪からゴーストタウンに埋めた2万ドルを掘りに旅に連れ出されると言う話。メインの登場人物は、保安官とその恋人、悪党連だけとシンプルだ。
 その道中がちょっと退屈するが、そこでロバート・テイラーとリチャード・ウィドマークの関係が説明されるし、脱走劇もあって必要なシーンではある。
 なんとかゴーストタウンにたどり着いたものの、周りをコマンチに包囲され、一発触発の状態。そんな中、リチャード・ウィドマークの手下の一部が、「金より命だ。とっとと逃げよう」と言いだし、緊張感が高まる中で、窓を突き破って飛び込んでくるコマンチの矢のタイミングの完璧なこと。
 ラストの決斗もドカドカ撃ちまくるのではなく、一瞬の一発で決まるのが良いねぇ。

 残念なのが、東部から西部に来たという主人公の恋人の描き方。有能な保安官だと思っていたのに、過去には銀行強盗などを重ねた犯罪者で、子供を撃ち殺した過去もあると聞いても、あまり動揺したり悩んだりする様子が見えない。ジョン・スタージェスは男同士の関係を描くのは上手いが、やはり女性の描写は苦手なのではないだろうか。

B000M05T1I.jpg『間諜最後の日』(1936) THE SECRET AGENT 87分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:サマセット・モーム 脚本:チャールズ・ベネット 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:ジョン・ギールグッド、パーシー・マーモント、ピーター・ローレ、マデリーン・キャロル、ロバート・ヤング、リリー・パルマー

『月と六ペンス』で有名なサマセット・モームの原作をヒッチコックが映画化したスパイ映画。ま、『月と六ペンス』しか読んだこと無いけど。間諜ってのはスパイのこと。原題のTHE SECRET AGENTそのままで秘密情報員だな。シークレット・エージェントマン、シャンパンの瓶に液体火薬を詰めるシークレット・エージェントマン。
 葬儀のシーンから映画は始まる。弔問客が全てさった後、左腕のない男が棺を片付けようとすると中味は空っぽだった。本来、そこに収まっているはずだった作家はRという政府関係者に呼ばれ、秘密諜報員に任命されたのだ。ドイツのスパイを捜し出すためにスイスに派遣される主人公。そこでは彼のパートナーを務める妻役の女性スパイと、将軍と呼ばれるメキシコ人スパイが待っていた。彼らは無事に任務を達成できるのだろうか?

 ヒッチコック作品では一般人、せいぜい警官ぐらいの人が事件に巻き込まれて主人公となるパターンが多いが、秘密諜報員=スパイというのは珍しい。もっとも、任命されたばかりの素人スパイで腕利きとはほど遠い。
 あるドイツ人をスパイだと思い込んで、雪山登山中に暗殺を試みる。ここで主人公が怖じ気づいて殺しを将軍に任せ、展望台から望遠鏡で覗いているという距離感が上手い。
 ホテルで主人を待っていたドイツ人の愛犬がまるで何かを感じたかのように不安がりついには遠吠えすところがカットバックで挿入されここも良い。ただし、子供の頃に犬を飼っていて、現在はミニチュアダックスフンドの飼い主であるオレは言い切れる。犬はそんなに利口じゃねぇ。つーか、こいつら馬鹿よ。散歩と飯と遊びに命を賭けていて、他に興味ないから。オレがインフルエンザかなんかで高熱を出して寝込んでいても「遊んで、遊んで?」とうるさいですから。実家に猫がいるが猫なら主人の死を感じ取るぐらいありそうだ。

 設定がスイスというだけあって、スパイが潜んでいると思われるチョコレート工場にもカメラは入り込む。ストーリー的にあまり意味はないが、流れ作業を延々と続けている女工さんたちが、『女工哀史』ならぬ『チョコ哀史』っぽい。騒音の中、ほとんどセリフが聞き取れず、互いに耳打ちしているのがなかなか面白い。そこへ「工場に二人のイギリス人スパイが来ている」という情報を聞きつけた当局が乗り込んでくるまでも上手くシーンが切り替えされていてサスペンスを盛り上げる。

 終盤は、人々でごった返した駅からコンスタンティノープル行きの列車へと進んでいく。ヒッチコック作品で駅や列車は度々登場し、重要なシーンでもある。ヒッチコックが鉄ちゃんである可能性は非常に高い。列車のミニチュアも今となっては低レベルな特撮だが、モノクロなのでそれなりに観られる。オレはI.V.CのDVDで観たが、画質が悪いってのもあってあまり気にならない。
 ラストはイギリス空軍の爆撃で列車は転覆。でもってうやむやにハッピーエンド。結局、主人公とヒロインはほとんど何の役にも立っていないのに、のうのうと幸せってのはどうなのよ。割と純朴っぽい主人公と、はねっ返りで気の強いヒロインが最後に結ばれるってのはヒッチコックの黄金パターン。オレ的にも黄金パターンだ。

B00009NKF4.jpg『グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版』(1988) LE GRAND BLEU: VERSION LONGUE 169分 フランス/イタリア

監督:リュック・ベッソン 製作:パトリス・ルドゥー 原案:リュック・ベッソン 脚本:リュック・ベッソン、ロバート・ガーラント 撮影:カルロ・ヴァリーニ 音楽:エリック・セラ 製作顧問:ジャック・マイヨール
出演:ジャン=マルク・バール、ロザンナ・アークエット、ジャン・レノ、ポール・シェナー、グリフィン・ダン、セルジオ・カステリット、マルク・デュレ

 今でこそ『グラン・ブルー』と呼ばれているが、オレが学生時代に劇場で観た時は『グレート・ブルー』というタイトルで上映時間は50分ほど短い120分だった。
 つまりはオレもオッサンということだが、オッサンになってから観直すと青年時代とはかなり感想が変わっていた。
 学生の時は「海とは死後の世界で、ダイバーたちにとっては天国は上ではなく海底にある。イルカは天使のメタファーだ」と思っていたが、今回観た感想は「なるほどマザコン男の話か」である。
『レオン』を観れば分かるがリック・ベッソンはロリコンだ。でもって、ロリコンとマザコンは両立する。むしろ両方を兼ね備えた人の方が多いのかもしれない。
 全ての生命の母である海なんてことを言われる。まさにその通りで主人公のジャックやライバルのエンゾにとって海は母である。映画は少年時代の回想シーンから始まるが、ジャックは父親のみで母親はいない。彼にとって海は母そのものだ。彼はその母に強い思いを抱くマザコン男なのである。エンゾも「ママのゆでたパスタは最高だ」と主張するマザコン男。彼らが海に潜る理由は母親に近づこう、いや母親の元に返ろうとする母胎回帰に他ならない。
 息を引き取ったエンゾはジャックの手によって海の中、母の胎内に返される。そしてジャックは惚れた女よりも母親を選び最後は海の深く深くへと帰って行く。そこで出会ったイルカはジャック自身か兄弟なのだろう。
 妊娠した上に母親に恋人を取られてしまうヒロインのジョアンナにはたまったものじゃないが、マザコン男に惚れたのが不幸。

kabukiman.jpg『カブキマン』(1990) SERGEANT KABUKIMAN N.Y.P.D. 105分 アメリカ/日本

監督:ロイド・カウフマン 製作:ロイド・カウフマン、マイケル・ハーツ 製作総指揮:中村雅哉、藤村哲哉 脚本:ロイド・カウフマン、アンドリュー・オズボーン、ジェフリー・W・サス 撮影:ボブ・ウィリアムズ 音楽:ボブ・ミソフ
出演:リック・ジャナシ、スーザン・ビュン、ビル・ウィーデン、フミオ・フルヤ

 今週末の4月19日から『劇場版カブキングZ』という映画が上映されるそうだ。何でも売れないホストが歌舞伎姿の正義の味方カブキングに変身して悪と戦うのだとか。カブキングを演ずるのはカブキ・ロックスの氏神一番。そのまんまのキャスティングなどにちょっと笑った。
 なぜちょっとしか笑わなかったかというと、1991年に刑事が正義の味方カブキマンに変身する映画をすでに観ているからだ。タイトルはそのまんま『カブキマン』。
 ここまでならばまぁよくある話だが(ねぇよ)、なんとこの映画の舞台はアメリカでれっきとしたアメリカ映画。白人刑事が日本人の老師から修行を受けカブキパワーを身につけたのだ。派手な衣装に隈取りのメイクで「カブキマン、サーンジョウ!」のかけ声と共に現れ、使用する武器は箸や扇子に寿司など日本色豊かな物ばかり。これらで悪党どもをザックザックと惨殺に次ぐ惨殺。確か、修行で生きてるミミズかゴカイをムシャムシャ食ってた気がする。ゴカイだけに日本への誤解もたっぷりというか日本への誤解のみで成り立っているようなものだが、制作には日本企業も深く関わっている。パックマンなどのビデオゲームで有名なナムコだ。ナムコは『未来忍者』(1988)のような冒険的秀作も作っているのだが、何で『カブキマン』に関わったのかは不明だ。金が余ってたのかな?、まだバブルだったし。
 監督・制作のロイド・カウフマンは最低映画『悪魔の毒々モンスター』などである意味有名な人物。これまたある意味有名なトロマ映画の主催者だ。
 細かいところはまったく覚えていなので上記のストーリー説明もかなりいい加減だが、大笑いさせてもらったのは確か。この笑いには「こんなひでぇ映画を入場料払って映画館で観ているオレってバカだ」という理由もあったろう。映画館ではなくビデオで観たら腹を立てていた可能性はある。もしも、今『カブキマン』を劇場で観たら腹を立てるんだろうなぁ。やはり年と共に頭の柔軟性は落ちてくる。でもやっぱ笑うかも。
 愛国心の強い人は「日本を馬鹿にするにも程がある。国辱映画だ」と本気で怒るんだろうが、ここまでメチャメチャだといっそ嬉しい。それにトロマ映画は日本もアメリカも他の国も、金持ちも貧乏人も不細工もハンサムも障害者も聖職者もどんな物でもコケにしてネタにしてしまう無差別連中だ。大バカ野郎相手に怒るだけ無駄、腹が減るだけ損だ。
 うーむ、あれこれ書いているウチに十数年ぶりにもう一度観たくなってしまった。考えてみりゃ『悪魔の毒々モンスター』も映画館で観てるんだよなぁ。

B00008Z6LF.jpg『ゲット・マネー』(2002) ALL ABOUT THE BENJAMINS 98分 アメリカ

監督:ケヴィン・ブレイ 製作:マット・アルヴァレス、アイス・キューブ 製作総指揮:ラモント・ケイン、トビー・エメリッヒ、ロナルド・ラング、マット・ムーア、クレア・ラドニック・ポルスタイン 脚本:ロナルド・ラング、アイス・キューブ 撮影:グレン・マクファーソン 編集:スザンヌ・ハインズ 音楽:ジョン・マーフィ
出演:アイス・キューブ、マイク・エップス、トミー・フラナガン、カルメン・チャップリン、エヴァ・メンデス、ヴァレリー・レイ・ミラー、ジェフ・チェイス、リル・バウ・ワウ、アンソニー・マイケル・ホール

『グッド・ボーイズ』のタイトルでテレビ放映されたこともあるようだ。原題の『ALL ABOUT THE BENJAMINS』のベンジャミンは100ドル札に肖像画が描かれているベンジャミン・フランクリンのことだから、ビデオタイトルの『ゲット・マネー』ほうがピッタリくる。
 保釈中に逃亡した犯罪者を捕まえるのが仕事の賞金稼ぎがアイス・キューブ。役柄としては渋く決めているんだが、あまり格好良くないと思う。ヒゲダルマだし。そして、コンビニでロトくじを買ったばかりの黒人詐欺師が今回の獲物。追跡中に悪党による2000万ドルのダイヤモンド強奪事件と鉢合わせ。詐欺師を取り逃がしてしまって残念なアイス・キューブ。無事に逃げおおして一安心の詐欺師は、恋人とロトくじの当選番号発表をテレビ番組で見て、なんと先ほど自分が買ったクジが6000万ドルの大当たりである事を知り大喜び。しかし、その当たりくじが入った財布は悪人の手に渡っていた。アイス・キューブは2000万ドルのダイヤを狙い、詐欺師は6000万ドルの当たりくじを取り戻すべく、一時的に手を組む。目的はただ一つ、金。そして一騒動が始まった。
 ストレートで分かり易いストーリー。アクションも多少あるが大した規模ではなく、アイス・キューブと詐欺師の相棒物コメディである。ムスッとしたアイス・キューブとエディ・マーフィー並におしゃべりな詐欺師のコンビが笑わせてくれる。それぞれに彼女がいて、黙って男から守られているだけの女性ではなく後半では上手く話に絡んできて盛り上げる。主人公側も悪党も目的はあくまでも金で、金を中心にひたすら突き進んでいくところが良い。
 悪党のボスは左頬に傷があり見た目は悪くないのだが、今一つ魅力がない。悪党側にもっと個性があるとさらに面白くなっただろう。
 怪我をした悪人の手下へのアイス・キューブによる拷問や、ドッグレース場での射殺シーンなど作品のカラーからすると残虐に感じる部分があるのが少しマイナス。
 コンビニで白人老女が二人、詐欺師と組んで万引きをやっている。「年金の支払いが遅れているのよ」とブツブツ言っているこの二人が、最後の最後に再登場したところで大爆笑。バーちゃんたち、何してんの。
 お気楽に楽しめる軽めの一本。『キングダム』の退屈さを吹き飛ばしてくれた。

B0012OR5KG.jpg『キングダム/見えざる敵』(2007) THE KINGDOM 110分 アメリカ

監督:ピーター・バーグ 製作:マイケル・マン、スコット・ステューバー 製作総指揮:サラ・オーブリー、ジョン・キャメロン、メアリー・ペアレント、スティーヴン・シータ 脚本:マシュー・マイケル・カーナハン 撮影:マウロ・フィオーレ プロダクションデザイン:トム・ダフィールド 編集:コルビー・パーカー・Jr.、ケヴィン・スティット 音楽:ダニー・エルフマン
出演:ジェイミー・フォックス、クリス・クーパー、ジェニファー・ガーナー、ジェイソン・ベイトマン、アシュラフ・バルフム、アリ・スリマン、ジェレミー・ピヴェン、ダニー・ヒューストン、リチャード・ジェンキンス、カイル・チャンドラー

 まずは過去のニュース映像などを利用して1932年から9.11テロまでのサウジアラビアとアメリカの関係が紹介される。4分ほどの映像を要約すると「悪いのは全部アラブ人だ」
 そして本編が始まる。残りの106分で語られていることを要約すると「悪いのは全部アラブ人だっつーの」
 そんだけの映画。

 サウジアラビアのアメリカ人居住区で爆破テロが発生し多数の死傷者が出る。ジェレミー・フォックスをボスとする4人のFBI捜査官が現地に乗り込み捜査を始めるが、滞在を許された期間はたったの5日。様々な方向から調べていく内に、伝説的爆破テロリストの姿が浮かび上がってくる。

 サウジアラビアの人々はごく一部を除いて無能か世間知らずかテロリストだけ。そりゃテロはいけないことだが、それが行われる背景とかはほとんど無視。世界社会の歪みとか宗教問題、原油の資源問題など数々の問題があろうに、「テロリストは皆殺しだ」の単純な思想で片を付けてしまう。
 FBI捜査官の一人がテロリストに拉致され、危険地域に入り込んでの救出活動における銃撃戦はリアルだが、別に社会問題を抱えた題材の映画ではなく、普通のアクション映画でやってればいいんじゃないの?絶対やるだろうなと思っていた子供のテロリストはやはり終盤で登場。分かり易すぎ。それで棒付きキャンディーとか取り出して。あのね、舐めてんの?友人になるサウジアラビア人警官も、つまるところアメリカ人の手下扱いだしな。
 黒人のジェレミー・フォックスを主人公に据えたのも、白人だと対アラブ人の構図が露骨になりすぎるのを避けたからでは。ともかく、ジェレミー・フォックスって芝居がくどいんで好きじゃないんだよね。
 ラストはそれっぽい台詞で締められるが、よく考えると大したことは言っていない。
 スポーツに政治を持ち込むなと最近さかんに言っている国があるが、オレに言わせりゃ映画に政治を持ち込むなだ。もっとも、政治的に利用されている映画も多いが。
 とにかく、問題意識を映画に持ち込むのならばきっちりやれ。それをやらずに中途半端なアクション映画で終わっているところが許せない。どっちがやりたいんだ、お前らは。

B000B4NFOI.jpg『刑事マディガン』(1967) MADIGAN 101分 アメリカ

監督:ドン・シーゲル 製作:フランク・P・ローゼンバーグ 原作:リチャード・ドハティ 脚本:ヘンリー・シムーン、エイブラハム・ポロンスキー 撮影:ラッセル・メティ 音楽:ドン・コスタ
出演:リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、インガー・スティーヴンス、ハリー・ガーディノ、ジェームズ・ホイットモア、スーザン・クラーク、マイケル・ダン

 映画は夜のニューヨークを空撮で捉えたショットから始まる。うむ、いかにもハードボイルドな導入部だ。一時は刑事物というと夜景の空撮から始まっていた時期があるが、このスタイルを始めてやったのは誰だろうか。この作品など、その走りではないだろうか。
 主人公は刑事のマディガン。相棒とともに重要参考人をしょっ引くためにアパートの一室に押し入るが、隙を突かれて刑事用の拳銃を奪われた上にまんまと逃げられてしまう。頭の固い本部長から与えられた時間は三日間。その72時間の内に犯人を捕まえることが出来るだろうか。

 ドン・シーゲルがまだドナルド・シーゲルと名乗っていた時期の作品。粗筋だけだと刑事がひたすら執念で犯人を追い続けるハードボイルドだが、映画の分量から行くとそれについては4割程度。残りの6割は主人公などの警官の生活や警察内部の汚職などを描いている。
 考えてみれば警官も人間だ。結婚して妻や子供がいたり、人によっては不倫していたりもする。必死の捜査をしている間もそれらのしがらみが無くなるわけじゃない。妻から以前より楽しみにしていたパーテーに連れて行って欲しいと頼まれることもあるし、気になっている美人の顔も見たくなる。何を呑気なとも思うが、毎日毎日事件と取り組まねばならない警官にとってはそれが日常の出来事で当たり前なのだろう。エド・マクベインの小説『87分署』シリーズなどと近いところがある。拳銃を奪われた罰が減給5日と意外と軽い。日本だったら大騒ぎだろうが、アメリカは銃社会なだけあるのか。
 警察内で発生した汚職も、上級職である父親が息子の新米警官を思って仕方なく手を染めてしまったこと。正義を貫き堕落を許さない本部長(ヘンリー・フォンダ)が現実を前に少しずつ考えを変えていく。このストーリーはマディガンが犯人を追うストーリーとは別に同時進行で語られていて、現場の人間とお偉いさんとの差となっているが、少々噛み合っていない感じも受ける。
 ここから刑事部分だけを抜き出してより派手にしていくと、『マンハッタン無宿』や『ダーティーハリー』などの刑事物アクション映画へとなっていくのだろう。そう言った意味では過渡期に作られた作品とも言える。
 この作品には派手なカーチェイスなどは登場しないが、声をかけてきた警官を犯人がすかさず撃ち殺すシーンや、ラストのマディガンと相棒による二丁拳銃での突入シーンなど突発的な暴力描写が冴えている。
 刑事物アクション目当てだと期待はずれになるかも知れないが、リチャード・ウィドマークの渋さやニューヨークロケなど見所も多い。しかしこの頃のアメ車はデカい。特に横幅が広い。日本で乗ったら角を曲がったり駐車場に駐めるだけでもかなり気を遣いそうだ。

B000W05NWS.jpg『ゴースト・ハウス』(2007) THE MESSENGERS 90分 アメリカ/カナダ

監督:オキサイド・パン、ダニー・パン 製作:サム・ライミ、ロブ・タパート、ウィリアム・シェラック、ジェイソン・シューマン 製作総指揮:ネイサン・カヘイン、ジョー・ドレイク 原案:トッド・ファーマー 脚本:マーク・ホイートン 撮影:デヴィッド・ゲッデス 編集:ジョン・アクセルラッド、アルメン・ミナジャン 音楽:ジョセフ・ロドゥカ
出演:クリステン・スチュワート、ディラン・マクダーモット、ペネロープ・アン・ミラー、ジョン・コーベット、エヴァン・ターナー、セオドア・ターナー、ウィリアム・B・デイヴィス、ブレント・ブリスコー、ダスティン・ミリガン、ジョデル・フェルランド

 シカゴから田舎に娘と息子の子供二人を含む一家が引っ越してきた。ある問題を数年間引きずっていて、心機一転まき直しでヒマワリを育てる農業を始めるつもりだ。
 古びた農家。不気味なカラスの群れ。いくら洗い落としてもまた浮かび上がる壁のシミ。そして家の中にいる“何か”。大人たちにはほんの少しだけ違和感を感じるだけだが、言葉を失った幼い息子だけがその姿を観ることが出来る。そして物語は進み、観客は原題の『THE MESSENGERS』の意味を知ることとなる。
 わっと怪物やオバケを登場させることなく、ベッドにカバーを掛ける時にふわっと広げたシーツの下に足が二本突っ立っているとか、天井を奇妙な女性が虫のようにへばりついて蠢いているなど、和製ホラーの影響があるのではないだろうか。と思ったら、監督は『the EYE 【アイ】』などを撮った香港出身のオキサイド&ダニー・パン兄弟だった。アジア的感性で共通した点があるのかもしれない。いきなりバサッと殺して血がほとばしるのではなく、ジワジワと描写を重ねて怖がらせていく感覚は怪談話に近い物がある。
 時間が90分と短いせいか、駆け足で語られるストーリーだが、家族間の葛藤はちゃんと描かれている。主人公である少女が田舎で知り合ったボーイフレンドが活用されていないことや、普通ならば地元で語られているはずの家にまつわる因縁話がほとんどないことなどは残念だが、結局この映画は“家族”と“もう一つの家族”の物語だと言うことだ。
 主人公のハイスクールぐらいの少女が可愛いなと思っていたら、『パニック・ルーム』でジョディ・フォスターの娘を演じていたクリステン・スチュワートだったんでびっくり。えー、ついこの間はあんなに小さかったのに。小学校高学年ぐらいだったろ。
 あと、父親役のディラン・マクダーモットが相変わらず濃い。
 ストーリーはどこかで観た印象で少々ありきたり。和製ホラー風の演出も今ではありきたりになってしまった。だが出演者の顔ぶれも良く、音楽も効果的。全体的には好印象で、なにより主人公の弟で無邪気な顔で“何か”を指さす幼児を演じた子役が上手い。

B000BKDREU.jpg『海底二万哩』(1954) 20,000 LEAGUES UNDER THE SEA 127分 アメリカ

監督:リチャード・フライシャー 製作:ウォルト・ディズニー 原作:ジュール・ヴェルヌ 脚本:アール・フェルトン 撮影:フランツ・プラナー 音楽:ポール・J・スミス
出演:カーク・ダグラス、ジェームズ・メイソン、ポール・ルーカス、ピーター・ローレ、ロバート・J・ウィルク、テッド・デ・コルシア、カールトン・ヤング、J・M・ケリガン、パーシー・ヘルトン、テッド・クーパー、フレッド・グレアム、エディー・マー、ハリー・ハーヴェイ

 小学生の頃、ジュール・ベルヌなどSF小説にハマった。文庫本の方ではなく、児童向けに翻案された物である。一日三冊ぐらいのペースで読んでいたのではないだろうか。三冊というのは、貸し出し数が三冊までだからで、貸してくれれば多分もっと読んだ。
 ジュール・ベルヌはとにかく発想とアイディアがすごい人で、どこにも存在していない物をさも見たかのように書く。代わりにストーリーに深みがなく、人間を上手く描いていないとは今になって思う。その点は、オレがあまり好きではなかったH・G・ウェルズの方が上手い。

 月にも人間を送ったし、地底探検も行わせたジュール・ベルヌが、海面下の世界、つまり海底に目を付けないはずがない。
 そしてチョウザメを思わせるフォルムの潜水艦ノーチラス号の公開を描いたのが、この『海底2万里』(海底2万マイルとも言う)だ。原作が発表された1870年には夢の技術だった潜水艦が主たる舞台である。しかも動力はどうやら原子炉。
 映画で注目すべきは、ストーリー面ではなく映像面だろう。実際に珊瑚礁などで海中撮影を行ったシーンは、『砂漠は生きている』などドキュメンタリーも得意とするディズニーならではだ。
 なかでも見せ場はラスト近くの大王イカとノーチラス号クルーの戦いだろう。SFXの都合によって嵐のシーンの中、10本の腕をウネウネと動かしながら襲ってくる大王イカが怖い。感情がなく無駄に大きいあの眼が怖い。足の付け根でカチカチいってるとんび(口)が怖い。うえ?ん、イカ焼き食えないよぉ。ゲソ揚げから逃げちゃうよぉ。
 最近はクラーケンとか言う8本足野郎がデカい顔を(そりゃデカいわ)しているようだが、8本より10本の方が2本多い。それに製作年度は50年以上前だが、迫力は大差ない、と思う。
 ここで、無駄キャラだと思っていた銛打ちのカーク・ダグラスが生きてくる。海の男は荒っぽいが良い奴らだぜ。
 ネモ艦長がペットにしているのが犬ならぬアシカで、前ひれの拍手でカーク・ダグラスのギターと合奏したり、ニューギニアの島で人食い人種に襲われたりとお笑いシーンもあり。黒人の人食い人種ってのは今では出来ないネタだな。クールー病(共食いから起こる狂牛病の一種)があるから。って、いやいや。
 例の作品のファンのためにいっておきますと、もちろんネモ船長はパイプオルガンを弾き鳴らします。ヒゲオヤジです。でも、女の子は出てきません。ライオンの子も出ません。

 でも、これだけ進んだ技術を持ちながら、ノーチラス号備え付けのボートは手こぎなんだよ。モーターとか小型エンジンとかも作れよ、ネモ。

B000DZ6WAO.jpg『クライシス・オブ・アメリカ』(2004) THE MANCHURIAN CANDIDATE 130分 アメリカ

監督:ジョナサン・デミ 製作:ジョナサン・デミ、イロナ・ハーツバーグ、スコット・ルーディン、ティナ・シナトラ 製作総指揮:スコット・アヴァーサノ 原作:リチャード・コンドン 脚本:ダニエル・パイン、ディーン・ジョーガリス オリジナル脚本:ジョージ・アクセルロッド 撮影:タク・フジモト 美術:クリスティ・ズィー 衣装:アルバート・ウォルスキー 音楽:レイチェル・ポートマン、ワイクリフ・ジョン
出演:デンゼル・ワシントン、メリル・ストリープ、リーヴ・シュレイバー、ジェフリー・ライト、キンバリー・エリス、ジョン・ヴォイト、ブルーノ・ガンツ、テッド・レヴィン、ミゲル・ファーラー、サイモン・マクバーニー、ヴェラ・ファーミガ

 1962年にもジョン・フランケンハイマー監督、フランク・シナトラ主演で映画化された小説『影なき狙撃者』の再映画化。それでフランク・シナトラの娘ティナ・シナトラが製作に名を連ねているのだろう。
 1962年版で米国兵士を洗脳するのは共産圏のロシアだったが、ソ連崩壊後の今となっては無理な話だ。クエートに駐在中の米軍兵士が拉致され洗脳されるから、イスラム系テロリストはどうだ、となるとそんな技術は持っていないだろう。
 そこで敵として選ばれたのが多国籍巨大企業。自分たちの思いのままになる大統領を作り出すのが目的だ。

 一時、社会派ドラマに行ってしまったジョナサン・デミだが、彼の撮るサスペンスはやはり面白い。
 クエートからの帰国後、毎晩同じ悪夢を見る主人公(デンゼル・ワシントン)。そして彼の元を訪れたかつての部下も悪夢を見るという。そして他の部下にもコンタクトを取り始める主人公だが、みな病死や事故死などで死んでいた。元気にしているのは、クエートでの戦闘で名誉勲章をもらった下院議員(リーヴ・シュレイバー)だけ。だが、その名誉勲章をもらった戦闘について、主人公は「これは事実だが、同時に嘘だ」と調査を始める。
 下院議員は今度の大統領選挙で副大統領候補の席を狙っている。彼の元には、彼がいつも利用してカップヌードルなどを買っているスーパーの店員を名乗る謎の女性が現れる。そして、背中には謎のチップが埋め込まれているのに気づく。

 デンゼル・ワシントンがやたらカップヌードルを食っていた映画というのがまず第一印象だ。日清食品のあのカップヌードルだ。
 日本とは違って、簡単な紙の包装がついた状態で売られているようだ。デンゼル・ワシントンはそいつを3、4個まとめて買っている。
 そしてパソコンを操作しながら箸で無表情のまま器用に食べている。アメリカ向けだけあってか大きく、日本で言うビッグ・カップヌードルサイズだ。パソコンの横に2つ3つ空き容器が重ねて置いてあるのが印象的。25インチテレビだとはっきりと分からなかったが、帰宅したデンゼル・ワシントンの隣の部屋にある棚にぎっしりと詰まっていたのはカップヌードルではないだろうか。
 カップヌードルにとっては良い宣伝かと思いきや、デンゼル・ワシントンの歪んだ生活を象徴しているので、逆効果かかと。途中で、街中にあるカップヌードルの広告が大写しになるが、日清食品とそれで話を付けたのかもしれない。

 下院議員の息子を大統領にしようと画策する、上院議員でもある母(メリル・ストリープ)のエゴも見所。さすがに老けたね。『永遠に美しく』じゃなかったのか。
 息子のためならなんでもする母と、いい加減年なのにマザコンな息子。結果は悲劇だ。

B000SKJ0AS.jpg『下宿人』(1926) THE LODGER 80分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:マイケル・バルコン、カーライル・ブラックウェル 原作:マリー・ベロック=ローンズ 脚本:エリオット・スタナード、アルフレッド・ヒッチコック 撮影:バロン・ヴェンティミリア
出演:アイヴァー・ノヴェロ、マリー・オールト、マルコム・キーン、アーサー・チェスニー、ヘレナ・ピック

 ヒッチコックはすでに他の作品で監督デビューしていたが、そちらはロマンスでサスペンスはこの『下宿人』が初めて。ヒッチコックの伝説はここから始まると言っていいだろう。

 ところはロンドン。木曜日の度に金髪の美女が殺されるという連続殺人事件が起きていた。人々は恐れおののき、それと同時に好奇心を沸き立たせていた。
 事件発生現場の近くに下宿屋があり、そこに一人の男が部屋を借りた。この男は、目撃証言にあった犯人の姿に似ていた。そして、木曜の夜。男は、隠れるように部屋を出て行き、しばらくして戻ってきた。
 翌日、世間は新たなる事件発生に騒いでいた。果たして、男は連続殺人犯なのだろうか。

 「TO-NIGHT GOLDEN CURLS」(今夜、金髪の女性が)の文字が何度も繰り返し表示されて、効果的だ。
 小さな電球を並べたタイプの電光掲示板でも、殺人事件のニュースが報じられ、人々はそれに見入っている。電光掲示板ってこの頃からあったんだ。
 ただ怖れるだけではなく、大衆はどこか興奮して面白がっている。
 ラストでは犯人と思われた男が、大衆に追いかけられてリンチにかけられそうになる。自分たちが正義だと思いこみ、暴走した大衆。ヒッチコックの皮肉な視線がうかがえる。

 サイレント映画だが、天井で揺れるシャンデリアによって上の階で歩き回る男の足音を描写している。
 現在に再映画化したら、殺人鬼と疑われた主人公が、ラストで真犯人と対決でもするのだろうが、映画では真犯人が捕まったというニュースだけで、その姿は現れない。
 男が殺人犯か? が重要であって、誰が殺人犯か? は重要ではないのだ。

 80年前の映画なので、さすがにフィルムの状態は良くない。当時はヒッチコックも一新人監督に過ぎなかったので、ちゃんと保存もされていなかっただろう。それでも、観ることが出来るだけで幸せ。
 古い映画、しかもサイレント映画なので、その点は頭に入れておいて欲しい。現在の映画を観るのと同じようにはいかないので、ちょっとした切替が必要。

B000ZH6R00.jpg『カオス』(2005) CHAOS 107分 カナダ/イギリス/アメリカ

監督:トニー・ジグリオ 製作:マイケル・ダーバス、ヒュー・ペナルト・ジョーンズ、ギャヴィン・ワイルディング 製作総指揮:デヴィッド・バーグスタイン 脚本:トニー・ジグリオ 撮影:リチャード・グレートレックス プロダクションデザイン:クリス・オーガスト 衣装デザイン:ボビー・リード 編集:ショーン・バートン 音楽:トレヴァー・ジョーンズ
出演:ジェイソン・ステイサム、ウェズリー・スナイプス、ライアン・フィリップ、ジャスティン・ワデル、ヘンリー・ツェーニー、ニコラス・リー、ジェシカ・スティーン、ロブ・ラベル

 ジェイソン・ステイサムが刑事、ウェズリー・スナイプスが銀行強盗と、二大暑苦しい俳優の共演にも関わらず、アクション映画ではない。サスペンス映画だ。それも底の浅いサスペンス映画。
 ストーリーは、一向に盛り上がる気配を見せない。これがこうなった場合は、あれはああだという場合が多いシーンでは、素直にそのままあれはああだ。まさか、そのまんまのラストじゃないよなと思っていたら、そのまんまなラストだった。いや、オチが読めてしまうから悪いっていうんじゃない。定番なストーリーに定番の展開でも面白い物は面白いし、つまらない物はつまらない。この作品には見せ方、演出に工夫が足りない。
 2005年作品とはいえ、この手のパターンってもう古いよな。
 一時流行った“オチでどっきり”系サスペンスも、終わりを迎えつつあった頃の作品。

 演出が70年代風で古くさく、会話のシーンも説明的に過ぎる。車対バイクのカーチェイスのシーンもまるで熱くならない。序盤の銀行強盗のシーンで多少期待させてくれただけに残念。緊張感に欠け、お行儀良くまとまり過ぎな感じ。平凡というか凡庸だな。
 カオス理論関係ないよね。

B00005G22H.jpg『殺しのアーティスト』(1991) HIGH ART 105分 アメリカ/ブラジル

監督:ウォルター・セールズ・Jr 製作:アルベルト・フラクスマン 製作総指揮:パウロ・カルロス・デ・ブリトー 原作:ルーベン・フォンセカ 脚本:ルーベン・フォンセカ 撮影:ホセ・ロベルト・エリーザー 音楽:ユルゲン・クニーパー、トッド・ボーケルハイド
出演:ピーター・コヨーテ、チェッキー・カリョ、アマンダ・ペイズ、ラウル・コルテス、ジュリア・ガム、パウロ・ホセ

 1992年の劇場公開時に観たっきりで、DVDにはなっていないがビデオにはなっているようなので、今回もう一度観てみようとレンタルビデオ屋を二件回ったがどちらにも置いてなかった。古いしマイナーだからなぁ……

 昨日紹介の『ハンテッド』以上に、ナイフに取り憑かれた男の話。
 主人公(ピーター・コヨーテ)はただのカメラマンだったが、知り合いがナイフで惨殺され、自らも襲われるが辛うじて逃れる。そして、復讐のためにナイフの専門家(チェッキー・カリョ)に教えを請う。
 ただ相手を殺すだけならば、拳銃を使った方が簡単だと伝える専門家に、そこを何とかと頼み込んで、ついにナイフ術を教えてもらうこととなる。
 最初は、復讐のための技術に過ぎなかったナイフ術だが、それを極めようとするうちにナイフ道とでもいう精神世界に入り込んでいく。

 ナイフの専門家を演ずるチェッキー・カリョは、『ニキータ』で教官を務めニキータに最初の任務を与えた男。重みがあって、接近専用の武器ナイフを極めた男を渋く演じている。
 初心者から、次第にナイフに取り憑かれていく一般人のピーター・コヨーテは、最初は不安を抱えていたのが、ナイフ道を進むうちに次第に眼に狂気を抱くようになる。暗闇の中で、ひたすらにナイフの型を繰り返すシーンが印象に残っている。
 拳銃では駄目、あくまでもナイフを求める。手段だったナイフが、次第に目的へとなっていく。手の延長でありながら、急所を狙えば一撃で相手の命を奪う。光を受け鈍く輝くナイフに魅せられる主人公の気持ちは分からなくもない。

 ストーリーはほとんど覚えていないが、ナイフにこだわり抜いたナイフムービーで、ラストのナイフの達人同士による対決は、地味ながら観せてくれた。
 派手な娯楽映画を求める人にはお勧めしないが、男の対決やプロフェッショナルの仕事をじっくりと描いているのでオレは結構好きで、当時のメモによると評価は割と高めに付けている。
 タイトルの少々大袈裟にも思えた『殺しのアーティスト』も観終わると納得だ。原題の『HIGH ART』にももちろん納得。

B000FBFRUW.jpg『撃鉄2 -クリティカル・リミット-』(2005) BLACK DAWN 96分 アメリカ

監督:アレクサンダー・グラジンスキー 製作:カマル・アブクハタール、スティーヴン・セガール、アンドリュー・スティーヴンス 脚本:マーティン・ホイーラー 音楽:デヴィッド・ワースト、エリック・ワースト
出演:スティーヴン・セガール、タマラ・デイヴィス、ジュリアン・ストーン、ジョン・パイパー=ファーガソン、ティモシー・カーハート

 昔、アクション映画に核兵器が登場した時は、『007ゴールドフィンガー』でジェームズ・ボンドが“007”秒前に止めたように、その爆発を阻止するのがヒーローの役目だった。
 それがいつからだろう、平気で核兵器が爆発するようになったのは。
 いつごろかというか、多分『トゥルーライズ』(1994)から。それ以来、『トータル・フィアーズ』(2002)などでスクリーンにキノコ雲が立ちこめた。

 セガールが演じるのはフリーのエージェントであるジョナサン・コールド。『撃鉄 GEKITETZ ワルシャワの標的』の続編にあたる。シリーズ物ばかりに思えるセガール映画だが、実際にシリーズになっているのは『沈黙の艦隊』『暴走特急』のケイシー・ライバック物二作と、この『撃鉄』シリーズ二作だけ。まぁ、実質的にはどれもあまり変わらない気もするが。
 今回はチェチェン人マフィアがロサンゼルスで起こそうとしている核テロを防ぐべく、セガールが奮闘する。
 しかし、格闘シーンがほとんどない。しかも、どうみてもスタントマンによるダブル。戦わないセガール。それじゃあ、あんたの意味ないじゃん。戦ってこそのセガールだろうに。
 代わりと言っては何だが、途中でのセガールが運転するゴミ運送ダンプと悪人たちのセダンとのカーチェイスがなかなか迫力がある。ダンプの運ちゃんかわいそ?。

 CIAエージェントが張り込んでいるのはマネキン倉庫。全裸のマネキン人形がずらりと並んでいる。舞台としては面白いので、ここで派手なアクションをやって欲しかったが、先ほども言ったとおり格闘シーンは少ない。まったくもってもったいない。

 そして、ラストはロサンゼルス沖せいぜい2、3キロメートルでの水中核爆発。
 5キロトンと言っていたから、15キロトンの広島原爆リトルボーイの三分の一の威力だが、直接の人的被害はないにしろ、環境汚染とかで大問題だろうに。ロスの魚介類は食えなくなるな。漁師も失業だ。
 もちろん、本来の爆発位置である高層ビルの屋上でドカーンといくよりかはいいのだが、安易に爆発させすぎじゃないのとも言いたくなる。
 あっ!『俺がハマーだ!』の1stシーズン最終回はいいんだよ、ハマーは。あっちはむしろ爆発してくれないと困る。「こんなものケチャップのフタと同じ」!

B000M4RERG.jpg『撃鉄 GEKITETZ ワルシャワの標的』(2003) THE FOREIGNER 95分 アメリカ

監督:マイケル・オブロウィッツ 製作:カマル・アブクハタール、アンドリュー・スティーヴンス、スティーヴン・セガール、エリー・サマハ 共同製作:フィル・ゴールドファイン 脚本:ダーレン・キャンベル 撮影:マイケル・スロヴィス 編集:マイケル・クージ 音楽:デヴィッド・ワースト、エリック・ワースト 音楽スーパーヴァイザー:マイケル・ロイド
出演:スティーヴン・セガール、マックス・ライアン、アンナ=ルイーズ・プロウマン、ジェフリー・ピアース、シャーマン・オーガスタス、ハリー・ヴァン・ゴーカム、ゲイリー・レイモンド

 2003年のセガール映画は『沈黙の聖戦』『沈黙の標的』そしてこの『撃鉄 GEKITETZ ワルシャワの標的』となんと合計三本。
 2004年から2007年の主演作も多い年だと四本と、プログラム・ピクチャー並の本数だ。
 こうなると、もう季刊セガール通信である。あのね、さすがに作りすぎ。

 今回のセガールは現役のフリーなエージェント。野球などのFA制のフリーエージェントじゃなくて、特定の雇い主に縛られずにその都度仕事を請け負う諜報員。過去にCIA職員として活躍していたのはいつものことだ。

 カメラが疾走する移動撮影や、クローズアップ。スローモーションの使い方などカメラワークが“微妙”で面白い。監督は前作『沈黙の標的』を手がけたマイケル・オブロウィッツ。この凝り方は音楽ビデオやCM出身なんだろうか。

 ある小包を巡って、CIAや闇の組織などが入り交じって争奪戦を繰り広げる。その小包を手に入れたセガールは、その謎と背後にある陰謀を暴くべく戦いを始める。周りは全て敵、裏切りに満ちあふれた戦いだ。
 そして、ある母娘と関わることになる。ようやく信じられる物を見つけたセガールだが、ラストシーンの小型船の甲板で一人たたずむ姿が渋い。
 格闘アクションはほとんどなく、銃や爆発が中心のアクションだ。
 銃撃戦と言っても、やたらとバンバン撃ちまくるタイプではなく、飛び交う弾丸数の少ないリアルな(地味とも言う)銃撃戦だ。
 悪投や、情報組織などの人間が死ぬのはかまわないが、単なる通行人やホテルのフロントなど、一般人も多く殺されるのが、スパイ稼業は非情なものとはいえ少々気になる。
 パリやワルシャワなど舞台の入れ替わりが多く、登場人物が多い上に整理されていない脚本と合わせて、まとまりのなさを感じさせる。上手くやれば、かなり良質な作品になった可能性は大きいだろう。
 どうでもいいが、セガールと車を交換した黒いコートの男の異様に尖った頬骨が気になってしょうがない。

B000SADJV4.jpg『グリマーマン』(1996) THE GLIMMER MAN 91分 アメリカ

監督:ジョン・グレイ 製作:スティーヴン・セガール、ジュリアス・R・ナッソー 脚本:ケヴィン・ブロドビン 撮影:リック・ボータ 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:スティーヴン・セガール、キーネン・アイヴォリー・ウェイアンズ、ボブ・ガントン、ブライアン・コックス、ジョン・M・ジャクソン、ミシェル・ジョンソン、スティーヴン・トボロウスキー、ロバート・メイルハウス、リチャード・ガント、ウェンディ・ロビー

 これまでにも何回か観ているのだが、どうも印象が薄い。
 セガールがクレジットカードに仕込んだ刃物を使って悪党たちの首を斬るシーンしか思い出せなかった。

 舞台はロス。このところ、カトリック教徒を惨殺して十字架に架けられたポーズにする連続殺人鬼“ファミリー・マン”が犯行を続けていた。
 その捜査本部である殺人課に中国風の服を着て、首からチベットの数珠をぶら下げた刑事セガールが配属されてくる。
「なるほど、今回は連続殺人鬼対セガールか。チャック・ノリスも連続殺人鬼の大男と戦った『ザ・ファントム/地獄のヒーロー4』があるし、それも面白いかもな」と思ったのだが、ファミリー・マンの犯行に見せかけてロシア人を殺されていた辺りから、ストーリーはサイコサスペンスからどんどんずれていく。
 ついにはロシアから密輸された化学兵器まで出てくる始末で、いろんな意味でセガール映画としての安定振りを感じさせる。どれだけ“陰謀”好きなんだよ。

 単独行動が多いセガールだが、今作では刑事物と言うこともあって、珍しく相棒と一緒に活動するシーンが多い。
 相棒はスキンヘッドの黒人刑事で、妙な服を着たセガールとの対比が面白い。二人がハンフリー・ボガードの『カサブランカ』についてやり取りをするシーンは笑える。
 この作品当たりからセガールが蹴りを本格的に使うようになり、カンフー風味が加わって、より派手になっていく。

 前半と後半のカラーが大きく違い、作品としてはチクハグさを否めない。そのせいで記憶に残っていなかったのであろう。
 ファミリー・マンに関しては途中でけりが付いてしまうが、そちらも最後まで持っていって、猟奇殺人鬼と、それを利用する犯罪組織という形にしても緊張感が持続して面白かったのではないだろうか。

B000OIOJUK.jpg『刑事ニコ/法の死角』(1988) ABOVE THE LAW  100分 アメリカ

監督:アンドリュー・デイヴィス 製作:スティーヴン・セガール、アンドリュー・デイヴィス、ロバート・H・ソロ 原案:アンドリュー・デイヴィス、スティーヴン・セガール 脚本:スティーヴン・プレスフィールド、ロナルド・シャセット、アンドリュー・デイヴィス 撮影:ロバート・ステッドマン 音楽:デヴィッド・フランク
出演:スティーヴン・セガール、ヘンリー・シルヴァ、シャロン・ストーン、パム・グリア、ダニエル・ファラルド、ロニー・バロン、ロン・ディーン、ミゲル・ニーニョ、ニコラス・クセンコ、ジョー・グレコ、チェルシー・ロス、タルマス・ラスラーラ、グレゴリー・アラン・ウィリアムズ、ジャック・ウォレス

 チャック・ノリスの『野獣捜査線』が好きなので、同じアンドリュー・デイヴィス監督によるこの作品ももちろん観に行った。
 セガールの子供時代から始まる(と言っても写真のみ)は、野球を観に行ったときにデモンストレーションとして行われた合気道に魅せられ、単身日本へ渡って武術を習得するといった具合。セガール本人の体験を元にしたものだ。
 だが、そこからが現実とは違って、CIA職員から勧誘されたニコはCIAに入局し、ベトナム戦争などで活躍。その後、シカゴ警察の刑事として悪と戦っている。
 オープニングの道場での稽古で、セガールの得意技である「手首を逆に決めて投げる」や「ノドへのラリアット(入り身投げというらしい)」が登場する。
 空手やカンフーと違い、セガール自身は大きな動きはしないので、多少地味なのは否めないが、とにかくどの技も痛そうだ。
 最近ではすっかり太ってしまったセガールだが、この頃はかなり痩せている。
 手足が妙に長いので、走り方が独特だ。ストロークが長い。やはり刑事物は走るシーンがないとな。
 セガールは17歳で日本に渡って、十年以上日本にいたから、銃器の扱いはやったことがないはず。しかし、その後も多くの作品で愛銃として使うコルト45オートの構え方が実に決まっている。
 NECの渡辺さんに面会に訪れたシーンでは、達者な日本語も披露する。

 『野獣捜査線』と同じく悪役はヘンリー・シルヴァ。相変わらず怖い顔だ。
 ニコの妻役がブレイク前のシャロン・ストーンだったり、不敵な相棒パム・グリアが出演しているのも見所の一つ。

51TrjKf1PaL._AA240_.jpg『御冗談でショ』(1932) HORSE FEATHERS 67分 アメリカ

監督:ノーマン・Z・マクロード 原作:バート・カルマー、ハリー・ルビー、S・J・ペレルマン 脚本:バート・カルマー、ハリー・ルビー、S・J・ペレルマン 撮影:レイ・ジューン 音楽:バート・カルマー、ハリー・ルビー
出演:グルーチョ・マルクス、チコ・マルクス、ハーポ・マルクス、ゼッポ・マルクス、セルマ・トッド、デヴィッド・ランドー

 マルクス兄弟映画は困難に陥った若い男女を助けるというのが基本だというのはすでに書いた。ヒロインは純真無垢な女性の場合が多いのだが、今回は裏で敵方と通じている悪女の未亡人という珍しい作品だ。

 大学が舞台で、グルーチョはそこの学長。ゼッポは学長の息子で大学に12年も通っている落第生。アメフトのチームに所属していて、未亡人に恋している。
 大学の名誉のために、次のアメフトの試合にはなんとしても勝たなければならないのだが、助っ人として呼ぶはずだったプロのアメフト選手は敵側のチームに取られてしまい、その二人と勘違いしてグルーチョが連れてきたのがチコとハーポの二人組。
 こうして、学内と終盤はアメフトフィールドでのドタバタが始まった。

 ドタバタギャグはもちろん多いのだが、主題歌として『EVERYONE SAYS I LOVE YOU』が繰り返し歌われ、効果的に使われている点でも異色作と言える。
 ゼッポはベッドで朝食を取る未亡人に向かって歌い、チコはピアノを弾きながら隣に座った未亡人に向かって歌う。ハーポはしゃべらない設定なので、二階の窓に向けてハープでこの曲を弾き、グルーチョは公園の手こぎボートの上でギターを奏でながら歌う。
 それぞれに少しずつ歌詞が違い、その意味合いも微妙に違う。特に、グルーチョのはかなり皮肉を込めた内容になっている。
 この歌はウディ・アレンの『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(1996)の中でも使われており、映画の原題はそのまんま『EVERYONE SAYS I LOVE YOU』だったりする。『世界中がアイ・ラブ・ユー』の中では全員がグルーチョ・マルクスの扮装をしたパーティが開かれていたりと、ウディ・アレンのマルクス兄弟への敬愛がうかがえる。
 考えてみれば、マルクス兄弟もウディ・アレンも同じユダヤ人だ。よく「ユダヤ陰謀説」とかいって、世界を裏から支配しているのはユダヤ人だなどという意見があるが、彼らや同じくユダヤ人のコメディアン・映画監督のメル・ブルックスなどのバカッぷりを見ると、そういう説は眉唾に思えてくるのはオレだけだろうか。

 前作にもましてゼッポのポジションが上がっているが、これは『いんちき商売』でも書いたとおり、あまりに兄たちと比べて目立たない役柄になってしまうゼッポがマルクス兄弟を抜けたがっていたからだそうだ。憶測だが、ギャラの配分などでも差があったのかも知れない。

 例によって字幕の出来が悪い。だれだれとの仲がが、中がになっているのは誤植として許すとしても、1932年製作なのに「1988年からは」となっているのには驚いた。SFだったのかよ。これはもちろん「1888年から」が正解。
 あまりコストをかけられないから仕方ない面もあるのだろうが、バイトによるチェック程度で防げるように思う。原盤が海外生産なのだろう。

518m7qYQuaL._AA240_.jpg『けだもの組合』(1930) ANIMAL CRACKERS 97分 アメリカ

監督:ヴィクター・ヒアマン 原作:ジョージ・S・カウフマン、モリー・リスキンド、バート・カルマー 脚本:ピエール・コリングス 脚色:モリー・リスキンド 撮影:ピエール・コリングス
出演:グルーチョ・マルクス、チコ・マルクス、ハーポ・マルクス、ゼッポ・マルクス、マーガレット・デュモント、リリアン・ロス、ルイス・ソーリン、ハル・トンプソン、ロバート・グレイグ

 マルクス兄弟主演第二作目。こちらも舞台劇の映画化である。
 危機に陥った恋する若い男女を、マルクス兄弟がドタバタしている内に結果的に救うことになるのは前作『ココナッツ』と同じで、マルクス兄弟映画の基本スタイルになっている。
 大富豪の未亡人がパーティを開き、そこで展示される10万ドルの絵画が偽物とすり替えられ、しかも偽物が二枚登場してついにはどれがどれやらの大騒ぎになる。
 未亡人を演ずるマーガレット・デュモントはマルクス兄弟映画の常連で、財産狙いのグルーチョに毎度毎度口説かれている。

 『ココナッツ』にあった群舞はなくなったが、コーラスは健在。チコによるピアノの演奏と、ハーポによるハープの演奏があるが、少々長すぎるように感じる。スター映画なので主演者の見せ場を大きく取ったのだろうが、やはりここら辺は第二次大戦前の映画という感じだ。
 意味がありそうでまったくないことを延々と喋り続けるグルーチョと、ダジャレ好きなチコ。そして前作以上に暴走してヨレヨレのコートから生魚から懐中電灯までとあらゆる物を取りだし、美女と見るや追いかけ回すハーポの芸人振りが楽しい。あっ、そういえばゼッポも出てたな。
 グルーチョはアフリカ帰りの探検家という設定で、腰ミノだけの黒人男性に担がれた駕籠に乗って登場する。今となってはやばいネタだ。

 ただし、暴走するマルクス兄弟を演出側が抑えきれず、映画としてまとまりに欠ける部分がある。ストーリー的なまとまりは元より求めてはいないが、これではただの出し物だ。マルクス兄弟と対等に立ち向かう監督が登場するのはもう少し先のこととなる。
 DVDはユニバーサルから発売されていて、ユニバーサルの旧作映画ではありがちなのだが日本語字幕の出来が悪い。気づいただけでも誤植は何カ所かあり、男性のセリフの語尾が女性の物になっていたりと、Mr.だれだれ Mrs.だれかれというのも違和感がある。だれだれさんやだれだれさまでいいじゃないか。
 個人的には日本語を習得したアメリカ人が翻訳したか、日本の翻訳家見習いにバイトで頼んだんじゃなかろうか?と考えている。

51QBbFLTqXL._AA240_.jpg『ココナッツ』(1929) THE COCOANUTS 93分 アメリカ

監督:ジョセフ・サントリー、ロバート・フローリー
出演:グルーチョ・マルクス、チコ・マルクス、ハーポ・マルクス、ゼッポ・マルクス、ケイ・フランシス、マーガレット・デュモント

 舞台で活躍していたコメディ集団“マルクス兄弟”の映画デビュー作。
 マルクス兄弟はもともと5人でやっていたが、ガモ・マルクスは映画進出時に抜けて、グルーチョ、チコ、ハーポ、そしてゼッポの4人兄弟として出演している。

 舞台はフロリダのココナッツ・ビーチ。ココナッツホテルの支配人がグルーチョで、そこに二人でシングルの部屋一つに宿泊する怪しげな二人組がチコとハーポ。ゼッポはホテルで働く従業員だ。
 そしてリゾート開発と、大金持ちの未亡人が身につけている高価なダイヤのネックレスの盗難事件についてドタバタな事件が始まる。

 舞台で好評を得た『THE COCOANUTS』の映画化で、そのためか歌や群舞などのレビュー的要素も多く、興味がある人には面白いのだろうが、オレにはそこら辺のパートは退屈だった。
 やはりグルーチョがいい加減なことをベラベラ喋りまくり、ハーポは一言も口をきかずにハチャメチャなトラブルを巻き起こす。チコはダジャレネタ連発で、ゼッポは目立たない。これがマルクス兄弟の魅力ではないだろうか。ゼッポ可哀想と思わないでもないが。

 80年近く前の作品だがフィルムの状態はおおむね良好。ときどき画質が荒れたシーンもあるのが残念だが仕方なし。観られるだけでもありがたやありがたや。
 例によってハーポによるハープの演奏や、チコによるピアノの演奏もある。グルーチョの靴墨による口ひげとメガネや、ハーポの浮浪者スタイル、チコのとんがり帽、目立たないゼッポなどマルクス兄弟映画のスタイルはすでにほぼ完成している。って、だからゼッポ可哀想だろ。
 ハーポがチコと話をしている相手が身につけているスカーフや腕時計などをどんどん盗んでいくシーンはまさに抱腹絶倒。
 映画として消化不良な部分もあるが、やはりファンなら観ておくべき。っていうか今では『ココナッツ』のDVDは1000円を切っているんだよねぇ。倍近い金額でBOXを買ったオレって・・・

affiche_Carrie_2002_1.jpg『キャリー』(2002) CARRIE 135分 アメリカ

監督:デヴィッド・カーソン 製作:デヴィッド・リヴィングストン 製作総指揮:デヴィッド・カーソン、ペン・デンシャム、ブライアン・フラー、マーク・スターン、ジョン・ワトソン 原作:スティーヴン・キング 脚本:ブライアン・フラー 撮影:ヴィクター・ゴス 音楽:ローラ・カープマン
出演:アンジェラ・ベティス、パトリシア・クラークソン、レナ・ソファー、キャンディス・マクルーア、エミリー・デ・レイヴィン、トビアス・メーラー、デヴィッド・キース

 オレが持っている新潮文庫版の『キャリー』原作は1988年8月5刷のもの。つまり読んだのはおよそ20年前と言うことで、ただでさえ記憶力に問題があるため詳しいところは憶えちゃいない。それでも今回1976年版『キャリー』と見比べてみると、こちらの方が原作に近いようである。テレビ用映画と言うことで多少上映時間が長いおかげもあるだろう。
 1976年版では省略されていた終盤での町の崩壊や、少女期の隕石落下などが今作では再現されている。SFXの発達で昔では映像化が難しかった物が比較的低コストで実現できるようになったからだ。

 オープニングの科学の授業の内容がダーウィンの進化論で、そこで教師がキャリーに対して「君は図書館で自習していなさい。お母さんにそう頼まれているから」というところでキャリーの母親が進化論を否定する狂信的キリスト教徒で、しかも娘に対して過剰に干渉していることを感じさせて上手い。
 パソコンや携帯電話、ビデオカメラが登場するなど時代は現在に変更されている。キャリーが自分の力についてインターネットで奇蹟やサイコキネシスについて検索して調べているシーンがあったりする。
 キャリーをプロムナイトに連れ出そうとする女の子が黒人になっているのもこれまた時代の流れだろう。
 母親はプロムへの参加は渋々認める物の、キャリーが作ったドレスを見て「赤は駄目」と強く主張する。実際はピンクなのでキャリーもそう反論してそのドレスで出席するが、そのドレスが血で赤く染まり、そして・・・

 オレは衛星放送でやっているのを観た。出来は悪くないと思うのだが、何故かまだDVD化はされていないようだ。レンタルビデオでは出ていたはずなので興味がある方はビデオでどうぞ。

B0000A4HTU.jpg『グリーンマイル』(1999) THE GREEN MILE 188分 アメリカ

監督:フランク・ダラボン 製作:デヴィッド・ヴァルデス、フランク・ダラボン 原作:スティーヴン・キング 脚本:フランク・ダラボン 撮影:デヴィッド・タッターサル 音楽:トーマス・ニューマン
出演:トム・ハンクス、デヴィッド・モース、ボニー・ハント、マイケル・クラーク・ダンカン、ジェームズ・クロムウェル、マイケル・ジェッター、グレアム・グリーン、ダグ・ハッチソン、サム・ロックウェル、バリー・ペッパー、ジェフリー・デマン、パトリシア・クラークソン、ハリー・ディーン・スタントン、ウィリアム・サドラー、ゲイリー・シニーズ

 キングの小説としては比較的受け入れられやすい原作と3時間を超える上映時間を持ちながらも、単なる子供だましのファンタジー映画になってしまった。フランク・ダボランは『ショーシャンクの空に』に続いて演出家としての底の浅さを露呈した。この人は脚本家専任では割と面白いのを書くんだが、監督としては評価できない。
 二人目の死刑囚が電気椅子の上で燃え出すところなどキングらしいシーンがただ残虐なだけで、ドキュメンタリーグロ映画『ジャンク』でも作っている気なのだろうか。
 そもそも大恐慌時代の南部で黒人の死刑囚、根性のひね曲がった看守に地獄から生まれたような極悪の犯罪者、人種差別主義の弁護士に太りすぎなトム・ハンクス。それを組み合わせておいて、ラストに電球から花火のように火花が散って「はい感動しろ」って言われてもな。

 俳優は癖のある人物が多い。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でお金を盗んだデヴィッド・モースとか、『デアデビル』の悪役キングピンを演じたマイケル・クラーク・ダンカン、『スペース・カウボーイ』でNASAの嫌みな上司を演じたジェームズ・クロムウェル、『ダンス・ウィズ・ウルブス』のネイティブアメリカングレアム・グリーン、『プライベート・ライアン』の狙撃手バリー・ペッパー、『フォレスト・ガンプ』のダン大尉を演じたゲイリー・シニーズ。そして『パリ、テキサス』のハリー・ディーン・スタントン。
 これだけの顔ぶれを揃えておきながら、あまり魅力を感じさせないってのはどういうことだ。

B00006AUW9.jpg『ゴールデンボーイ』(1998) APT PUPIL 112分 アメリカ

監督:ブライアン・シンガー 製作:ジェーン・ハムシャー、ドン・マーフィ、ブライアン・シンガー 原作:スティーヴン・キング 脚本:ブランドン・ボイス 撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル 音楽:ジョン・オットマン
出演:ブラッド・レンフロー、イアン・マッケラン、ブルース・デイヴィソン、イライアス・コティーズ、ジョー・モートン、デヴィッド・シュワイマー、ヘザー・マコーム、ジョシュア・ジャクソン、アン・ダウド

『ユージュアル・サスペクツ』(1995)で注目を集めたブライアン・シンガーが次に撮ったのがこの作品。
 アメリカに住む成績優秀で運動も得意、しかも眉目秀麗な高校生が、バスの中で見かけた老人(イアン・マッケラン)が第二次大戦中に強制収容所で数多くのユダヤ人を殺害した元ナチス親衛隊員(SS)であることに気づき、ホロコーストへの興味からその老人に近づいていく。最初は老人を脅して当時の話を聞き出していたが、次第に老人の中に潜んでいた怪物が目覚めていく。
 原題の『APT PUPIL』は優秀な生徒といった意味。頭の良い少年は老人からどんどん吸収し、ついには彼自身も怪物となってしまう。

 イアン・マッケランは同じくブライアン・シンガー監督作の『X-MEN』に登場しているが、そちらでは強制収容所の中にいた人間。正反対だ。
 心臓発作で担ぎ込まれた病院の病室で隣のベッドに寝ていた男が老人の正体に気づくシーンが印象に残る。必死になって病室を抜け出して誰かいないかと杖をつきながら廊下を進む。その杖を持つ左腕の内側には青い文字で数字が入れ墨されている。ユダヤ人が強制収容所でナチスに入れられた物だ。ここらへんのテンポが『ユージュアル・サスペクツ』のラストとほぼ同じ。

 ラストが原作から大きく変更されていて、少年も怪物になったとはいえせいぜいスクールカウンセラーを脅迫するぐらいであまり大したことはしない。
 もっともテキサス大学タワー乱射事件っぽい原作のラストを映像化するのは様々な理由で難しいか。
 ちょっと物足りなく感じるようならば『原作』も是非。さらに破滅的で救いの欠片もない物語だ。

post-106193-1127452364.jpg『クイックシルバー』(1997) QUICKSILVER HIGHWAY 90分 アメリカ

監督:ミック・ギャリス 製作:ミック・ギャリス、ロン・ミッチェル 製作総指揮:ジョン・マクティアナン、ドナ・ダブロウ、サンドラ・ラック 原作:スティーヴン・キング、クライヴ・バーカー 脚本:ミック・ギャリス 撮影:シェリー・ジョンソン 音楽:マーク・マザースボウ
出演:クリストファー・ロイド、マット・フルーワー、ラファエル・スバージ、サイラス・ウェイア・ミッチェル、ビル・ナン、ヴェロニカ・カートライト、ビル・ボレンダー、ジョン・ランディス、クライヴ・バーカー

 スティーヴン・キングとクライヴ・バーカーそれぞれ1エピソードからなるオムニバス映画。クリストファー・ロイド演ずる闇の話収集家クイックシルバーが語り手となって映画は進む。
 これは劇場用ではなくテレビ用映画。キングのパートの方が時間も短くキングとヴァーカーでそれぞれ2:3ぐらいの比率に感じる。
 キングのエピソードは、旅先のセールスマンが雑貨屋で買った大きな入れ歯のおもちゃに乗っ取り強盗のヒッチハイカーから助けてもらうという話。ガブガブ噛むぞ。予想通りの展開にさして面白くないオチでパッとしない印象だ。どこまでも延々と続く田舎道がキングらしいといえばキングらしい。

 それに対してバーカー担当のエピソードは手が叛乱を起こし人間から独立しようとする話。美容外科医の手がある日、本人の意志とは関わりなく勝手に動き出し、夜になって本人が寝ると右手と左手が「自由だ」「革命だ」と話をしている。言うことをきかなくなった手と格闘する一人芝居が見物。
 ついには右手が包丁で左手を切り落とし、手だけで勝手に動くようになる。『アダムス・ファミリー』シリーズに手だけのキャラクターが出てくるがあんな感じだ。そしてついに手による自由革命が始まる。
 手がいくつもウジャウジャと這いずり回る図には恐怖よりも笑いを感じてしまうが、もしも人類から手が無くなったことを考えるとかなり怖ろしいことではある。なんといっても手袋産業は軒並み倒産だ。指サック業界もな。
『パタリロ!』に下半身が上半身に対し革命を起こし分離して革命を起こすというエピソードがあったな、そういえば。

 今回の対決ではバーカーに軍配が上がったとオレは思う。シワ取り手術の麻酔医役で本人も出演してるしな。といってもそのシーンの登場人物はみんな大きなマスクをしていて顔がはっきり分からない上に、そもそもでクライヴ・バーカーの顔は知らんが。同じシーンにはジョン・ランディスが出演しているが、こちらはメガネとヒゲですぐに分かった。でも関係者でもないのになんで出てるんだか、本当に出たがりな人だ。

B00005TOP1.jpg『クリープショー2/怨霊』(1987) CREEPSHOW 2 92分 アメリカ

監督:マイケル・ゴーニック 製作:デヴィッド・ボール 製作総指揮:リチャード・P・ルビンスタイン 原作:スティーヴン・キング 脚本:ジョージ・A・ロメロ 撮影:ディック・ハート トム・ハーウィッツ 音楽:レス・リード
出演:ロイス・チャイルズ、ジョージ・ケネディ、ドロシー・ラムーア、トム・サヴィーニ、ドメニク・ジョン、フランク・S・サルシード、スティーヴン・キング

 1982年製作『クリープショー』が帰ってきた。その名も『クリープショー2/怨霊』、そのまんまなタイトルである。
 監督がジョージ・A・ロメロからマイケル・ゴーニックに変更。そして脚本がスティーヴン・キングからジョージ・A・ロメロに。このスタッフの変更が吉と出るか凶と出るか。

 前作では120分で全5話のオムニバスだったが、今回は92分の全3話と短くなった。一気に観るにはこれぐらいの方が肩が凝らなくて良い。もちろん、物足りないと感じる人もいるだろう。
 監督のマイケル・ゴーニックは『ゾンビ』などの撮影をやっていた人でロメロの仲間のようだ。この作品以外にも何本か監督をやっているが、あえて述べるほどの実績は上げていない。
 ロメロの脚本もキングのそれと比べると悪趣味さと笑いが薄れて全体的に単調だ。

 3エピソードの中で1番面白かったのが、第2エピソードの『殺人いかだ』。
 もう9月になり遊泳シーズンが終わった頃に、二組の男女が池に泳ぎにやってくる。池にはいかだ(raft)が浮かんでいて、彼らはそのイカダまで泳ぎ上に上がる。
 気がつくとイカダの回りを油のようなゴミのかたまりのような謎の物体がうろついている。正体不明のその物体は水に入った者を飲み込み食ってしまう。
 いかだの上にいる限りはひとまず安心だ。だが通りから外れたこの池に人がやってくるとも思えず、助けは見込めない。体力や睡眠のことを考えるといつまでも立ち続けていられるわけでもない。さあどうする。
 ラストが原作とは違う物に置き換えられていて、ホラーではありきたりの手法だがホッとしたところでドッキリさせられた。テレビサイズの画面ではなく映画館で観たのでビクッと飛び上がってしまった。

 第1エピソードは雑貨屋の夫婦が惨殺され、その仇をある物が取るといった内容。雑貨屋主人のジョージ・ケネディが渋い。

 ラストエピソードは誤ってヒッチハイカーを轢き殺してしまった金持ちの女性がゾンビと化したそのヒッチハイカーに追い回されるだけの話。
 ベッドで男女が寝ているシーンから始まるが、ヘッドボードに置かれた本がスティーヴン・キングの『IT』だ。日本のハードカバーは上巻下巻に分かれていたが、あちらでは全1巻で出たようだ。広辞苑のようにひたすら分厚い。あれで殴ったら人死ぬぞ。
 キング自身は轢き逃げ現場に出くわすトラックの運転手。こういう役似合うなー。

 オープニングとエンディング、そしてエピソード同士を繋ぐパートが雑誌『クリープショー』ファンの少年のアニメーションで作られているが、前作よりも質が落ちるし、ドラえもんの出してくれた未来兵器でジャイアンやスネ夫を殺しまくるのび太って感じのラストもちょっと後味も悪い。

B000FCUY18.jpg『キャッツ・アイ』(1985) CAT'S EYE 90分 アメリカ

監督:ルイス・ティーグ 製作:マーサ・J・シューマカー、ディノ・デ・ラウレンティス 共同製作:ミルトン・サボツキー 原作:スティーヴン・キング 脚本:スティーヴン・キング 撮影:ジャック・カーディフ 音楽:アラン・シルヴェストリ
出演:ジェームズ・ウッズ、ドリュー・バリモア、アラン・キング、ケネス・マクミラン、ロバート・ヘイズ、キャンディ・クラーク、ジェームズ・ノートン

 スティーヴン・キング原作・脚本による3本のエピソードから成るオムニバス映画。一匹の猫が目撃する奇妙で怖ろしい物語だ。ジャケットの写真だと猫が襲ってくる映画に思えるが、猫は目撃者かつ物言わぬ語り手である。
 猫は登場するなり泥まみれのセントバーナードに追われる。犬の名はやはりクジョーだろうか。そして赤いプリマスに轢かれそうになる。こちらはもちろんクリスティーン。自分で脚本を書いているだけにやり放題だ。

 1本目は禁煙を成功させる会社と契約した男(ジェームズ・ウッズ)が味わう恐怖の物語。その会社はどこからか主人公を監視していて、もしもタバコを一本でも吸おうものなら、家族に電気ショックなどの危害を加えるというのだ。
 最初は家族のためなら止められるさと考えているが、ヘビースモーカーだっただけについついタバコに手が伸びてしまう。そんな彼を止まらせるのは、夜の内に床に付いていた謎の足跡や、家の前を革靴でジョギングする怪しげな男など。
 タバコ吸いたさのあまりパーティの席上で見る幻覚まで見る始末。
 オレはタバコを吸わないので禁煙しようと思っても失敗してしまうというつらさは分からないんだが、やはり難しいそうだ。
 去年のタバコが値上げされたときも、「値段が上がったら禁煙するよ」と言っていた人が相変わらずまだ吸っている。
 最後はダイエットを成功させる話へとつながる。こちらはよく分かる。
 主人公が禁煙のイライラをテレビで放映していた映画に当たり散らす。その映画は『デッドゾーン』だ。「脚本が悪い」とか言ってるが、これはキングの本音か?
 ゾッとするオチも決まっている。

 2本目は大富豪の若い奥さんと浮気したテニスプレーヤーが高層ビルの最上階の外壁を一周させられる話。主人公のテニスプレーヤーは『フライングハイ』シリーズのロバート・ヘイズだ。
 巣を作っている鳩や突風など普段ならどうってことない物が難関となって襲いかかる。
 本当に、ただビルの外壁を一周するだけの話なのだが、これがハラハラドキドキの緊張感に溢れたエピソード。大富豪の憎らしさもいい。

 ここまでは超自然現象(スーパーナチュラル)なしで来たが、3本目はSFXを駆使したダークファンタジーになる。
 旅を続けて様々な事件を目撃した猫が、ある女の子(ドリュー・バリモア)に拾われる。だがその子は小鬼(ゴブリン?)に狙われていて、夜になる毎に口から精気を吸われている。
 母親は猫が娘に悪さをしていると思いこみ、保健所に連れて行ってしまう。このままでは自分も薬殺され、女の子の身も危ない。がんばれ猫!
 でもって、母親がベッドで読んでいる本は『ペット・セメタリー』のハードカバーだったりする。あまり夫婦のダブルベッドで、それも就寝前に読む本じゃない気もするが。

 小鬼の大きさはせいぜい30センチぐらい。主にモンスタースーツ(着ぐるみ)で演じられている。もちろん身長30センチの人はいないので、代わりにスケールアップした巨大なセットを作っての撮影だ。小柄な160センチぐらいの人が演じるとすると、実物の5倍ちょっと大きくしたセットを作ればいい。
 セット撮影と女の子や猫の実写映像との合成も上手くて、小鬼がまるで本当にいるみたいだ。

 全編、特に3本目のエピソードでは猫の出番も多い。この猫がちゃんと芝居をしているのがすごい。犬に比べると猫に芸を仕込むのは難しそうだ。

 スケールの大きな話はないが、しっかりしたエピソードが順番よくまとまっていて日本未公開だったのが不思議だ。

B00005G0ON.jpg『クジョー』(1983) CUJO 93分 アメリカ

監督:ルイス・ティーグ 製作:ダニエル・H・ブラット、ロバート・B・シンガー 原作:スティーヴン・キング 脚本:ドン・カーロス・ダナウェイ、ローレンス・キュリア 撮影:ヤン・デ・ボン 音楽:チャールズ・バーンスタイン
出演:ディー・ウォーレス、ダニー・ピンタウロ、エド・ローター、ダニエル・ヒュー=ケリー、クリストファー・ストーン

 『デッドゾーン』『クリスティーン』はすでに書いているのでそちらを参照してもらうとして、製作年度順で行くと今回はこの『クジョー』(1983)となる。

 原作は新潮文庫から発刊されている『クージョ』。映画は『クジョー』だから「ー」の位置が違う。原題はCUJOで映画内の登場人物の発音だと「クゥジョー」って感じに聞こえる。『クージョ』と『クジョー』のどちらに聞こえるかと言われると、まぁ『クジョー』かなと。
 原作の翻訳版が出版された方が先で、原文には発音記号が付いているわけではないから、翻訳者などが『クージョ』と解釈したのだろう。映画の方は先ほど言ったとおり登場人物が『クジョー』っぽい発音なので『クジョー』としたのだろうか。
 でも実際の所は、『クージョ』よりも『クジョー』の方がホラーっぽいから変更したんじゃないかなと妄想したりする。
 原作版から映画では『クジョー』に変更になっていることで、「分かりにくいじゃないか」と映画会社に苦情(クジョー)の電話が何本もかかってきたという噂があるかないかは知らない。

 大雑把に言ってしまうと、主人公の母とまだ幼い息子を狂犬病に罹ったセントバーナードが襲い、故障で立ち往生した乗用車の中に立てこもるといった話。
 これまでにサメや熊、大蛇などが襲ってくる動物系ホラーがあったが、それが今回は犬になった。
 監督のルイス・ティーグは『アリゲーター』(1980)を撮った人だから適任者とも言える。今回も低予算かつ難しい題材を手堅くまとめ上げている。
 今回、スタッフ名を調べていて気がついたのだが撮影監督がヤン・デ・ボン。言われてみれば冒頭のクジョーがウサギを追うシーンや、狭い車の中を中心からぐるりと何度も360度回転するシーンなど興味をひく画面が印象に残る。さすが名撮影監督として鳴らした人だ。監督としては基本的にアレだが。

 母息子対セントバーナードが基本だが、母が浮気をしていたことが夫にばれたばかりだったり、息子が日にさらされて窓も少ししか開けられない車の中で脱水症状と熱中症になっていくなど、様々な要因からくる心理ドラマが原作の面白いところ。車に立てこもっている間にあれこれ考え、悩み苦しみ、時には勇気を奮い起こす。人間だけではなく、クジョー視点からの心理描写もあるぐらいだ。
 映画は小説やコミック、演劇などと比べると心理描写が難しいメディアなので、その辺りがばっさり切られている。さらに、救いようのないラストも映画向きに変更されていることもあってか原作ファンの評価は辛めなようだ。

 限られた場所と登場人物を使って一本の作品に仕上げた手腕は評価されていいだろう。これをさらに極端にしたのが『オープン・ウォーター』(2004)だろうか。
 クジョーの演技も上手い。犬とアニマルトレーナーに拍手を。最初はお人好しな顔つきをしていたクジョーが狂犬病が進行していくと共に泥や埃で汚れて怖ろしい顔つきになっていく。
 しかしセントバーナードはやはりデカい。体格の良い自動車修理工(エド・ローター)に襲いかかるシーンでもデカい。ここでクジョーの大きさが描かれることで、女性や小さな子がそのクジョーを相手にしなければならない怖ろしさが強調されている。

 狂犬病予防接種が行われる4月もそろそろ近くなってきた。犬を飼っている方は忘れずに予防接種を受けさせましょう。
 オレも一匹飼っているので4月になったら獣医に連れて行かねば。フィラリア予防薬の季節もなんだかんだであっという間に来るんだろうな。
 犬は注射が痛いだろうが、こっちは財布が痛い。でも好きで飼ってるんだからもちろん飼い主の義務だ。

B00005G0LY.jpg『クリープショー』(1982) CREEPSHOW 120分 アメリカ

監督:ジョージ・A・ロメロ 製作:リチャード・P・ルビンスタイン 脚本:スティーヴン・キング 撮影:マイケル・ゴーニック 特殊メイク:トム・サヴィーニ 音楽:ジョン・ハリソン
出演:E・G・マーシャル、テッド・ダンソン、レスリー・ニールセン、フリッツ・ウィーヴァー、ハル・ホルブルック、エイドリアン・バーボー、スティーヴン・キング、トム・アトキンス、ヴィヴェカ・リンドフォース、ゲイラン・ロス、エド・ハリス、キャリー・ナイ

 スティーヴン・キングはホラー小説作家だと思い込まれている感があるが、実際には主にホラーを主題にして人間を描く作家だ。人間の持っている暗い欲望とか業について書くことが多いが、感動作だろうが恋愛物だろうがその気になればいくらでも書ける。
 今回は監督のジョージ・A・ロメロ、特殊メイクのトム・サビーニと一緒にキャッキャキャキャと存分に楽しみながらコメディホラーを撮っている。

 ホラーコミック好きの少年が父親に大好きなコミックを捨てられてしまう。そしてそのコミックに収録されている短編が実写映画になって登場する。実写の短編と短編がコミックブックをめくるアニメーションで繋がれている面白さ。脚本をキング本人が手がけており、あれこれ楽しんで書いて、それだけでは物足らなかったのか二つめのエピソードではほぼ単独主演でアホ面をさらしている。もともと類人猿っぽい顔のキングはちょっと崩すとホントアホ面。他の原作作品にも顔を出していることが多いが芝居はそれなりに出来ていて、いかにも素人という感じではない。
 キングがアホな役をやっている代わりにレスリー・ニールセンが妻と愛人への復讐に燃える夫役でシリアスな演技を見せてくれる。というか、この人の場合こちらが本来の芸風で晩年になっておかしくなった。晩年といってもまだ生きてるけど。
 まだ売れる前のエド・ハリスがほんの脇役で登場。このころはまだ毛があった。他にはハル・ホルブルックやテッド・ダンソン(『スリーメン&ベビー』の父親陣の一人)など意外にキャストも豪華。
 コミックの持ち主である少年を演ずるのはキングの実子。名前はジョーだとか。そして終盤には特殊メイク担当のトム・サヴィーニが顔を出してくる。この人は『ゾンビ』にしろ『フロム・ダスク・ティル・ドーン』などで分かるように出たがりだからな。

 収録されたエピソードは『父の日のケーキ』『緑まみれのキング』『波打ち際に埋められる』『木箱』『ゴキブリ』の全5エピソード+オープニングとエンディング。
 ここぞという場面ではコミックの効果線や安っぽいカラーの照明、トム・サヴィーニの悪趣味特殊メイクなどが色を飾り、B級っぽさを演出している。
 一番有名なのはゴキブリのエピソードだろう。人工物ばかりに囲まれた真っ白い病室を思わせるペントハウスに暮らしている潔癖性の大富豪がいる。強引な乗っ取りで他人を苦しめた悪行から呪いにかけられる。その呪いとはゴキブリ。最初に部屋へ現れるゴキブリは1匹、2匹と少数だが、それがどんどん増えていき最終的には3万匹。研究所で無菌繁殖されたゴキブリだそうだが、そいつらが画面の端から端まで埋め尽くす。首が飛ぼうが腕が切り取られようが、もはや特殊メイクに馴れてしまったオレは笑って観てられるがこいつはダメだ。きっと大昔、人類とゴキブリは覇権をかけた争いをし、その時の恐怖がオレたちの深層心理に埋め込まれているに違いない。そうでなければ、なぜ単なる昆虫があんなに怖ろしいのだ。
『木箱』の主人公ハル・ホルブルックが妄想の中で口やかましい悪妻をショルダーホルスターから抜いた大型リボルバーで射殺するが、やはり『ダーティーハリー2』(1973)からの引用だろうか。

 日本公開は遅れに遅れて1986年の2月。同時上映はサム・ライミの『XYZマーダーズ』だった。ちなみにパンフレットは1冊にまとめられていて、右から読むと『クリープショー』、左から読むと『XYZマーダーズ』というお得仕様。
 120分という上映時間は多少長目でちょとダレる。『クリープショー2』では3エピソードで93分となっていたが、時間的にはそれぐらいの方が合っているだろう。

B000HOJSL6.jpg『キャリー』(1976) CARRIE 98分 アメリカ

監督:ブライアン・デ・パルマ 製作:ポール・モナシュ 原作:スティーヴン・キング 脚本:ローレンス・D・コーエン 撮影:マリオ・トッシ 美術:ジャック・フィスク 音楽:ピノ・ドナッジオ

出演:シシー・スペイセク、パイパー・ローリー、ウィリアム・カット、ジョン・トラヴォルタ、エイミー・アーヴィング、ナンシー・アレン、ベティ・バックリー、P・J・ソールズ、シドニー・ラシック、プリシラ・ポインター

 スティーヴン・キング作家デビュー作の映画化。
 監督は当時売り出し中だったブライアン・デ・パルマで、これでもかぁとばかりに凝ったテクニックを使いまくっている。
 30年ほど前の作品だけあって出演者たちも若い若い。ジョン・トラヴォルタがチンピラアンちゃんだわね。でも、ナンシー・アレンはあまり変わっていない気も。

 地味で引っ込み思案な少女キャリーが主人公。高校卒業間近に女子ロッカー室でシャワーを浴びているときに初めて初潮になって、その意味に気づかずパニックになってしまうほど極端な育て方をされてきた少女。
 原作は大昔に読んだがすっかり忘れてしまった。新潮文庫から出ているのだが、表紙がやたらと怖い。夢見るぞ。
 そんなキャリーには感情が激しく高ぶる、特に怒った時に自分でも制御できないテレキネシス(念力)を発する能力があった。えっ?なんでそんな能力を持っているのかって?そんなことワシャ知らん。

 彼女にも数は少ないが友人や力になってくれる女性教師がいる。
 そして思いがけずプロム(高校卒業時に行うパーティー)にあこがれの男子生徒とペアで出席することになったことからキャリーは変わっていった。
 これまでは化粧などしたことがなかったが、お店で口紅を試してみたり、プロムのためにピンク色のドレスやコサージュを作り始めた。そして彼女は次第に明るく、自信を持った少女へとなっていく。

 ここで終われば単なる青春映画だが、プロムの女王に選ばれたキャリーの頭の上に天井のバケツから・・・がぶちまけられる。
 有頂天になっていた彼女は一転して皆からの笑いものになり、人びとの悪意に反応してぶち切れてしまい暴走状態になる。そんな彼女をもはや止めることの出来る者などいなかった。

 カメラが移動撮影で教室中全体を写したり、手前の人物と奥にいる人物の両方にピントがあった構図、ここぞとばかりのスローモーションや画面分割など、デ・パルマはこれでもかとばかりに思いつくテクニックをぶち込んでいる。
 面白いなと思える物もあるが、個人的には映像テクニックはそれによって何を描くのかが重要であって、テクニックを使うこと自体が目的になってしまうのは違うと思う。意味ないよなというテクニックがあったのは事実。

B000IXYYC4.jpg『ゴースト・オブ・マーズ』(2001) GHOSTS OF MARS 115分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:サンディ・キング 脚本:ラリー・サルキス、ジョン・カーペンター 撮影:ゲイリー・B・キッブ 音楽:ジョン・カーペンター、アンスラックス

出演:ナターシャ・ヘンストリッジ、アイス・キューブ、ジェイソン・ステイサム、クレア・デュヴァル、パム・グリア、ジョアンナ・キャシディ、デュアン・デイヴィス、ローズマリー・フォーサイス、リチャード・セトロン、リーアム・ウェイト、ロボ・セバスチャン、ロドニー・A・グラント、ピーター・ジェイソン、ワンダ・デ・ジーザス、アル・レオン

 未来、人類は火星を植民地とし地球改造計画(テラフォーミング)も進んで、資源を掘り出すための鉱山基地も各地に出来上がっていた。
 主人公のメラニーは火星警察の警官。上司のブラドッグ隊長(パム・グリア)を始めとするチームで、シャイニング渓谷という鉱山街で逮捕された凶悪犯を護送のため迎えに行くところだ。
 凶悪犯ウイリアムズ(アイス・キューブ)は火星では伝説的な犯罪者で、過去にも重犯罪をいくつも犯しながらも裁判で無実を勝ち取って自在に火星を飛び回っていたのだが、今回は数名を殺し金券を奪ったところを現行犯逮捕されている。これで首都に連れ戻され裁判となれば今度こそ重罪間違いないである。
 列車からシャイニング渓谷に降り立った警官たちは違和感を憶えた。
 今日は金曜日の週末、ドラッグや女目当てでみんな街へ出て派手に騒いでいるはずではないか。
 慎重に牢獄を目指す彼らを、丘の上から睨む人間とは思えないような眼差しがあった。
 これから彼らは、列車が迎えに戻ってくるまで、地獄の戦いを繰り広げることになる。

 一言で言ってしまえば、カーペンターの劇場デビュー作である『要塞警察』の拡大解釈的リメイクにあたる。
 建物に閉じこめられた主人公たち、そしてその回りを取り囲むのは言葉も通じぬ謎の集団。牢に閉じこめられていた囚人の力を借りて脱出を試みる。いやもうパターンはほぼ同じ。
 というよりも、西部劇の砦物の延長線上にある作品だ。カーペンターは熱狂的な西部劇ファンだそうで、それはいくつかの作品でも強烈なオマージュとして現れていたが、今回はその集大成だろう。

 守護隊が守る○○砦をインディアン(ネイティブ・アメリカン)が取り囲む。言葉もまともに通じず、ついには銃対弓矢の戦いになる。たまたま砦に立ち寄っていた犯罪者護送馬車に収容されていた人殺しのアウトローも味方に加わり、強い戦力になってくれる。もちろん、そのアウトローが人を殺したのは同情的なやむにやまれぬ訳があるのはいうまでもない。
 だが、倒しても倒しても次から次へと湧いてくるインディアンの大群についにくじけそうになったときに、遠くから音が聞こえてくる。
「パッパッパッパッパッパッ、パッパッ、パッパッラ?」
 応援の騎兵隊だ。そして騎兵隊の活躍でインディアンは退治され、砦に平和が訪れる。
 囚人護送官はアウトローに、「あいにくと足を挫いちまってな、治るまで二日ばかりかかる。歩けるようになったらすぐにでもお前を追い始めるからな」。(『ヴァンパイア/最期の聖戦』のラストでもやってたな)
 アウトローはニカッと笑うと馬に乗って地平線の向こうに去っていく。

 これを火星を舞台に、インディアンの代わりに地中に封じ込められていた火星人の意志、あるいは防衛装置に乗り移られた人間が変身した火星ゾンビでやっているのがこの作品。火星ゾンビはヘビメタ風な衣装を好むようで、こいつらがカーペンター・ロックに乗って襲ってくるのは怖いのやらちとおかしいのやら。
 こいつらはまともな知性は失っているようで、工具で作った刀や槍に弓矢などを使ってくるのだが、中でも威力があるのが丸ノコの刃。これをフリスビー状に投げてくるのだが、腕や首などスパスパと切り落とす。火薬を使わない武器ベスト投票があったら、オレは迷わずに丸ノコの刃に一票を投じるね。

 細かいことは気にしないで、立てこもっていた官舎から駅へと向かい、そこから始まる一大アクションを楽しめればそれで良し。楽しめない人には駄作だろうね、きっと。
 今時、CGも使わず射撃シーンにも大して工夫のない撃ちっぱなしの銃撃戦。ベンベン響くカーペンター・ロック。意味のない爆発と、その爆発で吹っ飛ぶ連中。わはは。
 キャニオン渓谷のオープンセットも作ってそれなりに制作費はかかってそう。列車はCGと模型を使い分けていて、節約主義は相変わらずなようだが。
 屋外ロケでは火星という設定なので土や岩が赤い。しかしロケ先は地球なので土も岩も当然土の色だ。そこで、撮影後のフィルムをCG加工して、赤い色に置き換えたのである。
 というのは大嘘で、地面に赤い食用染料をスプレーで噴射して赤い大地を作り出したんだそうだ。撮影後に洗い流せば元の土色に戻るし、環境への害も比較的少ないし費用も安い。なるほど。
 でも、スピルバーグやロバート・ゼメキスならばマジでCG加工を用いて火星の大地を作り出しそうだ。

 悪党側はアイス・キューブを始めとしてそれなりにキャラクターが確立しているのに、警官側が主人公とジェイソン・ステイサム以外はあまり役立っていないのが残念だ。せっかくのパム・グリアが演ずる隊長も中盤には消えてしまうし。特別出演だったのだろうか。消え去り方は笑わせてくれるが。

おっさん、もう21世紀やでと言ってみても仕方ない。カーペンター作品のほとんどは流行とは無縁で来た。ジョン・カーペンターにはジョン・カーペンターの映画しか撮れない。逆に言えばカーペンター映画はカーペンターにしか撮れない。
 この作品からすでに5年が過ぎたが、未だに劇場映画最新作だ。『遊星からの物体X』のリメイクないし続編の話や、『エスケープ・フロム・ニューヨーク』シリーズの続編の噂も聞く。個人的には全くの新作が良いがとやかくは言ってられない。
 そろそろ新作撮ってよ、ジョン。「結局、1980年代だけの人だったね」なんて言わせておかないでよ。待ってるよ、ジョン。

B000H1QRV8.jpg『ゴースト・ハンターズ』(1986) BIG TROUBLE IN LITTLE CHINA 100分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:ポール・モナシュ、キース・バリッシュ、ラリー・フランコ 脚本:ゲイリー・ゴールドマン、デヴィッド・Z・ワインスタイン 撮影:ディーン・カンディ SFX:リチャード・エドランド 音楽:ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル、キム・キャトラル、デニス・ダン、ジェームズ・ホン、ヴィクター・ウォン、ケイト・バートン、スージー・パイ、カーター・ウォン、アル・レオン

 好き。大好き。ジョン・カーペンター作品の中で一番好きなバカ映画。
 やっぱジョンはバカだ。愛すべき大バカ。
 クンフー、中国魔術、モンスター、SFX、銃撃戦、そしてバカな主人公。
 伏線も何も無しで観客が付いてくるかなど気にせずラストまで突っ走るストーリー。
 本場香港映画ではクンフー映画スターのカーター・ウォンを連れてきたが、アメリカ人観客のどれだけが分かるというのだろうか。
 SFXの神様リチャード・エドランドの無駄に派手なSFXが画面を彩る。
 予算はカーペンター映画としては破格の2500万ドル。
 そして主演は朋友カート・ラッセル。
 ジョン・カーペンターが趣味に走って作り上げた一大娯楽リトルチャイナ(中華街)エンターテインメントランド。楽しまなきゃ損だ。

 ツイ・ハークの香港映画作品に『蜀山奇傅・天空の剣』(1984)があるが、その影響を大きく受けているのは間違いなし。ワイヤーワークアクションには本家にとてもかなわないが、その分はSFXでカバー。緑や青の光線や雷光が画面狭しと飛び交い、謎のクリーチャーも出現する。

 主人公のジャック・バートン(カート・ラッセル)は長距離トラックの運転手。中華街に荷物を運んできた彼は、友人のワン・チー(デニス・ダン)を空港まで送っていったばかりに中華街(リトル・チャイナ)での大騒動(ビッグトラブル)に巻き込まれることになる。
 このジャック・バートンはトラックのCB無線であまり意味のない放送をするのが趣味なプアホワイト。言うことはでかいが、銃を上に向けて撃ったら天井が壊れて落ちてきた岩で頭を打って気絶したりとあまり頼りにならない。それが次第に頼もしく見えてくるから不思議。反射神経のネタはちゃんと伏線が張ってあるし。なんだ、ちゃんと伏線あるじゃん。
「ジャック・バートン、ミー」のセリフは予告編時代からのお気に入り。予告編は地下迷宮でモンスターと戦いながら女性を助けに行くというイメージだった。映画も確かにそういう流れではあるんだが・・・あの予告編は観客に誤ったイメージを与えるよな。JAROってなんじゃろ。

『トレマーズ』で雑貨屋店主を演じていたビクター・ウォンや『地獄のヒーロー』のジェイムズ・ホンなど中国系俳優が脇を固めて中国物としてのリアリティを確立している。でも、中国人から見たら中華街のシーンなどを中心に色々と奇妙に見えるんだろうとは思う。ハリウッド映画で日本を扱った場合に日本人からは奇妙に見えるのと同じような物だ
 とはいえ、日系俳優の層の薄さに比べると中国系俳優はそれなりに地位を固めているようでうらやましい。

 悪役ロー・パンには数多くの手下がいるが、そのトップは雷鳴・稲妻・雨の嵐三人組。そのうち、雷鳴を演ずるのが香港のクンフースターであるカーター・ウォン。さすがに動きの迫力が違う。死に様がまたすごいが。オレは「顔を見たことがあるな」程度だが、香港映画ファンには有名なのだろう。
 個人的にはロー・パンの下部組織構成員としてアル・レオンが出演しているのが嬉しい。相変わらず中途半端なハゲ、意味不明なひげだ。序盤の葬式での乱闘シーンからラストまで顔を見せ、結構大きく映っていてクンフー技も決まっている。

 音楽は例によってカーペンター本人だが、今回は主題歌まで歌っている。
「びーっぐとらぶる、いんりとるちゃいな」とちょっと脱力っぷり。DVDにはカーペンター出演のプロモーションビデオまで収録されている。
『BIG TROUBLE IN LITTLE CHINA』というイカすタイトルを『ゴースト・ハンターズ』などというパクリ映画のように変更してしまった配給会社の罪は大きい。どう売ったらいいか困ったんだろうけどさ。

 もはやハリウッド映画に香港映画の要素が含まれているなんて当たり前。このごった煮振りは今こそ評価されるべき。
 エドランドのSFXもノリノリで光学合成がひたすら派手。達人同士が放つ光線の中で中国の神が戦うシーンなんてもはや美しい。
 ラストのオチがまた無意味でいかにもB級。いいね。