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2004年06月10日

『ナッティ・プロフェッサー2 クランプ家の面々』

『ナッティ・プロフェッサー2 クランプ家の面々』(2000) 監督:ピーター・シーガル 出演:エディ・マーフィ/ジャネット・ジャクソン/ラリー・ミラー/ジェイマル・ミクソン

数年前に公開された『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』の続編。
登場人物もストーリーも前作からつながっているので、もしも観ていない場合には前作を観ておいた方がいいかと。

「前作はメチャクチャ太った大学教授がヤセ薬を開発して自分に使うんだけど、薬の副作用で別の人格が生まれてしまうという、『ジキルとハイド』的な話でしたよね」

その通り。ちなみに、前作はジェリー・ルイス主演の『底抜け大学教授』のリメイクだ。オリジナルはブ男な大学教授が薬で二枚目でかっこいい男になるって話なんだけどね。

今回クランプ教授が作ったのは若返り薬。その薬をめぐって大騒動が繰り広げられる。
見所はエディ・マーフィーを180kgに変えて見せた特殊メイク。あと、エディ・マーフィーが家族の全員を特殊メイクを使って一人で演じているとこ。クランプ教授本人と父親、母親、兄、祖母、そして別人格のバディ・ラブの一人六役か。

「バディ・ラブってのは単にメイクをしていないエディ・マーフィーですね」

母親や祖母はさすがに女装だってわかるけど、父親や兄についてはメイクの出来がいいのでエンディングのクレジットが出るまで気が付かない人もいるかも。
エディ・マーフィーが一人何役もやるのは、『星の王子ニューヨークへ行く』でもやってたな。
観終わった後では、エンディングの曲「マッチョ、マッチョメーン」が耳に残る。

2004年06月17日

『ネメシス』 ピュンという名には気をつけろ

『ネメシス』(1992) NEMESIS 1992/12/27に鑑賞
監督:アルバート・ピュン 脚本:レベッカ・チャールズ 出演:オリヴィエ・グラナー/ティム・トマーソン/マージョリー・モナハン/マーレ・ケネディ

『アンダーワールド』(2003)で追いつめられた人物が自分の周りの床をフルオートにした銃で丸く撃ち抜き、床ごと階下に落ちて逃げのびるというシーンがあった。
おや、これはどこかで観たな。そうだ『ネメシス』だ。こちらの場合はより派手に3、4階ばかりぶち抜いていたような記憶がある。他にもやたら派手な銃撃戦が繰り広げられていた。
主人公は黒のロングコートにサングラスと二丁拳銃の『男たちの挽歌』のチョウ・ユンファスタイル。敵の男が実はサイボーグで、顔の片側上半分がパカッとずれると仕込み銃になっていたりと、なかなか「おっ!」と言わせてくれるシーンもあった。だが、問題は映画全体を通して観るとこれっぱかしも面白くないということだろう。
何故だ?わたしの好きな銃撃戦がいっぱいじゃないか。スタッフ名を確認して納得。監督がアルバート・ピュンじゃないか。
アルバート・ピュンと言えば当時ジャン=クロード=ヴァンダムのファンだったわたしに悪夢を見させてくれた『サイボーグ』(1989)の監督だ。こちらも「これでもか~」とばかりのつまらなさだったがまたまたやってくれたものだ。
黒澤明の『デルス・ウザーラ』でスタッフをしていたともいうアルバート・ピュンだが、黒沢の元で何を学んだのやら、いや黒沢の元で学んだからなのか撮る映画撮る映画どれもつまらないという一種見事な監督だ。
スティーヴン・セガールの『ティッカー(劇場公開名・沈黙のテロリスト』(2001)を借りてきたらオープニングのスタッフクレジットで監督がアルバート・ピュンになっていた時点で「こりゃやばいか?」と思っていたら、やばいどころかセガール脇役じゃん。代わりに悪役がデニス・ホッパーだがまったくもって精彩を欠いていて、危なさやヤバさを感じさせてくれない。デニス・ホッパーなんて普段着の顔を撮ってもヤバそうな男なのに。
しかし作品数は妙に多いんだ。低予算が得意とか早撮りだとかの取り柄でもあるのだろうか。
ともあれ、アルバート・ピュンには気をつけろということで。

2004年06月29日

『ノース・ショア』 ソウルサーファーさ

『ノース・ショア』(1987) NORTH SHORE 1988/9/14鑑賞

監督・脚本:ウィリアム・フェルプス 製作:ウィリアム・フィネガン 製作総指揮:ランダル・クレイザー 脚本:トム・マッキャンリース 出演:マット・アドラー/ニア・ピープルズ/グレゴリー・ハリソン/ジョン・フィルビン/クリスティナ・レインズ

アリゾナ州のサーフィン大会で優勝した青年が、憧れのハワイはノース・ショアにやって来る。地図を見れば分かるようにアリゾナは海のない中西部の州だ。では青年がこれまでどこでサーフィンをしていたかというと、人工波のあるプールでだけだった。日本で例えるなら“群馬のサーファー”だろうか。実際に群馬在住でサーフィンが趣味の人がいたら申し訳ないが。そして初めて出会った本物の波は彼を寄せ付けず、青年は自分が井の中の蛙だったことを知る。
青年は伝説的サーファーと知り合い指導を受けることになる。昔ながらの長いサーフボードを操る師匠は「本当に大切なのは技術じゃない、海と一体になることだ。ソウルサーファーさ」と告げる。
ハワイでのサーフィン大会に出場した青年は勝ち進んでいくが、根性悪なライバルとの決勝戦を辞退し、アリゾナに帰ることにする。「逃げるのか、卑怯者」と罵るライバルに、青年はただ「ソウルサーファーさ」と答える。

サーフィンのことはまるで知らないが、この映画ではスポーツと言うよりむしろサーフィン道といった感じだ。
ラストでライバルと戦っていたら、勝ったにしろ負けたにしろ“サーフィン=勝負”になってしまうが、それを回避して“海と一体になるための手段”としてのサーフィンが描かれ、精神的な部分がより強調されている。
対決は好きだが、たまにはこうしてあっさりとかわされてしまうのも良い。

2005年01月16日

『ノー・エスケイプ』 近未来刑務所物かと思ったら孤島物だった

『ノー・エスケイプ』(1994) ESCAPE FROM ABSOLOM アメリカ 117分 2005/01/12レンタルDVDにて鑑賞

監督:マーティン・キャンベル 製作:ゲイル・アン・ハード 原作:リチャード・ハーレイ 脚本:マイケル・ゲイリン、ジョエル・グロス 撮影:フィル・メヒュー 編集:テリー・ローリングス 音楽:グレーム・レヴェル
出演:レイ・リオッタ、ランス・ヘンリクセン、スチュアート・ウィルソン、ケヴィン・ディロン、ケヴィン・J・オコナー

近未来刑務所物、と思ったら始まってものの10分ほどで主人公のレイ・リオッタは問題を起こし、近代的に管理された刑務所からとある孤島に追放されてしまう。そこから先はビルや道路など文明的な物は何もない木や草ばかりの孤島で物語は進む。
島にいるのは皆追放された囚人ばかりで、人を襲っては食ってしまう600人ほどの集団アウトサイダーと、改心して元医者のランス・ヘンリクセンを指導者とするインサイダーの二つのグループに分かれ小さな衝突を繰り返していた。レイ・リオッタは一度アウトサイダーに捕まる物の、元特殊部隊隊員の腕を生かして逃げ延びインサイダーに救われる。アウトサイダーたちの格好や二つのグループの対立する様子などは『マッドマックス2』(1981)を思わせる。
メインの俳優であるレイ・リオッタとランス・ヘンリクセン共に悪人面で(もっともそれぞれ罪を犯して刑務所に収容された犯罪者だが)、他の登場人物もごつい顔ばかりで女性はただの一人も登場しない。一人だけ幼さを感じさせる顔立ちの若者がいるが、これがなんとケヴィン・ディロン。傑作『ブロブ』(1988)でわたし個人としては兄のマット・ディロンを越えたと思ったのだが、その後あまり姿を見なかったがそうか元気にしてたか。といっても、『ノー・エスケイプ』はもう10年も前の作品だが。最近では『24 TWENTY FOUR』の2nd Seasonに出演しているそうだ。『24』は1st Seasonだけしか観ていないが、そのうち気が向いたら2nd Seasonも観てみよう。
インサイダーたちが小さなユートピアを作っていても、それは結局刑務所長の支配下でしかなく、しかも常にアウトサイダーの危機にさらされている。小さな所から綻びが生じかけたりする不安定な物で、これが内部崩壊を起こして殺し合いが始まるとウィリアム・ゴールディングの小説『蝿の王』大人版になったりするが、映画は分かりやすくインサイダーとアウトサイダーの全面戦争に突入する。
どこかの島の入り江に作ったインサイダー村のセットで撮影されたシーンが多く、割と低予算で作られているのだろう。

2005年03月27日

『ナショナル・トレジャー』 実はルパン三世

『ナショナル・トレジャー』 (2004) NATIONAL TREASURE 131分 アメリカ 2005/3/26鑑賞

監督:ジョン・タートルトーブ 製作:ジェリー・ブラッカイマー、ジョン・タートルトーブ 原案:ジム・カウフ、オーレン・アヴィヴ、チャールズ・シーガース 脚本:コーマック・ウィバーリー、マリアンヌ・ウィバーリー、ジム・カウフ 撮影:キャレブ・デシャネル 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:ニコラス・ケイジ、ハーヴェイ・カイテル、ジョン・ヴォイト、ダイアン・クルーガー、ショーン・ビーン、ジャスティン・バーサ、クリストファー・プラマー

 『インディ・ジョーンズ』シリーズのようなトレジャーハント冒険物を期待していくと肩すかしを食うかもしれない。
オープニングの北極のシーンで200年前から氷の下に眠る一隻の木造船を発見する辺りはそれっぽいが、アメリカに戻ってからは遺跡などほとんど登場しない。目玉であるアメリカ独立宣言書を盗み出すシーンも近代的防犯設備が整ったアメリカ公文書館への侵入である。
うーん、この雰囲気はどっかで観たような・・・あーっ、ルパン三世だっ!間違いない、これはルパン三世だろ。
ニコラス・ケイジ演ずるゲイツはもちろんルパン三世、相棒で皮肉屋なハッカーは次元大介、最初は敵でも味方でもない美人博士アビゲイルは峰不二子、ゲイツを追いかけるFBIの捜査官ハーヴェイ・カイテルは銭形警部だ。おお、キャラクタがぴったり合致する。残念なことに五右衛門がいないが。
様々なハイテク機器を利用しての盗みのシーンや様々な謎解きなど、実にルパン三世劇場版ないしスペシャル版向けの素材である。脚本に少し手を加えるだけでそのままルパン三世で使えてしまうのではないだろうか。

 財宝の謎を解くためには独立宣言書を盗み出さねばならないとなったときに、ゲイツは強く反対して結果スポンサーであるイアン(ショーン・ビーン)に裏切られ殺されかかってしまう。相手がショーン・ビーンだから登場した時点で「ああ、こいつは裏切るんだろうな」と分かってしまうのはともかくとして、その後なんとか助かったゲイツが「独立宣言書が盗まれるのを防ぐには俺が先に盗むしかない」となってしまう思考パターンがよく分からない。
そりゃ、そうしないと物語が進んでいかないんだが、独立宣言書を盗み出しそこに隠された手がかり(clue)から次のアイテムを探して財宝に迫ろうというのならばイアン側とやろうとしていることは同じだ。そもそも仲違いして敵味方に分かれたのは、単純に「映画には敵役が必要だよね」というアイディアにすぎない気がする。

 公文書館に侵入するシーンでゲイツは閉ざされた扉とキーボードを前にアビゲイルが使っているパスワードの解明を試みる。結果、パスワードはアメリカ独立に関して大きな意味を持つ渓谷の名前だったのだが、そんなセキュリティ意識の低いパスワードを重要な所で使うべきではない。銀行の数字4桁のパスワードだって、生年月日や電話番号などの個人情報から推測できる数字にしないで、なるべくランダムな意味のない物にするのが当たり前だ。
パソコンやインターネットで使うパスワードだって例えば「EIGABAKA」なんてバレやすいのを使っていたらこれはクラックしてくれと言わんばかりではなはだセキュリティ意識が低いと言わざるを得ない。
セキュリティの担当者もそこら辺を利用者にちゃんと説明しないといけないと思うのだが。

 次の場所への手がかりとして「STOW」(だったかな)というキーワードが浮かぶ。ゲイツらはより詳しい情報を持っていたので先にその場所へ行ったが、イアンたちには決め手がない。そこでどうするかというとノートパソコンでインターネットに繋いでYahoo!で「STOW」を検索するのだ。うーん、便利な時代になったねぇ。
というか、そんな特殊かつ重要なデータがネット上にほいほいあるとも思えないし、そもそもYahoo!アメリカで「STOW」を検索してみたところ「Results 1 - 10 of about 1,770,000」となったんだが。検索結果が177万件って・・・君ら複合検索ぐらいしろよ。
これでどこをどうやったんだか知らないが、イアンたちはちゃんと次の自由の鐘のシーンに登場する。なんかもう、ゲイツが知力を振り絞って繰り広げる様々な謎解きも、Yahoo!とGoogleがあればネットで検索すれば案外簡単に解けるんじゃないだろうか。

 アメリカ独立宣言書が収められた公文書館にベンジャミン・フランクリンの手紙、自由の鐘などなどアメリカの歴史的事物を巡る観光映画でもある。
登場人物がしきりに「200年も前の物だ」「大変に古い」などと驚いているが、1000年以上前の木造建築物がしっかり残っている日本の人間からすると「たかだか200年前か」とちょっと思ってしまう。4000年の歴史を持つと言われる中国の人が見たらさらに「だから?」だろう。
メインのお宝であるソロモン王の秘宝にしても、アメリカが作り出したわけではなく、昔どこかから盗んできたのをまた盗んでさらに盗んできた物だ。元の持ち主に返せよって気もする。

 意味ありげにフリーメーソンの存在がちらつかされるが、それっぽさを出すための色づけにすぎないようで大して関係がない。
ただ、ハーヴェイ・カイテルが何故ラストにあのような行動に出たかは、彼がはめている指輪のアップで察することが出来る。それぐらいか。

 ディズニー映画だけあってか、ほとんど人が死なない。銃で撃たれるシーンもあるが人間には一発も当たらない。このままだと一人も死なないかと思っていたが後半で数人が死ぬ。それでも決して死体は見せない辺り、子供も見ることを考えに入れているのだろう。
傑作ではないしアクション大作でもないが、推理を中心として子供と一緒に楽しめる映画にはなっていると思う。

2006年06月30日

『ニュー・シネマ・パラダイス』 限りなく-100

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『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989) NUOVO CINEMA PARADISO 124 分(175分) イタリア/フランス 1989年鑑賞

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ 製作:フランコ・クリスタルディ 脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ 撮影:ブラスコ・ジュラート 編集:マリオ・モッラ 音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン、サルヴァトーレ・カシオ、マルコ・レオナルディ

-なんでも観るぞ、ガガガガガッ その2-
 オレにとって「20世紀最低最悪映画大賞」に燦然と輝く、あまりこの場合は燦然は使わないだろうが、2位以下を大きく引き離して燦然と輝く最悪映画。
 つまらない映画は限りなく0に近づいていくが、ひどい映画は限りなく-100に近づいていく。『死霊の盆踊り』が実質0点ならば、『ニューシネマ・パラダイス』は-100点満点。

 つまらない映画はほとんどの人にとってつまらないだろう。せいぜいつける点数が5点なのか1点なのかの違いで、その差は数点だけのことだ。
 ところがオレが-100点をつける『ニュー・シネマ・パラダイス』だが、人によっては100点をつける。その差はなんと200点近く。この違いは大きい。良くも悪くも『ニュー・シネマ・パラダイス』は観た人に感想を抱かせずにはいない。それが時にまったく正反対であっても。
 これを実証しているのが、1990年に名古屋の小映画館“シネマテーク”館内の床に貼り出された「1989年ベスト&ワーストテン」だ。ここでワーストワンになっていたのは『ニュー・シネマ・パラダイス』だったが、同時にベストワンも『ニュー・シネマ・パラダイス』だった。
 名古屋の映画好きならシネマテークのことは知っているだろうが、他地域の人のために簡単に説明しておく。いわるゆミニシアターに分類されるだろうが、その単語に感じられる「オシャレさ」とはかなり遠い存在だ。上映されている作品は確かにミニシアターで、古い映画のリバイバルを含め魅力的な作品が揃っていて、映画を観るという環境としては東京に大きく後れを取っていた名古屋に住む映画好きにとって実にうれしい存在だった。問題はその外観である。名古屋市内に今池という場所がある。繁華街である栄から地下鉄で3つめ。今池駅から歩いて数分、狭めな道を入っていった古びた雑居ビルの二階にシネマテークはある。
 この雑居ビルが古びた上にあまり清掃が行き届いていない感じで、2階に上がるには正面玄関から広い階段を上がっていくのだが、この入り口の中や階段の踊り場にホームレスが寝ていてもあまり不思議ではない雰囲気だ。しかもビル内が暗い。階段も2階の廊下も暗い。最近というかもう10年近く行っていないので環境が良くなっている可能性もある。しかし、今は愛知県在住ではないので確認しにいけないが、多分ほとんどそのままだろう。
 オレが初めてシネマテークに行ったのは、確か高校1年生の時だが、1人だったので怖い者知らずというかあまり何も考えていない男子高校生にとってすら、「本当にここに入っていっていいの?」と戸惑わせるものだった。ましてや女性だったらなおさらだろう。
 そのシネマテークへの道を乗り越えてきた映画好きたちが、『ニュー・シネマ・パラダイス』をワーストワンに挙げる人とベストワンに挙げる人それぞれに大きく二分されていたのは興味深い。
 シネマテーク館内はあまり金はかかっていないがちゃんと掃除され、まぁオシャレではないが居心地の良い空間だった。念のため。

 ある方向に強烈に偏っている作品は、ある人はものすごく好きになるだろうが、ある人は猛烈に嫌いになる。これは一言でいってしまえば観客それぞれの価値観の相違によるものだ。アメリカに行った日本人は「あっちは食べ物がまずい」というが、アメリカ人からしてみれば「日本の食い物はまずい」ということになるだろう。
 今でこそ寿司や刺身などで生の魚を食べることはアメリカでも知られるようになったが、それを知っていてもアメリカ人本来の食文化で考えればなんとも奇妙で気持ち悪いことだろう。『ホットショット2』でアメリカ大統領となったロイド・ブリッジスは訪米した日本の総理大臣と会食をするのだが、目の前に出された活け作りに気持ちが悪くなってついには吐いてしまう。ここでスクリーンに映し出された皿には確かに鯛とエビがあるのだが、それは日本食のパロディの様で確かにスクリーン越しに匂いを感じそうなほど生臭そうな料理だ。だが、アメリカ人の視点で見た鯛とエビの活け作りはなんと気持ち悪いかということを見事に表したシーンでもある。日本人というフィルターを外してみれば、確かに気持ち悪いだろう。田舎者旅館で出される舟作りなどは、日本人であるオレですら気持ち悪い。

 では、「日本食は気持ち悪くて、まずくてダメダメだ」ということか、なわけではない。
 寿司も旨いし刺身も旨い。だが、異なった文化で育ち異なった価値観を持つ人にとってはまずい場合もある。それを「わかってないね。しょせんアメリカ人は文化程度が低いね、教養がないね」という人の方がわかってないしダメダメだ。ということは同時に、「生魚を旨い旨いと食ったり、ハンバーガーやオレオクッキーを食べてまずいまずいというなんて、しょせん日本人は黄色い猿だね」というアメリカ人もわかってないしダメダメだ。
 ドッグフードは不味い。それは味がないからで、つまらないかひどいかでいえば「つまらない味」だ。誰が食っても同じような感想になる。うまいか嫌いな味かはおもしろいかひどいかだ。食べた人によって感想は異なるし、その味が強ければ強いほど異なる度合いは大きくなる。
 ある食べ物が自分にとって旨いかまずいかは重要だ。だが、自分と正反対に感じる人を否定することはできないし、自分と同じ味覚ではないということで他人を下に見る理由にもならない。
 映画も同じだ。ある作品を観て自分が何を感じたかということが一番重要だと思うが、自分と違う感想を持ったからといって、それがその相手を否定する理由にはならない。
『ニュー・シネマ・パラダイス』の感想として多いのが、そしてこれは『三丁目の夕日』にも多くてうんざりするのだが。
「『ニュー・シネマ・パラダイス』(『三丁目の夕日』)を見て感動した人は心がきれいな人だ。愛を知っている人だ。いい人だ。幸福な人だ。そして、嫌いな人は心が醜い人だ。愛を知らない人だ。悪い人だ。不幸な人だ」
 んなわけねぇだろ。

その映画が好き、あるいは嫌い→その人の人間性 という論理は成り立たない。
 というか、つまるところ「自分は心がきれいな人。純粋な人」と言いたいだけじゃないのか、これは。
 異なる価値観の存在を認めないことこそファシズムだと思う。世の中に『ニュー・シネマ・パラダイス』ファッショや『三丁目の夕日』の夕日ファッショがなんと多いことか。
 お前は『ニュー・シネマ・パラダイス』嫌いファッショなだけじゃないか、と言われるかも知れない。『ニュー・シネマ・パラダイス』に関してはシネマ研究会の仲間とあれこれ議論もしたが、『ニュー・シネマ・パラダイス』が好きという理由で相手の人間性を否定したことなどない。他のどんな作品であっても、自分が大好きな映画を貶されたとしても、そんなことで相手の人間性を決めつけるなんて頭の悪い真似はしたことがない。そして、そういう部員が多かったからこそシネマ研究会での論争はあれだけ激しく、そして楽しかったのだろう。ネット上での論争が激しいのにつまらないことが多いのは、作品の好き嫌いで論争相手の人間性まで決めてかかっているからだ。

『ニュー・シネマ・パラダイス』の一番ひどい点は、監督のジュゼッペ・トルナトーレが当時29歳という若さだったことだ。これが老い先短いよぼよぼのジジイ監督が撮ったのならば、「ああ、もう過去にすがるしかないのね」と見逃してやる。だが、29歳がこれ撮っちゃダメだろ。その恥の欠如と慎みの無さ大嫌いだ。
 そして『三丁目の夕日』の監督山崎貴は1964年生まれで、作品公開時は41歳。死にかけのジジイならばまだ見逃してやらんこともないが、41歳でこれ撮ってちゃダメだろ。その恥の欠如と慎みの無さが大嫌いだ。

2006年11月05日

『ナイルの宝石』 ロマンスなうちが華なのよ

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『ナイルの宝石』(1985) THE JEWEL OF THE NILE 106分 アメリカ

監督:ルイス・ティーグ 製作:マイケル・ダグラス、ジョエル・ダグラス 脚本:マーク・ローゼンタール、ローレンス・コナー 撮影:ヤン・デ・ボン 音楽:ジャック・ニッチェ
出演:キャスリーン・ターナー、マイケル・ダグラス、ダニー・デヴィート、スピロス・フォーカス、アブナー・アイゼンバーグ、ポール・デヴィッド・マギッド、ハワード・ジェイ・パターソン

 前作『ロマンシング・ストーン』はニューヨークの街中にヨットが現れるという劇的なエンディングで終わった。
 それから時は過ぎ、ヨットで世界一周をしている最中の女性作家ジョーン(キャスリーン・ターナー)とその恋人のジャック(マイケル・ダグラス)の仲は停滞気味である。
 前作は南アメリカで宝石を巡っての大冒険で知り合い恋に落ちた二人だが、「異常な状況下で結ばれた二人は長続きしない」というやつであろうか。
 そういえば、撮影監督が『スピード』のヤン・デ・ボンだ。いやまぁどうでもいいことだが。
 ついに破局を迎える二人だが、ジェーンはある男の伝記を書くため、ジャックは「ナイルの宝石」をその男から奪い返そうとするアラブ人に脅迫されて、別々にナイルに向かうことになる。

 ナイルの宝石はどこにあるのか、そもそもナイルの宝石とは何なのか。その謎だけで物語は最後までひた走る。
 走ると言えば戦闘機F-16も走る。昔にどこかで読んだだけなので確実かはわからないが、何でもこのF-16は軍隊から実機を借りることが出来なかったので、撮影用に実物大の模型を作ったは良いが、空を飛ばすことが出来ない。そら、飛ばんわ。
 SFXで飛ばすことも検討されたが、飛ばないならばいっそのこと飛ばないまま地面を疾走させるだけにしよう、ということでナイル近辺の砂漠をF-16が走り回りアフターバーナーまで吹かすことになったのだとか。
 操縦席のマイケル・ダグラスが「スペース・インベーダーよりも簡単だ」といっているのが時代を感じさせる。せめて「ギャラクシアン」って言えよ。・・・あんまり変わらないか。「ギャラガ」?

 女性向けロマンス小説を得意とするが、本人の生活はまるでロマンスとはほど遠い女性作家が、南アメリカである事件に巻き込まれ、そこで出会った粗暴な山師マイケル・ダグラスと出会い、ケンカを繰り広げながら最終的には結ばれるという、基本的には古典的ロマンス物だった前作『ロマンシング・ストーン』。
 今回もメインはロマンスだが、倦怠期から始まるというのが目新しい。
 ラストは当然ハッピーエンドだが、これだってあと5年、10年、15年後はどうなっているのだか怪しい物だ。
 その17年後の姿を描いたのが、ジョーン&ジャックシリーズではないが、キャスリーン・ターナー、マイケル・ダグラス、そしてダニー・デヴィートとほぼ同一キャストで作られた『ローズ家の戦争』(1989)であろうか。

 マイケル・ダグラスは主演だけでなく、制作者としても映画に関わっている。
 個人的にはあまり好きな役者ではないが、偉大なる俳優カーク・ダグラスを父親に持っていることを考えると、その重圧やコンプレックスはかなりのものだったに違いない。
 実際、異母兄弟のエリック・ダグラスはB級映画に何本か出演しただけで、世をすねるような形で消えてしまい、最終的には若死にしてしまった。
 有名な俳優を親に持つ二代目俳優の多くがあまりぱっとせず、売れたとしてもそのご堕落していくことが多いことを考えると、マイケル・ダグラスは私生活で多少の問題はあるようだが、映画人としては成功している比較的数少ないケースだろう。

2007年01月06日

『0011ナポレオン・ソロ2』 もちろんこのスパイたちだって帰ってくる

245366.jpg『0011ナポレオン・ソロ2』(1983) RETURN OF THE MAN FROM U.N.C.L.E. 97分 アメリカ

監督:レイ・オースティン 製作:マイケル・スローン 脚本:マイケル・ショーン 撮影:フレッド・J・コーネカンプ
出演:ロバート・ヴォーン、デヴィッド・マッカラム、ジョージ・レーゼンビー、パトリック・マクニー、トム・メイソン、ロイス・ド・バンジー、ゲイル・ハニカット、キャロリン・シーモア

 007シリーズのヒット後にいくつものパクリ作品が作られたが、その中でも上質な方だと思う。知名度も高いので知っている人も多いだろう。
 TVシリーズとしてスタートしたが、大人気のため後に何度か映画化された。もっとも、オレが観たのはTVシリーズの方だけ、しかもそれほど数は観ていない。
 唯一まともに観たのがこの『0011ナポレオン・ソロ2』だ。長編だが映画ではなくTVムービーである。だからあまり金はかかっていない。
 TVシリーズでの敵はスラッシュという悪の組織だった。ついにそのスラッシュを壊滅させ、秘密結社アンクルを引退して今はそれぞれ悠々自適な生活を送っているソロとイリア。しかし、スラッシュが再び動き出し、核兵器で世界相手に身代金を脅迫してきた。そこでアンクルはスラッシュと戦うためにソロとイリアを現場復帰させた。
 いくら敏腕スパイだったとはいえ、それは過去の話。果たして二人は世界を救うことが出来るのだろうか。

 TVシリーズの方は当初比較的シリアスに始まったのだが、次第に単なる脇役だったイリアが相棒になるまで比重が高まった。そしてソロとの掛け合い漫才的要素が増えていき、加速度的にコメディ度が強くなった。
 コンビ物ではよくあることだが、イリア(デヴィッド・マッカラム)の人気が主役のナポレオン・ソロ(ロバート・ヴォーン)を上回ってしまい、二人はカメラの前以外では不仲だったという説もある。お笑いコンビか、あんたらは。

 ロバート・ヴォーンは好きな俳優で、大統領や副大統領、軍の総司令官など偉い人物を演じさせたら一番だろう。ちなみに次点はマーティン・シーン。『荒野の七人』での黒い手袋をはめたガンマンなど渋かった。そしてそのキャラクターと扮装をほぼそのままでパロディ(パクリ?)映画『宇宙の七人』に出てしまう節操のなさとか好きだ。
 だが、シリアスが似合うヴォーンにとって、どちらかというと苦手なコメディでデヴィッド・マッカラムを相手に回してしまっては、確かにキツイ物があるだろう。

 役者としての比較だとヴォーンの方が格段に格が上なんだけどね。デヴィッド・マッカラムはイリア役か『大脱走』(1963)、あとはチャールズ・ブロンソンに女房のジル・アイアランドを寝取られたという印象しかない。

 この『ナポレオン・ソロ2』ではさすがに月日が過ぎただけあってとっくに雪解けしたようで、「久しぶりだな、イリア(矢島正明)」、「ナポさんこそ元気そうじゃないの。ちょっと髪薄くなっちゃったりした?あっ、ごめーん、気にしてたぁ(野沢那智)」てな感じでほのぼのとして、オリジナルのファン向け以外の何者でもないが、のほほんとして作品としての出来の善し悪しなど関係ない次元で楽しめた。
 唐突に「JB」というナンバープレートのアストン・マーチンに乗ったジョージ・レーゼンビー出てくるし。

 10年ほど前だっただろうか、「あの人は今?」的な番組にソロとイリアのコンビが出演していた。
 日本のスタジオに来たわけでもなく、アメリカで二人が揃ったわけでもなく、二人を中継で繋げるだけだったが、ボールペン型の小型通信機を使って、「オープン・チャンネルD」とかやり取りしてた。
 なんかちょっと泣けた。単に懐かしいでもなく、二人がこんな番組に出演させられていたからでもない。あの涙の意味は未だによく分からない。

2007年01月23日

『9デイズ』 インスタントスパイの素:9日間待つのだぞ

B0009Q0JZG.jpg『9デイズ』(2002) BAD COMPANY 117分 アメリカ

監督:ジョエル・シューマカー 製作:ジェリー・ブラッカイマー、マイク・ステンソン、マイケル・ブラウニング 製作総指揮:ゲイリー・M・グッドマン、チャド・オマン、ラリー・シンプソン、クレイトン・タウンゼント 脚本:ジェイソン・リッチマン、マイケル・ブラウニング 撮影:ダリウス・ウォルスキー 編集:マーク・ゴールドブラット 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:クリス・ロック、アンソニー・ホプキンス、ガブリエル・マクト、ガーセル・ボーヴァイス、アドニ・マロピス、ケリー・ワシントン、マシュー・マーシュ、ピーター・ストーメア、ジョン・スラッテリー、ブルック・スミス

 東欧のチェコでおとり捜査中の黒人CIA局員が殺害された。その任務とはある特殊爆弾に関することで、解決のためにはどうしても彼の存在が必要だった。
 そこでCIAはある計画を思いつく。その局員には生まれながらに離ればなれになり、お互いの存在を知らずに育った双子の兄弟がいるのだ。その兄弟を連れてきて代理を演じさせれば良いではないか。
 って、エーリッヒ・ケストナーの『ふたりのロッテ』かよっ!

 問題は、局員はインテリで物腰も優雅でスパイとしても優れていたのだが、弟の方は学歴もなく職にもあぶれ彼女にも見捨てられそうな始末。
 その男(クリス・ロック)を9日間で即席スパイとして育て上げねばならない。
 本当に、何とかなるの?

 クリス・ロック主演として観るとちとつらい。この人も『サタデーナイト・ライブ』出身だったかな?脇ならともかく主役を張れる役者じゃない。
 武器はもっぱらマシンガン・トークだが、エディ・マーフィーはクリス・タッカーが毎分800発発射の最新アサルトライフルならば、クリス・ロックは毎分450発の旧式グリースガンみたいなもの。ダダダダダッではなく、バン・バン・バン・バンって感じで格が違うな。
 取引条件の報酬に飛びついたくせにあれこれダダをこねて、スパイ社会に入ってきたんだからちっとは緊張しろよ。序盤はまるで冴えないが、実際に現場に出てみると意外な才能を発揮するのは、エディ・マーフィーの『大逆転』をちょっと思わせる。ただ、この作品の場合は都合良すぎる印象。双子の兄弟が優秀だから優れた記憶力などの素質は同じだということなんだろうか。

 クリス・ロックで足りない部分を補ってくれるのがアンソニー・ホプキンス。ちょっと肩の力を抜いた演技で映画の屋台骨を支えてくれる。彼がいなかったらさらにキツい作品になっていたはず。肉体的にはきついだろうがちょこっとアクションにも加わってくれる。ただ、この作品に出演した理由がよく分からん。脚本の出来が良かったからではなさそうだし、製作陣のコネかあるいは金か。

 全編を通して登場するチェコの首都プラハの街並みは、美しくもどこか重く歴史を感じさせる。映画として絵になる街だ。
 日本の街じゃ都会でも田舎でもなかなかこうはいかない。看板の規制をするだけでもだいぶとましになると思うんだが。原色ギラギラ、ネオンや電球ピカピカはサイバーパンク映画で観る分にはいいが、そこで生活するとなるとどうにも落ち着かないね。

2007年01月29日

『ニューヨーク1997』 地獄のマンハッタンから大統領を救い出せ

B00005LK0B.jpg『ニューヨーク1997』(1981) ESCAPE FROM NEW YORK 99分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:デブラ・ヒル、ラリー・フランコ 脚本:ジョン・カーペンター、ニック・キャッスル 撮影:ディーン・カンディ 音楽:ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル、リー・ヴァン・クリーフ、アイザック・ヘイズ、ドナルド・プレザンス、ハリー・ディーン・スタントン、エイドリアン・バーボー、アーネスト・ボーグナイン、シーズン・ヒューブリー、オックス・ベーカー、トム・アトキンス、ジョン・ディール、ジェイミー・リー・カーティス

 近未来。犯罪都市ニューヨークはすでに警察などの司直の手に負えない状態になっていた。そこでマンハッタン島の回りをコンクリートの壁で囲み、そこに犯罪者を閉じこめて巨大な刑務所にした。
 中は一切管理されず、食料をヘリコプターで運び入れるだけ。この刑務所のルールは簡単。
「一度入ったら出られない」

 そのマンハッタン刑務所にテロリストに乗っ取られた大統領専用機エア・フォース・ワンが墜落。アメリカは他国と戦争中のためなんとしても大統領を救出しなければならない。
 そこで選ばれたのが史上最悪の凶悪犯スネーク・プリスケン(カート・ラッセル)だった。左目をアイパッチで覆ったこの男は刑務所所長によって体内に爆弾を埋め込まれた。タイムリミットは23時間。地獄のマンハッタンから無事に大統領を連れて脱出することができるのだろうか。

 ある都市の再開発地区で大々的にロケを行ったり、墜落した大統領専用機の実物大模型が広場で燃えていたりとこれまでの作品と比べ金がかかっているのが実感できる。
 それでいてマンハッタンのビル街を描いたワイヤーフレームCGは、実はCGではなくて真っ黒なミニチュアに必要な部分だけ線を引いて撮影した物。他にもいろいろと予算をなるべく使わずに最大限の効果を上げるべく、SFXには様々な工夫がされているそうだ。
 登場するシーンは夜景か屋内ばかりで、これも最大限の効果を上げている。

 カート・ラッセルにリー・ヴァン・クリーフなど出演者も一気にランクアップ。嬉しい人にはとても嬉しいキャスティングだ。
 ただ、脇役の使い方がもったいない。ヒロインかなと思った女性があっという間に死んでしまうし、ハリー・ディーン・スタントンやアーネスト・ボーグナインもこれだという見せ場がないまま死んでしまう。
 スネークは一匹狼で他人に頼らなければ助けもしないのか。

 サブマシンガンで壁を点線状に打ち抜いて、体当たりでブチ抜くシーンや、リングの上で大男と戦うシーンを除くと、意外に派手なアクションは少ない。大ボスとの対決ではおいしいところを大統領(ドナルド・プレザンス)に持って行かれてしまう。

 刑務所の中はいくつかの勢力に分かれているようだ。比較的平和な暮らしをしているアーネスト・ボーグナインのような人物もいれば、人狩りをして食料として食っている連中もいる。
 映画には登場しなかったがカーペンターの脚本はもっと奇妙な奴らがいたに違いない。
 マンハッタン島を巨大な監獄にしてしまうという大胆なアイディアとスネークのキャラクター造形にジョン・カーペンターの才気がほとばしっている。

2007年03月18日

『ニードフル・シングス』 悪魔の吐く誘惑は甘い

B000666RJQ.jpg『ニードフル・シングス』(1993) NEEDFUL THINGS 120分 アメリカ

監督:フレイザー・C・ヘストン 製作:ジャック・カミンズ 製作総指揮:ピーター・イエーツ 原作:スティーヴン・キング 脚本:W・D・リクター 撮影:トニー・ウェストマン 音楽:パトリック・ドイル
出演:マックス・フォン・シドー、エド・ハリス、ボニー・ベデリア、アマンダ・プラマー、J・T・ウォルシュ、シェーン・メイア、レイ・マッキノン、リサ・ブロント

 エド・ハリスの限りない渋格好良さ、J・T・ウォルシュの小役人的憎たらしさ、マックス・フォン・シドーの邪悪な存在感。この3つでもうOK、満足だ。
 終盤でエド・ハリスがパトカーからショットガンを取り出す所などゾクッとくるね。

 田舎町キャッスルロックに骨董品店が開店する。“ニードフル・シングス(必要不可欠な品)”というその店の店主がマックス・フォン・シドー。彼はその相手がどうしても欲しいという商品を用意しては、少額の金と“ある行為”を要求した。
 1枚だけコレクションから欠けていたメジャーリーグカードを欲しがった少年からは90数セントの他に七面鳥牧場夫妻の妻に、干してあるシーツに七面鳥の糞と泥を塗りたくり、その後青リンゴをいくつも家に投げ入れガラスなどを壊した。
 この悪戯がある女性による物だと思い込んだ妻はその女性に脅しをかける。そしてついには包丁による殺し合いで二人とも死ぬ。
 キャッスルロックは人口数千の小さな町だ。エド・ハリス演ずる保安官は都会で警官をやっていたが、溢れる犯罪にうんざりして田舎町のキャッスルロックにやってきた。しかし、一見平和に見えるこの町も水面下ではささいな憎しみや衝突がいくつも存在し、決して牧歌的な町ではなかった。田舎町ほど人間関係がややこしくうっとしいところもないのだ。
 それでもそれなりに大きな事件もなく過ごしてきたが、マックス・フォン・シドーはそんな住民を甘い餌で釣って心の隙間に付け入り、憎しみや恐怖で満たしたのだ。
 マックス・フォン・シドーの正体は悪魔だが、地獄の業火を使うでもなく、町の住人に“ちょっとした悪戯”をさせることで負の連鎖を起こし、ついには町中で暴動が起こり、破滅寸前まで行く。
 あれをやったら相手がこうして、そうしたらああなって、ついには人殺しに。「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなもんだ。あるいは“負のピタゴラスイッチ”。
 カトリックの神父とバプテスト派の牧師が殺し合いをする所など見物である。悪魔の武器が口八町というのが面白い。

 ただ、原作では心理描写が非常に重要だったので、仕方のないことではあるがその辺りはバッサリと切られていて残念。
 ラストでは悪魔と主人公エド・ハリスの対決するが、エド・ハリスが集まった住人に怒り任せで「お前らこんなことでいいのか!?」と説教することでみんな反省して解決。なんだかんだで善良な小市民に手をあげたマックス・フォン・シドーは「他にもっと良い町があるさ」と去っていく。
 あなたの町に骨董品屋が出来たらご用心を。日本の田舎でこれやられたらほんと壊滅するってと元名古屋圏住人、現在田舎在住のオレなんかは思うのである。

2007年04月07日

『ナイトフライヤー』 セスナに乗った吸血鬼

filmothek_50.jpg『スティーヴン・キング/ナイトフライヤー』(1997) THE NIGHT FLIER 97分 アメリカ

監督:マーク・パヴィア 製作:リチャード・P・ルビンスタイン、ミッチェル・ゲイリン 共同製作:アルフレッド・クオモ 製作総指揮:デヴィッド・R・カッペス 原作:スティーヴン・キング 脚本:マーク・パヴィア、ジャック・オドネル
出演:ミゲル・ファーラー、ダン・モナハン、マイケル・H・モス、ジュリー・エントウィッスル

 アメリカは広い。そのため、小型機しか離着陸できないような小型空港が各地にある。個人が管理人をやっているその小型空港についてある噂がささやかれていた。
「真っ黒のセスナ機が夜になってから着陸してくる。そしてそいつが飛び去った後に残されているのは血を一滴残らず抜き取られた死体だけだ」と。
「わたしはエイリアンに誘拐された」だの「プレスリーは生きている」だのを第一面に載せるような類のゴシップタブロイド紙『インサイド・ビュー』の花形記者リチャードは自家用セスナ機と飛行免許を持っており、この事件の担当となる。自分がこれまでに手がけてきた記事の内容などまるで信じていない現実主義者のリチャードは、この事件はホラー映画マニアの犯行だろうと思っている。だが取材を続ける内に彼はある者の存在を信じ始めていく。

 終盤まではホラー映画というよりもむしろ『羊たちの沈黙』や『ザ・ウォッチャー』など、猟奇殺人鬼をFBI捜査官が小さな手がかりで追い詰めていく犯罪捜査物に近い印象だ。
 小型のテープレコーダを持ち歩き、インタビューや音声メモに使う様子は今は懐かしい『ツイン・ピークス』のカイル・マクラクランを思い出す。
 リチャードを演ずるミゲル・ファーラーは『ロボコップ』で警察用ロボットEDがご披露の場でコントロール不能になってしまったときに、すかさずロボコップ計画を社長にご注進した青年重役を演じていた人だ。キング作品では『ザ・スタンド』で悪党側の幹部を演じている。
 この人は父親がアカデミー主演男優賞俳優のホセ・ファーラー、もっとも晩年は訳分からん映画にばかり出てましたが。母親がローズマリー・クルーニー。そして従兄弟がジョージ・クルーニーの俳優一家。似てないが双方とも顔が長い。
 卑劣な小悪党的な役柄が得意な人だが、今作ではハードボイルドに事件を追い詰めていく記者を演じていて、これがなかなか渋い。

 夜に飛ぶ吸血鬼だからナイトフライヤーと安直に名付けられたその人物が初めて本格的に登場するのはラストの中型空港のトイレ。洗面台に向かうリチャードの背後で小便器に何者かが小便をするのだが鏡には誰の姿も映っていない。そして、その小便は真っ赤な血だった。そう血尿である。とっとと病院に行けナイトフライヤー。いや、飲むのが血だから排泄するのも血なのか。

 金がかかっていないのは確かだが、及第点は充分にクリアしている。セスナ機を棺桶として使う吸血鬼というアイディアも面白い。

2007年12月10日

『2000人の狂人(マニアック2000)』 笑いながら殺せ

B00005F5WZ.jpg『2000人の狂人(マニアック2000)』(1964) TWO THOUSAND MANIACS! 88分 アメリカ

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 製作:デヴィッド・F・フリードマン 脚本:ハーシェル・ゴードン・ルイス 撮影:ハーシェル・ゴードン・ルイス 音楽:ラリー・ウェリントン
出演:コニー・メイソン、トーマス・ウッド、ジェフリー・アレン、ボン・ムーア、シェルビー・リビングストン、ゲイリー・ベイクマン

 こいつもホラーと言うよりもコメディ。元祖スプラッターと言われ、大量の血が噴き出る、噴き出せば噴き出すほど笑える。

 とある南部の街に、北部人が数組迷い込む。街ではお祭りの真っ最中で、北部人達は大歓迎される。まさか、メインイベントが自分たちの虐殺だとは思わずに……
 実に楽しそうにニコニコ笑いながら北部人を殺していく街の人々が笑える。ほんと、こんなに楽しいことはないって感じ。
 噴き出す血が、最近のスプラッターと違って、レイティングも緩かったのか真っ赤な絵の具色。最近のどす黒い血になれてしまうと作り物めいた感じだが、動脈の酸素を含んだ赤血球だと鮮やかな赤なんだよな、確か。
 釘を打ち込んだ樽に人間を詰めて、坂道を転がり落とす。被害者の絶叫と、それを見て楽しむ住民の笑顔が対照的だ。これが、ほんと愉快そうに笑う。
 無言や叫びながら襲ってくる殺人鬼も怖いが、笑いながら襲ってくる殺人鬼も怖いぞ。
 やたらと広く、隣の街まで数百キロもあるアメリカの田舎では、こんなことも実際にありそうで怖い。日本の寒村を訪れたら、出るに出られなくなってしまうというのも怖いが。

2007年12月14日

『ならず者部隊』 天国と地獄の間にあるもの

B0007TFBB2.jpg『ならず者部隊』(1956) BETWEEN HEAVEN AND HELL 94分 アメリカ

監督:リチャード・フライシャー 製作:デヴィッド・ワイスバート 原作:フランシス・グワルトニイ 脚本:ハリー・ブラウン 撮影:レオ・トーヴァー 音楽:ヒューゴ・フリードホーファー
出演:ロバート・ワグナー、テリー・ムーア、バディ・イブセン、ブロデリック・クロフォード、ケン・クラーク、L・Q・ジョーンズ、マーク・ダモン

 太平洋のとある島。そこでは米軍と日本軍が死闘を繰り広げていた。
 上官を殴った主人公が、最前線の部隊に配属になる。その部隊はならず者ばかりで編成されていた。ならず者ばかりの部隊だから“ならず者部隊”というわけで、部隊はならず者ばかり。うーむ、納得。自分でも何を言ってんだかよく分からんが。

 タイトルから、軍規には多少反するものの戦闘に関しては一流のならず者を集めた部隊が活躍する、『独立愚連隊西へ』や『特攻大作戦』のような作品かと思ったが違った。よくよく見れば、原題は『BETWEEN HEAVEN AND HELL』と『ならず者部隊』とはほど遠い。
 南部の旧家で育ち、小作人を使って綿花を栽培し利益を上げていた世間知らずの男が、戦場でその小作人たちと一緒に戦う。そして彼らとこれまでになかった絆を築き上げるが、その戦友たちも死んでしまう。
 そして、日本兵との激しい戦闘を経て、人間的に成長していく成長ドラマだ。

 始まるなり、主人公がまだ地主時代の南部へと回想シーンに入り、それが終わったなと思ったら、すぐさままた回想シーン。当時としては大胆な構想だろう。
 小作人を奴隷のように思っていた主人公が、その小作人を対等な戦友として捉えるようになり、「戦争が終わったら、地主と小作人という制度もどうなっているか分からない」と考えるようになるのは面白いが、94分という尺もあって時間が割けなかったのか唐突な印象がある。ラストを含め、ストーリーの割に主人公に重みがないのは確かだ。

 日本兵は小隊規模でしか出てこないが、迫撃砲をドカドカ撃ってきてそれなりに強い。
 米軍側の前線野営陣地に、英語で「味方だ」と言いながら近づいてくるのは、やはり「日本人は卑怯だ」って印象なのかね。
 主人公たちが途中でやりすごす日本兵の隊列がしゃべっている言葉は、どう聞いても日本語ではないが(中国語か?)、終盤では「追いかけろ、逃がすな」とちゃんとした発音で言っている。
 この時代、『戦場にかける橋』(1957)の早川雪舟や『燃える戦場』(1970)の高倉健などを除くと、ちゃんとした日本人ないし日系俳優はあまりスクリーンに登場しない。ようやくまともになるのは『シン・レッド・ライン』(1998)や『硫黄島からの手紙』(2006)になってから。

 フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』はフィリピンで撮影された。舞台となるベトナムは元フランス領なので、戦争になってもベトナムに残っているフランス人植民主がシナリオには登場する。しかし、フィリピンにはフランス人俳優がいない。
 困ったコッポラは、日本へ来てフランス人を見つけるとフィリピンへと連れ帰った。しかし、フランス語はしゃべれても素人のフランス人に演技が出来るわけがない。撮影中のコッポラは怒ったり落ち込んでばかりで、せっかく屋敷まで建てて撮影したこのシーンはボツになってしまった。(ドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス』より)

 これと同じく、ただ日本語がしゃべれればいいのではなく、ちゃんと演技が出来る俳優が必要なのだ。(映画の方向性によっては、素人を積極的に活用する作品もあるが、その場合は“演技をさせていない素の姿”として使う場合がほとんどだろう)
 日本に対するハリウッドの認識不足はもちろんだが、当地で活躍する日本人・日系人俳優そのものが少ないのだろう。

2007年12月24日

『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』 今年のクリスマスはハロウィンに乗っ取られた

B00006LSZ4.jpg『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993) THE NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS 76分 アメリカ

監督:ヘンリー・セリック 製作:ティム・バートン、デニーズ・ディ・ノヴィ 原案:ティム・バートン 脚本:キャロライン・トンプソン 撮影:ピート・コザチク 音楽:ダニー・エルフマン
出演:クリス・サランドン、キャサリン・オハラ、ウィリアム・ヒッキー、ダニー・エルフマン、ポール・ルーベンス

 “ハロウィン”の王ジャックは、怖がらせるだけのハロウィンに満ち足りぬ物を感じ、森を彷徨っている内に、クリスマスの国に紛れ込む。白い雪が舞い散るそこは、人々がみんな笑顔で喜びに満ちあふれていた。
 ハロウィンの国に戻ったジャックは、今年のクリスマスはサンタクロースを誘拐して自分がその代わりを務めることを決意する。ハロウィンの国の面々が作り上げるクリスマスとは、一体どんなものになるのだろうか?

 公開当時は「ハロウィン」と言われてもピンとこなかったが、最近では関連イベントも行われるようになり、少しは知名度も上がった。個人的にはブギーマンが襲ってくる日と、子供にお菓子を配る日というイメージしかなかった。
 “クリスマス前の悪夢”というホラー映画にしか思えないタイトルで、ファンタジーミュージカルを作り上げたのはティム・バートン。監督は務めていないが、ティム・バートン原案による世界観やキャラクターは紛れもなく彼の物だ。
 色彩に乏しいハロウィンの国に対し、赤や緑の原色に溢れたクリスマスの国。ジャックが憧れてしまうのも無理がない。
 全編を通してストップモーション・アニメーションで作られていて、人間は一切登場しない。色々なキャラクターが登場するが、中でもハロウィンの国の連中は、グロテスクだが愉快。電動車椅子に乗ったマッドサイエンティストは、考え事をしている最中に、頭のフタをあけて脳みそをポリポリと直接掻いているのには笑った。
 ジャックの愛犬にして幽霊犬のゼロは鼻が真っ赤に輝いており、ジャックが乗るソリの先導役になってくれる。骸骨であるジャックが自分の骨を抜いて投げると、それを取ってくる遊びが大好きという、犬好きなオレのツボをくすぐる。
 日本語吹替では歌の部分も吹き替えられているが、これが歌詞にも違和感がなくて、なおかつ歌も上手い。子供にもお勧め。
 全身つぎはぎだらけのフランケンシュタインの怪物風の娘がジャックに恋していて、その思いをなかなか打ち明けられなかったが、ラストでは……ってんで、恋人たちにもお勧め。

2008年01月19日

『ネバー・サレンダー 肉弾凶器』 何があろうと決して諦めない

B000WPEJ7S.jpg『ネバー・サレンダー 肉弾凶器』(2006) THE MARINE 92分 アメリカ

監督:ジョン・ボニート 製作:ジョエル・サイモン、ジョナサン・ウィンフリー 製作総指揮:マット・キャロル、ヴィンス・マクマホン 脚本:ミシェル・ギャラガー、アラン・マッケルロイ 撮影:デヴィッド・エグビー 編集:ダラス・プエット 音楽:ドン・デイヴィス
出演:ジョン・シナ、ロバート・パトリック、ケリー・カールソン、アンソニー・レイ・パーカー、アビゲイル・ビアンカ、ジェローム・イーラーズ、マヌー・ベネット、ドリュー・パウエル

 映画が始まってすぐ、タイトル『THE MARINE』とともに海兵隊礼服のジョン・シナが敬礼をするところで、「これはちとヤバいかな」とハズレを覚悟したが、いやいやなかなかなバカアクション映画でした。

 イラクで人質となった米軍兵士を処刑寸前に単身で救助した主人公だが、命令違反と判断されて海兵隊を除隊になってしまう。
 愛する妻の元へと帰り、とりあえずビルの警備員の職に就くが、迷惑で暴力を振るう男を叩きのめしてしまいあっさり首に。そこで、しばらくの間、妻とのんびり旅をすることにしたが、立ち寄ったガソリンスタンドでダイヤモンド強盗団に妻を誘拐されてしまう。
 もちろん主人公は追いかける。銃撃されようと、殴られようと、爆発に巻き込まれようと、決して諦めずに主人公は追い続ける。

 主人公のジョン・シナはWWEのプロレスラーで、マット・デイモンの顔とアーノルド・シュワルツェネッガーの肉体を併せ持つ男。筋トレのみで鍛え上げた肉体と違い、リングの上でプロレスラーとして実戦を重ねた者が持つ強さを感じさせる。ちょっとやそっと殴られたり蹴られたりしてもさしてダメージは受けなさそうだ。オレなんかが思いっきり殴ったら、こっちの拳が痛むな。
 ロバート・パトリックを親玉とするダイヤモンド強盗団は、厳密な計画でダイヤモンド販売店を襲った割にはバカばかり。いちいち言い争うわ、考えなしに銃器をぶっぱなすわ、氷砂糖に幼少期のトラウマがあるわ。凶悪なんだけど、どこかコメディ担当でもある。悪党側に格闘の専門家が欲しかったところだが、楽しかったんだからいいや。

 ガソリンスタンドや酒場などが爆発。無駄に爆発。もちろん派手。
 主人公がパトカーで強盗団を追いかけるシーンでは、まずフロントガラスが無くなり、次にはボンネット、フロントバンパー、そして屋根まで吹っ飛ぶ。どこまで壊れていくのだろうかとワクワクしてしまった。
 出番はほとんどないのだが、前半で主人公が警備員をしていたときの同僚が、最初は嫌なヤツか無能なヤツだと思っていたのが、以外に良いヤツで嬉しかった。こういうちょっとした脇役が光ってるってのは好きだ。

 原題は『ザ・マリーン(海兵隊員)』だが、日本公開時は『ネバー・サレンダー 肉弾凶器』に変更。やはり『マリーン』ではカニかまぼこみたいだからだろうか?
 主人公はけっして降伏しないし、肉弾で凶器だ。ぴったりの邦題である。ジョン・シナには今後も期待だ。

2008年04月06日

『NINE -ナイン-』 白い館での殺人ショータイム

B000Y0O97G.jpg『NINE -ナイン-』(2005) HOUSE OF 9 90分 イギリス/ルーマニア/ドイツ/フランス

監督:スティーヴン・R・モンロー 製作:フィリップ・マルチネス 製作総指揮:シェイク・モハメド・ビン・サルマン、アラステア・バーリンガム、アル・カリファ、ダグラス・W・ミラー 脚本:フィリップ・ヴァイダル 撮影:ダミアン・ブロムリー 音楽:マーク・ライダー
出演:デニス・ホッパー、ケリー・ブルック、イポリット・ジラルド、スージー・エイミー、ピーター・キャパルディ、アシュリー・ウォルターズ

 デニス・ホッパー出演という理由だけで借りる。監督のスティーヴン・R・モンローにしろ脚本のフィリップ・ヴァイダルにしろ聞かん名だ。題材的にもオレとしてはあまり興味のないジャンルだ。
 拉致された9人の男女が館に閉じこめられる。スピーカーからショーの主催者を名乗る男からメッセージが流れる。
「ここから生きて出られるのは一人だけ。賞金は500万ドルだ」
 一組の夫婦を除けば見知らぬ者ばかり。最初は協力して生き抜こうとするが、閉鎖空間のストレスや人間関係から次第に憎悪が高まり、ついに一人目の死者が出る。

 デニス・ホッパーは神父役。でもデニス・ホッパーだとなにか裏がありそうだ。あるのかな、あるのかな、やっぱりありそうだよな。うーむ。どうなのか興味がある人は実際に観てもらうとして、取りあえず終盤で拳銃を振り回す辺りがやはりデニス・ホッパー。デニス・ホッパーファンならば抑えておきたい作品である。
 館のセットは白を基調とした無機質なもの。一見清潔感がありながら、登場人物を絶望に陥れる背景として機能している。映画の大半はこの館の中だけで進行するので意外に低予算なのだろう。俳優もデニス・ホッパー以外はあまり見ない顔ばかり。だからこそ、誰が生き残るかというスリルも増す。
 連想したのは『CUBE』だ。閉鎖空間に閉じこめられ、そこからの脱出と膨れあがる憎悪がテーマという点など近い物がある。『SAW』シリーズにも似てるか。ラストも似ていると思いきや、『ナイン』にはさらなるオチがある。さらなる絶望感と共に思い出したのは、『空飛ぶモンティ・パイソン』の牛乳配達人のスケッチだった。なんでや。
 冒頭近くで「だいたいこんな展開かな」と思ったのとさほど違わぬ展開が繰り広げられ、目新しさは感じられない。人物描写は類型的で、様々な職業や黒人のラッパーも一人いるがあまり上手に活用されているとは言えない。だれることなくラストまで観られたが、どうということのない出来。自棄になった9人が酒を飲んで宴会(?)を始めるシーンが好き。
 英語音声のみなので、吹替派の人は要注意。