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洋画 マ行 アーカイブ

2004年04月19日

『ミート・ザ・フィーブルズ 怒りのヒポポタマス』 ピンクの河馬

『ミート・ザ・フィーブルズ 怒りのヒポポタマス』(1989) 監督:ピーター・ジャクソン

史上初のパペットスプラッタームービー。もっとも、これが最初にして最後というたぐいの“史上初”ではあるが。
「マペットショーやセサミストリートみたいな人形達の劇団で怒ったカバが大虐殺する」と覚えておけばほぼ間違いない。

それは人形達が暮らしている世界。人気劇団フィーブルズに夢を抱えたハリネズミが入団してくる。しかし、ショービジネスの舞台裏は汚く堕落しきっていた。そんな中でハリネズミはプードルと恋に落ちるが、いろいろあったあげくにスター歌手のカバがオーナーに騙されていたことに気付きブチ切れて大爆発。マシンガンを手に片っ端から殺しまくる。飛び散る血、吹き飛ぶ肉片。でもパペット(人形)。
ほとんどギャグの領域のスプラッターシーンよりも、人形が演じてる分だけ逆にリアルな舞台裏の方がヘビーで生々しい。
「『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの監督が撮った人形劇」だからって、間違ってもお子様に観せないように。
個人的レイティングとしてはR-15(15歳未満お断り)である。

2004年04月27日

『ミステリー・メン』 早くヒーローになりたい

『ミステリー・メン』(1999) 監督:キンカ・ユーシャー 主演:ベン・スティラー

以前、「ヒヨコの雄雌を区別できる能力」などあまり役に立たない能力ばかりもった『ダメX-メン』というネタを思いついたことがあったが、やはりわたしが思いつくようなアイディアはすでに使われているわけで、この『ミステリー・メン』はそのまんま『ダメX-メン』だった。

それは実際にヒーローが活躍している世界。
明日のヒーローを夢見て戦う3人の男達がいた。それぞれ持っている能力は、食器のフォークを投げる、シャベルでぶっ叩く、なんか怒りっぽい。前の二つはともかく“怒りっぽい”ってのは能力か?どちらかというと単に性格だろそれは。
事件が発生するたびに現場に飛び込んでいっては失敗ばかりの3人。
そんなある日、彼らが憧れるヒーロー、キャプテン・アメージングが悪の帝王カサノバに誘拐されてしまった。これは一大事と、キャプテン救出計画のために更に仲間を集めるが、これがボーリングのボールで敵をなぎ倒す女、気絶するぐらい屁の臭い男、誰にも見られていない時だけ透明になれる少年と、頼りになるんだかならないんだか。
ともあれ、彼らミステリー・メンの一世一代の戦いが始まるのであった・・・

あらすじを読んだ時に、これは面白そうだと期待していたのだが、実際の映画の方はコメディとしてもヒーローモノと中途半端な出来でちょっと期待はずれ。
ダメ呼ばわりされてきたヤツらが、奮起して大活躍するといった話は大好きなんだが。変にひねりすぎで屈折しすぎの気がする。中途半端な毒気も笑いに結びついていないし。
もっとも、原作のアメリカン・コミックはさらに屈折しているそうで、これでも映画向けにかなりアレンジしているそうだ。
屁の臭い男役でピーウィー・ハーマンことポール・ルーベンスが出演しているのは収穫だった。

2004年04月29日

『身代金』 覚えてません

『身代金』(1993) 監督:ロン・ハワード 主演:メル・ギブソン、レネ・ルッソ

2、3回は観てるんだがまるっきり覚えてません。
メル・ギブソンとレネ・ルッソが大金持ちの夫婦で、子供が誘拐されて、それからどうなるんだっけか?
つまらない作品ならつまらないと記憶に残っているものですが、それすらもはっきりしません。
わたしもボケたかな。
とにかく印象の薄い作品です。

それでも、監督は『アポロ13』などのロン・ハワード。『リーサル・ウェポン3、4』と同じ組み合わせのメル・ギブソンとレネ・ルッソ。ゲイリー・シニーズなんかも出てる。こうしてみると顔ぶれは揃ってます。
必死に記憶をたどりましたが、息子が誘拐された父親であるメル・ギブソンが勝手な行動ばかりで共感できなかったような・・・うーん。
やっぱボケたかな。

2004年05月17日

『Mr.マグー』 無敵のド近眼

『Mr.マグー』(1997) 監督:スタンリー・トン 出演:レスリー・ニールセン、マルコム・マクダウェル

『裸の~』でお馴染みのレスリー・ニールセン作品のほとんどは“つまらない・面白くない”のだが、この『Mr.マグー』は例外である。
缶詰会社社長マグーはド近眼。そのため見間違い・勘違いばかりしているのだが、本人はそれに気づいておらず危険な目にあっても平気の平左。これは『裸の銃を持つ男』のドレビン警部などと同じ、本人はいたって真面目にハチャメチャなことを繰り広げるタイプの主人公なのだが、他の作品の多くが野暮ったくテンポが悪いのに対しマグーのフットワークは軽快だ。
一つには監督スタンリー・トンの技量だろう。『ポリス・ストーリー3』(1992)、『レッドブロンクス』(1995)などのジャッキー・チェン作品を手がけており、ちゃんとしたアクションを撮れる監督なので作中のリズム作りに成功しているのだ。
マグーの甥を登場させて、ストーリーをそちらにも分散させたのもポイントだろう。

このMR.マグーはもともとはカトゥーンとのことで、映画のオープニングはカトゥーンから始まる。そういえば『リプレイスメント・キラー』(1998)でマイケル・ルーカーが息子と映画館で観ていたのが『Mr.マグー』だった。

レスリー・ニールセン作品と言うことで敬遠しているならば、この作品に関してはあまり気にしなくてもいいだろう。
他には『スパイ・ハード』(1996)も割と好きな作品だ。もっとも、アル・ヤンコビックの歌う主題歌「スパイハァァァーーード!」がその理由の9割ぐらいを占めてるが。

2004年05月20日

『メガフォース』 1、2、3で舞い上がれ

『メガフォース』(1982) 監督:ハル・ニーダム 主演:バリー・ボストウィック、ヘンリー・シルヴァ

「自由諸国の首脳陣は否定しますが、メガフォースの存在が確認されました」
メガフォース、それは自由諸国を守るため国の枠を超えて結成された精鋭特殊部隊だ。
最新鋭の武器・戦闘車両を駆使し、テロリストを撃滅するのがその使命だ。

わたしは初めて予告を観て血湧き肉躍って以来『メガフォース』のファンだ大ファンだ。もちろん公開されるや観に行ったし写真のパンフレットもずっと大事に持っている。もちろんDVDも買ったぞ。
メガフォースの一番の魅力は特殊部隊物で派手なドンパチがあるにも関わらず人が死なないという能天気っぷりにあるだろう。これはもう、戦争ゴッコなのだ。

ラストは主人公を残したまま離陸しようとする輸送機。果たしてそれに間に合うかという『ワイルド・ギース』や『デルタ・フォース』などでもお馴染みのシチュエーション。
主人公をどんな危機に陥れ、そしていかにそこから脱出させるかというのは脚本家を始めとする制作陣が頭をひねるところだが、この映画は凡百の脚本家が思いもがけない荒技でその危機を乗り切る。
主人公が「1、2、そして3」だと乗っている戦闘バイクのボタンを押すと、後部に翼が生えロケット噴射でバイクが宙に舞い上がるのだ。とっ、飛ぶんすかぁぁ!
もう、これには一生ついて行きますっ!との衝撃を受けてしまった。それでいいのか中学時代のわたし、とも思うがそれが正直な感想なんだからしょうがない。

全身タイツの制服がどう考えても実戦には向かないだろうとか、戦闘車両の白・黒・赤の塗装が目立ってしょうがないだろとか(光に反応して夜は黒くなるカメレオン塗装なのだが、ずっと黒でもいいんじゃないかとも思う)、パンフレットの写真中央に写っている山のような大きさの指令車タック=コムが劇中ではせいぜいハイ・エースぐらいの大きさしかなかったりするところも好きだ。

珍しくヒゲ面のヘンリー・シルヴァの悪役が生かし切れていないのが残念なところか。相変わらずのテンションの高さで悪くはないのだが。

パンフレットの中で製作のアルバート・S・ラディはこう語っている。
「私は責任を持って『メガフォース』を私のライフ・ワークと宣言する」
・・・い、いいのかアルバートそれで。他の制作作品には『ゴッドファーザー』や『ロンゲスト・ヤード』があるじゃないか。
もしもアルバートに会う機会があったら、この発言について今の思いを聞いてみたい。もし、「うん、『メガフォース』がライフワークだね」と言われたら、こりゃもう一生ついて行くしかないね。

監督のハル・ニーダムなんだが、まだ元気にしているんだろうか?亡くなったとの話も聞かないがいいかげん年だろう。
とりあえず、『トランザム7000VSパトカー軍団』と『ストローカーエース』のDVDはとっとと出して欲しい。

2004年06月11日

『マジェスティック』

『マジェスティック』(2001)  THE MAJESTIC  監督:フランク・ダラボン 製作:フランク・ダラボン 脚本:マイケル・スローン 出演:ジム・キャリー/マーティン・ランドー/ローリー・ホールデン/アレン・ガーフィールド/アマンダ・デトマー/ボブ・バラバン/ブレント・ブリスコー/ジェフリー・デマン/ハル・ホルブルック/ロン・リフキン/デヴィッド・オグデン・スタイアーズ/ジェームズ・ホイットモア/ジェリー・ブラック/キャサリン・デント

 わたしぁねぇ、絶対に許しませんよ。ええ、誰がなんと言おうと許すもんですか。
 世の中、やっていいことと悪いことがあります。この作品では一つ、とても大きなやってはいけないことをこれ見よがしにやっています。
 わたしぁねぇ、それがどうしても許せんのですよ。

 ハリウッド最大の汚点であるレッド・パージいわゆる“赤狩り”を扱っておきながら、なんのことはない甘ったるいファンファジーにすぎない。なら、赤狩り持ち出す必要ねーじゃん。映画の中に題材として赤狩りを持ち出したんなら、もっと腹くくって正味を描けよ、正味を。描けないってんなら、はなから持ち出すなっつーの。別に主人公は若手の脚本家じゃなくて普通の犯罪者でもいいじゃん。

 先日亡くなったエリア・カザンだが、赤狩りの最中に自分及び数名の映画人が共産党員であることを告白することでハリウッドに生き残った。エリア・カザンは紛れもなくゲス野郎だが、誰も好きこのんでゲス野郎になったわけでもなかろう。ヤツなりに映画を取るか捨てるかにおいて苦渋の選択による告白ではあったのだ。もちろん、そのとばっちりで映画界から追放された相手はたまったもんじゃないが。
 主人公はエリア・カザンと同じ選択を迫られる。
 で、悩むか?苦しむか?
 んにゃ。独りよがりな演説で万事解決。
 と思わせておいて一ひねりしたが、結局『幸せの黄色いハンカチ』で終わる。映画を捨てて女の待つ田舎に逃げましたか。なんじゃそりゃ。ラストで薄っぺらな感動に逃げても、誰の痛みも消えないっつーの。
 あー、もう『ニューシネマ・パラダイス』と(1989)並ぶ“嫌悪すべき作品”だな、こりゃ。

 いっそのこと、こういうストーリーにしちゃえ。
「ある日、海辺に一人の男が倒れていた。男は以前の記憶をすっかり失っていた。一人の老人が男を指さして叫ぶ。「彼は“若人あきら”だ!」・・・しかし、彼は次第に記憶を取り戻す。そう、彼の本当の名は“我修院達也”・・・」

 同じような傾向の作品として、アメリカ球史最大の汚点『ブラックソックス事件』を扱いながら、「それを作れば彼がやってくる」てな具合にファンタジーにしてしまった『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)があるけど、こっちはありだと思う。作品としての出来がってことじゃなく、題材はあくまで“野球”だから観るにたえるってことで。
 “映画”を題材にした“映画”をちゃんと撮るにはキレ者でかつヒネクレ者にやらせないと。
 ダラボンじゃとてもじゃないがその器じゃない。

 やっぱ、わたしはフランク・ダラボンって駄目だわ。
 「ふーん」の『ショーシャンクの空に』(1994)、「あーな」の『グリーンマイル』(1999)だもんなぁ。
 この人ってひたすら二流の監督なんだと思う。でもって、この二流の監督ってのが一番始末に負えないんだわ。面白い映画撮るのは一流か三流の監督。二流は生真面目なのが取り柄の凡庸な監督。
 まぁ、WOWOWにて初見なのでせめて被害が少なかったか。劇場で観てたら憤死だぞ。

『マトリックス』

『マトリックス』(1999) 監督・脚本:アンディ・ウォシャウスキー/ラリー・ウォシャウスキー 出演:キアヌ・リーヴス/ローレンス・フィッシュバーン/キャリー・アン・モス

はっきり言って、オリジナルな部分はないです。
ジョン・ウー作品、ブルース・リーなどのクンフー映画、サイバーパンク、アメコミ、日本のアニメーション。それら監督のウォシャウスキー兄弟が好きなものを集めに集めまくって、まとめあげた作品です。つまり、全てはすでに存在していた物の集まりです。
ただ、本来ならまとめるのに難しい作品類を1本の作品にまとめたこと、そして、アニメーションやアメコミ的映像表現で実写では実現が難しいものを新規技術を開発してまで作り出したその根性。それにつきるんじゃないでしょうか。ほんと、細かいところまでこだわっています。ちょっとやそっと時間をかけたぐらいじゃこれは作れないでしょう。
根性、根性、ド根性。

話しとしては大した事はありません。
現実と思っていたものが仮想現実だったなんていうのは、サイバーパンク小説としてはありふれたネタだし。サイバーパンクに触れていない人には新鮮だったかもしれないけど。
重要なのは、画面。力技で見事に描ききっています。テレビ画面サイズの作品じゃないですね。大スクリーンで観てこそ華。

どーでもいいですが、警官とか警備員は本人たちが仮想現実の世界と知らないだけで普通の人間なんでしょ。あんなに殺しまくっていいのかな?

『マルコヴィッチの穴』

『マルコヴィッチの穴』(1999) 監督:スパイク・ジョーンズ 出演:ジョン・キューザック/キャメロン・ディアス/キャサリン・キーナー/ジョン・マルコビッチ/チャーリー・シーン

興味深いというか、いろんな観方ができる作品だね。哲学的に難解な映画ととらえることもできるし、ラブストーリーでもある。
わたしにとっては爆笑ギャグ映画だったけどさ。

ジョン・キューザック演じる主人公は、世間はおろか奥さんにも才能を認めてもらえない人形使い。本当は才能があるんだが、やるネタが一般的ではない。道端で性的な人形劇を演じていて、小さな女の子のいる父親からぶん殴られたりしてる。
奥さんの薦めで気が進まないながらもファイル管理会社に就職するが、そのオフィスが7と1/2階という7階と8階の間にある天井のやたら低いフロアにある。
そこで働く彼は、ある日壁に奇妙な扉を見つける。その扉を入っていくと、なんと実在の俳優ジョン・マルコビッチの頭の中に入ってしまう。
彼は同じフロアで働く女性とその穴をつかって変身願望を叶える商売を始めるが・・・

設定からして珍妙だ。
7と1/2階というセットがまずいい。遠近感がおかしくなって、なんかテリー・ギリアムの美術を思い起こさせた。みんなが中腰になって歩き回っているのは笑える。

主人公の奥さん役がキャメロン・ディアスだ。
夫よりもペットのチンパンジーを心配する妻で、あげくにはマルコビッチに入っている時にある女性に惚れてしまう。
本編の前に『チャーリーズエンジェルズ』の予告をやっていたが、ずいぶんと印象が違うね。

好きなのはマルコビッチ自身が自分の頭の中に入ってしまったシーン。
レストランにいる全員がマルコビッチその人。ピアノの上に寝そべっている女性シンガーも子供もウェイターも全部マルコビッチ。
気持ち悪いながらも笑えた。
あと、二人の女性がマルコビッチの深層心理の中をおっかけっこするシーン。
少年時代に「おしっこタレビッチ」といじめられてたり、パンティの匂いをかいでいたりと笑えたな。
マルコビッチの頭の中から出てくる時は、ハイウェイの横に落っこちてくるってのもいい。
ラストのオチも、設定はちょっと強引だが皮肉が効いていていいね。
女性は強し。ジョン・キューザックは永遠の片思いで終わる。
男は悲しいわな。

チャーリー・シーンはマルコビッチの友人役として出てくる。
7年後ということで再登場するときはカトちゃんズラをつけてハゲオヤジになって出てきてるので必見だ。
他にもテレビの中でショーン・ペンがインタビューに答えていたり、テレビの画面が切り替わるときにちらっとブラッド・ピッドが映ったりもするな。
パンフレットによると、『セブン』などの監督のデビット・フィンチャーも出演しているらしいが、さすがに顔までは知らないので見つけられなかった。そう言えば、パンフレットを買うなんて久しぶりだ。

監督のスパイク・ジョーンズはまだ30歳ぐらい。
これまではミュージックビデオやCMを撮ってきた人らしい。『スリーキングス』では準主役を演じていたりと才人だね。今回が初監督作品でこの出来だから、今後がさらに期待できる人だ。
スパイク・ジョーンズは芸名だそうで、冗談音楽の元祖スパイク・ジョーンズと関連があるんじゃないかと
にらんでいるんだが、つづりが違うかもしれないので関係ないかもしれない。

『ミスター・ベースボール』

『ミスター・ベースボール』(1992) 監督:フレッド・スケピシ 出演:トム・セレック/高倉健/高梨亜矢/デニス・ヘイスバート

 わたし、この映画に出演しています。
 そうです、クールな口ひげ野郎私立探偵マグナムことトム・セレック主演のハリウッド映画に出演しているのです。どーだ、まいったか!
 とは言っても、映画を観てもどこに映っているのか自分でもまるで分かりません。出演しているのはナゴヤ球場の観客エキストラとしてですから。でも、あの彼女のアリバイのトム・セレックの映画に出たというのは一生のメモリアルです。

 落ち目のメジャーリーガーが不本意ながら中日ドラゴンズに助っ人“ガイジン”としてやって来る。頭にくるとベンチを蹴ったりする頑固者の監督(星野仙一がモデルでしょうね)と衝突したり日本文化にとまどったりと四苦八苦。しかし監督の娘と恋に落ちたりして・・・
 製作には名古屋のテレビ局などが協力しているのですが、製作発表で「『ローマの休日』のような映画にしてほしい。名古屋の魅力を世界にアピールしたい」などと訳の分からぬことを言っており、実際製作に入ってからもアメリカ側と日本側とでもめたりもしたそうです。
 名古屋の魅力ったってローマと違ってこれという名所があるわけじゃなし、変に欲張らないで素直に単に映画の舞台として扱ってもらえば良いと思うんですけどね。
 当時完成したばかりの金山総合駅が、無理矢理登場したりしますが、地元民としては噴飯モノの恥ずかしい限り。こういう点が「名古屋は田舎だ」といわれる理由なんですが、分かってないんでしょうね。

 日本の野球に馴染めなかった主人公ですが、最後の試合ではここ一番の勝負時にバンドという日本野球的なプレーをやることによって勝ちます。アメリカ映画的にはホームランを打って勝つとこですよね。こういった、衝突するだけではなくお互いを認め理解し合うことが大切という点は良いんですが、ヒロイン(監督の娘)が「わたしにはわたしのやりたい仕事がある。野球場で夫の試合を観ているだけの女には成りたくない」と言っていたのに、最後にはメジャーリーグに戻った主人公についてアメリカに行って野球場で試合を観ているだけの女になってしまうのです。
 彼女は確かデザイナーかなにかをやっていたので、なんでアメリカに行ってもその仕事を続けているという風にしなかったんでしょうか?男に黙ってついて行く大和撫子にしたかったんでしょうかね?大和撫子なんてものは数十年は前にすでに絶滅してるんですが。
 ともあれ、トム・セレックだけでわたしは満足。
 「ミスター・ベースボール」とは日本の新聞に付けられた主人公のあだ名。黒人選手は「俺のあだ名はハマーだよ。理由は聞くなよ」とか言ってました。いたなーMCハマー。
 監督はぬるま湯のような腑抜けた作品ばかり撮っているフレッド・スケピシ。主役はトム・セレック。ドラゴンズの監督は高倉健さん。おおっ、わたしは健さんとも共演してるのか。

2004年06月12日

『ミッション・トゥ・マーズ』

『ミッション・トゥ・マーズ』(2000) MISSION TO MARS
監督:ブライアン・デ・パルマ 出演:ゲイリー・シニーズ/ティム・ロビンス/ドン・チードル

うーん、どこをどう書いてもネタバレになってしまう。
個人的にはネタバレは気にしないし、もう公開も終わっているからいいと思うけど、、まあここはひとつよろしく、と日本人的にすませよ~かな。
とりあえず、開始後30分ぐらいでアレが出てきた時に、おおよそのラストの見当が付き、実際その通りでした。でも、ラストが読めたからつまらなくなるというのは違うと思う。もしそうならば、一度読んだ本や映画は二度と楽しめなくなってしまう。特に推理小説なんか一度しか読めないことになる。
しかし実際にわたしは、アガサ・クリスティーあたり何度も読み返しています。これこそ一発ネタの『アクロイド殺し』ですら。
良いものは何度観ても良いのである。
あっ、別に『ミッショントゥマーズ』が良かったというわけではないです。

なんつーかねー
ブライアン・デ・パルマらしくないところが、デ・パルマらしいという変わった映画ですね。
オープニングの長回し(お前は相米かっ)がスネーク・アイズを思わせますが、スネークアイズの長間わしのねちっこさはなく あっさりと終わって肩透かしをくらいます。その後、ずっと肩透かしをくらい続けた感じです。
あえて表現するならば、デ・パルマ版『2001年宇宙の旅』。
これで、どんなオチか想像つく人も多いかも。
とりあえず、何しに出てきたんだティム・ロビンス。

デ・パルマよ、また『レイジング・ケイン』みたいな作品を作ってくれい。
興行的に成功するかはしらないけど、わたしは観に行くから。

(『レイジング・ケイン』:ジョン・リスゴーの女装が楽しい映画)
(ジョン・リスゴー:馬面の役者。『クリフハンガー』の悪役が一番メジャーか? とりあえず『ハリーとヘンダスン一家』ではないと思う)
(『ハリーとヘンダスン一家』:知らなくても、人生で困ることは一度くらいしかないと思う)
(しかし:『ハリーとヘンダスン一家』を知らなくて困る状況ってどんなだ?)

『ムーラン・ルージュ』

『ムーラン・ルージュ』(2001) MOULIN ROUGE!
監督・脚本:バズ・ラーマン 出演:ニコール・キッドマン/ユアン・マクレガー/ジョン・レグイザモ/ジム・ブロードベント/リチャード・ロクスボロウ

面白かった。
予告編を観たときには辛気臭い悲恋物だと思い大して興味も引きかれなかったのだが、監督はバズ・ラーマン(『ダンシング・ヒーロー』『ロミオ&ジュリエット』)だし、主演はユアン・マクレガーだからと、一応おさえで観にいった。
そしたらこれが大当たり。辛気臭いなんてとんでもない。実際にかなりおバカなところもあるミュージカル映画だったのだ。
たしかに悲恋な話なんだけど、とにかくみんな歌う!踊る!
舞台は1899年~1900年のパリなんだが、歌にはヒットポップスなどが平気な顔で混ざっている。エルトン・ジョンの『Your song』やマドンナの『マテリアルガール』『ライクアヴァージン』などなど。ほかには『テキサス1の赤いバラ』でドリー・バートンが自ら作り歌った名曲『I will always love you』(『ボディ・ガード』でホイットニー・ヒューストンがカバーした歌)とか『サウンド・オブ・ミュージック』などなど。
そしてQUEENの『Show must go on』
わたしは洋楽に疎いので気づかないままの曲も多かったと思うが、洋楽ファンならもっと楽しめるでしょう。
さらに過去のミュージカルへのオマージュ。『紳士は金髪がお好き』などがありました。
クリスティン(ユアン)が公爵に見つからないように部屋の中をあちこち隠れるのは、古典的コメディ映画の匂いがしますし、そのあとは即興での芝居説明。ここらへんは大笑いです。
元トム・クルーズ妻の二コール・キッドマンもピョンピョン跳んだりとコメディしてます。
ただ、テンションの高さや、難しいことを考えずにとりあえず映画の流れに乗らないといけないなど、人を選ぶ映画ではありますね。
わたしとしてはオープニングと「The end」の出し方が大好きです。

もしこれから観にいかれる方がいましたら、ぜひとも場内が明るくなるまで席はお立ちになりませんように。
エンドクレジットの終わりにちょっとしたお楽しみがあります。
つーか、他の映画でもクレジットが終わるまで席を立つんじゃねぇっつーの。

2004年06月30日

『真夜中の虹』 北欧のキャデラック

『真夜中の虹』(1988) ARIEL 1990/12/10鑑賞

監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ 撮影:ティモ・サルミネン 音楽:ヨウコ・ルッメ 出演:トゥロ・パヤラ/スサンナ・ハーヴィスト/マッティ・ペロンパー/エートゥ・ヒルカモ

フィンランドの鉱山が閉鎖され職を失った男が、コンパーチブルのキャデラックで南へとあてのない旅に出る。その道中で出会った人々や事件が淡々と描かれる。登場人物は感情を露わにせず、静かに日々を暮らし時に死んでいく。
男は強盗に有り金を奪われ、また自らも銀行強盗となる。犯罪の被害者・加害者両方の立場が出てくるが、そこに善悪の区別はなくただ行動のみが描かれる。
閉め方が分からずに雪の降る中でもずっと開けっ放しだったキャデラックの幌は、ナイフで刺され死ぬ間際の相棒が押したスイッチでようやくと閉まっていく。まるで棺桶の蓋が閉まるように。
アキ・カウリスマキは普通ならばことさらにドラマチックに盛り上げようとするシーンを実にあっさりと描く。だが、いやだからこそわたしの様なひねくれ者の心を動かすこともある。アキ・カウリスマキ作品は“味の薄い料理”ではあるが、“味のない料理”では決してない。日頃、塩コショウの効いた“味の濃い料理”に慣れすぎているてすぐには舌がついて行かないが、じっくりと噛みしめればその味わい深さが伝わってくる。
刑務所の旋盤でプロポーズのために指輪を作るシーンなど、アキ・カウリスマキは斜に構えたニヒリストでいながら、どこかロマンチシストでもある。

2004年07月12日

マルクス兄弟主義者は今日も行く

ワーナーから出た『マルクス・ブラザーズ コレクターズ・ボックス』を購入。
マルクス兄弟主演6作品が5枚組で9,500円は暴れ出したくなるほどお買い得。収録されているのは『オペラは踊る』(1935)、『マルクス一番乗り』(1937)、『マルクス兄弟珍サーカス』(1939)、『マルクスの二挺拳銃』(1940)、『マルクス兄弟デパート騒動』(1941)、『マルクス捕物帖』(1946)。中期以降のMGM時代作品だ。
初期であるパラマウント時代の5作品の内『けだもの組合』(1930)、『御冗談でショ』(1932)、『我が輩はカモである』(1933)はユニバーサルから『マルクスブラザース コレクションBOX』として9,800円で発売済み。
どうにもBOXの名が似ていてややこしい。それから、ワーナーは『ブラザー“ズ”』、ユニバーサルは『ブラザー“ス”』と表記に食い違いがある。ではどちらが正解かというと、もちろん『マルクス“兄弟”』に決まっている。
値段はほとんど同じだが、収録数は6作品と3作品。ぱっと見ワーナーの方がお得だが、ユニバーサルの方にはコメディ映画史に燦然と輝く『我が輩はカモである』が入っている。答えはもちろん「どっちも買え」なのだが、マルクス兄弟作品を観たことがない人が「どんなのだろうか?」と買うにはセット売り9,000円台はちょっときつい。レンタルDVDにはなっていないようだが、出来ればレンタルもして欲しい。まずは借りてきてマルクス兄弟初体験をし、そこからはまってマルクス兄弟主義者が増えていくのではないだろうか。

そもそも、わたしがマルクス兄弟と出会ったのは1987年の夏。地元の古い映画館だった。
ジャッキー・チェンの『プロジェクトA2』(1987)と『漂流教室』(1987)の二本立てを観に行ったところ、夏休み企画としてだったのだろうか更に一本増えて三本目として上映されたのが『マルクスの二挺拳銃』だったのだ。
あらかじめマルクス兄弟作品の上映があると知っていたならまだしも、予想しておらずすっかり油断しているところへ突然あのけたたましくイカれたバカ騒ぎに襲いかかられ、ガツンと良いパンチをもらってしまった。『漂流教室』の大きな失点も、『二挺拳銃』ラストの機関車大暴走で帳消しの上に大逆転となった。
それから、「マルクス観たい、マルクス観たい」とぶつぶつ唱えるようになった。これが東京に住んでいたなら名画座などで観る機会もあったろうが、出来ることといったら品揃えの多いレンタルビデオ屋の話を聞いては探しに行くぐらいで、当時ポニーキャニオンから出ていたMGM作品をようやくいくつか観ることは出来た。

未だに『ココナッツ』『いんちき商売』『ルーム・サービス』は観ていないが、どこかがソフト化ないし放映して欲しいものだ。
・・・と思っていたら2005/03/25に『ザ・ベスト・オブ・マルクスブラザース』の発売が決定。だからマルクス兄弟だっつーてんのに。もうどれがどのBOXだかさっぱりわかりゃしない。
『ココナッツ』『けだもの組合』『いんちき商売』『御冗談でショ』『我輩はカモである』の5作品収録で「おいおい、マルクスブラザース コレクションBOXと3作品もかぶってんぞ。どうせ同一マスターだろうから、せめてばら売りしてくれよ。そしたら『ココナッツ』と『いんちき商売』だけ買うから」と思うんだがどうせセット売りのみなんだろう。前2BOXが結構売れたのだろうか。ちなみに8,379円。
ともあれ2005年3月末のマルキシストは今夜も眠れないぞ。

2004年07月15日

水野晴郎シネマ館 どっちがオマケだ?

「ガムのオマケに映画のDVDが付いてくる。価格は税込み315円!」という情報がちょっと前にニュースサイトなどで飛び交った。
そんなに興味は覚えなかったのだが、コンビニで現物を見かけたら「『バリ島珍道中』は絶対欲しい。おっ、ロジャー・コーマンの『古城の亡霊』がある。恐怖映画俳優ボリス・カーロフが出てるのか、これは買いだな。アンドリュー・V・マクラグレン&ジョン・ウェインの『マクリントック』も良いし。うわー、うわー」と物欲中枢にアドレナリンが流れ込み、気が付いたら単品ではなく箱ごとレジに持って行っていた。ひょっとしてこの行為は“大人買い”ってやつか?うーむ、大人買い初体験。
幸いだったのは“買って開封しないと何が入っているか分からない”というシステムじゃなかったことだ。そうだったらダブリとやらで頭を悩ましていただろう。交換するといっても、『二人の女』を引き取ってくれそうな相手が思いつかない。ともあれ10枚で3,150円と、普通のDVD1枚かせいぜい2枚分の金額だ。しかも、ガムも付いてるしな。いや、逆か?でもガムったって一つに小さいのが一枚だしな。こちらがメインというのもかなり無理がある。
タイトルごとにほぼハガキサイズの水野晴郎氏によるリーフレットが付いている。400文字程度だが作品の見所や情報が記載されていてなかなかうれしい。ワーナーなんか通常タイトルでもチャプターリストすらついてないものな。

とりあえず『マクリントック』を鑑賞した。
まずは水野晴郎氏の解説から始まる。金曜ロードショーを思い出させて懐かしい。このスタイルが残っているのは今や木曜洋画劇場の「あなたのハートにはなにが残りましたか?」木村奈保子氏ぐらいなものだ。時折「なんにも残ってないよ!」と言い返したくなる作品もあるが、それはそれでテレビ東京の味だろう。
フィルムの傷が目立ち画質も良いとは言えないが、観るに堪えないという程ではない。近所のレンタルビデオ屋GEOで台湾プレスの今ひとつ謎なクラッシック作品群を見かけるが、それと同程度の画質だ。チャプターも打ってあり、字幕のON・OFFもできる。字幕の翻訳もそれなり丁寧で、ユニバーサル作品に時々あるような“明らかにおかしい字幕”ではない。全体的に値段を考えれば充分すぎる作りだ。
「1作品315円ならレンタルの方が安いじゃん」と言う人もいるかも知れないが、どのタイトルもレンタル用にはソフト化されていないか、ひょっとしたら『黄金の腕』あたりはなっているかも知れないが、かなり品揃えのしっかりした店じゃないと置いていないだろう。
画質に少しばかり難があっても、観れるだけでもありがたや。ぜひとも第2弾、第3弾を出してもらいたい。

2004年07月16日

『メダリオン』 ミツビーシ

『メダリオン』(2003) THE MEDALLION 飛龍再生 2004/06/26鑑賞

監督:ゴードン・チャン アクション監督:サモ・ハン・キンポー 製作:アルフレッド・チョン 製作総指揮:ジャッキー・チェン/ウィリー・チャン/アルバート・ヤン 原案:アルフレッド・チョン 脚本:アルフレッド・チョン/ゴードン・チャン/ポール・ホイーラー/ベネット・ジョシュア・ダヴリン/ベイ・ローガン 撮影:アーサー・ウォン 音楽:エイドリアン・リー
出演:ジャッキー・チェン/クレア・フォーラニ/リー・エヴァンス/ジュリアン・サンズ/ジョン・リス=デイヴィス/アレクサンダー・バオ

中学生の頃『プロジェクトA』を観て以来、数えてみると35本のジャッキー映画を映画館で観ていました。『メダリオン』が36本目。
『ラッシュアワー2』や『タキシード』が今ひとつだったので、さすがのジャッキーも年には勝てんかと思っていましたが、昨年末の『シャンハイ・ナイツ』がなかなかイイ。
ロンドンは下町での追い駆けっこが市場の屋台などセット・小道具を上手く活かしたスピード感のある物で、やはりジャッキーはバスター・キートンの正当なる後継者です。ただし悪人面ドニー・イェンとの格闘シーンは、ハイキックのヒットポイントの高さやスピードが明らかにドニーに劣っていました。まぁ一対一の格闘に関しては『スパルタンX』の対ベニー・ユキーデ戦などを除くとそんなにすごいのはなかったですから。

アクション刑事映画『メダリオン』ではダブリンで黒人を追いかけるシーンが良かったですね。壁の幅の狭い段差をトトトッと走り抜けるところや鉄格子の門をよじ登るところは見事。しかしもう50歳でしょう。若いというか落ち着かんというか。
病院での乱闘シーンはもう少し状況を活かしたアクションが欲しかったところ。

メダルの力でジャッキーが不死身になり、相棒がそれを確かめるためにナイフで刺してみる。ところが大丈夫。試しにもう一回、もう一回とやっているうちについ夢中になってプツプツと連続刺しをする。
子供がヘリコプターにさらわれ、ヘリに向かってビルの屋上からスーパージャンプをするがあとわずかのところで届かず、真っ逆さまに落下する。
などは笑わせてもらいました。

CGは使ってそうでカット数にすると案外使ってないんじゃないですかね。
少年がメダルを二つに分けるカットは、妙な動きで一旦服の袖元に持って行きますが、ひょっとして手品か?

ジャッキーと言えば三菱。
今作でも香港での自家用車、ダブリン空港でのレンタカーがそれぞれミツビシパジェロでした。
大丈夫か、タイヤ外れないか、クラッチ火を吹かないか。
えっ、不死身だから大丈夫?

2004年07月28日

『マッハ!』 仏像の頭を返せっ!

『マッハ!』(2003) ONG-BAK 2004/7/28鑑賞

監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ 製作:プラッチャヤー・ピンゲーオ/スカンヤー・ウォンサターバット 製作総指揮:ソムサック・デーチャラタナプラスート 脚本:スパチャイ・シティアンポーンパン 撮影:ナタウット・キティクン 美術:アッカデート・ゲーオコート 編集:タナット・スンシン/タナパット・タウィースック
出演:トニー・ジャー/ペットターイ・ウォンカムラオ/プマワーリー・ヨートガモン/スチャオ・ポンウィライ/チェータウット・ワチャラクン/ルンラウィー・バリジンダークン

予告編を観たときにはさして興味を引かなかった。いやそれどころか「CGを使いません。ワイヤーを使いません。スタントを使いません。早回しを使いません。最強の格闘技ムエタイを使います」というコピーには反感すら覚えた。
CGを使うか使わないか、スタントマンを使うか使わないかなどは、あくまでも作り手の都合といったようなもので、観客にとっては撮影現場がどうだろうとそれはまったく関係なく映し出された画面だけが全てだ。
例えば「このシーンは主役の俳優自身がスタントマンやSFXのサポート無しで実際に飛び降りた。だから凄いシーンだ」という感想は本質的に的外れである。スタントマンがサポートのワイヤーで支持されて飛び降り、CG処理でそのワイヤーを消したシーンであったとしても、観客に感じさせるインパクトがあれば何の問題もない。危険なアクションに体当たりで挑んでいることを変に持ち上げすぎるのは疑問である。
映画の黎明期ならともかく、現代映画におけるスタントマンとは、高度な肉体訓練を受け、車やバイクの運転技術に長けており、必要ならば爆発物に関する知識も習得したプロフェッショナルであるべきだ。だからこそ危険を含んだスタントシーンが実現できる。スタントマンが単なる命知らずの冒険野郎だとしたらスタントシーンは単に運任せになってしまい、死傷者が続出することだろう。
突き詰めるところ映画は“娯楽”だ。しょせん娯楽に人が命をかけたり大怪我する必要があるとはとうてい思えない。

それはそれとして、確かに『マッハ!』には身体を張ったアクションが連発するが、安全基準法を無視したような無茶なアクションは実のところ出てこない。ちゃんとしたスタントチームが参加していたようで、それなりに安全対策が取られている。主人公がトゥクトゥク(三輪タクシー)を飛び越えるシーンでは下にマットレスがちらっと映っていたりする。
一番の見所は主人公と相棒がチンピラに追いかけられるマンチェイスシーンだ。屋台の並ぶ路地裏を若き日のジャッキー・チェンを思わせる身軽さで跳んだり跳ねたりしながら逃げまくる。直径40センチもないような有刺鉄線の輪をくぐり抜けたり、運んでいる最中の大判ガラスの間をすり抜けたりとフットワークがとても軽い。大判ガラスが登場した時には、「ああ、これはその後で悪人が突っ込み割れるんだな」と思ったのだが、残念ながらそれはなかった。並んでいる人の肩の上をトトトトッと駆け抜けるシーンも良い。
一つのアクションを違うカットから二度、三度と繰り返すのもジャッキー風味。といっても別にジャッキー・チェンのコピーなわけではないが、まだ観ていない人には一番分かりやすい比喩だろうか。
相棒(南伸坊似)が追いつめられ、屋台のオヤジからから小さな包丁を奪ってそれで脅す。しかし、悪人たちはせせら笑ってぜんぜん気にしない。そこで大振りの中華包丁に取り替える。今度はおおっとビビる悪人たち。にらみ合う両者。緊張した瞬間が流れる・・・そしてその間を「えー包丁、包丁はいらんかね~」と山ほど刃物を背負ったオバさんの物売りが通り過ぎていく。このタイミングの絶妙なこと!

主人公のトニー・ジャーが「まるで体操選手みたいな動きだな」と思ったら、なんでもスタントマン出身なんだそうだ。なるほど、動きにキレがあるわけだ。代わりに格闘技は専門でないようで、売りであるムエタイのシーンはそれほど迫力がない。スピードはあるのだが、肘打ち・膝蹴りに破壊力が感じられず軽い打撃な印象だ。賭け闘技場を訪れ誤解からリングに上げられたときに、相手の頭部にハイキックを決めて一瞬で倒すのだが、その説得力としての衝撃の強さが伝わってこない。
技が決まっても「ペシッ」というスリッパで頭をはたいたような音しかしないのも迫力が不足している理由の一つだろう。もちろん、実際に人間が殴り合っても「バキッ!」とか「ドカッ!」などという音はしないのでリアルではあるのだが。
学生服を着た日本人(なんで学生服なんだ)とも戦うが、この日本人は負けるとさっさと降参し主人公が後ろを向いたところに襲いかかる分かりやすい卑怯者ぶりだ。グレート東郷か、お前は。
終盤になり主人公たちは古美術窃盗団のアジトに乗り込んでいく。山腹の洞窟というのがいかにも悪役っぽい。

タイの映画というので観る前に若干の偏見があったのだが、これがどうして(これも失礼な言い方だが)なかなかちゃんと映画になっている。
村から奪われた仏像の頭を取り返しに主人公が都会に出てくるという脚本はシンプルだが、アクションを楽しむ映画なので問題はない。画面的にも構図やカット割りがちゃんとしている。役者の演技については外国映画なのでちょっと分かりにくいが、南伸坊や人工声帯でしゃべるボスなどなかなか良かった。主人公は確かに大根だが。
タイ映画の今後には期待していいだろう。

2004年08月05日

『ムトゥ踊るマハラジャ』 近代の映画

『ムトゥ踊るマハラジャ』(1995) MUTHU

監督:K・S・ラヴィクマール 脚本:K・S・ラヴィクマール 音楽:A・R・ラフマーン
出演:ラジニカーント/ミーナ/サラットバーブ

『ムトゥ 踊るマハラジャ』をきっかけにインドの娯楽映画がマサラ・ムービーの名で流行したことがあった。わたしもいくつかの作品は観たのだが、どれも今ひとつ受け入れにくかった。歌や踊りなど様々な娯楽要素が詰め込まれているのはわかるが、ひたすら山場ばかりのストーリーと演出には“急”ばかりで“緩”が存在しておらず疲労を覚えた。そして無駄なカットとシーンが多いため上映時間も166分と作品のカラーにしてはずいぶんと長目だ。本来ならばカットすべきところそのままに、綿密な編集を行わずに完成させてしまった感がある。
これは“近代”映画であって、“現代”映画ではないなというのが感想だ。
確かに勢いは感じるが、勢いだけでしゃべる芸人は得てしてつまらないもの。それと同じような一種の空回りを感じた。
もっともインドは映画人口が多く、製作本数も世界のトップクラスなので、別に『ムトゥ 踊るマハラジャ』の様な映画ばかりでもない。『ムトゥ 踊るマハラジャ』だけを観てインド映画を語ることは『踊る大捜査線2』だけ観た外国人が日本映画を語ることに等しいだろう。
『サラーム・ボンベイ!』(1988)のような社会派作品や、『ストーミー・ナイト』(1999)などのサスペンス作品もあり、あまり日本では公開されることがないので現在の詳細は分からないが、進化をし続けているはずである。製作本数が多いだけに、どんな傑作が飛び出してくるかも分からない。そういった意味では楽しみである。

2004年10月26日

『ミッドナイト・ラン』 See ya in the next life. - 来世で会おう

『ミッドナイト・ラン』(1988) MIDNIGHT RUN 126分 1988/12/30鑑賞

監督・製作:マーティン・ブレスト 製作総指揮:ウィリアム・S・ギルモア 脚本:ジョージ・ギャロ 撮影:ドナルド・ソーリン 音楽:ダニー・エルフマン
出演:ロバート・デ・ニーロ、チャールズ・グローディン、ヤフェット・コットー、ジョン・アシュトン、デニス・ファリナ

ロバート・デ・ニーロというと「演技が上手い名優だ」といった評価をよく聞くが、わたしは本当にそうなんだろうかと疑問に思っている。
『レイジング・ブル』(1980)ではボクサーの現役時代と引退後と太ったり痩せたりして演じわけたり、『アンタッチャブル』(1987)ではアル・カポネ役のために太った上に生え際の髪の毛を抜いてハゲにしている。確かに根性がいるし肉体的にも大変だと思うが、それと演技力はまた別物ではないだろうか。
おそらく、ロバート・デ・ニーロは役者としてすごく不器用かつ真面目な人なのだと思う。その彼がメソッド演技と出会うことで、役になりきるためその外見やスクリーンには映らない内面を作り上げるといった行為に徹底してのめり込んでいったのだろう。
だが、わたしには感心するよりもむしろ「うっとおしい」「暑苦しい」といった印象が先に立ってしまう。ロバート・デ・ニーロだけではなくメリル・ストープやアル・パチーンなど他のメソッド演技を学んだ俳優からも同じような物を感じるので、メソッド演技というスタイル自体が好きではないのだろう。そもそも、役者が勝手にその役柄を固定してしまって、監督がそのシーンで要求する演技と異なりもめるという話を聞くことがあるが、こうなると本末転倒だ。役者は自分の役だけを考えればいいが、監督や脚本家は映画全体の流れを考えなければならない。当然、監督の演出が優先されるべきだ。
そんなロバート・デ・ニーロも最近は肩の力を抜いた演技の作品が多くなっている。いいことだと思う。これまた暑苦しいロビン・ウィリアムスと共演し、監督はペニー・マーシャルの『レナードの朝』(1990)なんて二度と見たくない。

ロバート・デ・ニーロ作品の中で一番好きなのが『ミッドナイト・ラン』だ。
いつもの「これでもかぁあ」という入れ込んだ演技ではなく、ロバート・デ・ニーロ本人の素顔に近いのではないかと思わせる等身大の姿だ。演ずるのはマフィアからの賄賂を受け取ることを拒んだばかりに罠にはめられ首になった元警官のジャック。現在は賞金稼ぎとして保釈金金融業者から依頼を受け、借りた保釈金を踏み倒して逃げた人物を連れ戻す仕事をしている。
今回の依頼は、マフィアの金を横領しそこから大金を慈善団体に寄付した会計士ジョナサンを捕まえてくること。金融業者は「ミッドナイト・ラン(日帰りでできる簡単な仕事:深夜にトラックを走らせるのは道がすいていて楽な仕事だという意味だそうだ)だ。」と言うが、ジャックと過去に因縁のあるマフィアやFBI、そして別の賞金稼ぎが同じくジョナサンを狙っている。こうして、ニューヨークからロスまで大陸を横断しての騒動が始まる。
『ビバリーヒルズ・コップ』の監督マーチン・ブレストらしく軽快なテンポで映画が展開されるが、ジャックがとうの昔に別れた妻と娘に未だに未練を持っていることを、古くなった腕時計を時折耳に当て動いているかどうかを確認する癖で表現するなど、なかなかどうしてあなどれない。
『スティング』(1973)にも似た胸のすく大逆転に続くラストの別れのシーンがまた良い。下手な映画だとここぞとばかりに盛り上げようとして逆に観客は冷めてしまうのだが、この作品では抑えた演出を崩さない。立ち去る途中のジャックが数歩行ったところでふと振り返ると、公衆電話の横にはもうジョナサンの姿がなく、そしてその後二人は二度と会うことはなかったのだろうなと感じさせる。うむむ、泣けるぜ。
これで『ミッドナイト・ラン2』とかいって再びジャックとジョナサンが組んだりするとこのラストも台無しなのだが、幸いなことにそれはなかった。
短気で怒りっぽいジャックに対し、常に冷静なジョナサンを演ずるのはチャールズ・グローディン。この人は他には『ベートーベン』(1992)ぐらいしかぱっと思いつかないのだが、ひょうひょうとしてつかみ所のない感じが良く出ている。
目立とうとする派手さはないが、噛めば噛むほど味が出てくるきっちりした娯楽映画だ。傑作である。

2004年12月11日

『メリー・ポピンズ』 メリーかメアリーか

『メリーポピンズ』(1964) MARY POPPINS 140分

監督:ロバート・スティーヴンソン 製作:ウォルト・ディズニー、ビル・ウォルシュ 原作:パメラ・L・トラヴァース 脚本:ビル・ウォルシュ、ドン・ダグラディ 撮影:エドワード・コールマン 作曲:アーウィン・コスタル 音楽:ロバート・B・シャーマン、リチャード・M・シャーマン
出演:ジュリー・アンドリュース、ディック・ヴァン・ダイク、デヴィッド・トムリンソン、グリニス・ジョンズ、ハーマイアニ・バドリー

久々に観た『メリー・ポピンズ』だが、こいつはディズニー実写映画のベスト作品だと思う。
『チム・チム・チェリー』や『一さじのお砂糖』そして『スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス』など名曲で彩られた愉快なミュージカル映画だ。

時と場所は1910年代の古き良きロンドン。建物の上には煙突が立ち並び道には馬車が走っている、そんな時代の話だ。
銀行で働くバンクス氏には女の子と男の子の姉弟である二人の子供がいる。その子供たちがわんぱくで今日も乳母(字幕では乳母となっているがむしろ住み込みの家庭教師といったところ)が「もうやってられません」と辞めて出て行ってしまう。
子供たちは「明るくて優しい乳母を捜しています」という募集広告を作ってバンクス氏に見せる。ところがバンクス氏はそれを破って暖炉にくべてしまい、自分で文を書いた「厳格でしっかりした乳母を求める」という募集広告を新聞に出す。そんな時、風が東の風に変わり、その風に乗ってコウモリ傘を差した一人の女性が空から舞い降りてくる。メリー・ポピンズと名乗るその女性は募集広告を手にバンクス家を訪れる。だが、彼女が差し出したその募集広告はバンクス氏が昨夜確かに破って捨てたはずの子供たちの書いた物だった。どうにも不思議なこの女性は乳母として採用され、そして奇妙で楽しい出来事が次々と始まるのであった。

映画の随所にディズニーらしい特撮が使われている。
メリー・ポピンズが風に乗って舞い降りてくるシーンはジュリー・アンドリュースをケーブルで吊った合成無しのフライング効果によるもの。ワイヤーがかすかに判別できるがそんなことよりもふわりふわりと浮き沈みする風の流れを感じさせてくれる優れた効果だ。ジュリー・アンドリュースはにこやかな笑顔を浮かべているが実際にはかなり苦しい撮影だったはず。
大道芸人・煙突掃除人のディック・ヴァン・ダイクが描いた絵の中にみんなで入り込むシーンでは実写の人物がアニメの背景と合成され、ペンギンやキツネなどアニメのキャラクターと触れ合い一騒動になる。
メリー・ポピンズが鏡の中の自分とデュエットするシーンなど合成も多用されている。
1964年という製作年度から考えるとかなり高度な技術だったことが分かるが、それよりもそのシーンをどうやって面白い物にするか、原作や脚本にあるイメージをいかに魅力的な映像化するかに工夫が施されているところが重要だ。

もちろん『ミュージカル映画』としてもにぎやかかつ愉快だ。
ジュリー・アンドリュースはそもそもブロードウェイの舞台ミュージカルだった『マイ・フェア・レディ』で主演をつとめ上げていた人なので歌はもちろん上手い。顔は美人と可愛いの中間ぐらいでなかなか好み(わたしの好みはどうでもいいか)。今回調べてみたところこの『メリー・ポピンズ』が映画デビュー作だが新人とは思えぬ堂々たる主演ぶりで、さすがブロードウェイで鍛えられた人は違う。唯一の欠点といえば夫が映画監督のブレイク・エドワーズということぐらいか。いや、『ピンク・パンサー』シリーズなどのファンには悪いんだが、わたしはブレイク・エドワーズって嫌いなんだ。どうにも野暮ったくって。1981年に『S.O.B.』(日本未公開・ビデオリリースのみ)なんてのをジュリー・アンドリュース主演で監督しているが、これがもうひどくて・・・ジュリー・アンドリュースも夫が監督・製作なんでしょうがなく出演したんだろうなぁ。

バンクス氏の近所には元英国海軍の提督が船型の家を建てて住んでいる。その屋根にマストや操舵輪を据えているのはまだしも、大砲まで設置してあり毎日定刻になると部下に命じて時報として空砲をぶっ放す。すると近所の家にはその轟音と衝撃で揺れ動き家具が動いたり花瓶が落ちたりするのだが、隣人もそこら辺は心得た物でちゃんと落ちては困る物のそばで控えてドッカーンとくるとタンスを押さえたりつま先でコップを受け止めたりする。実はここが一番好きなシーンだったりする。次は煙突掃除人集団のダンスだろうか。

笑い出すと宙に浮かんでしまうおじさんというのが出てきて、そこを訪れたメリー・ポピンズと子供たちまでついには笑って浮かびだしそのままお茶の時間になるというシーンがある。ここがどうもよく分からないのだがイギリスには「あんまり笑ってると空に飛んじゃうぞ」とかいう笑うのを戒めることわざがあるのだろうか。
そういえば「スミスという名の義足の男」のギャグも日本語に翻訳するとほとんどギャグになっていない。

映画のタイトルは『メリー・ポピンズ』だが原作の翻訳本だと『メアリー・ポピンズ』となっている。これはやはりMARYの発音がイギリス式とアメリカ式で違ったりするのだろうか。わたしは子供の頃に本の『メアリー・ポピンズ』を読んでいたのでどうも『メリー・ポピンズ』という呼び方には違和感があってしょうがない。
そうそう、ディック・ヴァン・ダイクは実は二役をこなしている。大道芸人・煙突掃除人以外のさて誰を演じているでしょうか?

2004年12月20日

『マイ・ブルー・ヘブン』 証人保護プログラム

『マイ・ブルー・ヘブン』(1990) MY BLUE HEAVEN 95分 2004/12/19レンタルDVDにて鑑賞

監督:ハーバート・ロス 製作:ハーバート・ロス、シンシア・シルバート 製作総指揮:ゴールディ・ホーン、ノーラ・エフロン、アンドリュー・ストーン 脚本:ノーラ・エフロン 撮影:ジョン・ベイリー 音楽:アイラ・ニューボーン
出演:スティーヴ・マーティン、リック・モラニス、キャロル・ケイン、ジョーン・キューザック、メラニー・メイロン

FBIの捜査官ニック・モラリスに連れられ裁判まで身を隠すために証人保護プログラムで田舎町に連れてこられたイタリアンマフィアの一員スティーヴ・マーティン。髪の毛をツンと逆立てた伊達男のスティーヴ・マーティンは身を隠すどころかトラックの積み荷を奪ったりスピード違反でパトカーに捕まったりと好き勝手し放題。そんなスティーヴ・マーティンに、パンケーキに塗る蜂蜜の量まできっちり決めているという杓子定規で野暮ったいニック・モラリスは振り回されてばかり。
しかし、段々とスティーヴ・マーティンの影響を受けてパリッとしたスーツを新調したりジョークを飛ばすようになっていく。
だが、スティーヴ・マーティンの証言を食い止めるため殺し屋が差し向けられてきて・・・

朴念仁が洒落者に振り回されるが、トラブルを乗り越えていく次第に打ち解け合っていく定番コメディ。だがどうにもつまらない。
ニック・モラリスの“急変”とも言える変わりぶりが「何で?」としか思えない。95分という尺の短さのせいかも知れないが、もう少し心の動きをちゃんと描いて欲しかったものだ。
スティーヴ・マーティンの暴れぶりも妙に良心的なところがあって弾け切れていないのが残念だ。
その田舎町には証人保護プログラムで死んだことになってその後新生活を送っている元マフィアたちが大勢いるのだが、その設定を少しは有効に利用できなかったものか。隠居したジジイたちが昔取った杵柄と現在の職業を活かして殺し屋相手に立ち向かうなんてのは面白そうなんだが。

製作総指揮に名を連ねているゴールディ・ホーンはあの女優のゴールディ・ホーンだ。製作だけで出演はなし。
『ハウスシッター 結婚願望』(1992)でスティーヴ・マーティンと共演しているからその縁か?

2005年02月15日

『ミッションX』 お子様怪盗団、銀行を襲撃!

『ミッションX』(2004) CATCH THAT KID アメリカ/ドイツ 92分 2005/02/13レンタルDVDにて鑑賞

監督:バート・フレインドリッチ 製作:アンドリュー・ラザー、ウーヴェ・ショット 製作総指揮:ジェームズ・ドッドソン 脚本:マイケル・ブラント、デレク・ハース 撮影:ジュリオ・マカット 音楽:ジョージ・S・クリントン
出演:クリステン・スチュワート、コービン・ブルー、ジェニファー・ビールス、サム・ロバーズ、ジョン・キャロル・リンチ

 レンタルDVDのパッケージは普通のアクション映画っぽいが、実際には徹底したお子様ムービー。『スパイキッズ』の類だと思ってもらえば間違いない。
アクション映画だと思って借りてしまったわたしだが、フットワークは軽いので冒頭で子供向けと分かった時点でそのように見方を変えたところ、案外楽しく観ることができた。パッケージは詐欺だと思うし、アクションコーナーじゃなくてキッズ向けコーナーに置くべきだと思うけど。

 主人公の少女はロッククライミングが趣味で今日も工場の建物に登って記録を更新したばかり。演ずるのは『パニック・ルーム』(2002)でジョディ・フォスターの娘役だったクリステン・スチュワート。『パニック・ルーム』では若年性糖尿病だったが、今作では元気いっぱいな、少々元気すぎる健康少女だ。
彼女の父親はエベレストに登ったこともある元登山家。フリークライミングでの事故で背中に大きな怪我を負っており、それが元で突然倒れこのままでは下半身不随になってしまう。手術をすれば回復するかも知れないのだが、それには25万ドルの費用が必要だ。困り果てた少女は、親友であるゴーカート整備が得意な少年と、ビデオの撮影とコンピュータが趣味の少年と共に、母親が警備システム開発をしている銀行ビルの大金庫に25万ドルを盗むために忍び込むことにするが・・・

 二人の男の子は少女に恋していて三角関係の恋のさや当ても見所の一つだ。主人公は時に自分への恋心を巧みに利用して少年を操る。オタクっぽい少年二人は、クリステン・スチュワートの甘い言葉や頬へのキスに振り回されてもうメロメロだ。考えてみれば末恐ろしい娘だ。
いくら母親のコンピュータなどから情報を引き出したにしても銀行ビルへの侵入が簡単すぎる気もするが、防犯のため大金庫が宙づりになった金庫室はセットも大きく一番の見せ場である。フリークライミングの要領で金庫まで登っていくシーンは、泥棒映画の名シーンの一つに加えても良いのではないだろうか。
他にも、コンピュータのハッキングや防犯ビデオへの偽画像、ゴーカートでの逃走劇など主人公たちそれぞれの特技がちゃんと活かされている。ただどうせなら、主人公のまだ幼い弟も盗みに付いてくることになるのだから、小さな子でしか入っていけないところに行って鍵などを取ってくるとか、あるいはスイッチを押してくるなどして、単なるお荷物ではなく活躍シーンが欲しかったところだ。

 主人公の母親はジェニファー・ビールス。『フラッシュ・ダンス』(1983)から22年が経っておりすでに単なるオバサン。
銀行の支店長はギャグが多く、ラストには頭取に啖呵を切るなどおいしい役どころ。あのカツラは反則だよな。

 お金を盗んでめでたしめでたしと終わるわけにはいかないが、さてどうやって終わらせるかと思っていたらちゃんとオチを付けてくれた。ほとんど全員がハッピーハッピー。
 で、恋の結末は?

2005年02月16日

『Mr.インクレディブル』 やっぱヒーロー稼業はやめられない!

『Mr.インクレディブル』(2004) THE INCREDIBLES アメリカ 115分 2005/01/23鑑賞

監督:ブラッド・バード 製作:ジョン・ウォーカー 製作総指揮:ジョン・ラセター 脚本:ブラッド・バード 音楽:マイケル・ジアッキノ
声の出演:クレイグ・T・ネルソン、ホリー・ハンター、サラ・ヴォーウェル、スペンサー・フォックス、エリザベス・ペーニャ、ブラッド・バード、サミュエル・L・ジャクソン、ジェイソン・リー

 ピクサームービー第6弾はついに人間が主人公になった。人形や動物と比べると人間をCGで表現するのはずっと難しい。だが賢明なるピクサーのこと、どこぞの『FINAL FANTASY』の凡庸なる制作陣とは違い人間を緻密かつリアリティを持って描写しようなどとは決して思わず、適度にデフォルメ、適度にリアルな登場人物たちを作り上げている。CGなのだが、質感としては『ウォレスとグルミット』などのクレイ・アニメーションに近い。デジタルなCGでアナログなクレイ・アニメーションを再現するとは面白い。

 主人公のMr.インクレディブルはタイツ姿のコスチュームを着たスーパーヒーロー。正確には元スーパーヒーローで現在は保険会社のサラリーマンとして日陰の人生を歩んでいる。飛び降り自殺した人を受け止めて助けたところ、「自殺する権利を侵害された。しかも首がむち打ち症になった」と訴えられ、他の件でも訴えられてついにアメリカではスーパーヒーロー禁止法が制定されてしまったからだ。
スーパーヒーローがテレビのニュースや新聞で弾劾されていくところやその後の落ちぶれた様子は、『キャプテン・ザ・ヒーロー 悪人は許さない』(1983)を思い出させる。考えてみれば警察や消防でもないのに悪人を捕まえたり災害を防いだり、スーパーヒーローは何の権利があってやっているのだろうか。キャプテン・アメリカは第二次大戦中のドイツ軍と戦っていたが、あれは軍人扱いなのだろうか、それともゲリラかパルチザンなのだろうか。前者ならばドイツ軍に捕まっても捕虜収容所行きですむが、後者ならば問答無用で銃殺だ。ずいぶんとした違いである。
そう、司法・行政・立法がちゃんと機能していて人心が穏やかならば、実のところスーパーヒーローは必要ではないのだ。理想とされる現代社会にスーパーヒーローは必要ではない、必要とするならばそれはその社会がまだ近代にとどまっている証拠である。もちろん、スーパーヒーローの不在=理想的現代社会ではない。そのことは今の日本を見れば分かる。
 そんなMr.インクレディブルに政府の謎の組織からヒーロー復帰の依頼が来る。少々太ってしまったMr.インクレディブルがダイエットや鉄道貨物置き場でトレーニングして鍛え直すシーンが笑える。そういえば、あまりアメリカンコミックのヒーローが日常のトレーニングや特訓しているのを見たことがない。スーパーマンなんかクリプトン星生まれの異星人だから強いという理屈で、腕立てや腹筋の必要はないのだ。日本のコミックやアニメのヒーローは何かというと特訓や修行だが、ここら辺大きな違いである。今年公開予定の『バットマン ビギンズ』では若き日のバットマンがチベットかどこかでリーアム・ニーソンから武術の指導を受け修行するシーンに重点が置かれているそうでちょっと珍しい。
 邦題では『Mr.インクレディブル』となっているが、原題は『THE INCREDIBLES』で『インクレディブル一家』とでもいったところか。実際、父親であるMr.インクレディブルの特殊能力は怪力だがあまり頭の回転は速くないようで、悪党シンドロームとその部下の美女にころっと騙されて捕まっておりあまり頼りにならない。それを助け支えるのが身体がゴムのように伸び縮みする奥さんのインクレディブル夫人(元イラスティ・ガール、子供が二人もいるのでさすがに“ガール”と名乗るのは止めたようだ)、透明になったりバリアを張ることの出来る娘のヴァイオレット、走ったりするスピードが超高速な息子のダッシュ、そしてまだ産まれたばかりの赤ん坊ジャック・ジャック。ジャック・ジャックの特殊能力は観てのお楽しみ。
 スーパーヒーローシステムが崩壊したのは社会の変革だけでなくその敵である悪玉がいなくなってしまったことが大きい。ジャンルは違うが、ソビエト連邦の崩壊で007シリーズの最大の的KGBがいなくなってしまい、それ以降停滞しいまだ迷走中なのと似通っている。今作の敵はスーパーヒーローに憧れそしてついになれなかった一人の悲しい男。インクレディブル一家がやっつけた爽快感の中でどこか悲しい。

 スーパーヒーロー御用達のコスチュームデザイナーの登場には笑った。そういえば、スーパーヒーローたちのあの衣装はどこから調達してくるのか案外謎だった。『スパイダーマン』のピーター・パーカーは器用にも手作りしていたようだが、その友人である『デアデビル』は目が見えないのにどうしているんだ?教会の神父に手伝ってもらってるんだっけか?
昔デザインした紺色のコスチュームを「嫌ね、古くさくて見たくもない」と焼き捨て、ポスターなどに登場する赤いコスチュームを作る。
「マントは?」と聞かれると「マントなんて駄目よ。格好良くないしそれに危険でしょ」と答える。
そう、これまでに何人ものスーパーヒーローがマントが絡まったり引