『南極物語』(1983) 145分 1983/07公開時に鑑賞
監督:蔵原惟繕 製作:古岡滉、鹿内春夫、蔵原惟繕 プロデューサー:森島恒行、蔵原惟繕 製作指揮:日枝久 企画:角谷優、蔵原惟繕 脚本:蔵原惟繕、野上龍雄、佐治乾、石堂淑朗 撮影:椎塚影 美術:徳田博 編集:鈴木晄 音楽:ヴァンゲリス
出演:高倉健、渡瀬恒彦、岡田英次、夏目雅子、荻野目慶子
暖冬だと言われつつもさすがに朝晩は冷え込んできた。うー寒い寒い。
しかし、南極よりはましだ。今の季節、南極は夏ですがそれでも零下30度や40度が平気であったりするそうだから、もう想像できないような冷え込み具合だ。
先日、南極観測隊が洗面器に入ったお湯を「せいやっ」でぶちまける実験をしていたが、地面落ちる前にそのお湯が水滴のまま凍っているそうで。瞬間湯沸かし器ってのはあるが、そっちのは瞬間冷凍機だ。
どう考えても南極には住みたくないと強く思った。ペンギンやシロクマってのは(シロクマはいないって)、何を好きこのんであんな極冠の大地に住んでいるのだろうか。“物体X”まで出没しやがるしな。ただしこの物体Xは1982年の『遊星からの物体X』であって、1951年の『遊星よりの物体X』のThe Thingではない。あっちはたしかアラスカが舞台だ。
今日はそんな南極を舞台にした映画だ。
タイトルはそのまんま『南極物語』。なんのひねりもない。
『なんたら物語』というタイトルの映画はクズであるの法則というのがあって、あるというかわたしが経験上編み出したんだが、その例に漏れずこの作品もクズだ。
ストーリーは有名なタロとジロに関する物。1958年、悪天候のため越冬観測をあきらめた日本の観測隊は南極観測船“宗谷”で日本に引き返すことになるが、15匹のソリ引き犬をヘリコプターに載せきらずそのまま取り残すことになってしまう。
そして翌1959年、昭和基地へと戻ってきた隊員達は元気そうなタロとジロ二匹の姿を目にする。人々は過酷な南極の冬を生き延びたそのたくましさに驚くのであった。
とまあ、それだけの話。それだけの話なのになんで145分もありやがるんだ。こんなの90分以内で充分だ。
人間が立ち去った後、15匹がどんな過酷な目にあったのかが展開され、クレバスに落ちたり、流氷に乗ってそのまま流されていったりして一匹また一匹と仲間が死んでいくのですが、それを誰が見たんだ。犬語の通訳を通じてタロとジロからインタビューしたのか?しかし、浅学なので犬語の通訳という存在を知らない。
ハリウッド映画に大型台風に巻き込まれて乗員が全滅したという実話に基づく『パーフェクトストーム』(2000)があるが、あれも船が出航した後のことは一体誰に聞いて脚本を書いたのだろうか。恐山のイタコでも脚本家に雇ったか?
タロとジロは絶対に死んだ仲間の肉を食ったと思うのだがその描写はなし。しかし『アンデスの聖餐』事件を描いた『生きてこそ』(1993)や『ひかりごけ事件』の『ひかりごけ』(1992)で分かる通り、人間だっていざとなれば死んだ仲間を食う。犬畜生のタロとジロが食わなかったと考える方が不自然だ。
それから、まだ少女時代の荻野目景子が「なんで犬たちを連れて帰ってこなかったんですか」と健さんをなじるシーンがあるが、南極の現場にいた人間はそれどころじゃなかったつーの。人間が生き残るんで精一杯だったんだわ、多分。それともなにか荻野目、人間を何人か残して代わりに犬たちを連れてくれば満足か。そんなに犬が大事か。お前は人間よりも犬やクジラ何かの方が大事だと思っている頭のイカれた動物愛護団体関係者か。だったら肉も食うな魚も食うな、野菜だって生きてるんだから食うな。土でも食ってろこのミミズ娘!と見た当時は思ったものだ。
全体的にあまりにもタロとジロはすごい、犬はすごい。一部の隊員を除く観測隊はひどい奴らだという論調だったのでわたしとしてはかなりむかついた。タロとジロに恨みはないが、あんまり美談にされるのもうんざりだ。
まあ監督が蔵原惟繕という時点で駄作クソ映画決定みたいな物だし、脚本に何人も名が連なっているのは大抵駄作の法則があるので『南極物語』がクソ映画なのはむしろ当然ではあるのだが。何で健さん出たのかなぁ。
クソ映画がクソなのは勝手にやっとれというところなのだが、一番イヤなのはこの作品が日本映画として観客動員数の歴代何位かに入っていること。日本人でいることがイヤになる瞬間だ。
