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2004年04月04日

『地獄のコマンド』 侵略を阻止しろ!

『地獄のコマンド』(1985) 監督ジョゼフ・ジトー 出演チャック・ノリス

 5月21日に『チャック・ノリス アクション DVD-BOX』が10,290円で発売される。
 これは買うしか!と思ったが、収録作品は『地獄のヒーロー』『デルタフォース』『テキサスSWAT』『野獣捜査線』そして『地獄のコマンド』の5本。あのー、『地獄のヒーロー』と『デルタフォース』はもう持ってるんですけど。しかも廉価版ではなくもちろん発売と同時に買ったのでそれぞれ3,980円。あーもう買わずに待ってた方が得だったってこと?せめてバラ売りもして欲しいんだがなぁ。

 実はわたしは割とチャック・ノリス好き。今回のDVD-BOXも『コマンド』『ヒーロー』『デルタ』『野獣』の4本は劇場で観ている。なんだ『テキサスSWAT』は観逃してるじゃないかと思う人もいるかもしれないが『テキサス』は劇場未公開のビデオ発売のみなのだ。そう考えると結構なチャック・ノリスファンって気もするが、大学のシネマ研究会のある先輩にはかなわない。この人は入部時に「好きな俳優は?」との問いに「チャック・ノリスです」と答えたばっかりにその場で“チャック”というあだ名が命名されてしまった。そして卒業までの4年間ずーっと“チャック”呼ばわり。っつーか今でもチャック。このままだと多分一生関係者の中ではチャックのままだろう。

 『地獄のコマンド』は原題の『INVASION USA』が示すとおりアメリカが侵略の危機にさらされるストーリー。といっても『若き勇者たち』のように軍隊が侵攻してくるのではなく、テロリストによる同時多発テロというのが今となってはタイムリーである。テロリストはイスラム関係ではなく(おそらく)ソビエトの手先。まだソ連があった時代である。チャック・ノリスはこのほかにも出世作であるベトナム戦争でのMIA(戦闘中行方不明者)奪還の『地獄のヒーロー』やイスララムテロリストによるTWA機ハイジャック事件を題材にした『デルタフォース』などがあり、映画の傾向から察するにおそらく愛国者でタカ派なのであろう。
 チャック・ノリスといえば元全米空手チャンピオンとして有名だがこの作品ではあまり格闘アクションはなく、写真の2丁UZIピストルの乱れ撃ちなどのガンアクションが中心だ。ショッピングモール内でのカーチェスはなかなかいい。
 終盤にはアトランタでと市街戦があり、極めつけはラストのバズーカによる至近距離銃撃戦。それ絶対バズーカの使い方として間違ってるって。しかも自分まで爆発で吹き飛びそうだし。てなことをツッコみつつもカッコいい!と拍手喝采してしまうのでした。ぱっと見は単なるヒゲのオッさんなんだけどね、チャック。

2004年04月07日

『地獄のヒーロー』 捕虜を奪還しろ!

『地獄のヒーロー』(1984)のDVD 監督ジョゼフ・ジトー 出演チャック・ノリス

 チャック・ノリス主演作としては日本初お目見えの作品で、これと言って突出したところのない凡庸なアクション映画。この後、なにかというとチャック・ノリス主演作は『地獄のヒーロー』のタイトルが付くが、ベトナム戦争戦闘中行方不明者(MIA)を扱ったブラドック大佐モノは3まで。個人的にはチャックファンやB級アクション映画ファン以外の人には、「戦争中に死んだと思っていたベトナム人女性の妻と子供を取り返しに行く」という戦争+父子モノの佳作『地獄のヒーロー3』しかお勧めしない。

 割に楽しめる『地獄のコマンド』(1985)と監督はおろか脚本などのスタッフもほとんど同じなのだが、最初に言ったようにどうにも面白くない。こんなもんだろと適当に作った感じで制作側のこだわりが見えてこないのだ。
 主人公ブラドック大佐(チャック・ノリス)はベトナム戦争中に一度捕虜になったものの辛くも脱出したのだが、そのことを引きずったまま酒に溺れている元軍人である。その彼が何故再び単独でベトナムに赴き捕虜奪還作戦を始めるのかという動機が見えてこない。ストーリー的に細かく語らなくとも、せめて雰囲気だけでも作ってほしい。ベトナム戦争にこだわりのあるアメリカ人にとってはこれでいいのかもしれないが、そこが描けていないと「なんかヒゲオヤジが銃持って暴れてる」としか思えないのだ。
 途中、敵側が撃ったバズーカで子供を含めた無関係の通行人が巻き込まれて怪我をするシーンがある。これは「こんなに悪いヤツらなんだぞ。だから問答無用でやっつけてもいいんだぞ」という説明のシーンであって、見ていてあまり良い感じはしない。
 どうにも辛口の感想になってしまったが、まこんなものだろう。
 ただ、同じくMIAモノの『ランボー2 怒りの脱出』(1985)より『地獄のヒーロー』(1984)の方が1年早いことだけは補足しておく。『地獄の7人』(1983)はさらにその1年前だが。

2004年04月22日

『シャーキーズ・マシーン』 アトランタ、風紀課刑事根性

『シャーキーズ・マシーン』(1982) 監督・主演:バート・レイノルズ

陽気なタフガイ役が多いバート・レイノルズだが、この作品はかなりハードボイルドな色合いが強く仕上がっている。ヘンリー・シルヴァの狂ってる敵役や風紀課の刑事達など脇もしっかり固めていて、単なるワンマンスーパー刑事モノではない、かなりイイ出来だと思う。本人が監督も務めており、所々をのぞいて押さえた演出を揮っている。で、レイノルズ・ファンにはその所々の暴走振りもまた楽しい。
だが、「ヘナチョコヒゲオヤジと毛皮のコートの女、そしてパースのいい加減な大型リボルバー」という安っぽいイラストによるDVDパッケージはなんとかならなかったのだろうか。「これイイよ」と言っても説得力が後押ししてくれない。

ヤク中や売春婦を相手の毎日ですっかりやる気をなくしているアトランタ警察風紀課の刑事連中。そこに、麻薬課の凄腕刑事シャーキーが捜査上のトラブルから左遷されてくる。ある高級娼婦を調べる内に殺人事件に出くわしたシャーキーは「これは俺のヤマだ」と殺人課に連絡せず独自に調査を続ける。そんなシャーキーを見ている内に風紀課の刑事達は失っていた誇りを取り戻し、シャーキーの一味(SHARKY'S MACHINE)となって捜査に加わる。プロの刑事の動きを始めた彼らの前に、大物政治家が絡んだ陰謀が現れる。

ダメになっていた奴らが復活していくくだりバート・レイノルズの最高傑作『ロンゲスト・ヤード』(1974)を思わせる集団モノである。大物政治家と高級売春婦というのはクリント・イーストウッドの『ガントレット』(1977)に似ていなくもないが。
すっかりイカれた敵役を演ずるはヘンリー・シルヴァ。こめかみをヒクつかせたらハリウッドで右に出る者なしだ。イカれた悪党にはイカれた死に方が似合うもので、ラストでは「ウォー、バン、ガシャン、ヒュー、ドシン!」だ。

で、このままハードボイルド刑事映画らしい苦みの残るザラついた終わり方をするのかと思ったら・・・ある意味、映画史に驚天動地を残したラストシーンが待っていたわけで、それを「全部ぶち壊し」と思うか「これも味だ」と思うかは、観終わってのあなたしだい。

2004年04月23日

『スタートレックV新たなる未知へ』 そういうヤツさ、カークってのは

『スタートレックV新たなる未知へ』(1989)のパンフレット 監督・主演:ウィリアム・シャトナー 出演:レナード・ニモイ

スポック役のレナード・ニモイが監督したシリーズ4作目『故郷への長い道 スタートレック4』(1986)が作品的・興行的両面で成功を治めたのがきっと悔しかったのだろう、5作目の『新たなる未知へ』(1989)ではカーク船長のウィリアム・シャトナーが初監督としてメガホンを取ることになった。
きっと、「俺にも監督やらせろ」とごり押ししたに違いない。ウィリアム・シャトナー本人のことは知らないが、ジェームズ・T・カークの事なら再放送で観た『宇宙大作戦』からの長い付き合いだ。
『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの沖田艦長や古代の様に部下に厚く信頼されているわけでもなく、頭が切れたり知識が豊富なわけでもなく、その場の勢いや勘などで回りの迷惑考えずに猪突猛進に突き進む短躯猪首な男。そう、そういうヤツさ、カークってのは。

スポックの腹違いの兄であるバルカン星人が悪事を企み、(中略)で色々あったあげく宇宙の果てにある誰も越えることの出来なかった大障壁の向こうにある伝説の惑星にたどり着くエンタープライズ。
見渡す限り荒野のその惑星に降り立ったカーク達。突然大地が揺れるとあふれんばかりの光と共に“神”が現れ彼らに話しかける。
「わたしは全知全能の存在だ。よくぞ試練として与えた大障壁を越えてここまで来た。我が知恵を宇宙の隅々まで広げたい。そのためにお主らの宇宙船を使わせてくれ」
神の重々しい威厳にすっかり圧倒されている面々。(旧約聖書でモーゼがシナイ山で燃える柴の中の神と会話するくだりがあるが、それをイメージしたのではないだろうか)
だが、場の雰囲気など一切考えずにカークが“神”に疑いの質問をする。
「ちょっと、ちょっと質問させてください。全能の神だったら何で宇宙船が必要なんですか」
「おいおい、よせよ。神に無礼だろ」とDr.マッコイが止めに入るが、気にせず続けるカーク。
「神だったら宇宙船なんかいらないでしょ」「あんた本当に神なんですか」「神だって言うならその証拠を見せてください」
全くもって不遜な口ぶり。証拠見せろってあんた小学生のケンカか。
さすがに怒った神は「これが証拠だ」と目からビームを発してカークを吹き飛ばす神。
だが、「神だとしたら何故怒る?神だったらこれぐらいで怒らないだろ」とカークはめげない。
そんな彼を見て仲間達も次第に神を疑い始め、ついに神はその正体を現す。大障壁は人類への試練ではなく、神を称す謎の精神生命体を幽閉する牢獄で、もし宇宙船を渡していたら宇宙が危なかったのだ。

ひねくれ者で何でも疑ってかかり、ちょっとそっとでは信用しない。そんなイヤな男だったからこそ宇宙は救われた。まったく、そういうヤツさ、カークってのは。

2004年04月26日

『シリアル・ママ』 コマったヤツらは、皆殺し

『シリアル・ママ』(1994) 監督:ジョン・ウォーターズ 主演:キャスリーン・ターナー

「シリアル・ママ フロム、ニューオリンズ~♪」
いや、あれはルイジアナママか。

バードウオッチングが趣味の善良な母親。しかし、その正体はムカつくヤツらは皆殺しの連続殺人鬼(シリアル・キラー)、その名もシリアル・ママだったのだ。読んでいる本もカバーこそ鳥類図鑑だが、中身はチャールズ・マンソンの写真が載った殺人鬼全集。
例えばレンタルビデオを巻き戻さないで返却する客、駐車場の順番待ちで割り込むヤツ、ゴミの分別をしないヤツ、などなどの困った人々が次々とシリアル・ママの餌食になるのだ。シリアル・ママを演ずるはキャスリーン・ターナー。にこやかに笑いながら本気で楽しそうに人を殺していく。罪悪感の欠けらもなし。
『アニー』の『トゥモロー』が流れる中で子羊(?)のもも肉で殴り殺すところは、『時計仕掛けのオレンジ』の『雨に唄えば』と並ぶ映画史に残る殺人シーンの一つだ。
実はここら辺結構共感するものがあって、わたしも普段の生活の中で遭遇する困った人々にやはりムカつくことがある。こんな時、シリアル・ママがいてくれたらと思ったりもする。もっとも、気付かないうちに自分自身が困った人になっていて、シリアル・ママに殺されちゃってるのかもしれない。
ついに逮捕され殺人罪で起訴されるが、裁判では弁護士を首にすると自ら弁護を始め、あれやこれやで証人の証言をくつがえし陪審員を丸め込んでなんと無罪を獲得。
アメリカの司法制度というのは厳格なのかいい加減なのかよく分からないところがあり、例えばO・J・シンプソン事件にしてもわたしはO・J・シンプソンがやったんだろそりゃと思うが、刑事裁判では最強の弁護団の弁護もあってか無罪になった。逆に今話題のマイケル・ジャクソン事件は幼児がらみの忌み嫌われる犯罪ということで圧倒的不利な状況だ。陪審員に悪い感情を持たれたら難しい裁判になるのだろう。もっとも、陪審員は感情論ではなくきちんと論理的に話し合っているとも聞くが。
「ママが殺人鬼?まさか」と振り回される夫、息子、娘の三人のドタバタぶりも楽しい。裁判所では「ママは無罪だ」とビラを配って訴えるが、いざママが無罪になって家に帰ってくることになると、さてどうしようと困惑する有様。

悪趣味大王ことジョン・ウォーターズが初っ端から「これは実話です」と大嘘をカマすブラックコメディ。
もっとも、ジョン・ウォーターズは『ピンク・フラミンゴ』(1972)こそあまりにもアングラな悪趣味で塗りつぶされていて観客を強く選ぶ映画だったが、それ以降の作品は例えば同じディヴァイン主演モノの『ポリエステル』(1981)や『ヘアースプレー』(1988)などでもヘンな作品ではあるが一般客でも観ることが出来る。
『クライ・ベイビー』(1990)や『I Love ペッカー』(1998)なんかはかなり普通だし。

ともあれ、これだけははっきり言えるとしたら、秋になったのにまだ白い靴を履いてちゃ駄目だ、ってことかな。


*念のため。
シリアル・ママのシリアルはシリアル・ナンバー(通し番号)と同じシリアルで綴りはserial。
コーンフレークのシリアルは綴りがcereal。
最初の文字がsかcかで違ってくる。発音は同じだそうだが。

2004年05月01日

『ズーランダー』 スーパー・バカ・モデル伝説

『ズーランダー』(2001) 監督・脚本・主演:ベン・スティラー 出演:クリスティーン・テイラー

おバカ映画との評判だったので興味を引かなかったのだが、観てみるとこれがちゃんとしたバカ映画だった。世間ではバカ映画とおバカ映画を混同されている場合があるが、わたしにとってこれらはれっきとした別物だ。

デレク・ズーランダーは売れっ子の男性モデル。しかし、4年連続の最優秀男性モデル賞を逃してしまい、さらには友人三人がガソリンスタンドでガソリンをかけ合って遊んでいて爆死。失意のズーランダーはモデルからの引退を宣言し、故郷に帰り父(ジョン・ヴォイド)や兄弟と一緒に炭坑で働くことにする。
しかし、ひ弱なズーランダーは炭坑ではまるで役に立たず、酒場のテレビで流れた“人魚の格好をしている”CMを仲間から笑われ、父親からもう戻ってくるなと言われてしまう。
再び、ニューヨークに戻った彼に、トップデザイナー“ムガトゥ”から次のショーでの主役の話がくる。心機一転やりなおそうとトレーニングに入るが、その最中に催眠プログラムで殺し屋に仕立て上げられてしまう。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの『リラックス』(懐かしいね)を聞くと本人は無意識のままマレーシアの首相を暗殺してしまうのだ。そう、これは最低賃金の引き上げや児童労働を禁止し、ファッション業界の現地下請け企業にダメージを与える首相の政策に反発してのものだったのだ。
果たして、ズーランダーは悪の陰謀に打ち勝つことが出来るのか?

カッコはイイが脳みそは薄っぺらな売れっ子モデルのパロディを演ずるのはベン・スティラー。先日紹介した『ミステリー・マン』で主役の怒りっぽい男を演じていた男だ。割と整った顔立ちなので今回の役もそんなに無理がない。それでいてこの作品では監督・脚本も手がけている。才人なのだ。
ヒロインのタイム誌女性記者役のクリスティーン・テイラーはベン・スティラーの実の妻。この作品の時点ではすでに結婚している。おしどり夫婦なんだろうか。もっとも、芸能界はおしどり夫婦でもすぐ離婚するが。
ライバルモデルのオーウェン・ウィルソンなど脇役やカメオ出演がかなり豊富。
わたしが気がついたのはミラ・ジョヴォヴィッチ、クリスチャン・スレイター、キューバ・グッディング・Jr、ナタリー・ポートマン、レニー・クラヴィッツ、デヴィッド・ボウイ。
それからビリー・ゼイン(『山猫は眠らない』『タイタニック』)もいたが、頭を坊主にしていたのはテレビムービー『インビンシブル』が同時期の撮影だったせいか。なにやら、『コータローまかりとおる!』(1984)の天光寺役のために坊主にしていた大葉健二が特番『宇宙刑事全員集合』に坊主頭で出て来たのを思い出す。
ズーランダー「どうしたの、ハゲちゃって」
ビリー・ゼイン「ハゲじゃない、剃ってるだけだ!」
のやり取りが欲しかったところ。いや、いらないか。

それからの展開も見事にバカで、しっかり笑わせてもらいました。
ラストの敵の攻撃をああやって防ぐとは・・・「マグナームっ!」最強。

残念なのは、失意のまま田舎に帰ったズーランダーに対する家族の対応ぶり。
ズーランダーが炭坑の仕事を満足にこなせないことで距離を置くのはともかくとして、テレビで流れた「人魚の格好をした」CMを仕事仲間に笑われたときには、
父親が「うるさい、わしの息子の仕事を笑うんじゃない!たしかにこいつは筋肉もなく頭も足りない。炭坑じゃクソの役にもたたん。しかし、みろあのテレビのCMを。何十万という人があれを見る、それに対して息子は体一つで頑張っているんだ。もしもまだモデルなんて男の仕事じゃないという奴がいたら俺が勝負してやる」ぐらい言って欲しかった。せっかくジョン・ボイド使ってるんだしさぁ。
でもラストにちょっと見せ場はあるんだけどね。

2004年05月30日

『知らなすぎた男』 ビデオ屋勤務のスーパー・スパイ

『知らなすぎた男』(1998) 監督:ジョン・アミエル 脚本:ロバート・ファラー 出演:ビル・マーレー、ジョアン・ウォーリー

ここ数年のコメディ映画の中では一番好きな作品だ。
『知らなすぎた男(The Man Who Know Too Little)』というタイトルはもちろんヒッチコックの『知りすぎていた男(The Man Who Know Too Much)』のパロディだ。『知りすぎていた男』は巻き込まれ型サスペンスの傑作だが、『知らなすぎた男』は巻き込まれているというのにまるっきり気づいていないサスペンスコメディである。

弟に会うため主人公ウォレル・リッチー(ビル・マーレー)がアメリカはアイオワ州からイギリスにやってきた。ところが、その晩は弟が取引先の要人を招いて夕食会を開くことになっており、困った弟夫婦は青年時代に俳優志望だったウォレスを体験型演劇“シアター・オブ・ライフ”に送り出す。
“シアターオブ・ライフ”とは実際の街中で自分が劇の主人公として活躍出来るという出し物。相手役はプロの俳優なので、自分はセリフなどを覚えずに好きにやってもちゃんとアドリブで合わせてくれるようになっている。
公衆電話で“シアターオブ・ライフ”からの連絡を待つウォレス。ところが、偶然にもそこに“本物”の殺し屋スペンサーに宛てた仕事依頼の電話がかかってきてしまう。実は、イギリスとロシアの諜報部が協力して、その晩に行われる両国の友好条約締結会場での爆破計画が進行中だったのだ。
指示された番地に向かうウォレスはこれから起こることは全て劇だと思っている。だが、そこに登場するのは役者ではなく本物の殺し屋やスパイなどの悪党ども。はてさて、ウォレスの運命は・・・

運命は・・・というと、殺人現場に出くわし、殺し屋に追われてカーチェイスになり、警官に逮捕され、拷問され、銃で狙撃されと、危機また危機の大騒動。ところが、ウォレスは全部劇だと思っているのでどんな危ない目にあっても平気で楽しんでいて、しかも自分の役はアメリカのスパイだと勘違いしてすっかりその気で振る舞う。そんなウォレスを見て、敵や周りの人間は彼のことを死をも恐れぬスーパー・スパイだと勘違いしさらに騒動は広がる。
普通ならば途中で事件が現実だと気づきそうな物だが、最後の最後まで徹底して主人公に劇だと思いこませているところが実に良い。
かなり強引な設定なのだが、それを成立させているのがウォレス役ビル・マーレーの存在だろう。この額が広くのっぽなな俳優には、常識の意味をなくしてしまう化け物的なところがあり、周りの視線など気にせずひたすら好きなように突き進んでいく。『パラダイス・アーミー』(1981)しかり『ゴースト・バスターズ』(1984)しかりだ。

もちろん、そのストーリーゆえに無理をしている部分もあるが展開の早さから観客に疑問を抱かせることはあまりないだろう。脚本として統合性を失ってはおらず見事な出来だ。序盤での様々な伏線の盛り込み方も良い。

そういえば「コメディなのにギャグが少ない」と文句を付けている頭の悪い人がいた。
そもそも設定自体やシリアスな危機的状況を劇だと思いこんでいるウォレスの存在がギャグであって、それを最大限に活かすのが演出・脚本の役目である。無理に細かなギャグを押し込んで映画自体を台無しにしては本末転倒だろう。この作品はシチュエーションコメディなのだから。(というか、かなりギャグがあると思うのだが)
おそらくこのひとは“おバカ映画”を見過ぎている人なのだろう。
言っておくが、『知らなすぎた男』はバカ映画ではあるが断じておバカ映画ではない。そこんとこよろしく。

2004年06月04日

『スナイパー』 鉄砲片手に銃規制を謳う

『スナイパー』(2002) 監督:カリ・スコグランド 出演:ウェズリー・スナイプス

『ボーリング・フォー・コロンバイン』(2002)+『フォーン・ブース』(2002)といった趣である。
つまらないものにつまらない映画を足したのだからこれまたもちろんつまらない。

某高校での生徒による銃乱射事件で娘を失った男ジョー(ウェズリー・スナイプス)が怒りに燃え復讐に立ち上がる。標的になるのは「おのれらが銃を作るからいかんのやんけぇ」という理由で銃器製造メーカー。そこで、南北戦争当時から銃製造会社を営んできた一族の女性に目を付ける。彼女を街頭のホットドックスタンドに足を手錠でつなぎ、自分は少し離れたビルから携帯電話を使って彼女に連絡し、また彼女経由で警察やマスコミと接触する。
「オレの言うことを聞かないと撃ち殺すぞ」
狙撃用ライフルの照準をあわせながら男は脅す。
って、お前は銃に怒りを覚えてこの事件を引き起こしたんじゃないのか。自分も銃を使ってどうするよ。しかもかなり大型で殺傷力強そう。それで警官やテレビのレポーターを実際に射殺してしまいその上で銃規制を訴えるのだから、なにが言いたいのかもやりたいのかもさっぱりだ。
どうもジョーは元CIA特殊工作員で、過去には世界中で活動していたなどということが語られる。その頃の心の傷が犯行理由の一つとなってきて、さすがにもう何を況やである。あちこちでさんざん暴れてきて、いざ自国で娘が乱射事件に巻き込まれるとブチ切れて人殺しとはたちが悪い。政治家と癒着して汚く稼いできた銃器メーカーの会長が悪者ということで話は終わるが、ジョーの方がよっぽど悪人なんじゃないと思えてしょうがない。
下手に社会問題を持ち込んだのでサスペンスとしてはグダグダ。銃問題を世間に訴える手段として狙撃事件を起こし、更には眉も動かさず冷静に警官を射殺するあたり、ジョーが静かに狂っていることの証である。そこら辺をもうちょっと踏み込んでくれれば面白くなったのかもしれない。
いっそのことジョーが「銃反対!規制しろぉ!撲滅だぁ!」と叫びながら銃を持っている連中を次々撃ち殺していくブラックコメディってのはどうだろうか。

ところで、銃器メーカーの会長が電話先のジョーに向かってこんなセリフを言う。
「お前は会社人間(company Man)か?いや、会社人間(company Man)ならこんなことはしないな」
・・・会社人間ってなぁ・・・ジョーは残業や休日出勤ばかりで家族との交流がなかったのが原因なのか。
いや、ジョーが特殊訓練を受けてたことのある人物だと分かった後のシーンなのだから、このcompany manはCIA関係者の意味の隠語だろ、普通。
CIAのことをCompany、CIAの仕事をCompany businessと呼んだりするのはハリウッド映画では常識だと思うのが、単に知識として知っていなくても、なんで会長が“会社人間”であるかどうかを気にしているのか字幕翻訳者は疑問に思わなかったのだろうか。もちろん、話の流れから言っても“会社人間”は関係なく、そこでちょっと調べればCIA関係者のことだと分かるものだろうに。
外国語がろくに分からない私の場合、どうしたって字幕や吹き替えが頼り。鑑賞料などの一部は翻訳料として払っているのだから、ぜひともプロとしての仕事をお願いしたいものだ。

2004年06月08日

『最終絶叫計画』

『最終絶叫計画』(2000) 監督:キーナン・アイヴォリー・ウェイアンズ 出演:アンナ・ファリス/ジョン・エイブラハムズ/ショーン・ウェイアンズ

ホラー映画をパロったバカ映画。
ベースとなっているのは『スクリーム』シリーズと『ラストサマーシリーズ』ですが、他にも『マトリックス』、『ブレアウィッチプッロジェクト』などてんこ盛り。
逆に言えば、そこら辺の作品を観ていないと、取り残されてしまうかもしれない。
わたしはパロディのもとになる作品はかなり観ていたが、この映画はほとんど笑えなかった。
ガスレンジにかけていたポップコーンが、電話中に超巨大に膨らんでいるとか、殺人鬼に追いかけられて、階段からおばあちゃんやピアノなどを落とすというギャグのためのギャグでは少し笑ったが、全体的に悪い意味での下品であふれかえっていて、「下ネタやりゃあ客は笑うだろう」という安易さが見て取れる。
バカと頭が悪いは違うわけで、個人的分類としてはこの作品は頭が悪い映画になる。

映画館で話しまくり携帯電話かけまくりの女の子が、殺人鬼が殺そうと思っている間に怒った周りの観客によってたかって殺されてしまう場面はよし。

『サイダーハウス・ルール』

『サイダーハウス・ルール』(1999) 監督:ラッセ・ハルストレム 脚本・原作:ジョン・アーヴィング 出演:トビー・マグワイア/シャーリズ・セロン/デルロイ・リンドー/ポール・ラッド/マイケル・ケイン

孤児院で望まれぬ子として生まれ、2度引き取られるも2度とも孤児院に返されてしまい、そろそろ少年から青年になりかかった一人の男。
そんな主人公の“自分探し”のお話です。

自分は何のために生まれたのか、自分は何をすべきなのか、自分を必要としてくれる人はいるのか。
孤児院を出た主人公は果樹園(Cider house 果実もぎ労働者の宿舎)で働き始めます。
人は出会い、愛し合ったり、時には死んだりもします。
そして主人公は自分のなすべき仕事を見つけます。
それは、彼の中にもともとあったものなのか、出来事の中で生じたものなのか。
なにはともあれ、彼は自分を見つけます。
自分探しか~、若いときに一度はかかるハシカみたいなもんだよなぁ。かからない人はかからないけどね~。

てなことよりも、マイケル・ケインがやはりいい。
シリアスからコメディまでこなすイギリス俳優の鑑。
時々、『ジョーズ87復讐編』などわけの分からん作品に出る仕事を選ばないあの姿勢。
カッコいいですな。
今回はシリアスなマイケル・ケインでしたが、動きひとつひとつがとても洒落てます。
マイケル・ケインファンなら観るべし。
おやすみ、メイン州の王子。ニュー・イングランドの王

『サイン』

『サイン』(2002) 監督・脚本:M・ナイト・シャマラン 出演:メル・ギブソン/ホアキン・フェニック/ロリー・カルキン/アビゲイル・ブレスリン

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で“The”を省略せずにちゃんと邦題(といってもカタカナ化しただけですが)に含めておいたというのは、結構画期的だったわけです。なかには『ザ・インターネット』などという、そりゃ母音に付いてるんだから『ジ・インターネット』なるんでないかい?なんてのもありましたが。
 しかし、複数形の“s”に関しては相変わらず省略されているのがほとんどで、『サイン』もこれ原題は『SIGNS』ですから正確には『サインズ』ですよね。“サイン”とはミステリーサークルが世界中の畑などに出現し、それが実は宇宙人が道案内に付けた“サイン”のことなのですが、おそらくは“神が示した奇跡”という意味もあるのではないのかと。ただ、わたしの英語はてんでダメですので、詳しくは菊池浩二にでも聞いてください。

 でもって、『サイン』ですが、これはある日メル・ギブソンのトウモロコシ畑にミステリーサークルが出来る。最初は悪ガキのいたずらだと思っているのだが、世界中の畑に出現する。そして、UFOが空を飛び始め人が襲われたとテレビなどが報道する。果たして人類の命運やいかに・・・。しかし、この作品はSF映画でもサスペンス映画でもありません。
実は宗教映画だったのです。

 主人公のメル・ギブソンは元は牧師だったのですが、妻の交通事故死により神を信じることが出来なくなり信仰を失ってしまいます。それが、宇宙人の襲来で弟と自分の二人の子供と共に家に立て籠もり、戦いの中で(といっても大した戦いではありません。そもそも宇宙人の弱点というのが・・・秘密にしときますが、「そりゃないだろ」っていう弱点です)神の奇跡に出会い信仰を再び取り戻す、とまぁ言ってしまえばそれだけの映画です。『シックス・センス』や『アンブレイカブル』と同じくストーリーには相変わらず何のヒネリもありません。シャマランの脚本は毎回「衝撃の」とか「意外な結末」とか言われてますが、ほんとーにそーなんでしょうか?わたしには「また、そのまんまかよ」としか思えないんですが。

 UFOや宇宙人にしろほとんどがテレビのニュースでの粗い映像ばかりで、実際の宇宙人がスクリーンに姿を現すのはラストのほんの短い時間。それも暗い室内においてなのではっきりとは分からないというのは上手い表現だと思います。『リターナー』のこれみよがしのVFXとは大違いです。
 しかし、脚本・監督のM.ナイト・シャマランが妻を車で轢き殺してしまった男の役でまたもや出演までしているのはちょいと調子に乗りすぎ。
 メル・ギブソンが家に帰ると子供達と弟が宇宙人に思考を読みとられないためにアルミホイルで作ったヘルメットを頭にかぶっているなど、笑えるシーンもいくつかあったのですが、劇場内はシーンとしていて笑っているのはわたしだけでした。なんでやねん。

 ところで、宇宙人を退治してメル・ギブソンは神の奇跡を認めるんですが、宇宙を神様が作ったんならば宇宙人も神様の手によるはず。神様は宇宙人は助けてあげないんでしょうか?結局キリスト教徒しか救ってくれないの?えこひいきなんだね神様って。

 評価:100円 キリスト教徒の人ならば評価は違うのかもしれませんが、わたしは宗教には興味がないのでこの金額になりました。宗教映画というのはまぁほとんどが退屈な物と相場が決まってます。

『殺人地帯USA』

『殺人地帯USA』(1961) 監督・脚本:サミュエル・フラー 出演:クリフ・ロバートソン/ドロレス・ドーン/ベアトリス・ケイ

 少年は父が殺されるのを目撃する。
 大人になった少年は、偶然出会った殺人者の一人から残りの3人の素性を聞き出す。
 犯罪組織のボスとなった殺人者に復讐するために男は組織に潜り込む。
 殺しの前に必ずサングラスをかける組織の殺し屋。
 繰り返される殺人。

 なんせ特別公開ということで字幕がないままだったから往生した。英語はなぁ・・・。もちろんフランス語とかドイツ語とかもダメだけどさ。
 代わりに画面だけに熱中することが出来たのでたまにはそういうのもいいだろう。

『地獄への挑戦』

『地獄への挑戦』(1949) 監督:サミュエル・フラー 出演: ジョン・アイアランド、プレストン・フォスター

たった10日で撮影された、サミュエル・フラーの監督デビュー作。
親友ジェシー・ジェイムズを射殺した男が破滅していく様を描いているが、ジェシーを撃つまでになかなか思い切れなくて迷っているところなどが面白い。
この頃からフラーの徹底したシビアさが画面から伝わってくる。

『シックス・デイ』

『シックス・デイ』(2000) 監督:ロジャー・スポティスウッド 出演:アーノルド・シュワルツェネッガー/トニー・ゴールドウィン/ロバート・デュヴァル/マイケル・ルーカー

『ターミネーター』をリアルタイムで観たものの宿命として、アーノルド・シュワルツェネッガーの出演作は観てしまうのだ。
『キンダガーデン・コップ』や『ジュニア』のような観る前からつまらなそうな作品だって観るし、それどころかシュワルツェネッガー監督作品の『キッチン・ウォーズ 彼女の恋は五つ星』だって映画館で観た。
もちろん、『シックス・デイ』も観てしまうわけである。

「いきなりの日テレジブリ豚の遠吠えには驚きましたね」

提供のパイオニアや日テレのクレジットから始まったからな。その後には東宝東和配給ならではの邦題のクレジット。変わる物があれば変わらぬ物もありだ。

舞台は近未来。ごくごく近い近未来だとオープニングで語られる。
クローン技術の発展に伴い、人道的立場から人間のクローンを禁止する法律“6d法”が制定された時代。
シュワルツェネッガー演ずるアダムは悪人の手によってクローンされてしまう。家に帰ったら自分がもう一人いるではないか。あいつは誰?俺は誰?とか言っている間に事件に巻き込まれていくのだが・・・

まず、悪人たちがアダムをクローンする理由がバカ。
単なる人違いってどういうことだよ。

「一人をクローンするのに120万ドルかかるって言ってましたが、そんなにお金がかかるなら、クローンする前にちょとした事前調査ぐらいすればいいと思うんですけどね」

悪人たちの人数は少ないんだけど、殺しても殺してもまたクローンで生き返ってくる。
生命の倫理もへったくれもあったもんじゃないな。
アダムの職業は観光ヘリのパイロットなのだが、そのくせして敵の本拠地に乗り込んだときに、監視カメラをレーザーガンで正確に射撃するなど戦闘慣れしているんだ。軍隊に所属していたことがあって、戦争経験もあるらしい。
ベトナム戦争ってことはないだろうから、するってーと、近未来までにアメリカはまた戦争をするんだな。
どこの国が相手なんだろうねぇ。世界情勢から考えるに北○○かな?
(その後、アフガニスタンでドンパチがありました)*追記
(と思ったらイラク戦争でした)*追記

「すると、日本も巻き込まれるんですかね」

う~ん、どうかねぇ。でも、ショッピングモールにPioneerの広告が出ていたから日本は無事なんじゃないか?
そして、最後は二人のアダムが一緒になって敵の本拠地で大暴れだ。
ジャン・クロード・ヴァン・ダムの『ダブルインパクト』やジャッキー・チェンの『ツインドラゴン』みたいなもんだ。
ちょっとしたどんでん返しや主人公の名前がアダム(当然、最初の男性だわな)といったところはあるが、特にここがスゴいってのはなかった。
ロバート・デュバルやマイケル・ルーカーが出ていたのが収穫かな。

『60セカンズ』

『60セカンズ』(2000) 監督:ドミニク・セナ 出演:ニコラス・ケイジ/アンジェリーナ・ジョリー/ロバート・デュバル

主演のニコラス・ケイジなんだが、『コンエアー』とか『ザ・ロック』とか最近はマッチョ的な役柄が多いな。
昔は貧弱な坊やの見本のような男だったのに。
ブルワーカーを使ったかな?

「そんなわけないでしょ」

んじゃ、トータル・ジム。

「それはチャック・ノリスですってば」

顔的にはロバ似で間延びしてるから2枚目俳優じゃないと思うんだが、アメリカでは感覚が違うのかな?いや、嫌いな役者じゃないんだが。神経質っぽい切れた演技とか好きだな。
『ワイルド・アット・ハート』なんかは好きなんだが。

全体的にダラダラした印象は拭えなかったね。
ラストのカーチェイスになってからようやく少し盛り上がるが、それもたいしたことない。
だいたい、ようやく盗んだ高級車なんだから、壊しちゃダメだろニコラス・ケイジ。
仲間の裏切りとか、ヘロイン入りの車を盗んだんだからそれで一騒動あるとか、もっとアイディアはいろいろあると思うんだが。
ロバート・デュバルを久々に観れたのが数少ない収穫かな。
まぁ、無理して観る作品ではなかった。
そもそも、なんでいまさら『バニシングin60』のリメイクをするのかが分からない。
車泥棒の話しを撮ろうと思ったら、たまたま思いついたのかな。

『シャンハイ・ヌーン』

『シャンハイ・ヌーン』(2000) 監督:トム・ダイ 出演:ジャッキー・チェン/オーウェン・ウィルソン/ルーシー・リュー

『シャンハイ・ヌーン』、『シャンハイ・ヌーン』って字ばかり見ていたので気づきませんでしたが、『SHANGHAI NOON』ってタイトルは『HIGH NOON(邦題:真昼の決闘』のオマージュだったんですね。劇場にてスクリーンでタイトルを見てようやく気づきました。
いかに、普段から物を考えていないかが分かるエピソードです。
あと、ジャッキーの役名のチョン・ウェンがジョン・ウェインと聞き間違えられて、「そんなのは西部の男の名前じゃないぞ」と言われるなどのくすぐりもあります。
あと、ワイアット・アープとか。

『ラッシュアワー』はジャッキーのアクション面に関して言えば不満の残るものでしたが、今回の『シャンハイ・ヌーン』はジャッキー自ら立案の企画だけあって、ロープや酒場の置物などを上手く利用して、細かいアクションやってました。 最近のジャッキーとしては珍しいクンフーっぽい武器を使っていたのも、アメリカ市場での観客へのわかりやすさのためでしょう。かなり練りこんだ企画だと思われます。
ジャッキーは早くから監督や製作をやっていましたからね、企画力や演出力もある人です。
難点を言えば、人物の整理がうまく出来ておらず、ジャッキーと結婚するネイティブアメリカンの娘は
危機一髪のときに助けに来るだけの、単なる便利キャラとなっていた点ですかね。
それでも、主役級の人物にはみんなそれぞれ見せ場があります。
ジャッキーの相棒ロイの弾丸1発しかない銃撃戦はいいですよ~。
あと、ラストの決闘シーンだけ観ると、ジャッキーより悪人にさらわれたペペ姫の方が強そう・・・

『ラッシュアワー』に次ぐ今作もバディ・ムービー(相棒映画)となっています。
今回の相棒ロイは口は立つが腕は立たないガンマン。
ジャッキーの英語がイマイチな点を考えると、今後もこのパターンが続きそうです。

ジャッキーのアクションの基本形は、攻めることではなく逃げることだと改めて思った次第。
あと、投げたオノを軽く相手にキャッチされるギャグは『プロジェクトA2』でもやってたよな。

『少林サッカー』

『少林サッカー』(2001) 少林足球 監督:チャウ・シンチー/リー・リクチー 出演:チャウ・シンチー/ン・マンタ/ヴィッキー・チャオ/カレン・モク/セシリア・チャン/ヴィンセント・コック/ウォン・ヤッフェイ/チン・グォクン

 いーぞー、『少林サッカー』は。
 笑い、燃え、そして泣ける。
 チャウ・シンチーが蹴ったボールは衝撃波を撒き散らし、ボールにぶつかった人は木の葉のように吹っ飛ぶ。器械体操の鞍馬の要領でボールを操る男が出てくる。デブが華麗に宙を舞う。ブルース・リー似のキーパーが「さぁシュートしてみろ」と手で招く。鉄の頭をしたオヤジのヘディングがきまる。そしておねぇちゃんがバナナの皮で滑って転ぶ。今時、バナナの皮で滑って転ぶなんてシーンが観られるとは思わなかったぞ。

徹底してバカ。もうどーしよーってぐらいにバカ。
 次から次と繰り出されるギャグの嵐にひたすら翻弄される。イケてるギャグからしょーもないギャグまであれこれと詰め込んであって、さすが中華料理の国だ。ギャグの満願全席。
 そして『ドラゴン・ボール』のようなアクションが実写で表現されている。そのためにCGIが使われているのだが、それは『マトリックス』をはるかに超えている。これこそ正しいCGIの使い方だ。もちろん、役者がちゃんと肉体訓練を行っているからこそ、VFXも活きてくるのだ。

 さらに、この映画のテーマは優れた技術を習得していながら、社会が変わってしまったためそれを活かすことが出来ず、誇りを失い進むべき道を失っていた男たち+女性1名が、自らを再生しそして復活していく物語なのだ。
 最初の練習試合で、反則暴力行為おかまいなしのチームと対戦し、殴る蹴るでボコスコにされ、ついにはパンツまで頭にかぶせられてしまう。
 それまでだったら、そのまま負け犬の道を選んでいただろう。しかし、彼らは悔しがり惨めがる中で、逃げ出さずに戦いの道を選ぶ。
 そして彼らのクンフーはよみがえる。
 映画中盤のこのシーンが個人的には一番肝だと思う。泣けるって、いやほんとに。

 トーナメントの最初の対戦チームに『食神』で悪いコックを演じていた人がいるが、少林隊に得点を取られまくる中、彼は叫ぶ。
「こんなのはサッカーじゃない。俺はサッカーがやりたいんだ!」
 それはある意味正しい。
 ただ、少林隊のはサッカーじゃなくて少林サッカーなのだ。

2004年06月09日

『ショック集団』

『ショック集団』(1963) 監督・原作・脚本:サミュエル・フラー 出演:ピーター・ブレック/コンスタンス・タワーズ/ジーン・エヴァンス/ジェームズ・ベスト

 精神病院に潜入した記者が出会う狂った世界。
 正気が失われていく。逃げ道なしのいく先にあったのは…
 精神病をかわいそうだとかの同情など下らないことはいっさい排除して、病院内の狂気を描ききっている。
 これじゃ実は精神病棟ではなく日常の世界かも知れない。あなたの隣人やあなた自身が狂っていないと誰が断言できよう。
 なんといっても黒人のKKK団員が面白かった。

『スターリングラード』

『スターリングラード』 (2001) 監督・脚本:ジャン・ジャック・アノー 出演:ジュード・ロウ/ジョゼフ・ファインズ/レイチェル・ワイズ/ボブ・ホスキンス/エド・ハリス

ああっ、ドイツ軍の制服を着たエド・ハリスのなんと凛々しいことっ!
あの深い青色の瞳に、わたし吸い込まれそうですわっ。
とか、おもわずエド・ハリス萌えしてしまうぐらいエド・ハリスがカッコいいんである。
もっとも敵役の狙撃兵なのだが。

一人のロシア狙撃兵が、政策によって新聞にて英雄に祭り上げられていくのだが、そのあたりがもう一つだったかな~。
監督はジャン・ジャック・アノーなんであまり期待していなかったが、その程度の出来。
主人公が狙撃兵だけあって狙撃シーンはなかなかいい。
気に入っているのは主人公のスコープの反射した光で主人公が隠れているのにエド・ハリスが気づくところっすね。
ラストは狙撃のためにお互いに潜んだままのシーン。
先に動いて居所を知られた方が負けの持久戦なのだが、どういうわけか、面と向かっての西部劇風の決闘になってしまった。

ちょこっと戦争映画の範疇とは違うかもしれないが、やっぱり戦争映画はいいなぁ。
エド・ハリスもいいんである。

『スチュアート・リトル』

『スチュアート・リトル』 (1999) 監督:ロブ・ミンコフ 出演:ジーナ・デイヴィス/ヒュー・ローリー/ジョナサン・リップニッキー/マイケル・J・フォックス(声のみ)

養子をもらいに孤児院に行ったら、子供に混ざって何の脈略もなくネズミがいる。
説明もなーんにもなし。
でもって、そのネズミ(スチュアート)はリトル家に引き取られることになる。
だからといって全ての動物が人間としゃべれるわけではない。猫とスチュワートは会話できるが、猫と人間は会話できない。
ごーいんな脚本だねぇ。 ここまでくるといっそすがすがしい。
普通は、何故ネズミが人間がしゃべれるのかだとか、何故孤児院にいるのだとか、いろいろ考えてしまうものだが、そこら辺がさっぱりと切り落とされている。
冒頭の部分で「あー、ファンタジーなんだなぁ」と気づかないと作品に溶け込めないまま終わってしまうかも。
子供だと、そんな細かい話の辻褄なぞ気にせずに、話に入っていけるのかな?
不明。

スチュワートのSFXに力を注ぎ込みすぎた感があって、当初、スチュアートを気に入らなかったリトル家の実子の男の子(名前忘れた)との確執や、だんだんと仲良くなっていく描写がほとんどなかったのが不満。そこがこの作品の見せ場だったと思うんですが。

パーキンソン氏病のマイケル・J・フォックスがスチュワートの声を演じています。
エンディングで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のオマージュシーンもあるなど、マイケル・J・フォックスのファンは観ておいて損は無いかも。
マイケルのスクリーン復帰はあるのかな。クリストファー・リーブは車椅子の役で復帰しましたが。(そのままですけどね)

『スパイキッズ2 失われた夢の島』

『スパイキッズ2 失われた夢の島』(2002) 監督:ロバート・ロドリゲス 出演:アントニオ・バンデラス/カーラ・グギーノ/アレクサ・ヴェガ/ダリル・サバラ/スティーブ・ブシェミ

 うちの近くのシネマコンプレックスでは日本語吹き替え版しか上映していなかったところからも、メインの観客層が子供であることがわかる。
 とにかくひたすら悪ノリの映画で、無駄にスゴイVFX、無駄にスゴイアクション、無駄に力の入った演技の役者。この無駄っぷりを楽しめるかどうかで評価がまるで変わってしまうだろう。一言で現すならば「カトゥーン(トムとジェリーなんかのアニメ)を実写でやった」といったところだろうか。
 前作では様々なスパイ小道具が楽しませてくれたが、今回は電子機器などを全て向こうにしてしまう“トランスムッカー”という装置がストーリーの焦点になっており、せっかく重いのを我慢して持ってきた小道具は全て役に立たない。そんな中で、いざというときに役に立ってくれたのが一本の輪ゴムというのがなかなかよろしい。ただ、全体的に“お子様”スパイである意味があまりなくなっているのが残念なところか。
 主人公であるお子様のおじいちゃん・おばあちゃんが登場するのだが、この二人はアントニオ・バンデラスの奥さんの両親である。日本では旦那のお母さん、つまり姑さんがうっとおしいものとして出てくることが多いが、アメリカ映画では奥さんの親、特にお母さんの場合が多い。文化の差であろう。でもって、このおじいちゃん・おばあちゃんも元スパイなのだが、おじいちゃん役は『スタートレック2カーンの逆襲』のカーンを演じたリカルド・モンタルバンである。ラテン系ということもあってそうなったのだろうが、元スパイなのだから個人的にはロバート・ボーンかピーター・グレイブスあたりにやってほしかった。でも、生きてるのかな~二人とも。
 遺跡の中で見つける黄金の像が『レイダース失われたアーク』のオープニングに出てくるやつそっくりだったり、剣を持って襲ってくるガイコツ兵士やクモの怪物なんかがレイ・ハリーハウゼンの『シンバッド』シリーズあたりのオマージュだったりと、細かいギャグもあり笑える。(邦題では『シンドバッド虎の目大冒険』などとなっているが、レイ・ハリーハウゼンのはSINDBADではなくSINBADなのでシンバッドが正しい・・・はず)

 父親役のアントニオ・バンデラス、トランスムッカーが隠された島に一人で暮らしているマッドサイエンティスト役のスティーブ・ブシェミ、スパイ小道具開発者(007のQのような役割ですな)はダニー・トレホとロバート・ロドリゲス組がバックを支える中、見るからに楽しんで演じている子供たちのハチャハチャぶりが楽しい。

『スペース・カウボーイ』 宇宙を目指すのが宇宙飛行士だ。月に行きたがるのがアストロノーツだ。

『スペース・カウボーイ』(あえて言うなら『スペースカウボーイズ』)(2000) 監督:クリント・イーストウッド
 出演:クリント・イーストウッド/トミー・リー・ジョーンズ/ドナルド・サザーランド/ジェームズ・ガーナー/マーシャ・ゲイ・ハーデン

「僕が69歳になっても愛してくれるかい?」って歌っていたのはビートルズだったような気がするが、(違ったらすみません)もしも、わたしが69歳になったらいったい何をしているのだろう。
結婚して、子供と孫ぐらいいて、定年退職して隠居でもしているのだろうか。
とりあえず、宇宙飛行士になっていることはないだろう。
しかし、イーストウッドはのん気に隠居なんかしていない。宇宙飛行士になって空に飛んでいくのだ。

40年前、チンパンジーにアメリカ初の宇宙飛行士の座を奪われた4人の男たちが、2000年の今年、ロシアの衛星修理のために再びチームを組む。
その名もチーム・ダイダロス。
主演の4人、クリント・イーストウッド(フランク)は1930年生まれ。ドナルド・サザーランド(ジェリー)は1934年生まれ。ジェームズ・ガーナー(タンク)は1928年生まれ。トミー・リー・ジョーンズ(ホーク)はかなり若くて(このメンバーの中ではだけど)1946年生まれ。
このジジイたち4人組が主役のジジイムービー!!
うー、燃えるぜ!!

「あいかわらず、ジジイ役者が好きですね」

何を言うんだ。20代、30代なんてガキガキ。男優はやっぱ40過ぎてからだよね。
このジジイたちは歳はとっても心は悪ガキ。
若手宇宙飛行士からの健康ドリンクの差し入れにはベビーフードでお返しし、TVのインタビューショーにはサングラスをかけて出てくる始末。酒場の前では殴り合いのケンカ。健康診断でみんな全裸のシーンでは、女医さんが入って来た時にみんな慌てて前を隠しているのに、女好きの(とはいえみんな女好きなのだが)ジェリーは前を隠そうともしない。
まったく困った不良ジジイ達だ。
さすが、宇宙を目指すカウボーイ達だぜ。
だから邦題も本当は『スペースカウボーイズ』であるべきなんだよな。

この映画の中、冒頭とラストの2回『Fly Me to the Moon』が出てきますが、これはすごく重要です。
冒頭で誰が歌っていたかは覚えて置いてください。2回目(ラストシーン)のは感動で涙が出ました。男泣きです。
これは命がけで月に行った男の話でもあるんですよ。なぜ最後のシーンでトミー・リー・ジョーンズはヘルメットのサンバイザーを下ろしているのか。まず間違いなく死んでいるのでしょうが、では最後に顔に浮かべたのはどんな表情だったのか。わたしは満足げな笑みだったと思いますが、その死に顔を見せずに、観客の想像力に任せる。すべてを説明はしようとしないイーストウッド。ここに関するとらえ方の違いでこの作品に対する解釈は大きく変わってくるでしょう。
すべての宇宙飛行士にとって月に行くというのは夢。他の三人の仲間が果たせないその夢をただ1人実現したトミー・リー・ジョーンズ。
『アルマゲドン』などと同じように見てる人もいるかもしれませんが、あんな安易な自己犠牲ではありません。
そこんとこ重要。

演出的には、最近のコテコテの感動路線をあえて避けるかのように、ここはじっくり描くだろうと思うところをあっけなく終わらせてしまっていたりして、イーストウッドが観客と一緒に楽しんでいるのが伝わってきます。イーストウッドの演出にはますます円熟味が増してきてますね。
カメラもアップはほとんど使わず、引き気味の画が多くて気持ちいい感じです。
不良ジジイバンザイ!!男は60代からだぜ!!
あー、わたしもイーストウッドのようなジジイになりたい。

あと、パンフレットの700円はちょっと高いですが、ファン必見です。

「クリント・イーストウッド小辞典がいいですね」

男の声、それも渋めのオヤジ声で歌ってこその『Fly Me to the Moon』。
この曲を女性に歌わせたカルト的人気があった某アニメとその監督は、やはりそこを分かってませんな。

『ゼイリブ』

『ゼイリブ』(1988) 監督・音楽:ジョン・カーペンター 出演:ロディ・パイパー/キース・デヴィッド/メグ・フォスター

*公開時執筆

カーペンターといえばホラー、なーんていつまでも思っていてもらっちゃ困る。
「スターマン」「ビッグトラブル・イン・リトルチャイナ」とSFロマンス、コメディアクションなどその才能を花開かせていたカーペンターであるが、今度はSFアクションだ。
今回公開の「ゼイリブ」は(しかし、よーわからん邦題だ。いやそのまんまか)彼の作品のなかでは秀作「ニューヨーク1997」に一番近いかもしれない。ただ1997よりかは、だいぶ明るい。別の言い方をすればバカである。リトルチャイナで分かっていた事であるが、実はカーペンターもおバカさんであったのである。彼は基本的に脚本も自分で書く人なので、作品の世界がしっかり完成しているのだが、多少癖がありすぎるので万人から好かれるってわけにはいかないんだろう。その代わり熱狂的ファンは多いのだが。

で、「ゼイリブ」はって言うと、うーん90分というのは少し短かったかもしれない。
地球がいつの間にか他の知的生命体に支配されていたということに気付いてから、なんかゴタゴタしているうちに突然終わっちまうんだもん。
あの腕時計で作った妙なトンネルに入ってからが少し短すぎる。アンテナを破壊するだけじゃなくって、ロディー・パイパーを化物の世界に乗り込ませて大反撃をするぐらいして欲しかった。でもそうするとSFXやセットに金がかかるか。低予算ムービーだもんなあ。少しあっさりしすぎてる様に思うけどな。皆さんどう思います。
さーて、ロディー・パイパー君、結構いいぞ。最後のFUCKポーズ、あれだけ根性のはいったFUCKポーズは近年見た事がない。
話自体はとりたてて目新しいものはない。しかし一つ光っているところをあげるとすれば、化物を見破る道具が、一見普通のサングラスといった事である。しかもそのサングラスは、ガーゴイルやレイバンではなくキクチメガネの店先で1000円ぐらいで売っているようなプラスチックのサングラスである。なんて安っぽいのだ。自主映画のSFじゃないんだぞ。しかし、逆にそれがリアルさというか、現実との接点となっているというか、とにかく効果的であったのである。・・・ような気がする。
あそこで大仕掛のよーわからん装置や、御都合主義の超能力などが出てきたら理屈は同じとしてもずっと印象は違っていたと思うのだ。あのサングラスだってよーわからんし、御都合主義である。しかし逆に私たちが普段よく見かけるものであるが故に、ストーリーにのめり込むことの手助けとなっているのである。
サングラスはカーペンターのアイディアらしいのである。やっぱりただ者ではないのだ。

最大の見せ場は知人の黒人との、サングラスをかけるいやかけないをめぐっての延々と続く路地裏でのどつきあいだ。終わるかなと思うとまだまだ続く。
とにかく一発一発のパンチやキックが重そうで骨まで響く痛みを感じさせる。
とどめはアスファルトに叩きつけるブレーンバスターもどき。そういえばロディー・パイパーの本業はプロレスラーなのであった。

『戦場にかける橋2 クワイ河からの帰還』

『戦場にかける橋2 クワイ河からの帰還』(1989) 監督:アンドリュー・V・マクラグレン 出演:エドワード・フォックス/デンホルム・エリオット/仲代達矢/クリス・ペン/ジョージ・タケイ

戦場にかける橋“2”である。
前作「戦場にかける橋」のリメイクではなくてその後のお話と言う設定だ。なるほどクワイ川からの帰還というわけだ。
戦争アクションを期待して見に行かれた方にはちょっと物足りないかもしれないが、これがなかなか面白い。
まず監督がアンドリュー・V・マクラグレン。ベテランである。B級アクションなら任せておけの男だ。
主演がエドワード・フォックス。そういえばマクラグレン作品「ワイルドギース」の続編にでていたが、いや関係無いだろう。他に、クリストファー・ペン、ティモシー・ボトムズ、そしてデンホルム・エリオットである。
中でもデンホルム・エリオットは、ゲリラ活動を指揮しているイギリス軍人を演じているが、これがいいのだ。元獣医のくせして平気で人を手術しておいて「人間も人もかわらん。」と言ってのけたり、マシンガンを乱射したりと大活躍である。その挙げ句あっさり死んでしまったりして最後まで私たちを楽しませてくれる。

仲代達也は捕虜を気遣う日本将校で、いい役だが面白味にかけている。
それに対しジョージ・タケイの演ずる田中は実ににくたらしく、なかなかの悪役ぶりだ。ラストのエドワード・フォックスとの燃えさかる船の上での対決など実にうれしい。全然関係無いが「ジェシカおばさんの事件簿」にも田中という役で出演していた。
往年の戦争映画の片鱗をうかがわせ、また収容所もの、脱走ものとしてもなかなかに面白いこのB級映画が私は大好きである。
重苦しくない戦争映画と言うのも久しぶりだ。
昔のような戦争超大作はもう望むべくもないが、しかし記憶の片隅に押しやるのはまだ早いと、この作品は教えてくれる。
マクラグレン万歳だ。

2004年06月22日

『ストーカー』 写真の中にだけ人生が

『ストーカー』(2002) one hour photo
監督:マーク・ロマネク 脚本:マーク・ロマネク 出演:ロビン・ウィリアムズ/コニー・ニールセン/ミシェル・ヴァルタン/ディラン・スミス/エリック・ラ・サール

スーパーのスピード現像写真店で働いている中年男性サイ。
彼の勤めているスーパーは壁も床も白を基調にしている。そして彼の住んでいる家も白い色ばかりで、それは清潔感よりむしろ空虚さを連想させる。色を持っているのはただテレビに映し出される映像と、壁一面に貼られた何百枚もの家族写真だけだ。そこでは現実の部屋の中よりもむしろ写真の中こそがリアリティを持っている。
しかし、その写真の中に彼は写っていない。その家族は彼の家族ではなく、長年彼の勤める店に現像を頼んできたヨーキン家、夫婦と9歳になる少年のもので、彼はいつも自分のために1枚余分に現像しそれを持ち帰っては自室の壁に貼っていったのだ。
彼は写真の中に自分を少年の叔父として登場させる。なぜならば、サイには家族も友人もなく、都会にいながらもまるで無人島に住んでいるかのような絶対的な孤独を味わっているからだ。彼は自分を定義づけるために他人の写真を集め、それを繋ぎ合わせることでかりそめの人生を作り上げた。フリーマーケットで買ってきた古びた白黒写真に写った女性を自分の母親だと彼は紹介する。
彼は空想だけで満足していた。そしてこれからもヨーキン家の親戚として写真と共に生きていくはずだった。だが、現像枚数をごまかしていたのが店長にばれて彼は解雇されてしまう。もはやサイはこれから先のヨーキン家の写真を手に入れることができない。それは彼から未来を奪うことに等しい。もはや彼には心の家族もなく、テレビは色を失い、心の中は商品のないスーパーのように空っぽで、彼は血の涙を流す。
そして彼は“エヴァンゲリオンの量産機”となることを決意する。写真の中に存在する“完璧な家族”を壊そうとする敵を、妻と息子を裏切って浮気をしている夫を銀色の剣で倒すのだ。

オーバーアクト気味なことが多いロビン・ウィリアムスだが、今作では心のバランスを欠いているが決して狂人ではなく耐えきれないような孤独を抱えているサイを