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2004年03月01日

『ブレインデッド』 ピーター!ピーター! -ブレインデッド-

『ブレインデッド』(1992) BRAINDEAD 104分 ニュージーランド 1993/07/01鑑賞

監督:ピーター・ジャクソン 製作:ジム・ブース 原案:スティーヴン・シンクレア 脚本:ピーター・ジャクソン、スティーヴン・シンクレア、フランシス・ウォルシュ 撮影:マレイ・ミルン 音楽:ピーター・ダゼント 
出演:ティモシー・バルム、ダイアナ・ペニャルヴァー、エリザベス・ムーディ、イアン・ワトキン

 1993年7月1日 夜 観客が数人の池袋の劇場にわたしは座っていたわけで。

 『バッド・テイスト』(1987)、『ミート・ザ・フィーブルズ/怒りのヒポポタマス』(1989)はビデオでしか観ることが出来なかったわたしの初ピーター・ジャクソン劇場作である。もっとも、先の2本は名古屋では公開されていないし、おそらく東京だけの公開か映画祭などでの特別上映だけだったのだろう。
 『ブレインデッド』も普段新宿や渋谷で映画を観ていたわたしが池袋まで足を伸ばしているということは、かなり上映館が限定されていたのだと思う。
 くわしいストーリーは映画のデータベースサイトで調べてもらうこととして、要約すると「母親の強い抑圧下で育ってきた青年ライオネルがスペイン系の娘パキータと出会い、様々な事件を乗り越えることによって自立していく様を描いた“スプラッターコメディ”」だ。なんか、最後の単語が違うだろと思えるかもしれないが、事実そうなんだからしょうがない。
 それもちょっとやそっとのスプラッターではない。『13日の金曜日シリーズ』程度のモノを想像されては困るわけで、手が飛ぶ、足が飛ぶ、頭が飛ぶ、ミキサーでジュースになる、包丁で解体、クンフー神父の連続蹴りが炸裂、ゾンビ数人が生じて困ったライオネルは地下室にゾンビを監禁して面倒を見るし、ゾンビ同士がエッチしてベビーゾンビが産まれ、パーティー会場はゾンビ騒動になり、芝刈り機でゾンビをミンチにして、ついには全長5メートルほどになったママゾンビとライオネルとの対決になる。
 いやー、もうバカ。パンフレットから劇中のスチールを掲載しようと思ったが、これはうちが有害指定サイトに指定されかねないので諦めたというぐらいグロくてバカ。宮崎勤事件によるホラー・スプラッター映画に対する規制・偏見が根強かった時期でなければ大ヒット間違いなしだったろう。
 ピーター・ジャクソンは当作品以降スプラッターコメディを撮っておらず、ファンとしては残念な限りだが、実際やることは全てやってしまったということなのだろう。
 そして、次の作品になる『乙女の祈り』(1994)では、女子高で出会ってしまった少女二人が純粋で深すぎる絆で結ばれてしまったが故に引き起こしてしまった犯罪について冷酷かつ美しく描き、なんとアカデミー脚本賞にノミネートされることになる。映画から遠ざかっていた時期で映画雑誌などを購読していなかったので、てっきり同姓同名の別人だと思っていた。だって、あのピーター・ジャクソンがまさかアカデミー賞ノミネートとは。悪い冗談にしか思えない。
 『乙女の祈り』でハリウッドに認められたピーター・ジャクソンはアメリカに渡りマイケル・J・フォックス主演の『さまよう魂たち』(1996)を撮り、そして実現不可能と言われた『指輪物語』の実写映画化に取りかかる。どんな映画になったかは皆さんご存じだろう。
 ピーター・ジャクソンが撮った『ロード・オブ・ザ・リング』の完結作『王の帰還』(2003)は、第76回アカデミー賞で監督賞、作品賞など11部門でオスカーを採った。『バッド・テイスト』で宇宙ゾンビと嬉々として戦うバカを演じていたあのニュージーランド・バカがねぇ。感慨深くWOWOWで授賞式を見ていたが、ピーター・ジャクソンの立ち振る舞いはさすがにタキシードこそ着てはいたものの相変わらずバカだった。
 やはりバカは貫いてこそのバカ。突き抜けたバカに怖いモノなし。いや、怖いモノがあってもバカだからわからないんで怖がらない。

 『ブレインデッド』のDVDは一時期販売されていたが現在絶賛絶版中。
 わたしはもちろん発売と同時に速攻で購入したが、このスプラッターコメディの最終形は一人でも多くの人に観てもらいたい。再発売を期待する。
 ・・・・・・でも観客を選ぶ映画ではあるので「勧めてるんで観たが、グロくて気持ち悪くなったぞ、コラぁ」だったらゴメンなさい。「つまんなぁったぞ、コラぁ」だったら、「そんなことはない。面白いのっ!」ですが。

2004年04月12日

『プリンセス・ブライド・ストーリー』 我が名はイニーゴ・モントーヤ、父の敵だ覚悟しろ

『プリンセス・ブライド・ストーリー』(1987)の原作本 監督:ロブ・ライナー 原作・脚本:ウィリアム・ゴールドマン 出演:ケアリー・エルウィズ、クリス・サランドン

「この映画は面白いよ」とか「この映画はカッコイイよ」など割と無責任なことは普段から言っているが、「こいつは観なきゃ損だ」「ぜひとも観に行け」と映画を保証付きで勧めたことはほとんどない。そんな数少ない“お勧め”の内の1本がこの『プリンセス・ブライド・ストーリー』(原題The Princess Bride)だ。名古屋駅近くの小さな映画館で『ラスキーズ』という映画と2本立てだったと記憶している。

 風邪をひいて寝込んでいる少年のもとに祖父がお見舞いに訪れる。おみやげは一冊の本。昔から病気の子供に親が読んで聞かせてきたという本だ。最初は興味を示さなかった少年だが、フェンシングに格闘、拷問に復讐、なにより真実の愛と奇跡についてのお話に引き込まれていく。そして、昔々、まだ剣士や海賊が活躍していて巨人や魔法が身近だったころの物語が始まる。

 愛しい恋人ウェスリーを海賊ロバーツに殺されてしまったキンポウゲ姫。数年後、その国の王子との結婚を控えたキンポウゲ姫が巨人と剣士を含めた三悪人に誘拐されてしまう。捜索隊を指揮してその後を追う王子。それとは別に謎の黒装束の男も三悪人に迫る。
 追いついてきた黒装束の男に対し、三悪人は剣士イニーゴ・モントーヤが立ち向かう。父親の敵を討つために子供の頃から剣の修行を積んできたイニーゴと黒装束の男との、まるでダグラス・フェアバンクスばりの西洋チャンバラが始まる。そして、一枚上手だった黒装束の男がイニーゴを追いつめる。
 だがイニーゴはにやりと笑うと「お前にまだ言ってなかったことがある。俺は左利きじゃないんだ」そして、剣を右手に持ち替えるとさらに鋭くなった動きでたちまちに黒装束の男を追いつめる。
 しかし、黒装束の男もにやりと笑うと「俺も言ってなかった。左利きじゃないってね」
 クワーッ!シビレる~。もう、個人的ツボにはまりまくった。
 その後、キンポウゲ姫を取り返した黒装束の男は実は死んだと思っていたウェスリーで、二人は隣国との戦争に関わる陰謀に巻き込まれ、仲間になった剣士イニーゴや巨人フェジックと一緒に大活躍を繰り広げる。
 1987年当時はまだ「ファンタジーは子供向け」という風潮だったが、今ならばちゃんと評価される作品なのではないだろうか。

 監督のロブ・ライナーは『スタンド・バイ・ミー』(1986)で有名だが、その前年に撮ったデビュー作の『シュア・シング』、そしてこの『プリンセス・ブライド・ストーリー』(1987)と続けて撮ったこの3作が絶頂期だった気がする。後は落ちる一方で、これには親父のカール・ライナーも困ったモノだと思ってることだろう。
 原作のウィリアム・ゴールドマンは『明日に向かって撃て』(1969)や『マラソンマン』(1976)の脚本家として有名な人で、当然この作品でも自ら脚本を手がけている。原作の方は、子供の頃父親に読んでもらったS・モーゲンスターンという作家の『プリンセス・ブライド』を手に入れたウィリアム・ゴールドマンが、父親が子供に分かりやすいように退屈だったり難解な部分は飛ばして読んでいたことに気付き、それではと自らも娯楽抜粋版として『プリンセス・ブライド』を書き直していくというストーリーである。もちろん、S・モーゲンスターンもその著作『プリンセス・ブライド』もゴールドマンが生み出した架空の存在。映画化に際して、主人公を作家から少年に変更したのは妥当だろう。
 祖父役はピーター・フォーク。かなり老けたメイクをしているので、当時はすぐにピーター・フォークだと分からなかったが、先日『新刑事コロンボ』をWOWOWで観たらかなり似た感じになっていた。
 そして、巨人のフェジックを演じているのが故アンドレ・ザ・ジャイアント。そのまんまなキャスティングだが、さすがにデカい。モサッとしたセリフ回しだったが、役柄に合っていて良かった。
 主人公ウェスリー役のケイリー・エルウィズはその後メル・ブルックスの『ロビン・フッド キング・オブ・タイツ』(1993)のロビン・フッド役などでたまに見る。『ロビン・フッド~』劇中で「あっちのロビン・フッド(ケビン・コスナー版)と違ってわたしはちゃんとしたイギリス英語をしゃべる」とか言ってたな。

2004年05月08日

『ベースケットボール裸の球を持つ男』 つまらん

『ベースケットボール裸の球を持つ男』(1998) 監督:デイヴィット・ザッカー 出演:トレイ・パーカー、マット・ストーン、アーネスト・ボーグナイン、ロバート・ヴォーン

つまらん。笑えない。

『フライングハイ』(1980)や『トップ・シークレット』(1984)を手がけたコメディ集団ZAZ三人衆の一人デイヴィット・ザッカーが監督なのだが、この人が一番才能がない。はっきりいって下手。
それぞれ独立して映画を撮るようになってからの他のZAZの面々といえば、弟のジェリー・ザッカーが非コメディのメロドラマファンタジー『ゴースト ニューヨークの幻』で大ヒットを飛ばし、円卓の騎士伝説の『トゥルーナイト』、古典的なお宝争奪レースを題材にした『ラット・レース』など水準以上の作品を世に送り出している。
ジム・エイブラハムズは『ホット・ショット1』、『2』でZAZ時代のパロディ精神とギャグのテンポを一人でも維持していけることを示した。
その点、デイヴィット・ザッカーは『裸の銃を持つ男』シリーズである。こいつは原型のテレビムービー『ポリス・スクワッド』こそ面白かったが、映画は正直ダメだ。ダメダメである。
デイヴィット・ザッカーの演出には切れがなく役者陣もモタモタしているだけ。オープニングでO・J・シンプソンが次から次へと災難に遭うというギャグがあるが、ひっじょ~にテンポが悪く笑えない。
なにより、「わたしは面白人間だからね」と勘違いしてしまったレスリー・ニールセンが痛い。この人はもともと割といい男系の役者で、そういった役者にコテコテのギャグをやらせるという構造によってギャグとして成立していたのだが、本人が「自分はコメディアンとしても一流だ」と勘違いしてしまい、その手綱をデイヴィット・ザッカーは全然取れていないので、これはもうなんというか何だかな~なのである。

そんなデイヴィット・ザッカーの新作であるが、ダメ男二人が考えついた野球とバスケットボールを組み合わせた新スポーツ“ベースケットボール”が何故かヒットしてしまい、実業家(アーネスト・ボーグナイン)の目にとまりその支援を受けて全国へ広がっていく。しかし、しだいに高給取りスタープレーヤーなどが出現するなど商業化が進み、誰でも気楽に楽しむことが出来る“ベースケットボール”本来の姿がなくなっていく・・・
このようなストーリーにあれこれとギャグが入ってくるのだが、ネタとしてつまらない、演出が下手、役者がダメなのでほとんど笑えない。
日本では劇場未公開でビデオ・DVD発売のみというのもやむを得ない出来である。
そもそも、『裸の球を持つ男』なんて過去の作品の栄華にすがろうというタイトルで出してくるところですでにアレだ。
アーネスト・ボーグナイン、ロバート・ヴォーンの姿を見ることが出来たのは収穫だが、そのことに大きな価値を見いだす人は一部だろう。
しかも、このDVD、日本語字幕がめちゃくちゃ。いわゆる超訳か?責任者出てこい。

2004年05月13日

『冒険者たち』 友情と復讐と青い海

『冒険者たち』(1967) 監督・脚本:ロベール・アンリコ 原作・脚本:ジョゼ・ジョバンニ 主演:アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ、ジョアンナ・シムカス

ついさっきまで、NHKBS2で放映されていた。
先月末の4月24日に原作・脚本のジョゼ・ジョバンニが80歳であの世に行っちまったが、NHKのタイムテーブルは翌月分まで発表になっているのでアラン・ドロン特集とぶつかっただけの偶然なのだろう。
いかにも強面のするリノ・ヴァンチェラと二枚目の代名詞アラン・ドロンがジョアンナ・シムスカという美女を挟んでの奇妙な友情物語。
飛行機乗りのマヌー(アラン・ドロン)は飛行機で凱旋門をくぐることを計画しているし、ローランド(リノ・ヴァンチェラ)は画期的エンジンの開発にかかりきりと人生を謳歌している。
ところが、彼らの前に沈没船の財宝という実に魅惑的な情報が飛び込んでくる。
これはひょっとすると当たりではないかと、マヌー、ローランドはリティティア(ジョアンナ・シムカス)を連れ、南の海へ向かった。
リティティアへの鞘当てを繰り返す二人。その間にもプロとして沈没船捜索にも余念がない。
そして、ついに沈没船を発見し、お宝を引き上げるのだが、そこに財宝を狙った男たちが襲いかかってくる。
戦いの中でリティティアは銃弾に倒れた・・・

マヌーとヌーランドは財宝を手にいったん彼女の故郷を訪れる。
そこでリティティアにそっくりの少年に出会った二人は、彼女の復讐を果たすことにする。
決戦の舞台は青い海原に建物が突き出したような要塞島。
勝っても負けても虚しさばかりが残る戦いが今始まった・・・
うーむ、こんな映画はフランス以外では作り得ないな。・・・あー、千葉真一の『冒険者カミカゼ』(1981)があるか。

ジョゼ・ジョバンニが逝ってまったことについて、やはりそれなりには思うとことがあるもので。
元はフランス辺りじゃそれなりに名前の通ったギャング。それが幾たびか逮捕され、ふとペンを取って見る。書く題材?そんなものはこれまで自分がやってきたことや周りの連中もモデルにすれば容易いこと。
例えば脱獄映画の傑作『穴』(1960)監督ジャック・ベッケルはジョゼ・ジョバンニが原作で、実際に氏の脱獄経験にもとづくものらしい。
その他の作品でも氏の経歴はその作品にいかんなく活かされている。
ただ、“フランスの安部譲二”と呼ぶのはどんなものだろうか。というか、学生時代にふと思いついてそう呼び先輩にイヤな顔をされたのは私ですが。

監督業にも進出して
『暗黒街のふたり』(1973)のフィルム・ノワール
『掘った奪った逃げた』(1979)痛快金庫破り
『狼たちの報酬』(1986)コマンド部隊による誘拐された要人救出
などなど。わりと面白い映画を手がけています。

2004年05月27日

『ホット・ロック』 アフガニスタン・バナナ・スタンド

『ホット・ロック』(1971) 監督:ピーター・イェーツ 出演:ロバート・レッドフォード 原作:ドナルド・E・ウェストレイク

ドナルド・E・ウェストレイクの犯罪コメディ、ドートマンダーシリーズからの映画化。
犯罪プランナーのドートマンダーは天才的なアイディアに完璧なプラン、そして腕利きのメンバーで仕事に取りかかるのにどういう訳か毎回失敗ばかり。この『ホット・ロック』事件でも、どういうわけか同じダイヤモンドを2度も3度も盗み出す羽目になる。
まったく、生来もって運が悪いのだろうか。ドートマンダーの頭は痛むばかりである。

原作も傑作だが、映画の方も傑作。
ドートマンダーをリーダーとする4人組がアフリカの小国の大使から依頼を受け博物館からダイヤを盗み出すことになる。いったんは盗み出すことに成功するのだが、逃走の途中でダイヤを持った仲間が捕まりその男は警察に見つからぬようダイヤを飲み込んでそのまま刑務所へ。このままでは終わらせられないと今度は刑務所を襲撃することにするが・・・

冒頭のドートマンダー(レッドフォード)の出獄シーンからラストまで軽快なタッチで物語が進む。
全編で犯罪が繰り広げられるが、死人はおろかまともな怪我人すら出ないのがうれしい。暴力なしで頭を使って驚くようなアイディアでダイヤを盗むのはさすがプロの仕事。
最後には「いくらなんでもそりゃないだろ」という手段まで登場する。作品全体のバランスから考えると前代未聞ではあるが現実的な手段を取って欲しかったものの、ありでしょうあれも。えっ、どんな手段かって?ヒントはアフガニスタン・バナナ・スタンドだっ!・・・分からないよな、これじゃ。

ウェストレイク自身はドートマンダー役はハリー・ディーン・スタントンがいいのではないかと言っている。レッドフォードが悪いと言うことはないが、確かにハンサム過ぎるし爽やか君だ。
ドートマンダーは元々の斜に構えた性格と失敗続きで、原作では割と屈折した人物として描かれているので確かにレッドフォードではちょっと違う。だからといってハリー・ディーン・スタントンでは主役には地味だが。

仲間の一人の父親役がゼロ・モステル。メル・ブルックスの『プロデューサーズ』などで見せた怪演がここでも披露される。ダイヤを横取りして息子を犠牲にしても平気な強欲ぶり。それに対する息子の怒りの言葉が「パパ、日曜日の朝食をもう一緒に食べないからね」。いいのか、見殺しにされたお返しがそれだけで。

途中で、ニューヨークの空をヘリコプターで飛び回るシーンがある。
眼下に広がる1971年ニューヨークの風景。その中にすっくとそびえ立つ2つの高層ビル。片方はまだ上部が工事中のそれは国際貿易センタービルだった。

2004年05月29日

『バックドラフト』 炎と戦う男たち

『バックドラフト』(1991) 監督:ロン・ハワード 出演:カート・ラッセル、ウィリアム・ボールドウィン

消防士を尊敬する。こと日本において、人のために自らを危険にさらしている職業で、一番危険と日常的に向かい合っているのが消防士ではないだろうか。
これまでに何度か実際の火事に遭遇し、今にして思えばはた迷惑だったろうが野次馬として最前列で燃えさかる建物を見たことがある。木造家屋に襲いかかった炎は圧倒的で、消防士が必死に放水してもなかなかその勢いを弱めなかった。最前列とは言ってももちろんかなり距離をおいた場所に立っていたのだが、放射される熱がジリジリと肌を焼いた。エネルギーを発しながら燃えさかる炎は恐ろしく、そして何故か心を捕らえる。
「これ以上は絶対近づきたくねぇっ!」とわたしは強く感じたが、その火の間近で消火活動に励む消防士。怖くないのだろうか?いや、やはり本当は怖いのだがそれを意志の力で押さえつけているのだろう。すごい。

そんな、消防士たちを主人公にしたのがこの『バックドラフト』
随所になかなかいい物を感じさせるのだが、バックドラフトを用いる連続放火魔というサスペンスを持ち込んでしまったばかりに、全体としてのまとまりがない失敗作になってしまった。
そもそもが、火災現場で死んだ父親の意志を継いで腕利きの消防士になっている兄と、父親の死を目撃したことがトラウマとなりさらに兄に対してコンプレックスを抱いている弟というメインの話の主軸があるのだから、それ以上に余計なネタをあれもこれもと放り込む必要はないのだ。
シカゴ中で一番厳しい分署の消防士たちが現場で消火活動をする姿や、仕事明けに酒場で一杯やっているところ、その家族たちなどのエピソードを上手く活かしていき、そして最後に大火災を持ってくれば個人的にはそれで充分だ。ショッキングな出来事が起こることがドラマの必要条件ではないというのに。
だが、現在のハリウッド映画としてそれでは物足りないということになってしまうのだろう。

ともあれ、がっしりした顎にえらの張ったカート・ラッセルと、たれ目軟派顔のウィリアム・ボールドウィンとでは、どうしたって兄弟には見えない。かといって、カート・ラッセルの代わりにアレック・ボールドウィン(ウィリアムの兄)をキャスティングされては困るが。腕利きの消防士という役柄は絶対に無理だ。
その他にはドナルド・サザーランド、スコット・グレン、J・T・ウォルシュ、ロバート・デニーロなど魅力的な出演陣が顔を揃える。それぞれに良いのだが、これまた全体で見てみると個々バラバラでまとまっていないのが惜しい。

火事のシーンはスクリーン越しに熱が伝わってくるような迫力だ。火事マニアの人は放火などしないでこの作品を観て頭を冷やすように。

2004年06月01日

『プレデター2』 殺戮獣、ロスへ

『プレデター2』(1990) 監督:スティーヴン・ホプキンス 出演:ダニー・グローヴァー、ビル・パクストン

1997年のロサンゼルスを舞台にした近未来SF刑事映画アクション。えっ、「1997年は未来じゃなくて過去」だって?制作された1990年にとっては近未来なの。それから1997年になってもロスにプレデターが現れなかったからといって嘘つき呼ばわるするのは止めろ。(いたんだよ、こういうケチ付け野郎が実際に)
それにな、実のところは“本当”に現れたんだ。アメリカ政府が特別チームを組んで秘密裏に捕獲し、最高機密になっているのであなたたちが知らないだけだ。ああっ、ここで情報を漏らしてしまったからにはわたしの命も風前の灯火・・・

このところ映画よりもテレビシリーズの『24 TWENTY FOUR』で有名なスティーヴン・ホプキンスだ。
『ジャッジメント・ナイト』(1993)や『ブローン・アウェイ』(1994)などなかなか好みな作品を撮っていたのだが、最近は『ゴースト&ダークネス』(1996)や『ロスト・イン・スペース』(1998)などの駄作続き。それで映画から干されてテレビに行ったのではないかと愚考する。
『プレデター2』はまだあまり名前も知られていない新人の時に撮った続編物。一作目の要素を入れ損なうとファンから怒られ、かといって大事にしすぎるとオリジナリティがないとまた怒られ。とかく続編は難しいと相場が決まっている。
この作品の場合は、“プレデター”の存在はほぼそのままで、南米のジャングルから大都会ロスへと舞台を移し、主人公はダニー・グローヴァー演ずる警官になった。一作目では戦う相手が特殊部隊隊長アーノルド・シュワルツェネッガーだったため、襲い来るプレデターの脅威をSFXを駆使してアピールしても分が悪かった。仲間を失い最後の一人になって命がけで戦っているはずのシュワルツェネッガーなのだが、どうしても彼が余裕綽々であるように感じられてしまうのだ。しかも、プレデターが光学迷彩で姿を隠しているうちはまだしも、装置の故障でその姿を現すと“ブサイク”かつ“カッコ悪い”のは困った物だ。
その点、ダニー・グローヴァーならばヒゲを剃っているおかげで『リーサル・ウェポン』シリーズよりは幾分若く見えるとはいえ普通の人間。身体能力・武装ともに人類を超えた宇宙生命体プレデター相手に必死になっている様が伝わってくる。ついでに彼には高所恐怖症という弱点もあるのだが、それについてはあまり有効に使われていなかったのは残念。

オープニングに警察と麻薬組織のド派手な銃撃戦を持ってきてスクリーンに観客を引きつける。というより、この銃撃戦はおそらく制作陣の趣味だろう。プレデター騒動とはほとんど関係がないシーンなのにやたらと力が入っている。
そういえば、最近の映画では銃問題絡みでかあまり派手な銃撃戦が出てこない。個人的には「映画は映画、現実は現実」だと思っているので、これでもかとばかりに弾丸の飛び交う映画も観たいのだが、色々複雑なのであろう。ただ、銃問題は結局出汁にすぎず、大企業批判と政府批判そして自己顕示欲で出来上がっているようなどこぞの“ドキュメント”作品にでかい面されたくはないが。

ダニー・グローヴァーの愛銃はレーザーポインターを載せたクロームメッキのデザート・イーグル、他トランクにショットガンなど多数。他の登場人物の持つハンドガンの多くにもレーザーポインターが搭載されているが、これがまた今となってはデカい。『ターミネーター』(1984)でハードボーラーに載っていた奴ほどではないが、『リーサル・ウェポン4』(1998)ではメル・ギブソンの持つベレッタM92FSのグリップに内蔵されていたことを考えると設定が1997年なのだからデカすぎる。
レーザーポインターの照準先には赤い光点が灯り、その人物が狙われていることが観客に視覚的にわかりやすいので一時スクリーン上で流行った。だが、間違って目に当たると網膜を焼いて失明の恐れがあり“非人道的”な道具であるからと最近では登場回数も減った。
しかし、レーザーポインターの照準が当たっている=銃で狙われているわけで、その人にとってはレーザーよりも鉛の弾丸の方が大きな、かなり大きな問題だと思うのだがどうだろう。レーザーサイトと銃とどっちがより“非人道的”なのかって気もするが。

タイトルでついつい“殺戮獣”などと言ってしまったが、プレデターは知的宇宙生命体で地球にはハンティングに来ている。獲物が人間というのが困ったところだが、戦場など人が争っている場所しか狩り場としない、基本的に武器を持っている者は襲わない、武装していても妊娠した女性の場合は危害を加えない。正々堂々と戦って人間が勝った場合、プレデターの仲間は復讐せずにその人間の健闘ぶりを讃える。なかなか筋の通った奴らで、人間のハンターもある意味見習って欲しい。
ただ、負けそうになると核で自爆するのはゲームで負けるとキレて暴れる青少年みたいで、食生活にカルシウムが足りないんじゃないかとも思うが。骨は食わないで磨いて飾ってたもんなぁ。肉ばかりで野菜は摂っていなそうだし。
近いうちにエイリアン相手に一騒動やるようだが、果たしてどっちが強いのか?まぁ、最強なのはどのみちシガニー・ウィーバーなわけだが。

実のところ一番お気に入りのシーンは、ビル・パクストンが初登場する警察署での意味のない長回し移動撮影だったりする。

2004年06月02日

『ヴェラクルス』 決闘!

『ヴェラクルス』(1954) 監督:ロバート・アルドリッチ 出演:バート・ランカスター、ゲーリー・クーパー

この映画の主役はあくまでもバート・ランカスターだ。
それは浅黒く日に焼けた顔でニヤリと笑うと真っ白な歯が印象的なその顔立ちからではなく、バート・ランカスターのプロダクションが製作に携わっているからでもない。
彼の実の父親を殺した養父から「人を信じるな」と教わり、そのルールを守れなかった養父を殺し、友達も仲間も持たぬまま根っからの悪党として生きてきた男ジョー(バート・ランカスター)が、南北戦争で敗北し革命の最中のメキシコまで流れてきた元南軍兵士ベン(ゲーリー・クーパー)と出会う。
ベンの腕前は自分とほぼ対等と察するが、礼節を知り人を気遣うベンを内心軽く見ていたジョー。しかし、次第にベンの人間性を認め始め彼を信じ友情めいた感情持つようになる。養父が禁じていた“友情”だ。
メキシコ皇帝の馬車を護送しつつも、それに隠されている300万ドル分の金塊の強奪を企む彼らだっただ、結局最後の最後で悪党になりきれなかったベンに裏切られ、もはや伝説ともなったラストの決闘でジョーは命を落とす。
この悪党の生き様を見れば彼が主役であることは明白だ。

ジョーには仲間はいないが手下が何人がおり、その中には無名時代のチャールズ・ブロンソン(ヒゲなし)、アーネスト・ボーグナイン、ジャック・イーラムなどがいる。ズラッと揃いも揃って悪人面ばかりよくも集めた者だ。ジャック・イーラムに関しては『キャノンボール1、2』の肛門科医役だといえばわかりやすいだろうか。やぶにらみでひん曲がった顔の怪優だ。
『夕陽に立つ保安官』(1968)などバート・ケネディ監督作の常連で同監督のハルク・ホーガン主演SFコメディ『マイホーム・コマンドー』でもクリストファー・ロイドの隣に住む元軍人役で出演していたのはうれしかった。

監督デビューしたばかりで、低予算映画を数作撮っていたぐらいのロバート・アルドリッチだが、すでにベテランの貫禄を身につけているかのようだ。
後にいつくもの傑作を手がけることになるのだが、そこにはほとんどベン的人物は登場せず、悪党やロクデナシのジョー的人物ばかりであることを考えると、この作品でアルドリッチのスタイルがある程度決まったのかも知れない。

2004年06月10日

『バーティカル・リミット』

『バーティカル・リミット』(2000) 監督:マーティン・キャンベル 出演:クリス・オドネル/ビル・パクストン/ロビン・タニー/スコット・グレン

原題は『VERTICAL LIMIT』っていうか、カタカナにしただけだよな。
映画の中で単語として出てきたときには『高度限界』となっていた。家に帰って辞書で引いてみたら、VERTICALは垂直や縦のこと。“垂直の限界”=“高度限界”ってことか。
しかし、この邦題はなんとかならんのかね、字を見ても意味分からないや。

「そりゃ、あんたが英語が苦手なだけでしょう」

普通、バーティカルなんて単語は使わないだろうに。
K2への無理な登山中に遭難してクレバスに落ちてしまった3人。その中に、自分の妹がいたために救助に向かう主人公。
しかし、主人公には妹と自分を助けるために、父親のザイルを切ってしまったという過去がある。
主人公を演ずるのはクリス・オドネル。けっこう渋くなったなと思ったら、『バットマン フォーエヴァー』ってもう5年も前の作品なんだよなぁ。
クレバスの上部を埋め尽くした雪崩を吹き飛ばすために、ニトログリセリンを持って行く。このニトログリセリンはパキスタン軍からもらったものなんだが、何故パキスタン軍はニトロなんか持っていたのだろう?砲座を作るためとか言っていたが、必要なのかなぁ。ダイナマイトの方が便利だろうに。
もちろん、ニトログリセリンにしたのはショックで爆発するかもしれないというサスペンスを構築するためなのだが、あまり上手く使っていないんだよね。せいぜい高いところから落として爆発するのと、日光に当て続けると爆発するということぐらい。
ニトログリセリンを運ぶとなると、往年の名作アンリ・ジョルジュ・クルーゾーの『恐怖の報酬』が思い出されるが、あの緊迫感はない。

素直な山岳救助物でも良かったと思うんだが、わざわざ悪役を作っている。
果たして、それが映画にとって必要だったかに関しては疑問だな。話の流れがバラバラになるだけで、もっと素直な作品でも良かったのに。

CGなどの合成技術の発達によって、以前なら考えられないようなシーンも撮れるようになってきた。山の中のシーンなど、いくつか「これってどうやって撮ったの?」とあっと驚くようなのもある。
だけれども、明らかにセットじみていたシーンも多かった。オープニングのロッククライミングからして、アップはどう見てもセット撮影だからね。

結論:「そこに山があるから登る」といった人がいたが、山なんか登るから登山事故が起こる。
    平地で過ごそう、平地で。

    ストット・グレンは鬼気迫るものがあって良かったな。

『パーフェクト・ストーム』

『パーフェクト・ストーム』(2000) 監督:ウォルフガング・ペーターゼン 出演:ジョージ・クルーニー/マーク・ウォールバーグ/ダイアン・レイン

ジョージ・クルーニーのヒゲはちょっと無精ヒゲぐらいの方がカッコいいのに。
監督のウォルフガング・ペーターゼンは『Uボート』や『エアフォース・ワン』など実直ではあるが愚鈍な作品ばかり撮る監督。
今回もそう。
真面目なんだろうけどな~、この人。それだけなんだよな~。
カジキマグロの漁に出た漁船が、港への帰港中に3つの嵐が重なった"完全なる嵐”に遭遇するといった話だ。
まず、嵐になるまでの間が長い。でもって、嵐になったらなったで、これが延々続く。
CGでの嵐や波の表現は見事でしたが、正直いって長すぎて飽きた。
実話を元にしておりラストはその事実どおりで、ハリウッド作品としては異色な結末。
だからといって、ダラダラとした印象のぬぐえない作品である。

なにげに、船員たちが船室で観ているビデオがイーストウッドの『ペイルライダー』
ペーターゼンは『ザ・シークレットサービス』でイーストウッドと組んでたんだよな。

『裸のキッス』

『裸のキッス』(1964) 監督・脚本:サミュエル・フラー 出演:コンスタンス・タワーズ/アンソニー・アイスリー/マイケル・ダンテ/ヴァージニア・グレイ

 その唐突な始まり方が素晴らしい。
 女が男を殴り、逆に男が女の髪を掴むとそれはカツラで、下からツルツルに剃り上げられた頭が現れる。思わず息をのむ瞬間。
 脚本には展開が掴みにくい部分があるが、全編を通してアイディアの豊富さが素晴らしい。
 何度か唐突に人に殴りかかるという行為が出てくる、その唐突さが面白く、またシーンの省略がうまい。なんとも充実した作品。

2004年06月11日

『ハルク』

『ハルク』(2003)  THE HULK  監督:アン・リー 脚本:ジェームズ・シェイマス/マイケル・フランス/ジョン・ターマン 出演:エリック・バナ/ジェニファー・コネリー/ニック・ノルティ/サム・エリオット/ジョシュ・ルーカス/ブルック・ラングトン/カーラ・ブオノ/マイク・アーウィン/ルー・フェリグノ

 ストーリーとか役者の演技とかは取りあえずおいておくとして、“ハルク”にはどうコメントしたらいいものやら。
 昔やってたテレビのハルクの方がリアリティあるんじゃない?あっちはたんにムキムキのおっちゃんが身体を緑に塗りたくってるだけだが、今回のCGハルクよりは・・・
 現時点ではまだCGで全てを表現をするのは難しいと言うことなんだろう。もちろん、CGIスタッフの能力や予算・期間などにもよるだろうが、怪力を持った巨大な男を感じさせてくれないのは致命的だろう。大暴れしてもまるで紙細工の中で暴れているようで、画面に重量感がない。力強さが伝わってこないのだ。 いっそのこと背景から登場人物から全てCGのCGアニメにしてしまった方が良かったのではないだろうか。

 ジェニファー・コネリーもニック・ノルティも無駄に使われていて残念。
 アン・リーの演出はドラマ部分とアクション部分がかみ合っていなくて、まるで二本の映画を無理矢理繋げてしまったかのよう。
 ハルクをいう怪物を自らの中に抱え込んでしまった主人公ブルースの苦しみや悲しみはそれなりに表現出来ているし、アクションの見せ方自体は上手いと思うのだが、それらがストーリーの中で生きてこない。つまり中途半端。
 何かちょっとした差で面白い作品になっていたのかも知れないので残念。

 ハルクは坊ちゃん刈り。やんちゃに見えて育ちは良いのかも知れない。

『HERO/英雄』

『HERO/英雄』(2002)  HERO 監督:チャン・イーモウ 脚本:リー・フェン/チャン・イーモウ アクション監督:チン・シウトン 出演:ジェット・リー/トニー・レオン/マギー・チャン/チャン・ツィイー/ドニー・イェン/チェン・ダオミン

 ジェット・リー主演なので、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズみたいなのかな~と観に行き、劇場入り口のポスターで監督がチャン・イーモウだと知ったわたし。少しは下調べをしてから行けっつーの。
 チャン・イーモウとジェット・リー?妙な組み合わせだな。チャン・イーモウにアクション撮れるのか?まぁ、『テラコッタ・ウォリア/秦俑』では主役として剣を振るってたりするしな。
 でもなぁ、そもそもは『紅いコーリャン』だしなぁ。
 で映画が始まってみると・・・おおっ、確かに剣劇のアクションはあるけど、あくまでも主体はストーリー。芥川龍之介の『藪の中』を思わせる二転三転していく展開で、秦の始皇帝を暗殺しようとする剣豪たちと名無しの男(ジェット・リー)の物語が進んでいく。どれが嘘でどれが真実なのか。
 画面も赤、青、白、緑、黒と変化していき、中国の風景と合わせて非常に美しいものになっている。
 何だかんだいってやっぱりチャン・イーモウ。
 テーマはつまるところ大国の正当性とテロリズムの否定である。
 中国映画なのだが、世界的公開特にアメリカを意識しているからではないだろうか?深読みだけどね。
 “剣”の文字には20種類あることについて秦王は「わしが天下を取ったら文字も一つに統一してやる」と言う。
 英雄とは名無(ジェット・リー)のことなのか、残剣(トニー・レオン)のことなのか。それとも秦王なのか。
 そして秦王は後に始皇帝になるのであった・・・

『ブラインド・フューリー』 アメリカン座頭市~子連れ血煙街道~

『ブラインド・フューリー』 (1989) 監督:フィリップ・ノイス 原作:笠原良三 脚本:チャールズ・ロバート・カーナー 出演:ルトガー・ハウアー/ブランドン・コール/ランドール・“テックス”・コッブ/テリー・オクィン/リサ・ブロント/ニック・カサヴェテス/メグ・フォスター/ショー・コスギ

アメリカン座頭市~子連れ血煙街道~
と、まあ題の通りの映画である。以上、終わりっっ!
いかん終わってしまった。映画も二週間ぐらいで終わってしまったが。

ベトナム戦争で目をやられ視力を失ったアメリカ兵士が、ベトナムの村人に助けられ、そして彼らから居合切りの極意を教わる。そして、アメリカに戻った男が悪人を倒すと言う話。
まず、ベトナムの村人の描き方がすごい。あれではどう見てもアフリカやパプアニューギアの原住民の方々だ。ルトガー・ハウアーだってひげを伸ばしボロを来て、まるで乞食・・・いやもといルンペン・・・いやもとい自由労働者のようである。
ナイフのクローズアップがフレームインして始まるランボーのオープニングに対し、日本刀のクローズアップで始まるなどパロディー精神も旺盛である。
この作品はある意味、ランボーなどの肉体派ヒーローのパロディーであるわけだ。
ランボーが殺気を露骨にばらまいているのに対し、この作品のルトガー・ハウアーは極力暴力に訴えることを避けようとしている。彼は自衛のための戦いはしても自分から喧嘩を売ることはない。なぜか?それは彼が盲・・・もとい目が不自由であるからだ。
彼はその肉体的欠陥によって一見弱者であるように見えるが、あるいは世間はそう思うが、しかし彼は最強の人間であり、自らそのことを自覚していること故にゆとりがある。言い換えれば彼には盲・・・もとい目が不自由な故の優越感があると言うことである。矛盾して聞こえるかも知れないが、映画を見た人には分かってもらえるだろう。
この文章の題から分かる通り、ルトガー君はガキ・・・もといお子様を一人連れて逃げ回ることになる。
ちなみにその母親がメグ・フォスターだったりするのは友情出演なのでありましょうか?
彼らにとって頼れるのはルトガー君の刀一本と彼の居合の腕だけ、果てさて2人の運命やいかに?

とまあ、『座頭市血煙り街道』という作品をベースにしており、クレジットにモトネタである座頭市血煙街道の脚本家“笠原良三”がちゃんと記載されているのは良心的である。
何よりルトガー君がちゃんとしたサムライスピリットを持っているのがうれしい。悪人に奪われた刀が車の窓から捨てられたとき、バンの荷台で縛られていたルトガー君は見えるはずも聞こえるはずもないのに(見えないのは当り前だが、だって盲だもん)刀と自分が引き離された事に本能的に気付く。ああ、なんと感動的。刀と持ち主との心のつながりは、物を物としか思わないアメリカ映画らしくなくてここら辺にもセンスが伺える。
この後ルトガー君は抱腹絶倒の方法で刀を見つけ取り戻すのだが・・・それは観てのお楽しみ。

ちゃんと賭場に行ってさんざ勝ったあげく相手のイカサマを暴くと言う、本家を見てる人にはこたえられないクスグリもあるし、悪人に囲まれながらも明りが消えて部屋の中が真っ暗になり、「ここは俺の世界だ。」とボソッという格好良さ!!
しびれるねえ~!
最後の最後に殺し屋としてショー・コスギがメバリ入れて出てくるし最高だ。

『ブローン・アウェイ/復讐の序曲』 アイルランドから来た復讐鬼

『ブローン・アウェイ/復讐の序曲』(1994)  BLOWN AWAY  監督:スティーヴン・ホプキンス 脚本:ジョー・バッティア/ジョン・ライス 出演:ジェフ・ブリッジス/トミー・リー・ジョーンズ/スージー・エイミス/ロイド・ブリッジス/フォレスト・ウィッテカー/ステフィ・ラインバーグ/ジョン・フィン/ケイトリン・クラーク

 久しぶりに『ブローン・アウェイ/復讐の序曲』(1994)を観ていた。久しぶりというより劇場公開以来。
 監督のスティーヴン・ホプキンスは『プレデター2』(1990)の冒頭のストーリーにはほとんど関係ない銃撃戦以来のファンだし(『ロスト・イン・スペース』(1998)はさすがに弁護するにあれな出来だったが)、主演のジェフ・ブリッジスとなによりロイド・ブリッジスの不敵なジジイっぷりがいい。悪役の爆弾魔がトミー・リー・ジョーンズだったりするのはちょっと時代を感じさせる。もうトミー・リー・ジョーンズは悪役をやる人じゃなくなったからね。でも悪役似合うんだよなぁ、顔とか。
 主人公は元IRAの闘士として爆弾作りをしていたのだが、ある事件をきっかけにアメリカに逃亡、身分を変え今では警察の爆弾処理班で働いているという適材適所なリクルート。とりあえず爆弾処理班員が爆弾魔に転職するよりかは世間のためになっていると思う。しかし、アメリカの警察官採用ってそんなに簡単かね。日本だと身内に前科者がいないかとか共産党員がいないかとかあれこれ内偵が入るなんて噂を聞くが。
 時折入る、爆発する瞬間の起爆装置のスイッチとかのクローズアップが意味無くて好き。やはり、基本的に緻密に脚本を追っていくというよりその場をどう盛り上げるかを重視した演出だと思う。
 教官として地雷処理の抗議を行うシーンがあるのだが、受講生の中にキューバ・グッディング・Jrを発見。まともにセリフもないような本当に脇役。
 メジャー系作品では『アウトブレイク』(1995)のヘリパイロットや『ザ・エージェント』(1996)のアメフト選手で世間にも知られアカデミー助演男優賞を取ったキューバ・グッディング・Jrの下積み時代ってとこだろうか。そういえば、ホプキンスの『ジャッジメント・ナイト』にも出てたな。
 主人公は爆弾処理係だが一応刑事映画に分類。ちょっと違うかも。

 それにしてもロイド・ブリッジスがいい。
 役者としてあまりこれという作品には出ておらず、ジェフ、ボー・ブリッジスの父親といった程度の認識しかもたれておらず。なんとかコメディファンが晩年の『ホットショット』などを評価しているぐらいが現状かと思うのだが、『ブローン・アウェイ』はそんなロイド・ブリッジスのタフさふてぶてしさ、そして優しさが感じられる役柄だった。ロイド・ブリッジス、1998年逝去。

『ブロブ』

『ブロブ』(1988) 監督・脚本:チャック・ラッセル 脚本:フランク・ダラボン 出演:ケヴィン・ディロン/ショウニー・スミス

(公開時に執筆。加筆訂正無し)
うーん、すごい!こいつはただ者じゃない。ど迫力の映画だ。
ブロブ、こいつは侮れない。

大昔、「絶対の危機」という映画があった。主演はデビュー当時のスティーブ・マックイーン。
そいつをリメイクしたのが、エルム街の悪夢3のチャック=ラッセル。原典である「絶対の危機」をうまくアレンジして、一大アクションムービーにしてしまった。

まず、オープニング、まじめなスポーツマンと、チアリーダーと、バイクに乗った不良がでてくる。
このスポーツマンは、ヒロインのチアリーダーとデートするものだから、「ああ、こいつが主役で、不良はライバルかなんかだな。」と普通思うであろう。
ところがどっこい、このスポーツマンは序盤でブロブに襲われ、あわれ溶けて死んでしまうのだ。
こいつは見事にだまされた。ここでこの映画はすごいかもしれんと思った。
そしてそれはドンピシャリ、いやそれ以上であったのを約一時間数十分後に思い知らされるわたくしであった。
脚本も練れている。橋とか、スノーメーカーとかの使い方も、伏線をちゃんと張っていて見事である。
不良のフラッグを演じるケビン=ディロンはなんとマット=ディロンの弟。実にそっくりである。
下水の中をバイクで走り回って、行く手をブロブに塞がれると、下水管の傾斜を利用して斜め走りでブロブの上を走り抜ける。壊れた橋をバイクで飛び越える。マンホールを塞いだトラックをバズーカで吹き飛ばす、並じゃあない。上だ、特上だ!
ラストはチアリーダーのネエちゃんがライフル抱えて、ほとんどエイリアン2のようなド迫力である。
この娘はスゴイぞー、もう張りきってる、下水を逃げ回って、挙げ句に汚水に潜ったりするのだ。
ちゃんとオチもついているし、とにかくこの映画を観ている時の興奮感覚は言葉では言い表せない物がある。
10mぐらいに成長したブロブがちゃんとスケール感を持っていてリアルに見える特撮もすごい。

舞台であるさびれたスキー町の設定もいい。
町の映画館で「恐怖の電ノコ男」とかいう映画がやっているのはお遊びだろう。ホッケーの面かぶってるもんなあ。でもどうせなら「恐怖の手にナイフ男」にでてほしかった。

『ペイ・フォワード』

『ペイ・フォワード』(2000) 監督:ミミ・レダー 出演:ケヴィン・スペイシー/ヘレン・ハント/ハーレイ・ジョエル・オスメント/ジョン・ボン・ジョヴィ/アンジー・ディキンソン

わたしの好きな役者ケヴィン・スペイシーが出ているから観に行ったんで、監督のミミ・レイダーや『シックスセンス』のガキハーレイ・ジョエル・オスメントなんぞには興味はない。
これは以前にも書いたし、わたしが昔から言っていることではあるが、原題をカタカナにしただけの邦題はやめてほしい。配給会社の社員の頭は何のために付いているんだろうか?気の利いた邦題を考えてもらいたいものだ。
しかもこの作品、原題は『PAY IT FORWARD』であるから『ペイ・イット・フォワード』になるはず。この『イット』を取る意味が分からない。キチンと説明して欲しいもんである。

人に助けられたらその見返りとして他の3人の人を助ける。それが『PAY IT FORWARD』(先に贈る)だ。
それをどんどん進めていけば皆が助け合って世の中が変わると考えた少年が、「幸福のネズミ講」容疑で逮捕されるといった内容である。
嘘である。
でもまあ、「幸福のネズミ講」の話だと思ってもらえば、そんなに間違いはないだろう。

ケヴィン・スペイシーは火傷で顔が引きつった教師役で、登場シーンとかはなかなかいい。謎を秘めた人物って感じで圧倒感がある。しかしそれは最後まで持続せず、途中には火傷を負うことになった自分の過去を全て話してしまい、普通のオジサンになってしまう。残念。
少年を中心としたメインのストーリーと、「先に贈る」をの始まりを捜し求める記者との時間軸の異なるストーリーが上手く絡み合っていて、構成自体は悪くない。だが、ラストには話を盛り上げるためだけに人を殺してしまう安直さなど、一練りも二練りも足りない。
それなりのアイディアがあったのだから、もっと練りこんで欲しかった。

2004年06月20日

『復讐のハイウェイ』

『復讐のハイウェイ』(1988) 1989年前半に鑑賞

監督:フランシス・デリア 脚本:ダレル・フェッティ/フランシス・デリア 出演:ダーラン・フリューゲル/ジェームズ・ルッソ/リチャード・ベルザー/ビリー・ドラゴ

モーテルかどこかの窓から高架になっているハイウェイのジャンクションが見えるシーンが印象に残っている。
ハイウェイを車で走っているところを何者かに狙撃され夫を失ってしまった女性主人公。
悲しみに暮れる彼女の前に一人の神父が現れる。その神父役がビリー・ドラゴ。おい、お前の正体は狙撃犯だろ。神父の服に十字架を下げていても、舌を出すと先が二つに割れていそうな顔をしている。うん、絶対こいつが犯人だ。
と、登場するなり思いこんでしまったが、実際の犯人は誰だったかはともかくとして、やはりビリー・ドラゴは悪人面だ。チャック・ノリスの『ザ・ファントム/地獄のヒーロー4』(1988)では連続殺人鬼であるファントムが収監されていた精神病院の担当医として登場し、「あっ!きっとこいつが裏からファントムを操っているに違いない」と思いこんだのだが、結局その正体はただの精神科医のままだった。

『ペイルライダー』(1985)の悪徳保安官の部下などで脇役としてキャリアを積み、大作『アンタッチャブル』(1987)では白いスーツを着た殺し屋役に抜擢。裁判所の屋上でケヴィン・コスナーと対決して地面へと真っ逆さまに落下したその瞬間がこの人にとって最大の華だったのかもしれない。
『ザ・ファントム/地獄のヒーロー4』での精神科医役は、悪役だけではなく普通の役へも幅を広げようとしたのだろう。だが、多くの人がわたしと同じように「いや、実は悪人だろう」と感じたのか、その後は再び悪役路線まっしぐら。しかも悪役のくせにどこか親しみが持てるといったタイプではないのでB級映画中心。
『川島なお美 in ドール』(1997)という日米合作の(実際にはアメリカで撮影したVシネマだろう)サスペンス映画にも出演しているそうだが・・・わたしはなんか悲しくなってきたよ。
『トレマーズ4』(2004)でとりあえず元気そうなのは確認できたし、息子のダーレン・E・バロウズというのも役者になったようなので、親子悪役でもやってくれないだろうか。

2004年06月21日

『復讐の夜想曲』 強敵は二本足

『復讐の夜想曲』(1987) 1988/12/24 香港映画祭in名古屋にて鑑賞
監督:ラン・ナイチョイ 脚本:マンフレッド・ウォン 出演:チン・シュウホウ/アレックス・マン/パット・ハー

細かいいきさつは忘れたが賭博ボクシングのボクサーに身を落としてしまった主人公。
だが持ち前の根性と粘り強さで勝ち残っていく。
そんな彼がついにボスキャラ的存在のチャンピオンと対戦する。
ファンファーレの中スポットライトを浴びて登場してきたのは、ピョンピョン跳ねるカンガルーだ。

???カンガルー???

そう、無敵のチャンピオンとはグローブをはめたカンガルーだったのだ。もちろん人名ではない、オーストラリア原産の有袋類であるカンガルーだ。
もう場内は大爆笑の嵐。
普通の映画館だったら失笑も混ざるところだが、さすがクリスマスイブに“未公開香港映画”オールナイト4本立て興行を観に来ているコアな客だ。
「シリアスな話だというのにしょうもないギャグを入れるなぁ。やっぱ香港映画はあなどれない」と思っていた。
だがこのカンガルー、ひとたび戦い始めると無茶苦茶強い。
素早いフットワークで主人公を惑わせ、パンチだけではなくボクシングだというのに後ろ足でキックも入れる。ルールおかまいなしの様子はまるで野獣だ。いや、もともと獣だが。
わたしはオーストラリアに行っても、カンガルーだけには喧嘩を売るまいと強く思いましたよ。いちゃもんをつけるならコアラぐらいにしておきます。ちなみにカモノハシは間抜けな顔をしていながら雄の場合後ろ足の爪に毒があるそうなんで気をつけましょう。まぁ、あまり日常生活でカモノハシと対決する機会もないでしょうが、念のため。

2004年06月25日

『ハドソン・ホーク』 オレにカプチーノを飲ませろ!

『ハドソン・ホーク』(1990) HUDSON HAWK  1991/11/9鑑賞

監督:マイケル・レーマン 製作:ジョエル・シルヴァー 原案:ブルース・ウィリス/ロバート・クラフト 脚本:スティーヴン・E・デ・スーザ/ダニエル・ウォーターズ 出演:ブルース・ウィリス/アンディ・マクダウェル/ダニー・アイエロ/ジェームズ・コバーン/リチャード・E・グラント/サンドラ・バーンハード

ディーン・R・クーンツの小説『ドラゴン・ティアーズ』(新潮文庫刊)で主人公たちが地獄に落ちて受ける罰について語っている。

「そんな極悪人だったら、そうね、ざっと一千年ばかり蛆虫を食って、悪魔の胆汁でも飲んでもらうべきかも---」
「悪魔の胆汁は、どうも苦手でね---」
コニーも声をあげて笑っていた。「-そうそう、悪魔に高圧結腸洗浄でもやってもらうべきだと思うし---」
「-ついでに≪ハドソン・ホーク≫を一万回見るという罰もいいかも」
「よして。いくら地獄だって、ものには限度があるわ」

どうやら、もっとも残酷な地獄の刑罰よりも『ハドソン・ホーク』一万回の方がつらいようだ。
たしかに『ハドソン・ホーク』についてはあまり良い評価は聞かないし、興行的にも大コケしている。だが、個人的には結構愉快な泥棒コメディとして好きな作品だ。ナンセンスなギャグが多いので、『ダイ・ハード』のブルース・ウィリスを期待していた人には受けが悪かったのだろう。

レオナルド・ダ・ビンチが発明した黄金生成機のメインパーツであるクリスタルを巡って、世界征服を企む悪党夫婦一味と腕利きの怪盗、そしてCIAなどが右へ左への大騒動を繰り広げる。
主人公の怪盗“ハドソン・ホーク”は刑務所から出所したばかり。とりあえず大好きなカプチーノを飲もうとするが、その度に何らかの邪魔が入って飲むことが出来ない。ウェルメイドなギャグながら笑える。もちろん、やっと飲むことが出来るのは映画の終わりになってから。
相棒(ダニー・アイエロが好演)と一緒に盗みに入るときは、「警備員が巡回してくるまで3分28秒(数字は適当です)」「よし、分かった」、でどうするのかと思いきや3分28秒の曲を二人口ずさんでカウントダウンの代わりにする。それでは抜き足差し足している意味があまりないと思うのだが。
悪党夫婦は完全なイカレポンチ野郎。夫は超天才なのだが、エキセントリックぶりがなかなか良い。脇に控えている執事は、事あらば両袖からジャキッと刃物を飛び出させて襲ってくる。ただし、彼は悲惨な最後を遂げることになるが。あぁ、ゴロゴロゴロ・・・
ラストの「やぁ、俺死んだと思ってたけど生きてた」といういけしゃあしゃあっぷりが実に良い。
というわけで皆で観よう、一万回!

2004年06月26日

『パニッシャー』(1989年版) 住所-下水の奥

『パニッシャー』(1989) THE PUNISHER 1990/2/4鑑賞
監督:マーク・ゴールドブラット 脚本:ボアズ・イェーキン 出演:ドルフ・ラングレン/ルイス・ゴセット・Jr/ジェローン・クラッベ/ドナル・ギブソン/キム・ミヨリ

原作はマーベル・コミックで、そちらではアメコミヒーローの例に漏れず青地に大きな髑髏のマークがついたタイツ姿なのですが、ドルフ・ラングレンが「その格好だけは勘弁してくれ」と拒否したとかで、わりと普通の格好になっています。パニッシャーというキャラクターに馴染みのないわたしは気になりませんでしたが、アメリカでの反応はどうだったのでしょうか。仮にスーパーマンがいつものユニフォーム姿でなかったら、それはスーパーマンではなく単に力が強くて空を飛ぶ人になってしまうのではないでしょうか?下手をすると不審人物として警官から撃たれかねません。スーパーマンの場合は銃弾ぐらい平気でしょうが、派手派手な格好はヒーローのアイデンティティーとして必要なものなのでしょう。
なんでもまた映画化されたそうですが、そちらではドクロマークのTシャツになっているもののオリジナルに近い服装のようです。

犯罪組織に妻と子供を惨殺された刑事ドルフ・ラングレンが、“パニッシャー(罰を与える者)”となって悪党狩りを始めます。
彼のアジトは下水道の奥深くにある小部屋。そこで座禅を組んで精神統一などしているのですが、臭くないんでしょうか?
パニッシャーはもはや感情を亡くした鉄のごとき男なので、演技面に若干の不安があるドルフ・ラングレン向きでしょう。
犯罪組織のボスは、これがなかなか魅力的な人物に描かれています。その理由は、更なる悪党が途中から登場してくるからです。そいつらこそジャパニーズ・ヤクザ。アメリカに侵出してきた日本の暴力団なのです。同じく日本の暴力団が悪役として登場する『ブラック・レイン』も同じ1989年作品。当時、日本企業がアメリカの企業や土地を次々に買収していた頃です。日本人悪役が出てくるのにはそれらに対する反感もあったのでしょう。もちろん日本人の暴力団ですから、手先にはニンジャがいます。当然ですね。
ヤクザのボスは若き女性で、その堂々とした姿は『キル・ビルVolume.1』のオーレン・イシイ(ルーシー・リュー)以上です。演じている女優はキム・ミヨリで、名前から察するに韓国系のようです。ハリウッド映画で日本人役を日系人が演じるのは観ていてかなり少ないですね。そもそも日系人俳優が少ないのでしょう。わたしがぱっと思いつくのは、マコ・イワマツとかジョージ・タケイぐらいです。日本から俳優を連れてくるにしても、スクリーンに耐えるだけの英語をこなせるかという問題が出て来ます。日本人俳優が世界で活躍するには英語教育の見直しが必要なのかも知れません。
何気にヤクザの一味に極真空手の八巻健志がいたりします。そういえばドルフ・ラングレンとは同門の仲。友情出演ですかね。

2004年07月03日

『バーチュオシティ』

『バーチュオシティ』(1995) VIRTUOSITY

監督:ブレット・レナード 製作:ゲイリー・ルチェッシ 製作総指揮:ハワード・W・コッチ・Jr 脚本:エリック・バーント
出演:デンゼル・ワシントン/ラッセル・クロウ/ケリー・リンチ/スティーヴン・スピネラ/ウィリアム・フォーサイス

舞台は近未来。
警察官訓練用にバーチャルシミュレーターが作られ、まずは被験者として二人の囚人を使ったテストが始まる。仮想空間に送り込まれた囚人たちは悪人役のプログラムされた人格“シド6.7”(ラッセル・クロウ)を日本料理店に追いつめるが、シド6.7の反撃に遭い神経細胞に過負荷がかかったため囚人の一人が死亡する。
開発チームの科学者がシド6.7に実体の体を与えてしまい、シド6.7は研究所から逃亡してしまう。シド6.7は凶悪犯罪者として設計されており、このままでは大量殺人事件になりかねない。そこでシド6.7と戦った被験者の一人で元警官の囚人(デンゼル・ワシントン)を捕獲のために送り出す。しかしシド6.7は身体に損傷を受けてもガラスを取り込むことで修復できる不死身のボディ。いかにして戦うか・・・

主役悪役ともに今ではアカデミー主演男優賞俳優という豪華な顔ぶれ。設定自体はSFしているのだが、画面が妙に安っぽい上に衣装・小道具などに魅力が無いためC級作品で終わっている。
シド6.7の6.7はバージョン番号。バージョン1.0の単純なものから始まり、何百人もの凶悪犯罪者の人格をデータ入力しそれを戦い合わせることでより邪悪なものに作り上げられた。珪素で身体を構成している珪素系生物というのは、映画だと『ガメラ2レギオン襲来』のレギオンが有名だ。そういえばレギオンもガラスを食っていた。
元警官の左腕は過去の爆破事件で失われ“片腕サイボーグ”となっているのだが、この設定は最後の最後になってようやく活かされる。しかし、「別に鉄パイプと電線があればすむ話」だったりする。
冒頭の仮想空間での訓練シーンでシド6.7に襲われ、ヴァーチャルシミュレーターマシンのヘッドギアをかぶったまま痙攣して暴れるデンゼル・ワシントン。で、慌てた研究員がヘッドギアを外すとデンゼル・ワシントンの髪がボッカーンと爆発頭になっている。「ドリフかよ!」と思ったが、よくよく見るとドレッドヘアだった。どうでもいいが似合わない。
仮想空間で人が消えていくCGが『バーチャル・ウォーズ』(1982)のそれに似ているなと思ったら監督は同じ人だった。

2004年07月14日

『ハートブルー』 いや、お前テッドだろ

『ハートブルー』(1991) POINT BREAK 1991/10/19

監督:キャスリン・ビグロー 製作:ピーター・エイブラムス/ロバート・L・レヴィ 製作総指揮:ジェームズ・キャメロン 原案:リック・キング/W・ピーター・イリフ 脚本:W・ピーター・イリフ 撮影:ドナルド・ピーターマン 音楽:マーク・アイシャム
出演:キアヌ・リーヴス/パトリック・スウェイジ/ゲイリー・ビジー/ロリ・ペティ/ジョン・C・マッギンレー

キアヌ・リーヴスを「大型新人現る!」と言った具合に売り出した作品だが、ほんの10日程前に『ビルとテッドの地獄旅行』を観ていたわたしには、いくらキアヌ・リーヴスがカッコつけても脳裏に焼き付いた例の長髪ウスラバカが邪魔しにかかる。『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』(1990)でもバカだったし、そもそもキアヌ・リーヴスは子役上がりだから新人じゃないだろ。
カッコよさげな映像やシチュエーションを打ち出しているが、肝心の演出がいたって凡庸で登場人物もただのカッコつけ野郎にしか見えない。荒れ狂う海でのサーフィンや高々度からのスカイダイビングが、いくら見た目が派手でも映画におけるアクションとして成立していないのだから始末が悪い。アクション刑事映画というものを勘違いしているとしか思えないのだが。
ま、しょせんキャスリン・ビグロー。多くを期待するのがそもそもの間違いか。