『丹下左膳餘話 百萬両の壺』 あるいは省略と山中貞雄
山中貞雄という、28歳の若さで戦場にて病死した天才監督・脚本家がいた。
26本の映画を撮ったが、現存しているのは『丹下左膳餘話 百萬両の壺』(1935)、『河内山宗俊』(1936)、『人情紙風船』(1937)のたった3本しかない。しかしその3本ともが映画ファンなら、日本映画ファンとか昔の映画のファンとかいった限られたくくりではなく、映画のファンならば必見の、いや基礎知識や基本教養として観ておくべき素晴らしい作品である。
『丹下左膳』といえば「しぇいは丹下、名はしゃじぇん」でお馴染みの(古すぎか)大河内傳次郎が演じたチャンバラ物のヒーローである。が『丹下左膳餘話 百萬両の壺』では丹下左膳のチャンバラはない。それどころか、本来は片腕隻眼の不具者でニヒリストだった丹下左膳が呑気で気の良いキャラになり、みなしごの安吉と矢場の女将であるお藤との3人によるホームコメディになっているのだ。
ラストでヤクザ者の集団に向かっていく左膳の後ろ姿が写る。しかし、そこでシーンは後日に飛び観客は左膳が勝ったことを理解する。作品全体のトーンを崩しかねないチャンバラシーンを大胆な省略で回避して、なおかつ活劇を見事に成立させているのだ。作中でその他にも省略によるギャグが繰り返し使われているのでチャンバラの省略は手抜きではなく見事な演出ということがわかる。1992年の名画座でリバイバルを観ていたわたしは、いや同席していた観客全員がスクリーンに向かって惜しみない拍手を贈ったものだ。
ところがである。後に、「なんでも、あの後のチャンバラシーンは撮影されていたらしいぞ」との話を耳にし、「戦前に観た人がチャンバラシーンがあったと言っていたぞ」ときて「なんでも戦後のGHQによる映画規制でカットされてしまったらしい」さらには「チャンバラシーンのスチール(写真)があった」のである。
うーむ、本当かな。スチールを見ちゃったもんな、やっぱ本当か。でも、撮影だけして使わなかったとかじゃないかな。戦前に観たってのは昔のことなんで記憶違いとか。なんてことを何年も思ってきた。
ところが、約20秒ほどではあるが、映画コレクターの遺品から16ミリのフィルムが発掘された。物理的証拠を突きつけられてはぐうの音も出ない。戦前公開版にはチャンバラシーンがあって、戦後カットされたというのが正解だったのだ。
しかし、だとすると映画館であの省略の演出に感動したわたしの気持ちはなんだったんだろう。
だまされていたというと聞こえが悪いが、まるで勘違いしていたということなのだろうか?
いや、やはり『丹下左膳餘話 百萬両の壺』のラストにチャンバラはなかったのだ。時に歴史が起こすちょいとした悪戯が編集者として映画に参加したのだろう。きっと山中貞雄も天国で「そう、あそこはカットすべきだったな」と言っているに違いない。(言わないって)
ともあれ、この5月7日には『丹下左膳餘話 百萬両の壺』と『河内山宗俊』がセットでDVDになる。『人情紙風船』がないのが何とも残念だが、2作だけでもありがたや。このチャンスにみんな観ろ。

