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洋画 カ行 アーカイブ

2003年10月31日

『キル・ビルVolume.1』 「ハゲじゃない、剃ってるだけだ!」

『キル・ビルVolume.1』(2003)
 大葉健二の「ハゲじゃない、剃ってるだけだ!」というセリフの存在で、わたしはこの映画を擁護する立場に回らねばならないのだろうか。

 同じセリフは1984年にも聞いた。
 場所は愛知県某市の東映系映画館。
 監督鈴木則文、主演黒崎輝でJACムービーの2作目として制作された『コータローまかりとおる!』(1984)の劇中でだ。
 大葉健二演ずる天光寺がコータローに向かって繰り返し言い放つ。
 「ハゲではない。この頭は剃ってるだけだ」と。

  ほぼ20年振りに耳にしたセリフ。
 久々に姿を見た大葉健二は元気そうであった。

 しかし、クエンティン・タランティーノは『コータローまかりとおる!』まで観ていたのだろうか?
 それとも大葉氏ないし日本側スタッフの提案なのだろうか。

 タランティーノが自分の好きな作品からあれこれとひたすらにオマージュやパロディを押し込んだ。
 その元ネタを観客が知っているか否かに露程の興味を示していないタランティーノはやはりマニアというよりオタクなのだろう。
 個人的には好きなスタンスではない。オタクが趣味に走って創った作品が鑑賞に堪える物になることはおそらくまれだ。
 分かってもらおうという気がないというか、分かってもらえなくてもいいというか、自分が楽しければいいのだろう。

 そして、「俺はこの元ネタ分かったぞ」、「俺なんかこいつも知ってるぞ」と些末な知識を空しく競い合うのもオタクだ。

 存分に楽しんだが、しかし同時にかなり疲れた。
 アニメのシーンが特に疲れた。
 心地よい疲労感ではなかった。

2004年04月24日

『グレート・ウォリアーズ 欲望の剣』 食べてみます?マンドレーク

『グレート・ウォリアーズ 欲望の剣』(1985) 監督:ポール・ヴァーホーヴェン 主演:ルトガー・ハウアー

下品大王ことポール・ヴァーホーヴェンがオランダ時代に撮った西洋時代劇。
合戦シーンなどの迫力のある場面もあるが、やはりヴァーホーヴェンとくればグロとかゲロ。

絞首刑になった男が精液を滴らせた大地に生える魔法の植物マンドレーク(マンドラゴラなどとも呼ぶ)。
そのマンドレークを見つけた若い女性と青年。さっそくマンドレークを引き抜くと二人で食べてしまった。(この映画ではマンドレークは引き抜かれる時に悲鳴をあげるうんぬんは出てこない)
マンドレークを食べた恋人達は永遠の愛で結ばれるという。気持ちが高ぶってきて熱いキスを交わす男と女。
で、カメラが切り替わって引きのショットになると、木の下で抱き合っている二人の後ろでは絞首刑になった男がぶらんぶらんと所在なげに揺れている・・・しかも、かなり腐りかけ。
まったく、どんなラブシーンやねん。

単にグロいだけのラブシーンなら他にもあるが、一見美しくて実はメチャメチャグロいというところがさすがヴァーホーヴェンだ。
ただ、個人的にはこの人の下品は「ほらどうだい、下品だろ」という“いかにも”さがあるのであまり好きではなかったりするが。

2004年05月03日

『クリープショー』 キング父息子出演

『クリープショー』(1982) 監督:ジョージ・A・ロメロ 出演:スティーヴン・キング、レスリー・ニールセン

写真はパンフレットの表紙だが、主人公の少年がホラーコミックを読んでいる自室の壁に貼られているのは『DAWN OF THE DEAD(ゾンビ)』(いわずと知れたジョージ・A・ロメロ監督作)と『キャリー』(原作スティーヴン・キング)、そして『死霊伝説』(原作スティーヴン・キング、監督トビー・フーパー)のポスター。
なかなかマニアックなガキ、と思いきや演じているのはスティーヴン・キングの息子ジョー・キング。そりゃマニアに育ってるだろうな、なんたって父がスティーヴンで母がタビサ。
ジョーが読んでいるホラー・コミックがオムニバスの映画になっているという仕組みで、息子が出るなら俺も出せとばかりに、第2話の主役をキング自らが演じている。一人暮らしをしている農夫が宇宙からきた植物に浸食されていく話で、出演者はキングだけの一人芝居。キングは自らが原作の映画にいくつも特別出演しているので顔を知っている人も多いだろうが、なんというか基本的にアホ面。この作品でのノータリンな演技を披露してくれる。
その他にも、なかなか豪華な役者陣で、珍しいレスリー・ニールセンの悪役やハル・ホルブルック、売れる前のエド・ハリス(でもすでに髪の毛がヤバめ)などが顔を揃えている。
特殊メイク担当はトム・サビーニで、これまた『ゾンビ』や『フロム・ダスク・ティル・ドーン』と出たがりな人なんでちょっと顔を出している。

エピソードの中で一番怖い・気味が悪いのは第5話。悪どい手で他人を犠牲にしながら実業界でのし上がった潔癖性の男。ある夜、その男の部屋に一匹のゴキブリが現れる。アメリカのゴキブリなんでこれがまたデカいし、羽根がないので背中の節(?)が見えて余計と不気味。
そして、どんどんゴキブリの数は増え続け、ついには「3万匹」!!
もう、部屋中床も壁も天井まで一面ゴキブリだらけで、まるで壁そのものがユサユサと動いているよう。
しかも、実験用の無菌繁殖ゴキブリを大量に買い込んで実現したシーンなので「本物」!!
そいつらがゴソゴソガサガサゴソゴソガサガサゴソゴソガサガサゴソゴソガサガサ
ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
わたしはそれなりにスプラッター慣れしてますので腕が切断されようが首が飛ぼうがはらわたがぶちまけられようが案外平気ですが、このゴキブリの群れだけはマジで勘弁。
なんでこう、ゴキブリってのは深層心理から徹底して生理的に気味が悪いのだろうか。太古の時代に人類とゴキブリとで地球の覇権を賭けた戦いでもあったのだろうか。
ともあれ、わたしはゴキブリでなくてよかった。もしそうだったら毎朝顔を洗おうと鏡を見るたびに腰を抜かしていたところだ。

2004年05月25日

『キャンディマン』 恐怖を語り継げ

『キャンディマン』(1982) 原作:クライヴ・バーカー 監督:バーナード・ローズ 出演:ヴァージニア・マドセン、トニー・トッド

貧困黒人層が住む荒れ果てた公営団地。住人達の間では片腕が鈎爪の怪人“キャンディマン”のことが語り継がれていた。
都市伝説を研究する大学院生ヘレンは、実地検査で公営団地に赴き“鏡の前でキャンディマンの名前を5回唱えるとキャンディマンが現れる、との噂を耳にし好奇心に駆られて5回唱えてしまう。その時から、ヘレンの周りで奇妙な事件が起き始めるのだが・・・

キャンディマンはまだ奴隷制度があった頃の人物で、白人の娘と禁断の恋に落ちてしまったためリンチにあい殺されてしまった。この作品は誰かがキャンディマンの伝説を利用して殺人事件を起こすというのではなく、実際にキャンディマンが都市伝説の中でしか存在し得ない亡霊として現れる。
人々がキャンディマンの伝説を忘れそうになった時に、キャンディマンは再び現れ人を切り裂いてはその存在と人々の記憶に焼き付けるのだ。
この都市伝説の中でしか存在していられない怪物という設定が面白い。
『ルール』シリーズなど都市伝説を扱ったホラー映画はあるが、それらは犯人が都市伝説を利用して殺人を犯すといったパターンで、都市伝説が実在していたのとは違う。

人々が恐怖の対象であるべきフレディ・クルーガーの存在を抹殺しようとした時、人間が持つ恐怖の中でしか生きられないフレディがジェイソンを引っ張り出して恐怖を巻き起こしたのが『フレディvsジェイソン』
構造的に多少『キャンディマン』に似ているようである。

キャンディマンを演ずるトニー・トッドは黒人俳優で奇妙な威圧感を与える風貌をしている。『ファイナルデスティネーション』『デッドコースター』でも不気味な墓守を演じていた。

ヘレンを利用して恐怖を住民に味あわせたキャンディマン。そしてヘレンはキャンディマンに取り込まれることとなった。
さぁ新たなる都市伝説の始まりだ。

2004年05月28日

『禁じ手』 痴漢は許さねぇ

『禁じ手』(1989) 監督:J・リー・トンプソン 出演:チャールズ・ブロンソン

原題がそのまんま“KINJITE”。囲碁の用語から取ったとかいう話だ。

「女だって触られるのを待ってるんだ」などと勝手な理屈で通勤電車内にて痴漢行為をしてはストレス解消していた日本人サラリーマンが、アメリカに転勤で家族共々やってくる。
このサラリーマンが困ったことにアメリカでもついついバスの中で若い白人女性に痴漢行為を働いてしまう。もちろん、向こうの女性は黙って泣き寝入りなどしないので大騒ぎになってしまう。しかも、その女性の父親がチャールズ・ブロンソン演ずるはみだし暴力刑事だったりするので、あっという間にサラリーマンは「俺の娘に何しやがる」とビッグマグナムで射殺されてしまって全て解決。めでたしめでたし・・・あれ?
もちろん実際には射殺されたりはしないが(*ポール・カージーならやりそうだ)。そしてサラリーマンの娘がギャングに誘拐される事件が発生し担当になったブロンソンは必死の捜査で少女を救出し・・・えー、10年ほど前に一度観たっきりなのであまり細かいことは覚えていないが大体そんな話だったはずだ。

例によって日本関連の描写には間違っている部分もあるが、別に正しい日本像を伝えることが目的の作品ではないので個人的にはたいした問題ではない。とかく外国映画に日本の人や物が登場すると「その日本への認識は間違っている、間違っている」と騒ぐ人がいるがそれがどうしたというのだ。東京人の持つ大阪への認識や大阪人の持つ東京への認識だって多分かなりいい加減だ。異文化を正確に捉えることは至難の業で、これはおそらく我々人類の永遠の課題だ。
それどころかこの作品では、アメリカ人にはさぞ奇妙に見えるであろう“群衆の中での痴漢行為”がきちんと描かれているのには感心するぐらいだ。「見ず知らずの男に体をまさぐられてうれしいわけがないだろ!」うむ、そりゃそうだ。
だが、1989年という時代背景を考えると、日本がバブル経済の真っ盛りでアメリカの土地建物や映画会社などを買いあさっていた頃なので、反日的意味合いも含めていたのは事実だろう。

J・リー・トンプソンとチャールズ・ブロンソンというお馴染みのコンビによる刑事映画だが、派手なアクションはほとんどない。そういった意味でも異色作だ。
日本未公開でビデオ化のみされたが、すでに大型ビデオレンタル店でも見かけなくなっている。DVD化は、うーむしなくてもいいか。アメリカでは発売されているようだが。

*ポール・カージー:『狼よさらば』(1974)を始めとする『デス・ウィッシュ』5部作でチャールズ・ブロンソンが演じた主人公。周りの人間が殺される・レイプされるなどの目に遭うと銃を持っては町へ出て悪党どもに復讐して回る暴力派建築設計士。というより、ポール・カージーに関わると酷い目に遭うというのが正解じゃないかと思う。彼と知人・友人になるのは避けるべきだろう。

2004年06月07日

『キックボクサー』

『キックボクサー』(1989) 監督:デヴィッド・ワース 出演:ジャン・クロード・ヴァン・ダム/デニス・アレクシオ/ハスケル・V・アンダーソン

なんてったってあのジャン・クロード・バン・ダムの主演作だということで、かの名作「シンデレラボーイ」で魅せられて以来のファンとしては映画館に駆けつけてしまうわけだ。
しかし「ブラッドスポーツ」やら「ブラックイーグル」やら「サイボーグ」などどうも出る作品が駄作ばかりなので不安は多いにあった。
監督が「ダーティーファイター」などのイーストウッド作品やあの「レモ第一の挑戦」などで撮影監督をやっていた男だということで「今度こそ…」という思いがあって、それで結局面白かったのかというと、これがなんとも嬉しい素敵な映画だったのだ。
話自体は兄のかたきを討つという単純なものなのだが、修行映画の王道を行くような素直な作りが気持ちいい。
思いっきり低予算と言うことが分かる始まり方をするが、ジャン・クロードとその兄貴が狭そうな船に並んで座って、ジャンがしきりにバンコクの風景を写真に撮っている辺りのおおらかさでそんな些細なことはどうでもいいと思えるようになる。
なんといっても悪役のトン・ポーの登場シーンがいい。
しきりにコンクリートの柱を蹴り続けるハゲが振り向いて不気味に笑う。
こんな奴いねーよとチャチャを入れる隙さえ与えない。
こいつだけでなく主人公を取り囲む登場人物が魅力的に描けているのも嬉しい。
師匠となるジアンはどう見たって「レモ」のチウンを思い起こさせるジジイで「この野郎パクッたな」とも思うが、このとぼけた感じがなんとも面白い。
だいたいこういう修行物では師匠の存在が重要となるもので、ジャッキー・チェンの初期の「蛇拳」などのジジイや「ベストキッド」のパット・モリタなどの、どちらかというとボケをかますといったタイプが多いわけだが、そういったところをちゃんとやっているのはえらい。
元軍人の黒人にしたって、登場の仕方や話のかかわり方はかなりいい加減な物だが、ラスト近くM-16を手に逆光で登場されるとやはりカッコいい。
タイ人の少女もなかなかよく、ジャンとの純愛もほのぼのしていていい。
この娘が悪者に捕まるところは、いきなり捕まっているという思いきった省略がされていて、なかなかこんな事は出来るものではない。
この作品のメインはその修行シーンにあるのだが、真剣さの中にもとぼけた味がくわわっていて楽しい。
犬に追いかけられるところとか、突然水槽から顔を出すところ、椰子の実を落とすところの人間の位置関係の使い方など。
そしてラストの対戦シーンになるわけだが、さすがにこの監督アクションの撮り方を心得ている、なんといってもえらいのはスローモーションをほとんど使っていないということである。
手のロープを切るところでもスローモーションと通常スピードの部分をうまく組み合わせていて、うまくスローを使っている。
トン・ポーを倒した後、悪役のボスにも蹴りをいれるところなど実に嬉しい。
この作品、確かに考え抜かれて撮られたというものではない。
しかしおごったりもったいぶったりすることのない素直な演出は見ていて気持ちがいい。
無思考による純映画の好例であると思う。

『キャプテン・ザ・ヒーロー 悪人は許さない』

『キャプテン・ザ・ヒーロー 悪人は許さない』(1983) 監督:フィリップ・モーラ 出演:アラン・アーキン/クリストファー・リー

 監督のフィリップ・モーラは『ハウリング2、3』などのどーでもいいような駄作ばかり撮っている人なんですが、そんな人でも何作も創っていれば時として傑作を生み出すこともあるのです。この映画、傑作です。笑えます。カッコいいです。イカしてます。
 主人公はキャプテン・インビンシブルとしてアメリカを守っていたスーパーヒーローです。しかし着ているマントが共産主義の象徴赤色だから共産主義者だとなどと言いがかりをつけられ、赤狩りにあってアメリカを追われてしまい、今ではオーストラリアでホームレスになりアルコールにおぼれた生活をおくっています。
 そんな彼にアメリカ大統領直々の依頼が来ます。悪の帝王ミスター・ミッドナイトが催眠術でマンハッタンに黒人やユダヤ人を集め、地震発生装置で地震を起こして(だったかな?)彼らを根絶やしにしようとしているのです。彼は悪に挑むべく再び立ち上がりますが、空を飛ぶ能力すら失ってしまっているのです。そこで、リハビリ訓練を始めるのですが、果たして彼はスーパー能力とプライドを取り戻してミスター・ミッドナイトに勝つことが出来るのか否か?!

 作品としてはコメディなんですが、失意のヒーローが力と誇りを取り戻していく様は感動的です。空を飛ぶ時の「In to the Blue!」、磁力を発生させ金属を操る時の「Magnet On!」、これらのかけ声も最初は情けないのですが段々カッコよくなっていきます。
 それと、所々ミュージカルタッチになります。なにぶん観てから10年は経っていますので歌詞は曖昧ですが、悪と善との区別が付かなくなってしまった現代をキャプテンが嘆いて歌う「良い奴と悪い奴~、昔は区別が付いていた。良い奴は白い帽子、悪い奴は黒い帽子、一目で分かった。それが今ではどっちが白い帽子でどっちが黒い帽子か、ヒーローでも区別が付かない~」とか、酒から立ち直ったキャプテンをまた酒に溺れさせようとお酒の山を前にしてミスター・ミッドナイトが歌う「ジン、ラム、モスコミュール、テキーラサ~ンライ~ズ~」。そしてエンディングの「彼はアメリカンドリーム、ア~メリカ~、なんたらかんたらキャ~プテン、インビンシブ~ル~」。どれもこれもイカしてます。サウンドトラックが是非とも欲しい!んですが、出てないでしょうなぁ。
 主役のキャプテン・インビンシブルはアラン・アーキン。そしてなによりミスター・ミッドナイトを演ずるクリストファー・リーがメチャクチャカッコいい。黒ずくめの格好が似合っています。やはり悪役がいいと物語は盛り上がりますね。クリストファー・リーは近作『ロード・オブ・ザ・リング~旅の仲間~』でも悪の魔法使いを堂々と演じていましたね。
 ビデオはとっくに廃盤のようですが、なんとかDVDで再販してもらいたい一作です。

『キラー・バグズ』

『キラー・バグズ』(2002) 監督:ジョシュ・オルソン 出演:ザック・ギャリガン/リサ・アン・ハドリー/ダニエル・ジェンキンス/エイミー・ジョー・ジョンソン

 レンタルビデオ屋の新作棚に『キラー・バグズ』(2002)というのがあったので借りる。
 観終わった感想としては「うわー頭悪い映画~」の一言。
 借りようかな?と手を伸ばしているB級映画好きのあなた。考え直す余地はあります、B級というよりD級。

 昆虫パニック映画+ゾンビ映画+復讐映画という構成からしてすでにわけ分かりません。あと侵略者映画も入ってますね。ラストは『SF/ボディ・スナッチャー』(1978)まんまのカットだし。
 なんの複線もなく唐突に登場する犯人には驚くというより「何故?何で?っつーか誰?」で、少しは考えて脚本書けって感じです。
 ハエぐらいの虫の襲来や虫に襲われてゾンビ化した首無し人間などはCGで作られています。CG技術の向上によってこれまで描写できなかった映像を作り出すことが可能になったのはいいのですが、考えなしに使うとこうなるよという見本のような映画です。
 唯一収穫だと思ったのが、虫を一カ所に集めて燃やして退治しようという時の、その火種がチャッカマンなのです。
 なるほど、アメリカにもチャッカマンはあるんですね。なるほど、バーベキューとかで重宝しそうです。向こうではなんという名前なんでしょうか?Chyaka-MAN?

『キング・ソロモンの秘宝』

『キング・ソロモンの秘宝』(1985) 原作:H・R・ハガード 監督:J・リー・トンプソン 出演:リチャード・チェンバレン/シャロン・ストーン/ハーバート・ロム

 『レイダース失われたアーク』が1981年だから、時期的には二番煎じな作品なのですが、H・R・ギーガーじゃなかったH・R・ハガード原作でして、1937年など過去にも映画化されているので、そもそもはこちらが本家と言えなくもないかと。『レイダース』はスピルバーグとルーカスが昔の冒険活劇みたいやりたいってんで作ったんですからね。
 アフリカを舞台に冒険野郎クォーターメインと行方不明になった考古学者である父を捜す女性が、キング・ソロモンの秘宝をめぐってドイツ軍とやりあう。と、典型的な冒険物語です。人食い人種に巨大な鍋で煮られて食われそうになるなんて、今時なかなかありませんよ。
 ドイツ軍の乗った列車に銃を持って突っ込んだクォーターメインが、あまりの敵の多さにラッパを吹いてごまかすなど笑えるシーンも多く、分類上はアクション・コメディですかね。
 ドイツ軍側の悪人として『レイダース失われたアーク』でインディに協力するエジプト人をやっていた人が出ています。このキャスティングはわざとなんでしょうねぇ。こいつは底なし沼に兵隊を進ませておいてそこを機関銃でバリバリ撃ち、その死体の上を歩いて渡るなど、根っからの悪党です。
 監督はJ・リー・トンプソン。ベテランらしくきっちり楽しませてくれます。主役はリチャード・チェンバレンとシャロン・ストーン。この頃のシャロン・ストーンは割と良かったですね。その後はどーにかしてくれって女優になってしまいましたが。
 続編も作られましたが、そっちはクソです。

2003.09.26追記
 『キングソロモンの秘宝』のDVDが出る~。
 同じアラン・クォーターメインが主人公の『リーグ・オブ・レジェンド』の公開が近いからだろうか?
 『リーグ・オブ・レジェンド』のクォーターメインはショーン・コネリーだが、こちらはリチャード・チェンバレン。わりと好きな役者なんだが、あまり賛同を得たことがない。やはり『タワーリング・インフェルノ』がいかんかったのかなー。そういえば、『ボーン・アイデンティティー』が昔テレヒューチャーになったときボーンを演じたのもチェンバレンだった。記憶がない状態で、渡された拳銃を本人が意識することなく勝手に手が動いて分解するシーンがカッコよかった。
 てなわけで、12月5日に発売である。
 それにしてもDVDの通販サイトディスクステーションでの商品紹介がなんとも悲しくて・・・ストーリー紹介の最後に
 「冒険映画の要素は充分備えているのに、安っぽい効果と要領を得ない演出が退屈な作品にしてしまっている。」
 だって・・・きっちり冒険コメディ映画に仕上がってるわい。安っぽい効果ったって『レイダース』とは予算が1桁か2桁は違うんだぞ。要領を得ない演出だと、監督は御大J・リー・トンプソンだぞっ!っていうか、ほぼ基本通りに冒険ものの演出やってるぞ。どこが“要領を得ない”んだ?ひょっとして、時々入る不条理系のギャグをあんたが理解できてないだけじゃないのか。
 どうにも売る気がないんじゃないかと思わせる商品紹介だ。いらない物まで思わず買わせてしまうテレビショッピング(特に海外系)の話術を見習えっ! じゃぱねっとたかたの社長に弟子入りしてこいっ!

『グリーン・デスティニー』

『グリーン・デスティニー』(2000) 監督:アン・リー 出演:チョウ・ユンファ/ミシェル・ヨー/チャン・ツィイー/チャン・チェン

コロンビアピクチャー作品だからハリウッド資本のアジア映画といったことになるのかな。
まてよ、コロンビアピクチャーはSONY資本か。
昔の中国を舞台に、二組の男女の愛が剣劇と共に繰り広げられる。

「なんていうか、チグハグな感じのする映画でしたね」

そうだね。ロマンス部分とアクション部分が完全に乖離してしまっているよね。まるで2本の映画を無理やり編集で1本につなげてしまったかのようだ。
シーンとシーンを黒身カットでつなげるなどの手法を取っていたり、全体の演出から考えるに監督は文芸肌の人なんじゃないかな。ロマンス映画に無理やりアクションシーンを押し込んだってのが本当のところかな。

「でもアクションの出来は良かったですね。アクション監督は『マトリックス』でクンフーの振り付けをやったユエン・ウーピンですし。茶店での闘いのシーンなんかカッコよかったですよ」

うん。とにかく人が飛ぶ、跳ねる。
屋根の上から上へと飛ぶ、竹林の枝の上を飛びながら戦う、水面すら跳ねて飛ぶ。
『チャイニーズゴーストストーリー』とかの頃は吊っているワイヤーが丸見えだったけど、CGや合成を使ってワイヤーを消しているんだろうね、全然見えなかった。

チョウ・ユンファとミッシェル・ヨーが出演していて、二人は心の奥で愛し合っている。
役者としての格から考えれば二人が主役なんだろうけど、本当の主役はもう一組の若い男女の方かな。あえて言うならチョウ・ユンファとミッシェル・ヨーは特別出演っぽいね。
個人的にはチョウ・ユンファの剣劇シーンが観れたから満足かな。かなり練習したんだろうね。

「チョウ・ユンファってアクションはどうなんですか」

喫茶店でウエイターをやりながら俳優を目指していた人だから、例えばジェット・リーみたいな武術を鍛錬してきた人とは違うね。銃を使ったアクションは多いけど、クンフー的なアクションは『狼たちの絆』で観たぐらいかな。
今回も激しいアクションはミッシェル・ヨーに任せてるしね。

『グリーンマイル』

『グリーンマイル』(1999) 監督・脚本:フランク・ダラボン 原作:スティーヴン・キング 出演:トム・ハンクス/デヴィッド・モース/ボニー・ハント/マイケル・クラーク・ダンカン/ジェームズ・クロムウェル/マイケル・ジェター/グラハム・グリーン/ダグ・ハッチソン/サム・ロックウェル/バリー・ペッパー/ゲイリー・シニーズ/ハリー・ディーン・スタントン

監督は『ショーシャンクの空に』のフランク・ダラボン。
結論から言ってしまえば、原作に忠実にまじめに撮っている。
しかし、それだけ。
『ショーシャンクの空に』もそうであったが、この監督は自ら描きたいシーンというのはないのであろうか?
原作の通り、まじめに。そのまじめがいけないのか?
『ショーシャンクの空に』の原作が『刑務所のリタ・ヘイワース』という題であったり、『グリーンマイル』が全6巻を1ヶ月ごとに分けて出版するといった、キングが持っている茶目っ気が抜けているのである。
全編を通して、これといった突出したシーンもなく、観ていて退屈とまではいかないが、原作を読んでいれば観る必要はない。
とにかく、3時間は長すぎるんじゃないだろうか。

ハリー・ディーン・スタントンが死ぬほどもったいない使い方されてます。
あの名優(奇優?)を・・・もったいない。

『クリムゾン・キモノ』

『クリムゾン・キモノ』(1959) 監督・脚本:サミュエル・フラー 出演:ジェームズ繁田/グレン・コーベット/ヴィクトリア・ショウ/アンナ・リー

 突然殺人が起こるオープニング。
 この事件を追う白人と日系人の二人の刑事を描いているが、刑事映画よりも白人の絵描きの女性を巡る三角関係が中心になる。
 白人刑事は絵描きに惚れているが、絵描きは日系刑事と恋に落ちてしまう。
 犯人も含めてごく普通の人ばかりなのに突然起こる暴力。感情の爆発。
 ストーリーに意味はない。その素晴らしさ。

2004年06月08日

『クリムゾン・リバー』

『クリムゾン・リバー』(2000) 監督:マチュー・カソヴィッツ 出演:ジャン・レノ/ヴァンサン・カッセル/ナディア・ファレス

思いっきりネタバレしますので、未見の方は気をつけて。

地上50mの断崖絶壁に吊るされていた胎児の形に縛られていた猟奇的な死体。
それを捜査するジャン・レノ。
かたや、墓荒らしと小学校の資料室荒らしを捜査するヴァンサン・カッセル。
このまったく別々に思えた事件が、いつの間にか結びついていく。
ちょいと唐突な感がしないでもないが、演出は割に丁寧なので気にならない。
ただ、二人が別々に捜査しているときの方が魅力的で、二人が一緒になってから少しトーンダウンしてしまう。
1+1=2になっていないのが残念なところ。
結論から言ってしまえば、この映画の悪役はナチスドイツとかファシズムです。
頭の優れた人と身体の優れた人の子供は頭も身体も優れているという『優生学』。その考えに基づいて運営されている大学が悪役なのである。
フランスにとってはドイツという国は許せても、いまだナチスドイツは悪なのだ。

その大学に復讐するために殺人犯は殺人行為を繰り返し、最後には雪崩で大学を埋めてしまおうとする。その犯人はジャン・レノが惚れたヒロイン、とラストまで思わせながら、唐突にそのヒロインの双子の姉妹が登場。
その姉妹が真犯人だったのだ~!!なんという衝撃的なラスト!!
って、分かるかい、そんなの。
大体、その姉妹は20年も前に死んだはずになっていたのが実は生きていたってことなのだが、その20年間、どこでどうやって暮らしてたんだ?
原作小説があるらしいので、そっちではもう少し詳しく書かれてるんでしょうが。

『セブン』あたりを思わせるサイコ・サスペンス的な部分。
『バーティカル・リミッツ』あたりを思わせる山岳でのアクションシーン。
わりにハリウッド的な印象のフランス刑事映画でした。

フランスでヒットしたのは分かるのだが、日本でヒットした要因は何なんだろう?女性の観客が多かったしジャン・レノ人気なのかな。

「ジャン・レノってそんなに人気あるんですか」

『レオン』とかあるし、CMにも出てる。わたしは大好きなんだがな。

2004年06月24日

『カウチポテト・アドベンチャー』 テレビ漬けにしてやるぜ

『カウチポテト・アドベンチャー』(1992) STAY TUNED 1993/7/4鑑賞

監督:ピーター・ハイアムズ 脚本:トム・S・パーカー/ジム・ジェンヌウィン 撮影:ピーター・ハイアムズ 出演:ジョン・リッター/パム・ドーバー/ジェフリー・ジョーンズ/デヴィッド・トム/ヘザー・マコーム/ユージン・レヴィ

あまり有能とは言えないセールスマンは仕事と生活にすっかり疲れていた。妻と二人の子供にも無関心で、テレビを見ることだけが彼の楽しみだった。ところが、人間に化けた悪魔が今に大型テレビを備え付けてしまい、スイッチを入れたとたん夫婦はテレビの中に吸い込まれてしまう。『ウェインズ・ワールド』のウェインとガースがミイラになってホストを務める音楽番組など、すっかりイカれた番組が次々と代わり、二人はその中を漂流する。
家に帰ってきてことの次第を知った兄妹は、両親を助けようとテレビや庭に設置された巨大パラボラアンテナを操作する。
フランス革命の番組で貴族役になった両親は、民衆に追いつめられギロチンにかけられることになる。このままでは命が危ないと勇気を振り絞った父親は、剣を取ると学生時代に選手だったフェンシングの腕をいかして危機から脱出。そしてようやくテレビの中から抜け出すが、妻だけ取り残されてしまう。彼は再びテレビの中に戻り妻を取り返すため悪魔と対決し、ついには悪魔を倒す。
その後、彼は自分に合わなかったセールスマンの仕事を辞め、フェンシング教室の教師になった。そしてもうテレビにのめり込むことはなかった。

アメリカはケーブルテレビが普及しており、100チャンネル以上もの多チャンネルが一般化しているそうだ。視聴者の嗜好に合わせて、ドラマ専門・ニュース専門・映画専門・テレビショッピング専門チャンネルなど様々あり、伝道師の説教ばかりを流している宗教専門チャンネルまであるそうだ。日本ではケーブルテレビよりも通信衛星放送のスカイパーフェクTV!によって多チャンネル化が行われたが、まださほど普及率は高くないだろう。「テレビはタダ」という意識が強く視聴料に対して抵抗があるのだろう。もっとも、“タダ”に思える民放も普段の買い物で支払っている代金の一部が、企業からテレビ局へ広告料として流れて成り立っており決してタダはない。テレビを見ない人からも無断かつ強引に徴収しているわけで、NHKの受信料を不払いしているぐらいだったら、こちらを問題にした方がいいのでないだろうか。
家に帰ってきたらすぐテレビのスイッチを入れ、テレビを見ながら晩飯を食い、その後はビール片手にカウチに座ってテレビを見て、後は寝るだけといったような人物は時折映画や小説に登場する。魅力的な人物として描かれていることはまずない。そもそも映画や小説はテレビに対して皮肉めいた視線を取ることが多い。

悪魔がスーツの袖もとからジャキッとテレビのリモコンを飛び出させるのが妙にイカしている。
両親が飛び回っている色々な番組はテレビや映画のパロディになっているのだが、これはそれほど笑えるというものではなかった。映画はまだしもテレビ番組だと元ネタが分からないというのもある。

2004年07月26日

『検事Mr.ハー/俺が法律だ』 困った癖の検事さん

『検事Mr.ハー/俺が法律だ』(1986) 執法先鋒 1989年後半に鑑賞

監督:コリー・ユン 製作総指揮:レイモンド・チョウ 脚本:バリー・ウォン/スゼット・チェク・ホン 撮影:トム・ラウ 音楽:ロメオ・ディアズ
出演:ユン・ピョウ/シンシア・ラスロック/メルヴィン・ウォン/ユン・ケイ/ウー・マ

タイトル通りにユン・ピョウが検事を演じている。ただしこの検事、自分が検察を担当した裁判で負けて悪党が釈放されると、その居所に忍び込んではクンフー技で惨殺してしまうという困った癖がある。クンフーを磨いてる暇があったら検察官としていっそうの勉強をするべきだろう。
同じような例だと『デアデビル』のベン・アフレックがいて、こちらも裁判で自分を打ち負かした相手を自警団気取りで殺しに行く。自分の弁護士としての能力が不足していたと反省はしないんだろうか。
闇の始末人Mr.ハーの存在に気づき捜査を進める白人女性刑事がシンシア・ラスロック。同じくユン・ピョウ主演のオールスター大作『冒険活劇/上海エクスプレス』でも見せていた切れ味の良い格闘アクションが格好いい。中でも女性悪役との対決は一見の価値あり。
全篇にユン・ピョウの身体を張った命がけな“痛い”アクションが満載。同じようなアクションでもジャッキー・チェンだとコミカルな味わいがあるが、この映画はシリアス風味なのでやけに悲惨でその分余計と痛そうに感じる。
ラストでは空高くを飛ぶ小型飛行機からユン・ピョウがパラシュートなしで海に向かって飛び降りる。うぉっ!まさに命がけ。バッシャーンと大きな波しぶきをあげて着水し、そしてカメラが波にユラユラと揺られるユン・ピョウに寄っていくと・・・・・・死んでる。
飛び降りた意味ねーっ!

かくして登場人物のほとんどが“無駄”とも思える死に方をして、何の救いもないまま映画は幕を閉じるのであった。

2004年08月11日

『ゴッド・ギャンブラー』 賭神、賭聖、賭侠

『スパイダーマン2』でかなり調子が復活したんですが、そこで満足していたら人類は未だに洞窟暮らしだったわけで、さらに快適を目指して『ゴッド・ギャンブラー/賭聖外伝』『ゴッド・ギャンブラー2』『ゴッド・ギャンブラー3』をレンタルしてきた。この三本、賭博物とは仮の姿でその実体はハチャメチャギャグコメディなのだーっ!
「あれ、『ゴッド・ギャンブラー』ってコメディだったか?」とお思いのあなたのためにシリーズの流れを簡単に説明しておきましょう。

そもそも第一作の『ゴッド・ギャンブラー(賭神)』がチョウ・ユンファ主演で作られたのが1989年です。
ヒットしたこの映画の柳の下を狙って、さっそくパロディ作品が作られました。ジョン・ウー監督の『ワイルド・ヒーローズ/暗黒街の狼たち』などで二枚目を演じていたチャウ・シンチーをコメディアンとして大胆に起用した『ゴッド・ギャンブラー/賭聖外伝(賭聖)』です。これが本家をしのぐ大ヒット。その後のチャウ・シンチーのコメディー路線を決定づけることにもなります。
こうなると本家の方も黙ってはいられませんが、あいにくと主演のチョウ・ユンファはB型肝炎で休養中。そこで一作目でチョウ・ユンファの仲間になったアンディ・ラウを格上げし、賭博に生きる任侠-“賭侠”として主役に据えることにします。だがこれだけでは少々不安があると思ったのか、パロディ作である『賭聖』からチャウ・シンチーを連れてきて“賭侠”+“賭聖”二枚看板にしてしまったのです。
さすが香港映画、発想が並ではありません。いや、こういう言い方だと「内心馬鹿にしてるんだろ」とか思われますが、本気で言ってますよわたし。監督のバリー・ウォンは天才に違いありません。
チョウ・ユンファも一応、前作からの使い回しのカットや写真、明らかに別人な後ろ姿、そして黄金の銅像として登場してます。微妙に似ていて、微妙に似ていないこの胸像が気持ち悪いこと。

そして三作目の『ゴッド・ギャンブラー3(賭侠Ⅱ之 上海灘賭聖)』では原題に“賭侠”とあるもののアンディ・ラウは欠片も出てきません。チャウ・シンチーは一枚看板の主役です。
これは、ビートルズのステージにゲストとしてラットルズが出演したと思ったら次のコンサートではラットルズだけだったような、アテネでナインを指揮していたのがプリティ長島だったような、“美空ひばり”のコンサートが地元であるというので公民館に行ったらエノケソ一座の“美空いばり”だったような、もう自分でも何を言ってるんだかよく分かりませんが、ともあれ大したことです。
しかも、初っぱなから超能力者のサイキック合戦が始まります。その影響で時空に穴が開き、1930年代末の上海に飛ばされてしまうチャウ・シンチー。『賭聖』では透視がせいぜいだったのがずいぶんとパワーアップしています。そして『少林サッカー』で少林隊の監督をやっていたいつもの相棒ン・マンタが演ずる自分の祖父と出会い、未来に帰るべく方法を探るのですが、時は正に第二次世界大戦も間近い頃、日本軍の侵略の手が上海にも伸びスパイの“男装の麗人”川島芳子までが暗躍跋扈しています。
「そうか、この危機をギャンブルの腕を活かして乗り切るのだな」と思いましたが、ギャンブルはほとんど出てきません。代わりにチャウ・シンチーが使うのは超能力とクンフーです。ラストでは“賭神”のボディーガードが特殊部隊を率いて登場し、サブマシンガンなどの近代兵器で日本兵を皆殺しにします。その影響で未来が変化してしまうのがSFの決まりごとですが、誰も気にしちゃいません。美人だったはずの川島芳子が憎たらしいオバサンになっているのも史実と違いますが、これも歴史への干渉があったせいなのでしょう。
エンディングが飛び上がったチャウ・シンチーのストップモーションというのもうれしいところです。

『ゴッド・ギャンブラー3』は、もうどこが『ゴッド・ギャンブラー』なんだよとツッコミ所で一杯ですが、あえて言うならボディーガードのドラゴンが一作目から皆勤賞で出演していることと、監督がバリー・ウォンということでしょう。
こうなるとチョウ・ユンファが復帰したシリアス作『ゴッド・ギャンブラー完結編』の方がむしろ番外編に思えるってのは無茶でしょうか。

2005年02月03日

『カンフーハッスル』 男ならカンフーだっ!もちろん女もなっ!

『カンフーハッスル』(2004) 功夫 KUNG FU HUSTLE 中国(香港) 103分 2006/01/30鑑賞

監督:チャウ・シンチー 製作:チャウ・シンチー、ジェフ・ラウ、チェイ・ポーチュウ 脚本:チャウ・シンチー、ツァン・カンチョン、ローラ・フオ、チャン・マンキョン 撮影:プーン・ハンサン 音楽:レイモンド・ウォン
出演:チャウ・シンチー、ユン・チウ、ユン・ワー、ドン・ジーホワ、シン・ユー、ブルース・リャン

エブリバディ ワズ カンフーファイティングッ! ハッ!という例の曲を聴くと『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』(2000)を思い出してしまうのだが、元々はカール・ダグラスという人が歌い70年代にヒットしたアメリカのディスコミュージックだそうだ。70年代、ディスコとくればなるほどファンキーでアフロでついでに『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977)だ。すると『嵐を呼ぶジャングル』は1970年代対2000年代の戦いだったわけか。
それはともかく、ブルース・リーの熱狂的マニアとして知られるチャウ・シンチーがついに本格的カンフー映画を作り上げた。誰がなんと言おうと本格的だっ!ハッ!

チャウ・シンチー演ずるシンは相棒のデブと一緒にせこい詐欺や強盗で半端な暮らしをしている。だがそんな彼も子供時代は正義心が強い少年だった。あるルンペン(ユエン・チョンヤン、袁家の一人で『チャーリーズ・エンジェル』の武術指導を担当)から100年に一人の天才だと褒められ『如来神掌』という拳法の極意書を売りつけられる。それから彼は本を片手にクンフーの練習に明け暮れる毎日を過ごし、そしてある日、唖(おし)の少女が悪ガキたちにいじめられているのを見かけた彼は少女を助けようと悪ガキに立ち向かった。しかし、必殺であるはずの『如来神掌』はまったく通用せず、逆にこてんぱんに叩きのめされてしまった。そう、その極意書とはそこらの駄菓子屋で売っているインチキ本で、彼はルンペンにまんまと騙されたのだ。少女が奪われそうになった棒付きキャンディーをお礼にと差し出すが、彼はそれを振り払うと「正直者は馬鹿を見る。悪どく生きなければ」と悪の道へと入ってしまう。
それから月日が流れ、シンは悪党になったと言ったも大した悪事も出来ずチンピラのままなのだが、その地域一帯を支配しているギャング団斧頭会のメンバーになりたいと願っていた。その斧頭会は豚小屋砦というスラム街を乗っ取ろうと手下を送り込むが、住人の中に職人として平凡に暮らす三人のクンフーの達人がいて返り討ちにあってしまう。そこから斧頭会、豚小屋砦、そしてシンたちによる「ありえねー」争いと大騒動が始まるのだった。

とにかくね、「CGを使いすぎだ」とか「いくらなんでもあんなのはありえない」とか「痛い残虐なシーンが嫌だ」とか「ギャグがしょーもな」とか「下品だ」とか文句を言うな。CGをつかいすぎのありえないクンフーと残虐・下品なギャグがあるから面白いんだろうが、こら。「しょーもないけど笑える」とか言うな。しょーもないから笑えるんだ。分かってねーな、お前ら全員校庭10周!
それともなにか、チャウ・シンチーが金を出せとアイスキャンディー売りに詰め寄ったシーンで、カメラが引くと後ろの建物に貼られたロマンス映画(フレッド・アステア主演のミュージカル『オペラハット』)の巨大ポスターに写し出された男女が、チャウ・シンチーたちと同じポーズで熱く抱擁しあってるという構図に君らの映画的感性は揺り動かされなかったのか?
火雲邪神に瀕死の重傷を、いや凡人ならば間違いなく死んでいた傷を負わされ、軟膏や包帯でぐるぐる巻にされたチャウ・シンチーが、実は100年に一人どころか一万年に一人の才能の持ち主で驚異的な回復力によってバキッパシッと包帯にヒビが入り、続いてサナギから羽化した蝶が色鮮やかな羽を広げて空へと飛び立っていくシーンにつなげることで、チャウ・シンチーが再生し、生まれ変わり、ついに真の力を手に入れることを表現する、その手法の大胆さに胸は打たれなかったか?
そして、開店したばかりのキャンディー屋の前で向かい合う男女が、カメラが回り込んでいる間にあの時と同じ少年少女の姿になっているところで涙を流さなかったというのかっ!
色々な物をはぎ取っていくと最後に残る一本の芯はこれがなかなかに映画している。そこをちゃんと感じなきゃ。考えるな、感じるんだbyブルース・リーだぞ。
「CGを使いすぎだ。CGは補完的に使うべきだろう」とか言うがな、そりゃ普通の映画の場合だろ。これはギャグ色の強いコメディ映画なのでとにかく派手にとにかくしつこくて当然。中途半端が一番いけないのであって、これだけ徹底させなければ本気で笑えるギャグ映画にはならなかった。ラストの斧頭会対チャウ・シンチーの戦いも、ブルース・リーばりにリアルに戦ったらそりゃ格好いいけど笑えないだろ。斧頭会のギャングがぽんぽん空をすっとんでいき、投げ飛ばされたギャングが壁を突き破って大きな穴を開けるから笑える。『マトリックス リローデッド』のネオ対100人スミスなんざ眼じゃないぞ、これは。それに、チャウ・シンチーら主要キャストがちゃんと身体が動く人だからこれだけのことだできるわけで、そこらの人を捕まえて同じ役をやらせたってとうてい画にならず無理だ。CGがあれば何でも出来るってわけじゃない。
例えばジャッキー・チェンみたいに生身の役者が命がけでやってるからスゴイというのもあるが、この作品の場合そもそも目指しているところが違う。だから特撮が役者のクンフーの魅力を薄めているという非難は的はずれだろう。普通のクンフー映画ではなく、「ありえねー」クンフー映画なのだ。わたしなんか逆に、「えーこんなもんなの?もっともっと無茶苦茶やってよ。出来る、あんたらなら出来るはずだ。本気でありえねーと叫ばせてくれ」と思ったぐらいだ。
痛いギャグは確かに好みがあるだろう。いかにも痛そうだからギャグになるんで嫌いな人はまあ我慢してくれ。豚小屋砦の大家夫婦にナイフを投げようとして、どういうわけか全部チャウ・シンチーの肩や腕に刺さってしまうギャグとか好きだけどね。しかも、その後のレースゲームの様なマンチェイスシーンでは肩に刺さったナイフをバックミラー代わりに後ろを見てるし。でも、わたしはテレビはほとんど見ないのだが、日本のバラエティ番組なんかもっと人を不快にさせるギャグをやってるとわたしは思うのだが。
同じチャウ・シンチー作品と言うことでどうしたって『少林サッカー』(2001)と比べてしまう。ストーリーや登場人物から言えば正直『少林サッカー』の方が上だ。『カンフーハッスル』には魅力的な登場人物がちょっと少ない。相棒のデブ(少林サッカーの空飛ぶ弟弟子)やアイスキャンディー売りの女性は大きな意味を持っている割にはあまり目立たない。斧頭会も物々しく登場し集団で踊ったりしていた割にはボスなどほんの脇役に過ぎない。死に方情けないしな。
その分を豚小屋砦の大家夫婦と火雲邪神が埋めてくれるがこれまたあまり日本の若い観客には受けなさそうなオジさんとオバさんだ。
大家は『サイクロンZ』で「香港のトニー谷」として有名になったユン・ワー。この人はジャッキー・チェンやサモ・ハン・キンポーらと同じ京劇学校出身でスタントマン経験もあって、ちゃんとしたアクションが出来る人。奥さんの方は知らないなと思っていたら28年振りの映画出演だそうだ。そりゃ知らんわ。こちらも京劇出身でスタントもこなす女優さんだったとか。
で火雲邪神はと・・・うわあああぁブルース・リャンでねーの。『帰って来たドラゴン』(1974)なんかのあのブルース・リャン?わたし『帰ってきたドラゴン』のDVD持ってるよ。なんというか、昔はいい男だったがだいぶと変わったねぇ、というか太ってぱっと見はただのオジさん。映画界を追われた後苦労したんだろうな。しかし、戦い始めると往年の輝きを取り戻すのはさすが。
わたしはそれほど香港映画の俳優について詳しいわけではないので分からないのだが、他の出演者も三職人などクンフー使いは実際にちゃんとしたクンフーとアクションが出来る役者を使っているそうだ。最初にも言ったがチャウ・シンチーはブルース・リーだけではなくクンフー映画そのものがかなり好きでマニアックなネタが仕込んであるらしい。『如来神掌』というのは香港のクンフーコミックに登場する必殺技だそうだ。日本で言うところの『かめはめ波』みたいな物か。
『少林サッカー』に作曲家になりたいと言って登場していた変な顔の兄ちゃんや筋肉男、小さいかと思ったら実は・・・な男などみょうちくりんな豚小屋砦の住人は愉快な連中なのだが、あまりの騒動を恐れて途中で逃げ出したのか後半はほとんど姿を見せない。そのためラストの戦いは「豚小屋砦を守ってみせる」「いや奪ってみせる」といった正義対悪という構図が薄くなっている。だがチャウ・シンチーはそもそも豚小屋砦側の人間ではないわけで、砦云々よりも達人同士が決着を付けるのが戦いの目的なのだろう。

「カンフーでの戦いでCGを使って相手を吹き飛ばしたら面白くね」「面白い、それいこうそれ」などと適当に作ったのではいわゆるおバカ映画にしかならない。
『カンフーハッスル』の素晴らしい点は「くだらねー」とか「しょーもなー」とか言った周りからの騒音に耳を貸さずに、こんな面白い映画を作りたいんだっ!こんな燃える映画を、笑える映画を作りたいんだっ!という貫いた意志のもとに一心不乱に作られているだろうことだ。映画作りに対するその熱き思いの真摯さにわたしは胸を打たれ感動が止まないのである。
劇場を後にしながら「あー、わたしも身体を鍛えなきゃなぁー」と思った。
EVERYBODY WAS KUNG-FU FIGHTING HAAAA!

2005年02月12日

『恐怖の報酬』(1953) 最悪のニトログリセリン輸送

『恐怖の報償』(1953) LE SALAIRE DE LA PEUR フランス 149分

監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー 原作:ジョルジュ・アルノー 脚本:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー 撮影:アルマン・ティラール 音楽:ジョルジュ・オーリック
出演:イヴ・モンタン、シャルル・ヴァネル、ペーター・ヴァン・アイク、フォルコ・ルリ、ヴェラ・クルーゾー

東京の住宅地の真ん中で温泉を掘っていたところ地中から噴出した天然ガスに引火し火災になったそうで。消防隊が急行して火を消そうにも、地面の中から次から次へと天然ガスが吹き出して来るものだから、いくら水をかけようが化学消化剤をまこうがなかなか消えない。このように天然ガスや石油掘削現場での火災事故というのは燃えるのが仕事のような可燃物が大量にあるのでいったん火事になると消火は困難だ。
ちょっとした大きさの天然ガス溜まりを掘削機がぶち抜いてしまったのならばガスが燃え尽きるのを待つという手もあるが、油田の掘削現場だと石油が燃え尽きるのを待つというわけにもいかない。それどころが一分一秒ごとに金になる大量の原油が燃えているのだ、関係者は気が気じゃないだろう。
こういった火事を消すのに奥の手がある。火災現場を爆薬で吹き飛ばし、爆発で生じた炎が周辺の酸素を全て燃やし尽くし、しばらくの間だけ酸欠状態にして消火するというかなり荒っぽい技だ。『沈黙の要塞』(1994)の冒頭でスティーヴン・セガールがアラスカの油田火災でやっていたあれである。
今日紹介する『恐怖の報酬』は、中南米にある油田で火災が発生し、それを消火するために使う爆薬のニトログリセリンを500キロの山道を運ぶ男たちの映画だ。
ご存じのようにニトログリセリンは爆発力の強い液体状の爆薬で、ちょっとした衝撃でも爆発することがある危険な薬品だ。それを運ぶのはトラック運転のプロや肝っ玉のすわった奴などではない。多額の懸賞金に吊られて運転手に選ばれたのは本国フランスで食い詰めて流れ流れて中南米までやってきたようなあぶれ者ばかりの4人の男だ。つまり、油田会社にとっては失敗して死んでも惜しくも何ともない連中というわけだ。
2人1組で2台のトラックに分けて出発した男たちは、いくらニトログリセリンが危険と言ってもただ運ぶだけだろ、たかが500kmの距離だと高をくくっているのだが、先に進む内に普段ならどうということのない山道が彼らに牙を剥き始め、気のゆるみが危険につながってくる。簡単だと思いこんでいた仕事が恐怖そのものだと気付いたときにはすでに引き返すことは出来なくなってた。彼らは疲弊し狂気の縁を歩き始める。

ドキドキハラハラではなくドキドキだけの映画。立ちふさがる困難を一つ一つ対処しては先へ進むのだが、そこに爽快感はない。むしろ、進めば進むほど仲間が倒れ減っていき重苦しさが増すばかり。これがハリウッド映画ならば一つ難問が片付く毎にわっと盛り上がるのだろうが、さすがフランス映画というか監督がアンリ=ジョルジュ・クルーゾーだけのことはある。
若き日のイヴ・モンタンが格好いい。ニヒリストでタフなのは少々ステレオタイプだが当時衝撃だったラストへの逆伏線なのかもしれない。

1977年にハリウッドで同タイトルの『恐怖の報酬』として監督ウィリアム・フリードキン、主演ロイ・シャイダーで再映画化されているが、モノクロからカラーに変わったこととラスト以外はほぼそのまま構図まで同じに近いリメイクの上に、監督がフリードキンなのでアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの53年版を観ていれば77年版は観る必要はなし。
どうせなら、油田火災とニトログリセリンいう題材なら、ジョン・ウェインが率いる油田消火のプロフェッショナルチームの活躍を描いたアンドリュー・V・マクラグレンの『ヘルファイター』(1968)をお勧めする。ジョン・ウェイン西部劇のカウボーイの子孫は現在こうやって暮らしてるのかと思わせるような楽しい(いや、やはり火災は楽しくないが)映画だ。

2005年03月29日

『キング・アーサー』 聖杯探求もエクスカリバーもなし

『キング・アーサー』(2004) KING ARTHUR 126分 アメリカ 2005/03/28鑑賞

監督:アントワーン・フークア 製作:ジェリー・ブラッカイマー 製作総指揮:ネッド・ダウド、チャド・オマン、マイク・ステンソン 脚本:デヴィッド・フランゾーニ 撮影:スラヴォミール・イジャック 編集:コンラッド・バフ 音楽:ハンス・ジマー
出演:クライヴ・オーウェン、キーラ・ナイトレイ、ヨアン・グリフィズ、ステラン・スカルスガルド、スティーヴン・ディレイン

 このところちょっと流行っていた歴史大作物もそろそろ終わりだろうか。なにより大作に必要な手間暇と工夫が感じられず、全体的に安っぽいというかインチキ臭くて、合戦のシーンは適当な衣装を着たオッちゃんたちがそこらの空き地で合戦ごっこして遊んでいるようにしか見えない。
ほら、よくあるでしょ大きな戦があった地でその記念日になると地元の人々が仮装してその戦いを再現するって奴。あのレベルにしか見えないのだ。
 剣や槍の時代の戦いについてはピーター・ジャクソンが『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで徹底してやってしまったため、あの後だと半端な合戦シーンはほんと見劣りがしてしまう。そこらの空き地だもんなぁ。

 人間ドラマとしてはそれなり。巨大な権力を持ち主人公たちを支配するローマに対して、従うべきかそれとも独立を求めて戦うべきかというアーサーの苦悩が良く描かれている。どちらかというと線の細いクライヴ・オーウェンも従来の自信に満ちあふれ力強いアーサーではなくローマとブリテンとの間で苦しみ揺れ動く青年には適役だ。
だけど、イヤだイヤだイヤだイヤだ、こんな奴はわたしのアーサー王じゃないやい。
アーサー王だっていうのなら、湖の精霊から聖剣エクスカリバーを授けられたり、役に立つんだか立たないんだかよく分からない聖杯を探すのに必死になったり、親友の騎士ランスロットルにカミさんを寝取られてしまったり、最後には殺人の罪で警察に逮捕されたりする、そんな立派だかどうだかよく分からない男じゃなきゃイヤだ。時にはアッシュと一緒に死霊と戦ってこそアーサー王じゃないのか?

 いっそのこと歴史“大作”ではなく“史劇”としてじっくり作り込めばよさそうなものだが、なぜか意味不明なアマゾネス軍団(アマゾンにいるわけじゃないから正確にはアマゾネスじゃないが。右乳もあるしな)を登場させたりとウケを狙っているのかどうか理解に苦しむシーンもある。
すでに神話と化しているアーサー王伝説を、現在分かっている範囲で現実の物として描いているのだが、そもそもわたしもそうだがあまり日本人にはアーサー王伝説に親しみがないためにインパクトが薄いのかも知れない。
 ちなみに、わたしにとってアーサー王に関する知識の原点は子供の頃に見たアニメ『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』である。
このアニメは日本製で、物語の後半になるとアーサーが国王のくせに無責任にも国や家臣を放ったらかしにして唐突に城を飛び出し、水戸黄門のように身を隠したまま世直しの旅を始める。ただでさえ史実から比べて神話寄りになっているアーサー王伝説を、もはやオリジナルとは関係のないエンターテイメントにしてしまった快作である。
・・・・・・・・・こいつはイギリスをはじめとするヨーロッパでも放映されたのだろうか?

2005年04月10日

『クリムゾン・リバー2 黙示録の天使たち』 ファイト一発アンフェタミン!

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『クリムゾン・リバー2 黙示録の天使たち』(2004) LES RIVIERES POURPRES 2 - LES ANGES DE L'APOCALYPSE  100分 フランス 2004/06/03鑑賞

監督:オリヴィエ・ダアン 製作:アラン・ゴールドマン 共同製作:リュック・ベッソン 脚本:リュック・ベッソン 撮影:アレックス・ラマルク 音楽:コリン・タウンズ
出演:ジャン・レノ、ブノワ・マジメル、クリストファー・リー、カミーユ・ナッタ、ジョニー・アリディ

 小説などでマジノ線という存在は知っていたが、現物を見るのはこの映画が初めてだった。日本での一般的な知名度は低いだろうから、中盤からいきなり地面に格納してカモフラージュできる機関銃座や地下通路が出てきた時は「何だこれは」と思った方も多いだろう。
マジノ線とはフランスが第一次大戦終了後、ドイツへの脅威に対抗するためその国境線に沿って築き上げた要塞線である。要所要所に強固な陣地を作りそれを地下通路でつなげ絶対的とも思われる防御力を誇っていたそうだ。万里の長城の近代版みたいなものと考えてもいいのだろうか。
しかし、フランス国民があまりにもマジノ線を信頼しすぎ、またその建設に巨額な費用がかかっため他の兵器・武器の製造が後れを取ってしまう。結果ドイツの猛攻に耐えきれずいったんマジノ線の一部が破られると侵入してくるドイツ軍に対抗する手段がなく、フランスはあっけなくドイツに占領されてしまう。
防御を固めて守りに入って籠城戦になると、短期戦ならともかく長期戦になった場合は援軍がこないと勝ち目はないという。マジノ線の敗北も同じだ。

 『クリムゾン・リバー2』とはなっているが、ジャン・レノが同じ役柄で登場している刑事映画であることぐらいしか共通点はない。ああ、ナチスが悪者というのも同じか。
とある修道院を中心にイエス・キリストとその弟子たちに見立てた猟奇的な連続殺人が発生する。
ジャン・レノら三人の警官が捜査に当たるが、常に先を越され死体の数は増えるばかり。犯人の姿を目撃するが、修道僧の格好をしたその連中はフードを被りその中は真っ暗で顔が見えない。そしてものすごい怪力などの身体能力を持っており、銃で撃たれてもひるまずに俊足で逃げ去ってしまう。
そしてその者たちの陰に元ナチスの将校(クリストファー・リー)の姿が浮かび上がってくる。クリストファー・リーは第二次大戦中にマジノ線を占領していたドイツ軍の一人。いったいマジノ線に何があるのか?バチカンの秘宝とはいったい?

 人里離れた修道院の番号が不吉だからと使われていなかった13号室で、迷信を気にしないとその部屋を訪れた新しい修道僧が十字架をかけるために壁に釘を打つ。するとまるで奇跡かのように壁から血が流れ出す。いや、奇跡などではない。壁の中には殺された男の死体が塗り込められていたのだ。
この修道院という舞台設定と超常現象を思わせるようなオープニングは、これから何が起こるのだろうかと感じさせてなかなかに秀逸だ。
オープニングだけではなく中盤までは「何故だ?何故なんだ?」「一体どうなっているんだ?」とドキドキハラハラするし謎も深まるばかりなのだが、後半に入ると過去に失われたバチカンの秘宝がどうした遺跡がどうしたとかで、サイコサスペンスの色合いは薄れていく。「あれ?これはインディ・ジョーンズだったか」てな感じだ。
ラストの謎解きも、修道僧達の顔が見えなかったのはペイントで黒く塗っていたからだっ!と言われても・・・。ジャン・レノは「種を明かせば簡単だ」っていってるが、本当に簡単だな。
さらにジャン・レノは怪力の秘密はこのアンフェタミンだっ!と言い切る。そしてそのアンフェタミンのアンプルをちゃっかり一本ポケットにくすねる。
いよいよ大詰めで例によって遺跡の仕掛けが発動し、トンネルに大量の水が流れ込んでくる。ジャン・レノとブノワ・マジメルは小さな部屋に閉じこめられてしまい、通路とは反対側のハッチを開けなければいずれ溺れ死ぬ状況に陥る。だが何十年も前に作られたハッチは錆び付いていて、二人がかりでもびくともしない。
そこで二人はポケットから先ほどのアンプルを取り出す。栓を開けてゴクゴクッとアンフェタミンを飲み干す二人。
ファイトー!いっぱーつ!
というわけで、アンフェタミンの効果で超人的パワーを発してハッチを開け、無事に地下要塞から逃げ出すことだできたのであった。
・・・アンフェタミン?・・・それっていわゆるスピード、アイス、クリスタル、クランク、ヒロポン、シャブ、つまるところ覚せい剤だろ。(厳密にはメタンフェタミンのことでアンフェタミンの呼び名じゃないのもあるが、まあ同じようなものだ)
いいのか、ラスト絶対絶命の危機を乗り越える方法がそんなんで。刑事が覚せい剤やっちゃまずいだろ。フランスでは日本ほど覚せい剤の薬害がひどくないのだろうか。それにしてもリック・ベッソンはなんて脚本を書いてるんだ。

 クリストファー・リーの堂々たる悪役振りを見るだけでも価値がある。1922年生まれだそうだから今年で83歳になるがまだまだ元気。最近は大作への出演が多く、B級ホラー映画のハマープロ作品時代が嘘のよう。もっとも、そのハマープロの吸血鬼映画などでクリストファー・リーを観ていたピーター・ジャクソンやジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグなどがクリストファー・リーを起用しているわけだが。リック・ベッソンもおそらくそうなのだろう。
でも、ハマープロの映画って実際にはかなりクソなんだけどねぇ。

2005年05月19日

『クラブ・ラインストーン 今夜は最高!』 スタローン大いに歌う

『クラブ・ラインストーン 今夜は最高!』(1984) RHINESTONE 113分 アメリカ 1986/04鑑賞

監督:ボブ・クラーク 製作:ハワード・スミス、マーヴィン・ワース 製作総指揮:サンディ・ガリン、レイ・カッツ 原案:フィル・アルデン・ロビンソン 脚本:フィル・アルデン・ロビンソン、シルヴェスター・スタローン 撮影:ティモシー・ギャルファス 音楽:ドリー・パートン
出演:ドリー・パートン、シルヴェスター・スタローン、リチャード・ファーンズワース、ロン・リーブマン、ティム・トマーソン

 ドリー・パートンはニューヨークのクラブ・ラインストーンで歌うカントリーソングのスター歌手。クラブとの契約を切ってフリーになりたいのだが、彼女に惚れているクラブのオーナーは彼女を手放そうとしない。そして彼女に対し、全くの素人を2週間で一人前の歌手に育てて彼女の代わりとすれば契約を破棄しようと無茶な賭けを挑んでくる。
 そこでドリー・パートンは「最初に現れた人物を歌手にする」と宣言するが、そこへやってきたのはイタリア系のタクシー運転手シルヴェスター・スタローンだった。試しに歌わせてみるがこれがものすごい音痴。だが意地になったドリー・パートンはスタローンを歌手に育てることにする。

 全く資質のない人物を育て上げるという点では『マイ・フェア・レディ』(1964)を思い起こさせる。もっともこの場合は男女の役割が入れ替わっているのが60年代と80年代の差だろうか。
 ドリー・パートンは以前紹介した『テキサス1の赤いバラ』(1982)などに出演しているスター歌手。美人で当然歌も上手いし、それから胸もデカい。この作品では音楽も担当している。『テキサス1の赤いバラ』のバート・レイノルズや『クラブ・ラインストーン』のシルヴェスター・スタローンなど強面な俳優をすっかり手玉に取ってしまう女傑ぶりが楽しい。
 特訓のためスタローンはアメリカ西部のテネシーに連れて行かれる。そこで登場するのがドリー・パートンの父親役のリチャード・ファーンズワース。この人は長年スタントマンとして活躍した人で、60歳を過ぎてから本格的に俳優として活躍し始めたというちょっと変わった経歴の持ち主だ。口ひげをたくわえた穏やかだか芯の部分でタフな老人役が多かった。『クラブ・ラインストーン』もファーンズワースの登場で深みが出ている。
 スタローンにとっては初めての本格的なコメディで、時期的には『ランボー』『ロッキー3』と『ランボー 怒りの脱出』『ロッキー4』との間の作品となる。アクションやスポーツドラマだけではなくジャンルを広げようという試みがあったのだろう。
音痴なタクシー運転手が歌手にならされるというシチュエーションがまず可笑しいし、主演としてはドリー・パートンの方が比重が大きいためスタローンのアクが抑えめになっていてバランスの取れたコメディに仕上がっている。
 90年代に入って人気が低迷したスタローンは路線変更とばかりに『オスカー』(1991)や『刑事ジョー ママにお手上げ』(1992)などのコメディに出演しているが、どちらも興行的に失敗しているはずだし、『刑事ジョー』は作品的にも大駄作だ。『オスカー』の方は個人的には好きで今度DVDが発売されるから買う予定だ。