『K-20 怪人二十面相・伝』(2008) 137分 日本
監督:佐藤嗣麻子 アクション監督:横山誠、小池達朗 製作:島田洋一、阿部秀司、平井文宏、島谷能成、島本雄二、亀井修、西垣慎一郎、大月昇、島村達雄、高野力 プロデューサー:安藤親広、倉田貴也、石田和義 エグゼクティブプロデューサー:阿部秀司、奥田誠治 原作:北村想 脚本:佐藤嗣麻子 脚本協力:山崎貴 撮影:柴崎幸三 美術:上條安里 編集:宮島竜治 音楽:佐藤直紀 VFXディレクター:渋谷紀世子 VFX協力:山崎貴
出演:金城武、松たか子、仲村トオル、國村隼、高島礼子、本郷奏多、益岡徹、今井悠貴、斎藤歩、木野花、神戸浩、嶋田久作、大滝秀治、鹿賀丈史
日本軍がアメリカ軍とイギリス軍と平和条約を交わし第二次世界大戦が起こらなかったもう一つの歴史の1949年の帝都。とはいえ、日本が戦争を起こさなくてもドイツ・イタリアは戦争を起こしてヨーロッパ戦線で世界大戦は起きていたと思うのだがどうだろうか。
日本は19世紀から続く華族制度のため極端な貧富の格差が生じており、ごく一部の特権階級が富を独占する形になっていた。その富を狙い、怪人二十面相という盗賊が予告状を送りつけるという大胆な手口で盗みを働いていた。
主人公の遠藤平吉はサーカスのアクロバット芸人である。ある日、カストリ雑誌の記者から怪人二十面相を追う私立探偵明智小五郎と華族羽柴財閥の令嬢羽柴葉子との結納の義を写真撮影するように依頼される。団長が身体を患っていたため医療費を稼ごうとその仕事の報酬につられて引き受けた平吉だったが、渡されたカメラは爆弾の爆破スイッチで、平吉は二十面相と間違われて捕らえられてしまう。
『エコエコアザラク』シリーズが駄作でいたく失望させられまったく興味のなかった佐藤嗣麻子監督作である。
ところが面白いという声が聞こえてきたので試しにと思って観てみた。うん、なかなか面白い。
まずいっておくが独自性は薄い。どこかで観たようなストーリー。どこかで観たようなカット。どこかで観たような美術。あちこちからパクってパクってパクりまくって作られたのは間違いない。
だが、パクリであってもそれによって作られた物が面白いものならばそれでいいのではないだろうか。
アクションに次ぐアクションの連続で、そのアクションが香港などの外国のスタッフによる物ではなく日本人スタッフによる物であるのは素晴らしい。日本人のアクション監督が育てば今後にも活かされるという物である。
そのアクションを助けているのがVFX。CGによるワイヤー消しなどかなりやっているに違いない。1949年の日本を再現するのにも使われている。ところどころこれ見よがしなところがあって鼻につく。冒頭のオートジャイロが帝都の上を飛ぶシーンなどだ。確かにスゴイがスゴイだけで映画としてそこから繋がる物がない。
『最低限文化的な日本語の演技』とコミック『さよなら絶望先生』で言われた金城武であるが、以前の不自然さと比べると格段に上達している。セリフ回し一つとってもかなり達者になって他の俳優と比べても劣る事のないものになっている。そしてアクロバット演技はスタントマンも使っているのだろうがかなりがんばっている。
日本一の財閥の令嬢であるはずの松たか子は個人的にはミスキャストだ。最初からあまりにたくましすぎるし、ドタドタとしている。あのドタドタとした動作のどこが令嬢だ。様々な経験を経て次第に現状の日本社会を認識してたくましくなっていくならともかく、令嬢の割に下品すぎる。パクリ元の一つである『ルパン三世カリオストロの城』のクラリス嬢を見習って欲しいものだ。
明智小五郎役の仲村トオルはどこか胡散臭くて良い。ただ、小学生の時に子供向け江戸川乱歩シリーズを読んだ身としては、あの明智小五郎はちょっと受け入れがたい物がある。それを言えば怪人というより単に悪人な二十面相もそうなのだが。少年探偵団が出てくるが、出番がほんの1カットなのは寂しい。彼らはもっと活用できたと思うのだが。
格差社会を扱った社会風刺ネタは寒い。正直この作品は王道娯楽映画なのだから不必要なシーンだろう。ただでさえ娯楽映画なのに137分と無駄に長いのだから格差ネタはカットすべきだった。単純に怪人二十面相と平吉の戦いで引っ張れたはずなのだ。終盤の平吉と仲村トオルの語りもアクションで繋いできたストーリーをセリフで語る事で勢いを止めてしまっている。うっとおしい語りを減らしてラストの大崩壊へと繋げる事も出来たはずなのだ。とにかく120分以内に収めるべき内容である事は確かだ。
アクションに関してはスタッフの力が大きいのだろう。監督のアクションセンスはあまり高くないと見た。だが、大嫌いな駄作『エコエコアザラク』シリーズから比べると進歩した。進歩したけどやはりあまり上手くない。アクションの比重が高いという作品の内容と傾向から考えるとどうして佐藤監督が選ばれたのかこの監督人選には疑問が残る。山崎貴が自分と縁の深い佐藤監督を推したのではなどと邪推してしまう。
映画監督をやらせると無能としか言いようのない山崎貴もこの作品のように本職のVFXをやらせると上手い。VFX職人なのだから職人は職人の仕事をしていればいいのに。
セリフの音がばらばらで、あるシーンではボリュームを下げなければならない絶叫だったと思うと、次のシーンではボリュームを上げて耳をすまさねばならなかったりする。これはこの作品だけではなく日本映画の多くに言える事でボソボソ声でしゃべるシーンは勘弁してもらいたい。日本語の映画なのに字幕を表示してみなければならない。
ロケの街並みがどこかで見たと思ったら『魍魎の匣』(2007)だった。この作品も『魍魎の匣』も過去の日本の街並みを上海ロケで再現している。












