『笑う大天使(ミカエル)』(2005) 92分 日本
監督:小田一生 アクション監督:谷垣健治 プロデューサー:宮崎大、柴田一成 原作(?):川原泉 脚本:吉村元希、小田一生 撮影監督:岡田博文 美術:花谷秀文 衣裳:北村道子 VFX:小田一生 VFXスーパーバイザー:木村俊幸
出演:上野樹里、伊勢谷友介、関めぐみ、平愛梨、松尾敏伸、菊地凛子、加藤啓、村木仁、伊藤修子、佐津川愛美、谷村美月、キタキマユ、宮下ともみ、松岡璃奈子、広川太一郎
白泉社文庫で刊行されている川原泉作品はそれなりに持っているし、最近は『レナード現象には理由がある』を買った。その程度の川原泉ファンだ。
その川原泉原作『笑うミカエル』の映画化である。といっても、前々から言っているように原作は原作、映画は映画。媒体も違うし別物になって当たり前。原作と違うじゃないかとかイメージが狂いすぎなんて野暮なことは言わない。
オレが気にするのはただ一つ。その映画が面白いかどうかだ。
自慢じゃないがオレは日本の芸能界にてんでうとい。テレビを見ない生活なので若手の俳優や歌手なんかはさっぱりだ。
だから、この作品の主役である三人の女性俳優の顔も名前も知らない。上野樹里、関めぐみ、平愛梨って言われても本気で欠片も知らない。だから、彼女たちのことを観客が知っているのが前提のギャグが寒い、つらい、笑えない。それ以外のギャグもこれは笑ってあげるべき何だろうかと思わず助けの手を伸ばしたくなるほどだ。ひどい。
アクションもひどい。あそこまで派手にやってくれること自体は嬉しいのだが、いちいち決めのポーズが多すぎる。ちょっとやっちゃ決め。ちょっとやっちゃ決め。歌舞伎じゃねーんだからさ。格闘アクションというのはリズムが命の、いわば情熱的ダンスなのだ。
アクションに入るまでのテンションの持って行き方は悪くないので、そこから動きの流れを途切れさせずにリズムを大切にして欲しかった。製作期間の問題もあるのかもしれないが、アクション部の編集がちょっと雑で、もっと練り込む余地があるようだ。せっかく主人公たちがそれなりにがんばっているので残念。
一番の問題は、脇役がまったくもって冴えないと言うことだ。
まず、この物語は名門お嬢様女子高校に3人の猫をかぶった偽お嬢様がいるという話である。ということは、その3人以外は本物のお嬢様であるはず。ナレーションや登場人物のセリフではお金持ちの娘=お嬢様ではない。気品と知性に溢れ、優雅さと慎ましやかさを兼ね備えた精神面が重要なのだ。
だというのに、そのお嬢様たちが渋谷か原宿にいるそこらの女の子を連れてきてだけにしか見えない。それっぽい服を着せてナチュラルメイクにしただけ。立っているだけ、座っているだけでもきついが、歩いたり話したりの動作が加わると、もう全然駄目。特に歩くシーンが駄目だった。ドタバタ歩きたいのを抑えてなんとか静かに歩いている振りをしているだけ。これでは単なるコスプレにしか見えない。
もちろん、現実のお嬢様なんてのはUMA的存在だ。だから監督は「ファンタジーだよ」とでも言い訳するかもしれない。だがスクリーンに映し出されたのは「お嬢様」のグロテスクなパロディだ。
もっとも男たちは男たちで、お前らそろいも揃ってホストか!と言いたくなるような顔と口調と動作。
名門お坊ちゃま男子高校生映画なんて撮ったら「お前ら、ホスト予備軍か!」ってな映画になるんだろうな。どうせ、主役はジャニーズだろうし。
これはオレが日本人だから日本映画により点が辛くなってしまうというのもあるかもしれないが、日本映画の脇役を演ずる俳優層の薄さというのはかなりつらいものがある。
イギリスの名門校を舞台にした映画だと脇役たちもちゃんと上流階級の子息に見えるんだか、これはオレが日本人だからか?
脇役というのは、ストーリーに直接関わらない背景的な小さな役でも必要だからそこにいるのだ。この作品では記号的にそこにお嬢様という属性を持ったコマや教師という属性を持ったコマを配置しているに過ぎない。
日本映画には良い脇役が足りない。それは映画を殺す。
