『孤高の騎士クリント・イーストウッド』2008年6月初版
オレは在命中の映画監督の中ではクリント・イーストウッドが最高だと思っている。それも頭抜けてダントツのベストだ。
そのクリント・イーストウッドを相手に数回に分けてロングインタビューが行われ、それをまとめたのがこの『孤高の騎士クリント・イーストウッド』(2500円+税)だ。
インタビュアーのマイケル・ヘンリー・ウィルソンはフランス人。イーストウッドの映画作家としての資質を初めて見出したのがフランスと日本であることを思い出すと感慨深い物がある。アメリカで監督としてのイーストウッドが評価されるようになったのはかなり後になってからなのだ。
ただしこのマイケル・ヘンリー・ウィルソンが今一つ良くない。悪いわけでもないんだが。インタビュアー次第によってはアルフレッド・ヒッチコックにヒッチコキアンのフランソア・トリュフォーがロングインタビューした『ヒッチコックの映画術』のような映画史に残る名著かつ必読書になった可能性もあるので、少々残念だ。だが、イーストウッドファン以外にも読む価値は絶対にある。
「成功も失敗も、すべて私ひとりで引き受ける」
おれが『映画の血』でグダグダと言葉を並べ立てて書いたことをイーストウッドはたったの一言で表現してしまう。自分が撮った映画は自分の作品。制作には多くの人間が関わっているが、出来上がった映画は俺の物だということなのだ。
オレが初めて「映画って美しいんだ」と感じた『ペイルライダー』については、
「映画会社は、何かというとコンピューターに相談したり、観客動向の調査にあくせくしているが、何の意味もないよ。そういう了見で『ペイルライダー』を撮っていたら、マーケティングという名の儲け主義に引きずられて、ストーリーも味わいもメッセージも犠牲にしてしまっただろう。果たし合いのシーンをもっと派手にして、エキストラを大勢雇って、とかね。必然性もないのにそんなふうにしたら観客だって騙されたと感じるよ」と語る。
単に派手にして観客受けを狙うのではなく、自分がやりたいことをしっかりとやる。映画作家としての作品を支配する強い意志が感じられる。映画作家の作品としての映画よりも、ハリウッドではマーケティング重視の娯楽作品が多い中、戦うイーストウッドの姿が見える。
?あなたが最もわくわくするプロセスは?脚本ですか?撮影ですか?編集ですか?
「編集だ。編集はいちばん束縛されない段階だ。編集者と一緒にこもってパズルを組みたてるんだからね」
これは「フィルムを切り刻め」でオレが感じたことと似ているように思う。イーストウッドと自分に共通点があったのかと思うととても嬉しい。
自分が映画を本気で観始めてすでに20年ちょっと。その結果あれこれと考えていたことと、イーストウッドが語っていることに近い部分を見つけるとオレの送ってきた年月はそれほど間違っていなかったんだなと安堵する。もちろん、異なる部分も多い。まだまだ修行不足なところもあるし、オレはイーストウッドではないということでもある。
イーストウッドはあまりインタビューを受けない人で、これまでに彼の本心が語られることは少なかった。言葉よりも映画で語る人だったのだろう。そんなイーストウッドの初のインタビュー集が発刊されたことは記念すべきことである。もちろんこれからもイーストウッドは元気に映画を撮り続けると信じているが、78歳という年齢を考えるとそろそろこのような本が作られてしかるべきだ。万が一のことがあってからでは遅い。

