洋画 タ行の最近のブログ記事

B002BS02UC.jpg『タイタンの戦い』(1981) CLASH OF THE TITANS 118分 アメリカ METRO GOLDEN MAYER

監督:デズモンド・デイヴィス 製作:チャールズ・H・シニア、レイ・ハリーハウゼン 脚本:ビヴァリー・クロス 撮影:テッド・ムーア 特撮:レイ・ハリーハウゼン 音楽:ローレンス・ローゼンタール
出演:ハリー・ハムリン、ジュディ・バウカー、ローレンス・オリヴィエ、バージェス・メレディス、クレア・ブルーム、マギー・スミス、ウルスラ・アンドレス、シアン・フィリップス、フローラ・ロブソン

 長年にわたってストップモーション・アニメーション界で大きな働きをしてきた巨匠レイ・ハリーハウゼンの事実上の引退作品である。
 これまでレイ・ハリーハウゼンが大半の映画を作ってきたコロンビア映画ではなく何故かMGM作品となっている。時代が特撮からSFXに変わってきたことでコロンビアが製作に難色を示したのだろうか。その辺りは憶測するしかないが何らかの理由があるのだろう。製作はハマープロで製作した『恐竜100万年』の場合と違い、いつもと同じ朋友のチャールズ・H・シニアでチームごと移転した感じ。

 主神ゼウスの息子であるペルセウスは王女である母親の罪で母と一緒に海に流されてしまう。そのことに怒ったゼウスはその国に海の怪物クラーケンを放って建物の一つ、生き物の一つも残さずに滅ぼしてしまう。
 自分がゼウスの息子だと知らぬまま逞しく育ったペルセウスは女神テティスの呪いをかけられたアンドロメダ姫に心を奪われる。しかし姫への求婚者には謎が出されそれが解けないと火あぶりにされてしまう。姫の魂が夜ごと大ハゲタカに連れ去られていることを知ったペルセウスは一匹だけ生き残ったペガサスに乗ってハゲタカを追跡。たどり着いた沼地にはテティスの息子カリボスが住んでいた。もともとはアンドロメダ姫の婚約者だったカリボスは勝手な振る舞いをしたためにゼウスの罰を受けて醜い姿にされ、沼地にこもっていたのだ。
 ペルセウスはカリボスの左手を切り落とし、そこに付けていた指輪が謎の答えであることを解き明かし、見事アンドロメダ姫の呪いを解いた。
 そこで2人の婚約発表が行われたが、その際にあろうことかアンドロメダ姫の母親カシオペアはアンドロメダ姫の美しさを女神テティス以上と比較してしまう。怒ったテティスは30日後に海岸の生け贄の岩にアンドロメダ姫を縛り付け、クラーケンに食わせると難題を要求する。
 難題に悩むペルセウスはクラーケンを倒す手段を模索する。倒す手段は一つ。
「魔女・メドゥーサの首しかない」と言う事を知る。
 ペルセウス一行はメドゥーサの住む「死の島」へ赴くのであった。
 刻々と迫る30日の期限・・・・・・果たしてアンドロメダ姫を救う事は出来るか?

『アルゴ探検隊の大冒険』以来、18年ぶりにギリシャ神話に挑戦した大作である。
 クリーチャーは金属製のフクロウであるブーボーから40メートルを超えるクラーケン、ペガサス、カリボス、地獄の番犬ケルベロスをモデルにした双頭の犬ディオスキロス、大サソリそしてメデューサまでバラエティに富んでおり、レイ・ハリーハウゼン映画の集大成である。
 中でも最も怖ろしいメデューサは下半身を人間のそれからガラガラヘビのようにジージー鳴る尾を持つ蛇に変えられた。しかも弓矢を装備している。頭には12匹の蛇がいてこれもストップモーションアニメーションで自在に動き回る。非常に複雑な動きをするクリーチャーだ。
 ペガサスは本物の馬を使ったシーンもあるが基本はストップモーション・アニメーションだ。レイ・ハリーハウゼンは本物の馬の動きをよくよく観察してそれを再現するべく撮影に当たったという。
 ペルセウスの味方であるブーボーの機械じみたユニークな動きもおかしい。

 この作品、最大の見せ場はペルセウス対メデューサであろう。見た者を石に変える力を持っているメドゥーサに盾の裏面に映るメデューサの姿を見ながら、石の柱に隠れつつ、戦うペルセウスのシーンは、観ているこちら側も思わず息を止めてしまう人も多いはず。ゆらめくかがり火の光。固唾を呑んで観ていると、メドゥーサの息遣いが聞こえるようだ。
 二人の部下がやられながらも、見事、メデューサの首を切り落としたペルセウスには喝采を浴びせてしまった。首を切り取られてもしばらくの間のたうちまわるメデューサが怖い怖い。
 クラーケンは巨大なのにメデューサの首であっと言う間に石にされてしまって見せ場がなかった。デザインも半魚人的で今一つ独創性がなかった。それでもペルセウスがペガサスに乗って間に合うか? 間に合うか? とハラハラさせるシーンはさすがだが。腕が4本あるのはさすがストップモーション・アニメーション・モデルだけのことはあったが。
 ゼウスが女神たちに命じてペルセウスに贈る大理石を切っても刃こぼれしない剣、被ると透明になる兜、メデューサ戦で大いに役に立つ楯など男の子なら憧れてしまうアイテムである。それにしてもゼウスは親バカだな。
 それにしてもこの大騒動の原因は神々の嫉妬や一方的な怒りであるというところがギリシャ神話である。特にゼウスは主神のクセして色んな物に変身して乙女のところに行っては子供を産ませてしまうろくでもない奴である。それに妻のヘラが嫉妬して、またややこしい話になる。神様のちょっとした嫉妬で国が滅ぼされてはたまったものではない。ちなみにゼウスをあの大物俳優ローレンス・オリヴィエがやっているのには驚き。
 すでにSFX全盛の時代において、単にこの作品一つだけ置かれたら評価に困るがレイ・ハリーハウゼンがそのキャリアで培った職人芸と芸術家のストップモーション・アニメーションの全てを注ぎ込んだ意味において不朽の名作である。
 レイ・ハリーハウゼン作品にしては長いエンドクレジットが流れる。そのなかに"THEMSELVES"としてクリーチャーたちの名前が出てくる。長年のクリーチャーへの恩返しだろうね。
 アンドロメダ姫役のジュディ・バウカーは綺麗だったけど、ペルセウス役のハリー・ハムリンにもう一つ魅力がなかったのが残念。
 この2010年に3D映画としてリメイクされる『タイタンの戦い』。まさかストップモーション・アニメーションは使っていなくてCGだろうが、1カットぐらい遊びでやってくれると嬉しい。そのオリジナルがこの作品。

B002UMAIQC.jpg『地球へ2千万マイル』(1957) 20 MILLION MILES TO EARTH 83分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:ネイザン・ジュラン 製作:チャールズ・H・シニア 脚本:クリストファー・ノップ、ボブ・ウィリアムズ 撮影:アーヴィング・リップマン 特撮:レイ・ハリーハウゼン 音楽:ミッシャ・バカライニコフ
出演:ウィリアム・ホッパー、ジョーン・テイラー、トーマス・ブラウン・ヘンリー、フランク・パグリア、ジョン・ザレンバ、ジャン・アーヴァン、バート・ブレイヴァーマン

 レイ・ハリーハウゼン初期の傑作クリーチャー金星竜イーマが登場するのがこの作品。怪獣イーマが可哀想で涙なしには観られない。

 シシリー沖に巨大な飛行物体が墜落する。勇気を振り絞った漁師が船内に入り込みなんとか二人を助け出すことに成功する。しかし、病気のため一人はまもなく死亡し主人公のカルダー大佐ただ一人が十数人の乗組員の中で生き残った。
 その頃、浜辺にU.Sと書かれたガラス容器が流れ着く。ちゃっかり者の少年ペペはその中身を近くにキャンプに来ていた獣医に200ペソで売りつけた。カウボーイハットを買うためだ。中身はゼラチン状の物質でどうやら生きているらしい。何かの卵なのか? 獣医の娘ジョーン・テイラーが帰ってきた時にそれは明らかになった。卵がかえり30センチほどの謎の生物が生まれていたのだ。
 この生物の成長は早く、翌朝には80センチほど、夜には人間大の大きさになっていた。
 この生物について熱心なアメリカ軍は50万ペソの賞金で情報をつのる。そこへ出てきたのがペペ。容器の中身を獣医に売ったことを告げて見事50万ペソを仕留める。
 アメリカ軍とイタリア警察が獣医に追いついた時には、イーマは檻を破って逃げ出していた。そして馬や羊に驚きながらも一軒の納屋にたどり着き、肥料の硫黄を食べ始める。イーマは硫黄が大好物なのだ。軍と警察がイーマに追いついて檻に追い込もうとするが失敗。納屋の主が大怪我をしてしまう。イーマは自分からは他者を襲わない。身を守るためだけに戦うのだ。その証拠に一匹の羊にもビクビクしている臆病者だ。レイ・ハリーハウゼンらしく動きが細かくてリアリティがある。
 ここであくまでも捕獲を優先するアメリカ軍と、人身に被害を与えるならばイーマを殺すべきだというイタリア警察が対立する。
 イーマの弱点は電流だ。電流を流した網をヘリコプターから落としてマヒさせる作戦をとり、それに見事に成功。捕獲したイーマはローマ動物園で管理実験されることになる。
 実験のスタッフには東京大学コロク博士という人物がいる。コロクという苗字はちょっと聞いたことがないが日本人もがんばってるじゃないか。イーマはすでに5-6メートルの大きさになっている。イーマは本来そんなに大きくはならないのだが地球の大気で代謝異常を起こしたらしい。しかし、大きくなるからにはそれだけの食料を摂取しなければいけないわけでそこら辺はどうなっているんだろう。空気から栄養を取りだしているのか?
 1800ボルトの電流でイーマをマヒさせていたが、事故で電気が途絶えてしまう。起き上がり、これまでの憂さを晴らすように暴れ出すイーマ。壁をぶち破るとそこには一頭の象がいた。イーマ対象の戦いが始まった。
 イーマの動きは実際には存在しないものだから、自由に動かすことが出来る。それに対して象は我々がその動きを知っているからストップモーション・アニメーションでの動きの制約が厳しい。そんな中、レイ・ハリーハウゼンはがんばっている。ほらこのカットの象なんて本物みたいじゃないか。・・・・・・あっ本物か。いやいや本当にがんばっている。
 イーマ対象の戦いはかなり長く続く。重量感があって迫力がある。こいつは見物である。怪獣対怪獣というのは良くあるが、怪獣対動物というのも珍しい。この象はイーマに倒されるが、その後のシーンでは怪我のメイクをした本物の象が一応息をしているのでどうやら生きているらしい。もっとも象に息を止めろという演技指導は難しそうだが。
 そしてイーマはコロセウムに逃げ込むが、アメリカ軍の攻撃を受けて、最後は最上段から落ちて死んでしまう。捕獲を優先していたのに一転して殺すことにするとはアメリカ軍は信用ならない。最後の場所が殺し合いを見せていたコロセウムというのも意味深である。観光地だからかも知れないが。
 たまたま金星で捕まってしまったばかりに悲劇の怪獣人生を送ることになったイーマには同乗を禁じ得ない。全て人間の勝手な都合、わがままである。イーマの冥福を祈ろう。 イーマは尻尾があり、鳥状の足、人間状の胴体、そして醜い顔を持つ怪獣だ。この醜い顔が人間の不興を買ったのだろう。もしもイーマが美しい生物だったら扱いはもっと違っていたはずだ。人間の美意識だけで宇宙の生物を語るのはどうだろうか。これはもう一つの『キング・コング』である。
「いつの時代も進歩への道はとてつもなく険しい」
 こんなSF映画にありがちな、分かったような分からん様なセリフで映画は幕を閉じる。
 獣医の娘で医者の卵のヒロイン役で『世紀の謎・空飛ぶ円盤地球を襲撃す』に引き続きジョーン・テイラーが可憐さと気丈さを振りまいてくれる。でも中途半端なロマンスはいらないな、やっぱ。

B000TXY7PW.jpg『ドク・ハリウッド』(1991) DOC HOLLYWOOD 104分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES

監督:マイケル・ケイトン=ジョーンズ 製作:スーザン・ソルト、デボラ・D・ジョンソン 製作総指揮:マーク・マーソン 原作:ニール・B・シェルマン 脚本:ジェフリー・プライス、ピーター・S・シーマン、ダニエル・パイン 撮影:マイケル・ケイトン=ジョーンズ、マイケル・チャップマン 音楽:カーター・バーウェル タイトルデザイン:ソウル・バス
出演:マイケル・J・フォックス、ジュリー・ワーナー、ブリジット・フォンダ、ウディ・ハレルソン、バーナード・ヒューズ、デヴィッド・オグデン・スタイアーズ、フランシス・スターンハーゲン、ジョージ・ハミルトン、アイダ・バード、ロバーツ・ブロッサム

 ワシントンDCのワシントン長老教会病院という総合病院で働く外科医のベン(マイケル・J・フォックス)は、麻薬中毒患者などを診るのに飽き飽きしてビバリーヒルズの美容整形外科に転職すべく愛車の56年型ポルシェでカリフォルニアに向かった。
 工事による交通渋滞を脇道に逸れてかわしたのだが、道に迷ってサウスカロライナ州に迷い込んでしまった。グレイディーという小さな田舎町で自動車事故を起こしてして手作りの木の柵を壊してしまう。よりによってその柵を作ったのは裁判長。ベンは罰として32時間の医療奉仕をしなければならなくなり、おまけにこの町の医者になるように請われる。
 当然そんな気はさらさらないベンだが、診療所の美人助手ルー(ジュリー・ワーナー)と出会い、彼女を物にしようと考え始める。ビバリーヒルズに行って美容整形で儲けるという最初の決心が次第にぐらつき始めた。
 しかしある夜、医療奉仕から解放されたベンはポルシェでカリフォルニアへ向かう。その途中で道ばたに止まって往生している車を見つける。中には逆子の妊娠で苦しんでいる妊婦がいた。彼は見事にそれを取り上げた。
 ビバリーヒルズに行って念願の美容整形外科医になったベンだったが・・・・・・

 都会者が田舎町で罰で無料奉仕をさせられて、その間にその町や住民の魅力に気付くという点では昨日紹介した『カーズ』に良く似ている。
 ルーは湖から全裸で登場して、ハンターから鹿を守るためにオシッコを森中にしまくるという前代未聞のヒロインである。なんでも人間の尿の匂いで鹿が寄ってこなくなるそうだ。それに付き合わされてベンもズボンのチャックを上げ下げしながら森中を駆け回る。
 足の指の怪我を治してやった男からお礼でブタをもらったり、3人の老女がご飯を作ってくれたりと正に田舎暮らし。ちょっとした噂もあっと言う間に町中に広まってしまう。ベンが町長と一週間でルーを落とせるかという食堂のテーブルでした10ドルの賭けもいつの間にかルー本人の耳に入っている。
 グレイディー名物カボチャ祭りではベンとルーが急接近し、ダンスをしたりボートで湖に乗り出して花火を見たりする。それまではニコニコしてばかりだった町長が真面目な顔で、「この町は良いだろう。鏡を見てみたまえ、満足している自分の顔が見えるはずだ。町に残って医者を続けてくれないか」と懇願される。
 お金が幸せか。成功が幸せか。真剣に考え始めるベン。しかし、やはりビバリーヒルズに向かってしまう。逆子を取り上げた時にポルシェにトラックがぶつかりポルシェは大破してしまう。ポルシェを見て、「ま、なんとかなるだろ」という自動車整備工場の二人組が笑える。最初にポルシェを修理した時には部品が入った箱をベンに渡して、「何故か余っちまったんだ」だって。
 ベンが病院から出入りする度にタイムカードをカチャンと鳴らす無愛想な看護婦がベンのためにベッドを用意しているのは、ちょっと感動してしまった。最初は手術台の上に寝かせていたのに。
 病院には年老いた医師がいて、もはや常勤ではないのだが、ベンが心臓に欠陥があると判断して大病院で手術をと焦った子供を、胸焼けの薬の飲ませ過ぎと父の噛み煙草を食べただろうと診察してコーラ一缶で治療してしまう。ベンは自分の腕に過信しすぎていたことを思い知る。
 ベンは生まれついてのワシントンっ子ではなくて人口2,000人ちょっとの田舎町の出身だった。だからこそ大都会に固執していたとも言える。
 壊れてしまったポルシェではビバリーヒルズまで行けない。そこで町民たちがカンパしてロサンゼルスまでの飛行機切符をプレゼントしてくれた。病院前でベンを見送り送り出す住民たち。
 ラストはご想像の通りだが、キレイに決まって爽快感がある。
 ウディ・ハレルソンと田舎を抜け出して大都会へ出たがっているジェーン・フォンダも面白いキャラクターだ。
 オレも田舎育ちで一度は東京へ出て、また田舎へ戻った。田舎の方がよいとまでは思わないが、大都会には大都会の良さが、田舎には田舎の良さがあると思う。ベンは田舎町の住人に魅了されたが、実際に住んでみると田舎の人間には底意地の悪さ、排他意識、他人の迷惑を意識しないなどなど色々と問題がある。
 オレは田舎の人間は純朴で素直だなんて嘘だと思っている。彼らはかなりこすっからい。もちろん良い面もあるのだが、長年そこに住まないと仲間になれないしその良さは伝わってこない。アメリカの南部の田舎は違うのかな。いやいや南部と言えば同族意識の強いことで有名。ベンが後悔しないことを祈る。
 でも映画だからこれでいいのだ。ベンはルーとその娘と一緒に幸せになった。それでいいのだ。
 それにしてもずっと田舎の医者だった老医師が名医として有名だったというのは意外。
 なにげにタイトルデザインがソウル・バスだったりする。でも特にどうということはなく平凡だったな。さすがのソウル・バスも老いには勝てないか。
 ちなみにDVDは4:3のスタンダード・サイズ仕様。これにはちょっとがっかり。

B002XRQMSC.jpg『デス・リベンジ』(2007) IN THE NAME OF THE KING: A DUNGEON SIEGE TALE 127分 ドイツ/カナダ/アメリカ BOLL KG PRODUCTIONS

監督:ウーヴェ・ボル、脚本:ダグ・テイラー
出演:ジェイソン・ステイサム、リーリー・ソビエスキー、レイ・リオッタ、ロン・パールマン、バート・レイノルズ

 なんかファンタジーが流行っているらしいから、うちらもいっちょ作って儲けようぜ。
 そんな雑な考えで作られたと感じられる底の浅いファンタジー。

 農民(ジェイソン・ステイサム)と呼ばれる男がいた。辺境の怪物たちがある日突然武装して人間を襲い始めた。息子を殺さ妻を誘拐された農民は、仇討ちと妻を取り返すことを誓う。
 農民の育ての親(ロン・パールマン)らと数人で怪物の本拠地に向かうが、途中で襲われロン・パールマンらは捕らえられてしまう。
 今回の事件の裏側には一人の魔術師(レイ・リオッタ)がいて、国を乗っ取るべく化け物を操っていたのだ。魔術師は王に仕えることによってしか魔法を使えない。そこで魔術師は自らを怪物たちの王としたのだ。
 人間側の王はバート・レイノルズ。驚いたことに農民は3歳の時に行方不明になった王の息子だった。なんというご都合主義。悪に傾いた王の甥の矢によって王は死に、農民が新たなる王となった。
 そして、大群と大群がぶつかる中、農民と善の魔術師とその娘、森の民の娘の4人の少数精鋭で敵の本拠地に乗り込んだ。

 剣と魔法がふんだんに登場するが、どうにもピント外れな感が強い。ファンタジーを取っているのではなくファンタジーっぽい物を撮っているだけだ。個人的には子供を殺した時点で嫌になっていた。
 戦のシーンなどそれなりに迫力があるのだが、それだけだ。意外性や映像としての面白さがほとんどない。人間側だけが使える武器、弓矢の威力には恐れ入ったが、驚かせるような映像を見せて欲しかった。木の蔓にぶら下がって移動する森の民や、忍者のような戦士が出てくるが、ほんのちょい役でもったいない。『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフやドワーフのような印象の強いキャラクターが欲しかった。
 いきなり農民が王の息子というのはもう何を言わんやである。伏線も何も全くなく、『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』の「私はお前の父だ」より唐突である。
 だがキャストは豪華で、特に王役のバート・レイノルズはほどよく老けており迫力と重みがあった。ただ、王様としてはあまり有能じゃなかったんじゃないかなとも思える。
 ロン・パールマンが農民を育てた老人役で登場。武器でも戦うがどちらかというと笑わせ役。哀れにも途中で死んでしまう。
 レイ・リオッタは悪の魔術師。いつもながら色っぽい目つきで魅了する。ちょっと太った感じがするが、やはり魅力的。大した魔法は使わない。本や剣を飛ばしたり、怪物の目と耳を借りて乗り移ったりするぐらい。毒薬を使うのは魔法とは関係ないよな。最後はあっけなく殺される。悪は滅びるのだ。その悪の魅力を持っているのがレイ・リオッタ。
 ジェイソン・ステイサムは固有の名を名乗らず、職業の農民を呼び名にしている男。考えてみればそこからなにかありそうなものだが、王の息子の伏線にはならんだろう。例によって暑苦しく剣を振り回す様子はなかなか様になっている。
 127分あるが、90分ぐらいに感じてしまった。中味が薄いのだ。これでは日本劇場未公開もやもなしか。風景なんかは良いんだけどな。

B002SXKN72.jpg『トランスポーター3 アンリミテッド』(2008) TRANSPORTER 3 103分 フランス EUROPA CORP

監督:オリヴィエ・メガトン 製作:リュック・ベッソン、スティーヴ・チャスマン キャラクター創造:リュック・ベッソン、ロバート・マーク・ケイメン 脚本:リュック・ベッソン、ロバート・マーク・ケイメン 撮影:ジョヴァンニ・フィオーレ・コルテラッチ プロダクションデザイン:パトリック・デュラン 衣装デザイン:オリヴィエ・ベリオ 編集:カミーユ・ドゥラマーレ、カルロ・リッツォ 音楽:アレクサンドル・アザリア アクションコレオグラファー:コリー・ユン
出演:ジェイソン・ステイサム、ナタリア・ルダコーワ、フランソワ・ベルレアン、ロバート・ネッパー、ジェローン・クラッベ、アレックス・コボルド、ヤン・サンベール、エリック・エブアニー、デヴィッド・カンメノ、シルヴィオ・シマック、デヴィッド・アトラッキ、セーム・シュルト

 車から20メートル以上離れたら爆発するブレスレットをはめられてしまったフランク(ジェイソン・ステイサム)は赤い包み2つと赤毛の女を運ぶ仕事を無理矢理引き受けさせられてしまう。
 こうしてカースタントと格闘アクションの旅が始まった。

 赤毛の女がそばかすだらけでブサイク。これがヒロイン役なのと最初は疑問に思っていたが、最後には多少可愛らしく見えてくる。
 格闘シーンで例によって上半身裸になっていくフランクに欲情して、後のシーンで男性ストリップを迫ってくる積極派だ。麻薬はやるしウォッカは飲むしでフランクが惚れるタイプの女性ではないと思うのだが、ラストでは一応くっついている。
 このヒロインがうっとうしいので映画の魅力が半減している感じだ。何ですか、あの首の後ろの『安』のタトゥーは。それとアウディから20メートル以上離れてしまうからといってガソリンスタンドのお店の床でおしっこしちゃいかんだろう。下品だ。それでいて途中でころっと性格が変わってまともな女性になってしまう。どうにも安定感がない。

 多数対フランクの格闘戦はもはやこのシリーズの定番だ。今回もシャツやネクタイを駆使して大勢の敵を倒していく。その際に上半身裸になっていくのはさっきも言った通り。 コリー・ユン振り付けによるアクションはスピード感があってキレがある。それでいてフランク達白人がやっているので重量感もあると言うことなし。

 車から放り出されたフランクが、走っていく愛車アウディから20メートル以上離れないために、街中を走り自転車で突っ走り、建物の中まで自転車で突き抜けていくアイディアは面白い。作業中のオバちゃんたちも机の上を自転車が走っていって大騒ぎだ。
 フランクが車から放り出された理由は、こんな簡単な仕事に君のようなプロを使う必要はなかった。自動車運転免許さえあればいいんだから。とのことなのだが、だったら最初から自分たちで運べば良いではないか。わざわざ外部の者を使う意味がよく分からない。ヒロインは環境大臣の娘で大臣の対する人質なのに、ブレスレットの爆弾を付けてしまったり(まぁ逃げないためなんだろうが、万が一の事故の場合はどうする気だ)、銃を突きつけたりと悪人の行動に一貫性がない。
 環境大臣の娘を人質に取ったのは、産業廃棄物をウクライナに廃棄させるためで、企業が絡んでいる。大臣は信念を取るか、娘を取るか。あの娘だったらそんなにデメリットはないし信念を取った方が政治家として立派だと思うんだがなぁ。やっぱ親心か。
 終盤の走行中の列車の上にアウディで乗ってしまったり、切り離された列車の前の車両にアウディで飛び乗ったりとマンガチックなカーアクションが展開される。
 その後の銃撃戦は良いが、敵ボスキャラのロバート・ネッパーがカット割りがやたらと細かく、早回しまで使っているのが残念である。ロバート・ネッパーがアクションを出来なかったのであろう。
 ジェイソン・ステイサムはジェット・リーに憧れて本気でマーシャルアーツを始めてしまった元スポーツ選手だからアクションはかなりこなせるのだ。
 巨大な男を相手に戦った時、殴っても蹴っても効果がなかったのを、床に穴を開けて膝まで落として乱れ打ちにしてようやく倒し、倒れた大男が床に大穴を開けて倒れたところに赤いバラの花を一輪投げ入れるシーンなど笑ってしまった。
 前二作よりは出来としては落ちるが、カーアクションとマーシャルアーツ満載で、お馴染みのタルコニ警部も良い味を出してくれており、悪役のロバート・ネッパーもウィレム・デフォー風で悪くない。これでヒロインさえ良ければなのだが、はすっぱなのはリック・ベッソンの趣味なのだろう。
 それにしても湖に落ちて水に沈んでも、引き上げればエンジンがかかるアウディ。恐るべし。

B00005G03K.jpg『トゥームストーン』(1993) TOMBSTONE 130分 アメリカ CINERGI

監督:ジョルジ・パン・コスマトス 製作:ジェームズ・ジャックス、ショーン・ダニエル、ボブ・ミシオロウスキー 製作総指揮:アンドリュー・G・ヴァイナ、バズ・フェイトシャンズ 脚本:ケヴィン・ジャール 撮影:ウィリアム・A・フレイカー 音楽:ブルース・ブロートン ナレーション:ロバート・ミッチャム
出演:カート・ラッセル、ヴァル・キルマー、サム・エリオット、ビル・パクストン、パワーズ・ブース、マイケル・ビーン、チャールトン・ヘストン、ジェイソン・プリーストリー、スティーヴン・ラング、ダナ・デラニー、ジョアンナ・パクラ、ダナ・ウィーラー=ニコルソン、マイケル・ルーカー、ハリー・ケリー・Jr、ビリー・ゼイン、クリストファー・ミッチャム、ロバート・ジョン・バーク、ビリー・ボブ・ソーントン、トーマス・ヘイデン・チャーチ、ポーラ・マルコムソン

 いわゆる『OK牧場の決斗』物の一本である。
 映画的な誇張はある物のかなり史実に忠実に作られていて、カウボーイズという悪党集団と、ワイアット・アープ達の『OK牧場の決斗』から、その後ワイアット・アープの兄がカウボーイズに襲われ片腕を失い、弟は命を失うところもちゃんと描かれている。
 その後、復讐に燃えるワイアット・アープはカウボーイズ狩りを始めて敵を追い詰めていく。
 そして実質的リーダーだったリンゴ・キッドとの決斗の後、事態は収束する。
 結核を患っていたドク・ホリディを療養所に入れて二人は最後の男の会話をする。

『OK牧場の決斗』『墓石と決闘』を合わせたような作品に仕上がっている。
 トゥームストーンの町は砂埃が立ちこめ、いかにも西部劇な風景を作り出している。
 男たちはみな口髭を生やし、特にワイアット・アープ(カート・ラッセル)のは立派である。病気を表現してかドク・ホリディ(ヴァル・キルマー)の髭は貧相だ。
 映画はロバート・ミッチャムのナレーションで始まる。そして『大列車強盗』の発砲シーンから本編が始まる。西部劇への愛を感じる。
 監督はジョージ・P・コスマトスことジョルジ・パン・コスマトス。『カサンドラ・クロス』『ランボー 怒りの脱出』などの監督だ。ギリシャ生まれの監督が西部劇を撮るというのもおもしろい話だ。それが傑作に仕上がっているからなおさらだ。
 最初は保安官を引退して平和に金稼ぎをしようと兄弟三人でトゥームストーンにやってきたのだが、ワイアット・アープのビジネスは成功し、自分たちの店を構えるかとまでになる。しかしそこでカウボーイズの蛮行に我慢できなかった兄と弟が保安官になってしまう。そして町中での銃器携帯を禁ずる条例を出したところ、カウボーイズの反感を買ってしまい決斗を申し込まれる。OK牧場に向かって横一列で歩いて行くワイアット・アープはやはり格好いい。
 ヴァル・キルマーは特に熱演で、顔色は常に青白く結核を表している。しかし、最後のリンゴ・キッドことジョニー・リンゴ(マイケル・ビーン)との戦いでは凄みを見せて勝つ。リンゴ・キッドが銃の曲芸回しで挑発してくるとウイスキーカップを回して逆に挑発してみせる。ピアノではショパンのノクターンを弾き、医者に止められているのに愛人とのSEXをかかさない。実に粋な男である。
 おいしいところをヴァル・キルマーに持って行かれてしまった感のあるカート・ラッセルだが、いやどうしてどうして。復讐に燃える男をタフガイとして演じている。タフな男を演じさせたら天下一品の役者である。ラストはリンゴ・キッドと対決して欲しかったが、映画としてはヴァル・キルマーがやって正解。
 最大の悪役リンゴ・キッドのマイケル・ビーンも憎々しげで見事に悪役を演じきっている。
 出演陣は豪華で、ワイアット・アープの兄がサム・エリオット、弟がビル・パクストン、ちょっとだけ出てくる牧場主はチャールトン・ヘストンときている。
 他にはビリー・ゼインにロバート・ミッチャムの息子のクリストファー・ミッチャム。途中でカウボーイズを抜けてワイアット・アープの味方に付くのがマイケル・ルーカー。そしてビリー・ボブ・ソーントンまで出ている。ただしビリー・ボブ・ソーントンはまだデビューして間もないのでほとんどエキストラ扱いだが。
 アヘン中毒になっている妻をほったらかしにしておいて美人女優と馬の遠乗りに出かけるワイアット・アープはどんなものかと思うが、男の友情に関してはドク・ホリディとのそれを最後まで大切にしていた。療養所での会話は泣ける。このシーンは『墓石と決闘』を思い出させる。『我が友ドク・ホリディ』とワイアット・アープが書いた本を抱いたまま静かに息を引き取るドク・ホリディが悲しい。
 ロケ地選びをしっかりやったようで、西部劇の風景を感じさせてくれる。草原、荒れ地、雲に夕焼け、満月。素晴らしい映像が繰り広げられる。
 衣装や小道具もきっちり作り込まれている。
 DVDは長らく廃盤となっている。再販が期待される一作である。

B002TEC0F8.jpg『ドゥームズデイ』(2008) DOOMSDAY 110分 アメリカ ROGUE PICTURES、INTREPID PICTURES

監督:ニール・マーシャル 製作:スティーヴン・ポール、ベネディクト・カーヴァー 製作総指揮:ピーター・マカリーズ、トレヴァー・メイシー、マーク・D・エヴァンズ、ジェフ・アッバリー、ジュリア・ブラックマン 脚本:ニール・マーシャル 撮影:サム・マッカーディ 視覚効果スーパーバイザー:ハル・カウゼンズ プロダクションデザイン:サイモン・ボウルズ 衣装デザイン:ジョン・ノースター 編集:アンドリュー・マックリッチー 音楽:タイラー・ベイツ
出演:ローナ・ミトラ、マルコム・マクダウェル、ボブ・ホスキンス、アレクサンダー・シディグ、エイドリアン・レスター、デヴィッド・オハラ、ダーレン・モーフィット、ノラ=ジェーン・ヌーン、リック・ウォーデン、レスリー・シンプソン、クリス・ロブソン、ショーン・パートウィー、エマ・クレズビー、クレイグ・コンウェイ、マイアンナ・バリング

『ドッグソルジャー』『ディセント』など独特な映画を作り続けたイギリスの映画監督ニール・マーシャルがアメリカに渡って撮ったB級大作。

 2008年、イギリスのスコットランドでウイルスによる致死性の病気が蔓延した。政府はスコットランドを壁で覆いウイルスが外に漏れることを防いだ。
 そして2035年、ロンドンでも病気が発生した。そして人が死に絶えたはずのスコットランドに人間が生き残っていることが衛星写真から判明した。
 これはウイルスの治療薬が完成しているに違いないと、主人公の女性特殊部隊員エデン(ローナ・ミトラ)を隊長とした特殊チームが二台の装甲車で送り込まれた。
 しかし、塀の中は予想だにもしない地獄の光景だった。

 壁で閉鎖され見捨てられた町に目的があって侵入するところは『ニューヨーク1997』シリーズを思わせる。主人公のエデンは右目を失っていて、普段は義眼を使っているが時折アイパッチを付ける姿もスネーク・プリスケンを思わせる。
 隊員達は殺人パンク集団に襲われて次々と殺されていく。しかもこいつら人を食うのだ。丸焼きにされて肉をそがれる隊員の哀れなこと。

 そこを命からがら逃げ出したら、今度は中世の騎士の世界に。ここでもまた隊員が殺されるが食われないだけまだマシかも知れない。
 ここでウイルス研究者のケイン博士に会う。この任務の目的はケイン博士からウイルス治療薬を手に入れることだった。しかしケイン博士はウイルス治療薬を完成してはおらず、生き残った人間は免疫による物だった。

 免疫を持ったケイン博士の娘を連れて車で逃亡するが、パンク軍団が改造カーで追いかけてくる。ここはもろに『マッドマックス2』だ。派手なカーアクションが繰り広げられる。
 他には『エイリアン2』や『ゾンビ』も入っている。もうキャッキャ言って楽しんでしまった。

 この様に80年代的雰囲気に満ちあふれた傑作である。ストーリーからいえばパンク軍団から中世の騎士に繋がるなどかなり無茶苦茶なのだが、それをカバーするパワーがある。
 ローナ・ミトラが銃を構える姿が実に決まっていて美しい。タフでセクシー、不敵な笑みが似合う。完璧である。
 ケイン博士役のマルコム・マクダウェルはさすがの重厚さ。すっかりイカレてしまっている設定だが、それを見事にこなしている。それでいてカリスマ性も感じさせる。
 エデンの同僚ボブ・ホスキンスも哀愁のある雰囲気を醸し出していて、脇になかなか良い役者を使っている。
 とにかく一々派手で、手首が飛ぶ、首が飛ぶ。特に首が飛ぶにはこだわっているらしい。何人分、首が飛んだことやら。
 10代に観た映画を何本も思い出した。あーあんな映画あったよな。こんな映画あったよな。
 しかし、想い出に浸っているだけではないのがこの映画の凄さ。過去の作品をベースに更にパワーアップさせている。
 ラストの新しい女ボスの誕生のシーンには背筋が震えてしまった。
 年末年始に『トゥモロー・ワールド』と『ドゥームズデイ』とデストピア物をやるのはどうかと思うが、今年はどんな年になるのであろうか。デストピアになりませんことを。

 遅れましたが明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

B000KIX9BO.jpg『トゥモロー・ワールド』(2006) CHILDREN OF MEN 109分 アメリカ/イギリス UNIVERSAL PICTURES、STRIKE

監督:アルフォンソ・キュアロン 製作:マーク・エイブラハム、エリック・ニューマン、ヒラリー・ショー、トニー・スミス、イアイン・スミス 製作総指揮:アーミアン・バーンスタイン、トーマス・A・ブリス 原作:P・D・ジェイムズ 脚本:アルフォンソ・キュアロン、ティモシー・J・セクストン 撮影:エマニュエル・ルベツキ プロダクションデザイン:ジェフリー・カークランド、ジム・クレイ 衣装デザイン:ジェイニー・ティーマイム 編集:アルフォンソ・キュアロン、アレックス・ロドリゲス 音楽:ジョン・タヴナー
出演:クライヴ・オーウェン、ジュリアン・ムーア、マイケル・ケイン、キウェテル・イジョフォー、チャーリー・ハナム、クレア=ホープ・アシティ、パム・フェリス、ダニー・ヒューストン、ピーター・ミュラン、ワーナ・ペリーア、ポール・シャーマ、ジャセック・コーマン、エド・ウェストウィック

 ある週、流産する妊婦が多かった。翌週はもっと多かった。そしてもっともっと。ついに世界中で子供が生まれなくなった。
 それから18年が過ぎた2027年、世界は秩序を失い、イギリスは強力な軍事力を用いてなんとか国家の形を保っていた。
 主人公のセオ(クライヴ・オーウェン)は元活動家。現活動家でかつての恋人のジュリアン(ジュリアン・ムーア)から通行証の都合を依頼される。その通行証は妊娠した黒人女性のためのものだった。

 リアルな戦闘シーンが展開される中で、一人の妊婦、後に赤ん坊と母親を守るというストーリー。長回しを基調とした映像は、映画の中に入ってしまったかのよう。長回しのシーンでレンズに血しぶきが付いたシーンは臨場感があった。
 ジュリアンはジュリアン・ムーアというビッグネームが演じているにも関わらず、前半であっけなく死にます。そのあっけなさが怖い。ゲスト出演だったのかね、これは。それにしてもジュリアン・ムーアの劣化振りは目を覆いたくなるものがある。
 対してヒッピーもどきのマイケル・ケインが白髪の長髪で良い演技を見せてくれます。"イチゴせき"いっぺん吸ってみたいな。ビートルズの音楽をかけるシーンでは涙が出てきます。最後は主人公をかばって射殺されてしまいますが、男だなぁ。マイケル・ケインの出ているシーンで自殺薬という市販薬が登場しますが、それだけ人生に絶望している時代なのでしょう。
 ビートルズも流れるがキングクリムゾンも流れる。
 オープニングで人類最年少の少年が殺されたというニュースが流れて、そのことで子供が生まれなくなっていることを示す上手い演出。そして爆破テロと時代の雰囲気が伝わってくる。
 不満なのが黒人女性キー(クレア=ホープ・アシティ)の出産シーン。セスが介添えを務めるのだがこれがあっけなくころっと生まれてしまう。そんなに簡単に生まれないだろう。ヘソの緒を切った描写もないし、仮に切るにしても出産場所には清潔な刃物があるようには思えない。
 こうして生まれた女の子を連れて歩くと、収容所の収容員たちが一斉に静まりかえり、そして祈りを上げながら寄ってくる。
 表に出ると、政府軍の連中も銃を持つ手を休め「撃つな、撃ち方止め!」と上官が叫び、兵士が十字を切るなどするシーンは感動的だ。
 赤ん坊は希望だ。人類にとって後を継ぐべき存在だ。とても大切な宝である。本来ならば無関係なはずの主人公が命を賭けてキーを守り抜こうとしたわけだ。
 イギリスらしいどんよりと曇った曇り空が印象的だ。木々や海まで重苦しい。
 収容所のシーンは本当にヘビーで、バスから無理矢理降ろされたキーに付いてきた助産婦のオバサンが生きているかは怪しいものだ。だがそんな中でも人間はたくましく生きている。
 ディストピア物の佳作であろう。それ故に暗くて重くてしょうがないのだが。
『トゥモロー・ワールド』という邦題は決して悪くはないのだが原題の『CHILDREN OF MEN』に比べると格段に劣る。さすが配給が東宝東和。
 監督は『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』のアルフォンソ・キュアロン。他には同じメキシコ出身監督と言うこともあろうがギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』の製作もやっている。

B0000V4O7O.jpg『ドッグ・ソルジャー』(2002) DOG SOLDIERS 104分 イギリス KISMET ENTERTAINMENT GROUP

監督:ニール・マーシャル 製作:デヴィッド・E・アレン、クリストファー・フィッグ、トム・リーヴ 製作総指揮:ヴィク・ベイトマン、ハーモン・カスロー、ロメイン・シュローダー 脚本:ニール・マーシャル 撮影:サム・マッカーディ 特殊メイク:ボブ・キーン 編集:ニール・マーシャル 音楽:マーク・トーマス VFXスーパーバイザー:ボブ・キーン
出演:ショーン・パートウィー、ケヴィン・マクキッド、エマ・クレズビー、リーアム・カニンガム、トーマス・ロックヤー、ダーレン・モーフィット、クリス・ロブソン、レスリー・シンプソン

 場所はスコットランド高地。満月の日。陸軍の特殊訓練が行われていた。特殊部隊を相手に戦闘訓練をやるという物だ。その時、空高く打ち上げられた救助信号弾を目撃。発射地点に行ってみると、そこには何かに襲われ荒らされた特殊部隊の陣地があるだけだった。一人だけ生き残っていたライアン大尉を救出後、無線で連絡を取ろうとしたが無線が動作しない。そのうちに夜になり、何者かが彼らを襲ってきた。
 必死で逃げる彼らは通りがかった自動車の女性ミーガンに助けられ近くの農家に避難する。数十キロ圏内に人家はそこしかないのだ。だが、農家に人気はなく食事の支度もそのままに全員で家を出て行ったかのよう。その農家を謎の化け物たちが取り囲む。化け物の正体は人狼で、通常の弾薬では牽制にしかならない。一人また一人とやられていく兵士たち。

『ディセント』(2005)のニール・マーシャル監督デビュー作。
 ストーリーはいたって単純。人狼対近代装備の兵士たちの戦いだ。ありがちそうだが面白い発想ではある。人狼にアサルトライフルをサブマシンガンを撃ち込む、ショットガンを撃ち込む。人狼は不死に近いが兵士も訓練を受けた戦闘のプロだ。しかし、次第に乏しくなっていく銃弾の数。ジリジリと追い詰められ夜明けを待つ兵士たち。頼りになる近代兵器がほとんど役に立たない皮肉さ。
 役者たちの銃の扱いも手慣れていて、撮影前にそうとう訓練を積んだのではないだろうか。
 だが、ミーガンがなぜ農家に兵士たちを連れてきたのか、謎も多い。実は農家の人間こそ人狼であって、ミーガンはそれを知っていてこの家を選んだのだ。なぜなら彼女の正体は......とちょっとしたどんでん返しがある。結局彼らは最初から罠にはめられていたのだ。
 考えてみれば人狼だって普段は普通の人に混ざって生活をしているのだから、数十キロ圏内に家が一軒しかないところに人狼が出れば、そりゃそこの家の住人が怪しい。
 人狼に傷を負わされた嫌な男ライアン大尉が人狼になってしまうと古典的要素もちゃんと押さえている。古典的要素といえば狼男の弱点である銀。この銀がオープニングからちゃんと活かされているのはさすがだ。
 実は政府は人狼のことを知っていて、軍の上層部から人狼を生きたまま捕獲せよとの命令が下っていたのだ。主人公のクーパーたちはそのためのおとりだったのである。その割りには特殊部隊があっさりやられすぎだったりするがそれだけ人狼を生け捕りにするのは難しいのだろう。殺してしまっていいのならば銀の銃弾で撃ちまくればいいのだが。
 クーパーが立てこもった農家で仲間に「鍋でお湯を沸かせ。それからヤカンでもだ。お茶が飲みたい」こんな時でもお茶かイギリス人は。
 人狼の特殊メイクは低予算映画にしてはがんばっている。人狼スーツがなかなか迫力があり怖い。ただ、低予算ゆえか人間から人狼への変身シーンを見せてくれないのが残念だ。テーブルの下にかがみ込み、立ち上がると人狼になっているのだ。これはこれで一つの工夫であって制作者のセンスと頭の良さを感じさせる物だけど。人狼にCGを使っていないので同一画面で自然に格闘させることが出来る。予算の都合で特殊メイクになったのだとは思うが、何でもCGを使えば良いというわけではない。
 カメラワークが面白くセンスがある。暗くて見にくいシーンが多いが、これは低予算を感じさせないためにわざとだろう。
 エンディングでサッカーファンだった兵士が知りたがっていたサッカーの結末が新聞で知らされるところにユーモアを感じた。

B002PMB4GA.jpg『ディセント』(2005) THE DESCENT 99分 イギリス CELADOR FILMS

監督:ニール・マーシャル 製作:クリスチャン・コルソン 製作総指揮:ポール・スミス 脚本:ニール・マーシャル 撮影:サム・マッカーディ プロダクションデザイン:サイモン・ボウルズ 衣装デザイン:ナンシー・トンプソン 編集:ジョン・ハリス 音楽:デヴィッド・ジュリアン
出演:シャウナ・マクドナルド、ナタリー・メンドーサ、アレックス・リード、サスキア・マルダー、マイアンナ・バリング、ノラ=ジェーン・ヌーン、オリヴァー・ミルバーン、モリー・ケイル、レスリー・シンプソン、クレイグ・コンウェイ

 1年前の交通事故で5歳になろうとする娘を亡くしたサラを励ますために、5人の友達がケイビング(洞窟探検)を企画した。しかし、6人は落盤事故に遭い来た道をふさがれてしまう。ガイド役の女性ジュノが勝手に安全な洞窟ではなく前人未踏の洞窟に行き先を変更していたため、捜索隊が助けに来る事もないと知った彼女らは、絶望に立ち向かいながら断崖を越えたり水に浸かったりしながらも狭い洞窟を進んだ。しかし、その洞窟には謎の怪物が住んでいた。太古の昔に人類が洞窟に入り込んでそこに適応したと思われるその怪物は目が見えずコウモリのように耳で音を聴いて襲ってくる。一人一人、奴らの餌食になっていく彼女たち。果たして生き残る事が出来るのか。

 どことなく『地獄の変異』を思わせるストーリーだが、怪物との戦いよりも中盤までの狭い洞窟の中に閉じこめられて、果たして出口はあるのかという不安と戦うシーンが怖い。
 自分が閉所恐怖症だとは思わないのだが、この映画を観ると洞窟には決して入らない、いや近づきたくさえないと思わせてくれる。ケイビングはスポーツの一種だが、あんな物を好んでやる人間の気持ちが分からない。懐中電灯などの明かりが使えなくなったら真の暗闇。手探りで進むしかない。行き止まりになったり、どこか狭い通路でつかえて身動きが取れなくなったらどうするのだろう。匍匐前進で進まないといけない通路とかあるんだよ。ひょっと足を踏み外すと縦穴に落ちて足を複雑骨折したりするし。仲間の中に医者の卵がいるという設定はその辺りで上手く使われていた。
 ゲームのRPGでダンジョンを攻略するのは好きだが、実際の洞窟は断じてごめんである。ケイビングだけではなく世の中には危険なスポーツが色々あるが、ほんと変わった人はいるものである。スカイダイビングなんかパラシュートが開かなかったらどうするんだ。
 女6人ということで途中で別の洞窟に案内されていたと知った時などはドロドロとした仲間割れが始まるかと思ったが、意外とあっさりしていた。人間関係のゴタゴタはもっと描いても良かったのではないだろうか。終盤に一種の仲間割れがあるが、激しいのはそこぐらい。ただ、ジュノが仲間を呼ぶ声に近くにいた怪物が引き寄せられていって助かったサラともう一人がジュノの身を案じずに「自業自得よ」というところは怖かった。女ってやっぱ怖い。それにしてもオレが日本人だから何だろうが、今一つ彼女たちの区別が付かなくて困った。しかも洞窟の中で暗くて顔見えにくいし。
 下手に怪物を出さずに前人未踏の洞窟での女だけの遭難事故として描いても面白かったかも知れない。地底の食人怪物というのもありふれていると言えばありふれている。帰り道が無くなってパニックになる女性とか、怪物に襲われて他人を犠牲にしてまで一人だけ逃げようとする女性とか(似たようなのはいたが)があってもよかったかもしれない。
 洞窟という舞台設定なので照明はほとんど焚かれず実際に彼女たちが持っている明かりだけで撮っているかのような絵作りになっている。中盤まではそれで良いのだが、怪物たちが出てきてからはカメラが激しく動くようになるのでちょっと見にくい。だが、それが緊迫感を表現しているとも言える。
 ラストはちょっと凝っていて、一度は洞窟を脱出したサラだが......となっているが、あれはどちらが夢だったのだろうか。やはり脱出したのが夢? そして娘と向かい合い、誕生日のケーキのロウソクに火を灯す。母と娘はまた一つになったのだ。
 洞窟の中は一部を除いてセットだろう。それを暗くて良く映っていないのを良い事に散々使い廻していると見た。見た目より低予算な作品だろう。監督のニール・マーシャルはアメリカに招かれて面白いと噂の『ドゥームズデイ』(2008)を撮る事となる。まだ未観だがこの12月の末にはDVDが出るので楽しみである。でもこの間公開したばかりなんだよね。

B001LF3QOA.jpg『ターミネーター4』  (2009) TERMINATOR SALVATION 114分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:マックG 製作:モリッツ・ボーマン、デレク・アンダーソン、ヴィクター・クビチェク、ジェフリー・シルヴァー 製作総指揮:ピーター・D・グレイヴス、ダン・リン、ジーン・オールグッド、ジョエル・B・マイケルズ、マリオ・F・カサール、アンドリュー・G・ヴァイナ キャラクター創造:ジェームズ・キャメロン、ゲイル・アン・ハード 脚本:ジョン・ブランカトー、マイケル・フェリス 撮影:シェーン・ハールバット ヴィジュアルエフェクトスーパーバイザー:チャールズ・ギブソン プロダクションデザイン:マーティン・ラング 衣装デザイン:マイケル・ウィルキンソン 編集:コンラッド・バフ 音楽:ダニー・エルフマン
出演:クリスチャン・ベイル、サム・ワーシントン、アントン・イェルチン、ムーン・ブラッドグッド、コモン、ブライス・ダラス・ハワード、ジェーン・アレクサンダー、ジェイダグレイス、ヘレナ・ボナム=カーター、マイケル・アイアンサイド、イヴァン・グヴェラ、クリス・ブラウニング、ドリアン・ヌコノ、ベス・ベイリー、ヴィクター・ホー、バスター・リーヴス、ケヴィン・ウィギンズ、グレッグ・セラーノ、ブルース・マッキントッシュ、トレヴァ・エチエンヌ、ディラン・ケニン、マイケル・パパジョン、クリス・アシュワース、テリー・クルーズ、ローランド・キッキンジャー、アンジャル・ニガム

 3はすっかりなかったことにされているということでいいのかな?2との繋がりも微妙な点があるが、2で登場した未来のジョン・コナーにあった顔の傷の由来が今作で分かるので繋がっているという解釈で良いのだろう。それとも微妙にパラレルワールドが入っているのか。
 ついにスカイネットと人類の本格戦争が始まった本作。オープニングから飛ばす飛ばす。ジョン・コナー(クリスチャン・ベイル)が操縦するヘリが墜落して横転するシーンがヘリ内部から1カットで捉えたところなどかなりの迫力だ。そしていきなりの巨大ロボ・ハーヴェスター。このハーヴェスターがドッシンドッシンと足音を立てながらレーザーを撃ちまくるシーンの長回し。
 このカットのように今作の編集、カット割りはかなりしっかりしていて、じっくり観る事が出来る。観る前は監督がマックGということで大して期待はしていなかったがいやいや映像的にはなかなかスゴイ。
 ただストーリー面では構成に弱さが感じられる。ジョン・コナーと彼の父親になるカイル・リースが物語の中心人物になるのは分かるのだが、ここに謎の男マカースが関わってくる。この男、記憶喪失で自分の名前しか覚えておらず、自分が何者か今が何年何月なのかも分からない。ところがこの男がかなり目立ち、ただでさえ影の薄いクリスチャン・ベイルの影が更に薄くなる。もう実質的主役はマーカスなんじゃないか?
 マーカスは自分では意識していないがある役目を負わされており、それを知らされたシーンでのショックはかなり大きかったろう。そして、その役目を放棄して自分の生き方を選ぶという実に格好いいシーンがある。自分は人間であると信じ人間として生きるのだ。
 ジョン・コナーにはマイクの前で放送による演説シーンという見せ場があるが、正直マーカスの勝ち。
 ラストはついに完成したT-800がジョン・コナーの前に姿を現す。なんとシュワルツェネッガーモデル! カリフォルニア州知事が特別出演した訳ではなくて、過去の作品の映像からモデリングした物を他の人の身体に合成したものだが、それでもうれしい。やはりシュワルツェネッガー出てこそのターミネーターである。ただ、反則技とでも言うべき手段を今回取ってしまったので『ターミネーター5』があったとして5ではどうするんだろうかという点が気になる。その頃には州知事も任期が終わって俳優に復帰してるか?
 アクションは弾けていたが結局ジョン・コナーの苦悩の物語というのが爽快感には欠け盛り上がらない。『ダークナイト』で悩むのが似合う姿を見せたクリスチャン・ベイルをジョン・コナーにもってきたからなおさらだ。もっとリーダーシップを発揮する力強い男が主役でも良かったんじゃないだろうか。そうか、これからジョン・コナーは強くなっていくのか。
 メカデザインは従来の物を踏襲しつつそれをさらに進化。空を飛ぶハンターキラーからバイク型ターミネーターのモトターミネーターやウナギ型(?)ターミネーターなど種類も豊富。モトターミネーターは簡単な改造で人間が運転できるようになっている便利さ。スカイネットもなかなか気の利く奴である。あれこれ作るよりも一極集中型で数機種を量産した方が効率が良い気もするが、スカイネットはターミネーターをとにかく進化させたくてしょうがないらしい。最終的には人間を目指しているのか? モトターミネーターとマーカスらが乗ったトラックとのカーチェイスでは2で観たようなシーンも登場。善悪逆ですが。
 ラストは1、2作目に習ってターミネーター対人間の格闘戦。もちろんまともに戦ったら勝てないからあれこれ策をこらす。溶けた金属をかけるのは2のオマージュだろうし、最後はマーカスが見せ場を持っていく。
 途中でマーカスと出会い、彼をジョン・コナーのところに連れて行く女兵士ブレアが色っぽくて良かった。マーカスを連れて逃げ出すために、他人に彼を敵だと考えていると思わせようとマーカスを拳銃で撃つシーンなんかすごくいい。反面、カイル・リースの連れている小さな女の子はもっと活用できたのではないだろうか。マイケル・アイアンサイドの出演は嬉しかった。
 スカイネットはジョン・コナーとカイル・リースの重要性を知っていたようだがどこで知ったのだろうか。ジョン・コナーはこの時点では人類の指導者ではなく抵抗軍の一幹部だし、カイル・リースがジョン・コナーの父親だという事はジョン自身しか知らないはず。その辺り、突っ込んで考えると矛盾が出てくる。そもそも重要人物だと分かっているならカイル・リースは捕らえたところで即殺し、ジョン・コナーが乗り込んできたところで総力を挙げて殺せば良さそうなものだがそうしない。スカイネットは謎が多い。しょせんコンピュータの考えている事は人間には分からないのか。
 コンピュータと言えば抵抗軍の使っているパソコンには製作会社がソニー資本にコロンビアだからなのだが当然のごとく"SONY"のロゴが入っている。ジョン・コナーがスカイネットの基地に侵入する時に使う携帯端末にはご丁寧にも"VAIO"のロゴ入り。しかし、VAIOの故障率の高さを噂に聞くに付け、実戦用途には向いてないんじゃないかなと思う。それとも故障率の高さは噂で実際は信頼性が高いのか。某007の人も使ってるからな、VAIO。

B002JQL3G8.jpg『この森で、天使はバスを降りた』(1996) THE SPITFIRE GRILL 116分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES、CASTLEROCK ENTERTAINMENT

監督:リー・デヴィッド・ズロトフ 製作:フォレスト・マーレイ 脚本:リー・デヴィッド・ズロトフ 撮影:ロブ・ドレイパー 音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:アリソン・エリオット、エレン・バースティン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ウィル・パットン、キーラン・マローニー、ゲイラード・サーテイン、ジョン・M・ジャクソン、ルイーズ・デ・コーミア

 メル友のオンリー・ザ・ロンリーさんのお薦めで観てみました。
 正直、感動作というのにはあまり興味がないのですが、信用している人が薦めてくるからには何かあるのだろうとビデオレンタル屋の棚で手に取りました。
 いわゆる感動作と言うのとは違いますね。淡々としていて、無理矢理に人を感動させようというところがない。爽やかな感じの映画です。
 それでも主人公を殺してしまうというのは反則ギリギリのところかと思いますが、みんな幸せになってハッピーハッピーという作風ではないですからね。これでいいのでしょう。

 刑務所を出たパーシーという女性がメイン州の小さな町にやって来ます。
 彼女は保安官の紹介で町の食堂で住み込みで働くようになります。店の女主人は腰を痛めていたため手伝いが必要だった頑固者のばあさんです。
 最初は彼女がよそ者でしかも刑務所出身ということで町の人はパーシーを白い目で見ます。普通の映画ならば、パーシーが持ち前の明るさで次第に町の人に溶け込んでいくんでしょうが、パーシーはぶっきらぼうな正確で最後の最後まであまり町の人に打ち解けないのがこの手の作品としては珍しいところです。定石崩しですね。
 そんなパーシーの罪状は殺人。しかし、その殺人にはやむにやまれぬ理由があったのです。

 結局、小さな田舎町に来てパーシーは幸せになれたのでしょうか。私にはそうは思えません。疑われて、森の人"ジョニー・B"を助けるために命を落としただけ。
 ただ、もう一度、守りたいと思える物を見つけたのは幸せだったのかも知れません。
 良い映画ではありますが、普通という印象も受けます。予想の中にすべて収まっているのがその理由でしょう。突出したシーンやカットがない。映画としての刺激が足りないのです。オンリー・ザ・ロンリーさん、すみません。
 アリソン・エリオットの演技は自然で、腹の中をなかなか覗かせない謎の女性を演じていてGOOD。ウィル・パットンが嫌味な役を演じていてこちらもGOOD。頑固ばあさんのエレン・バースティンも実は頑固には理由があってそれが解消するところなど実にいい。役者陣は総じていい。ただ、邦題はちょっとくさすぎ。

B002GV6VVS.jpg『チョコレート・ファイター』(2008) CHOCOLATE 93分 タイ SAHAMONGKOLFILM INTERNATIONAL

監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ 製作:プラッチャヤー・ピンゲーオ 脚本:チューキアット・サックウィーラクン 撮影:デーチャー・スリマントラ アクション監修:パンナー・リットグライ
出演:"ジージャー"ヤーニン・ウィサミタナン、阿部寛、ポンパット・ワチラバンジョン、アマラー・シリポン、イム・スジョン、タポン・ポップワンディー

 『マッハ!』(2003)、『トム・ヤム・クン!』(2005)のプラッチャヤー・ピンゲーオ監督が三度。今作ではトニー・ジャーではなくジャージーことヤーニン・ウィサミタナンが主演。聞かない名だと思ったら新人である。しかも女性である。女性にプラッチャヤー・ピンゲーオ映画の主役が務まるのかとちょっと心配だったが杞憂だった。見事にアクションをこなしていた。全身を躍動させるそのアクションは全盛期の志穂美悦子を思い出させてくれた。

 舞台はタイ。タイのマフィアの女性ジンと日本のヤクザ・ニシ(阿部寛)が愛し合って産まれた子供ゼン("ジージャー"ヤーニン・ウィサミタナン)は不幸なことに自閉症だった。
 しかし、『レインマン』のダスティン・ホフマンが空間認識能力に並外れていたように、ゼンは目で見た動きをコピーできる肉体的能力を持っていた。格闘家の動きを見れば同じ動きが出来るようになる。家の裏にあるムエタイ道場で練習する選手達を見てゼンはムエタイを学んだ。『マッハ!』などの格闘映画を観てそこからも学んだ。
 マフィアを抜けたジンはパートなどの仕事をして、貧しいながらも楽しい生活だったが、そんなジンを白血病が襲った。治療には大金がかかる。ゼンの面倒をみているムンがジンのマフィア時代の金貸しの帳簿を見つけ、貸したままになっているところから集金することを思いつく。しかし、どこへ行っても素直に返してくれず、その度に借り主の部下達とゼンの戦いになった。
 そして、かつてジンと組んでいたマフィアの男がジンに未練を持っていてちょっかいを出してきた。そして死闘が始まった。

 ジャージーの女性とは思えない過激なアクションが売りである。この人、身体が動く動く。ハイキックも見事に決めてくれる。女性ならではの柔軟な身体を活かしたアクションもある。
 さすがに技に力強さは少ないが、その分をスピードでカバーしている。
 終盤までの敵は製氷工場や精肉工場の従業員達なので格闘技の素人的存在。動きはちょっと雑だが激しい戦いを繰り広げる。製氷工場はブルース・リーの『ドラゴン危機一発』(1971)のオマージュなんだろう。ゼンがブルース・リーの怪鳥音の真似をするし。
 終わり近くなってやっと戦いの専門家が出てくる。その中の一人が、これも知的障害者ないし精神障害者のようで身体を痙攣させながら襲ってくる。技もキレ動きもトリッキーだがゼンのコピー能力でコピーされてしまい負ける。
 ラストはビルの壁面を使ってのアクロバティックなアクション。階ごとに段差があってそこを利用して移動する。ビルに付いた看板も移動に利用する。マフィアの部下達がビルから落ちる落ちる。『プロジェクトA』(1984)の時計台落ちのように段差に身体をぶつけて勢いを殺してはいる物の、下はマットも引いていないアスファルト。かなりのダメージのはずである。タイのスタントマンは命がけなのだ。

 阿部寛が登場する福岡ロケのシーンも短いながらある。阿部寛はラストの戦いに乗り込んでいって日本刀で立ち向かってくる部下達にチャンバラで立ち向かう。外人の描くチャンバラは勘違いしている物も多いがこれはなかなかな迫力。
 阿部寛は哀愁を抱えたなかなかおいしい役だ。

 戦うシーンが室内戦ばかりで画面が暗いのが難点だ。前2作と比べると映像のシャープさは落ちている。撮影監督が替わっているがそれが理由だろうか。
 ストーリー的には単純で、マフィアのボスが後々までしつこくジンにつきまとう理由が明瞭でないなど問題点もあるが、ストーリーを楽しむと言うよりはアクションを楽しむ映画だからそれほど重要ではないだろう。ただ、ラストの救われない爽快感の無さは気にかかる。
 包丁が胸に刺さったりフックが足に刺さったり、チャンバラで大量に人が死ぬなど痛いシーンや死人が多すぎる気もする。気楽に観られるという意味ではトニー・ジャー作品の方が上だろう。
 エンディングクレジットのNGシーン集では現場の本当に痛そうな映像が映り、中には目を背けたくなるのもある。ここまでしてこの映画は作られたのだ。

 とにもかくにもジャージーあってこその映画である。彼女のアクションを楽しむ映画。数年をかけて訓練を受けアクションスターに育てられた彼女は1984年生まれとまだ若い。今作では演技面に不満が残ったがこれからが楽しみである。

B002JGMPWE.jpg『デスリング』(2006) RING AROUND THE ROSIE 88分 アメリカ

監督:ルビー・ザック 製作:アレックス・バーダー、ローレンス・シルヴァースタイン、ルビー・ザック 脚本:ルビー・ザック、アレックス・バーダー、ジム・サザース、マイケル・タッブ 撮影:マーク・ウッズ 音楽:ジョン・マッサリ
 出演:トム・サイズモア、ジーナ・フィリップス、ランダル・バティンコフ、ジェニー・モーレン、フランセス・ベイ、マーク・リン

 トム・サイズモアの不気味さと怖い顔の印象だけで後は何も残らなかったスカ映画。

 都会で働くキャリアウーマンが亡くなった祖母から山荘を遺産相続する。そこを売るために整理しようと山荘にやってくる。知らなかったことだが山荘には管理人(トム・サイズモア)がいた。上辺は親切そうにしている管理人だがどこか不気味なところを彼女は感じ取っていた。数日後、彼女の妹が手伝いにやってくる。二人に接近してくる管理人。次第に管理人の態度は図々しくなり、二人を支配しようとする。

 とここまでならありきたりなサイコサスペンスなのだが、彼女が不思議な夢を見たり超常現象っぽい目にあったりするから話の筋が混乱してくる。あからさまではなく静かな霊的現象。それが彼女を襲ってくる。いったいどっちがやりたいんだと。
 そして思わず呆れてしまうような落ち。ここまで引っ張ってきてそれはないだろ。霊的な物はあったのか無かったのかはっきりしない。
 部分的には昨日紹介した『レイクサイド』に似た部分もあるのだが、どうしてこうも違うのだろうか。『レイクサイド』も大した作品ではないというのに。
 最初は頼りがいのある「俺が守ってやる」のセリフがだんだんと不気味になっていく、タフガイな男がサイコになってくるなどトム・サイズモアへの演出は成功しているので、素直に女性が山荘に監禁されてしまうサイコサスペンスで撮れば良かったと思うのだが、余計な欲が出てホラーの要素も盛り込んだ結果わけが分からなくなってしまったのではないだろうか。
 監督のルビー・ザックは製作・脚本にも名を連ねており"俺映画"状態に陥ってしまったのだろう。客観的な意見を言う人がいないまま突っ走ってこんな作品になってしまったに違いない。
 謎の山荘、不気味な管理人、毎夜見る悪夢、視界をよぎる影など要素は揃っているのだが料理人の腕が悪かったとしか思えない。雰囲気だけの雰囲気映画。『デスリング』というタイトルも意味不明。

B000XIIB0A.jpg『ティーン・ウルフ』(1985) TEEN WOLF 92分 アメリカ METRO GOLDEN MAYER

監督:ロッド・ダニエル 製作:マーク・レヴィンソン 脚本:ジョセフ・ローブ三世 、マシュー・ワイズマン 撮影:ティム・サーステッド 音楽:マイルズ・グッドマン
出演:マイケル・J・フォックス、スーザン・アルシッティ、ロリー・グリフィン、ジェームズ・ハンプトン、ジェリー・レヴィン、マット・アドラー、ジェイ・ターセス、ダグ・サヴァント、ジム・マックレル

 バスケのフリースローに始まってフリースローに終わる。これはある少年がいや少年たちが自らの力でプライドを手に入れる物語である。

 主人公のスコット(マイケル・J・フォックス)はイマイチさえない高校生。バスケ部で試合をやっても肝心なところでミスをしてしまう。そんな彼は演劇部の美女パメラ(ロリー・グリフィン)に恋しているのだが相手にしているはずもない。逆に彼を秘かに想ってくれているのが幼なじみのブーフ(スーザン・アーシティ)なのだが、彼はそれに気付かない。
 そんなある日のこと、彼は胸に妙に長い毛が生えたり、犬笛で耳が痛くなるなど異常が起こり始める。そしてついに彼は自宅の洗面所で狼男に変身してしまった。ドアを開けると外に立っていたのは同じく狼男の父親だった。思わぬ父親の姿に口あんぐり。彼らの一族は代々狼男の家系だったのだ。
 狼男と言っても映画とは違い理性はなくならず、満月でなくても自分の意志で変身できる。運動神経は飛躍的に向上し一種のスーパーヒーローなのだ。
 バスケの試合に出れば、彼の活躍で連戦連勝。一躍校内のヒーローになるが天狗になった彼に反感を持つ者も出てきた。特に、スコットのワンマン・プレーに不満を持つバスケ部の部員たちである。
 ダンス・パーティーでウルフではなくスコットで登場したところをパメラのボーイフレンドとの暴力沙汰になってしまい怒りで思わずウルフに変身してしまったスコットはウルフになることを躊躇するようになる。
 そしてバスケの決勝戦。ユニフォームを着て現れたのはウルフではなくスコットだった。こうしてチームプレーのバスケが始まった。

 今まで、目立たなかった地味目な少年がある日急に注目されるようになって有頂天になる。
 そんな彼に地のままのあなたが良いと幼馴染の彼女は言うが......
 というありがちなストーリーになんと狼男を絡めてしまった。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と同じ1985年作品だが、公開はこちらの方が数ヶ月遅いので作品としてはたわいもない青春コメディだが思わぬヒットを記録した。ちなみにアメリカではこちらの公開の方が先。
 狼男が主人公なのにホラーじゃない。コメディというところが面白い。噛みつくどころか血の一滴も流れない。獣人物は普通主人公が苦悩するのだが(『キャット・ピープル』)など、この主人公は調子に乗りまくりのバカだ。80年代のアイドル映画だねぇ。
 マイケル・J・フォックスの身体の動きが最高で、清掃中で濡れた床を滑りながら延々走っていくところなど大笑いしてしまう。
 狼男のメイクやスーツの出来は大したことがなく、狼男と言うよりは『猿の惑星』に見えるが、そういうことを気にする映画ではないからかまわない。
 狼男になることで力を得た少年が、有頂天になって周りの大事な人の信頼を失ったあげく、狼男であることを捨てて素の自分が持つ本当の力という物に目覚めていく。青春である。
 そんなスコットに影響されて、すっかりやる気を無くしていたチームメイトたちが一念発起するシーンが素晴らしい。これまた青春である。
 スコットがブーフとパメラのどちらを選んだのかは言うまでもない。本当に大切な人はすぐ隣にいたという『青い鳥』を思わせるストーリーも好感が持てる。
 テンポが良く、時間も短めなので気楽に観られる1本。

B001TKDOUS.jpg『ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ セカンド・シーズン』(2008?2009) TERMINATOR: THE SARAH CONNOR CHRONICLES SEASON2

製作総指揮:ジョシュ・フリードマン、ジョン・ワース、マリオ・F・カサール
出演:レナ・ヘディ、トーマス・デッカー、サマー・グロー、リチャード・T・ジョーンズ、ブライアン・オースティン・グリーン、ギャレット・ディラハント、シャーリー・マンソン、レヴェン・ランビン

 全22話と全9話だったシーズン1から大幅ボリュームアップ。話も込み入ってきてジョンの彼女ライリーの正体や未来から来た人間の暗躍、そして人間に味方する機会などが複雑に交差する。
 とにかく長いんで観るのに疲れた。ちょうど土曜日に発作で倒れて寝込んでいたのでぶっ続けで観ることが出来たが、そうでなければ何日かかっていたことか。
 途中までは美少女二人体制できて、なんだ分かってるじゃないかと思ったら一人は無残な死を遂げる。詳しくは書かないが非常に悲惨な死に方だ。美少女ターミネーターは相変わらず可愛い。感情がないところがぶっきらぼうに感じられてそれはそれで良い。
 とんでも無い状況のままブツ切りで終わるが、視聴率が悪かったんでシーズン3は作られないらしい。あのまんまかい。だったら広げた風呂敷はきちんと畳んで終われよな。海外のTVシリーズは高視聴率ならばいくらでも話を引き伸ばすが、悪ければ簡単に打ち切られてしまう。まぁこれは日本も同じなんだろうけど。あー続きが気になるがもう観ることは出来ないわけか。
 22話もあるのでクオリティには多少のばらつきがあるが全体的に水準は保っていた。無駄に思えるエピソードもあったが、あとでそれが伏線になっている場合もあるので無視できない。SFXはさすがに映画クラスとはいかないが頑張っていた方だと思う。銃撃戦はかなり派手だ。
 ちなみに人間側に拉致されてしまうターミネーターのクロマティないしジョン・なんとか吹替をやっている桐本琢也とはおなじ学部で同じサークル所属の同期である。「最近へはブルース・リーの吹替をやっているそうだ」思えば遠くに来たもんだみのもんたである。桐本、地元に帰ってきた時ぐらいは連絡寄こせよ。たぶん上馬場氏もそういっているんである。まぁ馬場さんの近況も知らんが。

B001RN8W68.jpg『ターミナル』(2004) THE TERMINAL 129分 アメリカ DREAMWORKS

監督:スティーヴン・スピルバーグ 製作:ローリー・マクドナルド、ウォルター・F・パークス、スティーヴン・スピルバーグ 製作総指揮:ジェイソン・ホッフス、アンドリュー・ニコル、パトリシア・ウィッチャー 原案:アンドリュー・ニコル、サーシャ・ガヴァシ 脚本:サーシャ・ガヴァシ、ジェフ・ナサンソン 撮影:ヤヌス・カミンスキー プロダクションデザイン:アレックス・マクダウェル 衣装デザイン:メアリー・ゾフレス、クリスティーン・ワダ 音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:トム・ハンクス、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、スタンリー・トゥッチ、シャイ・マクブライド、ディエゴ・ルナ、バリー・シャバカ・ヘンリー、ゾーイ・サルダナ、クマール・パラーナ、エディ・ジョーンズ、マイケル・ヌーリー、ジュード・チコレッラ、ギレルモ・ディアズ、ヴァレラ・ニコラエフ、コリー・レイノルズ

 東ヨーロッパのクラコウジアからニューヨークのJFK空港へとやってきたビクター(トム・ハンクス)は母国が内戦状態になりパスポートもビザも無効になってしまった。アメリカに入国することも母国へ帰ることも出来ないビクターは空港内の67番ゲートで暮らし始める。そのうちに掃除夫や食事サービス係の友人が出来る。
 ビクターがニューヨークにこだわるのは亡父との約束があったからであった。

 DVDのパッケージなどは感動系だが、実際にはコメディとして観る方がしっくりくるだろう。
 トム・ハンクスが言葉もろくに通じない異国でのクラコウジア人を見事に演じている。次第に言葉が通じるようになっていく様子も自然だ。
 空港内はオールセットだそうでその規模に驚くがスピルバーグならば当たり前なのかも知れない。
 カートを戻すと25セントが返ってくるのにそのカートを放置したままの人がいて、そのカートを集めて小遣い稼ぎをするビクターはなかなかたくましい。どうやら建築家という設定のようで空港内の改築を行っている建築業者に時給19ドルで雇われたりもしている。時給19ドルは高い。うらやましいな。
 ビクターと微妙な仲になるフライト・アテンダントのアメリア(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)は魅力的。最後はビクターではなく浮気相手の恋人の元へと行くところもリアル。
 空港が舞台のスピルバーグ作品と言えば『オールウェイズ』があるが、空港の規模は違うが空港で思いつくネタを片っ端から入れている。ビクターがトイレの洗面台で身体を洗っているところなど笑ってしまった。やはりコメディだよこれは。
 ロシア人が父親の薬を没収されそうになってビクターが「これはヤギの薬だよ」とごまかすシーンは良かった。感動的でもある。コメディなのにときおり感動的なシーンが入っているからあなどれない。
 アメリアのために作った1000の噴水がいつ水を噴き上げるのかと思っていたら吹き上げないままだったのはスピルバーグの変化の兆しなんだろうか。昔ならばここ一番で必ず吹き上げさせていたはずだ。
 ニューヨークにこだわったのは亡父との約束で、あるジャズミュージシャンのサインをもらうためだった。そのサインを入れたピーナッツの缶詰を抱きかかえるビクターに涙がほろり。
 ラスト、ビクターをニューヨークに行かせるために飛行機の前にモップを手に立ちはだかる掃除夫が良い。母国のインドに送り返されたら警官傷害の罪で投獄されてしまうと言うのに。
 入国監査官と食事サービス係の友人の唐突な結婚式も良い。入国審査官がバルカンサインで登場するところなど笑ってしまった。トレッキーという設定だったな。それに相反してビクターとアメリアの恋は薄い恋のまま終わってしまう対比。
 トム・ハンクスだから面白かったとは言える。他の俳優だったらもっとつまらなかった可能性はある。同時に憎まれ役のディクソンを演じたスタンリー・トゥッチも良い。この手の映画は憎まれ役の存在が大きい。ラストで1日ビザにサインをしてやらないところなんか「それであんたに特があるんかい」と言いたくなってしまう。

B00018GY3S.jpg『ドニー・ダーコ』(2001) DONNIE DARKO 113分 アメリカ NEWMARKET/Pandora

監督:リチャード・ケリー 製作:ショーン・マッキトリック、アダム・フィールズ 製作総指揮:ドリュー・バリモア、ナンシー・ジュヴォネン、ケイシー・ラ・スカラ、ハント・ロウリー、アーロン・ライダー、ウィリアム・タイラー、クリス・J・ボール 脚本:リチャード・ケリー 撮影:スティーヴン・B・ポスター 音楽:マイケル・アンドリュース
出演:ジェイク・ギレンホール、ジェナ・マローン、メアリー・マクドネル、ドリュー・バリモア、パトリック・スウェイジ、ホームズ・オズボーン、キャサリン・ロス、ノア・ワイリー、ベス・グラント、マギー・ギレンホール、デイヴィー・チェイス、ジェームズ・デュヴァル、スチュアート・ストーン、ゲイリー・ランディ、セス・ローゲン、リー・ウィーヴァー、スコッティ・リーヴェンワース、フィリス・リオンズ

 廃屋に放火して補導歴のある少年ドニー・ダーコ(ジェイク・ギレンホール)。彼は精神科医にもかかっている。ある晩、銀色のウサギが現れ彼をゴルフコースへと誘う。そして世界の終わりを告げ残り時間は28日6時間42分12秒だと言う。目が醒めて家に帰宅してみるとジェット機のエンジンが自分の部屋に落下していた。もしもゴルフコースへ行っていなければ直撃を受けて死んでいたところだ。
 グレッチェン(ジェナ・マローン)という転校生の女の子と仲良くなりガールフレンドとしたドニー・ダーコの周りでは不思議なことが起こり始めた。

 2度3度と観たくなる作品。観る度に新しい発見がある。
 突き詰めれば自動車事故で命を落とすはずだった少女の命を時間をタイムトラベルすることで救う話である。タイムトラベルして落ちてきたジェットエンジンで本来は死んでいたはずのドニー・ダーコがグレッチェンの命を救うために28日6時間42分12秒を余分に生きたのだ。どこか『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』に似ていなくもない。ラストのグレッチェンとドニーの母親が手を振り合うところなぞ泣けてきてしまう。
 死神オババや道ばたにいる太った男など脇役なのに魅力的な変な人物でいっぱい。
 中でも恐怖克服セラピストのパトリック・スウェイジが実に胡散臭くて良い。学校の生徒を集めた会合でセラピーをやるのだが、「恐怖を克服して愛に近づきましょう」などと叫んでドニー・ダーコに「偽イエス」とまで言われてしまう。偉そうなことを言っていて、実は児童ポルノの収集家だとバレて逮捕されるところなんか最高に笑える。あのパトリック・スウェイジが児童ポルノ収集家。セラピストやカウンセラーなんて偉そうなことを言っていてそんなもんだ。人間なんだから完璧なはずがない。
 舞台が1980年代というのも政治的混沌や当時の風俗などを合わせて有効に活用されている。ダーコ家の食卓でデュカキスに投票するわなどという会話が交わされている。

 つじつま合わせをして完璧に統合性のとれた脚本を目指して書かれた脚本ではないので、矛盾はいくらもある。その矛盾を楽しめるか楽しめないかが分かれ目だろう。SFや青春ドラマなど多ジャンルを飲み込んでしまう奥の深さも取っつきにくい点かも知れない。
 ドニー・ダーコが問題児であるところも面白い。世の中に矛盾を感じていて、それに対して内心で怒りを持っている。その怒りは精神科医でも解消できない。ドニー・ダーコは親しい友人はあまりおらず、家庭でも上手くいっていないのだろう。タイムトラベルはそんな彼の人生の再構築であった。

B002DT0RIQ.jpg『ダーティ・ダンシング』(1987) DIRTY DANCING 105分 アメリカ ARTISAN ENTERTAINMENT

監督:エミール・アルドリーノ 製作:リンダ・ゴットリーブ 共同製作:エレノア・バーグスタイン 製作総指揮:ミッチェル・キャノルド、スティーヴン・ルーサー 脚本:エレノア・バーグスタイン 撮影:ジェフ・ジャー プロダクションデザイン:デヴィッド・チャップマン 美術:スティーヴン・ラインウィーヴァー、マーク・ハーク 衣装デザイン:ヒラリー・ローゼンフェルド 編集:ピーター・C・フランク キャスティング:ボニー・ティマーマン 作詞作曲:フランク・プリヴァイト 作曲:ドナルド・マーコウィッツ、ジョン・デニコラ 音楽:ダニー・ゴールドバーグ、マイケル・ロイド、ジョン・モリス 舞台装置:クレイ・A・グリフィス
出演:パトリック・スウェイジ、ジェニファー・グレイ、シンシア・ローズ、ジェリー・オーバック、ジャック・ウェストン、ジェーン・ブラッカー、ケリー・ビショップ、ロニー・プライス、マックス・カンター、ニール・ジョーンズ、ウェイン・ナイト、ポーラ・トルーマン

 1963年夏、休暇を過ごしに山荘へやって来たハウスマン一家の次女ベイビー(ジェニファー・グレイ)には忘れられない夏となった。山荘付きの男女ダンサーのダンスに魅了されたベイビーは女性ダンサーのペニーが妊娠していることを知る。堕胎医が来る日には他のホテルのショーに出なければならないため、堕胎を諦めようというペニーに変わってベイビーが男性ダンサーのジョニー(パトリック・スウェイジ)と共にマンボを踊る決心をする。
 とはいえ踊りは素人のベイビー。ジョニーに一から教わって少しずつ上達していき本番は大成功とまでは行かないが無難にこなした。
 しかし山荘に戻ってみると堕胎医はモグリの医者で後処理もいい加減でペニーは苦しんでいた。ベイビーは医者である父を呼んできてペニーを診てもらう。ペニーの容態は安定するが、父親は赤ん坊の父親がジョニーだと思い込んで彼を軽蔑する。
 その後、ベイビーと父親は不仲となってしまうが、ベイビーはジョニーにますます惹かれていきダンスの練習を続ける。だがジョニーが盗難事件の犯人にでっち上げられてしまい、その晩ジョニーと一緒にいたベイビーがアリバイを証言して真犯人が捕まるが、ジョニーはお客に手をだしたと言うことで首になってしまう。
 そして夏も終わりのさよならパーティーの最中、ジョニーが会場に入ってきて一枚のレコードを流し始める。そして踊り出す二人。

 ダンス映画だけに主人公たちがどれだけ踊れるかに勝負がかかっている。
 ジョニー役のパトリック・スウェイジは母親がバレエの振り付け師で本人も元々はバレエダンサーをやっていて途中から俳優に転向したという本格派。姿勢一つとっても背筋がピンと伸びて指先まで神経が行き届いている。顔はゴツイが色気のあるダンスが魅力的だ。
 対するベイビー役のジェニファー・グレイはなんとあのジョエル・グレイのお孫さん。ジョエル・グレイというと『レモ/第1の挑戦』のチウンが思い出されてしまうが、他には『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でセルマ(ビョーク)が父親だと言い張っていたミュージカル俳優もジョエル・グレイ。終盤の裁判のシーンでは机の上で踊り回っていた。この人は映画への出演数は少ないが、ブロードウェイでは有名な踊りと歌の専門家。その孫だから踊れて当然というか交通事故に遭う前はダンサーを目指していたらしい。
 こんな二人が手を組んだのだからもはや怖い物なしである。

 特に良いのがジョニーがベイビーにダンスを教えていくところ。最初はそれこをステップを間違えて足を踏んでしまうような状態から次第に上達していって回転やリフトまで成功するように。このリフトは他のホテルでやったショーでは失敗してしまうのだが、ラストのジョニーが乗り込んで山荘の下層労働者階級も巻き込んでのダンスの中で成功する。ここでまるで画面が輝いているように見える。
 ベイビーは個人の努力で世の中を変えられると考えているような純粋な女の子だったが、確かにこの時世界を変えたのだ。
 60年代のヒット曲が流れ、ケネディ暗殺もベトナム戦争本格派兵も知らなかった1963年夏のアメリカの物語。

 ただし全体的に演出は単調。監督が舞台・ダンスの演出家でドキュメンタリー映画を撮っている人だから仕方なしか。
 ラストは夏のお別れパーティーだが、山荘の客人たちは夏の間中休んでいたらしい。夏の間というのが映画を観ている限りでは一週間とは思えないから1ヶ月ぐらいは休んでいるのだろう。ベイビーの父親は医者だが医者が1ヶ月も休んでいて良いのか?欧米のバカンスは規模が違うなと感じさせてくれる。
 音楽のことはよく知らないが、低予算映画のため時代考証がしっかりと出来ず、60年代以降の風俗も含まれているそうだ。だがそのいい加減さがかえって若者に受けたという。

B000PDZJC6.jpg『ドリトル先生不思議な旅』(1967) DOCTOR DOLITTLE 165分 アメリカ TWENTIETH CENTURY FOX

監督:リチャード・フライシャー 製作:アーサー・P・ジェイコブス、モート・エイブラハムズ 原作:ヒュー・ロフティング 脚本:レスリー・ブリッカス 撮影:ロバート・サーティース 特殊効果:L・B・アボット 作詞作曲:レスリー・ブリッカス 音楽:ライオネル・ニューマン、アレクサンダー・カレッジ
出演:レックス・ハリソン、サマンサ・エッガー、リチャード・アッテンボロー、アンソニー・ニューリー

 子供の頃に原作を貪るように読んだ。かなり好きな作品である。今では細かい点は忘れてしまったが、物置のどこかに今でもあるはずだ。オレには子供はいないが、もしいたら絶対に読ませたいシリーズである。

 獣医のドリトル先生は動物と自在に会話が出来るという特技を持つ。それで病人(病獣?)と会話しつつ悪いところを聞き出して治療するのだ。
 そんな彼のことを世間では変わり者扱い。妹も「動物を取るのわたしを取るの」と怒って出て行ってしまったぐらいだ。そんな彼の数少ない友人は犬・猫の餌売りマシュウとトミー少年ぐらいなものである。
 ある日、近眼になった馬が自発的に先生の治療を受けに来て用意した眼鏡をかけたところこれが大成功。喜ぶ彼らのところに馬の飼い主の将軍が「この馬泥棒が」と姪のエンマと共に乗り込んできた。スカンクの攻撃で将軍を撃退しエンマともすっかり犬猿の仲になってしまったドリトル先生だが、人間と関わるのが苦手な先生はそんなことを気にしない。それよりも海に住むという伝説のピンク海カタツムリを捜しに行くのに夢中なのだ。
 だが資金が足りないドリトル先生に友人が珍しい動物を送ってくれた。前にも後ろにも頭がある双頭のラマ"オシツ・オサレツ"である。このオシツ・オサレツをサーカスの見せ物に持ち込んで一儲けをしたドリトル先生はヒラメ号という名の船を買ってマシュウとトミーと共に大海へと乗り出したのである。密航者としてエンマを乗せて。

 動物の言葉がしゃべれる獣医という奇想天外な発想がまず面白い。原作はまだしも、実際にブタの前で「ブウブウ」や馬の前で「ヒヒヒーン」とやっている様子は本当に奇妙だ。物語の途中でドリトル先生は気違い扱いされて一生精神病院暮らしをさせられるところだったが、それもやむなしと思えてしまう。
 それにしても数多くの動物たちが登場する。馬、牛、犬、猫、スカンク、キツネ、キリン、ワニ、など実際の動物から、オシツ・オサレツやピンク海カタツムリ、月と地球を行き来している巨大な蛾"ルナモス"まで様々だ。オシツ・オサレツはもちろん着ぐるみだが実在の動物でも細かな芝居が必要なシーンでは例えば怯えるキツネなどは作り物を使っている。ちなみにイギリスになぜスカンクがいるかというとキツネ狩りの季節にキツネを守るためにやってきてるんだそうな。
 最初は衝突していたドリトル先生とエンマが次第に引かれあっていくのはお約束。まずはエンマが先生を見直して、航海の最中にドリトル先生がエンマに心を奪われていく。だが、動物ならともかく人間相手は苦手の先生はピンク海カタツムリにエンマたちを乗せて送っていってもらう中、一人島に残る。それはイギリスに戻れば精神病院に送られてしまうというのもあるが、エンマとこれ以上親しくなるのを怖がっているからでもある。腕利きの医者も恋には弱いのだ。
 何冊もある原作をいくつかまとめて映画化してしまっているので上映時間が長い。メインターゲットが子供であることを考えると165分はちょっと辛抱できないのではないか。
 ミュージカル仕立てになっているので苦手な人はダメだろう。良いと思うんだけどねミュージカル、楽しくて。ドリトル先生のレックス・ハリソンは『マイ・フェア・レディ』(1964)のヒギンズ教授の人なだけあって歌もばっちり聴かせてくれる。エンマに心を奪われたマシュウが唄うシーンも動きがあって良い。
 監督はリチャード・フライシャーだけあって、奇想天外な物語を堅実に映像化してくれている。さすが職人監督と呼ばれるだけのことはある。

B002A0533M.jpg『ディファイアンス』(2008) DEFIANCE 136分 アメリカ

監督:エドワード・ズウィック 製作:エドワード・ズウィック、ピーター・ジャン・ブルージ 製作総指揮:マーシャル・ハースコヴィッツ 原作:ネハマ・テク 脚本:クレイトン・フローマン、エドワード・ズウィック 撮影:エドゥアルド・セラ プロダクションデザイン:ダン・ヴェイル 衣装デザイン:ジェニー・ビーヴァン 編集:スティーヴン・ローゼンブラム 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ダニエル・クレイグ、リーヴ・シュレイバー、ジェイミー・ベル、アレクサ・ダヴァロス、アラン・コーデュナー、マーク・フォイアスタイン、トマス・アラナ、ジョディ・メイ、ケイト・フェイ、イド・ゴールドバーグ、イーベン・ヤイレ、マーティン・ハンコック、ラヴィル・イシアノフ、ジャセック・コーマン、ジョージ・マッケイ、ジョンジョ・オニール、サム・スプルエル、ミア・ワシコウスカ

『ブラッド・ダイヤモンド』の監督エドワード・ズウィックが007のダニエル・クレイグ主演で描いた、第二次大戦時のユダヤ人のナチスとの闘争映画。"DEFIANCE"には反抗の意味があるようだ。実話ベースの作品である。

 東ヨーロッパのベラルーシに住むビエルスキ四兄弟はナチスのユダヤ人狩りにあって父母を殺される。彼らは森に隠れ住むが次第に逃げてきたユダヤ人で人数が増えてくる。共同体を形成して維持しようとする長男のトゥヴィア(ダニエル・クレイグ)とロシア軍に加わってナチスと直接戦おうとするズシュ(リーヴ・シュレイバー)に意見が割れ、ズシュに付いて数人が共同体ビエルスキ・パルチザンから出て行く。
 森の中での生活は厳しく、食料は乏しく木で小屋は作った物の粗末なもので風雨にはさらされる。果ては野菜不足からくる壊血病やシラミが媒介するチフスまで発生する。チフスの治療にはペニシリンが必要なのだが、ロシア軍は持っているのに分けてくれない。そこでズシュ共々ナチの警察署を襲撃して薬を奪取しついでに無線機も破壊する。
 こうしてなんとか厳しい冬を乗り切った彼らは数百人の規模になっていたが、ドイツ軍が本格的に森のユダヤ人狩りを計画していることが分かる。空からは航空機による爆撃が始まり、森の奥へ奥へと彼らは逃げ戸惑う。そして、森を抜けたところで渡れそうにない沼にぶち当たる。

 モーセの出エジプト記を連想させる映画である。モーセはトゥビィアだ。掟を共同体の仲間に与え、追っ手が来る中、紅海ならぬ沼を渡らせる。モーセの出エジプト記でもエジプト時代の方が良かったと愚痴をこぼし反抗する人間がいてモーセを悩ませたそうだが、ここでも「ゲットーの方が良かった」と不満を漏らすものや、食料を独り占めにしてトゥビィアに反抗するものがでてくる。それをなだめすかしたり、時には力で抑えたりするトゥヴィアはモーセのように苦しいことだっただろう。元は軍人などとして訓練を受けたわけではなくごく普通の会社員だったのだ。それが自分と自分の家族を守っているだけだったのに、いつの間にか何十人、何百人の人生について責任を持たされる。その中でリーダーとしての資質に目覚めていく過程が葛藤を主にリアリティを持って描かれる。単なるヒーロー物ではない重みがここにはある。
 食糧不足の中、愛馬を撃ち殺してまでして食料として提供しているのに、下の者は上の者の苦労など分かろうとはしないのだ。それにしても馬スープは美味そうだった。うまだけに。
 食料は近隣の村の農家から強制徴用してくる。まぁいってみれば盗んでくるのだ。そうまでしなければ生きられないシビアさがある。あとはっきりとは語られていないが、女性が身体を売ってその見返りで食料をもらっていたというのもあったようだ。第二次大戦時の日本、例えば『火垂るの墓』などを観ても分かるが食べる物がないというのは本当につらいようだ。ちゃんと三食ご飯が食べられる生活に感謝。今の世界にはそれが出来ない人がいるというのに。

 そんな苦しい生活の中、三男アザエルが花嫁を迎える結婚式のシーンは雪の舞う中で行われていて実に美しかった。その結婚式とロシア軍とドイツ軍との戦いをカットバックで観せる幸せと死闘との映像が衝撃的であった。

 ラスト、沼を渡ったところで戦車を伴ったドイツ軍に追い詰められたトゥヴィアたちのもとへロシア軍から銃殺の危機にあいながらもズシュたちが駆けつけてくる。戦闘シーンは決して派手ではなくかなりリアル志向。この映画でドッカンバッカンの大爆発では興ざめだろうからこれで正解。戦闘後にドイツ兵から武器を奪っていくシーンがリアル。

 それから2年ビエルスキ・パルチザンは森に隠れ、最終的には12000人のユダヤ人が生活していたという。キャンプには病院、学校、保育所までは完備されていた。ユダヤ人はしぶといのだ。
 エンディングのその後の兄弟たちがどうなったかで、四男だけ紹介がなかったのが気になる。戦争中に死んだのか、戦後行方不明にでもなったのか。

B001G9EC6W.jpg『ドクター・モローの島』(1977) THE ISLAND OF DR. MOREAU 99分 アメリカ AMERICAN INTERNATIONAL

監督:ドン・テイラー 製作:ジョン・テンプル=スミス、スキップ・ステロフ 製作総指揮:サミュエル・Z・アーコフ、サンディ・ハワード 原作:H・G・ウェルズ 脚本:ジョン・ハーマン・シェイナー、アル・ラムラス 撮影:ジェリー・フィッシャー 特殊メイク:ジョン・チェンバース 音楽:ローレンス・ローゼンタール
出演:バート・ランカスター、マイケル・ヨーク、バーバラ・カレラ、ナイジェル・ダヴェンポート、リチャード・ベースハート、ニック・クラヴァット

 うーん、昔テレビで観たのとラストが違うんだよなDVD版は。でもって、テレビ版の方が絶対良かった。

 嵐で沈没した船の救命ボートに乗った二人が太平洋の孤島に流れ着く。一人は何者かに襲われて死んでしまう。そこはドクター・モローが独自の研究を進める謎の島だった。
 ドクター・モローの研究とは人間のDNAを動物に注入することによって獣人を作り出すという物だった。それを知った救命ボートの生き残りの主人公ブラドック(マイケル・ヨーク)は反発するが、この島はドクター・モローが支配しており、反抗するなど出来なかった。
 ドクター・モローの間近にはマリアという美女がいて、彼女と恋仲に落ちた主人公は2年後にしか来ないという定期便を待たずに救命ボートを修理して二人で島を抜け出すことを考えつく。
 ところが、屋敷の外にはドクター・モローが失敗作として作り上げた半獣人がいて、それがあるきっかけでドクターに反抗し始めた。

 DVDだとドクター・モローによって獣人化された主人公がいつの間にか人間に戻っていて通りがかった船に救助されるというハッピーエンドで終わっている。
 しかし、オレが昔テレビで観たラストは実はマリアも博士が作り出した最高の獣人で、薬が切れて獣の顔になっているというバッドエンドだった。これは後者の方が絶対に良い。

 原作は『タイムマシン』で有名なH・G・ウェルズ。人間不審な彼らしく、獣を人間にしてしまったがゆえに起こる悲劇や、人間たちの勝手な行動にそれが表れている。ドクター・モローは理想家だが、それ故に他人や獣に与える苦痛をまったく考えない科学者らしい科学者だ。人間の自分勝手さと科学のためなら人間の感情すら無視してしまう。現代で言う遺伝子組み換えを19世紀末の小説で発表しているのは流石。
「何度実験してもどうして元に戻ってしまうんだ」という博士の言葉は、熊は熊でしかなく虎は虎でしかないという当たり前の結論。その物の外見を変えれても本質は変えることが出来ないのだ。人間の手で進化の過程をすっ飛ばすなんてことは出来るはずがないのだ。
 そのモローを演ずるのはバート・ランカスターで、所々何でこんな役を引き受けたんだと思わない点もないが、さすがの貫禄で狂科学者ドクター・モローを演じている。マッド・サイエンティストだが、この作品の中で一番理性的人物というのが逆に怖ろしい。
 監督は『新・猿の惑星』(1971)のドン・テイラーで大雑把な演出は相変わらず。獣人の特殊メイクは『猿の惑星』シリーズより進化していて、特殊メイクとした俳優の表情がちゃんと表れるようになっている。
 物語の終盤でこの獣人達が自分たちを裏切ったドクター・モローの館を襲撃するのだが、やたらと数が少ないのが玉に瑕。もっと大群で襲ってきたらかなりの迫力だったろうに。

B000GJ0MTO.jpg『トム・ヤム・クン!』(2005) TOM YUM GOONG 110分 タイ SAHAMONGKOLFILM INTERNATIONAL

監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ アクション監督:パンナー・リットグライ 製作:プラッチャヤー・ピンゲーオ 撮影:ナタウット・キッティクン
出演:トニー・ジャー、ペットターイ・ウォンカムラオ、ボンコット・コンマライ、チン・シン、ジョニー・グエン、ネイサン・ジョーンズ

『マッハ!』(2003)でアクション映画好きをあっと言わせたトニー・ジャーが帰ってきた。作品名もタイ映画と分かりやすく『トム・ヤム・クン!』。その名に通りに辛くて刺激的な映画だ。

 タイに住む父子が駆っている親象子象の2頭が密輸組織によってオーストラリアに連れ去られてしまう。主人公のカームは象を取り戻すため、単身オーストラリアに乗り込む。誰がいったいなんの目的で象を密輸したのか。意外な事実が明らかになると同時に、カームは事件に巻き込まれ強敵と戦うことになる。

 現金とか黄金、麻薬、ウイルスなどを巡るアクション映画は多いが象というのは珍しい。オレが知っているのではこの映画だけだ。この象がかわいいー。インド象なのでアフリカ象のように荒々しくなく、つぶらな瞳でこちらを見つめてくるのだ。カームが子供時代に親象の牙に抱きかかえられるように運ばれるシーンなど印象的だ。

 そして格闘シーンがてんこ盛り。
 なかでも円柱状の吹き抜けビルを昇りながらの1カット長回しシーンがスゴイ。オレのDVDプレーヤーの時間表示だと1時間1分47秒から始まって1時間5分43秒まで続く。およそ4分間のノンストップアクション。さすがにこのカットだと凝ったアクションはないが、次から次へと襲いかかってくる敵をちぎっては投げちぎっては投げしながらビルを昇っていく。よくこんなシーンをやろうと考えたもんだ。さすがに最後の方になるとカームがちょっと息切れしているのが微笑ましい。そして最上階でカームが見た物は、希少動物を食べるゲテモノ食い倶楽部だった。象もここで食われてしまったのか?

 他にはカポイエラ、クンフー、プロレスとの異種格闘戦がある。カポエイラはかなり本格的で、足場に水がたまったシーンなのに軽快なステップでカームを追い詰めてくる。
 クンフー男は青竜刀で迫ってくる。素手のカームがどう戦うかが興味深いと思っていたら、銅鑼を叩く棒を手にとって戦い始めた。一流の戦士は武器の使いこなしも一流なのだ。
 そしてプロレスラーとの戦いでは父が前々から言っていた「象にも弱点がある」がヒントとなる。それは足だ。足の腱を切られてはさしもの巨体の象も身動きが取れなくなってしまう。
 打撃系だけではなく関節技も多用して一撃で相手の動きを封じる。折れる骨、砕ける関節、ブチ切れる腱。結局カーム1人で100人ぐらい倒している。集団を相手にするシーンが多いせいか、1カットが長目で最近の『ボーン』シリーズなどハリウッドのカット多用にちょっとうんざりしている身にはちょうど良い感じだ。

『マッハ!』のヒットでお金が出来たのか豪華オーストラリアロケを敢行している。実際にはタイで撮っているシーンもあるんだろうが、大した出世だ。
 ラストは敵の本拠地に子象を連れて親象を返せと殴り込み。象を連れた殴り込みも始めて見たな。
 悪役が本当に憎たらしいのでそれをバシバシとやっつけていく様は実に爽快である。ラストなんてほんと無茶。飛ぶかー!?
 警察内部のごたごたや悪党の後継者争いなど話に無駄な部分が多いのが気になる。無駄というか活用されていない。とはいえ象を返せだけで110分の映画にならなかったのだろう。
 ストーリーは気にするな。アクションを観て驚け、燃えろ!
 それにしても冒頭の空港でジャッキー・チェンのそっくりさんとぶつかるシーンはなんだったんだろ。
 CG使ってますが、アクションシーンではなく太古の戦いを表現したシーンです。PS2のゲームみたいなCGですが。
 トニー・ジャーの次回作の話しを聞かないんだけどどうなっているんだろう。新作待ってるよ。

B002CQIEIK.jpg『血のバレンタイン』(1981) MY BLOODY VALENTINE 91分 カナダ PARAMOUNT

監督:ジョージ・ミハルカ 製作:ジョン・ダニング、アンドレ・リンク、スティーヴン・ミラー 脚本:ジョン・ベアード 撮影:ロドニー・ギボンズ 音楽:ポール・ザザ
出演:ポール・ケルマン、ロリ・ハリアー、シンシア・デイル、ニール・アフレック

 2009年作『ブラッディ・バレンタイン』のオリジナル版。当時は『13日の金曜日』(1980)の大ヒットで、コピー映画のスラッシャー作品が数多くあった。その大半は今では忘れ去られてしまったが、こいつは今観ても面白い一本。

 20年前にバレンタインパーティーに早く行こうと二人の鉱山作業夫が仕事を早上がりしてしまった。そのため坑内に残された5人がメタンガスの爆発で生き埋めになった。6週間後に一人だけ救助されるが、ハリー・ワーデンという名のその男はすっかり精神に異常をきたしていた。そして精神病院から逃げ出すと自分たちを苦しめた二人を鉱山作業着姿でツルハシで惨殺。二人の心臓を取り出すと、バレンタインの箱に入れ「二度とバレンタインのパーティーをやるな」と書き残していった。
 それから20年後。すっかりほとぼりが冷めたと考えたのか、街でバレンタインパーティーが開かれることになった。しかし、ハリー・ワーデンの仕業と思われる殺人事件が発生。パーティーは中止になる。
 中止の理由は発表されなかったので不満に感じた若者たちは、鉱山の娯楽室で隠れてパーティーを開いた。そして殺人鬼が襲ってきた。

 若者が勝手なことをやって殺人鬼に殺されていくのはこの手の作品の定番。
 殺し方のシチュエーションが様々あってなかなか凝っている。ゆだった鍋に顔を突っ込まれるのなんか嫌な死に方だ。リメイク版であった乾燥機の中でゴロゴロ回っている死体もちゃんと出てくる。
 ガスマスクに鉱山作業着、ツルハシを持った独特のスタイルの殺人鬼も魅力的で、マスクで顔が隠れているから表情が見えないところが良い。そしてその正体が分からないという点でもプラスだ。ラストで明らかになる意外な正体にはみんな驚くだろう。こんなの分からないよ、そんなトラウマがあったなんて観客に明かされていないんだから。そういう意味では犯人当てのミステリーとしては反則的なところがあるが、誰だろう誰だろうと考えているのは楽しい。まさか本当にハリー・ワーデンが戻ってきたのか。他人が成りすましているだけなのか。だとしたらその理由は。これが短時間でちゃんと明らかになる。
 ラスト、捨て台詞を残しながら坑道の奥へと姿を消していく殺人鬼。この事件はこれで本当に解決したのか?来年のバレンタインにはまた殺人鬼が現れるんじゃないだろうか。

 終盤は鉱山の中に入ってアドベンチャー風のスラッシャー映画となる。狭い坑道をカンテラの明かりを頼りに進んでいくと突然殺人鬼が現れる。これは怖い。サスペンス描写として良質。高い梯子を登るシーンなど怖がらせ方を心得ている。ぶら下がって現れてみんなを脅かした男が、死体になってぶら下がって現れる可笑しさ。
 こらこら、単独行動はダメだって。

 DVDは残虐なシーンがいくつかカットされたカット版だそうだ。なんでこういうことをするかな。素直にノーカット版を出して欲しいものだ。
 で、後になってノーカット版を出してきて、カット版を買った人もまた買わされる。メーカーさん、そんな商売はやめましょう。

B002JQL37W.jpg『特攻大作戦』(1967) THE DIRTY DOZEN 150分 アメリカ MGM

監督:ロバート・アルドリッチ 製作:ケネス・ハイマン 原作:E・M・ナサンソン 脚本:ナナリー・ジョンソン、ルーカス・ヘラー 撮影:エドワード・スケイフ 音楽:フランク・デ・ヴォール
出演:リー・マーヴィン、アーネスト・ボーグナイン、ジム・ブラウン、チャールズ・ブロンソン、ジョン・カサヴェテス、リチャード・ジャッケル、クリント・ウォーカー、テリー・サヴァラス、ジョージ・ケネディ、ラルフ・ミーカー、ロバート・ライアン、ドナルド・サザーランド、ロバート・ウェッバー、トリニ・ロペス、トム・バスビー、ベン・カルーザス、スチュアート・クーパー、ロバート・フィリップス、コリン・メイトランド、アル・マンシーニ

『大脱走』が実話を元にした作品だとしたら、こちらはまったくのフィクションの破天荒映画。死刑囚などの元軍人を恩赦を餌に命がけの特別任務に就かせるのだ。

 ノルマンディ上陸作戦が近い戦況の中で、連合軍はある特殊任務を立案していた。それはドイツ軍の将校が集まりパーティーを行う洋館を強襲し将校達を皆殺しにするという物だった。
 実行部隊は死刑囚などの元軍人から12人が選ばれ、訓練の後作戦につく。最初はまとまりがなくただ単に反抗していただけの12人だったが、過酷な訓練の中で次第にまとまりを見せてくる。そしてついに作戦実行日が訪れた。

 さすがに12人はちょっと多い。特徴があるのは5?6名ぐらいで、残りはただいるだけ要員になっている。黒澤明が『七人の侍』で七人という数を選んだが、そのぐらいがここのキャラクターを立たせるという意味では妥当な数なのだろう。
 しかし、軍事作戦なので七人では少なく12人という数になってしまうのは仕方ないことなのだろう。
 実際に作戦に加わるのは12人に指揮官のジョン・ライスマン少佐(リー・マーヴィン)とMPが1人の14人である。リー・マーヴィンは軍曹をやらせたら天下一品の俳優で今回は少佐というのがちょっと残念だ。始終むすっとした顔で、腕の立つ優秀な軍人だが個性が強すぎて上層部から扱いづらく思われている。だがそんな彼だからこそ不可能と思われる任務に挑み、囚人の12人をまとめ上げるのだ。
 この囚人を訓練して実戦で使うというアイディアが実に面白い。

 物語の大半は訓練シーンである。かなりユーモラスな作りでギャグも多い。ロープ上りでもうこれ以上上れないと言い出した囚人にリー・マーヴィンがグリースガンを乱射したらコマ落としでするするっと登り切ってしまうシーンなどは爆笑である。
 そんな訓練を重ねていく内にバラバラだった12人が結束し始め、ついに水でヒゲを剃るのは嫌だ、お湯で剃らせろと言い出す。最初は一人が言い出しただけだが、リー・マーヴィンが水で剃らない奴は一歩前へ出ろというと全員が前へ出る。この時、12人は一つになったのだ。
 それならばとリー・マーヴィンは囚人達にひげ剃りも顔を洗うことも禁止する。MPが「これからお前達を"汚れた12人(ダーティ・ダズン)」と呼ぶと言い、ここでタイトルの意味が明らかになる。邦題の『特攻大作戦』も味があるがあまりにそのまますぎる。ここは原題の勝ちである。

 終盤の洋館襲撃シーンは一転してシリアスモードになる。
 ドイツ兵は皆殺しで、人質にしたドイツ兵とフランス人はフランス人だけ助けてドイツ兵は射殺する。
 マシンガンの乱射や爆破シーンなどかなり派手な戦闘シーンが展開され、特に地下壕に逃げ込んだドイツ将校をまとめてやっつけるシーンでは、通風口にピンを抜いてない手榴弾を大量に放り込み、ガソリンを流し込んだところへピンを抜いた手榴弾を放り込んでまとめて吹っ飛ばす。爽快だが、ドイツ将校だけではなく女性も混ざっているのがちょっと複雑なところではある。しかし、それが戦争だ。
 12人も一人また一人と倒れていき、最後に生き残るのはリー・マーヴィンとチャールズ・ブロンソンとMPの3人だけだ。だが、戦況を見るに3人生き残っただけでも奇跡である。
 12人の囚人の内、11人はケンカの上での殺人や強盗殺人など同情できない罪ばかりだが、ブロンソンは医薬品をありったけ持って敵前逃亡した上官を射殺した罪である。本来なら敵前逃亡は銃殺だから罪にはならないはずだがリー・マーヴィンは言う「お前にもミスはある。証人を忘れたな」
 この作品でのブロンソンはヒゲなしブロンソン。ひげ剃りをしなくなってからはひげが伸びるが口ひげではなく無精ひげ。この作品だと絞首刑を待つ囚人だから口ひげがないのかも知れないが、いったいいつからブロンソンは口ひげを伸ばし始めたのだろう。口ひげなしのブロンソンはやはり地味。ひょっとしたら口ひげの方がブロンソンの本体なのかも知れない。
 この作品では珍しくジェームズ・コバーンでお馴染みの小林清志が吹き替えている。
 スペシャルエディションDVDの吹替収録時間は短く訓練部分はほとんど字幕、テリー・サヴァラスも森山周一郎でないなどオマケ程度に思っておいた方が良いかもしれない。

 一番反抗的なフランコ役のジョン・カサヴェテスが忘れがたい。下から睨みつけるような目つきで口元にはいつも皮肉な笑みを浮かべている。ちょっとエミリオ・エステヴェスに似てないこともない。
 ニューヨーク・インディペンデンス映画の父として監督として有名なカサヴェテスだが、『ローズマリーの赤ちゃん』など姿を見る機会はすくないが優れた俳優である。

 他にもアーネスト・ボーグナインやジョージ・ケネディなど通好みの俳優は脇を固める。
 終盤にはハーフトラックも登場しロバート・アルドリッチらしい男臭い非常に良くできた特殊部隊物の戦争映画である。

B001G9EBWW.jpg『大脱走』(1963) THE GREAT ESCAPE 168分 アメリカ UA

監督:ジョン・スタージェス 製作:ジョン・スタージェス 原作:ポール・ブリックヒル 脚本:ジェームズ・クラヴェル、W・R・バーネット 撮影:ダニエル・ファップ 編集:フェリス・ウェブスター 音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:スティーヴ・マックィーン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソン、デヴィッド・マッカラム、ハンネス・メッセマー、ドナルド・プレザンス、トム・アダムス、ジェームズ・ドナルド、ジョン・レイトン、ゴードン・ジャクソン、ナイジェル・ストック、アンガス・レニー、ロバート・グラフ、ジャド・テイラー

 これ、今公開されたとしたら『グレート・エスケープ』なんて邦題になるのかね。なんか味気ない。直訳だけど『大脱走』というタイトルは実に良い。

 ドイツに連合軍の空軍士官捕虜を集めた捕虜収容所があった。他の収容所で脱走を繰り返した面子ばかりで、どうせならば「腐った卵は一つのカゴに入れて管理しよう」というのがドイツ側の考えである。
 畑仕事や図書館、スポーツなどで欲求を発散させ脱走の意志をなくそうということになっているが、連合軍の連中がそれに大人しく従っているはずがない。さっそく3つのトンネルを掘り始め、物資の調達や物の製造、測量に身分証明書の偽造など得意分野を持った連中が活躍し始める。ドイツ軍の目を盗んでの作業は進む。
「腐った卵を一つのカゴに入れるとひっくり返った時に大変なことになるのだ」

 脱走物の代表的作品である。ちなみに個人的には捕虜収容所からの脱出は脱走物、『アルカトラズからの脱出』のような刑務所からの脱出は脱獄物と切り分けて考えている。
 この作品は驚くことに実話の映画化である。ある程度の人名、地名に変更はあるが多くの部分が事実に基づいているらしい。特に試行錯誤のアイディアから生まれた脱走計画は忠実に再現しているそうだ。
 250名というかつてない大人数を脱走させる予定だったが、トンネルが6メートル足りずに一人ずつ逃げている内に途中で見つかり76名が脱走した。内12名が連れ戻され、50名が銃殺された。史実では最終的に逃げおおせたのは3人だったという。映画で実際に逃げおおせているのは船に乗り込んだブロンソンと友人、レジスタンスの力を借りてスペインに逃亡したジェームズ・コバーンの3名だけである。
 しかし、この脱走計画によってドイツ軍は脱走兵捜索に7万人もの人員を割くことになり当初の目的であった後方攪乱作戦としては成功したと言えるだろう。

 我らのブロンソンは呼び名が"トンネル・キング"。穴を掘らせたら超一流のディグダグも真っ青な男である。しかし、実は子供の頃から閉所恐怖症で、その恐怖を強い意志で押し殺してこれまで十何本ものトンネルを掘ってきたと言うから男ではないか。好きでトンネルを掘ってきたのではない、自由をその手でつかみ取るために自分の出来るトンネル掘りに恐怖を抑えつつ没頭してきたのだ。
 この作品でのブロンソンはまだヒゲなしブロンソン。捕虜収容所だからヒゲを剃らされているのかもと思ったが、他にヒゲキャラがいたのでそれは違うのだろう。ヒゲがないと若々しいがやはり地味で今一つ特徴がなくて冴えない。ブロンソンがヒゲを生やしたのは正解だろう。
 ちなみにこの作品で後の愛妻ジル・アイアランドとブロンソンは出合うこととなった。ジル・アイアランドは出演していないが当時の夫デヴィッド・マッカラムが出演していたので撮影現場の見学に来たのだ。その後二人は離婚し、ブロンソンとジル・アイアランドは『戦うパンチョ・ビラ』(1968)での共演の後結婚し、ノーベル賞級に夫婦共演しまくった。

『荒野の七人』からたった3年でスターの風格を身につけたのがスティーヴ・マックィーン。この作品の実質的主役を見事に演じきっている。他にも多くのスターが出ているのにその輝きに負けず一番強く輝いている。
 イギリス人将校のなかで数少ないアメリカ人将校を演じている。とにかく脱走気違いでなにかにつけては脱走しては捕まり独房に入れられている。それでついたあだ名が"独房王"。終盤のバイクを乗り回すバイクスタントが有名だが、同じくらいに独房の中で一人キャッチボールをやっているのが印象的である。

 刑務所物でもそうだが、どこからともなく物を調達してくる調達屋と呼ばれる連中がいる。『ショーシャンクの空に』のモーガン・フリーマンなんかがそうだ。あれは実際にどうやって調達しているのかを描いた作品は意外と少ないが、この作品は例外だ。調達屋のジェームズ・ガーナーがいかにして物資を手に入れているのかを克明に描いている。まずは看守とお近づきになる。そして看守の弱みを握り恩を着せる。ここまで来たらもう成功したようなものだ。あとは恩を返せとばかりに物資を要求する。もちろん交換用の物資や刑務所物の場合は金も用意しておく。要は外とのパイプを如何に確保するかである。
 それでも説明のつかない場合は映画には奥の手がある。
「○○はこれをどうやって手に入れたんだ」
「僕もそれを聞いたんですよ」
「そうしたら」
「聞くな、ですって」

 それにしてもドイツ軍捕虜収容所はわりを居心地が良さそうだ。
 『勝利への脱出』にしろ『第十七捕虜収容所』にしろ強制労働をさせられるわけでもないし、食事はちゃんと出てくる。オレだったら前線で戦うよりもそこにいついちゃうかも。って軍人失格だな。『勝利への脱出』はフィクションだがサッカーやって遊んでるんだから。

 これだけの人数のキャストをちゃんと描き分けているジョン・スタージェスはこの手の映画が上手いのだろう。普通混乱する。
 それぞれのキャストの魅力をちゃんと引き出して、面白みのある役柄を演じさせている。
 ストーリーは一直線の素直なもので、裏切り者とかは出てこない。ドイツ軍に見つからずに如何にしてトンネルを掘るかのサスペンスである。7月4日にマックィーン達3名のアメリカ人が独立記念日でじゃがいも焼酎を振る舞っている最中にドイツ軍にトンネルが見つかるシーンはスリリングである。
 エルマー・バーンスタインの『大脱走マーチ』は名曲で頭の中で流れはじめると止まらない。

 ちなみにDVDパッケージの写真は映画には登場しない。ドイツ軍服姿かトレーナー姿なんだよね。

cfa97564.jpg『テレフォン』(1977) TELEFON 117分 アメリカ

監督:ドン・シーゲル 製作:ジェームズ・B・ハリス 原作:ウォルター・ウェイジャー 脚本:ピーター・ハイアムズ、スターリング・シリファント 撮影:マイケル・C・バトラー 音楽:ラロ・シフリン
出演:チャールズ・ブロンソン、リー・レミック、タイン・デイリー、パトリック・マギー、シェリー・ノース、ジョン・ミッチャム、ドナルド・プレザンス、アラン・バデル

 アメリカコロラド州デンバーの自動車修理工場に一本の電話がかかってくる。主人が出たその電話はこんなことをささやいた。
「森は美しく また暗く深い。でも約束がある。眠りの地まで数十マイル。さあ○○○○。眠りにつくまであと一走り」
 すると店主はロッカーから爆弾を取り出すと、車に付け軍事基地に突っ込んでいき自爆した。ただ不思議なことに、その軍事基地は10年前までは神経ガスの保管庫として重要だったが、いまでは大して価値のない基地だったということだ。
 そのころモスクワでは米ソの緊張緩和に反対する高官たちに対する粛正が行われていた。そして、タカ派文官ダルチムスキー(ドナルド・プレザンス)は一通の手帳を持ってアメリカに逃亡した。そこには50数人の名前と住所、電話番号が書かれていた。そこに名前の書かれた人間は現在は普通のアメリカ人として暮らしているが、元は英語の堪能なソ連の学生で、薬物催眠をかけられ自分をアメリカ人と信じ込んでいる。そして、例の詩とロシア名を聞かされるとあらかじめプログラムされたテロ活動を行うようになっているのだ。だが、それも米ソ緊張が絶頂に達していた頃の話。現在ではすでに放棄された古いプロジェクトだった。だから価値のない基地に突撃したのだ。
 ダルチムスキーはさらにテロ活動を行い、再び米ソ対立を深めようとしている。ひょっとしたら第三次世界大戦を起こすつもりなのかも知れない。そこでソ連は手帳の内容を完全に記憶できる完全記憶(フォトグラフィック・メモリーとセリフでは言っている)の持ち主ボルゾフ(ブロンソン)をダルチムスキー抹殺のために送り出した。
 カナダ経由でアメリカ入りしたボルゾフはアメリカ人のKGB要員バーバラと夫婦を装いダルチムスキー追跡を始める。
 しかし、そうしている間にも、ダルチムスキーによるテロが発生していた。50数名のスリーパーはアメリカ中にいる。いったい、どういう順番でテロを行っているのか。法則性はあるのか、まったくのランダムなのか。決死の捜査は続く。

 アメリカでソビエト人同士の戦いが繰り広げられる。その戦いも中を振り回すものではなく、チェスのような知能戦。相手がどう動くかを読んで行動しなければならない。
 KGBの工作員が結果としてアメリカを守るために働く。ここで価値観が逆転している。ボルゾフが親米か反米かははっきりと描かれていないが、愛国者ではあるだろう。その国へのこだわりを捨てるラストが爽快だ。それにしてもブロンソン、20分も過ぎないと登場しない。
 バーバラは実はCIAとの二重スパイであって、任務完了後はKGBにより取り入るために命令通りにボルゾフを抹殺しなければいけないことになっている。KGBからもCIAからもボルゾフの抹殺を命ぜられているバーバラ。しかし、最初はいけすかないソビエト人だと思っていたボルゾフのことをいつの間にか愛しているバーバラが下す決断も爽快。
 キャストにドナルド・プレザンスがいるが、オープニングのドナルド・プレザンスのクレジットが出た時点で、「ああ、こいつが悪役なんだろうな」と思ったら案の定ドナルド・プレザンスが黒幕だった。金髪のカツラを被って変装しているシーンがあるが、あれは笑うしかなかった。テロリストの割には堂々とした自信家ではなく、ビクビクと怯えた感じの神経症っぽい演技で、逆に狂信者としてのリアリティがあった。
 普通の人がある日突然テロリストになるというのはかなり怖い話だ。少し違うが、宇宙人にクローンされて人間爆弾にされてしまうゲイリー・シニーズ主演の『クローン』(2001)を思い出した。
 ボルゾフが選ばれたのは完全記憶で手帳を完璧に記憶して工作における証拠を無くすため。その完全記憶で、長距離電話をクレジットカードでかける際にカードを見ないでスラスラと番号を言うシーンがある。完全記憶とは便利なものだ。オレも持っていたらテスト勉強の時に楽だったろうになぁ。
 ダルチムスキーにボルゾフ、KGBにCIA、二重スパイやCIAのコンピューターオペレーターまで絡んで結構複雑なストーリーなのだが、これが分かりやすく仕上がっているのは脚本のピーター・ハイアムズ、スターリング・シリファントの腕だろうか。原作が『合衆国最後の日』『ダイハード2』のウォルター・ウェイジャーだから良いのかな。『ダイハード2』はノベライズではなく原作の『ケネディ空港着陸不能』の方。読んだけど面白かった。ピーター・ハイアムズは監督もやれば脚本も書く、撮影もやると多芸な人だ。コンピューターオペレーターはブロンソンとの接触は一切ないが味のある登場人物で個人的にお気に入り。
 ブロンソンがソビエト人ということに疑問もあるだろうが、そもそもがリトアニア移民の子供。スラブ系だから本来はぴったりの役柄なのだ。
 ドン・シーゲルがさすがの質実剛健な演出でオープニングのダルチムスキー宅強襲のシーンからラストまで一気に観せてくれる。移動が続く物語とは言えだれるシーンがほとんどないのはさすが。ブロンソンが拳銃を撃つのは一発だけだが、その一発の冴えてること。
 音楽のラロ・シフリンのスコアがまた緊張感があって良い。
 TELEPHONEではなくTELEFONなのはスラブ語をアルファベットに置き換えたからか?
 ブロンソン作品の中でもかなり上位に来る傑作なのにいまだにDVD化されていない。米amazonで調べてみるとアメリカでも発売されていないくてヨーロッパからの輸入品が売られている。メカニックと合わせてとっとと発売して欲しいんだが。
 この記事は以前wowowで放映されたのを録画しておいたので書けた。wowow万歳!今は解約しちゃってるけどね。

B00005G1V7.jpg『太陽のエトランゼ 灼熱のカボ・ブランコ/狼たちの野望』(1979) CABOBLANCO 91分 アメリカ

監督:J・リー・トンプソン 製作:ランス・フール、ポール・A・ジョゼフ 原案:ジェームズ・グランビー・ハンター、ミルトン・ジェルマン 脚本:ミルトン・ジェルマン、モート・ファイン 撮影:アレックス・フィリップス・Jr 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:チャールズ・ブロンソン、ドミニク・サンダ、ジェイソン・ロバーズ、フェルナンド・レイ、サイモン・マッコーキンデール、カミラ・スパーヴ

 またまたJ・リー・トンプソンとチャールズ・ブロンソンのコンビによる作品。
 南米のカボブランコという港町での沈没したナチの船に積まれた2200万ドルの金塊を巡る冒険アクション。

 時期は第二次大戦終結後から数年経った頃、アメリカ人のギフ(ブロンソン)は事情により本国を離れてカボブランコで酒場と宿屋を営んでいた。そこへフランス人女性のマリー(ドミニク・サンダ)という女性が行方不明になった恋人を探しにやってくる。恋人は沈没したブリタニー号の唯一の生き残りで、船にはナチス集めた2200万ドル分の黄金が積まれているのだ。元ナチス高官や警察署長が関わってくる中、ブロンソンの活躍が始まる。

 実を言うと沈没船はそれほど重要ではない。海のシーンは冒頭の潜水シーンぐらいで、それよりもまんまと逃げおおせているナチ高官を捕まえるナチ狩りがテーマである。
 カボブランコではナチス高官は高い地位を持っていて、平気な顔をして豪勢な暮らしをしている。その彼を罠にかけて捕まえる役目を負ってやってきたのがマリーなのだ。
 南国と言うだけあってか色彩の強いゴージャスな絵作りで、ジェリー・ゴールドスミスのスコアと合わせて深みのある画面を作り出している。カメラワークも良くできており、この時期のブロンソン作品としては秀作と言って良いだろう。
 途中で女性を拷問する男にブロンソンが襲いかかるが、空っぽの灯油の一斗缶を持って殴りかかる。お前はドリフか。
 カーアクションも銃撃戦もないのでアクション面でいえば若干物足りない感じは否めないだろう。その代わり、ジュークボックスに爆弾を仕掛けたなどブロンソンのはったりや知能戦など普段あまり観る事の出来ない戦い方を披露してくれる。
 ブリタニー号が沈んだ場所を知っているのは、恋人がその場所を教え込んだオウムだけというのが面白い。暗号の鍵を言うと沈んだ場所の経度緯度を返すのだ。結局、大勢がオウムに振り回された結果であった。
 実はブリタニー号に積まれているのは黄金ではなく、ナチスが教会やユダヤ人からかき集めた財宝の数々だった。ナチス高官が上官に当たるためイヤイヤ従っていた警察署長が、最後にあんたたちは教会やユダヤ人などから迫害して巻き上げたんだとナチス高官を見捨てるところが格好いい。ブロンソンのセリフじゃないが「奴も男だ」

 DVDはリージョンフリーのアメリカ版。輸入物だが日本語字幕がついているので問題なし。
 なぜかトニー・カーティスによる解説付き。仕事ないのかなぁトニー・カーティス。

B001VFIASM.jpg『扉の影に誰かいる』(1970) Quelqu'un derriere la porte 95分 フランス
 
監督:ニコラス・ジェスネール 原作:ジャック・ロベール 脚本:マルク・ベーム、ニコラス・ジェスネール、ジャック・ロベール 撮影:ピエール・ロム 音楽:ジョルジュ・ガルヴァランツ
出演:チャールズ・ブロンソン、アンソニー・パーキンス、ジル・アイアランド、アンリ・ガルサン、アンドレ・ペンヴルン

 ホラー映画のようなタイトルだが、フランス産のサイコサスペンス。
 アンソニー・パーキンスは精神科医。ある晩、病院に担ぎ込まれた記憶喪失の男ブロンソンを自宅に連れて帰る。自宅では妻のジル・アイアランドは休暇で出かけておりパーキンスとブロンソンの二人きりだった。時間をかけてじっくりとパーキンスはブロンソンを自分自身だと思わせる事に成功した。ジル・アイアランドは休暇で兄の元に行くといっていたが、実は愛人と会っていたのだ。パーキンスはブロンソンにジル・アイアランドを自分の妻だと思わせる事によって、愛人に復讐を企んだのである。

 舞台のほとんどがパーキンスの自宅で繰り広げられる心理劇。細かい小道具を用意して、少しずつ少しずつ自分の記憶をブロンソンに植え付けていくパーキンス。
 だがストーリーとしての面白みはかなり低い。パーキンスの目的が早い段階で分かってしまうのもサスペンスとしてマイナスだ。
 気弱で自分が何者かでおどおどと悩むブロンソンはやはりミスキャスト。男臭さが魅力のブロンソンにこの役はないだろう。なぜこのような作品に出演したのか悩む。ジル・アイアランドが文芸風味の作品にも出たがってそれに付き合って仕方なくが答えではないだろうか。
 それにしても今回もブロンソンとジル・アイアランドの共演作。おしどり夫婦である。
 DVDはPAL早回し。そのため公式95分の上映時間が90分となっている。微妙に早回しがかかった感じで、セリフなどが早口だ。STUDIO CANALとしては字幕翻訳がまだまともだったが、観られるだけでもありがたいと思わねばならないか。

 それにしても、パーキンスは愛人を殺した後、ジル・アイアランドとの仲をどうするつもりだったのだろうか。夫婦仲が破綻する事は目に見えていたので復讐だけしか考えられなかったのか。
 だとしたら、なぜ持って回ってブロンソンに殺させたりせずに自分の手で復讐を遂げなかったのか。完全犯罪は成立した物の夫婦仲は壊れてしまったわけで不思議ではある。
 結局、自分で復讐も遂げられないような弱虫だったという事か。

 それぞれの登場人物の心理描写に面白みが欠け、心理サスペンスとして成立していないのが痛い。結局ブロンソンの正体が分からないままというのは面白かったが。時折流れる『遠き山に日は落ちて』の曲が耳に残る。

B0002IJOJ8.jpg『チャトズ・ランド』(1972) CHATO'S LAND 100分 イギリス/スペイン

監督:マイケル・ウィナー 脚本:ジェラルド・ウィルソン 撮影:ロバート・ペインター 音楽:ジェリー・フィールディング
出演:チャールズ・ブロンソン、ジャック・パランス、ジェームズ・ホイットモア、リチャード・ジョーダン、リチャード・ベースハート、サイモン・オークランド、ラルフ・ウェイト、ヴァーナ・ハーヴェイ、ジル・アイアランド

 またもやブロンソンとマイケル・ウィナー物。
 南北戦争終結後そう長くは経っていない異色西部劇。製作国がイギリス/スペインというのが珍しい。
 アパッチインディアンとのハーフであるチャト(ブロンソン)が酒場でのもめ事で保安官を射殺してしまう。
 元南軍の将校クインシー(ジャック・パランス)と町の有力者ジュバル(サイモン・オークランド)を中心とした追跡隊が組織され、チャトを追い始める。最初は簡単な任務だと思っていたが、チャトの姿は見つからずそれどころか寝ている間に革の水筒を切り刻まれる始末。
 このチャトの警告に従って素直に帰っておけばよかったのだが、執念でチャトの家を見つけ出した追跡隊はその中の一部の者がチャトの妻を陵辱してしまう。チャトの襲撃で妻は奪還され、チャトは再び荒野に姿を消す。
 そして再び現れた時、彼はすでに逃げるのを止め追跡隊を狩り始めたのだった。なんといってもそこはチャトのホームグラウンド"チャトズ・ランド"なのだ。

 ブロンソンがインディアン役というのはなんかそのままなキャスティングな気もするが、実際には口ヒゲ俳優仲間のバート・レイノルズとは違ってネイティブ・アメリカンの血は引いていない。だというのに、いくら混血のインディアンとはいえノーメイクで演じていてまったく違和感がないのがブロンソンのブロンソンたるところであろう。
 それまでは白いズボンと白いシャツにカウボーイハットという白人の格好をしているが、復讐を誓った途端にインディアンふんどしと足に巻いた毛皮だけのインディアンスタイルになる。当然上半身はむき出しなのだが、50歳過ぎだというのに筋肉が張り詰めている。それもボディビルなどで作られた人工的な筋肉ではなく生身を感じさせる筋肉だ。ブロンソンは俳優になる前は炭坑夫やボクサーなど肉体労働の職を数多くこなしてきたと言うからそこで身につけた筋肉だろう。
 ちなみに第二次大戦時には爆撃機乗りでB-29に乗って東京を爆撃した経験があるらしい。日本人としてはちょっと複雑な感じだが、戦争時の事だ。言ってもしょうがない。

 物語は追跡隊の視点で進む。そのため、チャトはちょろっと出てきてはまた姿を消しブロンソンの出番はそれほど多くない。それよりも心理描写では二枚看板のジャック・パランスの比重が大きい。クインシーが追跡隊に加わった時には衣装箱にしまってあった北軍の制服を着て参加する。彼にとってこの追跡劇は南北戦争の再現なのだ。
 そして一人また一人とチャトに殺されていきひたすらに荒野をさまよう。水もなくなってくる。そこでもう捕まえるのは諦めて町へ引き返そうという派閥とあくまでも追跡して縛り首にしてやるという二つの派閥に分かれる。前者はチャトの不気味さに弱気になったのと牧場を後にしてきたため、後者はチャトの妻を陵辱した末の弟をチャトに惨殺されたためである。どちらも自分の都合で極限状態での人間の醜さが表現されている。引き返そう側に寄った演出はされているが露骨ではなく、どちらにもある程度平等ではある。
 この派閥間での精神的駆け引きと仲間割れ。双方共に追い詰められていく様に見応えがある。
 ついにはチャトに肩を撃ち抜かれたため医者に診せようと逃げ出した二人を射殺し、それを止めようとしたクインシーまで撃ち殺す。ラストはチャトとクインシーの戦いになるのかと思っていたのでこれは意外だった。南北戦争の想い出を語りながら無駄死にしていくクインシーの哀れな事。そして白人側になんの希望もないまま映画は終わる。
 時代的にはニューシネマやベトナム戦争などによって西部劇におけるインディアンの地位が見直されていた頃。騎兵隊がインディアンを大虐殺する『ソルジャー・ブルー』が1970年に製作されるなどしていたころだ。
 だからだろう、白人専用の酒場に入り込んだチャトを追い出そうとした保安官を撃ち殺したのに、そのチャトをヒーロー像として描いているのは。またハリウッド映画ではなくイギリス/スペイン映画というのもあっただろう。

 DVDはテレビ放送時の物と思われる吹替が収録されている。ブロンソンと言えば大塚周夫か森山周一郎と相場が決まっているが、この作品では珍しく蟹江栄司という声優が担当している。ちょっと声のイメージが若くて前述の二人と比べるとイマイチだ。
 ジャック・パランスの吹替は黄門様こと西村晃。だが吹替なので当然あのお姿は見えず声だけなので黄門様よりも『ルパン三世 ルパンVS複製人間』のマモーを思い出させてならない。
 ブロンソン物は旧作なのにも関わらず吹替収録率が異様に高い。それだけテレビで観た人にブロンソン=大塚周夫のイメージが定着しているのかも知れない。

B0019HHBIC.jpg『地球爆破作戦』(1970) COLOSSUS: THE FORBIN PROJECT 101分 アメリカ

監督:ジョセフ・サージェント 製作:スタンリー・チェイス 原作:D・F・ジョーンズ 脚本:ジェームズ・ブリッジス 撮影:ジーン・ポリト 美術:アレクサンダー・ゴリツェン、ジョン・J・ロイド 衣装デザイン:イーディス・ヘッド 音楽:ミシェル・コロンビエ 舞台装置:ルビー・レヴィット、ジョン・マッカーシー・Jr
出演:エリック・ブレーデン、スーザン・クラーク、ゴードン・ピンセント、ウィリアム・シャラート、レオニード・ロストフ、ジョーグ・スタンフォード・ブラウン、ウィラード・セイジ

 アメリカはコンピューターによる画期的な防衛システムを作り上げた。コロラド山中に穴を掘って強固な要塞に本体を設置し、コントロールはカリフォルニアにあるプログラムセンターで行うシステムで、コンピューターの性能は高く基本的に人間の指示なしで動作して、敵国ソ連の核ミサイルが飛んできたら自動で撃ち落とし報復活動を行う仕組みだ。
 大統領も参加した式典で一般にも情報を公開し、ついに防衛システム・コロッサスは動き始めた。すると、「他にも同じシステムがある」とメッセージを表示する。調べてみると、ソ連でもほぼ同じ防衛システム・ガーディガンを構築していたのだ。
 ガーディアンとの接続をしきりに要求するコロッサスとガーディアンはついに核ミサイルを発射する。アメリカに飛んできたミサイルは撃ち落とされるが、ソ連に向けて発射されたミサイルは石油コンビナートに命中し数千人の犠牲者が出る。
 仕方なく、開発者フォービン博士は試しに接続する。かけ算から始まって次第に微分積分など高等数学へと通信内容が変化していく。共通の通信言語を探しているのだ。そしてついにコンピューター同士の専用言語が完成する。
 核ミサイルという武器を利用してコロッサスとガーディアンは宣言する。「人間は私の支配下におく」と。

 コンピューターによる防衛システムが人間を支配するとは、元祖スカイネット。
 機械による自動化に不安があったころで『2001年宇宙の旅』(1968)でHAL9000が人類に叛乱を起こしたのもこの頃。作中で人間を介さないコロッサスは恐怖の象徴である。
 最初は小さな事から始まった事が、次第に大事になっていきついには止めようもなくなってしまうところに人類の技術への慢心が見て取れる。
 ソ連にアメリカの核ミサイルが落ちるシーンでは、ソ連に甚大な被害が出ているのに自分たちは無事だった事に喜んでいる主人公たちがちょっと共感できない。ソ連は明確に敵という時代だったとはいえ、自分たち側が発射した核ミサイルによる物なのだから「なんてことだ」といったリアクションぐらい欲しいものだ。
 映画のほとんどがプログラムセンター内で繰り広げられる密室劇。監視カメラとマイクで24時間監視される事になったフォービン博士が、仲間と内密で連絡を取るために、女性科学者と恋仲ということにして夜のベッドルームだけは監視を解いてもらいそこで情報のやり取りをする面白さ。いかにしてコロッサムの裏をかくかに必死なのである。
 アメリカ政府とロシア政府はコロッサスとガーディアンを騙して核ミサイルの点火装置を偽物とすり替えていくが、果たして思っているように上手く行くのだろうか?
 そして核爆発が起きる中、一体化したコロッサスとガーディアンは「これからは飢えも人口増加も疫病もない世の中が来る」と宣言する。それは幸せな世界なのだろうか。それとも恐怖政治の世の中なのだろうか。
 コロッサスを騙そうとして死刑にされ射殺された二人のプログラマーの姿が答えを示している。
 コンピューターやテレビ電話のデザインは今見るとさすがに古さを感じさせるが、当時はなかなかなものだったろう。テレビ電話はwebカメラを思わせる位置についていて、結構スマートだ。あとはあり物を上手く使っている。観た感じだと比較的低予算映画だろうが、なんとかがんばっているなという印象だ。
 テンポはかなりゆっくりめでこれも時代を感じさせる。

B001TIKGKG.jpg『デイ・ウォッチ』(2006) DAY WATCH/DNEVNOY DOZOR 131分(ディレクターズカット:146分) ロシア

監督:ティムール・ベクマンベトフ 製作:コンスタンティン・エルンスト、アナトリー・マキシモフ 原作:セルゲイ・ルキヤネンコ、ウラジーミル・ワシーリエフ 脚本:ティムール・ベクマンベトフ、アレクサンダー・タラル、セルゲイ・ルキヤネンコ 撮影:セルゲイ・トロフィモフ 編集:ドミトリー・キセレフ 音楽:ユーリ・ポテイェンコ
出演:コンスタンチン・ハベンスキー、マリア・ポロシナ、ウラジミール・メニショフ、ガリーナ・チューニナ、ヴィクトル・ヴェルズビツキー、ジャンナ・フリスケ、ディマ・マルティノフ、ワレーリー・ゾルツキン、アレクセイ・チャドフ

 闇の異種の女性が殺された。犯人とされた主人公アントンを闇の異種の“デイ・ウォッチ(昼の番人)が昼の異種側に引き渡せと要求してくる。しかし、アントンはその女性を殺しておらず、それは闇の異種による陰謀だった。
 アントンの息子イゴールは闇の異種になり、頭抜けた才能を発揮していた。前作の呪い女スヴェトラーナは光の異種となりアントンと組んで“ナイト・ウォッチ(夜の番人)の研修中であり、彼女も優れた才能を示していた。
 太古から伝わり失われてしまった“運命のチョーク”という物があった。それで過ちを犯した場所で過ちを正す事を書けばそれが現実となる物である。この運命のチョークをめぐって光と闇の戦いが始まった。

 ストーリーがかなりさっぱり。とりあえず前作の『ナイト・ウォッチ』を観ている事が前提となっている。それは連続シリーズ物だから当たり前か。
 前作はダークファンタジーだったのに今作ではサスペンスミステリーとなっている。殺人犯捜しが行われ査問委員会が出てくるとかどんなファンタジーだ。まぁサスペンスミステリーと言ってもそれほど本格的なものではない。
 光と闇が対立した存在なのに、光の異種が闇の異種を殺したら大問題になって、裁判だの罰則だのとかなり秩序だった関係にある。だからこそ我々平凡な人間が生きていく事が出来るのだろう。
 もしも光と闇が本気で戦い始めたら世界は混乱の渦に包まれるに違いない。そして、表面上は調和を保っている光と闇だが、相手をなんとかして出し抜こうと常に考えている。殺人事件も光を打ち負かそうという闇の陰謀だ。

 フィルムの色彩がかなり変わった。彩度が明るくなって前作の重苦しい空気は少なくなった。前作のヒットで予算が増えたのかVFXもより派手になった。ホテルの壁面をスポーツカーが走り抜け、ガラスをぶち破ってホテル内に入り廊下を疾走するシーンはCMでも使われていたので有名だろう。
 ラストのモスクワ大崩壊は見応えがある。イゴールの使う小さなボールのおもちゃが増殖して人から建物からあらゆる物をぶち抜いていくのだ。タワーが崩壊したり、観覧車が台から外れて道路を転がり自動車や人を踏みつぶしていく。最後には廃墟と化したモスクワが残るのみ。

 ロシアの俳優なので顔に馴染みが無いせいもあって女優が前作の誰だったかなと最初にちょっと迷った。前作では意味ありげに出てきた割にはあまり活躍しなかったフクロウ女オリガは、今作ではアントンの所在を隠すために二人の精神を入れかえられてしまい、アントン役として大活躍。男臭い仕草で煙草をプカプカ吹かす始末で演じてて楽しそう。じゃあアントンが女性風演技をするのかというとそれはなかった。内股で歩くアントンとか見てみたかったのに。
 スヴェトラーナはきっちりヒロインの役目を果たしている。ロシアの若い女性はきれいだ。これが年を取るとでっぷり太ったタイプが多くなるんだろうけど。磨りガラス状のシャワーカーテン越しのシャワーシーンもあってサービス満点。終盤にはエネルギーを吸い取られてしまい、老婆になるシーンもある。
 ラスト近く、スヴェトラーナとイゴールがアントンの右腕と左腕をそれぞれ引っ張って奪い合うシーンがある。「僕のパパを返せ」「アントン、行っちゃイヤ」。二人とも並外れた能力者だからアントンはたまったものではない。シャツの袖が破れて取れてしまうのは当たり前。骨までミシミシきしんでくる。このままでは腕が抜けかけない。しかも、上空からスイカも真っ二つにする巨大なガラス片が落ちてくる。ここで大岡越前がいたら「先に腕を放した方の物」と大岡裁きを見せてくれるのだろうが。

 光の異種の父親アントンと闇の異種の息子イゴール。これは『スター・ウォーズ』エピソード4?6のダースベーダーとルーク・スカイウォーカーの反対である。そして父親が恋しいイゴールはアントンを闇へと誘う。バックにいるのは皇帝ならぬ闇の王。ますます『スター・ウォーズ』だ。光と闇の対立というのは普遍的テーマなのだろう。父親と息子の関係もしかり。

 所々面白いのだが、全体を通してみるとゴチャゴチャしていて整理が付いてないし、やはり中盤がだれる。これはディレクターズカットを観たので146分という長尺物のせいもあるかもしれない。不必要に思われる部分がいくつか見受けられたので、そこらをカットすればもっとテンポの良い作品になった可能性はある。
 しかし、“リセットボタン”的なあのラストはどんなもんだろうか。かなりな強引さに笑ったけど。でも三部作じゃなかった?

 エンドクレジットでの主要スタッフの表示の仕方が、夜の町をナイト・ウォッチの一人がトラックを走らせていて、そこで見かけるネオンサインや看板という形をとっていてこれには笑った。

B001LF3QMW.jpg『007 慰めの報酬』(2008) QUANTUM OF SOLACE 106分 イギリス/アメリカ

監督:マーク・フォースター 製作:マイケル・G・ウィルソン、バーバラ・ブロッコリ 製作総指揮:カラム・マクドゥガル、アンソニー・ウェイ 原作:イアン・フレミング 脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ポール・ハギス 撮影:ロベルト・シェイファー プロダクションデザイン:デニス・ガスナー 衣装デザイン:ルイーズ・フログリー 編集:マット・チェシー、リチャード・ピアソン 音楽:デヴィッド・アーノルド、(テーマ曲:モンティ・ノーマン)
出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック、ジュディ・デンチ、ジェフリー・ライト、ジェマ・アータートン、イェスパー・クリステンセン、デヴィッド・ハーバー、アナトール・トーブマン、ロシー・キニア、ジャンカルロ・ジャンニーニ、ホアキン・コシオ、グレン・フォスター、フェルナンド・ギーエン・クエルボ、スタナ・カティック、ニール・ジャクソン

 また今回もQが出なかった。ダニエル・クレイグ版ではQ課はない存在になっているのか。『カジノ・ロワイヤル』ではAED付きのアストンマーチンが辛うじてQ課的なハイテク装置として登場したが、今回の作品ではこれといって目玉になるようなハイテク装置が登場しない。携帯型パソコンバイオやソニーエリクソンの携帯電話ではスパイ道具としての華がなさ過ぎる。実用的ではあるんだろうが。
 部下がMに資料を見せる時に手で触ってオブジェクトを移動させる机の天板型ディスプレイがちょっと面白かったがあれぐらいか。
 スパイ用ハイテク装置を登場させないリアル指向を目指しているという事だろう。おそらくはマット・デイモンの『ボーン』シリーズの影響が大きいのではないだろうか。荒唐無稽なストーリーとど派手なアクション、とんでもない発想のスパイ小道具が007シリーズの魅力の一つと考えているオレにはちょっとさみしい話である。

 物語は前作の直後から始まる。話はそのまま繋がっているので前作を観ている事が前提。観たけど忘れちゃったよと言う人は予習してからの方が良い。
 ヴェスパーの仇討ちをするため彼女を裏から操っていたMr.ホワイトを尋問にかけ、手がかりを掴んだボンドはハイチへと飛ぶ。そこでカミーユという名の女性と出会う。彼女が今作のヒロインだ。そして環境保護団体グリーンプラネットの代表ドミニク・グリーンという男を見つける。この男は環境補語をうたっていながら影で地下の天然資源を狙っている悪党だった。
 ボリビアの将軍を大統領にする事で巨万の富を得ようとするグリーンだが、ボンドの手によって倒される。そして“クァンタム”という組織の謎を残す。

 どうやら新シリーズはこのクァンタム(ハードディスクみたいだな)との戦いが話の縦筋になりそうである。全盛期に敵として登場したスペクターみたいなものだろうか。ただ、スペクターみたいにアホな作戦を立てずにシリアスでリアルな作戦でボンドに挑んでくるのだろう。やはりその辺りオレとしては残念だ。
 アクションは豊富でカーチェイスからボートチェイス、輸送機(ボンド)対レプシロ戦闘機のドッグファイトに『カジノ・ロワイヤル』の冒頭でも展開された人間同士の追いかけっこであるマンチェイス。そして格闘戦に銃撃戦。これらのシーンは映像的に『ボーン』シリーズに近い気がする。手持ちカメラの多用とアップの細かいカット割りが特徴だ。
 疾走感はあると思うが個人的にはあまり好きな撮り方ではなくて、もっとちゃんとカメラは据えてヒキの絵を混ぜて撮って欲しいと思うのだがこれが今時の流行なのだろう。
 なにしろ監督のマーク・フォースターは『チョコレート』(2001)や『主人公は僕だった』(2006)などドラマやヒューマン系コメディを撮ってきた人でアクションの経験はない。こう撮りたいという明確な映像がないからどこかで観たような映像になってしまったのではないだろうか。アクションシーンは豊富だが、経験不足からか全体的に雑な感じがいなめない。
 そういえばボンドの銃がワルサーP99からワルサーPPKに戻ってたな。これは良い。

 ダニエル・クレイグはやはり地味。前作にも増して地味さが増した。主人公というより名もなき脇役AとかMI6職員Bとかそれぐらいの感じ。これもリアル指向なのかもしれないが007で主役に華がないというのはやはり寂しい。『カジノ・ロワイヤル』の冒頭で00要員に昇格したばかりで、まだスパイとして未熟なボンドの成長を描いているからなんだろうけど、腕の割に情緒面が不安定すぎてあまりにもアンバランス。
 ヒロインのカミーユもあまり魅力的ではない。敵か味方かはっきりしないというのはいいのだが、どうも色気が足りない。ボンドガールの筆頭という感じではなく二番手ぐらいに見えてしまう。これは役者よりも魅力を感じさせられなかった演出側の責任だ。過去に家族ごとひどいめにあって復讐を誓っているのだがほとんど共感できない。背中がボロボロになっているのは将軍に家を焼かれた時の火傷という設定なのか?説明がないのでさっぱり分からん。単にああいう肌の女優さんだったりしてな。それはないか。

 前作で裏切り者と間違えられてしまったマティスが味方として再登場。ただしさして活躍しないまま敵に撃ち殺されてしまう。殺され役か。その死体をゴミ収集の容器に放り込むボンド。スパイの末路はこんなものだと言いたいのだろう。これまたリアル路線か。
 かと思うと、ボンドと関わりを持った現地のMI6女性職員が全身を真っ黒な石油まみれにされて殺されるが、これは『ゴールドフィンガー』のオマージュだろう。見せしめとは言え派手すぎる殺し方で統一感がない。

 悪の陰謀もリアル指向ということもあってか大ゲサでバカな物ではなく、ボリビアで水不足を起こす程度。そりゃ現地の人は大変だろうが、007の悪役がやる仕事ではない気がする。グリーンも見た目そこらの兄ちゃんで凄みも切れ味もない。
 株の空売りで大儲けしようとして情けなくも失敗した『カジノ・ロワイヤル』のルシッフルはまだ凄みがあったぞ。

 ピアース・ブロスナンまでを旧007シリーズと捉え、ダニエル・クレイグ版は新007シリーズとして観ればそれはそれで納得なのだが、これまでの20作を考えると無理に路線変更をする必要が感じられない。別に007とは別に新シリーズを立ち上げればいいだけの事ではないだろうか。
 それにしても終盤の砂漠の中にあるホテルはあっと言う間に燃え上がった。ボリビアの消防法はどうなってるの。スプリンクラーぐらい付けろよ。ああ、砂漠の中だからそんなに水がないか。あの建物の建築基準法がどうなっているか知りたい。まるでホテル○ュージャパンだ。設計は姉歯か。

 まぁ大バカ映画だったロジャー・ムーアボンドシリーズが一番好きなオレが観たんじゃリアル指向振りが合わなくても当然か。
 ともあれ映画のラストに追いやられたガンバレルと007のテーマが悲しい。

B0022F6LU4.jpg『デスペラード』(1995) DESPERADO 104分 アメリカ

監督:ロバート・ロドリゲス 製作:ビル・ボーデン、ロバート・ロドリゲス 脚本:ロバート・ロドリゲス 編集:ロバート・ロドリゲス 撮影:ギレルモ・ナヴァロ 音楽:ロス・ロボス
出演:アントニオ・バンデラス、サルマ・ハエック、ヨアキム・デ・アルメイダ、チーチ・マリン、スティーヴ・ブシェミ、カルロス・ゴメス、クエンティン・タランティーノ、アルバート・ミシェル・Jr、カルロス・ガラルドー、アブラハム・ヴェルデュスコ、ダニー・トレホ、コンスエロ・ゴメス、ジェイム・デ・ホヨス、ピーター・マルカルド

 『エル・マリアッチ』の変形的続編。基本設定は似ているのだが、細かいところで異なっている。
 制作費は700万ドルと『エル・マリアッチ』の7,000ドルからなんと100倍になっている。もっとも前が少なすぎたってのもあるが。

 恋人を殺され、自分の左手も銃で撃ち抜かれた主人公のマリアッチ。仇のブチョという男を求めて酒場で情報を集めている。しかし、毎度撃ち合いになってしまう。
 町で一軒しかない本屋の女性と親しくなるが、彼女はブチョの愛人だった。ブチョに彼女がマリアッチをかばっている事を気付かれ襲われるが、辛くも脱出する。
 マリアッチは二人の仲間を呼び寄せるとブチョに正面から戦いを挑んだ。

 とにかく派手な銃撃戦が繰り広げられる。前作ではサム・ペキンパー風だったが今回は二挺拳銃でバンバン撃ちまくるジョン・ウー風的銃撃戦だ。カッコ良さ優先のけれん味に満ちておりリアルさとはほど遠い。マリアッチの愛銃はスターム・ルガーKP90。『タクシードライバー』風に袖口から飛び出す仕掛けがあって、そしてドンパチドンパチ。腕を上下にクロスさせる形での撃ち方が気に入った。銃身の短いマッドマックスが持っているような二連式ショットガンも格好いい。
 最初の酒場で警戒するバーテンにギターケースを開けさせられたところ中味がギターで、ホッとしたところでギターに見えたのは一枚板のカバーだけで中は銃器でぎっしりというシーンのタイミングが実に笑える。そしてそこから銃撃戦が始まるというオフビートさがさらに笑える。銃撃戦は豊富だが、細かいギャグが入っているのが特徴の一つ。そこがジョン・ウーとの大きな違いで、笑いを忘れずに劇画調の派手な展開となっている。
 クエンティン・タランティーノがゲスト出演していて、例によってベラベラとしゃべりまくる。“しゃべタランティーノ”って奴だな。監督としても好きだが、俳優としても好きである。同じロバート・ロドリゲス監督作の『フロム・ダスク・ティル・ドーン』のタランティーノも良かった。
 少年にギターを教えるシーンが良い。弾いている内に銃で撃ち抜かれた左手が動かなくなるところでマリアッチの悲しみと深い恨みを感じさせる。その少年が実はヤクの渡し屋だというのが皮肉だ。この町自体が麻薬の密売で成り立っているのだ。
 マリアッチの相棒スティーヴ・ブシェミがこれまた変な顔で変な役を演じている。オープニングの酒場で一人語りを繰り広げるシーンは見所だ。
 投げナイフを使う暗殺者ダニー・トレホも存在感がある。ロバート・ロドリゲスとは従兄弟の関係だが、身内だから使ったのではなくダニー・トレホだから使ったと感じさせてくれる。
 終盤に呼ぶ二人の仲間はどちらもギターケースを持ったマリアッチ姿。ただし、一人のギターケースはマシンガンになっており、もう一人のはロケットランチャー。マシンガンのギターケースにはちゃんと廃莢ポートが開いている芸の細かさ。さすがにこれはやり過ぎじゃないかと思うが笑えるのでまぁいい。ただし、意外にあっけなくやられてしまうのが残念。ロケットランチャー男の最後と来たらとんだギャグ。無敵の男たちじゃないのか。マシンガンの男は前作のマリアッチ役カルロス・ガラルドーである。普段は裏方で働いているらしい。
 ヒロインのサルマ・ハエックが美しい。前作のヒロインがそこらのお姉ちゃんだったせいもあるが、色っぽくて復讐に燃えてる最中のマリアッチが惚れ込んでしまうのも無理がない。
 マリアッチ役のアントニオ・バンデラスは男のオレから見ても色気がある。埃まみれで汗くさそうで男の色香ムンムンな感じだ。体臭を煮詰めたらコロンになるんじゃないんだろうか。黒ずくめの服装にポニーテールととにかく濃い。
 音楽は豪華にもロス・ロボス。名前も知らない人たちが担当していた(4人中2人はロドリゲス姓だが親族?)前作と比べると格段にランクアップ。
 予算はたっぷりになったはずだが、ロドリゲスが製作・監督・脚本・編集もやっているのは変わらない。さすがに撮影はプロにまかせているが。お金の節約のためじゃなくて自分の映画だから自分でやらないと気が済まない性分なのだろう。

B000657N5E.jpg『デビルズ・バックボーン』(2001) EL ESPINAZO DEL DIABLO 106分 スペイン

監督:ギレルモ・デル・トロ 製作:ペドロ・アルモドバル、ギレルモ・デル・トロ 製作総指揮:アグスティン・アルモドバル、ベルサ・ナヴァロ 脚本:ギレルモ・デル・トロ、アントニオ・トラショラス、ダビ・ムニョス 撮影:ギレルモ・ナヴァロ 音楽:ハビエル・ナバレテ
出演:エドゥアルド・ノリエガ、マリサ・パレデス、フェデリコ・ルッピ、フェルナンド・ティエルブ、イレーネ・ビセド、ベルタ・オヘア、ホセ・マヌエル・ロレンソ、イニゴ・ガルセス

 冒頭、幽霊についてのナレーション。
 1930年代の内戦下のスペイン。共和派の両親を亡くした少年カルロスが同じく共和派の孤児院にやってくる。
 その孤児院の中庭には巨大な爆弾が不発弾として斜めになって突き刺さっている。
 右足が義足の院長。「悪魔の背骨」と呼ばれる奇形児を漬けた『デビルズ・バックボーン』というラム酒を飲む老医師、乱暴な下男ハシントなど奇妙な人々の元で少年は幽霊と出合う。「ここで大勢が死ぬ」と告げる少年の幽霊は水に浮かんでいるかのようで、額の傷からは血が宙に浮かび上がっている。その理由は後に分かる。
 この幽霊からしてギレルモっぽいが、『デビルズ・バックボーン』や孤児院の地下にある濁った貯水槽などの色調、院長の義足もそうである。

 ギレルモ・デル・トロがスペインで撮った作品。幽霊が出てくるのでホラーに分類されているが霊的な恐怖感はなく、むしろドラマに分類すべきものだろう。
 中庭の爆弾は理不尽で不条理な世の中の象徴。それが作品そのものにどっかりと根を下ろしている。
 カルロスは始め軽いイジメに遭うが、次第に仲間に溶け込んでいく。
 孤児院は共和派ではあるが、すでにファシズムの政府軍であるフランコ軍が力を取り戻しているため、隠れた存在である。街から離れた場所にあり、乾いた青い空の下にあるそれは世間から隔絶された存在だ。
 そこには共和派の隠し財産である金塊があり、その金塊を下男が狙ったことから悲劇が起こる。ハシントが年の離れた院長とベッドを共にするシーンがあるが、その時ハシントは鍵の束から一つずつ鍵をすり替えていく。台所の隠し金庫の鍵を見つけるためだ。ハシントは本当は院長なんかと寝たくはないのだろう。
 そして老医師はインポテンツを治す薬としてラム酒を飲んでいる。彼は心の底で院長を愛しているのだろう。だが肉体の衰えがそれを許さない。そして院長が死ぬ時に愛の詩を語って愛の告白をする老医師には泣けます。
 内戦中だから子供たちが全員死んだって誰も気にしないと平気でガソリンを爆発させるハシント。仲間が死んだり傷ついたりして下男に怯えるばかりの少年たちが、最後には木の槍を持ってハシントに立ち向かっていくところが幽霊のシーン以上に怖い。
 ギレルモは子供を描くのが上手い。『パンズ・ラビリンス』もそうだ。ギレルモ自身はこの作品をホラーではなくファンタジーだと言っているそうだ。現実ではなく一種のおとぎ話。子供たちが立ち向かいそして勝利するのもファンタジーならではだろう。

 内戦は人々から希望を奪う。孤児院に閉じこめられてしまったカルロスはその不自由さの象徴だろう。老人に銃を持たせ、子供たちに木の槍を持たせ、女性を意志の強いまま殺していく。その姿をギレルモは静かに描く。
 共和派の彼等の敵は政府軍ではなく身内のハシントだった。なんと理不尽なことだろう。だが彼も愛を与えられなかったゆえに人格が歪んでしまったというのが多少描かれている。結局誰が悪いのだ。内戦が悪いのか。金なんて無ければ人が大勢死ぬことも苦しむこともなかったのに。
 終盤、死んだはずの老医師が子供たちを助ける。彼はその時すでに幽霊だったのだろう。少年の幽霊は自分の仇討ちをカルロスに頼み、老医師の幽霊は子供たちを助ける。幽霊と生きた人間の関わりを考えさせられてしまった。
 そして最後も幽霊についてのナレーション。

B001CLG24O.jpg『トレマーズ4』(2004) TREMORS 4: THE LEGEND BEGINS 101分 アメリカ

監督:S・S・ウィルソン 製作:ブレント・マドック、ナンシー・ロバーツ キャラクター創造:S・S・ウィルソン、ブレント・マドック、ロン・アンダーウッド 原案:S・S・ウィルソン、ブレント・マドック、ナンシー・ロバーツ 脚本:スコット・バック 撮影:ヴァージル・L・ハーパー、ノーマン・キャッテル 音楽:ジェイ・ファーガソン
出演:マイケル・グロス、サラ・ボッツフォード、ビリー・ドラゴ、ブレント・ローム、オーガスト・シェレンバーグ、J・E・フリーマン、リディア・ルック

 舞台は1889年のいつもの街。ちょうど1作目から100年前になる。ネバダ州だし西部劇の世界。この頃からちゃんとチャンの店がある。
 街の名は“REJECTION”という。あれ“PERFECTION”じゃなかったっけ?
 グラボイズの発生から始め、そういったことまで明らかになるいわば『トレマーズ ビギンズ』。

 街は銀鉱山で賑わっていた。しかしある日17人の死者を出す謎の事故が発生。生き残りによると何か奇妙な物が作業員たちを襲ったという。
 そして鉱山は閉鎖状態。街からはどんどん人が出ていった。まるで街の名前“REJECTION”=拒絶が示すように人はいなくなり、ごく一部のこの街以外に行き先がない人ばかりが残っていた。
 そこへ本社から電報が入る。「銀山の件認めがたし。オーナー自ら現地を訪れる」とのこと。オーナーが来れば何とかしてくれるにちがいないと期待する街の住民の前に駅馬車から降り立ったのはハイラム・ガンマー(マイケル・グロス)。1?3で活躍したバートのご先祖様である。100年前の話しだから曾お祖父さんぐらいであろうか。
 バートのご先祖様だから常に銃を持ち歩いて何かにつけて撃ちまくるかと思いきや、ごく都会的な人物で銃など使ったことがない。
 このハイラムの人間的成長がこの作品の目玉である。

 モンスター退治映画だった1?3と比べ、4はハイラムの変化・成長に焦点を当てている。
 最初は子供を騙すような嫌な都会人だったのが、グラボイズとの戦いで銃を持つことを覚える。ホテルの女主人には銀行が閉鎖しているから現金がない。ツケで泊まらせろと言っていたのも実は嘘で、自分の財産はあの銀山しかなくこのまま閉山となれば破産だと打ち明けるようになる。そのような過程を描いているので最初の1時間は退屈に感じる部分もあるかも知れない。
 面白くなるのは、一度街から逃げ出したハイラムが大量の武器を抱えて戻ってきてからだ。やはりこの男には武器が似合う。でも射撃の腕は下手なのが笑える。
 途中で腕利きのガンマンをグラボイズ退治にやとうがその黒手のケリーというガンマンがビリー・ドラゴ。やはり渋いし目つきが異常。個人的にファンなので登場は嬉しかったが、コルト・シングル・アクション・アーミーでグラボイズを相手にするのはさすがに苦しかったのか途中で食われて退場。グラボイズを見て「何故もっと敵の情報をよこさなかったんだ。そうすれば威力のあるショットガンやパント・ガンなどを持ってきたのに」と怒るシーンは過去の作品でそのまんまバートがやっている。

 ラストの30分はお待たせのグラボイズ退治。
 三匹のうち一匹はあり得ないだろと思ったら本当にあったらしい2メートルはありそうな巨大な銃パント・ガンで仕留めるが、残りの二匹は安易に銃や火薬でやっつけてしまわずに、とっさの工夫で倒してくれるのが嬉しい。ドカンバーンは派手で良いけど、この作品の魅力はそれじゃない。
 インディアンの男が食われたかなと思ったらグラボイズが等身大のインディアン人形を吐き出す。「これは俺をモデルにして作られた人形だ」と言い張っていた奴だ。で、インディアンは無事。この等身大のインディアン人形、『クリープショー2』のジョージ・ケネディのエピソードでも登場したが、この作品での登場人物のセリフ曰くタバコの看板なんだそうな。なるほど、インディアンはタバコを吸うな。
 あー、ネイティブアメリカンって言ってないけどわざとだからね。今の人はネイティブアメリカンって呼ぶけどインディアンって呼ばれてた頃の人のことはインディアンって呼ぶよ。

 バートが働いている様子もないのになんであんな堅固な家や高価な銃器を揃えたり高そうな車に乗れるのか不思議だったが、一族が銀山のオーナーとして稼いでいた時期があったのか。その遺産があるので好きなことが出来るんだな。あるいは投資や運用で今でも稼いでいるのかも知れない。

 ここでグラボイズと派手な戦いを繰り広げたのに、1では何で誰も知らないんだとかそこら辺の矛盾点もちゃんと回収している。
 こうしてグラボイズをやっつけて再び銀山は再開し街に人が戻ってきた。街の名前も“PERFECTION”=完璧に改められた。
 だがいつグラボイズが復活するか分からない。そこで今日も今日とてピースメーカーで射撃の練習をするハイラム。しかし、相変わらずさっぱり的に当たらない。そこで今では恋仲となったホテルの女主人が用意した物はガトリンガン……バババババババッ。ここからガンナー一族の銃への異様な思い入れが始まったと思わせる

これが噂のグラボイズBOX
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B001CLG24E.jpg『トレマーズ3』(2001) TREMORS 3: BACK TO PERFECTION 104分 アメリカ

監督:ブレント・マドック 製作:ナンシー・ロバーツ、S・S・ウィルソン 原案:S・S・ウィルソン、ナンシー・ロバーツ、ブレント・マドック 脚本:ジョン・フェルプレイ 撮影:ヴァージル・L・ハーパー 音楽:ケヴィン・カイナー
出演:マイケル・グロス、シャーロット・スチュワート、ショーン・クリスチャン、スーザン・チャン、アリアナ・リチャーズ、トニー・ジェナロ、バリー・リヴィングストン、ジョン・パパス

「パート3ですがビデオ用映画ということになりましたよ」「うーん、するとさらに予算が少なくなるな。モンスターをちゃちくしたら駄目だろうし、他になにかコストを削る算段はないものか」「あっ、こんどはフレッド・ウォードも出さないで行きましょう。なんだかんだで名前の売れた俳優ですから出演料もバカになりませんし」「よし、それで行こう!」
 という経過だったのかは知らないが、ついにケヴィン・ベーコンがいなくなりフレッド・ウォードもいなくなり、初代の主役はいなくなってしまった。
 そこで主役に格上げされたのがサバイバルオタクでガンオタクのバート。冒頭からアルゼンチンで機銃に乗って地上を二本足で走るグラボイズ、その名もシュリーカーを撃ち殺しまくる。
 そして懐かしの故郷に帰ってきた。街も人が減って今では人口5人。この街はなんの産業で成り立っているのか。そして他所からやって来た青年がグラボイズ冒険ツアーなる物をやっている。野原を走って相棒が消火器などでグラボイズの出現を演出する一種のテーマパークだ。今のは本物か、それともインチキで騙されているだけなのか、観客の反応は様々。

 作品の製作年度と劇中の時間はリンクしていて、1作目(1989)から11年経過したことになっている。街にいるのはバートと、チャンの店を継いだ中国人女性、売れてなさそうな陶芸家のおばさんとその娘。おばさんと娘はちゃんと同じ俳優が引き継いでやっている。
 1でホッピングをやっていた女の子もすっかりお年頃。冒険ツアーの青年にちょっとお熱?
 もう一人オジさんがいたが名前を忘れた。バスケットボールを食われた悪ガキもすっかり嫌な奴になって2シーンだけ出演している。

 11年ぶりにグラボイズが復活し冒険ツアーの相棒が食われる。グラボイズ狩りに出ようとしたバートたちを役人がやってきて「世界で最も古い生き物を殺すとはなんたることか」と猟を禁じられてしまう。しかし、グラボイズはシュリーカーに進化し役人たちはあっけなく全滅。
 そして12時間が過ぎたシュリーカーはさらに進化する。羽を広げて尻からガスを噴出して(人はそれを屁と呼ぶ)空を飛ぶアスブラスターになったのだ。無理ありすぎ。よくぞこれを考えついた、やろうと思った。
 これで地中、地上、大空の三種目制覇である。この次はどこへ行くのかグラボイズ。
 ならばバートの家にある様々な銃器で撃ち殺せばいいじゃないかとなるが、ある事情でバートの家は吹き飛んでしまう。
 そこからいかにしてアスブラスターを倒すかという工夫に満ちた作戦が始まる。金はかかっていないが頭を捻りまくった脚本で、これが『トレマーズ』シリーズの魅力。
 2では熱で察知されないためドアを抱えて歩いたが、3では上空から熱で察知されないため大きなマットレスを担いで歩く。野原をマットレスを担いで歩く姿がマヌケで良い。

 チャンの店を継いだ女性は店でTシャツやフィギアなどの各種グラボイズグッズを売っている。なかなか商魂たくましい女性だ。
『ジョーズ』もシリーズが続いた作品だが後の作品で『サメ』グッズを売っていたシーンってあったか記憶にない。やっぱ不謹慎ってことかな。

B001CLG244.jpg『トレマーズ2』(1995) TOREMORS II: AFTERSHOCKS 99分 アメリカ

監督:S・S・ウィルソン 製作:クリストファー・デファリア、ナンシー・ロバーツ 製作総指揮:ロン・アンダーウッド、ブレント・マドック 脚本:S・S・ウィルソン、ブレント・マドック 撮影:ヴァージル・L・ハーパー 音楽:ジェイ・ファーガソン
出演:フレッド・ウォード、クリストファー・ガーティン、ヘレン・シェイヴァー、マイケル・グロス、マルセロ・テュバート、マルコ・ヘルナンデス、ホセ・ロザリオ

 前作から数年後、ケヴィン・ベーコンは結婚して腰を落ち着けコンビは解消。フレッド・ウォードも何でも屋を辞めて一時期は羽振りも良かったが今は落ち目でダチョウ農場を営んでいた。
 ところがメキシコの油田でグラボイズが発生し社員が6人食われるという事件が起きた。石油会社がフレッド・ウォードに退治を依頼してくる。ケヴィン・ベーコンにも頼んだのだが妻がいるからと断られたとのこと。というわけで今作ではケヴィン・ベーコンの出番はない。ファンの方は残念だろうが、ケヴィン・ベーコンは前作で人気が再燃し『フラットライナーズ』(1990)や『JFK』(1991)に出演するようになり1995年のケヴィン・ベーコンといえば『アポロ13』などの大作に出ていてまさかこんな低予算映画に出演するはずがない。しかも、これは劇場用映画ではなくテレビ用映画。

 ラジコンに火薬をくくり付けて、グラボイズに食わせたところで爆発させるというアイディアを思いつき、1匹5万ドルの賞金でどんどん退治していく。ところが、一頭のグラボイズが地中から頭を出した格好のままの状況になってしまう。生きたまま捕らえれば10万ドルのボーナスというのでクレーン車で持ち帰ろうとするが、グラボイズが静かになったので様子を見に行くと腹が割けて中味が空っぽになっていた。
 なんとグラボイズが進化して地上生物になったのだ。地中グラボイズの腹を割って出てきた今度のグラボイズは二本の足で地上を走り回る。そして音ではなく熱で敵を察知しする。プレデターのような(予算を削って作った)サーモグラフィ映像が所々に登場する。味方とのコミュニケーションも熱で行う。
 しかも単性生殖で物を食べればどんどん増えていく。車はエンジンの熱を狙って全て壊されてしまい、砂漠の中の石油会社に取り残されてしまう。

 熱を察知されないために外した扉を持ってグラボイズとのバリアにしてヒョコヒョコと荒野を渡ったり、体温を隠すために布でグルグル巻きにした身体に消火器をかけて温度を下げたりと前作ほどではないが様々な工夫がこらされている。

 サバイバルマニアのバートも再登場し対戦車ライフルでグラボイズをぶっ飛ばす。ついでに唯一無事に残っていた車のエンジンまで……
 奥さんは実家に帰ってしまい、どうやら離婚しそうな様子。奥さんの俳優がメジャーになってしまったという話しは聞かないが、ケヴィン・ベーコンとは違う理由で出演できなかったのか、それとも登場人物の人数を最小限まで削りたかったからなのか。今回は10人以下しか出てないものな。

 今回も女性の地質学者が出てくるが恋に落ちるのは今度はフレッド・ウォードの番。二人が互いにお互いのヒップを見つめるシーンには笑った。

 予算をかけずに知恵を使っていかに面白い作品を作ろうという想いが伝わってくる。たしかに1億ドルを超えるような予算で作った作品には見応えがあるが、金はかかっていなくても面白い物は作れるという証拠。特に今作は前作よりさらに低予算のはず。

B001CLG23U.jpg『トレマーズ』(1989) TREMORS 96分 アメリカ

監督:ロン・アンダーウッド 製作:ブレント・マドック、S・S・ウィルソン 製作総指揮:ゲイル・アン・ハード 原作:S・S・ウィルソン、ブレント・マドック、ロン・アンダーウッド 脚本:S・S・ウィルソン、ブレント・マドック 撮影:アレクサンダー・グラジンスキー 編集:O・ニコラス・ブラウン 音楽:アーネスト・トルースト
出演:ケヴィン・ベーコン、フレッド・ウォード、フィン・カーター、マイケル・グロス、レバ・マッケンタイア、ボビー・ジャコビー、ヴィクター・ウォン、ビビ・ベッシュ、アリアナ・リチャーズ、シャーロット・スチュワート、トニー・ジェナロ、リチャード・マーカス

 ネバダ州にある人口十数人の小さな街。乾いた大地が広がるその街をグラボイズという怪物たちが襲ってきた。そいつらは地中に生息し、目はなく振動で物を感じ取る。歩いたりするとその足音を聞きつけて猛スピードで地中を這って襲ってくる。逆に言えばじっとしていれば居所がバレないので襲ってこない。
 電話線は切れ、隣町への道路は岩が崩れて通行できない。街を襲うグラボイズたちからいかにして身を守ればいいのだろうか。

 低予算B級映画ながらスマッシュヒットを飛ばしファンも多い。
 小さな街という舞台設定は登場人物の個性を強く出せるし、何より予算がかからない。
 主人公はケヴィン・ベーコンとフレッド・ウォードのコンビ。二人で組んで何でも屋をやっている。今でこそ復活したケヴィン・ベーコンだがこのころは消えた俳優のような存在だった。この作品で復活したのかも知れない。
 フレッド・ウォードはご存じ『レモ/第1の挑戦』でレモを演じた男。地味だが渋い。
 頭の切れるケヴィン・ベーコンとタフなフレッド・ウォードの組み合わせが面白い。

 最初は鉄塔に登ったまま数日間そこに居続けて脱水状態で死亡した男が見つかるところから話しは始まる。
 そして道路工事現場での怪奇な事件。地質学の研究に来ている女子大生は地震計に謎の揺れを感知する。次第に始まっていく事件が実にホラーしていてうれしい。

 岩から岩へと棒を使って飛んで渡ったり、突撃したグラボイズがコンクリートに衝突して死んだりとやりたい放題。
 なかでもサバイバルマニアのバート夫妻が地下室で音を立てていて、そこへ無線連絡が入ってきて「やばいぞすぐに屋根の上に逃げろ。怪物がそっちに向かってるぞ」といわれてのぞき窓から外を見て「何にもいないぞ」と無視する。これはすっかり死亡フラグだなと思ったら地下室に突入してきたグラボイズに銃を乱射する。そしてカメラが移動していくと彼らの背後の壁には銃がいっぱい掛けられていた……。大爆笑。しかも最終的にグラボイズを象撃ち用ライフルで撃ち殺してしまう。

 グラボイズが地中を走ると柵の棒がポンポンッと跳ね上がったり、床の板が波打ったりといった見えないけどいるという表現に工夫がある。グラボイズが車を地中に引きずり込むシーンでは夜空に伸びるヘッドライトの光で表現したのも面白かった。
 人が何人か食い殺されているが、そんなに悲惨さはなく明るく楽しく観られるモンスターホラーに仕上がっている。
 グラボイズを単なる人食いモンスターではなく人間と駆け引きもするだけの知恵を持った存在にしたのは正解。だからハラハラして盛り上がるし、ラストの爽快感にも繋がってくる。

B001P7CMQM.jpg『弾突 DANTOTSU』(2008) PISTOL WHIPPED 100分 アメリカ

監督:ロエル・レイネ 製作:アルウィン・ハイト・カシュナー、スティーヴン・セガール 製作総指揮:ドナルド・カシュナー、フィリップ・B・ゴールドファイン 脚本:J・D・ザイク 撮影:リチャード・クルード 編集:トッド・ラムゼイ 音楽:ジェラルド・ブランスキル
出演:スティーヴン・セガール、ランス・ヘンリクセン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ブランチャード・ライアン、ポール・カルデロン、アーサー・J・ナスカレッラ、リディア・ジョーダン、マーク・エリオット・ウィルソン、アントニー・コローネ、マット・サリンジャー

 本国アメリカではビデオダイレクトとなっていて曲がりなりにも劇場公開されるのは我が日本のみというセガール映画。日本人はセガールが好きなのであろう。それはセガールが日本で合気道を学んで日本語も達者というナショナリズムからではなく、あの圧倒的なまでに強い、無茶苦茶強い、時に不条理なまでに強いあの強さが「なんだかな?」と思いながらも大好きだからにちがいない。ちなみに今作は芸能生活20周年記念作品だそうだ。

 今回の原題は『PISTOL WHIPPED』。ピストルである。格闘アクションスターの主演作のタイトルにピストルとはどんなもんであろうか。そして、オープニングは時々逆回しを使いながらの墓場での銃撃戦。セガールは例によってコルトガバメントを使っている。このシーンは終盤になって意味が分かり観客を引き込むのに成功している。
 全体的に銃撃戦のシーンが多くて、割と出来はよい。

 ではファンが期待する格闘アクションはどうであろうか。きっと日本で合気道を学んだセガールは武田信玄の風林火山も学んだにちがいない。「その速きこと風の如く。その静かなること林の如く。侵略すること火の如く。動かざること山の如し」というやつである。昔のセガールはそれら全てを持っていた。『沈黙の戦艦』や『暴走特急』の頃の話しだ。最近のセガールは「動かざること山のごとし」だけになってしまった。
 格闘アクションは主演スターが動いて成立するものだと思っていたのだが、それをコペルニクス的逆転させて、スターは動かず敵が勝手にぶつかってきてセガール拳で吹き飛ばされてしまうのだ。如何にスターを動かさずにアクションを成立させるかという点で、最近のセガール映画は知恵を振り絞っている。
 と言っては見たが、今作でのセガールは最近の他作品と比べるとまだ動く。スタントダブルの使用も少ないようだ。どっしりと太った肉体は逆に安定感さえ感じさせてくれる。でもあと20kg落としてくれたらかなりの動きが期待できると思うのだが、ダイエットをする気はないか。

 今回の役柄はあれこれ仕事を重ねてきた後になんとか警官になったが、麻薬の売上金を盗んだ疑いで警察を首になってしまった元刑事。友人の刑事がアリバイを偽証してくれたおかげで刑務所行きは免れたが、妻とは離婚し妻はその友人の刑事と再婚してしまった。妻との間には娘がいて、時々遊びに来てくれる。もちろんその娘が巻き込まれてしまい、セガールとの絆を強めるというのはお約束だ。
 ギャンブルと酒に溺れる毎日で、ポーカーで借金を作ってしまう。それ以外にも借金まみれの生活だ。そんな彼に謎の組織が声をかけてくる。借金を肩代わりする代わりに法で裁けぬ街の犯罪者を始末しろというのだ。そんな現代版仕事人として活躍し始めたセガール。暗殺任務なのに白昼堂々と無防備に仕事をこなすのはどんなもんだろうとおもうがそれがセガールだ。そしてある日報酬と一緒に渡された次のターゲットは意外な物だった。
 仕事人組織が本当に自分達の言っているような正義の組織なのか、単に邪魔な人物を依頼を受けて殺しているだけなのかギリギリまで謎な点もいい。組織のボスは痩せすぎなランス・ヘンリクセン。少しセガールのお肉もらってやれよ。

 セガールのムスッとした表情が借金に落ちぶれた男によく似合っていて哀愁を感じさせる。銃で胸を撃たれても平気でその後でシャツを開いて観客に防弾ベストを見せるシーンがあるが、そんなものがなくてもセガールなら無敵だろう。それにしても、防弾ベストを着ていた人間は撃たれた後に何故必ず観客にベストの存在を示してみせるのだろうか。工夫がないなと毎回観る度に思う。「お前、なんで大丈夫なんだ」「防弾ベストを着ているからさ」とセリフで説明されても困るんだけどさ。

B0000UN2X2.jpg『東部戦線1944』(2002) ZVEZDA(THE STAR) 94分 ロシア

監督:ニコライ・レベデフ 製作:カレン・シャフナザーロフ 脚本:ニコライ・レベデフ、アレクサンドル・ボロジャンスキー、エフゲニー・グレゴーリェフ 撮影:ユーリー・ネフスキー
出演:イゴール・ペトレンコ、アレクセイ・パーニン、アレクセイ・クラチェンコ

 ロシアの戦争映画。戦闘ではなく偵察が任務の偵察部隊を題材にしているので戦闘シーンは地味ですが、これがまたなかなかな佳作。ロシアの映画というと堅苦しそうとかプロパガンダを目的にしていそうだとかいった印象がありますが、娯楽戦争映画に仕上がってます。日本未公開ですがロシア国内では大ヒットしたそうです。それも納得。

 タイトルは東部線線となっていますが、これはドイツ線線から見ての東部線線で主人公のソ連軍偵察部隊にとってはむしろ西部戦線でしょう。
 時期は第二次大戦下の1944年。敗色濃くなっているドイツ軍は、ソ連軍と敵対する東部前線で、決死の抗戦を続け、ソ連軍はなかなか攻め落とせないでいました。ソ連軍は、7名の兵士を偵察隊として選び、敵陣深く潜入し情報取得の命令を出します。部隊名は『スター』でこれが原題となっています。(ZVEZDAはロシア語で多分星)
 偵察隊は、迷彩のポンチョを被ったその姿からドイツ軍より「グリーンゴースト」と呼ばれ恐れられていました。戦闘も捕虜も取ることも禁止されあくまでも偵察だけが任務。順調に偵察任務が進んでいると思われていましたが偵察隊からの通信は途切れてしまいます。敵の攻撃で無線機が故障してしまったのです。しかしその後、ドイツ軍の極秘計画を入手し至急本部に連絡を取らなければならなくなります。どうにかして無線機を手に入れなければならない、さてどうする。

 史実から言うとこの頃の東部線線のドイツ軍はすでに疲弊しきっていて、映画のように規律正しく戦力も持った存在ではなかったようだがそこはそれ映画の嘘。相手がよろよろのボロボロでは話にならない。映画のドイツ軍は秘密の戦車基地を作り、グリーンゴーストの存在に気付くと徹底して追い詰めてくる。
 戦闘シーンが地味と言っても他の陸戦部隊物と比べての話しであって、爆撃シーンの火薬の量や兵器の種類は合格点。ロシア人はロシア語で話し、ドイツ人はドイツ語で話すというところもちゃんとしています。
 偵察隊長に憧れている女性通信士のエピソードも上手く機能していて、ラストで返答のなくなった隊長に呼びかけ続けるシーンは感動的。
 全体的に丁寧に作られている印象で、どのシーンにも手抜きが感じられない。なかなか凝ったカットも登場する。戦闘シーンで白い鳩が飛んだ時はジョン・ウー作品かと思ってしまった。

B00005LJYC.jpg『デザート・スコルピオン』(2000) DELTA FORCE ONE: THE LOST PATROL 96分 アメリカ

監督:ジョセフ・ジトー 製作:ヨーラン・グローバス、メナハム・ゴーラン 脚本:ハーシェル・F・ルービン 撮影:ギデオン・ポラス
出演:ゲイリー・ダニエルズ、ベントレー・ミッチャム、マイク・ノリス、ジョン・リス=デイヴィス

 製作がヨーラン・グローバスとメナハム・ゴーラン、監督は『レッド・スコルピオン』のジョセフ・ジトー。主演が『北斗の拳(実写版)』(1995)のゲイリー・ダニエルズ。共演がチャック・ノリスの息子マイク・ノリスと『レイダース/失われたアーク』でインディの相棒を演じたジョン・リス=デイヴィスというある意味豪華な映画。ヨーラン・グローバスとメナハム・ゴーランはまだ映画を撮っていたのかと思ったら2000年作品とちょっと前の作品であった。

 いやーなんなんだろ。DVDのパッケージには軍用ヘリや特殊装備をした兵士たちが映っていますが、そんなもの欠片も出てきません。ジープが数台出てくるだけです。
 中東に仲の悪い二国が並んで存在していて、片方の国が核実験を成功させる。
 もう片方の国もそれに対抗してか核ミサイルを作り始めるのだが、その秘密基地に近づく者を片っ端から排除してしまう。たまたま近くを通りかかった平和維持軍のジープも迫撃砲の攻撃を受けて全滅し連絡が途絶えてしまう。そこで大尉(ゲイリー・ダニエルズ)をリーダーとする捜索隊が三台のジープで出発するのだが……

 出発して早々両脇が切り立った崖になった道路で上からロケットランチャーや迫撃砲で攻撃を受ける。しかし大尉は「俺たちは平和維持軍だ。攻撃は許さん」などといって反撃を禁じる。おいおい、ドッカンドッカン爆発起こってるぞ、それどころじゃないだろう反撃しろよ反撃。無能な上官の下につくと命が幾らあっても足りない。
 そんな間に二台のジープが爆破されてしまう。激しい攻撃なのに、主人公たちが乗ったジープだけはほとんど被害を受けない不思議。でも無線機だけは故障してしまう不思議。
 多大なる犠牲を払ってから、ようやく武器を全員に配る。もっと早く配っとけば被害も少なくてすんだのに。戦争映画なのに戦闘シーンで無抵抗のままやられっぱなしだからストレスが溜まる溜まる。B級戦争映画なんだからバリバリ撃ちまくって欲しいものだ。
 ラストの敵の秘密基地になって大尉のマーシャルアーツを始めとして人を殺しまくり。でも終盤の10分ぐらいだけなんだよね。マイク・ノリスも空手を見せてくれないし。核爆弾の解体も実際のミサイルを解体する訳じゃなくて、コンピュータから制御コードを入力するだけとずいぶんお気楽。
 ちなみに核ミサイルと言っても3メートルほどの大きさの小型ミサイル。隣国に打ち込むのではなく、自国に打ち込んで隣国の仕業に見せかけて戦略的に優位に立とうというのだ。正直、何を考えているかよく分からない。
 中盤は敵側が陰謀を繰り広げるシーンが多く、主人公たちの出番がない。当然戦闘シーンもない。
 女性衛生兵が仲間にいて、どうやら過去に大尉とロマンスがあったようだがそれらはまったく活かされていない。そもそもこの衛生兵、一度として衛生兵として役に立つシーンがない。目の前で仲間のガイドが撃たれたシーンがあるというのに、ただおろおろとしているだけ。
 人は良いが最悪のガイドがわりと良い役で最後は皆を助けて散る大活躍。これでこの作品も少しは救われたかな。
 まったく意味のない後日談で締めくくられるが、いらないいらない。

B001TBUJ50.jpg『デス・レース』(2008) DEATH RACE 105分 アメリカ

監督:ポール・W・S・アンダーソン 製作:ポール・W・S・アンダーソン、ポーラ・ワグナー、ジェレミー・ボルト 製作総指揮:ロジャー・コーマン、デニス・E・ジョーンズ、ドン・グレンジャー、ライアン・カヴァノー 原案:ポール・W・S・アンダーソン 脚本:ポール・W・S・アンダーソン オリジナル脚本:ロバート・ソム、チャールズ・グリフィス 撮影:スコット・キーヴァン 編集:ニーヴン・ハウィー 音楽:ポール・ハスリンジャー
出演:ジェイソン・ステイサム、タイリース・ギブソン、イアン・マクシェーン、ナタリー・マルティネス、ジョーン・アレン、マックス・ライアン、ジェイコブ・バルガス、ジェイソン・クラーク、フレデリック・コーラー、ロバート・ラサード、ロビン・ショウ
声の出演:デヴィッド・キャラダイン

 リメイクの話しを聞いた時はどうするつもりなんだろうと思った。なんたってオリジナルの『デスレース2000』は公道レース中に通行人を轢くとポイントになるというとんでもない設定だったからだ。
 それをリメイク版では孤島に設けられた刑務所で囚人たちを使って行われる死のレースに変更してあった。オリジナルのハチャメチャさはなくなってしまったが、妥当なところだろう。
 2012年アメリカ経済は崩壊し、街には犯罪が溢れ刑務所の数も足りなくなった。そのため民間企業が刑務所の運営を行うようになった。舞台となる刑務所では囚人に武器を搭載し装甲で固めた車で死のレースを行わせ、それを中継することで利益を上げていた。そのレースこそ『デス・レース』である。数千万人の観る人気番組なのだ。ちょっと『ローラーボール』や『バトルランナー』っぽいが、観客が一切登場しないのがこれらの作品との違い。映画全編を通してカメラが刑務所から出ることはほとんどない。個人的にはダークな『チキチキマシーン猛レース』である『デス・レース』を観て喜んでいる酔っぱらい連中やごく普通の一家などの反応も見てみたかった。それにしても2012年とは映画の製作時には現在の経済破綻は予想出来なかったようだ。
 オープニング、無敵を誇るレーサーのフランケンシュタインが追い詰められていた。フランケンシュタインは幾度もの事故で顔が崩壊してしまい鉄のマスクを被っている。このフランケンシュタインの声を担当したのがオリジナル版でフランケンシュタインを演じたデヴィッド・キャラダインとは味なことをやってくれる。結局、敵の攻撃でフランケンシュタインは死んでしまう。
 冷血女所長(ジョアン・アレン)はフランケンシュタインの身代わりを求めて、元レーサー(ジェイソン・ステイサム)を妻殺しの容疑を着せて自らの刑務所に送り込む。まだ幼い一人娘を人質にジェイソン・ステイサムにフランケンシュタインに成りすましてレースに出場することを承諾させる。

 とにかくレースの迫力がすごい。ちゃんとしたサーキットではなく廃工場の跡地のような場所をゴツイ車がぶつかり合い、機関銃を撃ちまくる。機関銃や防御用のスモークなどは最初から使えるのではなく、コース上のマークを4輪で踏むことで作動するとゲーム感を高めている。
 絶妙なコーナリングやハンドル捌きを楽しむレースではなく、車による格闘技を観ている感じ。ジェイソン・ステイサムの運転するマスタングV8のエンジンがうなりを上げる。ビデオゲーム化したら面白いんじゃないだろうか。
 ただ、最後までレースで乗り切る自信がなかったのか、所長が作った大型武装トレーラー“ドレッドノート”が登場し、レーサーたちを何人も殺してしまう。ここで流れがぶった切られてしまうので最後までレースで通して欲しかった。個性あるレーサーたちもその個性を発揮するまもなく殺されてしまって残念。
 野郎ばかりでは映画を観ている人にも劇中でレースを観ている人にも物足りないということでナビゲーターとして若い女性が登場してくる。ジェイソン・ステイサムの助手席にも当然一人乗る。なかなかいい女で、役柄的にもおいしい。
 所長の冷酷ぶりも振るっていて、実に憎たらしい敵役を演じている。これが女性だから余計と冷酷さが際立っているのかも知れない。ジェイソン・ステイサムがその手で所長を殺せなかったのは残念だ。代わりに仲間が爆弾で爆殺するがカタルシスがちょっと落ちる。
 最後にはレースを飛び出して意外なといっても大方予想がついていた方向へ話は進んでいく。刑務所物はやはりこうでなきゃ。

 ラストには「この作品のカースタントは充分に安全を確認したうえでプロのスタントが行っています。絶対に真似をしないで下さい」とのクレジットが。しねーよ、命がいくつあっても足りないっての。

B001TBUJ6O.jpg『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(2007) DIARY OF THE DEAD 95分 アメリカ

監督:ジョージ・A・ロメロ 製作:ピーター・グルンウォルド、アート・スピゲル、サム・イングルバート、アラ・カッツ 製作総指揮:ダン・ファイアマン、ジョン・ハリソン、スティーヴ・バーネット、脚本: ジョージ・A・ロメロ 撮影:アダム・スウィカ 編集:マイケル・ドハティ 音楽:ノーマン・オレンスタイン
出演:ミシェル・モーガン、ジョシュ・クローズ、ショーン・ロバーツ、エイミー・ラロンド、ジョー・ディニコル、スコット・ウェントワース、フィリップ・リッチョ、クリス・ヴァイオレット、タチアナ・マスラニー、ジョージ・A・ロメロ
声の出演:ウェス・クレイヴン、スティーヴン・キング、サイモン・ペッグ、ギレルモ・デル・トロ、クエンティン・タランティーノ

 昨日の『悪魔の追跡』と同じくキャンピングカーで逃げ回るという映画だった。うむ、シンクロニシティ。

 世界を襲うゾンビの恐怖を、自主ホラー映画を撮っていた学生のビデオカメラの映像を通して語っていくという『クローバー・フィールド』や『REC』を思わせるフェイクドキュメンタリーのPOV(一人称)映像映画。上記二作品と異なるのは、カメラが一台ではなくメインで二台、携帯のカメラ、他にはテレビで流される映像やインターネットのYoutubeなどで素人が流す映像、監視カメラの映像などを駆使して、立体的に物語を作り上げていること。
 映画監督の青年は現在の状況を余すところ無く、時に仲間に非難されながらもカメラで捉えそれをネットで公開することで「人々が何らかの解決策を見出すことが出来るかも知れない」と考え、ひたすらにカメラを廻し続ける。
 だが事実なのか嘘なのかもはや混乱して分からないニュース映像やネットの映像。ニュースは平気で嘘をつくようになっている。Youtubeには日本からの女性の映像もアップロードされている。ゾンビは頭を撃つと死にますと彼女はいっているが、いったい日本でどれだけの人が銃を持っているというのだろうか。もしも青年が映像作品を作り上げたとしても、ネット上に溢れる情報に埋もれてしまって誰の目にも止まらない可能性は大きい。それでもやらずにはいられなかったのだろう。
 そして、この映画自体がヒロインがそれらの素材を使ってヒロインが編集し音楽や効果音も入れた映画という設定になっていること。POVにしては臨場感がないなと思っていたが、それもそのはず。POVはその場で撮影されただけの素材という存在なのだが、熟練したロメロの手にかかるとそれもちゃんとしたパーツとして完成された一本の映画を仕上げてしまうのだ。
 自主映画を撮っていてカメラに慣れた学生が撮影している設定なのでそれほどやみくもに振り回すことなく安定した画面になっている。そのため、カメラ酔いしやすい人でも比較的観やすい方だろう。手持ちカメラの移動撮影はカメラを脇を締めて腕で支え膝でショックを吸収して撮る。振り回すなんてもってのほかだ。

 正直、ゾンビ物としては物足りない。ゾンビの数が少なく大群で襲ってくるわけではないし、人が食われるゴアシーンも物足りない。だがこの作品の場合、学生たちの集団で対処できる範囲での出来事でないと映画としてまとまらない。
 数丁の銃と弓矢があるだけでキャンピングカーで目的地を目指す彼らが相手にするにはこの作品程度のゾンビがちょうど良いのだろう。そして、ラストにはこれからさらにゾンビが増えていくことが描写されているので、ゾンビ増殖の初期状態を描いたと言うことなのだろう。電気が点いたり携帯電話やネットが稼働している点もまだ大幅な混乱状態ではなかったからとこじつけてみる。
 やっと駆けつけてくれたと思った軍が食料品などを盗んでいったり、逆に街の略奪者と思った黒人の集団が白人の逃げ去った街を支配していて彼らにガソリンを分けてくれたりなど、ロメロらしい価値観の逆転が存在する。
 人間は救われるべきか救われざるべきか。それを思ってかゾンビは血の涙を流す。

B001LM185C.jpg『大陸横断超特急』(1976) SILVER STREAK 116分 アメリカ

監督:アーサー・ヒラー 製作:トーマス・L・ミラー、エドワード・K・ミルキス 製作総指揮:フランク・ヤブランス、マーティン・ランソホフ 脚本:コリン・ヒギンズ 撮影:デヴィッド・M・ウォルシュ 音楽:ヘンリー・マンシーニ
出演:ジーン・ワイルダー、ジル・クレイバーグ、リチャード・プライアー、パトリック・マクグーハン、ネッド・ビーティ、リチャード・キール、レイ・ウォルストン、クリフトン・ジェームズ、ヴァレリー・カーティン、スキャットマン・クローザース

 昔はテレビでよく放映されていたものですよ。最近ではゴールデンタイムの映画枠もすっかり減ってしまって残っているのはテレビ東京系の『木曜洋画劇場』ぐらい。

 ジーン・ワイルダーがロス発シカゴ行きの特急シルバーストリーク号の一等車個室に乗ったところ、隣室の女性と良い感じになってベッドインしたりします。服のこっちを脱がせそっちを脱がせなんてことをしちゃったりなんかしたりしていると、窓の外に頭を撃ち抜かれた男が!
 当然叫び声を上げるジーン・ワイルダーですが、女性が窓を見た時には死体はすでに落ちていて何もない。てっきり見間違いよと言われるが、どうにも釈然としない。
 ところでこの女性はある美術教授の助手でレンブラントに関する著書の会見でシカゴに向かう最中。「ふーん、これがねぇ」なんて手に取った本の裏表紙に載った著者近影こそあの頭を撃ち抜かれた男。それにしてもアメリカのハードカバーは何故か裏表紙に著者近影がでかでかと載っていますな。著者の顔がそんなに大事なんでしょうか。
 ともあれ、教授の部屋を教えてもらって調べに行くと謎の男がゴソゴソしている。
「お前、何者だ」
「お前こそ何者だ。ええい面倒くさい放り出してしまえ」
 謎の男に命じられた金歯の男リチャード・キールはジーン・ワイルダーを引っ張っていくと列車のドアを開け、ドアを開け!ジーン・ワイルダーを放り出してしまいます。
 荒野に取り残され走り去っていく列車を眺めながら、ジーン・ワイルダーは女性のことを心配し、なんとかして列車に追いつくことを決意するのです。これが最初の“放り出され”だとは知らずに。

 いやー、もう20年は観ていないので一部しか覚えていませんでした。
 ジーン・ワイルダーと女性が食事を取るシーンでは、ジーン・ワイルダーが彼女の注文も書いて上げるので、「あれ、これは後で彼女がいなくなっても誰も観た人がいないし、証拠もないという『バルカン超特急』ネタだったかなと思ったぐらい。
 鉄道だけではなく、小型飛行機、車などなどの乗り物を駆使し、悪党の陰謀を阻止する。キーワードは“レンブラントの手紙”だ。
 途中の保安官事務所での会話がふるっていて、
「だからね、二人の男が死んだんですって。教授が頭を撃ち抜かれて、一人はFBIの捜査官。ついでFBIを撃った大男を僕が水中銃で撃ち殺しました」
「何で撃ったって?」
「水中銃です。撃たれそうになったものですから。彼は教授も撃ったんです」
「じゃあ死んだのは三人だ」
「ああ、それを言うのを忘れてました。教授が撃たれたのは昨夜だったもので。それからレンブラントの手紙は私が持っています」
「そのレンブラントはもFBIか」
「レンブラントはとっくに死んでますよ」(レンブラント:1606?1669)
「じゃあ死体は四人じゃないか!」

 まったく、田舎者の保安官と来たら。

 そして隙を見てパトカーを奪って逃げ出したジーン・ワイルダーは車内に拘束されていたこそ泥のリチャード・プライアーの手を借り、列車を追うことになります。
 ところが、ようやく列車に追いついたというのにジーン・ワイルダーは手配犯としてすっかり警戒されています。このままではとても乗り込めない。そこでリチャード・プライアーが案じた一計で黒人の靴磨きから帽子やラジオに靴墨を買ってジーン・ワイルダーを黒人に変装させることだった。ラジオで音楽を聴いてノッテる振りをするジーン・ワイルダーのあまりのひどさに頭を抱えるリチャード・プライヤー。

 ラストはシカゴ駅に突入してくるシルバーストリーク号。壁を突き破り、レンガと砂煙を巻き上げる。突然パニック映画になっちゃうんだもん、まいっちゃうよこれが。

 ついてない普通の男が陰謀に巻き込まれて列車からは落とされるわおばあちゃんの操縦する飛行機で空を飛ぶわの大活躍。これぞパニックアドベンチャーロマンスコメディ。
 次から次への展開と、ジーン・ワイルダーを中心としたコメディ俳優の芸が見物である。特に、基本的に情けなく巻き込まれてしまってもう大変なジーン・ワイルダーには大笑いすることが出来るだろう。
 何度列車から落とされてもまた乗り込んでくるジーン・ワイルダーを吹き替えていたのは故・広川太一郎氏。ジーン・ワイルダーの芸は話術による部分がかなり大きいので字幕ではやはり伝えきれない。そこをカバーしてくれるのが広川太一郎氏の吹替だ。今作ではアドリブも控えめで、『Mr.Boo』の三枚目役からロジャー・ムーア版『007』の二枚目声まで使い分けていて、さすがプロ。
 もう一度観てみたいなと思っていたら出ましたよ吹替テレビ音声収録のDVDが。テレビ用の吹替なのでかなり英語+日本語字幕のシーンがあるがしょうがない。やるじゃないの20世紀フォックスさん。ヘンリー・マンシーニのスコアも作品にあっているし、ネッド・ビーティに『シャイニング』のスキャットマン・クローザースなど個性的なキャストも多い。
 脚本は『ファールプレイ』でアルフレッド・ヒッチコックにオマージュを捧げたコリン・ヒギンズ。監督のアーサー・ヒラーは『
見ざる聞かざる目撃者』(1989)でもジーン・ワイルダーとリチャード・プライヤーのコンビを使っている。でも視覚障害者と聴覚障害者をネタにしたこちらはDVDにならないんだろうな。

B001JPSL10.jpg『地球最後の男 オメガマン』(1971) THE OMEGA MAN 99分 アメリカ

監督:ボリス・セイガル 製作:ウォルター・セルツァー 原作:リチャード・マシスン 脚本:ジョイス・フーパー・コリントン 撮影:ラッセル・メティ 音楽:ロン・グレイナー
出演:チャールトン・ヘストン、ロザリンド・キャッシュ、アンソニー・ザーブ、ポール・コスロ、リンカーン・キルパトリック、エリック・ラニューヴィル、ジル・ジラルディ

 オメガ(Ω)はアルファから始まるギリシャ文字の24番目で最後の文字。だからオメガマンで“最後の男”と言った意味なのだろう。別に変身して空を飛んだりするわけではない。
 リチャード・マシスンの原作の二度目の映画化で、最初はヴィンセント・プライス主演の『地球最後の男』で三度目は最近の『アイ・アム・レジェンド』(2007)だ。
 主人公のネヴィルを演ずるのはチャールトン・ヘストン。無人の街と化したニューヨークの街を真っ赤なスポーツカーで走り回りサブマシンガンを振り回しては、時に上半身裸になって胸毛をあらわにしては体臭むんむん。3作品の中では一番攻撃的である。
 洋服店で他の生き残りに初めて会うのがその上半身裸のシーン。若い黒人女性の彼女は当然逃げ出す。それを黒いサブマシンガンを片手に追うヘストン。「待て、待ってくれ。何もしないから」と叫べば叫ぶほど彼女は逃げる。そりゃそうだ。どう見たって変質者か危険人物。
 昔はテレビでよく放映された作品だ。ヘストンの吹替はもちろん納谷悟郎。タフで感染者を相手に一歩も引かぬ精神力の持ち主だが実は科学者で今回の病気の研究をしている。病気は中ソ間の戦争で使われた細菌兵器によるもの。他2作で主人公が感染しなかったのは生まれつき免疫を持っていたからだったが、ヘストンは開発中の試作品ウイルスを自ら注射したから。よって彼の体内には抗体が生じていて、それで他人の感染を直すことが出来る。
 感染者は全身の皮膚と髪が真っ白になり光彩も白くなって光を極端に嫌うようになる。黒い布を身に纏った姿は修道僧のよう。知識は非感染者と余り変わらないが、機械や銃などの高度な武器は使わない。これは使う知恵がないからではなく、罪の産物だと思っているからだ。なんか、感染者と言うよりも特殊な教団の感染者か思想団体と言った感じであまり怖さはない。映画の敵役としてはあまり怖くない。それよりも問答無用でサブマシンガンを撃ちまくるヘストンの方が怖い。さすが全米ライフル協会だ乱射はお手の物。
 無人のニューヨークは休日に撮ったそうだが、それでも大規模な交通規制が必要だっただろう。こんなカットよく撮ったなと感心してしまう。反して、待ちの遠景などは早朝などの人の少ない時間に撮ったスチール写真をそのまま使ったもののようだ。多少は人が映っていても動かなければ気づかないものだ。
『アイ・アム・レジェンド』ではDVD屋からDVDを借りてきて観ていたが、『オメガマン』では豪華にも劇場を貸し切って『ウッドストック』を観ている。『ウッドストック』のメッセージ性が活かされたシーンだと思うが185分もある長い映画なのにフィルムチェンジはどうしていたのだろうか。劇場用映画はリールが大きくなりすぎるので1リールではなく、複数のリールを2台の映写機で交互に掛ける。映写室のシーンでは映写機が複数登場するが予備じゃないのだ。ちなみに一般的な35ミリの場合1リールで10分だそうだ。フィルム交換の合図となるのがたまに画面の右端に黒い丸が出る。最近のシネコンだと自動交換だそうだが。そうじゃなか10スクリーンとかやってられないよな。
 アクション活劇として始まった作品だが、途中から観念的なところが増え始めるがのチャールトン・ヘストンか。
 ある人物が頭に巻いた布を外すと黒かったはずの髪が真っ白なシーンは怖かった。その後の発言はもっと怖いが。一人は全体のため、そして一人も全体のため。怖い怖い。
 でもなー、あのラストだと『地球最後の男』じゃないよな。

B000X2XYXU.jpg『ディテクティヴ』(2006) UNTIL DEATH 113分 アメリカ

監督:サイモン・フェローズ 製作:モシュ・ディアマント 製作総指揮:ダニー・ディムボート、ジョン・トンプソン、アヴィ・ラーナー、ボアズ・デヴィッドソン、ウィリアム・ファイファー 脚本:ダン・ハリス、ジェームズ・ポートルース 撮影:ダグ・ミルサム 音楽:マーク・セイフリッツ
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ウェス・ロビンソン、スティーヴン・レイ、セリーナ・ジルズ、マーク・ダイモンド、ウィリアム・アッシュ、スティーヴン・ロード、ゲイリー・ビードル、C・ゲロッド・ハリス、バフィ・デイヴィス

※2008年1月16日に書いた文章を今回のヴァン・ダム特集に合わせて日付を変更。

 ジジイ、カッケエェ。ジジイの登場シーンだけでオレは満足だよ。歓声をあげちまったよ。この映画の全てを認めるよ。

 このところ、なかなか充実した作品が多いジャン=クロード・ヴァン・ダム。今作では人間として悩み傷つく麻薬捜査官を演じている。昔ならば、「ヴァン・ダムに悩むとか似合わないでしょ」だったが、年齢を重ねて顔にシワも出てきたヴァン・ダムが、結構味があるんだな、これが。
 捜査に入れ込むあまり、妻のことも顧みず、アルコール依存症だけではなくついにはヘロイン中毒になってしまった主人公。
 麻薬密売の大物によって頭を撃たれ、命は取り留めた物の、昏睡状態に陥ってしまう。そして半年あまり後、ようやく意識を取り戻し、リハビリなどの中でかつての自分を省みる。
 後悔と反省によって彼は不自由な足で新しい一歩を踏み出す。だが、麻薬密売組織が彼のことを放っておくはずはなかった。

 格闘アクションや銃撃戦はひかえめで、一匹狼という古いタイプの刑事が全てを失ってしまい、そこから再生していく物語。
 舞台はニューオリンズで、階数が低めの建物が建ち並ぶ光景は、同じくヴァン・ダム主演の傑作『ハードターゲット』を思い出させる。
 前半でのヴァン・ダムの髪型が少しパーマがかかっていて、しかも無駄に長いもみ上げ。クリント・イーストウッドの『ダーティーハリー』をイメージしているのか?敵役がキャラハンという名前だったりするしな。
 妙に凝ったカメラワークがあるが、作中では浮いている。監督のサイモン・フェローズはウェズリー・スナイプスの『7セカンズ』などを撮っている人だが、この人自体は上手いとは思わない。
 過去の罪を反省しても、それを受け入れてくれる人もいるが拒絶する人もいる。「俺は変わった」と言われても、実際に行動で示されてもそう簡単に納得できるものではない。そこで苦悩するヴァン・ダムがちゃんと演技している。そしてまさかあんなラストが待っているとは……悪の親玉を倒してついにはみんなから認められてハッピーエンドだと思ったのに。

B00024Z4OG.jpg『ディレイルド 暴走超特急』(2002) DERAILED 89分 アメリカ/ドイツ

監督:ボブ・ミシオロウスキー 製作:ボアズ・デヴィッドソン、ダニー・ラーナー、デヴィッド・ヴァロッド 製作総指揮:ダニー・ディムボート、アヴィ・ラーナー、トレヴァー・ショート 原案:ボアズ・デヴィッドソン 脚本:ジェイス・アンダーソン、アダム・ギーラッシュ 撮影:ロス・W・クラークソン 音楽:サージ・コルバート
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、トマス・アラナ、ローラ・エレナ・ハリング、スーザン・ギブニー、ルーシー・ジェナー、ジェシカ・ボーマン、クリストファー・ヴァン・ヴァレンバーグ、ジョン・ビショップ、ジミー・ジャン=ルイ

 ヴァン・ダムの息子役のクリストファー・ヴァン・ヴァレンバーグはヴァン・ダムの実の息子。それにしては姓が違うが、考えるに元奥さんに親権を取られて元奥さん側の姓を名乗っているからではないだろうか。まぁ芸名の可能性もあるわけだけれど、4回も結婚をしているヴァン・ダムの実生活からするとそう考えた方が面白い。
 このクリストファー・ヴァン・ヴァレンバーグ君は父親譲りの色男でちゃんと格闘技を学んでいるようで回し蹴りのハイキックを披露してくれる。物語の終盤では父親をしのぐ大活躍。1987年生まれのようなので、もう20歳を越えたはず。映画俳優として本格デビューしてくれないかな。なかなか期待できると思うんだが。

 この頃のヴァン・ダムは一作ごとに挑戦的な作品・売れる作品を交互にやっていた感じで、この『ディレイルド 暴走超特急』は売れる作品。実際に売れたかは知らないけど。
 東欧で細菌兵器を盗んだ女盗賊を、その詳細を知らないままヴァン・ダムはブリュッセルまで警護して列車で送り届けることになる。しかし、その細菌兵器を狙ってテロリストが列車を占拠する。
 分かりやすく言えばスティーヴン・セガールの『暴走特急』(1995)だ。あるいはジーン・ワイルダーの『大陸横断超特急』(1976)や細菌兵器を積んだ旅客車という点やラストの大崩壊では『カサンドラ・クロス』(1976)でもある。
 つまり、題材的には使い古された感じで特に目新しいところはない。邦題も変に“ディレイルド(脱線)”なんて入れないで素直に『暴走超特急』でいいのに。
 ここに家族の絆を入れたのが特色ではあって、家族に工作員であることを秘密にしていたヴァン・ダムが、誕生日を祝うため秘密で列車に乗り込んでいた家族が客室に乗り込んできたところ、バスルームには半裸の女盗賊がいて、誤解されちゃってパパもう大変なところは笑った。
 3本あった細菌兵器の入ったアンプルの内、1本が割れてしまって車内では感染者が続出する。ところが、感染するのは比較的若い人たちだけで、ある年齢以上の人にはこれといった異常が出ない。なぜなら、細菌兵器は天然痘ウイルスを主体に改造したもので、天然痘の予防接種を受けている人は大丈夫なのだ。良かった、オレも大丈夫だ。ってか、それって細菌兵器としてどーよ。ワクチンも簡単に作れてしまうじゃないか。
 列車に積んであったバイクで列車の上を疾走し、隣を走る列車の上に飛び乗るわ、後を追って列車に飛び乗るわでヴァン・ダム大活躍。上記の作品でもそうだけど、列車占拠物は一度は列車から降りる・落ちてしまいまた列車に乗り込むシーンがなきゃね。
 終盤のヘリコプターのCGや石橋から落ちる列車の特撮はしょぼいが、味があると言えなくもなくもなくもなくもなくもない。えーと言えるのか、言えないのか?低予算映画だし、列車の中のシーンでちゃんとカメラが小刻みに揺れているだけでも水野春郎氏の『シベリア超特急』よりも技術はある。まぁあれと比べる物なんだが。
 悪党のボスが、ミスをしたら部下でも平気で撃ち殺す冷血漢でなかなか良い悪役なのだが、ヴァン・ダムとの対決があっけなくて残念だ。もっとも身体が動く人ではなさそうだからあれで良かったのかも知れないが。

B001FYZOA6.jpg『ダブルチーム』(1997) DOUBLE TEAM 93分 アメリカ

監督:ツイ・ハーク 製作:モシュ・ディアマント 脚本:ドン・ジャコビー、ポール・モネス 撮影:ピーター・パウ 音楽:ゲイリー・チャン
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、デニス・ロッドマン、ミッキー・ローク、ポール・フリーマン、ナターシャ・リンディンガー、ション・シンシン

 監督はこれがハリウッドデビュー作となる香港のスピルバーグことツイ・ハーク。共演は相棒役に元バスケのスーパースターであるデニス・ロッドマン。悪役にミッキー・ロークとなかなか豪華な顔ぶれだ。

 ツイ・ハークは根っからの香港人だと思われがちだが、実はベトナムで暮らしていたことがあり戦争難民として子供時代に香港にやってきた。学生時代にはアメリカへ留学し、テキサス州立大学で映画作りを学んでいる。
 そのためか、他の香港出身監督のハリウッドデビュー作になんらかの違和感を感じるのに対し、ツイ・ハークはハリウッドの映画作りを理解しているように思う。萎縮した感じはなく伸び伸びとやっている。

 今回のヴァン・ダムは元凄腕スパイ。今は引退して妊娠した妻とフランス郊外でのんびりと暮らしている。そんな彼の元に新たな依頼が届く。それは彼と過去に因縁を持つフリーランスの悪党ミッキー・ロークと捕まえるという物だった。
 だが、作戦が実行段階に移り、いよいよという時点でヴァン・ダムが躊躇してしまい、ミッキー・ロークには逃げられ彼の妻と子供を殺してしまう。
 この任務失敗で、ヴァン・ダムは死亡扱いされ、死んだことになっている元スパイたちが暮らす島に送られる。そこで彼等は各情報の分析に勤しんでいるのだ。
 水中にはレーザー網が張られ、外界との唯一の接点は荷物を投下し回収していく飛行機だけ。テロの情報を分析中に、ミッキー・ロークが自分が生きていることを知っており、身重の妻を人質に取ったことを知ったヴァン・ダムは怪我した身体をリハビリで鍛え直しなんとか島を脱出し、協力者を求めて武器商人のデニス・ロッドマンの元を尋ねる。
 こうして二人のチーム(ダブルチーム)はミッキー・ロークを追うこととなる。

 まず、ミッキー・ローク捕獲作戦でヴァン・ダムが実施命令躊躇した理由が分からない。麻酔銃を使うので息子の目の前で殺そうというわけではない。
 次いで、武器を求めに来ただけのヴァン・ダムにデニス・ロッドマンがそれほどまでに入れ込む理由が分からない。昔に借りがあるとかそういう訳ではないので、最後の最後までヴァン・ダムに身の危険を冒して付き合う理由がよく分からない。
 などなど疑問点はいくつもあるのだが、それを気にさせないアクションの連打はさすがだ。香港映画のようにはいかないが、全体をアクションを繋げることで構成しており、細かいことをあれこれ考える暇がない。アクションの撮り方はやはり上手い。
 なかなか良い対戦相手に恵まれないヴァン・ダムだが、今回はホテル内でツイ・ハークが香港から連れてきたション・シンシンとの戦いがある。足技を中心としたこの対決はなかなかの見物で、ション・シンシンの動きの早さにヴァン・ダムがついて行けていないシーンもある。
 そしてラスボスはローマの円形闘技場でのミッキー・ローク。生まれたばかりのヴァン・ダムの息子を人質に取り、上半身裸で競技場の真ん中に突っ立っている。この肉体がなかなかムキムキ。そういえば、ミッキー・ロークはボクシングをやるのであった。“猫パンチ”だけれども。
 アクション俳優ではないことを考えるとミッキー・ロークの戦いぶりはそれなりに見事。しかも味方に本物の虎が付いている。いや、完全な味方じゃないか、しょせん動物だしな。

 そもそもタイトルの『ダブルチーム』がバスケ用語なデニス・ロッドマンがバスケネタを言い過ぎたり極秘任務中なのに登場する度に髪型が変わっていたり(いつ変えとんじゃ)、途中で関係ない通りすがりの民間人が多数犠牲になるなど、ちょっとこれは……と思うシーンもあるが、爆発する車をバックに歩いて行くミッキー・ロークの姿や、彼の使うフルオートマチックの拳銃の格好良さ、貴重な文化遺産である円形闘技場をなんの躊躇もせず爆破してしまう無茶ぶりは良い。しかし、どれだけ威力のある地雷なんだ。

B0007XG6AS.jpg『タイムコップ』(1994) TIMECOP 99分 アメリカ・日本

監督:ピーター・ハイアムズ 製作:モシュ・ディアマント、サム・ライミ、ロバート・タパート 原作:マイク・リチャードソン、マーク・ヴァーヘイデン 脚本:マーク・ヴァーヘイデン 撮影:ピーター・ハイアムズ デザイン:シド・ミード 音楽:マーク・アイシャム
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ミア・サラ、ロン・シルヴァー、ブルース・マッギル、グロリア・ルーベン、スコット・ベリス、ジェイソン・ションビング、スコット・ローレンス

 冒頭でLARGO ENTERTAINMENT PRESENTSの文字が出る。あったなー、ラルゴ・エンタテインメント。JVC=日本ビクターが出資した会社でハリウッド映画を製作したのだが、最初の作品『ハートブルー』(1991)がちょっとウケたぐらいで、あまり大した作品は残していない。
 バブルの時期は金余りという奴で、余った金の出資先としてハリウッド映画が標的になったのだ。松下もユニバーサルを傘下に持つMCAを買収した。でも、大概がこけて成功したのはコロンビアのSONYぐらいだ。映画はその国の文化だから、単に金があれば簡単に手に入るってものじゃないのだ。
 そのコロンビア・ピクチャーズで大ヒットシリーズ『スパイダーマン』を撮ったサム・ライミが製作に名を連ねている。この人、実は監督作よりも製作業の方が忙しいぐらいに多くの作品を手がけている。

 監督はピーター・ハイアムズ。『2010年』のようなSFから『シカゴ・コネクション/夢みて走れ』のような刑事物まで幅広い作品を手がける。最近は『ヤング・ブラッド』(2001)や『サウンド・オブ・サンダー』(2004)など冴えない作品が多いが、脚本も書けば撮影監督もやるという多芸ぶり。この作品でも撮影も担当している。

 近未来の2004年(今となっては過去だが)、タイムマシンが実用化され過去へのみ時間旅行が可能になっていた。そこで過去を変革することで現在に影響を及ぼすことを防ぐために時間警察が設立された。彼等こそ時間を守る“オタスケマン”……じゃなくて時空管理委員会タイムコップ。
 ヴァン・ダムはそのタイムコップ隊員の一人。元同僚が1929年の大恐慌に飛び、暴落しまくった株を買いあさって未来で高値になったところを売ろうと企んでいるところを逮捕する。そこで、元同僚個人の犯罪ではなく、時期アメリカ大統領候補が黒幕として存在していることを知る。

 時間移動して現れる時に、むにゃ?んと空間が歪む。今見るとちゃちなCGだが、これが意外と効果的。走ってくるトラックの前に現れるシーンなど面白い。
 ただ、タイムマシンはロケットにて高速で水平発射されるタイプなので、そのタイムマシン本体も一緒に消えるのだが過去に現れるのは人間だけ。マシンがどうなってしまうのかは謎。それと、移動している運動エネルギーはどうなってしまうのか。タイムトラベル時に消費するのか?原案の二人はダークホース・コミックス社の人間だし、細かい理屈よりも見た目優先なんだろう。
 タイムマシンや2004年の未来カーをデザインしたのは『ブレードランナー』などのシド・ミード。正直、両方とも感心するデザインではない。特に未来カーは普通の車に白いデコボコの板をゴテゴテと貼りまくっただけだし、中は宇宙船のコクピットのように閉鎖的で息が詰まりそうだ。
 SFメインなのでアクションは控えめ。ただ、またもやヴァン・ダムは脱ぐ。自宅で床にこぼれた水に致死的電流ガンの電流が流れるのを防ぐために流しに180度開脚のシーンもきっちりパンツ一丁。
 ストーリーとしては早い段階で悪役がはっきりしてしまうのと、「こいつは裏切るだろうな」というのが分かってしまうので少々物足りない。“同一の物は同一の場所に存在できない”というのも理屈が謎。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズでドクも同じようなことを言っていたが、あれは気絶するだけだったはず。ところがこちらはグチャラグチャラのドロンドロン。
 タイムマシン物と言えばタイムパラドックスだが、この作品ではかなりお粗末。死んだみんなは過去を変えて生き返らせちゃえばいいじゃんとお気楽なもの。
 ラストでヴァン・ダムは生まれてこなかったはずの10歳の息子が生きている世界に帰ってくることになるが、この場合は息子と10年を過ごしたヴァン・ダムはどこへ行ってしまったんだろうか?同様の疑問は『バック・トゥ・ザ・フューチャー1』のラストでも感じたことだけど。成功した両親たちと暮らしてきたマーティーの存在はどうなっちゃったの?

B000KGGC1K.jpg『ダブル・インパクト』(1991) DOUBLE IMPACT 110分 アメリカ

監督:シェルドン・レティック 製作:アショク・アムリトラジ、ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ポール・マイケル・グレイザー 製作総指揮:モシュ・ディアマント、チャールズ・レイトン 脚本:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、シェルドン・レティック 撮影:リチャード・クライン 音楽:アーサー・ケンペル
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ジェフリー・ルイス、アロナ・ショウ、アラン・スカーフ、フィリップ・チャン・ヤンキン、ボロ・ヤン、コリー・エヴァーソン、エヴァン・ルーリー

 公開時のあおり文句は「ヴァン・ダムが二人でインパクトは二倍」だったが、当時の感想としては「ヴァン・ダムが二人でインパクトは半分」だったかな。
 香港の白人事業家が襲われ、夫婦は殺されたが赤ん坊だった双子は生きたまま離ればなれになってしまう。一人はロサンゼルスでエアロビクスと空手を教えていて、もう一人は香港で犯罪者となっている。もちろん、お互いの存在は知らない。
 ロサンゼルスヴァン・ダムの育ての親で事業家のボディーガードだった男が25年かけてようやくことの陰謀にたどり着き、香港ヴァン・ダムと合流して親の敵を討つために戦いを始めるのだった。
 それにしても25年も経つのにあまり老けてないな?悪人の皆さん。悪人こそ長生きするのか?

 まず、双子という設定があまり活かされていない。勘違いされたり、お互いの動きがシンクロしてしまったりと双子ネタが満載だったジャッキー・チェンの『ツイン・ドラゴン』(1992)と比べるとあまりにもったいない。ただ、『ツイン・ドラゴン』の方が1年後なので、香港で撮影された『ダブル・インパクト』の影響を受けている可能性はある。
 最初はまだ双子それぞれの個性も違うのだが、終盤の戦いでは双方共に血みどろの戦いを繰り広げてそれが同じような戦い方なので区別が付きにくい。
 戦い方でも洗練された空手のロサンゼルスヴァン・ダムと喧嘩殺法の香港ヴァン・ダムみたいに分けることができたと思うのだが。都会的で洗練されたロサンゼルスヴァン・ダムに恋人が寝とられるんじゃないかと邪推しコンプレックスを抱く香港ヴァン・ダムはちょっと面白かった。
 監督は『ライオンハート』に引き続いてシェルドン・レティック。この人は脚本家出身であまりアクションを撮るのが上手くない。最近のハリウッド映画だと主に香港などからアクション監督を呼んで殺陣を付けてもらい、格闘の専門家ではない一般の俳優でもそれなりのアクションを見せることが出来るようになっている。数日前に『トランスポーター2』を観たが、元オリンピックの水泳飛び込み選手だから運動神経は抜群とはいえ格闘技経験はないだろうジェイソン・ステイサムに見事な格闘アクションを披露させていたのはアクション監督のコリー・ユン(『シンデレラ・ボーイ』の監督の人)がいたからだ。
 この頃にそういったシステムが出来て空手など格闘系アクションの撮り方が成立していなかったのは残念。また、やたら回し蹴りと撮ってばかり。ボクシングなどの殴り合い中心だったハリウッドの格闘映画からしてみればアメリカ人にはまだ新鮮だったのだろう。すでに香港映画のアクションに慣れ親しんでいた日本人にはやはり物足りない。ヴァン・ダム自身もそれを感じていたのだろう、数年後に本場香港からジョン・ウーを呼んで『ハード・ターゲット』(1993)の監督としている。ちなみに、すでにジョン・ウーを意識していたのかM92Fでの二丁拳銃が活躍する。ハトも飛ぶがこちらは多分関係ない。
 それでもアメリカではヒットしたようで、映画人としてのヴァン・ダムはこの頃からしばらくが一番充実していたのかも知れない。

B001F4C6PC.jpg『ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ ファースト・シーズン』(2008) TERMINATOR: THE SARAH CONNOR CHRONICLES 392分 アメリカ

製作総指揮:ジョシュ・フリードマン、ジョン・ワース
出演:レナ・ヘディ、ーマス・デッカー、サマー・グロー、リチャード・T・ジョーンズ

『ターミネーター』(1984)で未来の救世主を産むことになるという理由で命を狙われながらもターミネーターを倒し、『ターミネーター2』(1991)ではその救世主ジョン・コナーを守り抜き、スカイネットの元となる研究も爆破したサラ・コナーを主人公とした物語。です
 時間軸的には『ターミネーター2』と『ターミネーター4』(2009)を繋げる話しでしてTV独自の番外編ではなく正伝であります。
 ターミネーターはこれまでシュワルツェネッガーの筋肉モリモリT-800からT-1000のスリムなリキッドメタルタイプ、美女タイプT-Xと出てきましたが、今回は男ターミネーターに混ざって、ジョンとサラの味方となる美少女ターミネーターTOK715が登場します。なんかATOKっぽいモデル名な気がするのは私だけですか。ATOK715となると本人が書こうとする以上の文章を勝手に入力してくれそう。MS-IMEなんてOSのオマケですよ。やっぱATOKですよ、2月6日にバージョンアップですよ。一太郎なんてATOKのオマケですよ。
 日本のコミックやアニメに触れている身からすると「やっとかよ」という感じがしなくもないですが、感情を持たない機械の(作中ではまたサイボーグって言ってますが、アンドロイドですよね)美少女ターミネータが次第に人間を学んでいく。そこら辺は『T2』でやったことですが、シュワルツェネッガーがやるのと美少女がやるのとではまた違った味わいがあるってもんです。
 ちなみに美少女ターミネーターの名前はキャメロンと言います。1,2の監督であるジェームズ・キャメロンからとったギャグなんでしょうね。最初はずっとキャメロンと呼んでいるので、苗字じゃなくて名前で呼んでやれよと思いましたが、キャメロン・ディアスみたいに名前でも使われてますねそういえば。
 スカイネットの元は破壊したはずなのに、何故機械が人間に戦争を始める審判の日が起きることになっているのか。スカイネットを作るのは誰なのか?
 そして、地味な脇役ですが、サイバーダイン社爆破犯容疑でサラ・コナーを追うFBI捜査官もこれが普通の事件ではないことに次第に気づいていきます。
 アクションはありますが、TVシリーズなんで控えめ。どちらかというとサスペンス的要素の強いストーリー展開で、1話観始めるとなかなか途中で止められない。ファースト・シーズンは全9話と小シリーズなのが救いです。1年半ほど前に今さら『ツイン・ピークス』を観返し始めた時は生活がボロボロになりました。これが『Xファイル』にでもハマろうものなら、止められない止まらないでえらいことになるでしょう。
 最近、NHKのBSハイビジョンで『刑事コロンボ』シリーズの再放送が始まりましたが、TV放映なら素直に待つしかないし、1話完結ですからそこまであとを引かない。
 ファースト・シーズンというからにはセカンド・シーズンもあるわけで、こちらは長目で全22話が今年の4月17日までアメリカでは放映されるようです。その22話から『ターミネーター4』に繋がるんでしょう。……ってことは日本の観客はどうすればいいの?日本でもリアルタイムかそれに近いタイミングで急いでリリースしてよ。
 舞台は2007年ですんで、ぶっちゃけていうと「『ターミネーター3』はなかったことに」というわけです。ファンから評判悪かったですからねぇ、あれ。オレは好きなんですけど。ジョン・コナーは不細工すぎたしヒロインもオバサンタイプであれでしたけど。

追記:と思ってたら『ターミネーター4』の監督はこのシリーズとは関係ないと発言しているそうです。『T4』は『T3』の続きになるのか?それから『T6』まで作る気みたいですね。どうなることやら。

B001G9EBWM.jpg『地球の静止する日』(1951) THE DAY THE EARTH STOOD STILL 映画 92分 アメリカ

監督:ロバート・ワイズ 製作:ジュリアン・ブロースタイン 原案:ハリー・ベイツ 脚本:エドマンド・ノース 撮影:レオ・トーヴァー 編集:ウィリアム・レイノルズ 音楽:バーナード・ハーマン
出演:マイケル・レニー、パトリシア・ニール、ヒュー・マーロウ、サム・ジャッフェ、ビリー・グレイ、フランシス・ベイヴィア、ロック・マーティン

 現在、リメイク版の『地球が静止する日』(2008)が公開されているが、そのオリジナル版。「地球“の”」と「地球“が”」とタイトルがちょっと違う。
 ある日、ワシントンの野球場に空飛ぶ円盤が着陸する。降りてきた宇宙人が差しだそうとした情報端末を武器と勘違いした軍人がガバメントを発砲し宇宙人は負傷。収容された軍の病院で宇宙人クラトゥは各国の代表者を一堂に集め会見したいと申し出るが、東西冷戦の時代でソ連は「モスクワで行うなら参加する」と言い、ある国は「モスクワで行うなら参加しない」と意見がまとまらない。
 要求が通らないと感じたクラトゥは病院を抜け出し、地球人を観察するためにある下宿屋に部屋を借りる。そこで第二次大戦のアンツィオで夫を亡くした未亡人とその息子と知り合う。
 人間の文化を学びながら、クラトゥは円盤を調べるために各国から集められた科学者の一人とコンタクトを取ることに成功する。科学者はみなに話しを聞かせるためにはインパクトのあるデモンストレーションが必要だと告げる。
 そして、地球は静止した。

 宇宙にはロボットによる警察組織があって、自分の星の中で殺し合いをやっている内はかまわないが、他星に危害を加えた時には宇宙の塵にされてしまうのだ。地球人が原子力を手にしたため、それを宇宙に持ち出して他星を攻撃するのではと危惧した宇宙人が警告をしに来たのである。
 地球人に平和を守るように伝えに来る宇宙人だが、それは地球人の進歩発展を願ってのことではない。
 考えようによってはこの宇宙人はアメリカの姿ではないだろうか。世界の警察を気取り、問題を起こせば容赦なく軍事的に攻撃してくる。信頼によってではなく監視によって成り立つ平和。自由な戦争と不自由な平和では不自由な平和の方が良いことは確かだが、より良いのは自由な平和だ。悪さをすれば宇宙人に殺されるから平和を守るというのもどこか窮屈だ。
 クラトゥは友好的な宇宙人ではあるが、傲慢さも感じてしまうのはオレがひねくれているからだろうか。

B00005HBNF.jpg『ダコタ荒原』(1945) DAKOTA 82分 アメリカ

監督:ジョセフ・ケイン 製作:ジョセフ・ケイン 原作:カール・フォアマン、ハワード・エスタブルック 脚本:ローレンス・ハザード 撮影:ジャック・マータ 音楽:ウォルター・シャーフ
出演:ジョン・ウェイン、ヴェラ・ラルストン、ウォルター・ブレナン、ウォード・ボンド、オナ・マンソン、ヒューゴ・ハース、ボビー・ブレイク

 ジョン・ウェインと蒸気船の船長ウォルター・ブレナンの掛け合いが『リオ・ブラボー』(1959)を思い出させる。もちろん、そちらが後なんだが。
 ウォルター・ブレナンは蒸気船を浅瀬に座礁させてしまい、乗客であるジョン・ウェインとその新妻や部下の水夫長の黒人(長といっても部下なし)を船から逃がし、一人船に留まる。船長は船と運命を共にするのかと思いきや、「お前は性悪女と同じだ」と蒸気釜の圧力を目一杯に上げて逃げ出し船は爆発。船無き船長はジョン・ウェインと共にダコタの街を訪れる。
 呑気なコメディだと思っていたら、新妻が鉄道会社の社長令嬢だったことから街を支配するウォード・ボンドが街まで鉄道が延びてくると思いこみ、小麦を作っている農民たちの土地を奪おうと画策しはじめ、次第にきな臭くなってくる。
 ウォード・ボンドも『リオ・ブラボー』にジョン・ウェインに加勢を申し出る友人役で出演しており、西部劇ファンにはお馴染みの顔。悪役は珍しいと思うが、タフな顔つきなので違和感はない。
 監督のジョセフ・ケインは1930年代末から50年代にかけて西部劇を中心に数多くの作品を撮った人。当時の人は劇場でこの人の作品に出会えたろうが、現在の日本で観ることが出来るのはほんの数本だけ。忘れ去られていくのがこれらの量産された娯楽映画やそれを手がける職人監督の宿命なのかも知れない。でも、残る物もある。それにアメリカではちゃんとDVDになっている。米amazonを覗いてもウェスタンのDVDのタイトル数は尋常ではなくて、アメリカ人の全員ではないだろうが、ほんとーに西部劇が好きな人がいっぱいいて、マイナーな作品でも売れる市場が成立しているのだろう。対する日本では、名作と言われる作品ですらなかなかお目にかかれないタイトルもあり、低予算・短期間で撮られたプログラム・ピクチャーには現存すら怪しいのも多いだろう。今さら観直す価値があるかは確かに不明だが、だからといってなくなって良いという理由にはならない。映画には娯楽としての消耗品という側面だけではなく、文化という側面もある。国会図書館があるんだから、国会映画館も造って日本で公開された映画、いや外国映画は著作権の問題もあるから難しいかも知れないが、日本で製作された映画は全て収録してそこへ行けばどんな作品でも観ることが出来るようにすべきではないだろうか。

 作品としては並みの出来。ジョン・ウェインとその仲間が出ていなければここに文を書くこともなかったろう。しかし、新妻の尻に敷かれつつあるジョン・ウェインやコメディリリーフのウォルター・ブレナン、食えない黒幕のウォード・ボンドが観られただけでオレとしては価値がある。

img439dcb33zik9zj.jpg『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』
(2008) TROPIC THUNDER 107分 アメリカ

監督:ベン・スティラー 製作:ベン・スティラー、スチュアート・コーンフェルド、エリック・マクレオド 原案:ベン・スティラー、ジャスティン・セロー 脚本:ベン・スティラー、ジャスティン・セロー、イータン・コーエン 撮影:ジョン・トール 編集:グレッグ・ヘイデン 音楽:セオドア・シャピロ
出演:ベン・スティラー、ジャック・ブラック、ロバート・ダウニー・Jr、ブランドン・T・ジャクソン、ジェイ・バルチェル、ダニー・マクブライド、スティーヴ・クーガン、ビル・ヘイダー、ニック・ノルティ、ブランドン・スー・フー、レジー・リー

『ゲームセンターあらし』の主人公あらしが静電気を発生させてゲーム機を操る技ですな。って、それはエレクトリックサンダーだっつーの。とりあえず、いきなり卑怯な技で笑わせてくれます。

 ベトナム戦争時、捕虜になったアメリカ兵を救助するために敵地に侵入した特殊部隊のほとんどが戦死しながらも任務をやり遂げた作戦があった。そのエピソードを映画化することになったが、ベトナムロケのスケジュールは押しているし予算は足りない。おまけに役者はワガママで妙なヤツ揃いと来ている。
 その作戦で数少ない生き残りの原作者(ニック・ノルティ)とパイロテクニシャン(爆破SFX担当者)が一計を案じ、監督をそそのかしてジャングルの中に隠しカメラを仕掛け、彼らをそこに放り出す。隠し撮りの要領で臨場感溢れる映像を撮ろうというわけだ。
 ところが、前に立って一歩踏み出した監督が吹き飛ぶ。彼らは「これは俺たちを驚かせ本気にさせようということだな」と思うが、実は埋設されていた本物の地雷に吹き飛ばされてしまったというとんでもない勘違い。
 彼らの前に麻薬密造組織が現れるが、敵役の役者だと信じ込んだ彼らは空砲しか撃てないM-16などで戦いを始める。はてさていったいどうなることやら。

 監督・脚本・主演ベン・スティラーの俺映画。コメディ畑から育ってきた人だが、デビュー以前から自主映画を撮っていたなど映画製作の意欲は強いようだ。俺映画は一歩間違えると本人の思いこみだけの作品になってしまうが、コメディに強いだけあって客観視する能力に長けているようで、共演者にもちゃんと見せ場を作りその魅力を引き出し、内容も一方的に語るだけではなく観客に理解させようとしている。そして最後には自分が一番美味しいところを取っていっても嫌味にならない。才人である。
 粗筋を聞いた時はビル・マーレーの『知らなすぎた男』の様な徹底して勘違いしたままかと思ったが、途中から彼らは腹をくくり結構本気の戦争映画になっている。ドッカンドッカン大爆発につぐ大爆発。
 死体を使ったグロテスクなネタや、幼い子供を放り投げるなどどぎついギャグもあるので好みに合わない人もいるだろうが、スター俳優としての盛りを過ぎ、挽回しようとした映画は大コケの上に批評家の評価も最悪。そんな主人公のベン・スティラーが自信を取り戻し役者として再生する物語でもある。
 ヤク中でデブのコメディ系俳優役のジャック・ブラックや、役作りにのめり込みすぎるロバート・ダウニー・Jrなどメンツが濃い濃い。ロバート・ダウニー・Jrがあれこれそれっぽいことを一々重苦しく言うのが笑える。しかし、見事なぐらい女性の登場シーンが少ない。
 ラストは人が多く集まるある会場だが、そこにはジョン・ヴォイトが。ほとんどチラッとしか映らないカメオ出演のような物だけど。そういえばベン・スティラーとジョン・ヴォイトは『ズーランダー』で親子を演じていたか。
 ネタ、内容、メンツなどなど女性にはあまりウケないだろうなというのは個人的偏見。
 トム・クルーズも出てるそうだけど分からなかった。というか、帰ってきて調べたらこんなの分からんわ。トム・クルーズファンは怒るのかなぁ。
 断じておバカ映画ではない、バカ映画である。

B00005G0DM.jpg『タロス・ザ・マミー/呪いの封印』(1998) TALOS, THE MUMMY 120分 アメリカ

監督:ラッセル・マルケイ 製作:ダニエル・ジャクブ・スラデック、ジェフリー・ホワイト 製作総指揮:シルヴィオ・ムラグリア、ロメイン・シュローダー 脚本:ジョン・エスポジート、ラッセル・マルケイ、キース・ウィリアムズ 撮影:ガブリエル・ベリスタイン 音楽:ステファノ・マイネッティ
出演:クリストファー・リー、ジェイソン・スコット・リー、ルイーズ・ロンバード、ショーン・パートウィー、リセット・アンソニー、マイケル・ラーナー、ジャック・ダヴェンポート、オナー・ブラックマン、シェリー・デュヴァル

 クリストファー・リーは冒頭のエジプトでの発掘現場の学者としてちょっと出演しているだけ。新しい墓を見つけて仲間と共に中にはいるが、錯乱を起こしてその墓を爆破して本人もしまう。もちろんここからはクリストファー・リーの出番はなし。
 そして数十年後、再び発掘が再開され、墓の中が調べられ、そこに収められた主がタロスという人物であったことが判明する。タロスのミイラはイギリスはロンドンに運ばれ展示されるが、ある日突然行方不明になってしまう。
 その頃、ロンドンの街では猟奇殺人が多発していた。人が襲われては眼球だけをえぐり出されて殺されるとか、肺だけを取られるとか行ったケースなのだ。もうお分かりだろうが、ミイラは人間を襲って生身のパーツを集めて復活を謀っていたのだ。
 もっとも重要なのは心臓。そしてその心臓の持ち主は意外な人物だった。

 ラッセル・マルケイとしてはごく平凡。ミイラ物としても平凡。
 ミイラは細い布状態で移動し人を襲うのだが、古い亜麻布なので真っ白ではなく黒っぽく汚れている。CGIでその布が移動し迫ってくる様子はどうみても昆布が襲いかかってくるようにしか見えない。返り討ちにして味噌汁の出汁を取ってやろうかという感じだ。
 特に、風呂場に侵入してお湯まみれになったミイラの布は本当に昆布。そう言えば、ミイラってかつては漢方薬の材料として使われてたんだよな。なんだ、ミイラなんて人間は食っちゃうんだな。

 ラストで「この人物が実は」というちょっとしたドッキリはあるが全体的に退屈。ミイラが怖くないってのはさすがにつらい。
 地下駐車場で男がミイラに襲われるシーンで『ハイランダー』をちょっと思い出したが、派手なアクションになるわけでもなくあっと言う間に終わる。
 ラッセル・マルケイの長所であるテンポの良さと切れの良いアクションがないので、凡作ホラーの範疇を出ていない。
 猟奇殺人事件を追い超自然の世界に巻き込まれていく刑事役のジェイソン・スコット・リーが好演していたのが救いか。

B000M2DM74.jpg『チャック・ノリスの地獄の復讐』(1982) FORCED VENGEANCE 91分 アメリカ

監督:ジェームズ・ファーゴ 製作:ジョン・B・ベネット 脚本:フランクリン・トンプソン 撮影:レックスフォード・L・メッツ 音楽:ウィリアム・ゴールドスタイン
出演:チャック・ノリス、メアリー・ルイーズ・ウェラー、マイケル・キャヴァノー、リチャード・ノートン、デヴィッド・オパトッシュ

 チャック・ノリス若ぇ?……え?
 比較的初期の作品だが遅咲きのデビューなのですでに40過ぎ。しかも老け顔なので最近の作品とあまり変わらないかも。
 顔はあまり変わっていなくても身体の動きはさすがに違う。動作の一つ一つにキレがあるね。チャックさんの決め技である回し蹴りも『チャック・ノリスin地獄の銃弾』と比べるとヒットする位置が格段に高い。手技はまだまだ現役だけど、足技は年齢がはっきりと出る。
 今回のチャックさんは香港のカジノで働く用心棒。乗っ取りを狙う敵対組織に尊敬するボスを殺され、復讐のために敵組織をぶっ潰す。敵と戦い殺して殺して殺して殺す。空手とクロームメッキのコルト45オートが大活躍。
 監督のジェームズ・ファーゴはクリント・イーストウッドの『ダーティーハリー3』(1976)や『ダーティーファイター』(1978)をすでに手がけていた人で実力はあるのだろうが、空手・カンフーの格闘戦の描き方はあまり上手くない。もっとも、この時代のハリウッド畑の監督にそいつを求めるのが無理な注文なんだが。
 巨大なネオンサインをバックに悪投とチャックさんが戦うシーンが一番派手なのだがネオンの明かりで二人とも影にしか見えない。どうもチャックさん役はスタントマンっぽいんだが、もしそうならちと残念。
 最近の香港の風景も派手だが、80年代初期の香港はさらに派手。ヨーロッパの落ち着いた街並みは絵になるが、ネオンサインが過剰すぎる香港もここ猥雑すぎるといっそ絵になる。日本の地方都市なんかは絵にならんなぁ。

 映画とは関係ないが、『チャック・ノリスが出演したマウンテン・デューのCM』は大笑いできるぞ。チャックさんは敵に回すと怖ろしいのだ。
 マウンテン・デューのCMには『スティーヴン・セガールがその気がないのにコンビニ強盗を退治してしまう』というのもあり、肉体派というイメージのソフトドリンクなんだろうか?微炭酸だしメローイエローみたいなんだがなぁ。

B001B4V8XW.jpg『トランザム7000 VS 激突パトカー軍団』(1980) SMOKEY AND THE BANDIT II 101分 アメリカ

監督:ハル・ニーダム 製作:モート・エンゲルバーグ 製作総指揮:ロバート・L・レヴィ 原案:ハル・ニーダム、ロバート・L・レヴィ 脚本:ジェームズ・リー・バレット、チャールズ・シャイア、アラン・マンデル 撮影:マイケル・C・バトラー 音楽:スナッフ・ギャレット
出演:バート・レイノルズ、サリー・フィールド、ジャッキー・グリーソン、ジェリー・リード、ドム・デルイーズ、ポール・ウィリアムズ、パット・マコーミック、ジョン・アンダーソン、ナンシー・レネハン

 主人公バンディット(バート・レイノルズ)は前作『トランザム7000』での活躍で人気者になったが図に乗りすぎて失敗し、恋人のキャリー(サリー・フィールド)には逃げられ今では安モーテルで酒浸りの毎日を送っている。
 そこへ相棒のトラック運転手スノーマンが大仕事を持ち込んでくる。マイアミの港からテキサスのダラスまである荷物を運べば40万ドルになるというのだ。スノーマンはジャスティス保安官(ジャッキー・グリーソン)の息子と結婚式の最中だったキャリーを呼び出し、一緒になってアル中寸前だったバンディットを鍛え直し、荷物の到着にあわせてマイアミへと向かう。
 港の保管倉庫で目的の1444番の荷物を探し出すとこれがなんとも大きな箱。開けてみると中にいたのは一頭の象。シャルロットと名付けたその象をトラックへと積み込みバンディットが運転するポンティアック・ファイヤーバード・トランザムがガードする形で出発するが、アホ息子の結婚式を台無しにされたジャスティス保安官が執拗に追跡してくる。
 一行は無事にダラスにたどり着けるのだろうか?

 トレーニングのために美容クラブのお腹の贅肉をベルトでブルブルさせるマシンにかけられるバンディット。スノーマンの愛犬フレッドとジョギングをするバンディット。運転の勘を取り戻すためゴーカートで子供たちと競争するバンディット。ここらへんはまぁ分かる。
 だが、競馬場でゲートが開くと同時に馬と競走するバンディットはさすがにワケが分からん。何故に競馬場。何故に馬。しかも馬に走り勝つバンディット。すげぇよあんた。
 だが身体は元に戻っても心はそう簡単に戻らない。一度有頂天になったことで肥大しすぎて崩壊した自尊心を抱え他人を思いやる心を失ってしまったバンディットはすっかり嫌な人物になってしまっている。そんなバンディットはこの仕事を成功させることで自信を取り戻そうとしており、シャルロットが妊娠していることが判明したり、子象を産んでも強引に運ぼうとする。そんなバンディットに再び失望したキャリーは再びバンディットの元を去る。
 仕事を成功させて自尊心を取り戻すか。それとも別の道を進んで人間らしい心を取り戻し自分を好きになるか。バンディットが選んだのがどちらかはラストで判明する。困難な仕事を成功させることだけがヒーローの役目ではない。

 バンディットが『トムとジェリー』のジェリーないし『ロードランナー』のロードランナーだとしたら、ジャスティス保安官はトムないしワイリー・コヨーテ。両カトゥーンでも分かるように時に主人公側以上に魅力的なのが悪役。バンディットをつけ狙うのは保安官としての正義心よりも単に憎くて嫌いだから。コテンパンにしてやろうと企んでいて、あの手この手でバンディットを捕らえようとするがいつも失敗ばかり。しかもパトカーに同乗している保安官助手である息子はボンクラだから、そりゃ血圧も高くなる。
 ジャッキー・グリーソンは『ジャッキー・グリーソン・ショー』というTV番組も持っていたぐらいにアメリカでは人気のあったコメディアン。
 終盤では助っ人として兄弟を呼んで一人三役をこなす。一人はゲイロードという名前でオカマさん。名前のまんまの設定だ。では三兄弟ならではの大活躍をするかというと、そうでもなく単なる一発ギャグに近い。

 カースタントが多い作品で、一つ目の目玉がバンディットとジャスティス保安官のカーチェイスに巻き込まれての木製ジェットコースター大崩壊。さすがに最初から取り壊しが決まっていたジェットコースターなのだろうが、ドドドドッと崩れていく様子は圧巻。
 そして終盤での数十台ものパトカー軍団との戦い。さすがのバンディットもトランザム一台だけでは分が悪い。そこへスノーマンがトラックで応援に駆けつける。しかし、トラックが一台来たところで……ところがスノーマンのトラックの後に隠れていた他のトラックが一台また一台と姿を現す。そしてトラック軍団とパトカー軍団の戦いが始まった。
 数では若干勝っているとはいえ、大きさがあまりにも違いすぎパトカーがトラックに敵うはずがない。左右真っ二つにされたり、前後に千切れてしまったり、屋根がすっ飛んでオープンカーになってしまったりとパトカーは散々な目に遭い、ついにはスクラップと化したパトカーの山が出来る。それでもパトカーの警官たちは大した怪我もしていない様子で、ゴソゴソとひっくり返ったりしたパトカーからゴソゴソと這い出してくる。これのおかげで悲惨さを感じずにすっきりと大笑いできる。

 監督のハル・ニーダムは1931年のテネシー州生まれ。西部野郎ということで前に撮影風景を写した写真を見たことがあるがちゃんとカウボーイハットをかぶっていた。
 朝鮮戦争ではパラシュート降下兵として戦ったそうで、その経験を生かして帰国後は映画界に入り第一線のスタントマンとして活躍した。
 スタントマンという職業は肉体を酷使するという仕事柄、長年続けるというのは難しい。ハル・ニーダムはスタントマンを引退するとスタント・コーディネーターになり、こちらでも実力を発揮。『ロンゲスト・ヤード』(1974)や『ニッケル・オデオン』(1976)などバート・レイノルズ主演・出演作でスタント・コーディネーターを務めた縁からかバート・レイノルズ監督・主演作の『ゲイター』(1976)ではB班監督を任される。B班監督とは監督が参加しないシーンで演出を担当する仕事で、『ゲイター』は縁がなくてまだ観たことがないのだが、かなりアクションが多い映画なのでスタントシーンを任されたのだろう。
 そして翌1977年にはバート・レイノルズ主演の『トランザム7000』で監督デビュー。映画はヒットし、その後も『グレートスタントマン』などバート・レイノルズ主演作を中心に活躍することとなる。
 あるスタントマンへのインタビューで「尊敬し目標とする人物はハル・ニーダムです」と答えているのを読んだことがある。スタント・コーディネーターになるだけでも大変なのに、監督となってヒット作を何作も作っているハル・ニーダムは大成功した人物なのだ。
 ハル・ニーダム監督作にはエンド・クレジットの最中にNGシーンが流れるというお約束がある。ハル・ニーダム監督作『キャノンボール』(1980)に出演したジャッキー・チェンの映画もNGシーンがお約束だが、ジャッキーが始めたのは『プロジェクトA』(1984)からだと思うので、ハル・ニーダムから学んだのではないだろうか。

 タイトルは『トランザム7000』だがファイヤーバード・トランザムの排気量は6600cc。だから厳密には『トランザム6600 VS 激突パトカー軍団』とすべきだが、あまりにも語呂が悪い。それにしても6600ccとは燃費とか省エネとかまったく考えていない設計だ。ハイオク仕様だろうし。途中でトランザムに給油するシーンがあり料金が24ドルだった。どれだけ給油したのかは分からないが、当時のアメリカはガソリンが安かったのだろう。
 パート2だから『トランザム70002』でもよさそうだが、『トランザム七万二』にしか見えんな。

B001FO0UDM.jpg『大空港』(1970) AIRPORT 136分 アメリカ

監督:ジョージ・シートン 製作:ロス・ハンター 原作:アーサー・ヘイリー 脚本:ジョージ・シートン 撮影:アーネスト・ラズロ 美術:E・プレストン・エイムス、アレクサンダー・ゴリツェン 編集:スチュアート・ギルモア 音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:バート・ランカスター、ディーン・マーティン、ジーン・セバーグ、ジャクリーン・ビセット、ジョージ・ケネディ、ヘレン・ヘイズ、ヴァン・ヘフリン、モーリン・ステイプルトン、バリー・ネルソン、ダナ・ウィンター、ロイド・ノーラン、バーバラ・ヘイル

 シカゴのリンカーン空港は10年に一度の大雪に見舞われていた。
 メインの2-9滑走路で着陸したジャンボジェットが雪だまりでスタックしてしまい立ち往生してしまう。代わりの2-2滑走路は住宅地に近く、離着陸を行うと住民から苦情が来るので一刻も早くジェット機をどけなければならない。
 空港長のベイカースフェルド(バート・ランカスター)や保安係のパトローニ(ジョージ・ケネディ)、管制官など空港職員は事態を収拾させるためにてんてこ舞いの大忙し。ベイカースフェルドの妻はホテルのディナーに出かける約束を破られて「あなたは私よりも仕事が大事なのね」と離婚話を持ち出してくるがそれどころじゃない。
 密航の常習犯である老婦人が捕まったり、税関では密輸品を持ち込もうとした夫人が職員に見破られたり様々な事件が起こる中、ディーン・マーティンが機長を務めるローマ行き707ジェット旅客機に爆弾が詰まったアタッシュケースを持った男が乗っていることが判明した。仕事に失敗し借金を抱えた男(ヴァン・ヘフリン)は20数万ドルの生命保険をかけており、飛行機事故に見せかけて死ぬことで家族に金を残そうというのだ。
 100人を越える乗客・乗員を道連れにして。

 無茶な表現をすればジョン・マクレーンとテロリストの出てこない『ダイハード2』である。『ダイハード2』を観たときには「『大空港』じゃんか」と思ったものだ。
 電話や無線で会話をするシーンが多いが、そこで画面分割が多用されている。二分割は当たり前、三分割に四分割。さらにはアニメかコミックみたいに丸枠の中に人物が表示される。オレが“画面分割”という単語で真っ先に思いつくのが『ロンゲスト・ヤード』(1974)だが、現在ではあまり見かけない。1970年代的手法ということなのだろうか。
 そういえばこの間、香港の『かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート』(2006)で250以上に分かれる画面分割シーンが見たがあれはギネス記録物であろう。
 大作パニック映画ということでオールスターキャストだが、ただ顔ぶれを揃えただけではなくそれぞれの個性を活かした配役となっている。
 バート・ランカスターは自らの仕事に誇りを持つあまり家庭をないがしろにしている。妻の言動にはむかついたが、よくよく考えれば愛想を尽かされても仕方がない面もある。しかも航空会社の女性とはちょっと良い雰囲気だし。
 この手の作品への出席率が皆勤賞に近いジョージ・ケネディは現場のプロ。スタックしたジェット機を移動させるためあの手この手を尽くす。頼れる男だ。
 ディーン・マーティンは有能なパイロットなのだが例によって女たらし。女性フライトアテンダントと不倫関係にあり、今回のフライト直前に機内で彼女から妊娠したと伝えられたばかり。最初は「堕ろせよ」ですますが、爆弾事件で彼女が負傷し父親としての自覚が生じてくる。ただ、ラストで登場する本妻があまりに可哀想。
 他にもレーダーとにらめっこで旅客機に正確かつ的確な指示を出す管制官、滑走路で雪まみれになって働く作業員たち。みんなプロだ。
 そんな男たちを押しのけて美味しい見せ場を持って行ってしまうのが密航常習犯のクォンセット夫人(ヘレン・ヘイズ)である。子供に会うためにしょっちゅう飛行機に密航してはニューヨークにやってきているのだが、バート・ランカスターに説明する手口は実に鮮やか。しかも、肝っ玉が座っていて罪悪感の欠片もないときてる。そのクォンセット夫人が何故かローマ行き707旅客機に乗っていて、その肝っ玉で大活躍。ラストの搭乗窓口も人を食ったシーンとなっている。アカデミー助演女優賞も納得。
 爆弾が爆発してパニック状態になった機内では、たまたま乗客として乗っていた医者や軍人、シスターなどが怪我人の手当てや人々をなだめて落ち着かせたりと奮闘する。そんな彼らも実に格好いい。
 パニック映画としての迫力と人々のストーリーが見事に融合していて、見応えのある作品だ。

 シリーズ化され『エアポート’75』や『エアポート’77』などを生み出すが、これらは飛行機内が主な舞台なので、よくよく考えると『AIRPORTなになに』というタイトルはどうかと。

B00005JP4T.jpg『大脱獄』(1970) THERE WAS A CROOKED MAN 127分 アメリカ

監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ 製作:ジョセフ・L・マンキウィッツ 製作総指揮:C・O・エリクソン 脚本:デヴィッド・ニューマン、ロバート・ベントン 撮影:ハリー・ストラドリング 音楽:チャールズ・ストラウス
出演:カーク・ダグラス、ヘンリー・フォンダ、ウォーレン・オーツ、ジョン・ランドルフ、アーサー・オコンネル、リー・グラント、ヒューム・クローニン、バージェス・メレディス

 大富豪の自宅を襲い、隠し金庫から50万ドルを奪った強盗団だったが反撃に遭い、ボスのパリス(カーク・ダグラス)だけが生き残る。パリスはガラガラヘビの巣に現金を隠し、街の女郎屋で豪遊する。ところが悪いことは出来ないもので、一文無しになって女遊びは出来なくなった元大富豪がせめてもの楽しみとのぞき穴から覗いた部屋がパリスが遊んでいた部屋だった。丸裸にガンベルトだけで逃げ出そうとするパリスだがあえなくお縄となり、懲役10年の刑を受ける。
 収容されたのは街から80キロも離れた荒野の中の刑務所。こんなところで10年も無駄に過ごす気はないパリスは同房の囚人たちを仲間に引き入れ、脱獄計画を練り始める。

 とにかくパリスが悪党。終盤の刑務所の中で大騒動を起こし、塀をダイナマイトで爆破するという大胆な脱走の中で、仲間は平気で見捨てていくし、彼を友人だと信じ込んでいるウォーレン・オーツは「お前はいつかは裏切るだろう」と射殺して結局は自分一人で逃げ出す始末。
 それに対するは刑務所の新所長ロープマン(ヘンリー・フォンダ)。前所長はパリスを25万ドルと引き替えに自由にする約束が付いていたが騒動の最中に殺されてしまい、代わりに元保安官のロープマンが派遣されてきたのだ。パリスはロープマンも買収しようと試みるがそれを拒否し、清潔で健全な刑務所に建て直し受刑者教育に力を入れようという方針だ。
 脱獄に成功したパリスを自ら追いかけるために馬に乗って刑務所を旅立つロープマンとくるので、これはラストは二人の決斗だなと思いきや、予想だにしなかった形でその決着はついてしまう。そうか、ガラガラヘビが伏線だったか。
 そして50万ドルを手に入れたロープマンは、笑顔で国境を越えメキシコへと渡る。そして「その後、彼は幸せに暮らしました」との字幕が表示される。それでいいのかっ!パリスが「あんたは偽善者だ」とロープマンに言っていたがその通り。正義より金を選ぶ。なんだかんだで笑えるラストだ。

 ユーモラスに始まったオープニングからコメディ西部劇だと思った。実際、コミカルに展開するシーンが多いのだが、脱獄のシーンでは囚人側にも看守側にも死人がかなり出ているのが少し気になる。力業ではなくもっと奇想天外な脱獄方法にして欲しかったが、そうするとパリスの非道振りが描けない。難しいところだ。
 パリスのあっけない最後にしろ、ロープマンが選んだ結末にしろちょっと余分というか鼻につく感じがある。製作年度は1970年。西部劇が断末魔を挙げる70年代に突入したのだ。

B0011ZOJ2I.jpg『ドクトル・ジバゴ』(1965) DOCTOR ZHIVAGO 194分 アメリカ/イタリア

監督:デヴィッド・リーン 製作:カルロ・ポンティ 原作:ボリス・パステルナーク 脚本:ロバート・ボルト 撮影:フレデリック・A・ヤング 美術:テレンス・マーシュ 音楽:モーリス・ジャール
出演:オマー・シャリフ、ジュリー・クリスティ、トム・コートネイ、アレック・ギネス、ジェラルディン・チャップリン、リタ・トゥシンハム、ロッド・スタイガー、エイドリアン・コリ、イングリッド・ピット、シオバン・マッケンナ、ノエル・ウィルマン

 時はロシア革命の頃。赤軍と白軍が戦い合い、国中が大混乱の最中で妻子ある詩人にして医師のジバゴが赤軍の冷酷な将校の妻と出会い恋に落ちるというメロドラマ。壮大なスケールで描かれる不倫劇なわけだ。
 これが以外と面白かった。自分たちの国が明日どうなるか分からないのに不倫。軍医としてパルチザンに誘拐され2年ほどあっと言う間に過ぎるが、なんとか無事に脱出してそれからどうするかっていうとまず不倫。実の妻と子の立場ねーなー、おい。
 デヴィッド・リーンは結局メロドラマの人だったと思うわけだ。『戦場にかける橋』や『アラビアのロレンス』でオレが感じた違和感は、ここにあるのだろう。歴史物や戦争物よりもメロドラマこそデヴィッド・リーンが撮り続けるべきものだったのだ。『ライアンの娘』も割と面白いし。

B000657NRW.jpg『天使のくれた時間』(2000) THE FAMILY MAN 125分 アメリカ

監督:ブレット・ラトナー 製作:マーク・エイブラハム、トニー・ルドウィグ、アラン・リッシュ、ハワード・ローゼンマン 製作総指揮:アーミアン・バーンスタイン、トーマス・A・ブリス、アンドリュー・Z・デイヴィス 脚本:デヴィッド・ダイアモンド、デヴィッド・ウェイスマン 撮影:ダンテ・スピノッティ 音楽:ダニー・エルフマン
出演:ニコラス・ケイジ、ティア・レオーニ、ドン・チードル、ジェレミー・ピヴェン、ソウル・ルビネック、ジョセフ・ソマー、ジェイク・ミルコヴィッチ、ライアン・ミルコヴィッチ、リサ・ソーンヒル

 クリスマス物には外れが少ない。この『天使がくれた時間』も面白い。
 基本はチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』の変種。主人公のジャック(ニコラス・ケイジ)は過去に愛した女性を捨ててロンドンに留学して、今では経済人として企業買収を行う投資会社の社長として成功し、高級マンションで一番の部屋に住みフェラーリを乗り回す暮らしを送っている。欲しい物はなんでも金で手に入る人生。独身だが、金持ちの彼が女性に不自由することなどない。
 そんな彼がクリスマス・イブのコンビニである黒人に出会う。その謎の黒人はジャックにあるプレゼントをする。それは、彼が恋人を捨てずにアメリカに留まり、彼女と結婚して子供を二人授かり、田舎のタイヤ販売店で働いているという世界。
 最初は途惑い、以前と比べると貧しさに怒っているジャック。ジャックが別人になったのを唯一見抜くのは長女。ジャックは宇宙人に乗っ取られてしまったと考えた彼女は「地球へようこそ」と言う。だが、次第に妻と子供たち、そして素朴な友人知人たちとの暮らしに価値を見出していく。そして、ジャックは家庭人(THE FAMILY MAN)となり、長女はジャックにこう伝える。「おかえり、パパ」。
 だが、幸せを感じるジャックの前に、再びあの黒人が現れこう告げる。
「あんたにはあんたの世界に戻ってもらうよ」

 タイトルに出てくる天使とはその黒人のことだろう。天使によってもしも自分が違う道を選んでいたらどうなったかという別の世界を見せられるというのはアメリカではクリスマスの度に放映されているという定番ムービー『素晴らしき哉、人生!』(1946)でアメリカ人にはお馴染みの設定だ。今作で唐突に現れた黒人が不思議な力でジャックを一つの人生に送り込むという設定もアメリカ人には違和感がないのだろう。
 日本人には「何で、どうして?強引すぎないか?」と感じるだろうが、「これでいいのだ」。
 そしてジャックはもともとの人生に連れ戻されてしまう。だって、田舎で家族と暮らしている人生は自分とは違う選択をした別のジャックの人生だから。
 でも、今の自分にもまだ新しい選択が出来るはず。過去の過ちは正せないが、今度は間違えちゃいけない。そしてジャックは走り出す。

 大金持ちで多少イヤミな男から、いきなり違う人生に放り込まれての途惑いと怒り。そして、次第に妻や子供と打ち解けていって彼らを愛するようになる。それらを見事に演じきっているニコラス・ケイジが相変わらず上手い。
 監督は『ラッシュアワー』シリーズのブレット・ラトナーだが、こんな映画も撮るのか!

B001525JN0.jpg『タイム・マシン』(1960) THE TIME MACHINE 103分 アメリカ

監督:ジョージ・パル 製作:ジョージ・パル 原作:H・G・ウェルズ 脚本:デヴィッド・ダンカン 撮影:ポール・C・ヴォーゲル 音楽:ラッセル・ガルシア
出演:ロッド・テイラー、イヴェット・ミミュー、アラン・ヤング、セバスチャン・キャボット、トム・ヘルモア、ウィット・ビセル、ドリス・ロイド

 時間旅行は人類の夢。ドラえもんのタイムマシンや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアン、『ビルとテッドの大冒険』の電話ボックス型に最近はドラム式洗濯機型まであるようだが、それらの原点がこの『タイム・マシン』。H・G・ウェルズが原作小説の『タイム・マシン』で初めて時間を移動する機械というアイディアを生み出したのだ。
 19世紀末の発明家ジョージは戦争の絶えない現代に絶望している。未来では文明がより進化して平和な世の中が築かれているはずだと考え、自ら作り上げたタイムマシンで時間の旅に出る。しかし、そこに待っていたのは第一次世界大戦に第二次世界大戦。そして1960年代にはついに核戦争まで勃発する。
 この核戦争でロンドンの街が破壊されるシーンは迫力物。『宇宙戦争』(1953)の制作者である監督のジョージ・パルの面目躍如だ。ジョージ・パルはもともとストップモーション・アニメーションの一種であるパペトゥーンで世に出た人。タイムマシンが時間を移動するシーンでは外の様子が刻々と変わっていくのが映し出されるがこれを映像化しているのがストップモーション・アニメーション。
 木の枝に花が咲き小さな実がなる。それが大きくなっていってついには真っ赤なリンゴになるのが1カットで表現されている。他にも通りの向こうの洋品店に飾られたマネキンの服がクルクルと様々に替わっていく。次第にファッションが変化していくことで時間の経過を表している。今のVFX技術と単純に見比べればもちろん見劣りはするが、イマジネーションに溢れたシーンだ。
 そしてついには西暦802701年の未来へとたどり着く。そこはエロイと呼ばれる若者たちが平和そうに暮らすユートピアに見えたが、実は地下に住む種族モーロックに支配された恐るべき世界だった。
 どこまで行っても人類は平和な世の中を作り得ない。映画はハッピーエンドに仕上げてあるが、原作はかなり救いようがない結末だ。そんなH・G・ウェルズの人類への不信と文明の批判が映画からも覗い取れる。
 モーロックとエロイの関係は資本家・権力者と労働者の関係にも似ている。いつの世も労働者は権力者に食い物にされるのだ。しかもモーロックとエロイの場合は本当に“食い物”にされている。
 80万年後の世界なのに普通に英語が通じるのは疑問だが、ジョージと恋に落ちるエロイの女性ウィーナ役のイヴェット・ミミューの可愛らしさの前ではどうでもいいことだろう。原作だと言葉は通じないのだが、そのままだと映画にするのは難しいし、原作と映画はつまるところ別物だからこのぐらいの変更は気にしちゃ駄目だ。
 長い時代に渡って家畜化され無気力で何の疑問も持たないただ生きているだけのエロイが、ジョージの奮闘を見て自分たちも拳を握って立ち上がりモーロックと戦い始める。飼い慣らされた人間がそう簡単に変化するものだろうかとは思うが、やはりこういう展開でないとすっきりしない。

B000X8ERRG.jpg『大地震』(1974) EARTHQUAKE 122分 アメリカ

監督:マーク・ロブソン 製作:マーク・ロブソン 製作総指揮:ジェニングス・ラング 脚本:マリオ・プーゾ、ジョージ・フォックス 撮影:フィリップ・H・ラスロップ 特殊効果:アルバート・ホイットロック 音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:チャールトン・ヘストン、エヴァ・ガードナー、ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド、ジョージ・ケネディ、リチャード・ラウンドトゥリー、ローン・グリーン、バリー・サリヴァン、マージョー・ゴートナー、ロイド・ノーラン、ヴィクトリア・プリンシパル、モニカ・ルイス、ペドロ・アルメンダリス・Jr、タイガー・ウィリアムズ、ジョン・ランドルフ、ウォルター・マッソー、ロイド・ガフ、ドナルド・モファット

 取りあえずロサンゼルスで大地震が起こる映画と憶えておけば間違いない。地震大国日本では作りにくいジャンルの映画だ。必死になって作り上げても公開直前にどこかで地震が起きて死傷者でも出よう物ならお蔵入り間違いなし。仮にそうでなくても、「過去の震災における被災者を軽んじている」などの意味不明なクレームが入るだろう。いやあのね、映画は映画、現実は現実だから。
 見せ場は中盤でロスを襲う大地震のシーン。ここではSENSURROUND(センサラウンド)という音響技術が迫力を盛り上げた。簡単に言うと重低音の大型スピーカーを十数機も用意してその超重低音で空気を振動させ、震災シーンの迫力をドンドドドンと観客に体感させる物だったらしい。もちろん、家庭用テレビやAVシステムなどでは再現不可能なので、映画館限定の音響効果だ。だから、オレがテレビで観た『大地震』は『大地震』であって『大地震』ではないのである。実際の劇場ではどんな具合だったんだろうか?
 エピソード的にはこれといって観るべき所は少ないが、普段は近所の住民にいじめられているスーパーの店員が州兵として略奪防止に借り出されて、自分の持つ武器M-16と権力に次第に正気を失っていくところぐらいか。メロドラマ部分はどうでもいいや。
 ジョージ・ケネディは現場の制服警官で、『ナイル殺人事件』の卑劣な大金持ちよりやはりこういう役の方が似合う。チャールトン・ヘストンは冒頭からジョギングに筋トレと相変わらずマッチョな男。
 大地震が起きている中、酒場でそんなことなど気にせず、ひたすら酒を飲み続ける赤い帽子のウォルター・マッソーが最高。その後のシーンでは背景でなんか踊ってるし。
 大地震の特撮は、実物大セットが壊れるシーンは迫力があるが、ミニチュアワークは少し乱雑な感じで円谷特撮に慣れている目からすると見劣りがするが力業で押し切る。パニック物としての出来はまぁ普通。


 実際に劇場でセンサラウンド方式で『大地震』をご覧になったオンリー・ザ・ロンリーさんから情報をいただきました。

「今のピカデリーとは異なる丸の内ピカデリー(ここでは80日間、あしやからの飛行、アラスカ魂、ウエスト・サイドを)で観ています。重低音はさながら地下鉄の工事現場と言った感じ。家内とこの方式に関心があり観ましたが率直なところ、大したことないねと二人の感想。
不思議なのは「前兆」と終ったあとの「余韻」に雷鳴のような「距離感」があり効果的ですが「地下」で聞こえず天井付近で聴こえた事です。
新婚我が家にビクターのCD-4があったくらいのマニアでしたが大地震は鳴り物入りほどでは、と今でも感じます。そうそう通しで二度観ましたが、座る席でも印象が違いました。大した感想ではありませんが・・「これがシネラマだ!」(確か7チャンネル?)のカルチャーショックに勝てるものはないですね。
思うに地震は底からずしーんとは来ますが左右感、つまり広がりがないから、ミッドウェーは余り気にしないで観ましたが帰艦や発艦←こんな言葉ありましたっけ、離艦の時の戦闘機、そしてフォンダがパイプをくわえてそれこそ業務用エレベーターが艦内から上がって来て甲板レベルに至るまでの「空気感」が完全に差異がある、つまり艦内は閉塞感があり甲板では一気に空気が拡がると言った感じ。ミッドウエーがセンサラウンドとは知りませんでしたが当時の航空母艦の作品は他になさそうだから間違いないと思います。
思うにセンサラウンドは技術資料がありませんが「重低音を利用した時間差」(タイム・ディレイとでも言うか)ではないでしょうか?。
センサラウンドの宣伝用コピーは体験者として言うとオーバーですね。丸の内ピカデリーは一級劇場。

7/17追記:センサラウンドがブログに載るならもっとまともに書けば良かった(笑)。言いたかったのは旧丸の内ピカデリーの超一級劇場であってしても大した事なかったと言いたかったのです。重低音を利用した「空気伝達方式」による眼、耳に次ぐ第三の体現方法だと、どうしてもジャンルに限界がある。地響き的なものが最も使い道があるから「ミクロの決死圏」なんて人間が呼吸する度にやれば面白いかも。あとは地球のマグマが出てくるなら「地底探検」とかも良いのでは。だから「ミッドウェー」のような巨艦の機関室は不気味な眼に見えない底力があり効果があったのかも知れませんね。いずれにせよ大手のMCAとかユニバーサルだから一過性のものとしても余裕があるのですね。
思えば映像ならスタンダード、シネラマ、70ミリ、シネマスコープ、VistaVion、でも現在ではpanavisionが主流。音響はこのセンサラウンドをはじめサークランドサウンド(ちょっと曖昧)とかゴマンと現れは消えて行き現在ではドルビーが主流。この2社は当分は独り勝ちの安泰ですかね。」


 どうやらあおり文句の割には期待はずれだったようですね。その後も『ミッドウェイ』など数本の作品に使われただけで消えてしまったのがその証拠でしょう。重低音を活用するというアイディアはいいと思うので、今の音響技術で再チャレンジしてみるのも面白そう。オンリー・ザ・ロンリーさん、貴重な情報ありがとうございました。

B001B6IRIY.jpg『DEATH GAME デスゲーム』(2006) STAY ALIVE 86分

監督:ウィリアム・ブレント・ベル 製作:ゲイリー・バーバー、ロジャー・バーンバウム、マックG、ジェームズ・D・スターン 製作総指揮:ジョナサン・グリックマン、ダグラス・ハンセン 脚本:ウィリアム・ブレント・ベル、マシュー・ピーターマン 音楽:ジョン・フリッゼル
出演:ジョン・フォスター、サミーラ・アームストロング、フランキー・ムニッズ、ソフィア・ブッシュ、アダム・ゴールドバーグ、ジミ・シンプソン、ウェンデル・ピアース、マイロ・ヴィンティミリア

 ある魔女伝説を題材にしたビデオゲーム『STAY ALIVE』を主人公が手に入れる。しかしそれはゲーム中で死んでゲームオーバーとなると現実の世界でも同じ死に方をする呪いのゲームだった。
『リング』のビデオテープをビデオゲームに置き換えただけかと最初は安易さを感じたが、ストーリーが進んで行くにつれゲームならではのアイディアが盛り込まれていて、オリジナリティがちゃんとあってなかなか面白い。
『STAY ALIVE』はネット経由で多人数プレイも出来るオンラインゲーム。魔女の館に入り塔の上に眠る魔女を退治するのが目的。基本は『バイオハザード』シリーズのような三人称視点なんだが、時折FPSの様な一人称視点にも切り替わる。
 ところが、外部からネット接続で参加していた主人公の上司がゲーム内で喉を短剣で刺されて死んでしまいプレイを終わらせた後、同じ方法で殺害されているのが発見された。そして、さらに犠牲者は増えていく。
 終盤では『STAY ALIVE』を製作したゲーム会社の住所を突き詰めてそこを訪れるが、そこにあったのは古びた豪邸。仲間が何人も殺されて最後の三人になった主人公達は、一人がゲームすることで囮になり、主人公と若い女性の二人が豪邸に忍び込む。
 ところがこの豪邸がゲーム画面に表示されている館とまったく同じ。現実の世界で扉の鍵が開かずに困っているとゲームプレイヤーがゲーム内で鍵を開けると現実の鍵も開く。ゲーム内でバールを落とすとそれが現実の世界に現れるなど、現実の世界とゲームの世界がリンクし始めてからが面白い。コントローラーの振動機能も恐怖の演出に上手く利用されているが、ゲームをやらない人にはなんでコントローラーが勝手にブルブルするのか分からないかも。他にもゲームをやらないと分からない部分もあるので、やはりゲームプレイヤー向けのホラー映画か。でも、やらない人でもそれなりに楽しめる出来。
 お金はかかっていなそうだ。普通ならば予算を食うCGIのシーンも、ゲームの中という設定なので実写と見まごうばかりである必要はない。むしろゲームっぽさが残っていないと駄目なので比較的予算を抑えられる。最近のホラーは痛い残虐シーンが多いが、この作品は殺害シーンをゲームの中の映像で見せたりとそれほど残虐なシーンはない。血もそれほど流れないのでホラーを敬遠する人でもそれほどきつくはないはず。
 ちなみにゲームプレイヤーは重度のゲーム好きのようでいつも着ているパーカーの左胸には『スーパーマリオ』の緑色の1upキノコが書かれている。壁一面に大友克洋の『スチーム・ボーイ』のイラストが描かれた部屋も登場するが、あれ許可取ってんのかな?

 ラストは「これで終わりじゃないんだよ」というホラー映画手法で幕を閉じる。そうか、『STAY ALIVE』はPS2でも動作するのか。それにしちゃすごいグラフィックだが、ともあれ人類やばし。

B00154QSW4.jpg『ダブルオー・ゼロ』(2004) DOUBLE ZERO 90分 フランス

監督:ジェラール・ピレス 製作:トマ・ラングマン 製作総指揮:エマニュエル・ジャクリーン 脚本:マット・アレクサンダー 撮影:ドゥニ・ルーダン 編集:ヴェロニク・ランジュ 音楽:コリン・タウンズ
出演:エリック・ジュドール、ラムジー・ベディア、エドゥアール・ベア、ジョージアナ・ロバートソン、フランソワ・シャト、ディディエ・フラマン、ロッシ・デ・パルマ

 タイトルからわかると思うがスパイ映画。監督は『TAXi』のジェラール・ピレスで、主演の兄ちゃん二人組はフランスのテレビ界で有名なお笑いコンビなんだそうな。
 核弾頭を奪われてしまいフランス政府内は大騒ぎ。この操作任務のために囮として二人の民間人ウィルとベンに目を付ける。
 まずは訓練所での徹底したハードな訓練。乗り込んだ車が大空に放り出されるわ、防火服を着込んでジェット機のジェット噴射を浴びて「高温時の自己体温調節機能」を試されるわでもう大変。ジェット噴射に吹き飛ばされて後ろのコンクリートの壁に貼り付いていた二人が落っこちてくると、壁には二人の姿をクッキリと残した焼けこげが……良いね。
 最初に会った時からお互いに最悪の印象で、なにかにつけケンカばかり。こうして即席訓練で現場に送り出された二人だが、さてこんなんで無事に事件を解決できるんでしょうか?

 モナコを経由して物語はジャマイカへと移る。そこには出たり消えたりする謎の島があって、そこに行った者は生きて帰ってこないとか。“ジャマイカ”“謎の島”、『ドクターノオ』してますなぁ。
 悪党のMr.イーブルが美女軍団を従えて人類滅亡を企んでいるが、その理由は「キレイな姉ちゃんは俺が独り占めだ」という非常に分かりやすいかつお間抜けなもの。人間を不妊・不能にしてしまうガスを開発しているのはロシアから誘拐してきた美人姉妹化学者。本来、美女である理由はまるでない役だがMr.イーブルは自分の回りには美女しか置かないということで納得。
 光学迷彩服や左奥歯に埋め込まれる携帯電話などスパイ映画ならではの秘密兵器も続々登場。携帯電話は着信すると左頬がブルブルと震え、奥歯を噛みしめることで電話に出ることが出来る。しかも留守番電話付き。バッテリーとかどうなってるのか知らないし電磁波が怖い気もするが便利そう。しかも大手携帯電話メーカーNOKIA製だから信頼性もバッチリ。
 Mr.イーブルの美女軍団対中国の女性スパイの戦いも凛々しくて、こうなるとウィルとベンは手出しも出来ない。格闘アクションや爆発シーンなど抑えるべき点はちゃんと撮っている。本物の潜水艦にウィルとベンが乗っているシーンがあるがあれはフランス海軍の艦だろうか。そういえば訓練シーンには戦車も登場していたが、このシナリオで軍が協力してくれるというのならばフランス軍はシャレが分かっている。

 朝食を届けに来たホテルの女性従業員と口論になってコテンコテンにやっつけてしまうなど、女性に対する暴力のギャグがある。ここは評価が大きく分かれるところだろう。悪党側の女性を倒すのはしょうがないが、女性従業員は必要性を感じずこの点はマイナス。

B00078RU5S.jpg『地球最後の男』(1964) THE LAST MAN ON EARTH 86分 イタリア/アメリカ

監督:シドニー・サルコウ、ウバルド・ラゴーナ 製作:ロバート・L・リッパート 製作総指揮:サミュエル・Z・アーコフ 原作:リチャード・マシスン 脚本:ウィリアム・レイセスター、フリオ・M・メノッティ 撮影:フランコ・デリ・コリ 音楽:ポール・ソーテル、バート・シェフター
出演:ヴィンセント・プライス、エマ・ダニエリ、ジャコモ・ロッシ=スチュアート、クリスティ・コートランド、フランカ・ベットーヤ

 朝、一人の男(ヴィンセント・プライス)が目を覚ます。家の中にいるのは彼一人。表に通じる扉を開けると、そこにはニンニクの束がと鏡がぶら下がっている。通りには、夜の間にお互いに殺し合った連中の死体。家の中だけではない。世界にいるのはもはや彼一人。
 連中はニンニクの匂いを嫌い、鏡で自分の顔を見ることが出来ない。知能はほとんどなく、日光を嫌い日中は建物の中などに隠れている。男は手製の木の杭で連中を見つけ次第殺して延々と燃え続ける火葬場の炎の中に放り込む。ただ一人、黙々と作業を続けるヴィンセント・プライスが渋い。
 主演のヴィンセント・プライスはホラー映画で有名な人だから、当然これは吸血鬼映画だと思うだろう。しかし、彼が3年前を回想するシーンからこれはSF映画だと明らかになる。
 原作はリチャード・マシスンの『吸血鬼』(原題『I am Legend』)の映画化。小説の原題から分かるだろうが、ウィル・スミス主演の『アイ・アム・レジェンド』の第一回映画化作品だ。第二回目がチャールトン・ヘストン主演の『地球最後の男 オメガマン』で『アイ・アム・レジェンド』は三回目。
 回想シーンで、吸血鬼だと観客が思っていたのはある細菌に冒された患者で、男は菌に耐性があったので生き残ったのだと分かる。なんでも南米で吸血コウモリに噛まれたことがあって、そのコウモリが弱った菌を持っていてそのため抗体が出来たのではないかというのが、細菌学者である男の出した推論だ。
 無人の街で必死で生存者を捜しながら、患者を見つけると杭で刺し殺す。この無人の街は早朝や人気のない場所を巧みに利用して撮られたものだろう。低予算映画だろうから、『アイ・アム・レジェンド』のように大規模な交通規制などに大金を使ったとは思えないが、その光景が感じさせる終末は決して引けを取っていない。映画は金じゃない。もちろん、金はあった方が良いが、それよりも工夫が大事。頭の使いようだ。
 登場するのは男一人だけ。だからといって静かなままでは困るので、男の内心の声がモノローグとして聞こえてくる。これで主人公が何を考えているか、何をしているのかが分かるが、あまりスマートな方法とは言えない。そこで、『地球最後の男』ではほんの数分しか登場しない犬を、『アイ・アム・レジェンド』では冒頭から登場させて、ウィル・スミスが一人言を語る相手として処理している。誰もいないのに一人言を言っているとちょっと危ない人だが、犬相手ならばそれなりに自然だ。
 もはや、世界中で感染せずに生きているのは自分だけだと思った男の前に、日中だというのに一人の女性が現れる。だが、女は細菌を完全に駆逐は出来ないが、日中でも行動しまともに思考できる様になるワクチンを注射した元感染者だった。このワクチンは定期的に注射しなければならず、切れてしまうとまた発症して普通の感染者に戻ってしまうのでワクチン無しでは生活できない。元感染者たちは次第に数を増やし、文明を取り戻し始めている。
 それを聞いて喜んだ男だが、女は「あなたが殺してきた感染者には私たちの仲間が多く含まれている。襲ってきては杭を打った死体を残していくあなたは“伝説”として怖れられている。私たちは新しい人類だ。非感染者のあなたを仲間にすることは出来ない」
 まさに『地球最後の男』であるし、『I am Legend』である。自分が正義だと思っていたのが、実は悪でしかも新しい社会が作られることを妨害していた。その新しい社会に自分を受け入れてもらうことも出来ず、元の社会を取り戻すことも不可能。元感染者の武装集団に追われ、教会に逃げ込む男。男を見る元感染者の目は恐怖を湛えている。
 そしてその夜、地球最後の“男”が死んだ。

B00169ZDPG.jpg『ダイナソーフィールド SATURIKUSHA』(2007) SUPERGATOR 91分 アメリカ

監督:ブライアン・クライド 製作:ロバート・ポルガー 製作総指揮:ロジャー・コーマン 脚本:ブライアン・クライド、フランシス・ドール、ジェフリー・スタージェス 撮影:アンドレア・V・ロソット、ロバート・シューメイカー 音楽:デーモン・エブナー
出演:ブラッド・ジョンソン、ケリー・マクギリス、ビアンカ・ローソン、ジョン・コルトン

『クローバーフィールド HAKAISYA』をもろにパクッた邦題だが、内容はまったく関係ない。
 ハワイの某火山島。火山はここ500年ほど噴火を起こしておらず、今では人気のあるリゾート地だ。しかし、どうも噴火の兆候を表せているということで火山学者とその助手たちが火口を目指す。ところが、ある生物学者が7500万年前の化石に含まれた遺伝子から甦られた太古ワニ“SUPERGATOR”が実験所がから逃げだし、人々を食い始める。化石から取り出した遺伝子ってところで「おいおい」だが、そんな些細なことを気にしている場合ではない“SUPERGATOR”のGATORはアリゲーターのゲーターだろうから、超ワニ?
 とにかくこの脚本家、スーパーゲーターに人を食わせることしか頭にないらしく、あまり工夫もないまま食ってくって食いまくる。火山調査隊がスーパーゲーターの存在を知ったり、仲間を食い殺されるなどして心理的同様や人間関係の不和が生じるなど発展させようはいくらでもありそうだが、そんなことは無視して食う。
 撮影にきていた二人組のグラビアアイドルとカメラマンの内、カメラマンとグラビアアイドルのお一人は食われてしまい、生き残ったピンクのビキニのグラビアアイドルは豊満なオッパイを揺らせながら裸足で必死に逃げる。
 一方、新種のヤクを探しに森に来た二人組の馬鹿とその子分のちょっと頭が足りないデブが登場するが、馬鹿たちは食われてしまい、デブだけなんとか逃げ延びる。そして後のシーンで、大木の陰に隠れたところでグラビアアイドルとデブが出会い、「これは、普通ならば巡り会わない二人が危機を乗り越えて恋に落ちるのだな」と思ったら、次の瞬間には食われている。おいおい。
 スーパーゲーターは基本的にCGで描写されている。座っていた男の頭を一瞬で食いちぎるのもCG。だが、口だけの実物大模型も使われていて、スーパーゲーターに下半身からガブガブと噛みつかれ飲み込まれるシーンもある。血糊が妙にリアルでこっちの方が怖い。
 もう、火山噴火などどうでも良くなってきて、スーパーゲーターの出現を人里に伝えに行くが、ちょうどポリネシアンショーの開催日で観客が大勢集まっている。主催者は「ハワイにワニなんかいないよ。これ以上とやかくいうなら警察を呼ぶぞ」とまるで取り合ってくれずショーは予定通りに執り行われる。頭が固いオヤジだが、よくよく考えてみればこれが普通の反応。
 スーパーゲーターを退治するため生物学者に雇われて、猛獣狩りの専門家が登場する。この手の専門家は『アリゲーター』のヘンリー・シルヴァなどの様にほとんど役に立たないものだが、この男はなかなか頼りになる。
 オープニングは川で泳いでいる若い男女。女性が一瞬水に引き込まれてあれっ?てな顔をするが、次の瞬間には完全に引き込まれて水が血で染まる。どっかで観たなもなにも『ジョーズ』のオープニングだ。終盤になると、ポリネシアンショーで小型火山を演出するためにガスボンベがいくつか映し出される。これで結末は想像が付くが一応人を食わせること以外も考えてたのか、脚本家。
 製作総指揮がロジャー・コーマン。まだ元気にしてたか。ケリー・マクギリスの名前もずいぶんと久しぶりに見かけた。『刑事ジョン・ブック 目撃者』や『トップガン』ではハリソン・フォードやトム・クルーズの相手役だったんだがなぁ。

B00023PJDI.jpg『地下室のメロディー』(1963) LA MELODIE EN SOUS-SOL 121分 フランス

監督:アンリ・ヴェルヌイユ 脚本:アンリ・ヴェルヌイユ、アルベール・シモナン、ミシェル・オーディアール 撮影:ルイ・パージュ 音楽:ミシェル・マーニュ
出演:ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、ヴィヴィアーヌ・ロマンス、モーリス・ビロー、ジャン・カルメ

 五年ぶりに出所したジャン・ギャバンが自宅に帰るために乗った列車から物語は始まる。
「俺はどこそこへキャンプに行ったんだぜ」
「私なんかギリシャ旅行だよ。ローン支払いでだがね」
 他の乗客たちの会話にギャバンは加わることなく、ただ聞いているだけ。
 ローンで旅行だ?そして帰ってきたらまた仕事に追われるのか?小市民め、俺はそんなのまっぴらだ。そこで大金を奪って楽隠居する腹づもり。懲役を終えても、まるで反省していない。
 そして、自宅で帰りを待っていた妻を気遣う暇もなく、次の仕事に取りかかる。リヴィエラのあるカジノは売り上げを地下金庫に保管している。バカンスシーズン終わりにはなんと10億フランが入っており、それを掻っ攫おうというのだ。しかし、ギャバンも年だ。そこで刑務所で知り合った若いチンピラに連絡を取り仲間にする。このチンピラがアラン・ドロン。
 アラン・ドロンをカジノ近くのホテルに金持ちの青年として送り込む。最初は今一つ様になっていなかった高級仕立てのスーツや、ダンヒルのライターなどが次第に似合ってくる。この演じ分けがなかなか見事。
 チンピラ本人もすっかり役になりきって増長してくるが、最後の最後になって怖じ気づく。しょせんチンピラはチンピラ。プロの犯罪者になるには腹が据わっていない。そしてアラン・ドロンが取った行動がラストシーンへとつながっていく。
 ジャン・ギャバンは歩く“フィルム・ノワール”。コートに帽子姿で歩いているだけで渋い。前半の計画を練っている様子が実に腕利きの犯罪者を感じさせる。ラストのアラン・ドロンとジャン・ギャバンの対比が見せてくれる。
 モノクロの映像がストーリーを引き立てている。鏡を有効に使うシーンがいくつもあり、画面作りはかなり計算されているようだ。肝心の強奪シーンは意外と適当な手法で、綿密な計画の割には行き当たりばったりだが、サスペンスやミステリーではなく犯罪映画だからこれでいいのだろう。
 気になるのは女性の登場人物。演じる女優さんは綺麗なんだが、存在感があまり感じられず、人間と言うよりも物的な扱い。若くない女性はというと、口やかましい妻や母親ばかりで、家庭に入った女性は厄介者でしかない。男の映画だってのは分かるが、魅力的な女性が出てこないのは残念。アラン・ドロンが計画のためにたらし込むカジノの踊り子などもっと使いようがあっただろうに、もったいない様に思う。
 オープニングタイトルで流れるジャズは有名な曲らしい。その他にもジャズが何曲もかかって、シーンとは合っているが、オレには音楽がちょっとうるさすぎ。
 ラストシーンの意味?犯罪は引き合わないとか、悪党が勝っては倫理上困るとか、なんとかかんとか理屈はいくらでも捻り出せそうだ。しかしアンリ・ヴェルヌイユがプールの水面一杯に浮かぶお札が撮りたかっただけだ、とオレは思う。あの画に理屈はいらないよな。

B000LXHG26.jpg『第3逃亡者』(1937) YOUNG AND INNOCENT 84分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:ジョセフィン・ティー 脚本:チャールズ・ベネット、エドウィン・グリーンウッド、アンソニー・アームストロング 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:デリック・デ・マーニイ、ノヴァ・ピルブーム、パーシー・マーモント、エドワード・リグビー、メアリー・クレア、ジョン・ロングデン、ジョージ・カーズン、ベイジル・ラドフォード

 何で邦題が『第3逃亡者』なのだろうか?原題の『YOUNG AND INNOCENT(「若くて無垢な」だからヒロインのこと)』とはまるで関係ないし、主人公の青年が三人目の逃亡者って訳でもない。
 有名女優が自宅近くの砂浜で水着姿のまま死体で発見される。見つけたのは、亭主から浮気相手と疑われていた若い音楽家。ところが死因は溺死ではなく、コートのベルトで首を絞められたもの。青年は逮捕され、鍵を握るコートは数日前にドライブインで紛失していた。彼に付いた弁護人はまるで頼りにならず、このままでは有罪間違いなしと考えた青年は、裁判所からの脱走に成功する。
 あまりにも簡単に逃げすぎだが、ここで時間を使うよりは早く主人公をヒロインと会わせたいので軽く終わらせたのだろう。そして逃走中に知り合ったのはこの事件を担当している警察署長の娘。勝ち気で救急医療を身につけている彼女は、青年の無実を信じて、コート探しに付き合うこととなる。

 被害者の女性の死体を見つけた二人組の若い女性が叫び声を上げるところが、砂浜で鳴くカモメのカットに置き換えられている。ショッキングなのはこのシーンぐらいで、全体的には青年とヒロインの逃避行と言うにはコミカルなコメディよりのサスペンスとなっている。
 ヒロインが乗っているのがオンボロ自動車でガタガタと走っているのだが、時にパトカーとカーチェイスを繰り広げたりとなかなか頼もしい。