2009年11月アーカイブ

B002HXO6PI.jpg『ファイナル・カウントダウン』(1980) THE FINAL COUNTDOWN 104分 アメリカ

監督:ドン・テイラー 製作:ピーター・ヴィンセント・ダグラス 製作補:ロイド・カウフマン 製作総指揮:リチャード・R・セント・ジョンズ 脚本:デヴィッド・アンブローズ、ジェリー・デイヴィス、トーマス・ハンター、ピーター・パウエル 撮影:ヴィクター・J・ケンパー 編集:ロバート・K・ランバート 音楽:ジョン・スコット、 アラン・ハワース
出演:カーク・ダグラス、マーティン・シーン、ジェームズ・ファレンティノ、キャサリン・ロス、ロン・オニール、チャールズ・ダーニング、スーン=テック・オー、ヴィクター・モヒカ、ロイド・カウフマン、ピーター・ダグラス、リチャード・リバティー、ゲイリー・モーガン、ダン・フィッツジェラルド

 戦争映画に思われがちだが、なかなかハードなSF映画である。

 原子力空母ニミッツがハワイ沖で謎の嵐に遭遇。その嵐を通り抜けるとなんとそこは1941年12月。真珠湾攻撃間近の頃であった。最初はそこがどこか分からないのだが、無線も通じず、手探りで調べていく内に真珠湾の写真が真珠湾攻撃直前の物であることが分かり、今自分たちがどの時代にいるのかに気づく辺り緊迫感がある。
 そこで艦長(カーク・ダグラス)やマーティン・シーンらは歴史に介入して真珠湾攻撃を防ぐべきか、歴史のままにまかせるべきかで悩む。ハードSFである。

 アクションシーンはF-14とゼロ戦のドッグファイトがあるぐらいで意外と地味な作品ではある。派手な戦闘シーンを期待して観ると肩すかしを食らうかも知れない。しかし、このドッグファイトは性能差を考えるとほとんど弱い者イジメみたいなものである。
 そうして捕虜にした日本兵とのやり取りや、ゼロ戦にヨットを撃沈された上院議員とその女性秘書との物語があったあげく、艦長はついに決断を下す。
「日本軍を返り討ちにしろ」
 だが、その時艦の後ろにはまた時空を越える嵐が迫っていた。
 そして、オープニングに繋がる円環が閉じて物語は終わる。

 これが一時流行った架空戦記物のアメリカ版だったらニミッツが何も考えずに真珠湾攻撃部隊をボコボコにやっつけて終わってしまうのだろう。安易である。この映画の終わり方はさぁこれからというところで終わってしまい大人である。あの架空戦記物のブームというのは何だったのだろうか。

 本物の空母での撮影や、本物の軍用航空機を使っての撮影で、F-14の発艦、着艦シーンなどは臨場感のある迫力な映像となっている。かなり色々な軍用機が登場するのでマニアにはたまらないのかも。

B000JVRTGS.jpg『決断の3時10分』(1957) 3:10 TO YUMA 92分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:デルマー・デイヴィス 製作:デヴィッド・ヘイルウェイル 原作:エルモア・レナード 脚本:ハルステッド・ウェルズ 撮影:チャールズ・ロートン・Jr 美術:フランク・ホテイリング 編集:アル・クラーク 音楽:ジョージ・ダニング
出演:グレン・フォード、ヴァン・ヘフリン、フェリシア・ファー、レオラ・ダナ、ヘンリー・ジョーンズ、リチャード・ジャッケル、ロバート・エムハート、ロバート・エレンスタイン、フォード・レイニー、ジョージ・ミッチェル

 人気作家エルモア・レナードの西部劇小説の第一回映画化作品。第二回目がこれから50年経った2007年に製作された『3時10分、決断のとき』だ。
 同一原作なので基本的なストーリーは変わらない。一仕事を終えた後、酒場の女といちゃついていて捕まった強盗団のボスであるベン・ウェイド(グレン・フォード)をユマ行きの3時10分の列車に乗せるため貧乏牧場主のダン・エヴァンス(ヴァン・ヘフリン)が牧場の水代のために200ドルの報酬で護衛に付き、駅のある町を目指す。
 ただ物語のテンポは50年の差があるだけあってかなりゆったりとしたものとなっている。激しい銃撃戦もなく、それよりもホテルでのベンとダンの会話劇による駆け引きが主体である。
「俺を逃がせ。大金をやるぞ。1万ドルでどうだ」。「俺の部下がもうすぐやって来るぞ。逃げ場はない」。飄々とした表情のベンのその言葉に心を動かされるダン。しかも仲間は一人ずつ減っていきもはや一人きり。だが断固として意志を曲げない。何でここまでしなければならないのかとも思うが、もはや男の意地なのであろう。
 ダンはまだ若さを感じるクリスチャン・ベイルからオヤジなヴァン・ヘフリンになっており、この年齢差がベンとダンを対等の関係にしている。それによって会話劇の緊張感がより高まっている。そしてだからこそ、ダンの家にベンを連れて行った時にダンの妻のアリス(レオラ・ダナ)がベンにボーッとしてしまったことをダンは怒ったのだ。
 再映画化版と違い、こちらではラストの汽車に乗せる下りでアリスがいてもたってもおられず一頭立ての馬車で駆けつける。ここで夫婦愛の再確認が行われ関係は修復する。アリスを通じて息子たちに誇らしい姿も見せられる。
 そしてベンを狙った男から命を救ったことに借りを返すべくベンはダンと共に列車に飛び乗る。そして一言、「ユマからは脱獄できるからな」
 そして念願の雨が降った。
 ちゃんと腹心の部下で再映画化版と同じくチャーリーが登場しているのは嬉しかった。こちらのチャーリーは革のチョッキを着ている。
 それにしても『3:10 TO YUMA』に『決断の3時10分』という邦題を付けた当時の配給会社の担当者には脱帽である。

B002PF324O.jpg『3時10分、決断のとき』(2007) 3:10 TO YUMA 122分 アメリカ LIONSGATE

監督:ジェームズ・マンゴールド 製作:キャシー・コンラッド 製作総指揮:スチュアート・ベッサー、ライアン・カヴァノー、リンウッド・スピンクス 原作:エルモア・レナード 脚本:ハルステッド・ウェルズ、マイケル・ブラント、デレク・ハース 撮影:フェドン・パパマイケル プロダクションデザイン:アンドリュー・メンジース 美術:グレゴリー・A・ベリー 衣装デザイン:アリアンヌ・フィリップス 編集:マイケル・マカスカー 音楽:マルコ・ベルトラミ 舞台装置:ジェイ・R・ハート
 出演:ラッセル・クロウ、クリスチャン・ベイル、ローガン・ラーマン、ベン・フォスター、ピーター・フォンダ、ヴィネッサ・ショウ、アラン・テュディック、グレッチェン・モル、ダラス・ロバーツ、レニー・ロフティン、ルース・レインズ、ケヴィン・デュランド、ベン・ペトリー、リオ・アレクサンダー、ジョニー・ホイットワース、ルーク・ウィルソン

 いやー面白かった。やっぱ西部劇はいい。
 駅馬車強盗にインディアンとの戦い、ラストは800メートルに渡っての銃撃戦。もうお腹満腹である。
 主人公のダン(クリスチャン・ベイル)は借金を抱えた貧乏牧場主。そのダンが強盗団のボスであるベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)を200ドルで護送する仕事を引き受ける。そこもこれも借金のためである。やはり借金は怖いのだ。
 任務の目的はベンを3時10分発ユマ行きの列車の囚人用車両に乗せる事。ピンカートン探偵社の賞金稼ぎなどのチームでベンを送り届けるのだが、ベンの部下たちが追ってくる。果たして列車に間に合うのか。
 3時の鐘が鳴り、街にはベンの部下たちが待ち構えている。仲間たちはほとんど殺されてしまった。立てこもったホテルで一人きりになったダンはこのままベンを引き渡すか、それとも最後まで任務をやり遂げるかを考え、そして決断する。ここまで来たら最後までやるしかない。
 家を抜け出して付いてきた長男に大事に持っていたメダルを渡すが、あれは名誉の負傷をした兵士に贈られるパープルハート勲章なのだろうか。ダンは南北戦争に従軍し、戦争中に負傷して片足のくるぶしから先を欠損しているのだ。
 そのホテルから駅までの800メートルに渡る銃撃戦は一大迫力。一発一発がズシンと腹に来る。路地を走ったり匍匐前進をしたり、屋根を走って飛び降りたりと工夫が凝らされている。そうしてなんとか駅までたどりつくが汽車は遅れていてまだ着いていない。
 籠城戦になりその中でダンが自分が牧場に固執するのは頑固だからではなく、次男が結核のため乾いた土地から離れられないと打ち明け、それに対してベンは「俺はこれまでに2度ユマの刑務所に入って2度とも脱獄した」、つまり今回捕まってもどうせ脱獄するから気にするなと男の会話をする。この二人の関係は"奇妙な友情"などといった安易な言葉では表現できない。
 そこでようやく汽車が到着。ベンを囚人用車両に乗せてこれで一安心と思いきや悲しい結末。しかし、ダンの強い意志は長男のウィリアムに受け継がれた。
 そして汽車はベンを乗せて発車するが、ベンが自分の馬を口笛で呼び寄せたところを見るにすぐにでも脱獄するつもりだろう。ベンとしてはダンの面目は十二分に立たせてやった。だからといって裁判にかけられて絞首刑になる気はないといったところだろうか。
 それにしても、ボスであるベンを助けに来たのに、逆にベンによって撃ち殺されてしまう腹心の部下チャーリー他は哀れである。観客には爽快感を与えてくれるが、理不尽な扱いだ。「なにするんですかボス」って感じだろう。
 クリスチャン・ベイルがまたもや主役なのに影が薄い。完全にラッセル・クロウに食われてしまっている。ラッセル・クロウがまた久々と言ってもいい完璧な演技をする物だからますます分が悪い。
 賞金稼ぎ役でピーター・フォンダが出演しているのが嬉しい。なかなか味のあるキャラクターなのだが、早々と退場してしまったのが残念だ。
 白い革のコートを着たチャーリーは面白いキャラクターだ。残忍で腕が立つ。そのくせボスには忠実。演じたのはベン・フォスターという俳優。『X-MEN:ファイナル ディシジョン』(2006)でエンジェルを演じた人だ。これまではTVシリーズでの活動が多かったらしい。名前を覚えておこう。
 監督は"アイデンティティー"などのジェームズ・マンゴールド。なかなか面白い映画を撮る人である。
 原作は人気作家のエルモア・レナードの西部劇小説。1957年にも『決断の時3時10分』の邦題で映画化されている。今回の再映画化については、2007年にアメリカでは公開されていて、日本ではいつ公開されるのだろうかとしびれを切らして待っていたらなんと2年も待たされてしまった。それもかなり小規模公開。今の日本で西部劇に人が入らないのは分かるが、それを入るようにするのが配給会社の役目だろう。日本での公開が遅れたり公開されずにビデオダイレクトだったりする作品も多い。もちろん公開されずDVD化もされない作品もある。公開されただけマシとするか。

B001LF3QOA.jpg『ターミネーター4』  (2009) TERMINATOR SALVATION 114分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:マックG 製作:モリッツ・ボーマン、デレク・アンダーソン、ヴィクター・クビチェク、ジェフリー・シルヴァー 製作総指揮:ピーター・D・グレイヴス、ダン・リン、ジーン・オールグッド、ジョエル・B・マイケルズ、マリオ・F・カサール、アンドリュー・G・ヴァイナ キャラクター創造:ジェームズ・キャメロン、ゲイル・アン・ハード 脚本:ジョン・ブランカトー、マイケル・フェリス 撮影:シェーン・ハールバット ヴィジュアルエフェクトスーパーバイザー:チャールズ・ギブソン プロダクションデザイン:マーティン・ラング 衣装デザイン:マイケル・ウィルキンソン 編集:コンラッド・バフ 音楽:ダニー・エルフマン
出演:クリスチャン・ベイル、サム・ワーシントン、アントン・イェルチン、ムーン・ブラッドグッド、コモン、ブライス・ダラス・ハワード、ジェーン・アレクサンダー、ジェイダグレイス、ヘレナ・ボナム=カーター、マイケル・アイアンサイド、イヴァン・グヴェラ、クリス・ブラウニング、ドリアン・ヌコノ、ベス・ベイリー、ヴィクター・ホー、バスター・リーヴス、ケヴィン・ウィギンズ、グレッグ・セラーノ、ブルース・マッキントッシュ、トレヴァ・エチエンヌ、ディラン・ケニン、マイケル・パパジョン、クリス・アシュワース、テリー・クルーズ、ローランド・キッキンジャー、アンジャル・ニガム

 3はすっかりなかったことにされているということでいいのかな?2との繋がりも微妙な点があるが、2で登場した未来のジョン・コナーにあった顔の傷の由来が今作で分かるので繋がっているという解釈で良いのだろう。それとも微妙にパラレルワールドが入っているのか。
 ついにスカイネットと人類の本格戦争が始まった本作。オープニングから飛ばす飛ばす。ジョン・コナー(クリスチャン・ベイル)が操縦するヘリが墜落して横転するシーンがヘリ内部から1カットで捉えたところなどかなりの迫力だ。そしていきなりの巨大ロボ・ハーヴェスター。このハーヴェスターがドッシンドッシンと足音を立てながらレーザーを撃ちまくるシーンの長回し。
 このカットのように今作の編集、カット割りはかなりしっかりしていて、じっくり観る事が出来る。観る前は監督がマックGということで大して期待はしていなかったがいやいや映像的にはなかなかスゴイ。
 ただストーリー面では構成に弱さが感じられる。ジョン・コナーと彼の父親になるカイル・リースが物語の中心人物になるのは分かるのだが、ここに謎の男マカースが関わってくる。この男、記憶喪失で自分の名前しか覚えておらず、自分が何者か今が何年何月なのかも分からない。ところがこの男がかなり目立ち、ただでさえ影の薄いクリスチャン・ベイルの影が更に薄くなる。もう実質的主役はマーカスなんじゃないか?
 マーカスは自分では意識していないがある役目を負わされており、それを知らされたシーンでのショックはかなり大きかったろう。そして、その役目を放棄して自分の生き方を選ぶという実に格好いいシーンがある。自分は人間であると信じ人間として生きるのだ。
 ジョン・コナーにはマイクの前で放送による演説シーンという見せ場があるが、正直マーカスの勝ち。
 ラストはついに完成したT-800がジョン・コナーの前に姿を現す。なんとシュワルツェネッガーモデル! カリフォルニア州知事が特別出演した訳ではなくて、過去の作品の映像からモデリングした物を他の人の身体に合成したものだが、それでもうれしい。やはりシュワルツェネッガー出てこそのターミネーターである。ただ、反則技とでも言うべき手段を今回取ってしまったので『ターミネーター5』があったとして5ではどうするんだろうかという点が気になる。その頃には州知事も任期が終わって俳優に復帰してるか?
 アクションは弾けていたが結局ジョン・コナーの苦悩の物語というのが爽快感には欠け盛り上がらない。『ダークナイト』で悩むのが似合う姿を見せたクリスチャン・ベイルをジョン・コナーにもってきたからなおさらだ。もっとリーダーシップを発揮する力強い男が主役でも良かったんじゃないだろうか。そうか、これからジョン・コナーは強くなっていくのか。
 メカデザインは従来の物を踏襲しつつそれをさらに進化。空を飛ぶハンターキラーからバイク型ターミネーターのモトターミネーターやウナギ型(?)ターミネーターなど種類も豊富。モトターミネーターは簡単な改造で人間が運転できるようになっている便利さ。スカイネットもなかなか気の利く奴である。あれこれ作るよりも一極集中型で数機種を量産した方が効率が良い気もするが、スカイネットはターミネーターをとにかく進化させたくてしょうがないらしい。最終的には人間を目指しているのか? モトターミネーターとマーカスらが乗ったトラックとのカーチェイスでは2で観たようなシーンも登場。善悪逆ですが。
 ラストは1、2作目に習ってターミネーター対人間の格闘戦。もちろんまともに戦ったら勝てないからあれこれ策をこらす。溶けた金属をかけるのは2のオマージュだろうし、最後はマーカスが見せ場を持っていく。
 途中でマーカスと出会い、彼をジョン・コナーのところに連れて行く女兵士ブレアが色っぽくて良かった。マーカスを連れて逃げ出すために、他人に彼を敵だと考えていると思わせようとマーカスを拳銃で撃つシーンなんかすごくいい。反面、カイル・リースの連れている小さな女の子はもっと活用できたのではないだろうか。マイケル・アイアンサイドの出演は嬉しかった。
 スカイネットはジョン・コナーとカイル・リースの重要性を知っていたようだがどこで知ったのだろうか。ジョン・コナーはこの時点では人類の指導者ではなく抵抗軍の一幹部だし、カイル・リースがジョン・コナーの父親だという事はジョン自身しか知らないはず。その辺り、突っ込んで考えると矛盾が出てくる。そもそも重要人物だと分かっているならカイル・リースは捕らえたところで即殺し、ジョン・コナーが乗り込んできたところで総力を挙げて殺せば良さそうなものだがそうしない。スカイネットは謎が多い。しょせんコンピュータの考えている事は人間には分からないのか。
 コンピュータと言えば抵抗軍の使っているパソコンには製作会社がソニー資本にコロンビアだからなのだが当然のごとく"SONY"のロゴが入っている。ジョン・コナーがスカイネットの基地に侵入する時に使う携帯端末にはご丁寧にも"VAIO"のロゴ入り。しかし、VAIOの故障率の高さを噂に聞くに付け、実戦用途には向いてないんじゃないかなと思う。それとも故障率の高さは噂で実際は信頼性が高いのか。某007の人も使ってるからな、VAIO。

 調子悪いな?、なんかダルイな?と思っていたら一気に熱が出たのが昨日。
 熱が39度を超えていてどうやらただの風邪ではなくインフルエンザな予感がする。
 よりによって3連休なので病院は休み。素直にアクエリアス飲んで寝て過ごす。
 頭がクラクラして映画を観る事が出来ないので『ターミネーター4』も『3時10分、決断の時』もお預け。
 あーつまらん。悪寒がするしまた寝よう。

B000FJGUOQ.jpg『底抜けいいカモ』(1964) THE PATSY 101分 アメリカ 

監督:ジェリー・ルイス 製作:アーネスト・D・グラックスマン 脚本:ジェリー・ルイス、ビル・リッチモンド 撮影:ウォーレス・ケリー 音楽:デヴィッド・ラクシン
出演:ジェリー・ルイス、ピーター・ローレ、アイナ・バリン、エヴェレット・スローン、キーナン・ウィン、ジョン・キャラダイン、ニール・ハミルトン、ナンシー・カルプ、ジャック・アルバートソン、ジョージ・ラフト、エド・サリバン

 オープニングでいきなりジャンボジェット機が墜落する。その中に人気コメディアンが乗っていた。取り巻きのギャグ作家などの6人は今後の生活を考えて新しいスターを探す事にする。その部屋へやって来たのがホテルのボーイのスタンリー(ジェリー・ルイス)。彼のドジからくるあまりにも可笑しい行動を見た彼らはスタンリーと喜劇役者の契約をして一から育て上げる事にした。しかし、しょせんは単なるドジな男のスタンリーは舞台などで次第にボロを出してくる。かの有名な『エド・サリバンショー』出演の直前にスタッフは全員逃げ出してしまう。彼の事を思っているのは美人秘書だけ。さて、スタンリーはどうするのか?

 ジェリー・ルイス特集も日本で発売されているDVDがこれで最後なので終わりである。
 散々文句を言ったジェリー・ルイスだが、何作も続けて観るとこれでいいのかなとも思ってしまう。
 相変わらずぬるいギャグだし、笑えないのだが、そこが逆に笑えてしまう。
 アンティーク趣味の声楽家の家にスタンリーがレッスンに行ったシーンでは、どうせスタンリーが花瓶やら何やらを落として壊すのだろうなと思ったら、今回は寸前で拾い上げるという芸当を見せてくれた。これだ、これなんだよオレが観たかったのは。コメディアンならではの運動神経をジェリー・ルイスが見せてくれたのが嬉しい。そして最後には声楽家の大きな悲鳴で全て砕け散るというオチが良い。
 美人秘書とのロマンス話もきっちり決まっていて、映画は上手く着地する。
 そして、これは映画の撮影なんだよと、舞台裏を映して終わる楽屋オチっぽっさ。
 ジョン・キャラダインなどの往年の映画スターの起用や、一瞬だけ登場するジョージ・ラフトなどクラッシック映画ファンには嬉しいシーンも多い。
 いきなりのプライベート飛行機ではなくジャンボジェット機の墜落にはさすがに驚いてしまった。有名コメディアンだけじゃなくて何百人死んでるというのだろうか。それについて何も触れられていないという残酷さ。
 ジェリー・ルイスの変な顔と変な行動に頼ったギャグの数々はやはり今となっては笑えない。当時は笑えたんだろうか。年に2本は撮っていた"底抜け"シリーズもこの辺りから一気に失速してジェリー・ルイスは"消えたコメディアン"になってしまうので観客のウケもあまり良くなかったに違いない。
 ダンスシーンや演奏シーンは豪華だが、それが作品に活かされていないのは致命的だ。
 かの有名な『エド・サリバンショー』を起死回生のチャンスに使うのは面白いアイディアだが、映画でテレビ番組をネタに使う時点でこのころの映画の状況が分かる。ショーの司会はもちろんエド・サリバン本人が演じている。

B000B84N04.jpg『底抜け大学教授』(1962) THE NUTTY PROFESSOR 97分

監督:ジェリー・ルイス 製作:アーネスト・D・グラックスマン 脚本:ジェリー・ルイス、ビル・リッチモンド 撮影:W・ウォーレス・ケリー 音楽:ウォルター・シャーフ
出演:ジェリー・ルイス、ステラ・スティーヴンス、デル・ムーア、キャスリーン・フリーマン、メッド・フローリイ、スキップ・ウォード、ノーマン・アルデン、ハワード・モリス

 眼鏡で猫背で出っ歯。ちんちくりんな面相の大学化学教授が心機一転してスポーツジムで身体を鍛えようとするが、バーベルで腕が床まで伸びてしまうわと散々な目に。
 ここは一つお得意の化学でなんとかならないかと不眠不休で怪しげな薬品を作り上げる。一息にその薬を飲み干すジェリー・ルイス。途端に床に倒れ身体は奇妙にねじ曲がり獣のような剛毛まで生えてくる。これからいったいどうなってしまうのか?
 そしてカメラはジェリー・ルイスの視点になって夜の繁華街に出る。彼を見ては驚く街の人々。ジェリー・ルイスは怪物になってしまったのだろうか。ところが・・・

 この作品はジェリー・ルイス版『ジキル博士とハイド氏』なのは間違いがない。
 醜くて小心者の自分と、格好良く自信満々な自分。その二面性の間で芽生えた愛を手にするのは果たして誰なのだろうか。
 そして、間抜け面をせず真面目な顔をしたジェリー・ルイスが割と格好いいのも間違いがない。現役の俳優で言うとジム・キャリーが近いだろうか?『キング・オブ・コメディ』で大物コメディアンとしてシリアス演技を見せてくれたがなかなか迫力があった。
 エディ・マーフィーの『クランプ教授』シリーズとしてリメイクされているが、こちらでは極度の肥満症を痩身にして、さらに過剰な自信を与えてくれるという設定だった。ジェリー・ルイスは腎臓だかの病気で薬の副作用のためかつての面影がない肥満体になってしまった。『クランプ教授』の製作にはジェリー・ルイスもかんでいるから、自らの体験をネタにしたのかも知れない。

 ジェリー・ルイスは主演だけではなく、監督と脚本も担当している。多芸な人だ。

B000FJGUNC.jpg『底抜けもててもてて』(1961) THE LADIES' MEN 106分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:ジェリー・ルイス 製作:ジェリー・ルイス 脚本:ジェリー・ルイス、ビル・リッチマン 撮影:W・ウォーレス・ケリー 音楽:ウォルター・シャーフ
出演:ジェリー・ルイス、ヘレン・トローベル、パット・スタンリー、キャスリーン・フリーマン、ホープ・ホリデイ、ジャック・クラスチェン、ドゥードゥレス・ウィーヴァー、ジョージ・ラフト

 "もててもてて"というタイトルだがジェリー・ルイスがもてまくるという話ではない。それどころか女性不信の女性恐怖症なのだ。

 田舎町の短大を卒業したハーバード(ジェリー・ルイス)は初恋の人に結婚を申し込もうとするが彼女にはすでに深い仲の恋人がいた。
 傷心の彼はすっかり女性不信になり、街を出てハリウッドへと向かう。ところが就職先を探すが出てくる相手は若い女性ばかり。思わず逃げ出すハーバードだった。
 独身男性募集の看板を見てそこに就職するが、実はそこはハリウッドの芸能界で成功を目指す若い女性のための女子寮だった。彼は何度も逃げだそうとするが、その度に用事を頼まれてしまい、頼まれると嫌と言えない性格のためそこで働き続けた。
 ジェリー・ルイスのことだからハタキをかけていれば花瓶を割ってしまい、来客男性の帽子を尻に敷いてペッチャンコにしてしまうドジっぷりを発揮する。それなのに何故か経営者の元オペラ歌手の女主人には気に入られて追い出される事もない。というかジェリー・ルイスのドジで職場を追い出されたら映画にならない。
 女性不信のハーバードは若い女性ばかりの女子寮で無事に仕事を勤める事が出来るのだろうか?

 3階もある女子寮を正面から中が見渡せるように作られたセットが豪華で出来が良い。1階から3階までジェリー・ルイスが1カットで走り回るギャグが何度か使われる。
 ジェリー・ルイスの芸風はおかしな顔でヘンテコな事をやるといったスタイルで、現在で言えばちょっと前のジム・キャリーに近い。素顔は二枚目というところも同じだ。『ジム・キャリーはMr.ダマー』は公開時に観たきりだがあのジム・キャリーはとんだバカ野郎で変な顔をする辺りジェリー・ルイスに一番近い作品だった。
 この作品で惜しいのは、女性不信で女性恐怖症の男が若い女性ばかりの女子寮の下男になってしまうということなのに、それがギャグにほとんど活かされていない点だ。女性不信なのは冒頭だけで、後は普通に女性たちと接している。これでは設定の意味がないではないか。女性とジェリー・ルイスを絡めたギャグをもっとふんだんに盛り込めるはずなのにもったいない。
 監督はジェリー・ルイス本人が務めているが、この人の作風はピリッとしたところがなくて正直言って腑抜けな感じである。個人的には好みではない。笑いに対するどん欲さが欠けているのではないだろうか。こんなもんでいいだろう、観客は笑って満足してくれるだろうと言った雰囲気が映画から感じられる。
 標本の蝶のガラスケースを開けたら蝶が生き返って飛んで逃げてしまったり、うなり声を上げてボウル一杯のミルクを飲み、牛の足一本を食べ尽くす謎のペット"ベビー"の正体が実はビーグル犬だったり、ラストはベビーかと思ったら本物の雄のライオンがジェリー・ルイスの目の前を横切っていくなどのナンセンスギャグがほんの少しだけ混ざっている。
『底抜け便利屋小僧』の時にも書いたが、中途半端な印象だ。ナンセンスギャグをやるならちゃんとやる。やらないならやらないではっきりしてもらいたいものだ。
 途中でロマンス物になる雰囲気を漂わせるのだが、何故かそうならないまま映画は終わる。
 特別出演でギャング映画などで有名なジョージ・ラフトが本人役で登場する。『暗黒街の顔役』ファンなどにはジョージ・ラフトの姿を観るチャンスである。

B000FJGUZK.jpg『底抜け便利屋小僧』(1961) THE ERRAND BOY 92分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:ジェリー・ルイス 製作:アーネスト・D・グラックスマン 脚本:ジェリー・ルイス、ビル・リッチモンド 撮影:W・ウォーレス・ケリー 音楽:ウォルター・シャーフ、ルー・Y・ブラウン、ビル・リッチモンド、ジェリー・ルイス
出演:ジェリー・ルイス、ブライアン・ドンレヴィ、ハワード・マクネア、シグ・ルーマン、フリッツ・フェルド、アイリス・エイドリアン、キャスリーン・フリーマン、ドゥードゥレス・ウィーヴァー、ケネス・マクドナルド

 パラミューチュアル映画社という架空の映画会社が舞台。この会社は興行成績は上がっているのに業績は落ちているという状態に陥っていた。どうやらスタジオ内で無駄な浪費やひょっとしたら着服している人間がいるのかも知れない。そこで誰にも知られておらず誰にも気にされない人間として下働きのモーティー(ジェリー・ルイス)をよりにもよってスタジオ内のスパイ役に選んでしまう。
 スタジオの何でも屋部門に配属されたモーティーはスパイどころか持ち前のドジさであちらこちらで騒動を起こして回るのだった。

 モーティーの何でも屋は日本のテレビ局で言えばADだろうか。とにかく何でもやらされる。荷物の配達から衣装の手配そのたもろもろ。そんな仕事だからスタジオ中を飛び回り、西部劇やドラマの撮影現場に入り込んでは、映画の撮影をハチャメチャにしてしまう。
 ギャグの数はそれなりにあるがあまり笑えない物が多い。モーティーの上司がドアをバタンと音を立てて閉められるのが嫌いで、モーティーもそれを散々注意されて部屋から出て行くのだがやはりバタンとやってしまったり、満員のエレベーターで風船ガムを膨らませている女性と向かい合わせに乗り合わせてしまって、女性のガムが割れて顔がガムの破片まみれになったりとかその程度のギャグだ。
 ともあれこれらのギャグは実際に起こり得ることではある。ところがいくつか物理的に不可能なギャグがある。
 一つは会社の重役である老婦人を車に乗せて病院に送ってから洗車するところを、老婦人を乗せたままコンバーチブルの先に自動洗車機で洗車してしまう。当然、老婦人は水浸し。慌ててドアを開けると車内から際限なく水が溢れ出てくる。際限なく水が出てくるは物理的にあり得ない。
 二つ目は給水器で水を飲もうとボタンを押すと、給水器の上のボトルが一瞬で空になってしまう。水が漏れているのではない限り、そんなことは起こらない。
 三つ目はプールで溺れたモーティーがスタジオ内病院から出てくると、水で身体がまるでお相撲さんのようにタップンタップンになっていること。人体の構造から言ってそんなことはありえない。
 こういったナンセンスギャグがいけないというのではない。むしろ好きだ。しかし、92分の映画の中で3つだけという配分の仕方が納得いかない。ナンセンスギャグを入れるのならばもっと多くすべきだろう。でなければバランスが悪く、突然出てきたナンセンスギャグで笑う事が出来ない。
 コメディ映画で、いやギャグを主体にしたギャグ映画ではギャグの配分の仕方はとても重要であるように思う。『フライング・ハイ』や『トップ・シークレット』の頃のZAZのようなギャグのつるべ打ちといった方法もあれば、緩急を付けてストーリーに合わせてギャグを挟んでいく方法もある。この作品の場合、ギャグに対するこだわりが感じられないのだ。質か量かせめてどちらかが欲しかった。もちろん欲を言えば両方だが。
 ラストには映画監督たちにモーティーの立ち振る舞いのコメディアン振りを認められて、大物コメディアンになってしまうラストは手前味噌な感じでサクセスストーリーなのだがちょっと後味が悪かった。コメディアン主役のコメディ映画で主人公が最後にコメディアンとして大成してしまうってどうなのよ。
 とちゅうでモーティーが人形置き場で手袋人形とダチョウの操り人形との触れ合いのシーンがあるが、この人形を誰かが操っているのか、それとも一種のファンタジーで誰もいなくて人形が勝手に動いているかは不明のまま。詩的で良いシーンなのだが作品全体のストーリー展開を考えると不向きなシーンであった。ここでテンポが狂ってしまい取り戻すのにちょっとかかる。

 途中でモーティーが仕事場でSONYのトランジスタラジオを聴くシーンがある。(SONYのロゴもしっかり見える)当然、上司や同僚から白い目を向けられるのだがこのラジオ、スイッチを切ろうが電池を抜こうがかまわずに鳴り続けている。始末に困ったモーティーは机や床に叩き付けてもそれでも止まらない。ソニータイマーという言葉があるが、昔のソニー製品は丈夫だったんだなあと。電池が鳴るなんてエコだゲルマニウムラジオだ。

B000FJGUZA.jpg『底抜けシンデレラ野郎』(1960) CINDERFELLA 91分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:フランク・タシュリン 製作:ジェリー・ルイス 原作:フランク・タシュリン 脚本:フランク・タシュリン 撮影:ハスケル・ボッグス 音楽:ウォルター・シャーフ
出演:ジェリー・ルイス、エド・ウィン、ジュディス・アンダーソン、アンナ・マリア・アルバーゲッティ、ヘンリー・シルヴァ、カウント・ベイシー

 フェラ(ジェリー・ルイス)は幼い頃に大富豪の父親が死に継母の元で育てられた。主人公の名前がちょっと卑猥な気がするが気にしない気にしない。
 そして青年になった彼は継母や二人の義兄にこき使われる毎日。そんなある日の事、ヨーロッパからチャーミング王女がやってくる。なんでも花婿捜しがその旅の目的だとか。
 継母主宰で舞踏会が開かれるが、フェラは自宅でボイラー炊き。そこへ名付け親の妖精がやってきてフェラをロマンスグレーの二枚目に変身させてくれる。
 そして舞踏会に乗り込んだフェラはチャーミング王女の心を捉え、一緒に踊るが12時の鐘と共に魔法が解けるからと慌てて帰ってしまう。ただ、一つ紳士靴を残して。

 読んで分かる通り、シンデレラの男性版である。基本的な発想は悪くないと思うのだが、ギャグが決まらずどうにもキツい。ジェリー・ルイスお馴染みの間抜けギャグなのだが、ギャグの質が悪くあまり笑えない。
 例えば、一家が食事をしているシーンがあるが、長ーいテーブルの隅っこにフェラがいてその反対側に残りの三人が座っている。三人は用事があるごとにフェラを呼び、フェラは用事を聞きに来てはそれが給仕の仕事だと分かると延々と長いテーブル脇を走って自分の席に戻り給仕服に着替えるとまた延々と走って用事を済ませ、そして延々と走って自分の席に戻る。このギャグが何度も繰り返されるが正直言って笑えない。
 全体的にギャグはこのレベルでしかない。これはやっぱりキツい。
 フェラがチャーミング王女に見初められるのも舞踏会で踊る事だけで、これも映画のストーリーとしては弱い。チャーミング王女が継母宅に来ているシーンがあるので、ここで一度二人を引き合わせておいて、ラストの伏線を張るべきだったのではないだろうか。
 チャーミング王女が素の間抜けに戻ったフェラに「舞踏会の人はあなたなんでしょう」と差し出すのが紳士靴というのは笑ってしまった。ロマンチックの欠片もない。この笑いは狙ったものだろうかどうだろうか。
 ところどころでジェリー・ルイスが歌う。どうやら軽いミュージカル仕立てにしたかったようだ。ジェリー・ルイスの歌は意外に上手くその点では成功している。
 ラストでは舞踏会で財産を使い果たして一文無しになった継母が突然いい人に目覚めるなど人物の行動に一貫性がない。最後まで金銭欲に取り憑かれた義兄たちの方が正直だ。 間抜けなジェリー・ルイスと格好の良いジェリー・ルイスが出てくるという意味では傑作『底抜け大学教授』の原点なのかも知れない。そう考えると、それだけでも意味はある。
 舞踏会のシーンでは著名なジャズプレイヤーであるカウント・ベイシーがバンドリーダーとして登場しピアノも弾くのでジャズファンには見所かも知れない。

B000FJGUZ0.jpg『底抜けてんやわんや』(1960) THE BELLBOY 72分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:ジェリー・ルイス 製作:ジェリー・ルイス 脚本:ジェリー・ルイス 撮影:ハスケル・ボッグス 音楽:ウォルター・シャーフ
出演:ジェリー・ルイス(二役)、アレックス・ゲリー、ボブ・クレイトン、ソニー・サンズ

 ジェリー・ルイスが主演だけでなく監督・脚本もこなした俺映画。
 これがサイレント時代のドタバタコメディへの愛を感じる映画なんだ。

 舞台はマイアミビーチのとある豪華ホテル。ジェリー・ルイス演ずるスタンリーはホテルの一言も喋らないベルボーイ。これがジェリー・ルイスのこととんだドジ野郎で失敗ばかりしているのはお約束。よく首にならないものだが、そこはそれコメディ映画。
 ダイエットのためにホテルに滞在した肥満の女性が見事ダイエットに成功してスリムな美人になった。ホテルを立つ彼女にスタンリーはチョコの差し入れをした。そのチョコを食べ終わった時、女性は元の肥満体に戻っていた。
 ホテルに芸能人がやってきた。来たのはなんと映画スターの"ジェリー・ルイス"。ここでジェリー・ルイスは本人役とスタンリー役の二役を演じているわけだが、この二役はあまりギャグとして成功していない。取りあえず、ジェリー・ルイスが到着した車の後部座席から人が降りてくる。降りてくる。降りてくる。どんどんどんどん際限なく降りてくる。画面に映っていない反対側のドアから新しい人が乗り込んでいるだけだが効果的なギャグだ。こういうギャグ大好き。
 他にはベルボーイチーフに席をちょっとの間任されて、4つあるどの電話が鳴っているか分からなくてデスクの上がメチャクチャになってしまう。
 大きなホールに一人でイスを並べるように命令されて、同僚が苦労してるだろうからからかいに行こうぜと行ってみるとあっと言う間にイスは並べ終えていたなどナンセンスなギャグがてんこ盛りだ。
 スタンリーが犬を何十匹も同時に散歩させてついには前頭逃がしてしまうシーンがあるが、これは後の休日のスタンリーと同僚たちがドッグレースにやって来て、スタンリーが行方不明になったかと思うと第一レースは中止。スタンリーがドッグレースの犬を散歩に連れて行ってしまったのだ。
 ついにはジャンボジェットの操縦までやる有能なのか無能なのかよく分からないベルボーイ・スタンリー。

 ストーリーはなく、短編のエピソードの集まりで映画は構成されている。最初に言ったようにサイレントコメディを強く意識したものと思われる。
 ギャグは映像的な物が中心でセリフによるものが少ない。そのためにスタンリーを喋らないキャラクターにしたんだろう。だがスタンリーは喋れないわけではない。ラストで従業員ストの主導者と勘違いされ支配人に「まただんまりか」と詰め寄られると「いや僕だって人並みに話す事が出来ますよ」と喋る。ではなぜ今まで喋らなかったのかと聞かれると「だって聞かれなかったから」。よくあるギャグだがウケた。

 ホテルでモデルの大会があって、モデルが集まっている部屋に荷物を運び込んだスタンリーが下着姿など半裸のモデルに驚いてカメラのレンズを手の平で隠して見えなくしてしまうギャグがある。
 後半、ベルボーイたちがストリップ小屋に行ったシーンで「いよいよ○○嬢の登場です」で美人が出てきたところで画面がストップモーションになって、「検閲によりこのシーン削除」のクレジットが出て次のシーンに行ってしまう。
 この二つのギャグは本質的に同じであって、どちらか一つだけで良かったのではないだろうか。それともお色気シーンになりかかるとストップしてしまうというギャグなのだろうか。だったらどちらもスタンリーの手の平にするか、「検閲によりこのシーン削除」に統一すべきだろう。

 ジェリー・ルイスが本人役で登場するシーンは当然シリアス演技なわけだが、馬鹿面をしていないジェリー・ルイスはどこかでみたことあるなあと思ったらジョン・トラヴォルタに似ている。アゴの割れ方具合なんてそっくりだ。

B000FJGUTG.jpg『紐育ウロチョロ族』 (1957) DELICATE DELINQUENT 101分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:ドン・マクガイア 製作:ジェリー・ルイス 脚本:ドン・マクガイア 撮影:ハスケル・ボッグス 音楽:バディ・ブレッグマン
出演:ジェリー・ルイス、マーサ・ハイヤー、ダーレン・マクギャヴィン

 ジェリー・ルイスが演ずる役柄はつくづく落語の与太郎なんだなと思う。人が良くてお調子者で頭のネジが一本外れている。
 今回もそんな与太郎話。月30ドルでアパートの管理人としてこき使われている男が、ひょんなことから警官を目指す話だ。

 主人公のシドニー(ジェリー・ルイス)は裏通りにゴミを出しに行ったところ、街の不良どもの喧嘩に巻き込まれて落ちていた飛び出しナイフを拾ってしまう。そのことでシドニーも不良と勘違いされ、逮捕されてしまう。
 その頃、警察署では署長と一人の警官マイクが話をしていた。マイクは力ずくで不良を押さえ込むのではなく、話して分からせる方法を取ることを署長に訴え出ていた。そこで署長は今回捕まえた不良の中から一人選びだし、更生させてみろという。
 マイクが選んだのはシドニー。元より不良などではないシドニーは急速にマイクと親しくなっていった。そしてマイクはシドニーに一つの提案をする。警察学校に入って警官にならないかと。

 ジェリー・ルイスがディーン・マーチンとのコンビを解消して初めて単独主演で撮った作品。主演だけでなく製作も兼ねている。
 コメディだが強烈なギャグはなく、シドニーの軽いドタバタがギャグの中心だ。とにかく薄らバカなのでやることなすことどこかピントがずれている。それが警察学校で訓練を受けている内にしっかりしてくるところがこの作品のポイントである。
 最終的には立派に警官になってこれまで彼を見下していた人間を見返す事になるが、そこで威張らないのが与太郎の与太郎たる所以。
 DVDのパッケージを見るとジェリー・ルイスが街の不良たちにいじめられる作品のようだがそうではない。
 アパートには謎の博士が住んでいて、地球が滅びる時に蛙を乗せて月へと逃がすロケットを開発していたり、テルミンで曲を演奏していたりする。このテルミンでシドニーが無茶苦茶な曲を演奏するのが一番強烈なギャグか。このように笑える作品を期待するとちょっと違う。どちらかといえばヒューマンドラマの傾向が強い。
 ジェリー・ルイス作品としては『底抜け大学教授』を観ているがこちらは完全にコメディ。単独主演ということで冒険は避けたのだろうか。大笑いできるかと思っていただけに残念である。
 だが、不良がシドニーをかばうシーンなどなかなかじーんとくる。
『紐育ウロチョロ族』というタイトルが内容との関連性が意味不明だが、二組のロマンスもあってのんびりと楽しむには良かった。

B002IWF23I.jpg『ハワード・ザ・ダック 暗黒魔王の陰謀』(1986) HOWARD THE DUCK 111分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:ウィラード・ハイク 製作:グロリア・カッツ 製作総指揮:ジョージ・ルーカス 原案:スティーヴ・ガーバー 脚本:グロリア・カッツ、ウィラード・ハイク 撮影:リチャード・H・クライン 特撮:ILM、フィル・ティペット 音楽:ジョン・バリー
出演:リー・トンプソン、ジェフリー・ジョーンズ、ティム・ロビンス、ポール・ギルフォイル、リチャード・エドソン、リズ・セイガル、チッップ・ジーン

 冒頭からインディ・ダック(BREEDERS of the LOST STORK)やらRolling Egg(元ネタRolling Stones誌)PLAYDUCK(元ネタPLAYBOY)などなどジョージ・ルーカルらしい泥臭いギャグが連発する。
 地球の科学実験の偶然ににょってアヒル惑星のハワードは地球に無理矢理送られたのだ。ハワードは偶然ビヴァリー(リー・トンプソン)という女性と知り合い、フィル(ティム・ロビンス)という科学館の青年と共になんとか故郷に帰る道を探そうとするが......・

 まずは小人に着ぐるみを着せたハワードが絶望的に可愛くない。この作品はハワードの可愛さにかかっていると思うのだがその出発点で失敗している。
 でも、観ている内にそのハワードが可愛く見えてくるから不思議だ。ジョージ・ルーカスの罠にはまっているのか。
 ラストの暗黒魔王の姿もそれほど悪くない。さすがフィル・ティペット。いや、このシーンまでフィル・ティペットが担当したかは知らないが。
 そして「ハワード・ザ・ダックー」のコーラスで物語は締めくくられる。うん、いいよ。
 ジョージ・ルーカスの『イォーク』や『ウィロー』などの小人趣味などの集大成でもある。ハワードを演じるのはもちろん小人の役者さん。
 脇役時代のティム・ロビンスが脇役を務めていて、ハワード以上に愛らしいのは今のティム・ロビンスを知っているからだろうか。
 終盤のライトプレーンスタントはハワード役の小人役者が実際にやっているそうで見事である。
 当時としては最先端のSFX技術の結晶だったのだ。
 とりあえずリートンプソンが可愛いから良いんじゃないかと思う。
 日本語吹替版としてTV放映版が収録されている。ハワード役は所ジョージ。上手くはないが合っている。

B002JQL3G8.jpg『この森で、天使はバスを降りた』(1996) THE SPITFIRE GRILL 116分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES、CASTLEROCK ENTERTAINMENT

監督:リー・デヴィッド・ズロトフ 製作:フォレスト・マーレイ 脚本:リー・デヴィッド・ズロトフ 撮影:ロブ・ドレイパー 音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:アリソン・エリオット、エレン・バースティン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ウィル・パットン、キーラン・マローニー、ゲイラード・サーテイン、ジョン・M・ジャクソン、ルイーズ・デ・コーミア

 メル友のオンリー・ザ・ロンリーさんのお薦めで観てみました。
 正直、感動作というのにはあまり興味がないのですが、信用している人が薦めてくるからには何かあるのだろうとビデオレンタル屋の棚で手に取りました。
 いわゆる感動作と言うのとは違いますね。淡々としていて、無理矢理に人を感動させようというところがない。爽やかな感じの映画です。
 それでも主人公を殺してしまうというのは反則ギリギリのところかと思いますが、みんな幸せになってハッピーハッピーという作風ではないですからね。これでいいのでしょう。

 刑務所を出たパーシーという女性がメイン州の小さな町にやって来ます。
 彼女は保安官の紹介で町の食堂で住み込みで働くようになります。店の女主人は腰を痛めていたため手伝いが必要だった頑固者のばあさんです。
 最初は彼女がよそ者でしかも刑務所出身ということで町の人はパーシーを白い目で見ます。普通の映画ならば、パーシーが持ち前の明るさで次第に町の人に溶け込んでいくんでしょうが、パーシーはぶっきらぼうな正確で最後の最後まであまり町の人に打ち解けないのがこの手の作品としては珍しいところです。定石崩しですね。
 そんなパーシーの罪状は殺人。しかし、その殺人にはやむにやまれぬ理由があったのです。

 結局、小さな田舎町に来てパーシーは幸せになれたのでしょうか。私にはそうは思えません。疑われて、森の人"ジョニー・B"を助けるために命を落としただけ。
 ただ、もう一度、守りたいと思える物を見つけたのは幸せだったのかも知れません。
 良い映画ではありますが、普通という印象も受けます。予想の中にすべて収まっているのがその理由でしょう。突出したシーンやカットがない。映画としての刺激が足りないのです。オンリー・ザ・ロンリーさん、すみません。
 アリソン・エリオットの演技は自然で、腹の中をなかなか覗かせない謎の女性を演じていてGOOD。ウィル・パットンが嫌味な役を演じていてこちらもGOOD。頑固ばあさんのエレン・バースティンも実は頑固には理由があってそれが解消するところなど実にいい。役者陣は総じていい。ただ、邦題はちょっとくさすぎ。

B002MVOFII.jpg『バッド・バイオロジー 狂った性器ども』(2008) BAD BIOLOGY 85分 アメリカ

監督:フランク・ヘネンロッター 製作:R・A・ソーバーン 脚本:フランク・ヘネンロッター、R・A・ソーバーン 撮影:ニック・ディーグ 視覚効果:アル・マグリオシェッティ 音楽:ジョシュ・グレイザー、プリンス・ポール
出演:チャーリー・ダニエルソン、アンソニー・スニード

 フランク・ヘネンロッターが『バスケットケース3』(1982)以来、16年の沈黙を破って撮った珍作。
 それにしてもこのDVDのパッケージは何とかならなかったのだろうか。勇気を出さんと買えんぞ。一応リバーシブルになっていて自宅では割と普通なパッケージにできるが店頭にこれが並んでいて手を出すのは難しかろう。

 写真家のジェニファーは7つのクリトリスと異常な性欲を持つ女性である。その性欲を満たすために男を引っかけてはセックスにふける毎日。時折、勢いにまかせて相手を殺してしまう事もある。
 バッツは出産時にヘソの緒と間違えてペニスを切断されてしまった。縫合はされた物のそれは形だけ。勃起もせずに寂しい少年時代を送り、ステロイドなどの薬品を自ら注射してペニスを育て上げた。おかげでペニスは60センチもの大きさになったばかりか自らの意思を持つ生命体になってしまった。
 その二人が出合う事によって起きる事件とは。

 よくもこんなことを考えついたものである。下らないことこの上ないしなにより下品だ。ヘネンロッターはイカれているとしか思えない。
 二人が巡り会うまでが長くて、それまではひたすら"やってる"感の強い作品になっている。AVかよって感じだ。
 意志を持ったペニスはついにバッツが寝ている間に勝手に身体から離れると、ペニスだけになって夜逃げをしてしまう。そして床や壁を破って女性宅に侵入しては何人も犯しまくるのだ。ペニス視点の映像というのはおそらくこの作品が初めてであろう。しかしどうやって呼吸とか循環器系をまかなっているんだろうね。60センチのペニスがモデルアニメーションで身をくねらせながら床の上を這ってくるシーンは可笑しかった。そして怖い。あれが夜、部屋に侵入してきたら悲鳴を上げちゃうね。
 このペニスの造形が実に不気味である。このペニスとジェニファーはラストにセックスをする。ジェニファーはセックスをしてから2時間で妊娠・陣痛・出産してしまうこれまた特異体質なのだが、ペニスとのセックスでは即出産してしまう。生まれたのはペニスと赤ん坊がくっついたような奇形児だった。ほんと奇形が好きな人である。そしてどうやらジェニファーはその出産で死亡したようだ。バッツは口から泡を吹いて倒れているがこちらも無事ではなさそうだ。
 ジェニファーもバッツも自分の性器に振り回されて悲劇的結末を迎えるのがもの悲しい。ヘネンロッター作品の多くはラストがもの悲しい物が多いがこれもその一本である。

B0015SZ37Q.jpg『フランケンフッカー』(1990) FRANKENHOOKER 85分 アメリカ SHAPIRO GLICKENHAUS ENTERTAINMENT

監督:フランク・ヘネンロッター 製作:エドガー・レヴィンズ 製作総指揮:ジェームズ・グリッケンハウス 脚本:フランク・ヘネンロッター、ロバート・マーティン 撮影:ロバート・ボールドウィン 音楽:ジョー・レンゼッティ
出演:ジェームズ・ロリンズ、パティ・マレン、シャーリー・ストーラー、シャーロット・ヘルムカンプ、ルイーズ・ラサー

『エクスタミネーター』(1980)や『ソルジャー』(1982)などで一部のファンの間で有名なジェームズ・グリッケンハウスが映画製作プロダクションを作り『バスケットケース』(1982)を監督したフランク・ヘネンロッターに「第二作を作ってみん?」と持ちかけた。それに対するヘネンロッターの答えは「撮っても良いけど、ここ何年か企画として暖めていた作品も撮って良い?ってゆーか撮らせろ」といういきさつで出来たのがこの『フランケンフッカー』。そこまでして撮りたかったかヘネンロッター。

 主人公はジェフリー・フランケンという電気技師。フランケンシュタイン家との関係は不明だが、行動をみるに子孫ではないだろうか。医学生だった過去もあるようだが、色々複雑らしい。そんな彼にもちゃんと彼女エリザベスがいたのだが、父親の誕生パーティーでジェフリーがリモコン仕様に改造した芝刈り機に巻き込まれてバラバラになって死んでしまう。この芝刈り機が大したスピードでもないのに避けられないのに思わず笑ってしまう。
 このどさくさにエリザベスの頭部を確保して培養液に漬けておいたジェフリーは、失われた彼女の肉体を補うべく肉体を売る職業、娼婦に目を付ける。ゾロという名の胴元に依頼して何人かの娼婦を集めてもらうが、それぞれに優れた部分が違って一人に決める事が出来ない。そうしている内に、娼婦たちがジェフリーが隠し持っていたスーパー麻薬"スーパー・クラック"を見つけてしまい吸い始める。そしてあまりの強烈さに身体が爆発するのだ。
 こうして、必要なパーツを手に入れたジェフリーはエリザベスの頭部に娼婦の肉体を手術でくくり付ける。そして今日は嵐の日。雷の中に手術台を上げるジェフリーは、激しい雷雨の中、ついにエリザベスの生命を取り戻した。

 エリザベスは肥満で悩んでいた娘だが、手術によって完璧な肉体を手に入れた。登場当時は非常に垢抜けないイメージだが、完璧な肉体を手に入れてからは非常に魅力的である。
 ジェフリーがエリザベスの新しい身体を設計図として書いている最中にE=MC2とか言ってる。相対性理論は関係ないだろう、さすがに。
 ジェフリーの登場シーンから人間の脳みそに瞳が付いた謎の生命体をいじくっているのだが、それを見ても他の人は驚かない。どうやらお馴染みらしい。その後のシーンでもこの脳みそはバックで水槽の中でプカプカしているのだがあれは何なんだろう。ジェフリーは医学部に行きながら電子工学に惹かれてしまったという設定だから電子生命体なんだろうか。
 スーパー・クラックを吸うと身体が爆発してしまうというのはやはり麻薬が嫌いなのだろうと思ってしまう。『ブレインダメージ』と基本は同じである。身体が爆発しても血が飛び散らないのはレイティングの問題だろう。エリザベスがバラバラになるシーンも飛び散る血しか映らないし、その血も赤ではなく黒いのだ。
 オチは強烈。ホラーとして驚くのではなく強烈なギャグとして終わっている。これは一応ハッピーエンドなのか?
 悩んだり興奮したりすると脳の部位を調べて頭に電気ドリルを刺して精神を落ち着かせるというジェフリーというのもメチャクチャである。
 エロいシーンはあるが全然エロくない。そこが笑える。日本映画に例えるならば石井輝男作品だろうか。うん、石井輝男だ。
 そしてついに娼婦たちのスーパー・クラックによる爆発シーンが始まる。ここ最高。どんどん娼婦たちが爆発していく。怖くない。大爆笑である。
 彼女らの肉体を犠牲にして"雷"を受けて甦ったフランケンフッカーことエリザベス。オリジナルの『フランケンシュタイン』の映画をオマージュして底厚の靴をドタドタと履いている。10年ぐらい前に流行ったなぁ女の子の底厚靴。その頃は女の子がドタドタと歩き回っていたのだ。
 日本人がフランケンフッカーの写真を撮るシーンではバックが富士フイルムのネオン。これは狙っていたのかな。
 分類はホラー映画になるのだろうが、どう観てもホラー映画ではない。コメディ映画である。ギャグ映画である。わはははと笑ってみるのが正解なのかも知れない。

B0015SZ37G.jpg『ブレインダメージ』(1987) BRAIN DAMAGE 88分 アメリカ

監督:フランク・ヘネンロッター 製作:エドガー・レヴィンズ 脚本:フランク・ヘネンロッター 音楽:ガス・ルッソ、クラッチレーザー
出演:リック・ハーブスト、ゴードン・マクドナルド、ジェニファー・ロウリー、セオ・バーンズ、ルシール・セイントピーター

『バスケットケース』のフランク・ヘネンロッターがまた妙な映画を撮った。

 老夫婦が飼っていたエルマーという謎の生物が逃げ出してしまう。そのエルマーに取り憑かれてしまったのが主人公のブライアン。ブライアンは恋人や弟と平凡な生活をしていたのだが、この一件以来それらは破綻してしまう。
 エルマーはブライアンの首の後ろに穴を開け、青い液体を注入する。それは強烈な麻薬であって、ブライアンはすっかりそれの虜になってしまう。そしてラリっている間にエルマーは人を襲って脳みそを食ってしまうのだ。老夫婦のところを逃げ出した理由は動物の脳しか食べさせてくれなかったからなのである。

 モンスター映画のふりをしたジャンキー映画。
 ラリったブライアンが廃車置き場で車が輝きに満ちあふれるのを見たり、部屋の天井が一面の星空になったりとジャンキーの幻覚シーンが描かれる。
 それと同時に、自分とエルマーが人を殺していたと知ったブライアンが、エルマーの麻薬を断って断薬すべく安ホテルの一室で苦しむシーンもある。耳から脳みそが引っ張り出されたり、耳が落ちたり血が大量に噴き出したりと禁断症状の中で見る幻覚は真に迫っていて怖ろしい。これを見ると麻薬をやりたくなくなる事間違いなし。
 仕事も辞め、自室に閉じこもり麻薬にのめり込む。家族や恋人も遠ざかっていく。麻薬中毒患者の実態を描いているかのようだ。フランク・ヘネンロッターは麻薬に関しては否定的なようだ。逮捕された元アイドルも『ブレインダメージ』を観ておけば覚醒剤なんかに手を出さなかっただろうに。一度はまると抜け出せない様子がしっかりと描かれている。
 結局、ブライアンはエルマーの麻薬への依存から抜け出せずに、今度は意図して人を殺す行為に手を貸す事になる。ブライアンとエルマーの絆が深まったのだ。
 エルマーは棒状の生命体で、ペニスのイメージ。女性にフェラされる状態で脳みそを食ってしまうシーンもある。気楽な口調でペラペラしゃべるし、変な歌を歌ったりもする。人の脳みそさえ食わなければ良い奴なのかもしれない。脳みそを食う時点で失格だが。イメージ的には『リトルショップ・オブ・ホラーズ』のオードリー2をなんとなく思い出した。太古から生きてきたという割には、ジジイに簡単に握りつぶされて死んでしまう弱さ。よく生きて来られたな。続編があったらあそこから復活するのか?
 エルマーの食欲は留まるところを知らず、主人公の恋人さえディープキスに見せかけて食ってしまう。こんな悲惨な死に方をするヒロインも珍しい。
 ラストは大量の麻薬を脳に注入されたブライアンが頭をピストルで吹き飛ばす。すると割れた頭から大量の光があふれ出す。どんな終わり方だ。
 低予算映画なので映像的に安っぽいのはしょうがない。その安っぽさが逆に麻薬の恐怖をかき立てている部分もある。異物と青年という組み合わせは『バスケットケース』と同じだ。
 地下鉄の車内でそのバスケットケースを抱えた男が登場するのにご注目。

ペプシ 小豆味

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pepsoazuki.jpg恒例となったペプシコーラの「誰が得をするんだ」シリーズの新作はなんと"小豆味"である。和風である。日本である。「小豆とごうか、人取って食おか」なんである。

 プシュッとフタを開けてまず飲んでみる。んー、これ小豆か?あえて言うならば小豆の皮の匂いがしないでもないが味は意外と普通。(いや、変だけどね)
 てっきり井村屋あずきバーを溶かして炭酸にしたような代物を予想していただけにちょっとがっかり。これではちょっと変わった味の炭酸飲料だ。
 夏のシソ味はしっかりシソしていたのになぁ。ペプシの開発陣、世間の良い意味での悪評に油断してるんじゃない。
 飲んだ途端に「なんじゃこりゃー」と叫びたくなるような次回作を期待する。それしか価値がないんだからさぁ。

B001P3PP0G.jpg『スター・トレック』(2009) STAR TREK 126分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES、SPYGLASS ENTERTAINMENT、BAD ROBOT

監督:J・J・エイブラムス 製作:レナード・ニモイ、J・J・エイブラムス、デイモン・リンデロフ 製作総指揮:ブライアン・バーク、ジェフリー・チャーノフ、ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン 原作:ジーン・ロッデンベリー 脚本:ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン 撮影:ダン・ミンデル 視覚効果スーパーバイザー:ロジャー・ガイエット プロダクションデザイン:スコット・チャンブリス 衣装デザイン:マイケル・カプラン 編集:メリアン・ブランドン、メアリー・ジョー・マーキー 音楽:マイケル・ジアッキノ 
出演:クリス・パイン、ザカリー・クイント、エリック・バナ、ウィノナ・ライダー、ゾーイ・サルダナ、カール・アーバン、ブルース・グリーンウッド、ジョン・チョー、サイモン・ペッグ、アントン・イェルチン、ベン・クロス、レナード・ニモイ、クリス・ヘムズワース、ジェニファー・モリソン、ジミー・ベネット、ヤコブ・コーガン
 
 TVシリーズ『宇宙大作戦』の多少前、カークがUSSエンタープライズの船長になり、ミスター・スポックと奇妙な友情で結ばれるまでを描いた物語。
 それにしてもDVDのパッケージ怖いなー。劇場公開時のポスターもこれだったんだろうか?

 とりあえず、バルカン星が破壊されちゃってるけど、これっていいんだろうか?
 そのそもタイムトラベルが関わっている物語なので、一種のタイムパラドックスという事にしておこう。
 中学生の頃、深夜に『宇宙大作戦』が放映されていて、親に怒られながらこっそり観ていた自分にとっては嬉しい作品である。スールー(ミスター・カトー)の特技がちゃんとフェンシングだったり(『宇宙大作戦』シーズン1の『魔の宇宙病』参照)、バルカン掴みや「長寿と繁栄を」のバルカンサインなどお馴染みの設定が登場する。
 ただし、監督のJ・J・エイブラムスは『スター・トレック』のファンではなく特に思い入れもないらしい。そんなだからバルカン星を破壊する事が出来たのかも知れない。

 カーク役のクリス・パインはちょっとスマートすぎる印象を受ける。もっと考えなしに直感で行動するのがカーク船長ではないだろうか。外見は合っている。カーク船長が若かりし日はこんな感じだっただろうと思わせてくれる。
 スポック役のザカリー・クイントはナイスキャスティング。ちょっと感情に走りすぎるところがあるが若き日のスポックはまだ自分の感情を律し切れていなかったのだろう。母親が地球人なだけに純粋なバルカン人ほど冷静沈着ではないのだ。ウフーラとの恋愛話はちょっと余分。その後の事を考えるとそんなことがあるはずがない。
 ドクター・マッコイはその後のTVシリーズでの年齢から考えるとちょっと若すぎ。しかし、20代を中心のメンバーの娯楽作にしたかったのだろう。
 逆恨みの敵役エリック・バナは素顔がほとんど分からない。もったいない話である。
『宇宙大作戦』では日系人のジョージ・タケイが演じたスールーだが、今回は韓国人の俳優に持って行かれてしまった。日本人としては残念。でもスールーは日本人の血も混ざっているが、フィリピンなどアジアの多くの血が混ざっているという設定なので韓国人俳優でも良しとしよう。本当はここでちゃんと英語がしゃべれる日本人俳優がいればキャスティングされる可能性もあるのだが、そういう俳優がいないか少ないのであろう。
 ブリッジにアメリカ系からロシア系、アフリカ系まで各種人種が揃っているのが差別のなくなった未来社会の『スター・トレック』の特徴だ。

『宇宙大作戦』を観ていない人にも充分楽しめる内容になっている。知っていればさらに楽しめる。宇宙船での戦いや、氷の惑星でのモンスターとの追いかけっこなど、飽きさせる暇がない。パラシュートで無理して突っ込んでいったあげく死んでしまった男は馬鹿だが。
 最近では珍しいスペースオペラで、宇宙物が流行った80年代に青春を送った者としては懐かしさで嬉しくなってしまう。シールド全開、魚雷発射、フェザー発射。ワープ最大速度!
 2時間を超える長さを感じさせない次から次へと事件が起こる見事な娯楽作に仕上がっている。
 最後の敵の倒し方はあまり後味がいいものではないが星を一つ消し去った連中だからと納得させる。
 ラストには『宇宙それは人類に残された最後の開拓地である......』のセリフが流れ、オリジナルを思わせる嬉しい終わり方をしてくれる。
 そしてまさかの老人になったスポック役としてオリジナルのレナード・ニモイのゲスト出演。さすがに年を取ったね。でもまだ元気そうで何より。これまた嬉しい。
 ただ老スポックとの出会いがあまりにもご都合主義的すぎるとは思うが、それもまた娯楽映画ならではだ。
 アメリカでは大ヒットしたそうなので続編が作られる可能性は高い。今から期待大である。

B002MTS3YM.jpg『パーフェクト・ストレンジャー』(2007) PERFECT STRANGER 110分 アメリカ

監督:ジェームズ・フォーリー 製作:エレイン・ゴールドスミス=トーマス 製作総指揮:ロナルド・M・ボズマン、チャールズ・ニューワース、デボラ・シンドラー 原案:ジョン・ボーケンキャンプ 脚本:トッド・コマーニキ 撮影:アナスタス・N・ミコス プロダクションデザイン:ビル・グルーム 衣装デザイン:レネー・アーリック・カルファス 編集:クリストファー・テレフセン 音楽:アントニオ・ピント
出演:ハル・ベリー、ブルース・ウィリス、ジョヴァンニ・リビシ、ゲイリー・ドゥーダン、クレア・ルイス、リチャード・ポートナウ、ニッキー・エイコックス、フロレンシア・ロザーノ、ハイジ・クラム、ポーラ・ミランダ、タマラ・フェルドマン、ジェイソン・アントゥーン、キャスリーン・チャルファント

『ラスト7分11秒まで、真犯人は絶対わからない──。』
 これが公開時のコピーなのだが......あのぉ犯人分かっちゃったんですけど。
 もちろん、コピーは日本の配給会社が勝手に付けているので、それと映画の内容が必ずしも合致している可能性はないわけだが。
 ラストのどんでん返し系の映画だが、コピーでどんでん返しが来ると分かっているわけで、そうなると逆に怪しくない奴から絞っていくと一人の人物に行き着く。まさかそのまんまこいつじゃないよなと思っていたらこいつだったからちょっとがっくりしてしまった。

 子供の頃からの友人が何者かに殺された。主人公の女性記者ロウィーナ(ハル・ベリー)は大手広告代理店の社長ハリソン・ヒル(ブルース・ウィリス)が怪しいと目星を付け、パソコンの専門家マイルズ(ジョヴァンニ・リビシ)の協力の下、広告代理店にスタッフとして潜り込み捜査を始める。だが、物語は意外な方向へと進んでいくのだった。

 アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を読んだ人はそれを想像してもらえばいい。最初の1回は画期的だが、2度目からは通用しない手段だ。その手段を堂々と使っている辺り、どんでん返しさえすれば良いと思っているのではないだろうか。個人的にはどんでん返し系にはそろそろ飽きた。それこそ最初の数作は驚くが、何作も続くとまたかとなってしまう。
 展開自体は火曜サスペンス劇場のよう。リアリティが致命的に欠けている。マイルズが広告代理店のサーバに細工をしたとはいえいきなり簡単に大手広告代理店に契約社員とはいえ就職できるか?そもそも広告代理店に一台だけファイヤーウォールの甘いサーバがあるというご都合主義はどんなものだろうか。辻褄が合わないところも多いし伏線の張り方が甘くて物語に深みがない。子供時代の回想シーンはもっと上手く使えたはずだ。これでもっときっちりと作り込んであれば感想も違った事であろう。
 犯人の動機は理解できるが、何故その様にしたのかという理由が不明確だ。完全犯罪を目論んだのだろうが、そうしなくても捕まる事はなかったろうに。
 そして最後にはまた余分なオチを付けて終わる。素直に終わっても良かったと思うのだが。それか真犯人が警察に捕まって終わるでも良かっただろう。とにかく脚本の練りが足りない。
 結局エロオヤジだったブルース・ウィリス。やはりこの人は目つきがいやらしい。こき使われたあげく悲惨な目に合うジョヴァンニ・リビシは作品の中で一番光っていた。純情そうで実は異常なところもあるという複雑な役柄を演じきっていた。
 ハル・ベリーはかなりきれいで『キャットウーマン』の悪夢を忘れさせてくれた。でもあの作品もけっこう好きなんだけど。
 それにしてもタイトルの『パーフェクト・ストレンジャー』の意味が分からない。

B002MTS40A.jpg『サスペクト・ゼロ』(2004) SUSPECT ZERO 99分 アメリカ

監督:E・エリアス・マーヒッジ 製作:ゲイ・ヒルシュ、E・エリアス・マーヒッジ、ポーラ・ワグナー 製作総指揮:モリッツ・ボーマン、ガイ・イースト、ゲイリー・ルチェッシ、トム・ローゼンバーグ、ジョナサン・サンガー、ナイジェル・シンクレア 原案:ザック・ペン 脚本:ザック・ペン、ビリー・レイ 撮影:マイケル・チャップマン 音楽:クリント・マンセル
出演:アーロン・エッカート、ベン・キングズレー、キャリー=アン・モス、ハリー・レニックス、ケヴィン・チャンバーリン、ウィリアム・メイポーザー、フランク・コリソン、ニコール・デハッフ

"サスペクト・ゼロ"とは特定の犯行手口やパターンがなく、捜査線上に決して浮かび上がらない、犯罪者。殺意だけで無差別殺人を繰り返す、プロファイリング不可能な殺人犯を意味する。んだそうである。

 捜査上でヘマをしたためにダラスからアルバカーキへ左遷されたFBI捜査官マッケルウェイ(アーロン・エッカート)の元に謎のFAXが送られてくる。多数の行方不明者のリストと謎のメッセージに導かれるように、マッケルウェイは行方不明者の捜索に当たるようになる。ダラスから応援で駆けつけたかつての恋人フラン(キャリー=アン・モス)と共に捜査に挑むマッケイウェイの前に、謎の人物ベンジャミン・オライアン(ベン・キングズレー)の影が浮かび上がる。

 とりあえずアーロン・エッカートのアゴはいつものごとく割れている。アゴの割れているいないは獲得形質であって遺伝形質ではないというのは本当だろうか。つまりアゴの割れている親から生まれたからアゴが割れているというわけではなく食生活で固い物をたくさん噛むなどしてアゴの筋肉が発達して結果として割れるというわけだ。あなたにも幼いお子さんがいたらクルミとか麦など固い物を存分に食べさせてLet'sアーロン・エッカートだ。
 無意味に映像が凝っていて、天地が逆になったカットとか、微妙に斜めになったカット、役者の顔のアップなどが印象に残る。撮影は『タクシードライバー』(1976)などのマイケル・チャップマン。
 とにかく遠隔透視とか言って千里眼+テレパシーのような能力を持った登場人物が登場するのはサスペンス映画として犯則であろう。それができたら犯人なんか思うがままに見つけられてしまう。
 しかし、その能力者がFBIを追われて、自らの能力にも悩まされながら生きているというところに面白みがある。
 最初にその人物は2人の人物を殺すが、実は二人とも連続殺人鬼。その人物は連続殺人鬼を殺す事で殺人を止めたのだ。だが、司法の場ではそれは通用せず単なる殺人鬼扱いされてしまう。当然と言えば当然だが、超能力者の悲哀である。
 もしも人類を滅ぼす核戦争を引き起こす人物をプレコグニション(予知能力)で当てたとしてその人物を殺したら殺人鬼かというのがスティーヴン・キングの『デッド・ゾーン』(1983)だが、それに近い物を感じるのはオレだけだろうか。

 その人物を演じるのはオスカー俳優のベン・キングスレー。この人も老けない人だ。深く入り込んだ芝居をしていて熱演である。自らの能力に振り回されて、行方不明者の顔が夢に浮かび夜も眠れず、アーロン・エッカートに「頼むから殺してくれ」と哀願するもの悲しさ。
 ソ連のKGBが超能力の研究をしていたのは周知の事実だし、CIAもそれに影響されて行っていたという。だったらFBIで超能力による犯罪捜査の研究をしていてもおかしくないという理屈なのだろう。まるで『X-FILES』だな。フォックス・モルダーが知ったら喜びそうだ。「君はそう言うがねスカリー、これはFBIで実際に行われた実験なんだ」とか。
 アーロン・エッカート自身もベン・キングスレーに似た資質を持っていて、だからこそ彼に事件を託したのだろう。
 犯人はバファロービルなどと比べるとはるかにしょぼいが、犯人当て映画じゃないのでそれは大きな問題にはならないだろう。もちろん、真犯人が魅力的で、最後の対決が盛り上がれば言う事なしではあるのだけれど。演出がしょぼいというのはあるな確かに。

 オープニングで牛乳パックに行方不明者の広告じゃないか、広報が掲載されているのが映るが、アメリカでは実際にそういう商品が売られているらしい。朝食でシリアルに牛乳をかけようと思ったら行方不明者の広報......アメリカ人の朝食は重すぎる。
 そのぐらい行方不明者が身近ということでもある。そんなもの身近であってはこまるのだが、それがかの国の現状。子供からティーンエイジャーを始めとして大人まで幅広い年齢の人が行方不明になっている。その中には、家出人で都会に出て暮らしているとか、世捨て人になってしまったとか、単に今の生活が嫌で失踪してしまった人もいるだろう。だが、大部分が犯罪に、例えば児童ポルノなどに巻き込まれてしまって命を落としているのだろう。そんな国だからこのような物語もリアリティを持つ。
 日本も年間10万人以上の行方不明者が警察が受理した分だけでもいて、その8割が女性で内4割近くが13歳未満だという。警察が事件性がないとして受理しない分を含めるといくらになるか想像も付かない。日本の牛乳パックに行方不明者の広報が載るのもそう先の話ではないのかも知れない。

キャリー=アン・モス"トリニティ"が『マトリックス リローデッド』から1年で一気に老けて(それまでもやばかったが)オバさんになっていたのには驚いた。でもこの人1967年生まれなのね。そりゃオバサンだわ。

B002MTS3T2.jpg『ミラクル7号』(2008) 長江七號/CJ7 88分 香港

監督:チャウ・シンチー 製作:チャウ・シンチー、チュイ・ポーチュウ、ハン・サンピン、ヴィンセント・コク 脚本:チャウ・シンチー、ヴィンセント・コク、ツァン・カンチョン、サンディ・ショウ、フォン・チーチャン 撮影:プーン・ハンサン 音楽:レイモンド・ウォン アクションコレオグラファー:クー・ヒンチウ、ユエン・シンイー
出演:チャウ・シンチー、シュー・チャオ、キティ・チャン、リー・ションチン、フォン・ミンハン、ホアン・レイ、ヤオ・ウェンシュエ、ハン・ヨンホア、ラム・ジーチョン

 チャウ親子は超貧乏。それというのもティー(チャウ・シンチー)はただでさえ工事現場で働く薄給の身なのに、学がない自分を反省して息子のディッキーをお金持ちの子が通う私立の小学校に入れているからだ。おかげでディッキーの靴などはゴミ捨て場で拾ってくる始末。
 ある晩の事、ゴミ捨て場で靴を探していたティーは緑色のゴムボールのような物体を見つけ、ディッキーにお土産に持って帰る。実はこのゴムボールの正体は犬のような宇宙生命体だったのだ。ミラクル7号通称ナナちゃんと名付けられたこの生物は腐ったリンゴを新鮮な物にしたり、壊れた扇風機を動くようにする能力を持っていた。そしてある日、ティーがビルの建築現場から事故で落下する。

 チャウ親子の貧乏振りがえげつないほどリアルに描かれている。それでいて楽しそうなのが不思議なところ。ゴキブリをおびき出しては手や足で潰す競争や、腐ったリンゴの腐った部分をナイフで切って食べられるところだけにするなどだ。
 親子が住む廃墟じみた建物も秘密基地のようで面白そうだ。

 今回のチャウ・シンチーは主役ではなく脇役。主役は息子のディッキーだ。チャウ・シンチーはカンフーの達人でもなければ超人でもなく建築現場で働く普通のオヤジ。どちらかというとひ弱な描写だ。
 映画としてはファミリームービーで、そのため恒例のどぎついギャグは控えめになっている。
 ディッキーは魅力的な子で、この子のおかげで映画が素晴らしい物になっている。ちなみにディッキー役のシュー・チャオはメイキングによると女の子とのこと。インタビューに答えている姿は確かに女の子。これが映画になるとちゃんと男の子に見える。映画のマジックだ。
 ラストはティーの命を救う代わりに自らの命を失うミラクル7号の犠牲的精神にかなり感動させてくれる。
 所々で『少林サッカー』『カンフーハッスル』のパロディが出てくるのが笑える。
 途中でナナちゃんがドラえもんのように秘密道具を作ってくれるというシーンが出てくるがこれはディッキーが見た夢。夢の中でのナナちゃんはカンフーもこなすスーパー宇宙犬なのだ。顔は毛がフサフサだが身体は緑のゴム状の物質という違和感が面白い。表情も豊かでなかなかCGの出来はよい。ウンコマシンガンには困ったものだが。ウンコネタがいくつかあったが、個人的には好きではないが子供は喜ぶんだろうな。
 貧乏人が金持ちの学校に通っているという事で嫌味な先生やいじめっ子などが出てくるのは定番。大食らいで巨体の上に喧嘩も強い女の子が出てくるのも定番?
 ディッキーの面倒をみる女性教師がチャイナドレスで実に色っぽくて良かった。

B002JPC8HC.jpg『サスペリアPART2』(1975) PROFONDO ROSSO 106分(劇場公開版)/ 126分(完全版) イタリア

監督:ダリオ・アルジェント 製作:クラウディオ・アルジェント 製作総指揮:サルヴァトーレ・アルジェント 脚本:ダリオ・アルジェント、ベルナルディーノ・ザッポーニ 撮影:ルイジ・クヴェイレル 特殊効果:カルロ・ランバルディ 音楽:ジョルジオ・ガスリーニ、ゴブリン
出演:デヴィッド・ヘミングス、ダリア・ニコロディ、マーシャ・メリル、ガブリエル・ラヴィア、エロス・パーニ、クララ・カラマーイ、ニコレッタ・エルミ、ジュリアーナ・カランドラ

 DVDには106分の劇場公開版と126分の完全版が収録されている。どうせならということで完全版の方を観た。劇場公開版のファンには間延びしている、テンポが悪いという意見もあるようだがさすがに二度観はきついので完全版での感想となる。

 肉切り包丁でテレパシーを得意とする超能力者が殺された。たまたまその現場を目撃した主人公のマークは女性新聞記者のジャンナと共に事件解決にあたる事になる。だが事件は思わぬ方向へと進んでいく。

 冒頭で超能力者というスーパーナチュラル(超自然現象)な要素が出てくるが、それ以降は登場せず、ホラーというよりはスリラー映画となっている。
 黒い革手袋はダリオ・アルジェント映画にとって殺人者の印。しかも今回は殺人者の正体(性別・年齢)を隠す役に立っている。スリラー映画としてはねちっこち殺し方の連続で後のホラー映画のダリオ・アルジェントを意識させる。
 そうそう、『サスペリアPART2』(1975)とはなっているが『サスペリア』(1977)の大ヒットで以前の作品の『PROFONDO ROSSO』に無理矢理『サスペリア』のタイトルを付けただけで両作にはなんら関係がない。
 ダイイングメッセージがまったく意味のない物になっているなどストーリー的には大雑把な感じはあるがラストのトリックのオチには唸らされる。ネックレスで首がチョッキンにも驚かされる。子供の歌が効果的に使われていて、繊細さを感じさせる。
『サスペリア』のような効果的な照明は使われていないが、赤が強調された映像はやはりダリオ・アルジェントだ。
 音楽にはゴブリンが参加しており、ロック調の音楽が使われていて耳に残る。
 犯人の動機がはっきりしないなど弱点もあるが、スリラー映画としては映画史に残るものだろう。

B000NO1YL2.jpg『愛しのジェニファー』(2005) MASTERS OF HORROR: JENIFER 58分 アメリカ

監督:ダリオ・アルジェント 製作総指揮:キース・アディス、モリス・バーガー、スティーヴン・R・ブラウン、アンドリュー・ディーン 原作:ブルース・ジョーンズ 脚本:スティーヴン・ウェバー 撮影:アッティラ・スザレイ 音楽:クラウディオ・シモネッティ
出演:スティーヴン・ウェバー、キャリー・アン・フレミング

 刑事のフランクはある男が肉切り包丁で女性を切り刻もうとしている現場に出くわし、警告しても聞かない男を射殺する。
 女性は豊満な魅力的な肉体をしていたが、醜い奇形の顔をしていた。妙に男の庇護心をそそるその女性の名はジェニファー。フランクは精神病院に収容されたジェニファーを自宅に連れて帰る。妻には反対されるが、この娘には行くところがないんだと無理矢理説得する。
 しかし、猫を殺して生のまま食べるなどの奇行が始まり、妻と息子は家を出て行ってしまう。そんな中でもジェニファーに求められるとセックスにふけってしまうフランクだった。こうしてフランクの破滅への道が始まった。

 アメリカのTVミニシリーズ『マスターズ・オブ・ホラー』からダリオ・アルジェントが担当した回。TVなのでダリオ・アルジェントの特徴であるねちっこい殺害シーンはそれほど登場しないが、ジェニファーが人を襲ってははらわたをむさぼり食うシーンは怖ろしい。
 だがそれ以上に、ジェニファーが普通にしているシーンにぞっとするところがある。セックスを求めていくところも怖ろしい。しちゃいけないと頭では理解しているのにやってしまうフランクが男の生理を表していて悲しい。そうしてずるずると身を持ち崩していくのだ。抜け出せたかなと思うとジェニファーの行動でまた振り出しに。いやもっと悪い状況に陥っていく。それが分かっているのにジェニファーを捨てる事が出来ない。精神病院に返してしまえばいいと思うのだが、フランクにはそれが出来なかったのだろう。ジェニファーはフランクに依存しているが、フランクもある意味ジェニファーに依存していたのだろう。例えそれがセックスだとしても。
 ジェニファーは純粋な悪だがそれは無垢なる存在であるがゆえだ。彼女は自分の欲求を隠そうともせずにそれに素直に従う。それが例え殺人であってもだ。そんな彼女も懐いた男には尽くす。そうやって男に依存して生きてきたのだ。
 ダリオ・アルジェント色は少々薄い。脚本が他人担当だからだろうか。音楽もそれほど凝っていなくて耳に残らない。
 ラストはオチがキレイに決まって一人の男の堕落の物語に決着が付く。そしてジェニファーは新しい男に依存して生き抜いていくのだろう。新しい男を破滅に導きながら。

B0002CHNCO.jpg『シャドー』(1982) TENEBRE 101分 イタリア

監督:ダリオ・アルジェント 製作:クラウディオ・アルジェント 脚本:ダリオ・アルジェント、ジョージ・ケンプ 撮影:ルチアーノ・トヴォリ 音楽:クラウディオ・シモネッティ、ファビオ・ピナテッリ
出演:アンソニー・フランシオサ、ダリア・ニコロディ、ジョン・サクソン、ジュリアーノ・ジェンマ、ララ・ウェンデル、ミレッラ・バンティ

 床屋用の剃刀を使った連続猟奇殺人が起こり、その被害者の口にはベストセラー『暗闇』のページが破られて押し込められていた。
 本の宣伝のためにローマを訪れていた著者のピーターは嫌疑をかけられてしまい、自ら疑いを晴らすために真犯人捜しに乗り出す。

 スーパーナチュラルは関係ないサイコスリラーとなっている。推理物の形を取っているが、そこはそれダリオ・アルジェントのこと。ストーリー的にはさほど観るところはない。真犯人が途中で入れ替わるトリックぐらいなものか。
 真犯人が途中で分かるのだが、そこであっさり殺されてしまって新たなる殺人鬼が誕生する。どうということのないトリックだが警察は混乱する。だが観客にとっては謎解きはあまり意味がない。特に終盤はグダグダだし。

 見所はやはり殺害シーン。前半は剃刀を使っての殺人シーンで、黒手袋をはめた犯人が女性の喉笛を掻っ切るといかにも痛そうに皮膚が切れ血が噴き出す。こうして"堕落した"女性たちが次々と殺されていく。犯人は彼女たちに怒りを抱いているらしい。
 後半では犯人が替わり凶器も斧に変わる。ずっしりした斧で骨まで砕くかのように一撃を与える。最初の犯人が剃刀で殺しを楽しんでいたのに対し、こちらの犯人は殺せばいいと一種事務的。中には腕を切断された上に背中に斧を食らう女性もいる。
 ただ、ダリオ・アルジェントとしては残酷描写が控えめな映画である。殺害シーンも短めで、これでもかと見せるところがない。だが、独特の美学を持っており、映像美としての出来は良い。
 レズビアンの女性が住んでいる家で、1階から2階へとカメラが昇っていくシーンなど見所である。独特のカット割りが色々と参考になる。

 ピーターのエーじゃんとしてジョン・サクソンや刑事としてジュリアーノ・ジェンマが出演しており意外な拾い物であった。特にジュリアーノ・ジェンマは嬉しい。
 ラストで犯人も自決してほっとしたところに、そのジュリアーノ・ジェンマが立っており、かがんだところ真後ろに犯人が背後霊のように立っていたというシーンにはドキッとしてしまった。技術的には大したことをやっているわけではないが、効果としては抜群である。

 音楽は例によってゴブリンのメンバーが担当している。ヘビメタ風の音楽が作品を盛り上げる。やはりダリオ・アルジェントの作品は音楽が魅力である。ダリオ・アルジェント作品の音楽を普通の物と入れかえてみたらどうなるんだろうね。

『フェノミナ』ではチンパンジーが人間を襲ったが、『シャドー』ではドーベルマンが少女を襲う。フェンスを乗り越えても跳び越えて追いかけてくる。そして追い詰められたのがなんと真犯人の家。そこで証拠を目撃してしまった少女は哀れにも殺される。他の人間はともかくこの少女だけには同情してしまった。
 こらドーベルマンの飼い主。放し飼いにしないとちゃんと繋いでおかんか。

B001E5R77E.jpg『猛進ロイド』(1924) GIRL SHY 75分 アメリカ

監督:フレッド・ニューメイヤー 撮影:ウォルター・ランディン、ヘンリー・コーラー
出演:ハロルド・ロイド、ジョビナ・ラルストン、カールトン・グリフィン、R・ダニエルズ

 主人公ハロルドは女性恐怖症。だというのに妄想を基に如何にして女性にもてるかを自分の体験談として書いたという本を執筆した。
 その本を都会へ売り込みに行った時に名家のお嬢様と出会う。彼女は汽車に乗せてはいけない犬をこっそり持ち込んでおり、それを車掌から隠すのにハロルドが一役買う。
 お嬢様には言い寄っている男がいたが、これが不誠実な男。男はお嬢様に結婚を迫るが、お嬢様はハロルドを好きになっていた。それはハロルドも同じ、すっかりお嬢様に惚れていた。
『SECRET OF MAKING LOVE』の原稿は社長は読まず原稿校閲部に廻された。そこでは大ウケ。ただし、モテモテ本としてではなくお笑い本としてであった。みんなで読んでは大笑い。そこへ新章のアイディアを持ったハロルドがやってくるが、社長には「あんなバカらしい本を出版できるか」とののしられ、原稿校閲部の人間にはからかわれる始末。
 とぼとぼと出版社から出てきたところでお嬢様と会うが、自分にはお嬢様の好意を受ける資格がないと思ったハロルドはお嬢様を振ってしまう。
 傷心のお嬢様につけ込んだ不誠実な男はまんまと結婚の約束を取り付ける。
 そのころ、ハロルドに好意的な原稿校閲部の老人は社長に『SECRET OF MAKING LOVE』をモテモテHOW TO本ではなく原稿のプロである原稿校閲部のみんなを大爆笑させたお笑い本として出版する事を提案する。こうして『まぬけの日記』に改題され出版が決まり、前払いとして3000ドルの小切手がハロルドに送られた。
 小切手を受け取って有頂天になるハロルドだが、新聞で今日お嬢様の結婚式が行われるのを知りガックリと落ち込む。そこに入ってきた女性客は新聞を見て不誠実な男が自分の夫だと言い、証拠の写真付きネックレスまで見せてくれる。ネックレスを借りたハロルドは、結婚を阻止するためお嬢様の屋敷へと急ぐが、すんでのところで汽車に乗り遅れてしまう。
 このままでは間に合わない。そう思ったハロルドは走り出す。

 終盤までは細かいギャグをテンポ良く重ねたコメディとなっている。
 汽車の中で車掌から犬を隠すシーンはあの手この手のギャグの連発で考え抜かれた物になっている。サイレント時代のドタバタギャグである。
 ハロルドは女性恐怖症の上に極度のあがり症で、すぐにどもってしまうが笛の音でそれが解消される。汽車の中でお嬢様に自己紹介をしようとしてどもってしまい汽車の汽笛でちゃんとしゃべれるようになったりする。笛の音でしゃべれるようになるギャグはラストでも活用されている。
 汽車の中でお嬢様から手渡された犬用クッキーの箱と、ハロルドがふとしたはずみで買ってしまいお嬢様にプレゼントしたクッキーの箱がお互いの手元に残って絆となるのは良いアイディアだ。
 お嬢様にすっかりいかれてしまったハロルドがボートに乗っていると水面にお嬢様の顔が幻となって映る。と思ったら、橋の上に本当にお嬢様がいたのであった。

 終盤はひたすらハロルドが疾走する。自動車、馬、市電、白バイ、馬車、そしてまた馬といくつもの乗り物を乗り継いでお屋敷に到着する。ただ、このシーンはテンポがもっさりしていて、あまりハラハラしない。一つ一つのシチュエーションが長すぎるのとギャグが少ないのがその理由だろう。
 白バイで工事中の溝に突っ込むと、工事夫たちがピョンピョン跳びだしてくるところなどは笑ったのだが。
 ハロルド・ロイドらしく市電の上でアンテナに掴まってのスタントや、馬車の荷車を外して自由になった馬に飛び乗るスタントなど本人がやっているスタントを堪能できる。
 もっと尺を切ってテンポを良くして、サイレントコメディならではのギャグをふんだんに盛り込めば伝説のシーンになったと思うのだが残念である。

 残念と言えば、ハロルドが女性恐怖症という設定も物語の導入部で使われているだけで、お嬢様と出会ってからはすぐに単なる内気な男になってしまう。これでは女性恐怖症という設定は必要なかったのではないか。いや、そうでないと妄想を基に本を書くという部分が抜けてしまうか。

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