2009年10月アーカイブ

B0002CHNCE.jpg『フェノミナ』(1984) PHENOMENA 111分/115分 イタリア

監督:ダリオ・アルジェント 製作:ダリオ・アルジェント 脚本:ダリオ・アルジェント、フランコ・フェリーニ 撮影:ロマノ・アルバーニ 特殊効果:セルジオ・スティヴァレッティ 音楽:ゴブリン、サイモン・ボスウェル
出演:ジェニファー・コネリー、ドナルド・プレザンス、ダリア・ニコロディ、ダリラ・ディ・ラッツァーロ、パトリック・ボーショー、フィオーレ・アルジェント、フェデリカ・マストロヤンニ、フィオレンツァ・テッサリ、ミケーレ・ソアヴィ、ファウスタ・アヴェリ

 可憐な美少女時代のジェニファー・コネリー。単に可愛いだけではなく気品があった。今では気品のある美女となった彼女がいじめていじめぬかれる映画だ。誰がいじめるって?監督のダリオ・アルジェントだ。

 アメリカからスイスの寄宿女子校に有名俳優の娘が転校してくる。その彼女は虫と共感するテレパシー能力を持っていた。その能力を使って連続少女殺人事件を解決するのがこの映画だ。
 だが、そんな話の筋道はどうでもいい。例によってダリオ・アルジェントらしい理屈は通っているが支離滅裂だから。それよりもジェニファーのいたぶられ具合を楽しむ映画である。美少女がいたぶられるのを観て楽しむのだからずいぶんと倒錯的な映画だと言える。
 気違い扱いされるわ、謎の薬を飲まされてゲロを吐くわ、腐った死体とウジ虫で一杯の小さなプールに落とされるわ、湖で水面で炎が燃えさかる中を泳ぐわと散々な目に合うジェニファー。これだけ悲惨な目に合わされる美少女女優というのも珍しい。というか多分他にいない。ジェニファーは今では「何であの仕事受けちゃったんだろう?」と反省しているに違いない。汚れ役で役者として一枚抜けるとは言うが、これ本当に汚れちゃってますから。
 よく見るとウジ虫のプールは作り物で、ウジ虫のアップだけ別撮りして上手く組み合わせてあるのだが、それでもあの現場での生理的反感は強かったに違いない。それを見事にこなしてしまう女優根性。嫌がって騒いでいるのが演技に見えない。というか演技じゃなかったりして。
 こういった物理的なイジメに加えて、虫と心が通じると書いた手紙を読まれた女子寮で寮生たちから「わたしはクモよ」「わたしは蝿よ」とよってたかっていじめられる精神的イジメが実は一番怖かった。女って容赦ねーなー。ダリオ・アルジェントは美少女の神性を信じると同時に、ぶさいくな普通の少女の残酷さも合わせて描く。これまた倒錯的である。その寮生たちをジェニファーが蝿の大群を呼び寄せて脅かすシーンは痛快である。その割りには終盤近くで手に付いたウジ虫を洗い流していたがあれはいいのか?

 昆虫学の権威としてドナルド・プレザンスが登場。ダリオ・アルジェント作品の登場人物がしばしばそうであるようにドナルド・プレザンスも両足が不自由で車椅子の生活。そのため、身の回りの世話をチンパンジーにさせている。このチンパンジーがラストで重要。ドナルド・プレザンスは思うように動けないものだから逃げようとしても逃げられずに簡単に犯人に殺されてしまう。残酷である。障害者をいたぶる事にかけても一流なのだ、ダリオ・アルジェントは。

 オープニングで一人の少女が道に迷い、助けを求めた田舎の一軒家で殺人鬼に出くわし殺されてしまうが、この少女を演じているのがダリオ・アルジェントの実の娘フィオーレ・アルジェント。『サスペリア・テルザ 最後の魔女』の主人公アーシア・アルジェントの姉である。ただ単に殺されるだけではなく惨殺。左手をハサミで刺され、腹も刺され、ガラスに顔面を突っこみ、ついには首を切断される。散々である。自分の娘をそこまでするかと思うがそこはそれダリオ・アルジェント。娘への歪んだ愛情の表れなのかも知れない。案外現場での撮影は事務的だったかも知れないが。

 音楽は例によってゴブリンが担当。他には元ストーンズのビル・ワイマンやアイアン・メイデンなど錚々たる顔ぶれが楽曲を提供。迫力のあるサウンドを聴かせてくれる。ちょっとうるさすぎるぐらい。この人らもダリオ・アルジェントのファンなんだろう。好きそうだもんな。

 ストーリーはケチを付けるだけ野暮という物だが、ラスト数分の展開は読めなかった。というか読めるかあんなの。チンパンジーについては登場シーンから一応伏線が張ってあったが覚えてないよそんな伏線。というか伏線だったのか。

 細かい事を考えずにジェニファーの虐められ具合を楽しむ作品である。美少女が虐められるのを楽しむ、最初にも言ったが倒錯的映画である。それにしてもジェニファーは可憐だ。例え眉毛が太くて微妙につながっているとしても。

B002H0PUUG.jpg『サスペリア・テルザ 最後の魔女』(2007) LA TERZA MADRE/MOTHER OF TEARS 98分 イタリア/アメリカ MEDUSA FILM

監督:ダリオ・アルジェント 製作総指揮:クラウディオ・アルジェント、カーク・ダミコ、ジュリア・マルレッタ 原案:ダリオ・アルジェント 脚本:ダリオ・アルジェント、ジェイス・アンダーソン、アダム・ギーラッシュ 撮影:フレデリック・ファサーノ プロダクションデザイン:フランチェスカ・ボッカ、ヴァレンティーナ・フェローニ 衣装デザイン:ルドヴィカ・アマティ 編集:ウォルター・ファサーノ 音楽:クラウディオ・シモネッティ
出演:アーシア・アルジェント、クリスチャン・ソリメノ、アダム・ジェームズ、モラン・アティアス、ヴァレリア・カヴァッリ、フィリップ・ルロワ、ダリア・ニコロディ、コラリーナ・カタルディ・タッソーニ、市川純、ウド・キア

『サスペリア』(1977)、『インフェルノ』(1980)に続くダリオ・アルジェントの魔女三部作完結編。第二作からずいぶん間が開いているがいろいろあったのであろう。

 イタリアのとある墓地で地下から古い柩と遺品入れが発見された。遺品入れはローマの古代美術博物館へ送られ、学芸員のサラたちがそれを開封した。中には彫像が三つと古代文字が記された儀式に使う衣服がしまわれていた。その行為は、長らく眠りについていた三人目の魔女"涙の母"の封印を解き甦らせる事であった。
 ローマの町は"涙の母"の呪いで暴力に溢れ、教会のエクソシストのところには悪魔払いの依頼が殺到するようになった。人々は争い、殺し合い、あるいは自殺をした。町は混乱で満ちあふれた。
 実は霊能力者だった母の血を引いているサラは、その能力を使って"涙の母"を葬り去るべく動き出す。

 主演はダリオ・アルジェントの実の娘アーシア・アルジェント。シャワーシーンでは裸体をさらしてくれるが父親の監督作で脱ぐというのはどんな気持ちなのだろうか。
 前二作であった独特の色調の照明は一部でしか使われておらず、映像的には普通のホラー映画になっている。しかし、腹をかっさばいてこぼれた腸で当人の首を絞めたり、女性の股間に槍を突っ込んで口から穂先を出させるなどダリオ・アルジェントらしい殺し方は健在だ。
 音楽も前二作の印象の強さとはうって変わった平凡さで耳に残らない。期待していただけに残念である。ゴブリンのメンバーが担当したそうだが、それにしてはあまり良くない。
 カット割りや映像の構成はベテラン監督だけに上手くできている。ちょっとした事ですら怖く感じるシーンが多い。"涙の母"の手下の魔女たちが歩いているだけでぞっとすることがある。あのメイクは反則である。手下の魔女の一人は日本人(市川純)なのだがしゃべる言葉がなぜだかカタコトだ。日系人なのか。この人の顔が怖い。だがあっけなくサラにトイレのドアで頭を潰されて死んでしまう。せっかくの日本人なのだからもうちょっと活躍してくれても良かったのに。
 今回の"涙の母"はこれまでの魔女の中で一番若くておっぱいまで出してくれるのだが、呆れるほどに弱い。サラにあっけなく殺されてしまうが、これならば能力者ではない普通の人間でも充分に殺せただろう。能力に目覚めたサラと超能力合戦でもやってくれるかと期待していたのだが、がっかりである。
 殺害シーンは豊富で、首を斬られたり、目を潰されたり色々である。血もたくさん出る。満足である。だが、血の一滴も出ない母親が乳母車の乗せた自分の赤ん坊を橋の上から川へと投げ込むシーンが一番怖かったりする。

 ストーリーはかなり粗かった『インフェルノ』に匹敵する。首尾一貫性など求めてはいけないのだ。サラの行動もかなり謎な部分が多く、何でそこでそうしちゃうの?と思わず問いかけたくなってしまうところもあった。だいたいいきなり実は霊能力者の血筋だったってどうよ。
 警察が容疑者でもないサラを追いかける理由も分からない。それよりも町が大変な状況になっているのだから、そちらの解決に力を注ぐべきだろう。町の混乱がサラのせいだと思っているのか?しかしそんな描写はなかった。
 基本的には幼い頃に両親を交通事故で亡くして、そのことで両親に対して複雑な気持ちを抱いていたのを、実は交通事故ではなく『サスペリア』の魔女との戦いで命を落としたと知り、両親特に母親を許すのがサラの心理状態の大筋である。

 それにしても30年がかりで三部作を完成させてしまうダリオ・アルジェントの根気と意志の強さには感心してしまう。

B000TXR2YK.jpg『インフェルノ』(1980) INFERNO 107分 アメリカ/イタリア 20th CENTURY FOX

監督:ダリオ・アルジェント 製作:クラウディオ・アルジェント 脚本:ダリオ・アルジェント 撮影:ロマノ・アルバーニ 音楽:キース・エマーソン
出演:リー・マクロスキー、アイリーン・ミラクル、アリダ・ヴァリ、サッシャ・ピトエフ、ダリア・ニコロディ、エレオノラ・ジョルジ、ヴェロニカ・ラザール

 『サスペリア』(1977)に続くダリオ・アルジェントの『魔女三部作』第二弾。

 ニューヨークの古いアパートに住む女流詩人ローズが近所の古美術・古本店で『三母神』という本を買う。そこには三人の魔女について書かれていて、偶然にもローズの住むマンションは錬金術師でもある建築家が"暗闇の母"のために建てたものだった。
 そのことを怖れたローズはローマで音楽を学んでいる弟のマークに手紙を出した。その手紙を友人の女性が読んでしまい、興味を持った彼女はそれについて調べている内に殺されてしまった。
 ローズの電話でニューヨークへ飛んだマークだが、その時にはすでにローズは何者かによって惨殺されていた。他にも繰り返し起こる怖ろしい殺人の数々。
 謎を追うマークはついにそれを解き明かし、"暗闇の母"に出合う。その正体とは魔女の一人であった。

 今回も原色の照明をふんだんに使って雰囲気作りをしている。
 音楽はゴブリンからキース・エマーソンに替わり、華麗なスコアを鳴り響かせている。ただし迫力という面では少し落ちたか。画面には合っている。
 皆既日食の夜に猫を袋詰めにして池に放り込んだ松葉杖の古美術商が、その池の中で倒れてしまい助けを求めているところにホットドッグの屋台カーのオヤジが走ってきて、助けるのかと思ったら包丁でとどめを刺したのには笑ってしまった。怖いシーンなんだけどね。
 ストーリー的にはつじつまが合わない点が多く、魔女の目的もよく分からない。単に人を殺したかっただけなのか?"死神"だしな。
 美術としては水で溢れた地下室や図書館の地下にこつぜんと現れる錬金術師の部屋、豪華だがどこか狂っているマンションの内装など見所は多い。
 ラストの火に包まれるマンションの中で、"暗闇の母"は死んだのだろうか。『サスペリア』のスージーとは違いマークは戦わずに逃げてしまったのでその点は不明である。つか逃げんなよ。
 殺人の数は『サスペリア』の倍を超える。それぞれに凝った殺し方で、ナイフで刺したり、割れた窓ガラスで首を切断したり、燃えるカーテンに包まれて落ちていったりと色々。目が飛び出した死体には笑ってしまったが。
 この作品の弱点をあげるとしたら主人公をマークという男性にしてしまったことだろう。やはりダリオ・アルジェント作品の主人公は女性が似合う。女性が散々な目にあわされてこそダリオ・アルジェントだ。

B002JPC8GS.jpg『サスペリア』(1977) SUSPIRIA 99分 イタリア

監督:ダリオ・アルジェント 製作:クラウディオ・アルジェント 製作総指揮:サルヴァトーレ・アルジェント 脚本:ダリオ・アルジェント、ダリア・ニコロディ 撮影:ルチアーノ・トヴォリ 音楽:ゴブリン、ダリオ・アルジェント
出演:ジェシカ・ハーパー、アリダ・ヴァリ、ジョーン・ベネット、ステファニア・カッシーニ、ウド・キア、ミゲル・ボゼ、フラヴィオ・ブッチ

 公開時のコピーは『決して ひとりでは見ないでください』だったそうだが、今観ても十分怖いので、1977年当時はさぞかし怖かったに違いない。

 赤を基調としており、もちろんこれは血の赤なのだが、他にも青・黄色・緑といった原色を活用した色作りとなっている。この独特の色彩感覚が恐怖を煽り悲鳴を引き出させる。簡易宿泊所の白いシーツが電気を消すと赤くなったり普通ならあり得ない感覚だ。実に美しいホラー映画である。ダリオ・アルジェントの感性には感心してしまう。
 上からポトポトとウジ虫が落ちてきたと思って上を見上げたら天井がウジ虫だらけのところは生理的にも受け付けず思わずぞっとしてしまった。このように人間の生理的部分に訴える演出が多用されていて、誰もが思わず目を背けたくなる映像がてんこ盛りだ。
 その上で音楽を担当したゴブリンのスコアがドラムが強調されて不気味なものだから、輪をかけて怖い。

 アメリカのバレリーナ志望の少女スージーがヨーロッパの伝統あるバレエスクールにやってくる。フライブルクの名門校となっているからドイツなのだろう。飛行機はニューヨークからドイツに到着している。外の風景はあまり映し出されないが見る人が見れば分かるんだろう。
 嵐の中、バレエスクールに到着すると一人の女性が「秘密の三つのアイリスがある。その中の青いの」と言い残して走り去る。その女性はその晩、友人宅で悲惨な死を遂げる。
 スージーはサラという少女と友達になる。サラはこの学校に秘密があることを察していてそれを解き明かそうとしている。そのことを打ち明けられるスージー。この学校には19世紀から生きている"黒の魔女"がいるというのだ。だが、サラも行方不明になってしまう。実は何者かによって惨殺されたのだ。
 サラの残したメモに従って学校内を進むスージーは、行き止まりの部屋で壁に三つのアイリスの花が模様としてあるのに気付く。その中の青いアイリスを回転させてみると壁に扉が開いた。恐る恐る中に入ってみるスージー。中にいたのは......

 血まみれになって殺されたサラの死体が起き上がってスージーに襲いかかってくるところではギャッと叫び声を上げてしまった。
 好奇心は猫をも殺すという映画だが、"黒の魔女"の目的は何だったのだろうか。バレエスクールでお金儲けをするのが目的とも思えない。単なる隠れ蓑なのか、それとも生徒の精気を吸っていたのか?
 冒頭のナイフで新造を何度も何度も突き刺され、首にロープを巻かれて天井のステンドグラスを突き破って首吊り状態にされてしまう少女でもうお腹いっぱいなのにそれは序盤に過ぎない。そこからが本番だから恐れ入る。
 スージーが学校の奥へ入っていくシーンで台所で働く家政婦が気配に気付いて「誰だ」と言うのだが発音も「だれだ」なので思わず笑ってしまった。同僚の家政婦と話しているのは英語ではないのだがあれは何語なんだろう。
 ストーリー面では粗もあるがそれよりも画面の美しさを楽しむ映画だろう。美しいホラー映画、それが『サスペリア』である。『サスペリア』とは日本で勝手につけた邦題かなと思ったが原題そのままなのか。

B002BRK9Q0.jpg『ブライアン・シンガーのトリック・オア・トリート』(2008) Trick 'r Treat 82分 アメリカ/カナダ WARNER PREMIUM

監督:マイケル・ドハティ 製作:ブライアン・シンガー 製作総指揮:トーマス・タル、ジョン・ジャシュニ、ウィリアム・フェイ、アレックス・ガルシア、アショク・アムリトラジ、マイケル・ドハティ、ダン・ハリス 脚本:マイケル・ドハティ 撮影:グレン・マクファーソン プロダクションデザイン:マーク・フリーボーン 編集:ロバート・アイヴィソン 音楽:ダグラス・パイプス
出演:ディラン・ベイカー、ロシェル・エイツ、レスリー・ビブ、ローレン・リー・スミス、ターモー・ペニケット、ブリット・マッキリップ、ジャン=リュック・ビロドー、ブレット・ケリー、コナー・クリストファー・レヴィン、リチャード・ハーモン、クイン・ロード、アンナ・パキン、ブライアン・コックス

 ある田舎町のハロウィンの夜の恐怖を描いたホラー映画。
 大きく4つのパートに分かれているが、オムニバス映画ではない。それぞれが微妙に絡み合いながら一つの流れを作っている群像劇だ。

 校長先生による児童の殺人、30年前のスクールバスの惨劇の現場を見に来た子供たちが亡霊に襲われる、女性の狼男......という言い方は変だから人狼による殺人、トリック・オア・トリートを守らない偏屈男へのハロウィンの精によるお仕置きがメインの4つのお話。それにいくつかの細かいエピソードも含めて最後には亡霊による復讐劇で終わる。

 これが82分の中に詰め込まれている。吸血鬼だと思っていた男が実は偽物だったり、偽物だと思っていた物が本物だったりとハロウィンの仮装ならではの楽しみがある。
 お話は上手くリンクしていて次の展開がどうなるか楽しみに観ることが出来る。その繋がり方が見事で個々のエピソードの雰囲気やテンポを受け継ぎ、時に拡大してホラーとしての流れを作っている。

 一つ一つのネタの完成度は高いが、ちょっと短すぎて物足りなさを感じる。そういった点もあってアメリカでも劇場公開されずにビデオダイレクトになったのではないだろうか。もったいない気がする。作品そのものの完成度も高く、なかなかのお薦め作品である。

 赤ずきんちゃんの仮装をした女性が実は人狼というのも皮肉が効いていて良い。
 校長先生による児童の殺人は正直、あまり訳が分からなかった。殺す理由もはっきりしないしブラックユーモアとしてもあまり笑えない。息子との関係もイマイチぴんとこないし単に異常者だったって事か。だったらハロウィンは直接関係ないよな。これだけスーパーナチュラルが関係ない点でもストーリーから浮いている。なんでもこのエピソードがこの映画の発想の発端だったそうだが、発展していくうちでカットしてしまっても良かったのではないだろうか。
 この町では一晩で何人の人が殺されたことか。これはこの年が特殊だったんだろうか。それとも毎年こんな調子なんだろうか。とにかく怖ろしい。

 あと数日の10月31日はハロウィンだが、日本では最近になって少し定着してきた物の、遊園地などのイベント会場などで仮装をする日という扱いで、子供たちがお化けなどの仮装をして「トリック・オア・トリート」をする日とは認識されていない。まぁ来られても正直ちょっとうっとおしいが。カボチャ提灯のジャック・オー・ランタンを飾ろうにもあれはオレンジ色で大きさが大きなアメリカのカボチャだから良いんで、日本のカボチャではどうにも収まりが悪い。冬至にカボチャを食うと風邪をひかないとか実用的なんだがぱっとしない方面になってしまう。
 映画では一般家庭でもいくつものジャック・オー・ランタンを飾っていたが、あのくり抜いた中味はどうしているのだろう。パンプキンパイなどにして食うにしても量が多すぎる。まさか捨てているのでは?MOTTAINAI!
 日本ではハロウィンは縁遠いままであろう。思えば、オレがハロウィンをいうものを認識したのは『E.T.』(1982)でだった。

 残虐描写は少ないが、だからこそホラー映画が苦手な人にもお勧めできる。それでいて恐怖はきっちり描いているので怖さを存分に味あわせてくれるはずだ。ホラー映画ファンには裏に隠された毒にツボを突かれることだろう。
 タイトルにはブライアン・シンガーとあるが、彼は製作で監督は『X-MEN2』(2003)や『スーパーマン リターンズ』(2006)で脚本を担当したマイケル・ドハティの初監督作。今作でも脚本を担当している。名前を覚えておく価値がある人だろ思う。

B0021ZMHPS.jpg『アルティメット』(2004) BANLIEUE 13 85分 フランス EUROPA

監督:ピエール・モレル 製作:リュック・ベッソン 製作総指揮:ベルナール・グルネ 脚本:リュック・ベッソン、ビビ・ナセリ 撮影:マヌエル・テラン
出演:シリル・ラファエリ、ダヴィッド・ベル、トニー・ダマリオ、ラルビ・ナセリ、ダニー・ヴェリッシモ

 2010年、近未来のパリ。郊外は犯罪にあふれ、手を焼いた政府は街を壁で囲み隔離した。バンリュー13地区では正義感にあふれる青年レイトが犯罪組織のボス・タハの麻薬を奪い全て破棄した。追われた彼は警察に逃げ込むが警察はバンリュー13地区から撤退中で面倒を怖れた署長に逆に逮捕されてしまう。
 それから6ヶ月後。輸送中の中性子爆弾がタハの手によって盗まれ、爆発まで24時間のタイマーが作動してしまう。爆発を阻止するため腕利きの警官ダミアンが選ばれ、案内役としてレイトと共にバンリュー13地区に侵入する。
 タハの手下達と戦いながら爆弾を目指す二人。しかし、裏には巨大な陰謀があった。

『YAMAKASI』でアクションを担当した肉体パフォーマンスグループ"パルクール"の創始者ダヴィッド・ベルがレイト役、リック・ベッソン作品の多くでスタントマンとして活躍するシリル・ラファエリがダミアン役と肉体派二人が主役の肉体映画。
 とにかく飛ぶ、飛び降りる、よじ登ると肉体の動きがすごい。特にダヴィッド・ベルの動きはしなやかで豹の様な動きでビルを飛び降りていく様は見事だ。人間の繰り出す技としては限界に近いんじゃないだろうか。ワイヤーアクション、CGなしの本気のアクションが連発で驚いてみているしかない。フットワークの軽さは異常だ。
 格闘アクションもあるにはあるが、こちらはシリル・ラファエリが専門ではないせいか、今一つな感じではある。動きの一つ一つが軽すぎるのが逆に迫力不足に繋がっている。

 タハは悪者だが、本当の悪は善人面して偉そうにしているというテーマも盛り込まれている。街を守ろうというレイトと警官としての任務を全うしようとするダミアン。二人は時に衝突もするが、最後は悪の鼻をあかしてハッピーエンド。
 二人とも頭が切れて正義感が強く真っ直ぐな性格である。ヒーローにはもってこいだ。
 ストーリーはシンプルで物足りないところもあるが、アクションがあれば問題ない。アクションだよアクション。
 街が壁で閉鎖されているところは『ニューヨーク1997』、撤収中の警察署に逃げ込むところは『要塞警察』などジョン・カーペンター色を感じる。
 撮影や編集が巧みでアクションをより迫力のある物に見せている。
 これでヒロインであるレイトの妹のローラが可愛ければ文句なかったんだが。

B001E5R77E.jpg『ロイドの要心無用』(1923) SAFETY LAST! 73分 アメリカ

監督:サム・テイラー、フレッド・ニューメイヤー 原作:ハル・ローチ、サム・テイラー、ティム・フェーラン
出演:ハロルド・ロイド、ミルドレッド・デイヴィス、ビル・ストローザー、ノア・ヤング、W・B・クラーク

 チャールズ・チャップリン、バスター・キートンと並ぶサイレント映画時代の三大喜劇王の一人ハロルド・ロイドの代表作。

 田舎から都会に出てきてデパートに就職した青年が主人公。下働きのペーペーなのだが田舎の恋人にはさぞ時分が出世しているような手紙を書く。
 デパート内でのドタバタギャグが続いた後、恋人が青年に会いに都会に出てくる。嘘がバレないように必死になる青年。そのうちに、上層部が新しい宣伝方法を賞金付きで探していることを聞きつけ、ルームメイトの鳶職の男をビルの最上階まで素手で登らせることを思いつく。
 ところが当日、鳶の男と因縁のある警官が現場で張っていてビルを登ることが出来ない。そこで1階分だけ青年が登って、そこで入れ替わろうということになる。ところが鳶の男をしつこく警官が追ってきてなかなか入れ替わることが出来ない。2階、3階と登り続ける青年であった。

 20年ほど前に映画館で観た時は後半のビル登りのシーンの印象が強くてそちらしか覚えていなかったが、今回観直すとデパート部分の細かいギャグの数々に感心する。大爆笑というよりはクスクス笑いのギャグだがその数が半端じゃなく多い。嫌味な上司とのやり取りや服地売り場にいるので我が儘なオバサン客に振り回される様子がテンポが良くて実に笑える。

 田舎からやってきた彼女にはちょっとイライラさせられた。青年が出世していると信じ込んでいるのだから仕方ないが、あんたの彼氏がそんなに偉くなっているはずがないと考えれば分かるだろう。あげくの果てには店長になっていると思い込むのは飛躍しすぎだ。田舎育ちの世間知らずということなんだろうが。

 そしてお待ちかねのビル登り。
 ロングで捉えたショットでは本物の鳶職のスタントマンが演じている部分もあるが、実際にハロルド・ロイドが登っている部分が圧倒的に多い。まだ合成技術が未発達な時代だったので4階のところは4階で5階のところは5階で実際に撮影している。落ちたら大変なんてもんじゃ済まない。しかもハロルド・ロイドはそれ以前の作品の撮影中に火薬の事故で右手の親指と人差し指を失っており、壁面をよじ登っていくのはかなり困難だったことが想像される。思わず尾てい骨がゾクゾクする高所での撮影が続く。
 有名なのは時計台の時計の長針にぶらさがるシーン。このシーンはジャッキー・チェンの『プロジェクトA』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でもオマージュされている。ハロルド・ロイドは落ちなかったがジャッキーは落ちた。こちらも無茶だ。
 高層ビルの上部に来ると普段ではなんでもない物が障害になって襲いかかってくる。鳩の群れや小さなネズミなどだ。
 そんなこんなの困難を乗り越えてなんとか無事に屋上までたどり着き、恋人と熱いキスをかわす。遠くの方で鳶の男がまだ警官に追いかけられているのが笑える。

 原題の『SAFETY LAST!』は安全に関する標語『SAFETY FIRST!(安全第一)』をパロった物。安全なんか後回しだが、無事に終わってめでたしめでたし。でも、手紙でついた嘘について彼女に問い詰められないか心配だ。彼女は空気が読めなそうだからな。いい格好しちゃダメだな、やっぱり。

B002GV6VVS.jpg『チョコレート・ファイター』(2008) CHOCOLATE 93分 タイ SAHAMONGKOLFILM INTERNATIONAL

監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ 製作:プラッチャヤー・ピンゲーオ 脚本:チューキアット・サックウィーラクン 撮影:デーチャー・スリマントラ アクション監修:パンナー・リットグライ
出演:"ジージャー"ヤーニン・ウィサミタナン、阿部寛、ポンパット・ワチラバンジョン、アマラー・シリポン、イム・スジョン、タポン・ポップワンディー

 『マッハ!』(2003)、『トム・ヤム・クン!』(2005)のプラッチャヤー・ピンゲーオ監督が三度。今作ではトニー・ジャーではなくジャージーことヤーニン・ウィサミタナンが主演。聞かない名だと思ったら新人である。しかも女性である。女性にプラッチャヤー・ピンゲーオ映画の主役が務まるのかとちょっと心配だったが杞憂だった。見事にアクションをこなしていた。全身を躍動させるそのアクションは全盛期の志穂美悦子を思い出させてくれた。

 舞台はタイ。タイのマフィアの女性ジンと日本のヤクザ・ニシ(阿部寛)が愛し合って産まれた子供ゼン("ジージャー"ヤーニン・ウィサミタナン)は不幸なことに自閉症だった。
 しかし、『レインマン』のダスティン・ホフマンが空間認識能力に並外れていたように、ゼンは目で見た動きをコピーできる肉体的能力を持っていた。格闘家の動きを見れば同じ動きが出来るようになる。家の裏にあるムエタイ道場で練習する選手達を見てゼンはムエタイを学んだ。『マッハ!』などの格闘映画を観てそこからも学んだ。
 マフィアを抜けたジンはパートなどの仕事をして、貧しいながらも楽しい生活だったが、そんなジンを白血病が襲った。治療には大金がかかる。ゼンの面倒をみているムンがジンのマフィア時代の金貸しの帳簿を見つけ、貸したままになっているところから集金することを思いつく。しかし、どこへ行っても素直に返してくれず、その度に借り主の部下達とゼンの戦いになった。
 そして、かつてジンと組んでいたマフィアの男がジンに未練を持っていてちょっかいを出してきた。そして死闘が始まった。

 ジャージーの女性とは思えない過激なアクションが売りである。この人、身体が動く動く。ハイキックも見事に決めてくれる。女性ならではの柔軟な身体を活かしたアクションもある。
 さすがに技に力強さは少ないが、その分をスピードでカバーしている。
 終盤までの敵は製氷工場や精肉工場の従業員達なので格闘技の素人的存在。動きはちょっと雑だが激しい戦いを繰り広げる。製氷工場はブルース・リーの『ドラゴン危機一発』(1971)のオマージュなんだろう。ゼンがブルース・リーの怪鳥音の真似をするし。
 終わり近くなってやっと戦いの専門家が出てくる。その中の一人が、これも知的障害者ないし精神障害者のようで身体を痙攣させながら襲ってくる。技もキレ動きもトリッキーだがゼンのコピー能力でコピーされてしまい負ける。
 ラストはビルの壁面を使ってのアクロバティックなアクション。階ごとに段差があってそこを利用して移動する。ビルに付いた看板も移動に利用する。マフィアの部下達がビルから落ちる落ちる。『プロジェクトA』(1984)の時計台落ちのように段差に身体をぶつけて勢いを殺してはいる物の、下はマットも引いていないアスファルト。かなりのダメージのはずである。タイのスタントマンは命がけなのだ。

 阿部寛が登場する福岡ロケのシーンも短いながらある。阿部寛はラストの戦いに乗り込んでいって日本刀で立ち向かってくる部下達にチャンバラで立ち向かう。外人の描くチャンバラは勘違いしている物も多いがこれはなかなかな迫力。
 阿部寛は哀愁を抱えたなかなかおいしい役だ。

 戦うシーンが室内戦ばかりで画面が暗いのが難点だ。前2作と比べると映像のシャープさは落ちている。撮影監督が替わっているがそれが理由だろうか。
 ストーリー的には単純で、マフィアのボスが後々までしつこくジンにつきまとう理由が明瞭でないなど問題点もあるが、ストーリーを楽しむと言うよりはアクションを楽しむ映画だからそれほど重要ではないだろう。ただ、ラストの救われない爽快感の無さは気にかかる。
 包丁が胸に刺さったりフックが足に刺さったり、チャンバラで大量に人が死ぬなど痛いシーンや死人が多すぎる気もする。気楽に観られるという意味ではトニー・ジャー作品の方が上だろう。
 エンディングクレジットのNGシーン集では現場の本当に痛そうな映像が映り、中には目を背けたくなるのもある。ここまでしてこの映画は作られたのだ。

 とにもかくにもジャージーあってこその映画である。彼女のアクションを楽しむ映画。数年をかけて訓練を受けアクションスターに育てられた彼女は1984年生まれとまだ若い。今作では演技面に不満が残ったがこれからが楽しみである。

B002JGMPWY.jpg『ザ・ダーク』(2005) THE DARK 93分 アメリカ CONSTANTIN FILM、IMPACT PICTURES

監督:ジョン・フォーセット 製作:ポール・W・S・アンダーソン、ジェレミー・ボルト、ロバート・クルツァー 製作総指揮:スティーヴ・クリスチャン、ポール・タマシー 原作:サイモン・マギン 脚本:スティーヴン・マシコッテ 撮影:クリスチャン・セバルト 音楽:エドマンド・ブット
出演:マリア・ベロ、ショーン・ビーン、ソフィー・スタッキー、アビゲイル・ストーン、モーリス・ローヴ、リチャード・エルフィン、グウェニス・ペティ

 元夫のジェームズ(ショーン・ビーン)に会うためにイギリスはウェールズまでやってきたアデル(マリア・ベロ)と娘のサラ(ソフィー・スタッキー)。
 ところがサラが海岸の岩場で行方不明になってしまう。どうやら海に落ちて溺れたようなのだ。必死に捜索活動が続く中、50年前に死んだはずの少女がアデルの前に現れる。そしてアデルは悪夢の体験をする。

 少女がアデルにしか見えないというのはありがちだが、この作品では元夫にも医者や看護婦にも見える実在の人物として描かれているところがめずらしい。この少女は過去に一度死んだのだが、一人死ねば一人甦るという掟に従って現世に帰ってきたのだ。しかし不完全な状態で、さらなる生け贄を求めている。それがサラだったのだ。

 娘が死んだと信じられないアデルが懸命になって探し続けると、家の中の壁に塗り込められたサラのセーターや助けを求める声などが聞こえてくる。だからより必死になって探す。だが、サラはすでにこの世にはいなかった。そこでアデルはあの世に行って助けてくるという無茶な手段を取る。母は強しである。終盤はタンクトップで地下を這いずり回って、まるで『エイリアン2』のリプリーのようである。
 ただこの人すぐ怒るしその怒っているシーンが多いので付き合いにくい人ではありそうだ。娘が行方不明になったから怒りっぽくなったのではなく、回想シーンから見ると昔から怒りっぽかった人らしい。そのため主人公なのに感情移入がちょっとしずらい点がある。

 断崖絶壁がやたらと出てくる。羊がレミングのように大量に飛び降り自殺をするシーンがあるが、それは後のシーンに繋がってくる。やたら高いところから見下ろすので高所恐怖症の人には怖ろしくてたまらないだろう。

 母親が犠牲になって娘は助かったかと思わせておいて実はという、ハッピーエンドかと見せて実はバッドエンドという手の込んだ終わり方をする。正直後味が悪いがそこが良いとも言える。この一筋縄ではいかないところは製作に『バイオハザード』シリーズのポール・W・S・アンダーソンがいるせいだろうか。とりあえず、「わー、助かったわ」と喜び勇んで娘と元夫のところへ駆けつけると目の前でドアをバタンと閉められてしまうシーンは怖ろしいが笑ってしまった。

 父親役のショーン・ビーンがいいパパをしている。悪役も似合うが善人役も似合う。実にイカしている。ショーン・ビーンもお気に入りの俳優なのだ。

 映像的にはカッチリ撮られているし、役者面も悪くないのだが、今一つ分かりにくいストーリーとラストの爽快感の無さからか日本では劇場未公開。ちょっともったいない。

B002JGMPWE.jpg『デスリング』(2006) RING AROUND THE ROSIE 88分 アメリカ

監督:ルビー・ザック 製作:アレックス・バーダー、ローレンス・シルヴァースタイン、ルビー・ザック 脚本:ルビー・ザック、アレックス・バーダー、ジム・サザース、マイケル・タッブ 撮影:マーク・ウッズ 音楽:ジョン・マッサリ
 出演:トム・サイズモア、ジーナ・フィリップス、ランダル・バティンコフ、ジェニー・モーレン、フランセス・ベイ、マーク・リン

 トム・サイズモアの不気味さと怖い顔の印象だけで後は何も残らなかったスカ映画。

 都会で働くキャリアウーマンが亡くなった祖母から山荘を遺産相続する。そこを売るために整理しようと山荘にやってくる。知らなかったことだが山荘には管理人(トム・サイズモア)がいた。上辺は親切そうにしている管理人だがどこか不気味なところを彼女は感じ取っていた。数日後、彼女の妹が手伝いにやってくる。二人に接近してくる管理人。次第に管理人の態度は図々しくなり、二人を支配しようとする。

 とここまでならありきたりなサイコサスペンスなのだが、彼女が不思議な夢を見たり超常現象っぽい目にあったりするから話の筋が混乱してくる。あからさまではなく静かな霊的現象。それが彼女を襲ってくる。いったいどっちがやりたいんだと。
 そして思わず呆れてしまうような落ち。ここまで引っ張ってきてそれはないだろ。霊的な物はあったのか無かったのかはっきりしない。
 部分的には昨日紹介した『レイクサイド』に似た部分もあるのだが、どうしてこうも違うのだろうか。『レイクサイド』も大した作品ではないというのに。
 最初は頼りがいのある「俺が守ってやる」のセリフがだんだんと不気味になっていく、タフガイな男がサイコになってくるなどトム・サイズモアへの演出は成功しているので、素直に女性が山荘に監禁されてしまうサイコサスペンスで撮れば良かったと思うのだが、余計な欲が出てホラーの要素も盛り込んだ結果わけが分からなくなってしまったのではないだろうか。
 監督のルビー・ザックは製作・脚本にも名を連ねており"俺映画"状態に陥ってしまったのだろう。客観的な意見を言う人がいないまま突っ走ってこんな作品になってしまったに違いない。
 謎の山荘、不気味な管理人、毎夜見る悪夢、視界をよぎる影など要素は揃っているのだが料理人の腕が悪かったとしか思えない。雰囲気だけの雰囲気映画。『デスリング』というタイトルも意味不明。

B002JGMPVU.jpg『レイクサイド』(2006) THE MARSH 92分 アメリカ NORSTAR FILMED ENTERTAINMENT、SONJA PRODUCTIONS

監督:ジョーダン・バーカー 製作:ジョージ・フラック、ピーター・R・シンプソン 製作総指揮:アル・マンティーヌ 脚本:マイケル・ストークス 撮影:デヴィッド・ペラウルト
出演:ガブリエル・アンウォー、ジャスティン・ルイス、フォレスト・ウィッテカー、ピーター・マクニール、ジョー・ディニコル

 クレア(ガブリエル・アンウォー)は売れっ子童話作家。しかし悪夢にうなされる日々を送っていた。そんな彼女がインターネットで悪夢に登場するのとそっくりな家を発見し、その家を借りて住むことにする。
 その家に移ってからおかしな事が少し起こったが、本格的に発生したのは物置にあった古いガラス細工の入ったドアをアトリエに取り付けてからだった。
 彼女は町に住む超常現象研究家のハント(フォレスト・ウィッテカー)の力を借りると、謎の調査に乗り出した。そして過去の因縁から来る心霊現象と田舎の町が隠していた真実を暴き出す。

 邦題はレイクサイドだがレイク(湖)なんか欠片も出てこない。もちろんアコムもプロミスも出てこない。原題のTHE MARSHは沼地である。無茶な邦題をつけたものだ。原題の通り家は沼地の近くにあって、クレアが沼地のお姫様を題材にした絵本などを書いていた理由が後になって明らかになる。
 ホラー・サスペンスなので内容については深く触れないが、首吊りをする男、上から落ちてきた凶器で貫かれる女性などが出てくるが、血はほとんど流れない。ホラー色はそんなに強くなく、クレアのトラウマが解き明かされる展開はホラーの苦手な人にもお勧めな内容だ。ラストは一種のハッピーエンドになっている。

 沼地が登場するが、この沼地に底なし沼状にいきなりズボッと全身が飲み込まれるシーンが何度か登場する。最初のには驚いた。あれはもちろん人工の沼を使っているから衛生上は問題ないのだろうがどうにも撮影には度胸が要りそうだ。鼻と耳に栓をして、目と口を閉じて沼に飛び込むんだろうか。ゆっくりと顔を見せながら沼に沈んでいくシーンもあるがあれはもっと嫌だ。沼というのはどうにも人間に嫌悪感を感じさせるのではないだろうか。

 超常現象研究家としてフォレスト・ウィッテカーが登場している。この人はオレのお気に入り俳優の一人だ。最初に観たのは『ハスラー2』(1986)で間抜けな振りをしてちゃっかりポール・ニューマンからビリヤードの掛け金を巻き上げるハスラーだった。この時は思わなかったのだが、次に観た『グットモーニング,ベトナム』(1987)でロビン・ウィリアムスを乗せたジープを運転する軍人として現れた時は「あっ鶴瓶だ。黒人の鶴瓶がおる!」とそのそっくりぶりに驚いた。
 脇としてシリアスもコメディも出来る良い活躍をしてくれるなと思ったら今度はいきなりクリント・イーストウッド監督の『バード』(1988)で主役のチャーリー・パーカーを渋く演じてくれた。これまた驚いた。どんだけ引き出しを持っているんだと。
 その後はA級、B級を選ばぬ仕事ぶりで、中でもオレの好きなのは『ブローン・アウェイ/復讐の序曲』(1994)である。『スピーシーズ/種の起源』(1995)も良かった。『ゴースト・ドッグ』(1999)ももちろん良い。
 ついには『ラストキング・オブ・スコットランド』(2006)のアミン大統領役ででアカデミー主演男優賞を取っちまうんだからたいしたもんだ。
 今後の活躍も期待大の俳優である。アカデミー賞を取ってもA級だけではなくB級にもどんどん出て欲しいがどうだろうか。

B000XIIB0A.jpg『ティーン・ウルフ』(1985) TEEN WOLF 92分 アメリカ METRO GOLDEN MAYER

監督:ロッド・ダニエル 製作:マーク・レヴィンソン 脚本:ジョセフ・ローブ三世 、マシュー・ワイズマン 撮影:ティム・サーステッド 音楽:マイルズ・グッドマン
出演:マイケル・J・フォックス、スーザン・アルシッティ、ロリー・グリフィン、ジェームズ・ハンプトン、ジェリー・レヴィン、マット・アドラー、ジェイ・ターセス、ダグ・サヴァント、ジム・マックレル

 バスケのフリースローに始まってフリースローに終わる。これはある少年がいや少年たちが自らの力でプライドを手に入れる物語である。

 主人公のスコット(マイケル・J・フォックス)はイマイチさえない高校生。バスケ部で試合をやっても肝心なところでミスをしてしまう。そんな彼は演劇部の美女パメラ(ロリー・グリフィン)に恋しているのだが相手にしているはずもない。逆に彼を秘かに想ってくれているのが幼なじみのブーフ(スーザン・アーシティ)なのだが、彼はそれに気付かない。
 そんなある日のこと、彼は胸に妙に長い毛が生えたり、犬笛で耳が痛くなるなど異常が起こり始める。そしてついに彼は自宅の洗面所で狼男に変身してしまった。ドアを開けると外に立っていたのは同じく狼男の父親だった。思わぬ父親の姿に口あんぐり。彼らの一族は代々狼男の家系だったのだ。
 狼男と言っても映画とは違い理性はなくならず、満月でなくても自分の意志で変身できる。運動神経は飛躍的に向上し一種のスーパーヒーローなのだ。
 バスケの試合に出れば、彼の活躍で連戦連勝。一躍校内のヒーローになるが天狗になった彼に反感を持つ者も出てきた。特に、スコットのワンマン・プレーに不満を持つバスケ部の部員たちである。
 ダンス・パーティーでウルフではなくスコットで登場したところをパメラのボーイフレンドとの暴力沙汰になってしまい怒りで思わずウルフに変身してしまったスコットはウルフになることを躊躇するようになる。
 そしてバスケの決勝戦。ユニフォームを着て現れたのはウルフではなくスコットだった。こうしてチームプレーのバスケが始まった。

 今まで、目立たなかった地味目な少年がある日急に注目されるようになって有頂天になる。
 そんな彼に地のままのあなたが良いと幼馴染の彼女は言うが......
 というありがちなストーリーになんと狼男を絡めてしまった。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と同じ1985年作品だが、公開はこちらの方が数ヶ月遅いので作品としてはたわいもない青春コメディだが思わぬヒットを記録した。ちなみにアメリカではこちらの公開の方が先。
 狼男が主人公なのにホラーじゃない。コメディというところが面白い。噛みつくどころか血の一滴も流れない。獣人物は普通主人公が苦悩するのだが(『キャット・ピープル』)など、この主人公は調子に乗りまくりのバカだ。80年代のアイドル映画だねぇ。
 マイケル・J・フォックスの身体の動きが最高で、清掃中で濡れた床を滑りながら延々走っていくところなど大笑いしてしまう。
 狼男のメイクやスーツの出来は大したことがなく、狼男と言うよりは『猿の惑星』に見えるが、そういうことを気にする映画ではないからかまわない。
 狼男になることで力を得た少年が、有頂天になって周りの大事な人の信頼を失ったあげく、狼男であることを捨てて素の自分が持つ本当の力という物に目覚めていく。青春である。
 そんなスコットに影響されて、すっかりやる気を無くしていたチームメイトたちが一念発起するシーンが素晴らしい。これまた青春である。
 スコットがブーフとパメラのどちらを選んだのかは言うまでもない。本当に大切な人はすぐ隣にいたという『青い鳥』を思わせるストーリーも好感が持てる。
 テンポが良く、時間も短めなので気楽に観られる1本。

B0026R9HN6.jpg『フライトナイト』(1985) FRIGHT NIGHT 107分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:トム・ホランド 製作:ハーブ・ジャッフェ 脚本:トム・ホランド 撮影:ジャン・キーサー 特撮:リチャード・エドランド 音楽:ブラッド・フィーデル
出演:ウィリアム・ラグズデール、ロディ・マクドウォール、アマンダ・ビアース、クリス・サランドン、スティーヴン・ジェフリーズ、ジョナサン・スターク、ドロシー・フィールディング

 主人公のチャーリー(ウィリアム・ラグズデール)はごく普通の少年だ。もっかのところガールフレンドエイミー(アマンダ・ビアース)がやらせてくれないのが悩みだ。エイミーに宿題を見てもらうというのを口実に彼の部屋で過ごしていた晩のこと、チャーリーは隣の空き家に棺が運び込まれるのを見た。
 母の話では家が売れ、新しい住人が引っ越してきたとのこと。次の日のこと、チャーリーは家の前で若い女性から住所を尋ねられる。そこは空き家だった隣家だった。
 その晩、隣家を覗いていたチャーリーは家の主ジェリー(クリス・サランドン)が女性の首に噛みついているのを見た。ジェリーはヴァンパイアだ。そう考えたチャーリーだが警察には相手にしてもらえず、逆にジェリーに目をつけられてしまう。こうなったらヴァンパイアにはヴァンパイアの専門家をと深夜テレビの怪奇映画劇場でホストをやっているヴァンパイア・ハンター役で有名なピ?ター・ビンセント(ロディ・マクドウォール)に助けを求める。ジェリーがヴァンパイアかどうか確かめるために聖水を飲んでもらうが、本当にヴァンパイアなどだとは思っていないので実際には水道水を使っているのでジェリーはごくごく飲んでしまう。
 だが、帰り際にジェリーが鏡に映っていないのに気付いたビンセントはジェリーが本物のヴァンパイアだと理解する。

 最近ではスティーヴン・キングの『ランゴリアーズ』『痩せゆく男』を撮ったトム・ホランドの脚本・監督作。
 十字架に弱い、木の杭で胸を刺されると死ぬ、日光に弱い、聖水に弱い、招かれないとその家には入れないなど古典的吸血鬼を現代のティーンエイジャー映画に仕上げた手腕は見事。
 特にピーター・ビンセントの設定は秀逸で、テレビや映画の中では格好つけていてもしょせん演じていただけの今では落ちぶれたただの役者が本物のヴァンパイア・ハンターになっていく様がたのもしい。『猿の惑星』でチンパンジーのコーネリアスを不自由な特殊メイクで演じきっただけあってロディ・マクドウォールの演技は折り紙付きである。しかし『わが谷は緑なりき』の少年が白髪の老人になっているとは時の流れを感じる。

 特撮はリチャード・エドランドが担当していて、『レイダース 失われた聖櫃』の人体破壊の技術はこちらでも存分に使われている。ジェリーの手下が胸を木の杭で貫かれてどろどろに溶けていくところや、ジェリーに噛まれたチャーリーの友人がこれまた木の杭で胸を貫かれて狼男から人間に戻っていくところの丁寧な仕事には感心してしまう。細かなパーツごとの撮影を上手く組み合わせて人間に戻しているのだ。今ならCGで処理してしまうのだろうが、根気の要る手作業だったことだろう。『アンダーワールド』でライカン(狼男)の変身をCGで見ているのでどうしてもそう思ってしまう。CGだって作るのは大変なんだろうが。
 ラストの日光を浴びてのジェリーの大爆発は燃えさかる緑の炎の光学合成がいかにもリチャード・エドランドだ。ジェリーに噛まれてヴァンパイアになったエイミーの口裂け女メイクも怖い。

 ジェリーがいかにも気障ったらしい二枚目で、「ナタリー」とか歌い出しそうな雰囲気で成功している。チャーリーも今一つ野暮ったい少年でヴァンパイアという妄想を持ちそうな感じで良い。ロディ・マクドウォールは先ほど述べた通り。この作品の面白さはかなり彼にかかっている。
 残念だったのがヒロインのエイミーがオバサン顔であまり可愛くなかったこと。でも1985年の野暮ったさともいえるか。

B0029UVQA2.jpg『アンダーワールド:ビギンズ』(2009) UNDERWORLD: RISE OF THE LYCANS 90分 アメリカ LAKESHORE ENTERTAINMENT、SCREEN GEMS

監督:パトリック・タトポロス 製作:トム・ローゼンバーグ、ゲイリー・ルチェッシ、レン・ワイズマン、リチャード・ライト 製作総指揮:スキップ・ウィリアムソン、ヘンリー・ウィンタースターン、ジェームズ・マクウェイド、エリック・リード、ベス・デパティー キャラクター創造:ケヴィン・グレイヴォー、レン・ワイズマン、ダニー・マクブライド 原案:レン・ワイズマン、ロバート・オー、ダニー・マクブライド 脚本:ダニー・マクブライド、ダーク・ブラックマン、ハワード・マケイン 撮影:ロス・エメリー プロダクションデザイン: ダン・ヘナ 衣装デザイン:ジェーン・ホランド 編集:ピーター・アムンドソン 音楽:ポール・ハスリンジャー
出演:マイケル・シーン、ビル・ナイ、ローナ・ミトラ、スティーヴン・マッキントッシュ、ケヴィン・グレイヴォー、シェーン・ブローリー、ケイト・ベッキンセイル
 
 ライカン(狼男)はかつてヴァンパイアの奴隷だった。その中で救世主として生まれたルシアン(マイケル・シーン)が同胞を導きヴァンパイアから解放する物語。ライカンのキリストと言っても良いのかもしれない。
 今作は時代をぐっと遡って中世が舞台。ヴァンパイアの長ビクター(ビル・ナイ)は新しく生まれたライカンの赤ん坊を殺すことが出来なかった。この赤ん坊は成長してルシアンとなった。それまでのライカンが原種で一度変身すると人間に戻れず野蛮で暴れることしか頭になかったのに対し、ルシアンは人間に戻ることが出来たし、変身しても理性を保っていた。そこでルシアンに奴隷の人間を噛ませてライカンを量産し、日光に弱い自分たちを昼間の間敵から守らせたのだ。
 ところがルシアンがビクターの娘ソーニャ(ローナ・ミトラ)と恋に落ちてしまったことから悲劇は始まった。

 ソーニャ役のローナ・ミトラは雰囲気がセリーン役のケイト・ベッキンセイルに似ている。ビクターがセリーンの家族を殺した時、セリーンが今は亡きソーニャに似ていたから殺さずに自分の娘にしたということだが、なるほどそれも納得である。だが、どうせならばケイト・ベッキンセイルがソーニャ役をやれば良かったのではないだろうか。同一人物が演じてもさほどおかしなことではないだろう。

 今回は中世と言うことで飛び道具はボウガンぐらい。剣での戦いが主だ。これまでと違って新鮮である。アクションにもう一工夫欲しかったところだが十分に楽しめる。

 今回の主役はライカンということで、1作目で悪役を演じたライカンとルシアンのイメージが変わった。ヴァンパイアとライカンがなぜ争っているかの理由もはっきりする。ライカンは自由が欲しかったのだ。
 それにしても、ライカンには男しかいないのだが子孫はどう残しているのだろうか。子供は産まずに人間を噛んでライカンにして種の保存をしているのか。女性がいないとはむさくるしいし潤いのない社会だ。もしもそうならライカンにはなりたくない。

 終盤のライカン蜂起のシーンでは思わずライカンを応援してしまう。ヴァンパイアは残忍でわがままで自分勝手だ。こんなのを主人に持ったらたまったものではない。
 この作品でこれまで分からなかった設定や伏線が理解できるようになる。ルシアンがウィリアムの封印を解く鍵を持っていた理由も明らかになる。
 ケイト・ベッキンセイルはラストに1作目の映像の使い回しで少し出てくるだけ。せめて撮り下ろしのシーンが欲しかった。
 3作を通して観てそれなりに面白かったが、オレの好みとはちょっと違うと感じた。

B002AEG0JY.jpg『アンダーワールド:エボリューション』(2006) UNDERWORLD: EVOLUTION 106分 アメリカ LAKESHORE ENTERTAINMENT、SCREEN GEMS

監督:レン・ワイズマン 製作:ゲイリー・ルチェッシ、トム・ローゼンバーグ、リチャード・ライト 製作総指揮:デヴィッド・コートスワース、ダニー・マクブライド、ジェームズ・マクウェイド、スキップ・ウィリアムソン 原案:レン・ワイズマン、ダニー・マクブライド 脚本:ダニー・マクブライド 撮影:サイモン・ダガン プロダクションデザイン:パトリック・タトポロス 衣装デザイン:ウェンディ・パートリッジ 編集:ニコラス・デ・トス 音楽:マルコ・ベルトラミ
出演:ケイト・ベッキンセイル、スコット・スピードマン、トニー・カラン、ビル・ナイ、シェーン・ブローリー、デレク・ジャコビ、スティーヴン・マッキントッシュ、マイケル・シーン、ソフィア・マイルズ、ジータ・ゴロッグ、リック・セトロン

 スタイリッシュでダークな映像でバンパイアとライカンの戦いを見せてくれた『アンダーワールド』の続編。前作の直後からストーリーが始まるので前作を観ていない人はさっぱりだ。

 前作では銃を使った銃撃戦が全編で展開されたが、今作はアクションは控えめでストーリーに比重を置いている。しかし、このストーリーが今一つ分からない。
 不老不死の一族がいて、その兄弟の一人マーカスがコウモリに噛まれてバンパイアとなり、もう一人ウィリアムは狼に噛まれてライカン(狼男)になった。元は一つの一族だったのである。しかしやっかいな一族だ。蚊に血を吸われて蚊男とか人間に噛みつかれて人間男とかになったりしないんだろうか。
 最初の頃のライカンは原始的で一度獣化してしまうと元に戻ることが出来ず暴れるだけだった。そこでウィリアムは捕らえられ牢獄に閉じこめられた。これが何百年も前のことで、前作のヒットで予算が増えたのだろうか、中世の村のセットを作ってウィリアムを捕らえるシーンが撮影されている。

 ここら辺からよく分からなくなってくるのだが、主人公のセリーン(ケイト・ベッキンセイル)はウィリアムを捕らえた牢獄を作った男で、セリーンの血の中にはその牢獄の場所が記憶として残っている。つまり牢獄の地図なのだ。
 牢獄の鍵は前作のラストでセリーンに殺されたビクターが体内に隠し持っていたのが一つ、ライカンの長が持っていたのが一つの二つを組み合わせて使う。バンパイアとライカンとで鍵を分け持っていたわけである。なんでここまで厳重にウィリアムを閉じこめておくかというと、最初の一人つまりマーカスが死ぬとバンパイアは全滅し、ウィリアムが死ぬとライカンが全滅するかららしい。ただしこれは言い伝えで確かではない。試してみるわけにもいかないからだ。
 マーカスは必死になって鍵を集めウィリアムの封印を解こうとする。この理由がよく分からない。これが分からないとストーリーの全てが分からないことになる。兄弟だからとしか思いつかないのだが。

 やたら細かい設定が入り組んでいて悪い意味でのオタク的志向である。不必要と思われるところまで設定が決められていて覚えるのに一苦労だ。

 前作では銃撃戦が中心だったが、今作のラストは銃ではなく素手による格闘戦。アクションの撮り方はあまり上手くない。バンパイアとライカンのハイブリッドとなったマイケルがウィリアムと、セリーンがマーカスと戦う。マーカスは背中にコウモリのような羽が生えていてその先端を使っても攻撃してくる。セリーン危うし。

 前作の舞台はアメリカだと思ったのだが、今回はどうやら東欧のようである。前作のラストからどうやって東欧まで移動したのかは謎だ。そもそも東欧だったのか?

 タイトルの"エボリューション"の意味はマーカスとウィリアムの父親である不老不死の人物の血をセリーンが飲むことによって、日光に耐えられるように進化したから。

 バンパイアもライカンも指導者を亡くして混乱することだろう。これから互いの戦いや内紛が始まるに違いない。それでも進化したセリーンはマイケルと共に歩んでいくことだろう。

 ケイト・ベッキンセイルが黒のレザースーツ姿でやはり色っぽい。脱いでも色っぽい。
 全体的にスタイリッシュな仕上がりだが、それに力を注ぎすぎて映画の柱の部分が弱く感じられるのはオレだけだろうか。

B000FTWUZE.jpg『アンダーワールド』(2003) UNDERWORLD 121分 アメリカ LAKESHORE ENTERTAINMENT、SCREEN GEMS

監督:レン・ワイズマン 製作:ゲイリー・ルチェッシ、トム・ローゼンバーグ、リチャード・S・ライト 製作総指揮:ロバート・ベルナッキ、ジェームズ・マクウェイド、スキップ・ウィリアムソン、テリー・A・マッケイ、ヘンリー・ウィンタースターン 原案:レン・ワイズマン、ケヴィン・グレイヴォー、ダニー・マクブライド 脚本:ダニー・マクブライド 撮影:トニー・ピアース=ロバーツ 美術:ブルトン・ジョーンズ 編集:マーティン・ハンター 音楽:ポール・ハスリンジャー 衣裳デザイン:ウェンディ・パートリッジ
出演:ケイト・ベッキンセイル、スコット・スピードマン、シェーン・ブローリー、マイケル・シーン、ビル・ナイ、アーウィン・レダー、ソフィア・マイルズ、ロビー・ギー、ウェントワース・ミラー、ケヴィン・グレイヴォー、リック・セトロン
 
 バンパイアとライカン(狼男)の戦いをスタイリッシュな映像で描いた作品。
 舞台は現代。遙か太古から続くバンパイアとライカンの戦いはバンパイア有利で進んでいた。ライカンハンターのセリーン(ケイト・ベッキンセイル)はマイケル(スコット・スピードマン)という青年を尾行しているライカンを発見する。ライカン狩りを始めたセリーヌたちは地下鉄の構内で銃撃戦を繰り広げる。実はマイケルの血には特殊の力があり、それをライカンたちは狙っていたのだ。

 バンパイアたちがパソコンを駆使し、屋敷の警備もセキュリティの機械任せになっているなどこれまでのバンパイアのイメージを覆す描写が面白い。資金はどうやって稼いでいるのだろうか。仕事をしているようには見えなかったが投資でもしているのか。そう言えば、人工血液を作る会社を経営しているというシーンがあったか。『ブレイド』シリーズのバンパイアに近いだろうか。
 ライカンに至っては地下の下水道みたいなところに暮らしていて、どうやって武器弾薬を調達しているのか不明。軍などから盗んでいるといったセリフがあったような気がするが定かではない。
 ライカンとの戦いは肉弾戦ではなく銃撃戦が主だ。これも従来のバンパイア物と異なるところ。『ブレイド』があるけど。普通の銀の弾だけではなく液体の硝酸銀を込めた弾まで登場する。これならば血液に混じって全身に散らばるしなにより取り出すことが出来ない。
 アクションは『マトリックス』の強い影響を受けている。『マトリックス』がなければこの作品は作られなかっただろう。
 セリーヌのレザースーツに黒のロングコートという姿は実にりりしく格好いい。他の登場人物の衣装も凝っている。
 ビクター(ビル・ナイ)というバンパイヤの長老がいるのだが、普段は眠っているのをセリーヌが起こすシーンがある。最初はミイラ状態に干上がっている。ほとんど干物のようなものだ。それに血液を補充することで次第に生身の人間に近くなっていき、最後には普通の人間になる。バンパイアは年を取っている方が強いという設定らしく、最高齢にして最強のバンパイアなんだそうな。その割りには『ルパン三世 ルパン対マモー』でマモーの手下が五右衛門にやられたような殺され方をするが。
『ヴァン・ヘルシング』でもそうだったが、バンパイアに対立する物は狼男なのだろうか。個人的には、狼男は頭が悪そうだし満月の晩以外は普通の人間だから格下だと思うのだが。
 バンパイアと狼男の戦いが銃撃戦なので人間同士の戦いとほとんど変わらないという不満はある。銃撃戦はひたすら撃ちまくりでさして工夫がないし。床を丸く撃ち抜いて下の階に逃げるのが面白かったぐらい。もっと肉体を使ったアクションが観たかった。
 ストーリーは今一つ盛り上がらないので、ケイト・ベッキンセイルと画面のスタイリッシュさが一番の売りか。

B0017P250K.jpg『シスターズ』(2006) SISTERS 91分 アメリカ

監督:ダグラス・バック 製作:エドワード・R・プレスマン、アレッサンドロ・ケイモン、キャシー・ゲスアルド 製作総指揮:ドン・スター、リー・ソロモン、ラリー・フェセンデン、スティーヴン・ベラフォンテ、カーク・ショウ 脚本:ダグラス・バック、ジョン・フレイタス 撮影:ジョン・キャンベル プロダクションデザイン:トロイ・ハンセン 衣装デザイン:カレン・ミュニス 編集:オマー・デアー 音楽:エドワード・ジュバク、デヴィッド・クリスチャン
出演:クロエ・セヴィニー、スティーヴン・レイ、ルー・ドワイヨン、ウィリアム・B・デイヴィス、ガブリエル・ローズ、ダラス・ロバーツ、JR・ボーン
 
 先日紹介したブライアン・デ・パルマの『悪魔のシスター』(1973)のリメイクなんだが、はっきりいってつまらない。
 凝った画面構成もなければ演出も単調で平凡だ。なによりストーリーがつまらない。オリジナルもストーリーはつまらないんだがそれを画面構成などで見せてくれた。

 精神的に片方が悪、片方が善のシャム双生児の姉妹が分離手術後に悪の方だけ死んでしまう。では、善の方のアンジェリークに本当に悪はなかったか。これがあったんである。それを向精神薬で押さえつけていたのだが、ある医者を連れ込んだ翌朝、薬が切れて悪の側面が現れてしまい医者を金属製の編み針で刺殺する。ザックザックとこれが痛そうだ。
 それを目撃したのがアンジェリークが助手として働いている診療所を取材中の女性記者だ。オリジナル版ではたまたま向かいの建物に住んでいて目撃してしまうと言うヒッチコックの『裏窓』のオマージュだったが、今回は診療所の悪徳医師ラカンの部屋に忍び込んで資料をあさっている最中にアンジェリークの部屋に仕掛けられた隠しカメラを通じてパソコンのモニターで目撃するという点が新しいところか。
 警察は相変わらず物わかりが悪く、前作で死体が隠してあったソファベッドを開けてみると何もなかったというギャグがある。バースデーケーキはまったく意味が無くもうちょっと活用しろよと思ってしまった。
 終盤はストーリーは支離滅裂になる一方で、人間関係も目茶目茶になりラカンの薬と催眠術で女性記者が死んだシャム双生児の片割れアナベルになってしまう。なんだよそれ。そしてラカンは悪の存在であるアナベルに殺される。これが注射器で首をめった刺しでこれまた痛そうである。血もドバドバスプラッターだ。心理的に追い詰めてきた作品のカラーには合わない。あふれて女性記者の記者仲間はアンジェリークに殺される。
 人が二人も殺されているのに診療所は静かな日常を迎えアンジェリークとアナベルとなった女性記者は仲良く歩いて行く。だからなんだよそれ。
 劇中でのラカン医師の年齢もどう考えても計算が合わない。あんたいったいいくつなんだよ。それからアンジェリークとアナベルは実の娘なのか?だとしたら近親相姦では?それともあのシーンは幻覚なのか。もう何が何だか分からない。
 どうでもいいことだがアンジェリーク役のルー・ドワイヨンは顔がくどい。と思ったら映画監督のジャック・ドワイヨンと女優のジェーン・バーキンの娘か。確かにジェーン・バーキンに似ている。

B001WBXLTI.jpg『暴走機関車』(1985) RUNAWAY TRAIN 111分 アメリカ The CANNON GROUP,INC.,

監督:アンドレイ・コンチャロフスキー 製作:ヨーラン・グローバス、メナハム・ゴーラン 製作総指揮:ロバート・A・ゴールドストン、ヘンリー・ウェインスタイン、ロバート・ホイットモア 原案:黒澤明、菊島隆三、小国英雄 脚本:ジョルジェ・ミリチェヴィク、ポール・ジンデル、エドワード・バンカー 撮影:アラン・ヒューム プロダクションデザイン:スティーヴン・マーシュ 美術:ジョセフ・T・ギャリティ 衣装デザイン:キャシー・ドーヴァー 編集:ヘンリー・リチャードソン 音楽:トレヴァー・ジョーンズ
出演:ジョン・ヴォイト、エリック・ロバーツ、レベッカ・デモーネイ、カイル・T・ヘフナー、ジョン・P・ライアン、T・K・カーター、ケネス・マクミラン、ステイシー・ピックレン、ウォルター・ワイアット、エドワード・バンカー、ダニー・トレホ、ハンク・ウォーデン、タイニー・リスター・Jr

 本日10月14日は『鉄道の日』らしいので列車の映画。『鉄道の日』に対峙するのは8月5日の『タクシーの日』だそうだが、それはそれとしてその名も『暴走機関車』。

 元は黒澤明らが脚本を書いた物がベースになっている。ベースと言っても機関車が暴走して、それを止めようと必死になる鉄道会社の人間というところが同じぐらいで、ほとんどオリジナルと言って良いだろう。取りあえず、黒澤明との比較は無意味なのでやらない。

 アラスカの刑務所の収監されているマニー(ジョン・ヴォイト)は札付きの悪党で、3年間も独房暮らし。裁判で勝って独房から一般房へと移されるとさっそく脱獄を企む。
 ボクシングの腕っ節は強いがオツムはちょっと弱いバック(エリック・ロバーツ)を利用して二人で脱獄に成功すると、鉄道の駅にたどり着き一台の4連機関車に乗り込む。ところがこの列車の機関士が心臓発作で列車から落ちてしまい、機関室は無人のまま機関車は暴走を始める。
 鉄道会社の管制室では管制官たちが列車を他の列車に衝突させないように必死にポイントを切り替えるが、一台の貨物列車の後部に衝突してしまう。このままでは大惨事はまぬがれられないと列車を転覆させることにして使っていない支線へと送り込むことにしたが、列車から汽笛が聞こえてきた。脱獄囚の二人の他に女性の機関助士サラ(レベッカ・デモーネイ)が乗っていたのだ。慌てて列車を本線に戻すことになる。
 そのころ、刑務所長のランケン(ジョン・P・ライアン)はマニーを抹殺すべく追跡を開始していた。

 前半の刑務所のシーンは実際の刑務所で撮影され、本物の囚人が多数出演している。出演料はもらったのだろうか?それともボランティアか?紙くずが散らばっていて、騒ぎが起こると火のついた紙が上の階から降ってくる様子はリアルだ。
 アラスカの刑務所という設定だけあって寒そうで、観ているだけで凍えてくる。こんな地にいたら一刻も早く外へ出たい、自由になりたいと思うだろう。刑務所というとやはり『網走番外地』にしろ寒いところが似合う。リゾート地の刑務所では処罰にならないだろう。
 ようやく自由になれたと思ったら、乗る列車を間違えただけで地獄の恐怖を味わうことになる。
 一旦機関車が暴走し始めたらもう止まらない。先頭車両への扉は他の列車に衝突した時のショックで壊れてしまい先頭車両へ行くことが出来ない。先頭車両で緊急停止のボタン一つを押すだけで停めることが出来るのにそれが出来ない。真っ白い雪の中を走っていく機関車は迫力がある。特に先頭車両の前部が壊れてからは異常な様相で悪魔のような化け物を感じさせる。
 機関車という閉鎖空間の中で、手を取り助け合い、時に憎しみあう様子は人間の根源を味合わせてくれる。美しいところも醜いところも合わせて人間だ。「あなたは動物よ」「動物よりもっと悪い。人間だよ」というやり取りには考えさせられる。
 ラストのバックとサラを助けながらも、自分はランケン共々先頭車両だけで衝突の道を選んだマニーは動物ではなく人間だ。
 ジョン・ヴォイトが悪役メイクでマニーを演じてアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされた。
 出演者にダニー・トレホがいるが、どの役かはっきりしないがバックのボクシング試合の相手ではないかと思う。
 昔、劇場公開時に観た時はサラの髪型はショートカットだと思ったが、ショートのおさげだった。意外と可愛い。
 キャノン・グループはこんな映画も作ってたんだ。チャック・ノリスが暴れる映画ばかりだと思ったよ。

B000063C4P.jpg『URAMI 怨み』(2000) BRUISER 100分 アメリカ

監督:ジョージ・A・ロメロ 製作:ベン・バレンホルツ、ピーター・グルンウォルド 製作総指揮:アレン・ショア 脚本:ジョージ・A・ロメロ 撮影:アダム・スウィカ 音楽:ドナルド・ルビンスタイン
出演:ジェイソン・フレミング、ピーター・ストーメア、レスリー・ホープ、ニーナ・ガービラス、アンドリュー・ターベット、トム・アトキンス

『ダーク・ハーフ』(1993)以来7年ぶりに『ゾンビ』シリーズのジョージ・A・ロメロが撮った劇場用新作。
 B級っぽい邦題だが、原題の『BRUISER』は強い男、乱暴者といった意味。誰がどう強くて乱暴者なのだろうか。

 主人公は出版社の社員。男性向け人気雑誌『BRUISER』を担当している。冴えない男で他人に馬鹿にされたりコケにされたりはしょっちゅう。妻からも軽く扱われている。そんな彼がパーティーで自分の顔のマスクを作ったところから話は変わる。
 翌朝、起きてみると自分の顔が白いマスクになっていたのだ。マスク顔になった主人公は怒りっぽくなりジャケットから金をくすねた家政婦を殴り殺すと、外出したまま戻らない自分の妻を捜しに出かけた。妻は自分の会社の社長とよろしくやっているところ。妻の首に電機の延長コードを巻き付けて窓から放り出して殺す。
 続いて、自分の株式売却益をくすねていた親友を銃で撃ち殺し、最後に社長をパーティー会場でレーザーにて撃ち殺す。
 全ての復讐を遂げた主人公の顔は元に戻っていた。

 ジョージ・A・ロメロとしては凡庸な出来で、演出に冴えがない。殺し方にまず工夫がない。変わっているのは社長をレーザーで撃ち殺すぐらいか。でも、そのレーザーはパーティーの演出用のレーザーでそんな威力のある物だったら危なくてしょうがないだろうに。太陽光の2倍の熱を発すると説明されていたが、その程度では人はしなないだろう。
 序盤の主人公がまだ普通の顔だった時に、妄想で頭に来た相手を殺すが、例えば列車の車輪で頭を轢き潰すとか斧で頭をかち割るなどの方が殺し方として面白かったしロメロっぽかった。
 マスク顔になって本当の顔が無くなった=本当の自分が無くなった、つまり家庭も仕事も友人もなくなったということなんだろう。アイデンティティを喪失した主人公が怨みを持つ相手を殺していくことによって自分を取り戻していく。発想は悪くないがその段階に面白みがない。主人公の怒りにあまり同調できないというのもある。あまり魅力的な主人公ではないのだ。復讐劇ならばもっと人々を引きつける主人公であるべきだった。ただ、取り外しの出来るマスクをかぶるのではなく顔そのものがマスクになってしまうのは面白かった。
 逆に殺される側の妻や社長などは個性的で、こいつならば殺されてもやもなしと感じさせてくれる。本当に嫌な連中なのだ。俗物でセックスマニアで欲深ときてる。そしてそういう人間に限って権力を持っていたり、上手く立ち回って儲けていたりする。
 オープニングはラジオの視聴者参加番組で、電話での出演者が番組の最中に自殺をしてしまう。主人公はその男にシンパシーを抱いたようだ。彼自身、自殺が頭をよぎっていたのかも知れない。
 ラストの、警察から逃げて身分を隠してある会社でメッセンジャーボーイをやっている主人公が、馬鹿なボスから怒鳴られて振り向いたらまたマスク顔になっていたというのは蛇足。あのまま頭に来る度にマスク顔になって殺人を繰り返していくのだろうか。それは爽快感があるのかも知れないがしんどい生き方だ。
 オレも生きていると「こいつ殺してやろうか」と思うぐらい品性下劣だったり傲慢だったりする奴と出会う時がある。そう言う時にオレは頭の中で殺すことにしている。本当に殺したら殺人犯だが、頭の中で殺している分には無実だ。

B001S8SF96.jpg『悪魔のシスター』(1973) SISTERS 92分 アメリカ AMERICAN INTERNATIONAL

監督:ブライアン・デ・パルマ 製作:エドワード・R・プレスマン 原案:ブライアン・デ・パルマ 脚本:ブライアン・デ・パルマ、ルイザ・ローズ 撮影:グレゴリー・サンダー 音楽:バーナード・ハーマン
出演:マーゴット・キダー、ジェニファー・ソルト、チャールズ・ダーニング、バーナード・ヒューズ、ウィリアム・フィンレイ、メアリー・ダヴェンポート、ドルフ・スウィート

 画面分割が効果的に使われていて、黒人男性が刺されて悶絶しているカットと向かいのアパートから偶然見てしまう女性記者のカットが同一の画面で繰り広げられる。デ・パルマの好きな画面分割だがこれが一番上手く使われているのではないか。
 画面分割ではないが、元シャム双生児の女性が薬が無くて苦しんでいるカットと、黒人男性が薬を買いに出ていて帰りに彼女と彼女の妹の誕生日だからとケーキ屋でバースデーケーキを買うカットが交互に繰り返されるのも効果的だ。薬がないのは黒人男性が服を着る時にそれとは知らず服の袖で薬を洗面台の配水管に落としてしまったから。細かなネタを仕込んである。
 薬が間に合わなかったものだから、もう一つの妹の人格が現れてしまった女性は男性への憎しみから黒人男性を刺し殺す。それを目撃した女性記者は警察を呼ぶが警察への批判記事を書いた彼女は刑事から受けが悪くなかなか信じてもらえない。その間に、女性の元夫の医師が登場して死体を隠して血を拭い去ってしまう。警察の捜査もおざなりで、結局は女性記者の妄想扱いされてしまう。双子の名前の書かれたバースデーケーキを刑事に見せようとして寸前でひっくり返して刑事の靴を汚してしまい結局見せられないというのはヒッチコックっぽい。
 このことを本格的に記事にすることにした女性記者は探偵をやとい、死体の在処を探らせる。死体はどうやらソファの中に隠されているようで、カナダのケベックに送られたソファを探偵は追う。この探偵を演ずるのがチャールズ・ダーニング。見た目はちょっと肥満気味だが腕利きの探偵だ。映画のラストで、ソファを誰が取りに来るか見張り続ける姿にはプロを感じさせる。
 シャム双生児の妹は分離手術後にすでに死んでいて、姉が薬が切れたりすると妹の人格が浮かび上がるのは、超自然的現象で妹の霊魂が乗り移っているのか、単に多重人格として妹の人格を自分の中に作り上げてしまっているのかは分からない。
 そもそもデ・パルマが『サイコ』と『裏窓』をやりたくて作ったとしか思えない内容で、演出と映像のセンスは面白いがストーリーはかなり支離滅裂になっており説明不足な点も多い。
 女性記者が殺人者の女性を追っていくと豪邸にたどり着き、そこがなんと精神病院。たしかに女性記者と母親との会話で伏線はあったが唐突だ。そこの院長がなんと証拠隠滅をした医師。でもこの医師は精神科医ではなく外科医なのだがそこら辺はどうでも良いのだろう。そして、新しく来た患者ということにされてしまう。何を言っても妄想扱いで、自分は患者じゃなくて正常だと言っても相手にされない。ここは怖い。
 医師に催眠術で黒人男性殺人事件はなかった。だから死体もないと記憶操作されてしまうのも怖ろしい。
 派手な画面に合わせてバーナード・ハーマンのスコアがやかましいくらいに鳴り響くのも印象的。
 人一人しか殺していないのに"悪魔の"はちょっとおおげさかと。これまでにも男性を何人か殺しているのだろうか。そこら辺は描かれないので謎。同じシャム双生児を扱った作品でも『バスケットケース』とはかなり味わいの違う作品となっている。でもどちらか片方が邪悪という点では同じか。

B00008Z6VI.jpg『スズメバチ』(2002) NID DE GUEPES 108分 フランス 

監督:フローラン・エミリオ・シリ 製作:クロード・カレール、パトリック・グーユー・ボーシャン、ギョーム・ゴダール 脚本:フローラン・エミリオ・シリ、ジャン=フランソワ・タルノウスキ 撮影:ジョヴァンニ・フィオーレ・コルテラッチ 音楽:アレクサンドル・デプラ
出演:ナディア・ファレス、リシャール・サムエル、ヴァレリオ・マスタンドレア、ブノワ・マジメル、サミー・ナセリ、サミ・ブアジラ、アニシア・ユゼイマン、マルシアル・オドン、パスカル・グレゴリー、マルタン・アミック、アンジェロ・インファンティ

 マフィアのボスを護送中の警察の装甲車が敵の罠によって倉庫街に追い込まれる。そこには二人の警備員とたまたまノートパソコンを盗みに入っていた盗賊団がいた。
 そしてボスを取り戻そうとするマフィアの武装部隊との一大銃撃戦が始まった。

 とにかく派手な銃撃戦が繰り広げられる。物量作戦で攻めてくる武装部隊の正体ははっきりとせず、まるで人間以外のモンスターと戦っているようで不気味だ。この武装部隊のことをスズメバチに例えているのだろうか。そもそもフランス語で『NID DE GUEPES』はスズメバチという意味なのだろうか。翻訳サイトで翻訳してみたら『スズメバチの巣』という意味だった。状況がスズメバチの巣のようなのか、主人公たちがスズメバチの巣に手を突っ込んだようなものものなのか。なかなか考えさせられるタイトルだ。
 敵は大人はもちろん、普通ならばタブーとされている子供や犬までも殺してしまう。両方とも殺害される直接的な描写はないがせめてもの良識なのであろう。
 圧倒的多数の敵に取り囲まれ、助けを呼ぼうにも連絡が付かない(携帯電話が圏外なのはお約束)というのはジョン・カーペンターの『要塞警察』を思い出させる。重要な人物を狙って犯罪組織が襲ってくるという点ではリメイク版の『アサルト13 要塞警察』(2005)か。絶望的な状況の中で、自分たちの力だけで戦い抜かねばならない恐怖が描かれている。
 ストーリーはひたすらに攻防戦というシンプルさで場面も倉庫の中がほとんどという限定された条件の中でアクションを繰り広げている。登場人物も少なく、しかもどんどん死んでいってしまう。このシビアさがハリウッド映画との差だ。
 映画の冒頭から詳しい説明はなく、それぞれの登場人物が気がついたら同じ場所にいて危機に陥っていたという一見説明不足なストーリーだが、シンプルなので状況はすぐに理解できる。
 サミー・ナセリが出演しているが序盤で怪我をしてしまい、後は寝たきりに。出番も減ってゲスト出演みたいなものかと思ったらしかし最後は見せてくれる。警官と窃盗団の女性の二人がシングルマザー。戦うママは最後まで生き残れるのだろうか。意外な人物がどんどん死んでいくので誰が死んでもおかしくないのだ。そもそも一人でも生き残ることが出来るのか?
 バリバリ撃ちまくりの銃撃戦は味方が数や武装の面からも圧倒的に不利なのに、敵が弱い弱い。数は多いが銃は撃ってもなかなか当たらずにどんどん撃ち殺されていく。もう少し敵が強くても良かった気がするが、それだとあっと言う間に全滅だよな。倉庫にブルドーザーで突っ込んできたり、催涙弾を使ったりと意外と頭は使っている様子。ボスを解放しろといったような要求もなしに一言も発せずに襲いかかってくる様はやはり怖ろしい。
 ラストにマフィアのボスが生きたまま捕らえられるのもハリウッドとは違う。ハリウッドならばボスは死ぬべきところだ。
 冒頭に『荒野の七人のテーマ』を口笛で吹かせたりして、立てこもり状況の映画が比較的多かった西部劇へのオマージュも捧げられている。そもそも『要塞警察』が『リオ・ブラボー』へのオマージュなんだ。

B00277TH3K.jpg『ザ・ショック』(1976) THE SHOCK 93分 イタリア

監督:マリオ・バーヴァ 製作:テューリ・ヴァーシル 脚本:ランベルト・バーヴァ、フランチェスコ・バルビエリ、パオラ・ブリジェンティ、ダルダーノ・サケッティ 撮影:アルベルト・スパニョーリ 音楽:イ・リブラ
出演:ダリア・ニコロディ、ジョン・スタイナー、デヴィッド・コリン・Jr、アイヴァン・ラシモフ

 空港近くの家に引っ越してきた一家。妻ドーラと再婚した夫ブルーノ、前夫との間に産まれた息子のマルコの三人だ。この家は7年前まで前夫と暮らしてきた家だが、前夫が嵐の日にボートで海に出て自殺して以来他に移っていたのだ。
 ブルーノはパイロットなので立地条件は最高。これで幸せな家庭を築けるはずだったが、ドーラに不可思議な現象が起こり始める。それは主にマルコが関わっていた。

 イタリアホラー界の巨匠マリオ・バーヴァの最後の劇場用映画である。
 この映画ではSFXと呼ぶのもおこがましいトリック撮影がほとんどである。人が乗っていないのに揺れているブランコ、棚の上を勝手に動く石膏像、レンガの壁からあふれ出す血、簡単な特殊メイクをした死人の手などなどだ。これが不思議と怖いから面白いものだ。大仰な音楽もそれに拍車をかける。
 それらの現象にドーラが次第に追い詰められていくのが怖ろしい。その鍵と思われる人物が愛する息子のマルコというのがさらにドーラを追い詰める。
 どうやら前夫は自殺したのではないらしい。ドーラが大型カッターナイフで首を切り裂いたのだと分かってくると、起きている現象は彼女に贖罪を迫っているのだと分かる。死人の手は前夫の物。これらは前夫の呪いなのだ。前夫は麻薬中毒患者でドーラを悩ませてばかりだったようだが、それでも夫は夫。マルコにとっては大切な父親であった。
 一番驚かせてくれるのが、ドーラの元に走ってきたマルコが一瞬で前夫に変身するところ。これもSFXではなく、マルコが画面の下に見切れた瞬間に前夫が飛び出すといった仕掛け。こんな単純なトリック撮影で最大限の効果を上げている。CGが当たり前の世の中になってしまったが、金も手間もかけずに観客を驚かせることは可能なのだ。
 ドーラが見た様々な現象は本当に起きているのか、それとも前夫を殺した記憶を無くしているドーラが無意識に見た幻覚なのだろうか。麻薬中毒患者の前夫が恨みを晴らす結末は意外だ。母も義理の父も死に一人きりになったマルコは幻の家族と楽しげに過ごしているが、あれも幻想なのだろうか。マルコのその後が気になって仕方ない。
 マリオ・バーヴァはカメラ出身だそうで、なるほど美しいカメラワークと照明で恐怖を盛り上げてくれる。

B00005QWJO.jpg『マーティン/呪われた吸血少年』(1977) MARTIN 96分 アメリカ

監督:ジョージ・A・ロメロ 製作:リチャード・P・ルビンスタイン 脚本:ジョージ・A・ロメロ 撮影:マイケル・ゴーニック 特殊メイク:トム・サヴィーニ 音楽:ドナルド・ルビンスタイン
出演:ジョン・アンプラス、リンカーン・マーゼル、クリスティーン・フォレスト、エレイン・ナデュー、トム・サヴィーニ、サラ・ヴィネイブル、ジョージ・A・ロメロ

 主人公のマーティンは吸血鬼である。ただクリストファー・リーのような古典的吸血鬼とは違い、相手を睡眠薬の注射で眠らせてしまうと、剃刀の刃で手首を切って血をすする近代的吸血鬼である。相手の血が衣服につかないようにオールヌードになって襲うのがエロティック。
 見た目は10代の若者だが、どうやら本当の年齢は80代らしい。らしいというのは、彼が本当に吸血鬼なのか、80代と長い年月を生きてきた吸血鬼なのかがはっきりとそうだとは描かれていないからだ。
 現代のシーンに時折モノクロの過去のシーンが挿入されるが、これが事実だったのかそれとも妄想なのかははっきりとしない。もしかしたらマーティンは精神病患者で他人の血をすすることで満足・快感を得ていたのかも知れない。つまりは本物の吸血鬼ではなく普通の人間だったかも知れないということだ。
 もちろん、回想シーンは事実で、マーティンは本物の吸血鬼で長生きをしても若者の姿のままだったという解釈も出来る。二重の取り方が出来る作品となっている。
 もしも本物の吸血鬼だとしたらかなり規格外で、日光もニンニクも平気。教会も十字架も平気なんである。これで吸血鬼の長所は持っているとしたらかなりの強敵だ。
 マーティンのいとこにあたるクーダ老人は神父を連れてきて悪魔払いの儀式をするがエセ吸血鬼にしろ本物の吸血鬼にしろそこらの神父の祈りがもちろん通用するはずもなく、マーティンはマーティンのまま。
 ラジオの身の上相談に電話するも面白おかしく取り上げられるだけで孤独感は強まるばかり。そんなマーティンにも恋人というかセックスフレンドが出来たのだが......
 実際にも精神病の一つとしてヘマトフェリア(血液嗜好症)という人間の血液を好むという物が存在するのだが、マーティンがその病気だったか本物の吸血鬼だったかは最後まで謎だ。そしてブツ切れのように映画はマーティンが町中で人を殺して血を吸ったと勘違いしたクーダによってマーティンが串刺しにされるという悲惨な終わり方をする。だがその悲惨はマーティンにとって安らぎだったのかも知れない。

B002HW5LSU.jpg『ファンハウス/惨劇の館』(1981) THE FUNHOUSE 97分 アメリカ UNIVERSAL AN MCA COMPANY

監督:トビー・フーパー 製作:デレク・パワー、スティーヴン・バーンハード 製作総指揮:メイス・ニューフェルド 脚本:ラリー・ブロック 撮影:アンドリュー・ラズロ 特殊メイク:リック・ベイカー 音楽:ジョン・ビール
出演:エリザベス・ベリッジ、クーパー・ハッカビー、マイルズ・チャピン、ラルゴ・ウッドラフ、シルヴィア・マイルズ、ウィリアム・フィンレイ、ケヴィン・コンウェイ、ショーン・カーソン

 いきなり『サイコ』のシャワーシーンのパロディから始まる。あれ?こんなに軽めだったっけ。いやいや、怪物男にジワジワと追い詰められる結構怖いホラーだった。監督は『悪魔のいけにえ』のトビー・フーパー。怖いのも納得だ。

 主人公のエイミー(エリザベス・ベリッジ)はボーイ・フレンドのバズ(クーパー・ハッカビー)、友人のリズとリッチーとのダブルデートでカーニバルに来ていた。存分に楽しんだ彼らはそれで満足しておけばいいのに、お化け屋敷のファンハウスに潜り込んで一夜を明かそうという計画を立てる。こういう馬鹿なことをする若者はホラー映画では格好の餌食だ。そしてファンハウスの従業員でフランケンシュタインの怪物のマスクを被った男による殺人を目撃してしまった彼らは、その従業員と父親であるオーナーに追われ一人一人殺されていくことになる。

 ファンハウスに忍び込んだ四人はカップルに分かれてネッキング(古いね)。その最中に、床の隙間から階下でフランケンシュタインの怪物が女占い師を買おうとして失敗し殺してしまうのを目撃する。
 フランケンシュタインの怪物のマスクの下にある素顔はグッチャグチャの奇形顔。ツナギを着ているので身体は見えないが、手も奇形なので全身奇形なのだろう。その怪物男が彼らを追ってくる。ファンハウスの中は迷路のように入り組んでいて、どういうわけかどの入り口も頑丈に施錠されている。カーニバルの敷地内だしそんなに戸締まりに気を使う必要があるとは思えないのだが、逃げだそうとしても逃げ出せないのはホラーのお約束。
 一人目のリッチーは上から首吊りにされた上、カート車に乗せられてきたのを敵と勘違いしたバズによって斧で頭をかち割られる。首吊りの状態で死んでいたとは思うが不憫な奴である。
 二人目のリズはナイフを背に隠し色仕掛けで怪物男に言い寄るが、背中をナイフで刺したところで怒った怪物男に惨殺。
 三人目のバズはオーナーと格闘した後なんとか倒すも、その後に現れた怪物男によって殺されてしまう。
 四人目のエイミーは必死になって逃げ回り、ファンハウスの駆動部へと逃げ込む。そこへ追ってきた怪物男との戦いになり......
 殺される人数は少ないし殺され方もはっきりとは見せなかったりと他のスラッシャー映画と比べると地味ではあるが、迷宮のようなファンハウスの中での絶望的な逃走劇が見応えある。こちらの扉に行けば鍵がかかっている、こちらの扉は鎖がかかっていると行き止まりの連続だ。お化け屋敷という設定を上手く活かしている。
 この怪物男はこれまでにも何人もの若い女性客を手にかけていたようだ。連続殺人鬼だったんである。リック・ベイカーによる特殊メイクで怖ろしいモンスターとなっている。そんな奇形の息子でも父親のオーナーは捨てるに捨てられずにこれまで犯した殺人の痕跡を消したりと色々面倒をみているようだ。面倒をみる方向がちょっと間違ってないかとは思うが劇中にあったセリフ「血は水よりも濃い」で父息子にしか分からない親子の愛情があったのだろう。
 それにしてもエイミーの弟が家を抜け出してカーニバルにやってくるのだが、これといって活用されないまま退場。迎えに着た父親を大きなファン越しにエイミーが見つけて助けを呼ぶが風切り音が邪魔になって届かずそのまま帰られてしまう絶望的なシーンのためだけに存在していたに違いない。

B002JPC9A8.jpg『フィースト3/最終決戦』(2009) FEAST 3: THE HAPPY FINISH 80分 アメリカ DIMENSION EXTREME FILMS

監督:ジョン・ギャラガー 製作:マイケル・リーヒイ 脚本:パトリック・メルトン、マーカス・ダンスタン 撮影:ケヴィン・アトキンソン 音楽:スティーヴン・エドワーズ
出演:ジェニー・ウェイド、クルー・ギャラガー、ダイアン・ゴールドナー、カール・アンソニー・ペイン、トム・ギャラガー、ハンナ・パットナム、フアン・ロンゴリア・ガルシア、ジョン・アレン・ネルソン、ジョシュ・ブルー、ウィリアム・プラエル、クレイグ・ヘニングセン

 色々な映画を観てきたつもりなオレだが、さすがにこの映画のラストには「さすがにそれはどうよ?」と言いたい。いきなり巨大ロボットが出現して主要キャラを踏みつぶして終わりってどうよ?でもそんなところも合わせて好き。バカだから。
 1と2は続けて観なくてもそれほど支障がなかったが、2と3はストーリーや登場人物が直結しているので両方観ないとダメ。2作で1作の形態を取っているとも言える。
 1の頃からの伝統では意味ありげに登場してきた登場人物があっと言う間に死んでしまうのがあげられるだろう。今回は『カウボーイ』という男が救世主的に現れておきながら、白人女性のシークレットの銃の暴発であっと言う間に退場。哀れなもんである。
 数日前は平凡な男だった。2日前はただの犠牲者で、昨日生まれ変わった。そして今日、戦士になった。というジャン=クロード・セガールと言う名の男も登場する。名前からして無敵だが、どう考えても無敵だが、あっと言う間に左腕をモンスターにもぎ取られてしまう。ジャン=クロード・セガールなのにっ。名前のモデルとなった二人ならば確実にモンスターの親玉の息の根を止めていたのに違いないのにっ!
 前作で死んだはずの小人の片方がいけしゃあしゃあと生きていたり、監督のオヤジであるクルー・ギャラガーは実はどのキャラよりも無敵だったりとツッコミどころは多い。前作のラストでしぶとく生き残ったかに見えたハニーパイはいきなりあれだし......そのくせ前作の終盤で鉄パイプが頭を貫いたトム・ギャラガーは割と元気にレギュラーしてるし。監督の弟だからって甘やかしすぎだぞ。
 監督自らがツコッミ待ちをしているに違いないシリーズだけに、こちらとしてはツッコンだら負け。ツッコンだら負けと思わざるを得ないのだが。でもツッコみたい!
 板金工場の屋上がメインの舞台だった2に対して3はかなりの部分が地下下水道。やっぱ下水道は良い。実際には入りたくないけど、あの閉鎖空間は映画的にはかなり良い。どこから敵が襲ってくるか分からない。行く先も行った先も不明なあの息苦しさが良い。
 その上でやはり、カウボーイやらジャン=クロード・セガールを捨てキャラとして使い果たしてしまうジョン・ギャラガーにはちょっと疑問が残る。ジャン=クロード・セガールは多少活躍していたけれどさぁ。それとジョン・ギャラガーってっちょっとナムコの往年のシューティングゲームっぽいよね。
 ラストはいきなり巨大ロボットが主要キャラを踏みつぶしたあげく、どこからともなくエル・マリアッチが出てきて、「この物語はね1はね、で2はね、そしてこの3はね......」と高らかに歌い上げる。だからお前誰やねん。「4もあるかもしれないよ......」ない。巨大ロボ対モンスターの話になってしまうだろうからこのシリーズの枠を超えてしまっている。ぜったいにない。というか止めておけ。よく見るとエル・マリアッチの遙か彼方に人型ロボットがすっくと立ってるのな。気付くかそんなの。

B002JPC99Y.jpg『フィースト2/怪物復活』(2008) FEAST II: SLOPPY SECONDS 97分 アメリカ DIMENSION EXTREME FILMS

監督:ジョン・ギャラガー 製作:マイケル・リーヒイ 脚本:パトリック・メルトン、マーカス・ダンスタン 撮影:ケヴィン・アトキンソン 音楽:スティーヴン・エドワーズ
出演:ジェニー・ウェイド、クルー・ギャラガー、ダイアン・ゴールドナー、カール・アンソニー・ペイン、マーティン・クレバ、トム・ギャラガー、ハンナ・パットナム、ジュダ・フリードランダー、ウィリアム・プラエル、フアン・ロンゴリア・ガルシア

 第一作目の『フィースト』の後日談。モンスターに襲われた酒場で人間爆弾にされて死んだハーレイ・ママの妹バイカー・クイーンが酒場を訪れるところから物語は始まる。いきなり手首をくわえた犬が通りかかるという、お前黒澤明の用心棒かよ的シーンが登場するが、バイカー・クイーンは無慈悲にもその犬をショットガンで惨殺。この辺りからこの映画の色が見えてくる。そして犬がくわえていた焼けただれていた手首が自分の姉ハーレイ・ママのものであることをタトゥーから分かったバイカー・クイーンは近くに隠れていた酒場のバーテンから姉を人間爆弾にした犯人を聞き出すと、バーテンを連れてその町に向かうのであった。ってバーテンは1作目で死んでなかったか。いい加減だなぁ。
 ところがその町はモンスターの大群に襲われてほぼ壊滅状態。一握りの人だけが辛うじて生き延びている状態だった。バイカー・クイーンとその仲間たちは元ミゼットプロレスの選手で今は鍵屋を経営している小人の連絡を受けて板金屋の屋上に避難する。しかし、そこもモンスターに襲われる場所であることには変わりない。町で一番安全な場所である保安官事務所の留置所はヤク中が陣取っており他の者を受け付けようとしない。一体、彼らに生き残るすべはあるのか。

 前作のバーテンが何で生き残っていることになっているかと思ったら監督ジョン・ギャラガーの実父クルー・ギャラガーが演じているのであった。オヤジうれしいか、息子の撮ったバカ映画に出演できて。さらに中古車販売店のオーナーの妻の浮気相手が登場するがこれを演じるのは監督の弟トム・ギャラガー。トム・ギャラガーの息子もモンスターに荒らされた町に取り残された自動車の中の赤ん坊役として登場していて、板金屋の屋上から命がけでトム・ギャラガーが助けに行くのだが、モンスターに追われて結局撒き餌として放り出されるという散々な役での登場である。お前の父ちゃんひどい奴だよな。いや、ひどいのは叔父さんか。親子三代に渡っての登場である。
 トム・ギャラガーが板金工場の中で小人二人組がやっつけたモンスターを解剖するシーンがあるが、これがひどいひどい。この時点で女性キャラの方が多いのだがゲロ吐きまくり。これでもかってぐらいにゲロを吐く。しかも膀胱をつついたのか、ペニスから小便をまき散らして女性陣にまき散らすまき散らす。あんたら最低だ。
 前作では薄暗い酒場がほぼ唯一の舞台だったので着ぐるみのモンスターもそれほど安っぽく感じられなかったが、今回は町が舞台ということでさすがにちょっときつい。仮面ライダーの怪人を観ているかのようだ。その分、前作ではほとんど使われていなかったCGも使われていて血しぶきなどの表現はそれに負っている部分がかなり多そうだ。上半身だけになっても生きている小人などもCGによる表現だろう。
 小人2人がかなり大活躍するが、これが日本だったら製作段階で「ヤバイよ」ということになってしまうのだろう。小人であるということも俳優としての長所の一つだと思うのだが、日本では単純に差別で片付けられてしまいそうだ。これは逆差別だと常々思っている。海外の映画だと身体障害者や知的障害者、ダウン病患者などが時折スクリーンに登場するが、この方がよっぽど健全ではないだろうか。
 とにかく人が死ぬ。無意味に死ぬ。そもそも人の死には意味なんてないんじゃないかってぐらいに死ぬ。その無意味っぷりがこのシリーズの特徴で、ホラーコメディとしての特色ではないかと思う。真面目なホラーファンは怒るかも知れないが、こちとらコメディファンでもあるのでこの手のバカバカしい作品は好みである。
 前作で酒場のみんなを見捨てて逃げたハニーパイが再登場して、「お前だけは許さん」とバーテンにトイレの便器に頭をガッツンガッツンぶつけられる悲惨な扱いを受けていますが、まぁ無理もない。でも前作の状況で自分だけ逃げてしまうのも無理もない。最後でついにこの無垢なる悪女の命運も尽きたかと思われたが......
 酒場という閉鎖空間から町という開けた場所にで出来た分だけテンポや勢いと言った物は落ちているのは確か。全編を通してのモンスターとの戦いではなく、立て籠もっているシーンがかなり多く、カタルシスに欠けるのも確か。その分をモンスターたちの活躍に期待したかったんだけど、1作目とあまり変わっていない。

B0017S4QMC.jpg『さまよう魂たち』  (1996) THE FRIGHTENERS 110分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:ピーター・ジャクソン 製作:ジェイミー・セルカーク、ピーター・ジャクソン 製作総指揮:ロバート・ゼメキス 脚本:フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン 撮影:アラン・ボリンジャー、ジョン・ブリック 音楽:ダニー・エルフマン 特殊メイク:リック・ベイカー
出演:マイケル・J・フォックス、トリニ・アルヴァラード、ピーター・ドブソン、ジョン・アスティン、ジェフリー・コムズ、ディー・ウォーレス=ストーン、ジェイク・ビューシイ、シャイ・マクブライド、R・リー・アーメイ、レスリー・ウィング

 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどで有名になったニュージーランド出身の映画バカ監督ピーター・ジャクソンのハリウッドデビュー作。
 ハリウッドデビューといってもハリウッド資本で作られたという意味で撮影他はニュージーランドで行われたようだ。1996年当時としてはかなりふんだんにCGが使われているがこれの製作もニュージーランドで行われた。最初は1台のINDY(スーパーコンピュータ)で始められたが、途中でどんどん台数が増えていき最終的には30台を超えるINDYが稼働していた。この作品後、このスーパーコンピュータの山をどうしようかというのでピーター・ジャクソンが考え出したアイディアが前々から暖めていたとあるファンタジー小説の映画化である。そうそれこそ『ロード・オブ・ザ・リング』だ。『ロード・オブ・ザ・リング』も撮影他の多くの部分がニュージーランドで行われている。この『さまよう魂たち』がなければひょっとしたら『ロード・オブ・ザ・リング』も『キング・コング』もなかったかもしれないわけである。

 主人公のフランク(マイケル・J・フォックス)は心霊調査員の肩書きでインチキ霊媒師をやっている。『ゴーストバスターズ』のように本当に幽霊を倒すわけでもなければ、『ゴースト/ニューヨークの幻』のオダ・メイのように根っからインチキをやっているのではない。彼にはある事件をきっかけに実際に霊魂の姿が見えるようになり、その霊魂と手を組んでインチキ商売をやっているのだ。ある日、彼と揉めた男が額に霊的な数字を刻まれているのをフランクは見る。そしてその男は死んでしまう。どうやら過去にサナトリウムで起きた12人の大量殺人が関わっているようなのだ。そう、殺人鬼の霊はまだ地上に留まっていて殺人を繰り返していたのだ。

 製作総指揮はロバート・ゼメキスでつまりピーター・ジャクソンをニュージーランドからハリウッドに呼び寄せた男ということになる。さすが才能のある人物は他人の才能も見抜くことが出来るのか。『乙女の祈り』はともかく『バッド・テイスト』や『ブレイン・デッド』などそれ以外のピーター・ジャクソン作品を観て選んだのならばロバート・ゼメキスは素晴らしい男である。
 主演のマイケル・J・フォックスは1990年頃にはすでにパーキンソン病に罹っていた。闘病しながらの撮影だったようだ。ただし1998年までは公表はしておらず比較的軽い症状だったらしい。それでもフットワークの軽い演技を見せていて実際のところかなりきつかったのではないだろうか。
 ゴーストたちの特殊メイクは御大リック・ベイカー。ちょっと汚れただけのゴーストから、ほとんどミイラ状態のゴーストまでさすがの特殊メイクを見せてくれる。特に、フランクの友人のゴースト"判事"の顎の骨のズレ具合など見事なものである。
 フランクが墓場に行けば当然ゴーストが一杯。その中にはアメリカ陸軍(海兵隊?)のリー・アーメイの姿もある。怒りっぽくてすぐにフランクを怒鳴り散らし変身してはM60の二挺機関銃を撃ってきたりするが、敵ゴーストの前には死に神の鎌で真っ二つ。結局ゲスト出演って事か。敵ゴースト相手に果敢に戦って欲しかっただけに残念。
 ピーター・ジャクソン色に合わせてロバート・ゼメキス色も強い作品である。ホラーコメディとしてコメディの要素が強いのにやたら人が死ぬ、それもストーリーに無関係な一般人が死ぬのは脚本も担当したピーター・ジャクソン色に違いない。スピード感溢れる演出で最後まで一気に観せてくれる。
 ゴーストたちが壁などを通り抜けてくるCGは光学合成でも可能だろうが、壁紙や絨毯が敵ゴーストの姿に盛り上がるのはCGではないと難しいだろう。当時としてはCGはかなり凝っている。ただし、天国へと通じる光の道の表現は『ゴースト/ニューヨークの幻』の方が幻想的だと思った。地獄へ通じる道も『さまよう魂たち』の方が派手だが、『ゴースト』の表現の方が好きだ。
 ゴースト物だとなんで壁は通り抜けるのに床は大丈夫なんだという話になるが、この作品では短時間の間ゴーストになったフランクが床を通り抜けて転がり落ちている。一発ネタだが、これでケチくさい文句をつけてくる人間に対する回答が出来た。幽霊も床をすり抜けて落ちると。

B00005S7E5.jpg『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』(1973) THE CRAZIES 104分 アメリカ FILMS AROUND THE WORLD,INC.

監督:ジョージ・A・ロメロ 製作:アルヴィン・C・クロフト 脚本:ジョージ・A・ロメロ、ポール・マッカロー 撮影:S・ウィリアム・ハインツマン 音楽:ブルース・ロバーツ
出演:W・G・マクミラン、レイン・キャロル、ハロルド・ウェイン・ジョーンズ、リチャード・リバティー、リン・ローリイ、リチャード・フランス、ロイド・ホーラー、ハリー・スピルマン、ウィル・ディズニー、ネッド・シュミッケ、ビル・ハインツマン

 米軍が極秘に開発した細菌兵器を積んだ輸送機が川に墜落。近くの田舎町では地下からくみ上げた地下水を水道水にしているため住民に感染の危険性がおこる。そのため軍は白い防護服にガスマスクの軍人を大量に送り込み町を封鎖する。その中で自由を勝ち取ろうと逃げ出す主人公たち。研究者は懸命に治療法を模索し、軍人たちはパニックを抑えようと懸命である。

『ゾンビ』シリーズのジョージ・A・ロメロが時期としては『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)と『ゾンビ』(1978)の間に撮った数本の中の一本。
 ウイルスに感染すると凶暴性が出たり痴呆になったりするのだが、住民が銃を持って兵隊に挑んでくるのが感染しているからなのか単に抵抗しているからだけなのかが分からないところが怖ろしい。
 映画としては低予算映画でカメラなどもあまり感心できた撮影具合ではないが、カット割りなど演出部分はちゃんとしている。そこらへんはさすがにロメロだ。
 軍がどんどん暴走していって、最終的には核兵器で軍人ごと吹き飛ばしてお終いにしてしまおうかとまで言い出す始末。4?5000人の大衆と軍人の命など軍にとっては小さな犠牲なのだ。そんな軍の暴走や狂気は後のロメロ作品にも登場する。
 銃撃戦の着弾シーンは低予算映画ならではのせこいものだが、せこいなりに迫力があり人間の醜い争いを垣間見せてくれる。ウイルスが人間を凶暴にするのか人間はもともと凶暴なのか。
 ロメロらしいシーンとしては気の良さそうな老婦人がにこにこ笑いながら編み棒で軍人を刺し殺すところ。この老婦人は感染していたらしい。こんなのを相手にするのでは軍人たちも神経質になるのも無理がない。
 救いようのないラストを迎え、軍の責任者は他の町で発生したウイルス騒動の解決のためその町に向かうのであった。
 もしもここでロメロが映画を撮るのを止めてしまったら『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』だけの一発屋になってしまっただろう。こういった低予算映画で経験を積んで名監督と呼ばれるようになったのだ。その修行の場としてだけでもこの映画には価値がある。
 白い防護服にガスマスクの軍人の利点は軍人役の俳優を大量に揃えなくてもいいという低予算映画ならではの工夫でもある。1500人の軍人がいることになっているが、ガスマスクで顔がはっきり分かるわけではないから主人公たちに撃ち殺されてもまた登場してもかまわないわけだ。実際、軍人役の俳優はせいぜい20人ぐらいじゃないかと思っている。こうした工夫が出来る人はやはり上手い。1500人必要なシーンに「1500人連れてこい」と助監督に怒鳴り散らしているだけの監督は偉大だと言われていてもダメ監督だと思う。
 それにしても、ウイルスを調べに来た研究者は機材がないので高校の理科室にある顕微鏡でウイルスを見ていたが、光学顕微鏡じゃウイルスは見えないだろ細菌じゃないんだから。野口英世の黄熱病のエピソードを思い出すよ。しかも苦労してようやく解決の糸口を見つけたのに馬鹿な軍人のせいで無駄死にしてしまい発見も無駄になってしまう。無常である。

B001TKDOUS.jpg『ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ セカンド・シーズン』(2008?2009) TERMINATOR: THE SARAH CONNOR CHRONICLES SEASON2

製作総指揮:ジョシュ・フリードマン、ジョン・ワース、マリオ・F・カサール
出演:レナ・ヘディ、トーマス・デッカー、サマー・グロー、リチャード・T・ジョーンズ、ブライアン・オースティン・グリーン、ギャレット・ディラハント、シャーリー・マンソン、レヴェン・ランビン

 全22話と全9話だったシーズン1から大幅ボリュームアップ。話も込み入ってきてジョンの彼女ライリーの正体や未来から来た人間の暗躍、そして人間に味方する機会などが複雑に交差する。
 とにかく長いんで観るのに疲れた。ちょうど土曜日に発作で倒れて寝込んでいたのでぶっ続けで観ることが出来たが、そうでなければ何日かかっていたことか。
 途中までは美少女二人体制できて、なんだ分かってるじゃないかと思ったら一人は無残な死を遂げる。詳しくは書かないが非常に悲惨な死に方だ。美少女ターミネーターは相変わらず可愛い。感情がないところがぶっきらぼうに感じられてそれはそれで良い。
 とんでも無い状況のままブツ切りで終わるが、視聴率が悪かったんでシーズン3は作られないらしい。あのまんまかい。だったら広げた風呂敷はきちんと畳んで終われよな。海外のTVシリーズは高視聴率ならばいくらでも話を引き伸ばすが、悪ければ簡単に打ち切られてしまう。まぁこれは日本も同じなんだろうけど。あー続きが気になるがもう観ることは出来ないわけか。
 22話もあるのでクオリティには多少のばらつきがあるが全体的に水準は保っていた。無駄に思えるエピソードもあったが、あとでそれが伏線になっている場合もあるので無視できない。SFXはさすがに映画クラスとはいかないが頑張っていた方だと思う。銃撃戦はかなり派手だ。
 ちなみに人間側に拉致されてしまうターミネーターのクロマティないしジョン・なんとか吹替をやっている桐本琢也とはおなじ学部で同じサークル所属の同期である。「最近へはブルース・リーの吹替をやっているそうだ」思えば遠くに来たもんだみのもんたである。桐本、地元に帰ってきた時ぐらいは連絡寄こせよ。たぶん上馬場氏もそういっているんである。まぁ馬場さんの近況も知らんが。

B0009H9ZU0.jpg『ブルース・オールマイティ』(2003) BRUCE ALMIGHTY 101分 アメリカ SPYGLASS ENTERTAINMENT/UNIVERSAL PICTURES

監督:トム・シャドヤック 製作:マイケル・ボスティック、ジェームズ・D・ブルベイカー、ジム・キャリー、スティーヴ・コーレン、マーク・オキーフ、トム・シャドヤック 製作総指揮: ゲイリー・バーバー、ロジャー・バーンバウム、スティーヴ・オーデカーク 原案:スティーヴ・コーレン、マーク・オキーフ 脚本:スティーヴ・コーレン、マーク・オキーフ、スティーヴ・オーデカーク 撮影:ディーン・セムラー 編集:スコット・ヒル 音楽:ジョン・デブニー
出演:ジム・キャリー、モーガン・フリーマン、ジェニファー・アニストン、フィリップ・ベイカー・ホール、キャサリン・ベル、リサ・アン・ウォルター、スティーヴン・カレル、ノーラ・ダン、エディ・ジェイミソン、ポール・サターフィールド、マーク・キーリー、サリー・カークランド、トニー・ベネット、ティモシー・ディプリ、ロバート・カーティス・ブラウン

 TVレポーターのブルース(ジム・キャリー)はついてない男である。新しいアンカーマンの選抜にも落ち自棄になったブルースは現場でメチャクチャなレポートをやってTV局を首になってしまう。だが捨てる神あれば拾う神ありとのことわざ通り、本物の神様(モーガン・フリーマン)が彼の前に現れ、神の力をブルースに授ける。その力を利用してTV局に返り咲き、隕石落下など特ダネを次々物にするブルース。しかし、調子に乗ったブルースに恋人のグレース(ジェニファー・アニストン)は以前の彼と変わってしまったと違和感を感じる。
 神様宛の祈りと願いをALL YESでお手軽にクリアしてしまったブルースだが、それは株価の異常な動きからTOTOクジの大量当選者など問題を引き起こす結果となった。

 ブルースが神様の力を得てからが面白い。ちょっと口にしただけでクリント・イーストウッドになってしまったシーンは笑った。あれは許可を取っているんだろうか。ちなみにジム・キャリーは『ダーティハリー5』のロックミュージシャン役で出演しているのでまんざら縁がないわけではない。
 軽食堂ではトマトスープを紅海に見立ててモーセの紅海割りをやるし。
 その後、ジミー・ホッファの死体を見つけるというスクープでTV界に返り咲く。ジミー・ホッファは全米トラック運転組合の会長でマフィアとのトラブルに巻き込まれたかなにかで1975年に行方不明になってる人物だ。もしも死体が見つかったら大事件である。
 チリソースの品評会の会場では近くに隕石を落とすしともうやりたい放題。
 だが、人々の願いを叶えているかと現れた神に問われて、人々の祈りと整理し始めるが、ファイルキャビネットに入れると部屋中がキャビネットだらけ、付箋にすると家中が付箋まみれになる。結局パソコンにメール方式でダウンロードするが一晩経ってようやく落とし終わる。これが全世界ではなくバッファローという街だけのことだから神様も大変だ。
 ジム・キャリーにしては顔芸とかが控えめで演技に集中している。もちろん最低限やることはやっているが。
 モーガン・フリーマンの神様はなるほどと言った感じで違和感がない。白人にとって神様が黒人というのはすんなり受け入れられたのだろうか。そこがちょっと気になる。

 まず思うのが神の力なんか持つもんじゃないなということ。人知を超えた力を操るには我々人間は未熟すぎる。オレが神の力を持ったとしたら自分だけのために好き放題使ってしまうだろう。
 人事を尽くして天命を待つというが、人間やるだけのことをやってそして後は神に祈る。上手く行く時もあるだろう、上手く行かない時もあるだろう。だがそれは神の責任ではなく自分の責任だ。奇跡は自分で起こす。
 モーガン・フリーマンの神様が本気で人々の祈りを聞き入れるシーンが欲しかったところ。
 なんでブルースが神様に選ばれたのかと思ったら、看板を持ったホームレスを助けたからなんだね。そのホームレスの正体こそが......
 犬のトイレのしつけを神の力ではなく自分の力でやり遂げたシーンは笑うと共に共感した。結構大変なんだよねトイレのしつけ。

B001RN8W68.jpg『ターミナル』(2004) THE TERMINAL 129分 アメリカ DREAMWORKS

監督:スティーヴン・スピルバーグ 製作:ローリー・マクドナルド、ウォルター・F・パークス、スティーヴン・スピルバーグ 製作総指揮:ジェイソン・ホッフス、アンドリュー・ニコル、パトリシア・ウィッチャー 原案:アンドリュー・ニコル、サーシャ・ガヴァシ 脚本:サーシャ・ガヴァシ、ジェフ・ナサンソン 撮影:ヤヌス・カミンスキー プロダクションデザイン:アレックス・マクダウェル 衣装デザイン:メアリー・ゾフレス、クリスティーン・ワダ 音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:トム・ハンクス、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、スタンリー・トゥッチ、シャイ・マクブライド、ディエゴ・ルナ、バリー・シャバカ・ヘンリー、ゾーイ・サルダナ、クマール・パラーナ、エディ・ジョーンズ、マイケル・ヌーリー、ジュード・チコレッラ、ギレルモ・ディアズ、ヴァレラ・ニコラエフ、コリー・レイノルズ

 東ヨーロッパのクラコウジアからニューヨークのJFK空港へとやってきたビクター(トム・ハンクス)は母国が内戦状態になりパスポートもビザも無効になってしまった。アメリカに入国することも母国へ帰ることも出来ないビクターは空港内の67番ゲートで暮らし始める。そのうちに掃除夫や食事サービス係の友人が出来る。
 ビクターがニューヨークにこだわるのは亡父との約束があったからであった。

 DVDのパッケージなどは感動系だが、実際にはコメディとして観る方がしっくりくるだろう。
 トム・ハンクスが言葉もろくに通じない異国でのクラコウジア人を見事に演じている。次第に言葉が通じるようになっていく様子も自然だ。
 空港内はオールセットだそうでその規模に驚くがスピルバーグならば当たり前なのかも知れない。
 カートを戻すと25セントが返ってくるのにそのカートを放置したままの人がいて、そのカートを集めて小遣い稼ぎをするビクターはなかなかたくましい。どうやら建築家という設定のようで空港内の改築を行っている建築業者に時給19ドルで雇われたりもしている。時給19ドルは高い。うらやましいな。
 ビクターと微妙な仲になるフライト・アテンダントのアメリア(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)は魅力的。最後はビクターではなく浮気相手の恋人の元へと行くところもリアル。
 空港が舞台のスピルバーグ作品と言えば『オールウェイズ』があるが、空港の規模は違うが空港で思いつくネタを片っ端から入れている。ビクターがトイレの洗面台で身体を洗っているところなど笑ってしまった。やはりコメディだよこれは。
 ロシア人が父親の薬を没収されそうになってビクターが「これはヤギの薬だよ」とごまかすシーンは良かった。感動的でもある。コメディなのにときおり感動的なシーンが入っているからあなどれない。
 アメリアのために作った1000の噴水がいつ水を噴き上げるのかと思っていたら吹き上げないままだったのはスピルバーグの変化の兆しなんだろうか。昔ならばここ一番で必ず吹き上げさせていたはずだ。
 ニューヨークにこだわったのは亡父との約束で、あるジャズミュージシャンのサインをもらうためだった。そのサインを入れたピーナッツの缶詰を抱きかかえるビクターに涙がほろり。
 ラスト、ビクターをニューヨークに行かせるために飛行機の前にモップを手に立ちはだかる掃除夫が良い。母国のインドに送り返されたら警官傷害の罪で投獄されてしまうと言うのに。
 入国監査官と食事サービス係の友人の唐突な結婚式も良い。入国審査官がバルカンサインで登場するところなど笑ってしまった。トレッキーという設定だったな。それに相反してビクターとアメリアの恋は薄い恋のまま終わってしまう対比。
 トム・ハンクスだから面白かったとは言える。他の俳優だったらもっとつまらなかった可能性はある。同時に憎まれ役のディクソンを演じたスタンリー・トゥッチも良い。この手の映画は憎まれ役の存在が大きい。ラストで1日ビザにサインをしてやらないところなんか「それであんたに特があるんかい」と言いたくなってしまう。

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