2009年9月アーカイブ

B002FKTD9C.jpg『フォーエヴァー・ヤング/時を越えた告白』(1992) FOREVER YOUNG 102分 アメリカ 

監督:スティーヴ・マイナー 製作:ブルース・デイヴィ 製作総指揮:ジェフリー・エイブラムス、エドワード・S・フェルドマン 脚本:ジェフリー・エイブラムス 撮影:ラッセル・ボイド 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:メル・ギブソン、ジェイミー・リー・カーティス、イライジャ・ウッド、イザベル・グラッサー、ジョージ・ウェント、ジョー・モートン、ニコラス・サロヴィ、デヴィッド・マーシャル・グラント、ロバート・ハイ・ゴーマン、ミリー・スレイヴィン、エリック・ピアポイント、アート・ラフルー、アマンダ・フォアマン

 メル・ギブソン主演のSFラブファンタジー。
 1939年、恋人が交通事故で昏睡状態に陥ってしまった空軍のテスト・パイロットがやけになって友人の科学者の1年間の人口冬眠実験の被験者となる。
 それから時は過ぎ1992年、彼は53年ぶりに目覚めたのだ。なぜ1年で目覚めなかったのか。恋人はどうなったのか。彼は困惑する。そして彼の身体に異常が起き始めた。

 メル・ギブソンと友達になる少年とイライジャ・ウッドが演じている。まだ幼いのに大人顔負けの演技だ。はしゃぐところはちゃんとはしゃぎ、物思いにふけるところはちゃんと物思いにふけっている。ラストではメル・ギブソンに習った飛行機の操縦方法で見事にB-25を野原に着陸させてみせる。操縦方法を習うシーンは木の上の家であり合わせの物で作った計器や操縦桿でやるのだが、これが本当に飛んでいるように見えるから不思議。
 メル・ギブソンは色気のあるセクシーな演技で、登場する女性を片っ端から虜にしていく。モテモテなんである。人口冬眠装置から解凍されるシーンでは尻も映る。どうやらアメリカの女性にとってメル・ギブソンのヒップというのはセクシーさの象徴らしい。予告編しか見ていないが、メル・ギブソンが女性の心の声を聞けるようになってしまう映画で横に立った女性が「うわぁセクシーなヒップ」と言っているのを観たことがある。『バード・オン・ワイヤー』でもメル・ギブソンは尻を撃たれるし。
 父親が自分が1歳の時に蒸発してしまったイライジャ・ウッドにとってメル・ギブソンはケンカも強いし屋根の修理もやってしまう理想的な父親に感じられたのだろう。だからあんなに慕い助けたのだ。
 母親のジェイミー・リー・カーティスはボーイフレンドの医師がいるものの、メル・ギブソンにちょっと心惹かれてしまう。メル・ギブソンとイライジャ・ウッドを乗せた車でカーチェイスをやってFBIから逃げる勇気の持ち主だ。シングル・マザーとして看護婦をやりながらイライジャ・ウッドを育ててきたのだろう。男運が悪かったようだが医師は良い人物なので上手く行って欲しいものである。
 昏睡状態に陥ってしまった恋人はとっくに死んでいるだろうと思ったが、回復して今でも生きていると知ったメル・ギブソンはB-25で恋人の元へと向かう。人口冬眠装置の設計ミスで老化は止まっておらず急速に老人になっていくメル・ギブソン。そして恋人に出合って、交通事故の日に言えなかった告白をする。
 この手の話だと空軍が悪者になる場合が多いが、この作品ではそれほどでもないのもロマンス風味を壊さないので正解だろう。カーチェイスといっても派手なものではないし、全体のバランスが崩れていない。
 メル・ギブソンが徐々に老けていく特殊メイクがなかなか出来が良い。最後には白髪頭が薄くなっているがあれはカツラだろうか。
 監督のスティーヴ・マイナーは『13日の金曜日』シリーズのいくつかと『U.M.A. レイク・プラシッド』などの印象が強いので個人的には異色作に感じる。ジェリー・ゴールドスミスの音楽は例によって軽快に聴かせてくれる。

B00008453E.jpg『ザ・グリード』(1998) DEEP RISING 107分 アメリカ CINERGI

監督:スティーヴン・ソマーズ 製作:ローレンス・マーク、ジョン・バルデッチ 製作総指揮:バリー・ベルナルディ 脚本:スティーヴン・ソマーズ 撮影:ハワード・アサートン 特撮:ドリーム・クエスト、ILM モンスター・デザイン:ロブ・ボッティン 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:トリート・ウィリアムズ、ファムケ・ヤンセン、ケヴィン・J・オコナー、ウナ・デーモン、アンソニー・ヒールド、ウェス・ステューディ、デリック・オコナー、ジェイソン・フレミング、クリフ・カーティス、トレヴァー・ゴダード、ジャイモン・フンスー
『ハムナプトラ』シリーズのスティーヴン・ソマーズがその前に撮った海洋モンスター映画。面白いぞ。
 乗員乗客合わせて3000人の乗った豪華客船を海底の奥底に潜むモンスターが襲うのだが、その3000人が食われるシーンは省略されている。予算がなかったんだろうか。いや、その後の主人公たちのモンスターとの戦いを考えると3000人が食べられるシーンはむしろ邪魔なのだ。3000人が食べられるシーンであらかたの食べられ方が描写されてしまい、主人公たちが食べられるシーンの邪魔になるのだ。でも観たかったな3000人がむさぼり食われるシーン。どうやら人間を丸ごと飲み込んで肉の部分を消化して骨だけ吐きだしている感じ。ひょっとしたら喰われた後もある程度は意識があるんじゃないかと考えると怖ろしい。
 主人公のトリート・ウィリアムズは謎の犯罪集団を豪華客船まで輸送している最中。トリート・ウィリアムズといえばスピルバーグの『1941』(1979)や『ゾンビコップ』(1988)で印象の残っているぐらいで、他にも出演作はあるのだが記憶には残っていないタイプ。顔はゴツくて印象的なんだけどね。強気のことを言ってそのくせヘタレな船長だ。部下がいじめられていても見て見ぬ振りをするし結構最低。
 謎の犯罪集団は船のオーナーと組んでいて魚雷で船を沈めることで多額の保険金をせしめるのが目的だったのだが、客船についたら人っ子一人いない異常な状況下に置かれてしまう。それでも監禁されていた女泥棒や立てこもっていた船の上層部の連中と出会うことで少しずつ状況は明らかになってくるのだが、なんといっても海底のモンスターが原因だけになかなか信じてもらえないのだ。
 もう10年以上前の作品だが、CGによるモンスターがまだまだ古びていない。ぬるっとした表面のおかげもあるのだろうがやはりCGの使い方が上手いのだろう。さすが後に『ハムナプトラ』を撮っただけのことはある。モンスターの形状は一頃で言ってタコ。あちらの人にはデビルフィッシュなんだろうが、日本人にはお刺身何人前かなと換算してしまう。大きな本体が他所にいて主人公たちを襲ってくるのは単なる触手。だから、銃でいくら撃っても本体にダメージはない。タコは腹が減ると自分の足を食うぐらいだから足なんかものの数ではないのだ。
 海中のモンスターは普段は深い海溝の底に潜んでいて、何十年か何百年に一度腹が空くと浮上して海上の物を食べるという。メアリー・セレスト号事件などは案外こいつが原因なのかも知れぬ。とディーン・クーンツの小説『ファントム』を思い出しながら言う。
 犯罪集団がメインで使う銃は架空の中国製のM1-L1突撃銃で装弾数1000発という化け物銃だがベースはキャリコライフルを使ったプロップガンのようだ。回転式銃身を言いながら中央の銃身しか稼働していないのは内緒だ。
 主人公の船のエンジニアがM92Fのクロームモデルを拾って、それをモンスターに食われかけた犯罪集団のボスに「自分で留めを刺せよ」と渡すんだが、これをエンジニアに向けて撃ってくる。それが外れて「恩知らずが」とエンジニアに逃げられてボスは改めて自分のこめかみに銃身を当てて引き金を引くが弾切れ。ちょっとまてよ、M92Fなら最終弾を撃った段階でスライドストップがかかってスライドが後退したまま止まるだろうにと。まぁ普通の人はそんなこと気にしないんでしょうけどね。でもM1-L1突撃銃みたいにまったくの架空の銃じゃないだけに気になる気になる、名前も知らない気になるでしょう。
 これで全て終わったと思ったら「お次は何だよ!」なエンディングも含めて笑える。基本的にはコメディだなこれは。ギャグはいっぱいあるし。
 御大であるジェリー・ゴールドスミスが気楽な感じで引き受けたスコアもナイス。

B001P3POY8.jpg『ヤッターマン』(2008) 111分 日本 松竹/日活

監督:三池崇史 製作:堀越徹、馬場満 プロデューサー:千葉善紀、山本章、佐藤貴博 エグゼクティブプロデューサー:奥田誠治、由里敬三 製作総指揮:佐藤直樹、島田洋一 原作:竜の子プロダクション 脚本:十川誠志 メカ&キャラクターデザインリファイン:寺田克也 CGIディレクター:太田垣香織 CGIプロデューサー:坂美佐子 撮影:山本英夫 美術:林田裕至 編集:山下健治 音楽:山本正之、神保正明、藤原いくろう スタイリスト:伊賀大介
出演:櫻井翔、福田沙紀、生瀬勝久、ケンドーコバヤシ、岡本杏理、阿部サダヲ、深田恭子、斎藤歩、ムロツヨシ、松田俊政、三浦誠己、桃生亜希子、太田英明、水谷加奈、柳原哲也、平井善之、山寺宏一、小原乃梨子、たてかべ和也、笹川ひろし、声の出演:滝口順平、山寺宏一、たかはし智秋

 いきなりの渋谷壊滅。みつばちハッチの像が立つハッチ公前広場もボロボロである。そこで戦うわ我らがヤッターマンとドロンボー一味。激しい戦いの末、勝利を収めたヤッターマンたちの前に一人の少女が現れた。少女は4つに分かれたドクロストーンの1つを持っていた。

 1977年から78年にかけて放映された昭和のTVアニメ『ヤッターマン』が実写になって帰ってきた。当時9歳だったオレはもろにヤッターマン世代である。これは実に嬉しい映画化である。だが同時に不安も残る。変に改変してオリジナルの良さをなくしてしまうのではないか。これまでにも過去のアニメ作品の映画化があったが『新造人間キャシャーン』や『キューティーハニー』、とどめの『デビルマン』など目も当てられない作品が多かった。スチャラカでスカポンタンな内容がアメコミの映画化に影響されてヤッターマンが悩み苦しんだりするのではないか。だがそんな心配は不要だった。
『ヤッターマン』の全編を映画化しているのではない。終盤から最終回にかけてを映画化している。これが売れるのが見込めていたら三部作ぐらいで作ったのかも知れないが、三作あるとさすがに飽きそうなので今回のやり方で正解なのだと思う。
 簡単にこれまでのストーリーの説明があるが、本当に簡単になのでメインの観客はオリジナル版を観た人だろう。でないと細かいギャグや用語などでとまどってしまうかもしれない。いきなり「今週のビックリドッキリメカ発進」と言われても何が今週なのだか困ってしまうだろう。
 ストーリーやキャラクターは昭和アニメ版にかなり忠実。どうやらヤッターマンとドロンボー一味は毎週戦っているという設定のようだ。「スカポンタン」「ドクロベエだべえ」などの独特の用語やセリフ回しや3人乗り自転車も健在。ちなみにスカポンタンはアニメの脚本に"アンポンタン"となっていたのをドロンジョ役の小原乃梨子が子供に聞かせる言葉じゃないとアドリブで"スカポンタン"と言ったのがウケて定着したのだとか。「ブタもおだてりゃ木に登る」も出てきて満足満足。
 ただ、ヤッターマンの勝利のポーズはアニメで観るからいいんで、実写でやられるとちょっと寒かった。
 オリジナルの味付けとしてはドロンジョがヤッターマン1号に恋をしてしまうところ。ドロンジョの危機を助けた1号がはずみでキスをしてしまい泥棒であるドロンジョの心を奪ってしまったのだ。このドロンジョを深田恭子が魅力的に演じている。恋に悩むドロンジョ様の夢が意外と庶民的だったりして可愛らしい。だがそれを振り切る強さを持っているのもドロンジョ様なのだ。
 渋谷でヤッターマンたちと出合った少女は海江田翔子といい、ドクロストーンの研究をしている考古学者海江田博士の娘。ドクロベエに身体を取り込まれた海江田博士を助け出すためにドクロベエに立ち向かう翔子をドクロベエは無残にも殴る蹴るの暴行を加える。ここがかなりリアルでなるほど三池崇史だなと感じさせる。
 海江田博士を演ずるのは阿部サダヲで、海江田博士とドクロベエの一人芝居を演じてくれる。右に行くと邪悪な顔つきのドクロベエ、左に行くと善人顔の海江田博士になり、一人でケンカを繰り広げて笑わせてくれる。
 気になったのは下ネタの多さ。ボヤッキーが下半身丸出しになってしまうのはやりすぎ。ここまでやると逆に笑えない。ジャンボパチンコは程度低すぎ。
 これ主役はドロンボー一味でしょ。ドロンジョ様はもちろん生瀬勝久のボヤッキーは反則レベルだし、ケンドーコバヤシのトンズラーはオリジナルそのもの。代わりにヤッターマンの影が薄すぎ。特に2号の愛ちゃんは可哀想なぐらいセリフも少ない。1号はドロンジョのことを気にしているようだし、オジプトの遺跡で翔子がサソリに太ももを刺されると毒を吸い出そうとする1号に投げ飛ばされる始末。翔子に「2号さん」呼ばわりされてるし。「2号」だけでいいの「さん」はいらないんだってば。1号の櫻井翔はジャニーズらしいが、それにしてはまあまあか。
 劇中歌もオリジナル版が使われていて、山本正之の熱唱がうれしい。甲本ヒロトが山本正之と親しいのでザ・クロマニヨンズによるカバーも入っている。ドロンボー一味の踊り付き『天才ドロンボーの歌』まである。
 残念だったのがヤッターワンが赤一色、ヤッターキングが金属色そのままでカラーリングが地味なことだ。CGの出来としてもドロンボー一味の敵メカの方が魅力的である。まぁ、ヤッターワン・キングはほとんど可動部がないっていうのもあるが。考えてみると毎週毎週主人公のメカに張り合えるメカを作り出してくるドロンボー一味の技術水準はスゴク高いんじゃないだろうか。
 そのメカを作り出すためのインチキ商売もちゃんと登場。ドライヤーで暖めると色が変わって一皿10万円になってしまう回転寿司なんて詐欺極まりない。ここでオリジナル版でドロンジョの声をあてた小原乃梨子とトンズラーのたてかべ和也が特別出演しているのでお見逃しなく。かなり露骨なんで見逃す人はいないと思うが。
 とりあえずヤッターワン・キングは道交法違反にしか見えないが高速道路を通るときはちゃんとETCカードを使ってるんだ。
 最後には偽次回予告で笑わせてもらった。

B002BS035G.jpg『ロストボーイ:ニューブラッド』(2008) LOST BOYS: THE TRIBE 94分 アメリカ WARNER PREMIERE

監督:P・J・ピース 製作:ベイジル・イヴァニク、フィリップ・B・ゴールドファイン 製作総指揮: メアリー・ヴィオラ、アリソン・セメンザ、リック・ベナーター キャラクター創造:ジャニス・フィッシャー、ジェームズ・ジェレミアス 脚本:ハンス・ロディオノフ 撮影:バリー・ドンレヴィ 編集:アマンダ・I・カーポール 音楽:ネイサン・バー
出演:タッド・ヒルゲンブリンク、アンガス・サザーランド、オータム・リーザー、コリー・フェルドマン、コリー・ハイム、ジェイミソン・ニューランダー、ガブリエル・ローズ、トム・サヴィーニ、ダリル・シャトルワース、ショーン・サイポス

 21年ぶりに『ロストボーイ』が帰ってきた。『ロストボーイ:ニューブラッド』である。なぜ今になって『ロストボーイ』なのか、今さら『ロストボーイ』なのか。意味不明なところが良いではないか。
 交通事故で両親を失った兄のクリス(タッド・ヒルゲンブリンク)と妹のニコール(オータム・リーザー)が叔母を頼って街に引っ越してきたところから物語は始まる。この叔母がとんだ因業ババアでボロい部屋を月650ドルで兄妹に貸すのには頭に来る。
 そしてパーティーでニコールが親バンパイヤのシェーン(アンガス・サザーランド)に彼の血を飲まされてしまい半バンパイヤになってしまう。本物のバンパイヤになる前にシェーンを倒さなければならない。そこでクリスはサーフボード職人にしてバンパイヤハンターのエドガー(コリー・フェルドマン)の助けを借りてバンパイヤ狩りを始める。だが、肝心のバンパイヤの巣が分からない。そこでクリスはバンパイヤに近づき自らも血を飲んで半バンパイヤになる。ニコールが人間の血を吸ってしまうのが先か、シェーンを倒すのが先か。戦いは始まった。

 前作で今一つ説明不足だった半バンパイヤと親バンパイヤの関係が詳しく説明されている。親バンパイヤに血を吸われるかその血を飲まされると半バンパイヤになってしまう。この段階だと親バンパイヤを倒すことで人間に後戻りすることが出来る。しかし、人間の血を吸ってしまうと本物のバンパイヤになってしまい、こうなると親バンパイヤを倒したところでバンパイヤのままなのだ。
 バンパイヤになるのに血を吸われるとなるというのは定番だが、親バンパイヤの血を飲むとなるというのはこのシリーズで始めて観た。オリジナルの設定なのだろうか。
 うれしいことにバンパイヤハンターとしてコリー・フェルドマンが再登場してくれている。長いこと顔を見なかったがそんなに老けた感じもせず元気なようだ。調べてみると俳優生活は続けていたようだ。ただし出演作はどうみてもB級の匂いのする作品ばかりである。この作品では出番は少なくゲスト出演のような感じで主役はあくまでもクリスだ。だが、終盤のバンパイヤの巣への突入シーンではかなり活躍してくれる。そしてエンドクレジットが始まっても停止ボタンを押すなかれ。なんとコリー・ハイムも意外な形で出演してくれる。
 シェーン役のアンガス・サザーランドはドナルド・サザーランドが離婚再婚しているのでキーファー・サザーランドとは異母兄弟。甘いマスクだけど、父や兄が持っているようなカリスマ性がないのが弱点か。消えそうな俳優ではある。
 オープニングの大豪邸に住むバンパイヤがどっかで見た顔だと思ったらやっぱりトム・サヴィーニ。特殊メイクを担当したのか、それともゲスト出演か。出たがりだからな。
 前作のバンパイヤたちはティーンエイジャーだったが、今回は年齢があがってどうみても二十代。ニコールが十七歳ということだからクリスも二十歳ぐらいの設定だろう。そうなると『ブレイド』シリーズなどのバンパイヤと似た設定となってしまい、前作であった意外感はない。
 クリスとシェーンがワイヤーアクションでちょっと飛び回りますが、もっと本格的なアクションも観たかった。とはいえ、劇場用映画ではなくオリジナルビデオらしいのでこの程度でも仕方ないだろう。
 ラストに叔母さんが乗り込んでくるので、前作ラストの再現かと思ったらお小言を言って去っていくだけ。何なんだ。聞かされた兄妹もポカーン。
 前作とは違って対象年齢が上がっており、吸血や戦いでのゴアシーンがあったりSEXシーンもある。前作を気に入ったお子様に見せるのはちょっとまずい。
 部屋に引っ越してきて、置いてあった角付きの鹿の頭を妙に低い位置で壁に掛けるシーンで、あーこれはバンパイヤに突き刺さるなと思ったらやっぱり。
 SFXのレベルは高くないが、バンパイヤの死に方が一体一体違っていて、そこは楽しめる。

B001DKBJR4.jpg『ロストボーイ』(1987) THE LOST BOYS 97分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES

監督:ジョエル・シューマカー 製作:ハーヴェイ・バーンハード 製作総指揮:リチャード・ドナー 共同製作総指揮:マーク・ダモン、ジョン・ハイド 脚本:ジャニス・フィッシャー、ジェームズ・ジェレミアス、ジェフリー・ボーム 撮影:マイケル・チャップマン 音楽:トーマス・ニューマン
出演:ジェイソン・パトリック、コリー・ハイム、コリー・フェルドマン、キーファー・サザーランド、ダイアン・ウィースト、ジェイミー・ガーツ、ジェイミソン・ニューランダー、エド・ハーマン、バーナード・ヒューズ、ビリー・ワース、アレックス・ウィンター

 お子様向け吸血鬼映画。これといって残虐なシーンがないので安心して観られる。
 離婚した母親が二人の息子を連れて西海岸のサンタカーラの街に住む父親の元へ引っ越してくる。西海岸らしく明るく健康的な街だが、掲示板には行方不明者の張り紙が目立つのが気になる。
 兄マイケル(ジェイソン・パトリック)はある女性に一目惚れして彼女が属している不良グループの一員となる。弟のサム(コリー・ハイム)はコミックブックストアでちょっと変人が入った二人の兄弟エドガー(コリー・フェルドマン)とアラン(ジェイミソン・ニューランダー)と知り合いになり吸血鬼のコミックブックをもらう。
 次第に深みにはまっていくマイケルだったが、実は不良グループは若きバンパイヤの集団だった。気付いた時には兄もバンパイヤになっていた。そのことを知ったサムは自称バンパイヤの専門家エドガーとアランに助けを求める。マイケルを元の人間に戻すには親バンパイヤを殺さねばならない。そこで母が働くビデオ屋の店主マックス(エドワード・ハーマン)に当たりをつけて自宅に招いてニンニクや聖水などで試すが失敗。
 若いバンパイヤ集団の本拠地を強襲して一体は倒すが、マイケルは元に戻らない。残り三体の中に親バンパイヤがいるのだろうか。

 コリー・ハイムとコリー・フェルドマンといういわゆるWコリー主演作。Wコリーって今見るとお笑いコンビの名前みたいだ。
 最初に言ったようにお子様向けなので血を吸うシーンもほとんどなく、ショッキングなシーンは極力抑えられている。Wコリー主演と言うことでアイドル映画みたいなもんだったんだろう。
 最近では『24』シリーズで人気絶頂のキーファー・サザーランドが若きバンパイヤグループのボス役で登場している。特殊メイクなしでもバンパイヤを感じさせるキーファーはナイスキャスティング。部下には『ビルとテッドの大冒険』のビル役のアレックス・ウィンターがいたので驚いた。順番だとこっちが先なので気付かなかったのだ。バンパイヤといっても本当に不良グループで人間を襲うのも遊び感覚。襲われた側はたまったもんじゃない。隠れ家にはドアーズのジム・モリソンの肖像画が大きく描かれている。ちなみにサムの部屋にはロブ・ロウらしき人物のポスターが貼ってあった。時代を感じる。
 終盤は教会から聖水を水筒に入れて大量に持ってきたり、これまた大量のニンニクを潰したりと用意は万端。聖水を水鉄砲に入れるのはこの映画が最初か?
 これまでの吸血鬼像を打ち壊した不良グループのバンパイヤは斬新。それでいて親バンパイヤがしょぼくれたオヤジというのも面白い。バンパイア・ハンターもヴァン・ヘルシングの様な老人(映画『ヴァン・ヘルシング』では青年だったが)ではなく少年二人というのも新しい。指で十字架を作って「ステイバック、ステイバック」と言ってましたがあれは通用してない感じ。十字架は効かないのか指で作った即席十字架じゃダメなのか。
 SFXに関しては合成や特殊メイクはイマイチ。光学合成でマイケルとキーファーが空中バトルするシーンがあるけど、今だったらバンパイヤがワイヤーアクションで飛び回る映画になるんでしょうな。
 ラストがねどうもよく分からない。母親の父が木の杭を積んだ車で家に突っ込んできてその杭が飛び出して親バンパイヤを倒すのだが、その後でジイさんが「サンタカーラは良い街だがバンパイヤが多すぎる」と言って終わる。ジイさんはバンパイヤのことを知っていたのか?それともジイさん自身がバンパイヤ?でもそれまでのシーンでそんな描写はないし。謎です。

B0026P1K88.jpg『ヴァン・ヘルシング』(2004) VAN HELSING 133分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:スティーヴン・ソマーズ 製作:ボブ・ダクセイ、スティーヴン・ソマーズ 製作総指揮:サム・マーサー 脚本:スティーヴン・ソマーズ 撮影:アレン・ダヴィオー 編集:ボブ・ダクセイ 音楽:アラン・シルヴェストリ
出演:ヒュー・ジャックマン、ケイト・ベッキンセイル、リチャード・ロクスバーグ、デヴィッド・ウェンハム、シュラー・ヘンズリー、ウィル・ケンプ、エレナ・アナヤ、シルヴィア・コロカ、ジョジー・マラン、ケヴィン・J・オコナー、アラン・アームストロング、トム・フィッシャー、サミュエル・ウェスト、ロビー・コルトレーン、スティーヴン・H・フィッシャー

『ハムナプトラ』シリーズのというか『ザ・グリード』のスティーヴン・ソマーズ監督作品だというので今さらながら期待して観たんですが、なんというかイマイチでしたな。
 なにがいけないってヴァン・ヘルシング(ヒュー・ジャックマン)のキャラクターに面白みがない、深みがない。記憶喪失ということでバックボーンがないんですな。では終盤でその失われた記憶が回復するかというとそのまんま。ドラキュラとも過去の因縁があったようですがそれも詳しくは語られずに観客の想像に任せる形。えっそれどういうこと。ヴァン・ヘルシングっていったいどういう人物だったのと問いかけても映画は答えてくれません。ひょっとしたら続編を作る予定でそちらでもっと詳細なことが分かっていくというスタイルだったのかも知れませんが、続編は作られなかったので謎は謎のまま。
 ドラキュラ物だというのにドラキュラに魅力がないのもいけません。あれではただのすかした男です。もっと色気のある俳優でないと。
 それでも面白いところはあるんですよ。なんといってもドラキュラ、狼男、フランケンシュタインの怪物が勢揃い。お前は怪物くんの手下か?って感じです。オマケで『ジキル博士とハイド氏』のハイド氏が筋肉モリモリのモンスター状態でオープニングに出てきますがこれはヴァン・ヘルシングの強さを示すためのかませ犬的存在で、太い葉巻を吹かして偉そうにしてても簡単にやられてしまいます。というか、死ぬ瞬間はジキル博士に戻ってたんである意味気の毒です。ハイド氏のまま死なせるべきだったと思います。
 バチカンの地下工房はまるで往年の007に登場したQ課のよう。なんだか訳の分からない兵器を開発しています。でも作中ではあまり役に立ってない兵器が多いような。Qにあたるのがカール(デヴィッド・ウェンハム)で、彼はヴァン・ヘルシングのトランシルバニアへの旅にも付き合わされて意外な活躍をしてくれます。作中でもコメディリリーフでカールの存在で作品の雰囲気もずいぶん変わっています。彼が出てこなかったらヴァン・ヘルシングがむすっとした顔でモンスターを倒していくだけの映画になっていたかも。
 最大の敵はドラキュラです。強いです。掟破りな事に銀の杭も聖水も十字架も効きません。卑怯ですね。そのドラキュラが血を吸って吸血鬼にした女吸血鬼との子供がそれこそ山のようにいるんですが、死人の彼らから生まれた子供は死人のままという理屈で繭のような物の中に篭もったままになっています。でも吸血鬼が死人でも動き回るんだから、子供も死んでても動くような気がするんですけどね。よく分かりません。
 そこで死体から生きた人間を作り出したフランケンシュタイン博士(登場シーンが「It's ALIVE!」とは分かってますな)の技術を利用してフランケンシュタインの怪物のエネルギーを吸血鬼の子供に与えることによって命を与えようという計画。命を与えられたら吸血鬼じゃない気がするんですが。フランケンシュタインの怪物はドラキュラの計画に利用されてしまうだけで、本人は理性的な人間でドラキュラに利用されるのを良しとしていませんが圧倒的な力の差に押さえ込まれてしまいます。
 そして雷がフランケンシュタインの怪物に落ち、コウモリのようなドラキュラの子供たちが孵化します。さあ、それを防げるかヴァン・ヘルシング。
 ドラキュラと対立する物が狼男だというのは初耳でした。いや『アンダーワールド』シリーズでも吸血鬼と狼男が対立してましたか。とにかくいろいろあって狼男になっていたヴァン・ヘルシングがドラキュラと対決。雌雄を決します。
 ドラキュラも倒してめでたしめでたしで終わるのかと思ったら「えっ、死んでるの」オチには驚きましたが。これまで一族郎党がドラキュラを倒すまで天国には行けないということになっていたから、アナ王女は揃って天国に行けたということでハッピーエンドなんでしょうかキリスト教的には。あっ、アナ王女(ケイト・ベッキンセイル)はちょっと暗めな雰囲気が魅力的ですよ。
 ブダペストでの仮面武道会のシーンでドラキュラとアナ王女が踊っていると鏡に映っているのはアナ王女だけで雑踏の人々まで映っていない、つまりみんな吸血鬼というシーンはちょっとぞっとしましたね。
 CGバリバリな映画なんですが、中盤まではドラキュラのコウモリ形態への変身シーンを壁に映る影で処理するという古典的手法が嬉しかったりします。終盤はちゃんとCGで変身しますけどね。CGの出来は悪くないと思うんですが全体的に重量感不足な感じがしました。壁に叩き付けられても高いところから飛び降りても今一つ迫力がない。肌や毛並みなんかの質感はちゃんと出てましたが。
 それにしてもヴァン・ヘルシングといえばピーター・カッシングかメル・ブルックス(ごく一部の人にとって)でしたが時代は変わりましたね。

B001NABQ1I.jpg『ウォッチメン』(2009) WATCHMEN 163分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES/WARNER BROS. PICTURES

監督:ザック・スナイダー 製作:ローレンス・ゴードン、ロイド・レヴィン、デボラ・スナイダー 製作総指揮:ハーバート・W・ゲインズ、トーマス・タル 原作:デイヴ・ギボンズ 脚本:デヴィッド・ヘイター、アレックス・ツェー 撮影:ラリー・フォン 視覚効果スーパーバイザー:ジョン・"DJ"・デジャルダン プロダクションデザイン:アレックス・マクダウェル 衣装デザイン:マイケル・ウィルキンソン 編集:ウィリアム・ホイ 音楽:タイラー・ベイツ
出演:マリン・アッカーマン、ビリー・クラダップ、マシュー・グード、カーラ・グギーノ、ジャッキー・アール・ヘイリー、ジェフリー・ディーン・モーガン、パトリック・ウィルソン、スティーヴン・マクハティ、マット・フルーワー、ローラ・メネル、ロブ・ラベル、ゲイリー・ヒューストン、ジェームズ・マイケル・コナー、ロバート・ウィスデン、ダニー・ウッドバーン
 
 グラフィック・ノベル『ウォッチマン』の映画化である。コミックの内、文学性が高い物をグラフィック・ノベルと呼ぶらしい。

 1985年、いまだにニクソンが大統領の座についている世界。ここではスーパーヒーローが当たり前のようにいたのだが、条例によってヒーロー活動を禁止されてしまった。この辺りは『Mr.インクレディブル』にちょっと似ている。
 そしてある晩のこと。元ヒーローの"コメディアン"が何者かに殺された。ヒーロー仲間のロールシャッハはその謎を追い始める。

 時間軸が飛び飛びなので頭を整理するのに苦労した。
 物語は現実に沿っていて、ケネディ大統領暗殺、ベトナム戦争、ソ連によるアフガニスタン侵攻が描かれる。ベトナム戦争ではヒーローたちがアメリカ軍側で戦っている。
 いわゆるヒーロー物だが明確な悪は存在しない。あえて悪と呼べる存在がいるとしたら、世界を核戦争の危機から救おうとするヒーローだ。その手段がかなり強引なもので、ネタバレになってしまうから語らないが、人類に犠牲を強いるものだ。よくこのオチを持って来られた。
 それが起きた時にはてっきり後で時間を巻き戻すかなにかして解決してしまうと思ったのだが、そんなことはなくそのまま。
 それでいいのかと思うのだが、この物語の中ではそれでいいらしい。現実にはどうなんだろう。ある程度の犠牲を払っても核戦争の危機から逃れた平和な世の中になった方がいいのだろうか。
 犠牲を払っても世界に平和をもたらそうとするヒーローとそれを許さず正義を貫こうとするヒーロー。そんなヒーローたちの苦悩が描かれている。
 全体的にダークな雰囲気の映像で、ヒーローたちのコスチュームもあまり原色を使っておらず地味。常に模様が変わるマスクを被ったロールシャッハのコスチュームが私立探偵ぽくってイカす。
 罠にかけられ刑務所に入れられたロールシャッハをナイトオウルとシルク・スペクターが助け出すシーンとラストぐらいしか活劇シーンはないが、一般的なヒーロー物ではないからこれで良いのだろう。ナイトオウルとシルク・スペクターといえば空飛ぶ乗り物の中でのラブシーンで絶頂の時に思わず火炎放射器のボタンを押してしまうのには笑った。
 年を取って引退したヒーローがいるところなどリアルで、その娘が二代目シルク・スペクターとして活躍している。家業を継いだのか、ってヒーローって職業なのか。ヒーローも清廉潔白な連中ばかりではなく女性をレイプしようとしたりする奴もいてこれまたリアル。
 両腕を切断したり銃弾が女性の足を貫いたりと残虐描写があるので苦手な人はお気をつけて。ヒーローの一人はほとんどのシーンで素っ裸でチンチンブラブラさせてるし。いいのか、あれ。
 163分と長目の作品だが長さはさして感じない。約220分のディレクターズ・カット版が存在するそうで、そちらを観ると説明不足だったところが補われているのだろうか。いくらなんでも長すぎる気がするが機会があれば観てみたい。

B000XJ5V02.jpg『若き勇者たち』(1984) RED DAWN 114分 アメリカ UNITED ARTISTS

監督:ジョン・ミリアス 製作:バズ・フェイトシャンズ、バリー・バッカーマン、フレディ・フィールズ 製作総指揮:シドニー・ベッカーマン 原案:ケヴィン・レイノルズ 脚本:ケヴィン・レイノルズ、ジョン・ミリアス 撮影:リック・ウェイト 音楽:ベイジル・ポールドゥリス
出演:パトリック・スウェイジ、C・トーマス・ハウエル、リー・トンプソン、チャーリー・シーン、ジェニファー・グレイ、パワーズ・ブース、ベン・ジョンソン、ハリー・ディーン・スタントン

 授業中のコロラド州のとある高校。ふと窓の外を見るとパラシュート兵たちが落下してくる。
「あんたたち、落ちる場所を間違えたんじゃないか」と告げにいった教師がいきなり銃殺され校舎にも銃撃が加えられる。パラシュート兵たちはキューバなどのソ連側の兵士。こうして第三次世界大戦は唐突に始まったのだ。
 互いの絶滅を防ぐためにソ連は核兵器を限定的にしか使用せず、アメリカのミサイル網を抑えてしまった。主人公の少年たちは銃と食料を持って山に隠れた。そして反抗的な大人たちが再教育センターという名目の捕虜収容所に入れられていることを知る。ジェッド(パトリック・スウェイジ)とマット(チャーリー・シーン)兄弟の父もそこに入れられていた。少年たちは武器を取り、ソ連軍に反抗を始めた。最初はちょっとしたゲリラ活動だったが、経験を積んだ彼らはどんどん強力になっていった。

 アメリカの青少年がソ連の侵攻に対して銃を持ってゲリラとなって戦うといういかにもタカ派なジョン・ミリアスの作品。
 経験を積んだ指導者がいるわけでもないのに実戦で通用し、撃った銃は百発百中。最終的には精鋭部隊を相手にしても勝つというご都合主義。武器や食料もどこからか調達してくるが、倒した敵から何だろうか。
 主役は少年たち全員だがあえていえばジェッド役のパトリック・スウェイジだ。一人だけ年上で高校生ではなく、ガソリンスタンドで働いている。みんなを引っ張っていくリーダーだ。
 女の子が二人いるが恋愛沙汰などの色っぽいことには全然ならないのも不自然といえば不自然。エリカ(リー・トンプソン)が墜落したアメリカの戦闘機F-15のパイロットに憧れるのが唯一それぐらいか。トニ(ジェニファー・グレイ)がふざけてジェッドの頭にオレンジの汁をかけるがこれも憧れからきているのかもしれない。ちなみにこの二人は後に『ダーティー・ダンシング』(1987)でペアを組む。その直後、トニは戦闘ヘリの攻撃を胸に受けてジェッドに留めを刺してくれと頼むのだから残酷な話だ。
 戦略的に価値のなさそうなコロラドの田舎町をソ連軍が占拠し続けるのも妙な話だが、少年たちが隠れるのに山が必要なので都会を舞台にするわけにはいかなかったのだろう。
 それにしてもたかだが6、7人の少年たちに振り回されるソ連軍も情けない。徹底して山狩りをすれば解決しただろうに。
 核戦争にしてしまうとすべておじゃんになってしまうので限りなく第二次大戦風の第三次世界大戦となっている。とりあえずRPG無敵。捕虜収容所は少年たちが奪還したので自由になった大人たちがいるはずなんだが、その後反抗に移ったという描写もない。ここら辺がちょっと不自然。少年たちが戦うところがみそなんだろうが。
 終盤、ジェッドとマット兄弟は二人で町に殴り込みをかける。たった二人に翻弄されるソ連軍が相も変わらず情けない。そんな中でソ連軍の上官がサブマシンガンのヤティマチックを使ってマットを撃つ。映画に登場することはまれな珍しい銃だ。スクリーンではコブラでしか見たことない気がするぞ。他の映画にも出てるか?
 出演者の顔ぶれを見れば分かるがYA(ヤングアダルト)スターが顔を揃えている。そんな中に、ジェッド兄弟の父親としてハリー・ディーン・スタントンが渋い演技を見せてくれる。後のシーンで銃殺されてるんだよな。ベン・ジョンソンなんかは完璧にジョン・ミリアスの趣味に違いない。
 第三次世界大戦全体を描かずに、少年たちの視点で描いたのは正解と思われる。最終的には戦争の愚かさを訴えているので意外と好戦的な映画ではないのかもしれない。

B00018GY3S.jpg『ドニー・ダーコ』(2001) DONNIE DARKO 113分 アメリカ NEWMARKET/Pandora

監督:リチャード・ケリー 製作:ショーン・マッキトリック、アダム・フィールズ 製作総指揮:ドリュー・バリモア、ナンシー・ジュヴォネン、ケイシー・ラ・スカラ、ハント・ロウリー、アーロン・ライダー、ウィリアム・タイラー、クリス・J・ボール 脚本:リチャード・ケリー 撮影:スティーヴン・B・ポスター 音楽:マイケル・アンドリュース
出演:ジェイク・ギレンホール、ジェナ・マローン、メアリー・マクドネル、ドリュー・バリモア、パトリック・スウェイジ、ホームズ・オズボーン、キャサリン・ロス、ノア・ワイリー、ベス・グラント、マギー・ギレンホール、デイヴィー・チェイス、ジェームズ・デュヴァル、スチュアート・ストーン、ゲイリー・ランディ、セス・ローゲン、リー・ウィーヴァー、スコッティ・リーヴェンワース、フィリス・リオンズ

 廃屋に放火して補導歴のある少年ドニー・ダーコ(ジェイク・ギレンホール)。彼は精神科医にもかかっている。ある晩、銀色のウサギが現れ彼をゴルフコースへと誘う。そして世界の終わりを告げ残り時間は28日6時間42分12秒だと言う。目が醒めて家に帰宅してみるとジェット機のエンジンが自分の部屋に落下していた。もしもゴルフコースへ行っていなければ直撃を受けて死んでいたところだ。
 グレッチェン(ジェナ・マローン)という転校生の女の子と仲良くなりガールフレンドとしたドニー・ダーコの周りでは不思議なことが起こり始めた。

 2度3度と観たくなる作品。観る度に新しい発見がある。
 突き詰めれば自動車事故で命を落とすはずだった少女の命を時間をタイムトラベルすることで救う話である。タイムトラベルして落ちてきたジェットエンジンで本来は死んでいたはずのドニー・ダーコがグレッチェンの命を救うために28日6時間42分12秒を余分に生きたのだ。どこか『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』に似ていなくもない。ラストのグレッチェンとドニーの母親が手を振り合うところなぞ泣けてきてしまう。
 死神オババや道ばたにいる太った男など脇役なのに魅力的な変な人物でいっぱい。
 中でも恐怖克服セラピストのパトリック・スウェイジが実に胡散臭くて良い。学校の生徒を集めた会合でセラピーをやるのだが、「恐怖を克服して愛に近づきましょう」などと叫んでドニー・ダーコに「偽イエス」とまで言われてしまう。偉そうなことを言っていて、実は児童ポルノの収集家だとバレて逮捕されるところなんか最高に笑える。あのパトリック・スウェイジが児童ポルノ収集家。セラピストやカウンセラーなんて偉そうなことを言っていてそんなもんだ。人間なんだから完璧なはずがない。
 舞台が1980年代というのも政治的混沌や当時の風俗などを合わせて有効に活用されている。ダーコ家の食卓でデュカキスに投票するわなどという会話が交わされている。

 つじつま合わせをして完璧に統合性のとれた脚本を目指して書かれた脚本ではないので、矛盾はいくらもある。その矛盾を楽しめるか楽しめないかが分かれ目だろう。SFや青春ドラマなど多ジャンルを飲み込んでしまう奥の深さも取っつきにくい点かも知れない。
 ドニー・ダーコが問題児であるところも面白い。世の中に矛盾を感じていて、それに対して内心で怒りを持っている。その怒りは精神科医でも解消できない。ドニー・ダーコは親しい友人はあまりおらず、家庭でも上手くいっていないのだろう。タイムトラベルはそんな彼の人生の再構築であった。

B002DYXZ0I.jpg『3人のエンジェル』(1995) TO WONG FOO THANKS FOR EVERYTHING, JULIE NEWMAR 109分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:ビーバン・キドロン 製作:G・マック・ブラウン 製作総指揮:ブルース・コーエン 脚本:ダグラス・カーター・ビーン 撮影:スティーヴ・メイソン 音楽:レイチェル・ポートマン
出演:パトリック・スウェイジ、ウェズリー・スナイプス、ジョン・レグイザモ、ストッカード・チャニング、ブライス・ダナー、アーリス・ハワード、ジェイソン・ロンドン、クリス・ペン、メリンダ・ディロン、ジュリー・ニューマー、ロビン・ウィリアムズ

 3人のドラッグ・クィーン(女装したゲイ)を主人公にしたお気楽コメディ。そのドラッグ・クィーンを演じているのがパトリック・スウェイジ、ウェズリー・スナイプス、そしてジョン・レグイザモという男臭い俳優だからまず面白い。ジョン・レグイザモは名前だけだと顔が思い浮かばない人もいるかも知れないが中南米系の俳優で『エグゼクティブ・デシジョン』(1996)の特殊部隊員や『コラテラル・ダメージ』(2001)でのコカイン精錬工場の主といえば分かる人も多いかも知れない。

 ニューヨークで開催されたドラッグ・クィーンコンサートで二人の優勝者が出た。ヴィーダ(パトリック・スウェイジ)とノグジーマ(ウェズリー・スナイプス)である。二人にはハリウッド行きの航空券がプレゼントされそちらで行われる全米ドラッグ・クィーンコンサート決勝戦への出場権が与えられた。
 しかし、その度に半人前のドラッグ・クィーンであるチチ(ジョン・レグイザモ)が同行することになり、航空券が足りないのでそれを売って中古のキャデラックをある男(ロビン・ウィリアムズ)の伝手で安く買って大陸横断の旅に出る。ちなみにこのキャデラックはかなりポンコツで中古車屋の店員はトヨタのカローラを勧めるのだが、性能よりもスタイルよとキャデラックを選んだのだ。オシャレが命のドラッグ・クィーンにはカローラは許せない物があったらしい。ノグジーマは、車の中でチチにドラッグプリンセスになるための4つの関門があることを教える。
 途中、テールランプが消えていると保安官(クリス・ペン)に車を停められ、ヴィーダは股間に手を突っ込まれるというセクハラに遭ってしまう。思わずとっちめた保安官が死んだものだとばかり思い込んだ3人は慌てて逃げ出すが、休憩中にキャデラックが故障してしまう。ヒッチハイクで小型トラックを停めて田舎町へとたどり着いた3人はキャデラックの部品が車で3日かかると言われる。3日間も田舎町に足止めを食うのでうんざりする三人だが、そこでの3日間が彼女たち(彼ら?)にも町の人にも忘れられない3日間となったのだった。

 まず町の人々が3人を完全に女性だと信じ込んでいるのが面白い。どう見ても女装だろ。
 保守的な田舎の町の人々の意識を少しずつ変えていく3人。まずは生活に疲れ髪もぼさぼさ服もヨレヨレの主婦たちをおしゃれさせるところから始めていく。みんなを美容院に連れて行き髪型をセット、そして町で一件の洋品店に行くとここが60年代の開店時に仕入れたまま売れなかった在庫が今では宝の山となっている。フリフリのフワフワの衣装に身を包み、カフェでお茶など一杯。
 そんな彼女たちをからかう悪ガキどもにはノグジーマが股間を握りつぶして手痛いお仕置きをする。
 チチはある青年と恋に落ちるが、もちろん自分が男だとは隠したまま。そしてその青年に恋している女の子に青年を譲ってドラッグ・クィーンの階段を一歩上る。
 その間も保安官は花屋、バレエ教室などドラッグ・クィーンが立ち寄りそうなところを探してまわり、最後にはついに町をかぎつける。
「ドラッグ・クィーンを出せ?」とショットガン片手に怒鳴り込む保安官に、「あたしがドラッグ・クィーンだよ」「あたいがドラッグ・クィーンだわさ」「なにをいう。俺がドラッグ・クィーンだ」と立ちふさがる住人たち。保守的だった彼らは、ドラッグ・クィーンたちに新しい価値観を持ち込まれて、より心を開いたのだ。
「この時を20数年待っていたんだ」と黒人中年男性が思いを寄せる白人女性をダンスに誘うシーンは感動的である。
 精神的ショックから口もきかず耳も聞こえずな老婆がノグジーマが古い黒人女優の話を横で勝手にしていて、作品名が出てこなかった時に「○○」としゃべるシーンもいいなぁ。そして映画の最後には元気なおばあちゃんになっている。

 亭主に暴力を受けている女性が、「女性の友達が出来たのは初めてよ」とヴィーダに告げ、ヴィーダが自分の正体を明かそうとすると「喉仏よ」と彼女が答える。何のことか分からないヴィーダに「女性に喉仏はないわ。だから人目見た時分かったの」とヴィーダが男だと分かっていたことを告白。その上で「女性の友達が出来たのは初めてよ」と返す。
 田舎の人は3人のニューヨークから来たドラッグ・クィーンに影響を受けたし、ドラッグ・クィーンも田舎の人から影響を受けた。
 そして3人はハリウッド入りしてコンクールへ。コンクールで優勝したのは四つの関門を見事くぐり抜けた......。
 そして彼女に冠を被せたのが劇中でヴィータが写真をお守りとして持っていたジュリー・ニューマー。60年代のTVシリーズ『バットマン』でキャットウーマンを演じていた人だ。「この人以外にキャットウーマンを演じられる人はいないわ」というセリフがあるが、この作品の後に作られた『キャットウーマン』(2004)のハリー・ベリーを観ると確かにそうなのかもしれない。

 3人のドラッグ・クィーンの道中記というとどうしても同時期の『プリシラ』と比べられてしまうが、人間性の深いところまで突っ込んで描いた『プリシラ』と比べて、明るく前向きでお気楽なコメディとして十分に価値のある作品である。

B002DT0RIQ.jpg『ダーティ・ダンシング』(1987) DIRTY DANCING 105分 アメリカ ARTISAN ENTERTAINMENT

監督:エミール・アルドリーノ 製作:リンダ・ゴットリーブ 共同製作:エレノア・バーグスタイン 製作総指揮:ミッチェル・キャノルド、スティーヴン・ルーサー 脚本:エレノア・バーグスタイン 撮影:ジェフ・ジャー プロダクションデザイン:デヴィッド・チャップマン 美術:スティーヴン・ラインウィーヴァー、マーク・ハーク 衣装デザイン:ヒラリー・ローゼンフェルド 編集:ピーター・C・フランク キャスティング:ボニー・ティマーマン 作詞作曲:フランク・プリヴァイト 作曲:ドナルド・マーコウィッツ、ジョン・デニコラ 音楽:ダニー・ゴールドバーグ、マイケル・ロイド、ジョン・モリス 舞台装置:クレイ・A・グリフィス
出演:パトリック・スウェイジ、ジェニファー・グレイ、シンシア・ローズ、ジェリー・オーバック、ジャック・ウェストン、ジェーン・ブラッカー、ケリー・ビショップ、ロニー・プライス、マックス・カンター、ニール・ジョーンズ、ウェイン・ナイト、ポーラ・トルーマン

 1963年夏、休暇を過ごしに山荘へやって来たハウスマン一家の次女ベイビー(ジェニファー・グレイ)には忘れられない夏となった。山荘付きの男女ダンサーのダンスに魅了されたベイビーは女性ダンサーのペニーが妊娠していることを知る。堕胎医が来る日には他のホテルのショーに出なければならないため、堕胎を諦めようというペニーに変わってベイビーが男性ダンサーのジョニー(パトリック・スウェイジ)と共にマンボを踊る決心をする。
 とはいえ踊りは素人のベイビー。ジョニーに一から教わって少しずつ上達していき本番は大成功とまでは行かないが無難にこなした。
 しかし山荘に戻ってみると堕胎医はモグリの医者で後処理もいい加減でペニーは苦しんでいた。ベイビーは医者である父を呼んできてペニーを診てもらう。ペニーの容態は安定するが、父親は赤ん坊の父親がジョニーだと思い込んで彼を軽蔑する。
 その後、ベイビーと父親は不仲となってしまうが、ベイビーはジョニーにますます惹かれていきダンスの練習を続ける。だがジョニーが盗難事件の犯人にでっち上げられてしまい、その晩ジョニーと一緒にいたベイビーがアリバイを証言して真犯人が捕まるが、ジョニーはお客に手をだしたと言うことで首になってしまう。
 そして夏も終わりのさよならパーティーの最中、ジョニーが会場に入ってきて一枚のレコードを流し始める。そして踊り出す二人。

 ダンス映画だけに主人公たちがどれだけ踊れるかに勝負がかかっている。
 ジョニー役のパトリック・スウェイジは母親がバレエの振り付け師で本人も元々はバレエダンサーをやっていて途中から俳優に転向したという本格派。姿勢一つとっても背筋がピンと伸びて指先まで神経が行き届いている。顔はゴツイが色気のあるダンスが魅力的だ。
 対するベイビー役のジェニファー・グレイはなんとあのジョエル・グレイのお孫さん。ジョエル・グレイというと『レモ/第1の挑戦』のチウンが思い出されてしまうが、他には『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でセルマ(ビョーク)が父親だと言い張っていたミュージカル俳優もジョエル・グレイ。終盤の裁判のシーンでは机の上で踊り回っていた。この人は映画への出演数は少ないが、ブロードウェイでは有名な踊りと歌の専門家。その孫だから踊れて当然というか交通事故に遭う前はダンサーを目指していたらしい。
 こんな二人が手を組んだのだからもはや怖い物なしである。

 特に良いのがジョニーがベイビーにダンスを教えていくところ。最初はそれこをステップを間違えて足を踏んでしまうような状態から次第に上達していって回転やリフトまで成功するように。このリフトは他のホテルでやったショーでは失敗してしまうのだが、ラストのジョニーが乗り込んで山荘の下層労働者階級も巻き込んでのダンスの中で成功する。ここでまるで画面が輝いているように見える。
 ベイビーは個人の努力で世の中を変えられると考えているような純粋な女の子だったが、確かにこの時世界を変えたのだ。
 60年代のヒット曲が流れ、ケネディ暗殺もベトナム戦争本格派兵も知らなかった1963年夏のアメリカの物語。

 ただし全体的に演出は単調。監督が舞台・ダンスの演出家でドキュメンタリー映画を撮っている人だから仕方なしか。
 ラストは夏のお別れパーティーだが、山荘の客人たちは夏の間中休んでいたらしい。夏の間というのが映画を観ている限りでは一週間とは思えないから1ヶ月ぐらいは休んでいるのだろう。ベイビーの父親は医者だが医者が1ヶ月も休んでいて良いのか?欧米のバカンスは規模が違うなと感じさせてくれる。
 音楽のことはよく知らないが、低予算映画のため時代考証がしっかりと出来ず、60年代以降の風俗も含まれているそうだ。だがそのいい加減さがかえって若者に受けたという。

B002HP7UY0.jpg『ウォーロード/男たちの誓い』(2008) THE WARLORDS/投名状 113分 中国/香港 MORGAN&CHAN FILMS、中國電影集團公司
 
監督:ピーター・チャン 共同監督:イップ・ワイマン アクション監督:チン・シウトン 製作:アンドレ・モーガン、ピーター・チャン 脚本:スー・ラン、チュン・ティンナム、オーブリー・ラム 撮影:アーサー・ウォン プロダクションデザイン:イー・チュンマン 衣装:イー・チュンマン 音楽:ピーター・カム、チャン・クォンウィン
出演:ジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武、シュー・ジンレイ、グオ・シャオドン

 金城武の中国語の演技と日本語の演技はどうしてここまで違うのだろうか。この作品での中国語の演技は一流の俳優を感じさせるし、『K-20 怪人二十面相・伝』のような日本語の演技だとせいぜい二流の俳優だ。不思議である。
 特に、この作品では物語の語り手をやっていて重要な人物なのだが、これがしっくりきている。共演がジェット・リーやなによりアンディ・ラウであることを考えるとすごいことなのだこれが。今回は『レッドクリフ』の静の演技とは違って戦士の一人という動の演技。見事に使い分けている。

 19世紀末、腐敗した清朝に反乱すべく太平天国の乱が起きた。パン(ジェット・リー)は清朝側で戦っていたが味方が戦況を眺めているばかりで参戦してこなかったことから全滅した唯一の生き残りだ。その後、盗賊団のアルフ(アンディ・ラウ)、チャン(金城武)と出会い仲間になる。そして、このまま盗賊をやっていても先がない、清朝の手先となって戦い武運を立てることを主張する。パンの言葉に従いアルフとチャンは三人で投名状という義兄弟の契りを交わし戦場へ赴く。苦しい戦いが続きながらも、次第に戦果を上げていく彼らであった。

 ウォーロード(THE WARLORDS)、ロードは道のロードではなく『ロード・オブ・ザ・リング』のロードと同じロードで将軍といった意味である。
 合戦のシーンがかなり多い。ジェット・リーが出ているがワイヤーアクションは使っておらずリアルな合戦だ。他の中国/香港映画を観ると地味に見えてしまうがその分現実味を感じさせる。敵の鉄砲隊に対しこちらは弓矢隊しかないので弓の飛距離までひたすら突進していくシーンなど燃える。
 最後には義兄弟が裏切りの中で自滅していくところなども面白い。ラストは義兄弟を裏切ったパンに対するチャンの復讐シーンだがここでの金城武がまた良いんだ。
 物語はかなり飛び飛びで、全体像を把握するのに少し苦労する。中国では有名な話なのかもらしい。なんでも、清朝末期の1870年、両江総督の馬新貽が張文祥に刺殺された事件があり、犯人の張文祥が動機を語らないまま処刑されたので、事件の真相は不明のまま、清末四大奇案の一つとなってしまった。んだそうである。下山事件みたいなものか。
 大義のためならば多少の犠牲は厭わないパンに大衆を一人でも多く救おうというアルフ、そして投名状にあくまでも従うチャン。それぞれに義を背負いながらそれが対決へと繋がっていく。パンには功名心や上昇欲があってそれに上手く乗っていくわけだし、アルフにはそんなパンが非人情で冷酷な人間である。逆を言えばパンから見ればアルフの言っていることはきれい事なわけだ。そこが軍の将軍だったパンと盗賊の頭だったアルフとの徹底した違いなのだろう。
 悪の三大臣があれこれ悪巧みをしているところに腹が立つ。
 DVDの完全版は日本での劇場公開版とは違う13分時間が延びただけではなく構成も違っているそうだ。しかも日本劇場公開版のエンディングテーマはTHE ALFEEだったそうだ。やめろよ、そういう誰も喜ばないこと。13分を補っても南京城攻略のシーンは省略されたままだったか。まぁまともにやったら30分は使うよな。金もかかるし。
 三国志の義兄弟の契りは絶対だったが、この作品では欲望や嫉妬から義兄弟の契りが崩れていくところが見所だ。
 全滅した隊から唯一生き残ったパンを助けた女性とアルフの妻が同一人物だと地味な顔のため分かりにくいのが難点。

B0001927EW.jpg『アウトサイダー』(1983) THE OUTSIDERS 92分 アメリカ AMERICAN ZOETROPE
 
監督:フランシス・コッポラ 製作:フランシス・コッポラ、グレイ・フレデリクソン、フレッド・ルース 原作:S・E・ヒントン 脚本:キャスリーン・クヌートセン・ローウェル 撮影:スティーヴン・H・ブラム プロダクションデザイン: ディーン・タヴォウラリス 編集:アン・ゴールソウ キャスティング:ジャネット・ハーシェンソン 音楽:カーマイン・コッポラ
 出演:C・トーマス・ハウエル、ラルフ・マッチオ、マット・ディロン、ダイアン・レイン、レイフ・ギャレット、ロブ・ロウ、エミリオ・エステヴェス、パトリック・スウェイジ、トム・クルーズ、グレン・ウィスロー、ミシェル・メイリンク、トム・ウェイツ、ゲイラード・サーテイン、ソフィア・コッポラ、ダーレン・ダルトン、ウィリアム・スミス、S・E・ヒントン

 若手スター総出演の青春映画。そういえばYA(ヤングアダルト)スターなんて言葉があったよな。実質的主人公のポニーボーイにC・トーマス・ハウエル、その親友ジョニーにあどけなさが残るラルフ・マッチオ(まぁこの人はいつまでたってもあどけなさが残ったままなんだが)、貧困層の不良グループ"グリース"のボス的存在ダラスが一度消え見事に復活したマット・ディロン。ポニーボーイの長兄で交通事故で両親を失ったポニーボーイの父親代わりのパトリック・スウェイジと次兄のロブ・ロウ。
 他にもちょい役だがミッキーマウスTシャツのエミリオ・エステヴェスやトム・クルーズもグリースの一員で出ている。
 女性キャラの登場シーンは少ないが、赤毛に染めたダイアン・レインが富裕層のお嬢様役で出ている。ついでのついでだが、ダラスたちに小銭をねだるぶっさいくな女のガキがソフィア・コッポラだ。
 若手スターがこれだけ魅力的に見えるのはさすがコッポラの手腕と言ったところだろうか。若き日の彼らの姿を観るだけでも価値がある。

 それまでの青春映画は明るく健全な物が多かったが、『アウトサイダー』では貧困層のグリースと富裕層の不良グループ"ソッシュ"の対立という不良少年同士の争いが根底にある。ソッシュの練習にポニーボーイがやられているのをジョニーがナイフを出してソッシュの一人を刺し殺してしまう。ふとした過ちがこれまでも不幸だった少年たちの人生を大きく変わることになる。
 ダラスの指示で古びた廃協会に逃げ込んだ二人はやるせない数日間を過ごす。そして小学校の子供たちが協会を見学に来ていた時に火事が起きて、ポニーボーイとジョニーは子供を助けるために火の中に飛び込んでいく。結果、ポニーボーイは軽傷を負い、ジョニーは大やけどと背骨を折るという重傷を負う。ジョニーはもう歩けないと知り、それまでは「死にたい」と思っていたのに「今度は生きたい」と思うようになる。
 このように少年たちのバックボーンが描かれているのが特色だ。大人はほとんど登場せず、大人に逆らって不良少年をやっていると言うよりも、彼らはそこで寄り集まることによってしか居場所を作ることが出来ないのだ。それでも逃れることの出来ない孤独と哀しみ。少年たちは現実に憤り苦しむ。何で自分たちは貧乏に生まれてしまったのか。世の中はなんで平等ではないのか。
 中でも苦しんでいるのがジョニーだ。両親は不仲でケンカばかり。自分のことは相手にもされない。心配のあまりパトリック・スウェイジに殴られたポニーボーイに「殴られる方が良いさ。無視されるよりはね」と答えるシーンが印象に残っている。
 スティービー・ワンダーの『STAY GOLD』がかかる夕陽をタイトルバックにしたオープニングから映画にグイグイ引き込まれていく。
 青春物ゆえのうっとおしさを感じる点もあるが、それもまた魅力の一つだろう。グリースとソッシュの乱闘シーンもなかなかの迫力だ。パトリック・スウェイジが大暴れ。
 ただし、ラストのダラスの行動の理由が分からない。単に自棄になっていただけでは説明が付かないだろう。物語を盛り上げるためとしか思えない。

B000S6LI1G.jpg『墓石と決闘』(1967) HOUR OF THE GUN 102分 アメリカ UNITED ARTISTS

監督:ジョン・スタージェス 製作:ジョン・スタージェス 脚本:エドワード・アンハルト 撮影:ルシアン・バラード 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:ジェームズ・ガーナー、ジェイソン・ロバーズ、ロバート・ライアン、フランク・コンヴァース、サム・メルヴィル、チャールズ・エイドマン、オースティン・ウィリス、リチャード・ブル、ラリー・ゲイツ、ウィリアム・シャラート、アルバート・サルミ、ジョン・ヴォイト、スティーヴ・イーナット、マイケル・トーラン、ウィリアム・ウィンダム、ロニー・チャップマン

『OK牧場の決斗』(1967)の後日談を同じジョン・スタージェスが撮ったのがこの作品。
 復讐に次ぐ復讐の重苦しい雰囲気の作品だけあって、前作ではワイアット・アープがバート・ランカスター、ドク・ホリディがカーク・ダグラスという陽気なタイプの俳優を使っていたが、今作ではそれぞれジェームズ・ガーナー、ジェイソン・ロバーズと渋めの重い俳優を使っている。特にジェイソン・ロバーズのドク・ホリディは結核を病んでいる様子を上手く表現している。
 映画はいきなりOK牧場での撃ち合いのシーンから始まる。そして殺人犯として告訴されたワイアット・アープらの裁判のシーンへと続く。西部劇で本格的な裁判のシーンは珍しい。無法のイメージが強い西部でも地方ならばともかく都市部では司法制度が確立されていたということだろう。これがなかなか正式な裁判で証人喚問や銃弾の軌道なども考慮されてワイアット・アープたちは無罪放免となる。
 これに頭に来たのが、生き残ったクラントン兄弟の長兄(ロバート・ライアン)。敵討ちとばかりにワイアット・アープの弟を闇討ちして足に重傷を負わせる。
 続いて、町の保安官に立候補して当選した弟を背後からショットガンで撃って殺してしまう。
 だが、あくまでも法は法という考えのワイアット・アープは友人たちを集めて犯人の逮捕へと向かう。しかしクラントンの手下を生きて捕まえることが出来ず何人も殺してしまう。いや、ワイアット・アープも敵討ちをしているのか。
 ラストは町を追われてメキシコで牛泥棒に身を落としたクラントンとの一騎打ち。一瞬の静寂の後銃声が響き渡る。

『OK牧場の決斗』にこんな後日談があるとは知らなかった。悪党をやっつけてハッピーだと思っていたら裁判だ敵討ちだと続いていたなんて。
 映画の冒頭に「これは史実に基づいている」と出る。ちょっと調べてみたら大まかな部分では事実らしい。もっともワイアット・アープ自身の生涯がかなり脚色されていて、どこまでが事実かはっきりしないが。
 復讐が復讐を生み、その復讐がまた別の復讐を生む。どちらかが滅びるまでこの負の連鎖は止まらないのだ。なんとおろかなことだろう。痛快娯楽西部劇だった前作とは作品のカラーが大きく変わっている。
 ワイアット・アープも最後には敵討ちに手を出してしまい、殺人の見張りを務めた嫌がる牧童相手に言葉で追い詰めていって最後には銃を抜かせるところなど爽快感とはほど遠い。
 カメラは西部の光景を余すところなく捉え、ジェリー・ゴールドスミスの音楽も雰囲気を盛り上げる。
 それにしてもメインキャストに女性が一人も入っていないところがまたジョン・スタージェスらしい。
 ラスト、馬車に乗って去っていくワイアット・アープと結核治療のサナトリウムからそれを見送るドク・ホリディのカットは素晴らしい。もうこれで二度と会うことがないことを二人とも分かっているのだろう。
 このカットからも象徴されるようにこの物語は復讐についての映画であると同時にワイアット・アープとドク・ホリディの友情についての映画でもある。
 ジェームズ・ガーナーの貫禄のある演技、特に馬に乗った姿が素晴らしく格好いい。対するドク・ホリディは酒浸りで肺結核からくる咳ばかりしているギャンブラーにして殺し屋。演ずるジェイソン・ロバーズの名演が光る。
 復讐にこだわりすぎたばかりに破滅していくロバート・ライアンも魅力的だ。

B000HKDEWE.jpg『ハートブルー』(1991) POINT BREAK 121分 アメリカ LARGO ENTERTAINMENT
 
監督:キャスリン・ビグロー 製作:ピーター・エイブラムス、ロバート・L・レヴィ 共同製作:リック・キング、マイケル・ローチ 製作総指揮:ジェームズ・キャメロン 原案:リック・キング、W・ピーター・イリフ 脚本:W・ピーター・イリフ 撮影:ドナルド・ピーターマン プロダクションデザイン:ピーター・ジェイミソン 美術:パメラ・マーコット 音楽:マーク・アイシャム 舞台装置:リンダ・スフィーリス
出演:キアヌ・リーヴス、パトリック・スウェイジ、ロリ・ペティ、ゲイリー・ビューシイ、ジョン・C・マッギンレー、ジェームズ・レグロス、ジョン・フィルビン、トム・サイズモア、マイク・ジェノヴィーズ

 その昔、ラルゴ・エンターテインメントという映画会社があった。『ダイハード』などのヒット作を作り出したローレンス・ゴードンに日本ビクターが出資して作られた会社だ。『ハートブルー』はその第一回作品である。

 ロサンゼルスは銀行強盗の街だと新人FBI捜査官ユタ(キアヌ・リーヴス)の上司は言う。そしてベテランFBI捜査官パパス(ゲイリー・ビューシイ)と組んだユタはサーファーが犯人だというパパスの推理に従ってサーフィンを始めサーファーに近づく。つまり潜入捜査をやったわけである。そんななか、ボディ(パトリック・スウェイジ)というサーファーのサーフィン道とでもいうべき精神論に入れ込んでいく。

 比較的外れが少ないのが潜入物だ。最近だと二重の潜入を描いた『ディパーテッド』(2006)が好評かを得たのが記憶に新しい。もちろんオリジナルの『インファナル・アフェア』シリーズも傑作である。
 この作品も潜入捜査物なのだが、主人公のユタが大学のアメリカンフットボールチームの名クォーターバックと有名でサーファーたちにも名前が知られているからちょっと緊張感に欠ける。サーファーのコミュニティにすんなり入り込めてしまう点もいまいち納得がいかない。ユタの名前が知られていたからだろうか。
 監督のキャスリン・ビグローは女性だが、骨太のアクションを撮れる人で、張り込みをしていた銀行が襲われ大統領強盗団(強盗たちはそれぞれレーガン、カーター、ニクソン、ジョンソン大統領のゴムマスクを被っている)が車で逃げ出してからのカーチェイス、そしてレーガンを走って追いかけるユタのマンチェイスが迫力のある物となっている。手持ちカメラで通りや他人の家の中を駆け抜ける様々な物を壊していくシーンは迫力満点だ。
 ただし、ユタが犯人の正体に気付いてからがどうにもいけない。恋人が人質に取られているとは言え、強盗団の一味になって銀行を襲ってみたり、警察に逮捕された後パパスに頼んで強盗団が飛び立つ飛行場に行ったはいいがそのせいでパパスが敵に射殺されてしまったりと自分勝手な行動が目立つ。
 ラストは一度捕まえた犯人を逃がしてサーファーとして海に帰してやる。これだけ好き放題やって最後にFBIのバッジを海に投げ捨てて終わりではパパスも銀行に居合わせて射殺された警官も浮かばれない。
 日本での実質的キアヌ・リーヴスのデビュー作的扱いを受けているが、その前に『ビルとテッドの大冒険』(1989)など何本も出演作がある。いや初主演だからという声もあるが、『ビルとテッドの大冒険』は主演作だろう。
 パトリック・スウェイジのボディという名前の由来は菩薩から。とにかくスリルに身を捧げてフリークライミングからスカイダイビングまでやることは幅広い。海風に吹かれた髪は荒れ無精ひげを生やしていて野性味溢れる風貌でお坊ちゃん然としたユタとは対照的。
 サーフィンとスカイダイビングが大きな位置を占める作品だが、個人的にはどちらにも興味なし。
 終盤のユタがパラシュートを背負わずに先に飛び降りたボディたちを追うシーンも『007ムーンレイカー』(1979)のパクリでしかないし。あれは服の下に小型のパラシュートが隠してあるんだ。

B000KGGC3I.jpg『ロードハウス/孤独の街』(1989) ROADHOUSE 114分 アメリカ MGM/UA
 
監督: ローディー・ヘリントン 製作:ジョエル・シルヴァー 脚本:デヴィッド・リー・ヘンリー、ヒラリー・ヘンキン 撮影:ディーン・カンディ 音楽:マイケル・ケイメン
出演:パトリック・スウェイジ、サム・エリオット、ケリー・リンチ、ベン・ギャザラ、マーシャル・ティーグ、ケヴィン・タイ、キャスリーン・ウィルホイト、パトリシア・トールマン、ジェフ・ヒーリー、キース・デヴィッド、レッド・ウェスト、ジュリー・マイケルズ、テリー・ファンク

 "ロードハウス"とは街道筋にある旅館・酒場・ナイトクラブなどのことらしい。映画で観るとみんな車でやって来ているがあれ飲酒運転じゃないのか。アメリカは飲酒運転の処罰が日本より甘いのか。ビール飲みながら運転してたりするしな。

 主人公のダルトン(パトリック・スウェイジ)は腕利きの酒場の用心棒。用心棒と言っても単に酔って暴れている客を追い出すだけではなく、店そのものをコーディネートしてより良い酒場にする能力を持っている。
 昔は良い酒場だったが、最近ではチンピラ客ばかりの『ダブル・デュース』という店の建て直しを依頼されたダルトンは高額な報酬でその仕事を受ける。まずは店の洗い直しから。無能な用心棒や麻薬を売っていたウエイトレス、売り上げをくすねていたバーテンダーを首にするところから仕事を始めた。
 しかし、バーテンダーの叔父貴が町の支配者ブラッド(ベン・ギャザラ)だったことからダルトンは目をつけられてしまう。ブラッドは町のあらゆる店から売り上げの10%以上を町の振興費の名目で巻き上げる悪党だったのだ。
 しかも、ダルトンの恋人の女医に惚れており事態はさらに複雑になるばかり。そんな中、助っ人としてこれまた腕利きの用心棒ギャレット(サム・エリオット)が駆けつけた。

 製作のジョエル・シルヴァーらしいスピーディーなアクション映画。
 酒場の用心棒という主人公としてはちょっと珍しい職業となっているが、これは現代版西部劇だと思う。町を牛耳る悪党に一人対抗するダルトンはいわばワイアット・アープ。助っ人のギャレットはドク・ホリディといったところか。銃とマーシャルアーツという違いはある物の、悪党の支配する町にブラリと現れた流れ者が悪党たちを退治してまたどこかへ去っていく。西部劇である。
 ブラッドは気に入らない相手の店を火災に見せかけて爆破したり、白昼堂々と自分に逆らった自動車ディーラーの店にモンスタートラックを突撃させて車を踏みつぶしたりするまったくもって悪党。西部劇で町を牛耳る悪党に似ている。
 ダルトンの得意技はマーシャルアーツ。川辺で上半身裸でマーシャルアーツの練習をしているところをカメラで捉えたシーンはセクシーだ。元々はバレエで鍛えられただけあって引き締まった肉体をしている。
 もう一つの得意技はスケコマシ。ナイフで傷つけられた脇腹を縫ってもらった女医と翌日の晩にはすでに恋愛関係に入っている。早っ。ベッドインするまでも早っ。渋い顔と鍛え上げられた肉体は恋愛関係においても武器なのだろう。
 この作品最大のアクションの見せ場がブラッドの一番部下との素手での戦い。単なる殴り合いではなくちゃんとマーシャルアーツになっている。追い詰めた相手が銃を出し、正当防衛でダルトンは敵を殺してしまうが、それを女医に目撃されて関係が微妙になる。
 ラストはブラッド邸に乗り込んでの戦いとなる。ここではあまりマーシャルアーツが登場しないのが残念。手下たちをどんどん片付けていってついにブラッドを追い詰めるが、留めを刺すその手が女医のことを思い出して止まる。代わりに町の住人が3人現れてショットガンでブラッドを撃ち殺す。その直後に警察が駆けつけてくるがみんな「さぁ知らないね」の一点張り。一人だけ生き残ったブラッドの手下も壁に飾られた『見猿、言わ猿、聞か猿」の剥製を見て「さぁ知らないね」と応える。それにしても『見猿』はアメリカにもあったんだ。ギャグとして出して通じるぐらいだからそれなりに浸透しているんだろう。

B000YGFPR8.jpg『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990) GHOST 127分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES

監督:ジェリー・ザッカー 製作:リサ・ウェインスタイン 製作総指揮:スティーヴン=チャールズ・ジャッフェ 脚本:ブルース・ジョエル・ルービン 撮影:アダム・グリーンバーグ 特撮:リチャード・エドランド、ILM 音楽:モーリス・ジャール
 出演: パトリック・スウェイジ、デミ・ムーア、ウーピー・ゴールドバーグ、トニー・ゴールドウィン、スーザン・ブレスロウ、マルティーナ・デグナン、リック・エイヴィルス、ヴィンセント・スキャヴェリ

 優れたコメディ作家は優れたシリアス作家たり得ることを証明したのがこの『ゴースト/ニューヨークの幻』。監督は『フライング・ハイ』(1980)や『トップ・シークレット』(1984)などハチャメチャギャグ映画を兄デヴィッドと友人のジム・エイブラハムと共に撮ってきたジェリー・ザッカー。

 主人公のサム(パトリック・スウェイジ)はアーティストのモリー(デミ・ムーア)と同棲を始めたばかりの銀行員。ところが、『マクベス』を観に行った帰りに財布を奪おうとした強盗ともみ合いになり撃たれて死んでしまう。だが、モリーに未練があるサムは天国への導きの光に乗らずこの世に残ってゴーストとなってしまう。
 自分がゴーストとなって側にいることをなんとかモリーに伝えようとするサムだが、言葉は人間にきこえないし、物に触れることも出来ない。そんな時に出合った霊なんて感じることの出来ないインチキ霊媒師オダ・メイはサムの声だけは聴くことが出来た。自分を殺した犯人を突き止めていたサムはオダ・メイを通じてモリーに連絡しようとするがなかなか信じてくれない。そこで二人しか知らない事実を上げてようやく納得させる。しかし、オダ・メイには詐欺などの前科があることを知らされたモリーは自分が騙されていたのだと思い込む。
 サムを殺した男は実はただの強盗ではなく、裏に黒幕がいた。その悪の手はモリーに伸びていた。

 幽霊物と恋愛物を結びつけて新しい幽霊像を作り上げた。
 この頃のデミ・ムーアは華蓮で可愛かった。今のマッチョな雰囲気からは想像できない。今のデミ・ムーアならば銃とナイフを持って自分で復讐に走るはず。
 ロクロがあんなにエロティックなものだとはこの映画を観るまでは思わなかった。粘土をこねロクロの上で混じり合う二人の腕。立派なラブシーンである。この映画にはキスシーンぐらいで過激なラブシーンはないが、ロクロのシーンが一番過激なのかも知れない。
 シリアスな話だがそこはギャグ作家、ギャグを入れずにはいられなかったのだろうオダ・メイの登場である。ウーピー・ゴールドバーグがおおげさでやかましい演技で笑いを盛り上げてくれる。オダ・メイの存在がなかったらかなり違った雰囲気の映画になったことだろう。小切手を尼さんに渡すシーンの仕草や表情には大笑い。ファッションセンスがまたスゴイ。
 サムが死んだ時は天国へと導く光の道が現れたが、悪人が死んだ場合はどこからか黒い影の集団が現れて地獄へと連れ去ってしまう。自業自得なんだが怖い話だ。人間、善か悪かはっきり分かれているわけではないから、あとちょっとの割合で地獄行きにされてしまった人もいるだろう。オレが死んだら天国行きなんだろうか地獄行きなんだろうか。それとも地下鉄ゴーストみたいに未練を背負ったままずーっとゴーストのままなんだろうか。
 サムは最後光の道を上っていく。それを見つめながら涙を流すデミ・ムーアが美しく感動的だ。
 ゴーストは壁は通り抜けられるのに床に立っていられるのは何でだ。階段を上れるのは何でだなどの疑問はあるがどうでもいいじゃないか。100%穴のない脚本なんか書けないよ。特に幽霊物で。サムが走って強盗を追いかけ逃げられて、戻ってきたら自分が血まみれで倒れているという幽霊になっているのを気付くシーンは良かった。
 日本映画だとラストでサムが生き返って台無しにしてくれるんだろうが、素直に天国に昇天させて"一時(モリーが死ぬまで)"の別れで終わりにするのはキリスト教文化だからだろうか。
 考えてみればもう20年近く前の作品。まだCGが本格的に登場していない時代、光学合成のみでゴーストが物をすり抜けるシーンをやっているのだと思う。合成の不自然さをあまり感じさせないSFXはかなり高度なものだ。サムが地下鉄改札のバーをすり抜けるシーンはどう観ても合成ではなく実写に見える。このSFXを担当したのはリチャード・エドランドとILM。さすが一流の仕事は一流がやっている。ゴースト役の俳優は存在しない物を相手に芝居するシーンが多く難しかったことだろう。そのSFX並みに素晴らしかったのがオダ・メイがモリーの手を取るとカットが切り替わってオダ・メイがサムになっていてスローに踊り出すという映画のマジック。
 サムとモリーが暮らすロフトは長いこと放置されていた物を買い取って改築したもの。この改築シーンから映画は始まるが古い物が並べられた埃まみれのロフトはホラー映画が始まるのかと錯覚させる。黒幕が死ぬシーンもスラッシャー映画めいていてあのシーンだけ映画から浮いているのはマイナスだ。
 コインが宙を浮いてモリーの手に収まり、「お守りだ」のシーンも良い。

 2009年9月14日、パトリック・スウェイジはすい臓ガンとの闘病の末に帰らぬ人となった。

B001V9KBRQ.jpg『イエスマン "YES"は人生のパスワード』(2008) YES MAN 104分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES

監督:ペイトン・リード 製作:リチャード・D・ザナック、デヴィッド・ハイマン 製作総指揮:マーティ・ユーイング、デイナ・ゴールドバーグ、ブルース・バーマン 原作:ダニー・ウォレス 脚本:ニコラス・ストーラー、ジャレッド・ポール、アンドリュー・モーゲル 撮影:ロバート・イェーマン プロダクションデザイン:アンドリュー・ロウズ 衣装デザイン:マーク・ブリッジス 編集:クレイグ・アルパート 音楽:ライル・ワークマン、マーク・オリヴァー・エヴァレット 音楽監修:ジョナサン・カープ
出演:ジム・キャリー、ゾーイ・デシャネル、ブラッドリー・クーパー、ジョン・マイケル・ヒギンズ、テレンス・スタンプ、リス・ダービー、ダニー・マスターソン、フィオヌラ・フラナガン、サッシャ・アレクサンダー、モリー・シムズ、ブレント・ブリスコー、ロッキー・キャロル、ジョン・コスラン・Jr.、スペンサー・ギャレット、ショーン・オブライアン

 主人公のカール(ジム・キャリー)は銀行の融資係。離婚経験ありで人生何事にも消極的で友達から飲みに行こうと誘われても今忙しいんだと携帯電話で応えつつレンタルビデオ屋で『トランスフォーマー』などを借りている。仕事もやる気がなく、毎日毎日勇士申し込みの書類に却下の判子を押すだけの生活。
 そんな彼に知り合いが「YESは人生のパスワード」というセミナーを薦めてくる。何の気はなしにそのセミナーに参加したところ講師のテレンス(テレンス・スタンプ)から何を言われてもイエスと応えなさいとの教えを受ける。
 セミナー会場の外でホームレスが公園まで車に乗せてくれと頼んできたので、渋々イエス。携帯を貸してくれと言われて渋々イエス。公園に着いた時には携帯は電池切れ、車はガソリン切れになってしまった。歩いてガソリンスタンドまで行ってガソリン缶にガソリンを入れているとスクーターに乗ったアリソン(ゾーイ・デシャネル)と出会い車のところまでスクーターで送ってもらった。ここからカールの生活が変わり始めた。
 融資を求めてきた客にはすべてイエス。友達の飲み会の誘いももちろんイエス。そして生きることに積極的になったカールは飛行機の操縦や韓国語の講習、イラン人花嫁との見合いなど片っ端から手を出すようになる。いつもはもらわなかったライブのチラシももらってそのライブを聴きに行ったらミュウハウゼン症候群という名のそのバンドのボーカルはなんとアリソン。そして二人の距離が段々近づいていく。

 自己開発セミナーっぽいストーリーだなと思ったら、「イエスは人生のパスポート」のシーンはもろ自己開発セミナーだった。オレは昔、社命で自己開発セミナーにいかされて散々腹が立つ想いがしたので、正直うんざりした。カールが一言ノーと言うと周りが「ノーマン!ノーマン!」と批難の大合唱。そしてテレンスはイエスの誓いを立てろと迫ってくる。これはほとんど脅迫だよ。よほど意志の強い人かひねくれた人でない限りイエスと言わざるを得ないでしょ。実際の自己啓発セミナーもそんな感じだったからね。オレはひねくれてたから最後までノーマンだったけど。
 しかし、実際にカールがイエスと言い始めると物事が良い方へ良い方へと転がっていく様に細かなギャグが含まれていて面白かった。とにかく徹底したプラス思考の連続で、その中でドタバタが繰り広げられる。実際に何でもかんでもイエスと応えていたらとんでも無いことになるんだろうが。融資にも全てイエスで承認してしまうが、これは本来だったら解雇になりかねない。それが上手く行くのは映画だからで現実だったら焦げ付き未回収続出だろう。
『ダーティハリー』や『リーサル・ウェポン』で身投げを使用とする人を救助するエピソードがあるが、この作品ではギターと歌(下で観ている観客も次第に合唱)で助けてしまう。これは新しいパターンだ。
 ジム・キャリーは相変わらずパワフルなボケキャラを演じていて、ひたすら体当たり演技。バンジージャンプなどのアクションやスタントも自分でこなす。ワンパターンと言えばワンパターンだがそういう芸風なのだ。
 ただ、オレはこの作品で言うところのノーマンなので、観ていて距離感を感じてしまったのは確か。そんななんでもかんでもイエスイエスって言ってられない。そのイエスの意味を終盤になってテレンスがカールに諭すところで少し納得したが、プラス思考ってどうなんだろうね。どこか無理している気がするが。
 ゾーイ・デシャネル演ずるアリソンが魅力的なのでだいぶと救われている。スクーター姿が魅力な、アングラバンドのボーカルをやっているぐらいだからかなり変わった子で、そんな子だからイエスイエスとハイテンションなカールに合わせることが出来る。そしてカールに惹かれるようにもなるのだろう。しかし、今まで自分に言ってきたことがすべて「イエスは人生のパスポート」の誓いだと知ったアリソンは当然怒る。この怒ったところからカールが如何にしてなだめるかが見所。
 マイナスポイントを上げるとしたら『ライヤーライヤー』の焼き直しに近い点とポスターのデザインだろうか。出来の悪いミュージカルみたいだ。

B000PDZJC6.jpg『ドリトル先生不思議な旅』(1967) DOCTOR DOLITTLE 165分 アメリカ TWENTIETH CENTURY FOX

監督:リチャード・フライシャー 製作:アーサー・P・ジェイコブス、モート・エイブラハムズ 原作:ヒュー・ロフティング 脚本:レスリー・ブリッカス 撮影:ロバート・サーティース 特殊効果:L・B・アボット 作詞作曲:レスリー・ブリッカス 音楽:ライオネル・ニューマン、アレクサンダー・カレッジ
出演:レックス・ハリソン、サマンサ・エッガー、リチャード・アッテンボロー、アンソニー・ニューリー

 子供の頃に原作を貪るように読んだ。かなり好きな作品である。今では細かい点は忘れてしまったが、物置のどこかに今でもあるはずだ。オレには子供はいないが、もしいたら絶対に読ませたいシリーズである。

 獣医のドリトル先生は動物と自在に会話が出来るという特技を持つ。それで病人(病獣?)と会話しつつ悪いところを聞き出して治療するのだ。
 そんな彼のことを世間では変わり者扱い。妹も「動物を取るのわたしを取るの」と怒って出て行ってしまったぐらいだ。そんな彼の数少ない友人は犬・猫の餌売りマシュウとトミー少年ぐらいなものである。
 ある日、近眼になった馬が自発的に先生の治療を受けに来て用意した眼鏡をかけたところこれが大成功。喜ぶ彼らのところに馬の飼い主の将軍が「この馬泥棒が」と姪のエンマと共に乗り込んできた。スカンクの攻撃で将軍を撃退しエンマともすっかり犬猿の仲になってしまったドリトル先生だが、人間と関わるのが苦手な先生はそんなことを気にしない。それよりも海に住むという伝説のピンク海カタツムリを捜しに行くのに夢中なのだ。
 だが資金が足りないドリトル先生に友人が珍しい動物を送ってくれた。前にも後ろにも頭がある双頭のラマ"オシツ・オサレツ"である。このオシツ・オサレツをサーカスの見せ物に持ち込んで一儲けをしたドリトル先生はヒラメ号という名の船を買ってマシュウとトミーと共に大海へと乗り出したのである。密航者としてエンマを乗せて。

 動物の言葉がしゃべれる獣医という奇想天外な発想がまず面白い。原作はまだしも、実際にブタの前で「ブウブウ」や馬の前で「ヒヒヒーン」とやっている様子は本当に奇妙だ。物語の途中でドリトル先生は気違い扱いされて一生精神病院暮らしをさせられるところだったが、それもやむなしと思えてしまう。
 それにしても数多くの動物たちが登場する。馬、牛、犬、猫、スカンク、キツネ、キリン、ワニ、など実際の動物から、オシツ・オサレツやピンク海カタツムリ、月と地球を行き来している巨大な蛾"ルナモス"まで様々だ。オシツ・オサレツはもちろん着ぐるみだが実在の動物でも細かな芝居が必要なシーンでは例えば怯えるキツネなどは作り物を使っている。ちなみにイギリスになぜスカンクがいるかというとキツネ狩りの季節にキツネを守るためにやってきてるんだそうな。
 最初は衝突していたドリトル先生とエンマが次第に引かれあっていくのはお約束。まずはエンマが先生を見直して、航海の最中にドリトル先生がエンマに心を奪われていく。だが、動物ならともかく人間相手は苦手の先生はピンク海カタツムリにエンマたちを乗せて送っていってもらう中、一人島に残る。それはイギリスに戻れば精神病院に送られてしまうというのもあるが、エンマとこれ以上親しくなるのを怖がっているからでもある。腕利きの医者も恋には弱いのだ。
 何冊もある原作をいくつかまとめて映画化してしまっているので上映時間が長い。メインターゲットが子供であることを考えると165分はちょっと辛抱できないのではないか。
 ミュージカル仕立てになっているので苦手な人はダメだろう。良いと思うんだけどねミュージカル、楽しくて。ドリトル先生のレックス・ハリソンは『マイ・フェア・レディ』(1964)のヒギンズ教授の人なだけあって歌もばっちり聴かせてくれる。エンマに心を奪われたマシュウが唄うシーンも動きがあって良い。
 監督はリチャード・フライシャーだけあって、奇想天外な物語を堅実に映像化してくれている。さすが職人監督と呼ばれるだけのことはある。

B002A0533M.jpg『ディファイアンス』(2008) DEFIANCE 136分 アメリカ

監督:エドワード・ズウィック 製作:エドワード・ズウィック、ピーター・ジャン・ブルージ 製作総指揮:マーシャル・ハースコヴィッツ 原作:ネハマ・テク 脚本:クレイトン・フローマン、エドワード・ズウィック 撮影:エドゥアルド・セラ プロダクションデザイン:ダン・ヴェイル 衣装デザイン:ジェニー・ビーヴァン 編集:スティーヴン・ローゼンブラム 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ダニエル・クレイグ、リーヴ・シュレイバー、ジェイミー・ベル、アレクサ・ダヴァロス、アラン・コーデュナー、マーク・フォイアスタイン、トマス・アラナ、ジョディ・メイ、ケイト・フェイ、イド・ゴールドバーグ、イーベン・ヤイレ、マーティン・ハンコック、ラヴィル・イシアノフ、ジャセック・コーマン、ジョージ・マッケイ、ジョンジョ・オニール、サム・スプルエル、ミア・ワシコウスカ

『ブラッド・ダイヤモンド』の監督エドワード・ズウィックが007のダニエル・クレイグ主演で描いた、第二次大戦時のユダヤ人のナチスとの闘争映画。"DEFIANCE"には反抗の意味があるようだ。実話ベースの作品である。

 東ヨーロッパのベラルーシに住むビエルスキ四兄弟はナチスのユダヤ人狩りにあって父母を殺される。彼らは森に隠れ住むが次第に逃げてきたユダヤ人で人数が増えてくる。共同体を形成して維持しようとする長男のトゥヴィア(ダニエル・クレイグ)とロシア軍に加わってナチスと直接戦おうとするズシュ(リーヴ・シュレイバー)に意見が割れ、ズシュに付いて数人が共同体ビエルスキ・パルチザンから出て行く。
 森の中での生活は厳しく、食料は乏しく木で小屋は作った物の粗末なもので風雨にはさらされる。果ては野菜不足からくる壊血病やシラミが媒介するチフスまで発生する。チフスの治療にはペニシリンが必要なのだが、ロシア軍は持っているのに分けてくれない。そこでズシュ共々ナチの警察署を襲撃して薬を奪取しついでに無線機も破壊する。
 こうしてなんとか厳しい冬を乗り切った彼らは数百人の規模になっていたが、ドイツ軍が本格的に森のユダヤ人狩りを計画していることが分かる。空からは航空機による爆撃が始まり、森の奥へ奥へと彼らは逃げ戸惑う。そして、森を抜けたところで渡れそうにない沼にぶち当たる。

 モーセの出エジプト記を連想させる映画である。モーセはトゥビィアだ。掟を共同体の仲間に与え、追っ手が来る中、紅海ならぬ沼を渡らせる。モーセの出エジプト記でもエジプト時代の方が良かったと愚痴をこぼし反抗する人間がいてモーセを悩ませたそうだが、ここでも「ゲットーの方が良かった」と不満を漏らすものや、食料を独り占めにしてトゥビィアに反抗するものがでてくる。それをなだめすかしたり、時には力で抑えたりするトゥヴィアはモーセのように苦しいことだっただろう。元は軍人などとして訓練を受けたわけではなくごく普通の会社員だったのだ。それが自分と自分の家族を守っているだけだったのに、いつの間にか何十人、何百人の人生について責任を持たされる。その中でリーダーとしての資質に目覚めていく過程が葛藤を主にリアリティを持って描かれる。単なるヒーロー物ではない重みがここにはある。
 食糧不足の中、愛馬を撃ち殺してまでして食料として提供しているのに、下の者は上の者の苦労など分かろうとはしないのだ。それにしても馬スープは美味そうだった。うまだけに。
 食料は近隣の村の農家から強制徴用してくる。まぁいってみれば盗んでくるのだ。そうまでしなければ生きられないシビアさがある。あとはっきりとは語られていないが、女性が身体を売ってその見返りで食料をもらっていたというのもあったようだ。第二次大戦時の日本、例えば『火垂るの墓』などを観ても分かるが食べる物がないというのは本当につらいようだ。ちゃんと三食ご飯が食べられる生活に感謝。今の世界にはそれが出来ない人がいるというのに。

 そんな苦しい生活の中、三男アザエルが花嫁を迎える結婚式のシーンは雪の舞う中で行われていて実に美しかった。その結婚式とロシア軍とドイツ軍との戦いをカットバックで観せる幸せと死闘との映像が衝撃的であった。

 ラスト、沼を渡ったところで戦車を伴ったドイツ軍に追い詰められたトゥヴィアたちのもとへロシア軍から銃殺の危機にあいながらもズシュたちが駆けつけてくる。戦闘シーンは決して派手ではなくかなりリアル志向。この映画でドッカンバッカンの大爆発では興ざめだろうからこれで正解。戦闘後にドイツ兵から武器を奪っていくシーンがリアル。

 それから2年ビエルスキ・パルチザンは森に隠れ、最終的には12000人のユダヤ人が生活していたという。キャンプには病院、学校、保育所までは完備されていた。ユダヤ人はしぶといのだ。
 エンディングのその後の兄弟たちがどうなったかで、四男だけ紹介がなかったのが気になる。戦争中に死んだのか、戦後行方不明にでもなったのか。

basketcase3.jpg『バスケットケース3』(1992) BASKET CASE 3 90分 アメリカ SHAPIRO GLICKENHAUS ENTERTAINMENT

監督:フランク・ヘネンロッター 製作:ジェームズ・グリッケンハウス 音楽:ジョー・レンゼッティ
出演:ケヴィン・ヴァン・ヘンテンリック、アニー・ロス

『バスケット・ケース』シリーズもついに完結編。1作目の不気味なホラーっぷりはどこかへ行ってしまい、すでにコメディだ。

 前作で同じ体型の恋人が出来た兄貴だが、その恋人イブが妊娠した。フリークの館では出産できないとジョージア州のハル医師のところへ一行はスクールバスで行くことになる。その医師もフリークへの理解者だ。なにも全員で行くこともないと思うんだが、ルースが世話をしないとフリークたちは自分で食料を調達することも出来ないのだ。
 前作ラストで兄貴を再び自分の身体に縫い付けた主人公のドゥエインだが、兄はまた引きはがされ反省を求められて拘束衣を着せられ閉じこめられている。バスに乗っても「そうだ、兄さんは僕に嫉妬していたんだ。僕が格好良くてスタイルも良いから」と相変わらず勘違いしている始末。
 ハル医師の元にはルースの実の息子ちびハルがいた。彼もフリークで巨大な身体と何本もの腕を持っている。その腕で様々な発明品を作り出す天才児だ。
 さて、いよいよイブの出産が始まるが、白衣姿のハル医師をみた兄貴がハル医師に襲いかかる。昔、医師によって切り離された苦しい想い出があるとは言え、相変わらず兄貴昆虫脳。そして生まれた子供は一人、二人、三人、えっ十二人。兄弟で陪審員が出来る数が生まれてくるのである。しかも姿形は兄貴のミニチュア版。
 家を抜け出したドゥエインから100万ドルの賞金がかかった兄貴がハル医師邸にいることを知った保安官補二人が兄貴を連れ去りに屋敷に忍び込み、大量のフリークたちにビックリしてイブを射殺したあげくに十二人の赤ん坊たちを盗み出す。
 怒りに駆られた兄貴が警察署に乗り込み、保安官たちを惨殺しまくる。その中で赤ん坊の一人が地面に落ちて「ペチャッ」と潰れる。赤ん坊たちの救出は出来ずに逆に兄がショットガンで撃たれ怪我をする始末。しかし軽傷で済んだ兄貴は、反省して赤ん坊たちの叔父として兄貴に協力しようというドゥエインと一緒にチビハルに頼みある物を作ってもらう。
 保安官との約束で赤ん坊たちと兄貴を交換する夜の工場に現れた兄貴は、機械の足で立って鋼鉄の腕を持っていた。そうパワードスーツである。パワードスーツの圧倒的力で保安官を倒した兄貴。
 そしてルースはテレビショーに大量のフリークたちを連れて乱入するのだった。

 まず、どう考えても上半身しかないイブの体型に十二人の赤ん坊は収まらない。しかしなぜ十二人なんだ。十二使徒とか関係あるのか。単に1ダースで切りがよいからだけか。これだけ赤ん坊を出す意味がよく分からない。その後のシーンでも特に十二人が重要視されるシーンはないし。単なるギャグなんだろうか。
 兄貴が保安官たちを惨殺するシーンも特殊メイクは派手になっているのだが、首を絞めると風船のように膨れた頭部から目玉が飛び出す、噛みついて引っ張ると顔がギューッと伸びたり、頭が前後ろ逆になったりとこれもギャグにしか見えない。
 まともだと思っていた保安官の娘も両肩に「囚人はわたしの奴隷」とのタトゥーを入れ、拘置所内のドゥエインを鞭でひっぱたくSM娘。なんなんですかもう。
 終盤でルースがフリークたちを連れてバーガーショップに入って大量の注文をして、最後に店員が「お持ち帰りですか」というのは完全にギャグだ。どうせならルースには「いいえ食べていくわ」と返して欲しかった。
 そしてまさかのパワードスーツ。運転席がむき出しで危ないなと思っていたら、銃などで撃たれるととっさに装甲板が出てくる安全志向。ジョイスティックだけという昆虫脳の兄貴でも扱える簡単操作。1の段階ではパワードスーツまで出てくる騒ぎになるとは思わなかった。
 こうして奇形として生まれてしまった哀しみを描いた1作目から、フリークたちが大暴れするコメディまで変化してついに『バスケット・ケース』シリーズは完結したのであった。というか、これでは完結せざるを得まい。
 ちなみに『バスケット・ケース』には『常識的判断不能な病理』という意味があるそうな。まともな生活が出来ずに隔離病棟送りという奴です。そこまで深い意図があったのかは知りませんが、考えさせられます。

B00006JOXL.jpg『バスケットケース2』(1990) BASKET CASE 2 90分 アメリカ SHAPIRO GLICKENHAUS ENTERTAINMENT

監督:フランク・ヘネンロッター 製作:エドガー・レヴィンズ 製作総指揮:ジェームズ・グリッケンハウス 脚本:フランク・ヘネンロッター 撮影:ロバート・ボールドウィン 音楽:ジョー・レンゼッティ
出演:ケヴィン・ヴァン・ヘンテンリック、アニー・ロス、テド・ソレル、キャスリン・メイズル

 設定としては前作の直後なのだが、製作期間は8年空いているのでシャム双生児の弟ドゥエイン(ケヴィン・ヴァン・ヘンテンリック)は青年だったのが中年になってしまっている。

 前作のラストはホテルから飛び降りたところで終わっていたが、実は二人とも重傷を負ったものの無事に生きていた。見張りの警官を兄が始末して病院を抜け出したところを老婦人ルースと孫娘スーザンによって助けられる。
 ルースは兄弟の叔母の知り合いでフリークに理解を示しており、自宅にフリークを集めて隠れたコロニーを作っていた。そこで兄は自分と同じような奇形のフリーク女性と出会い恋に落ちる。一方、フリークだらけの館の中で自分だけがまともでそれが逆に異常なことだと悩む弟だった。

 フリークにとってはフリークだけが仲間である。『フリークス』(1932)にも似たこの思想の映画は、兄弟が館にいると気付いて取材を強行する新聞記者に攻撃としてぶつけられる。フリークは新聞記者たちを殺すことに何の躊躇も感じない。彼ら普通の人間は自分たちとは異質な存在だからだ。
 そして、兄と切り離されたことによってフリークから普通の人間になったドゥエインは悩む。自分は本当に普通の人間なのか、それともやっぱりフリークなのか。スーザンからは自分もあなたもここでしか生きられないと告げられ、愛したスーザンも実はフリークだったことを知る。最後は兄を身体に縫い付けて切断前の身体に戻る。やはり兄弟は二人で一人のシャム双生児のフリークだったのだ。

 製作総指揮に『エクスタミネーター』のジェームズ・グリッケンハウスが付いたことで前作より予算がアップしたようで、画質も向上しているし10人ほどのフリークたちが登場する。ものすごい出っ歯なフリークやカエル男、頭が縦に伸びた女性などなど個性豊かなフリークが画面を愉しませてくれる。ゴム人形のようだった兄貴の質感もましているが、特殊メイクとしてはあまり出来の良い物ではなく、ほとんど張りぼてみたいのもいる。ショッカーの怪人の様な連中だがこれもB級映画の楽しみの一つだろう。館はフリークたちの楽園となっていて、実に幸せそうに暮らしている。そんな彼らの生活をフリークだという理由だけで邪魔する方が悪い。

 そういえば兄貴は恋人とsexしてた。あんた下半身ないじゃん、チンチンあったのかよ。女性側も兄とほとんど同じ肉体構造だが足があるようなので女性器もあるのであろう。異形なものが絡み合うシーンは異常な光景ながらどこか官能的でもあった。

B002DGTAF0.jpg『パッセンジャーズ』(2008) PASSENGERS 93分 アメリカ TRISTAR

監督:ロドリゴ・ガルシア 製作:ケリー・セリグ、マシュー・ローズ、ジャド・ペイン 製作総指揮:ジョー・ドレイク、ネイサン・カヘイン 脚本:ロニー・クリステンセン 撮影:イゴール・ジャデュー=リロ プロダクションデザイン:デヴィッド・ブリスビン 衣装デザイン:カチア・スタノ 編集:トム・ノーブル 音楽:エド・シェアマー
出演:アン・ハサウェイ、パトリック・ウィルソン、デヴィッド・モース、アンドレ・ブラウアー、クレア・デュヴァル、ダイアン・ウィースト、ウィリアム・B・デイヴィス、ライアン・ロビンズ、ドン・トンプソン、アンドリュー・ホイーラー、カレン・オースティン、ステイシー・グラント、チェラー・ホースダル

 大規模な飛行機事故が発生し、生き残ったのは乗客5名だけだった。
 セラピストのクレア(アン・ハサウェイ)は集団セラピーで乗客たちの心の傷を癒やそうとするが、エリック(パトリック・ウィルソン)という男だけは個別のセラピーを希望する。
 セラピーを続けていく内に、航空会社が発表したパイロットのミスで事故が起きたのではなく、空中にいる段階で爆発や閃光があったとの意見が出てくる。そして謎の男がセラピーを監視しはじめ、患者たちが一人また一人と姿を消していく。
 そんな中、クレアとエリックは次第に引かれ会い、セラピストと患者の越えてはいけない一線を越え愛し合うようになってしまう。
 患者の失踪は真実が暴露されることを怖れた航空会社の陰謀なのか。謎は深まっていく。

 何を書いてもネタバレになってしまう書くのが難しい映画。航空会社に関わる社会派サスペンスを求める人は考え直して方が良い。まったく別種の映画だから。
 観終わってみると実に納得で、隣人が急に親しげになったこと、姉に全然連絡が付かないことなど細かな伏線が張り巡らされていたのに気付く。
 この作品は言ってみれば想いの物語。
 ある人を愛したこと、そしてある人から愛されたこと。その想いだけが真実に結びつく鍵なのだ。
 衝撃のラストのオチ系映画だが、途中でオチに気付いてしまう人もいるだろう。その程度の脚本。いろんな出来事が次々に起きるイベント系映画ではないので、展開はかなりゆっくり。中盤では退屈する人もいるかも知れない。患者が失踪し始めてからは何が起こっているんだと入れ込んでみることが出来るんだが。
 エリックを迎えに何度も何度もやってくる犬が可愛い。見た目は狼っぽくてちょっと怖いが、ご主人様のための健気さにグッとくる。
 頻繁に現れてはクレアに批判的なことを言う航空会社担当官(デヴィッド・モース)の役割も分かる。
 ギリギリ感動に持ち込むことに成功して映画は終わるが、細かいところを考えていくといくつか腑に落ちない点はあるが、そもそも精神世界の話だから。
 相変わらず世をすねた感じのクレア・デュヴァルが父母と対面するシーンは良かった。「ようやく会えたね」って感じで、これでクレア・デュヴァルの心の闇もほぐれるのではないかと思わせる。
 クレアを迎えに来たのが"叔母"と"子供時代の先生"と分かるシーンも良いな。

B001G9EC6W.jpg『ドクター・モローの島』(1977) THE ISLAND OF DR. MOREAU 99分 アメリカ AMERICAN INTERNATIONAL

監督:ドン・テイラー 製作:ジョン・テンプル=スミス、スキップ・ステロフ 製作総指揮:サミュエル・Z・アーコフ、サンディ・ハワード 原作:H・G・ウェルズ 脚本:ジョン・ハーマン・シェイナー、アル・ラムラス 撮影:ジェリー・フィッシャー 特殊メイク:ジョン・チェンバース 音楽:ローレンス・ローゼンタール
出演:バート・ランカスター、マイケル・ヨーク、バーバラ・カレラ、ナイジェル・ダヴェンポート、リチャード・ベースハート、ニック・クラヴァット

 うーん、昔テレビで観たのとラストが違うんだよなDVD版は。でもって、テレビ版の方が絶対良かった。

 嵐で沈没した船の救命ボートに乗った二人が太平洋の孤島に流れ着く。一人は何者かに襲われて死んでしまう。そこはドクター・モローが独自の研究を進める謎の島だった。
 ドクター・モローの研究とは人間のDNAを動物に注入することによって獣人を作り出すという物だった。それを知った救命ボートの生き残りの主人公ブラドック(マイケル・ヨーク)は反発するが、この島はドクター・モローが支配しており、反抗するなど出来なかった。
 ドクター・モローの間近にはマリアという美女がいて、彼女と恋仲に落ちた主人公は2年後にしか来ないという定期便を待たずに救命ボートを修理して二人で島を抜け出すことを考えつく。
 ところが、屋敷の外にはドクター・モローが失敗作として作り上げた半獣人がいて、それがあるきっかけでドクターに反抗し始めた。

 DVDだとドクター・モローによって獣人化された主人公がいつの間にか人間に戻っていて通りがかった船に救助されるというハッピーエンドで終わっている。
 しかし、オレが昔テレビで観たラストは実はマリアも博士が作り出した最高の獣人で、薬が切れて獣の顔になっているというバッドエンドだった。これは後者の方が絶対に良い。

 原作は『タイムマシン』で有名なH・G・ウェルズ。人間不審な彼らしく、獣を人間にしてしまったがゆえに起こる悲劇や、人間たちの勝手な行動にそれが表れている。ドクター・モローは理想家だが、それ故に他人や獣に与える苦痛をまったく考えない科学者らしい科学者だ。人間の自分勝手さと科学のためなら人間の感情すら無視してしまう。現代で言う遺伝子組み換えを19世紀末の小説で発表しているのは流石。
「何度実験してもどうして元に戻ってしまうんだ」という博士の言葉は、熊は熊でしかなく虎は虎でしかないという当たり前の結論。その物の外見を変えれても本質は変えることが出来ないのだ。人間の手で進化の過程をすっ飛ばすなんてことは出来るはずがないのだ。
 そのモローを演ずるのはバート・ランカスターで、所々何でこんな役を引き受けたんだと思わない点もないが、さすがの貫禄で狂科学者ドクター・モローを演じている。マッド・サイエンティストだが、この作品の中で一番理性的人物というのが逆に怖ろしい。
 監督は『新・猿の惑星』(1971)のドン・テイラーで大雑把な演出は相変わらず。獣人の特殊メイクは『猿の惑星』シリーズより進化していて、特殊メイクとした俳優の表情がちゃんと表れるようになっている。
 物語の終盤でこの獣人達が自分たちを裏切ったドクター・モローの館を襲撃するのだが、やたらと数が少ないのが玉に瑕。もっと大群で襲ってきたらかなりの迫力だったろうに。

B0026ZLD2Q.jpg『密殺集団』(1983) THE STAR CHAMBER 109分 アメリカ TWENTIETH CENTURY FOX

監督:ピーター・ハイアムズ 製作:フランク・ヤブランス 原案:ロデリック・テイラー 脚本:ロデリック・テイラー、ピーター・ハイアムズ 撮影:リチャード・ハンナ 音楽:マイケル・スモール
出演:マイケル・ダグラス、ハル・ホルブルック、ヤフェット・コットー、シャロン・グレス、ジェームズ・B・シッキング、ダイアナ・ダグラス

 法で裁けぬ悪を裁く、なんかそんな映画ばかり紹介している気がするが、今回は警官でも被害者家族でもなく高裁の判事が処刑人役というのが珍しい。

 若き判事ハーディン(マイケル・ダグラス)は今日の裁判も気が重かった。老婦人を連続強盗殺人した犯人が逮捕されたが、そのきっかけとなった証拠品の銃を刑事が入手した方法に不備があったため、証拠品として認められないという判決を出さねばならなかったのだ。銃という証拠を元に家宅捜索して奪った宝石などを見つけ犯人から自白まで引き出していたのだが、最初の銃が証拠として認められないと、それ以降の捜査活動も違法な証拠に乗っ取って行われたと言うことで無効となってしまうのだ。そして犯人だと明らかなのに釈放せざるを得なかった。
 児童ポルノ撮影で少年が誘拐され殺害された事件でも同じような結果になり、法の限界に悩むハーディンに学生時代の恩師コールフィールド(ハル・ホルブルック)が極秘に声をかけてきた。同じように証拠不十分などで釈放された悪党を私的裁判所を作ってそこで有罪の場合殺害しているというのだ。9人枠の判事に1人空きがあるからと私的裁判所に誘われたハーディンは仲間入りし、法では裁けなかった悪党を裁き始めた。私的裁判所で有罪が下ると、殺し屋に連絡が行き殺しが実行されるのだ。
 そしてハーディンは児童ポルノ事件の犯人を裁判にかけ有罪を勝ち取る。これであの憎き犯人の2人も殺される。しかし、直前になって2人は冤罪であり、真犯人は他にいることが明らかになる。しかし、処刑の指令はすでに下されていて取り消すことの出来ないことだった。そこでハーディンは2人に警告すべくスラム街を訪れる。

 法律というのは公平である。たとえそれが悪人であっても、法律に照らして証拠を得た過程が不正ならば無実なのだ。そんな馬鹿なと思うがそれが現実だ。アメリカの方が日本よりもその点厳格であると思う。逮捕する時にミランダ警告を犯人に告げなければ、その後の証言は無効になるとか犯罪者の権利を甘やかしすぎている。
 厳格にすればするほど法律には穴はあるのだ。その穴を付いてくる弁護士が憎らしい。彼らも商売でやっているのだが、時として一番の悪党に思える。これが無実の者を弁護する話になると一転してヒーローになるから不思議だ。
 その現実に倦んだ若き判事が本当の正義と思える場所へ足を踏み入れる。しかしそこは一部の者たちが自分たちの勝手な判断だけで有罪無罪を決める法も何もない独善的世界だったのだ。
 法が人を裁くか、人が人を裁くか。明確な基準がある分、法が人を裁いた方がいいのだ。自分たちに人の命を自由にする力があると思った時点で私的裁判所は傲慢で間違っていたのだ。

 マイケル・ダグラスが若い。まだ頬のたるみも少なくて若く正義に燃える判事を演じていて無理がない。最近のマイケル・ダグラスだとむしろ私的裁判所の黒幕っぽいが。パッケージではマイケル・ダグラスが銃を持っているので彼が悪党を殺していくように見えるが、劇中では銃を持つシーンは存在しない。
 ハル・ホルブルックは相変わらず味のある演技を見せてくれる。『ダーティハリー2』の件もあるし登場した途端、こいつには何かあるなと観客が勘づいてしまうがミステリーではないので問題ないだろう。
 本来なら社会派サスペンスになるところを力技でアクション映画にしてしまったのはピーター・ハイアムズ。彼らしく低い視点からのカーチェイスや、走り回っての追跡劇、ビルの爆破シーンがあったりする。ハーディンが階段から落ちそうになるシーンなんてまったく意味がない。本来の脚本から言えば不必要なシーンかも知れないが、これでこそピーター・ハイアムズ。

B000EOTJMW.jpg『バスケットケース』(1982) BASKET CASE 93分 アメリカ ANALYSIS FILM CORPORATION

監督:フランク・ヘネンロッター 製作:エドガー・レヴィンズ 製作総指揮:アーニー・ブルック、トム・ケイ 脚本:フランク・ヘネンロッター 撮影:ブルース・トーベット 音楽:ガス・ラッソウ
出演:ケヴィン・ヴァン・ヘンテンリック、テリー・スーザン・スミス、ビヴァリー・ボナー

 二重胎児という言葉がある。あるいは、結合双生児やシャム双生児と言ってもいいのかもしれない。一卵性双生児が細胞分裂する際に、分かれきれずに一体のまま生まれてくる子供たちだ。

 有名なのはベトちゃんドクちゃん。彼らは下半身を一つに共有する二つの上半身を持った結合双生児だった。
 映画で言うならばティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』(2003)に登場する北朝鮮のシャム双生児(ややこしいな)だろうか。映画のラストで、彼女らは普通の双子だと明らかになるわけだけれど。後はブラックコメディだがファレリー兄弟の『ふたりにクギづけ』(2003)なんかがあったな。『ボーン・アイデンティティー』シリーズのマット・デイモンがシャム双生児になって馬鹿なことをしまくるという日本でやったらクレーム間違いなしの映画だ。
 日本で一番有名な二重胎児は『ブラック・ジャック』のピノコだろう。彼女はあるやんごとなきお方の畸形嚢腫の中に人間のパーツがほとんど揃った状態でブラック・ジャックに切断の依頼が来た。畸形嚢腫の中には双子の妹(姉?)が入っており、これまで執刀しようとした医師をテレパシーで活動不能にしていたのだ。それを「ちゃんとした人間にしてあげるから」という条件でブラック・ジャックは執刀を許される。そして、畸形嚢腫から取り出したパーツと人工物のパーツを組み合わせてピノコを作り上げたのだ。だから、ピノコは幼い外見に関わらず時に大人的な者の考え方をする。人工物のパーツが使われているため、比重が重くて真水には浮けないというエピソードもある。身障者への気遣いでピノコのエピソードでも削られているのがあるとかないとか、嫌な世の中である。民主党政権になって変わるかな。変わんねぇだろうなぁ。
 二重胎児なんて面白そうなネタをスティーヴン・キングが放っておくはずがないわけで『ダーク・ハーフ』でちゃんと扱っている。この場合は完全に一人の少年に吸収されている形で、脳腫瘍として二重胎児が発見され除去される。ここで除去された片方は完全に死んだはずだが、そこはそれ一流ホラー作家ならではの腕前で一人の凶暴な男として現実に復活させる。
 昔、シャム双生児が見せ物だったころ、腰で繋がったシャム双生児がメジャーだったらしく、単なる双子を腰の繋がった衣装を着せて偽シャム双生児として見せ物に出されていたこともあったらしい。まぁ昔から一尺の大イタチってなもんで見せ物ってのはそんなもんだ。

 この物語の主人公は意に染まずに切断されてしまったシャム双生児の話である。弟は普通の人間なのだがその右脇から腰にかけて上半身だけの兄がくっついている。
 それを父親が医師に頼んで無理矢理切除してもらったのだが、ゴミとして捨てられた兄は生き延び、二人して父親を殺した。そして唯一の理解者の叔母の庇護の元、長年人里離れた家で暮らしてきたのだ。
 しかし、2人を守ってくれた叔母が死んでしまった。兄は弟に自分たちを切り離した医師たちへの復讐を申し出る。そして弟は兄を大きなバスケットケースに入れて医師のいるニューヨークにやってきたのだ。
 順調に復讐は進むが、その中で弟に彼女が出来てしまう。「弟は女とやってる。俺もやりたい」と考えた兄は上半身だけの身体で行動に出始める。大体がこの兄貴は難しいことは何も考えていない昆虫脳なのだ。

 身体障害者や精神障害者の性の問題が話題になっているというのを耳にしたことがある。精神障害者はちょっとおいておこう。
 身体障害者の場合、頭は正常でも性欲が溜まっても発散する場がないというのは実際大きな問題だろう。たかが性欲というなかれ、性欲、食欲、睡眠欲、人間の三大欲求の一つなのだ。手が動いて自分で処理することが出来る人は良いだろうが、両手がない人はオナニーすることすら叶わない。そこでセックスボランティアだどうだという話にまでなっていたが、そこまではここでは触れない。
 バスケットケースの兄貴の場合は両腕はあるが男性器がないのだ。分かりやすく言えばチンチンがない。性欲だけあってもチンチンがなければ射精しないし、射精しなければ性欲は満たされないのではないだろうか。弟の恋人の死体の上でヒクヒクと腰を動かしている兄貴の哀れさと言ったらもう......殺されちゃった恋人の方が悲惨だが。
 事故で局部、まぁチンチンを無くしてしまった人はどうなっているのだろうか。睾丸までなくなっているから性欲もなくなっているのか、それともちゃんと性欲はあるのか。ひょっとしたら性欲を抑える薬なんてのもあるのかもしれない。オレは長年病を患っているが飲んでいる薬の副作用の一つにネットで調べてみると"性欲の減退""射精困難"なんていうのがあったりする。でもね、性欲ないと良いよ、いろいろと楽で。美人でセクシーなお姉ちゃんを見てもなんとも思わない。男としては終わってると思うけどね。

 兄貴はバスケットケースに入ったままなかなか全身を現さない。期待を持たせる上手い手法だ。もっとも兄貴のSFXがちゃちくてなるべく出したくなかったんだろうけど。それでも中盤以降は兄貴モデルアニメーションなどで大暴れ。
 今観ればちゃっちいSFXだと思うよ。いや当時でもちゃちかったと思うよ。でも、ここに込められた作り手の心意気はどうよ。
 一心同体だったはずの2人が切り離されたことでテレパシーが通じなくなり、次第に他者になっていく悲しさ。そして全てを突き放すようなラストが来る。死の瞬間、2人は仲の良い兄弟でいられたのかな。

B001CJ0UXA.jpg『ミスト』(2007) THE MIST 125分 アメリカ DIMENSION FILMS

監督:フランク・ダラボン 製作:フランク・ダラボン、リズ・グロッツァー 製作総指揮:リチャード・サパースタイン、ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン 原作:スティーヴン・キング 脚本:フランク・ダラボン 撮影:ロン・シュミット クリーチャーデザイン:グレゴリー・ニコテロ、ハワード・バーガー プロダクションデザイン:グレゴリー・メルトン 編集:ハンター・M・ヴィア 音楽:マーク・アイシャム
出演:トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホールデン、アンドレ・ブラウアー、トビー・ジョーンズ、ウィリアム・サドラー、ジェフリー・デマン、フランシス・スターンハーゲン、アレクサ・ダヴァロス、ネイサン・ギャンブル、クリス・オーウェン、サム・ウィットワー、ロバート・トレヴァイラー、デヴィッド・ジェンセン、ケリー・コリンズ・リンツ

 これまで監督としてのフランク・ダラボンはこれっぽっちも認めていなかったのだが、ようやく面白い作品を撮ってくれた。観ていてものすごくイライラしてくる。良い意味でのイライラだ。心理状態も不安定になる。良い意味での不安定さだ。
 今回もスティーヴン・キングとのコンビで長らく映画化が待たれていた短編小説『霧』が原作である。

 ある嵐の翌日、主人公のデヴィッド・ドレイトン(トーマス・ジェーン)は妻を家に残し幼い一人息子と共にスーパーマーケットへ買い物に来ていた。
 そこへ突然「霧の中に何かがいる」と男が飛び込んできたことから事態は一転した。店は見る間に霧に包まれ、その中には奇妙な触手を持った生物や巨大な蚊、酸性の糸を吐く巨大な蜘蛛などがいて人々を襲い始めたのだ。人々はバリケードを作り店に立てこもったが、繰り返す怪物の襲撃に疲弊していく。
 客の中に妄信的キリスト教患者の中年女性(マーシャ・ゲイ・ハーデン)がいて、これは「神の与えた罰よ」などと騒ぎ立てる。最初は相手にもされなかったが、状況が悪化していくに従って信奉者が増えてくる。そして主人公たちが神を馬鹿にしているから神の怒りをかったのだと言い始める。
 キリスト教集団によるリンチで殺された軍人を見た主人公たちは、自分たちにも同じ危険性を覚えて脱出を決意する。

 人間の理性についての物語である。
 極限状態に置かれた時、しかもそれが想像だにできないような異常な状況だったときに人はどこまで理性を保てるか。理性に従って行動できるかが問われる。
 そして人間の理性は時にもろくいとも簡単に破壊されてしまう。異常な状況であればなおさらだ。
 理性が破壊された時に宗教に走る者もいるだろう。宗教の教えは完全と言うことになっているから、異常な状況下でもかっこたる寄る辺となりうる。たとえそれが真実であろうが単なる心の支えに過ぎなくてもだ。その宗教を信じた者は、信じない者を迫害する。自分が信じる宗教を信じない者を敵と見なすのだ。本来、人を救うはずの宗教が狂気の集団になっていく。
 オレは今、通常の状況下にいるから宗教に走った中年女性を笑い憎むが、自分があの店の中にいたとしたらどうだろうか。主人公と同じく理性を保てただろうか。正直自信がない。自暴自棄になりそうだ。単純に宗教オバサンを悪に仕立てて終わりな映画ではない。
 普通のハリウッドモンスター映画ならば一人の男がヒーローになってみんなを引っ張っていき敵を倒すのだろうが、この映画の主人公は単なるアーティスト。その割りには体格が良いが先導を切って戦うタイプではない。そんな普通な人々が店に立てこもるという意味では『ドーン・オブ・ザ・デッド』に少し似ているかも知れない。
 ラストは確かに衝撃的。衝撃的にするがための衝撃的という臭いがちょっとするのがフランク・ダラボンっぽいが、あそこまでの終末的光景を見た後ならばあの行為も納得できる。努力をすれば必ずハッピー・エンドが待っているのがハリウッド映画だが、最後の最後で諦めてしまったのがいけないのだろう。その証拠に霧の中に飛び出していった女性は子供と共に生きていた。最後まで懸命だったからだろう。単に皮肉としての演出かも知れないが。店に残った人間も助け出されるのだろう。だったら何のために脱出したのか。
 原作のまだまだこれから旅は続くというラストが一番好きだが、それなりに遜色のないラストになっている。
 ダラボン映画に常連のウィリアム・サドラーも最初は主人公に反感を持っていて、次いで仲間になり、最後には怪物の惨劇を目の当たりにして宗教に逝かれてしまうという複雑な役でいい味出してる。
 異世界から怪物が現れるという点ではクトゥルフ神話の系列。キングのクトゥルフ好きは有名で他にもクトゥルフ神話系の話を書いている。
 主人公のデヴィッドは映画のポスターを描くアーティストで、オープニングで描いているのはキング原作の『ダークタワー』のポスターらしい。『ダークタワー』の映画化はその壮大さから実際には不可能だろうが、もし映画化してくれたら嬉しいトップ3の一つである。

B001V9KBQ2.jpg『マックス・ペイン』(2008) MAX PAYNE 100分 アメリカ TWENTIETH CENTURY FOX
 
監督:ジョン・ムーア 製作:ジョン・ムーア、ジュリー・ヨーン、スコット・フェイ 製作総指揮:リック・ヨーン、カレン・ローダー、トム・カーノウスキー 脚本:ボー・ソーン 撮影:ジョナサン・セラ プロダクションデザイン:ダニエル・T・ドランス 衣装デザイン:ジョージ・L・リトル 編集:ダン・ジマーマン 音楽:マルコ・ベルトラミ、バック・サンダース
出演:マーク・ウォールバーグ、ミラ・クニス、ボー・ブリッジス、クリス・ブリッジス、オルガ・キュリレンコ、アマウリー・ノラスコ、クリス・オドネル、ドナル・ローグ、ケイト・バートン、ラザフォード・グレイ、ジョエル・ゴードン、ジェイミー・ヘクター、ネリー・ファータド、アンドリュー・フリードマン

 銃撃戦がバリバリの映画かと思ったら、実際に本格的な撃ち合いがあるのは終盤30分ぐらいだった。

 主人公の刑事マックス・ペイン(マーク・ウォールバーグ)は製薬会社に勤めていた妻とまだ幼い息子を家に侵入してきた不審者に殺されていた。たまたま同時刻に帰ってきたマックスは3人組の内2人は撃ち殺したが1人には逃げられた。以来、彼は復讐の鬼となっている。
 異常な行動から殺人課を外され未解決事件班という閑職に追いやられながらも、逃げた一人の情報を求め駆けずり回るマックスの前に不思議な幻影を見る男たちが現れる。その幻影とは翼の生えた悪魔のようなものだ。それにはある麻薬が関わっているようなのだが。
 警官時代は父の元同僚で今は製薬会社の警備顧問をやっているBB(ボー・ブリッジス)の協力を得て捜査を進める内に、麻薬の正体が明らかになる。

 悪魔のイメージが映し出されるものだから、これはてっきり人間対悪魔の対決に発展していくのかと大袈裟なことを考えたが、単にヤク中の妄想だった。しかもストーリーにはほとんど関係ない。それだけのことにあれだけ凝った映像のシーンを使う意味があるのだろうか。観客のミスリードを誘っているのか。

 マーク・ウォールバーグは『ディパーテッド』(2006)でアカデミー助演男優賞にノミネートされたにも関わらず、演技派の方向に走らずに『ザ・シューター/極大射程』(2007)や『ハプニング』(2008)など娯楽映画路線を突っ走ってくれて嬉しいことである。次回作はピーター・ジャクソン監督作だそうじゃないか。今作でも眉間に二本の縦じわを深く彫り込んでひたすら悩み苦しみ続けながらひた走る。
 冬が舞台設定で、時折舞い降りる雪が美しい。多くは実際の雪ではなくSFXによるものだろうが、その作り物めいたところも含めて美しい。

 終盤のアクションシーンはどこかで観たことあるような感じは否めないが、高速度撮影によるスローモーションを上手く活かしていて迫力がある。特にマックスのショットガン連射は腹にズドンと来る衝撃だ。
 元はビデオゲームだそうで、それを意識してかほんの数カットだけFPS風画面があるのには笑ってしまった。
 それにしてもマックスが殺しているのは麻薬工場のシーンはともかく、製薬会社に乗り込んでから倒しているのは悪人でもなんでもないごく普通の警備員なんだよな。可哀想に。麻薬工場のシーンでボス役があっさりやられてしまったのは減点対象。
 製薬会社ビルの爆破シーンは迫力があった。巨大なコンクリートの塊が地面に落下してきた時はドキッとしてしまった。

 アクション映画には先日紹介した『パニッシャー:ウォーゾーン』もそうだが、家族の仇討ちをするというストーリーは少なくない。
 それだけ司法が当てにならないということだろうか。映画的には残された家族本人が仇を討つというのが一番絵になるからといってしまうと身も蓋もない。
 日本の時代劇でも仇討ちは定番だし、『スター・ウォーズ』だって最初は父の仇ダースベーダーを倒すというのも目的だったはず。仇討ちは人の心を捉えるストーリーなのだ。もし実際にオレの家族が何者かによって惨殺されたらどうするだろう。銃を手に入れ復讐に向かうだろうか。いや、やはり警察に任せるだろう。現実は映画や小説のようにはいかないのだ。
 ストーリーは説明不足な点が多く、超人を作る麻薬の謎も分かったような分からないような感じ。被験者の1%にしか効かず後は廃人になってしまうのならば効率が低すぎるだろう。最終的な悪も倒されないまま。続編を作る予定なのか。

B001V9KBQC.jpg『バビロン A.D.』(2008) BABYLON A.D. 101分 アメリカ/フランス/イギリス TWENTIETH CENTURY FOX

監督:マチュー・カソヴィッツ 製作:イーラン・ゴールドマン 製作総指揮:アヴラム・ブッチ・カプラン、デヴィッド・ヴァルデス 原作:モーリス・G・ダンテック 脚本:エリック・ベナール、マチュー・カソヴィッツ 撮影:ティエリー・アルボガスト プロダクションデザイン: ソーニャ・クラウス、ポール・クロス 編集:ベンジャミン・ヴァイル 音楽:アトリ・オーヴァーソン
出演:ヴィン・ディーゼル、ミシェル・ヨー、メラニー・ティエリー、ランベール・ウィルソン、マーク・ストロング、ジェラール・ドパルデュー、シャーロット・ランプリング、ジェロム・レ・バンナ、ジョエル・カービー、ダヴィッド・ベル

 最近パッとしなかったヴィン・ディーゼル主演の近未来SF映画。これがまたパッとしない。
 そもそもストーリーがよく分からない。ヴィン・ディーゼル演ずる傭兵がロシアからニューヨークまで一人の少女とお付きの女を運ぶことになるのだが、この少女の設定がイマイチ分かりづらい。

 30年前のロシアの原子力潜水艦を捜査したり、生まれて2歳で19カ国語を話していたという謎の経歴の持ち主。その正体はある教団が奇跡を示すために科学者に命じてスーパーコンピュータで胎教して生まれた時から全ての知識を持っているというのはまだ分かるのだが、なぜか突然双子を処女懐妊して、しかも超能力を発揮して目の前で爆発した小型ミサイルからバリヤーを張る。さらにウイルス保菌者でそのウイルスが金になるらしい。もうなんでかな。意味が分からない。彼女の出生の秘密も教団の陰謀もすべてごちゃごちゃのスパゲティ状態だ。
 近未来のロシアは荒廃して武器売買が道ばたで平気で行われている荒れた世界で好みだが、ニューヨークはブレード・ランナーの世界から雨を引いたようないかにも近未来な世界観だし、ゴーグルやモニターなど近未来ガジェットのデザインもイマイチ垢抜けない。
 SFをやるのはいいが、それっぽいことをやっているだけで細部を手抜きしているからSFモドキにしかなっていない。
 ヴィン・ディーゼルと中国人レスラーの戦いもあるが、ただ絡み合っているだけで格闘戦の醍醐味が感じられない。

 近未来世界を一人の少女を守って旅をするというプロットは良いのだが、それを活かし切れていない。なんでも監督曰く脚本状態から半分ほどに削らされたそうだから説明不足な点が多いのも仕方ないのかも知れない。
 銃撃戦がちょっと面白いが、目新しい点はない。爆破シーンなどは真に迫っている。大雪原でのスノーモービルに乗りながらの無人戦闘機との戦いはかなり燃える。三人が移動している最中のアクションシーンは悪くない。
 悪いのはそれがストーリーと結びついていないことだ。ストーリーは意味不明のままドッカンドッカンとアクションだけが弾けている。
 せっかくミシェル・ヨーを出演させておきながら、彼女のアクションがほとんどないというのも納得いかない。
 最後まで敵との決着は付かないが、これは続編があると言うことではなく、あいまい決着と言う奴だろう。教団は少女を諦め、双子を託されたヴィン・ディーゼルの戦いは続くのだ。ラストとしてはかなりひどい結末である。監督とFOXがもめたというから、これもそのせいなのだろうか。大風呂敷を広げるだけ広げてまとめられなかったといったところである。
 結局なにが"バビロン"で"A.D."だったのかよく分からないまま映画は終わる。キリスト教徒なら分かるのか?

 守られる少女役のメラニー・ティエリーはどことなく『フィフス・エレメント』のミラ・ジョボビッチを思わせる。浮世離れした天使めいた印象だ。
 ヴィン・ディーゼルは例によって筋肉モリモリの男臭さを匂わせている。ややこしい映画に出ないで素直なアクション映画が似合う人なんだと思う。
 教団の女性ボスがシャーロット・ランプリング。この人が一番迫力があった。

B001NABQ2C.jpg『パニッシャー:ウォー・ゾーン』(2008) PUNISHER: WAR ZONE 103分 アメリカ LIONSGATE

監督:レクシー・アレクサンダー 製作:ゲイル・アン・ハード 製作総指揮:オリヴァー・ヘングスト、エルンスト=アウグスト・シュナイダー、アリ・アラッド、オグデン・ギャヴァンスキー、マイケル・パセオネック、ジョン・サッキ 脚本:ニック・サントーラ、アート・マーカム、マット・ハロウェイ 撮影:スティーヴ・ゲイナー 視覚効果監修:ロバート・ショート プロダクションデザイン:アンドリュー・ネスコロムニー 衣装デザイン:オデット・ガドーリー 編集:ウィリアム・イェー 音楽:マイケル・ワンドマッチャー 音楽監修:ダン・ハバート
出演:レイ・スティーヴンソン、ドミニク・ウェスト、ジュリー・ベンツ、コリン・サーモン、ダグ・ハッチソン、ダッシュ・ミホク、ウェイン・ナイト、マーク・カマチョ、ロマーノ・オルザリ、ケラム・マレッキ=サンチェス、ラリー・デイ、ロン・レア、トニー・カラブレッタ、T・J・ストーム、デヴィッド・ヴァディム

 ドルフ・ラングレン主演の1989年版、トム・ジェーン主演の2004年版に続く3度目の映画化である。それぞれ前作は「なかったこと」になっているのでマーベルコミック上はこれが最初の映画化である。

 とにかくバイオレンス描写がハンパではない。ナイフで首を斬る、足で首をへし折る、顔面パンチで顔を粉砕、もちろん銃も使いまくり。アサルトライフルからサブマシンガン、ハンドガンと状況に応じて使い分け、相手の足をブチ折ったり、顔面破壊なんてのはザラ。グロ描写満載でこれは暴力描写が苦手な人にはお勧めできませんな。

 ストーリーは過去にマフィアによって家族を皆殺しにされたパニッシャーことフランク・キャッスル(レイ・スティーヴンソン)がマフィア狩りをする話。顔が自慢のビリーというマフィアを空きビンを潰して割る機械にかけ命は取り留める物の顔面がズタズタに。その後、ビリーはジグソウと名乗るようになる。この際に、パニッシャーはビリーのところに潜入捜査していたFBI捜査官を撃ち殺してしまう。深く悩むパニシャーはもうパニッシャー稼業は辞めてどこか田舎に引っ込もうとするが、パニッシャーに恨みを持つジグソウがFBI捜査官の家族とパニッシャーの武器担当の相棒マイクロを人質に取り、ストリートギャングに金をばらまいてパニッシャー討伐隊を作り上げる。
 敵の待ち受けるビルに、人質を助けるために突入するパニッシャーは無事に事件を解決することが出来るのだろうか。

 悪を倒すためならば暴力は許されるのかが一つのテーマだ。この作品としては「それはあり」ということらしい。地元のニューヨーク警察もあまり真面目にパニッシャー捜査をやっていないし、それどころか事実上黙認状態だ。
『狼よさらば』で同じニューヨークを舞台にポール・カージーが街のダニ退治をやった時とは大きな待遇の差だ。これは街のダニかマフィア退治かによるものだろうか。それとも時代の差だろうか。オレは時代の差だと見る。世の中は確実に暴力的になっているのだ。 ジグソウがストリートギャング相手に演説をかまして討伐隊を募るシーンではバックに巨大な星条旗が波打っているのが笑える。ストリートギャングをやるのも自由、人を殺すのも自由、アメリカは自由の国なのだ。
 ラストの戦いがしょせんストリートギャング相手なのであまり強くなく盛り上がりに欠けるのが残念。ジグソウの弟のルーニー・ビン・ジムも精神病院で拘束されていたぐらいなのに大した活躍をしない。ものすごい身体能力を持っているのかと思わせておきながらちょっと強いぐらい。拍子抜けである。ルーニー・ビン・ジムとパニッシャーは肉体による格闘戦を行うが、これが力技ばかりの美しさに欠けるもの。昨日紹介した『トム・ヤム・クン!』を見習って欲しいものである。その分、銃器描写で補っているとは言えるのだが。
 FBI捜査官を殺してしまったことに気づいた時のパニッシャーが相変わらずの無表情で、本当に苦しんでいるのか反省しているのかがよく分からない。これは大きなマイナスだと思う。アメコミ物は主人公の苦悩が付き物だが、パニッシャーの苦悩が伝わってこない。そのせいで、FBI捜査官の家族が人質に取られてもどれだけ心配しているかが分からない。
 終盤、パニッシャーに弾が一発だけ入った銃を渡して、FBI捜査官の娘とマイクロにそれぞれ別の者に銃を向けさせてジグソウが「さあ、お前に一人だけ助けるチャンスをやろう」のシーンであんな処理の仕方をするとは思わなかった。普通ならばなんとかして......のところなのに。ここは感心。
『パニッシャー』の本筋である家族の復讐がほとんど描かれていないのがマイナスか。

 監督のレクシー・アレクサンダーは実際に空手の元世界チャンピオンだったという経歴を持つドイツ人女性だそうだ。製作を同じく女性のゲイル・アン・ハードが務めているのもなんとなく納得。

B000GJ0MTO.jpg『トム・ヤム・クン!』(2005) TOM YUM GOONG 110分 タイ SAHAMONGKOLFILM INTERNATIONAL

監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ アクション監督:パンナー・リットグライ 製作:プラッチャヤー・ピンゲーオ 撮影:ナタウット・キッティクン
出演:トニー・ジャー、ペットターイ・ウォンカムラオ、ボンコット・コンマライ、チン・シン、ジョニー・グエン、ネイサン・ジョーンズ

『マッハ!』(2003)でアクション映画好きをあっと言わせたトニー・ジャーが帰ってきた。作品名もタイ映画と分かりやすく『トム・ヤム・クン!』。その名に通りに辛くて刺激的な映画だ。

 タイに住む父子が駆っている親象子象の2頭が密輸組織によってオーストラリアに連れ去られてしまう。主人公のカームは象を取り戻すため、単身オーストラリアに乗り込む。誰がいったいなんの目的で象を密輸したのか。意外な事実が明らかになると同時に、カームは事件に巻き込まれ強敵と戦うことになる。

 現金とか黄金、麻薬、ウイルスなどを巡るアクション映画は多いが象というのは珍しい。オレが知っているのではこの映画だけだ。この象がかわいいー。インド象なのでアフリカ象のように荒々しくなく、つぶらな瞳でこちらを見つめてくるのだ。カームが子供時代に親象の牙に抱きかかえられるように運ばれるシーンなど印象的だ。

 そして格闘シーンがてんこ盛り。
 なかでも円柱状の吹き抜けビルを昇りながらの1カット長回しシーンがスゴイ。オレのDVDプレーヤーの時間表示だと1時間1分47秒から始まって1時間5分43秒まで続く。およそ4分間のノンストップアクション。さすがにこのカットだと凝ったアクションはないが、次から次へと襲いかかってくる敵をちぎっては投げちぎっては投げしながらビルを昇っていく。よくこんなシーンをやろうと考えたもんだ。さすがに最後の方になるとカームがちょっと息切れしているのが微笑ましい。そして最上階でカームが見た物は、希少動物を食べるゲテモノ食い倶楽部だった。象もここで食われてしまったのか?

 他にはカポイエラ、クンフー、プロレスとの異種格闘戦がある。カポエイラはかなり本格的で、足場に水がたまったシーンなのに軽快なステップでカームを追い詰めてくる。
 クンフー男は青竜刀で迫ってくる。素手のカームがどう戦うかが興味深いと思っていたら、銅鑼を叩く棒を手にとって戦い始めた。一流の戦士は武器の使いこなしも一流なのだ。
 そしてプロレスラーとの戦いでは父が前々から言っていた「象にも弱点がある」がヒントとなる。それは足だ。足の腱を切られてはさしもの巨体の象も身動きが取れなくなってしまう。
 打撃系だけではなく関節技も多用して一撃で相手の動きを封じる。折れる骨、砕ける関節、ブチ切れる腱。結局カーム1人で100人ぐらい倒している。集団を相手にするシーンが多いせいか、1カットが長目で最近の『ボーン』シリーズなどハリウッドのカット多用にちょっとうんざりしている身にはちょうど良い感じだ。

『マッハ!』のヒットでお金が出来たのか豪華オーストラリアロケを敢行している。実際にはタイで撮っているシーンもあるんだろうが、大した出世だ。
 ラストは敵の本拠地に子象を連れて親象を返せと殴り込み。象を連れた殴り込みも始めて見たな。
 悪役が本当に憎たらしいのでそれをバシバシとやっつけていく様は実に爽快である。ラストなんてほんと無茶。飛ぶかー!?
 警察内部のごたごたや悪党の後継者争いなど話に無駄な部分が多いのが気になる。無駄というか活用されていない。とはいえ象を返せだけで110分の映画にならなかったのだろう。
 ストーリーは気にするな。アクションを観て驚け、燃えろ!
 それにしても冒頭の空港でジャッキー・チェンのそっくりさんとぶつかるシーンはなんだったんだろ。
 CG使ってますが、アクションシーンではなく太古の戦いを表現したシーンです。PS2のゲームみたいなCGですが。
 トニー・ジャーの次回作の話しを聞かないんだけどどうなっているんだろう。新作待ってるよ。

B00006AUWB.jpg『U.M.A. レイク・プラシッド』(1999) LAKE PLACID 82分 アメリカ PHOENIX PICTURES

監督:スティーヴ・マイナー 製作:デイビッド・E・ケリー、マイケル・プレスマン 製作総指揮:ピーター・ボガート 脚本:デイビッド・E・ケリー 撮影:ダリン・オカダ クリーチャーエフェクト:スタン・ウィンストン プロダクションデザイン:ジョン・ウィレット 編集:マーシャル・ハーヴェイ、ポール・ハーシュ 音楽:ジョン・オットマン
出演:ブリジット・フォンダ、ビル・プルマン、オリヴァー・プラット、ブレンダン・グリーソン、ベティ・ホワイト、メレディス・サレンジャー、マリスカ・ハージティ、デヴィッド・ルイス

 コミックの『勝手に改蔵』で"予告編は面白そうだった映画(クメタ総研調べ)BEST1"として堂々と上げられていたのがこの作品UMA。改蔵いわく「『UMA』なんてどんなすごい未確認生物が出るかとワクワクしてたら、ただの大きいワニですよ!!」なんだそうである。
 もっとも『U.M.A(未確認生物)』なんてタイトルを勝手につけてしまったのは日本の配給側東宝東和で、原題は『LAKE PLACID(静かなる湖)』で人食いワニ映画というのがそもそも向こうでは売りだったそうだ。東宝東和は平気でこういう事をやってくれるから困るし嬉しい。
 路線としてはこれまでも続編の『U.M.A レイク・プラシッド2』など何作か紹介してきた人食いワニ映画だが、水中に住み人食い動物物ということで基本的にはジョーズの延長線上にある。水面下から、水面を泳ぐ人を捉えたカットは定番だ。

 フォンダ一族のブリジット・フォンダ、インデペンデンス・デイの戦う大統領役のビル・プルマン、『エグゼクティブ・デシジョン』のエンジニア役などのオリヴァー・プラットなど意外に豪華なキャスティングの映画でもある。特にニューヨーカーの博物館員役のブリジット・フォンダなんてこんな映画にも出てたんだ。

 犠牲者の数としては少ないが、ワニが犠牲者をバクバク食う食う。下半身だけ食べたり頭だけ食べたり、食べ放題である。
 序盤では、太古の恐竜が生き残っている可能性がとか言っているがあっと言う間に正体がワニだと分かる。ブリジット・フォンダの仕事は古生物学者なのでワニと分かった時点でお役ご免な気もするが最後まで付き合う。印象薄いけど。
 オリヴァー・プラットは大金持ちの変人でワニを神とあがめている。変人だけに面白いキャラクターで、天敵の地元保安官とのやり取りが可笑しい。水上ヘリコプターを所有していて、それでワニが生息している湖の上を飛び回る。ヘリコプターのブイをワニに囓られて飛ぶに飛べないシーンは『ジョーズ2』のオマージュだなきっと。
 ビル・プルマンは印象が薄い。まぁこの人はいつも薄いんだが。終わってみるといたなぁという感じ。顔は濃いんだけどね。

 とにかくワニの現れるタイミングが絶妙。こいつ絶対間を読んでやがるなと思う。ボートをドッカーンとひっくり返したり、ヘリにズドーンと飛び込んできたりと、来るな来るなと思っているところで出てくるのでビックリ度数が倍になる。リアクション芸人になれば大成間違いなしだと思うんですよこのワニ。しかもデカい、やたらとデカい。全長10メートルでなおかつ動きが素早い。強敵だ。こんなのを相手に人間はどう戦ったら良いんだ。
 しかしどうにかこうにかヘリに身体を突っ込んで身動きが取れなくなったワニに麻酔を撃ち込んで眠らせホッとしたところで二匹目のワニが!!ピンじゃなくてコンビだったんだ、こいつら。
 ワニの内、一匹は小型ミサイル(でもショットガンで発射する)で吹き飛ばし、10メートルの巨大ワニは博物館で飼うことに。でも餌代だけで大変そうだ。しかもこのワニ、アジア原種らしいのだがどこからどうやってメイン州の湖にやって来たかは一切の謎。別に語るつもりもないんでしょう。

 巨大人食いワニ映画としては並みの出来。それほどショッキングな惨殺シーンはないし、『ジョーズ』シリーズがいけるなら観ても大丈夫。
 脇役だけど保安官が割と良い味を出しているのもお薦めする点。主人公のブリジット・フォンダとビル・プルマンよりよっぽどキャラが立っている。
 ワニに餌をやって飼い慣らして育てたのは一人のバアさん。二匹のワニとも湖からいなくなったわけだけど実は......なエンディングはホラーやパニック映画だとお約束か。

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