『荒野の七人』(1960) THE MAGNIFICENT SEVEN 128分 アメリカ
監督:ジョン・スタージェス 製作:ジョン・スタージェス 共同製作:ルー・モーハイム 製作総指揮:ウォルター・ミリッシュ 原作:黒澤明、橋本忍、小国英雄 脚本:ウィリアム・ロバーツ、ウォルター・バーンスタイン 撮影:チャールズ・ラング・Jr 音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:ユル・ブリンナー、スティーヴ・マックィーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、ロバート・ヴォーン、ホルスト・ブッフホルツ、ブラッド・デクスター、イーライ・ウォラック、ウラジミール・ソコロフ、ロゼンダ・モンテロス、ビング・ラッセル
原題の『THE MAGNIFICENT SEVEN』の"MAGNIFICENT"には"壮大な、雄大な"か口語で"すばらしい、見事な"といった意味があるようだ。『壮大な七人』では映画に合わないから『すばらしい七人』の方が的確だろう。もっとくだけた言い方をすると『すっげー七人』?
黒澤明の『七人の侍』のリメイク権を買って製作された正式リメイクであることは今さら言うまでもないだろう。両方の作品を比較することにさして意味があるとは思えないのでやらないが、少しだけ言っておくと士農工商という身分制度のあるなしと『荒野の七人』の128分に対して『七人の侍』の207分という上映時間の差から、菊千代に関するエピソードがごっそりと削られている。それにしても『七人の侍』の207分は長すぎ。
メキシコの小さなその村はトウモロコシの栽培などで生計を立てている寒村である。その寒村に収穫時期になるとカルヴェラ率いる無法者の集団がやってきて収穫物の大半を奪っていってしまう。保安官に訴え出てもそんな田舎の村にいつ襲ってくるか分からない無法者には対応できないと冷たくあしらわれてしまう。
そこで村の長老が思いついたのは、腕利きのガンマンを雇って村を守ってもらおうというものだった。代表の三人がアメリカの村に行って見たのは、インディアンの死体を反対する住人からの銃撃にあいながらも反撃しながら墓場まで霊柩車の馬車を操って運ぶ二人の男だった。一人は黒ずくめのクリス(ユル・ブリンナー)、もう一人はヴィン(スティーヴ・マックィーン)だった。
クリスに相談した三人は協力を得ることに成功する。ただ、この仕事は一人では無理だと分かりきっているのでクリスは仲間を集め始めた。最終的に七人の仲間が揃い村に到着した。
石塀や網などの罠を仕掛けながら、村人を訓練するクリスたち。そしてついにカルヴェラが襲ってきた。
七人のキャラクターが素晴らしく、それだけで成功している。まさに『すばらしい七人』である。
始終険しい顔をしたクリスは司令官役で、作戦を考えみなに指示を与える。それでいて戦闘が始まれば一発必中の銃の腕の持ち主だ。裏切りにあっても恨み言を言わず、自分の責任を果たそうとする武士的存在である。他のキャラクターには『七人の侍』の武士的存在はいないが、オリジナルの志村喬のイメージを受け継いでいる。後にマイケル・クライトン原作・監督の『ウエストワールド』でこのクリスというキャラのセルフオマージュをやっていた。
クリスの頼もしい相棒ヴィンはスティーヴ・マックィーンのジャガイモのような顔でユル・ブリンナーの冷静さを保ったキャラとは異なる多少悪ガキっぽいイメージとなっている。たとえ話でジョークを言ったり、おどけた仕草もするが銃を抜けば超一流。クリスと共に生き残る数少ないメンバーの一人である。
クリスに「今何人だ」と尋ねてクリスが指を一本立てると、指を二本立てて返すシーンなどしびれまくりである。
この前年には同じくジョン・スタージェス監督の『戦雲』(1959)に出演しておりその縁もあったのであろう。割と誤解されているようだが、マックィーンのフィルモグラフィーにおいて『荒野の七人』はかなり初期の作品である。まだ海のものとも山のものともつかないマックィーンを七人の中でも重要人物に据えたのは製作も兼ねているジョン・スタージェスの意向が大きかったのだろう。
そして我らがチャールズ・ブロンソン演ずるオラリー。いきなり薪割りをしているシーンからの登場である。この斧の振り方が腰が入っていていかにも付け焼き刃で薪を割ってんじゃねーんだ。昔からずっと割ってんだよ。というブロンソンの肉体労働色を前面に打ち出している。どうやらあちこちで何とか一家を全滅させて賞金をもらっていたりと実力のある人物らしい。
ブロンソンも『戦雲』出演組。それまでのフィルモグラフィーには初主演作の『マシンガン・ケリー』(1958)以外にさして見るべき物はなくこれまた大抜擢。初期のブロンソンなのでまだトレードマークの口ひげは生やしていない。っていうかいつから生やし始めたんだ?
メキシコ人とのハーフという設定からか妙に村の子供3人組に懐かれて、「オジさんが死んだらお墓に毎日花を添えて、お祈りしてあげるよ」と戦闘中に言われて閉口している。そして自分に憧れる子供たちに「お前達のお父さんの方が偉いんだ。毎日暗くなるまで畑で仕事をして家族に対する責任を墓に入るまで持っている。俺にはそんな勇気はない」と諭す。
最後は子供たちをかばって命を落とす。泣けるよ。
妙に銃を撃つ姿勢がいいのがジェームズ・コバーンのブリット。ナイフ投げの達人でもある。セリフはほとんどなくてあまり何を考えているのかよく分からないキャラクターである。しかし手足が長いなー。
ジェームズ・コバーンもデビューして2作目で、こうしてみると今になって振り返ると有名俳優揃いなのだが当時はユル・ブリンナー以外は新人で固めていたのが分かる。そう考えるとこのキャスティングはすごい。人を見る目がありまくりである。
最後に投げたナイフが岩壁に刺さって揺れているシーンはこれまた泣ける。
ナポレオン・ソロことロバート・ヴォーンも仲間の一人だ。といっても『ナポレオン・ソロ』シリーズに主演する前でこれまた新人のようなもの。つねに黒い革手袋をはめていてなにやら過去がありそうな男だ。それを言ったら七人の全員が何らかの過去があるのだが、それは明らかにはされない。しかし観客はその過去を感じる。ジョン・スタージェスの上手いところである。
悪夢にうなされて泣き叫んだり、テーブルの上の三匹の蝿を一匹しか掴めなくなったと自らの衰えを感じ始めているが逃げることなく最後まで立ち向かっていく。
実年齢では大差ないが、ユル・ブリンナーと並んで一人年上さを感じさせる。
死に方はせつない。泣けはしないけど。
ちなみに、後にロジャー・コーマン製作の『宇宙の七人』(1980)でほとんど同じキャラを演じていた。ふざけてんなーこの。好きだぞそーゆーの。
昔は農民だったという菊千代の要素と、村娘とくっついちゃって村に残って農民になるという若侍のキャラを持つチコを演じたホルスト・ブッフホルツについてはとくに語ることはない。その後もたいして売れなかったし、このメンバーの中では格段に落ちる。
だが若くて色男なので当時の劇場では女性の歓声を浴びていたのかも知れない。
七人の中で一番地味なのがクリスの古い友人ハリー役のブラッド・デクスター。傑作『東京暗黒街・竹の家』(1955)にも出ているらしいんだけど誰だったかな。
他の6人が報酬目当てでなく参加しているのに対し、ハリーはクリスが隠しているだけで金山とか宝石などのお宝が関わっているに違いないと考えている。
ラストで、村人の裏切りに遭い村を追放された七人のうち六人が村に引き返してカルヴェラを倒そうと男のけじめをつけにかかる。そんな中、一人「やってられっか」と逃げ出すがクリスがピンチになった時に駆けつけて大活躍......せずにあっさりやられる。そしてクリスから嘘の金鉱の話しを聞かされて納得して死んでいくのだ。だがオレは思う、ハリーは「やっぱり金があるんだろう」という理由で戻ってきたのではなく奴も男だったからだ。最後に金の話を尋ねたのは自分を納得させたかったからで、本当は金のことなんかどうでもよかったんだろう。
そしてこの大人数を主役に据えて使いこなすジョン・スタージェスの能力と大半のキャスト、そしてエルマー・バーンスタインの軽快な楽曲が脱走映画の代表格『大脱走』(1963)を生み出すことになるのだが、それはもうちょっと先の話になる。