『殺人鬼』(1983) 10 TO MIDNIGHT 97分 アメリカ
監督:J・リー・トンプソン 製作:パンチョ・コーナー、ランス・フール 脚本:ウィリアム・ロバーツ 撮影:アダム・グリーンバーグ 音楽:ロバート・O・ラグランド
出演:チャールズ・ブロンソン、リサ・アイルバッハー、ジーン・デイヴィス、ウィルフォード・ブリムリー、アンドリュー・スティーヴンス、ジェフリー・ルイス
この時期にしてはキャノン・フィルム作品ではないので、アクション重視ではなく、サイコな殺人鬼を相手に廻したサイコ・サスペンスとなっている。
ロサンゼルスでは連続殺人鬼が人々の命を奪っていた。この殺人鬼は青年で、殺害時には服を全部脱いで全裸になって犯行を行う。衣服に証拠がつかないようにというのが表向きの理由だが、きっと全裸になる事で興奮するために違いない。まったく変態なんだから。
殺された女性が付けていた日記から知り合いの青年が浮かび上がり、捜査は進むがなかなか尻尾を出さない。
こうしている間にもまた犯行を犯して人が殺されるかもしれないと怖れたロサンゼルス市警の刑事ブロンソンは鑑識から被害者の血を盗む出して青年の衣服にこっそりと塗りつけた。これで裁判で有罪に持ち込めるはずだったが、証言をする事になっていたブロンソンの相棒の若い刑事が証拠の捏造に気付いてしまい、警官としての正義感から証言を拒否する。
こうして起訴は取り下げられ、青年はまた自由の身に。
だが、これで黙っているブロンソンではない。今度は逆に青年の回りをつきまとい始め、職場の掲示板に殺害現場の写真を貼るなどの嫌がらせをする。
ついに耐えきれなくなった青年はブロンソンの娘である看護師の寮を襲った。もちろん、全裸になって。
映画の序盤でブロンソンが相棒とパトロールをしている時に潰れた薬局を見つけて、「あの店の店主がモルヒネ中毒になって言い争いの挙げ句女房を殺したが、半年で退院して一週間後には監察官を射殺したよ」とのセリフがある。
人を殺しても精神錯乱や精神異常などで罪に問われないというこの作品のテーマの一つがここで語られている。
時間としては短いが法廷劇のシーンがあるのもブロンソン映画としては珍しいだろう。
ラストではルームメイト3人が殺されたブロンソンの娘が夜道を全裸の殺人鬼に走って追いかけられる。殺人鬼に追いかけられるというシチュエーションだけで充分怖いのに、しかもそいつが全裸。異常振りにさらに拍車がかかっている。全裸と言っても美女じゃないのだ、男なのだ。
ようやく追いついたブロンソンと警官隊の前に、殺人鬼は手に持ったナイフを捨てる。
「おれは病気なんだよ。捕まってもどうせすぐに出られる。それが法律ってもんだ」
と勝ち誇る殺人鬼に対してブロンソンは、
「そうはならんよ」
と頭を一撃で撃ち抜く。
犯人の正体が最初から分かっている『刑事コロンボ』スタイルで物語は進む。ブロンソンと殺人鬼の心理戦は他の作品ではあまり観られないもので、脚本のウィリアム・ロバーツの功績と言っていいだろう。犯人役のぬめっとした青年も殺人鬼役にリアリティを持たせている。部屋には自分の空手の写真を貼っていて自己愛の強さを強調している。どうでもいいが、一緒に貼ってあった「忍者」のポスターはあれはなんなんだ。
法では裁けぬ悪人をついには超法規的手段で始末するのは現実では問題があるが、映画ではすきっとする。しかし、あの後のブロンソンはどうなったのだろうか。やはり逮捕されたんだろう。そもそもあの時点でのブロンソンがまだ刑事かは不明。証拠捏造で首になったか、休職中かのどちらかだろう。青年をつけ回す暇もあったようだし。刑事が射殺したのならばなんとか取り繕えそうだが、そうでなければ殺人罪か。
アクションシーンは少ないが、それが功を奏してサイコサスペンスとしてしっかりした物に作り上げられている。終盤の盛り上がりはなかなかのものだ。ただし、ブロンソンの娘をかばって殺されてしまう3人のルームメイトが哀れでならない。一室内で行われるこの殺戮シーンは迫力と異常さあり。
なのにどういうわけかこの作品は日本未公開。アクションシーンが少なかったのがいけなかったのだろうか。まだサイコサスペンスが定着する前の作品という事もあったろう。もったいないことである。
『必殺マグナム』
『地獄で眠れ』
『狼の挽歌』

































