2009年3月アーカイブ

B000XIIB8W.jpg『新・猿の惑星』(1971) ESCAPE FROM THE PLANET OF THE APES 97分 アメリカ

監督:ドン・テイラー 製作:アーサー・P・ジェイコブス 脚本:ポール・デーン 撮影:ジョセフ・バイロック 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:キム・ハンター、ロディ・マクドウォール、ウィリアム・ウィンダム、リカルド・モンタルバン、ブラッドフォード・ディルマン、ナタリー・トランディ、エリック・ブレーデン、サル・ミネオ、アルバート・サルミ、ジェイソン・エヴァース、ジョン・ランドルフ、ハリー・ローター、M・エメット・ウォルシュ

 前作のラストで地球が吹き飛んでしまったのにどうやって続編を?その答えは過去にあり。1作目でテイラー達が乗ってきた宇宙船を湖から引き上げ、修理してたまたま宇宙旅行中だったチンパンジー族のジーラとコーネリアス、そして修理をした科学者のマイロ博士の3匹が爆発の衝撃で2000年前の地球にタイム・スリップしてしまったのだ。
 だから原題は『猿の惑星からの脱出(ESCAPE FROM THE PLANET OF THE APES)』となっている。こうして人間の惑星にやってきた3匹の猿はいかなる目にあうのだろうか?
 設定としてはかなり無茶だが、その無茶っぷりがあっぱれである。

 3匹といってもマイロは早々と事故で死んでしまう。マイロがいないことで何故時を越えたのか厳密な説明が出来る者がいなくなってしまい、設定が曖昧に出来る。ちなみにマイロを演じた俳優の名は“サル”・ミネオ。出来すぎである。
 最初は普通のチンパンジーだと思われるが、知能が高く喋ることも出来ることが分かるとテレビのニュースにも流され一躍人気者に。2匹が街へ洋服を買いに連れ出されたり、ホテルでパーティーを行ったりとこの辺りはかなりコミカルに描かれている。おしゃれな服を着込んでモデルのようにクルッと回ってみせるジーラが可愛らしい。
 しかし、2000年後には人類が猿類よりも下の存在になることがジーラ達への尋問の結果明らかになってしまう。それを危惧した大統領顧問のハスライン博士がジーラのお腹にいるコーネリアスとの子供を堕胎し、2匹を不妊にしてしまおうと企てる。

 後半部分は1作目の猿と人間の立場を入れかえた構造に近いものとなっている。テイラーも去勢手術を受けさせられそうになっていた。人間による猿の弾圧を観た時に、オレはどちらに感情移入をすればいいのだろうか。ジーラとコーネリアスの逃避行について気分的には猿側だが、猿を応援することは猿に支配される未来を指示することにもなる。
 1作目のことを考えれば、同じ立場になれば猿だって同じことをやったのだ。いったい正義とはなんなのだろうか。
 考古学者コーネリアスの研究はテイラーの登場で一気に進んだようで、昔は人類が地球を支配していたことを認めている。ペットとして家庭に入り込んだ猿達が次第に進化を始め知能が高くなり人間の手伝いをするようになった。そしてある日、1匹の猿が人類に対して「ノー」と反旗を翻し、ついには支配権を握ったというのだ。

 ハスライン博士を『地球爆破作戦』のエリック・ブレーデンが演じている。あちらではミサイル戦争を引き起こそうとした人工知能を食い止めようとする主人公の科学者を演じていた。冷たい感じのする人でそこが科学者らしいのだろう。この作品でも常に冷静で、悪役だが人類の未来を考えると決して間違ってはいない。

 登場する猿の数も少なく特殊メイクにはお金がかかっていない。オープニングの宇宙船を除けば大規模なセットがあるわけでもなく普通の現代劇の小道具がほとんど。公開が前作の翌年だから制作期間も余りかかっていない。おそらくSF映画としてはかなり低予算で作られた作品だろう。

B000VRXIC4.jpg『続・猿の惑星』(1970) BENEATH THE PLANET OF THE APES 96分 アメリカ

監督:テッド・ポスト 製作:アーサー・P・ジェイコブス 製作補:モート・エイブラハムズ 原案:モート・エイブラハムズ、ポール・デーン 脚本:ポール・デーン 撮影:ミルトン・クラスナー 音楽:レナード・ローゼンマン
出演:ジェームズ・フランシスカス、キム・ハンター、モーリス・エヴァンス、リンダ・ハリソン、ヴィクター・ブオノ、チャールトン・ヘストン、ポール・リチャーズ、ジェームズ・グレゴリー、デヴィッド・ワトソン、ナタリー・トランディ、トーマス・ゴメス、グレゴリー・シエラ、ルー・ワグナー、ジェフ・コーリイ

 ヒット作には続編が作られることが多い。大ヒットした1968年の『猿の惑星』にも続編が作られた。その名も『続・猿の惑星』。うむむ、分かりやすい。
 考え抜かれた続編もあるが、単に1作目のネームバリューに載っかって安易に作られることも多い。その手のは大抵ダメ続編となる。この作品もそんなダメ続編の一つ。とはいえ、衝撃的なラストを迎えた前作の続きを作ることは難しく、しかも前作で人気のキャストを出すという方向では作りにくかったのである程度仕方ない部分もあったとは思うのだ。

 猿類には三つの種族がいる。オランウータンとチンパンジー、そしてゴリラだ。オランウータンは思慮深くて主に政治家的役割。チンパンジーは賢くて学者系。ゴリラは単純直情の軍人とそれぞれに担っている分担が違う。
 1作目ではトウモロコシ畑もあり農業の他にも工業なども行われているはずだが、それはどの種族がやっているのかは不明。特に分担はなくどの種族もやっているのかも知れない。
 前作のラストで絶望にうちひしがれたテイラー(チャールトン・ヘストン)はゲスト的出演で、メインの主人公は1号機と同じルートを飛んできた2号機宇宙船のたった一人の生き残りジェームズ・フランシスカスだ。前作では宇宙船内の計器で3978年となっていたが今回は何故か遡って3955年。計測誤差と言うことだろうか、しかしそんなシーンを入れることの意味が不明。単なる脚本のミスか?
 不時着したばかりの機体の側に前作のヒロインであるノバが現れる。ここは異星だと知っているのにいきなり英語で「ここはどこだ」などと話しかけるジェームズ。それで会話が通じないと「分からないのか」と腹立たしげにする理不尽さ。異星人だとしたら分かるはずがない。どのみちノバは言葉を話せないのだけれど。
 そしてノバと共にゴリラたちに捕まり収容所へ入れられそこからの脱出と、前作ですでに観たことの繰り返し。アクションが派手になっているわけでもなく、むしろ地味になっているぐらいで馬車の上でのゴリラとの格闘もあまり観るべき所もなく、この時点で映画は半分ほど過ぎている。大丈夫かと心配になってくる。面白かったのはゴリラ軍団のラジオ体操ぐらいだ。
 ジェームズとノバは逃げる内にニューヨークの地下鉄にたどり着く。ここでジェームズはこの惑星の正体を知るわけだがさすがに前作のインパクトはない。制作側も観客がすでに答えを知っていると考えてあまり力を入れなかったのだろう。そして謎の音に導かれるまま構内を進み、人類の生き残りで知能を失わなかった者たちに出合う。彼等は失うどころかテレパシーを身につけたミュータントだった。そのミュータントが神の兵器としてあがめるのが金色に輝くコバルト爆弾だった。

 ミュータント達が廃墟と化したマンハッタンの地下で暮らしていたのは良いとして、いったい何を食べていたのかまるっきり不明。多分、考えてない。この全身タイツのミュータント達と、新しい開拓地を求めて禁断の地に足を踏み入れたゴリラの軍団の戦いが終盤の山場になる。ゴリラに撃ち殺されるミュータント。ゴリラに殴り倒されるミュータント。ゴリラにホールドアップされるミュータント。仰々しく登場したクセにミュータント、弱っ!
 出来の悪いコメディを観ているようだなと思っていたら、ラストはミュータントを含めた人類にも猿類にも憎しみを持つようになり絶望したチャールトン・ヘストンがコバルト爆弾を爆発させて地球は消滅。まるでドリフでセットが全壊するコントのオチのようになるのであった。ちゃちゃらちゃちゃちゃらちゃ?(盆回りのテーマ)
 前作のインパクトを超える物を目指した結果こうなってしまったのだろうか。もう収拾が付かなくなって、いっそのこと全部ぶち壊してしまおうという考えだったのだろうか。続編作りで苦労したので、もうこれ以上続編を作れないように舞台そのものをなくしてしまったのだろうか。しかし、それでもまだ続編を作ってきたのがこのシリーズの怖ろしいところ。
 ちなみにコバルト爆弾は昔のSFではお馴染みだった放射線兵器。核爆弾をコバルトで包んで爆発させ、放射性の強いコバルトで放射能汚染をさせてしまおうというもの。危険だが映画のように大気圏中で連鎖反応を起こして地球が吹き飛ぶようなことはない。

 美術面は前作の使い回しが多く見るところはない。ミュータントの暮らす地下都市のセットも安っぽい感じで目新しい点はない。コバルト爆弾を黄金色に輝くミサイルにしたのは一種のセンスだが、デザインはシンプルというか素朴すぎる。ミサイルとしては当時としても10年前のセンスだろう。神としてあがめる象徴としては成功しているか。
 唯一現在でも通用するのはオープニングタイトルで使われたSF風フォントだろうか。2001年に再映画化されたティム・バートン版『PLANET OF THE APES 猿の惑星』でもこのタイトルだけはほぼそのまま使われている。

B000NIVIXM.jpg『猿の惑星』(1968) PLANET OF THE APES 113分 アメリカ

監督:フランクリン・J・シャフナー 製作:アーサー・P・ジェイコブス、モート・エイブラハムズ 原作:ピエール・ブール 脚本:ロッド・サーリング、マイケル・ウィルソン 撮影:レオン・シャムロイ 特殊効果:L・B・アボット 特殊メイク:ジョン・チェンバース 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:チャールトン・ヘストン、キム・ハンター、ロディ・マクドウォール、リンダ・ハリソン、モーリス・エヴァンス、ジェームズ・ホイットモア、ジェームズ・デイリー、ロバート・ガナー、ルー・ワグナー、ウッドロウ・パーフレイ、ライト・キング、ポール・ランバート

 猿が英語を喋ったりアルファベットを読み書きしている時点で気づけよって感じだが、そこら辺はSFのお約束で異星に行っても英語が通じるのはよくあることだから気にしない気にしない。『スター・ウォーズ』シリーズなんか銀河の彼方の話しなのに喋ってるの英語だぞ。そういう揚げ足を取るようなことをいって賢しげぶっていると楽しめる物も楽しめない。
 それにしてもDVDのパッケージが最悪だったので一部モザイクをかけさせてもらった。そりゃ、古い作品だからいい加減みんなオチを知ってるだろうけどこりゃないよ。

 光速に近い速度で飛行中にとある惑星に墜落した地球の宇宙船。メーターによれば出発から2000年が過ぎて3978年になっているはずだった。生き残った3人の宇宙飛行士は無人の荒野を抜けて緑の大地にたどり着いた。そこで人類に似てはいるが言葉を持たず知能も低い種族と出くわし、こんな連中なら短期間で俺たちが王様だなんてことを言っていると、銃を持ち馬に乗ったゴリラに襲われる、3人の内1人は射殺され、もう1人とははぐれ船長のテイラーはゴリラに捕らえられてしまう。そして動物研究所で動物行動学者の女性チンパンジーのジーラと出会い、その知能の高さに驚かれる。ただし、その時は喉を怪我していて喋ることが出来なかった。オランウータンを頂点にした猿が人間を支配するこの世界はいかなる異星での出来事なのか。

 宇宙船から脱出したところで、人口冬眠中に死亡した女性隊員の墓として一人の隊員が小さなアメリカ国旗を建てる。それを見てテイラーは大笑いする。そこからの隊員との会話からもテイラーが人間嫌いでそれが理由で宇宙旅行に出たのだと語られる。船長としてその資質はどんなものだろうかと思うが、人間嫌いなテイラーが人間嫌いな猿たちに捕らえられることで人間への思いを取り戻していく。実に皮肉な展開である。本来ならば人間嫌いなテイラーにとっては人間が支配されている世界は理想的ではないか。
 SF大作にしては時々妙に神経質なフランクリン・J・シャフナーが観客を不安定な気持ちにしてくれる。
 そして次第にこの星の人間は最初から原始人のようではなかったということが分かっていく。だが猿の聖典に書かれた人間の醜さ欲深さが示していた物にラストには大きく打ちのめされることになる。
 今観ても衝撃的なラストで、それが唐突にオチのためだけに用意されたものではなく、綿密な伏線によってちゃんとすんなり納得できるところがすごい。

 猿役のキャストはどんな気持ちでこの仕事を引き受けたのだろうか。まだSF=B級な時代だったししかも画面に映る自分の姿は猿。素顔なんか面影程度にしか分からないのだ。映画が大ヒットしても、「あれ、あそこのチンパンジーが俺」と言っても分かってもらえるかどうか。ロディ・マクドウォール演ずるコーネリアスなんか確かにロディ・マクドウォールの顔をしているんだが本当は素顔で出たかったことだろう。
 猿の特殊メイクはその人数こそこれまでにない規模だった物の、技術的には当時の段階ですでに時代遅れな物だったそうだ。数を揃えるためにはやむを得なかったのだろう。口は大きく開くことが出来ないし動きも余り伝えていない。リック・ベイカーの猿メイクならば表情で演技が出来るが、この猿の場合は基本的に目の演技しかできない。あとは身振り手振りか。演技力が要求される。
 宇宙船のデザインも微妙で、水没中で船首しか見えないのだが先端が尖っていて"昔のロケット"風。内部も今観るとかなり安っぽい作りだ。人口冬眠カプセルのセーフティーベルトがやたらごつくてちょっと笑える。チャールトン・ヘストンは宇宙船の中で葉巻を吸ってるし。こう考えると『2001年宇宙の旅』は同じ1968年に作られたとは思えないほどだ。

B000TDVOMQ.jpg『怒りの河』(1951) BEND OF THE RIVER 91分 アメリカ

監督:アンソニー・マン 製作:アーロン・ローゼンバーグ 原作:ビル・ガリック 脚本:ボーデン・チェイス 撮影:アーヴィング・グラスバーグ 音楽:ハンス・J・サルター
出演:ジェームズ・スチュワート、アーサー・ケネディ、ジュリア・アダムス、ロック・ハドソン、ロリ・ネルソン、ジェイ・C・フリッペン、ハリー・モーガン、ローヤル・ダーノ

 『ウィンチェスター銃'73』に続くアンソニー・マン&ジェームズ・スチュワートコンビによる西部劇。前作はモノクロだったが今作はテクニカラー。色鮮やかな色彩でスタジオシーンは少なく実際のロケでオレゴン州の光景をフィルムに収めている。
 荒野を走る幌馬車隊、インディアンとの深夜の戦い、にぎやかなポートランド、大きな河を走る蒸気船、開拓村が出来上がるまで、そして開拓村へと冬越え用の食料を山越えで運び始めてから繰り返される銃撃戦。これらの映像が一種の観光映画として繰り広げられるが、残念なのは4:3のスタンダードサイズだということだ。これがシネマスコープだったら、せめてビスタ・サイズだったらと思うともったいなくてしょうがない。

 西部劇とは言っても舞台となるオレゴン州はアメリカ北西部に位置するので一般的な樹木も茂り冬になると深い雪が降る。主人公のグリン(ジェームズ・スチュワート)はぶらりぶらりと色んな仕事を渡り歩いていて、今回は幌馬車隊を北上させ開拓団をオレゴン州にある開拓地へと案内警護人として連れて行っている最中だ。
 あるとき、一人で山に入ったグリンはある男(アーサー・ケネディ)が馬泥棒の罪で絞首刑になりそうになっているのを見つけなんの気まぐれか助けてしまう。男の名はエマーソンといいしばらくの間一行と旅を共にする。
 その後、ポートランドに着いた一行は次回の便で冬越え用の食料を届けてもらうように支払いを済ますと、蒸気船から陸路を使って開拓地へ。ところがそろそろ台所も乏しくなってきたのに約束したはずの食料が一向に届かない。それどころか、インディアンの矢で撃たれて治療のために置いてきた団長の娘の安否すら不明のままである。グリンと団長は馬でポートランドまでやって来ると街はすっかり様変わりして治安の悪い街となっていた。なんでも近くで金鉱が掘り当てられ、金目当てで人は集まってくるし物価は上がって大変な騒ぎのようだ。最初にあった時に有効的だった食料の売り主もすっかり金の亡者となって、値上がりした分の差額を払えと言ってくる。怒ったグリンは食料を蒸気船に積み込んで開拓地に向けて出発する。それを売り主は手下を使って馬で追いかけてくる。

『ウィンチェスター銃'73』のラストも岩山の上と下との銃撃戦だった。当然ながら高い位置を取った方が有利だ。この作品でも銃撃戦の多くは水平にではなく上下の撃ち合いになっている。一方的すぎて銃撃戦としては面白くないが、実用的な戦法だろう。
 作品のテーマは「一度罪を犯した者は許されることはないのか?」である。実はグリン自身昔は略奪団の一員として鳴らし首元をいつも覆っているスカーフは縛り首になりかけた傷を隠すためだったのだ。馬泥棒を助けたのもそこに昔の自分の姿を見たからであって単なる気まぐれではなかったのだ。そんなグリンが奇妙な友情を抱いていたエマーソンに裏切られ食料を奪い奪われの戦いになる。エマーソンも元は別の略奪団の一味だった。同じような過去を持つ二人に違いはあるのか。それは薄っぺらく思えるかも知れないがいかにして悔い改めたかということではないだろうか。
 団長が樽にリンゴを入れながら「腐ったリンゴは他のリンゴに悪さをする。捨てるしかない」。それに対しグリンは「人間はリンゴとは違う」。
 なんかどこかのオレが大嫌いな教師ドラマがまんまパクっていたのに気がついた。元ネタはこれか、けっ金八め。あの人らは恥ずかしくないのだろうか。腐ってるのはあんたらだ。
 それはさておき、「ミシシッピにいれば良かった」が口癖の蒸気船の船長や、一人だけメイクが違う二枚目ハンサムでしかも早撃ちなギャンブラーのロック・ハドソンなどなど個性的な面々が脇を支える。『ウィンチェスター銃'73』では見つけられなかったロック・ハドソンだが今度は見つけられた。というか誰でも簡単なんだが。下積みの脇キャラから主要キャラに一気にレベルアップ。
 ヒロインのジュリア・アダムスが女装したニコラス・ケイジに見えてしまうことは忘れてしまおう。

B001EI5MC8.jpg『ファーゴ』(1996) FARGO 98分 アメリカ

監督:ジョエル・コーエン 製作:イーサン・コーエン 製作総指揮:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー 脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン 撮影:ロジャー・ディーキンス 美術:リック・ハインリクス 音楽:カーター・バーウェル
出演:フランシス・マクドーマンド、スティーヴ・ブシェミ、ウィリアム・H・メイシー、ピーター・ストーメア、ハーヴ・プレスネル、ジョン・キャロル・リンチ、クリステン・ルドルード、トニー・デンマン

 アメリカは広い。広ければ都会もあるが田舎もある。この作品はそんな田舎の物語。
 ノースダコタ州ファーゴ。アメリカ人が聞けば“田舎”とすぐ分かる場所から物語は始まる。時は1987年の冬、外は雪化粧で真っ白に美しい。平和に見えたそんな田舎町で引き起こされた誘拐事件と殺人事件。素朴な風景の中、人はいとも簡単に人を殺す。

 コーエン兄弟がアカデミー賞を取った『ノーカントリー』(2007)に似ている。ただし、こちらで事件を追うのはトミー・リー・ジョーンズの様な老いたタフガイではなく、大きなお腹を抱えた妊娠8ヶ月の警察署長フランシス・マクドーマンド。女性の警察署長がいるというのはさすがアメリカだが、産休は取れるのだろうか。その彼女が男勝りでもなくかといって女性の武器を使うわけでもなく、ごく普通の人間として事件に挑む。
 妊娠しているからお腹が空くのかやたらと食べているシーンが多い。登場後すぐに旦那に作ってもらった卵焼きを食べているし、食堂ではセルフサービス式の食事を食べている。あのベチョとお玉で盛るポテトサラダなど不味そうだがどこか惹かれてしまう。もちろんデザートには原色のゼリーだ。捜査の途中でもドライブスルーでハンバーガーを買うことを忘れない。
 対する悪党側は最初はちんけな偽装誘拐を企んでいただけなのにどんどん大事になっていってしまう。だけどそんな状況を理解もせずに女と遊んだり愚痴をこぼしたりで正直頭が悪い。「変な顔。とりあえず全体的に変な顔」と何度も評されるスティーヴ・ブシェミはおそらく低層階級育ちの悪党。自分ではいっぱしのつもりだけど、その実大したことはできない。
 相棒のピーター・ストーメアは常に無口でそのことをブシェミにからかわれたり怒られたりしている。単に物静かな男ではなく、狂気をはらんだ危険な男でその場の判断でそく銃を撃つ。最後は相棒のブシェミさえ除雪機でガーッと……。この男がまともならばもう少し穏やかな結末を迎えたのだが、それではつまらない。ってんでガーッと。
 自分の妻の偽装誘拐を持ちかけるウィリアム・H・メイシーは義理の父親が経営する自動車販売店で営業部長をやっている。小心者のクセして車を買ったお客に卑劣な手段で塗装も売りつけたりと小金に汚い。いつかは一発当ててやろうと野心を持っているが、ローン詐欺で息詰まってしまいその金を義理の父から引き出すために彼の娘つまりメイシーの妻の偽装誘拐をブシェミとストーメアに依頼した。そんな彼のやることなす事ピントが外れていて、ジタバタすればするほど状況は悪化していき彼にそれを止める手段はない。

「この映画は実話に基づく」とオープニングに出る。
 これが事実なのかそうでないのかオレは知らないが、どちらでもいいことだと思う。実話だからすごくて、フィクションだからしょせん嘘というわけでもなかろう。映画になった時点で全て嘘ということだってできるのだ。

「なんでそんな簡単に人を殺すのか分からない」とフランシス・マクドーマンドはいう。
 そして大きなお腹をなでながら、朝食の卵を作ってくれた愛夫と共にベッドに横たわるのだ。

B000TDVOM6.jpg『ウィンチェスター銃'73』(1950) WINCHESTER '73 93分 アメリカ

監督:アンソニー・マン 原作:スチュアート・N・レイク 脚本:ロバート・L・リチャーズ、ボーデン・チェイス 撮影:ウィリアム・H・ダニエルズ 音楽:ジョセフ・ガーシェンソン
出演:ジェームズ・スチュワート、シェリー・ウィンタース、ステファン・マクナリー、ダン・デュリエ、チャールズ・ドレイク、ミラード・ミッチェル、ジョン・マッキンタイア、ウィル・ギア、ジェイ・C・フリッペン、ロック・ハドソン、トニー・カーティス

 おっかしーなー?カラーだと思ってたんだけどモノクロだった。でも昔観た時は……で調べてみると1967年にカラー作品としてリメイクされているのな。こちらを観て勘違いしていたのかも知れない。
 タイトルのウィンチェスター銃'73とは名銃として知られるM1873のこと。ウィンチェスター銃に関する73年の物語ではない。あえて訳すならば『1873年式ウィンチェスター銃』になるのかもしれない。ウィンチェスター銃については前にちょっと書いているのでそちらを参照してもらいたい。西部劇でライフルといえばウィンチェスター。ウィンチェスターといえば西部劇ってなぐらいなもんだ。
 この映画の主人公はリン(ジェームズ・スチュワート)だがそれと同時にウィンチェスターでもある。

 西部のダッジ・シティにリンと相棒がやってくる。街は独立100周年のお祭りで盛り上がっている。二人はそこでかの名高いワイアット・アープ保安官と出会い、射撃大会に出場する。商品は一丁のライフル。なんだせこいな、なんてことを言っちゃいけない。そのライフルウィンチェスター銃'73は何万丁も大量生産される中に奇跡的に部品が組み合わさって生まれる抜群の精度を誇る“千丁に一丁の銃”なのだ。大会を勝ち抜いたリンはダッチという男と対決することになる。どうも、リンはこのダッチを狙って旅を続けてきたようなのだ。
 大会はリンが見事な射撃の腕で優勝しウィンチェスター銃'73を手にする。しかし、部屋に戻ったところをダッチと仲間達に襲われライフルを奪われてしまう。こうしてライフルを巡る物語が始まったのだ。

 このライフルを持つ者は次々と死んでいく。ライフルに魅せられた者たちが前の所有者を殺して奪っていくのだが、まるで呪いのライフルのようだ。ダッチからポーカーでせしめたインディアン相手の武器商人はインディアンに殺され、インディアンのチーフはリン達を巻き込んだ騎兵隊との戦いで死ぬ。そこで騎兵隊の軍曹からライフルをもらった男は悪漢ウェイコに殺され、そしてついにはダッチの元へと帰ってくる。
 映画の視点は基本的に銃のあるところが中心で、中盤はジェームズ・スチュワートの出番は意外に少ない。銃という物を中心にして様々な人を登場させ話しを紡いでいくやりかたは確かに面白い。

 騎兵隊対インディアンの戦いや、ラストの岩山でのリンとダッチとの銃撃戦などなかなか派手で、モノクロといえど迫力がある。インディアンとの戦い、そう。今はネイティブ・アメリカンと言わなきゃいけないらしい。現代劇ではオレもそっちを使うが西部劇ではあくまでもインディアン。
 そしてその岩山で二人の関係が明らかになる。単なる仇討ちかと思いきや。ここで序盤からのリンがダッチを追い続けてきたことの意味が分かる。リンの表情が常に重苦しかった理由も。主人公の行動理由の意味が最初は明らかにされずに進めるアンソニー・マンの手腕の見事さ。
 酒場女を演じたシェリー・ウィンタースはもうけ役。若き日のロック・ハドソンやトニー・カーティスも出ているようだがどこのだれやら。二人とも二枚目だけに脇に回ると個性がないよね。騎兵隊の隊員だと思うんだが。

B001O094B6.jpg『ハロウィン アンレイテッド』(2007) HALLOWEEN 109分 アメリカ

監督:ロブ・ゾンビ 製作:マレク・アッカド、アンディ・グールド、ロブ・ゾンビ 製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン 脚本:ロブ・ゾンビ オリジナル脚本: ジョン・カーペンター、デブラ・ヒル 撮影:フィル・パーメット 編集:グレン・ガーランド 音楽:タイラー・ベイツ オリジナルテーマ:ジョン・カーペンター
出演:マルコム・マクダウェル、シェリ・ムーン・ゾンビ、タイラー・メイン、スカウト・テイラー=コンプトン、ブラッド・ドゥーリフ、ダニエル・ハリス、ウィリアム・フォーサイス、ウド・キア、ダニー・トレホ

 1978年にジョン・カーペンターが撮った『ハロウィン』のリメイク。
 監督のロブ・ゾンビは専業監督ではなくて本業はミュージシャン。ゾンビというのは芸名……だと思う。本当に姓がゾンビのゾンビ一族がいたら差別になってしまうがちょっとイヤだな。出演者にシェリ・ムーン・ゾンビという女性がいるが、これが殺人鬼マイケルの母親でストリップで一家の生計を立てている。ちゃんとストリップのシーンもあるのだがこのシーンを撮影することで夫婦間に溝は生じなかったのだろうか。「必然性があれば芸術のためなら私脱ぐわ」だったんだろうか。
 ジョン・カーペンター版のマイケルはすでに大人の殺人鬼として登場したが、今作では子供時代のマイケルから始まる。罵声が絶えない劣悪な環境で育つお面を好む以外は人畜意外そうに見えた少年が、実はペットのネズミを殺していたり犬や猫を殺していたことが発覚する。
 学校側はカウンセリングを受けることを提案するが、そんな間にマイケルはいじめっ子、母の恋人の駄目人間、セックスにふける姉とその恋人を次々と惨殺する。
 マイケルは第一級殺人罪の罪で施設に入れられ心理学者のマルコム・マクダウェルの治療を受けることになる。このマルコム・マクダウェルが老けている。白髪に白いヒゲ、体格もでっぷりして赤い服を着たらサンタクロースだ。
 母が赤ん坊を残して拳銃自殺して以来、マイケルはほとんど話さなくなり、仮面作りに熱中する。そしてそれから15年、悲劇は再び始まった。

 施設の係員としてダニー・トレホが登場。彼は係員の中では例外的に「お前の気持ちは分かるよ。俺も刑務所に入っていた」と語りかけるなどマイケルに親切にしていたのだが、脱走を図ったマイケルが係員を惨殺する中で、「俺はお前に親切にしてやったよな。親切にしてやったよな」と情に試みるのにあっさり殺されてしまう。マイケルは感情で動く人間ではなく殺人モンスターであるのがここからもうかがえる。
 そしてマイケルはちょうどハロウィンのある街にやってくる。そこは彼が生まれ育った街だった。そして少年時代に使ったマスクを隠してあった場所から取り出すと顔面に装着し殺人鬼マイケル=ブギーマンが帰ってくることとなった。
 そしてハロウィンのかこつけてセックスしている若い男女を殺しまくる。さすがマイケル容赦がない。映画の印象はセックスシーンと惨殺シーンの繰り返し。
 マイケルのいちゃつく若者に対する憎悪はどこから来るのだろうか。自分が施設に入れられ得られなかった物に対する復讐なのだろうか。
 そもそもマイケルは人間なのだろうか、モンスターなのだろうか。500kgもある墓石を軽々と持ち運んでいる辺り人間とは思えないが、彼が街に帰ってきた理由は肉親の情に関わることであって人間らしさを完全に忘れているとも思えない。そこがヒロインがつけ狙われる理由にもなっている。
「オリジナルのマイケルの殺人に理由がないところが良かった」という人もいるだろうが、マイケルの過去と殺人の理由が語られているリメイクはリメイクで悪くないと思う。求めて近づくのに怖がられて逃げられるマイケルに悲哀を感じながらも、あのね殺しすぎと思う。
 なんのために一般家庭にあるんだと尋ねたくなるやたらと刃が長い包丁が怖い。
 さて、続編は作られるのでしょうか?

B001WBXLYS.jpg『AVP2 エイリアンズVS. プレデター』(2007) ALIENS VS. PREDATOR: REQUIEM 94分 アメリカ

監督:コリン・ストラウス、グレッグ・ストラウス 製作:ジョン・デイヴィス、デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル 製作総指揮:ポール・ディーソン 脚本:シェーン・サレルノ 撮影:ダニエル・C・パール 編集:ダン・ジマーマン 音楽:ブライアン・タイラー
出演:スティーヴン・パスクール、レイコ・エイルスワース、ジョン・オーティス、ジョニー・ルイス、アリエル・ゲイド、クリステン・ヘイガー、サム・トラメル、ロバート・ジョイ

 とにかく画面が暗い。子の手のモンスター物ではあえて画面を暗くしてはっきり見せない手段があるが、それにしても暗すぎる。エイリアンの集団と1体のプレデターが戦うのだが何をやっているのかよく見えない。これはさすがに計算ミスかDVDマスターの調整を間違ったんじゃないの。

 前作のラストで生まれたプレデターの遺伝子を組み込んだエイリアン=プレデリアンが宇宙船でプレデター達を惨殺し、宇宙船はアメリカの森へ落ちる。研究用だろうか積んであったフェイスハガーが逃げ出し人間に取り付きエイリアンを何匹も産み出す。しかもプレデリアンは卵を使わずに直接人間にチェストバスターを植え付けることが出来るのだ。
 田舎町は大混乱に陥り、応援に駆けつけた州軍もあっと言う間にエイリアンの餌食になってしまう。そんな中、事態に気づいたプレデターが1体、エイリアン退治に地球を訪れ戦いを始める。生き残るのは人類か、プレデターか、それともエイリアンなのだろうか。
 前作は『プレデター3』といった趣だったが、今回はプレデターは1体と少なく、わやわやと大量に出てくるエイリアンが主役な感じだ。人間は相変わらず脇役で、ひたすら逃げて終盤になってようやく手持ちの武器で戦う。
 エイリアンはやはり密閉空間においてこそその恐怖が栄えるなと改めて思う。町という解放空間に解き放たれたエイリアンはどこから襲ってくるかというドキドキ感に欠ける。それでもどんどん増えていき収拾が付かなくなる恐怖は描かれている。
 プレデタリアンは思ったほど活躍してくれなくて、妊婦のシーンを除けば普通のエイリアンと大差ない。エイリアンの肉体とプレデターの頭脳を持ってるんじゃないのか?ラストのプレデターとの一騎打ちはアメリカ陸軍の介入で尻切れトンボに。せめてきっちり決着を付けて欲しかった。
 エイリアンの死体やエイリアンにやられた人間の死体にいちいち謎の液をかけて溶かして証拠隠滅するプレデターがちょっとおかしくはある。一応そういったことも気にしてるのね。
 子供や妊婦がチェストバスターの餌食になるのでグロ度は高め。
 プレデターにあまり魅力がないのは残念。前作よりは人間ドラマを盛り込んだのは、ほとんど役に立っていないとは言え正解かと。

B001TIKGII.jpg『エイリアン VS. プレデター』 (2004) ALIEN VS. PREDATOR アメリカ 100分 2004/01/30鑑賞

監督:ポール・W・S・アンダーソン 製作:ジョン・デイヴィス、ウォルター・ヒル、ゴードン・キャロル、デヴィッド・ガイラー、ティエリー・ポトク 製作総指揮:ウィック・ゴッドフレイ、トーマス・M・ハメル、マイク・リチャードソン クリーチャー原案:ダン・オバノン、ロナルド・シャセット、ジム・トーマス、ジョン・トーマス 原案:ポール・W・S・アンダーソン、ダン・オバノン、ロナルド・シャセット 脚本:ポール・W・S・アンダーソン 撮影:デヴィッド・ジョンソン、キース・パートリッジ 音楽:ハラルド・クローサー VFXスーパーバイザー:ジョン・ブルーノ
出演:サナ・レイサン、ラウル・ボヴァ、ランス・ヘンリクセン、ユエン・ブレムナー、コリン・サーモン

監視衛星が南極に謎のピラミッドを発見する。巨大企業の社長ビショップ(ランス・ヘンリクセン)が科学者や冒険家を集めてチームを結成し、自ら同行の上調査に向かう。しかしそのピラミッドはエイリアンの養殖場で100年に一度プレデターたちがエイリアン狩りをしにやってくる狩り場でもあったのだ。そして、調査隊が到着したのはちょうどその100年目の日だった。エイリアンとプレデターという宇宙レベルの怪物の戦いに巻き込まれた人間たちには、為す術も生き残る見込みもなかった・・・

『エイリアン』と『プレデター』が夢の対決を果たすという今作は、企画段階で大いにもめ脚本のリテイクだ監督の再選考だとなかなか撮影に入らなかった。その手の経緯がある作品は往々にして駄作だったりするので、かなり用心しながら映画館に向かった。
案の定というか、前半はダレていて面白くない。ビショップが専門家を集めるところなどはいくらでも面白く撮れるシーンなのだが、集められた各専門家に個性と魅力が乏しくてヒロインの女性冒険家とビショップを除くと区別が付かず記憶にも残らない。実際、彼らに活躍の場は与えられず、単なるエイリアンからの“やられ要員”にすぎない。何かに付け記念だと言ってデジタルカメラで撮影している技術者がいるが、そのデジカメや撮った写真がストーリー上意味を成すこともなく、どうやら単にキャラクター付けということらしい。これも活用する方法はあるわけで、ちょっともったいない。ビショップもせっかく出てきたのにあまり意味がないまま画面から去っていってしまう。
こりゃあ失敗かなと映画を観る力指数を下げてきたころでピラミッドに侵入したプレデターがようやくエイリアンと遭遇。さっそく始まる戦いでこちらの力指数も一気にあがる。『プレデター1、2』に登場したプレデターならば通常タイプの雑魚エイリアンなど物の数でもないのだが、どうやら今作に登場するプレデターたちはまだ一人での狩りを許されない若者たちらしい。縮尺式の槍や手裏剣ブーメランの扱いにも若干のつたなさが感じられ、エイリアンの勝負もかろうじて優勢といったところ。この問答無用の無茶な戦い振りが単純に楽しく、そのままラストのクィーンエイリアンとの対決へと突入していく。
さすがにクィーンエイリアンは雑魚エイリアンと比べて大きさからして巨大で強い。それに立ち向かうはそれぞれ最後の一人となったプレデターとヒロイン。クィーンエイリアンを倒さねば人類に未来はない。
だがしかし、エイリアン=悪者、プレデター=良い者という構図はどうなのだろう。地球にエイリアンを持ち込み繁殖させていたという発端を考えるとプレデターのご先祖様が一番の悪者だという気がする。狩りをしたけりゃ自分の星ですればいいだろうに。
観終わった印象としては『プレデター3』にエイリアンが特別出演として参加しているといった感じ。人間はプレデターとエイリアンの仲介役でしかないが、人間が登場せずにいきなりプレデターとエイリアンが戦っていたらストーリーだったら映画としてまとめるのは難しいだろう。つまり『ウルトラファイト』はどうしたって『ウルトラマン』シリーズ本編にはなれないといったところか。

B001EI5M0K.jpg『エイリアン4』(1997) ALIEN: RESURRECTION 107分/完全版117分 アメリカ

監督:ジャン=ピエール・ジュネ 製作:ゴードン・キャロル、デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル、ビル・バダラート 脚本:ジョス・ウェドン 撮影:ダリウス・コンジ 音楽:ジョン・フリッゼル
出演:シガーニー・ウィーヴァー、ウィノナ・ライダー、ロン・パールマン、ダン・ヘダヤ、J・E・フリーマン、ブラッド・ドゥーリフ、マイケル・ウィンコット、ドミニク・ピノン、ゲイリー・ドゥーダン、レイモンド・クルツ、リーランド・オーサー、キム・フラワーズ

 オレが観たDVDは『エイリアン4完全版』というディスク。こいつには劇場公開版と完全版の2種類が収録されている。
 やっぱ完全版だよなと再生を始めると、いきなりジャン=ピエール・ジュネが出てきて「この完全版はいわゆるディレクターズ・カットじゃないんだよ。僕にとってのディレクターズ・カットは劇場公開版だからね。これは別のストーリー展開や別のラストのアイディアがあったのでそれを楽しんでもらおうと作ったものさ」と言う。
 うんうんとオレは強くうなずく。劇場公開版が一番メインだというのが当たり前。そうでなければ最初に映画館に行ったお客さんをバカにしたことになる。ピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』みたいにディレクターズ・カットが長すぎて劇場公開版はカットされて短縮されてしまったなどの正当な理由がない限り、やれディレクターズ・カット版だ最終版だといくつもバージョンがある方がおかしい。リドリー・スコット、お前の『ブレードランナー』のことだぞ。ちょこちょこ細かいとこ変えて何バージョンも作りやがって。男なら最初に作ったので完成として認めて細かいミスや設定の変更があったとしてもそれはそれで良いじゃないか。どこで筆を置くかも画家の才能の一つと言うぞ。

 前作から200年。リプリーは溶鉱炉に落ちて死んだが、その前に医務室で採血を受けていた。その血を元に太陽系軌道上の宇宙ステーションで研究が進められ、リプリーのクローンが作られた。どうもよく理屈が分からないのだが、リプリーのクローンにはもれなくチェストバスターが付いてくる。3の設定だとエイリアンは寄生主のDNAに干渉するようだから、リプリーの血液にはエイリアンのDNAも含まれていたと言うことだろうか。
 そしてついにリプリー完全体が作られ、その胸から手術で取り出されたのはクイーンエイリアンのチェストバスター。こいつを育ててエイリアンを量産し兵器として使おうというのだ。まったくこりない。
 そして一隻の海賊船もどきの宇宙船が入港してくる。その積み荷には重大なひみつがあった。

 今回はアクションアドベンチャー映画。仲間を連れて襲い来るエイリアンと戦いながら宇宙船を目指す。廊下をBボタンダッシュでAボタンでジャンプ、次の面は水中を泳ぎ、梯子を登るテレビゲーム感覚。
 先ほども言ったが前作から200年後が舞台でこの時代には企業という物はなくなって政府が全てを取り仕切っているようだ。それにしても、クローンを作るのに200年はかかりすぎだろ。そこまでエイリアンに固執しなくてもいいだろうに。
 キャラクターも立っていて、まだまともだったころのウィノナ・ライダーはお目々ぱっちりで背伸びしたい年頃のやんちゃな船乗り役がやっぱり可愛かったり、ジュネとは関わりの深いロン・パールマンとドミニク・ピノンにいたってはキャラクター設定以前にそこにいるだけで人目を引く。反則だ。
 ニヒルな悪党船長があっと言う間に死んでしまったのは残念だが、それと入れ替わりにリプリー登場。エイリアンのDNAが作用して血液は強酸性で運動神経抜群のスーパーリプリーだ。さすがにこれは無理があると思うが生前の記憶まで受け継いでいる。DNAじゃ説明付かないだろ。実は後でリプリーシスターズも出てくる。やたらグロいが。やっぱジュネはこうでないとね。『アメリ』とか『ロング・エンゲージメント』も面白いと思うが、グロテスクでいて妙に明るい不思議な世界観がジュネの魅力だと思うわけだ。『デリカテッセン』とか『ロスト・チルドレン』、そしてこの『エイリアン4』なんかね。まぁ、ジュネ自身は『エイリアン4』でハリウッドには懲りたらしいけど。
 船乗り達はステーションに乗り込むにもこっそり武器を隠し持っていたりと海賊スレスレ。というか海賊か?車椅子のパーツを抜き取っていって二連式ショットガンを組みたてるシーンなんか最高。口の中にカメラが入っていってチェストバスターに1カットでたどり着くシーンはもっと最高。
 先回は四つ足で走るエイリアンだったが今度は泳ぐエイリアンが登場。あいつら宇宙生物のクセして泳ぐの上手いんだ。どんな環境にも適応するところが生物兵器として見込まれる所以なのかね。檻から脱走する時も、一匹を犠牲にしてその大量の血で床を溶かして穴を開ける。防酸処理ぐらいしとけって思うけど、そこら辺科学者は抜けてるんだよな。
 人間とエイリアンの遺伝子が混ざって生まれたエイリアン+ヒューマン=エイリマンのかっこ悪さは致命的。リプリーを相手のマザコンで死に方も情けないからあのかっこ悪さで合ってるんだろうが、それにしてもハイブリッド生命体として生まれておいてあの悲しいラスト。たった1気圧の差であそこまでグチョグチョの液化状態になってしまうとは肉体・骨格ともかなり軟弱だったんじゃないかと。

 劇場公開版と完全版ではストーリー的には大きな差はないんだが、エイリアン?と思ったら虫でその虫を男が指で潰してベチョっとガラスに貼り付き、そこからカメラが引いていくと宇宙ステーションだったという完全版のオープニングはいかにもジュネっぽい。
 ラストも地球の大空までやってくる(帰ってくるじゃない。クローンリプリーなので地球は初めて)劇場公開版と荒れ果てた大地に降りる完全版と違いがある。
 好みとしてはオープニングは完全版、ラストは劇場公開版かな。『エイリアンVSプレデター』路線に行ってしまったし、11年も経ってリプリーも年だからさすがに5はないよな。

B001EI5M0U.jpg『エイリアン3』(1992) ALIEN3 115分/完全版145分 アメリカ

監督:デヴィッド・フィンチャー 製作:ゴードン・キャロル、デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル 製作総指揮:エズラ・スワードロウ 原案:ヴィンセント・ウォード 脚本:デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル、ラリー・ファーガソン 撮影:アレックス・トムソン 特撮:リチャード・エドランド 編集:テリー・ローリングス 音楽:エリオット・ゴールデンサール
出演:シガーニー・ウィーヴァー、チャールズ・S・ダットン、チャールズ・ダンス、ポール・マッギャン、ブライアン・グローヴァー、ラルフ・ブラウン、ランス・ヘンリクセン、ダニエル・エドモンド、ピート・ポスルスウェイト

 1がホラー映画で2が戦争映画。そしてこの3は宗教映画である。
 作中に散りばめられた宗教的意匠の数々からしてどうだろう。荒れ果てた惑星の鉱物基地で働く囚人達はキリスト教にはまっていてそこに修道士の姿を見出すのは難しいことではないだろう。リプリーは「ここには毛ジラミがいるから」と頭を丸めてしまう。お前は瀬戸内寂聴か。キリスト教の修道女は頭を丸めないと思うが、宗教的意味合いを持たせているのは間違いないだろう。単なる思いつきで主演女優を丸刈りにしない。
 オレが久々に観たのは劇場版よりも30分長い完全版。劇場公開版ではフェイスハガーにやられるのは囚人のペットの犬だったが、完全版では牛になっている。またエイリアンに新設定が加わって、宿主にした生物のDNAを取り込むようになっているらしい。そのため、これまでのエイリアンは人間型だったが今回は四つ足歩行の獣型となっている。エイリアンの動きは犬から生まれた設定のままなので素早いが、牛から生まれたのならばもっとのそっとしてそうなものだが、怖くないなぁそんなエイリアン。
 なんでも製作がかなりトラブったそうで、脚本はリテイクが続くわ監督は決まらないわで大変だったらしい。最終的にはコマーシャルやミュージック・ビデオを撮っていたデヴィッド・フィンチャーの監督デビュー作となった。かなりの意気込みで挑んだようで、映像面での冒険から言えばシリーズ1だろう。壁や天井を自由に移動しながら追ってくるエイリアン視点や基地の美術など元々はILMのSFXマンだった経験を存分に活かしている。

 ただ、シリーズ中1番人気がないんじゃ無かろうかというのも確かで、『エイリアン2』であれだけ苦労して助けたニュートが映画の冒頭で死ぬ。ついでにヒックス伍長も死ぬ。ビショップなんかゴミ捨て場だ。単純に続編としたくなかったのと新しくやりたいことがあったゆえの決断なんだろうがこりゃあんまりだ。
 おまけにリプリーまでエイリアンに寄生されている。胸の辺りでちゃくちゃくと成長中でいずれは胸を突き破って出てくるのを待つだけだ。これまでの登場人物だと寄生されるとせいぜい30分ぐらいでエイリアンが出てきたのだが、リプリーの場合だけ延々長い。これは主人公だからかと思ったが、どうやら寄生しているのがクィーンだからのようだ。兵隊エイリアンと違ってクィーンエイリアンはじっくり育つのだ。

 そして物語のラスト。
 リプリーはクィーンを体内に抱いたまま自ら溶鉱炉に飛び込んでいく。
 その時のポーズは背中を下に両手を左右に広げて、まるで十字架に掛けられたイエス・キリストの姿のようではないか。そう、イエス・キリストが人間の罪を一身に背負って磔になったように、リプリーもクィーンエイリアンを背負ったまま死ぬことで人類を救ったのだ。
 完全版だとリプリーは炎に包まれて消えるが、劇場公開版では落下中に胸からクィーンエイリアンが出てきてそれを抱きかかえるようにして溶鉱炉に落ちて燃え尽きた。自らの子でもあったのか?
 そう考えていくと、エイリアンは人類にとっての原罪の一つなのだ。権力者達は常にそれを欲し、下の物はその犠牲になる。それが永遠に繰り返されていくのかも知れない。

B001EI5M00.jpg『エイリアン』(1979) エイリアン ALIEN 118分/ディレクターズ・カット116分 アメリカ

監督:リドリー・スコット 製作:ゴードン・キャロル、デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル 製作総指揮:ロナルド・シャセット 原案:ダン・オバノン、ロナルド・シャセット 脚本:ダン・オバノン 撮影:デレク・ヴァンリント 特殊効果:カルロ・ランバルディ 編集:テリー・ローリングス、ピーター・ウェザリー 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:シガーニー・ウィーヴァー、トム・スケリット、ジョン・ハート、ヤフェット・コットー、ハリー・ディーン・スタントン、ヴェロニカ・カートライト、イアン・ホルム

「今、まんじゅうを買うとアンコの中に塗り絵が入っている。これがほんとの絵入り餡」
 なんていうギャグが江口寿史の『すすめ!!パイレーツ』であったのよ。これがオレと『エイリアン』の最初の出会いだな。
 当時はガチガチのSF原理主義者だったので「なんだSFのふりしてホラーじゃねーか」観に行かなかったのだ。今でもそう思うね、さすがにSFじゃないとまでは思わなくなったけど、分類としてはSFよりもホラーだな。それも屋敷系のホラー。呪われた屋敷に閉じこめられて吸血鬼なり殺人鬼なりに一人また一人と殺されていくタイプ。館が宇宙船になって殺人鬼がエイリアンになった以外、大差はない。
 その手の物語だと、一人になるなっつーのに登場人物は好んでそんな状況になりたがる。そして案の定殺される。君ら学習しろよ、ちゃんとホラー映画を観ておけよといつも思う。ハリー・ディーン・スタントンに一人で猫を探しに行かせるなよ。というかあの状況で猫のことなんかどうでもいいじゃん。ほっとけよ。
 エイリアンのフェイスハガーは蟹風な外見。食べたら案外おいしかったりしてな。イアン・ホルムが死んだフェイスハガーを調べるところではホタテの貝柱状の物も見えて魚介類系で美味そう。おっ、この触手のところが酸味が利いてますな、なんつって。蟹ミソならぬフェイスハガーミソがおつだったりして。
 そして胸を突き破って出てくる幼生体のチェストバスター。顔に貼り付くからフェイスハガーとか胸を突き破るからチェストバスターとかそのまんまな名前だ。1?4までの作中で使われた記憶はないから公式設定名なのかも分からん。ファンが勝手に呼んでるだけかも知れない。そのチェストバスターに胸を突き破られるのがジョン・ハート。『スペースボール』(1987)では「またかよ?」とパロディやってました。『エレファントマン』(1980)でエレファントマンを演じた名優なんだが未だにエイリアンのイメージが強い。
 それにしてもジョン・ハートも若い。イアン・ホルムも若い・ハリー・ディーン・スタントンなんてもっと若い。そんな中、一人あまり変わっていないのがリプリーことシガニー・ウィーヴァー。あんたが人造人間なんじゃないか?
 この作品では戦う人間側もただの船乗りという素人だし、武器も電撃棒や火炎放射器ぐらいの粗末なもの。そんな彼等が宇宙船のダクトを自在に這い回りどこからともなく襲いかかってくるから怖いんで、やっぱ『エイリアン2』は別物だよな。
 エイリアンをゴキブリに例えている人がいたが納得。夜の台所に入って電気を付けたらエイリアンが壁を張っていたら数秒間は動きが止まるわな。その隙にやられてしまう。宇宙船にはエイリアンホイホイが必須だ。かかってジタバタもがいているエイリアンをホイホイごと宇宙へぽいっ。後にエイリアンのスペースデブリが問題になるとは誰も知らないのであった。

 それにしても、猫ぐらいの大きさのチェストバスターから一回脱皮状態のエイリアンにハリー・ディーン・スタントンは出くわすわけだが、この時すでに人間大の大きさ。何を食って大きくなったんだ?ひょっとして中味の大半は空気で外殻だけデカいのか?セミみたいなもんか?これについては昔から疑問でならない。誰か答えを教えてくれ。

 食事をしているシーンが2度ほど登場するが、シリアルっぽい物やベチョベチョのパスタっぽいものなどやたらメシが不味そう。オレだったら思いっきり仕事のモチベーション下がるね。今の宇宙飛行士だってもっと良いもの食べてるぞ。
 船長や航海士などの肉体労働者と機関士達肉体労働者の間にはヒエラルキーがはっきりと区別されているようで、上の者には絶対服従。油断すると命を落としかねないのは地球の海も宇宙の海も同じなのかも知れない。でも機関士達の意見に従っておけば悲劇は起きなかったという矛盾。

B001EI5LZG.jpg『エイリアン2』(1986) ALIENS 137分/完全版 154分 アメリカ

監督:ジェームズ・キャメロン 製作:ゲイル・アン・ハード 製作総指揮:ゴードン・キャロル、デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル 脚本:ジェームズ・キャメロン 撮影:エイドリアン・ビドル 特撮:スタン・ウィンストン デザイン:シド・ミード 編集:レイ・ラヴジョイ 音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:シガーニー・ウィーヴァー、マイケル・ビーン、キャリー・ヘン、ランス・ヘンリクセン、ポール・ライザー、ジャネット・ゴールドスタイン、ビル・パクストン、ウィリアム・ホープ、アル・マシューズ

 前作のラストから57年。リプリーの乗った難破船はようやくと発見される。ずっと冷凍睡眠状態だったはずなのに何故か老けているリプリー。
 会社からは船を不当に爆破したと罪を着せられ、貨物運搬係で生活をしのいでいるリプリーの元に連絡が入る。
 リプリー達がエイリアンの卵を発見した惑星からの連絡が途絶えたと。

 なにが燃えるったって終盤の展開の怒濤っぷりだ。
 同じジェームズ・キャメロン監督作『ターミネーター』でも終わったかなと思ってまだ終わらずに追ってくるというシチュエーションだったが、今回はさらに磨きがかかっている。いつになったら終わるか油断できないドッキリハウス状態だ。
 完全版ではリプリーに娘がいて、冷凍睡眠中に死んでいたことが提示されており、リプリーのニュートに対する過剰な思い入れぶりの説明となっている。ちなみにニュートは仕事をしていないそうだ。そりゃニートか。リプリーが命がけでエイリアンからニートを守る映画もちょっと観てみたい。ちょっとだけだけどな。
 脚本も手がけたジェームズ・キャメロンの設定好きぶりがうかがえる。海兵隊の設定などは現在の海兵隊を取材してそれを発展させて作り出したものだろうし、近未来武器の数々についての過剰な書き込みぶりは見事。レーザー銃ではなく10ミリ徹甲弾弾を利用していたり、センサーで動作するセントリー銃などこういう設定を考えるのが楽しくて仕方ないのだろう。
 中でも、『エイリアン』では甲殻類的イメージだったエイリアンをクイーンを長とする昆虫社会としてしまった点は秀逸だろう。昆虫と人間とでは意思の疎通は不可能にしか思えずまったく異質の存在だ。そのエイリアンが昆虫ならではの言葉も交わさないのに一糸乱れぬ攻撃を仕掛けてくるところなど実に怖ろしい。
 そしてSF映画におけるロボット登場シーンの屈指とも言えるパワーローダーが姿を現す。ズシンズシン、ウィーンウィーン、グルグル。

 後半のリプリーはニュートの件があるとは言え、あまりにも強くなりすぎ。訓練も受けたわけでもないのに、短時間のトレーニングで見事に武器を使いこなす。ひょっとしたら生まれつきの戦士なのか?
 最初の戦闘で海兵隊員の半数近くが死ぬが、ビデオカメラ越しの映像+暗い映像で誰が死んだか分かりにくいのもマイナス。
 そもそも軌道上に浮かぶ母艦を無人にはしないんじゃないだろうか。そうしなければ盛り上がらないんだけれど。
 1作目であれだけ無敵だったエイリアンが銃器で簡単に殺されてしまうのは異論もあるだろうけど、1ではしょせん手作り武器があるだけで状況が違う。そもそも1はホラー映画で2は戦争映画。ん......するとエイリアンを生物兵器にしようという計画は穴がないか。恐れを知らず命令に実直だが意外と弱いぞあいつら。
 まぁ、一番怖いのはエイリアンじゃなく自己の利益のためなら平気で人を裏切る人間だったってことで。

B001LM185M.jpg『新シャーロック・ホームズ/おかしな弟の大冒険』(1975) THE ADVENTURE OF SHERLOCK HOLMES' SMARTER BROTHER 92分 アメリカ

監督:ジーン・ワイルダー 製作:リチャード・A・ロス 脚本:ジーン・ワイルダー 撮影:ジェリー・フィッシャー 美術:テレンス・マーシュ 音楽:ジョン・モリス
出演:ジーン・ワイルダー、マデリーン・カーン、マーティ・フェルドマン、ロイ・キニア、レオ・マッカーン、ドム・デルイーズ、ダグラス・ウィルマー、ソーリー・ウォルターズ、ジョージ・シルヴァ、スーザン・フィールド

 シャーロック・ホームズにマイクロフトという兄がいたことはよく知られているが、実は弟もいたのである。才能ある兄の影で世をすねてしまいすっかりひねくれた彼の名こそシガーソン・ホームズ。
 シャーロックが「自分がやるまでもない」とシガーソンに廻したある女性歌手と謎の文書にまつわる事件。実はこれが国家間の陰謀を巡る大事件でかのモリアーティー教授が影で糸を引いていたのだ。

『ヤングフランケンシュタイン』(1974)と同じくギョロ目のマーティ・フェルドマンをお供に連れてひたすらドタバタの一大コメディ。
 テンポから言うと師匠筋に当たるメル・ブルックスに似てあまりいい方ではない。それこそドタバタというかドタドタ。だがそこに慣れてしまえば野暮ったさも泥臭さもむしろプラスになる。洗練されたコメディだけが面白い訳じゃないのだ。
『ゲット スマート』でもあった衆人環視の前で服の尻の部分が破れてるところなんて下品下品。しかもこっちは二人だ。
 シガーソンの部屋に謎の女性が訪れた足音がしたと見せて実は男の管理人だったというギャグの繰り返し。
 馬車の上での戦いは片方が手袋屋の看板を手にはめれば、シガーソンは靴屋の看板を抱えて殴り合う始末。そして手袋男は馬車から地面に落ち、巨大手袋をかざすと「タクシー」と言って気を失う。下らないギャグだがそこがいいんでないかい。ギャグの量は及第点。
 ただ、人物相関図がいまいちはっきりしない。謎の女性の正体が分かったと思ったらまた違っていたりでそこら辺はもうちょっとすっきりさせた方が良かっただろう。文書の正体が結局分からないままなのは良し。文書に意味なんかない、物語を進めるための小道具でしかないのだ。つまりマクガフィン。裏で全てを操っていたのは結局……弟を独り立ちさせたかったんだろう。
 人を選ぶ作品ではある。ドタバタコメディが嫌いな人は受け付けないだろう。メル・ブルックスが苦手な人は観ない方が良い。好きな人はさあ観よう。
 ジーン・ワイルダーはこれが監督デビュー作。名作の多いシャーロック・ホームズのパロディ物に挑んでかなり成功させている。

 DVDは『大陸横断超特急』と同じくジーン・ワイルダーを故・広川太一郎氏が吹き替えている。「嘘付け、べったら漬け」。でも、こちらは観た覚えはないんだよな。『ヤングフランケンシュタイン』もテレビ放映時には広川太一郎がジーン・ワイルダーを吹き替えていたそうだが観たことがない。DVDに収録してくれないかな。

B001LM185C.jpg『大陸横断超特急』(1976) SILVER STREAK 116分 アメリカ

監督:アーサー・ヒラー 製作:トーマス・L・ミラー、エドワード・K・ミルキス 製作総指揮:フランク・ヤブランス、マーティン・ランソホフ 脚本:コリン・ヒギンズ 撮影:デヴィッド・M・ウォルシュ 音楽:ヘンリー・マンシーニ
出演:ジーン・ワイルダー、ジル・クレイバーグ、リチャード・プライアー、パトリック・マクグーハン、ネッド・ビーティ、リチャード・キール、レイ・ウォルストン、クリフトン・ジェームズ、ヴァレリー・カーティン、スキャットマン・クローザース

 昔はテレビでよく放映されていたものですよ。最近ではゴールデンタイムの映画枠もすっかり減ってしまって残っているのはテレビ東京系の『木曜洋画劇場』ぐらい。

 ジーン・ワイルダーがロス発シカゴ行きの特急シルバーストリーク号の一等車個室に乗ったところ、隣室の女性と良い感じになってベッドインしたりします。服のこっちを脱がせそっちを脱がせなんてことをしちゃったりなんかしたりしていると、窓の外に頭を撃ち抜かれた男が!
 当然叫び声を上げるジーン・ワイルダーですが、女性が窓を見た時には死体はすでに落ちていて何もない。てっきり見間違いよと言われるが、どうにも釈然としない。
 ところでこの女性はある美術教授の助手でレンブラントに関する著書の会見でシカゴに向かう最中。「ふーん、これがねぇ」なんて手に取った本の裏表紙に載った著者近影こそあの頭を撃ち抜かれた男。それにしてもアメリカのハードカバーは何故か裏表紙に著者近影がでかでかと載っていますな。著者の顔がそんなに大事なんでしょうか。
 ともあれ、教授の部屋を教えてもらって調べに行くと謎の男がゴソゴソしている。
「お前、何者だ」
「お前こそ何者だ。ええい面倒くさい放り出してしまえ」
 謎の男に命じられた金歯の男リチャード・キールはジーン・ワイルダーを引っ張っていくと列車のドアを開け、ドアを開け!ジーン・ワイルダーを放り出してしまいます。
 荒野に取り残され走り去っていく列車を眺めながら、ジーン・ワイルダーは女性のことを心配し、なんとかして列車に追いつくことを決意するのです。これが最初の“放り出され”だとは知らずに。

 いやー、もう20年は観ていないので一部しか覚えていませんでした。
 ジーン・ワイルダーと女性が食事を取るシーンでは、ジーン・ワイルダーが彼女の注文も書いて上げるので、「あれ、これは後で彼女がいなくなっても誰も観た人がいないし、証拠もないという『バルカン超特急』ネタだったかなと思ったぐらい。
 鉄道だけではなく、小型飛行機、車などなどの乗り物を駆使し、悪党の陰謀を阻止する。キーワードは“レンブラントの手紙”だ。
 途中の保安官事務所での会話がふるっていて、
「だからね、二人の男が死んだんですって。教授が頭を撃ち抜かれて、一人はFBIの捜査官。ついでFBIを撃った大男を僕が水中銃で撃ち殺しました」
「何で撃ったって?」
「水中銃です。撃たれそうになったものですから。彼は教授も撃ったんです」
「じゃあ死んだのは三人だ」
「ああ、それを言うのを忘れてました。教授が撃たれたのは昨夜だったもので。それからレンブラントの手紙は私が持っています」
「そのレンブラントはもFBIか」
「レンブラントはとっくに死んでますよ」(レンブラント:1606?1669)
「じゃあ死体は四人じゃないか!」

 まったく、田舎者の保安官と来たら。

 そして隙を見てパトカーを奪って逃げ出したジーン・ワイルダーは車内に拘束されていたこそ泥のリチャード・プライアーの手を借り、列車を追うことになります。
 ところが、ようやく列車に追いついたというのにジーン・ワイルダーは手配犯としてすっかり警戒されています。このままではとても乗り込めない。そこでリチャード・プライアーが案じた一計で黒人の靴磨きから帽子やラジオに靴墨を買ってジーン・ワイルダーを黒人に変装させることだった。ラジオで音楽を聴いてノッテる振りをするジーン・ワイルダーのあまりのひどさに頭を抱えるリチャード・プライヤー。

 ラストはシカゴ駅に突入してくるシルバーストリーク号。壁を突き破り、レンガと砂煙を巻き上げる。突然パニック映画になっちゃうんだもん、まいっちゃうよこれが。

 ついてない普通の男が陰謀に巻き込まれて列車からは落とされるわおばあちゃんの操縦する飛行機で空を飛ぶわの大活躍。これぞパニックアドベンチャーロマンスコメディ。
 次から次への展開と、ジーン・ワイルダーを中心としたコメディ俳優の芸が見物である。特に、基本的に情けなく巻き込まれてしまってもう大変なジーン・ワイルダーには大笑いすることが出来るだろう。
 何度列車から落とされてもまた乗り込んでくるジーン・ワイルダーを吹き替えていたのは故・広川太一郎氏。ジーン・ワイルダーの芸は話術による部分がかなり大きいので字幕ではやはり伝えきれない。そこをカバーしてくれるのが広川太一郎氏の吹替だ。今作ではアドリブも控えめで、『Mr.Boo』の三枚目役からロジャー・ムーア版『007』の二枚目声まで使い分けていて、さすがプロ。
 もう一度観てみたいなと思っていたら出ましたよ吹替テレビ音声収録のDVDが。テレビ用の吹替なのでかなり英語+日本語字幕のシーンがあるがしょうがない。やるじゃないの20世紀フォックスさん。ヘンリー・マンシーニのスコアも作品にあっているし、ネッド・ビーティに『シャイニング』のスキャットマン・クローザースなど個性的なキャストも多い。
 脚本は『ファールプレイ』でアルフレッド・ヒッチコックにオマージュを捧げたコリン・ヒギンズ。監督のアーサー・ヒラーは『
見ざる聞かざる目撃者』(1989)でもジーン・ワイルダーとリチャード・プライヤーのコンビを使っている。でも視覚障害者と聴覚障害者をネタにしたこちらはDVDにならないんだろうな。

B001JPSLWE.jpg『アイ・アム・レジェンド』(2007) I AM LEGEND 100分 アメリカ

監督:フランシス・ローレンス 製作:アキヴァ・ゴールズマン、ジェームズ・ラシター、デヴィッド・ハイマン、ニール・モリッツ 製作総指揮:マイケル・タドロス、アーウィン・ストフ、デイナ・ゴールドバーグ、ブルース・バーマン 原作:リチャード・マシスン 脚本:マーク・プロトセヴィッチ、アキヴァ・ゴールズマン 撮影:アンドリュー・レスニー 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ウィル・スミス、アリシー・ブラガ、ダッシュ・ミホク、チャーリー・ターハン、サリー・リチャードソン、ウィロウ・スミス、ダレル・フォスター、エイプリル・グレイス、ジェームズ・マッコーリー

 前にも書いたことだがオレは自己犠牲ってラストが嫌いでねぇ。やるだけやって結果死んでしまうのは好きなんだけど。でもって、この作品があからさまに“自己犠牲”なわけですよ。爆弾持って特攻なわけですよ。『さらば宇宙戦艦ヤマト』か、お前はなわけですよ。

 今回は、ガンの特効薬として作られたワクチンが暴走し、人類を破滅させてしまった設定。三度の映画化の中でそれぞれパターンが違うのは興味深い。『オメガマン』では細菌兵器だったが、今回は医療における進みすぎてしまった遺伝子操作。それぞれ冷戦下や人間の手の触れてはいけない技術への警鐘となっている。
 今回も映像の目玉は無人と化したマンハッタン。『地球最後の男』では人の少ない日に時間をうかがいつつ撮りましたって感じだし、『地球最後の男 オメガマン』では休日に交通規制を引いて撮った。今作でも上記の手法+CGやミニチュアで無人の街並みを作り出している。大通りをカメラが鳥の視点でガーッと後ずさっていくシーンはあれミニチュアだよね?
 もしも街から誰もいなくなったら。これが病気のせいだと怖いが、ドラえもんのひみつ道具による物だったら案外楽しいかも知れない。大通りの真ん中で寝てみたり、お店の物は持っていき放題だし建物にも入り放題。車で街をぶっ飛ばしてみたりとやりたい放題だ。そんな放題状態なのが主人公のウィル・スミス。空母の甲板に駐められた偵察機ブラックバードの翼の上からゴルフの練習。でもつまんなそう。“独裁者スイッチ”状態だな。
『オメガマン』では映画館で映画を見ていたが、ウィル・スミスは自宅でDVDを観ている。レンタル屋から借りてきているようで、店員役のマネキンをレジに置いて「Dの棚の半分までいったよ」と話しかけている。店内には他にも常連客役のマネキンが何体もいる。やはり好き放題出来ることよりも孤独はつらいのだ。
 その孤独を慰めてくれるのがシェパード犬サム。愛娘が残してくれたパートナーだ。この犬の存在が前二作との大きな違いとなる。『地球最後の男』にも犬は出てきたがちょっとだけ。だからヴィンセント・プライスは始終モノローグを語ることで自らの心情を明かしていたし、チャールトン・ヘストンはあまり語らず何を考えているか今一つよく分からない。
 それらの点を補うのがサムの存在で、サムに話しかけることによってウィル・スミスが何を考え感じているのかを表現している。多少安易だが有効的な手法で、サムがいなければウィル・スミスの感じている孤独や苦悩はもっと伝わりにくかったろう。
 そのサムも生き残った感染者“ダークシーカー”の罠にかかったウィル・スミスを助けようとして感染犬に傷を負わされ感染してしまう。完全な孤独に陥ったウィル・スミス。
 ダークシーカーの姿は体毛が無いゾンビ風の風貌で描かれ、体力は人間離れをしておりジャンプ力もスゴイ。ただし光(紫外線)に極端に弱く、日中は隠れ家から表に出てこられない。科学者のウィル・スミスはワクチンを開発するために何体もダークシーカーを捕らえては実験材料として使っており、奴らには知能がない動物と同じ状態だと思っている。だがしかし……

 と、散り散りな知識が少しずつ集まってきて全体像が見えてきた辺りは良いんだが、ラストが安易な自己犠牲。でもって俺様は伝説になりましたとさ。

B001JPSL10.jpg『地球最後の男 オメガマン』(1971) THE OMEGA MAN 99分 アメリカ

監督:ボリス・セイガル 製作:ウォルター・セルツァー 原作:リチャード・マシスン 脚本:ジョイス・フーパー・コリントン 撮影:ラッセル・メティ 音楽:ロン・グレイナー
出演:チャールトン・ヘストン、ロザリンド・キャッシュ、アンソニー・ザーブ、ポール・コスロ、リンカーン・キルパトリック、エリック・ラニューヴィル、ジル・ジラルディ

 オメガ(Ω)はアルファから始まるギリシャ文字の24番目で最後の文字。だからオメガマンで“最後の男”と言った意味なのだろう。別に変身して空を飛んだりするわけではない。
 リチャード・マシスンの原作の二度目の映画化で、最初はヴィンセント・プライス主演の『地球最後の男』で三度目は最近の『アイ・アム・レジェンド』(2007)だ。
 主人公のネヴィルを演ずるのはチャールトン・ヘストン。無人の街と化したニューヨークの街を真っ赤なスポーツカーで走り回りサブマシンガンを振り回しては、時に上半身裸になって胸毛をあらわにしては体臭むんむん。3作品の中では一番攻撃的である。
 洋服店で他の生き残りに初めて会うのがその上半身裸のシーン。若い黒人女性の彼女は当然逃げ出す。それを黒いサブマシンガンを片手に追うヘストン。「待て、待ってくれ。何もしないから」と叫べば叫ぶほど彼女は逃げる。そりゃそうだ。どう見たって変質者か危険人物。
 昔はテレビでよく放映された作品だ。ヘストンの吹替はもちろん納谷悟郎。タフで感染者を相手に一歩も引かぬ精神力の持ち主だが実は科学者で今回の病気の研究をしている。病気は中ソ間の戦争で使われた細菌兵器によるもの。他2作で主人公が感染しなかったのは生まれつき免疫を持っていたからだったが、ヘストンは開発中の試作品ウイルスを自ら注射したから。よって彼の体内には抗体が生じていて、それで他人の感染を直すことが出来る。
 感染者は全身の皮膚と髪が真っ白になり光彩も白くなって光を極端に嫌うようになる。黒い布を身に纏った姿は修道僧のよう。知識は非感染者と余り変わらないが、機械や銃などの高度な武器は使わない。これは使う知恵がないからではなく、罪の産物だと思っているからだ。なんか、感染者と言うよりも特殊な教団の感染者か思想団体と言った感じであまり怖さはない。映画の敵役としてはあまり怖くない。それよりも問答無用でサブマシンガンを撃ちまくるヘストンの方が怖い。さすが全米ライフル協会だ乱射はお手の物。
 無人のニューヨークは休日に撮ったそうだが、それでも大規模な交通規制が必要だっただろう。こんなカットよく撮ったなと感心してしまう。反して、待ちの遠景などは早朝などの人の少ない時間に撮ったスチール写真をそのまま使ったもののようだ。多少は人が映っていても動かなければ気づかないものだ。
『アイ・アム・レジェンド』ではDVD屋からDVDを借りてきて観ていたが、『オメガマン』では豪華にも劇場を貸し切って『ウッドストック』を観ている。『ウッドストック』のメッセージ性が活かされたシーンだと思うが185分もある長い映画なのにフィルムチェンジはどうしていたのだろうか。劇場用映画はリールが大きくなりすぎるので1リールではなく、複数のリールを2台の映写機で交互に掛ける。映写室のシーンでは映写機が複数登場するが予備じゃないのだ。ちなみに一般的な35ミリの場合1リールで10分だそうだ。フィルム交換の合図となるのがたまに画面の右端に黒い丸が出る。最近のシネコンだと自動交換だそうだが。そうじゃなか10スクリーンとかやってられないよな。
 アクション活劇として始まった作品だが、途中から観念的なところが増え始めるがのチャールトン・ヘストンか。
 ある人物が頭に巻いた布を外すと黒かったはずの髪が真っ白なシーンは怖かった。その後の発言はもっと怖いが。一人は全体のため、そして一人も全体のため。怖い怖い。
 でもなー、あのラストだと『地球最後の男』じゃないよな。

B001OC2EPC.jpg『ゲット スマート』(2008) GET SMART 110分 アメリカ

監督:ピーター・シーガル 製作:マイケル・ユーイング、アレックス・ガートナー、アンドリュー・ラザー、チャールズ・ローヴェン 共同製作: アラン・グレイザー 製作総指揮:ブルース・バーマン、スティーヴ・カレル、デイナ・ゴールドバーグ、ジミー・ミラー、ブレント・オコナー、ピーター・シーガル 監修:メル・ブルックス、バック・ヘンリー 脚本:トム・J・アッスル、マット・エンバー 撮影:ディーン・セムラー 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:スティーヴ・カレル、アン・ハサウェイ、アラン・アーキン、ドウェイン・ジョンソン(ザ・ロック)、テレンス・スタンプ、ケン・ダヴィティアン、マシ・オカ、ネイト・トレンス、テリー・クルーズ、ジェームズ・カーン、デヴィッド・ケックナー、ダリープ・シン、ビル・マーレイ

 あのおとぼけスパイ・スマートが帰ってきた。厳密に言うと二代目スマート。オリジナルの『それ行けスマート』は『それ行けスマート 0086笑いの番号』(1980)しか観ていないけど、スティーヴ・カレルがドン・アダムスの後を継ぐ(?)シーンは泣けたね。

 『ゲット スマート』の主人公エージェント86ことマックスはマヌケにして有能。あるシーンではすごく切れ者なのに、別のシーンではまるで役立たず。その落差が大きすぎるのが気になる。
 マヌケなのだがなぜか毎回難関を切り抜けてしまう方が個人的には面白そうだ。脚本を書くのは大変だろうが。大男の殺し屋に屋上で追い詰められた時の逃げ方や、ある人物にレールの上を炎上しながら疾走する車から逃げ出す時の方法はマヌケで面白いのでその辺りを貫いて欲しかった。
 悪人相手に真面目に格闘して勝ってしまうのはちょっと興ざめ。キャビアを産むのはチョウザメ。

 アメリカにはCIA、NSA、FBIなど各種組織があるが、その中の一つに平和を守る情報機関コントロールがある。マックスはそこの情報分析官。現場で仕事をするエージェントを目指しているが、分析官としての能力が優秀すぎて現場に出すにはもったいないと昇進させてもらえない。
 そんなところへ、かねてから因縁のある世界征服を企む秘密結社カオスの攻撃によりエージェントの情報が漏れ多くの者は殺され、生き残った者も現場に出ることが出来なくなってしまった。今度は核兵器によってアメリカ大統領抹殺を企んでいるらしいカオスに対抗するため、コントロールは急遽マックスをエージェント86に昇格させ、最近大規模な整形手術をしたばかりで面の割れていない女性エージェント99の二人でロシアに向かわせる。ところがマックスはヘマをしたり意外な活躍をしたりでどうもつかみ所がない。

 下らないギャグがそれなりにあってそこのところは満足。好みから言えばもっと多くても良いんだけど、物語のバランスを考えるとこのぐらいまでか。そのバランスを無視したのが往年のZAZの面々なわけだが。
 麻酔薬の吹き矢を撃つシーンでは「吸い込むよな?ここは吸い込むところだよな?」と思っていたらやっぱり吸い込んで失神する。「あー、これは落ちるよ。落ちるよな?」といったシーンではちゃんと落ちる。
「ほらサラウンドすごいでしょ」ギャグには大笑い。
 追い詰められたマックスが言う。「表にはBB弾の銃を持ったチャック・ノリスが待ち構えている」。ギャグなんだろうけど最強かも。チャックさんお前に敵なし。それは130人の狙撃兵にも24人のデルタ・フォースにも勝る。チャックさん最強説が改めて提示された。
 オリジナルでは定番だった靴が通信機になっているギャグもちゃんと踏襲。というか、そのシーンで初代スマートのスーツや車など一切合切を引き継いで二代目になる。どうでもいいけど、スティーヴ・カレルが時折ブルース・キャンベルに見えてしょうがないのはオレだけだろうか。

 エンドクレジットの頭に出る監修(CONSULTANTS):メル・ブルックス、バック・ヘンリーが良いねぇ。実際にどれだけ関わったか知らないが、まだ映画でメル・ブルックスの名前を観ることが出来るのは嬉しい。
 キャストも豪華で、コントロールのチーフにすっかりハゲ頭のアラン・アーキン、大統領にジェームズ・カーン(オリジナル版にも登場していたそうだ)、凄腕エージェントに本名のドウェイン・ジョンソン名義のザ・ロッックなどなど。木の中のエージェントにビル・マーレイという無駄に豪華キャスト。007のジョーズを思わせる巨人な殺し屋ダリープ・シンはやたらデカい人だなと思っていたら、日本でも活躍したことのあるプロレスラーなんだそうだ。というか同じ監督の『ロンゲスト・ヤード』(2005)でオリジナル版のリチャード・キール的役をやってたな、たしか。
 これでは主人公のスティーヴ・カレルがかすんでしまいそう。というかかすんでいる。オレ、この人あまり好きじゃないんだ。エージェント99のアン・ハサウェイが出ている映画はあんまり観てないし。

B000W7E63I.jpg『リプレイスメント・キラー』(1998) THE REPLACEMENT KILLERS 87分 アメリカ

監督:アントワーン・フークア 製作:ブラッド・グレイ、バーニー・ブリルスタイン 製作総指揮:ジョン・ウー、マシュー・ベア、テレンス・チャン、クリストファー・ゴドシック 脚本:ケン・サンゼル 撮影:ピーター・ライオンズ・コリスター 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:チョウ・ユンファ、ミラ・ソルヴィノ、マイケル・ルーカー、ケネス・ツァン、ユルゲン・プロフノウ、ティル・シュヴァイガー、カルロス・ゴメス、ダニー・トレホ、A・J・マートン、アル・レオン

 ああっ、『男たちの挽歌』シリーズであれだけ格好良かったチョウ・ユンファが何だこれは。ちょい下ぶくれで七三分け。これで眼鏡でもかけようものなら東洋のビジネスマンではないか。
 この作品でのチョウ・ユンファの見せ方が悪いのか、東洋人の中に置いてこそチョウ・ユンファは格好良かったのか。その後の活躍ぶりを見ると、やはり東洋人としての格好良さだったのだろうか。
 こいつがチョウ・ユンファのハリウッドデビュー作。もう10年も経つのか。その間の出演作というと『NYPD15分署』(1999)、『バレット・モンク』(2003)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(2007)が一番の大作で、新作は『ドラゴンボール』(2009)の亀仙人。そこそこ出演作はあるが、ジャッキー・チェンやジェット・リーなどの格闘アクションスターと比べるとやはり落ちる。
 チョウ・ユンファといえば二丁拳銃の乱射だが、アメリカで高校生などによる乱射事件が相次いだためにハリウッドが激しい銃撃戦から一歩引いた時期だったのもタイミング的に悪かった。この作品でも全体を通して銃撃戦が繰り広げられるが、香港のジョン・ウー物を見た目にはちょっと地味に感じられてしまう。ちなみにジョン・ウーはこの映画の製作総指揮に関わっている。この頃のジョン・ウーは『フェイス/オフ』(1997)と『M:I-2』(2000)との合間。どうせならジョン・ウーが監督をやれば良かったのに。
 監督はアメリカ人のアントワーン・フークア。今作でデビューして『ティアーズ・オブ・ザ・サン』(2003)や『ザ・シューター/極大射程』(2007)を撮ることになる人なので才能はあるのだろう。だが、銃撃戦で派手な連射はしてくれるのだが、突っ立って連射しているだけのシーンが多く人の動きの動線に面白みがない。その点に関してはやはりジョン・ウーが数歩先を行っている。
 CMやミュージックビデオ出身の人なのでスタイリッシュなのかも知れないがまだ映像に重みがないのだろう。
 劇場公開時のコピーは『映画史上、最も美しい銃激戦。』そりゃ言い過ぎだ。

 組織に与えられた仕事を出来ずに逆に命を狙われることになる殺し屋。そしてその母と妹を人質に取られている。アメリカから中国へ脱出するため、組織の手がかかっていない偽造屋にパスポートを依頼するがこれが白人美人のミラ・ソルヴィノ。だが彼女も巻き込まれて組織に狙われることになる。生きて街を抜け出すことが出来るのか?

 刑事役にマイケル・ルーカー。組織のボスに『男たちの挽歌』のキンさんことケネス・チャン。その部下には『Uボート』のユルゲン・プロフノウ。チョウ・ユンファをつけ狙う殺し屋にはダニー・トレホに出てきた瞬間チョウ・ユンファに撃ち殺されるアル・レオンと観る人によっては豪華な顔ぶれ。ミラ・ソルヴィノのチョウ・ユンファに依存することなく、互いに自立した人間同士の関わり合いで変に恋愛方向に話しを持っていかないのが良かった。
 当然のごとく終盤に派手な撃ち合いがあるのだが、悪役たちがちょっと簡単にやられすぎで手応えがない。ザコに継ぐザコで、せっかく良い死に方をしてくれるユルゲン・プロフノウはミラ・ソルヴィノが片付けてしまう。チョウ・ユンファと戦うダニー・トレホぐらいはもっとタフでも良かったんじゃないだろうか。観たかったぞ、二人の死闘。
 チョウ・ユンファが主に使うのはもちろんM92F。序盤では一丁だが当然二丁拳銃も披露してくれる。両手に一丁ずつ。ベルトの前に二丁、後ろに二丁。その分、予備マガジンを持った方がいいんじゃないかとも思うが、打ち終わった銃を惜しげもなく投げ捨てると次の銃を抜くところがイカすのだ。タランティーノの『ジャッキー・ブラウン』(1997)だかで「香港人は弾切れになると銃を捨てちまうんだぜ」ネタにされていた気がするが、タランティーノも気に入っているに違いない。

 ラストの空港で、人混みの中にふっと消えるチョウ・ユンファ。やっぱり渋いねぇ。白人に分からなくても東洋人には分かるのだ。

B001CMJA8I.jpg『ザ・プロテクター』(2008) THE SHEPHERD: BORDER PATROL 95分 アメリカ

監督:アイザック・フロレンティーン 製作総指揮:アヴィ・ラーナー、キャシー・ブレイトン 脚本:ケイド・コートリー、ジョー・ゲイトン 撮影:ダグラス・ミルサム 音楽:マーク・セイフリッツ
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、スコット・アドキンス、スティーヴン・ロード、ゲイリー・マクドナルド、ナタリー・ロブ

 単純に娯楽映画という観点から観ると最近の『ザ・コマンダー』や『ザ・ディフェンダー』よりも面白い。ただ今回も日本劇場未公開でDVD発売のみのビデオダイレクトないしビデオスルーと呼ばれる形態。最近のヴァン・ダム映画はアメリカでもビデオダイレクトが多いというがこの作品もそうだったのだろうか。

 アメリカ?メキシコ国境。そこを守る国境警備隊にカトリーナ台風で住まいを失ったニューオリンズの警官が赴任してくる。
 国境に張り巡らされたフェンスを乗り越え、毎日の様に何人、何十人の密入国者がアメリカに入り込んでくる。その中には、コカインやヘロインなどの麻薬を抱えて密輸する者もいる。
 ヴァン・ダムはそれら密入国者を取り押さえるが、どうもそれだけが目的ではないようだ。

 今作はアクションが多い。それもヴァン・ダム自身の格闘アクションが結構ある。もう48歳なのに頑張ってるな。ストントマンもあまり使っていないようでヴァン・ダム本人の肉体を拝むことが出来る。終盤は麻薬シンジケートのボスでアフガニスタンで活躍した元米軍特殊部隊員。派手な殴り合いが痛みを感じさせる。
『ザ・ディフェンダー』ではイラク・アフガニスタン帰還兵がボディガードとして立ち直る話しだったが、今度の敵はその帰還兵。戦場で戦い、任務を達成させながらも国から見捨てられた連中だ。
 銃撃戦も多く、これもなかなか派手。ヴァン・ダムのショットガンが火を噴き、M92Fが銃弾をばらまく。中でも武装バスとの戦いが燃える。

 で、なんでヴァン・ダムは過去を詐ってまで国境警備隊に入り、そこで麻薬シンジケートと戦うことを選んだのか。それは彼が連れている一匹のウサギに理由がある。
 ヴァン・ダムには妻子がいたが娘が麻薬中毒で死んでしまった。そのウサギは娘が飼っていた。平和だった家族の象徴がウサギなのだ。
 麻薬は悪。それは当然なのだが、娘を殺した麻薬はこの麻薬シンジケートが流したものとは限らず、それどころか麻薬業界ではほんの中規模な連中。それなのにヴァン・ダムにボコボコにされてしまう麻薬シンジケートはある意味直接関係ないのに八つ当たりで壊滅されたわけである。哀れと言えば哀れ。

 国境警備隊の活動を自分の選挙運動に利用しようとしか考えていない市長や、麻薬シンジケートにも通じていてうまく立ち回るメキシコ警察の署長など小狡い人物が脇を支える。特にメキシコ警察の署長は「しょせんグリンゴ(白人)なんて」と腹で思いながらもおいしいところを持って行ってしまう。
 これでヒロイン役の国境警備隊の女性隊長がもっと魅力的だったらと思うが残念。
 ラストで麻薬シンジケートを一つ潰したヴァン・ダムは妻の元へと帰って行くが、本当は国境に残ってさらに麻薬シンジケートを潰し回らなきゃいけないと思うんだがどうだろうか。

 というわけで、ジャン=クロード・ヴァン・ダム特集はこれにて終了。でも、ヴァン・ダムが映画に出続ける限りまた帰ってくるからな。

B001FYZOLU.jpg『ジャン=クロード・ヴァン・ダム ザ・ディフェンダー』(2006) THE HARD CORPS 110分 アメリカ

監督:シェルドン・レティック 製作:デヴィッド・ビクスラー、ブラッド・クレヴォイ、ドナルド・カシュナー、ヴィッキー・ソーサラン、ピエール・スペングラー 脚本:シェルドン・レティック、ジョージ・サウンダース 撮影:ダグラス・ミルサム 音楽:ジョゼフ・メトカーフ
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ラザーク・アドティ、ヴィヴィカ・A・フォックス、ヴィヴ・リーコック、ジュリアン・クリストファー

 イラク戦争を生き抜きながらも子供を自爆テロに巻き込んでしまったためPTSDになってしまい退役軍人病棟で孤独に暮らしている男ヴァン・ダム。その彼に元ヘビー級ボクシングチャンピオンで現在は実業家として活躍している男のボディガードの依頼が来る。チャンプを狙っているのは犯罪者のラッパーで8年の刑期を1年8ヶ月で模範囚として出所してきた悪党。

 途中、ヴァン・ダムのことを誤解しているチャンプとヴァン・ダムが無人のジム内で殴り合って互いを理解するシーンがある。「打撃系など花拳繍腿(華やかな技や人目を引く看板などは武術に必要ない)関節技こそ王者の技よ! 」と某熱き魔法少女(?)コミックの『大魔法峠』では言われているが、やはり殴り合うことでわかり合う男たちの姿が実にソウルフル。それに『大魔法峠』の肉体言語こと関節技だと映画だと地味すぎてやっぱきつい。サソリ固めで決着が付くアクション映画ってどーよ。
 番長と主人公が殴り合って、夕日の差す土手で横たわり「お前、やるな」「そっちもな」的世界が展開される。
 ヴァン・ダム久々の肉体アクションにも燃える。

 チャンプは自身が経営するジムの所属選手もボディガード隊“THE HARD CORPS”に加えることを要求する。そこでヴァン・ダムや元軍人などがその素人集団を鍛え上げるのだが、射撃訓練がちょっと面白い。最近の映画で黒人がよくやっている銃を水平に構える「ラッパー撃ち」や「ヒップホップ撃ち」と呼ばれる撃ち方がケチョンケチョンに貶され、両足を開いて、息を吸って穏やかに撃つとFBIシューティング的な撃ち方を叩き込まれる。
 実際、ガスガンでラッパー撃ちをやってみたがあれは格好だけで当たらない。やはり銃も基本に忠実が一番なのだ。

 そして事件を解決することでヴァン・ダムはPTSDを乗り越える。この辺りがちょっと説明不足ではあるがアクション映画として不足な部分は少ない。
『ランボー』の頃はベトナム戦争帰還兵がテーマだったが、今ではイラク戦争帰還兵がテーマなのだなと一考。
 ICUの女性看護師がまた良い役でウルルン。こういったほんの脇役を活かしてくれるてってのはオレの好みだ。北海道弁で言えば好きやねん。東森弁でいうと好きだっつーの。
 監督はヴァン・ダム映画でお馴染みのシェルドン・レティック。というかヴァン・ダム映画でしか名前を見ないが普段はどうやって暮らしているのだろうか。

B000X2XYXU.jpg『ディテクティヴ』(2006) UNTIL DEATH 113分 アメリカ

監督:サイモン・フェローズ 製作:モシュ・ディアマント 製作総指揮:ダニー・ディムボート、ジョン・トンプソン、アヴィ・ラーナー、ボアズ・デヴィッドソン、ウィリアム・ファイファー 脚本:ダン・ハリス、ジェームズ・ポートルース 撮影:ダグ・ミルサム 音楽:マーク・セイフリッツ
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ウェス・ロビンソン、スティーヴン・レイ、セリーナ・ジルズ、マーク・ダイモンド、ウィリアム・アッシュ、スティーヴン・ロード、ゲイリー・ビードル、C・ゲロッド・ハリス、バフィ・デイヴィス

※2008年1月16日に書いた文章を今回のヴァン・ダム特集に合わせて日付を変更。

 ジジイ、カッケエェ。ジジイの登場シーンだけでオレは満足だよ。歓声をあげちまったよ。この映画の全てを認めるよ。

 このところ、なかなか充実した作品が多いジャン=クロード・ヴァン・ダム。今作では人間として悩み傷つく麻薬捜査官を演じている。昔ならば、「ヴァン・ダムに悩むとか似合わないでしょ」だったが、年齢を重ねて顔にシワも出てきたヴァン・ダムが、結構味があるんだな、これが。
 捜査に入れ込むあまり、妻のことも顧みず、アルコール依存症だけではなくついにはヘロイン中毒になってしまった主人公。
 麻薬密売の大物によって頭を撃たれ、命は取り留めた物の、昏睡状態に陥ってしまう。そして半年あまり後、ようやく意識を取り戻し、リハビリなどの中でかつての自分を省みる。
 後悔と反省によって彼は不自由な足で新しい一歩を踏み出す。だが、麻薬密売組織が彼のことを放っておくはずはなかった。

 格闘アクションや銃撃戦はひかえめで、一匹狼という古いタイプの刑事が全てを失ってしまい、そこから再生していく物語。
 舞台はニューオリンズで、階数が低めの建物が建ち並ぶ光景は、同じくヴァン・ダム主演の傑作『ハードターゲット』を思い出させる。
 前半でのヴァン・ダムの髪型が少しパーマがかかっていて、しかも無駄に長いもみ上げ。クリント・イーストウッドの『ダーティーハリー』をイメージしているのか?敵役がキャラハンという名前だったりするしな。
 妙に凝ったカメラワークがあるが、作中では浮いている。監督のサイモン・フェローズはウェズリー・スナイプスの『7セカンズ』などを撮っている人だが、この人自体は上手いとは思わない。
 過去の罪を反省しても、それを受け入れてくれる人もいるが拒絶する人もいる。「俺は変わった」と言われても、実際に行動で示されてもそう簡単に納得できるものではない。そこで苦悩するヴァン・ダムがちゃんと演技している。そしてまさかあんなラストが待っているとは……悪の親玉を倒してついにはみんなから認められてハッピーエンドだと思ったのに。

B001FYZOJM.jpg『ジャン=クロード・ヴァン・ダム ザ・コマンダー』(2005) SECOND IN COMMAND 92分 アメリカ/ルーマニア

監督:サイモン・フェローズ 製作:ジョナサン・デビン、ブラッド・クレヴォイ、ドナルド・カシュナー、ピエール・スペングラー、製作総指揮:デヴィッド・ビクスラー 原案:ミルト・ベアデン、デヴィッド・コーレイ、ジョナサン・バワーズ 脚本:ジョナサン・バワーズ、デヴィッド・コーレイ、ジェイソン・ロスウェル 撮影:ダグラス・ミルサム
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ジュリー・コックス、ウィリアム・タプリー、ラザーク・アドティ、コリン・スティントン、ヴェリボール・トピッチ、エリザベス・バロンデス

 東欧の某国。選挙で新たに民主的な大統領が選ばれたが、それを不服とする共産主義よりの前大統領は反乱軍を用いて人民を扇動し、大統領府前に押しかけた。
 そこへ突入して大統領を救出するのがアメリカ大使館付き武官の我らがヴァン・ダム。ところが、こんどは逃げ込んだアメリカ大使館を反乱軍に囲まれてしまい、大統領軍が来るのもアメリカ軍の助けが来るのも数時間後という絶望的状況に陥ってしまう。
「アメリカ人は『アラモ』とかこういうの好きだな?」と思っていたらヴァン・ダムに反感を持つCIA職員が「アラモを知ってるか」と尋ねるとヴァン・ダムは「ああ名作だ」と返す。「だが全員死んだがな」のCIAのセリフで終わる会話だが、ジョン・ウェインが監督・主演した『アラモ』(1960)は好きだが果たして“名作”か?

 最初にアメリカ大使館付き武官と米兵が某国大統領府に突撃して大統領を奪還するのは「そりゃ内政干渉じゃないのか」とかなり気になるが、いったん立て籠もってしまうと敵との駆け引きや反乱軍側に人質になっているアメリカ人の使い方。秘密の脱出作戦が失敗する理由などもちゃんと描けている。
 盗聴器を仕掛けられた人物が、知らぬうちにではなく自覚して持ち込んでいた方がドラマチックだと思うが。そもそもあんなマッチの先のような盗聴器ではまともに聴き取れないだろう。意図的に持ち込むぐらいの大きさでなければ無理ではなかろうか。それか、報道陣だけにビデオカメラの中にこっそり仕掛けられていたとかいう方法もあったと思う。
 撮影は東欧のルーマニアで撮影されたようだ。最近では低予算アクション映画のメッカともなっている。うっとしく色彩に欠けた風景の中、繰り広げられるデモがなかなかよく撮れていて、十分に効果を出しているかは少々疑問だがニュース映像のドキュメンタリー風も盛り込まれている。
 戦闘シーンはそれなりに派手で軍人のプロの動きが格好いい。リアルさ重視なのでヴァン・ダムアクションは少なく、肉体格闘戦はほんのわずかだが、ナイフでの戦いが「痛そう」で良い。これがセガール映画や従来のヴァン・ダム映画だったらこの敵の大将との一騎打ちで蹴りが付いてしまうのだが、そうはならずにまだまだ映画は続く。
 まぁ、結局“アメリカは正義”なオチなわけだが。

B001MC02VW.jpg『レクイエム』(2004) WAKE OF DEATH 90分 アメリカ

監督:フィリップ・マルチネス 製作:アラン・レイサム、フィリップ・マルチネス、ステファニー・マルチネス 脚本:フィリップ・マルチネス、ミック・デイヴィス、ローラン・フェルー 撮影:エマニュエル・カドッシュ、マイケル・スワン 音楽:ガイ・ファーレイ
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、サイモン・ヤム、ヴァレリー・ティアン、トニー・スキエーナ、リサ・キング、ダニー・キーオ、フィリップ・タン、アンソニー・フリッドジョン、クロード・エルナンデス

ジャン=クロード・ヴァン・ダムのDVD新作『レクイエム』はかなり良いぞで詳しくは後日と書いたのが2005年07月24日で3年半ばかりほったらかしにしておいたのであった。今にして思えば、ヴァン・ダムにこれもまでと違う一面を感じたの初めての作品である。

 オープニング、ソファに腰掛けたヴァン・ダムの静の画面が映し出される。
 そしてカーチェイスと銃撃戦の動のと一転する。
 再びソファに腰掛けたヴァン・ダムの静の画面。ただし、今度は手前にシーツの掛けられた二つの死体。

 これらの画面の謎が解かれるのは物語も中盤に入ってから。ここで見せた静と動の画面の使い分けが全編を支配していて実によい。監督のフィリップ・マルチネスは後にデニス・ホッパー出演の『NINE -ナイン-』などの制作をする人物だが、監督としての実力も持った男だ。
 ヴァン・ダム風のアクションは少ないが、全体的に重苦しくピリッとした仕上がりで考えてみればこの作品で演技をするヴァン・ダムを初めて意識したのだろう。「泣くヴァン・ダム」はこの作品が初めてか。ラストのあっけなさも良い。息子とプレステで“鉄拳”を遊ぶヴァンダム。いいお父さんだなぁ。
 それにしても、ヴァン・ダムの右おでこのコブは何なのであろう。若い頃はそれほど目立たなかったが、この頃になるとはっきりと目立つ。先天性の物なのか、後天性の物なのか。初期の作品では見られなかったから後者なのだろう。だとしたら、思いっきりぶつけたのであろう。

B000223MQA.jpg『HELL ヘル』(2003) IN HELL 97分 2004/9/23鑑賞

監督:リンゴ・ラム 製作:ボアズ・デヴィッドソン/ダニー・ラーナー/ジョン・トンプソン 製作総指揮:アヴィ・ラーナー 脚本:エリック・ジェームズ・ヴァーゲッツ 撮影:ジョン・アロンソン 音楽:アレクサンダー・ブーベンハイム

出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム/ローレンス・テイラー/マーニー・アルトン/マイケル・ベイリー・スミス/ビリー・リーク

※2004年9月23日執筆分を特集に合わせて日付変更。4年半前の文章かー、なんだかんだで長いよなー、この映画バカ黙示録も。この時点で一応はヴァン・ダムの演技について注目しており『パピヨン』になる可能性はあったと思っていたようだ。だがそこからの詰めの甘さが実にオレである。

ジャン=クロード・ヴァン・ダムの刑務所映画というから『ブルージーン・コップ』(1990)のように刑務所の中で戦ってばかりの映画かと思ったら、これが意外に面白かった。
スティーヴン・キングの小説『不眠症』上巻297ページに「テレビの犯罪特集や、ジャン=クロード・ヴァン・ダムが主演する映画と同じぐらい嘘っぽいものだ」と書かれており、『シンデレラ・ボーイ』(1985)の悪役イワンでヴァン・ダムを見て以来のファンであるわたしとしてはせめてもの反論をしたかったところだが、残念ながら「その通りだよなぁ」としかつぶやけなかった。キング原作の映画だってほとんどはあまり評価が高いとも思えないのだが。わたしは好きだけどね。
だからってキングがヴァン・ダムをどう評価しているかはまた別で、実在する商品名などの固有名詞を作中に数多く盛り込む人だから、リアリティに欠けるB級アクション映画的状況というイメージを伝えるためにヴァン・ダムが選ばれたわけで、ある程度メジャーと考えているのは確かだ。
そんな“嘘っぽさ”で満ちあふれているヴァン・ダム作品だが、この『ヘル』は割ときちっと刑務所映画になっている。
ロシアの油田基地で働くアメリカ人エンジニアのヴァン・ダム。その妻が強姦魔に襲われ殺されてしまう。ヴァン・ダムは追跡の末犯人を捕まえるが、その犯人が実力者の息子だったため裁判で無罪の判決が下る。怒ったヴァン・ダムは裁判所内で犯人を射殺。そして今度は自らが殺人犯として裁かれ、ロシア一過酷な刑務所に送られてしまう。
まるで収容所の様な劣悪な刑務所でヴァン・ダムは生き延びことが出来るのだろうか。

監督は『マキシマム・リスク』や『レプリカント』などで何度かヴァン・ダムと組んでいる香港出身のリンゴ・ラム。アクション映画主体の人だが、そういえばチョウ・ユンファ主演の刑務所映画『プリズン・オン・ファイアー』(1987)を撮っている。
刑務所に収容されたヴァン・ダムは観光旅行中に交通事故を起こして逮捕されたアメリカ人青年や、車いすの調達屋(刑務所映画や収容所映画には必ず出てくる役柄。『大脱走』のジェームズ・ガーナーや『ショーシャンクの空に』のモーガン・フリーマンなんかがそうだ)、偏執的キリスト教徒である黒人の大男などと知り合う。
もめ事を起こしたヴァン・ダムが狭苦しい独房に入れられ、絶望してシャツを千切って作ったヒモで首をつろうとして失敗したり、岩で出来た壁に何度も頭を打ち付けて額を割って血を流して倒れる。隣の独房では明らかに精神に異常をきたした男が常に意味のない叫びを上げ続けている。そんな悲惨な状況の中、独房に迷い込んできた一匹の蛾に気づき、その小さな命の存在から希望を見いだしていく様はなかなかに良い。
ひょっとしてこれはスティーヴ・マックィーンの『パピヨン』(1973)ぐらいにはなるか?と期待していたら、刑務所の中庭で看守公認の囚人同士の対決などが始まり、あとは基本的に従来のヴァン・ダム映画の通り。
今作のヴァン・ダムは警官などではなくエンジニアなのでそれほど格闘技が強いわけではなく、一対一ならともかく2、3人がかりで襲われると押し倒されて一方的に袋叩きにされてしまうなど、ヴァン・ダムの「俺が一番だ」的主張が抑えめでそういった点なども悪くなかっただけに残念。

B00024Z4OG.jpg『ディレイルド 暴走超特急』(2002) DERAILED 89分 アメリカ/ドイツ

監督:ボブ・ミシオロウスキー 製作:ボアズ・デヴィッドソン、ダニー・ラーナー、デヴィッド・ヴァロッド 製作総指揮:ダニー・ディムボート、アヴィ・ラーナー、トレヴァー・ショート 原案:ボアズ・デヴィッドソン 脚本:ジェイス・アンダーソン、アダム・ギーラッシュ 撮影:ロス・W・クラークソン 音楽:サージ・コルバート
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、トマス・アラナ、ローラ・エレナ・ハリング、スーザン・ギブニー、ルーシー・ジェナー、ジェシカ・ボーマン、クリストファー・ヴァン・ヴァレンバーグ、ジョン・ビショップ、ジミー・ジャン=ルイ

 ヴァン・ダムの息子役のクリストファー・ヴァン・ヴァレンバーグはヴァン・ダムの実の息子。それにしては姓が違うが、考えるに元奥さんに親権を取られて元奥さん側の姓を名乗っているからではないだろうか。まぁ芸名の可能性もあるわけだけれど、4回も結婚をしているヴァン・ダムの実生活からするとそう考えた方が面白い。
 このクリストファー・ヴァン・ヴァレンバーグ君は父親譲りの色男でちゃんと格闘技を学んでいるようで回し蹴りのハイキックを披露してくれる。物語の終盤では父親をしのぐ大活躍。1987年生まれのようなので、もう20歳を越えたはず。映画俳優として本格デビューしてくれないかな。なかなか期待できると思うんだが。

 この頃のヴァン・ダムは一作ごとに挑戦的な作品・売れる作品を交互にやっていた感じで、この『ディレイルド 暴走超特急』は売れる作品。実際に売れたかは知らないけど。
 東欧で細菌兵器を盗んだ女盗賊を、その詳細を知らないままヴァン・ダムはブリュッセルまで警護して列車で送り届けることになる。しかし、その細菌兵器を狙ってテロリストが列車を占拠する。
 分かりやすく言えばスティーヴン・セガールの『暴走特急』(1995)だ。あるいはジーン・ワイルダーの『大陸横断超特急』(1976)や細菌兵器を積んだ旅客車という点やラストの大崩壊では『カサンドラ・クロス』(1976)でもある。
 つまり、題材的には使い古された感じで特に目新しいところはない。邦題も変に“ディレイルド(脱線)”なんて入れないで素直に『暴走超特急』でいいのに。
 ここに家族の絆を入れたのが特色ではあって、家族に工作員であることを秘密にしていたヴァン・ダムが、誕生日を祝うため秘密で列車に乗り込んでいた家族が客室に乗り込んできたところ、バスルームには半裸の女盗賊がいて、誤解されちゃってパパもう大変なところは笑った。
 3本あった細菌兵器の入ったアンプルの内、1本が割れてしまって車内では感染者が続出する。ところが、感染するのは比較的若い人たちだけで、ある年齢以上の人にはこれといった異常が出ない。なぜなら、細菌兵器は天然痘ウイルスを主体に改造したもので、天然痘の予防接種を受けている人は大丈夫なのだ。良かった、オレも大丈夫だ。ってか、それって細菌兵器としてどーよ。ワクチンも簡単に作れてしまうじゃないか。
 列車に積んであったバイクで列車の上を疾走し、隣を走る列車の上に飛び乗るわ、後を追って列車に飛び乗るわでヴァン・ダム大活躍。上記の作品でもそうだけど、列車占拠物は一度は列車から降りる・落ちてしまいまた列車に乗り込むシーンがなきゃね。
 終盤のヘリコプターのCGや石橋から落ちる列車の特撮はしょぼいが、味があると言えなくもなくもなくもなくもなくもない。えーと言えるのか、言えないのか?低予算映画だし、列車の中のシーンでちゃんとカメラが小刻みに揺れているだけでも水野春郎氏の『シベリア超特急』よりも技術はある。まぁあれと比べる物なんだが。
 悪党のボスが、ミスをしたら部下でも平気で撃ち殺す冷血漢でなかなか良い悪役なのだが、ヴァン・ダムとの対決があっけなくて残念だ。もっとも身体が動く人ではなさそうだからあれで良かったのかも知れないが。

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