2008年9月アーカイブ

B001525JOY.jpg『アンジェリーナ・ジョリー サイボーグII』(1993) CYBORG 2: GLASS SHADOW 99分 アメリカ

監督:マイケル・シュローダー 製作:ラジュ・パテル、アラン・シルヴァー 脚本:リック・ヤノーヴァー、マーク・ゲルドマン、マイケル・シュローダー 撮影:ジェイミー・トンプソン 音楽:ピーター・アレン
出演:アンジェリーナ・ジョリー、イライアス・コティーズ、ビリー・ドラゴ、ジャック・パランス、カレン・シェパード、アレン・ガーフィールド、リック・ヤン

 アンジェリーナ・ジョリーが若いというか顔が違う。アンジェリーナ・ジョリー姉御のデビュー作。当時はジョン・ヴォイトの娘という以外は単なる若手の女優だったのでこんなB級映画でスタートしたのだ。ジョン・ヴォイトの娘といっても親子仲は悪いそうだから(ヴォイド姓も名乗ってないしな)、親の七光りを借りるようなこともなかったのだろう。
 近未来、アメリカのピンウィールと日本のコバヤシ・コーポレーションがサイボーグ産業を担っていて、ピンウィール社はコバヤシを潰すべく出資者に化けた液体爆弾内蔵の女性型サイボーグ“キャッシュ”(アンジェリーナ・ジョリー)を大阪のコバヤシ本社に送り込む計画を立てる。
 それを察知した謎の人物(正体はジャック・パランス)が格闘の専門家コルトにキャッシュを連れて逃げ出すようにし向ける。
 ピンウィールは賞金稼ぎ(ビリー・ドラゴ)に後を追わせる。果たして二人は無事に逃げ切れることが出来るのか?
『ブレードランナー』を100分の1に薄めたぐらいの世界観。ヴァン・ダム主演の『サイボーグ』(1989)と一応繋がっているが、前作は駄作なので観る必要なし。それをいうなら『サイボーグ2』もあまり必要ないか。
 『サイボーグ』では情報を蓄えるためサイボーグに改造された女性を生身のヴァン・ダムが守ると言うもの。当時は情報が少なかったので、ヴァン・ダムファンのオレはサイボーグになったヴァン・ダムが大暴れするものと思って観に行きまずそこでがっかり。作品のあまりのひどさにさらにがっかり。以来、監督のアルバート・ピュンはオレの敵だ。
 今作のキャッシュは100倍安っぽくしたターミネーター型の金属骨格を人造筋肉と人造皮膚で覆っており、格闘訓練も受けていて、まともに戦ったらコルトよりも強いはず。あまり護衛をする必要がない気もするがまあいい。
 アンジェリーナ・ジョリーを守る主人公コルトよりも賞金稼ぎのビリー・ドラゴが良い。それにしてもジャック・パランスはなんでこんな作品に……。
 コバヤシ・コーポレーションが東京ではなく大阪にあるという設定はなにか意味があるのだろうか。スピルバーグ版『宇宙戦争』では大阪人が宇宙人を倒したらしいという噂が流れるシーンがあるが、たくましい大阪人は近未来日本の中枢を担っているのか。ひょっとしたら第二次関東大震災で首都圏が壊滅したという裏設定があるとか?ちなみにコバヤシのサイボーグの視覚画面にはちゃんとカタカナ表示。
 つか、こいつらサイボーグじゃなくてアンドロイドじゃねぇの?

B001G9ECGM.jpg『ファイアー・ドッグ 消防犬デューイの大冒険』(2006) FIREHOUSE DOG 111分 アメリカ

監督:トッド・ホランド 製作:マイケル・コリアリー、マイク・ワーブ 脚本:マイク・ワーブ、マイケル・コリアリー、クレア=ディー・リム 撮影:ヴィクター・ハマー 編集:スコット・ジェームズ・ウォーレス 音楽:ジェフ・カルドーニ
出演:ジョシュ・ハッチャーソン、ブルース・グリーンウッド、ダッシュ・ミホク、スティーヴン・カルプ、ビル・ナン、スコッチ・エリス・ローリング、マイテ・ガルシア

 アクションスターのレックスがスカイダイビングの撮影シーンでパラシュートを着ける前に事故で飛行機から落ちる。トマトを積んだトラックの上に落ちて奇跡的に助かるが、彼は行方不明とされ捜索も打ち切られて死亡扱いに。
 えっ?なんで「自分は生きてる」って出てこなかったんだって?それは彼が犬だから。懐かしの『名犬ベンジー』っぽいむく犬なのだ。

 撮影の時、レックスはデューイという名のスパイ犬役で、“DEW”と刻まれたメダルを付けていた。巻き込まれる形でデューイと巡り会った少年シェーンは始めはデューイを嫌っているが、次第に打ち解けて自分の部屋にデューイを住まわせ一緒のベッドで寝る。撮影の都合なのかアメリカでは実際にそうなのか、シェーンの部屋はやたらと広い。オレの部屋の2倍はある。子供のクセに生意気だ。
 デューイは父親が署長を務める消防署のマスコットとなり行方不明者を捜し出すなどの大活躍。最近その管轄内で放火と思われる火災が頻発していた。謎を追う父親を助けるべくショーンも勝手に調べ始めるが、ある真相に気づいたショーンに危機が迫る。

 お子様向け映画だが火事のシーンに気合いが入っている。もちろん『バック・ドラフト』とまではいかないが、ビルの火災や爆発シーンなどそれなりの迫力。
 シェーン役のジョシュ・ハッチャーソンは『ザスーラ』(2005)でも名演技を披露していた子役だが、それ以上にデューイの演技力に驚く。もちろん、アニマルトレーナーの指示に従っているだけなのだろうが、ウチのバカ犬(ミニチュア・ダックスフント)と比べたら月とすっぽん。というか、オレのしつけ方が悪いんだけどな。普通に飼うためのトイレなどのしつけでも大変なのに、ここまで芸を仕込むとはさすがアニマルトレーナーはそれでメシを食ってるプロだけのことはある。
 幼い頃に母を亡くし、父親は消防署員なので留守がちなため親子関係は上手く行っていない。それを犬が取り持つ形で結びつきを取り戻すのはベタだがやはりホロリとくる。ただ、過去の出来事でそのシーンは映像として登場はしないが、火災で人が死んでいるシーンは観客層を考えると無くても良かったかも。
 ゲーム好きのショーンは携帯ゲーム機のPSPや薄型PS2なども持っている。ソニーファンかと思ったが使うノートパソコンはマック。っていうかやはりガキのクセに生意気だ。これがコロンビアピクチャーズだったらノートパソコンはもちろんバイオだったことだろう。ちなみにこの作品は20世紀FOX製作。
 消防署からの出動シーンで2階からポールを滑り降りてくるシーンが何度か登場するが、あれは実際にはもう使われていないそうだ。急いでいて忘れ物をした場合、取りに行くのに時間が余計とかかるからだとか。だが終盤の見せ場で使われるのでこの映画としては必要なのだ。
 途中で観客にはそれとは知らされずに事件の黒幕が登場する。しかし、日本語吹替版で観てしまったため、ちょい役にしか思えないのに割と耳にする有名であろう声優が吹き替えているので「こいつは何かある」と分かってしまうのがちょっとマイナス。
 犬の糞や、犬の屁などオレとしては趣味じゃないがお子様ウケしそうな下ネタがちょっと多すぎる感じなのも気になる。
 だが、ベタだがやはりホロリと来るラストに満足。エンドクレジットにたくさんの犬の写真(別に映画に登場した犬というわけではない)が出てくるので犬好き必見?犬モノ、少年モノという合わせ技にハマるお姉さんもいそうだ。

B000M2DM74.jpg『チャック・ノリスの地獄の復讐』(1982) FORCED VENGEANCE 91分 アメリカ

監督:ジェームズ・ファーゴ 製作:ジョン・B・ベネット 脚本:フランクリン・トンプソン 撮影:レックスフォード・L・メッツ 音楽:ウィリアム・ゴールドスタイン
出演:チャック・ノリス、メアリー・ルイーズ・ウェラー、マイケル・キャヴァノー、リチャード・ノートン、デヴィッド・オパトッシュ

 チャック・ノリス若ぇ?……え?
 比較的初期の作品だが遅咲きのデビューなのですでに40過ぎ。しかも老け顔なので最近の作品とあまり変わらないかも。
 顔はあまり変わっていなくても身体の動きはさすがに違う。動作の一つ一つにキレがあるね。チャックさんの決め技である回し蹴りも『チャック・ノリスin地獄の銃弾』と比べるとヒットする位置が格段に高い。手技はまだまだ現役だけど、足技は年齢がはっきりと出る。
 今回のチャックさんは香港のカジノで働く用心棒。乗っ取りを狙う敵対組織に尊敬するボスを殺され、復讐のために敵組織をぶっ潰す。敵と戦い殺して殺して殺して殺す。空手とクロームメッキのコルト45オートが大活躍。
 監督のジェームズ・ファーゴはクリント・イーストウッドの『ダーティーハリー3』(1976)や『ダーティーファイター』(1978)をすでに手がけていた人で実力はあるのだろうが、空手・カンフーの格闘戦の描き方はあまり上手くない。もっとも、この時代のハリウッド畑の監督にそいつを求めるのが無理な注文なんだが。
 巨大なネオンサインをバックに悪投とチャックさんが戦うシーンが一番派手なのだがネオンの明かりで二人とも影にしか見えない。どうもチャックさん役はスタントマンっぽいんだが、もしそうならちと残念。
 最近の香港の風景も派手だが、80年代初期の香港はさらに派手。ヨーロッパの落ち着いた街並みは絵になるが、ネオンサインが過剰すぎる香港もここ猥雑すぎるといっそ絵になる。日本の地方都市なんかは絵にならんなぁ。

 映画とは関係ないが、『チャック・ノリスが出演したマウンテン・デューのCM』は大笑いできるぞ。チャックさんは敵に回すと怖ろしいのだ。
 マウンテン・デューのCMには『スティーヴン・セガールがその気がないのにコンビニ強盗を退治してしまう』というのもあり、肉体派というイメージのソフトドリンクなんだろうか?微炭酸だしメローイエローみたいなんだがなぁ。

B001EI5MDC.jpg『スピーシーズ/種の起源』(1995) SPECIES 109分 アメリカ

監督:ロジャー・ドナルドソン 製作:フランク・マンキューソ・Jr、デニス・フェルドマン 脚本:デニス・フェルドマン 撮影:アンジェイ・バートコウィアク 特撮:リチャード・エドランド 特殊効果:スティーヴ・ジョンソン モンスター・デザイン:H・R・ギーガー 編集:コンラッド・バフ 音楽:クリストファー・ヤング
出演:ベン・キングズレー、マイケル・マドセン、アルフレッド・モリナ、フォレスト・ウィッテカー、マージ・ヘルゲンバーガー、ミシェル・ウィリアムズ、ナターシャ・ヘンストリッジ

 全裸の美女エイリアンが子孫を残すべく人間の男性とセックスしようとするという設定にはあまり興味を惹かれなかったが、ベン・キングスレーとかフォレスト・ウィッテカー出てるしな?。観ようかな?、どうしようかな?。なんてことを考えているうちに、ちょっと前の作品だと思っていたのがいつの間にか10年以上前の作品に。時間が経つの早いな?。

 結論から言えば割と面白かったんでもっと早く観ておけば良かった。良い意味でのB級映画なので、「ベン・キングスレーがこんな作品に……」という侘びしさは感じずオープニングで見せる一筋の涙などさすが名優。
 超能力者のフォレスト・ウィッテカーも相変わらずのやる気を感じさせない役柄で、のほほんのほほん。毛糸の帽子が似合ってるんだか似合っていないんだか。
『レザボア・ドッグス』でMr.ブラウンを演じたマイケル・マドセンは問題処理屋すなわち殺し屋として登場。グロックから火炎放射器まで使いこなすタフガイ。
 そしてエイリアン役のナターシャ・ヘンストリッジ。この人のヌードで支えられている部分は大きい。『マジンガーZ』のビーナスAはオッパイミサイルを発射したが、オッパイ触手というのは初めて観た。ただし、H・R・ギーガーがデザインしたモンスター形態に変身してからなのが残念だ。モンスター形態は『エイリアン』にかなり似ているがH・R・ギーガーは手抜きしてないか?作風と言うことなんだろうか。悪夢に登場する列車の頭部はもろ『エイリアン』だよなぁ。
 人間社会に逃げ出した後に、お店やテレビなどで様々な知識を短時間で習得していくが、それが後への伏線となっていたりで、脚本の出来もなかなか。脚本家のデニス・フェルドマンは『ゴールデン・チャイルド』(1986)も手がけてるのか。劇場公開時に観たきりだが「これはちょっと」だったと記憶している。人間、修行だな。

『エイリアン』では人間の胸を突き破って生まれるチェストバスターが短時間で人間大に成長するのがちょっと疑問だった。
 その点、『スピーシーズ』では少女形態の時にカロリーの高そうな果物やお菓子を山ほど食べてエネルギーを取るというシーンがあり納得。あー、でもエイリアンのDNAを挿入した卵子が栄養の補給もないのに見る見るうちに分裂してデカくなるというシーンもあるな。空気で育つのかも知れん。
 終盤は下水でモンスター形態に変身したエイリアンを火炎放射器で追うことに。『エイリアン』に似すぎた状況設定がちょっと残念。美女形態のままの方が個人的には良かった。でも、そうするとエイリアンが産んだ赤ん坊エイリアンを始末することが出来なくなるんだよな。さすがに人間の幼児の姿のままで焼き殺すと観客が感じる後味が悪そうだ。
 そもそもエイリアンは宇宙から送られてきたDNA情報を元に人間が研究所で作り出し、人間側の勝手な都合で始末されそうになったから逃げ出したもの。その後は生存本能で子孫を生み出そうとしただけで生物としては当たり前の行動だったとも言える。だからって人類滅亡の危機は困るが。
 モンスター形態はモンスタースーツとCGIが使い分けられていて、1995年という時代を考えるとCGIの出来はかなり良い。
 SFXはリチャード・エドランドか。監督のロジャー・ドナルドソンは後に『世界最速のインディアン』(2005)などを撮っているし(リメイク版『ゲッタウェイ』(1994)は許さないが)、こうしてみるとキャスト・スタッフとも豪華。

B001B4V8XW.jpg『トランザム7000 VS 激突パトカー軍団』(1980) SMOKEY AND THE BANDIT II 101分 アメリカ

監督:ハル・ニーダム 製作:モート・エンゲルバーグ 製作総指揮:ロバート・L・レヴィ 原案:ハル・ニーダム、ロバート・L・レヴィ 脚本:ジェームズ・リー・バレット、チャールズ・シャイア、アラン・マンデル 撮影:マイケル・C・バトラー 音楽:スナッフ・ギャレット
出演:バート・レイノルズ、サリー・フィールド、ジャッキー・グリーソン、ジェリー・リード、ドム・デルイーズ、ポール・ウィリアムズ、パット・マコーミック、ジョン・アンダーソン、ナンシー・レネハン

 主人公バンディット(バート・レイノルズ)は前作『トランザム7000』での活躍で人気者になったが図に乗りすぎて失敗し、恋人のキャリー(サリー・フィールド)には逃げられ今では安モーテルで酒浸りの毎日を送っている。
 そこへ相棒のトラック運転手スノーマンが大仕事を持ち込んでくる。マイアミの港からテキサスのダラスまである荷物を運べば40万ドルになるというのだ。スノーマンはジャスティス保安官(ジャッキー・グリーソン)の息子と結婚式の最中だったキャリーを呼び出し、一緒になってアル中寸前だったバンディットを鍛え直し、荷物の到着にあわせてマイアミへと向かう。
 港の保管倉庫で目的の1444番の荷物を探し出すとこれがなんとも大きな箱。開けてみると中にいたのは一頭の象。シャルロットと名付けたその象をトラックへと積み込みバンディットが運転するポンティアック・ファイヤーバード・トランザムがガードする形で出発するが、アホ息子の結婚式を台無しにされたジャスティス保安官が執拗に追跡してくる。
 一行は無事にダラスにたどり着けるのだろうか?

 トレーニングのために美容クラブのお腹の贅肉をベルトでブルブルさせるマシンにかけられるバンディット。スノーマンの愛犬フレッドとジョギングをするバンディット。運転の勘を取り戻すためゴーカートで子供たちと競争するバンディット。ここらへんはまぁ分かる。
 だが、競馬場でゲートが開くと同時に馬と競走するバンディットはさすがにワケが分からん。何故に競馬場。何故に馬。しかも馬に走り勝つバンディット。すげぇよあんた。
 だが身体は元に戻っても心はそう簡単に戻らない。一度有頂天になったことで肥大しすぎて崩壊した自尊心を抱え他人を思いやる心を失ってしまったバンディットはすっかり嫌な人物になってしまっている。そんなバンディットはこの仕事を成功させることで自信を取り戻そうとしており、シャルロットが妊娠していることが判明したり、子象を産んでも強引に運ぼうとする。そんなバンディットに再び失望したキャリーは再びバンディットの元を去る。
 仕事を成功させて自尊心を取り戻すか。それとも別の道を進んで人間らしい心を取り戻し自分を好きになるか。バンディットが選んだのがどちらかはラストで判明する。困難な仕事を成功させることだけがヒーローの役目ではない。

 バンディットが『トムとジェリー』のジェリーないし『ロードランナー』のロードランナーだとしたら、ジャスティス保安官はトムないしワイリー・コヨーテ。両カトゥーンでも分かるように時に主人公側以上に魅力的なのが悪役。バンディットをつけ狙うのは保安官としての正義心よりも単に憎くて嫌いだから。コテンパンにしてやろうと企んでいて、あの手この手でバンディットを捕らえようとするがいつも失敗ばかり。しかもパトカーに同乗している保安官助手である息子はボンクラだから、そりゃ血圧も高くなる。
 ジャッキー・グリーソンは『ジャッキー・グリーソン・ショー』というTV番組も持っていたぐらいにアメリカでは人気のあったコメディアン。
 終盤では助っ人として兄弟を呼んで一人三役をこなす。一人はゲイロードという名前でオカマさん。名前のまんまの設定だ。では三兄弟ならではの大活躍をするかというと、そうでもなく単なる一発ギャグに近い。

 カースタントが多い作品で、一つ目の目玉がバンディットとジャスティス保安官のカーチェイスに巻き込まれての木製ジェットコースター大崩壊。さすがに最初から取り壊しが決まっていたジェットコースターなのだろうが、ドドドドッと崩れていく様子は圧巻。
 そして終盤での数十台ものパトカー軍団との戦い。さすがのバンディットもトランザム一台だけでは分が悪い。そこへスノーマンがトラックで応援に駆けつける。しかし、トラックが一台来たところで……ところがスノーマンのトラックの後に隠れていた他のトラックが一台また一台と姿を現す。そしてトラック軍団とパトカー軍団の戦いが始まった。
 数では若干勝っているとはいえ、大きさがあまりにも違いすぎパトカーがトラックに敵うはずがない。左右真っ二つにされたり、前後に千切れてしまったり、屋根がすっ飛んでオープンカーになってしまったりとパトカーは散々な目に遭い、ついにはスクラップと化したパトカーの山が出来る。それでもパトカーの警官たちは大した怪我もしていない様子で、ゴソゴソとひっくり返ったりしたパトカーからゴソゴソと這い出してくる。これのおかげで悲惨さを感じずにすっきりと大笑いできる。

 監督のハル・ニーダムは1931年のテネシー州生まれ。西部野郎ということで前に撮影風景を写した写真を見たことがあるがちゃんとカウボーイハットをかぶっていた。
 朝鮮戦争ではパラシュート降下兵として戦ったそうで、その経験を生かして帰国後は映画界に入り第一線のスタントマンとして活躍した。
 スタントマンという職業は肉体を酷使するという仕事柄、長年続けるというのは難しい。ハル・ニーダムはスタントマンを引退するとスタント・コーディネーターになり、こちらでも実力を発揮。『ロンゲスト・ヤード』(1974)や『ニッケル・オデオン』(1976)などバート・レイノルズ主演・出演作でスタント・コーディネーターを務めた縁からかバート・レイノルズ監督・主演作の『ゲイター』(1976)ではB班監督を任される。B班監督とは監督が参加しないシーンで演出を担当する仕事で、『ゲイター』は縁がなくてまだ観たことがないのだが、かなりアクションが多い映画なのでスタントシーンを任されたのだろう。
 そして翌1977年にはバート・レイノルズ主演の『トランザム7000』で監督デビュー。映画はヒットし、その後も『グレートスタントマン』などバート・レイノルズ主演作を中心に活躍することとなる。
 あるスタントマンへのインタビューで「尊敬し目標とする人物はハル・ニーダムです」と答えているのを読んだことがある。スタント・コーディネーターになるだけでも大変なのに、監督となってヒット作を何作も作っているハル・ニーダムは大成功した人物なのだ。
 ハル・ニーダム監督作にはエンド・クレジットの最中にNGシーンが流れるというお約束がある。ハル・ニーダム監督作『キャノンボール』(1980)に出演したジャッキー・チェンの映画もNGシーンがお約束だが、ジャッキーが始めたのは『プロジェクトA』(1984)からだと思うので、ハル・ニーダムから学んだのではないだろうか。

 タイトルは『トランザム7000』だがファイヤーバード・トランザムの排気量は6600cc。だから厳密には『トランザム6600 VS 激突パトカー軍団』とすべきだが、あまりにも語呂が悪い。それにしても6600ccとは燃費とか省エネとかまったく考えていない設計だ。ハイオク仕様だろうし。途中でトランザムに給油するシーンがあり料金が24ドルだった。どれだけ給油したのかは分からないが、当時のアメリカはガソリンが安かったのだろう。
 パート2だから『トランザム70002』でもよさそうだが、『トランザム七万二』にしか見えんな。

B00008Z71D.jpg『レモ/第1の挑戦』(1985) REMO:UNARMED AND DANGEROUS 121分 アメリカ

監督:ガイ・ハミルトン 製作:ラリー・スピーゲル 製作総指揮:ディック・クラーク、メル・バーグマン 原作:リチャード・セピア、ウォーレン・マーフィ 脚本:クリストファー・ウッド 撮影:アンドリュー・ラズロ 音楽:クレイグ・セイファン
出演: フレッド・ウォード、ジョエル・グレイ、ウィルフォード・ブリムリー、ケイト・マルグレー、J・A・プレストン、チャールズ・シオッフィ、ジョージ・コー、パトリック・キルパトリック、マイケル・パタキ、コジー・コスタ

 法で裁けぬ悪を退治する秘密組織“キュア”。そこに所属するのが主人公のレモ・ウィリアムス。海兵隊出身の警官で、事故で殺されたことにされ顔や指紋は整形で変えられキュアによって過去を持たない男として作り出された。
 そのレモを武器を使わずに素手で人を殺せる殺し屋として鍛え上げるのが朝鮮人の老師チュン。チュンは朝鮮の暗殺術“シナンジュ”の達人である。
「クンフーも空手も忍術も影に過ぎん。シナンジュこそ太陽だ」と言い切るだけあってシナンジュとは実にスゴイ。修行を積めば銃弾をかわすことも出来るようになるのだ。
 銃弾をかわすというと『マトリックス』のキアヌ・リーブスのリンボーダンスポーズが思い出されるが、シナンジュではスローモーションなんて小細工は使わない。通常スピードのままかわす。バンバンと敵が発砲するのをヒョイヒョイクルリと実に軽快によける。さすがに飛んでくる銃弾を目視しているわけではなく、相手の筋肉の動きを見て筋の動く音を聞き、引き金を引く寸前に銃口の向いている先から身体を反らすという『大リーグボール一号』的理屈なのだ。
 最初の弾丸避けはレモが暗殺対象だと思い込んだチュンに向かって発砲するシーン。バーン。ヒョイ。よけるか君、よけますか?っ!予想外にも程がある。この瞬間、オレはハマった。
 そして、散々に叩きのめされたレモは、チュンの下でシナンジュの修行に励むことになる。「ハンバーガーのせいで身体に溜まった毒素を抜け」というので米を中心とした朝鮮食や呼吸法で生活改善。さらに恐怖心を取り除くための高所訓練。この高所訓練のシーンがやたら多くて、実戦格闘に関する訓練はほとんど登場しない。
 メインの舞台はニューヨークなので、コニーアイランド遊園地と思われる場所で観覧車の上によじ登っての訓練。そして最大の目玉である自由の女神での訓練。
 製作当時、自由の女神は建造100周年に向けて大規模な改修工事が行われていた。女神像全体を足場で囲んでの作業で、写真などで見たことがある人も多いだろう。金属製の足場に立つレモ。そのレモからカメラがズズーッと下がっていくと女神像のてっぺんだったというダイナミックなカットが印象的だ。
 そこで悪人に金で雇われた3人の高所作業員に襲われる。遙か下の地面が映ったりして高所恐怖症の人でなくてもヒヤヒヤ物のアクション。セットで撮影した部分、特にレモが女神像の松明を持った手にしがみつくシーンはさすがに実物大セットだろうが、実際の改修工事現場で撮影された部分も多い。自由の女神と言えばアメリカのシンボル。よく撮影の許可が下りたものだ。

『デストロイヤー』シリーズという原作小説がある。原作はかなりバイオレンス色が強いが、映画はアクションコメディとなっている。原作ファンのウケは悪かったかも知れないが、『007』シリーズだって原作のジェームズ・ボンドはかなり冷酷な面を持っているのを映画では薄めてある。そういえば、監督は『007』シリーズで有名なガイ・ハミルトンだ。
 主人公のレモも好きだが、それ以上にお気に入りなのがチュン。DVDの字幕では“韓国”となっているが、原作によると彼は極秘裏に領海侵犯したアメリカの潜水艦によって北朝鮮から連れてこられた。彼の住む村は寒村で非常に貧しい。農業も漁業も稼ぎを出せない中、村で最大の産業が暗殺なのだ。依頼を受ければ暗殺者を派遣して報酬をもらう。そうやって村人は生き延びてきた。暗殺術は一子相伝の秘伝となっており、門外不出だ。しかし、キュアからの報酬が莫大な物だったので、「適当に形だけ付ければいいだろう」とチュンはレモの鍛錬を引き受けた。
 ところがレモが意外な才能の持ち主で、「白人などは鍛えたところでどうにもならない」と思っていたチュンも考えを変え、すでに亡くしていた自分の息子の姿をレモの中に見出す。
 映画の後半でチュンがレモのことを「息子」と呼ぶ。血は繋がっていないが彼らは親子の絆を作り上げたのだ。
 ……だったんじゃなかったかなぁ。なにしろ原作を読んだのは20年以上前だから記憶違いをしている可能性は大いにある。潜水艦のシーンは憶えているが、息子云々の辺りはかなりあいまい。チュンは小説ではチウンじゃなかったかなぁ。本は何度かの引っ越しの内に処分してしまったし、それほど面白くはなかった気がするので今さら集める気にもならない。
 朝鮮こそ最高。朝鮮人こそ最高の民族という価値観のチュンは西洋文明を見下しているが、「アメリカの生み出した唯一の芸術」として認めているのがソープオペラ。分かりやすく言うと昼メロだ。ジョージというフットボール選手が怪我だか病気だかで足を切断することになり、それにジョージの婚約者や彼に恋してしまった看護婦などが関わってくるというドラマが特にお気に入りのようで、毎日欠かさずに見ている。その最中も両手の人差し指と中指だけで身体を支えて宙に浮かすという鍛錬を怠らない。この宙に浮くというのは指の力が強いだけではなく、砂浜でのレモの修行を見るに詳しい理屈はよく分からないが自然と波長を合わせることで体重を軽くしているらしい。これが“衝撃”のラストへの伏線となっているわけだ。
 朝鮮人がソープオペラを気に入るというギャグに当時は笑ったが、後に韓国ドラマが爆発的にヒットした話題を聞くと実に的を射ていたのかも知れない。
 チュンを演ずるジョエル・グレイはアカデミー助演男優賞を取ったこともある白人俳優。メイクで東洋人風顔立ちにしてはいるが、やはりちょっと無理がある。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でビョークが「私の父は有名人のオールドリッチよ」と嘘をついているが、そのオールドリッチを演じたのがジョエル・グレイ。ラストの裁判のシーンで登場して踊ってた人だ。
 レモを演ずるのはフレッド・ウォード。ケヴィン・ベーコンと組んだ田舎の何でも屋の『トレマーズ』の様なレモに近いコミカルな役もやるし、『ライトスタッフ』や『ヘンリー&ジューン/私が愛した男と女』などのシリアスな役まで幅広くこなすオレのお気に入り俳優。アクション俳優ではなくてサム・シェパードの舞台などにも出演した演技派。『ザ・プレイヤー』(1992)オープニングの有名な1カット長回しでのティム・ロビンス相手に長ゼリフをしゃべるシーンでもその演技力が分かる。

 悪人について書くのをすっかり忘れていたが、今回の敵は軍事産業の“グローブ産業”。膨大な予算を取っておいて張りぼての軍事衛星を作ったり、AR60というアサルトライフルの欠陥を隠蔽しようとする悪党だ。このAR60というのが奇妙なデザインの銃で、いくら映画のプロップガンでもこれは無いだろうと当時は思ったが、後にオーストリアのステアーAUGというアサルトライフルの存在を知った。ステアーAUGに若干のパーツを取り付けた物だったのだ。ということはステアーを欠陥銃扱いしているとも取られかねないわけで、ステアー社からクレームはこなかったんだろうか。
 巨大な敵の割にはレモの銃弾連続避けであっさりやられてしまうが、それは真のクライマックスがその後に待っているからだ。
 駆けつけてきた応援の兵隊たち。レモは桟橋の先にあるボートに乗っているが、チュンはまだ岸にたどり着いたばかり。兵隊たちが銃を構え、もはや絶体絶命かと思われたその時に“衝撃”のラストがっっ!!

B001FO0UDM.jpg『大空港』(1970) AIRPORT 136分 アメリカ

監督:ジョージ・シートン 製作:ロス・ハンター 原作:アーサー・ヘイリー 脚本:ジョージ・シートン 撮影:アーネスト・ラズロ 美術:E・プレストン・エイムス、アレクサンダー・ゴリツェン 編集:スチュアート・ギルモア 音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:バート・ランカスター、ディーン・マーティン、ジーン・セバーグ、ジャクリーン・ビセット、ジョージ・ケネディ、ヘレン・ヘイズ、ヴァン・ヘフリン、モーリン・ステイプルトン、バリー・ネルソン、ダナ・ウィンター、ロイド・ノーラン、バーバラ・ヘイル

 シカゴのリンカーン空港は10年に一度の大雪に見舞われていた。
 メインの2-9滑走路で着陸したジャンボジェットが雪だまりでスタックしてしまい立ち往生してしまう。代わりの2-2滑走路は住宅地に近く、離着陸を行うと住民から苦情が来るので一刻も早くジェット機をどけなければならない。
 空港長のベイカースフェルド(バート・ランカスター)や保安係のパトローニ(ジョージ・ケネディ)、管制官など空港職員は事態を収拾させるためにてんてこ舞いの大忙し。ベイカースフェルドの妻はホテルのディナーに出かける約束を破られて「あなたは私よりも仕事が大事なのね」と離婚話を持ち出してくるがそれどころじゃない。
 密航の常習犯である老婦人が捕まったり、税関では密輸品を持ち込もうとした夫人が職員に見破られたり様々な事件が起こる中、ディーン・マーティンが機長を務めるローマ行き707ジェット旅客機に爆弾が詰まったアタッシュケースを持った男が乗っていることが判明した。仕事に失敗し借金を抱えた男(ヴァン・ヘフリン)は20数万ドルの生命保険をかけており、飛行機事故に見せかけて死ぬことで家族に金を残そうというのだ。
 100人を越える乗客・乗員を道連れにして。

 無茶な表現をすればジョン・マクレーンとテロリストの出てこない『ダイハード2』である。『ダイハード2』を観たときには「『大空港』じゃんか」と思ったものだ。
 電話や無線で会話をするシーンが多いが、そこで画面分割が多用されている。二分割は当たり前、三分割に四分割。さらにはアニメかコミックみたいに丸枠の中に人物が表示される。オレが“画面分割”という単語で真っ先に思いつくのが『ロンゲスト・ヤード』(1974)だが、現在ではあまり見かけない。1970年代的手法ということなのだろうか。
 そういえばこの間、香港の『かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート』(2006)で250以上に分かれる画面分割シーンが見たがあれはギネス記録物であろう。
 大作パニック映画ということでオールスターキャストだが、ただ顔ぶれを揃えただけではなくそれぞれの個性を活かした配役となっている。
 バート・ランカスターは自らの仕事に誇りを持つあまり家庭をないがしろにしている。妻の言動にはむかついたが、よくよく考えれば愛想を尽かされても仕方がない面もある。しかも航空会社の女性とはちょっと良い雰囲気だし。
 この手の作品への出席率が皆勤賞に近いジョージ・ケネディは現場のプロ。スタックしたジェット機を移動させるためあの手この手を尽くす。頼れる男だ。
 ディーン・マーティンは有能なパイロットなのだが例によって女たらし。女性フライトアテンダントと不倫関係にあり、今回のフライト直前に機内で彼女から妊娠したと伝えられたばかり。最初は「堕ろせよ」ですますが、爆弾事件で彼女が負傷し父親としての自覚が生じてくる。ただ、ラストで登場する本妻があまりに可哀想。
 他にもレーダーとにらめっこで旅客機に正確かつ的確な指示を出す管制官、滑走路で雪まみれになって働く作業員たち。みんなプロだ。
 そんな男たちを押しのけて美味しい見せ場を持って行ってしまうのが密航常習犯のクォンセット夫人(ヘレン・ヘイズ)である。子供に会うためにしょっちゅう飛行機に密航してはニューヨークにやってきているのだが、バート・ランカスターに説明する手口は実に鮮やか。しかも、肝っ玉が座っていて罪悪感の欠片もないときてる。そのクォンセット夫人が何故かローマ行き707旅客機に乗っていて、その肝っ玉で大活躍。ラストの搭乗窓口も人を食ったシーンとなっている。アカデミー助演女優賞も納得。
 爆弾が爆発してパニック状態になった機内では、たまたま乗客として乗っていた医者や軍人、シスターなどが怪我人の手当てや人々をなだめて落ち着かせたりと奮闘する。そんな彼らも実に格好いい。
 パニック映画としての迫力と人々のストーリーが見事に融合していて、見応えのある作品だ。

 シリーズ化され『エアポート’75』や『エアポート’77』などを生み出すが、これらは飛行機内が主な舞台なので、よくよく考えると『AIRPORTなになに』というタイトルはどうかと。

B000NY14JE.jpg『プレスリー VS ミイラ男』(2002) BUBBA HO-TEP 92分 アメリカ

監督:ドン・コスカレリ 製作:ドン・コスカレリ、ジェイソン・R・サヴェージ 製作総指揮:ドン・コスカレリ 原作:ジョー・R・ランズデール 脚本:ドン・コスカレリ 撮影: アダム・ジャネイロ 編集:ドナルド・ミルン、スコット・J・ギル 音楽:ブライアン・タイラー
出演:ブルース・キャンベル、オシー・デイヴィス、エラ・ジョイス、ハイディ・マーンハウト、ボブ・アイヴィ

 タイトルだけ見るとB級ホラー、いやC級、それどころかZ級である。バカ映画である。
 実際にZ級でバカ映画なのだが、それと同時に、
「生きている者全てに訪れる“老いてそして死ぬということ”」を真っ正面から捉えたシリアスな映画である。新藤兼人の『午後の遺言状』(1995)と真っ向勝負出来てしまう程だ。

 舞台はテキサスの老人ホーム。そこでは腰を痛めてほとんど寝たきりとなった一人の老人(ブルース・キャンベル)がただ時を過ごしていた。代わり映えのしない日常は彼の目には早送りの映像に映る。老人の名はセバスチャン・ハフといい、かつてはプレスリーのそっくりさんとして活躍していた人物だ。しかし本当の正体はスター生活の無意味さにうんざりしてセバスチャン・ハフと入れ替わったエルヴィス・プレスリー本人なのである。以上は本人談だ。
 彼が自分はプレスリーだと主張すると誰もが笑い飛ばしたが、一人だけ信じてくれた男がいた。その男は暗殺されかかり脳の一部を失ったがすんでの所で一命を取り留め、正体を隠すために肌を黒く着色されたジョン・F・ケネディである。こちらも本人談だ。
 二人が言っていることがまるっきりイカれた妄想なのか、あるいは万が一事実なのか。それはどうでもいい。かつて成功した人物だったにせよ、単にみじめな人生を送ってきた人物だったにせよ今では田舎の老人ホーム暮らし。プレスリーはペニスを癌に冒されており、癌で死ぬのが早いか老衰で死ぬのが早いか。どのみち二人とももう死を待つだけの身の上だ。
 プレスリーはモノローグでこう語る。
「人生はしょせんメシとクソとセックスだ。そして俺の息子はもうピクリともしないし、ここのメシときたら最低だ」
 だとしたら残るのはクソだけ。彼はクソとして人生を終えるのか。
 かつて愛した妻プリシラ(『裸の銃を持つ男』のヒロイン役を演じた女優)も愛娘リサ(マイケル・ジャクソン、ニコラス・ケイジと結婚・離婚暦あり)も今の彼の存在さえ知らない。このまま孤独に死んでいくだけなのか。

 そんな時、老人ホームにミイラ・ババホテップが現れる。エジプトで発掘され、展示のためにアメリカを回っていて、テキサスで紛失されたミイラだ。
 呪縛から解き放たれたミイラは、エネルギーとして人間の魂を奪い、消化し、水洗トイレでクソとして排泄する。こうなった魂はもはや天国に上ることは出来ずただ消えていく。
 ミイラの存在に気づいたのはプレスリーとケネディだけ。二人は他の老人ホームに移って逃げ出すことも出来た。
 しかし、「自分の仕事をするため」に戦うことを選び、プレスリーは純白のステージ衣装に歩行器、ケネディはぴしっとしたスーツと電動車椅子でミイラに立ち向かう。

 監督は『ファンタズム』シリーズのドン・コスカレリ。真面目な人なのであろう。
 主演のブルース・キャンベルときたらもちろん『死霊のはらわた』シリーズの主人公アッシュが真っ先に思いつくが、今作ではバカさを抑えシリアスに老人役を演じている。終盤にはプレスリーとして弾け、しびれる死に様を見せてくれる。
 そして星は動き、夜空に光点の文字が描かれる。
「All is well(万事よし)」

B001ALQX9A.jpg『サブライム -白衣に潜む狂気-』(2006) SUBLIME 113分 アメリカ

監督:トニー・クランツ 製作:トニー・クランツ、ダニエル・マイリック 製作総指揮:ジェームズ・G・ハーシュ、ロバート・A・パパツィアン、ジョン・シャイバン、ショーン・パパツィアン 脚本:エリック・ジェンドレセン 撮影:ダーモット・ダウンズ 音楽:ピーター・ゴラブ、アンソニー・マリネリ
出演:トーマス・キャヴァナー、キャスリーン・ヨーク、ローレンス・ヒルトン=ジェイコブス、パジェット・ブリュースター、リリアン・ショーヴァン、マイケル・グレゴリー、ジョージ・ニューバーン、ブルース・ノジック、ジョン・ルビンスタイン、デヴィッド・クレイトン・ロジャーズ、カイル・ガルナー

 40歳を迎えた白人男性のITコンサルタントが主人公。経済的に成功し、妻と息子、娘と円満な家庭生活を送っている。誕生日には家族の他に弟や友人たちが祝ってくれる。そしてその翌日、腸カメラによる結腸検査を受けるために病院を訪れた。そこから全ては狂い始める。

 目覚めると左脇には謎の手術跡が。院内感染で人食いバクテリアにやられてさらには殺人や閉鎖されたはずの病棟で謎の患者たちを目撃する。
 それらの怖ろしいエピソードが幸せな誕生日の回想を挟みながら淡々と語られていく。一体この病院は何なのか。自分はどうなっているのか。そして、自分はこれからどうなっていくのか。

 ホラーと言えばホラー。サスペンスと言えばサスペンス。同時にホラーでもなければサスペンスでもない。不条理映画だろうか?しかしひょっとしたら合理的な説明が付くのかも知れないと考えたり、なかなか展開が読めない奇妙な映画。
 あるヒントから考えるとあのパターンかなと思ったらあのパターンだったが、どうやって付けるつもりなんだいう結末をそのヒントから上手く持ってきている。
 患者の取り違えや院内感染といった医療過誤の問題や、白人の主人公に対しイラン人の医者や黒人の看護師という人種偏見の存在、妻や子供との関係、さらには尊厳死まで盛り込んだ実は社会派な脚本。派手なシーンはないし、テンポがゆっくりなので退屈した部分もあったが、そこを乗り越えると「なるほど」と唸らせてくれる。ジャケットには騙されたと思ったが。

 原題の『SUBLIME』を辞書で引くと「荘厳な, 崇高な, 雄大な」となっていたが、その訳の意味でいいんだろうか。

B0001VQVVK.jpg『殺人カメラ』(1948) LA MACCHINA AMMAZZACATTIVI 83分 イタリア

監督:ロベルト・ロッセリーニ 製作:ロベルト・ロッセリーニ、ルイジ・ロヴェーレ 原作:エドゥアルド・デ・フィリッポ、ファブリッツィオ・サランザーニ 脚本:ロベルト・ロッセリーニ、セルジオ・アミディ、ジャンカルロ・ヴィゴレッリ 撮影:ティーノ・サントーニ、エンリコ・ベッティ・ベルッティ 音楽:レンツォ・ロッセリーニ
出演:ジェンナロ・ピサノ、マリリン・バッファード、ウィリアム・タッブス

 B級ホラーのようなタイトルだが『無防備都市』(1945)や『ドイツ零年』(1948)などを手がけたロベルト・ロッセリーニ監督作。両作とも傑作だがヘビーすぎて個人的には観終わるとどっと疲れるのでちょっと苦手。だが『殺人カメラ』は社会風刺の色合いは強いがコメディ仕立てなので肩の力を抜いて観ることが出来た。

 第二次大戦も終わり平和になったイタリアのとある村。半島の先の方なので海岸を上がるとすぐに傾斜が厳しくなり平地は少ない。産業は漁業とレモンやブドウなどの農業で成り立っている。その利益は町の偉いさんなどの資本家が吸い上げ、村民の大半は貧しい暮らしに耐えている。
 そんなある日、写真屋の主人は宿を求めて来た謎の老人に言われるままに、戦時中はファシストで今では警官となって威張り散らしている男の写真をカメラで撮影した。するとその警官は写真のポーズのまま死んでしまったではないか。ある人物が写った写真をそのカメラでもう一度撮影すると、その人が死んでしまうという驚くべき力を老人が授けたのだ。
 これは天の裁きだ、あの老人は聖人に違いないと思った写真屋は村のことなど無視して自分の金儲けだけを考える資本家の中でもあまりにも悪質と思った人物を殺していく。こうして村を良くしていたつもりだが、あの人物が死んだらこの人物がのし上がり、この人物を殺したらその人物がのし上がる。『ロミオとジュリエット』のように恋人同士だった対立した両家の息子と娘までついには罵り合う様になるし、金持ちだけではなく村で一番貧しい者も実は人の金をこっそりくすねる悪党だった。人間の本質は悪なのか?

 人は死ぬがシリアスさはなく元の写真のポーズで死ぬというギャグになっている。警官は戦時中に右手を挙げるナチス式敬礼の写真だったので、死体も右手を挙げたまま下がらない。そこで棺桶も特製で右手が収まるように突起として箱が継ぎ足されている。
『DEATH NOTE』にとても似た設定だが、オレは『ドラえもん』に登場した“独裁者スイッチ”のエピソードを思い出した。気に入らない人間を一人消し、二人消し。そして歯止めが利かなくなってくるところが写真屋の行動と同じ。
 オチが付いて映画が終わってから振り返ると、やはりこれもロッセリーニ。

B00005YWD7.jpg『ヤング・ブラッド』(2001) THE MUSKETEER 105分 アメリカ

監督:ピーター・ハイアムズ アクション監督:熊欣欣(ション・シンシン) 製作:ルディ・コーエン、モシュ・ディアマント 製作総指揮:マーク・ダモン、フランク・ヒュブナー、スティーヴン・ポール、ロメイン・シュローダー 原作:アレクサンドル・デュマ 脚本:ジーン・クインターノ 撮影:ピーター・ハイアムズ 編集:テリー・ローリングス 音楽:デヴィッド・アーノルド
出演:ジャスティン・チャンバース、カトリーヌ・ドヌーヴ、ミーナ・スヴァーリ、スティーヴン・レイ、ティム・ロス、ニック・モラン、ジャン=ピエール・カスタルディ、スティーヴン・スピアーズ、ダニエル・メズギッシュ

 三銃士物としては一番新しいのがこの作品かと。これまでの『三銃士』とは違う作品を作りたいという意欲はとりあえず伝わっている。
 まず、アクションにこれまで以上に力を入れている点。アクション監督に香港から『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズなどに出演しているアクション俳優のション・シンシン(熊欣欣)を起用して香港お得意のワイヤーアクションやアクロバティックなアクションが繰り広げられる。
 ダルタニアンは例によって銃士になるべくガスコーニュからパリへと向かうが、その途中の酒場で悪党どもとの戦いになるが、転がる樽の上に乗ってサーカス芸人状態で剣捌きを振るったり、天井の梁に貼り付いて「お前は忍者か」という戦いを見せてくれる。
 最大の見せ場はラストの倉庫での隻眼の剣士フェブル(ティム・ロス)との戦いだ。ちなみにフェブルはダルタニアンの両親の敵である。
 倉庫にはいくつもの梯子が架けられていてそれを伝ったりクルッと回転したり、壁を蹴って梯子ごと反対側に飛び移ったりとワイヤーアクションと組み合わせて華麗なアクションを披露する。ついには支柱に乗った梯子の左右にのってギッコンバッタンのシーソー状態での戦いまで。
 でもこの梯子を使っての戦いは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地黎明』のラストの戦いのパクリである。ション・シンシンは天地黎明で武術副指導も務めているからまったくのパクリとは言い切れないのだろうが。
 『ヤング・ブラッド』と『天地黎明』の梯子の戦いではやはり『天地黎明』の方が数段上。一つには梯子の材質というのがあるだろう。『天地黎明』の梯子は竹製なのでしなる。それを利用して反動を付けたりしてアクションの幅が広がっている。それに対して『ヤング・ブラッド』の梯子は木製なのでつまりただの棒。この柔軟性の違いは大きい。

 原題が『THE THREE MUSKETEERS』ではなく『THE MUSKETEER』になっているのが象徴しているように、三銃士は脇役でほぼダルタニアンの主演作。アトスの過去など欠片も登場しないし、三銃士の登場シーンでは銃士隊の隊長が逮捕され牢獄に入れられていても助けるでもなく酒を飲んだくれている始末。ダルタニアンの指示に従って動く手下のような感じで情けない。キャストも印象が薄い。そもそも主人公のダルタニアンに魅力がない。良かったのはティム・ロスの悪漢振りぐらいか。カトリーヌ・ドヌーブのフランス王妃は悪くはないが、作品からは浮いている。
 ダルタニアンの恋人の名前がコンスタンスからフランチェスカになっているのも謎。変更する理由が思い浮かばない。

『三銃士』と言えば決めゼリフの「One for All , All for One」(1人はみんなのために、みんなは1人のために)が有名だが、この作品では「我らは銃士、結束は固い」と訳されている。本来の翻訳セリフが有名なのに、何故こんな訳にと思ったら翻訳は戸田奈津子女史。でも、ストーリー展開上から言うと「我らは銃士、結束は固い」の方が意味として通じやすいので意訳の範囲内かと。戸田奈津子女史の翻訳はいろいろ言われがちで知識不足なところをあまり調べないでいい加減な訳をする時があるなど問題もあるが、実力のある人だと思う。

B000BKDREA.jpg『三銃士』(1993) THE THREE MUSKETEERS 105分 アメリカ

監督:スティーヴン・ヘレク 製作:ジョー・ロス、ロジャー・バーンバウム 製作総指揮:ジョン・アヴネット、ジョーダン・カーナー 原作:アレクサンドル・デュマ 脚本:デヴィッド・ローヘリー 撮影:ディーン・セムラー 音楽:マイケル・ケイメン
出演:クリス・オドネル、チャーリー・シーン、キーファー・サザーランド、オリヴァー・プラット、ティム・カリー、レベッカ・デモーネイ、ガブリエル・アンウォー、マイケル・ウィンコット、ジュリー・デルピー、ヒュー・オコナー、ポール・マッギャン

 ディズニーの実写映画、つまり子供もターゲットにしているので倫理的に問題がある原作のストーリーにアレンジが加えられているのはしょうがない。
 ダルタニアンの恋人コンスタンスは王妃の侍女でもちろん独身。リチャード・レスター版のように不倫関係なんてことはない。
 フランス王妃が愛人であるバッキンガム公に贈ったダイヤの首飾りももちろん登場せず、フランス王ルイ十三世と王妃は愛し合っている。それどころか今作のルイ十三世はうすのろでもマヌケでもなく、リシュリュー枢機卿から抑圧を受けながらも国政に前向きな若く情熱的な理想主義者。
 ここまでは気にしない。だが、悪女ミレディーの設定変更だけは許さない。元犯罪者でそれを隠して伯爵時代のアトスと結婚し、過去がばれて放逐され枢機卿の手先になったまでは同じ。だが、ダルタニアンと三銃士に追い詰められたときに、「アトス、私はあなたを愛していたわ。枢機卿の狙いはこれこれこういうことよ。私が悪かったわ」と改心の言葉を述べると断崖から身を投げて自殺してしまう。ダメだよこれは?。ミレディーは最後の最後まで悪女じゃなきゃ。彼女は悪女の中の悪女だろ。

 今作ではダルタニアンのクリス・オドネル(1970)、アトスのキーファー・サザーランド(1966)、アラミスのチャーリー・シーン(1965)、ポルトスのオリヴァー・プラット(1960)とダルタニアンはもちろんのこと三銃士もかなり若い。デュマによる原作での年齢設定は本来このぐらいだそうだ。ちょっと若すぎる気もするが当時は平均寿命とかも短かっただろうし今の二十歳過ぎや三十歳とはイメージが違うのだろう。
 アクションはかなり軽快で、ユーモアも交えている。ポルトスが使うソードブレーカー(?)や小型のボウガンなど秘密兵器が楽しい。
 悪役はリシュリュー枢機卿のティム・カリーが不気味なのにユーモラスという個性的な面白さがあるが、個人的にはハイエナのイメージというか大ボスではなくその卑劣な側近などの方が似合いそう。隻眼の悪剣士ロシュフォールはあまり印象に残っていない。

 今回の枢機卿の陰謀はなんと国王の暗殺。国王生誕の祝いの場でバルコニーに出た国王を狙撃しようというのだ。狙撃手が狙いを定めるシーンで銃口が映るのだが、これがどうも6条ぐらいのライフリングが切ってあるように見える。ライフリングが普及し始めたのは19世紀後半になってから。17世紀のフランスにライフルが存在するのか?銃士たちが使っているのは先込め式のマスケット銃。マスケット銃だから銃士(MUSKETEER:マスケティア)
 枢機卿によって銃士隊は解散させられており、枢機卿親衛隊が幅をきかせていて生誕の祝いの警備も枢機卿親衛隊が担当している。そこへ、再結成した銃士隊が暗殺を阻止すべく乗り込んでくる。ここまではいいんだが、銃士隊と親衛隊が本気の戦いをして人が死ぬ死ぬ。それまでのシーンでもそうだったんだが、銃士たちは親衛隊を気楽に殺す。全編を通すと結構な人数が死んでいる。そりゃ枢機卿は悪人だし、親衛隊の幹部クラスはその事情も承知の上なんだろうが、下っ端はどこまで把握しているのだろうか。時代劇のラストで「曲者じゃ?!出合え出合え」と呼ばれて登場する名も無き侍を思い起こしてしまった。

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