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『サボタージュ』 ヒッチコックの映画術

B000LXHG1W.jpg『サボタージュ』(1936) SABOTAGE 76分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:マイケル・バルコン 原作:ジョセフ・コンラッド 脚本:チャールズ・ベネット、イアン・ヘイ 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:シルヴィア・シドニー、オスカー・ホモルカ、ジョン・ローダー、デズモンド・テスター、ジョイス・バーバー

 昨年末に書き始めたアルフレッド・ヒッチコック特集の今さらながらの再開である。年明け早々から色々あったんで、あれこれじっくり観て、あれこれ考えなければならないヒッチコック作品からは逃げてきたが、そろそろ書けるかな?書けないかな?ぐらいにはなったんで取りあえず取りかかる。別に好きなように気楽に書けば?と言われるかも知れないが、ヒッチコックは世界五大監督の一人だとオレとしては思っているので、そりゃ気楽には書けない。

 映画の冒頭、辞書のSのページにカメラが寄っていき、そこに書かれた『SABOTAGE』とその意味から映画は始まる。後にクエンティン・タランティーノが『パルプ・フィクション』でも同じ手法を取っているが、おそらくこれが元祖だろう。
 1930年代後半のロンドンで、反政府主義者が発電所の破壊などサボタージュ活動を繰り広げている。映画館主の妻であるヒロインの夫もその反政府活動家の一人。もっとも、政治思想ではなく金のためにテロ活動を請け負っているようである。
 そして新ロンドン市長の就任会場であるピカデリー・サーカスを爆破する役目を引き受けるが、警察に目を付けられていて自分が動くことが出来ない。そこで妻の弟の少年に午後1時45分に爆発する爆弾を映写機の部品と詐って預けるように頼むが、そこは子供のこと、途中の物売りの口上やパレードに引っかかっている内に時間が過ぎていく。時間に間に合わせるためにバスに乗るが、通りにある時計が1時45分に近づいてくカットと少年の姿がカットバックで切り替えされる。
 本来のヒッチコック映画ならば、こうやってサスペンスを盛り上げておいてちゃんと爆発は寸前で止められるのだが……

 これについてヒッチコック自身はどう考えていたのかがどうしても気になって、ヒッチコック特集をやる上で、終わるまでは絶対にこの本を開かないと決めていたフランソワ・トリュフォーによるヒッチコックとのロングインタビュー『ヒッチコック 映画術』の『サボタージュ』に関する対談を読んだら、やはりヒッチコックは少年を爆死させてしまったことを間違いだったと認めている。やはりそうか。
 バス爆発以降が冗長に過ぎず、特にヒロインに内心惚れている警視が魅力がないのは欠点。アーネスト・ボーグナインを精悍にしたような映画館主は前途明津の狭間に揺れる様子が悪くない。主義主張よりも生活のために金を稼がにゃならん。
 弟の爆死と、夫の正体を知った後、ヒロインがナイフとフォークで料理の肉を切り分けている内に、自分が持っているナイフが凶器であることにはっと気づくシーンは秀逸。ああ、俺はこれから妻に刺し殺されるのかと心のどこかで勘づいている映画館主。
 水族館や小鳥屋、そして映画館など背景が魅力的。ヒロインが弟の死を知った後で、自分の劇場で公開されているアニメ映画で恋人に歌を捧げるコマドリ(クックロビン)が何者かに射殺され、「誰が殺したクックロビン」とパタリロが踊る、いやクックロビン音頭じゃないんでパタリロは出てこないが、「誰が殺したクックロビン」の歌が流れるシーンも良い。

 とにかく、引っ張り出した『ヒッチコック 映画術』だが、再び本棚の奥にしまい込む。これを読んじゃうと影響された文章しか書けないのは目に見えている。というか、オレがあれこれヒッチコックに書いているこれらの文章を読むよりも『映画術』を読んだ方が比べものにならないほど面白いし勉強になる。映画史に残る書籍の一つである。必読。

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コメント (3)

ネスカフェ:

東森さん

「映画術」は名著ですね。私もちょくちょく読み返すのですが、内容は前々古びてませんね。特にヒッチコックが「サイレント映画にはまだまだ可能性がある」と語っているくだりは、印象に残ってます。ヒッチコックが舞台俳優を嫌っていたこともありますが、映像が発達した今となると逆に含蓄のある言葉になってますね
そういえば、この映画のヒロインは「ビートルジュース」でカウンセラーをやってたシルビア・シドニーですね。あの映画では、酸いも甘いも知り尽くした感じでしたが、この映画では、なんともいえないほどのエレガンスさですね。人に歴史あり。

僕もヒッチコックは、全部ではありませんが年代を追って見ている監督のひとりです。
「三十九夜」「バルカン超特急」「レベッカ」「海外特派員」「スミス夫妻」「断崖」「逃走迷路」と見て、次は「疑惑の影」を見ようかなというところ。

現時点の印象では、めちゃくちゃウマい監督なんですが、筋書きの粗さや微妙に納得いかないことがあっても豪腕で面白く見せてしまい、そこに逆にヒッチコック独特の臭みを感じています。

脚本力よりも監督力が一、二枚勝っているってかんじでしょうか。最近見たプレストン・スタージェスと逆と言えるかもしれません。

今は最高に好きな監督にはなっていませんが、まだまだこれから有名作の時代に入っていくところなので、印象は当然変わると思っていて楽しみでもあります。「映画術」も面白そうなので是非読んでみます。

東森時音:

ネスカフェさん

『映画術』は学生時代にそれこそすり切れるほど読み返しました。ただ、当時の名古屋ではヒッチコックのイギリス時代の作品なんか観るのが不可能に近い状態だったのが未だに残念でなりません。
取りあえず『ファミリープロット』を観終えるまで『映画術』は封印です。私のレベルじゃどうしたって影響されてしまう。
ああっ、『ビートルジュース』のタバコ吹かしオバサンはヒロインのシルヴィア・シドニーでしたか。あまりの変わりように気がつきませんでした。というか変わりすぎ。そもそもアメリカの女優さんなんですね。劇中でも「不景気なんでアメリカから移住してきた」という台詞もありました。

行かない旅さん

ヒッチコック関係の言葉だと「マクガフィン」という物があります。ストーリーを展開する上で中心となる物だが、それ自体の意味は別にどうでも良いというもので、ヒッチコックが例え話として出したのが「あの網棚の上に載っているのは何だろう?」「ああ、あれはマクガフィンだ。スコットランドの高地人がライオンを捕る道具だよ」「でも、スコットランドにライオンはいないぜ」「じゃあ、あれはマクガフィンじゃないな」だとか。
ヒッチコックにとってはストーリーの中心となる事象が現実的にあり得るかどうかとか、登場人物の反応が現実的であるかどうかというにはどうでもよくて、つまるところ面白ければ良いのでしょう。
脚本に書かれた自分の人物像に納得がいかなくてイングリット・バーグマンがヒッチコックに相談に行ったところ、「嘘でいいんだよ、イングリット」と返されたというエピソードもあります。
なんたって、「たかが映画じゃないか」と言った人ですから。こんなセリフが許されるのはヒッチコックぐらいでしょう。
『映画術』はそもそも映画評論家だった映画オタクのフランソア・トリュフォーが初期の作品から一作一作個別にヒッチコックに対してインタビューをしていく内容で、ヒッチコックを理解するだけではなく映画作りにもこれ以上ないほどの参考書となる名著です。写真が多用されているので大判ですが、買って損のない一冊ですよ。

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