2008年5月アーカイブ

B0010Z67CO.jpg『ヒルズ・ハブ・アイズ2』(2007) THE HILLS HAVE EYES II 89分 アメリカ

監督:マーティン・ワイズ 製作:ウェス・クレイヴン、ピーター・ロック、マリアンヌ・マッダレーナ 製作総指揮:ジョナサン・デビン 脚本:ウェス・クレイヴン、ジョナサン・クレイヴン 撮影:サム・マッカーディ 音楽:トレヴァー・モリス
出演:マイケル・マクミリアン、ジェシカ・ストループ、ダニエラ・アロンソ、ジェイコブ・バルガス、フレックス・アレクサンダー、マイケル・ベイリー・スミス

 核実験地だった荒野で行方不明者が続出しており、この土地を管理していた軍が人食い一家の存在に気付き、調査部隊を送り出すが返り討ちに遭う。
 そんなことをまったく知らない訓練中の州兵十数人が射撃訓練のために荒野にやってくる。そこで見つけた物は無人の軍事用テントからなる簡易基地。壊された衛星電話。外部とは無線が通じないが、有効距離数キロの簡易無線機から救助要請のメッセージが聞こえてくる。送り主が軍人だと考えた彼らは岩山を登り始めるが、それは人食い一家の罠だった。

 これまでは捕まえては食ってしまうだけだったが、今回は女性の場合は犯されて子孫を残す道具にされてしまうのでよりえぐい。
 廃坑だらけの山の中で、岩の隙間から襲ってきたり、縦坑が落とし穴になっていたりと、自陣地をフルに活用した人食い一家のミュータントはアサルトライフルで武装した兵隊相手でもまったくひけをとらない。ベトナム戦争ではベトコンが縦横無尽にトンネルを掘り、そこから神出鬼没に襲ってきたというがこんな感じだったのだろうか。
 足首を捕まれて細い隙間に引き込まれ、ついには身体が折りたたまれる形で消えていく兵士など相変わらずの残虐描写。ある兵士がフリークライミングの要領で崖を降りている最中に、穴からミュータントが現れ、刃物で左腕をザバッと切り取ってしまう。遙か下の地面に落下していく兵士に向かって、彼自身の切り取られた左手でバイバイ。
 そもそもまだ新人の訓練兵なのでまとまりはないし、戦い方も下手。モタモタして見てられない。
 女性が何人も監禁されているため火炎放射器などで焼き払うことも出来ず、代わりに強者揃いの部隊が投入。「ミュータントなんざ俺たちの敵じゃねぇぜ」と思っていたのが、一人また一人と殺されていくってのも面白そうだ。
 実際に人を食うシーンはなかった?が、貯蔵庫に人の指が蓄えてあったり、解体中の兵士の上半身があったりする。ちゃんと調理して食っているのだろうか?湿度は低そうだが、気温は高そうだから死体はすぐに痛んでしまいそう。貯蔵用に燻製にするとか塩漬けにするとか加工しているのか気になる。

B0010Z67CE.jpg『ヒルズ・ハブ・アイズ』(2006) THE HILLS HAVE EYES 107分 アメリカ

監督:アレクサンドル・アジャ 製作:ウェス・クレイヴン、ピーター・ロック、マリアンヌ・マッダレーナ 脚本:アレクサンドル・アジャ、グレゴリー・ルヴァスール オリジナル脚本:ウェス・クレイヴン 撮影:マキシム・アレクサンドル 視覚効果スーパーバイザー:ジェイミソン・ゴーイ 特殊メイク:グレゴリー・ニコテロ、ハワード・バーガー 音楽:トムアンドアンディ
出演:アーロン・スタンフォード、キャスリーン・クインラン、ヴィネッサ・ショウ、エミリー・デ・レイヴィン、ダン・バード、ロバート・ジョイ、テッド・レヴィン、トム・バウアー、ビリー・ドラゴ、デズモンド・アスキュー、エズラ・バジントン、マイケル・ベイリー・スミス、ラウラ・オルティス

『サランドラ』(1977)のリメイク。ストーリーはかなり忠実で人物構成や旅の理由などもほとんど同じ。もちろん、犬は大活躍。30年の差が大きく現れているのは人食い一家のグロさだ。『サランドラ』では大した特殊メイクも使われず、単に野蛮人みたいな格好をした連中だったが、今回は特殊メイクで完全に奇形人間として描かれている。奇形になった理由が核実験場近くの銀鉱に隠れ住んでいて、放射能で突然変異を起こしたと言うからヤバい。
 オープニングでは核実験の記録フィルムが幾つも流され、その間にサブリミナル映像のように奇形児のカットが挿入され、核と一家の関係はより明確に描写されている。
 ウェス・クレイヴンは製作にまわり監督は『ハイテンション』のアレクサンドル・アジャに変更となった。アレクサンドル・アジャは相変わらず痛い描写を展開させる。残虐描写は平気なオレだが、痛い描写は苦手だ。両者の差はリアルさの大小だろうか。残虐描写はやり過ぎでどこか非現実的であって痛みとかが想像できないが、痛い描写はリアルで観ていて痛みが感じられてしまう。シャレっ気な有無と言い換えても良いのだろう。アレクサンドル・アジャ作品にはシャレがない。そのせいか、オレとしては苦手な作品だが、日本のDVD版は痛い描写がいくつかカットされていて、北米版はさらに痛いらしい。
 久々にビリー・ドラゴを見たが、ヒゲだらけで人相がよく分からなくて残念。もちろん人食い一家側。
 展開がスピーディーで、アクションの迫力もパワーアップされていて、作品としてオリジナルを上回っていると思うが、観る人を選ぶ。
 登場人物の一人が携帯電話販売店を経営していて、立ち往生したところで携帯電波の電波が入らないかとあれこれ試している。なんでも「アメリカ全土の内、電波が届かないのはわずか3%なんだ」だそうだ。これが本当の数字か、適当に脚本家がでっち上げた数字なのかは不明だが、あのやたらと広いアメリカ大陸で本当に携帯電話の電波が97%をカバーしているのだろうか。ひょっとしたら人口カバー率じゃないかと思うんだが。

B000DZI680.jpg『サランドラ II』(1984) THE HILLS HAVE EYES PART II 86分 アメリカ/イギリス

監督:ウェス・クレイヴン 製作:バリー・カーン、ピーター・ロック 脚本:ウェス・クレイヴン 撮影:デヴィッド・ルイス 音楽:ハリー・マンフレディーニ
出演:マイケル・ベリーマン、ケヴィン・ブレア、ジョン・ブルーム、タマラ・スタフォード、ジェイナス・ブライス、ピーター・フレチェット、ロバート・ヒューストン

 前作がヒットしたのかなぁ?なんだかんだで二作目の『サランドラ2』でミュータントたちが帰ってきた。帰ってきたと言っても、登場するミュータントは二人としょぼい。
 設定は前作を引きずっていて完全な続編。オープニングでは、前作で生き残った少年が成長し青年となっていて、心理分析医からカウンセリングを受けているところから始まる。青年はバイクレーサーとなっていて新型燃料を開発し、次のモトクロスレースでその燃料を試し、同時に世間に発表しようとしている。だが、レース会場はかつて悪夢に襲われた核実験地の近く。
 そうか、青年は再びミュータントと戦うことで心の闇に打ち勝つのだなと思っていると、「僕はあの地は嫌いだから行かない。君たちだけで行ってくれ」と一人残って仲間を送り出す。そして、その後登場しない。なんだよ、それ!
 代わりに、前作で一番勇敢に戦ったジャーマン・シェパードのビーストが再登場し、レースチームのバスに乗って一緒に旅をしてまたもや大活躍。前作から8年後という設定だから、仮に『サランドラ』のビーストが2歳だったとして、今回は10歳。もう老犬だが、見た目は若いまま。というか、別の犬だろうしな。
 砂漠で近道をしようとして、バスの燃料タンクを傷つけてしまいガソリンが漏れてしまう。応急措置は施したが、このままでは目的地にたどり着けない。そこで廃屋にも見える一軒の農家を訪れ、そして新たなる悪夢が始まった。
 主要登場人物は皆若者で、ウェス・クレイヴンが後に撮る『エルム街の悪夢』や『スクリーム』などのヤングアダルトホラーの原形かもしれないが、つまるところ『13日の金曜日』など当時流行っていたホラー映画の一系列だ。若者は危機に陥っているのに、勝手気ままに振る舞ってどんどん殺されていく。明らかに怪しい、どう考えてもおかしい状況でもなぜあんなにお気楽なのだろうか。全員が一ヶ所に集まって身を守ろうとか考えろよ、君ら。もちろんイチャつく男女も出てくるが、これまた当然殺される。
 ミュータントの異常性が薄れて、単なる殺人鬼になってしまったのが残念。
 それにしても、アメリカなど荒野に民家どころか人工的建造物すらなく、他に車の姿も見えずただひたすらに真っ直ぐ伸びていく道路ってのは怖い。同乗者がいればまだ良いけど、一人だったら不安を感じそうだ。

B000DZI67Q.jpg『サランドラ』(1977) THE HILLS HAVE EYES 90分 アメリカ

監督:ウェス・クレイヴン 製作:ピーター・ロック 脚本:ウェス・クレイヴン 撮影:エリック・サーリネン 音楽:ドン・ピーク
出演:スーザン・レイニア、ロバート・ヒューストン、マーティン・スピアー、ディー・ウォーレス、ラス・グリーヴ、ジョン・ステッドマン

 ロサンゼルスへの家族旅行でトレーラーに乗ってアメリカ南西部を旅する一家。構成は父・母・長女・次女・長男、そして長女の婿とその間に生まれた赤ん坊。
 だが、荒野の真ん中で車が事故を起こし、立ち往生してしまう。辺りに人は住んでおらず、父親ははるばる数十キロ前のガソリンスタンドへ歩きで助けを求めに行く。
 その時、一家は知らなかったのだ。この地には誰もいないわけじゃないってことに。

 旅の途中で『悪魔のいけにえ』の殺人鬼や殺人鬼一家に出くわすエド・ゲイン系ホラーは日常でも良くある出来事だ。(ないつーの)この『サランドラ』もほぼ同一パターン。どちらかというと残虐描写は少なく、殺人鬼一家も意外と情けないしで物足りないかもしれない。
 しかし、砂漠に潜み旅人を襲ってくるのが米軍の核実験場に住んでいて、放射能で突然変異を起こしたミュータント一家となると話は別だ。ガソリンスタンドのジイさんが話す内容だと、核実験よりも前に奇形児が生まれているなど理屈に合わない点もあるが、リメイク版の『ヒルズ・ハブ・アイズ』(2006)ではよりはっきりと描かれている。
 最初は『ヒルズ・ハブ・アイズ』を借りようとしたのだが、『サランドラ』のリメイクと書いてある。そういえばそんな映画あったな?、観たのかどうかも覚えていないので、まずは『サランドラ』を借りた。原題は『THE HILLS HAVE EYES』なので邦題としてはリメイク版の方が近い。では何故『サランドラ』という内容にまったく関係ない上に意味の分からない邦題になったか?理由はただ一つ。配給が東宝東和だったからだ。『Return of the Living Dead』を『バタリアン』にしてしまったあの東宝東和だ。
 設定から言えば、『ウルトラセブン』の第12話『遊星より愛をこめて』より遥かにヤバイと思うのだが、被爆者蔑視などのクレームはあまり上がっていないようだ。というか、世間から無視されてるんじゃないか、この映画。
 愛犬ビースト(犬種ジャーマン・シェパード)は人間以上に大活躍。こんなときに、猫を飼っていても何の役にも立たないだろう。そこが猫の良さだが、やはり飼うなら犬だな。ま、ウチの犬も役に立たんが。
 最初は情けなかった婿(若い頃のニコラス・ケイジ似)が、妻を殺され娘を誘拐され、ついに怒って立ち向かう。ここでやらなきゃ誰がやる。
 ミュータント一家のそれぞれの名前が、ジュピターだのマーキュリーだとマーズだのと、惑星の名前そのままといえばそのままなんだが、「お前ら、セーラー服美少女戦士かっ!」と言いたくなってしまう。「そのネタすべってる」って?でも、オレが言わなきゃ誰が言う。

B0011ETP2S.jpg『アレックス・ライダー』(2006) STORMBREAKER 93分 イギリス/アメリカ/ドイツ

監督:ジェフリー・サックス アクション監督: ドニー・イェン 製作:スティーヴ・クリスチャン、アンドレアス・グロッシュ、マーク・サミュエルソン、ピーター・サミュエルソン 製作総指揮:ヒラリー・ダグデイル、ナイジェル・グリーン、アンドレアス・シュミット 原作:アンソニー・ホロヴィッツ 脚本:アンソニー・ホロヴィッツ 撮影:クリス・シーガー 音楽:アラン・パーカー
出演:アレックス・ペティファー、ユアン・マクレガー、ミッキー・ローク、ビル・ナイ、ミッシー・パイル、アリシア・シルヴァーストーン、サラ・ボルジャー、アンディ・サーキス、ダミアン・ルイス、ソフィー・オコネドー

 主人このアレックスは孤児で、叔父の銀行員と家政婦(若い)と暮らしている。ところが、叔父の正体はMI6のエージェントで任務中に死亡してしまう。後任として任務に就くのはなんとアレックス。アレックスは叔父から本人は知らないままスパイとしての英才教育を受けていたのだ。
 そして天才コンピューター少年の触れ込みで、ミッキー・ローク率いる大手コンピュータ会社に侵入する。新型コンピュータ“ストームブレーカー”の発表間近で、その第一体験者として選ばれたのだ。ストームブレーカーはヴァーチャル・リアリティ式で短時間で体験者に知識を吸収させる。だが、そこはスパイ映画の悪党だけあって大きな目的がある。これまでの悪党は世界征服や金融支配、ついには人類絶滅があった。ミッキー・ロークがストームブレーカーで企んでいるのは、いじめられっ子が同窓会で同窓生の毒殺を試みたとか、復讐のために爆発物を作ったとか、その延長線上。スパイ映画史上、もっとも情けなく、個人的理由ではないだろうか。コンピューターでウイルスとか言っているので、てっきりコンピューターウイルスかと思いきや……
 シリアスな部分とコメディ部分が溶け合っていなくて、アレックスに与えられた特殊装備が、ソフト次第で盗聴器探知機になったり発煙弾になったりするNintendoDS。ソフトの中には『マリオカート』もあるが、これはどんな機能と武器開発者に尋ねると、「それはゲーム。退屈した時に遊んでくれ」と返事が返ってくる。このようにギャグは多いが、実戦となるとかなり本格的で、ちょっと人死にが多すぎるのではないかと。
 主人公のアレックス(アレックス・ペティファー)は設定では14歳だが高校生ぐらいに見える。アクション監督でドニー・イェンが名前を連ねているが、格闘アクションは車解体業者の連中を縄術で叩きのめすぐらいと少ないのが残念だ。
 原作は小説で日本では集英社から出版されているようだ。特に読む予定はない。
 映画の冒頭でユアン・マクレガーを襲った殺し屋(ダミアン・ルイス)だが、実は返り討ちにされて、その後のシーンはユアンが変装しているんじゃないかと思うのだがどうだろうか。何のためにそんなことしてるのかって?そんなのは知らん。

B001493F1C.jpg『モンティ・パイソン/ライフ・オブ・ブライアン』(1979) MONTY PYTHON'S LIFE OF BRIAN 93分 イギリス

監督:テリー・ジョーンズ 製作:ジョン・ゴールドストーン 製作総指揮:ジョージ・ハリソン、デニス・オブライエン 脚本:グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ギリアム、エリック・アイドル、マイケル・パリン 撮影:ピーター・ビジウ 音楽:ジェフリー・バーゴン
出演:グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ギリアム、エリック・アイドル、マイケル・パリン

 イエス・キリストと同年同月同日、数件離れた家で生まれたブライアンの数奇な運命を描いた映画。そこはそれモンティ・パイソン作品なのでマトモなはずがない。ユダヤ人も、ローマ人も、そしてキリスト教などの宗教もネタにした世にもヤバイ映画が始まる。
 製作のジョージ・ハリソンはあのビートルズのジョージ・ハリソン本人。主催のハンドメイドフィルムでは『バンデットQ』なども製作された。どうも、本人が映画に出ているようで、ブライアンを救世主ことメシアだと思い込んだ民衆が押しかけてくるシーンでは、「ほら彼がお金を出したジョージ・ハリソン。一番に直してあげてよ」とか言われている。勝手にメシアだと思われて祭り上げられるのって、実は怖いよねぇ。そんなブライアンの悲劇が喜劇にしかならないのがモンティ・パイソン。
 ローマ軍によるイスラエル支配とか、ユダヤ人の歴史、キリスト教の誕生などを知っていた方がより面白いのだろうが、知らなくてもそれなりに面白い。キリスト教絡みなギャグがヤバイのでこれまで発売が遅れた理由でもあるのだろう。でも、パイソンズにとっては何だって笑いになるんだってば、ちょんちょん。
 ラストのトンマと勘違いの連続のあげく、磔になったブライアン。そして同じく磔になった囚人たちが歌い出す『Always Look On The Bright Side Of Life』は名曲名シーンだよね。『人生はいつも能天気で行こう』とオレは意訳している。歌うはもちろんエリック・アイドルさ。
 オレが観たのはTV放映が初めてだが、『空飛ぶモンティパイソン』と同じキャストで吹替放映されていた。今回のDVDは嬉しいことに吹替音声収録版。もちろん往年のキャストだ。主演のブライアン(グレアム・チャップマン)は故山田康雄なのはもちろん、彼と同衾するユダヤ人民戦線、いやユダヤ共同戦線だったか?ユダヤ解放戦線だったか?こんな同一勢力の内部分裂のネタもあるのだが、とりあえずその女性の声が峰不二子の声優増山江威子ってのはうれしいねぇ。
 まぁ、どのみち神ならぬ人間は死ぬんだし、同じ死ぬなら明るく死のうや、ちょんちょん。人生なんて、洒落だよ、洒落。

B000BKDRG8.jpg『エンジェルス』(1994) ANGELS IN THE OUTFIELD 102分 アメリカ

監督:ウィリアム・ディア 製作:アービー・スミス、ジョー・ロス、ロジャー・バーンバウム 脚本:ドロシー・キングスレイ、ジョージ・ウェルズ、ホリー・ゴールドバーグ・スローン 撮影:マシュー・F・レオネッティ 音楽:ランディ・エデルマン
出演:ダニー・グローヴァー、ブレンダ・フリッカー、トニー・ダンザ、クリストファー・ロイド、ベン・ジョンソン、ジェイ・O・サンダース、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ミルトン・デイヴィス・Jr、エイドリアン・ブロディ

 主人公は一人の少年。母親を亡くし、父親は定職に就いていないため親権を取り上げられてしまったため、里子の家で同じく里親を捜す境遇の黒人の少年と、彼らの面倒をみる中年女性と共に暮らしている。少年の楽しみは地元の野球チームであるエンジェルスを応援することぐらいだ。
 面会に来た父親は、「またパパと暮らせるの?」と問う少年に「エンジェルスが優勝したらそれもあり得るかもな」と職を求めて他の地へ去っていく。
 だが、エンジェルスはここ数年は毎年最下位のヘボチーム。優勝の可能性など全くない。そこで少年は神様に祈る。

「どうか、エンジェルスを優勝させてください」

 そして少年以外の人には見えないクリストファー・ロイドを始めとする天使たちがグランドに現れ、選手たちをサポートし始めた。
 快進撃を続けるエンジェルスは果たして勝てるのだろうか?
 すっかりひねくれて嫌な人物となり、選手に当たり散らすばかりの監督。そんな監督を信じるはずもなく、すっかりやる気を無くして負け犬となった選手たち。そんな彼らが次第に戦う気持ち、プライド、そしてなによりも野球を楽しむ様に少しずつ変化し成長していくところが見所だ。主人公の少年には悪いが、エンジェルスの連中こそ本当の主役だとオレには感じられた。
 優勝決定戦が始まっても天使は現れない。あることを確かめるためにちょっとだけ少年の前に姿を現せたクリストファー・ロイドは、「この試合は自分たちの力だけで勝たなきゃダメだ」と告げる。
 絶体絶命の時点で、少年がこれまで監督に天使が現れたことを伝える両腕で羽ばたきをするポーズを取る。これは少年の嘘なのだが、このポーズが応援席全体に広がっていくシーンはウルルッとくるね。
 無難な作りだが、ディズニー映画だしそこが良さの一つだろう。後、感じたとことしてはこれはあくまで映画で実際のメジャーリーグの世界とは異なるのだろうが、アメリカにおいて野球を映画に持ち込んだ場合にロマンたり得ることへのうらやましさだ。この作品の舞台を日本のプロ野球界に置き換えたら成立するんだろうか?
 子供の頃に少し野球に憧れたことを除けばスポーツにはまるで興味がないオレだが、名古屋育ちということもあり二回だけドラゴンズの試合を観に球場へ訪れたことがある。一度目は小学生。二度目は大学のサークルの中で誘い合って行った。両方ともドラゴンズ戦で、場所はナゴヤ球場。小学生の時の事はトイレが汚かったぐらいしか覚えていないが、二回目はそれなりに記憶になる。外野席だったが応援団がやたらと取り仕切っていて、応援の仕方などにもあれこれ口出ししてくる。野球を楽しむのではなく、みんなで揃った応援をすることと、ドラゴンズが勝つことにしか興味がないように思えた。この記憶だけで決めつけてしまうのも何だが、日本のプロ野球にはあまりロマンがないんじゃないかと思う。
 天使が見える少年が、天使が現れたことを知らせるポーズを取っても、「そこのガキ、なに勝手なことをしてんだよ」で終わってしまうんじゃなかろうか。日本人もアメリカ人も野球好きだが、その好きはちょっと種類が違うんじゃないかなと思うわけだ。
 子供を育てるだけの能力を認められない親から親権を奪ってしまう点や、公的機関ではなく個人のボランティア的存在として里子センターが存在する点、里親として縁もゆかりもない子供を引き取る人の数がそれなりにいる点なども大きなバックボーンとなっている。ラストはハッピーエンドだが、日本人が一番求める終わり方はおそらく違うのは感じるのはそういった点での感覚の差だろう。

B0012EGL4M.jpg『パンズ・ラビリンス』(2006) EL LABERINTO DEL FAUNO 119分 メキシコ/スペイン/アメリカ

監督:ギレルモ・デル・トロ 製作:アルフォンソ・キュアロン、ベルサ・ナヴァロ、ギレルモ・デル・トロ、フリーダ・トレスブランコ、アルバロ・アウグスティン 製作総指揮:ベレン・アティエンサ、エレナ・マンリケ 脚本:ギレルモ・デル・トロ 撮影:ギレルモ・ナヴァロ 音楽:ハビエル・ナバレテ
出演:イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ、ダグ・ジョーンズ、アリアドナ・ヒル、アレックス・アングロ、ロジェール・カサマジョール

 この映画を観始めて数十分、こりゃスペイン内戦の知識がないとダメだなってわけで調べ始めた。オレのスペイン内戦について知っていることはパブロ・ピカソの『ゲルニカ』だけ。そもそもスペインといえば闘牛と故天本英世が愛した国だと言うことぐらいしか思い浮かばない。

 スペイン内戦は1936年から1939年にかけて繰り広げられた。左派の人民戦線政権に対し、右派のフランコ将軍が反乱を起こしたことで始まった。ドイツ・イタリアのファシズム政権がフランコ将軍率いる反乱軍を支援し急速に勢力を拡大する一方、左派側はソビエト連邦=共産主義側から支援を受けるが内部分裂してしまう。で、最終的にフランコ将軍側が勝利し1939年に政権を取る。だが民族紛争も要因であるなどの理由で事態は完全には終結せず、人民戦線の一部は山間部に逃れゲリラ化するなどして抵抗を続ける。
 映画の舞台は1944年の内戦終結後。主人公の少女オフェリアは臨月の母親と共に、母の再婚相手の政府軍大尉がゲリラ討伐を行っている山間部の館兼基地へとやって来るところから始まる。
 第二次大戦映画ででスペインについてはあまり出てこないし、フランスと国境を接するスペインにドイツ・イタリアが侵攻しなかったのをちょっと疑問に思ったことがあったが、スペインが同盟国までは行かないもののファシズム寄りだったからか。ゲリラがノルマンディ上陸作戦のニュースを知って喜んでいるのは反ファシズムの共産主義側だったからと。
 でまあ、ここら辺で映画を再開すれば良かったのだが、人民戦線政権は1931年に王政から共和制になって誕生した物との記述があったことから、そういえば大航海時代のスペインは王国だったよなってんで歴史を遡ると、いろいろと複雑で面白いのな。ちなみに国民の大半がカトリック教徒。劇中で葬儀が行われるがこれを取り仕切るのは当然カトリックの神父。

 大尉は情け容赦ない冷酷なファシスト的軍人として描かれている。だが、実は心に弱い部分があり、名誉の戦死を遂げた父親に対し強いコンプレックスを感じている。誇り高く軍人足らんと強迫観念があるがゆえに冷酷で心にゆとりはない。ひげを剃っているシーンでは、一歩踏み間違えれば崩壊してしまう危うさを示している。
 そんな大尉に母親はすでに支配されてしまった。心を許せるのは一人の召使いだけとなったオフェリアの前に獣の下半身をと角を持つ牧神パンが現れ、彼女の正体は地下の国のお姫様だと告げる。地上に憧れたお姫様は国を抜け出して地上に出たが、記憶を失い飢えや病に苦しんだあげく死んでしまい、彼女はその生まれ変わりだというのだ。そして、満月までに三つの試練を乗り越えれば姫として王国に帰れるというのだ。
 試練を乗り越えるというのは英雄譚などのファンタジーには多い。大概の場合試練は三つの気がする。ファンタジーRPGでも三つのクエストをこなすと次に進めるというのが多い気がするが単なるイメージか?とりあえず三つのというのは多すぎず少なすぎずで切りのいい数なのだろう。映画も三部作ってのが多い。ミシュランは三つ星だし、徳川は御三家で、食事で重要なのは三大栄養素で、結婚式で来賓の挨拶に登場するのは三つの袋だ。
 二つ目の試練で、オフェリアが禁を破ってブドウの実を食べてしまいパンから見放されるのは、アダムとイブなんだろうかと考えるとスペインとカトリックの関わりからも宗教映画に思えてくる。地下の国とは天国でオフェリアがそこに到達するまでの物語。他人のではなく自分の血を流すというのはイエス・キリストの受難か。
 お姫様が地上に出て、地下の国にはなかった飢えや病気に苦しむというのは、地上=現世ってことか。生きていくこと自体が苦しみである現世を、死んでもまた生き返る輪廻転生を続け、解脱することでその苦しみから解放される。ああ、これじゃ仏教か。
 キリスト教じゃ輪廻は異端だから、キリスト教を題材とした宗教映画という見方が怪しくなってくるがまあいい。政府軍とゲリラの戦いは背景であって、オレが調べた意味はあまりなくなってくるが調べることが楽しかったんでこれもまあいい。この調べることが楽しいという感覚が中高生の頃にあったらもっとマシな成績だったんだろうが、悩みとか抱えがちなあの時期を無駄に呑気に過ごせたんでこれもまあいい。

 映像的には悪趣味さも含めてテリー・ギリアムを思わせる。どこまでが現実でどこからが非現実かを混乱させるところも似ていて、オレはそう思わないがこの作品をもう一つの『未来世紀ブラジル』と考えることも可能だ。
 分類はファンタジー映画だが、小さな子供には観せない方が良い。大人でも残酷なシーンが苦手な人はところどころちょっとつらいだろう。
 英雄としての死ではなく、無駄死にというか意味のない単なる死を得た大尉は幸せだったんだと個人的には思う。

B00148S76Q.jpg『パルス』(2006) PULSE 86分 アメリカ

監督:ジム・ソンゼロ 製作:ブライアン・コックス、マイケル・リーヒイ、アナント・シン、ジョエル・ソワソン 製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン 脚本:ウェス・クレイヴン、レイ・ライト オリジナル脚本:黒沢清 撮影:マーク・プラマー 音楽:エリア・クミラル
出演:クリステン・ベル、イアン・サマーハルダー、クリスティナ・ミリアン、リック・ゴンザレス、ジョナサン・タッカー、サム・レヴァイン、オクタヴィア・スペンサー、ロン・リフキン、ブラッド・ドゥーリフ、ケル・オニール

 黒沢清の『回路』(2000)がハリウッドリメイクされると聞いた時は、どうせ企画だけで実際に製作はされないんだろうと思った。ストーリーや意味が分からないという意見が多かったのに、それをハリウッド映画化は無理だろうと。黒沢清は必要最低限名事しか描かない、いや時に必要なことすら省略することが多い。『回路』もその一つなんだが、それが何事に付け過剰なハリウッド映画になり得るのだろうか?
 ところがウェス・クレイヴンがそれを上手くアレンジ・変更して娯楽作として観られるホラーに作り上げてしまった。

『回路』と『パルス』の粗筋は似通っているが、幽霊の扱いがまったく異なる。その代表的な例が赤いテープで作る開かずの間の意味だ。
『回路』での開かずの間は死の世界に通じる扉だ。だから“開けてはいけない”。建物の解体現場で作業員の哀川翔(特別出演)が、ある部屋に立ち入れないようにするため、たまたま側にあった赤いテープで扉を封印する。その結果、偶然にも開かずの間が作られてしまった。だが、ほどなくその扉も壊され、開かずの間は開いてしまう。そして、死が現実の世界に出てきて浸食を始める。
『パルス』の開かずの間は、幽霊が入って来られないようにする一種の結界だ。赤いテープを扉や窓に張り巡らし、そこに立て籠もることで死から逃れようとする。

 幽霊は自分たちが持っていない“生”を羨んで、人間たちから生きる意志を奪ってしまう。生きる意味を失った人間は苦しんだあげくに絶望して死を選び自殺する。血を吸うとか身体を引き裂くなど物理的攻撃ではなく、生きる意志を奪ってしまうというのははるかに残酷だ。しかも吸血鬼や殺人鬼に出くわす可能性は低いが、日本では年間3万人の人が自殺している。オレだって、いつどこで幽霊に出くわすか分からない。
 若者で溢れる大学のキャンパス。しかし、映画が進む内に少しずつ数が減ってくる。最後は無人となり、街も廃墟となる。そのジワリジワリと進行していく様子がゾクリと来る。
 ラスト近くで火を噴いた旅客機が墜落して爆発する。『回路』にもあったシーンだ。9.11テロをイメージさせるのでてっきり省かれているだろうと思ったが意外だった。もちろん衝撃的な投身自殺のシーンもある。
 序盤でヒロインの恋人が自殺する。ヒロインとその友達を含む4人で彼女を慰めるためにチャットをやっていたら起こる出来事でもゾクリ。
 ここなどを含めてストーリー上でのパソコンやネットの扱いは『パルス』の方が上手い。これは2000年と2006年という製作年度の差か、それとも日本映画とハリウッド映画の差か。考えてみれば、『回路』は途中からパソコンは全然関係ないからな。ネットはさらに上手くホラーの題材に出来る気がする。じゃあお前がアイディアを出せといわれると困るが。winnyなどを使っている人がウイルスに感染して情報を流出させてしまう事件があるが、あれなんかイジりようがないかな?
 携帯電話を題材にしたホラー『着信アリ』は面白そうだと思ったのだが、『リング』のビデオを携帯にしただけだと聞いたので興味を失ってなんとなく観ていない。
 幽霊は一種の電気信号。だからネットや電話回線、無線LANはもちろん携帯電話の電波としてもやって来る。解析しようとする度に周波数を変えたりするので調査が不可能。量子暗号みたいのがかけられているのかもしれない。
 電話が無く携帯の圏外に行けば幽霊はやって来れない。でも幽霊が短波や通信衛星に目を付けたらどうするんだろうか。なんてヤボなツッコミはなし。ラストはちょっと『生物都市』を思い出してしまった。

B0019K35N4.jpg『ベースケットボール/裸の球を持つ男』(1998) BASEKETBALL 103分 アメリカ

監督:デヴィッド・ザッカー 製作:デヴィッド・ザッカー、ロバート・ロキャッシュ、ジル・ネッター 脚本:デヴィッド・ザッカー、ロバート・ロキャッシュ 撮影:スティーヴ・メイソン 音楽:アイラ・ニューボーン

出演:トレイ・パーカー、マット・ストーン、アーネスト・ボーグナイン、ヤスミン・ブリース、ジェニー・マッカーシー、ロバート・ヴォーン、レジー・ジャクソン

『フライングハイ』や『ホットショット』シリーズが大好きで、この世から一本だけ映画を選べと言われたら迷わず『トップ・シークレット』を選ぶぐらいにZAZ好きなオレだが、ZAZの三人がそれぞれ独立して映画を撮りだした結果、ずば抜けて才能がないなと思うのがデヴィッド・ザッカーだ。『裸の銃を持つ男』シリーズも好きじゃないしな。
 まず、ギャグの絶対量が少ない。普通のギャグ映画ならば並のレベルだが、それじゃダメだろ。そしてテンポが非常に悪い。1秒以下のそれこそ数コマの問題なのだが、長すぎる場合が多い。ギャグの量が異様に豊富でテンポが抜群だったZAZ作品と比べてしまうとやはりつまらない。あと、下品なギャグが多い。下品なギャグを否定する気はさらさら無いが、問題はつまらないって事だ。つまらない下品なギャグは、そのつまらなさに拍車をかける。やっぱ、この人はセンスがないよなぁ。
 ベースケットボールとはバスケットボールと野球を合体させた物。冴えない二人組がモテモテな男に勝負を挑まれて、とっさに思いついたいい加減なスポーツだが、それが次第に人気が出てくる。そして大富豪アーネスト・ボーグナインに見出されてプロスポーツになる。商業主義に走って人気が無くなった野球やアメフトを反省して、本拠地の移動や選手のトレードなどがないという設定。現代プロスポーツの批判かと思ったが、ベースケットボールもあっという間に人気のプロスポーツとなってしまう。観客のエキストラが少なくてすむからなんてのが案外と理由かもしれない。
 アーネスト・ボーグナインは完全にゲスト出演で、前半でホットドッグのソーセージを喉に詰まらせて死んでしまうが、それを補うのが黒幕のロバート・ヴォーン。ベースケットボールを以前のメジャーリーグのような営利目的優先に変えてしまおうとして奔走する。腹黒そうな黒幕が似合うな?ロバート・ヴォーン。
 オレとしてはどうでもいい作品だが、ラストで元ニューヨークヤンキースの名メジャーリーガーのレジー・ジャクソンが本人役でヤンキースの帽子とジャケットで登場するシーンにちょっとぐっときた。そう言えば、何故か『裸の銃を持つ男』シリーズのどれかに出演していたな。
 あるチームのチアリーダーの服装が赤のブルマ姿で、それを見た観客の男たちが咥えていたホットドッグからソーセージが飛び出すというギャグがある。それまでにTバッグのチアリーダーとかが一杯出てきたのに何で今度だけ?アメリカにもブルママニアがいるのか。
 ユニバーサルなので旧作の字幕がひどいのはいつものことだが、今回も字幕がひどい。翻訳はまともだが、音引きの“ー”と半角の“-”がゴチャゴチャ。ベースケットボールとベ-スケットボ-ルが混ざっているような感じで非常に見づらい。他のメーカに出来ることが何故出来んのだ、ユニバーサル。頼むよ、ほんと。

B00023PJDI.jpg『地下室のメロディー』(1963) LA MELODIE EN SOUS-SOL 121分 フランス

監督:アンリ・ヴェルヌイユ 脚本:アンリ・ヴェルヌイユ、アルベール・シモナン、ミシェル・オーディアール 撮影:ルイ・パージュ 音楽:ミシェル・マーニュ
出演:ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、ヴィヴィアーヌ・ロマンス、モーリス・ビロー、ジャン・カルメ

 五年ぶりに出所したジャン・ギャバンが自宅に帰るために乗った列車から物語は始まる。
「俺はどこそこへキャンプに行ったんだぜ」
「私なんかギリシャ旅行だよ。ローン支払いでだがね」
 他の乗客たちの会話にギャバンは加わることなく、ただ聞いているだけ。
 ローンで旅行だ?そして帰ってきたらまた仕事に追われるのか?小市民め、俺はそんなのまっぴらだ。そこで大金を奪って楽隠居する腹づもり。懲役を終えても、まるで反省していない。
 そして、自宅で帰りを待っていた妻を気遣う暇もなく、次の仕事に取りかかる。リヴィエラのあるカジノは売り上げを地下金庫に保管している。バカンスシーズン終わりにはなんと10億フランが入っており、それを掻っ攫おうというのだ。しかし、ギャバンも年だ。そこで刑務所で知り合った若いチンピラに連絡を取り仲間にする。このチンピラがアラン・ドロン。
 アラン・ドロンをカジノ近くのホテルに金持ちの青年として送り込む。最初は今一つ様になっていなかった高級仕立てのスーツや、ダンヒルのライターなどが次第に似合ってくる。この演じ分けがなかなか見事。
 チンピラ本人もすっかり役になりきって増長してくるが、最後の最後になって怖じ気づく。しょせんチンピラはチンピラ。プロの犯罪者になるには腹が据わっていない。そしてアラン・ドロンが取った行動がラストシーンへとつながっていく。
 ジャン・ギャバンは歩く“フィルム・ノワール”。コートに帽子姿で歩いているだけで渋い。前半の計画を練っている様子が実に腕利きの犯罪者を感じさせる。ラストのアラン・ドロンとジャン・ギャバンの対比が見せてくれる。
 モノクロの映像がストーリーを引き立てている。鏡を有効に使うシーンがいくつもあり、画面作りはかなり計算されているようだ。肝心の強奪シーンは意外と適当な手法で、綿密な計画の割には行き当たりばったりだが、サスペンスやミステリーではなく犯罪映画だからこれでいいのだろう。
 気になるのは女性の登場人物。演じる女優さんは綺麗なんだが、存在感があまり感じられず、人間と言うよりも物的な扱い。若くない女性はというと、口やかましい妻や母親ばかりで、家庭に入った女性は厄介者でしかない。男の映画だってのは分かるが、魅力的な女性が出てこないのは残念。アラン・ドロンが計画のためにたらし込むカジノの踊り子などもっと使いようがあっただろうに、もったいない様に思う。
 オープニングタイトルで流れるジャズは有名な曲らしい。その他にもジャズが何曲もかかって、シーンとは合っているが、オレには音楽がちょっとうるさすぎ。
 ラストシーンの意味?犯罪は引き合わないとか、悪党が勝っては倫理上困るとか、なんとかかんとか理屈はいくらでも捻り出せそうだ。しかしアンリ・ヴェルヌイユがプールの水面一杯に浮かぶお札が撮りたかっただけだ、とオレは思う。あの画に理屈はいらないよな。

B0012P6C4K.jpg『ファンタズム IV』(1998) PHANTASM IV 95分 アメリカ

監督:ドン・コスカレリ 製作:ドン・コスカレリ 脚本:ドン・コスカレリ 撮影:クリス・コミン 音楽:クリストファー・L・ストーン
出演:アンガス・スクリム、マイケル・ボールドウィン、レジー・バニスター

 正式な原題は『PHANTASM OBLIVION』。OBLIVIONのIとVが赤で表示されてIVになっているという仕掛け。ついに『ファンタズム4』である。
 IIIではマイクが序盤で行方不明になってしまい、それを探すレジーの物語となっていたが、今回は別行動。そもそも旅をする映画なのに場面が変わりまくって観づらい。
 見所はトールマン誕生が描かれる事。元々は普通の葬儀屋だったのだが、あれこれ研究している内に時空を移動するのに使う二本の柱を作り出す。そして、異世界に移動した葬儀屋が帰ってきた時にはトールマンになっていたのだ。
 頭の中に銀球が埋まっているマイクが幻想的な精神世界を彷徨うシーンが多い。ホラーだとと残虐シーンやアクションシーンは期待するべきではない。取りあえず怖いシーンはほとんどない。
 数少ないホラーシーンと言えば、レジーは相変わらず女好きで事故で立ち往生した女性とベッドインするが、女性の両乳房が二個の銀球で、身体から飛び出して襲ってくるところなんかは好き。
 回想シーンが多用され、1作目の登場人物が出てくるのだが、そのシーンを観た覚えがない。トールマンを首吊りにするシーンなど、そっくりさんではなく確かに1作目のマイクなどなのだが、あったか?こんなシーン。と思ったら、ボツシーンの使い回しだそうだ。ただ使い回しているだけではなく、トールマンの首吊りが、マイクが自殺すべく首を吊るシーンとオーバーラップされている。ボツシーンを使うためにマイクに首吊りをさせたんじゃと思わなくもない。
 そして、マイクとレジーがトールマンと争ったあげく決着は……付かない。露骨に次回作へ続くといった終わり方。
 だが、興行成績が悪かったのか、Vは作られなかった。結局、ファンタズムサーガの謎は謎のまま。
 もっとも、1から4も、 1979→1988→1993→1998 とかなり間が空いておりスローペースな製作なので『ファンタズムV』の実現もありうる。ただ、アンガン・スクリムは1926生まれなので撮るなら急げ。他の役は他人に変わってもかまわないが、トールマンはアンガン・スクリムじゃないと成り立たない。

 ちなみに『ファンタズム』シリーズのDVDは1だけ日本語吹替があって、後は英語音声のみ。『リーサル・ウェポン』の1のように初期の作品には吹替が無くて、途中から日本語吹替が収録されるというのはあるが、その逆は珍しい。

B0012P6C4A.jpg『ファンタズムIII』(1993) PHANTASM III 95分 アメリカ

監督:ドン・コスカレリ
出演:マイケル・ボールドウィン、レジー・バニスター、アンガス・スクリム、ビル・ソーンベリー、シンディ・アンブエル

 タイトルの『ファンタズム3』が示すように、『ファンタズム』シリーズの三作目。
 そろそろ息切れしてきたのか、かなり破綻し始めている。
 まず、1作目では主人公だった少年マイクが成長して大人になっているのだが、冒頭でいきなり消える。そして物語中盤過ぎまで出てこない。代わりに戦うのは1作目から皆勤賞のレジー。頭頂部まではげ上がり、後ろの毛をポニーテールにしていたアイスクリーム屋だ。時の流れとは怖ろしいもので、もはや後頭部まではげ上がっている。ただし、ポニーテールは健在。
 彼の仲間になるのはトールマンによってゴーストタウンとなり死滅した街で一人生き延びてきた10歳ぐらいの少年と、ヌンチャクを使う軍隊出身の女性戦士。他には兄の亡霊が出てきたり、ゾンビ三人組が襲ってきたりと行き当たりばったり目な展開を繰り広げる。
 アメリカの墓というと、一人一人土に埋められて墓碑が建てられるイメージだが、実際にそれをやったら墓中アメリカだらけ。じゃない、アメリカ中墓だらけ。ちゃんと集団墓地的な物があるようだ。左右の壁一面に小さな扉が付いていて、その中は狭い部屋になっていてそこに遺体の入った棺を治める。『ターミネータ3』のサラ・コナーの墓がそうだったな。棺に入っていたのは遺体じゃなくて武器弾薬だったが。集団埋葬することで宗教的な意味があるのか。それともこちらの方が値段が安そうなので金銭的理由も関わっているのかもしれない。
 しかし、棺に入れる遺体は火葬?生?火葬ならば大きな棺は要らないし、生だと時間が経つと中がエラいことになりそうだ。防腐処理をした肉体辺りだろうか?
 途中で舞台になるゴーストタウンの雰囲気や、1、2の謎解き的部分もある。ただし、逆に謎は深まるが。舞台を一ヶ所に固定せず、トールマンとマイクを追い続ける形なのでロード・ムービーファンにもお勧め?取りあえず、銀球の大群だけでオレとしては満足。
 ラスト、絶体絶命の危機に陥った主人公たち。もう残り時間もあとわずか。これをどうやって切り抜けるのかっ!答えは「そんなんありかっ!」だっ!

B0012P6C40.jpg『ファンタズムII』(1988) PHANTASM II アメリカ 97分 1989年鑑賞

監督:ドン・コスカレリ 製作:R・A・セゲダ、ドン・コスカレリ 脚本:ドン・コスカレリ 撮影:ダリン・オカダ 音楽:フレッド・マイロー、クリストファー・L・ストーン
出演:ジェームズ・レグロス、レジー・バニスター、アンガス・スクリム、ポーラ・アーヴィン、サマンサ・フィリップス

『ファンタズム』(1979)の実に9年振りの続編である。
葬儀屋トールマンと空を飛ぶ銀球が再び襲ってくる!その名の通り背が高いトールマンを演ずるアンガス・スクリムもメイクで顔色は悪いが元気そうだ。
トールマンは他人に化けたり怪我をしても再生したりと悪魔的力を持つ怪人で、見るからに不気味さを漂わせている。単なる殺人鬼ではなく心底邪悪な存在で、『エルム街の悪夢』シリーズのフィレディ・クルーガーなどがその後継者になるだろう。武器としてグレープフルーツ大の銀球を使う。この銀球は空を飛び、刃物やドリルを出して相手を傷つけ殺害する。どうやら単純だが意志を持っているようで、勝手に飛び回ってパトロールもするので番犬役にもなる。
トールマンの目的についてはこれといった説明もなく、何をしたいんだかよく分からないところがかえって怖い。やってることは前作の焼き直しなのだが、一応は前作で自分を倒した少年への復讐のようだ。だが、何故8年も経ってから今さらの行動に出たのだろう。体力が回復するのに時間がかかったのか?まあ、こいつらホラー映画の悪役がやることにいちいち理屈を求めるのが間違っているのだが。
その後『ファンタズムIII』(1993)や『ファンタズムIV』(1998)も作られたが機会がなく観ていない。だが、結局はほとんど同じ事の繰り返しだそうだ。アンガス・スクリムもまさか20年も同じ役をやることになるとは思ってもいなかっただろう。日本で観ることの出来る映画にはあまり出ていないようだが、他の出演作には『サスペリア2000』や『ウィッシュマスター』(1997)などがある。なかなか分かりやすいフィルモグラフィーの持ち主だ。
ちなみに『ウィッシュマスター』にはフレディ役のロバート・イングランドやキャンディマンのトニー・トッド、サム・ライミの弟で『死霊のはらわたII』に出ていたテッド・ライミなどホラー映画ファンなら嬉しいキャスティングとなっている。『13日の金曜日』シリーズのどれかでジェイソン役をやっていた人も出演しているそうだが、もっとも『13日の金曜日』ではいつもホッケーマスクだったんで(1、2は除く)顔が分からない。

B0012P6C3Q.jpg『ファンタズム』(1979) PHANTASM 89分 アメリカ

監督:ドン・コスカレリ 製作:D・A・コスカレリ 脚本:ドン・コスカレリ 撮影:ドン・コスカレリ 音楽:フレッド・マイロー、マルコム・シーグレーヴ
出演:マイケル・ボールドウィン、ビル・ソーンベリー、レジー・バニスター、キャシー・レスター、テリー・カルバス、アンガス・スクリム

 ホラーに分類されていることが多いが、オレとしてはダークファンタジーだと思う。延々と20年ほど近く続いたシリーズの第一作。悪役のトールマンが若い。
 兄の友人が急死し、その葬式を覗きに行った少年が、葬儀屋トールマンの異常な面を見る。それを確かめるべく葬儀社に忍び込み、そこで宙を飛び回る謎の銀球や『スター・ウォーズ』のジャワ族に似たドワーフに襲われる。
 トールマンの指を切り取り持ち帰った少年は、黄色い体液を流しながらピクピクと動き続けるその指を見せて兄を説得する。そして兄共々、葬儀社に乗り込んでいく兄弟の前に、予想だにしなかった真実が待ち受けていた。

 トールマンは別に殺人鬼ではなく、葬儀で回収した死体を別世界に送り込むのが仕事。死体はそこでドワーフにされ奴隷としてこき使われている様子。
 トールマンが操る銀球はおそらく当時としてはその無機質的なところからして画期的な存在だったろう。鏡面的に周りを写し込むので撮影は大変だったに違いない。アップの部分ではさすがに余分な物が写っていないが、引きの画ではカメラが写り込んでいるが、CG補正というわけにもいかなかった時代だからしょうがない。むしろ、この時代に鏡面の球体という小道具を使った勇気に乾杯。
 少年がひょんなことから足を踏み入れた異世界。異常ながら魅力的なクリーチャー。骨董品屋で少年が古い葬儀社の写真を見つけて、そこに今と変わらないトールマンの姿が映っていて、そのトールマンが少年の方を向いて邪悪に微笑むなどスティーヴン・キングっぽいとも言える。
 終盤、少年は泥沼に足を突っ込むが、その沼からいくつもの泥まみれの手が出てきて少年の足を引っ張る。マドハンド?ということは、トールマンの指が変身して暴れ回るコウモリ風の怪物はドラキー?
 監督のドン・コスカレリは『ファンタズム』シリーズだけの人かと思っていたが『ミラクルマスター/七つの大冒険』も撮っているんだな。『ファンタズム』と『ミラクルマスター/七つの大冒険』だけの人と訂正。

B0014F9G28.jpg『マイホーム・コマンドー』(1991) SUBURBAN COMMANDO 90分 アメリカ

監督:バート・ケネディ 製作:ハワード・ゴットフリード 製作総指揮:ハルク・ホーガン、ケヴィン・モアトン、デボラ・ムーア 脚本:フランク・A・カペロ 撮影:ベルント・ハインル 音楽:デヴィッド・マイケル・フランク
出演:ハルク・ホーガン、クリストファー・ロイド、シェリー・デュヴァル、ジャック・イーラム、ラリー・ミラー、ウィリアム・ボール、ジョー・アン・ディアリング、ロイ・ドートリス、トニー・ロンゴ

 一人の男は長年戦争に明け暮れ、暴力で物事を解決する事しか考えられなくなった歩く殺戮マシーン。
 もう一人の男は、才能はある物の上司に昇給を訴えることも出来ない気弱な設計技師。
 そんな二人が出会い、あれこれといったトラブルに巻き込まれたあげく、戦争男は時には暴力を用いずに物事を平和的に解決することを覚え、もう一人の男は自分に自信を持って行動することを覚える。二人の男の変化というか成長はなかなか感動的だ。
 ちょっと普通の映画と違うのは、戦争男が銀河を股にかけ悪党退治のプロフェッショナルの宇宙戦士だったって事だ。

 毎日、ヒッチコック特集というのも疲れるので、多分オレが一番得意とするコメディ映画について書く。しかもB級コメディでやたら出来がよい。
 宇宙戦士を演ずるのはプロレスラーのハルク・ホーガン。リング上でのそのあまりに怪物的な強さに目を付けたスタン・リーがアメコミのキャラクター緑の巨人ハルクを生み出したことで有名。えっ、その逆で超人ハルクにちなんでハルク・ホーガンって名前にしたんだって?まぁ細かいことは良いじゃないの。
 生真面目な男を演ずるのはクリストファー・ロイド。愛妻家で息子と娘を愛する平凡な男が、宇宙戦士との出会いで成長していく様は格好いい。負けるなオヤジ。
 監督は『夕陽に立つ保安官』(1968)や『続・荒野の七人』(1966)を手がけたジョージ・ケネディ。映画史的にはほとんど無視されているような感じだが、コメディ系は非常に上手い人である。『夕陽に立つ保安官』で副主人公を演じたジャック・イーラム(『キャノン・ボール』シリーズで肛門医を演じた人)がちょい役で出ているのがまた嬉しい。オンリー・ザ・ロンリーさんとジェームズ・ガーナーについてメールで話していたのだが、そういえば『夕陽に立つ保安官』の主演はジェームズ・ガーナーだったか。
 それなりの期間、映画を観てきてギャグとは「突然と反復、そして省略だ」というのがオレの結論だが、この作品では繰り返しのギャグが多用されていて、実にツボにはまる。路上でパントマイムをやっている男がハルク・ホーガンに「本当に見えない壁に取り囲まれているのだ」などと勘違いされ、登場する毎にひどい目にあうギャグなど、わはははだ。
 ナンセンスなギャグも多くて、ハルク・ホーガンがセガの『アフター・バーナー』をプレイして敵をコテンパンに叩きのめすとゲーム機の横に小窓が開いて白旗が出てくる。
 スケートボードに失敗したハルク・ホーガンが腹を立ててスケボーを力任せに放り投げて大空の彼方に消えていく。そして宇宙支配を企む悪の帝王がハルク・ホーガン抹殺のため地球に送り込んだ賞金稼ぎの宇宙船が地球に近づいてきた時、窓の外をクルクルと回転しながらスケボーが宇宙空間を飛びさっていく。
 いかにも悪っぽい連中が不法路上駐車していて、その車をハルク・ホーガンが強靱な腕力で動かしたら悪ガキどもが詰めかかってくる。ハルク・ホーガンが「そうか、オレとケンカしようってんだな」と言ったら、「馬鹿な、今は90年代だぞ。裁判所に訴えてやるから覚悟しとけ」だと。
 どんなギャグだ。
 ちなみに、最近では「映画とは突然と反復と省略だ」まで考えが進んでいる。

 黄色信号できっちり車を停めるクリストファー・ロイドがラストには……ってんでそこも上手く活かされていて、上手く映画が終わる。
 昇給を訴えに来たクリストファー・ロイドを社長は上手く口先で丸め込む。そして、クリストファー・ロイドを社長室から送り出す時に、日本人クライアントが入ってくる。
「今ちょうど、日本式雇用方式を実践していたんですよ」
 上手くギャグになっているのだが笑えない。日本企業で昇給を訴えたりしたら不忠義者扱いだよな。いつの時代だよ、不忠義者って。

 劇場公開で観て以来ずいぶんと久しぶり。まさかDVDになるとは思わなかった。他にもっとDVD化すべき作品(『ブロブ』とか)があるんじゃないかとか、誰が買うんだこれ感は強いが、なんにせよ目出度い。もっと色んなのを出してくれ。

B000LXHG26.jpg『第3逃亡者』(1937) YOUNG AND INNOCENT 84分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:ジョセフィン・ティー 脚本:チャールズ・ベネット、エドウィン・グリーンウッド、アンソニー・アームストロング 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:デリック・デ・マーニイ、ノヴァ・ピルブーム、パーシー・マーモント、エドワード・リグビー、メアリー・クレア、ジョン・ロングデン、ジョージ・カーズン、ベイジル・ラドフォード

 何で邦題が『第3逃亡者』なのだろうか?原題の『YOUNG AND INNOCENT(「若くて無垢な」だからヒロインのこと)』とはまるで関係ないし、主人公の青年が三人目の逃亡者って訳でもない。
 有名女優が自宅近くの砂浜で水着姿のまま死体で発見される。見つけたのは、亭主から浮気相手と疑われていた若い音楽家。ところが死因は溺死ではなく、コートのベルトで首を絞められたもの。青年は逮捕され、鍵を握るコートは数日前にドライブインで紛失していた。彼に付いた弁護人はまるで頼りにならず、このままでは有罪間違いなしと考えた青年は、裁判所からの脱走に成功する。
 あまりにも簡単に逃げすぎだが、ここで時間を使うよりは早く主人公をヒロインと会わせたいので軽く終わらせたのだろう。そして逃走中に知り合ったのはこの事件を担当している警察署長の娘。勝ち気で救急医療を身につけている彼女は、青年の無実を信じて、コート探しに付き合うこととなる。

 被害者の女性の死体を見つけた二人組の若い女性が叫び声を上げるところが、砂浜で鳴くカモメのカットに置き換えられている。ショッキングなのはこのシーンぐらいで、全体的には青年とヒロインの逃避行と言うにはコミカルなコメディよりのサスペンスとなっている。
 ヒロインが乗っているのがオンボロ自動車でガタガタと走っているのだが、時にパトカーとカーチェイスを繰り広げたりとなかなか頼もしい。もちろん、まともに走ったらたちまち追いつかれてしまうが、パトカーの行き先を機関車やトラックが塞ぐドタバタタッチ。最後には派手に壊れるが、ここがアドベンチャー映画ばりにスリリング。
 ヒロインの叔母の家に寄ったら、そこの娘の誕生日会の真っ最中。叔母は二人をあれこれと構ってきてなかなか抜け出せない。そこで主人が気を利かせて妻を鬼にして目隠し鬼を始める。ハンカチで目隠しをされ視界を奪われた妻。「さぁ、今の内に出ていきな」ってことだ。ドライブインで唐突に起こる集団のケンカ、ヒロイン一家の食卓は弟が4人もいてあれやこれやの一騒ぎ、などオレ的に好みのシーンが満載だ。登場するキャラクターもちょっとおかしな連中が多くて、二人を追ってくるデコボココンビ的な二人の制服警官や、問題のコートを「ある男からもらった」と着込んでいる浮浪者のジイさんなど個性的だ。
 ついにコートにたどり着いたが、ベルトは抜き取られていて、代わりに青年が行ったこともないグランド・ホテルのマッチがポケットに入っていた。もしや犯人はグランド・ホテルにいるのではないだろうか。「その男は目をバシバシと激しく瞬きをするんだ」と唯一犯人の顔と特徴を知っている浮浪者のジイさんをホテルに連れていく。
 主人公はホテルの外で待ち、あつらえた衣装にすっかり着られたジイさんとヒロインは、取りあえず人の多いダンスホールに入る。
 ホテルのロビーからカメラがクレーンで移動して壁をすり抜けダンスホールへと入っていく。お茶を飲んでいる人やダンスをしている人の上を通り過ぎて、一番奥で演奏をしている楽団へと近づいていく。そしてドラムスの顔のアップに。その男は、目をバシバシと連続で瞬きをした。これが1カットで撮られていて実にヒッチコック的に大胆なカメラワークである。ここで観客には誰が犯人か分かるが、ヒロインとジイさんは男の存在になかなか気づかない。ここのサスペンス感はさすがヒッチコック。そもそも、はっきりとした殺害シーンはない物の、誰が女優を殺したのかは観客には最初から分かっている。犯人当てをするミステリーじゃなくて、やっぱりサスペンスなのだ。

 それにしてもヒロインは何で会ってすぐに主人公の無実を信じたのだろうか。やはり主人公が美男子だから?もしも不細工だったらあっという間に通報されて、逮捕されたんだろう。良い男は得だ。美人の場合も得なんだろうな。
 無実の男女が犯罪に巻き込まれて警察などに追われる中、自らの無実を証明しようとするヒッチコックお得意のパターン。
 前作『サボタージュ』が少々後味の悪い作品だったが、こちらはロマンスとコメディ色が強く、気楽に楽しむことが出来る。

B000M05T1I.jpg『間諜最後の日』(1936) THE SECRET AGENT 87分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:サマセット・モーム 脚本:チャールズ・ベネット 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:ジョン・ギールグッド、パーシー・マーモント、ピーター・ローレ、マデリーン・キャロル、ロバート・ヤング、リリー・パルマー

『月と六ペンス』で有名なサマセット・モームの原作をヒッチコックが映画化したスパイ映画。ま、『月と六ペンス』しか読んだこと無いけど。間諜ってのはスパイのこと。原題のTHE SECRET AGENTそのままで秘密情報員だな。シークレット・エージェントマン、シャンパンの瓶に液体火薬を詰めるシークレット・エージェントマン。
 葬儀のシーンから映画は始まる。弔問客が全てさった後、左腕のない男が棺を片付けようとすると中味は空っぽだった。本来、そこに収まっているはずだった作家はRという政府関係者に呼ばれ、秘密諜報員に任命されたのだ。ドイツのスパイを捜し出すためにスイスに派遣される主人公。そこでは彼のパートナーを務める妻役の女性スパイと、将軍と呼ばれるメキシコ人スパイが待っていた。彼らは無事に任務を達成できるのだろうか?

 ヒッチコック作品では一般人、せいぜい警官ぐらいの人が事件に巻き込まれて主人公となるパターンが多いが、秘密諜報員=スパイというのは珍しい。もっとも、任命されたばかりの素人スパイで腕利きとはほど遠い。
 あるドイツ人をスパイだと思い込んで、雪山登山中に暗殺を試みる。ここで主人公が怖じ気づいて殺しを将軍に任せ、展望台から望遠鏡で覗いているという距離感が上手い。
 ホテルで主人を待っていたドイツ人の愛犬がまるで何かを感じたかのように不安がりついには遠吠えすところがカットバックで挿入されここも良い。ただし、子供の頃に犬を飼っていて、現在はミニチュアダックスフンドの飼い主であるオレは言い切れる。犬はそんなに利口じゃねぇ。つーか、こいつら馬鹿よ。散歩と飯と遊びに命を賭けていて、他に興味ないから。オレがインフルエンザかなんかで高熱を出して寝込んでいても「遊んで、遊んで?」とうるさいですから。実家に猫がいるが猫なら主人の死を感じ取るぐらいありそうだ。

 設定がスイスというだけあって、スパイが潜んでいると思われるチョコレート工場にもカメラは入り込む。ストーリー的にあまり意味はないが、流れ作業を延々と続けている女工さんたちが、『女工哀史』ならぬ『チョコ哀史』っぽい。騒音の中、ほとんどセリフが聞き取れず、互いに耳打ちしているのがなかなか面白い。そこへ「工場に二人のイギリス人スパイが来ている」という情報を聞きつけた当局が乗り込んでくるまでも上手くシーンが切り替えされていてサスペンスを盛り上げる。

 終盤は、人々でごった返した駅からコンスタンティノープル行きの列車へと進んでいく。ヒッチコック作品で駅や列車は度々登場し、重要なシーンでもある。ヒッチコックが鉄ちゃんである可能性は非常に高い。列車のミニチュアも今となっては低レベルな特撮だが、モノクロなのでそれなりに観られる。オレはI.V.CのDVDで観たが、画質が悪いってのもあってあまり気にならない。
 ラストはイギリス空軍の爆撃で列車は転覆。でもってうやむやにハッピーエンド。結局、主人公とヒロインはほとんど何の役にも立っていないのに、のうのうと幸せってのはどうなのよ。割と純朴っぽい主人公と、はねっ返りで気の強いヒロインが最後に結ばれるってのはヒッチコックの黄金パターン。オレ的にも黄金パターンだ。

B000LXHG1W.jpg『サボタージュ』(1936) SABOTAGE 76分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:マイケル・バルコン 原作:ジョセフ・コンラッド 脚本:チャールズ・ベネット、イアン・ヘイ 撮影:バーナード・ノールズ 音楽:ルイス・レヴィ
出演:シルヴィア・シドニー、オスカー・ホモルカ、ジョン・ローダー、デズモンド・テスター、ジョイス・バーバー

 昨年末に書き始めたアルフレッド・ヒッチコック特集の今さらながらの再開である。年明け早々から色々あったんで、あれこれじっくり観て、あれこれ考えなければならないヒッチコック作品からは逃げてきたが、そろそろ書けるかな?書けないかな?ぐらいにはなったんで取りあえず取りかかる。別に好きなように気楽に書けば?と言われるかも知れないが、ヒッチコックは世界五大監督の一人だとオレとしては思っているので、そりゃ気楽には書けない。

 映画の冒頭、辞書のSのページにカメラが寄っていき、そこに書かれた『SABOTAGE』とその意味から映画は始まる。後にクエンティン・タランティーノが『パルプ・フィクション』でも同じ手法を取っているが、おそらくこれが元祖だろう。
 1930年代後半のロンドンで、反政府主義者が発電所の破壊などサボタージュ活動を繰り広げている。映画館主の妻であるヒロインの夫もその反政府活動家の一人。もっとも、政治思想ではなく金のためにテロ活動を請け負っているようである。
 そして新ロンドン市長の就任会場であるピカデリー・サーカスを爆破する役目を引き受けるが、警察に目を付けられていて自分が動くことが出来ない。そこで妻の弟の少年に午後1時45分に爆発する爆弾を映写機の部品と詐って預けるように頼むが、そこは子供のこと、途中の物売りの口上やパレードに引っかかっている内に時間が過ぎていく。時間に間に合わせるためにバスに乗るが、通りにある時計が1時45分に近づいてくカットと少年の姿がカットバックで切り替えされる。
 本来のヒッチコック映画ならば、こうやってサスペンスを盛り上げておいてちゃんと爆発は寸前で止められるのだが……

 これについてヒッチコック自身はどう考えていたのかがどうしても気になって、ヒッチコック特集をやる上で、終わるまでは絶対にこの本を開かないと決めていたフランソワ・トリュフォーによるヒッチコックとのロングインタビュー『ヒッチコック 映画術』の『サボタージュ』に関する対談を読んだら、やはりヒッチコックは少年を爆死させてしまったことを間違いだったと認めている。やはりそうか。
 バス爆発以降が冗長に過ぎず、特にヒロインに内心惚れている警視が魅力がないのは欠点。アーネスト・ボーグナインを精悍にしたような映画館主は前途明津の狭間に揺れる様子が悪くない。主義主張よりも生活のために金を稼がにゃならん。
 弟の爆死と、夫の正体を知った後、ヒロインがナイフとフォークで料理の肉を切り分けている内に、自分が持っているナイフが凶器であることにはっと気づくシーンは秀逸。ああ、俺はこれから妻に刺し殺されるのかと心のどこかで勘づいている映画館主。
 水族館や小鳥屋、そして映画館など背景が魅力的。ヒロインが弟の死を知った後で、自分の劇場で公開されているアニメ映画で恋人に歌を捧げるコマドリ(クックロビン)が何者かに射殺され、「誰が殺したクックロビン」とパタリロが踊る、いやクックロビン音頭じゃないんでパタリロは出てこないが、「誰が殺したクックロビン」の歌が流れるシーンも良い。

 とにかく、引っ張り出した『ヒッチコック 映画術』だが、再び本棚の奥にしまい込む。これを読んじゃうと影響された文章しか書けないのは目に見えている。というか、オレがあれこれヒッチコックに書いているこれらの文章を読むよりも『映画術』を読んだ方が比べものにならないほど面白いし勉強になる。映画史に残る書籍の一つである。必読。

B001525JE4.jpg『ビートルジュース』(1988) BEETLEJUICE 92分 アメリカ

監督:ティム・バートン 製作:マイケル・ベンダー、ラリー・ウィルソン、リチャード・ハシモト 原案:マイケル・マクダウェル、ラリー・ウィルソン 脚本:マイケル・マクダウェル、ウォーレン・スカーレン 撮影:トーマス・アッカーマン 音楽:ダニー・エルフマン
出演:マイケル・キートン、アレック・ボールドウィン、ジーナ・デイヴィス、ウィノナ・ライダー、キャサリン・オハラ、シルヴィア・シドニー、グレン・シャディックス

 ティム・バートンの日本初お目見え作品。登場するクリーチャーやセットなどにすでにティム・バートンの不思議と魅力的な悪趣味が展開される。
 田舎の一軒家で平凡ながら幸せに暮らしていた若夫婦が、自動車事故で川に落ち死んでしまう。そして幽霊となった二人は125年を自宅で過ごさねば次の段階へと進めないのだ。どうしようと思っているところに、ニューヨークの俗物夫婦が家を買い取り一人娘と一緒に引っ越してくる。アーティスト気取りの妻はインテリアデザイナーとアイディアを出し合って、カントリー調の古き良き家を胡散臭いアート系に改装してしまう。
 これには勘弁ならないと、幽霊夫婦はゴーストとして一家の前に現れ、脅かして追い出そうとするが、これがまったく怖くなく通用しない。
 そんな時に、自称“バイオ・エクソシスト”ベテルギウスのことを耳にする。こいつは下品な上に無茶苦茶で関わったら大変なことになる。しかし自分たちではどうにもならないと思った幽霊夫婦は、ベテルギウスを呼び出す呪文として彼の名前を三回唱えてしまう。
「ビートルジュース、ビートルジュース……ビートルジュース」

 DVDには日本語吹替版も収録されているが、こいつがなかなか良くできている。
 ビートルジュースの声を吹き替えているのは西川のりお。上手いかといわれれば下手だ。オリジナルのビートルジュース役マイケル・キートンのしゃべりと合っているかといわれると合っていない。だが、そういったことを無視してしまえるほど西川のりおのビートルジュースは面白い。非常に下品で、相手の言うことなど耳に入っていない様子で、ひたすらしゃべり続ける。これを一度聞いてしまうと他の人による吹替は考えられない。
 本職の声優・俳優ではなくコメディアンなどタレントによる吹替については色々と問題があるだろう。とりあえず出来上がった吹替版がちゃんとしているかどうか。ダメな方が圧倒的の多そうな感じではあるが。『TAXi4』のタレント吹替版なんかひどかったからな。『1?3』までと同じ声優を起用した声優版音声も収録されていたのはメーカーの良心だろう。

 一人娘は常に喪服を着ていて、顔も血色が悪くて青白。常にカメラを持ち歩いてはなにかしら撮影している不思議系少女。演ずるのは当時17歳(かな?)のウィノナ・ライダー。これがまた可愛い。ゴスロリ少女の元祖かもしれない。彼女にだけは幽霊夫婦がちゃんと見える。理由は彼女自身が人とは違っていて両親や世間に幻滅して自殺も考えているから。あの世とこの世の境界線上を生きているということだろうか。そんな彼女が希望を取り戻す物語でもある。
 しかし、不思議系少女を演じたウィノナ・ライダーだが、その後実生活でも不思議な人になってしまった。最近はかなり落ち着いたようで今後の更なる活躍に期待。顔つきとか雰囲気が日本人好みする女優さんだよね。

 色々と笑いどころの多い映画だが、一番傑作なのは招待客を招いてのディナーの最中に、幽霊夫婦が連中を脅かすために彼らを操って『バナナボート』を歌い踊らせるシーン。もっとも、連中は逆に喜んじゃうんだけど。
「デ、イデオイデオイデオ」とか歌っているところの日本語字幕が「胃と手、胃と手」だったり、「なんとかかんとかタランチュラ」は「みんな頭がタランチュラ」と「いらねーだろその字幕ネタ」が下らなすぎて良い。このセンスは戸田奈津子か?!と思ったが新村一成という人だった。

 登場するクリーチャーはサンドワームを除いて本来名前はないのだが、日本公開時には勝手に名前を付けて宣伝などに利用していた。
 上半身と下半身が腰のところでぶった切れている『セパレーツ・ガール』、探検家の格好をしていて、おそらくどこかの現地人に頭を干し首にされグレープフルーツぐらいの小さな頭になってしまった『チョロピー』、自動車に轢かれて板のようにぺっちゃんこになってしまった『当たり屋ジェリー』などなど。『バタリアン』(1985)でも『タールマン』だとか『オバンバ』と日本でゾンビに名前を付けていたが、あれと同じセンスか。
 勝手なことをやるもんだと思うが、ティム・バートンに話すと案外うれしがるかもしれない。つか、アメリカ・ワーナーの許可取ってんのかな?
 ティム・バートンは変な人だが、分かりやすい変な人なので作品も人気があるのだろう。そこら辺で、ちょっと底が浅いのかもと思うこともあるが、本気で徹底して変な人だったら娯楽映画としては受け入れられないだろうから、メジャー映画界で活躍するにはちょうどいいバランスなのだろう。

 ちなみに、自殺するとあの世に行ってから公務員として働かされるそうだ。アメリカでは公務員の仕事はうんざりするほど魅力が無く退屈で、それを延々と続けされるなんて考えたくないということらしい。
 日本だと、自殺したら公務員になれると知ったら、これまで以上に自殺する人が増えるんじゃ……

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