『刑事マディガン』(1967) MADIGAN 101分 アメリカ
監督:ドン・シーゲル 製作:フランク・P・ローゼンバーグ 原作:リチャード・ドハティ 脚本:ヘンリー・シムーン、エイブラハム・ポロンスキー 撮影:ラッセル・メティ 音楽:ドン・コスタ
出演:リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、インガー・スティーヴンス、ハリー・ガーディノ、ジェームズ・ホイットモア、スーザン・クラーク、マイケル・ダン
映画は夜のニューヨークを空撮で捉えたショットから始まる。うむ、いかにもハードボイルドな導入部だ。一時は刑事物というと夜景の空撮から始まっていた時期があるが、このスタイルを始めてやったのは誰だろうか。この作品など、その走りではないだろうか。
主人公は刑事のマディガン。相棒とともに重要参考人をしょっ引くためにアパートの一室に押し入るが、隙を突かれて刑事用の拳銃を奪われた上にまんまと逃げられてしまう。頭の固い本部長から与えられた時間は三日間。その72時間の内に犯人を捕まえることが出来るだろうか。
ドン・シーゲルがまだドナルド・シーゲルと名乗っていた時期の作品。粗筋だけだと刑事がひたすら執念で犯人を追い続けるハードボイルドだが、映画の分量から行くとそれについては4割程度。残りの6割は主人公などの警官の生活や警察内部の汚職などを描いている。
考えてみれば警官も人間だ。結婚して妻や子供がいたり、人によっては不倫していたりもする。必死の捜査をしている間もそれらのしがらみが無くなるわけじゃない。妻から以前より楽しみにしていたパーテーに連れて行って欲しいと頼まれることもあるし、気になっている美人の顔も見たくなる。何を呑気なとも思うが、毎日毎日事件と取り組まねばならない警官にとってはそれが日常の出来事で当たり前なのだろう。エド・マクベインの小説『87分署』シリーズなどと近いところがある。拳銃を奪われた罰が減給5日と意外と軽い。日本だったら大騒ぎだろうが、アメリカは銃社会なだけあるのか。
警察内で発生した汚職も、上級職である父親が息子の新米警官を思って仕方なく手を染めてしまったこと。正義を貫き堕落を許さない本部長(ヘンリー・フォンダ)が現実を前に少しずつ考えを変えていく。このストーリーはマディガンが犯人を追うストーリーとは別に同時進行で語られていて、現場の人間とお偉いさんとの差となっているが、少々噛み合っていない感じも受ける。
ここから刑事部分だけを抜き出してより派手にしていくと、『マンハッタン無宿』や『ダーティーハリー』などの刑事物アクション映画へとなっていくのだろう。そう言った意味では過渡期に作られた作品とも言える。
この作品には派手なカーチェイスなどは登場しないが、声をかけてきた警官を犯人がすかさず撃ち殺すシーンや、ラストのマディガンと相棒による二丁拳銃での突入シーンなど突発的な暴力描写が冴えている。
刑事物アクション目当てだと期待はずれになるかも知れないが、リチャード・ウィドマークの渋さやニューヨークロケなど見所も多い。しかしこの頃のアメ車はデカい。特に横幅が広い。日本で乗ったら角を曲がったり駐車場に駐めるだけでもかなり気を遣いそうだ。
コメント (2)
やや忘却の彼方なれど、後に作られた同監督の「ダーティ・ハリー」とは全く別物だ。「奪われた拳銃と犯人追跡」、「警察署内での人間関係」、「したくても出来ない家庭サービス」。安月給のサービス残業。高度成長期からバブル期のどこかの国のサラリーマン同様。派手なアクション希薄なれど骨のある力作とする。
Posted by: オンリー・ザ・ロンリー | 2008年03月24日 22:56
日時: : 2008年03月24日 22:56
オンリー・ザ・ロンリーさん
人間ドラマという言葉は嫌いなのですが、その人間ドラマがまず第一にあって、その上で拳銃強奪事件や汚職などが乗っかっている形だと思います。
『ダーティーハリー』のハリー・キャラハンは独り身で、日常生活は描かれません。だからといって『ダーティーハリー』が劣るというわけではなく、オンリー・ザ・ロンリーが言われるように、別物なのでしょう。
Posted by: 東森時音 | 2008年03月26日 21:51
日時: : 2008年03月26日 21:51