« 『ブレイブ ワン』 女豹よさらば | メイン | 『ボーン・アルティメイタム』 終着点。そして出発 »

『血と砂』 戦場を楽隊がハレルヤと歌いながら進む

B000BVKFTE.jpg『血と砂』(1965) 132分 日本

監督:岡本喜八 製作:田中友幸 原作:伊藤桂一 脚本:佐治乾、岡本喜八 撮影:西垣六郎 美術:阿久根厳 編集:黒岩義民 音楽:佐藤勝
出演:三船敏郎、伊藤雄之助、佐藤允、天本英世、団令子、仲代達矢、伊吹徹、名古屋章、大沢健三郎

 派手な爆発と機関銃の乱射など娯楽戦争映画でありながら、その根底には強い反戦の意志ががっちりと根を張っている。そんな一見相反する二つの要素を見事に融合させている。同じ岡本喜八作品の『独立愚連隊』(1959)『独立愚連隊、西へ』(1960)に似ているが、製作年度が1965年の『血と砂』ではより反戦の思いが強く表れている。岡本喜八自身の考え方に変化が生じたのか、実績を積んだので自分の意志を作品により盛り込めるようになったのだろうか。主演を勤める三船敏郎は岡本喜八の親友で、その三船プロダクションが製作に関わっており自由度が高かったのかもしれない。

 印象を三本の映画で例えるならば、『独立愚連隊』+『ジャズ大名』+『椿三十郎』といったところか。オープニングで銃ならぬトランペットやチューバなどを持って、それでデキシーランドジャズを演奏しながら中国の荒野を行進していく少年兵たち。てっきりイメージシーンかと思いきや、これが本物。実にとぼけた感じで、それでいて映画を観終わると戦場の不条理さ象徴していたように感じる。彼らは音楽学校を卒業したばかりの音楽隊で銃の撃ち方など知らない。そこで楽器だけ持って前線に向かう途中だ。
 彼らと出会い、その隊長となるのが三船敏郎演ずる小杉曹長。上官を殴ったため曹長に格下げになったが金鵄勲章を受勲した強者で、頼りない少年兵たちを二日で鍛え上げ、 彼らを支えそして率いていく頼り強さと正体不明なふてぶてしさは同じく三船敏郎が演じた椿三十郎を思わせる。
 彼らは通称“火葬場(やきば)”と呼ばれる軍事拠点を八路軍から取り戻すための命がけの任務に送り出される。牢に入れられていた平和主義で銃を取ることを拒否した通信兵(天本英世)、元板前の炊事班(佐藤允)、そして戦場に来て五年間ひたすら墓穴を掘り続けた通称葬儀屋が彼らに同行する。
 大隊長(仲代達矢)の計らいで楽器を持っていくことを許された少年兵たちは、曹長の指揮の下で激戦を繰り広げ、ついに火葬場を取り戻す。
 威勢良く楽器をかき鳴らし始める少年兵たち。しかし、その先に待っているのは地獄の戦場だった。

 少年兵たちにも名前はあるのだが、「ピッコロ」「小太鼓」「トロンボーン」など担当楽器名で呼ばれているのが面白い。それに彼らは合計13人なのでそちらの方が分かりやすかったりする。
 実戦を積んだ少年兵たちは、曹長に惚れ抜いて火葬場まで追いかけてきたお春さんという従軍慰安婦によって童貞も卒業し、次第に逞しくなっていく。そして最後まで勝ち抜きましたよならばめでたしめでたしなのだが、敵が全勢力を持って大軍で火葬場に迫ってくる。もはや絶体絶命だ。その時、彼らは銃を取らず、楽器でジャズをかき鳴らす。岡本喜八の『ジャズ大名』ではお城の地下でジャズをやっている内に明治維新の維新戦争が終わってしまった。ボロボロになった兵たちがもはやこれまでとリリー・マルレーンの歌を歌い出したら、敵の攻撃が止み、いつしか敵味方合わせての合唱になるというのもどこかで観た記憶がある。しかし、この作品では迫撃砲も銃撃も止まない。戦争はファンタジーじゃないのだ。そして、一つまた一つと楽器の音が消えていく。

 本部の近くには慰安宿があって、そこには何人も従軍慰安婦がいる。彼女たちは明るそうにしていて、冗談を言ってはケラケラと笑っている。『独立愚連隊』『独立愚連隊、西へ』にもほぼ同様の慰安宿と従軍慰安婦が登場する。このことだけで、岡本喜八のこれら一連の作品を否定する人もいるだろう。オレにはそれについて正直なんとも言えん。好きで慰安婦になる人などいないと思うが、一部分だけでその映画全体を否定するのはどうかとも思うが、その一部分こそがその人にとってどうしても譲れないところかもしれない。ただし、これらの作品の上映禁止とか発売禁止にすることだけは止めて欲しい。
 曹長が少年兵たちにお春さんを「金山春子」と紹介している。「なになにたよ」とか「パカだね」などの発音から朝鮮系慰安婦だと思われる。こうなると強制連行などの現実の問題に関わってくるのは避けて通れないのだが、とりあえず1960年代の東宝という大手映画会社が製作した娯楽映画のいくつかでは以上の様に取り上げられていた資料にはなるだろう。時代が変われば人の問題意識も変わる。

 平和主義の通信兵も今まで一人も殺したことのない葬儀屋も、ついには戦争の狂気に飲み込まれて人を殺し、そして殺される。男たちは次々と死んでいき、最後まで生き残ったのはお春さんただ一人。戦争とは詰まるところ殺し合い。兵隊とは人殺しが仕事だ。戦場には正義も悪もない。敵がいて味方がいるだけ。殺したり殺されたり、痛かったり腹が減ったり。戦争なんてやるもんじゃない。でも、面白い戦争映画を観ると燃えちゃうんだよな。矛盾してんな、オレ。
 火葬場守備隊が全滅した日は昭和二十年八月十五日。日本がポツダム宣言を受諾し、玉音放送が流れた日だった。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.jion-net.com/mt/mt-tb.cgi/4862

コメントを投稿 携帯電話からは投稿出来ません