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2008年03月 アーカイブ

2008年03月04日

『スコア』 俺に破れない金庫はない

B0002ADHOY.jpg『スコア』(2001) THE SCORE 125分 アメリカ

監督:フランク・オズ 製作:ゲイリー・フォスター、リー・リッチ 製作総指揮:アダム・プラトニック、バーニー・ウィリアムズ 原案:ダニエル・E・テイラー、カリオ・セイラム 脚本:カリオ・セイラム、レム・ドブス、スコット・マーシャル・スミス 撮影:ロブ・ハーン 音楽:ハワード・ショア
出演:ロバート・デ・ニーロ、エドワード・ノートン、マーロン・ブランド、アンジェラ・バセット、ゲイリー・ファーマー、ポール・ソールズ

『リトルショップ・オブ・ホラーズ』や傑作いや大傑作の『ペテン師とサギ師だまされてリビエラ』などコメディ映画を得意とするフランク・オズが撮った金庫破りの犯罪映画。フランク・オズは映画監督としてよりもマペット使いとしての方が有名だろう。マペットの父ジム・ヘンスンの相棒的存在で『スターウォーズ帝国の逆襲・ジェダイの帰還』でヨーダの繰演および声を担当していた。エピソード1~3のヨーダはCGだが声はもちろんフランク・オズのまま。『ブルースブラザース』のオープニングでジョン・ベルーシに所持品を返す刑務所所員役などジョン・ランディス監督作などで俳優としても登場することもある。『ブルースブラザース2000』のオープニングでは刑務所所長になってるんだよね。このとこだけで泣けたわ。
 さて、フランク・オズがどんな犯罪映画を撮ってくれるのだろうかと期待して観た。それほど悪くはない。言い換えれば傑作ではない。まあ普通の映画。税関の警備厳重な地下金庫にデ・ニーロが潜入して最新式の金庫を破って開けるシーンは息詰まるところもあるが、全体的には緊張感に欠ける。というか、金庫を破るってのは比喩かと思っていたがほんとに破って開ける的方法なのな。あんなのありかよ。笑ったけど。
 デ・ニーロに犯罪者は似合うが、腕利きの金庫破りというのはどうだろうか。どうも不器用そうに見えてあまりしっくりとこない。強盗とか殺し屋だったら似合うと思うのだが、金庫破りという脳外科医や爆弾解体班が持っているような精細さがデ・ニーロにはあまりないように思う。
 コメディとまではいかないがコミカルな部分も多くて、そちらの方は快調だ。やはりジャンル的に向いてないのだろう。だが、マーロン・ブランドの豪邸にある室内プールで、水が張られておらず寂れた感じのそのプールサイドでデ・ニーロとマーロン・ブランドが会話をするシーンは名優の組み合わせもあって見応えがある。金持ちで羽振りが良さそうに見えた盗品ブローカーのマーロン・ブランドが見せる弱みと、そこでデ・ニーロが下す結論。凄みすら感じさせる。
 若手犯罪者のエドワード・ノートンが先行要員で税関に清掃員助手として潜り込んでいるのだが、そのために障害者に変装している。軽い精神薄弱で身体も不自由だ。日本ではクレームがついてとても出来ない設定である。日本映画って不自由だな。大物俳優二人を相手に回しても、エドワード・ノートンは決して引けを取っておらず、堂々とした演技っぷりだ。
 途中で警備会社のアクセスコードを手に入れるためにハッカーに仕事を依頼するが、このハッカーが暗い部屋に何台もパソコンを置いてFPSゲームに熱中するマザコン男。古いタイプのハッカーだな、まぁ2001年作品だしと思っていたら『ダイハード4.0』でもほとんど同じイメージのハッカーが登場していてあれには笑った。『ザ・コア』のハッカーや『ギャラクシー・クエスト』のオタクなど、これまでの類型的ななナード描写はもう時代遅れになってるんだけどね。この辺りもそのうち文章にまとめる予定。予定は未定だけど。
 良くも悪くもぬるい映画なので、本格犯罪映画を期待する人には物足りないかもしれませんが、肩の力を抜いて楽しみましょう。

2008年03月05日

『ウェズリー・スナイプス ザ・シューター』 アクションだけじゃないんだぜ

B000T7QCYC.jpg『ウェズリー・スナイプス ザ・シューター』(2007) THE CONTRACTOR 119分 アメリカ

監督:ジョセフ・ラスナック 製作:ルディ・コーエン 製作総指揮:ロルフ・ディール、ヘンリク・ヒュイッツ 原案:ロバート・カッツ 脚本:ロバート・フォスター、ジョシュア・マイケル・スターン 撮影:ウェディゴ・フォン・シュルツェンドーフ 音楽:ニコラス・パイク
出演:ウェズリー・スナイプス、レナ・ヘディ、チャールズ・ダンス、ラルフ・ブラウン、ヴェリザール・ビネヴ

 ウェズリー・スナイプスというとB級アクションというイメージだが、そもそもは大学で演劇を専攻した俳優だ。趣味のマーシャルアーツにのめり込んだこともあってか、出演作はどんどんアクションへの傾向が高まり現在に至る。
 でも、「俺はアクションだけじゃないんだぜ」と言わんばかりなのがこの『ウェズリー・スナイプス ザ・シューター』だ。『ザ・シューター 極大射程』から露骨にパクったタイトルで原題のTHE CONTRACTORとはまるで関係ないな。ウェズリー・スナイプスは序盤で大物テロリストを狙撃するが、これ以降はまったく狙撃は関係なしに物語は進む。現地のスコットランドヤード警察と、ウェズリー・スナイプスを雇ったCIAの双方に追われる彼を救ったのは一人の嘘つき少女だった。
 この少女とウェズリー・スナイプスのやり取りと次第に芽生えてくる心の交流がメインとなる。少女がやたらとウェズリー・スナイプスに関わろう関わろうとしてくるのがちょっと嘘くさかったが、彼女が負っていた心の傷がその原因と分かると、こちらの印象も変わってくる。ただし、ドラマとしての出来はさほど良くない。ひょっとしたら『レオン』っぽいのをやりたいのかなとも思ったりするが、演出と脚本の力不足。
 アクションの量は少ないし、質としても大したことがないので、アクション映画としては平凡。画面がコマ落とし状になったり、わざとピントをぼかしてみたり、やたらとカメラがぶれまくったり小細工的映像が正直うっとうしい。ホテルの厨房に怒りまくった悪党がショットガン片手に乗り込んでくる銃撃戦は悪くない。
 ラストのオチは不要かと思ったが、始終無愛想だったウェズリー・スナイプスが微笑むあの笑顔でOKだ。

2008年03月07日

『ゴースト・ハウス』 家と家族とヒマワリ畑

B000W05NWS.jpg『ゴースト・ハウス』(2007) THE MESSENGERS 90分 アメリカ/カナダ

監督:オキサイド・パン、ダニー・パン 製作:サム・ライミ、ロブ・タパート、ウィリアム・シェラック、ジェイソン・シューマン 製作総指揮:ネイサン・カヘイン、ジョー・ドレイク 原案:トッド・ファーマー 脚本:マーク・ホイートン 撮影:デヴィッド・ゲッデス 編集:ジョン・アクセルラッド、アルメン・ミナジャン 音楽:ジョセフ・ロドゥカ
出演:クリステン・スチュワート、ディラン・マクダーモット、ペネロープ・アン・ミラー、ジョン・コーベット、エヴァン・ターナー、セオドア・ターナー、ウィリアム・B・デイヴィス、ブレント・ブリスコー、ダスティン・ミリガン、ジョデル・フェルランド

 シカゴから田舎に娘と息子の子供二人を含む一家が引っ越してきた。ある問題を数年間引きずっていて、心機一転まき直しでヒマワリを育てる農業を始めるつもりだ。
 古びた農家。不気味なカラスの群れ。いくら洗い落としてもまた浮かび上がる壁のシミ。そして家の中にいる“何か”。大人たちにはほんの少しだけ違和感を感じるだけだが、言葉を失った幼い息子だけがその姿を観ることが出来る。そして物語は進み、観客は原題の『THE MESSENGERS』の意味を知ることとなる。
 わっと怪物やオバケを登場させることなく、ベッドにカバーを掛ける時にふわっと広げたシーツの下に足が二本突っ立っているとか、天井を奇妙な女性が虫のようにへばりついて蠢いているなど、和製ホラーの影響があるのではないだろうか。と思ったら、監督は『the EYE 【アイ】』などを撮った香港出身のオキサイド&ダニー・パン兄弟だった。アジア的感性で共通した点があるのかもしれない。いきなりバサッと殺して血がほとばしるのではなく、ジワジワと描写を重ねて怖がらせていく感覚は怪談話に近い物がある。
 時間が90分と短いせいか、駆け足で語られるストーリーだが、家族間の葛藤はちゃんと描かれている。主人公である少女が田舎で知り合ったボーイフレンドが活用されていないことや、普通ならば地元で語られているはずの家にまつわる因縁話がほとんどないことなどは残念だが、結局この映画は“家族”と“もう一つの家族”の物語だと言うことだ。
 主人公のハイスクールぐらいの少女が可愛いなと思っていたら、『パニック・ルーム』でジョディ・フォスターの娘を演じていたクリステン・スチュワートだったんでびっくり。えー、ついこの間はあんなに小さかったのに。小学校高学年ぐらいだったろ。
 あと、父親役のディラン・マクダーモットが相変わらず濃い。
 ストーリーはどこかで観た印象で少々ありきたり。和製ホラー風の演出も今ではありきたりになってしまった。だが出演者の顔ぶれも良く、音楽も効果的。全体的には好印象で、なにより主人公の弟で無邪気な顔で“何か”を指さす幼児を演じた子役が上手い。

2008年03月08日

『ブレイブ ワン』 女豹よさらば

B0011Z7ESY.jpg『ブレイブ ワン』(2007) THE BRAVE ONE 122分 アメリカ/オーストラリア

監督:ニール・ジョーダン 製作:ジョエル・シルヴァー、スーザン・ダウニー 製作総指揮:ハーバート・W・ゲインズ、ジョディ・フォスター、デイナ・ゴールドバーグ、ブルース・バーマン 原案: ロデリック・テイラー、ブルース・A・テイラー 脚本:ロデリック・テイラー、ブルース・A・テイラー、シンシア・モート 撮影:フィリップ・ルースロ 衣装デザイン:キャサリン・マリー・トーマス 編集:トニー・ローソン 音楽:ダリオ・マリアネッリ
出演:ジョディ・フォスター、テレンス・ハワード、ナヴィーン・アンドリュース、メアリー・スティーンバージェン、ニッキー・カット、ジェーン・アダムス

 主人公は恋人を殺され自分も重傷を負う。そして自衛のために拳銃を手に入れるが、コンビニで事件に巻き込まれ悪党を射殺してしまう。そして主人公は街のダニ退治を始める。その連続射殺事件を担当する刑事は、その犯人の正体に次第に近づいていく。そしてラストには……

 これってチャールズ・ブロンソンの『狼よさらば』でねーの?
 主人公が無骨なチャールズ・ブロンソンからジョディ・フォスターになっているが、大筋はさほど変わらない。でもリメイクじゃないんだよな。どーなってんの、そこんとこ。
 ひたすらダニ退治に明け暮れた『狼よさらば』との違いは、終盤で恋人を殺したチンピラへの復讐となっていること。さすがにジョディ・フォスターを単なる殺戮者には出来なかったか。
 いったん人を殺してしまった人間は、もう二度と元の自分には戻れないというラストカットは『狼よさらば』の方がスマート。まぁ二本の映画を比較してどうこうに意味があるのかは分からないが、その昔『狼よさらば』を始めとするというイカれたおっさんが犯罪者どもを理不尽に殺しまくる『デス・ウィッシュ』シリーズがあったということは知っておいて欲しい。知っていてもあまり役には立たんが。

 おしゃれなFMラジオのパーソナリティーとして活躍しており、医者の恋人とは結婚間近。ニューヨークで平和に暮らしていた人物が犯罪に巻き込まれ、その日から世界が一転する。家から出られないほどの恐怖を覚え、身を守るために悪党を射殺する。銃を撃った手は最初は震えていたが、二人目三人目と数を重ねる毎にその震えは収まる。優しかった彼女の瞳は、今や野生の女豹のようだ。それを見事に演じきるジョディ・フォスターはさすが。
 刑事役のテレンス・ハワードがそれに応えられるだけの存在感が少ないのが残念。ここに渋いオヤジ俳優を使ってくれれば個人的にはもっと観応えがあっただろう。
 犯罪者が銃を使ってくるから、それから身を守るために一般市民にも銃が必要。ニワトリが先か卵が先かってな感じだが、自衛から一歩足を踏み外すとそこは個人が処刑を行う世界。『マッド・マックス2』でマックスが悪党を殺すなんかは映画では面白いが、現実だととても現代社会とは思えんわな。

 もしも主人公の恋人がスティーヴン・セガールだったら、「金をよこせ」と言ってきたチンピラに財布を渡す振りをして手首を逆に決めて投げ技。鉄パイプをかざして襲いかかってくるチンピラはラリアットを喉に食らわせる。そしてボスにはセガールチョップを炸裂!!そして二人はめでたしめでたし。というわけで、護身術は有効かも。あ、でもセガール映画だともっととんでもない敵が出てくるか。

2008年03月10日

『血と砂』 戦場を楽隊がハレルヤと歌いながら進む

B000BVKFTE.jpg『血と砂』(1965) 132分 日本

監督:岡本喜八 製作:田中友幸 原作:伊藤桂一 脚本:佐治乾、岡本喜八 撮影:西垣六郎 美術:阿久根厳 編集:黒岩義民 音楽:佐藤勝
出演:三船敏郎、伊藤雄之助、佐藤允、天本英世、団令子、仲代達矢、伊吹徹、名古屋章、大沢健三郎

 派手な爆発と機関銃の乱射など娯楽戦争映画でありながら、その根底には強い反戦の意志ががっちりと根を張っている。そんな一見相反する二つの要素を見事に融合させている。同じ岡本喜八作品の『独立愚連隊』(1959)『独立愚連隊、西へ』(1960)に似ているが、製作年度が1965年の『血と砂』ではより反戦の思いが強く表れている。岡本喜八自身の考え方に変化が生じたのか、実績を積んだので自分の意志を作品により盛り込めるようになったのだろうか。主演を勤める三船敏郎は岡本喜八の親友で、その三船プロダクションが製作に関わっており自由度が高かったのかもしれない。

 印象を三本の映画で例えるならば、『独立愚連隊』+『ジャズ大名』+『椿三十郎』といったところか。オープニングで銃ならぬトランペットやチューバなどを持って、それでデキシーランドジャズを演奏しながら中国の荒野を行進していく少年兵たち。てっきりイメージシーンかと思いきや、これが本物。実にとぼけた感じで、それでいて映画を観終わると戦場の不条理さ象徴していたように感じる。彼らは音楽学校を卒業したばかりの音楽隊で銃の撃ち方など知らない。そこで楽器だけ持って前線に向かう途中だ。
 彼らと出会い、その隊長となるのが三船敏郎演ずる小杉曹長。上官を殴ったため曹長に格下げになったが金鵄勲章を受勲した強者で、頼りない少年兵たちを二日で鍛え上げ、 彼らを支えそして率いていく頼り強さと正体不明なふてぶてしさは同じく三船敏郎が演じた椿三十郎を思わせる。
 彼らは通称“火葬場(やきば)”と呼ばれる軍事拠点を八路軍から取り戻すための命がけの任務に送り出される。牢に入れられていた平和主義で銃を取ることを拒否した通信兵(天本英世)、元板前の炊事班(佐藤允)、そして戦場に来て五年間ひたすら墓穴を掘り続けた通称葬儀屋が彼らに同行する。
 大隊長(仲代達矢)の計らいで楽器を持っていくことを許された少年兵たちは、曹長の指揮の下で激戦を繰り広げ、ついに火葬場を取り戻す。
 威勢良く楽器をかき鳴らし始める少年兵たち。しかし、その先に待っているのは地獄の戦場だった。

 少年兵たちにも名前はあるのだが、「ピッコロ」「小太鼓」「トロンボーン」など担当楽器名で呼ばれているのが面白い。それに彼らは合計13人なのでそちらの方が分かりやすかったりする。
 実戦を積んだ少年兵たちは、曹長に惚れ抜いて火葬場まで追いかけてきたお春さんという従軍慰安婦によって童貞も卒業し、次第に逞しくなっていく。そして最後まで勝ち抜きましたよならばめでたしめでたしなのだが、敵が全勢力を持って大軍で火葬場に迫ってくる。もはや絶体絶命だ。その時、彼らは銃を取らず、楽器でジャズをかき鳴らす。岡本喜八の『ジャズ大名』ではお城の地下でジャズをやっている内に明治維新の維新戦争が終わってしまった。ボロボロになった兵たちがもはやこれまでとリリー・マルレーンの歌を歌い出したら、敵の攻撃が止み、いつしか敵味方合わせての合唱になるというのもどこかで観た記憶がある。しかし、この作品では迫撃砲も銃撃も止まない。戦争はファンタジーじゃないのだ。そして、一つまた一つと楽器の音が消えていく。

 本部の近くには慰安宿があって、そこには何人も従軍慰安婦がいる。彼女たちは明るそうにしていて、冗談を言ってはケラケラと笑っている。『独立愚連隊』『独立愚連隊、西へ』にもほぼ同様の慰安宿と従軍慰安婦が登場する。このことだけで、岡本喜八のこれら一連の作品を否定する人もいるだろう。オレにはそれについて正直なんとも言えん。好きで慰安婦になる人などいないと思うが、一部分だけでその映画全体を否定するのはどうかとも思うが、その一部分こそがその人にとってどうしても譲れないところかもしれない。ただし、これらの作品の上映禁止とか発売禁止にすることだけは止めて欲しい。
 曹長が少年兵たちにお春さんを「金山春子」と紹介している。「なになにたよ」とか「パカだね」などの発音から朝鮮系慰安婦だと思われる。こうなると強制連行などの現実の問題に関わってくるのは避けて通れないのだが、とりあえず1960年代の東宝という大手映画会社が製作した娯楽映画のいくつかでは以上の様に取り上げられていた資料にはなるだろう。時代が変われば人の問題意識も変わる。

 平和主義の通信兵も今まで一人も殺したことのない葬儀屋も、ついには戦争の狂気に飲み込まれて人を殺し、そして殺される。男たちは次々と死んでいき、最後まで生き残ったのはお春さんただ一人。戦争とは詰まるところ殺し合い。兵隊とは人殺しが仕事だ。戦場には正義も悪もない。敵がいて味方がいるだけ。殺したり殺されたり、痛かったり腹が減ったり。戦争なんてやるもんじゃない。でも、面白い戦争映画を観ると燃えちゃうんだよな。矛盾してんな、オレ。
 火葬場守備隊が全滅した日は昭和二十年八月十五日。日本がポツダム宣言を受諾し、玉音放送が流れた日だった。

2008年03月11日

『ボーン・アルティメイタム』 終着点。そして出発

B0011XVU8G.jpg『ボーン・アルティメイタム』(2007) THE BOURNE ULTIMATUM 115分 アメリカ

監督:ポール・グリーングラス 製作:フランク・マーシャル、パトリック・クローリー、ポール・L・サンドバーグ 製作総指揮:ジェフリー・M・ワイナー、ヘンリー・モリソン、ダグ・リーマン 原作:ロバート・ラドラム 脚本:トニー・ギルロイ、スコット・Z・バーンズ、ジョージ・ノルフィ 撮影:オリヴァー・ウッド 編集:クリストファー・ラウズ 音楽:ジョン・パウエル
出演:マット・デイモン、ジュリア・スタイルズ、デヴィッド・ストラザーン、スコット・グレン、パディ・コンシダイン、エドガー・ラミレス、ジョーイ・アンサー、コリン・スティントン、アルバート・フィニー、ジョーン・アレン

 もはやロバート・ラドラムの原作まるで関係ねーっ!
 ま、それは別段気にならないが、アクションシーンのカットが細かくてしかもガクガク揺れる手持ちカメラでアップの連続。観ていてちょっと疲れる。全て計算ずくで構築されているから迫力があるが、下手な人がスタイルだけ真似したら悲惨な出来になるだろう。
 伝説のテロリストとの戦いもなく、ジェイソン・ボーンの自分探しとCIAが行ったトレッドストーン作戦などへの告発。考えてみると意外と物語のスケールは小さい。リアルさとのトレードオフということかな。ただ、リアルだからスゴイ、リアルだから面白いというのは違うと思う。それは何を描くかという手段であって、リアルに描くこと自体が目的ではないはず。
 ボーンの格闘戦はどこかで観たことがあると思ったらスティーヴン・セガールのそれだ。実戦で隙が生じるような大技は使いづらいだろうから、地味だが確実に決めるセガールアクションはやはり最強なのだろう。
 ひたすら緊張したシーンの連続なので単調に感じる部分はある。もう少し緩急が欲しかった。必要なシーン以外はすべて切り落としているが、遊びのシーンを入れても良かったのでは。いや、それではジェイソン・ボーンシリーズではなくなってしまうか。
 シリーズ三作とも実に面白くて充実していたが、個人的好みとしては真面目すぎるのが数少ない欠点。

2008年03月13日

『インベージョン』 その人は昨日とどこか違う。あの人もどこか違う

B0011Z7ET8.jpg『インベージョン』(2007) THE INVASION 96分 アメリカ

監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル 製作:ジョエル・シルヴァー 製作総指揮:ロイ・リー、ダグ・デイヴィソン、スーザン・ダウニー、スティーヴ・リチャーズ、ロナルド・G・スミス、ブルース・バーマン 原作:ジャック・フィニイ 脚本:デヴィッド・カイガニック 撮影:ライナー・クラウスマン 衣装デザイン:ジャクリーン・ウェスト 編集:ハンス・フンク、ジョエル・ネグロン 音楽:ジョン・オットマン
出演:ニコール・キッドマン、ダニエル・クレイグ、ジェレミー・ノーサム、ジャクソン・ボンド、ジェフリー・ライト、ヴェロニカ・カートライト、ジョセフ・ソマー、セリア・ウェストン、ロジャー・リース、エリック・ベンジャミン

 ドン・シーゲルの『恐怖の街』(1956)、フィリップ・カウフマンの『SF/ボディ・スナッチャー』(1978)に続き、ジャック・フィニイのSF小説『盗まれた街』の三度目の映画化。えっ、1993年にも『ボディ・スナッチャーズ』として映画化されてるの?それは観たことがないや。ってんで四度目の映画化。これだけ繰り返し映画化される原作も珍しい。
 今回の主人公は精神科医のニコール・キッドマン。小学生の息子を離婚した夫の元に一晩だけ預けてある。息子を探しだして守るために、エイリアンに寄生された人々を相手に逃げ回り、時に戦う。冷静な表情で何事にも動じない素振りをしていると、仲間だと思い騙されてしまうエイリアンは意外に馬鹿だ。
 エイリアンの侵攻や、寄生された要人によって反戦条約が締結されて世界が平和になっていくなどの皮肉な結果もテレビの映像などを通じて描写される。全ての人がエイリアンになったらもう戦う意味などないのだ。でもそれって全体主義じゃなかろうか。
 それまで良き隣人だった人が、翌日にはどこがどうとは言えないが、何か違うと感じられる。これは別人だと。これはやっぱ怖いね。もしも自分だけが異変から残った時に、違っているのは他人なのか自分なのか分からなくなるんじゃないだろうか。
 前後が交錯するアクションシーンのカット割りは、緊張感を出そうとしているのだろうがあまり効果を上げていない。そして、エイリアンが仲間を増やす手段はゲロではなくてやはり緑色の莢じゃないとダメだろ。ゲロは止めろゲロは。
 ニコール・キッドマンはちょっと顔つきが変わったか?頬の辺りがふっくらして以前より優しい顔になっている。子供を愛する母親にはぴったりの顔だ。眠るとエイリアンになってしまうゲロをその顔面にぶっかけられて感染してしまい、必死に眠気をこらえ、薬物を服用してまで睡魔と戦おうとする。しかし、ちょっと気を抜くと睡魔がそろりそろりと触手を伸ばしてきて……うーん、受験勉強を思い出すなぁ。マジメにやってないけど。睡魔に連戦連敗でしたよ。
 新ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグも冷静な医師を演じていて、頼りになるナイスガイ。肝心な時に役に立たんが。
 ラストは少々ご都合主義だが、一番怖ろしいのは人間だという皮肉さ。でもだからこそ人間。オレとしては1978年版が救いようのないラストを含めて一番好きだが、2007年版も社会全体を描くことを止め母と息子に焦点を当てた話作りは悪くない。

2008年03月19日

引っ越しと「カレーライスにゃかなわない」

 2月に引っ越しが決まり、3月末を目処に予定を立てていたのだが、3月に入って引っ越し業者に見積もりを頼んだら、3月20日から1ヶ月ほどは転勤シーズンなのでかなりの割増料金になるという。そこでかなり強引に3月17日に富山県を発ち荷物は3月18日名古屋着で日取りを決定した。
 子供の頃を含めてこれまでに13回の引っ越しを経験したオレだが、梱包も開梱も自分一人でやらなければならないというのは初めて。しかも昔と比べて荷物も増えているわけで、4トントラックにほぼいっぱいの荷物。梱包に関しては生活に絶対必要ではない物から順に日にちをかけて(といってもあまり日数に余裕はないが)やっていけばいいが、開梱はそうも言っていられない。というわけでこの二日、死ぬほどくたびれた。しかも出発前に2階から荷物を下ろしているときに階段で右足首をくじいて痛むし。
 新居に、といっても3年前まで住んでいた家なんだが、そこへ引っ越し業者の人に家具の搬入と設置はしてもらったが、段ボールに入れた物は自分で開梱して整理収納しなきゃならん。60数箱の段ボールを前にかなり憂鬱な気分を味わったが、とりあえず一番多い本が入った段ボールから取りかかる。部屋を埋め尽くした段ボールを開けてみては、関係なければ移動させ、開けては移動させを繰り返していく内に、有効に使えるスペースや通路がなくなってくる。「コンピューターゲームの『倉庫番』か、オレは」と思いながら本を棚に入れていく。とりあえず文庫本かハードカバーかの大きさだけで判断して棚を決めて放り込んでいく。作者別、発表年度順を基本に整理してあったのがもうメチャクチャ。だが、そんなのを気にしていたら作業は進まない。
 本の段ボールが片付くと部屋の中のスペースも確保できたので、次は家電製品。冷蔵庫に電源投入。中身は空。テレビなど映像機器のセッティング。アンテナケーブルがどっかに紛れ込んで見あたらないが、事実上DVD再生専用なので問題なし。パソコンの設置。
 ここまでやった時点ですでに19日本日の夕方。肩は凝ったわ、右足首は痛むわ、それでいて疲れのせいか食欲はないわ。でも食べておかないと身体が持たない。そこで「カレーライスだぞー」ってなわけで近所のCoCo壱番屋へ行き、チキン煮込みカレーライス400グラム10辛を注文しガツガツ食う。食っている内にスパイスの作用で身体が熱くなってきて、家に帰った頃にはかなり元気が戻っていた。うむ、スーパーキノコ並の体力回復アイテムだ。やっぱ「カレーライスにゃかなわない」である。
 3年ぶりに帰ってきた名古屋。住むのは名古屋市じゃないから厳密には愛知だが、名古屋と言った方が通りが速い。東京で働いていたときに「出身は愛知県なんですよ」と言ったら、「ああ、四国の」とお前それネタかよと思うような返事を返されたことがある。そりゃ愛媛だろ。愛の文字しか合ってねーよ。ま、ポンジュースがある分だけか、県名としては愛知よりも愛媛の方がメジャーなのかもしれない。名古屋にはトヨタがあるじゃないかと言われるかも知れないが、トヨタは三河で名古屋は尾張。方言も異なるし文化圏としてちょっと違うんだけどね。

2008年03月21日

『SF/ボディ・スナッチャー』 莢人間には気をつけろ

B001671JOW.jpg『SF/ボディ・スナッチャー』(1978) INVASION OF THE BODY SNATCHERS 115分 アメリカ

監督:フィリップ・カウフマン 製作:ロバート・H・ソロ 原作:ジャック・フィニイ 脚本:W・D・リクター 撮影:マイケル・チャップマン 音楽:デニー・ザイトリン
出演:ドナルド・サザーランド、ブルック・アダムス、レナード・ニモイ、ジェフ・ゴールドブラム、ヴェロニカ・カートライト、ケヴィン・マッカーシー、ドン・シーゲル

 ジャック・フィニイのSF小説『盗まれた街』の二度目の映画化。ドン・シーゲル監督の『恐怖の街』も良いが、出来や怖さではこの『SF/ボディ・スナッチャー』が一番だ。
 サンフランシスコに降り注いだ雨。その翌朝から、他の植物に寄生して小さく綺麗な花があちこちで咲いていた。思わずつみ取って家の中に飾った人も多かった。ところが、夜になって人々が寝付くと、ベッド横に置いた花瓶の花から触手が伸びてきて人間に絡みつく。花から生じた緑色の莢の中から素体が出てきて、寝ている人間の肉体や記憶などのデータをコピーして複製人間が作成される。そしてコピーし終わると元の人間は……
 『インベージョン』ではハッピーエンドにするために同じ肉体に上書きコピーされる方式に変更されていたが、『SF/ボディ・スナッチャー』ではオリジナルには戻れないとかなり悲惨なことになっている。元の人間がどうなるのかは映画の冒頭に近い部分でそれとなく示されている。終盤になってはっきりとするが、取りあえずゴミ収集車をチェックだ。
 親しい友人や知人がいつの間にかエイリアンに入れ替わっているというのが怖い。特に、その友人知人を演じているのがMr.スポックのレナード・ニモイやハエ男のジェフ・ゴールドブラムなので素で不気味だ。サヤインゲンは美味いが莢人間は恐ろしい。
 エイリアンの侵略に気づき、何とか手を打とうとする主人公がこれまた曲者俳優ドナルド・サザーランドで、ラストの衝撃と絶望を表すシーンにはうってつけ。
 特殊メイクなどのSFXも効果的で、中でもある男が複製中に近くにいた飼い犬も触手に巻き込まれてしまって生み出された人面犬の出来は秀逸。人面犬という怪物のことはオレが子供の頃に聞いたことはなかったが、ひょっとしたらこの映画が元で流行ったのかも知れない。オレらの頃は口裂け女だったな。あれの元ネタはなんだろうか?戸川昌子?いやいや。

 ドナルド・サザーランドが街をさまようシーンでは不安定に揺れる手持ちカメラの映像が使われている。バックではサザーランドが複製人間についてあちこちの機関へ電話してはすげなく扱われる音声が流れ、深まりつつある不安を強調している。冒頭の、ブランコに乗っている牧師だか神父だかの視点で、左右に揺れる映像の意味はあんまり分からんが。これから起こる恐ろしい事件を象徴していたのか?単に面白そうだからやったのかも。

 途中で、サザーランドが運転する車にすがりついてきて「奴らが来る。奴らが来るぞ」と恐怖の叫びを上げる男が登場する。『インベージョン』では女性だったが、この男を演じているのが『恐怖の街』で主人公を演じたケヴィン・マッカーシーだとか。
 終盤近くでサザーランドをヒロインを乗せるタクシーの運転手はなんとドン・シーゲル。『恐怖のメロディ』でもそうだったが、以外と演技が上手い。

2008年03月22日

『ボディ・スナッチャーズ』 お前らも我々の仲間になって苦しみから解放されろ

B000V97J2C.jpg『ボディ・スナッチャーズ』(1993) BODY SNATCHERS 88分 アメリカ

監督:アベル・フェラーラ 製作:ロバート・H・ソロ 原作:ジャック・フィニイ 原案:レイモンド・システリ、ラリー・コーエン 脚本:スチュアート・ゴードン、デニス・パオリ、ニコラス・セント・ジョン 撮影:ボジャン・バゼリ 特撮:トム・バーマン 音楽:ジョー・デリア
出演:ガブリエル・アンウォー、メグ・ティリー、フォレスト・ウィッテカー、テリー・キニー、リー・アーメイ

『SF/ボディ・スナッチャー』と続けて観たのでオープニングクレジットに同じ名前があるのに気がついた。製作はどちらもロバート・H・ソロという人物。愛着がある原作なんだろうか。他には、原案が『悪魔の赤ちゃん』シリーズのラリー・コーエン、脚本が『死霊のしたたり』のスチュアート・ゴードンなどと、ホラー映画ファンにはお馴染みの名前もある。
 さてこれで三度目の映画化。今回はどんな味付けに仕上げてくれるのだろうか。

 主人公はティーンエイジャー。早く18歳になって家を出たいと言っている17歳の女の子だ。家を出たいその訳は、7歳の時に母を亡くし、現在では父が再婚してその継母との間に産まれたまだ小さな幼稚園児の男の子と四人家族になっていて、その中で自分が浮いた存在であることを感じているからだ。
 父は軍が保管している薬品などで環境汚染が発生していないかを調べるのが仕事だ。その都合でワシントンから南部の軍事基地を中心とした街に一家はやって来た。家庭内の不和、新しい土地での生活に対する不安。思春期の悩みを抱える主人公に、それどころではない恐怖が襲いかかる。

 しっくりといっていない継母が最初に乗っ取られたり、外部からは詳しいことが分からない軍隊内部でエイリアンが乗っ取り用の繭を作っていたりと設定は悪くない。だが88分という短めな尺のためか、母親が別人になってしまったことを父親など他人に信じてもらえないなど心理的な恐怖は抑えめ。どちらかというと、乗っ取られた人々がゾンビのように襲ってくる物理的な恐怖が前面に押し出されている。
 それでも、軍医(フォレスト・ウィッテカー)が基地の大将であるリー・アーメイらに「お前も仲間になるのだ」と迫ってこられて、乗っ取られるぐらいならばいっそのこと……などはゾクゾクくる。ところで、フォレスト・ウィッテカーを捉えるカットはどれも下からあおった物ばかりだがあれは何なんだろうか。登場シーンからすでに異常に気づいているので、孤立感と不安を演出しているのか。

 製作者が同じなだけあって、基本設定は1978年度版と同じ。ただし、緑色の莢だったのが川の中から採取してくる繭のような物体に変更されている。やはりゴミ収集車にはチェックだ。
 弟がもはやという衝撃の後、ラストをどのように締めくくってくれるのかと思いきや、ハッピーエンドではないがバッドエンドともちょっと違う物になっている。ラストこそが果てもない戦いという次の物語の始まりである。

2008年03月23日

『刑事マディガン』 刑事にだって日常生活はある

B000B4NFOI.jpg『刑事マディガン』(1967) MADIGAN 101分 アメリカ

監督:ドン・シーゲル 製作:フランク・P・ローゼンバーグ 原作:リチャード・ドハティ 脚本:ヘンリー・シムーン、エイブラハム・ポロンスキー 撮影:ラッセル・メティ 音楽:ドン・コスタ
出演:リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、インガー・スティーヴンス、ハリー・ガーディノ、ジェームズ・ホイットモア、スーザン・クラーク、マイケル・ダン

 映画は夜のニューヨークを空撮で捉えたショットから始まる。うむ、いかにもハードボイルドな導入部だ。一時は刑事物というと夜景の空撮から始まっていた時期があるが、このスタイルを始めてやったのは誰だろうか。この作品など、その走りではないだろうか。
 主人公は刑事のマディガン。相棒とともに重要参考人をしょっ引くためにアパートの一室に押し入るが、隙を突かれて刑事用の拳銃を奪われた上にまんまと逃げられてしまう。頭の固い本部長から与えられた時間は三日間。その72時間の内に犯人を捕まえることが出来るだろうか。

 ドン・シーゲルがまだドナルド・シーゲルと名乗っていた時期の作品。粗筋だけだと刑事がひたすら執念で犯人を追い続けるハードボイルドだが、映画の分量から行くとそれについては4割程度。残りの6割は主人公などの警官の生活や警察内部の汚職などを描いている。
 考えてみれば警官も人間だ。結婚して妻や子供がいたり、人によっては不倫していたりもする。必死の捜査をしている間もそれらのしがらみが無くなるわけじゃない。妻から以前より楽しみにしていたパーテーに連れて行って欲しいと頼まれることもあるし、気になっている美人の顔も見たくなる。何を呑気なとも思うが、毎日毎日事件と取り組まねばならない警官にとってはそれが日常の出来事で当たり前なのだろう。エド・マクベインの小説『87分署』シリーズなどと近いところがある。拳銃を奪われた罰が減給5日と意外と軽い。日本だったら大騒ぎだろうが、アメリカは銃社会なだけあるのか。
 警察内で発生した汚職も、上級職である父親が息子の新米警官を思って仕方なく手を染めてしまったこと。正義を貫き堕落を許さない本部長(ヘンリー・フォンダ)が現実を前に少しずつ考えを変えていく。このストーリーはマディガンが犯人を追うストーリーとは別に同時進行で語られていて、現場の人間とお偉いさんとの差となっているが、少々噛み合っていない感じも受ける。
 ここから刑事部分だけを抜き出してより派手にしていくと、『マンハッタン無宿』や『ダーティーハリー』などの刑事物アクション映画へとなっていくのだろう。そう言った意味では過渡期に作られた作品とも言える。
 この作品には派手なカーチェイスなどは登場しないが、声をかけてきた警官を犯人がすかさず撃ち殺すシーンや、ラストのマディガンと相棒による二丁拳銃での突入シーンなど突発的な暴力描写が冴えている。
 刑事物アクション目当てだと期待はずれになるかも知れないが、リチャード・ウィドマークの渋さやニューヨークロケなど見所も多い。しかしこの頃のアメ車はデカい。特に横幅が広い。日本で乗ったら角を曲がったり駐車場に駐めるだけでもかなり気を遣いそうだ。

2008年03月26日

『狼よさらば』 ポール・カージー

B000PAU2N0.jpg『狼よさらば』(1974) DEATH WISH 94分 アメリカ

監督:マイケル・ウィナー 製作:ハル・ランダース、ボビー・ロバーツ 製作総指揮:ディノ・デ・ラウレンティス 原作:ブライアン・ガーフィールド 脚本:ウェンデル・メイズ 撮影:アーサー・J・オーニッツ 音楽:ハービー・ハンコック
出演:チャールズ・ブロンソン、ホープ・ラング、ヴィンセント・ガーディニア、スティーヴン・キーツ、ウィリアム・レッドフィールド、キャサリン・トーラン、スチュアート・マーゴリン、ジェフ・ゴールドブラム

 仕事でアリゾナ州ツーソンを訪れたポール・カージー(チャールズ・ブロンソン)を現地の人が出迎える。「何故すぐに私だと分かったんだ」と尋ねるカージーに、「そりゃ、あんたが典型的ニューヨーカーだから」と答えが返ってくる。
 ……典型的ニューヨーカー?チャールズ・ブロンソンが?そりゃ無理がないか、見えんぞ。

 ポール・カージーはニューヨークで妻と平和に暮らす建築家。ところがマンションのカージー宅に押し入った三人組のチンピラによって妻は殺され娘は心を患ってしまう。物語の前半四分の一では思い悩むカージー。トレードマークである口ひげを生やし、いつものように無骨なブロンソンが苦しむ様は若干の違和感はある。
 しかし、ツーソンの街で悪党が倒される西部劇ショーを観て、その後射撃クラブで拳銃を手渡されたカージーは見事に標的のど真ん中を撃ち抜く。実は子供の頃に狩猟好きの父親から銃の手ほどきを受けていたのだ。
 ツーソンでの仕事を終えたカージーに仕事相手はリボルバーをプレゼントする。ニューヨークに戻ったカージーは単なるビジネスマンだけではなく、街のダニを退治する狩人・ヴィジランテとなっていた。

 アメリカで銃規制がなかなか進まないのは、自分の身は自分で守る、そのためには銃が必要という価値観があるからだ。その価値観が生まれたのは開拓時代。西部劇の時代である。まだ未開の地へと進んでいく開拓者には、自分と家族を守るための銃が必要だった。米国ライフル協会に所属するアメリカ人などにとっては、銃を奪われることは自由を奪われることでもある。
『狼よさらば』も警察が自分たちを守ってくれないのならば、自分で守るしかないという結論に達している。カージーの目的は自分の妻を殺したチンピラを見つけ出し復讐を遂げることではない。アメリカ人であること、西部の開拓魂を持ち続けることを選択したのだ。アメリカ・西部の心が根底にあることが分からないと、ただ単にイカれたオヤジがチンピラを殺していく暴力映画にしか見えない。

 謎の処刑人ヴィジランテ・VIGILANTE(自警団)と呼ばれるようになったカージーを、法の番人である刑事が追いかける。犯行現場、動機を持つ者などから次第にカージーに近づいていく刑事を演ずるヴィンセント・ガーディニアは肥満気味のムスッとした顔で、外見は切れ者には見えない。このヴィンセント・ガーディニアが良い。チャールズ・ブロンソンと腹の探り合いをしながら、もう処刑を止めれば見逃すとほのめかすシーンは見応えがある。
 ニューヨークを離れシカゴへと移ったカージーだが、もはや単に平和な男ではないことを示すラストショットが見事。