『ならず者部隊』(1956) BETWEEN HEAVEN AND HELL 94分 アメリカ
監督:リチャード・フライシャー 製作:デヴィッド・ワイスバート 原作:フランシス・グワルトニイ 脚本:ハリー・ブラウン 撮影:レオ・トーヴァー 音楽:ヒューゴ・フリードホーファー
出演:ロバート・ワグナー、テリー・ムーア、バディ・イブセン、ブロデリック・クロフォード、ケン・クラーク、L・Q・ジョーンズ、マーク・ダモン
太平洋のとある島。そこでは米軍と日本軍が死闘を繰り広げていた。
上官を殴った主人公が、最前線の部隊に配属になる。その部隊はならず者ばかりで編成されていた。ならず者ばかりの部隊だから“ならず者部隊”というわけで、部隊はならず者ばかり。うーむ、納得。自分でも何を言ってんだかよく分からんが。
タイトルから、軍規には多少反するものの戦闘に関しては一流のならず者を集めた部隊が活躍する、『独立愚連隊西へ』や『特攻大作戦』のような作品かと思ったが違った。よくよく見れば、原題は『BETWEEN HEAVEN AND HELL』と『ならず者部隊』とはほど遠い。
南部の旧家で育ち、小作人を使って綿花を栽培し利益を上げていた世間知らずの男が、戦場でその小作人たちと一緒に戦う。そして彼らとこれまでになかった絆を築き上げるが、その戦友たちも死んでしまう。
そして、日本兵との激しい戦闘を経て、人間的に成長していく成長ドラマだ。
始まるなり、主人公がまだ地主時代の南部へと回想シーンに入り、それが終わったなと思ったら、すぐさままた回想シーン。当時としては大胆な構想だろう。
小作人を奴隷のように思っていた主人公が、その小作人を対等な戦友として捉えるようになり、「戦争が終わったら、地主と小作人という制度もどうなっているか分からない」と考えるようになるのは面白いが、94分という尺もあって時間が割けなかったのか唐突な印象がある。ラストを含め、ストーリーの割に主人公に重みがないのは確かだ。
日本兵は小隊規模でしか出てこないが、迫撃砲をドカドカ撃ってきてそれなりに強い。
米軍側の前線野営陣地に、英語で「味方だ」と言いながら近づいてくるのは、やはり「日本人は卑怯だ」って印象なのかね。
主人公たちが途中でやりすごす日本兵の隊列がしゃべっている言葉は、どう聞いても日本語ではないが(中国語か?)、終盤では「追いかけろ、逃がすな」とちゃんとした発音で言っている。
この時代、『戦場にかける橋』(1957)の早川雪舟や『燃える戦場』(1970)の高倉健などを除くと、ちゃんとした日本人ないし日系俳優はあまりスクリーンに登場しない。ようやくまともになるのは『シン・レッド・ライン』(1998)や『硫黄島からの手紙』(2006)になってから。
フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』はフィリピンで撮影された。舞台となるベトナムは元フランス領なので、戦争になってもベトナムに残っているフランス人植民主がシナリオには登場する。しかし、フィリピンにはフランス人俳優がいない。
困ったコッポラは、日本へ来てフランス人を見つけるとフィリピンへと連れ帰った。しかし、フランス語はしゃべれても素人のフランス人に演技が出来るわけがない。撮影中のコッポラは怒ったり落ち込んでばかりで、せっかく屋敷まで建てて撮影したこのシーンはボツになってしまった。(ドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス』より)
これと同じく、ただ日本語がしゃべれればいいのではなく、ちゃんと演技が出来る俳優が必要なのだ。(映画の方向性によっては、素人を積極的に活用する作品もあるが、その場合は“演技をさせていない素の姿”として使う場合がほとんどだろう)
日本に対するハリウッドの認識不足はもちろんだが、当地で活躍する日本人・日系人俳優そのものが少ないのだろう。