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『バタリアン・リターンズ』 最愛の人の死、リストカットそして心中

B000GQMOOI.jpg『バタリアン・リターンズ』(1993) THE RETURN OF THE LIVING DEAD PART III 97分 アメリカ

監督:ブライアン・ユズナ 製作:ゲイリー・シュモーラー、ブライアン・ユズナ 脚本:ジョン・ペニー 撮影:ジェリー・リヴリー 音楽:バリー・ゴールドバーグ
出演:J・トレヴァー・エドモンド、ミンディ・クラーク、ケント・マッコード、サラ・ダグラス、ジェームズ・T・キャラハン、アビゲイル・レンツ、ジル・アンドレ、マイケル・デッカー

 最愛の人の死、リストカットそして心中。
 ケータイ小説のような文句が並ぶが、映画である。ゾンビ映画である。それも『バタリアン』シリーズである。

 映画『恋空』が大ヒットというので、とりあえず原作を読んでみた。
 結論、「だから?」
 同時並行で読んでいたのがスティーヴン・キングの『セル』という冒険小説の類が好きなオレにはケータイ小説は向いていないようだ。
 だが、『バタリアン・リターンズ』を観たことで、ケータイ小説の人気が何となく分かった気がする。

 パート2のような『バタリアン・リターンズ』というタイトルだが、正確には『バタリアン3』だ。これまではコメディタッチが特色の『バタリアン』シリーズだが、今回はシリアス。愛と死の物語だ。

 バイクの事故で後部シートに乗せていた最愛の恋人を死なせてしまった青年が、軍の開発研究所に忍び込んで、トライオキシンガスで恋人をゾンビにする。
 最初は普通だった彼女だが、異常な食欲を覚えるようになり、パンなどを食べても食べてもそれは満たされない。
 頭を吹き飛ばされた死体と出くわし、ついその脳みそをむさぼってしまう。自分の行動に驚き、ゾンビ化が進んでいることを知った彼女は、釘やピンでやたらにピアスをしたり、割れたガラス瓶でリストカットをして、自分に痛みを与えることでなんとか正気を保とうとする。だが、残酷にもゾンビ化は少しずつ進んでいく。
 ラストは、ゾンビに噛まれてゾンビ化を待つだけの青年と見つめ合い、死体焼却炉へ飛び込んで心中する。

 ケータイ小説に登場するキーワードとしては、最愛の人の死、レイプ、妊娠、難病、リストカット、主人公の死などがあるという。
 ゾンビ化を難病と捉えるならば、ここに挙げたキーワードの内、妊娠を除く全てが『バタリアン・リターンズ』にはある。
 そしてオレは『バタリアン・リターンズ』に感動した。ということはケータイ小説に感動する人もまたいるのだろう。
 平和な日常を送っていた人が、あることをきっかけに悲惨な目にあい、立ち向かおうとする。勝てるか勝てないかは分からない。いや、勝てないだろう。それでも立ち向かうのだ。
 青くさいし、少々薄っぺらだ。大人になると良くも悪くもスレてきて、そんなストレートすぎる物をそのまま受け入れるのは抵抗がある。そこに“ゾンビ”という要素を加えることでオレが観て面白い純愛劇が成立している。

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コメント (2)

ネスカフェ:

東森さん

内容は別にしてケータイ小説というのは、中々面白い媒体ですよね。今は幼稚かも知れませんが、書き手にしっかりとした文章力と柔軟な感性があれば、そこそこ面白い作品は作れるのではないかと思います。長編はきついかも知れませんが、短編なら充分いけそうですし。今は恋愛だけですが、ホラーやSFなどもよさそうですね。スティーブン・キングあたりなら、携帯という利点をいかした面白い内容の作品を作れそうな気がします。

東森時音:

ネスカフェさん
キングは確か『ライディング・ザ・ブレット』を書籍ではなくインターネットで配信したことがありますから、ケータイ小説にも興味を示すかもしれません。一度に読ませてしまうのではなく、毎日ちょっとずつ進んでいくというのは連載小説の一種なのでしょう。
内容に関しては、「小説だ」と思ってしまうから不満の声を上げる人もいるので、これは書籍でもコミックでもない、若い人が求める物を生み出す新しい媒体なんだと思います。
ただ、私はケータイ小説から書籍化された『恋空』の上下巻を読んだだけで充分です。年だからではなく、中学生の時に読んでも同じだったはず。

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