2007年12月アーカイブ

B000LXINO6.jpg『暗殺者の家』(1934) THE MAN WHO KNEW TOO MUCH 76分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 脚本:エドウィン・グリーンウッド、A・R・ローリン、D・B・ウィンダム
出演:レスリー・バンクス、エドナ・ベスト、ピーター・ローレ、ノヴァ・ピルブーム

 クレー射撃の大会に出場するために、家族旅行も兼ねてスイスを訪れた娘を含めた三人家族。楽しい旅行になるはずだったのが、目の前で殺害された友人のスキーヤーから極秘のメモを託され、要人暗殺に関する陰謀に巻き込まれる。

 原題の『THE MAN WHO KNEW TOO MUCH』から分かる通り、ヒッチコック自身がハリウッドでセリフリメイクした『知りすぎていた男』(1956)のオリジナルだ。

 秘密を知ってしまったために、暗殺団によって娘を誘拐されてしまう。そのため警察に頼むことが出来ない夫婦は、他に頼る者は無しと自分たちの手で娘を取り返すべく奮闘する。
 表で調べ回って活躍するのは夫の仕事で、妻は自宅で電話番をしているが、後のヒッチコック作品ならば、もっと妻にも比重がいくのだろう。

 謎の文句を調べていくと、太陽礼拝堂に行き着いた。
 仲間と二人で中に入った二人は、ご婦人ばかりの礼拝堂で怪しまれないように歌でセリフのやり取りをする

「列の先頭にいる女に気をつけろ?♪」

「えー、どの女?僕には見えないよ?♪」

 ……余計、目立つと思うんだが。
 こんなちょっとしたくすぐりのギャグ抜きではヒッチコックは語れない。
 終盤の音楽ホールでは、妻が会場を見渡して狙撃手を必死に捜す。
 狙撃の合図になる音楽の一番盛り上がる箇所に演奏は近づいていく。その時、桟敷席の垂れ幕から銃口が音も立てずに滑り出てくる。銃身が短かったので「拳銃かよ!」と思ったが、陰に隠れていたのはモーゼル自動拳銃。なるほど、小口径高速弾を使うモーゼルならば拳銃よりも精度が良いし、ライフルのように長くないので目立たない。中距離での狙撃ならば使えるのかもしれない。
 そして、ついにシンバルが打ち鳴らされ、観客席から悲鳴が……
 生演奏に観客が聞き入る中で、静かに進んだスリリングな暗殺シーンから打って変わって、隠れ家に立てこもった暗殺団と警察による激しい銃撃戦が行われる。
 ハワード・ホークスの『暗黒街の顔役』(1932)にも似たこの銃撃戦は、盛り上がるし面白いので、決してつまらないわけではない。だが、その前の暗殺シーンがクライマックスとして存在しているので、銃撃戦自体は映画において冗長なパートとなっはいないだろうか。妻がクレー射撃の名手という設定を活かしたところでは思わず喝采を挙げてしまった。
 全体的には主人公夫妻よりも、暗殺団のボスである小柄なピーター・ローレが凄みを感じさせ印象を残す。

 そもそも英国情報部の情報員が、イギリスの音楽ホールで行われる暗殺計画について、スイスで何を調べてたんだろうか? メモの内容も調べればすぐに分かるんだから、もっと詳しく書くか、ちゃんと暗号を使うかどっちかにしろよ。
 暗殺団も、計画がバレたんならば中止にするとか変更するとか、娘を誘拐するよりも先にやることがあるんじゃないか。
 などといったことを気にしていたら映画は楽しめない。

B000GPPLCQ.jpg『リバイアサン』(1989) LEVIATHAN 99分 アメリカ/イタリア

監督:ジョルジ・パン・コスマトス 製作:ルイジ・デ・ラウレンティス 脚本:デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ、ジェブ・スチュアート 撮影:アレックス・トムソン 特撮:スタン・ウィンストン 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:ピーター・ウェラー、アマンダ・ペイズ、リチャード・クレンナ、ダニエル・スターン、アーニー・ハドソン、マイケル・カーマイン、リサ・アイルバッハー、ヘクター・エリゾンド、メグ・フォスター

 海底銀山採掘基地の隊員が沈没したロシアの船リバイアサン号を発見する。そして船から持ち込まれたウォッカを飲んだ隊員のDNAが深海に適した生物へと進化し、モンスターとなって暴れ出した。

 一言で言えば海の『エイリアン』。二言で言っても海の『エイリアン』。
 モンスターが人間がぐちゃぐちゃに変形した物になっているのが目新しいが、クトゥルフ神話の怪物と言えばそのまま。
 海底基地のセットが、閉鎖された狭苦しさを感じさせてナイス。
 素顔のピーター・ウェラーは軟弱に見えて、モンスターに立ち向かうタイプには見えないが、そこが逆にスリルを強めている。どこ行ったのかなー、ピーター・ウェラー。
 上司(メグ・フォスター)は社員よりも利益優先で、あの透き通った青い眼で冷酷にも社員を切り捨てる。あの何を考えているんだか分からない、北欧系(?)の青い眼は、感情が伝わってこずにちょっと怖い。
 逃げ場のない海底基地で、次から次へと主人公たちを襲う危機の連続ってのにオレは弱いので、何だかんだいって手に汗を握ってしまった。
 ワクワクしながら観ると期待はずれかもしれないので、適当にヌルイ気分で観るべきかも。

 そしてラストは会社のイヤな上司にガツンと一発。このシチュエーションは、この頃ちょっと流行ったよな。

B000SKJ0DA.jpg『第十七番』(1932) NUMBER SEVENTEEN 61分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 脚本:アルフレッド・ヒッチコック、アルマ・レヴィル、ロドニー・アックランド 撮影:ジャック・コックス
出演:レオン・M・ライオン、アン・グレイ、ジョン・スチュアート、ドナルド・カルスロップ、バリー・ジョーンズ

 十七番地にある売り家。ある男が、風に飛ばされた帽子を拾うために家の中に入ったため死体を見つけ、とんだ騒動に巻き込まれる。
 四?五人の男女が入れ替わり立ち替わり現れ、ホームレスの男を除くと同じような格好ばかりなので、誰が誰やら区別がつかない。シーンは夜で、売り家のため電気が通っておらず灯りはロウソクのみという設定なので、画面も全体的に暗め。ドタバタコメディ的シチュエーションだが、テンポが悪くあまり笑えない。ロマンスの部分も、キャラがはっきりしていないので取りあえず盛り込みましたという感じ。
 どうやらダイヤのネックレス窃盗事件が関わっているようだが、誰が悪で誰が善やら。
 このまま家の中限定で終わるのかと思ったら、ラストは疾走する機関車とバスの追跡劇。ミニチュアも使って迫力のある映像を作り出している。中でも機関車が突っ込んでくるシーンはスゴい。でも、どれだけ貴重なダイヤか知らないが、こんな惨事を引き起こして良いのか?
 最後は、「なるほど、こいつが悪党か」。で、こいつって誰?

 吹き抜けの階段を上へ下へと上ったり降りたり、手すりからぶら下がったりのアクションは面白いが、サスペンス、ミステリーとしての出来は今一つ。

B000XIIB3M.jpg『ウィロー』(1988) WILLOW 127分 アメリカ

監督:ロン・ハワード 製作:ナイジェル・ウール 製作総指揮:ジョージ・ルーカス 原作:ジョージ・ルーカス 脚本:ボブ・ドルマン 撮影:エイドリアン・ビドル 音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:ワーウィック・デイヴィス、ヴァル・キルマー、ジョアンヌ・ウォーリー、ジーン・マーシュ、パトリシア・ヘイズ、ビリー・バーティ、パット・ローチ、ギャヴァン・オハーリヒー

 アナログSFX全盛期に撮られたファンタジー映画。今だったら、暴れ回る双頭の怪物はCGになるんだろうな。モーフィングによる変身シーンがあるので、一応CGは使ってるのか。当時はこの程度のCGでも大興奮したもんだ。

 主人公のウィローは小人族の一人で魔法使いを目指している。だが、魔法使いへの弟子入りはなかなかかなわず、代わりに手品をやっている。
 ある日、人間族の赤ん坊が川辺に流れ着いた。多種族と関わり合いを持たないことにしている小人族は、ウィローら数人に人間の国に赤ん坊を届けることにする。

 小人族を演じているのが、実際に小人症の人々。テリー・ギリアムの『バンデッドQ』でも小人を小人症の人が演じていた。というか、同じ人もいたな。
 そのまんまなキャスティングだが、小人症を障害と見なさず、映画俳優の一つの取り柄として使っている。日本で小人役を小人症の人に演じさせたら、「差別だ」と声が上がるだろうが、それは逆差別なのではないだろうか。
『プリンセス・ブライド・ストーリー』(1987)では、巨人症のアンドレ・ザ・ジャイアントを巨人役で使っているが、これはOKなんだろうか。ミゼットプロレス(小人プロレス)は駄目で、巨人症のアンドレやジャイアント馬場が戦うプロレスはOKというのは、どこか間違っている気がしてならない。
『スター・ウォーズ』のR2D2もラジコンモデルだけではなく、ベトナム戦争で両足を損傷した人が中に入って操作しているシーンもあるらしい。『サイレント・ランニング』のロボットだともっと分かりやすいが、自分のハンディキャップを逆に特徴として使っているんで、人から「差別だなんだ」と言われるようなことじゃないと思うが。
 海外ではダウン症の俳優もいて、ダウン症の人を演じてるぐらいだ。

 無頼の騎士ヴァル・キルマーが剣を振り回しての大活躍。てっきりこいつが主人公だと思って観に行ったが、格好いい半分、お間抜け半分のバカキャラ。
 小人族よりもさらに小さい、言ってみれば一寸法師族とでも言える連中が出てくるが、こいつらは極小人症の俳優を使い......いや、これはさすがにSFX。
 主人公たちの足元をうろちょろする様が見事に映像化されている。

 ストーリーは悪からお姫様(赤ん坊)を守るという単純なものだが、勢いがあるので最後まで一気に観ることが出来る。

B000SKJ0CG.jpg『殺人!』(1930) MURDER! 105分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:ジョン・マクスウェル 原作:クレメンス・デイン、ヘレン・シンプソン 脚本:アルマ・レヴィル 撮影:ジャック・コックス 音楽:ジョン・レインダース
出演:ハーバート・マーシャル、ノラ・ベアリング、エドワード・チャップマン、E・パーシー

 コメディやロマンスを含めるとすでに十本以上の作品を手がけていたアルフレッド・ヒッチコックのサスペンス第3作目。そろそろ監督として貫禄もついてきた。身体の貫禄はもっと前からあるが。

 ロンドンの深夜。叫び声が街に響き渡る。
 とあるアパートの一室では女優が殴り殺されており、傍らの椅子には別の女優が茫然自失の状態で座っていた。足元には血塗られた火かき棒が転がっていた。
 逮捕された女優は裁判にかけられ、十二人の陪審員たちは審議へとはいる。投票の結果、有罪が七人、無罪が三人、そして棄権が三人だったが、議論を続ける内に主人公の劇作家以外は有罪に鞍替えしてしまう。そして、他の陪審員から圧力をかけられ、ついに主人公も有罪に投票してしまう。
 しかし、どうしても彼女が有罪だと思えなかった主人公は、独自で調査を始める。

 裁判のシーンで、被告の発言や証言毎に、顔をテニスの観客のように一声に揃って左右に振るところが面白い。公演中の舞台裏で役者相手に警官が聞き込みをするシーンも可笑しい。やはりヒッチコック作品には良質なユーモアを含んでいる。
 ストーリー自体は素人探偵物で、ミステリーとしては大したことはない。ある秘密を守るために、自分が犯人だと言い張る被疑者というシチュエーションもそう珍しくはない。
 だが、前作の『恐喝(ゆすり)』から比べると、映画としては確実に進歩している。
 他の陪審員が全員有罪とする中、一人だけ無実を信じるというストーリーは『十二人の怒れる男』(1957)を思わせる。
 結末の付け方にちょっとドッキリ。

B000DZ6WAO.jpg『クライシス・オブ・アメリカ』(2004) THE MANCHURIAN CANDIDATE 130分 アメリカ

監督:ジョナサン・デミ 製作:ジョナサン・デミ、イロナ・ハーツバーグ、スコット・ルーディン、ティナ・シナトラ 製作総指揮:スコット・アヴァーサノ 原作:リチャード・コンドン 脚本:ダニエル・パイン、ディーン・ジョーガリス オリジナル脚本:ジョージ・アクセルロッド 撮影:タク・フジモト 美術:クリスティ・ズィー 衣装:アルバート・ウォルスキー 音楽:レイチェル・ポートマン、ワイクリフ・ジョン
出演:デンゼル・ワシントン、メリル・ストリープ、リーヴ・シュレイバー、ジェフリー・ライト、キンバリー・エリス、ジョン・ヴォイト、ブルーノ・ガンツ、テッド・レヴィン、ミゲル・ファーラー、サイモン・マクバーニー、ヴェラ・ファーミガ

 1962年にもジョン・フランケンハイマー監督、フランク・シナトラ主演で映画化された小説『影なき狙撃者』の再映画化。それでフランク・シナトラの娘ティナ・シナトラが製作に名を連ねているのだろう。
 1962年版で米国兵士を洗脳するのは共産圏のロシアだったが、ソ連崩壊後の今となっては無理な話だ。クエートに駐在中の米軍兵士が拉致され洗脳されるから、イスラム系テロリストはどうだ、となるとそんな技術は持っていないだろう。
 そこで敵として選ばれたのが多国籍巨大企業。自分たちの思いのままになる大統領を作り出すのが目的だ。

 一時、社会派ドラマに行ってしまったジョナサン・デミだが、彼の撮るサスペンスはやはり面白い。
 クエートからの帰国後、毎晩同じ悪夢を見る主人公(デンゼル・ワシントン)。そして彼の元を訪れたかつての部下も悪夢を見るという。そして他の部下にもコンタクトを取り始める主人公だが、みな病死や事故死などで死んでいた。元気にしているのは、クエートでの戦闘で名誉勲章をもらった下院議員(リーヴ・シュレイバー)だけ。だが、その名誉勲章をもらった戦闘について、主人公は「これは事実だが、同時に嘘だ」と調査を始める。
 下院議員は今度の大統領選挙で副大統領候補の席を狙っている。彼の元には、彼がいつも利用してカップヌードルなどを買っているスーパーの店員を名乗る謎の女性が現れる。そして、背中には謎のチップが埋め込まれているのに気づく。

 デンゼル・ワシントンがやたらカップヌードルを食っていた映画というのがまず第一印象だ。日清食品のあのカップヌードルだ。
 日本とは違って、簡単な紙の包装がついた状態で売られているようだ。デンゼル・ワシントンはそいつを3、4個まとめて買っている。
 そしてパソコンを操作しながら箸で無表情のまま器用に食べている。アメリカ向けだけあってか大きく、日本で言うビッグ・カップヌードルサイズだ。パソコンの横に2つ3つ空き容器が重ねて置いてあるのが印象的。25インチテレビだとはっきりと分からなかったが、帰宅したデンゼル・ワシントンの隣の部屋にある棚にぎっしりと詰まっていたのはカップヌードルではないだろうか。
 カップヌードルにとっては良い宣伝かと思いきや、デンゼル・ワシントンの歪んだ生活を象徴しているので、逆効果かかと。途中で、街中にあるカップヌードルの広告が大写しになるが、日清食品とそれで話を付けたのかもしれない。

 下院議員の息子を大統領にしようと画策する、上院議員でもある母(メリル・ストリープ)のエゴも見所。さすがに老けたね。『永遠に美しく』じゃなかったのか。
 息子のためならなんでもする母と、いい加減年なのにマザコンな息子。結果は悲劇だ。

B000SKJ0BW.jpg『恐喝(ゆすり)』(1929) BLACKMAIL 82分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作総指揮:ジョン・マクスウェル 脚本:ベン・レヴィ 撮影:ジャック・コックス 音楽:キャンベル・コネリー
出演:アニー・オンドラ、サラ・オールグッド、チャールズ・ペイトン、ジョン・ロングデン、ドナルド・カルスロップ、シリル・リチャード

 ヒッチコック初のトーキー作品にして、イギリス初のトーキー。トーキーというのは声や音が入っている物で、サイレントの対義語だな。
 撮影開始時はサイレントで撮っていたが、途中からトーキーを導入したらしい。どのような順番で撮影されたかは知らないが、冒頭のある男が逮捕されるシーンは明らかにサイレントで撮られている。

 刑事を恋人に持つ女性が、遊び心から画家の家に遊びに行く。ところが、画家の目当ては彼女の肉体で、強引に迫ってきた画家を、彼女はナイフで刺し殺す。
 人目を避けて画家のアパートから逃げ出した彼女だが、一人の悪漢がそれを見ていたばかりに、彼女と刑事はゆすりられることになる。

 主人公の実家は雑貨屋を営んでいて、そこへ買い物に来たオバさんが「ナイフ事件知ってる。まったくナイフで刺すなんてねぇ。イギリス人だから殴り殺すならば分かるけど、ナイフで刺すなんて理解できないわ」とナイフを連発する。その度に、ドキッと怯える主人公。すでにトーキーを使いこなしている。
 建物最上階から吹き抜けの階段を、見下ろしたヒッチコック的カットも登場する。

 殺人の起きた晩にアパートの近くを怪しい人物がうろついていたという目撃証言が上がるが、その人相書きはゆすりの悪漢そのもの。
 そして、悪漢は逮捕されるがパトカーから抜け出して、大英博物館に逃げ込む。
 ちょうどそのころ、良心の呵責に耐えられなくなった主人公は、自首するために警察を訪れる。
 そして、ラストは悪漢が大英博物館で逃げ回ったあげくに屋根から落ちて死亡し、主人公の告白はどさくさで無視されてしまうという灰色決着。

B00006LSZ4.jpg『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993) THE NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS 76分 アメリカ

監督:ヘンリー・セリック 製作:ティム・バートン、デニーズ・ディ・ノヴィ 原案:ティム・バートン 脚本:キャロライン・トンプソン 撮影:ピート・コザチク 音楽:ダニー・エルフマン
出演:クリス・サランドン、キャサリン・オハラ、ウィリアム・ヒッキー、ダニー・エルフマン、ポール・ルーベンス

 “ハロウィン”の王ジャックは、怖がらせるだけのハロウィンに満ち足りぬ物を感じ、森を彷徨っている内に、クリスマスの国に紛れ込む。白い雪が舞い散るそこは、人々がみんな笑顔で喜びに満ちあふれていた。
 ハロウィンの国に戻ったジャックは、今年のクリスマスはサンタクロースを誘拐して自分がその代わりを務めることを決意する。ハロウィンの国の面々が作り上げるクリスマスとは、一体どんなものになるのだろうか?

 公開当時は「ハロウィン」と言われてもピンとこなかったが、最近では関連イベントも行われるようになり、少しは知名度も上がった。個人的にはブギーマンが襲ってくる日と、子供にお菓子を配る日というイメージしかなかった。
 “クリスマス前の悪夢”というホラー映画にしか思えないタイトルで、ファンタジーミュージカルを作り上げたのはティム・バートン。監督は務めていないが、ティム・バートン原案による世界観やキャラクターは紛れもなく彼の物だ。
 色彩に乏しいハロウィンの国に対し、赤や緑の原色に溢れたクリスマスの国。ジャックが憧れてしまうのも無理がない。
 全編を通してストップモーション・アニメーションで作られていて、人間は一切登場しない。色々なキャラクターが登場するが、中でもハロウィンの国の連中は、グロテスクだが愉快。電動車椅子に乗ったマッドサイエンティストは、考え事をしている最中に、頭のフタをあけて脳みそをポリポリと直接掻いているのには笑った。
 ジャックの愛犬にして幽霊犬のゼロは鼻が真っ赤に輝いており、ジャックが乗るソリの先導役になってくれる。骸骨であるジャックが自分の骨を抜いて投げると、それを取ってくる遊びが大好きという、犬好きなオレのツボをくすぐる。
 日本語吹替では歌の部分も吹き替えられているが、これが歌詞にも違和感がなくて、なおかつ歌も上手い。子供にもお勧め。
 全身つぎはぎだらけのフランケンシュタインの怪物風の娘がジャックに恋していて、その思いをなかなか打ち明けられなかったが、ラストでは……ってんで、恋人たちにもお勧め。

B000CFWN6C.jpg『ブルークリスマス』(1978) BLOOD TYPE:BLUE 133分 日本

監督:岡本喜八 製作:嶋田親一、垣内健二、森岡道夫 脚本:倉本聰 撮影:木村大作 美術:竹中和雄 編集:黒岩義民 音楽:佐藤勝
出演:勝野洋、高橋悦史、沖雅也、岡田英次、竹下景子、仲代達矢、中条静夫、大滝秀治、新井春美、岡田裕介、八千草薫、天本英世、岸田森、神山繁、小川信司、稲葉義男、岡本みね子、松田洋治、大谷直子、草野大悟、小沢栄太郎、潮哲也、芦田伸介、中谷一郎、島田正吾、松本克平、永井智雄、田中邦衛

 世界中でUFOの目撃情報が相次ぐようになった。そして、光り輝くUFOを目撃した人は、血が青くなってしまう。だからといって健康に害はなく、精神面での欠点が治っていたりする。ひょっとしたら人類はUFOによって進化の次なる段階を登り始めたのかもしれない。
 しかし、青い血の人々を人間以外の物として考えた各国政府は、ついにその抹殺計画を企てる。

 雪で景色が白に染まるからホワイトクリスマス。殺害されたUFO人の青い血で染まるからブルークリスマス。
 人間の血管を流れているのは鉄と結びついたヘモグロビンだが、青い血の人に流れているのは銅と結びついたヘモシアニン。要はイカの血と同じだ。イカも血が青い。UFOからの“宇宙光線”で血液の質が変わってしまったのだ。
 国営放送JBC(大河ドラマとかを作っているようなので元ネタはNHKだろう)の記者仲代達矢が基本的な語り手。UFO事件について発言した科学者を追ってニューヨークへ飛んだり、パリ支局に転勤になったりとあちこち飛び回る。でも、その角刈りな髪型は微妙だぞ。
 もう一人の主役は国防省の自衛隊員勝野洋。行きつけの理髪店で働く竹下景子に恋心を抱いているが、彼女が青い血の持ち主だと知ってしまう。ついにはその抹殺命令を下され、任務と恋とに挟まれて苦しむ。
 UFOの姿は画面上に登場しない。目撃者の証言で語られるのみだ。ストーリーとしても重く、ハッピーエンドとはかけ離れた終わり方で、射殺された恋人の赤い血と青い血が雪の上を流れて、一つに交わるシーンに辛うじて希望を残す。
 新しい人種が生まれたら、それを人間と見なすか否か。劇中の各国政府はは侵略者と考える。そして、大衆の意識を「青い血は悪だ。青い血をした人は敵だ」と思い込ませていく。人種差別は肌の色の違いが主な理由だが、それが血の色になっただけだ。竹下景子が理髪店で観ているテレビ番組が、ナチスによるユダヤ人虐殺であることからも、この映画のテーマは浮かび上がる。
 最近では国会で「UFOは実在するか?」なんてことを真面目に議論しあっていて、アホかと思っていたが、ひょっとしたら政府は私たちの知らない新しい事実を知っていて、それを隠しているのかも。なんつってな。
 あれこれ理由を付けて、全国民の血液検査を強行する政府。自衛隊の上官が、「俺の血も青くなっているんじゃないかと不安でたまらないんだ」とナイフの傷が幾筋もついた左腕を見せるシーンの怖ろしさ。
 岡本喜八の骨太な部分が出たポリティカル・フィクション&SFの傑作。キャストも実に豪華だ。

「血が青くなったら、肌の色が変わるんじゃねーの」という野暮なツッコミもあろうが、あれは化粧でごまかしているのだ。UFO人の女性が寝る時に化粧を落とすと、顔面が青いというシーンがちゃんとある。
 SFXを使わなくてもSF映画は成立すると言うことを示した一本。

B000CS4772.jpg『三十四丁目の奇蹟』(1947) MIRACLE ON 34TH STREET 96分 アメリカ

監督:ジョージ・シートン 製作:ウィリアム・パールバーグ 原作:ヴァレンタイン・デイヴィス 脚本:ジョージ・シートン 撮影:チャールズ・クラーク、ロイド・エイハーン 音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:エドマンド・グウェン、モーリン・オハラ、ジョン・ペイン、ナタリー・ウッド、ジーン・ロックハート、ポーター・ホール、ウィリアム・フローリイ、セルマ・リッター、ジャック・アルバートソン、ジェフ・コーリイ

 妊娠中に夫に裏切られ、それ以来夢を持たなくなった主人公(モーリン・オハラ)は、自分の娘にもおとぎ話などを一切せずに現実的な子供として育てていた。
 デパートの上層部で働く主人公は、クリスマス向けのパレードで、酔っぱらったサンタ役の男を追い出し、代わりに通りすがりの老人をサンタクロースに据える。立派な白いヒゲと、でっぷりとしたお腹はサンタクロースそのもの。それどころか、彼は、「自分の名はクリス・クリングルで、もちろん本物のサンタクロースだ」と主張して止まない。
 優しく暖かで、その言動は確かに本物のサンタクロースとしか思えない。
 次第に、「彼は本物かも」と思い始める母と娘だったが、クリス・クリングルは本物のサンタクロースであるか否かの裁判にかけられてしまうことになる。

 クリスマス映画の定番。アメリカではクリスマスの度にテレビで放映されているそうで、「どのチャンネルも『三十四丁目の奇蹟』ばかりだ」というセリフを映画か小説で見かけた覚えがある。
 前半はクリングルを雇ったデパートと、主人公と隣人の若手弁護士を中心にして話は進むが、後半は裁判劇になっている。アメリカ人って裁判が好きだなー。サンタが本物かどうかってのは裁判で決める物なのかと。
 来年に検事の選挙を控える裁判長は、票のためにもサンタの存在を否定するわけにはいかない。クリングルのサンタ人気を利用して売り上げを伸ばそうとするデパートの役員や、保身のために判決に悩む裁判長。この辺りのシニカルさも、単なる子供向け映画ではない。
 法廷でサンタの存在は認められたが、被告席にいるクリングルがサンタであるというのはまた別問題だ。そこで、確固たる証拠を提出しなければならないが、その方法が笑った。

 いわば、現代のおとぎ話。SFXなど特殊効果を使わなくても、ファンタジー映画を撮ることは出来るということを見事に示した。
 バリバリ働く主人公は赤毛のモーリン・オハラ。仕事に子育てにと肩に力を入れてがんばっている。その娘は幼き日のナタリー・ウッド。やっぱこの頃から上手いわ。
 いるから信じるのではなく、信じるからいる。サンタとはそのような物なのだろう。

 若い頃に観た時は、「ケッ、ハートウォーミングですか。サンタなんていませんが」と馬鹿にしましたが、今観ると面白いし、やはり心温まる。
「オレも老いてきたのかな。反逆精神に満ちあふれた心のパンクスじゃなかったのかよ。逆立ったトゲは抜けちまったのか?」と思い、感動作と言われている某作品を借りてきて観たら「ケッー、ケッケッケッーのケッー」だったのでまだ大丈夫。

B000SKJ0AS.jpg『下宿人』(1926) THE LODGER 80分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:マイケル・バルコン、カーライル・ブラックウェル 原作:マリー・ベロック=ローンズ 脚本:エリオット・スタナード、アルフレッド・ヒッチコック 撮影:バロン・ヴェンティミリア
出演:アイヴァー・ノヴェロ、マリー・オールト、マルコム・キーン、アーサー・チェスニー、ヘレナ・ピック

 ヒッチコックはすでに他の作品で監督デビューしていたが、そちらはロマンスでサスペンスはこの『下宿人』が初めて。ヒッチコックの伝説はここから始まると言っていいだろう。

 ところはロンドン。木曜日の度に金髪の美女が殺されるという連続殺人事件が起きていた。人々は恐れおののき、それと同時に好奇心を沸き立たせていた。
 事件発生現場の近くに下宿屋があり、そこに一人の男が部屋を借りた。この男は、目撃証言にあった犯人の姿に似ていた。そして、木曜の夜。男は、隠れるように部屋を出て行き、しばらくして戻ってきた。
 翌日、世間は新たなる事件発生に騒いでいた。果たして、男は連続殺人犯なのだろうか。

 「TO-NIGHT GOLDEN CURLS」(今夜、金髪の女性が)の文字が何度も繰り返し表示されて、効果的だ。
 小さな電球を並べたタイプの電光掲示板でも、殺人事件のニュースが報じられ、人々はそれに見入っている。電光掲示板ってこの頃からあったんだ。
 ただ怖れるだけではなく、大衆はどこか興奮して面白がっている。
 ラストでは犯人と思われた男が、大衆に追いかけられてリンチにかけられそうになる。自分たちが正義だと思いこみ、暴走した大衆。ヒッチコックの皮肉な視線がうかがえる。

 サイレント映画だが、天井で揺れるシャンデリアによって上の階で歩き回る男の足音を描写している。
 現在に再映画化したら、殺人鬼と疑われた主人公が、ラストで真犯人と対決でもするのだろうが、映画では真犯人が捕まったというニュースだけで、その姿は現れない。
 男が殺人犯か? が重要であって、誰が殺人犯か? は重要ではないのだ。

 80年前の映画なので、さすがにフィルムの状態は良くない。当時はヒッチコックも一新人監督に過ぎなかったので、ちゃんと保存もされていなかっただろう。それでも、観ることが出来るだけで幸せ。
 古い映画、しかもサイレント映画なので、その点は頭に入れておいて欲しい。現在の映画を観るのと同じようにはいかないので、ちょっとした切替が必要。

B000W7E638.jpg『ブルーサンダー』(1983) BLUE THUNDER 109分 アメリカ

監督:ジョン・バダム 製作:ゴードン・キャロル 製作総指揮:フィル・フェルドマン、アンドリュー・フォーゲルソン 原案:ダン・オバノン、ドン・ジャコビー 脚本:ドン・ジャコビー、ダン・オバノン 撮影:ジョン・A・アロンゾ 音楽:アーサー・B・ルビンスタイン
出演:ロイ・シャイダー、ウォーレン・オーツ、キャンディ・クラーク、マルコム・マクダウェル、ダニエル・スターン、ポール・ローブリング、デヴィッド・シェイナー、ジョー・サントス、ジェイソン・バーナード

『バタリアン』監督・脚本のダン・オバノンが原案・脚本を担当した作品。
 久しぶりに観直した。最後に観たのはテレビの洋画劇場だっただろうか。
 最新鋭武装ヘリ“ブルーサンダー”が悪と戦うと記憶していた。いや、事実そうなのだが意外と地味。どうやらテレビシリーズの『エアウルフ』とごっちゃになっているようだ。どうしてるんだろうか、ジャン=マイケル・ヴィンセント。

 公開当時、SFX大好き少年だったオレは、普通のヘリに外装を付けただけのブルーサンダーよりも、SFXで表現されたロス上空を飛ぶF-16を目当てで観に行った。ところが、F-16の出番はほとんどないのな。しかも役に立ってないし。
 いま観ると、ヘリ同士による空中戦に驚く。CGで実写並みの表現を出来た時代ではないので、ヘリはほとんどが実機。それがロス市街上空を飛び回る。万が一、操縦ミスで墜落したら、一般市民を巻き込んで大惨事だ。
 ブルーサンダーは、普通のヘリをベースに作ったものだが、パーツがもげて落ちたらこれまた惨事。
 撮影には細心の注意が必要だったはず。当局の許可を取るだけでも大変だったろう。9.11テロ以降、市街地での飛行はかなり厳しくなったそうなので、今では実現不可能だ。

 主人公(ロイ・シャイダー)は一般市民を巻き込みかねない戦法を取ったりして、ちょっとイヤなヤツ。
 そもそも、敵側の企み自体が、本来なら追っ手のヘリを数機撃墜したりビルにミサイルを撃ち込む騒ぎになるほど大した物じゃない。世界を滅ぼすとか、アメリカを支配するなど007シリーズの敵と比べたら小物も小物。
 陰謀としては現実的だが、もう一つの主役であるブルーサンダーが化け物ヘリなのだが、ストーリーがこぢんまりとしているのが残念。そのブルーサンダーも、悪役のマルコム・マクダウェルが操縦する機銃を付けただけの軍用ヘリに苦戦しているし。ブルーサンダーって意外と弱くないか?
 ブルーサンダーが一方的に勝ってばかりでは面白くないから、いっそのことテスト用に作られた色違いの0号機でも登場させて、ブルーサンダー同士の激しい戦いを観たかった。

マルコム・マクダウェル「よし、こうなったらあいつを使うぞ」
技術者「しかし、0号機は開発用で、実戦での使用を想定していません」
マルコム・マクダウェル「かまうものか。ブルーサンダーに勝てるのはブルーサンダーだけだ」
 うむ、これじゃマルコム・マクダウェルが主人公だ。

「俺はベトナム戦争で心に傷を負ったんだ」で無茶な行動をすべてOKとする主人公ってどーよ。
 そんなことを疑問に感じながらも、終盤の空中戦はやはり格好いい。

 ロイ・シャイダー、ウォーレン・オーツにマルコム・マクダウェルと、出演陣の顔ぶれもオレ的にはかなり豪華。ウォーレン・オーツはこれが遺作となった。

B000QUTRVM.jpg『バタリアン」(1985) THE RETURN OF THE LIVING DEAD 91分 アメリカ

監督:ダン・オバノン 製作:トム・フォックス 原案:ジョン・ルッソ、ルディ・リッチ、ラッセル・ストライナー 脚本:ダン・オバノン 撮影:ジュールス・ブレンナー 音楽:マット・クリフォード
出演:クルー・ギャラガー、ジェームズ・カレン、ドン・カルファ、トム・マシューズ、ビヴァリー・ランドルフ、ジョン・フィルビン、リネア・クイグリー、ジュエル・シェパード

 今はなき地方の東宝洋画系劇場で観た。当時の名古屋は二本立てで、『バタリアン』の同時上映は『コマンドー』だったと記憶している。若い女性観客層などまったく想定していない趣味の濃い二本立てだ。

『バタリアン』シリーズの記念すべき第一作目。
ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は事実で、映画化される際には軍の圧力があってストーリーが変更された。
 そしてゾンビを作り出すのがこの薬品、トライオキシンだと、標本会社の社員が地下室に放置してあった容器をバンと叩く。
 すると、トライオキシンガスが漏れ出し、標本の死体や、裏の墓地に埋まっていた死体がゾンビになって暴れ出してしまった。

 冒頭から、「この映画は全て実話である。よって、登場する地名、人名はすべて本物である」との大嘘。
 ゾンビ物にコメディを本格的に持ち込んだのは、この『バタリアン』が初めてじゃないだろうか。ロメロの『ゾンビ』シリーズのパロディとオマージュに満ちあふれている。原題には『THE RETURN OF THE LIVING DEAD』と“LIVING DEAD』の文字があるが、これはちゃんとロメロの許可を得た物らしい。
 走るゾンビは、当時として画期的だった。ノロノロウロウロのゾンビが走る。首を切っても生きてる。おまけにしゃべる。かなり掟破りだ。

 墓場でストリップをしていたパンクなネエちゃんが、ゾンビに襲われてゾンビになってしまう。その全裸ゾンビがまた人を襲う。
「観たか? オールヌードじゃん」
「いいオッパイだよなぁ」
 と友達と盛り上がっていると、
「あんなの、特殊メイクのスーツ(ボディスーツ)だろ」
 と冷静な一言を放つヤツが。

 ……みんな、そんなことは分かってんだよ。それを気づかない振りをして、青春の一ページを楽しんでたんだよ。
 お前はガキの頃、『ゴジラ対ヘドラ』(1971)のボディペインティングのシーンを観て「裸だ、裸だ」と騒がなかったか?思い出すに野暮なヤツだ。

 小市民な労働者と、無職のパンクスグループが主な登場人物。パンクスはありきたりな描写だが、標本会社の社員や葬儀社の男がジタバタして笑わせてくれる。
 ゾンビが出てきても、「警察に連絡したら問題になる。軍に連絡したら会社が潰れる」とオタオタしているうちに問題はどんどん大きくなって、ついには地区一帯がゾンビだらけ。
 隠し通そうとしてかえって問題が大きくなってしまう。『赤福』偽装事件や、『吉兆』偽装事件も、この『バタリアン』事件を先に観ておいて教訓にすれば良かったろうに。
 恋人がゾンビになってしまった女性と天井裏に立てこもった葬儀社の男が、いよいよという時に銃をゾンビに向けるのではなく、そっと彼女の後頭部に押し当てるのは隠れた名シーン。恋人に生きたまま脳みそを食われるぐらいなら、いっそのこと楽にしてあげようというのだ。
 容器の中に入っていた死体の皮膚が解けてタールマンになるオープニングクレジットも趣がある。1は明らかにそれ以降の『バタリアン』シリーズとは出来が違う。

1については既に書いていたと思ったので、順番が最後になってしまったが、これにて『バタリアン』シリーズの終了。

B000LAZR3E.jpg『バタリアン5』(2005) RETURN OF THE LIVING DEAD: RAVE TO THE GRAVE 95分 アメリカ

監督:エロリー・エルカイェム 製作:アナトリー・フラディス、スティーヴ・スカルドゥッツィオ 製作総指揮:ウラジミール・ドスタル、トム・フォックス、ニコライ・マカロフ 脚本:ウィリアム・バトラー、アーロン・ストロンゴーニ 撮影:トーマス・キャラウェイ 編集:ジェームズ・コブレンツ 音楽:ロバート・ダンカン、ラルフ・リッカーマン
出演:ジェニー・モーレン、エイミー=リン・チャドウィック、コリー・ハードリクト、ジョン・キーフ、ピーター・コヨーテ

 疾走した叔父の私室を整理している内に、主人公たちは隠し部屋を見つける。そこにはドラム缶状の密閉容器が二つ。その成分を分析するために学校へと持ち込み、科学好きな生徒に分析してもらうのだが……

 容器の中味はもちろんゾンビ化薬品のトライオキシン。仲間の一人が液状のトライオキシンを小指に付けて舐めてしまう。すわ、ゾンビになるのか? と思いきや、ラリってしまう。
 これは新型のヤクとして売れるぜ。一儲けだとひらめいた友人は、主人公に内緒でトライオキシンを薬用カプセルに詰め、「ジー(Z)」という名前を付けて学内で売り出す。ジーとはラリってる姿がまるでゾンビのようだから、ZOMBIのZを取ってZ。
 このヤクが爆発的に売れ、あっちでラリリ、こっちでラリリ。だが、ラリっているのは最初だけで、体重や健康状態によっても異なるが、いずれはゾンビになる。
 そして、年に一度のハロウィン・パーティー。バカ騒ぎの会場に集まった人々。祭りの中で、人は鬼ならぬゾンビになっていくのであった。

 ゾンビ化薬品のトライオキシンをヤクとして使うというのが目新しい。
 実際、ヤク中はラリるためならなんでも使うそうだ。ガスライター用のガスを嗅いだり、シンナーを吸ったりするのはメジャーだが、台所でプロパンガスを嗅いだり、灯油の匂いでくるひともいるという。
 アル中も、ひどくなるとアルコール分を求めて整髪料を一気のみするときく。
 ならば、トライオキシンを服用してラリるのもありかもしれない。もれなくゾンビになるが。
 逆に考えると、制作側からの「ヤクなんてやってるとゾンビみたいになっちゃうぞ」というメッセージが込められているのかもしれない。
 でも実際は「トライオキシンをヤクとして使うというアイディアよくね?」「いーじゃん、それ。やろうよ」な気がする。

 黒いスーツに黒ネクタイと、黒ずくめのロシア人エージェント二人組が全編を通して登場。事件解決の役にはほとんど立っていないが、お笑い要員として活躍。イマイチパッとしない主人公たちを引っ張っていってくれる。この二人が登場していなかったら、かなりつらかったかも。

 さすがに『バタリアン』シリーズはこれで終わりだと思うが、ラストの道をトボトボと歩いていくタールマンの姿を見ると「あのゾンビが最後の一匹とは思えない」と言いたくなってしまう。

B000I0QNDK.jpg『バタリアン4』(2005) RETURN OF THE LIVING DEAD: NECROPOLIS 90分 アメリカ

監督:エロリー・エルカイェム 製作:アナトリー・フラディス、スティーヴ・スカルドゥッツィオ 製作総指揮:ウラジミール・ドスタル、トム・フォックス、ニコライ・マカロフ 脚本:ウィリアム・バトラー、アーロン・ストロンゴーニ 撮影:ガブリエル・コサス 音楽:ロバート・ダンカン
出演:チャールズ・ギャリソン、エイミー=リン・チャドウィック、ジャナ・クレイマー、ジョン・キーフ、コリー・ハードリクト、ピーター・コヨーテ

 悪の科学者を演ずるのがピーター・コヨーテ。仕事ないの、ピーター?

 かつてゾンビが出現したが、それを押さえ込み、ここ十年ほどは平和な日常を送っている世界。ゾンビの存在が当たり前というのはちょっと珍しい。
 だが、ある複合大企業ハイブラ・テックが軍事用にゾンビを兵隊をして使う計画を始めた。

 友人がバイクで事故にあって救急車で病院に運ばれる。気を失っているだけのはずだったのが、医師から「彼は死んだ」と伝えられる。その友人が実は生きていて、ハイブラ・テックに届けられたのを知った主人公たちは、友人を救出するために、ハイブラ・テックに侵入する。

 研究所という建物の中で繰り広げられるゾンビとの戦い。黒幕は大企業。
 どこかで観たシチュエーションだなと思ったら『バイオハザード』(2001)だった。こちらの方が何年か前に作られているので、参考にされた可能性はある。『バタリアン4』の大企業がハイブラ・テックで、『バイオハザードはアンブレラ。これもちょっと響きが似ている。
 銃が弾切れになってしまい、素手でゾンビとの格闘戦を始める主人公たち。そういえば、オープニング近くで格闘の真似をしてじゃれているというシーンがあったなー。覚えてないよ、そんな伏線。
 ラストでは、両腕がチェーンガンになったゾンビや、回転ノコと刃物になったゾンビなどが登場するが、大して盛り上がらないまま映画は終わる。主人公とゾンビになった友人との対決はちょっと燃えたけどな。

 どうでもいいけど、一人を救出に行って、何人犠牲になってるのかと。

 エンドロールには撮影の様子を治めたビデオスナップが挿入される。休憩してスナック食ってるゾンビメイクのままの役者とか、小便をしている三人組ゾンビ。チェーンガンのテストをしているスタッフ。いらんサービスだな。サービス精神を使う場所が間違ってるぞ。

B000GQMOOI.jpg『バタリアン・リターンズ』(1993) THE RETURN OF THE LIVING DEAD PART III 97分 アメリカ

監督:ブライアン・ユズナ 製作:ゲイリー・シュモーラー、ブライアン・ユズナ 脚本:ジョン・ペニー 撮影:ジェリー・リヴリー 音楽:バリー・ゴールドバーグ
出演:J・トレヴァー・エドモンド、ミンディ・クラーク、ケント・マッコード、サラ・ダグラス、ジェームズ・T・キャラハン、アビゲイル・レンツ、ジル・アンドレ、マイケル・デッカー

 最愛の人の死、リストカットそして心中。
 ケータイ小説のような文句が並ぶが、映画である。ゾンビ映画である。それも『バタリアン』シリーズである。

 映画『恋空』が大ヒットというので、とりあえず原作を読んでみた。
 結論、「だから?」
 同時並行で読んでいたのがスティーヴン・キングの『セル』という冒険小説の類が好きなオレにはケータイ小説は向いていないようだ。
 だが、『バタリアン・リターンズ』を観たことで、ケータイ小説の人気が何となく分かった気がする。

 パート2のような『バタリアン・リターンズ』というタイトルだが、正確には『バタリアン3』だ。これまではコメディタッチが特色の『バタリアン』シリーズだが、今回はシリアス。愛と死の物語だ。

 バイクの事故で後部シートに乗せていた最愛の恋人を死なせてしまった青年が、軍の開発研究所に忍び込んで、トライオキシンガスで恋人をゾンビにする。
 最初は普通だった彼女だが、異常な食欲を覚えるようになり、パンなどを食べても食べてもそれは満たされない。
 頭を吹き飛ばされた死体と出くわし、ついその脳みそをむさぼってしまう。自分の行動に驚き、ゾンビ化が進んでいることを知った彼女は、釘やピンでやたらにピアスをしたり、割れたガラス瓶でリストカットをして、自分に痛みを与えることでなんとか正気を保とうとする。だが、残酷にもゾンビ化は少しずつ進んでいく。
 ラストは、ゾンビに噛まれてゾンビ化を待つだけの青年と見つめ合い、死体焼却炉へ飛び込んで心中する。

 ケータイ小説に登場するキーワードとしては、最愛の人の死、レイプ、妊娠、難病、リストカット、主人公の死などがあるという。
 ゾンビ化を難病と捉えるならば、ここに挙げたキーワードの内、妊娠を除く全てが『バタリアン・リターンズ』にはある。
 そしてオレは『バタリアン・リターンズ』に感動した。ということはケータイ小説に感動する人もまたいるのだろう。
 平和な日常を送っていた人が、あることをきっかけに悲惨な目にあい、立ち向かおうとする。勝てるか勝てないかは分からない。いや、勝てないだろう。それでも立ち向かうのだ。
 青くさいし、少々薄っぺらだ。大人になると良くも悪くもスレてきて、そんなストレートすぎる物をそのまま受け入れるのは抵抗がある。そこに“ゾンビ”という要素を加えることでオレが観て面白い純愛劇が成立している。

B000OIOK54.jpg『バタリアン2』(1987) THE RETURN OF THE LIVING DEAD PART II 91分 アメリカ

監督:ケン・ウィーダーホーン 製作:トム・フォックス、ウィリアム・S・ギルモア 脚本:ケン・ウィーダーホーン 撮影:ロバート・エルスウィット 音楽:ウラジミール・ホルンツィ
出演:トム・マシューズ、ジェームズ・カレン、サリー・スマイス、マイケル・ケンワーシー、ダナ・アッシュブルック、マーシャ・ディートライン

 『バタリアン』シリーズっていつの間にか5まであったのな。1しか観てないわ。ってんで近くのTSUTAYAで旧作100円キャンペーンをやってきたのでまとめて借りる。

『バタリアン2』をDVDプレイヤーにセットして再生開始。
……なんか、前にも観たことあるぞ。こういうの何て言うんだっけ。そうだ既視感(デ・ジャ・ヴ)だ。いや違う違う。こりゃ、ほとんど1の焼き直しだ。
 米軍が開発し、廃棄されたはずのトライオキシンガスを吸ってしまって、生きたまま死んでゾンビになってしまう青年や、軍隊の役立たずっぷりも同じ。
 主人公が小学生の少年になっているし、全体的に低年齢を対象にしているようだが、そもそも1自体が若者向け映画だし、低年齢と言ってもゴアシーンは多いからレイティングは高めだろう。

 あえて注目するならば、コメディ寄りだった1よりもさらにコメディ度が上がっていること。
 墓場に埋葬された死体が這い出してくるシーンがあるが、マイケル・ジャクソン出演ジョン・ランディス演出のプロモーションビデオ『スリラー』にそっくり。というか、ラストではスリラーのマイケル・ジャクソンと同じ服装の黒人ゾンビが踊り転げる。
 墓穴から出ようと手を出すたびに他のゾンビに踏まれてしまい、ついには頭を踏まれて転がり落ちるゾンビには笑った。
 ゾンビは脳みそを好む。そのゾンビをおびき寄せるために、精肉場から大量の牛の脳みそを持ち出して、トラックの荷台からばらまく。牛の脳みそに群がりむさぼり食うゾンビたち。どうでもいいが、そんな物を食って狂牛病になっても知らないぞ。ゾンビならば関係ないだろと思うかもしれないが、『バタリアン』シリーズではゾンビもある程度知能を持っていてしゃべるから、狂牛病は致命傷だ。

B0007TFBB2.jpg『ならず者部隊』(1956) BETWEEN HEAVEN AND HELL 94分 アメリカ

監督:リチャード・フライシャー 製作:デヴィッド・ワイスバート 原作:フランシス・グワルトニイ 脚本:ハリー・ブラウン 撮影:レオ・トーヴァー 音楽:ヒューゴ・フリードホーファー
出演:ロバート・ワグナー、テリー・ムーア、バディ・イブセン、ブロデリック・クロフォード、ケン・クラーク、L・Q・ジョーンズ、マーク・ダモン

 太平洋のとある島。そこでは米軍と日本軍が死闘を繰り広げていた。
 上官を殴った主人公が、最前線の部隊に配属になる。その部隊はならず者ばかりで編成されていた。ならず者ばかりの部隊だから“ならず者部隊”というわけで、部隊はならず者ばかり。うーむ、納得。自分でも何を言ってんだかよく分からんが。

 タイトルから、軍規には多少反するものの戦闘に関しては一流のならず者を集めた部隊が活躍する、『独立愚連隊西へ』や『特攻大作戦』のような作品かと思ったが違った。よくよく見れば、原題は『BETWEEN HEAVEN AND HELL』と『ならず者部隊』とはほど遠い。
 南部の旧家で育ち、小作人を使って綿花を栽培し利益を上げていた世間知らずの男が、戦場でその小作人たちと一緒に戦う。そして彼らとこれまでになかった絆を築き上げるが、その戦友たちも死んでしまう。
 そして、日本兵との激しい戦闘を経て、人間的に成長していく成長ドラマだ。

 始まるなり、主人公がまだ地主時代の南部へと回想シーンに入り、それが終わったなと思ったら、すぐさままた回想シーン。当時としては大胆な構想だろう。
 小作人を奴隷のように思っていた主人公が、その小作人を対等な戦友として捉えるようになり、「戦争が終わったら、地主と小作人という制度もどうなっているか分からない」と考えるようになるのは面白いが、94分という尺もあって時間が割けなかったのか唐突な印象がある。ラストを含め、ストーリーの割に主人公に重みがないのは確かだ。

 日本兵は小隊規模でしか出てこないが、迫撃砲をドカドカ撃ってきてそれなりに強い。
 米軍側の前線野営陣地に、英語で「味方だ」と言いながら近づいてくるのは、やはり「日本人は卑怯だ」って印象なのかね。
 主人公たちが途中でやりすごす日本兵の隊列がしゃべっている言葉は、どう聞いても日本語ではないが(中国語か?)、終盤では「追いかけろ、逃がすな」とちゃんとした発音で言っている。
 この時代、『戦場にかける橋』(1957)の早川雪舟や『燃える戦場』(1970)の高倉健などを除くと、ちゃんとした日本人ないし日系俳優はあまりスクリーンに登場しない。ようやくまともになるのは『シン・レッド・ライン』(1998)や『硫黄島からの手紙』(2006)になってから。

 フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』はフィリピンで撮影された。舞台となるベトナムは元フランス領なので、戦争になってもベトナムに残っているフランス人植民主がシナリオには登場する。しかし、フィリピンにはフランス人俳優がいない。
 困ったコッポラは、日本へ来てフランス人を見つけるとフィリピンへと連れ帰った。しかし、フランス語はしゃべれても素人のフランス人に演技が出来るわけがない。撮影中のコッポラは怒ったり落ち込んでばかりで、せっかく屋敷まで建てて撮影したこのシーンはボツになってしまった。(ドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス』より)

 これと同じく、ただ日本語がしゃべれればいいのではなく、ちゃんと演技が出来る俳優が必要なのだ。(映画の方向性によっては、素人を積極的に活用する作品もあるが、その場合は“演技をさせていない素の姿”として使う場合がほとんどだろう)
 日本に対するハリウッドの認識不足はもちろんだが、当地で活躍する日本人・日系人俳優そのものが少ないのだろう。

B000ZH6R00.jpg『カオス』(2005) CHAOS 107分 カナダ/イギリス/アメリカ

監督:トニー・ジグリオ 製作:マイケル・ダーバス、ヒュー・ペナルト・ジョーンズ、ギャヴィン・ワイルディング 製作総指揮:デヴィッド・バーグスタイン 脚本:トニー・ジグリオ 撮影:リチャード・グレートレックス プロダクションデザイン:クリス・オーガスト 衣装デザイン:ボビー・リード 編集:ショーン・バートン 音楽:トレヴァー・ジョーンズ
出演:ジェイソン・ステイサム、ウェズリー・スナイプス、ライアン・フィリップ、ジャスティン・ワデル、ヘンリー・ツェーニー、ニコラス・リー、ジェシカ・スティーン、ロブ・ラベル

 ジェイソン・ステイサムが刑事、ウェズリー・スナイプスが銀行強盗と、二大暑苦しい俳優の共演にも関わらず、アクション映画ではない。サスペンス映画だ。それも底の浅いサスペンス映画。
 ストーリーは、一向に盛り上がる気配を見せない。これがこうなった場合は、あれはああだという場合が多いシーンでは、素直にそのままあれはああだ。まさか、そのまんまのラストじゃないよなと思っていたら、そのまんまなラストだった。いや、オチが読めてしまうから悪いっていうんじゃない。定番なストーリーに定番の展開でも面白い物は面白いし、つまらない物はつまらない。この作品には見せ方、演出に工夫が足りない。
 2005年作品とはいえ、この手のパターンってもう古いよな。
 一時流行った“オチでどっきり”系サスペンスも、終わりを迎えつつあった頃の作品。

 演出が70年代風で古くさく、会話のシーンも説明的に過ぎる。車対バイクのカーチェイスのシーンもまるで熱くならない。序盤の銀行強盗のシーンで多少期待させてくれただけに残念。緊張感に欠け、お行儀良くまとまり過ぎな感じ。平凡というか凡庸だな。
 カオス理論関係ないよね。

B000VRXIBA.jpg『ミクロの決死圏』(1966) FANTASTIC VOYAGE 100分 アメリカ

監督:リチャード・フライシャー 製作:ソウル・デヴィッド 脚本:ハリー・クライナー 撮影:アーネスト・ラズロ 特殊効果:L・B・アボット 音楽:レナード・ローゼンマン
出演:スティーヴン・ボイド、ラクエル・ウェルチ、アーサー・ケネディ、エドモンド・オブライエン、ドナルド・プレザンス、アーサー・オコンネル、ウィリアム・レッドフィールド、ジェームズ・ブローリン

 脳腫瘍によって意識を失ったままの科学者を治療すべく、超小型に縮小されたプロメテウス号が体内に注入される。そして五人のクルーは原題の『FANTASTIC VOYAGE』が示す通り、実にファンタスティックな光景を眼にすることになる。

 当時のSFXの粋を集めたSF大作。SFと言えば宇宙のイメージが強いが、今回は人体の中にある小宇宙だ。
『インナースペース』(1987)と比べるとSFXが見劣りするのは間違いがないし、もしも現在の技術で体内を表現したら、その『インナースペース』を上回るだろう。だが、それはそれ、これはこれ。1966年当時の人々は、これまでになかった映像を体験したのは事実なのだ。

 治療のために、ミクロサイズに小型化された潜水艇を人体に注入するというSF的アイディア。それを実現させるためにいくつも嘘をついている。縮小は二段階で、二段目は巨大な注射器ごと縮小され、そこに入っていた水(おそらくは生理食塩水)も一緒に縮小される。しかし、縮小は60分で解けて、元の大きさに戻ってしまう。だとしたら、患者の体内に注射された水も巨大化して、人体が破裂してしまうだろうが、そんな事は気にするな。
 あのね、SFってのは嘘だから。つか、映画って嘘だから。ドキュメンタリーじゃないんだからさ。それに、ドキュメンタリーだって嘘はあるぞ、多分。

 クルーの一人としてドナルド・プレザンスが登場した時点で、「あっ、こいつは悪党だ」という予感がしてしまうのは何故だろう。
 プロメテウス号のデザインが60年代していて、曲線が美しい。レーザー砲もレトロで嬉しい。船外活動用スーツのラクエル・ウェルチが美しい。抗体に取り付かれて、ギリギリとその身を締められるラクエル・ウェルチに倒錯美を感じてしまうのは罪だろうか。
 肺胞で青い赤血球が酸素交換で赤に変わるシーンが美しい。単なるビニールホースにしか見えない組織もあるが。
 プロメテウス号を襲い、ついには飲み込んでしまう白血球は怖ろしいが、オレの体内で重要な免疫として働いてくれているのだ。白血球その他に感謝。
『インナースペース』では体内のあちこちを移動していたが、『ミクロの決死圏』では数センチを移動するにも大騒動だ。ミクロ単位に縮小されているのだから当たり前とも言える。内耳にいる時には、オペルームで鉗子を落とした音だけで、艦は嵐にあったように振り回される。ここら辺はSFとコメディの差だ。

 監督は『海底二万哩』(1954)のリチャード・フライシャー。SF専門というわけじゃなくて、戦争映画から西部劇まで手広く手がける人だ。

B000WZO3PQ.jpg『ディープ・インパクト』(1998) DEEP IMPACT 121分 アメリカ

監督:ミミ・レダー 製作:リチャード・D・ザナック、デヴィッド・ブラウン 製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、ジョーン・ブラッドショウ、ウォルター・F・パークス 脚本:マイケル・トルキン、ブルース・ジョエル・ルービン 撮影:ディートリッヒ・ローマン 美術:レスリー・ディレイ 衣装デザイン:ルース・マイヤーズ 編集:ポール・チチョッキ、デヴィッド・ローゼンブルーム 音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:ロバート・デュヴァル、ティア・レオーニ、イライジャ・ウッド、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、マクシミリアン・シェル、リーリー・ソビエスキー、モーガン・フリーマン、カートウッド・スミス、チャールズ・マーティン・スミス

「地球に隕石(彗星)が衝突する!」と言った映画では同じく1988年にブルース・ウィリスの『アルマゲドン』があるが、そちらがヒーロー物のアクション映画だったのに対し、『ディープ・インパクト』は終末を題材にした群像劇に仕上がっている。
 彗星を発見した少年イライジャウッド、そのニュースを追い続ける女性テレビキャスターのティア・レオーニ、そして彗星爆破任務のため宇宙船に乗り込む老宇宙士のロバート・デュバル。大きくこの三つのストーリーに分かれ、それぞれの主人公が顔も合わせぬまま人類絶滅(E.L.E.=Extinction Level Event)へ刻一刻と時間は過ぎていく。

 監督のミミ・レダーは『ピースメーカー』などを観る限りでは好みの監督ではないのだが、こいつは面白かった。
 人類が破滅を迎えるかもしれないという事柄を淡々と描いている。いくらでもパニック映画として撮ることが出来たろうに、懸命にそれを回避して、家族や人の繋がりを中心とした作品となっている。
 いきなり「彗星衝突!」に持ち込むのではなく、ある議員の辞職を浮気がらみだろうとニュースキャスターが調べていたら、とんでもない事実につながっていくあたり、かなりの緊張感だ。
 実際にこんなことが起こったら、各地で暴動が発生するのだろうが、あくまで淡々として進んでいく物語。パニック映画を期待して観るとちょっと肩すかしかもしれない。はっきりとした「この人が主役」というのもいないので、誰かに感情移入して映画を観る人にもひょっとしたら不評かも。
 如何に終末を回避するかではなく、終末を迎えた時に人々はどうするのか? 最終的なテーマはそこだと思うのだが、もう少し突っ込んで描いて欲しかった。人々も冷静に過ぎる。刹那的欲望に走る人、個人用シェルターなどを買ってなんとしてでも生き延びようとする人、絶望のあまり自殺する人なんかが実際には出そうだが、そこまでやるとテーマから外れるか。
 そもそも、アメリカ以外の国はどうなってるの? ま、アメリカ映画だしな。

 ロバート・デュバルにカートウッド・スミス、それからすぐに死んでしまうがチャールズ・マーティン・スミスと個人的豪華キャストが勢揃い。特に、最初は若手宇宙船クルーからお荷物扱いされていたロバート・デュバルが、危機においてリーダーシップを取っていくところが良い。ジジィかっけぇ。

 個人的には、小惑星が衝突するというので、じゃあ地球を動かして衝突軌道から外してしまおうという『妖星ゴラス』がアイディア的に一番。あれはよくぞ、思いついたよなぁ。

B00005F5WZ.jpg『2000人の狂人(マニアック2000)』(1964) TWO THOUSAND MANIACS! 88分 アメリカ

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 製作:デヴィッド・F・フリードマン 脚本:ハーシェル・ゴードン・ルイス 撮影:ハーシェル・ゴードン・ルイス 音楽:ラリー・ウェリントン
出演:コニー・メイソン、トーマス・ウッド、ジェフリー・アレン、ボン・ムーア、シェルビー・リビングストン、ゲイリー・ベイクマン

 こいつもホラーと言うよりもコメディ。元祖スプラッターと言われ、大量の血が噴き出る、噴き出せば噴き出すほど笑える。

 とある南部の街に、北部人が数組迷い込む。街ではお祭りの真っ最中で、北部人達は大歓迎される。まさか、メインイベントが自分たちの虐殺だとは思わずに……
 実に楽しそうにニコニコ笑いながら北部人を殺していく街の人々が笑える。ほんと、こんなに楽しいことはないって感じ。
 噴き出す血が、最近のスプラッターと違って、レイティングも緩かったのか真っ赤な絵の具色。最近のどす黒い血になれてしまうと作り物めいた感じだが、動脈の酸素を含んだ赤血球だと鮮やかな赤なんだよな、確か。
 釘を打ち込んだ樽に人間を詰めて、坂道を転がり落とす。被害者の絶叫と、それを見て楽しむ住民の笑顔が対照的だ。これが、ほんと愉快そうに笑う。
 無言や叫びながら襲ってくる殺人鬼も怖いが、笑いながら襲ってくる殺人鬼も怖いぞ。
 やたらと広く、隣の街まで数百キロもあるアメリカの田舎では、こんなことも実際にありそうで怖い。日本の寒村を訪れたら、出るに出られなくなってしまうというのも怖いが。

B0002CHRKM.jpg『ジーパーズ 恐怖の都市伝説』(2003) MONSTER MAN 91分 アメリカ

監督:マイケル・デイヴィス 製作:イハド・ブレイバーグ、イッチャク・ギンズバーグ、ラリー・ラトナー、スーザン・R・ロジャース、製作総指揮: ピーター・ブロック、脚本: マイケル・デイヴィス 撮影:マシュー・アーヴィング 音楽:ジョン・コーダ
出演:エリック・ジャングマン、エイミー・ブルックス、ジャスティン・ユーリック、ジョー・グッドリッチ、マイケル・ベイリー・スミス、ロバート・R・シェイファー

『ジーパーズ・クリーパーズ』にタイトルが似ているが、まったく関係なし。というか、原題は『MONSTER MAN』じゃないか。怪物男とはストレートだが、モンスタートラックに乗って主人公たちの車を追いかけてくるからモンスターマンなのかも知れない。

 ホラーじゃなくてコメディ。迷い込んだ街で酒場にはいると、そこの脚が全員片腕か片足なシーンはぞっとするが、それ以外は笑えるシーンの連発。知らずに人肉のスープを食ってしまったシーンすら笑える。
 ただ、制作側がどこまで笑わせてやろうと思っているのか、それとも真剣に怖がらせてやろうかと思っているのかは不明だ。天然じゃなくて、狙って笑いの演出をやっているようだが。

 生真面目で未だ童貞の主人公と、イカれたアホな友人が、一緒に旅をしている。その掛け合い漫才的な会話が下らないがそれなりに笑える。
 ラストは『悪魔のいけにえ』的一家の家に連れ込まれて、ようやくとこれまでの謎が解ける。人々が片腕片足だった謎。そして主人公がつけ狙われた謎。その謎が実にくだらなくて良し。
 ホラー風味が出てきたかなと思ったが、やっぱりギャグ。スイスアーミーの万能ナイフも大活躍だ。日本では銃刀法で認められた長さのナイフでも、持ち歩いていると警察にしょっ引かれる世の中だが、いつジーパーズ一家に捕らえられるかも分からない。ランボーナイフとまではいかないが、スイスアーミーナイフぐらいはかまわないのではないか。

 オレは大のコメディ好きだから楽しめたけど、このジャケットでホラー映画だと思い込んで(というか、普通思う)借りたホラーファンは怒ったかもなぁ……

B000W74DEA.jpg『白いドレスの女』(1981) BODY HEAT 113分 アメリカ

監督:ローレンス・カスダン 製作:フレッド・T・ガロ、アラン・ラッド・Jr 脚本:ローレンス・カスダン 撮影:リチャード・H・クライン 音楽:ジョン・バリー
出演:ウィリアム・ハート、キャスリーン・ターナー、ミッキー・ローク、リチャード・クレンナ、テッド・ダンソン

 ウィリアム・ハートに口ひげは今一つ似合わない。ミッキー・ローク若ぇ。キャスリーン・ターナー色っぽい。

『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』や『レイダース 失われたアーク』の脚本家としても有名なローレンス・カスダンの監督デビュー作。脚本も本人が手がけている。

 それは、異常な熱波に街が襲われ、風もそよとも吹かない暑い夏のことだった。
 女好きの弁護士(ウィリアム・ハート)が、ある女性(キャスリーン・ターナー)と偶然に出会う。その女性はある富豪の妻だった。逢瀬を続けるうちに、邪魔者の富豪を殺そうという考えが浮かぶ。

 このところ寒さが増してきた。暖房は灯油ファンヒーターしかないのだが、灯油が高い。そこで、なるべく使わないようにしているのだが、今住んでいる地域は寒い。そこで、寒い時は暑い映画というので、久々に観たのがこの『白いドレスの女』。いやー、もう登場人物は常に汗をかいていて、その上ウィリアム・ハートとキャスリーン・ターナーが全裸で絡むものだから、ますます暑い。原題は『BODY HEAT』とこれまた暑そう。
 初監督のローレンス・カスダンは、全力投球でこのフィルム・ノワールを撮っている。意気込みは感じられるが、これまた少々暑苦しい。ずーっと緊張したシーンの連続で、気を抜く暇がない。もうちょっと肩の力を抜いても良いんだよと言いたくなる。
 力作だとは思うが、もうちょっとしゃれっ気があった方が個人的には好みだ。
 冒頭の、上半身裸のウィリアム・ハートが、夜の街で燃えさかる火事を見つめるオープニングは、作品全体を象徴するかのよう。
 ジーン・バリーの旋律も暑さから来る気だるさ感じさせる。

 事件も結末を迎える頃、風が吹き始め、これまで音を立てていなかった風鈴が鳴っている。もう、夏も終わりなのだ。

B000V2ZT0S.jpg『バード・オン・ワイヤー』(1990) BIRD ON A WIRE 111分 アメリカ

監督:ジョン・バダム 製作:ロブ・コーエン 製作総指揮:テッド・フィールド、ロバート・W・コート 原案:ルイス・ヴェノスタ、エリック・レーナー 脚本:デヴィッド・セルツァー、ルイス・ヴェノスタ、エリック・レーナー 撮影:ロバート・プライムス 音楽:テッド・フィールド
出演:ゴールディ・ホーン、メル・ギブソン、デヴィッド・キャラダイン、ビル・デューク、スティーヴン・トボロウスキー、ジョーン・セヴェランス、ジェフ・コーリイ、クライド草津

 SF、アクション、コメディ、青春物と、どんな題材やジャンルの映画でもそれなりに仕上げるジョン・バダム。
 今回はコメディアクションだ。コメディ8:アクション2ぐらいの割合だろうか。主演は当時四十代半ばなのに可愛らしいゴールディ・ホーン。共演がメル・ギブソン。この順番は重要で、金もあり地位もあるが、どこか満たされないやり手弁護士ゴールディ・ホーンが、死んだはずのかつての恋人メル・ギブソンと再会したことから始まる逃走劇。あくまで主役はゴールディ・ホーンだ。

 メル・ギブソンは15年前に飛行機事故で死んだはずだった。しかし、実は麻薬取引に関わっていて、麻薬捜査局の悪徳捜査官に関する証言をした後、FBIの証人保護プログラムで守られ、名を変え職を変え、アメリカ中を点々としていたのだ。
 そして、雨の降る晩。メル・ギブソンが整備士として働いているガソリンスタンドへ、ゴールディ・ホーンが運転するBMWが給油に訪れたところから物語は始まる。
 なんてことない世間話をしながら、メル・ギブソンがフロントガラスを拭いていき、運転席のところを拭いたところで二人の視界がはっきりして、顔を合わせるタイミングが良い。

 そこからは、悪党に襲われ、FBIも助けにならずにひたすら逃げるだけで、ストーリー的には今一つ面白くない。
 だが、それをカバーするのが二人のやり取りだ。自分がゴールディ・ホーンを巻き込んでいながら、結果振り回されているメル・ギブソン。そして、怒ったりすねたり文句を言ったりのゴールディ・ホーン。すねてる時のアヒルさん口が可愛らしい。

 アクションシーンも多いが、コメディ色が強い。『ブルー・サンダー』を思わせる、ヘリコプター対セスナ機の戦いも、最後は車輪を失ったセスナ機のハチャメチャな着陸というか墜落でオチが付く。生コンに突っ込んだ白バイ警官には笑った。
 そして、最終対決は動物園で。麻酔銃があるからということだったので、「なるほど、悪人を殺さずに倒して笑ったまま終わらせてくれるんだ」と思っていた。
 ところが、ライオンに食われる、ピラニアに食われると、予想もしていなかった展開になる。動物大パニックか、これは?
 トラやチンパンジーがウロウロしている辺りまでは笑えたが、悪人は食われましたでは、ちょっと全体のカラーと比べてちぐはぐではないだろか。猛獣が自由になって、代わりに悪党どもが檻に閉じこめられてしまうとか、最後まで笑いのまま行って欲しかった。
 悪党の大ボスであるデヴィッド・キャラダインも、見せ場のないままでもったいない。

B000TXR2MC.jpg『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(1992) TWIN PEAKS: FIRE WALK WITH ME 135分 アメリカ

監督:デヴィッド・リンチ 製作:グレッグ・フィーンバーグ 製作総指揮:マーク・フロスト、 デヴィッド・リンチ 脚本:デヴィッド・リンチ、ロバート・エンゲルス 撮影:ロン・ガルシア 音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:シェリル・リー、レイ・ワイズ、ダナ・アッシュブルック、ジェームズ・マーシャル、メッチェン・エイミック、ペギー・リプトン、カイル・マクラクラン、デヴィッド・ボウイ、キーファー・サザーランド、ハリー・ディーン・スタントン、ミゲル・ファーラー、ユルゲン・プロフノウ、モイラ・ケリー、ヘザー・グレアム

 デヴィッド・リンチ特集の時に書き忘れてたので。

 この映画を3つの言葉で説明するならば、

1.テレビ版を観ていないと、まったく分からない
2.テレビ版を観ていても、さっぱり分からない
3.なにしに出てきたんじゃ、デヴィッド・ボウイ

 テレビ版の前日譚なので、テレビ版では解かれないままだった謎の答えが提示されるわけではない。そもそもはこういう始まりだったのか、というのが分かるだけだ。
 難解と言われることもあるようだが、難解ではない。難解というのは、筋が複雑に絡み合っていて、それを解いていかねば理解できない物のことを言う。
『最後の7日間』にはそもそもその筋がない。イメージの羅列が展開されるばかりで、そもそも理解されるということを求めて作られてはいないのだ。
 映画は主人公ローラ・パーマーの死に至るまでの最後の7日間を描いた作品なので、カイル・マクラクランやミゲル・ファーラーも多少登場するがほぼゲスト扱い。最近では『24』シリーズで人気のキーファー・サザーランドがまだ青臭いイメージで登場するが、序盤で退場してしまいこれまたゲスト。

 映画単体では成立せず、あくまでもテレビ版と合わせて観ることが必要だ。
 そして、映画とテレビを両方合わせても、それでもなおツイン・ピークスは謎のまま。
 世の中の映画全部が全部こうだと困るが、たまに観る分には面白い。理解できる=面白いじゃないんだよな。

B000TXR2WW.jpg『ハーレーダビッドソン&マルボロマン』(1991) HARLEY DAVIDSON AND THE MARLBORO MAN 99分 アメリカ

監督:サイモン・ウィンサー 製作:ジェレ・ヘンショウ 脚本:ドン・マイケル・ポール 撮影:デヴィッド・エグビー 音楽:ベイジル・ポールドゥリス
出演:ミッキー・ローク、ドン・ジョンソン、チェルシー・フィールド、ヴァネッサ・ウィリアムズ、トム・サイズモア、ダニエル・ボールドウィン、ビッグ・ジョン・スタッド、ティア・カレル、ジャンカルロ・エスポジート、ケリー・フー

 1991年製作で、舞台が1996年と極近未来映画となっている。
 目薬として点眼する麻薬や、悪の手下が使っているのが未来的デザインのステアーカービンを使っているが、それ以外に特にSF的なストーリーや小道具は登場しない。
 どうやら、アメリカ建国220周年を舞台にしたかっただけのようだ。なんじゃ、そりゃ。

 2年ほどロサンゼルスから離れていたハーレー・ダビッドソン(ミッキー・ローク)が、バイクにまたがって帰ってくる。途中、ガソリンスタンドで強盗に出くわすが、ピストルを突きつけられても動ずることなく、それどころか叩きのめしてしまう腕の立つ男だ。
 ロスの昔なじみの店に行き、かつての相棒マルボロマン(ドン・ジョンソン)と再開する。彼らの恩人である店のオーナーから、250万ドルを用意しないと店が立ち退かねばならぬと聞いたハーレー・ダビッドソンとマルボロマンは、かつての仲間を集めて銀行の現金輸送車を襲撃し強盗することに決める。
 上手くいったかに思えた作戦だったが……

 ミッキー・ロークとドン・ジョンソンがカッコエー。二人とも脂がのりきった時期で、特にミッキー・ロークのライダースーツ姿は似合う。カウボーイスタイルのドン・ジョンソンも添え物ではなく映える。
 この中年オヤジ二人組が中心になって、いい年をしたバカな連中がプロでもないのに強盗をしたり、麻薬組織の悪党どもを敵に回して逃げ回ったり、対決したりと、実にバカな映画だ。さして真剣にもならない無責任な部分も含めて、言いようによっては、男のロマンとも言える。
 強盗を企てるのも「金がないなら盗もう」と気楽なものだし、仲間が殺されてもさして深刻にはならない。たまたま盗んだ相手が大悪党だったからアクション娯楽映画となっているが、普通の現金輸送車だったら単に頭の悪い犯罪者だよな、こいつら。
 ハーレー・ダビッドソンもマルボロマンも、無職のようで酒場での賭けなどで生計を立てているようだ。だからといって将来に不安を持つことなくお気楽に暮らしている。中年ニートだ。
 マルボロマンの元の彼女である白バイ警官から「時としてあんたたちがうらやましくなるわ。他のみんなは仕事に一生懸命なのに、あんたらときたらその日暮らしでお気楽ね」と言われてしまうぐらいだ。
 だからといって、その言葉に反省したり、最後には真っ当な真人間になるわけでもない。ただ、少しだけ成長する。すこーしだけ。

 まだ日本の景気が良く、アメリカへの買収攻撃していた頃の話なので日本への敵対意識が見られるシーンがある。
 マルボロマンが乗っていたバイクは調子が悪く、ついには「このポンコツめ」と銃をぶっ放して壊してしまうが、タンクには“KAWASAKI”のエンブレム。そうカワサキの日本製バイクなのだ。後のシーンでマルボロマンは新しいマシンを手に入れるがこちらはハーレー。アメリカ人ならハーレーに乗れなのだ。
 そういえば、『ブラックレイン』(1989)のオープニング近くでも、マイケル・ダグラスの運転するハーレーがスズキだかホンダだかの日本製バイクとのゼロヨンみたいな直線勝利で勝っていました。
 さらに、敵側のボスであるトム・サイズモアが、日本企業の面々とビデオ会議をしているのだが、ここでサイズモアは意味不明の原語をしゃべる。しばらくして気がついた。これは日本語のつもりなのだ。「みーなさーま、こぅこぅでぇしれいして、うじゃがじゃがじゃが」
『プライベート・ライアン』の軍曹役などではすっかり体格が良くなってしまったサイズモアだが、この頃は痩せてた。でも、今の方が良いよな。太って成功した俳優というのも珍しい。
 サイズモアは銀行の頭取だが、裏では麻薬売買を取り仕切っており、防弾衣で武装した部下(ダニエル・ボールドウィン)らをハーレーとマルボロマン退治に送り出す。
 双方が対決する、軍用機の墓場はその場所をロケ地に選んだだけで、映画としては勝ち。

 腕は立つが、銃はからっきしという役をミッキー・ロークが楽しげに演じている。終盤では銃弾の値段が高いリボルバーを武器にして、敵に一発も当たらないまま弾切れになってしまい、「2ドル、4ドル、6ドル」と金額をカウントしながら装填していくシーンが笑えた。
 1992年にはボクシングし合いのために来日し、かの“猫パンチ”で一世を風靡?した。その頃から人気も落ち始め、体付きも太ってきたし、整形美容のため顔が以前とは変わってしまい、脇役中心になってしまった。最近、復調の兆しもあるようだが、さてどうなる?
 ドン・ジョンソンについては、『サンタモニカ・ダンディ』(1989)、デニス・ホッパー監督の『ホット・スポット』(1991)とこの『ハーレーダビッドソン&マルボロマン』が三作続けて面白かったので期待したのだが、その後はあまりぱっとしないまま。TVムービーの『マイアミ・バイス』から世に出たドン・ジョンソンだが、結局TV界に帰って『ナッシュ・ブリッジス』シリーズをヒットさせたそうだ。両方とも見てないので、知らんが。

B00005G22H.jpg『殺しのアーティスト』(1991) HIGH ART 105分 アメリカ/ブラジル

監督:ウォルター・セールズ・Jr 製作:アルベルト・フラクスマン 製作総指揮:パウロ・カルロス・デ・ブリトー 原作:ルーベン・フォンセカ 脚本:ルーベン・フォンセカ 撮影:ホセ・ロベルト・エリーザー 音楽:ユルゲン・クニーパー、トッド・ボーケルハイド
出演:ピーター・コヨーテ、チェッキー・カリョ、アマンダ・ペイズ、ラウル・コルテス、ジュリア・ガム、パウロ・ホセ

 1992年の劇場公開時に観たっきりで、DVDにはなっていないがビデオにはなっているようなので、今回もう一度観てみようとレンタルビデオ屋を二件回ったがどちらにも置いてなかった。古いしマイナーだからなぁ……

 昨日紹介の『ハンテッド』以上に、ナイフに取り憑かれた男の話。
 主人公(ピーター・コヨーテ)はただのカメラマンだったが、知り合いがナイフで惨殺され、自らも襲われるが辛うじて逃れる。そして、復讐のためにナイフの専門家(チェッキー・カリョ)に教えを請う。
 ただ相手を殺すだけならば、拳銃を使った方が簡単だと伝える専門家に、そこを何とかと頼み込んで、ついにナイフ術を教えてもらうこととなる。
 最初は、復讐のための技術に過ぎなかったナイフ術だが、それを極めようとするうちにナイフ道とでもいう精神世界に入り込んでいく。

 ナイフの専門家を演ずるチェッキー・カリョは、『ニキータ』で教官を務めニキータに最初の任務を与えた男。重みがあって、接近専用の武器ナイフを極めた男を渋く演じている。
 初心者から、次第にナイフに取り憑かれていく一般人のピーター・コヨーテは、最初は不安を抱えていたのが、ナイフ道を進むうちに次第に眼に狂気を抱くようになる。暗闇の中で、ひたすらにナイフの型を繰り返すシーンが印象に残っている。
 拳銃では駄目、あくまでもナイフを求める。手段だったナイフが、次第に目的へとなっていく。手の延長でありながら、急所を狙えば一撃で相手の命を奪う。光を受け鈍く輝くナイフに魅せられる主人公の気持ちは分からなくもない。

 ストーリーはほとんど覚えていないが、ナイフにこだわり抜いたナイフムービーで、ラストのナイフの達人同士による対決は、地味ながら観せてくれた。
 派手な娯楽映画を求める人にはお勧めしないが、男の対決やプロフェッショナルの仕事をじっくりと描いているのでオレは結構好きで、当時のメモによると評価は割と高めに付けている。
 タイトルの少々大袈裟にも思えた『殺しのアーティスト』も観終わると納得だ。原題の『HIGH ART』にももちろん納得。

B0009H9ZXC.jpg『ハンテッド』(2003) THE HUNTED 95分 アメリカ

監督:ウィリアム・フリードキン 製作:ジェームズ・ジャックス、リカルド・メストレス 製作総指揮:ショーン・ダニエル、デヴィッド・グリフィス、ピーター・グリフィス、マーカス・ヴィシディ 脚本:デヴィッド・グリフィス、ピーター・グリフィス、アート・モンテラステリ 撮影:キャレブ・デシャネル 音楽:ブライアン・タイラー
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ベニチオ・デル・トロ、コニー・ニールセン、レスリー・ステファンソン、ジョン・フィン、ホセ・ズニーガ、ロン・カナダ、マーク・ペルグリノ、ロニー・チャップマン、レックス・リン、エディ・ヴェレツ、ジェナ・ボイド

 登場人物は何人も出ているし、上には出演者の名前も記載してあるが、トミー・リー・ジョーンズとベニチオ・デル・トロ以外は忘れて良い。ほんと、脇役だから。
 ストーリーもあれこれあるが、忘れて良い。トミー・リー・ジョーンズとベニチオ・デル・トロが戦うというだけの映画だから。

 ベニチオ・デル・トロは殺人術やサバイバル技術を叩き込まれたアメリカの特殊部隊隊員。その彼も、地獄のごとき戦場を渡り歩いている内に心が病み、もはや戦場でしか生きられない男になってしまった。
 その様に彼を教育したのがトミー・リー・ジョーンズ。父親のようにトミー・リー・ジョーンズを慕っていたベニチオ・デル・トロだが、彼の悩みはトミー・リー・ジョーンズには通じず、ベニチオは不安定になる一方だった。
 そして、ついに作戦任務中に民間人もためらわずに殺すようになってしまったベニチオを抹殺すべく、アメリカ政府は殺し屋を送り込む。だが、その殺し屋は返り討ちに遭ってしまい、FBIが捜査に乗り出す。そして、事件の不可解さから、FBIはトミー・リー・ジョーンズに協力を依頼する。
 こうして、トミー・リー・ジョーンズとベニチオ・デル・トロの戦いが始まる。

 二人ともナイフの専門家。標的に音もなく忍び寄り、音もなく殺す。
 徹底したナイフへのこだわり振りが渋い。鉄片を焼き鈍してから研ぎあげで手製のナイフを作ったり、断片が鋭い岩の縁を根気よく割って『はじめ人間ゴン』のような石器ナイフも作る。
 ひたすらに逃げるベニチオ・デル・トロを、執拗にトミー・リー・ジョーンズが追う。時には車、時には電車、そしてなにより走る。撮影時、トミー・リー・ジョーンズはすでに五十半ばを過ぎていたが、それでも走る。やはり、走る男は格好いい。
 ベニチオが戦場で味わった地獄について説明不十分だったり、彼の恋人とその娘が登場するがまったく活用されていないなど、脚本に粗は多い。
 だが、擬似的な父と息子の命がけの戦いが燃えるではないか。ラストの、二人のナイフによる対決も、血しぶきは飛ぶものの、決して派手ではなく地味に痛そうだ。
 そしてトミー・リー・ジョーンズは、罠にかかった狼を大自然に返してやるように、文明社会の罠に陥った殺し屋を自由にしてやるのだ。

B000UO9WMS.jpg『ダーククリスタル』(1982) THE DARK CRYSTAL 93分 イギリス

監督:ジム・ヘンソン、フランク・オズ 製作:ジム・ヘンソン、ゲイリー・カーツ 製作総指揮:デヴィッド・レイザー 原案:ジム・ヘンソン 脚本:デヴィッド・オデル 撮影:オズワルド・モリス 音楽:トレヴァー・ジョーンズ
出演:スティーヴン・ガーリック、リサ・マックスウェル、ジム・ヘンソン、パーシー・エドワーズ、ビリー・ホワイトロー
ナレーター:ジョセフ・オコナー

 ライトファンタジーだった『ラビリンス』に対し、こちらの『ダーククリスタル』は本格派ファンタジー。人間は一切登場せず、全てマペットで演じられている。ただ、厳密には主人公のエルフ風の種族ゲルフリン族の少年ジェンが走る姿などは、遠くからのショットで特殊メイクをした人間が演じている。

 世界を司るクリスタルの一部が欠けてしまい、それ以降は善の種族と悪の種族が登場した。そして、悪の種族は世界を支配すべく、破壊と混沌を推し進めていた。
 主人公のジェンが属するゲルフリン族は、悪の種族によって滅ぼされ、生き残っているのはジェンだけだ。そのジェンが、世界を救うべく、クリスタルの欠片を手に入れて、クリスタルを完全な形に戻すべく旅に出る。
 マペットで作り出された様々な生き物を観ているだけで面白い。不細工な賢者や、人間が衣装を被って竹馬を足と手に付けたランドストライダー、カブトムシ風の悪の手下など様々だ。とにかく手間と知恵を集めて、作られたのが感じられる。なんでも数年がかりでようやく完成されたそうだ。
 当時、この世界観を映像化しようとしたら他にはアニメしかなかっただろう。
 善の種族と悪の種族が対になって動いているので、ラストは予想できてしまうが、より完全な存在というラストは予想できてしまうが、ファンタジーにはありがちなのでまぁいいだろう。
 ゲルフリン族の生き残りはジェンだけだと思われていたが、ちゃんとキーラという少女が登場する。エルフ風だから線が細く、時に羽を生やして空を飛ぶ。しかも可愛い。萌えキャラ?
 善の種族にはリーダーである司祭がおり、その声を演じているのはジム・ヘンソン自身。それと主人公ジェンの操演も担当している。
 共同監督は朋友フランク・オズ。彼にとって初監督作品となる。最初はマペット系映画を監督していたが、現在では一般映画に移行して活躍している。

 登場するマペットが魅力的なのに対し、ストーリーが若干弱い。特に重苦しい雰囲気が強いので、子供には少々難しいのではないだろうか。大人が考える以上に、子供の理解力というのは強いから、大丈夫だろうが。
 その反省も含めて、『ラビリンス』ではコメディ色が強くなったのではないかと推測する。

B000UO9WMS.jpg『ラビリンス/魔王の迷宮』(1986) LABYRINTH 102分 アメリカ

監督:ジム・ヘンソン、ピーター・マクドナルド、ジミー・デイヴィス 製作:エリック・ラットレー 製作総指揮:ジョージ・ルーカス 脚本:テリー・ジョーンズ 撮影:アレックス・トムソン 特撮:ILM 音楽:トレヴァー・ジョーンズ
出演:デヴィッド・ボウイ、ジェニファー・コネリー、シェリー・トンプソン、ワーウィック・デイヴィス、フランク・オズ

 10年振りぐらいに観たのだが、やはり面白い。CG全盛の昨今だが、人形を使ったマペットが実に魅力的。クリーチャーが実際に目の前にいるので、演じる役者もやり易いだろう。マペットたちはゴブリンなので、ちょっとグロテスクだが、これがだんだん可愛らしく見えてくるから不思議。
 マペットというのは操り人形や手袋人形などを様々に組み合わせて、機械仕掛けではなく人間が操作するもの。もっとも有名なマペットは『スター・ウォーズ』のヨーダだろう。新スター・ウォーズ三部作では、ヨーダもCGになってしまった。そのおかげでヨーダのチャンバラが実現できた訳だが、味はマペットの方があった。そこら辺は好みの問題だろうが。
 ヨーダの操作および声は映画監督としても有名なフランク・オズが担当していて、この作品でも、まるで役に立たない賢者役を演じている。

 マペットも魅力的だが、数少ない生身の人間であるジェニファー・コネリーとデヴィッド・ボウイも良い。
 少女時代のジェニファー・コネリーは、ストレートな黒髪と深みを湛えた瞳が実に可愛らしい。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)の少女役なんて、未だに記憶から薄れない。ホント、可愛かったよなぁ。
 経年劣化も少ない人で、最近では『ブラッド・ダイヤモンド』(2006)でマスコミ役を演じていたが、相変わらずキレイ。子役出身者はとかく道を踏み外すものだが、ジェニファーはそんなこともなく、フィルモグラフィーを重ねている。
 ゴブリンの魔王であるデヴィッド・ボウイは、ビジュアル系な服装とメイクで登場。普通の人がやったら、失笑物のスタイルも、ボウイならOK。もちろん、なにかにつけ歌う。
 ジェニファー・コネリーの弟をさらった悪の魔王なのだが、どうやらゴブリンに囲まれているだけでは寂しいからってのがその理由らしい。寂しがりやさんなんだね。
 子供には絶対ウケる映画だと思う。

 脚本を担当したのは、なんとモンティ・パイソンのテリー・ジョーンズ。毒のあるギャグは抑えめで、ちょっと不条理なファンタジーとして書いている。
『ラビリンス』と『ダーククリスタル』の二本がマペット映画の極限だろう。1990年にジム・ヘンソンが急死こともあり、その後マペットは衰退していく。そこにはCGの発展もあるだろう。
 シリアスな作品でマペットが活躍するのは難しいが、子供向けの映画・テレビ番組ではまだまだがんばってくれるだろう。

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