この2007年の10月から11月。
『沈黙のステルス』、『沈黙の激突』、『沈黙の報復』の三作が連続で、ごく一部の劇場で公開されている。
東京か大阪まで行けば観られるが、さすがにそこまでする気はないので、素直にレンタルになるのを待つ。数ヶ月先には出るのだろう。
ともあれ、こうして23本のセガール主演作をひたすら観続けた。
『沈黙の陰謀』辺りが一番精神的にきつかった。
「なんで、どれもこれも同じような映画を毎日観なきゃいけないんだ……」
だが、その谷を抜けてしまうと、逆に観ないと落ち着かないようになってしまった。
体内のセガール分が減ってくると、意欲が落ちてくるのだ。これはもう、セガール依存症である。
セガール出演作を一言で言うならば、これらはセガール映画という映画の一ジャンルだということだ。
アクション映画やコメディ映画、ラブロマンスと言った映画には様々なジャンルがあるが、その一つとしてセガール映画というのが存在するのだ。
セガール映画はアクション映画に近いものだが、しかし別物だ。だから、セガールが圧倒的に強くて、いつも一撃で敵を倒したとしても、それはセガール映画の文法なのだ。
圧勝してこそのセガール。観客は誰も苦戦するセガールなんて求めてはいない。敵に打ちのめされて、そこから苦労を乗り越えて腕を上げ、ついにラストで勝利するなんてのは、もはやセガールではない。セガールは最初から最強でなくてはならないのだ。
その対照的なアクションスターとしてジャッキー・チェンがいる。ジャッキーもジャッキー映画という一ジャンルなのかも知れないと思うわけだが、ジャッキーは決して圧勝しない。常にギリギリの戦いを強いられ、苦戦に苦戦を重ねてようやく勝利する。
『蛇拳』や『酔拳』などの初期作品では、最初は弱かったジャッキーが、猛修行の結果として技を取得し、それでもなおラスボスと時に劣勢な死闘を繰り広げて、最後にボロボロになりながらも勝つ。それがジャッキーだ。
みんな、苦戦したり逃げ回ったりするジャッキーが観たくて映画館に行っているわけで、一撃圧勝のジャッキーなんか観たくないのだ。
セガール映画が一ジャンルとなると、当然観客への窓口は狭くなってくる。
観る人は毎作観るが、観ない人は一切観ない。じつにキッパリしている。
だから、人によっては、というか多くの人にとってセガール映画は面白くないだろう。
ムスッとしたオヤジが、毎回勝っているだけ。だが、ファンにはそれがたまらない。
ホラー映画がどうしてもダメな人がいる。コメディ映画を観ても、笑いどころがつかめない人もいる。それと同じく、セガール映画がダメな人もいる。
だから、セガール映画を観てつまらなくても、それはイコール駄作とは言い切れない。その人がセガール映画を理解できなかっただけの可能性もあるのだ。
って、なんでここまでセガールを擁護してるんだよ、オレ。
ともあれ、セガールの戦いは続く。まだまだ続くだろう。
そしてセガール映画のファンの戦いもまだまだ続くのだ。
コメント (1)
行間の宇宙さん
やっぱセガールは格好いいですよね。『暴走特急』など最盛期はもちろんのこと、最近のセガールだって悪くは……悪くはないですよ。
Posted by: 東森時音 | 2007年12月22日 17:17
日時: : 2007年12月22日 17:17