『沈黙の聖戦』(2003) BELLY OF THE BEAST 91分 アメリカ
監督:チン・シウトン 製作:ジェイミー・ブラウン、ランドール・エメット、ジョージ・ファーラ、ゲイリー・ホーサム、スティーヴン・セガール、ジョン・トンプソン、チャールズ・ワン 製作総指揮:ダニー・ディムボート、アヴィ・ラーナー、トレヴァー・ショート 脚本:ジェームズ・タウンゼント 撮影:ダニー・ノワク
出演: スティーヴン・セガール、バイロン・マン、モニカ・ロー、トム・ウー、ヴィンセント・リオッタ、サラ・マルクル・レイン、パトリック・ロビンソン、ポンパット・ワチラバンジョン
タイを舞台に、元CIAエージェントのホッパー(セガール)が、テロ組織に誘拐された娘を取り戻すために大活躍。
監督のチン・シウトンは『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』シリーズなどを手がけた香港出身の監督。『少林サッカー』のアクション監督などもやっているだけあって、この作品もアクションが派手。セガールの戦い方もカンフー風に動きの大きく見栄えのする物になっているし、撃ちまくりの銃撃戦も燃える。
セガールが繰り出す回し蹴りなど蹴り技ではスタントマンを使っているシーンもあるが、セガールが得意とするのは手業なので、映画として“魅せる”だけの蹴りは難しいのだろう。アクションでスタントマンを使うことを否定する人もいるが、本人が演じずともスタントマンがやることでより映画が面白くなるのならば何ら問題ない。いや、本人がやることで中途半端なアクションになるよりも、スタントマンが本格的なアクションをやってくれる方が嬉しい。スタントマンはアクションのプロ。プロの技を観るのは楽しいことだ。
スタントマン否定と同じような理由で、CGやワイヤーアクションが否定される場合もあるが、これも間違いではないだろうか。CGやワイヤーアクションを使うことで、より充実したアクションがより安全に行えるならば、観客にとっても制作側にとってもメリットは大きい。もちろん、ただ使えばいいわけではなく、効果的に使われているのが大前提だ。
「命がけのスタント」と言ったって、スタントマンも人間なのだ。命なんかかけない方が良い。
微妙に体型がゴツめのお姉さんが出てきてハイヒールキックと鋭い爪を使ってセガールと戦うが、この人の正体は『アタック・ナンバーハーフ』などのタイならでは。顔つきがどことなく、サミュエル・ホイに似ているのが気になってしょうがなかった。
敵側には、セガールのワラ人形を持って呪いをかけてくる老呪術師がいる。人形に針を刺す度にセガールが苦しむ。遠くにいるこの相手には、セガールの合気道も届かない。危うし、セガール。
その窮地を救うのが、寺院の坊さん軍団。集団でお経を読んで祈祷し、呪術師に対抗する。
この両者の精神攻撃合戦がカットバックされるシーンの迫力は、さすがチン・シントウだけのことはある。
呪術師の介入で、ラスボスとの戦いはいつものようなセガールの圧勝ではなく、熱い戦いになっている。
同じような呪いの人形は『インディ・ジョーンズ魔宮の伝説』にも登場していたし、日本人には丑の刻参りでお馴染みだ。これらは源流は一緒なのか、それともたまたま似たような物がシンクロニシティで生まれたのだろうか?
丑の刻参りといえば、『愛の陽炎』(1986)という日本映画で、伊藤麻衣子という当時のアイドル?が丑の刻参りをするのだが、制作者へのインタビューで「丑の刻参りも現代風にアレンジしました。頭にくくり付けているのがロウソクではなく電灯なのです」と得々して語っているのを読んで、「ああ、今の日本映画を作っている連中って馬鹿なんだ」と少年時代のオレは確信したものだ。
今さっき調べてみたら、脚本を書いたのは『七人の侍』の橋本忍だった。まぁ、『幻の湖』の橋本忍でもあるからな。
これまでのセガール作品ではあまり使われなかったスローモーションも効果的で、やはり格闘系アクションを分かってるんだなと感じさせてくれる。
登場人物の大半がアジア系なので、ただでさえ体格の良い身長190センチというセガールは、周りの人間よりも頭一つ大きい。うさんくさい中国風の服も合わせて、威圧感がスクリーン(といっても、観たのはDVDなのでブラウン管だが)を通して伝わってきて、いかにも強そう。