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2007年09月 アーカイブ

2007年09月10日

『ブラッド・ダイヤモンド』 TIA...This Is Africa.

B000S6LHRG.jpg『ブラッド・ダイヤモンド』(2006) BLOOD DIAMOND 143分 アメリカ

監督:エドワード・ズウィック 製作:ジリアン・ゴーフィル、マーシャル・ハースコヴィッツ、グレアム・キング、ダレル・ジェームズ・ルート、ポーラ・ワインスタイン、エドワード・ズウィック 製作総指揮:レン・アマト、ベンジャミン・ウェイスブレン、ケヴィン・デラノイ 原案:チャールズ・リーヴィット、C・ギャビー・ミッチェル 脚本:チャールズ・リーヴィット 撮影:エドゥアルド・セラ プロダクションデザイン:ダン・ヴェイル 衣装デザイン:ナイラ・ディクソン 編集:スティーヴン・ローゼンブラム 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・コネリー、ジャイモン・フンスー、マイケル・シーン、アーノルド・ヴォスルー、カギソ・クイパーズ、デヴィッド・ヘアウッド、ベイジル・ウォレス、ンタレ・ムワイン、スティーヴン・コリンズ、マリウス・ウェイヤーズ

 舞台は中西部アフリカ。
 政府軍と革命軍が争い、その戦闘資金としてダイヤが採掘され、密輸出することで武器や弾薬を得ていた。
 血みどろのアフリカで採られたそれらのダイヤは紛争ダイヤと呼ばれ、日本も含む西側諸国でご婦人の首元や指を鮮やかに飾っているのだ。

 その紛争地域で、一つの漁村が革命軍に襲われ、ソロモンという名の男が家族と離ればなれになり、ダイヤの採掘場で100カラットはある大きなピンクダイヤの鉱石を見つける。
 この『ピンク』を巡って、ダイヤ密輸業者のアーチャー(レオナルド・ディカプリオ)、政府軍の大佐、紛争ダイヤの取材を試みる女性記者(ジェニファー・コネリー)などが絡み合い、裏切りと欲望のドラマが始まる。

 アフリカの紛争や、その資金源となる紛争ダイヤや各種地下資源、などなど。アフリカが実際に抱える問題をストーリーの背景に背負い、さらにリアルな戦闘シーンが、時にそのあまりにもあっけなさが怖ろしい。
 革命軍に連れ去られたソロモンの息子が、徹底した暴力的な教育を受け、一人の少年兵になっていくシーンは秀逸だろう。
 長年、大佐(アーノルド・ヴォスルー)の元で働いていたアーチャーが、最後の最後で裏切り、銃で撃つ。大佐「これがアフリカか」、アーチャー「TIA」
 だが、欲望と暴力。裏切りで彩られたこの作品のラストはごく当たり前の道徳映画としてエンドロールとなる。
 そう、娯楽映画でもなく、社会派映画でもなく、その正体は道徳映画だったのだ。
 ラストのアーチャーの行動はまたぞろの自己犠牲とは違うとは思う。正しい人生を生きたくなったのだろう。だが、それで様々な問題がいくつも解決では、少々肩すかしだ。最後に字幕でちょろっと語って終わりでは、安易さが感じられてならない。
 ひたすらにダイヤを求めるレオナルド・ディカプリオや、正義感ではなく記者としてネタを追わずにはいられないジェニファー・コネリー。ダイヤによってもたらされる富に惹かれながらも、それ以上に行方不明の息子が大切なジャイモン・フンスー。
 役者陣が高ポイントだっただけに、少々残念だ。

 アフリカ内紛について知りたいならば、それに関する本や記事を読んだ方がいいだろう。
 個人的に、この映画では上っ面をなぞっただけに過ぎないと感ずる。
 世界には国際ダイヤモンド輸出機構(『パタリロ』より)の様な組織が現実にあり、市場に出すダイヤモンドの数をコントロールして、価格を維持しているという。
 単に希少価値という意味では、ダイヤはさして高いものではないそうだ。

 一般的な日本人がダイヤに関わる一番大きな機会というと、婚約指輪だろう。
 例の「婚約指輪は給料3ヶ月分(欧米版では“2ヶ月”だったそうだ)」というのも、なにもそんな決まり事があるわけではなく、ジュエリー業界が勝手にそう言っているだけ。バレンタインデーみたいなものだ。
 だからダイヤの婚約指輪を相手にプレゼントする意味などまるでない。

2007年09月11日

『イレイザーヘッド』 バシャン、水たまりに足を突っ込んだ

B00006AUVH.jpg『イレイザーヘッド』(1976) ERASERHEAD 90分 アメリカ

監督:デヴィッド・リンチ 製作:デヴィッド・リンチ 脚本:デヴィッド・リンチ 撮影:フレデリック・エルムズ 音楽:ピーター・アイヴス
出演:ジョン・ナンス、シャーロット・スチュワート、アレン・ジョセフ、ジーン・ベイツ、ローレル・ニア、ダーウィン・ジョストン

 深読み、裏読みはいくらでも出来る作品だが、オレは変な監督デヴィッド・リンチが変なことを撮っている、変なバカ映画だと思っている。
 例えば、冒頭で空き地を歩く主人公ヘンリーが深い水たまりに足を取られる。
「これは、これからヘンリーが苦難に出会うことを示している」
 とか言えば言えるんだろうが、案外デヴィッド・リンチがそうした理由は「ただ歩いているより、水たまりに足を突っ込んだ方が面白いんじゃない?」だったりするかもしれない。

 “悪夢のごとき映像”と言ってしまえば簡単だが、それによってこの作品を一つの枠に押し込めてしまうことにはならないだろうか。
 デヴィッド・リンチは狙ってインパクトの強い映像にしているだけではなく、本人が普通に考えている世界観だと感じられてならない。
 変人が考えていることが常人にそうそう簡単に理解できるはずもない。あれこれ考えて無理矢理な解釈をするよりも、分からなければ分からないで、それでいいのではないだろうか。
 何故、分かったは良しで、分からないは駄目なのか。
 カルト作品だ、難解な映画だとあまり身構えずに、もっと気楽に観ればいいだろうと思えてならない。
 そうすることによって見えてくる物もあるだろう。

2007年09月13日

『エレファント・マン』 異形なる者

B00078RT22.jpg『エレファント・マン』(1980) THE ELEPHANT MAN 124分 アメリカ/イギリス

監督:デヴィッド・リンチ 製作:ジョナサン・サンガー 製作総指揮:スチュアート・コーンフェルド、メル・ブルックス 原作:フレデリック・トリーブス、アシュリー・モンダギュー 脚本:クリストファー・デヴォア、エリック・バーグレン、デヴィッド・リンチ 撮影:フレディ・フランシス 音楽:ジョン・モリス
出演:ジョン・ハート、アンソニー・ホプキンス、アン・バンクロフト、ジョン・ギールグッド、ウェンディ・ヒラー、フレディ・ジョーンズ、キャスリーン・バイロン、ハンナ・ゴードン、フレデリック・トレヴェス

『イレイザーヘッド』は自主制作映画なので、この『エレファント・マン』がデヴィッド・リンチの商業デビュー作となる。
 実話がベースになっているが、個人的にはそんなことはどうでもいい。実話だろうがまったくのフィクションだろうが、関係ない。
 エレファント・マンの頭蓋骨は標本にされて現存しており、マイケル・ジャクソンが大金を積んで買い取ろうとしたなどという噂も聞いたことがある。真実かは知らないが。
 メル・ブルックスプロダクションによる製作だ。つまり、デヴィッド・リンチを起用したのはメル・ブルックスということになるだろう。
 『イレイザーヘッド』を観て、基本的にはヒューマンドラマな『エレファント・マン』をデヴィッド・リンチに撮らせようと考えるのはかなりな賭けのように思うが、結果として興行的にも作品評価としても成功作となったので、メル・ブルックスの人を見る目は確かなようだ。
 この間までのメル・ブルックス特集から、なんでいきなりデヴィッド・リンチになるのかというと、こういう繋がりで思いついたのである。リンチの新作『インランド・エンパイア』が公開されたというのももちろんある。

 ヒューマンドラマとして作り上げながらも、ジョン・メリックが見る悪夢のシーンや、閉塞感のある映像など、リンチらしさはちゃんと存在している。
 フリークであるジョン・メリックを見せ物小屋の男から借り受けた医師(アンソニー・ホプキンス)は、彼を学会で特異なる奇形人間として発表する。
 医師はジョン・メリックにはほとんど知性がないと思っていたが、あることからそうではないことをしり、勤め先であるロンドン病院の病室で彼の面倒をみることになる。
 最初はジョン・メリックのことを気味悪がっていた女性看護師たちも、次第に彼の純粋さに気づいていき、社交界でも有名な女優(アン・バンクロフト)が尋ねてくるなど、ジョン・メリックは少しずつ人間らしい生活を手に入れていく。
 だが、ジョン・メリックにも、アンソニー・ホプキンス演ずる医師にも感情移入をすることが許されず、突き放した視点で物語は進む。
 いわゆる感動的なシーンはあるが、それらを描くことにリンチが深い関心を持っているかは疑問だ。
 真の心の触れ合いがあるとしたら、それは見せ物小屋で雇い主に虐待されるジョン・メリックを逃がす、小人や巨人にシャム双生児など他のフリークスたちとのそれだ。
 思いやりや好奇心、時に偽善と言った上からの接し方ではなく、同じ仲間としての手助けだ。
 ジョン・メリックを檻から出すシーンには、見せ物小屋で働く少年もいるが、フリークスたちが抜け出していく中、少年は一人留まっている。そこには、決して越えられぬ壁がある。
 印象に残るシーンはいくつもあるが、もっとも美しいのは、ジョン・メリックを連れて港へと向かうフリークスたちが、連れだって歩いていく夜の池のシーンである。
 リンチは外見にしろ内面にしろ、異形なる者に魅了されているのだろう。

2007年09月16日

『デューン/砂の惑星』 伝説の救世主

B00006AUVI.jpg『デューン/砂の惑星』(1984) DUNE 137分 アメリカ

監督:デヴィッド・リンチ 製作:ラファエラ・デ・ラウレンティス 製作総指揮:ディノ・デ・ラウレンティス 原作:フランク・ハーバート 脚本:デヴィッド・リンチ 撮影:フレディ・フランシス 特撮:キット・ウェスト 特殊効果:カルロ・ランバルディ、アルバート・ホイットロック 特殊メイク:ジャンネット・デ・ロッシ 音楽:ブライアン・イーノ、TOTO
出演:カイル・マクラクラン、ホセ・ファーラー、ポール・スミス、フランチェスカ・アニス、スティング、ユルゲン・プロフノウ、シアン・フィリップス、フレディ・ジョーンズ、ディーン・ストックウェル、リチャード・ジョーダン、ケネス・マクミラン、エヴェレット・マッギル、マックス・フォン・シドー、ブラッド・ドゥーリフ、リンダ・ハント、ヴァージニア・マドセン、シルヴァーナ・マンガーノ、ジャック・ナンス、パトリック・スチュワート、ショーン・ヤング

 映画化される数年前、オレが中学生の時に原作を読んだ。今はどうなっているのか知らないが、当時は石森章太郎(石ノ森章太郎)が表紙などのイラストを手がけていた。
 正直ね~、難しかった。人間関係を把握するだけでも一苦労。
 だが、原作を読んでいたおかげで、高校時代に封切りされた映画版を観ても、なんとかついて行けた。ストーリー面だけを見ると、原作を思いっきり縮めまくったダイジェストだもんな。

 映画の冒頭。夜空に皇帝のお姫様が浮かび上がる。この映像が、『エレファント・マン』のラストと繋がっていて面白い。
 そして、姫様が設定を語る語る。そんな、一度に言われても憶えられないって。で、一度フェイドアウトした姫様がまた戻ってきて、ひとしきり語った後でフェイドアウトしていく。
 これでようやく本編開始だなと思いきや、またまた姫様が戻ってくる。
「そうそう、言い忘れてましたが・・・」
 二度やったらギャグだろう。笑った。

 デューンとも呼ばれる惑星アラキスは、砂漠と岩ばかりで木の一本とも生えていない砂の惑星だが、宇宙で唯一スパイスが採れる場所だった。
 このスパイスは料理に使うわけではなく、精神に作用してその者の能力を引き出す。
 この世界でのワープは、機械による物ではなく、スパイスで奇形化した航海士が精神の力で空間を折りたたんで行うもの。
 主人公のポール(カイル・マクラクラン)もアラキスの大気に混ざったスパイスによって、次第に覚醒していき最終的には伝説の救世主となるのだが、このスパイスは原作が1965年に発表されたことなどから考えてもLSDなどのドラッグ(薬物)がそのモチーフだろう。
 アラキスはスパイスを求める帝国によって支配されている。砂漠の民の仲間となったポールが自らをムアディブと名乗り、ジハード(聖戦)という単語が出てくる点から、現代社会における石油でもある。
 反米的側面のある小説および映画なのである。

 合成などのSFX面では大いに不満も残るが、セットや衣装などの美術面が非常に凝っていて、その方面にはあまり明るくないオレでも心をひかれる物がある。
 10年ほど時代を間違えたようなSFXはわざとなんだろうか。それともしょせんカルロ・ランバルディだからなんだろうか。
 飛行機械のコントロールパネル一つを見ても、電子装置ではなく機械装置のデザインに統一されている。
 美術に興味がある人には、それだけでも必見だろう。
 登場人物は奇妙なのが多くて、特に敵側のハルコネン家の連中はうさんくさいヤツ揃い。皮膚病の親父は宙を飛んでる、スティングはパンツ一丁でポーズを取っている。いや、スティングは格好いいんだが、ほとんど出番なし。
 デヴィッド・リンチは世界観を作り上げるのに夢中になっている様子。リンチ曰く、「完全版は4時間半」になるそうだ。劇場公開版は半分の時間だから、無理があるのもしょうがないか。
 完全版はぜひとも観てみたいところだが、リンチはとうに興味を失っているだろうから、願い叶わずか。

2007年09月24日

『ブルーベルベット』 危険な好奇心

B000V9H63E.jpg『ブルーベルベット』(1986) BLUE VELVET 121分 アメリカ

監督:デヴィッド・リンチ 製作:フレッド・カルーソ 製作総指揮:リチャード・ロス 脚本:デヴィッド・リンチ 撮影:フレデリック・エルムズ 音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:カイル・マクラクラン、イザベラ・ロッセリーニ、デニス・ホッパー、ローラ・ダーン、ホープ・ラング、プリシラ・ポインター、ディーン・ストックウェル、ジョージ・ディッカーソン、ブラッド・ドゥーリフ、ジャック・ナンス

 父親が発作で倒れたため、ニューヨークの大学に通っている主人公ジェフリー(カイル・マクラクラン)が、田舎町に帰ってくる。
 そして、父親を見舞いに病院に行った帰り、原っぱである物を見つける。
 それは、切断された人間の左耳だった。
 そして、ジェフリーはある事件に巻き込まれていくことになる。いや、警察に届けたところで終わりにしておけばいいのに、好奇心によって自ら事件に飛び込んでいったのだ。

 ストーリーや人物はシンプルな作品だ。
 切断された耳や、女性歌手(イザベラ・ロッセリーニ)の謎はすぐに解ける。そもそもリンチは、謎が解けるとか解けないといったことにはあまり興味がないんじゃないだろうか。
 太った女ばかりを揃えた店や、女性歌手のアパートが印象に残っているが、それ以上に強烈なのがデニス・ホッパーの「そりゃないだろ」な変装だ。
 デニス・ホッパーが一人でイカれた悪党として突っ走っているが、カイル・マクラクランやイザベラ・ロッセリーニが結局は普通の人だったりするので、不条理さはあまり感じられない。

 やる気のなさそうなカーチェイスや、やる気のなさそうな銃撃戦が登場するが、それでいてデニス・ホッパーがサイレンサー付きのオートマチックピストルを使うシーンでは、スライドを固定させてブローバックさせず、一発ずつ手でスライドを動かして廃莢して発砲時の音を低減させているなど、意外なところで凝っている。

 デヴィッド・リンチにとってまたもや転機となる作品で、その後の『ツイン・ピークス』や『ワイルド・アット・ハート』へと繋がっていき、リンチカラーをイメージ付けることとなる。