『ミスティック・リバー』(2003) 138分 アメリカ
監督:クリント・イーストウッド 製作:クリント・イーストウッド、ジュディ・ホイト、ロバート・ロレンツ 製作総指揮:ブルース・バーマン 原作:デニス・ルヘイン 脚本:ブライアン・ヘルゲランド 撮影:トム・スターン 美術:ヘンリー・バムステッド 編集:ジョエル・コックス 音楽:クリント・イーストウッド
出演:ショーン・ペン、ティム・ロビンス、ケヴィン・ベーコン、ローレンス・フィッシュバーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローラ・リニー、エミー・ロッサム、ケヴィン・チャップマン、トム・グイリー、スペンサー・トリート・クラーク、アダム・ネルソン、キャメロン・ボウエン、ジェイソン・ケリー、コナー・パオロ、ケイデン・ボイド、イーライ・ウォラック、ロバート・ウォールバーグ、ジェニー・オハラ、ジョナサン・トーゴ、アリ・グレイノール、ウィル・ライマン
まず言っておくが、この作品はミステリーでもなければサスペンスでもない。現代社会の闇を暴いた映画でもない。
だから、トリックや謎もなければ、事件は解決することなく、爽快感もなにも無いままに物語は完結する。
これは、悲劇についての映画なのだ。
ティム・ロビンスの最後が理不尽だ、不条理だという声もある。だが、理不尽だから、不条理だから悲劇なのだ。
シェークスピアの『ロミオとジュリエット』では、無事に逃げ延びるはずだった若き二人が、運命の巡り合わせから二人とも死んでしまう。
それについて、「不条理だ。理不尽だ」と言うヤツがいるか?
ガキの頃からの親友を信じられなかった男、過去のトラウマから逃れられなかった男、自分の夫を信じられず密告してしまった妻、誰が殺人を犯したかについて見当が付いているのに捕まえることの出来ない刑事。
そういった人々が、運命に振り回され、苦痛と苦悩を味わうが、そのきっかけは悪意でも何でもなく、単なる子供のちょっとしたイタズラという残酷さ。
この作品において、犯人が誰だとか、正義とはなにか、幼児虐待の否定などを語ることは全く意味を持たない。
ヒーローでもなければ大悪党でもない。血と肉を持った人々の心にある暗部が、肥大化し、人を裏切り、静かに狂っていく。
そして、、最後にはそれでも今後とも日常が続いていくことを象徴するかのように、パレードのシーンへと繋がる。それはハッピーエンドやバッドエンドといった、定型の終わり方ではない。
救いの欠片もないまま幕を閉じることによって、『ミスティック・リバー』は観客の甘さにとどめを刺す。
観終わった後に納得できなかったり、後味が悪くて不快だった人もいるだろう。
これが、変に難解な映画だとしたら、難解さ故に理解できないと放り出して、それで納得する人も多いのかもしれない。
しかし、『ミスティック・リバー』は、きわめて単純なストーリーに、腹にズドンと来るストレートな演出だ。そのため、逆に誤解されているのかもしれない。
観た人がどんな感想を持ったとしても、それがその人の正解だ。
不快だった=出来の悪い作品、ではない。
思えば、監督デビュー作である『恐怖のメロディー』や、シリーズで唯一監督を務めた『ダーティーハリー4』なども、根底には理不尽さと悲劇が横たわっている。
監督クリント・イーストウッドの作品を順に追っていくと、『ミスティック・リバー』や『ミリオンダラー・ベイビー』、『父親たちの星条旗』などを最近のイーストウッドが撮っているのはむしろ必然に違いない。