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2007年04月 アーカイブ

2007年04月01日

『痩せゆく男』 呪いでダイエット

B000CFWORA.jpg『痩せゆく男』(1996) THINNER 92分 アメリカ

監督:トム・ホランド 製作:リチャード・P・ルビンスタイン、ミッチェル・ゲイリン 原作:リチャード・バックマン(スティーヴン・キング) 脚本:マイケル・マクダウェル、トム・ホランド 撮影:キース・ヴァン・オーストラム 特殊メイク:グレッグ・キャノン、ボブ・レイデン 美術:ローレンス・ベネット 衣裳:ハ・ニュイエン 編集:マーク・ローブ 音楽:ダニエル・リット
出演:ロバート・ジョン・バーク、ジョー・マンテーニャ、カリ・ウーラー、ルシンダ・ジェニー、マイケル・コンスタンティン、ジョー・レンツ、スティーヴン・キング

 スティーヴン・キングがリチャード・バックマン名義で出版した『痩せゆく男』(文春文庫刊)の映画化。
 リチャード・バックマンという仮の名を使っていた理由は、当時のアメリカでは「作家たる者、1年に1冊以上本を出すと軽く見られる」という不文律があり、書いたはいいが出版できない原稿を埋もれさせるのが残念だったから。キングにとって小説を書くのは呼吸をするのと同じようなものだろうからな。
 逆に言えば流行作家ならば1年1冊で充分な収入があったということでもある。ひたすら書いて書いて書き続けないと出版界から消え去ってしまう日本とは対照的だ。『羊たちの沈黙』のトマス・ハリスなんて昔からいるのに4作しか出していない。

 130kgを超える肥満体の弁護士ビリーは、ある日誤ってジプシーの老婆を自動車で轢き殺してしまう。しかし、狭い田舎町でツーカーの仲だった判事や警察署長はうまくごまかしてビリーを無罪にしてしまう。
 ご機嫌のビリーをその老婆の父で100歳を越えるジプシーの長老が指で腹を触りながらこうささやく。
「痩せていく」と。
 次の日から、いくらダイエットを試みても一向に減らなかった体重と贅肉がみるみる減り始めた。やったダイエットの効果が出たと喜んだのはつかの間、体重は異様に減り続ける一方で、ダイエットを止めて1日1万2000キロカロリーの過食をしても減っていく。
 判事と警察署長は悲惨な死を遂げ、これはジプシーの呪いだと気づいたビリーは長老の元へ謝罪に訪れるが、あえなく拒絶される。

 傲慢な白人と迫害されるジプシーという構図ではあるが、ジプシー側もそうそうお人好しの憐れむべき者ではない。一度かけた呪いは解くことは出来ず、別の者に移すしか手がない。結局のところ双方は別の世界に生きている存在で、分かり合えることも交わることもないのだ。
 ラストの残酷さと主人公の狂気は見物で、ハッピーエンドを期待していた観客は大きく裏切られることとなる。

 最初は特殊メイクで巨体を揺らしていたビリーを演ずるのはロバート・ジョン・バーク。最初は分からなかったが、痩せていくとどこかで見た顔だった。そうだ、『ロボコップ3』(1992)の2代目ロボコップではないか。終盤ではイカれた目つきで迫力のある演技を見せてくれる。ちなみに、DVDの日本語吹き替はDVD版『ダイ・ハード』のジョン・マクレーンと同じ樋浦努氏である。ジプシーの長老に許してもらえなかったら愛銃M-92Fを抜いてジプシー軍団と対決しそうな印象でしばし戸惑う。
 スティーヴン・キング自身は薬局の店員役で登場。度の強そうな眼鏡をかけてうろうろしている。

 監督のトム・ホランドは『フライトナイト』や『チャイルド・プレイ』などなかなか面白い映画を撮っている人で、キング作品では『ランゴリアーズ』を手がけている。ウーピー・ゴールドバーグとサム・エリオットのラブシーンという通好み(?)な物が観られるアクション映画の佳作『危険な天使』もこの人だ。

 この呪い、1週間限定でオレにもかけてくれんかな~・・・っていかんな、それではダイエットダイエットと騒ぎ立てる人々を面白いなと題材にしたキングに笑われてしまう。よーし、納豆食おう、っておい。

2007年04月02日

『クイックシルバー』 決戦!スティーヴン・キング対クライヴ・バーカー

post-106193-1127452364.jpg『クイックシルバー』(1997) QUICKSILVER HIGHWAY 90分 アメリカ

監督:ミック・ギャリス 製作:ミック・ギャリス、ロン・ミッチェル 製作総指揮:ジョン・マクティアナン、ドナ・ダブロウ、サンドラ・ラック 原作:スティーヴン・キング、クライヴ・バーカー 脚本:ミック・ギャリス 撮影:シェリー・ジョンソン 音楽:マーク・マザースボウ
出演:クリストファー・ロイド、マット・フルーワー、ラファエル・スバージ、サイラス・ウェイア・ミッチェル、ビル・ナン、ヴェロニカ・カートライト、ビル・ボレンダー、ジョン・ランディス、クライヴ・バーカー

 スティーヴン・キングとクライヴ・バーカーそれぞれ1エピソードからなるオムニバス映画。クリストファー・ロイド演ずる闇の話収集家クイックシルバーが語り手となって映画は進む。
 これは劇場用ではなくテレビ用映画。キングのパートの方が時間も短くキングとヴァーカーでそれぞれ2:3ぐらいの比率に感じる。
 キングのエピソードは、旅先のセールスマンが雑貨屋で買った大きな入れ歯のおもちゃに乗っ取り強盗のヒッチハイカーから助けてもらうという話。ガブガブ噛むぞ。予想通りの展開にさして面白くないオチでパッとしない印象だ。どこまでも延々と続く田舎道がキングらしいといえばキングらしい。

 それに対してバーカー担当のエピソードは手が叛乱を起こし人間から独立しようとする話。美容外科医の手がある日、本人の意志とは関わりなく勝手に動き出し、夜になって本人が寝ると右手と左手が「自由だ」「革命だ」と話をしている。言うことをきかなくなった手と格闘する一人芝居が見物。
 ついには右手が包丁で左手を切り落とし、手だけで勝手に動くようになる。『アダムス・ファミリー』シリーズに手だけのキャラクターが出てくるがあんな感じだ。そしてついに手による自由革命が始まる。
 手がいくつもウジャウジャと這いずり回る図には恐怖よりも笑いを感じてしまうが、もしも人類から手が無くなったことを考えるとかなり怖ろしいことではある。なんといっても手袋産業は軒並み倒産だ。指サック業界もな。
『パタリロ!』に下半身が上半身に対し革命を起こし分離して革命を起こすというエピソードがあったな、そういえば。

 今回の対決ではバーカーに軍配が上がったとオレは思う。シワ取り手術の麻酔医役で本人も出演してるしな。といってもそのシーンの登場人物はみんな大きなマスクをしていて顔がはっきり分からない上に、そもそもでクライヴ・バーカーの顔は知らんが。同じシーンにはジョン・ランディスが出演しているが、こちらはメガネとヒゲですぐに分かった。でも関係者でもないのになんで出てるんだか、本当に出たがりな人だ。

2007年04月06日

『シャイニング』(1997) 奴らは心の隙につけ込む

B000FQW0C0.jpg『シャイニング』(1997) THE SHINING 268分 アメリカ

監督:ミック・ギャリス 製作:マーク・カーライナー 製作総指揮:スティーヴン・キング 原作:スティーヴン・キング 脚本:スティーヴン・キング 撮影:シェリー・ジョンソン 音楽:ニコラス・パイク
出演:レベッカ・デモーネイ、スティーヴン・ウェバー、メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ、コートランド・ミード、ウィル・ホーネフ、エリオット・グールド、ジョン・ダービン、スタンリー・アンダーソン、パット・ヒングル、シンシア・ギャリス、スティーヴン・キング、サム・ライミ、ショウニー・スミス

『シャイニング』といえばスタンリー・キューブリックの1980版が思い浮かぶと思うが、原作者のスティーブン・キングがその映画を嫌っていたというのも有名な話。
「彼(キューブリック)はホラーを分かってない」と言ったとか。
 そのキングが今回は本人製作、本人脚本、本人ちょっと出演で作り上げたオレ映画がこの1997年版。今回は劇場用ではなくTV用映画として製作された。上映時間は4時間を超え、全3回で放送された。

 一番大きな違いは、キューブリック版では父親(ジャック・ニコルソン)自身の中に最初から狂気があったのに対し、キング版では父親は酒を断って5ヶ月のアルコール依存症患者でかんしゃくもち、しかも家族に対して権力を持つ父親の元で育ったアダルト・チルドレンでもあるようだが、ごく普通の善良な男で、なにより妻や息子を愛していること。
 彼の弱点につけ込んで次第に自分たちの世界に引きずり込んでいくホテルの亡霊たちと、それに揺れ動かされながら家族への愛を取り戻す。モンスターとして死んだジャック・ニコルソンとは対照的に夫として父親として死んでいく。
 ラストシーンも含めて家族の愛情が描かれた作品だ。

 前回観たときは英語音声日本語字幕だったが、今回は確認のためのながら見だったので日本語吹き替えで観てみた。
 父親の声を担当していたのが大塚明夫。ニコラス・ケイジなんかを吹き替えてる人ですな。そして彼が無線機を通じてとうの昔に死んだはずの父親と会話をして叱咤されるシーンがあるのですが、その声だけの父親を吹き替えているのがチャールズ・ブロンソン役などで有名な大塚周夫。って、それそのまんま大塚親子共演じゃんか。日本語吹き替え版製作スタッフの遊び心にニヤリ。

 監督のミック・ギャリスは他のキング作品も幾つか手がけているが、相変わらずかもなく不可もない演出ぶり。いや、厳密には不可もないが可もないか。冒険心や野心は感じられず、与えられた脚本をきっちり映像化している感じ。
 ミック・ギャリスをさして評価する気はないし、そもそも2作品を比べることにどれだけの意味があるのか分からないが、オレとしては1997版を支持する。というか、キューブリック嫌いだしなぁ。

2007年04月07日

『ナイトフライヤー』 セスナに乗った吸血鬼

filmothek_50.jpg『スティーヴン・キング/ナイトフライヤー』(1997) THE NIGHT FLIER 97分 アメリカ

監督:マーク・パヴィア 製作:リチャード・P・ルビンスタイン、ミッチェル・ゲイリン 共同製作:アルフレッド・クオモ 製作総指揮:デヴィッド・R・カッペス 原作:スティーヴン・キング 脚本:マーク・パヴィア、ジャック・オドネル
出演:ミゲル・ファーラー、ダン・モナハン、マイケル・H・モス、ジュリー・エントウィッスル

 アメリカは広い。そのため、小型機しか離着陸できないような小型空港が各地にある。個人が管理人をやっているその小型空港についてある噂がささやかれていた。
「真っ黒のセスナ機が夜になってから着陸してくる。そしてそいつが飛び去った後に残されているのは血を一滴残らず抜き取られた死体だけだ」と。
「わたしはエイリアンに誘拐された」だの「プレスリーは生きている」だのを第一面に載せるような類のゴシップタブロイド紙『インサイド・ビュー』の花形記者リチャードは自家用セスナ機と飛行免許を持っており、この事件の担当となる。自分がこれまでに手がけてきた記事の内容などまるで信じていない現実主義者のリチャードは、この事件はホラー映画マニアの犯行だろうと思っている。だが取材を続ける内に彼はある者の存在を信じ始めていく。

 終盤まではホラー映画というよりもむしろ『羊たちの沈黙』や『ザ・ウォッチャー』など、猟奇殺人鬼をFBI捜査官が小さな手がかりで追い詰めていく犯罪捜査物に近い印象だ。
 小型のテープレコーダを持ち歩き、インタビューや音声メモに使う様子は今は懐かしい『ツイン・ピークス』のカイル・マクラクランを思い出す。
 リチャードを演ずるミゲル・ファーラーは『ロボコップ』で警察用ロボットEDがご披露の場でコントロール不能になってしまったときに、すかさずロボコップ計画を社長にご注進した青年重役を演じていた人だ。キング作品では『ザ・スタンド』で悪党側の幹部を演じている。
 この人は父親がアカデミー主演男優賞俳優のホセ・ファーラー、もっとも晩年は訳分からん映画にばかり出てましたが。母親がローズマリー・クルーニー。そして従兄弟がジョージ・クルーニーの俳優一家。似てないが双方とも顔が長い。
 卑劣な小悪党的な役柄が得意な人だが、今作ではハードボイルドに事件を追い詰めていく記者を演じていて、これがなかなか渋い。

 夜に飛ぶ吸血鬼だからナイトフライヤーと安直に名付けられたその人物が初めて本格的に登場するのはラストの中型空港のトイレ。洗面台に向かうリチャードの背後で小便器に何者かが小便をするのだが鏡には誰の姿も映っていない。そして、その小便は真っ赤な血だった。そう血尿である。とっとと病院に行けナイトフライヤー。いや、飲むのが血だから排泄するのも血なのか。

 金がかかっていないのは確かだが、及第点は充分にクリアしている。セスナ機を棺桶として使う吸血鬼というアイディアも面白い。

2007年04月08日

『アイス・ステーション』 ブロス・ノーモア

1573626910.jpg『アイス・ステーション』(1998) SOMETIMES THEY COME BACK... FOR MORE 90分 アメリカ

監督:ダン・バーク 製作:ダイアナ・ザーン 原案:スティーヴン・キング 脚本:アダム・グロスマン、ダリル・ソラース 撮影:クリストファー・ウォーリング 音楽:バリー・ラングスバード
出演:フェイス・フォード、クレイトン・ローナー、チェイス・マスターソン、ダミアン・チャパ、マックス・パーリック

『ブロス/やつらはときどき帰ってくる』(SOMETIMES THEY COME BACK)(1991)から始まったCOME BACKシリーズの三作目。といってもキングの肩書きが原作ではなく原案になってるところから分かるとおり、あまり関係はない。というか全く関係がない。キングの名前を利用して脚本家などの制作側が勝手にでっち上げたストーリー。死者が甦ることと黒魔術を使う兄弟が出ることだけか。生き返るのも前2作と違い不良たちですらない。
 邦題は『アイスステーション』となっているが、オレならば『ブロス・ノーモア/やつらはまたもや帰ってくる・・・こなくていいのに』としたいところだ。

 舞台は南極にある極秘アメリカ軍基地なのだが、狭い基地内とその横に掘られた坑道が舞台なのにカメラを振り回す振り回す。見にくいったらありゃしない。
 しかもセットの粗を隠すためなのか照明が薄暗い。その理由付けとして、この基地では電気に太陽電池のソーラーシステムを使っているだって!そりゃ不適材不適所だろ。これまた見にくい。
 屋内戦になることが分かっているのにフルストックのM-16A2を持ち込んでいるので取り回しが不便そうで見ててイライラしてくる。銃身が短くて折りたたみ式ストックのカービンタイプを使えよ。
 最後まで見て一応のストーリーは分かったが、自己完結タイプで意味不明。そんなセリフで決着かよ。いやーもうひどいひどい。キング関連作品ではダントツのダメ映画にしてクズ映画。おっと思ったのは帽子が脱げるシーンぐらいだな。
 金を使ってないのはしょうがないとして、頭を使ってないのに腹が立つ。
 上映時間は90分だが、4時間を超える『シャイニング』(1997版)よりも長く感じた。
 つまりは「観るなーーー!!!」

2007年04月09日

『ゴールデンボーイ』 怪物の弟子

B00006AUW9.jpg『ゴールデンボーイ』(1998) APT PUPIL 112分 アメリカ

監督:ブライアン・シンガー 製作:ジェーン・ハムシャー、ドン・マーフィ、ブライアン・シンガー 原作:スティーヴン・キング 脚本:ブランドン・ボイス 撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル 音楽:ジョン・オットマン
出演:ブラッド・レンフロー、イアン・マッケラン、ブルース・デイヴィソン、イライアス・コティーズ、ジョー・モートン、デヴィッド・シュワイマー、ヘザー・マコーム、ジョシュア・ジャクソン、アン・ダウド

『ユージュアル・サスペクツ』(1995)で注目を集めたブライアン・シンガーが次に撮ったのがこの作品。
 アメリカに住む成績優秀で運動も得意、しかも眉目秀麗な高校生が、バスの中で見かけた老人(イアン・マッケラン)が第二次大戦中に強制収容所で数多くのユダヤ人を殺害した元ナチス親衛隊員(SS)であることに気づき、ホロコーストへの興味からその老人に近づいていく。最初は老人を脅して当時の話を聞き出していたが、次第に老人の中に潜んでいた怪物が目覚めていく。
 原題の『APT PUPIL』は優秀な生徒といった意味。頭の良い少年は老人からどんどん吸収し、ついには彼自身も怪物となってしまう。

 イアン・マッケランは同じくブライアン・シンガー監督作の『X-MEN』に登場しているが、そちらでは強制収容所の中にいた人間。正反対だ。
 心臓発作で担ぎ込まれた病院の病室で隣のベッドに寝ていた男が老人の正体に気づくシーンが印象に残る。必死になって病室を抜け出して誰かいないかと杖をつきながら廊下を進む。その杖を持つ左腕の内側には青い文字で数字が入れ墨されている。ユダヤ人が強制収容所でナチスに入れられた物だ。ここらへんのテンポが『ユージュアル・サスペクツ』のラストとほぼ同じ。

 ラストが原作から大きく変更されていて、少年も怪物になったとはいえせいぜいスクールカウンセラーを脅迫するぐらいであまり大したことはしない。
 もっともテキサス大学タワー乱射事件っぽい原作のラストを映像化するのは様々な理由で難しいか。
 ちょっと物足りなく感じるようならば『原作』も是非。さらに破滅的で救いの欠片もない物語だ。

2007年04月10日

『トラックス』 無人トラック暴走す

fi3237202.jpg『トラックス』(1998) TRUCKS 99分 アメリカ

監督:クリス・トムソン 製作総指揮:マーク・アミン、デレク・マズール 原作:スティーヴン・キング 撮影:ロバート・ドレイパー
出演:ティモシー・バスフィールド、ブレンダ・バーキ、ブレンダン・フレッチャー、ジェイ・ブラゾー

 キング監督作『地獄のデビルトラック』(1986)と同じ原作によるテレビ用映画。
 1986年版では彗星の尾とUFOが機械暴走原因だったが、こちらは軍が作り出した謎な薬品が原因で機械が勝手に動き出した。でも、おもちゃのラジコンのトラックで頭部粉砕は無理だと思うぞ。
 自己主張の強いアメリカだけあってか、登場人物たちが素直にドライブインに立てこもっていればいいのに、のこのことトラックに向かっていっては轢死体になる。学習せんなーこの人らは。異常事態ではとりあえず一カ所に集まって様子を見るってことが出来ないのか?
 TV用映画だから低予算だが、『地獄のデビルトラック』も低予算映画だったのでそれほど規模に差はない。終盤でヘリコプターが登場する分だけ『トラックス』の方が上かもしれない。しかも、ヘリコプターに乗り込んでほっと一息ついたと思ったら・・・

 人物の整理がついていないのと、無駄に死んでいく人間が多くて白けてしまう点がマイナスポイント。エリア51も関係あるんだかないんだか。

2007年04月15日

『グリーンマイル』 出演陣がもったいない

B0000A4HTU.jpg『グリーンマイル』(1999) THE GREEN MILE 188分 アメリカ

監督:フランク・ダラボン 製作:デヴィッド・ヴァルデス、フランク・ダラボン 原作:スティーヴン・キング 脚本:フランク・ダラボン 撮影:デヴィッド・タッターサル 音楽:トーマス・ニューマン
出演:トム・ハンクス、デヴィッド・モース、ボニー・ハント、マイケル・クラーク・ダンカン、ジェームズ・クロムウェル、マイケル・ジェッター、グレアム・グリーン、ダグ・ハッチソン、サム・ロックウェル、バリー・ペッパー、ジェフリー・デマン、パトリシア・クラークソン、ハリー・ディーン・スタントン、ウィリアム・サドラー、ゲイリー・シニーズ

 キングの小説としては比較的受け入れられやすい原作と3時間を超える上映時間を持ちながらも、単なる子供だましのファンタジー映画になってしまった。フランク・ダボランは『ショーシャンクの空に』に続いて演出家としての底の浅さを露呈した。この人は脚本家専任では割と面白いのを書くんだが、監督としては評価できない。
 二人目の死刑囚が電気椅子の上で燃え出すところなどキングらしいシーンがただ残虐なだけで、ドキュメンタリーグロ映画『ジャンク』でも作っている気なのだろうか。
 そもそも大恐慌時代の南部で黒人の死刑囚、根性のひね曲がった看守に地獄から生まれたような極悪の犯罪者、人種差別主義の弁護士に太りすぎなトム・ハンクス。それを組み合わせておいて、ラストに電球から花火のように火花が散って「はい感動しろ」って言われてもな。

 俳優は癖のある人物が多い。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でお金を盗んだデヴィッド・モースとか、『デアデビル』の悪役キングピンを演じたマイケル・クラーク・ダンカン、『スペース・カウボーイ』でNASAの嫌みな上司を演じたジェームズ・クロムウェル、『ダンス・ウィズ・ウルブス』のネイティブアメリカングレアム・グリーン、『プライベート・ライアン』の狙撃手バリー・ペッパー、『フォレスト・ガンプ』のダン大尉を演じたゲイリー・シニーズ。そして『パリ、テキサス』のハリー・ディーン・スタントン。
 これだけの顔ぶれを揃えておきながら、あまり魅力を感じさせないってのはどういうことだ。

2007年04月17日

『スティーブン・キングの 悪魔の嵐』 悪魔の選択

B000FTBOQA.jpg『スティーブン・キングの 悪魔の嵐』(1999) STORM OF THE CENTURY 262分 アメリカ ビデオ版タイトル『ストーム・オブ・ザ・センチュリー』

監督:クレイグ・R・バクスリー 製作総指揮:スティーヴン・キング、マーク・カーライナー 脚本:スティーヴン・キング 撮影:デヴィッド・コンネル 音楽:ゲイリー・チャン
出演:ティム・デイリー、コルム・フィオール、デブラ・ファレンティノ、ケイシー・シーマツコ、ジェフリー・デマン、ジュリアンヌ・ニコルソン、ディラン・クリストファー、ベッキー・アン・ベイカー、スペンサー・ブレスリン

 舞台はメイン州の住民数百人程度の島。中盤でセリフにドロレス・クレイボーン(『黙秘』の主人公)の名前が出てくるが、どうやら同じ島ということらしい。
 その島に100年に一度の嵐がやってくる。そしてその嵐が近づく中、狼の形をした銀の握り手の杖を持った男が島に現れ、まずは老婦人をその杖で殴り殺す。そこから始まる怪奇な事件。男の正体は人間なのか、それとも邪悪な何かなのか。

 スティーヴン・キングが書き下ろした脚本で製作されたテレビ用映画。
 謎の男は催眠術のように人を操ったりもするが、それよりも恐ろしいのが島の人間たちがそれぞれ心の底に隠してある罪を読み取って暴露してしまうことだ。100年に一度の嵐という舞台設定の中、男は体ではなく人々の心を操つる。これまでは一致団結して困難に立ち向かってきた彼らは、間違った方向へと団結してしまう。その結果は誰の心も救われない悪夢への道だった。ただ残されのは謎の言葉「クロートン(CROATON)」。 誰が善で誰が悪か、そもそもその選択に正解はあるのか。観た人それぞれに感じるところがあるだろう。

 モンスターもはっきりとした超常現象も用いずに、男の言葉とそこに隠された罠に追い込まれていく島民が恐ろしさを感じさせず、前編後編合わせて262分を飽きることなく見せてくれる。
 監督のクレイグ・R・バクスリーはその後キング脚本の『ローズ・レッド』『キングダム・ホスピタル』などを手がけるが、個人的には1980年代後半の『アクション・ジャクソン』などでテンポの良い痛快アクション映画で印象に残っている。

 キングの出演シーンについてはちょっと自身がないのだが、テレビのニュースキャスターをして1カット出ているようだ。テレビ画面はアップにならない上、ブラウン管が割れて右半身しか映っていないが多分そうだと思う。
「ブラウン管が割れてるのになんで映像が映るんだよ」というつっこみもあるだろうが、一応ちゃんと説明されている。

2007年04月20日

『マングラー2』 クソッ、マングラれちまったぜ

B0001Z30I8.jpg『マングラー2』(2001) THE MANGLER 2 97分 カナダ
監督:マイケル・ハミルトン=ライト 製作:グレン・テッドハム 製作総指揮:バリー・バーンホルツ 原作(?):スティーヴン・キング 脚本:マイケル・ハミルトン=ライト 撮影:ノーバート・カルザ
出演:ランス・ヘンリクセン、チェルシー・スウェイン、フィリップ・バージェロン、デクスター・ベル

『マングラー』(1995)はキングの『人間圧搾機』が原作だったが、この『マングラー2』に原作はない。ストーリーからキャラクターまで独自に作られた映画オリジナルでキングとは限りなく関係ない。
 機械が襲ってくる物系ホラーなのと、そういえば女性教師が洗濯場で髪をしわ伸ばし機に巻き込まれて死ぬことがかろうじて類似点となっている。

 主人公は名門高校の女生徒。彼女はコンピュータシステムを開発している会社のお嬢さんある。彼女は傲慢な父親も堅苦しい学校も嫌っていて、父の会社が開発した学校のセキュリティシステムに、ハッカーサイトからダウンロードした怪しげなウイルス『マングラーウイルス.exe』をインストールする。
 単に父親と校長を困らせるだけのいたづらのつもりだったが、実行されたマングラーウイルスは学校を支配し人間を殺害する一つの機械に変えてしまったのだ。
 そしてその時にディスプレイにはこう表示される。
「YOU'VE BEEN MANGLED」
 日本語字幕だとこうだ。
「君はマングラれた」
 ・・・マングラれた?映画字幕珍訳全集を作るとしたらぜひとも入れたい言葉だ。

 基本ベースは『悪魔の棲む家』なのど館系ホラーだ。古い洋館に集められた人々が、その館に巣くう悪霊によって一人ずつ殺されていくというやつだ。
 この作品では悪霊ではなくコンピュータウイルスというのが新機軸だろうか。それでも、へらへらとしたナンパ学生から真っ先に殺され、ビキニ水着のお姉ちゃんが逃げ回ると定番どころは外さない。コックも味のあるキャラクターだ。
 もったいないのがランス・ヘンリクセン演ずる校長だ。以前と比べると太ったようでちょっと精彩に欠ける。最後にはマングラーに乗っ取られて体中にケーブルが繋げられシステムの端末となってしまう。校長、無駄にサイバー。その割に雑魚キャラのようにあっけなくやられる。弱いぞ、ヘンリクセン。
 全体的に 殺され方に目新しさがないし、主人公の少女にまるで感情移入できない上にぶさいくだ。

 学校中には数多くの監視カメラが取り付けられている。
 暗視カメラになっているようで黄緑色単色の映像が映し出される。主人公たちが逃げまどう様を普通のカメラ映像とこの監視カメラ映像がこまかくカットバックされ無意味にカット数が多い。まるでテレビの視聴者参加スポーツ系ゲーム番組のようだ。『風雲たけし城』とか。

2007年04月29日

『ペット・セメタリー2』 生き返ってよ、ママン!

512PAV63V5L.jpg『ペット・セメタリー2』(1992) PET SEMATARY II 101分 アメリカ

監督:メアリー・ランバート 製作:ラルフ・S・シングルトン 原作(?):スティーヴン・キング 脚本:リチャード・アウッテン 撮影:ラッセル・カーペンター 音楽:マーク・ガヴァナー
出演:エドワード・ファーロング、アンソニー・エドワーズ、クランシー・ブラウン、ダーラン・フリューゲル、ジャレッド・ラシュトン、リサ・ワルツ、サラ・トリガー、ジェイソン・マクガイア、ジム・ペック

 これまでは製作年度順に紹介してきたが、この作品だけそのルールから外れているのは存在すら忘れていたってのは秘密だ。
 キング映画ではよくあるように、この作品は1作目の2匹目のドジョウを狙って作られた物で、キングの原作とはまったく関係なく、映画オリジナルで製作された物。キングは限りなくノータッチ。こだわりがあるんだか無いんだかよく分からない人だ。自分が原作の作品のみうるさいのかとも思うが、原作映画化作品もなぁ・・・

 日本では1992年11月に公開された。オレが観たのは11月23日。祝日である。
 新宿は歌舞伎町の映画館に観に行ったのだが、200~300人ぐらいは収容できそうな映画館に人の数は少なく、最前列の方に女学生の数人連れがいたぐらいだと記憶している。きっとエドワード・ファーロング目当てなのだろう。
 そして場内がまだ明るいうちに、場内へのドアを開けて意外な人物が入ってきた。
 当時、歌舞伎町にはタイガーマスクおじさんという人物がいた。ランニングシャツ姿にタイガーマスクのゴムマスクを被り、ラジカセでテーマ曲を鳴らしながら新聞配達をするおじさんだ。歌舞伎町の映画館にはよく行ったので夕刊を配達しているところを何度か見かけたことがある。
 入ってきたのはそのタイガーマスクおじさんだったのだ。もちろんマスクは被ったまま。映画館の窓口の人はさぞ驚いただろうと思ったが、考えてみれば歌舞伎町では有名人だし、案外映画ファンで常連なのかも知れない。こういう人が普通にうろうろしているところが歌舞伎町の非日常振りを示している。でも、さすがに銀行にはいるときはマスクを脱ぐんだろうな。

 オレよりも数列前に座ったタイガーマスクおじさんはマスクを被ったままだった。そのまま映画を観るのか?観づらいだろうにと思ったが、場内の灯りがフェードアウトしていくとおじさんはマスクを脱いだ。素顔を観るチャンス!と思ったが、オレは席を立たなかった。世の中には謎のままにしておいた方が夢があることも多い。

 若松孝二の『われに撃つ用意あり』(1990)という作品にはジャイアンツの帽子を被り、巨人のテーマ曲を流しながら新聞配達をする人物を石橋蓮司が演じていた。あれはタイガーマスクおじさんのパロディあるいはオマージュだろう。考えてみれば映画の舞台は歌舞伎町のスナック(ゴールデン街だったか?)。あれは必然の出来事だったのかも知れない。

 肝心の『ペット・セメタリー2』の方は、前作では父親が幼い息子を甦らせたのに対して、息子が愛する母親を甦らせるストーリーになっていた。マザコン息子である。

2007年04月30日

『アトランティスのこころ』 ガキの頃住んでいた町

217TCH7XJCL.jpg『アトランティスのこころ』(2001) HEARTS IN ATLANTIS 101分 アメリカ

監督:スコット・ヒックス 製作:ケリー・ヘイセン 製作総指揮:ブルース・バーマン、マイケル・フリン 原作:スティーヴン・キング 脚本:ウィリアム・ゴールドマン 撮影:ピョートル・ソボチンスキー 編集:ピップ・カーメル 音楽:マイケル・ダナ
出演:アンソニー・ホプキンス、ホープ・デイヴィス、デヴィッド・モース、アントン・イェルチン、ミカ・ブーレム、アラン・テュディック、アダム・ルフェーヴル、トム・バウアー、セリア・ウェストン、ティモシー・レイフシュナイダー、ウィル・ロスハー

 原作が文庫本としては厚めかつ上下巻の長編小説なので、映画化するには無理矢理詰め込むか描きたいところを抜き出して再構築するか、大きく分けて二つの方法になる。この作品は後者だ。

 写真家ボビー・ガーフィールドの元に宅配便で古びたグローブが届く。そして少年時代の友人が死んだことを知ったボビーは30年も前に離れたままの田舎町へと帰る。そしてすっかり荒れ果てた昔暮らしていた家を訪れ、30年前の思い出が甦る。

 原作は『スタンド・バイ・ミー』に組織から追われる超能力者という『ファイアスターター』的な要素を加えた作品だったが、映画では少年時代のボビーと謎の力を持つテッド(アンソニー・ホプキンス)の年の差を超えた友情と、幼なじみの少女との淡い恋愛に焦点を当てている。
 個人的には小説と比べると全体に物足りない感じがあるが、観終わった後で爽やかさと穏やかさの残る映画ではある。
 遺言でボビーにグローブを残した友人ハリーが影の薄い存在になっているのが残念だが、その分をテッドや母親との関わりをじっくりと力を入れて描いている。ただそのせいか政府組織やテッドの超能力が浮いてしまっている。これでは超常現象的な物がなくても作品として成り立つのではないかとも思うが、それはもはやキング原作ではなくなっているだろう。
 良心的ではあるが野心に欠けた作品といったところか。

 すでに亡くなってしまった二人の人物写真がそれぞれ一枚ずつ効果的に使われ、大人になったボビーが写真家になった理由ともなっている。