『黙秘』(1995) DOLORES CLAIBORNE 131分 アメリカ
監督:テイラー・ハックフォード 製作:テイラー・ハックフォード、チャールズ・マーヴヒル 原作:スティーヴン・キング 脚本:トニー・ギルロイ 撮影:ガブリエル・ベリスタイン 音楽:ダニー・エルフマン
出演:キャシー・ベイツ、ジェニファー・ジェイソン・リー、ジュディ・パーフィット、クリストファー・プラマー、デヴィッド・ストラザーン、エリック・ボゴシアン、ジョン・C・ライリー、エレン・ミュース、ボブ・ガントン
原作は文藝春秋から発刊されている『ドロレス・クレイボーン』(文庫版もあり)、邦題とはタイトルが違うので注意。原題は『ドロレス・クレイボーン』のままなんだけどね。
舞台はメイン州の小島。大金持ちの未亡人ヴェラが自宅の階段の下で血を流して倒れており、その側にはのし棒を頭上に構えたメイドのドロレス・クレイボーン(キャシー・ベイツ)が立っていた。それを毎日正午近くにやってくる郵便配達が目撃。そしてヴェラは死亡し、殺人なのか事故なのか、田舎町はめったにない事件に驚くのであった。
数日後、ニューヨークの新聞社に匿名のFAXが届く。ドロレスの名前の載ったヴェラ死亡事件に「これは君の母さんでは?」の文字が書き込まれていた。それを見たやり手の女性記者セリーナは生まれ育った小島へと向かう。彼女はドロレスの実の娘だった。
十数年もの間顔を合わさず、ほぼ絶縁状態だった母娘が再び出会うことから、事故か殺人かといったミステリーレベルのことを超えた出来事が始まる。
それはセリーナがまだ少女の頃から封印してきた記憶と、自分のことを嫌い無視してきたと思っていた母の真の想いを知り、断絶からの快癒だった。
一件の死亡事故と一件の殺人が関わってきて、映画ではミステリー色が強いが、その解決は謎解きとも言えない物であり、母と娘が失っていた絆を取り戻すまでの物語だ。
その絆を失わせたのは酒浸りのアル中でセリーナの学資預金まで黙って使ってしまうようなろくでなしの夫だ。その夫から奴隷のようにこき使われ、ぶたれ罵られ、それでも我慢をしてきたドロレスは、ある事件によってついに限界に達する。
そこへ、メイドとして働いていた先の未亡人主人ヴェラがささやく。
「女は時に悪になることも必要なのよ」と。
ヴェラの元夫もドロレスの夫も、女性を奴隷のごとき扱いをしその人間性を認めなかった。その償いは命だ。
自らも男の勝手さに振り回されてきたセリーナは、真実を知ることで自らの心の傷を認め、酒や煙草、精神科の処方薬への依存と向かい合う。
これは戦う女の、特に男と戦う女の物語である。フェミニズム映画ということで良いのだろうか。フェミニズムに関してはいい加減にしか知らなかったし、今回の文章を書くためにざっと調べただけだが、的はずれではないと思う。
原作はドロレスがひたすら一人でしゃべり続ける一人称小説で、それはそれでキング的であり面白いのだがそのままでは映画化は難しい。ミステリー映画の手法を取ったり成長した記者になったセリーナを登場させることで映画の形になっている。
題材はきっちりと揃っているのだが、それを料理する監督のテイラー・ハックホードがあまりにも無粋で洗練されているとは言い難い。監督次第でもっと面白い作品になったであろうことを考えると残念だ。