『ペット・セメタリー』(1989) PET SEMATARY 103分 アメリカ
監督:メアリー・ランバート 製作:リチャード・P・ルビンスタイン 原作:スティーヴン・キング 脚本:スティーヴン・キング 撮影:ピーター・スタイン 音楽:エリオット・ゴールデンサール
出演:デイル・ミッドキフ、デニース・クロスビー、フレッド・グウィン、ブラッド・グリーンクイスト、ブレイズ・バーダール、ミコ・ヒューズ、スティーヴン・キング、マイケル・ロンバード
派手な特殊メイクなどのSFXが登場するわけではない。悪魔やモンスターなどが登場するわけでもない。だというのにこの怖さはどうだ。キング映画でもっとも怖ろしいのがこの『ペット・セメタリー』ではないだろうか。
原作はスティーヴン・キングの小説『ペット・セマタリー』だ。作中に登場する動物の墓地の看板が子供が書いたために綴りを間違えて「PET SEMETARY」とすべきところを「PET SEMATARY」と書いてあったのだ。この子供が自分のペットを埋めに来る墓地というのが意味を持つので原題も小説版の邦題もあえて『ペット・セマタリー』となっているが、映画の邦題は正しい綴りに合わせて『ペット・セメタリー』にしたようだ。
そのため、原作のファンから映画会社に「なんでペット・セマタリーからペット・セメタリーに変えたんだ。セメタリーじゃダメだ」とクレームの電話がかかってきて散々責めたりー(セメタリー)されたかもしれない。
大都会シカゴから医師の家族が田舎に引っ越してくる。家族構成は夫の医師ルイスと妻のレイチェル、そして女の子のエリーと弟のゲイジの4人家族だ。
家の前の道路は大きな会社が近くに出来て以来、大型トレーラーの通り道となってしまった。その道路の向かいに住む老人ジャドと親しくなる。
ルイスの家の横を通る細い脇道を行くとペットのための墓地がある。整備された物ではなく、子供たちが自分らで作り、自分のペットを自分で埋めてきた墓地だ。
ある日、エリーのペットである猫のチャーチが夜の間に車に轢かれて死んでしまう。ジャドはチャーチの遺骸とシャベルをルイスに持たせると、ペット・セマタリーよりもっと奥へと入っていき、大昔にミクマク族というネイティブ・アメリカンが使っていた墓地へと案内する。その土地は腐ってしまったとミクマク族が捨て去ってしまったその土地に遺骸を埋めると生き返って自分の所に戻ってくるというのだ。
半信半疑ながらもルイスはチャーチを埋める。そして翌朝、確かにチャーチは帰ってきた。だが、性格がどう猛になり臭くて以前のチャーチとはどこか違っていた。
そして運命の日。目を離したすきにゲイジが道路に飛び出してトレーラーに轢かれて死んでしまう。思い悩んだあげく、ルイスはゲイジの墓を掘り返し、遺骸を取り出すと、ミクマク族の捨て去った土地へと向かう。
自分の愛するまだ幼い息子を不慮の事故で亡くしてしまった悲しみと、目を離してしまったという自分の咎。それらが誤った行いだと知りながらもルイスを墓地へと向かわせる。
そしてゲイジは帰ってくるが、チャーチの場合と同じく、いやそれ以上にゲイジは変わっており、小さな殺人鬼となっていた。
やってはいけないと知りつつも禁忌に手を伸ばしてしまう悪魔のささやきや、見た目はそのままでも人殺しを遊びとして楽しむ化け物になってしまった実の息子を、「自分で墓に埋めたらそれは自分の物だ」の言い伝え通り自分で始末する残酷さ。オレには子供がいないが、いる人が観たらもっと怖ろしい映画だろう。
視覚的恐怖よりもストーリーや描写からくる心理的恐怖の強い作品だ。
演出は無難といったところ。ルイスの葛藤があまり上手く描かれていないので、単にホラー映画によく出てくる「勝手な行動を取って事態を悪化させてしまう奴」に見えてしまうのが残念。妻レイチェルの過去もあまり意味を成していない。
事態の悪化を防ごうと主人公に助言してくれる幽霊は良い奴。結局役には立たなかったが。
スティーヴン・キングは家政婦の葬式のシーンで牧師役で登場。